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2010.07.14

映画『告白』

ホットヨガ(一九二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、妙に、今はなき神戸店のことを懐かしく思っています。レッスンのあと、神戸店のすぐ隣にあるシネカノン神戸というミニシアター系映画館に入り浸り、会員価格の千二百円でたくさんの映画を鑑賞していました。そのシネカノン神戸もなくなってしまいましたが、今になって思えば、シネカノン神戸ほど、私の感性に合った作品を上映している映画館は他にはありませんでした。当時は、人なつっこい神戸店のスタッフとの楽しいコミュニケーションや、自分の感性に合った映画作品の鑑賞という最高の贅沢を体験していたのでした。

 シネマポイントカードに加入しているとあるミニシアター系映画館で、毎週金曜日に映画を千円で鑑賞できることを、以前、ここにも書いた。あるとき私は、そのシネマポイントカードのポイントが貯まったため、貯まったポイントで映画を鑑賞するために、土曜日にその映画館を訪れた。すると、チケットカウンターのすぐ横にあるスクリーンに、たくさんの利用客が溢れ返っているのが見えた。そして、私の直前に映画のチケットを購入した人が、立見席を案内されているのが聞こえて来た。実は、そのとき私が鑑賞しようと思っていた映画は、その日がちょうど公開初日だったので、私は自分がこれから鑑賞しようとしている作品がもはや立見席しか販売されていないのかと不安になり、チケットカウンターで恐る恐る尋ねてみた。
「どの映画が立見席なんですか?」
すると、チケットカウンターの担当スタッフは、
「『告白』です。週末はいつも立見席が出ているんですよ」
とおっしゃった。

 確かにその映画館はミニシアター系の映画館なので、シネコンなどからすれば、一度に入場できる利用客の数は限られている。だからこそ、こうして指定席がすべて埋まってしまうと、立見券を販売したりもするのだろう。しかし、コンサートならまだしも、映画鑑賞で立見席とは大変お気の毒である。確か私も一度だけ、別のミニシアター映画館でそのような上映回に当たったことがある。私自身は早めにチケットを購入していたので指定席で鑑賞することができたのだが、一日の上映回数が少ない上に人気の作品だったため、会場内が立見客で溢れ返っていたのだ。どうやら、本作も同じような状況に陥っているらしい。

 私はというと、その時点で既に本作を鑑賞してしまっていたので、涼しい顔をしていた。私が鑑賞したのは、やはり映画を千円で鑑賞できる金曜日だったのだが、立見客が出るほど混雑はしていなかった。その映画館のシネマポイントカードに加入している人ならば、やはり映画を千円で鑑賞できる金曜日を狙って鑑賞するはずなので、土曜日に鑑賞していたのは、おそらくシネマポイントカードには加入していない人たちなのだろう。

 すっかり前置きが長くなってしまった。実は本作は、これまでにレビューを書かせていただいた他の作品よりも以前に鑑賞していたのだが、人気の高い作品なので、もう少しだけ寝かせておこうと思い、レビューを書くのを伸ばし伸ばしにしていた。しかし、そろそろ良い頃だろうと思い、書かせていただくことにする。

 公開前から、何度も何度も映画館で本作の予告編を観ていたので、劇場公開されると、まるで催眠術にかけられたかのように映画館に足を運んでいた。予告編では、感情を押し殺した松たか子さんが、「愛美は、このクラスの生徒に殺されたんです」と言っている。どうやら松たか子さん演じる中学教師は、自分の娘をクラスの生徒に殺されたらしい。一体どういうことなのだろう? そして、スローモーションで流れる牛乳をひっくり返すシーンには、どんな意味があるのだろうか。また、教室で、男子生徒と女子生徒が無理矢理キスをさせられているシーンは何を物語っているのだろうか。原作を読んでいない私は、頭の中でそれらのシーンを繋ぎ合わせながら、ただただイメージを膨らませるばかりだった。

 そして、鑑賞し終わったとき、ストーリーの完璧さに恐れ入った。原作は、二〇〇九年の本屋大賞に輝いた作品らしい。いかにも現代的な子供たちの登場する物語だが、実に精巧に仕上がっていると思う。未成年者は、例え殺人を犯したとしても罰せられない。松たか子さん演じる中学教師の森口からは、法が裁いてくれないなら自分で裁く、といった強い意気込みが感じられる。すなわち本作は、法に替わって森口が行なう復讐のプロセスを描いた作品と言えるのだが、その裁き方が実にお見事なのである。

 本作の中には、イライラする人物が二人登場する。一人は、自分の子供に嫌われたくないがために子供を叱れない母親、そしてもう一人は、森口の後任の空気を読めない熱血教師だ。子供を叱れない母親を見ていると、子育ての経験のない私でさえ、そういう接し方では子供との距離は絶対に縮められないだろうと反論したくなる。友人関係だって、喧嘩のできない友人との距離はなかなか縮めることはできない。親が子供を叱れないなら、これ以上、親子の距離が縮まることはないだろう。特に本作のような背景において、子供は、親が自分を叱ってくれたあとにぎゅっと抱きしめてくれることで、親の真の愛情を感じ取ることができるような気がしてならない。子供のすることを何から何まで肯定してしまうというのは、子供に関する多くのことに目を瞑り、実際は子供の本質を何も見出してはいないのではないか。そんな気さえして来たのだ。

 一方、空気の読めない熱血教師は、実にお気の毒としか言いようがない。気力があって、とてもエネルギッシュなのに、そのエネルギーがいつも空回りしている。このようなキャラクターを、原作者は良くもまあ、次から次へと生み出せたものだと思う。そして、それぞれのキャラクター同士の相関性もいい。その熱血教師が崇め、目標にしている教師がいる。熱血教師が崇めて目標にしている教師と森口との関係などを考慮すると、いやはや、実に良く出来ている。

 最後まで、私はスクリーンに釘付けになったままだった。本作は、現代人が、人とどのように接して行くかについて、しきりに問い掛けているようでならない。両親の離婚により、母親からの愛情を十分に受け取ることができなかった子供が、母親に振り向いてもらうためにしでかす数々の出来事。受け取るべき愛情を受け取ることができなかった場合、その求め方が切実な形として現れる。人を愛するとは? また、愛されるとは? ということについて、いろいろな登場人物たちの行動を通して何度も振り返らされるのだ。とにかく良く出来た作品で、これほどの仕上がりならば、本作を鑑賞したいために立見客が出ても決しておかしくはないと、今更ながら納得するのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 内容が内容だけに、全体を通して「温かさ」を感じるような作品ではないのですが、ここに「温かさ」を加えるならば、スキンシップを多く取り入れることで実現されるように思います。そう、現代人に絶対的に足りていないのはスキンシップだと思います。スキンシップは、言葉でだけで相手を受け入れている素振りを見せるのではなく、身体を使って相手を受け入れていることを示す唯一の方法だと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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» 映画『告白』(お薦め度★★★★) [erabu]
監督・脚本、中島哲也。原作、湊かなえ。2010年日本。R15 指定。ヒューマンサ [続きを読む]

受信: 2010.07.17 00:17

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