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2010.06.21

SPITZ JAMBOREE TOUR 2010 in 和歌山

映画『運命のボタン』の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大金を受け取ることによって、誰かが死ぬだけでは終わらずに、まだ試練の続きがあったことは意外でもありました。最終的に大きなツケを支払うということは、大金を受け取ることと、誰かが死ぬことは等価ではなかったということですよね。言い換えると、大金を用意したスチュワードにとって、誰かが死ぬことがメリットではないことがわかります。となると、スチュワードたちの目的は一体何だったのだろうと、その真意がいよいよ謎に包まれるのです。

 私がスピッツベルゲンというスピッツのファンクラブに加入していることは、以前も書いた通りである。何故、スピッツのファンクラブに入っているかというと、一般発売ではなかなか手に入りにくいスピッツのコンサートチケットを入手しやすくするためでもある。とは言え、例えファンクラブに加入していたとしても、購入できるコンサートチケットは、同一ツアーのうち、一箇所のみである。

 もうずいぶん前のことになるのだが、今年のツアースケジュールが決まったとき、スピッツベルゲンからツアースケジュールの案内が届いた。そして、それらの中でどの公演を申し込むかを申請するためのハガキも同封されていた。

 ツアースケジュールを見てみると、あいにく大阪や神戸などの参加できそうな場所での公演は、平日にスケジュールが組まれていた。神戸公演ならば、何とか仕事を休まなくても参加できそうだが、大都市であるだけに競争率の高さも気になるところだ。一方、同じく平日に行われる大阪公演は、仕事帰りには到底参加できそうにない。私は、ツアースケジュールを見ながら、どの公演に参加するか、決めかねていた。

 スピッツのコンサートというと、ガンモもまた大好きで、毎回、私と一緒に参加している。そこで私は、ガンモにツアースケジュールを見せて、どの公演に参加したいか尋ねてみた。すると、しばらくツアースケジュールに見入っていたガンモは、
「和歌山に行きたい」
と言った。和歌山のコンサートは土曜日に予定されていたので、ガンモとしては和歌山でコンサートを見たあと、和歌山に一泊するつもりでいたのだろう。

 私は、同封されていたハガキに和歌山公演に参加したい旨を記入してポストに投函した。すると、何ヶ月か経って、和歌山公演のコンサートチケットの当選通知が私の手元に届いた。当選通知に同封されていた振替用紙を使ってチケット代金を振り込むと、その数ヵ月後、ようやく私の手元に和歌山公演のチケットが届いた。あとは、和歌山公演の当日を待つばかりである。そして、私たちが青森~北海道、飛行機と寝台列車の旅に出掛けた翌週に当たる六月の第二週の土曜日に、スピッツの和歌山公演が開催された。

 コンサートのあとは、ガンモと一緒に和歌山に宿泊できるものと思い込んでいたのだが、翌日の日曜日にガンモに仕事が入ってしまい、仕方なく日帰りすることになってしまった。とは言え、調べてみると、我が家から和歌山までは高速道路を使ってわずか一時間余りだった。

 コンサート当日になると、私たちは出発の準備を整え、カングーに乗り込んだ。カーナビに和歌山の会館を目的地としてセットすると、確かに一時間余りで目的の会館に着いた。会館の駐車場にカングーを停めたものの、会館から商店街までは距離がありそうだったので、私たちは開演までのおよそ二時間を、コンサートに訪れたスピッツファンの人たちをウォッチングしながら会館のソファで過ごした。

 さて、いよいよ開場となり、私たちは会場の中に入った。あろうことか、私たちの席は二階の最前列だった。何故、高所恐怖症の私が二階の最前列の席にばかり当たってしまうのだろうか。もしかすると、高所恐怖症を克服するような高次からの取り計らいなのかもしれない。

 普段、静かな曲か、それとも大音量の曲か、はっきりと区別できるアーチストのコンサートに参加し慣れているせいだろうか。スピッツのコンサートでは、果たしてどのように乗ればいいのか、戸惑うことも多かった。というのも、とりわけ大音量の曲が演奏されることがないために、観客として乗りを区別することが出来ず、どのような反応を示せばいいのか良くわからなかったからだ。他の人たちも私と同じように感じていたようで、どこの会場のコンサートに参加しても、会場の乗りはバラバラだった。しかし、今回のコンサートでは、参加者の反応にメリハリがついているのを感じた。コンサートの場数を踏むことで、ファンとしてどのようにコンサートに臨めば良いかを、次第に把握できるようになって来たのかもしれない。

 私の隣に座っていた人が、
「一時期、毎週のようにスピッツのコンサートに参加していたこともあった」
と、一緒にコンサートに参加している仲間に話しているのが聞こえて来た。ああ、わかるわかる、その感覚。私もかつてはスピッツのコンサートにはまりにはまって、いろいろな地方まで遠征していたこともあったっけ。そのときに出会ったスピッツのファン仲間の友人も何人かいたのだが、私が遠征をやめてしまってからは、いつの間にか疎遠になってしまった。あの頃知り合ったスピッツのファン仲間たちは、今でもスピッツのコンサートに通い続けているのだろうか。

 最近のアルバムを聴いていないので、今回のコンサートでは、初めて聴く曲も多かった。私がスピッツのコンサートに参加して良く思うことは、スピッツというバンドは、比較的CDに忠実な演奏をするバンドであるということだ。それは、言い換えると、古い曲にアレンジが加えられて生まれ変われるほどの歴史をまだ持っていないとも言える。そして、どこか素人っぽいMCもまた、スピッツのコンサートで味わうことのできる醍醐味の一つである。彼らのMCは、外に向けて堂々と発信して行くMCではなく、観客にフォローされることを心のどこかで期待しているMCである。反対に、どのアーチストとは言わないが、玄人っぽいMCで盛り上げることの出来るアーチストは、観客からのフォローを期待するよりも先に、観客をドッと沸かせてしまう。要するに、MCにおける素人っぽさと玄人っぽさの違いとは、MCが内に向かっているか、それとも外に向かっているかの違いなのである。

 十八時過ぎに始まったスピッツのコンサートは、いつもたいてい二十時過ぎには終演を迎える。アンコールを入れても二時間余りの演奏時間なので、ちょっぴり遠出をしたとしても、それほど遅い帰宅時間にはならない。そこで私たちは、コンサートのあと、晩御飯に和歌山ラーメンを食べて岐路についたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモ曰く、「スピッツのコンサートに行く」ということは、周りの人たちに宣言しやすいようです。私も何となくその感覚はわかりますが、おそらくそれは、スピッツという存在が、幅広いファン層を持っているからだと思います。逆に、スピッツが幅広いファン層に受け入れられている存在だからこそ、多数の熱狂的なファンに導かれていないという点において、これまでコンサートの乗り方がバラバラだったということもあるのですが・・・・・・。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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