« 映画『ウルフマン』 | トップページ | ホットヨガ(一八八回目) »

2010.06.06

一人、また一人(13)

映画『ウルフマン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。思えば、狼男に変身するプロセスの描写が凄まじかったと思います。こういうシーンを詳細に描写できるのは、技術が進んだからこそ、なんでしょうね。ひと昔前ならば、こうしたシーンは省略されていたはずです。さて、少し時間が空いてしまいましたが、一人、また一人(12)の続きを書かせていただきます。今回で、このシリーズの記事をひとまずの完結編とさせていただき、もしも今後、何らかの変化が訪れるようであれば、また別の機会に続きを書かせていただこうと思います。

 退職した派遣仲間と、私がしばしば一緒に食事をしている派遣仲間、それから、これまでPの仕事を担当していた派遣仲間と私の四人でご飯を食べに行った。退職した派遣仲間に、現在の仕事の状況や新しい職場の雰囲気などを尋ねてみると、
「朝、出勤したときにちゃんとあいさつも交わすし、働いている人の数も多いし、これまでとは全然違う」
と言う。そう、現在の私の職場には、朝、出勤したときの「おはようございます」や、仕事を終えたあとの「お先に失礼します」のあいさつを交わすという当たり前の習慣がない。もちろん、個別にすれ違って目を合わせた人であればあいさつを交わすのだが、朝、出勤して、隣の席に誰かが座っていようとも、目が合わなければあいさつをしない。いや、むしろ、先に席に座っている人たちは、誰かが出勤して来た気配を側で感じていながらも、顔を上げてあとから出勤して来た人と目を合わせようとはしないということでもある。しかし、退職した派遣仲間の新しい職場では、朝から元気なあいさつが交わされているらしい。そのことについては、私としばしば一緒に食事をしている派遣仲間も認めていて、
「フロアも広いし、コミュニケーションも活発だし、いかにも『会社』っていう感じがするよね」
と、退職した派遣仲間に同意を求めていた。

 話を聞いていると、他にもあらゆる面において、現在の私の職場とは異なるところが多かった。例えばそれは、福利厚生という面においても大きな違いが出ている。退職した派遣仲間たちが働いている職場では、社員でなくても、お茶はもちろんのこと、コーヒーや紅茶のベンディングマシンを無料で利用できるらしい。私も、ときどき別のフロアの休憩室に足を踏み入れることがあるのだが、休息室にそうしたベンディングマシンが設置されていることは知っていて、無料でこれらを利用できる環境がとてもうらやましいと思っていた。また、休憩室には健康管理などのテーマに沿った展示物もある。すなわち、例え仕事以外のことであっても、そうした展示物を作ることに積極的な姿勢を示しているということだ。その上、音楽やテニスなどの課外活動なども活発らしい。また、退職した派遣仲間がプロジェクトの打ち合わせに参加したときも、これまでの職場と違って、議論が繰り広げられたりするシーンもあり、驚いたそうだ。とは言え、彼女はそうした議論を通して、仕事のある分野において、自分の中で漠然としていたことが明るみになったと喜んでいた。要するに、全体的に活気に溢れているのだ。

 一方、現在の私の職場は、全体的に大人しい人が多く、コミュニケーションも活発ではない。ただ、場合によっては、逆にそれが心地良いと感じることもある。例えば私は、以前、関西に来てから、通勤途中にヘッドフォンを耳に挿して音楽を聴いているときに、後ろからやって来た職場の同僚に気安く声を掛けられることに違和感を感じたと書いて来た。しかし、現在の私の職場では、例え同じプロジェクトグループのメンバであっても、歩くのが遅い私を黙ってどんどん追い越して行く。すなわち、私のことが視界に入っているはずなのに、あいさつも交わさずにどんどん追い越して行くのだ。通勤途中に声を掛けられないことを望むというのは、こういうことなのだろう。例えそれが自分が望んだ状況であるにしても、実際はそうした雰囲気が、人間関係を無機質なものにしてしまっていることも事実である。

 そう言えば、私は少し前まで、自前のノートパソコンをオフィスに持ち込んで使用することを黙認されていたが、私が昼休みに自分のノートパソコンを取り出して「ガンまる日記」を書いていても、誰からも「何をしているんですか?」とは聞かれなかった。おかげで私は、のちに職場にノートパソコンの持ち込みを禁止されるまで、「ガンまる日記」を昼休みに更新し続けることが可能だったわけだ。自分の作業に専念したいときは、そうした無関心が心地良いときもあるということである。ちなみに、ノートパソコンの持ち込みが禁止されたのは、情報セキュリティ対策に関して厳しくなったからである。ノーットパソコンはもちろんのこと、自前のUSBメモリなどの業務利用も固く禁じられている。

 ちなみに、現在の私の職場では、何か不具合があっても誰も何も言わない。例えば、同報で一斉配信されたメールの中に間違いや不明な点が含まれていたとしても、誰もそのことを指摘しようとはしない。誰も何も言わないので、たいていの場合、私が率先して質問したり指摘したりしている。朝、出勤しても、気付かない振りをしてあいさつを交わさないのと同じように、問題に気付いていても、気付かない振りをしているのだ。その背景には、わざわざ自分が指摘しなくても、誰かが指摘してくれるという受身の姿勢があるのだろう。あいさつを交わさないことも、相手に声を掛けてもらえるのを密かに期待しているとも考えられる。こんなふうに、現在の私の職場には、受身の人が多い。だから私は、退職した派遣仲間が、新しい環境で楽しく仕事をしているとわかって安心するとともに、彼女たちの働いている活発な環境をうらやましくも思った。これまでPという仕事をしていた派遣仲間もまた、私と同じように感じていたようだった。

 やがて、話は仕事の環境のことだけでなく、恋愛のことにまで及んだ。誰とははっきりと書かないでおくが、ある派遣仲間は婚活をしていて、友人に誘われて、お見合いパーティーのようなものに参加しているそうだ。しかし、あまり成果がないらしい。私は、自分らしく生きていれば、その輝きに惹かれて自分にぴったりの異性が現れると思っているので、異性と出会うチャンスを意図的に作り出そうとしている行為が人工的なものに思えてしまった。というのも、私自身、生まれてからガンモと出会って結婚するまで、男性との出会いはいつも自然な形で訪れていたので、お見合いパーティーのようなものに参加してまで異性との出会いを強く求めることがなかったからだと思う。

 聞くところによると、その派遣仲間は、将来的には好きな人と幸せな家庭を築いて子供に恵まれたいのだそうだ。その派遣仲間の話を聞いていると、彼女は結婚よりもむしろ出産のほうを強く望んでいるように思えた。私は、これまで一度もそのような順序で自分の幸せを考えたことがなかったので、これについても驚いた。私には、彼女自身が現時点でまだ心から愛する男性に出会っていないのに、その先にある出産について想いを馳せているのが不思議でならなかったのだ。究極的な解釈をすると、私にはまるで、彼女が心から愛する男性に出会えなくても、せめて子供だけでも欲しいと言っているように思えた。そこで、思い切って彼女にこんなことを聞いてみた。
「私は、まず心から愛する男性がいて、その先に結婚とか出産があるというのは想像できるんだけど、まだ心から愛する人がいない段階で、出産を強く望んでいるというのは、言い方は悪いかもしれないけれど、これから現れるであろう男性のことを、出産のための手段として利用しているように見えてしまう」
すると彼女は、そんなことはないと強く否定してくれたので安心した。

 私はこの会話を通して、人生の中で何を一番大切にしたいかというのは、本当に人それぞれなのだと思った。だからこそ地球は丸く、他の人が実現できないようなことを他の人がカバーしてくれているのかもしれない。私自身は、今は筋腫が大きくなり過ぎて妊娠・出産はほぼ不可能になってしまったが、もともと子供を交えた夫婦関係よりも、夫婦二人だけの濃厚な夫婦生活を望んでいた。それは結果的に少子化に拍車をかけてもいるのだが、反対に、子供が欲しいと強く望んでいる彼女が人生のパートナーを求めて婚活をしているというのは、何とも皮肉なものだと思った。夫婦二人だけの濃厚な夫婦生活を望む私が、結婚をしているのに新しい生命を世の中に送り出さず、子供の誕生を強く望む彼女がまだ愛すべき男性に出会えずに婚活を続けているのだから。こうした現象は、私たちに対し、本当に大切なものは何なのかを問い掛けているように思えてならない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 表面的に見え隠れしている問題の奥には、いつも本当の問題が隠されているように思います。いや、もしかしたら、単に考え方が違っているというだけで、もともと問題ではないのかもしれません。仮に本当に問題だというならば、陰と陽のバランスが崩れているのでしょうね。大きなレベルで崩れたバランスを取り戻すことができれば、互いにサポートし合える良い社会が出来上がるように思います。そのためには、それぞれが自分の持っている真の役割に気付く必要があるのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« 映画『ウルフマン』 | トップページ | ホットヨガ(一八八回目) »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/48566210

この記事へのトラックバック一覧です: 一人、また一人(13):

» 石川 [よくあるブログ]
人生は..... [続きを読む]

受信: 2010.06.07 13:39

« 映画『ウルフマン』 | トップページ | ホットヨガ(一八八回目) »