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2010.05.03

映画『アイガー北壁』

一人、また一人(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この話題は、まだ完結ではなく、もう少し続きますので、気長にお付き合いくだされば幸いです。ただ今回は、三日に一度の映画のレビューを書かせていただきますね。ところで、このGWはお天気も良く、ようやく春らしい気候になりましたね。どこへ出掛けて行っても、ものすごい人であります。こうした連休が、経済効果に繋がるといいですね。それにしても、卵巣機能が衰えてしまっている私は、半袖Tシャツ一枚で過ごしていますが、それでも暑くて暑くてたまりません。(苦笑)早くも夏バテのような状態に陥ってしまい、自宅では窓を開けて扇風機をかけて、ガンモに「寒い!」と言われています。(苦笑)夏が来るのが怖いですね。私の身体は、暑い夏を越せるのでしょうか。

 本作を鑑賞したのは、映画館で予告編を観たことがきっかけだった。実話に基づいた、アルプスにあるアイガー北壁という前人未到の難所への登攀(とうはん)に挑んだ若者たちの物語である。

 ナチス政権時代、ベルリンオリンピックの開幕を目前に控え、ナチス政権はドイツ人によるアイガー北壁への初登頂を強く望み、初登頂を達成した者には金メダルを与えると約束していた。前人未到の難所を制覇することにより、ナチス政権は他の諸国に対し、ドイツの立場を優位なものにしておきたかったようだ。

 その頃、トニーとアンディという二人の若者が、実力のある登山家としてドイツ国内で知名度を高めつつあった。アイガー北壁の恐ろしさを知っていた彼らは、一度は登攀を諦めるものの、やはり登山家としての血が騒いだのだろうか。二人揃ってアイガー北壁の登攀に挑戦することを決意する。

 アイガー北壁の麓(ふもと)には、たくさんの報道陣や同じくアイガー北壁への登攀を目指す、世界各国からやって来た登山家たちが集結していた。その中には、トニーのかつての恋人で、新聞記者のルイーゼも含まれていた。ルイーゼは、トニーとアンディがアイガー北壁への登攀を諦めたものと思い込んでいたので、意外な場所で彼らと再会し、喜びと不安を隠し切れない様子だった。

 トニーとアンディは、天候を見ながら先頭を切って出発し、二人のすぐあとを、オーストリアの登山家たちが追い始めた。初登頂を目指そうとする彼らは、トニーとアンディに対し、強いライバル心を抱いていた。

 本作を鑑賞してまず最初に思い浮かべたのは、植村直己さんのことだった。一年ほど前、植村直己冒険館に足を運んだ。そこでは、植村直己さんが冒険に対して注いで来た情熱に触れることができた。遠く離れたところから植村直己さんを見れば、何故、家族や身近な人たちを心配させてまで危険な冒険に挑んで来たのか、良くわからないだろう。植村直己さんご自身も、こうした究極的な冒険でしか満足感を得ることができなくなってしまった自分を省みていたようだ。おそらく、冒険家と呼ばれる方たちは、一つの難関をクリアすると、更なる難関をクリアしたくなるものなのだろう。そうすることによってのみ、満足感を得られるようだ。そして、偉大な冒険家に成長すれば成長するほど、一つの冒険の達成が自分だけの喜びではなくなって行く。小さなところでは家族や親戚などの身近な人たちの喜びにも繋がり、やがて出身地や日本をあげての喜びへと繋がって行く。

 トニーとアンディが前人未踏の難所、アイガー北壁を目指そうとしたのも、若き登山家としてのチャレンジ精神から来るものであろうことは容易に想像できる。彼らの場合、ベルリンオリンピックを目前に控えていたことから、ドイツの期待がずしりとのしかかってもいたはずだ。そこに、愛する人への想いが加われば、無事に帰還できるように細心の注意を払いながら冒険あるいは登山を進めて行くことができるだろう。愛する人がいるから、最初から危険な冒険は避けようとする心と、愛する人がいるから、必ず無事に帰還しようと思う心は、もしかしたら同じなのかもしれない。

 とは言え、アイガー北壁は、ほとんど九十度の傾斜の絶壁と言っても過言ではない。足場のないアイガー北壁に、猛吹雪という悪天候の条件も加わって、初登頂を目指すトニーとアンディ、そしてオーストリアの登山家たちはひどく難儀する。

 思えば、私たちはいつも、自然からのパワーを受け取っている。しかし自然は、あまりにも膨大なエネルギーを持ち過ぎているためか、時として人間をも呑み込んでしまう。登攀中にオーストリアの登山家の一人が負傷し、それ以上の登攀が困難になり、彼らとライバルの関係にあるドイツチームのトニーとアンディが手を貸すことになる。猛吹雪で視界の悪い中、凍えそうになる手で登山道具を取り出して必死で足場を組む。手を凍傷から守るための厚い手袋を崖下に落としてしまったり、登山道具が足りなくなってしまったりと、様々な困難が彼らを直撃する。

 奇しくも、アイガー北壁の周辺には登山鉄道が走っていた。麓からトニーとアンディの様子を見守っていたルイーゼは心配になり、登山鉄道の線路を歩いてトニーたちの様子を見に行く。そして、猛吹雪の中、トニーたちに一生懸命語りかけるのだが・・・・・・。

 本作を鑑賞し終わって感じたのは、人の生死を決定付けるものは、時代の流れであったり、その場に居合わせた人たちの状況であったり、また、自然が与える影響であったりするということだった。それらの要因が複雑に絡み合い、人の生死を決める。それらは決して偶然ではないように思える。また、人の生死に関わるほどの状況に追い込まれた場合、そこには敵・味方という概念は存在しなくなる。同様に、チームワークについても考えさせられた。負傷した者を見捨てて行けば、自分たちだけでも登頂できるかもしれない。そうすれば、ドイツ国内でトニーたちは英雄になれるはずだが、人間的な心がそれを許さない。そうした究極的な選択が、本作には実に盛りだくさんだった。

 言い方を変えれば、私たちにとって、命よりも尊いものはない。その命の尊さを前に、国同士が争ったり、初登頂を目指して競争したりしている。命の尊さと比べると、それらのことがいかにちっぽけなことであるかが良くわかる。私が感動したのは、ルイーゼが他の国の登山家たちに頼み込んで、遭難しかかっている登攀中のトニーたちを救助してもらおうとするシーンだ。猛吹雪の悪天候では、自らの命さえ危ないかもしれない。それでも、ルイーゼの熱意に突き動かされ、救助に当たる他国の登山家たちがいる。まさしく、生死を賭けたクライマックスのシーンである。結末については敢えて書かないでおくが、こうした必死の想いは、例え何年経過したとしても、それを経験した人々の心に深く残って行くように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作では、自然の厳しさを、それこそ嫌というほど見せ付けられました。自然は、そよ風のようにいつも笑っているだけではないのですね。荒れ狂った自然と仲良くする方法は、いつか見付かるのでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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