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2010.05.06

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影 』

ホットヨガ(一八四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私自身、三宮店にしばらく足を運んでいなかったというのに、自分が久し振りに三宮店を訪れたときは、これまでと変わらぬスタッフで迎えて欲しいなどと思ってしまいます。やはり、スタッフが入れ替わってしまうのは寂しいものですね。もしかするとスタッフのほうも、同じ会員に同じ支店に通い続けて欲しいと思っているかもしれませんが・・・・・・。(苦笑)

 これまでにも、画家に関する映画は何本か観て来た。映画『真珠の耳飾りの少女』、映画『レンブラントの夜警』、映画『宮廷画家ゴヤは見た』などである。恥ずかしながら、私は本作の主人公であるカラヴァッジョという画家を良く知らなかった。何を隠そう、私は中学時代、美術の成績で二を取ったことがあるくらい、美術とはご縁がない。私自身、日頃から、絵などによる表現方法よりも、文章による表現方法を強く望んでいる。しかし、ときどき海外の美術館に足を運び、絵に代表される美術品などが、言葉では表現し切れないところをカバーしていることに気付き始めている。

 本作の舞台となっているのは、十六世紀のイタリアである。ミラノからローマにやって来たカラヴァッジョは、同じく画家のマリオ・ミンニーティと出会う。マリオは、カラヴァッジョの絵の才能を認め、カラヴァッジョが工房で働けるように世話をしてくれる。人間関係は、対等であることが望ましいとは思うのだが、カラヴァッジョとマリオに関して言えば、マリオのほうが献身的にカラヴァッジョに尽くしているように見えた。言い換えれば、マリオはカラヴァッジョに与えられるものをたくさん持ち合わせていたとも言える。のちに偉大な芸術家に成長するような人は、どこかの段階で、必ずその素晴らしい才能を開花させてくれるような人物と出会うものだ。カラヴァッジョにとっては、マリオがまさしく才能を開花させるきっかけを与えてくれる人物だったのではないだろうか。その一方で、カラヴァッジョとマリオは、あたかも同性愛で結ばれていたかのような描写もある。同性ではあるものの、カラヴァッジョにとってマリオは、カラヴァッジョを影で支えてくれる女房のような存在だったのかもしれない。

 のちにカラヴァッジョは、デル・モンテ枢機卿の援助を受けて、教会の絵を描くようになる。ヨーロッパの教会に足を運ぶと、大きな宗教画が掲げられているが、それらはこのような経緯で描かれたものであるということが、本作を鑑賞して初めてわかった。

 本作で最も印象に残ったのは、カラヴァッジョが絵を描くために、モデルを採用していたところである。私は壮大な宗教画を目にするとき、それらを描いた人たちは、自らの想像力を掻き立て、想像の中で描き上げたものとばかり思い込んでいた。しかしカラヴァッジョは、いつもカラヴァッジョの身近にいたマリオや、時には娼婦を絵のモデルとして採用し、そうしたモデルたちに長時間、ポーズを取ってもらいながら、絵を描いていた。そのことを知った教会は、神聖なはずの絵を、娼婦をモデルにして描いたということで激怒する。

 教会が激怒する気持ちもわからなくもないのだが、それならば、そもそも教会が実力のある画家による宗教画を強く望むのは何のためなのだろうか? 教会としての権力誇示に繋がっていたりはしないのだろうか? もしそうだとすると、絵を描くときに娼婦を採用した画家を責められないのではないだろうか。

 カラヴァッジョの描く絵は素晴らしいものの、出歩くときは常に剣を携え、何かあると街を仕切る暴漢と決闘になった。そして、あるとき、とうとう決闘中に相手を殺してしまい、ローマを追われることになる。そして、カラヴァッジョには死刑の判決が下される。

 画家を取り扱った作品を鑑賞していていつも思うのは、彼らが常に、本当に自分の描きたいものを描いていたかどうかということだ。本作における教会とカラヴァッジョの間には、需要と供給の関係が成り立っている。もちろん、そこにはお金のやりとりも発生しているだろう。そのような状況においては、例え偉大な画家であったとしても、自分の本当に描きたいものからは遠ざかってしまうのではないだろうか。現に、絵の注文を受けたカラヴァッジョが、絵の中に自らの意向をほんの少し加えると、鑑賞していた人の中から反感を買われるシーンもあった。画家でも、ミュージシャンでも、小説家でも、芸術を通して本当に自分の表現したいものを表現しようと思えば、アマチュアでいるのが一番いいのかもしれない。

 カラヴァッジョは、彼を支援してくれる人たちに恵まれていたと思う。殺人の罪のために、カラヴァッジョの死刑が確定したとしても、彼の恩赦のために様々な人たちが動いてくれる。その人たちのおかげで、カラヴァッジョにはようやく恩赦の許可が下りるのだが、その知らせも届かず、病に倒れたカラヴァッジョは亡くなってしまうのだ。そんなカラヴァッジョの人生を幸福と取るか不幸と取るかは、受け取り方次第だと思う。とは言え、芸術家はその人並みはずれた才能のために孤独を感じがちであるのに対し、カラヴァッジョは彼を助けてくれる良き仲間たちに恵まれていたと思う。そういう意味で、彼の人生は決して不幸ばかりではなかったのではないかと私には思えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m デル・モンテ枢機卿を演じていたジョルディ・モリャという俳優さんをどこかで拝見したことがあると思っていたら、映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』に出演されていた俳優さんでした。映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』で、彼は確かスペイン人の役を演じていたと思いましたが、やはりスペイン人でした。本作は、イタリア、フランス、スペイン、ドイツの合作映画なので、様々な国の人たちが出演されているようです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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