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2010.05.08

一人、また一人(10)

一人、また一人(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、今は別の職場で働いている派遣仲間と二人で会って食事をしたと書きましたが、その派遣仲間にも愚痴を聞いてもらいました。すると、その派遣仲間もまた、今の職場に配属されたときに、これまでとは仕事内容がまったく変わってしまったために、私と同じように「こんなことも知らないの?」といった扱いを受けたそうです。しかし、その派遣仲間は、それでも歯をくいしばって何とか頑張ったそうです。果たして私にもそれが出来るのだろうか、といったところですね。(苦笑)

 送別会の数日後、とうとう、契約を打ち切られる派遣仲間の最後の出勤日がやって来た。私の職場では、毎朝、プロジェクトグループ単位で朝礼を行っているのだが、彼女の最終勤務日であるにもかかわらず、いつもと同じように朝礼が終わってしまいそうな雰囲気だったので、私が慌てて、
「今日は、△△さん(契約を打ち切られる派遣仲間)の最終日ですので、ごあいさつを・・・・・・」
と促した。上司のまた上司は、
「そうですね。夕方でもいいかなと思ってたんですけど、じゃあ、一言お願いします」
と言った。

 とうとう最終勤務日となってしまった派遣仲間は、プロジェクトメンバ全員の前に出て、今まで大変お世話になりましたといったような簡単なあいさつをした。それに対し、上司のまた上司が、
「新しい職場に行っても頑張ってください」
と言って締めくくった。

 私は、彼女が今の職場を去って行くことに対し、送り出す側と送られる側の間で少しでも心残りのないように促したつもりだったのだが、果たしてそれが成功に終わったのかどうか、あまり自信がなかった。というのも、彼女がプロジェクトメンバの前で口にしたあいさつの言葉も、また、彼女のあいさつを受けて出て来た上司のまた上司の言葉も、どちらも感情のこもっていない形式的なものに過ぎなかったからだ。私は自分の目の前で、このような形式的なことが行われることを望んでいたに過ぎなかったのだろうか。彼女は少なからず、四人の派遣社員の中で自分が選ばれてしまったことに対する引け目のようなものを感じていたはずだし、上司のまた上司も、四人の派遣社員の中で、どうしても彼女を選ばなければならなかったことに苦悩を感じていたはずなのだ。それなのに、職場というところは、自分の中に眠っている本当の感情を押し殺して、別の自分を演じる舞台のような場所なのである。そして、それができてこそ大人だと言われたり、社会的に高く評価されたりする。考えてみれば、そうした状況にあっては、日頃から私の望むようなフランクで対等な人間関係が成り立つはずがない。もしも私の望むような人間関係を、職場で出会った人たちと成り立たせるとしたら、仕事以外のプライベートな時間を共有しなければ難しい。

 彼女の最終日ではあったが、いつもと同じように時間が流れて行った。しかし、十五時を過ぎた頃だろうか。彼女が、私のいるマシンルームを尋ねて来てくれた。他にもマシンルームで仕事をしていたプロジェクトメンバがいたので、彼女はその一人一人にお菓子を手渡しながら、お世話になりましたと、軽く最後のあいさつをして回っていた。

 その日の仕事の終わりを知らせるチャイムが鳴る頃、私はマシンルームでの仕事を片付けて、自分の席に戻った。私は、これまで職場を去って行く他の派遣社員に対してもそうして来たように、最後の仕事を終えてオフィスを出て行く彼女を見送りたいと思っていた。そして、その日の仕事の終わりを知らせるチャイムが鳴った。驚いたことに、彼女はいつものように淡々と片付けを済ませ、誰にもあいさつをすることなく帰って行ったのだ。以前も書いたが、私の職場では、出社時も退社時もこれと言ったあいさつはしない。彼女はまさしく、いつもと同じように、誰にあいさつをすることもなく、自分の荷物を持ってオフィスを出て行ったのだ。

 残された私はあっけにとられていた。マシンルームにこもっていた別の派遣仲間も仕事を終えてオフィスに戻って来たので、
「△△さん(彼女のこと)、いつものように当たり前に帰っちゃったよ」
と言うと、その派遣仲間も、
「そうみたいやね」
と驚いていた。

 考えてみると、彼女は、お菓子を持ってマシンルームを訪れてくれたときに、プロジェクトメンバへのあいさつを済ませたつもりだったのかもしれない。だから、いつものように無言のまま帰宅したのではないだろうか。それとも、心の中には溢れ出す思いを抱えながらも、それを必死で押し隠し、わざと淡々と支度を整えて帰宅したのだろうか。いや、普段の彼女からすると、そうとは思えない。やはり、彼女の中ではプロジェクトメンバにお菓子を配った時点で、この職場での仕事をすべて終えたつもりになっていたのだろう。いつものように淡々と帰ってしまった彼女の態度を思い起こすにつけ、もしかするとそれが唯一の彼女の強みだったのかもしれないと、今となっては思うのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自分が相手に受け入れられているかどうかによって、取る態度も変わって来るものですよね。彼女の取った最後の行動は、まさしく彼女自身が、今の職場に受け入れられていないと感じていることを示す証拠だったのでしょうね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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