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2010年5月

2010.05.31

主治医の追っかけ(1)

映画『プレシャス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私は以前から、誰かの間に割り込まない、愛情ベースの近親相姦は否定していませんでしたが、本作のようなケースはとても受け入れ難いですね。でも、近親相姦の被害者であるとも言えるプレシャスですが、彼女の魂が特別な学びを受け入れたために、このようなことが起こったのかもしれません。実際のところ、プレシャスほどではないにしても、多くの人たちが孤独を抱えてながら生きていると思います。私自身も、身近な存在に対しては孤独は感じていませんが、自分から少し距離のある人たちとの間にあるギャップをなかなか埋められず、いつも孤独を感じています。自分から少し距離のある人たちに対しては、本当の私を知って欲しいのになかなか自分自身を出し切れないというジレンマを抱えていますね。互いの感情をぶつけ合える距離にいない相手との距離を縮めて行くのは、なかなか難しいと感じます。私が一番仲良くさせてもらっている派遣仲間とも、かつてはオフィスで大喧嘩した仲であります。そういう意味で、プレシャスの母がプレシャスの前で長年溜め込んでいた感情を吐き出したのは、私には希望であるように思えたのです。

 二ヶ月前にI医師の診察を受けたあと、次の診察を予約しようとしたところ、受付の方に、
「五月からI先生の診察日が変わるので、診察の予約については薬がなくなる頃にお電話ください」
と言われた。私は、これまでI医師には土曜日に診ていただいていたので、診察を受けるためにわざわざ休暇を取る必要もなく、とてもありがたいと思っていた。しかし、五月からI医師の診察日が変わってしまうという。とは言え、例えI医師の診察が土曜日ではなくなってしまったとしても、二ヶ月に一回程度の休暇ならば、楽に申請できるだろうとも思っていた。更に、どうせ休暇を申請するのなら、できればI医師の診察日が神戸市内か自宅近くの映画館のレディースデイと重なってくれるといいのにと期待していた。

 処方していただいている薬がなくなるにはまだ少し早かったのだが、そろそろI医師の五月の予定は決まっているだろうかと思い、ゴールデンウィークが始まる少し前に病院に電話を掛けてみた。
「先月お伺いしたときに、五月からI先生の診察日が変わるとのことで、薬がなくなる頃に電話で予約してくださいと言われたのですが・・・・・・」
と切り出すと、電話に出てくださった病院のスタッフは、ごく事務的に、
「I先生は五月から○○病院で診察されますので、そちらに直接電話を掛けて予約を取っていただけますか?」
と言われてしまった。そして、I医師が勤務することになるという新しい病院の予約番号を教えてくださった。

 私は驚いたが、常に新しい技術を求めて止まないI医師ならば、次なる新天地を目指したとしてもおかしくはないと思った。そして、教えられた病院に電話を掛け、I医師が以前お勤めだった病院からご紹介いただいて電話を掛けたこと、I医師の診察の予約を取りたいことなどを伝えた。すると予約担当のスタッフは、私がI医師の診察のみを受けるのか、それともMRIの予約が必要なのかと確認された。そして、私にMRIの予約が必要ないことがわかると、ゴールデンウィーク明けの土曜日の十一時四十五分の枠に、一人だけ診察のみの空きがあると言ってくださり、予約を取ることができた。

 I医師の新しい勤務先となる病院は、確か以前、ガンモの運転で高速道路を走っているときに見えた病院である。最寄駅は一体どこになるのだろうと思い、予約担当のスタッフに尋ねてみると、予約担当のスタッフは最寄駅の名前とともに、そこから路線バスを利用してどこで下車するかを教えてくださった。そこは、神戸市内ではあるものの、我が家からはかなり遠い場所にあった。路線バスを利用するとなると、おそらく我が家から一時間半は掛かってしまうだろう。私は電話を切ったあと、病院のホームページで病院へのアクセス方法を確認した。これまでは、JR神戸駅から歩いて十分程度のところに病院があったのでまだ便利だったのだが、これからは通院するのがかなり大変になりそうだと思った。

 I医師が新しく勤務する病院のホームページには、五月から婦人科にI医師を迎えるという内容が大々的に告知されていた。きっとI医師は、強く望まれてその病院への勤務を決意されたのだろう。私は、これまでI医師が勤務されていた病院のホームページも参照してみた。しかし、I医師への歓迎ムードがたっぷり漂う新しい病院のホームページとはうって変わって、I医師が退職されることに関しては一言も触れられていなかった。

 それにしても、これまでの病院でI医師に診察していただいたカルテやMRIフィルムなどはどうなるのだろう。通常、患者が病院を変わるときは、医師の紹介状を受け取り、新しい病院へと向かう。その紹介状にどのようなことが記されているかは良くわからないが、カルテに従って、ある程度の患者の情報が書かれているはずである。また、病院が異なったとしても、MRIフィルムの貸し出しなどは可能である。私も、I医師の前に診察していただいていた病院で撮影したMRIフィルムをお借りして、I医師に診察していただいたことがある。しかし、それは患者が病院を変わるケースであって、医師が病院を変わるケースではない。今回は、医師は同じだが、病院が異なるケースなのだ。おそらく私たちの仕事と同じように、例え医師といえども、業務に関わる情報は外部には持ち出せない仕組みになっているのだろうと思う。

 さて、診察当日は、ガンモの仕事が休みだったので、私はガンモに頼んで、カングーで病院まで送ってもらうことにした。診察の予約が十一時四十五分からだったので、私たちは十時過ぎに家を出て、高速道路に乗り、カングーを走らせたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、何だかわくわくする展開になってしまいました。(苦笑)これまでのI医師の経歴を知っていましたので、二ヶ月前に次の診察の予約を入れようとしたときに、I医師が病院を変わられるであろうことは薄々予感してはいたのですが、やはり的中していました。長くなりますので、これから何回かに分けて書かせていただきますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.30

映画『プレシャス』

ホットヨガ(一八七回目)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関東地方にしか店舗のないラビエで開催されていたリラックスコースのレッスンを、私の通っているホットヨガスタジオ・オーでも受けることができるようになり、本当にうれしい限りです。ラビエには、アクティブコースやライトコースなどのレッスンがないと聞きましたが、反対に、これまでホットヨガスタジオ・オーでのみ開催されていたこれらのレッスンも、ラビエで行なわれるようになったのでしょうか。

 本作は、ゴールデンウィーク前のレディースデイに休暇を取ったときに鑑賞した作品である。映画館で予告編を目にしたとき、本作が公開されたら絶対に鑑賞しようと心に決めていたのだ。しかし、実際に鑑賞してみると、万人が感動に包まれるような作りにはなっていないことがわかった。最終的な解決策が示されていないだけに、何となく重い気持ちを抱えたまま映画館を出ることになってしまった人も多いかもしれない。主人公が抱えていた問題が無事に解決して、「はい、これでおしまい」というようなハッピーエンドではなく、過酷な状況下にあってもなお、現状を受け入れ続けながら、強く生き抜いて行こうとする主人公の姿が描かれている。

 プレシャスという名前の黒人の女の子がいる。ニューヨークのハーレムで暮らす彼女は、わずか十六歳にして二児の母親である。しかも、その子供たちの父親は何と、プレシャスの実の父親だという。すなわち、二人の子供たちは、近親相姦によって生まれたわけだ。

 そのような状況下において、プレシャスが母親にまっすぐな愛情を注がれるはずがない。だからプレシャスは、母親からひどい仕打ちを受けている。母親にしてみればプレシャスは、例えそれがプレシャスの意志ではなかったとしても、自分の愛する男性と関係を持った憎むべき相手なのだ。

 妊娠をきっかけに、これまで通っていた高校を退学せざるを得なくなってしまったプレシャスは、代替学校に通うようになる。そこには、プレシャス同様、様々な問題を抱えた子供たちが学ぶために通っていた。プレシャスは、代替学校でレイン先生と出会い、文字を読むことを学んで行く。

 とりわけ、ラストの手前のシーンで繰り広げられる母親の熱のこもった主張がたまらない。愛を受け取るべきときに受け取ることができなかった人は、愛を与えるべき対象に的確に愛を注ぐことができない。母親から娘であるプレシャスに注がれるべき愛情は注がれず、プレシャスは母親からの愛を受け取らないまま子育てを始めることになる。愛は循環させて行くものであるということを強く意識せざるを得ない。

 母親は、これまで溜め込んでいた感情をプレシャスの前で一気に吐き出すわけだが、親子に限らず、人間関係全般において、これまで溜め込んでいた感情を吐き出すことによって、崩壊してしまう関係と、停滞してしまう関係、そして反対に進展して行く関係がある。果たして、プレシャスと母親の場合は、どのように変化して行くのだろう。プレシャスにしてみれば、母親が強い剣幕でまくし立てたことで、自分が何故、これまで母親に愛されなかったのか、はっきりとわかった瞬間でもあった。母親もまた、自分と同じように愛を求めて止まない存在だったことを知ることにより、二人の間に大きな意識的な変革が起こって行くのではないだろうか。

 これまで溜め込んでいた感情を解放することができた母親と、母親の抱いていた負の感情の根源を知ることになったプレシャスのその後については描かれていなかったが、これまでとは違う関係が築かれて行くことを願って止まないのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 愛を受け取り、受け取った愛を循環させながら生きて行くのと、どこまでも愛を求めながら生きて行くのとは、まったく違う生き方になるのですね。受け取るべき愛をきちんと受け取ることができないでいると、人間は心のどこかに怒りを溜め込み、周囲の人たちに対しても愛を与えることができなくなってしまいます。レイン先生の存在は、そんなプレシャスに対し、既にそこにある愛に気付かせてくれる重要な役割も担っていたと思います。

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2010.05.29

ホットヨガ(一八七回目)

出雲~倉敷一人旅(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 普段、隠し持っている自分の中の熱さを表現しようとすると、独りよがりの記事になってしまいますね。(苦笑)おそらく、多くの人たちには受け入れてもらえないのではないかという恐れがあるからだと思います。本当は、もっともっといろいろな想いを心の中に隠し持ってはいるのですが、結婚をきっかけに環境が大きく変わってしまったため、なかなか表現できずにいます。自分の中からどのようなものが出て行くかというのは、日頃の相対関係にも関わって来るのでしょうね。

 日曜日、朝から雨が降っていたが、梅田店までホットヨガのリラックスコースのレッスンに出掛けた。JR大阪駅からは少し遠いところにある梅田店のスタジオまで、雨の中、傘をさして、てくてく歩いた。

 今回のレッスンの参加者は、女性ばかり十六名だった。男性会員も受け入れている梅田店で、男性会員が一人もいらっしゃらないレッスンというのも珍しい。男性会員は、比較的緩いリラックスコースのレッスンでは物足りないのだろうか。

 不思議なことに、レッスン開始時間になってもインストラクターがスタジオに現れなかった。そう言えば、以前、南森町店でも同じようなことがあった。そのときは、遅れてやって来た代理のインストラクターがレッスンを担当してくださった。もしかすると、今回もそうなのだろうかと不安に思いながらスタジオで待っていると、梅田店のレッスンで最も多くレッスンを担当してくださっているインストラクターがスタジオに入って来られた。確かそのインストラクターは、さきほど受付で顔を合わせたときに、髪の毛が濡れていることを確認したはずだった。インストラクターの髪の毛が濡れているということは、既に何らかのレッスンを担当されてシャワーを浴びた直後だと考えられる。それなのに、これから始まるリラックスコースのレッスンも担当してくださるのかと思い、驚いた。やはり、誰かの代理でレッスンを担当してくださるのだろうか。しかし、インストラクターは、自分が代理であるといったようなことは一切口にせず、普段と変わりない様子でレッスンを始めてくださった。

 前回のレッスンでは、揺れる吉祥のポーズではない吉祥のポーズからレッスンに入ったのだが、今回のレッスンではちゃんと揺れる吉祥のポーズで左右にゆらゆらと揺れながらレッスンに入った。身体をゆらゆらと左右に動かすだけでもリラックスして来るのだから不思議である。レッスンの最初に行なう吉祥のポーズが揺れるか揺れないかは、インストラクターによって異なるのだろうか。

 マーメイドのポーズを取っているときに、ふと鏡を見ると、そこに映っていたのは人魚ではなく、重い下半身をくねくねとねじっている「とど」だった。いつの間に、私の下半身にはこんなにも肉が付いてしまったのだろうと、私はショックを受けた。帰宅してからガンモにそのことを言うと、
「やっと気付いたか」
などと言う。そして、水族館で見たアザラシか「とど」の真似をして見せるのだった。

 身体の悪いところには肉が付き易いと言われているが、おそらくそれは、その部分の血行が良くないせいなのだろう。血行が悪いために、そこに貯まった老廃物が身体の外に排泄されずに不具合が起こってしまっているようだ。では、何故、私の骨盤周りの血行が良くないかというと、やはり骨盤や背骨に歪みがあるせいなのだろう。そう思うと、意識は再び骨盤へと向かって行くのだった。リラックスコースは、骨盤コースほど骨盤を意識してはいないが、骨盤コースに続いて骨盤の歪みを矯正するためのポーズが多く含まれている。

 例えば、イグアナのポーズというのがある。これは、うつ伏せになった状態で、片方の足だけを九十度に開くポーズだ。このポーズでも、左右の骨盤が矯正されて行くらしい。私は筋腫が大きいために、うつ伏せになるには決死の覚悟が必要なのだが、全体的に骨盤コースのレッスンよりも緩いポーズが多く、レッスン中に疲れが出ないのはとてもありがたい。

 緩いポーズのおかげで、私はレッスンの途中でスタジオの外に退出することもなく、最後までレッスンを受けることができた。レッスン中に息が荒くならないのもうれしい。私はようやく、今の自分にぴったりと合ったレッスンを見付けることができたようだ。

 シャワーを浴びたあと、梅田店のスタジオの近くでお昼ご飯を食べた。南森町店の周辺には、お昼ご飯を食べたくなるお店がたくさんあるのに、梅田店の周辺ではまだお店を開拓していないと書いたが、ようやくくつろげるお店を見付けた。これからは、梅田店に足を運ぶのもますます楽しくなりそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに、途中退出することなく、最後までレッスンを受けることができました。スタジオの温度や湿度、体調などによっても変わって来るのかもしれませんが、後半のレッスンで息が荒くなり、インストラクターに毎回、「大丈夫ですか?」と気遣っていただいていた骨盤コースのレッスンとは違いますね。(苦笑)自分にぴったりと合ったレッスンですと、レッスンに通うのもハリが出て来るというものです。

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2010.05.28

出雲~倉敷一人旅(6)

映画『ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。モーツァルトとロレンツォ・ダ・ポンテのコンビで「ドン・ジョヴァンニ」よりも先に生み出されていたのがオペラ版の「フィガロの結婚」だったようです。「ドン・ジョヴァンニ」は知りませんでしたが、「フィガロの結婚」なら知っていました。(笑)それでは週末になりましたので、出雲~倉敷一人旅(5)の続きを書かせていただきます。

 あるアーチストに対して好きという感情を抱くとき、多くの人たちは、そのアーチストの人間性に惹かれるのだろうか。それとも、作品に惹かれるのだろうか。おそらく両方好きという人は、まずは人間性に惹かれていて、その想いが強いあまり、あとから作品が付いて来ているのだと思う。

 益田で行われているコンサートに参加したとき、私は、自分自身が彼らの音楽を完全には受け入れていないことに気付いてしまった。実はこの春、開催されているのは、新しいアルバムを引っ提げての全国ツアーだった。それにもかかわらず、私は彼らの新しいアルバムを購入せずにコンサートに臨んだのだ。かつては、彼らに対して盲目的で、彼らのリリースするアルバムやシングルなどの情報もこまめにチェックしていた私だったが、ある時期から盲目的ではなくなってしまった。それは、彼らに対する気持ちが落ち着いたというよりも、私自身が彼らをどのように好きであるかが変化して来たのだと思う。

 私は、今回のコンサートに参加して、もしも彼らの新しいアルバムの曲が気に入ったら、コンサート会場でCDを買い求めても良いとも思っていた。しかし、コンサート会場で耳にした彼らの曲は、私の心を揺さぶってはくれなかった。彼らの生み出す曲が、どこかで聞いたようなアレンジに仕上がっているという感想は、既に何年も前から抱いていたのだが、今回の新しいアルバムではそれが決定的になってしまったように思う。

 コンサートの最中に、私の中で、激しい葛藤が続いた。これは、私自身のスランプなのだろうか? いや、そうではない。彼らの人間性はとても好きなのに、彼らの生み出す音楽が受け入れられないのだ。私は、プログレッシブロックと呼ばれる分野の音楽は好きなほうである。キングクリムゾンが来日したときも、イエスが来日したときも、喜び勇んでコンサートに出掛けている。キングクリムゾンに関しては、名古屋公演にまで足を伸ばしたくらいだ。今は通勤の途中にBBCを録音したmp3ばかりを聴いているが、少し前までは、ルネッサンスというプログレッシブロックグループの音楽を繰り返し聴いていた。ルネッサンスの演奏するプログレッシブロックは、私の耳に最も心地良く響いてくれる。

 しかし私は、自分の耳に心地良いと感じる音楽を生み出したり演奏したりしているプログレッシブロックグループのメンバーについて、ほとんど何も知らない。知っているのは、せいぜい名前くらいである。その人たちの人間性など、もっと知らない。これは純粋に、そのアーチストの作品に惹かれているということなのだろう。私がしばしば思うのは、アーチストにとって、ファンから支持されるということを考えたときに、人間性を支持されるのがうれしいのか、それとも作品を支持されるのがうれしいのか、どちらがうれしいのだろうということだ。もちろん、人間性と作品の両方を支持されるのが最もうれしいであろうことはわかっている。

 例えば、私はアーチストではないが、私が「ガンまる日記」を書いていることを知っている友人や知人はたくさんいる。もちろん、私と楽しく交流してくれて、その上で「ガンまる日記」も読んでくれればとてもうれしい。しかし、私と楽しく交流してくれている友人や知人でも、私の書く「ガンまる日記」には無関心な人たちもいる。そういう人たちは、私の友人や知人ではないのかと言えば、決してそうではない。何故なら、その人が生み出すものに、その人の人間性のすべてが投影されるとは限らないからだ。作品は、それを生み出すアーチストのすべてはなく、単に一部に過ぎないと私は思う。

 思えば、私の環境は、ガンモとの結婚をきっかけに大きく変わってしまったように思う。ガンモとの結婚が決まったとき、私は友人が手配してくれていた神奈川県でのコンサートのチケットを手にしていた。しかし、私は葛藤の末、そのコンサートには足を運ばなかった。チケットを手配してくれた友人には事情を説明して謝罪したのだが、彼女は私が説明した内容を理解してくれて、彼女自身もきっと同じことをするだろうと言ってくれた。

 ガンモと結婚するとき、私は、そのアーチストがどのように好きかという感情を、自分の中で納得の行くように変換させたのだ。それまで私の周りには、こうした私の気持ちを理解してくれる友人たちがたくさんいた。神奈川県のチケットを手配してくれた友人もその一人で、彼女とはしばしば、好きなアーチストの人間性や音楽性についても熱く語り合った。彼女と私は、そのアーチストがどのように好きかという感情がとても似通っていたと思う。大学生の頃、松江のホテルに一緒に泊まったという友人も、アーチストがどのように好きかという感情がとても似通っていた。端的に言ってしまえば、そのアーチストを一人の男性として見ていたということだ。

 そのような感情を持ってアーチストに接している人は、アーチストの数多くのファンからすれば少数派かもしれない。しかし、独身の頃の私には、「ファン」という表現に対してさえ、抵抗があったほどだ。しかし、そんな私たちも互いに年齢を重ね、結婚したり、これまで住んでいた場所から引っ越ししたりして、それぞれの環境がすっかり変わってしまい、以前のように熱い感情を共有できる間柄ではなくなって来た。

 もしかすると、理解してくださる方は少ないかもしれないが、アーチストとの関係で、私が最も心地良いと感じた瞬間があるので、思い切って書いてみたいと思う。独身の頃、私は東京に住んでいたのだが、好きなアーチストがしばしば足を運ぶ街に住んでいたので、好きなアーチストと街でばったり会うことが何度かあった。あるとき、私が自転車に乗って走っていると、商店街の向こうから私の好きなアーチストが歩いて来るのが見えた。アーチストとは、その街でしばしば顔を合わせていたので、アーチストは私の姿を見てもいっこうに驚かなかった。私も意外とあっさりしていて、
「今日は休みですか?」
とアーチストに尋ねた。アーチストは、
「うん、休み」
と言って立ち去って言った。私自身も、立ち去って行ったアーチストを振り返りもせずにそのまま自転車を走らせて帰路についた。

 この出来事が、アーチストとの関係において最も心地良い出来事として私の印象に強く残っているのは、私にとっては、アーチストと顔を合わせることが非日常ではなく、日常でありたかったという証なのだと思う。つまり、私の中では、アーチストのことが本当は特別なのに特別ではないような、そんな微妙な立場でいたかったのだと思う。

 だから、彼らがテレビに出演するときにテレビの前にかじり付いたり、ビデオに録画して欠かさず鑑賞するといった応援方法は取っていなかった。表面的には冷めているように見えていても、心の中にはいつも熱いものを隠し持っていた。しかし、その熱いものを、自分の想いと異なる人には見せたくなかった。

 益田でのコンサートの最中に、かつてのいろいろな想いがよみがえって来た。そう言えば、同じく大学生の頃、やはり松江のコンサートに足を運んだとき、アーチストが松江の街を散歩するのに、本屋さんまで一緒に付いて行ったことがある。そのときのことを、私は今、こうして思い出してはいるが、アーチストの記憶の中からは、もはや消え去ってしまっていることだろう。事実は一つでも、人の記憶は様々だ。それならば、私がいつまでもそのときのことを記憶に留めていよう。そんなことを考えてもいた。

 コンサートの最中に、冗談だとは思うのだが、バンドのリーダーが言った。
「新しいCDが出ましたので、買ってください。聴かなくても買ってください(笑)」
これはある意味、アーチスト側の本音だと思う。アーチストにしてみれば、CDが売れればうれしい。自分たちの懐も暖かくなる。しかし、それでは何かが違うのではないか。私は今回のコンサートで、彼らの生み出す音楽のすべてを受け入れられないことに気付いてしまったために、例え彼らのことが好きだとしても、新しいCDを購入する気にはなれなかった。

 もちろん、何年か前にレコード会社が変わってから、彼らのCDの売り方が、売り上げアップを意識した売り方に変わってしまったことが気に入らない気持ちもある。しかし、それよりも、メロディラインの美しさや、いつもとは違うアレンジをどこかで期待し続けているのだと思う。初めて曲を聴いたときに感じる、頭をハンマーで殴られたようなあの衝撃を待っているのだ。そんな期待とは裏腹に、私には彼らが、無理に作品を生み出しているように思えてしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アーチストに対して盲目的であり続けることは、果たしてアーチストにとって良いことなのかどうかについて、いろいろ考えさせられました。私たちが、次々にリリースされる新しいCDを相変わらず買い続けて彼らを無条件に受け入れるならば、アーチストの中には何も変革が起こらないようにも思えました。彼らには、もっともっと変革を起こして欲しいと思うのです。

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2010.05.27

映画『ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い』

出雲〜倉敷一人旅(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 出雲市から益田までは、快速アクアライナーで二時間余り掛かったわけですが、益田でコンサートが開催されることに気付かずに、松江のホテルを予約したままの状態であったならば、それこそ大変なことになっていました。何故なら松江は、出雲よりも更に京都寄りに位置しているからです。私が住んでいる兵庫県も横に長い県だとは思いますが、島根県もまた横に長い県だったのですね。快速列車に二時間余りも乗れば、別の県に着いてしまうという人も多いのではないでしょうか。

 本作は、映画『モリエール 恋こそ喜劇』を鑑賞したのと同じ日に、同じミニシアター系映画館で鑑賞した作品である。

 私はあまり詳しくはないのだが、「ドン・ジョヴァンニ」という名作オペラがあるらしい。そのオペラの作曲を担当したのはモーツァルトで、オペラの脚本を書いたのはロレンツォ・ダ・ポンテという劇作家らしい。すなわち本作は、二人の出会いから始まる、名作オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の誕生の物語となっている。

 ロレンツォは、もともとユダヤ人として生まれたが、子供の頃にキリスト教に改宗し、名前もエマヌエーレからロレンツォに改名している。のちに彼は神父になったが、その放蕩ぶりが仇になり、十五年間、ベネチアから追放されることになってしまう。そこでウィーンに渡ったロレンツォは、モーツァルトとの運命的な出会いを果たすのだった。神父というと、神に仕え、禁欲的な生活を送っているように思えるのだが、ロレンツォはたくさんの女性たちの間を渡り歩いていたらしい。考え方によっては、彼のそんな型破りな経験が、のちに劇作家としての才能を花開かせたのかもしれない。

 私はモーツァルトも良く知らない上に、かの有名な映画『アマデウス』も鑑賞してはいないのだが、本作に登場するモーツァルトは、モーツァルトを扱った過去の作品のイメージからそれほどかけ離れてはいないように思える。

 名作オペラとなった「ドン・ジョヴァンニ」が、ロレンツォとモーツァルトによって生み出されるプロセスは大変興味深い。かつての記事に、将来、大物になる人は、自分の願望を手助けしてくれる重要な人物と出会うものだと書いたが、ロレンツォにとってのモーツァルトと、モーツァルトにとってのロレンツォが互いに重要な人物となり、一つの作品が完成したわけである。

 芸術家と芸術家が運命的に出会うとき、そこには互いの才能をポジティヴに引き出し合う化学反応のようなものが起こるのではないだろうか。そうした化学反応は、ロレンツォからモーツァルトに向かって一方的に起こるわけでもなく、また、モーツァルトからロレンツォに向かって一方的に起こるわけでもない。そこには、双方向に刺激を与え合える関係が成立しているのである。

 更に興味深いことに、あれほど女性遍歴を繰り返しながらも、ロレンツォの心の中にずっと残っていた愛しい女性との再会が、モーツァルトの介入によって叶うことになる。ロレンツォは、他の女性たちに対して抱いて来たのとは違う純粋な想いをその女性に対して抱いていたようだ。その女性が、女性遍歴を繰り返して来たロレンツォの純粋な想いを信頼し、受け入れて行くのかどうかというところも見どころの一つとなっている。

 もう一つの見どころは、芸術作品が生み出されて行く過程において、芸術家の私生活が作品に投影されて行くプロセスを見守ることができるというところである。芸術家にとっての作品とは、自分の子供のようなものかもしれない。例えそれが歌であったとしても、絵であったとしても、そこには、作品を生み出そうとしている芸術家が私生活で体験した様々な出来事が投影されているはずなのだ。それらは通常、ブラックボックスになっていて、鑑賞する側にはわからない仕組みになっている。むしろ鑑賞する側は、ブラックボックスを勝手にこじ開けて、自分自身の体験とリンクさせたりもする。

 「ドン・ジョヴァンニ」の中で描かれている好色な男性は、ロレンツォが自分自身を投影させたものだと思う。そうして生み出された彼の作品を、彼にとって身近な人たちがどのような気持ちで鑑賞したのかというところも興味深い。芸術家にとって、生み出す作品とは、自分の子供であるとともに、何かを間接的に主張するための手段なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m オペラのことは良くわかりませんが、芸術家と芸術家が出会い、化学反応が起こると、傑作が生まれるのだということが良くわかりました。作品を生み出すプロセスにおいて、二人の芸術家が心身ともに健康ではない状態にありながらも、とても生き生きとしていたことも印象的でした。

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2010.05.26

出雲〜倉敷一人旅(5)

出雲〜倉敷一人旅(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夜行高速バスで出雲入りして、シネコンで映画を一本鑑賞したあと、日帰り温泉に入るというのは、私にとっては最高のプランだったと思います。まだまだ旅は続きます。よろしければ、もう少しお付き合いくだされば幸いです。

 多くの人たちは、出雲市から益田まで移動するのに、特急列車を利用するのかもしれない。しかし私は、県庁所在地の松江でコンサートが行われると思い込んでいたため、ゴールデンウィーク中の移動となるにもかかわらず、特急列車の指定券を手配していなかった。そこで、特急券の要らない快速アクアライナーで、二時間余り掛けて移動することにしたのである。

 T−ジョイ出雲で映画を鑑賞したあと、私はガンモに電話を掛けて、島根県内で、私が持ち歩いているモバイルカードの電波が届く地域はどこなのか調べてもらった。出雲では電波が届かないため使用できなかったが、この先、浜田や益田でモバイルカードの電波が届くようなら、「ガンまる日記」を更新したいと思ったからだ。もしも、この先もモバイルカードが使用できないとしても、宿泊するホテルにインターネットの接続サービスがあるはずなので、それを利用して記事を更新することができるだろうとも思っていた。

 ガンモは、直ちに私のモバイルカードのサービス地域を調べてくれた。その結果、私の使用しているモバイルカードは、浜田と益田で利用できることがわかった。ということは、運が良ければ、快速アクアライナーに乗って益田に向かっている間も、電波が通じるかもしれない。

 十四時二分に出雲市駅を出発した快速アクアライナーには、出雲市から多くの利用客が乗り込んだ。私は、昼食をとったあと早々とホームに上がり、列の先頭に並んでいたので、運良く座ることができた。移動時間が二時間余りもあれば、睡眠不足を解消するために睡眠を貪りたいという人もいるだろうが、私はリュックの中からノートパソコンを取り出して、午前中のうちに書いておいた「ガンまる日記」の下書きをパシャパシャと推敲した。

 ありがたいことに、列車が発車してしばらくすると、モバイルカードの電波が届くようになった。その日の記事は、三日に一度のペースでお届けしている映画のレビューを書く日だったので、モバイルカードの電波が通じている間にささっと調べ物をして、いつでも投稿できる状態にしておいた。そして、電波状態の良いタイミングを見計らって、ようやく「ガンまる日記」を更新することができた。

 益田には、十六時二十一分に到着する予定だったのだが、途中で待ち合わせをするはずの対抗列車に遅れが出ていたため、私の乗っていた快速アクアライナーにも二十分ほどの遅れが出てしまった。単線なので、途中の駅で、上り列車と下り列車の待ち合わせが必要なのである。

 出雲市からもたくさんの人たちが乗り込んだように、快速アクアライナーはとても混雑していた。私の席の隣に座っていた二人連れの女性たちは、どうやら私と同じ目的で益田に向かっているように思えた。長年、同じアーチストのコンサートに通い続けていると、そうした勘のようなものが働くのだ。彼女たちは関東方面のアクセントで話をしていたので、ひょっとすると、関東方面から飛行機で出雲空港に降り立ち、出雲市から快速アクアライナーを利用して益田まで向かっていたのかもしれない。ゴールデンウィークに行われるコンサートには、全国からたくさんのファンが集まって来るのだ。

 快速アクアライナーは、二十分遅れで益田に到着した。予約しておいたホテルにチェックインしてみると、やはり、同じホテルに同じ目的で宿泊する人たちがいるようだ。何となく、雰囲気でわかってしまうから面白い。私は、フロントで受け取った鍵を使ってホテルの部屋に入り、少しくつろいだあと、十七時過ぎにホテルを出た。コンサートの開演時間は十八時である。ホテルからコンサート会場までは、徒歩でおよそ十五分くらいのようだ。路線バスも運行されているようだったが、私は観光がてら、会館まで歩いて行った。

 会館まで歩く途中、私の中に芽生えていたのは、「誰かに会えるかな」という淡い期待感だった。長年、同じアーチストのコンサートに通い続けていると、コンサートが開催される地域によって、同じアーチストファン仲間の誰が遠征して来るかの予測がついている。以前の私ならば、コンサートの前に、そのコンサート会場に足を運びそうな友人と手紙やメールで連絡を取り合って合流したりしていたのだが、ここ数年は、人と接触することに対し、すっかり消極的になってしまった。

 いつだったか、古くからの友人とばったり出会い、懐かしくて話をしたかったのに、彼女が他の誰かと話し中だったために遠慮して、その場を立ち去ってしまったことがあった。あとからその友人からメールをもらい、実は気後れしてしまったのだと返事を返すと、その友人は、そんなこと気にしなくていいのに、と言ってくれた。

 そう言えば、彼女と私は、二十数年前に松江のホテルで同じツインルームに泊まったことがあった。彼女も私も大学生の頃のことだ。携帯電話もなかったあの頃は、旅先での友人同士のやりとりをどのように実現させていたのだろう。今は携帯電話やパソコンを使って気軽に交流できる時代だというのに、どういうわけか、あの頃のほうが友人たちのと繋がりが深かったように思えてならない。友人たちと交わす、手紙の一通一通がとても貴重だったように思える。今は、携帯電話やパソコンなどの便利なツールを使い過ぎて、多くの繋がりをあちらこちらに作り過ぎてしまっているのかもしれない。

 きっとその友人も、益田のコンサートに足を運んでいるはずなのだが、消極的な私は、「誰かに会えるかな」という淡い期待感は抱いているものの、結局のところ誰にも連絡することなく、コンサート会場に足を踏み入れたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 学生の頃のことを思い出すと、思わず目頭が熱くなってしまいますね。あの頃は、とにかくひたむきでしたから。(笑)当時、交流していた友人たちも、みんなひたむきで、好きなアーチストに対して、同じように熱い想いを抱えていました。お互いがライバルのようでいて、同士のようでもありました。いつか、その頃のことをじっくりと語る機会があればいいなと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.25

出雲〜倉敷一人旅(4)

映画『モリエール 恋こそ喜劇』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m モリエールとは、これまでほとんど馴染みがありませんでしたが、こういう計算し尽くされた笑いを生み出す人だったのですね。ところで、フランスと言えばユーロです。(苦笑)ユーロがとうとう百十円台を切って、百九円台まで下がっています。百十三円台のときに両替してしまい、後悔しています。(苦笑)

 益田に向かう快速列車は十四時台の発車だというのに、T−ジョイ出雲で映画を鑑賞したあと、私が出雲市駅に戻ったのは十一時過ぎだった。実は、前日の夜、シャワーを浴びてから夜行高速バスに乗り込んだものの、せっかく出雲まで来たのだから温泉に入っておきたいと思い、出雲市内にある日帰り温泉を予め調べておいたのだ。そして、出雲市駅から最も近い出雲駅前温泉らんぷの湯という日帰り温泉の評判が良かったので、そこに入ってみることにしたのである。

 出雲駅前温泉らんぷの湯は、その名前の通り、出雲市駅から歩いてすぐのところにあり、利用するのにとても便利だった。私が利用したのがちょうどお昼前だったからだろうか。思っていたよりも空いていて、女湯の利用客はわずか数人程度だった。利用料金は六百円だと思っていたのだが、休日だったので百円高い七百円だった。

 出雲駅前温泉らんぷの湯は、ひのきがふんだんに使われ、浴室には品のいいランプがともされていた。これらのランプは、夜になると幻想的な雰囲気をかもし出すのだろう。お湯は、有馬温泉にある金泉のように金色に濁っていた。室内には大きな湯船とサウナがあり、それぞれのカランにはシャンプーやリンス、ボディソープなどが備え付けられていた。

 露天風呂に続く扉を開けて屋外に出てみると、竹やぶとともに三つの露天風呂と水風呂があった。おそらく水風呂は、サウナの利用客のために用意されているのだろう。三つある露天風呂は、私の大好きな桶風呂ではなかったのだが、身体をゆったりと伸ばして入ることのできる細長い木のお風呂だった。

 露天風呂も空いていたので、私は細長い木のお風呂にゆったりと浸かり、竹やぶを眺めながら、深呼吸を繰り返した。竹やぶの中では、むくむくと竹の子が生えていた。竹の子は、本当に竹の子供だったのだ。

 この頃、まだ気温は今ほど高くはなかったので、上半身だけを湯船の外に出して、しばらく半身浴をしたのが、私にとっての至福の時間となった。利用客が少ない上に、ひんやりとした外の空気が半身浴をするにはちょうど良く、また、竹やぶからもたくさんのポジティブなエネルギーをもらった。ずっと露天風呂の湯船に浸かっていたかったのだが、このあと二時間余りも列車に乗ることになっていたため、できればお昼ご飯を食べておきたかった。そこで仕方なく、一時間足らずで至福の時間を終わりにすることにしたのである。

 お風呂から上がった私は、出雲市駅の構内で出雲そばの割子そば定食を食べたあと改札をくぐり、益田まで向かう快速列車が入って来るホームへと上がった。ちなみに、このとき私が購入した切符は、出雲市から神戸市内までの連続乗車券である。このあと益田まで行き、益田に一泊してから倉敷まで移動したあと、帰宅する予定だったので、連続した区間で乗車券を購入しておいたのである。連続した区間で乗車券を購入しておくと、途中下車が可能になるだけでなく、区間ごとに区切って購入するよりも価格が割安になるので、私はいつもそうしているのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、出雲駅前温泉らんぷの湯をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の旅行アルバムは、わずか四枚とかなり短めですね。(笑)整理する写真の枚数が少なかったため、旅行アルバムと連携した平日の記事更新も可能でした。本当は、露天風呂や脱衣場なども撮影したかったのですが、いくら利用客が少ないとは言え、女湯でカメラを振り回していると怪しまれますので、やめておきました。(苦笑)今回、利用した出雲駅前温泉らんぷの湯は、大満足でした。いつかまた、ガンモと一緒に訪れたい日帰り温泉です。皆さんも、出雲に足を運ばれた際には、竹やぶのある露天風呂に癒されに足を運んでみてください。

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2010.05.24

映画『モリエール 恋こそ喜劇』

出雲〜倉敷一人旅(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m T−ジョイ出雲は、四国内でも良く見掛けるyoumetown(ゆめタウン)というショッピングセンターに隣接していたのですが、そう言えば、最近、ショッピングセンターの中に建設されるシネコンが多いですね。ショッピングセンターの中にある飲食店街では、たいてい、シネコンで鑑賞した映画の鑑賞券を提示すると、何らかの割引サービスを受けられます。このときは、次の予定をこなすために、お昼ご飯を食べずに出雲市駅前に戻ったのですが、ショッピングセンター内にある飲食店街も堪能したかったと思います。

 イギリスに悲劇王のシェイクスピアがいるなら、フランスには喜劇王のモリエールがいると言われているほど、フランスにおけるモリエールの評価は高いらしい。本作は、若き日のモリエールの空白の数ヶ月間を、モリエール風の喜劇を織り交ぜながらフィクションとして描いた作品である。

 まず、モリエールを演じているロマン・デュリスは、私が鑑賞した過去の作品では、映画『ルパン』でルパンの役や、映画『PARIS(パリ)』で余命いくばくもない弟役を演じていた。映画『ルパン』を鑑賞したときは、私の中では彼のルパン役があまりしっくり来なかったのだが、本作を鑑賞してみると、なるほどと思った。彼は、顔に髭があるときは大胆な役を演じることができるが、顔に髭がなくなると、映画『PARIS(パリ)』のような繊細な役を演じることができるのかもしれない。

 また、ムッシュ・ジュルダンの役を演じているファブリス・ルキーニは、フランス映画の中ではこっけいな役を演じることが多い。モリエール役のロマン・デュリスと同様、映画『PARIS(パリ)』にも出演していたのだが、年甲斐もなく若い教え子に恋をしてしまう歴史学者の役を実にこっけいに演じていた。そして、映画『親密すぎるうちあけ話』では、精神科医と間違えられて、患者から悩みを相談される会計士の役を演じていた。そして今回も、妻子がいながら、美しい公爵夫人に想いを寄せるお金持ちの商人の役を面白おかしく演じていた。彼のように、大まじめな顔で喜劇を演じることのできる役者さんはなかなかいない。

 ファブリス・ルキーニのキャラクターが活かされているためか、本作は、モリエールの伝記的フィクションでありながらも、喜劇としての面白さを兼ね備えている。当時、小さな劇団を切り盛りしていたモリエールは、ムッシュ・ジュルダンに演劇の才能を見込まれ、ムッシュ・ジュルダンが美しい公爵夫人の気を引くために捧げようとしている演劇の台本を書き上げるための指導者としてムッシュ・ジュルダンの屋敷に住むようになる。しかし、ムッシュ・ジュルダンの家族には、本来の目的を知られたくないという理由から、モリエールは、司祭タルチュフとしてムッシュ・ジュルダンの屋敷に滞在し続けることになる。そして、あろうことか、モリエールは、ムッシュ・ジュルダンの妻と恋に落ちてしまうのだ。

 そんな意外な展開に加え、ムッシュ・ジュルダンと美しい公爵夫人の仲を取り持とうとする打算的な友人との関係や、娘に好きな男性がいるというのに、打算的な友人の息子と結婚させようとしたりと、とにかくいろいろなストーリーが盛り込まれていて実に面白い。ジョルダン夫人との情事に至るまでの展開も独創的である。

 ミニシアター系映画館での上映作品だったので、上映中、ここで笑っていいものかどうか躊躇しながらも、他の鑑賞者たちの笑いにつられて何度も笑ってしまった。脚本としても、実に良く練られた作品だったと思う。そして何よりも、このような喜劇を大真面目に演じている役者さんたちの演技がとても素晴らしかったと思う。喜劇は、演じる側が喜劇を意識せずに素知らぬ顔で演じるほうが、観客に対して笑いを押し付けずに済むのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 喜劇というと、吉本新喜劇をすぐに思い浮かべますが、吉本新喜劇のようなお笑いとは違う種類の喜劇でした。吉本の芸人さんたちは、自分たちが喜劇を演じていることを常に意識しながら演技していると思います。しかし本作は、観客からの笑いを期待する喜劇ではなく、大真面目に演じる喜劇なんですね。

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2010.05.23

出雲〜倉敷一人旅(3)

一人、また一人(12)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。同じビルの同系列の別会社は、始業時間と終業時間が現在の私の職場よりも二十分遅いだけで、これまでと同じようにラフなスタイルで出勤できるはずです。いくら不況とは言え、着て行くものが自分のスタイルから著しくかけ離れている場合、窮屈に感じてしまいますよね。そういう私は、毎日、ホットヨガのレッスンでも着ているインドの神様Tシャツを着て出勤しています。(笑)では、もう一つの週末の記事である出雲〜倉敷一人旅(2)の続きを書かせていただきます。

 私にとって、出雲を訪れたのは、確か今回が四回目である。最初に出雲に降り立ったのは、六年ほど前のことだった。この頃、私たちは夏休みになると、青春18きっぷを使ったガタンゴトンツアーに出掛けていた。いろいろな地方の鉄道を乗り潰すために、時には飛行機を利用してひとまず移動し、その先で青春18きっぷを使って移動していたのだ。このとき私たちは、大阪国際空港から出雲空港に飛び、そこから広島を経由して九州に入り、九州内の一部の鉄道を乗り潰したのである。ちなみに、いったん出雲に降り立った私たちは、映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』で話題となっている一畑電鉄を乗り潰している。

 そして、そのおよそ三ヵ月後、私たちは再び出雲を訪れている。今度は一体何ごとかと言うと、出雲車両支部の車両展示会である。そのあと、旧大社駅を見て、かつては栄えていたであろう旧大社線跡を観光した。

 出雲大社と日御碕灯台に足を運んだのは、今から五年前のことである。夫婦で訪れる出雲大社は格別に良かった。日御碕灯台も、私の中では忘れられない灯台となっている。

 今回はガンモと一緒ではなく、一人旅となってしまったわけだが、過去にこれだけ出雲の名所を訪れているのだから、そろそろ観光客を卒業してもいいのではないか。そんなことを思い、私が向かったのは、映画館である。実は私が出雲を訪れた日は、映画を千円で鑑賞できる日だったのである。

 コンサートに参加するために、夕方には益田まで移動しなければならなかったが、益田に向かう快速列車が出雲市駅を十四時台に発車する予定だったので、それまでの間に、私は一本でも映画を鑑賞したいと思っていた。そこで、島根県にある映画館を調べてみたところ、何と、松江と出雲に一軒ずつしかなかった。いやはや、驚きである。出雲にあるのは、T−ジョイ出雲という大型映画館だった。

 私は、市内循環バスに乗り、youmetown(ゆめタウン)出雲で降りてT−ジョイ出雲に向かった。鑑賞したい作品は九時三十分からの上映だったのだが、あまりにも早く着き過ぎたので周辺をうろうろしていたところ、他の利用客がチラホラとやって来たので、慌てて開店待ちの列に並んだ。しばらく待っていると、開店を知らせる電気が点灯し、自動ドアが反応したので、私は自動ドアをくぐって素早くエレベータに乗り込み、映画館へと駆け込んだ。

 T−ジョイ出雲は、映画館としの評判がとても良かった。それもそのはずで、利用客が映画の待ち時間をゆったりと過ごせるように、たくさんのソファや自由に使えるテーブルと椅子などが用意されていた。また、映画館の中に、子供さんたちが遊べるキッズコーナーも設置されていた。

 鑑賞前にトイレに入ってみると、映画『アリス・イン・ワンダーランド』のポスターが掲示されていた。そのポスターには、「山陰で3D映画を鑑賞できるのは、このT−ジョイ出雲だけ」という宣伝文句が書かれていた。ということは、松江にある映画館では、3D映画を鑑賞できないということなのだろう。

 不思議に思ったのは、通常のトイレとは別のところに設置されていた「個室トイレ」という表示だった。トイレは個室であるのが当たり前のはずなのに、何故、わざわざ「個室トイレ」と書かれているのだろう。そう思い、「個室トイレ」と書かれたトイレに入ってみると、何と、中にはトイレのほかに、鏡や椅子などが設置されていた。なるほど、トイレという個室でくつろげるようになっているのだ。確かにこうしたトイレならば、「個室トイレ」と表現するのは妥当である。私は、重いリュックを椅子の上に置いて用を足した。しかし、ゆったりとくつろげるはずのトイレも、他にこの「個室トイレ」を利用したがっている人が外で待っているかもしれないと思うと、なかなかくつろぐことができず、そそくさと出てしまった。

 こうして私は、映画を一本だけ鑑賞したあと、再び市内循環バスに乗り込み、出雲市駅前まで戻った。市内循環バスの利用料金は一回百五十円だった。往復の利用で三百円なので、映画を鑑賞するのに千三百円掛かったことになる。それでも、評判のいい近代的な映画館で、個室トイレなどの楽しい経験ができたのだから、よしとしよう。

 ところで、出雲市駅の表玄関は、出雲大社や神話をイメージさせる造りになっている。出雲大社までは、出雲市駅前から路線バスを利用するのだが、わざわざ出雲大社まで出掛けて行かなくても、出雲市駅の駅舎を見ただけで、出雲大社に参拝した気分に浸ることができるのはお得である。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、出雲市への一人旅をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m T−ジョイ出雲は、トイレだけでなく、座席シートも快適でした。これまで様々な映画館に足を運びましたが、ここまで設備の整った映画館は初めてでした。映画館のスタッフが有無を言わさずポイントカードを作ってくださったのですが、次に利用できるのはいつになるかわかりません。(苦笑)

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2010.05.22

一人、また一人(12)

映画『半分の月がのぼる空』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 二人の恋は、病院の人たちや友達にも祝福され、応援されていました。それは、二人の惹き合う姿がとても美しかったからだろうと思います。彼らの存在が、周りの人たちにも幸せを与えていたから、周りからの協力を得られたんでしょうね。それでは、週末になりましたので、一人、また一人(11)の続きを書かせていただきます。

 ゴールデンウィークが明けてしばらく経った頃のことである。私の携帯電話に、先日退職したばかりの派遣仲間からメールが届いた。彼女が今の職場を去って行ったとき、あまりにもあっけない終わり方だったので、私はもはや、彼女との縁が途切れてしまったのではないかと思っていた。だから、彼女からメールが届いたことがとてもうれしかった。あのような終わり方では、例え彼女の仕事が決まったかどうかを気に掛けていたとしても、こちらからメールを送るのは何となく気が引けたからだ。

 彼女からメールが届くということは、ひょっとすると仕事が決まったことの報告なのではないかと思い、急いでメールを開封してみると、やはりその通りだった。しかも、新しい仕事先は何と、私が働いているのと同じビル内にある同系列の別会社だという。そこには、月に一回程度の割合で会って食事をしている派遣仲間もいるはずだった。私は驚きとともに、彼女の仕事が決まったことに安堵した。とにかく良かった。私はすぐに彼女のメールに返信した。

 すると、彼女からもすぐに返事が返って来た。これまで、彼女の次の仕事に関して、私が気に掛けていたことが彼女にはちゃんと伝わっていたようだ。彼女から届いたメールには、そのことに対するお礼とともに、これからも顔を合わせることがあるのでよろしくと書かれていた。また、彼女が契約を打ち切られてしまったことに対し、同じプロジェクトメンバからも、彼女の次の仕事が決まるかどうかを気遣う言葉があり、みんなからとても温かい言葉を掛けてもらってありがたかったとも書かれていた。

 以前も書いたが、彼女は派遣社員の中でも、最も派遣契約を打ち切られてはいけない立場にあった。プロジェクトメンバは、私の見えないところでちゃんと彼女のことを心配していたのだとわかり、私も心に温かいものを感じた。彼女とは、他の派遣仲間たちも誘って、近いうちに一緒にご飯を食べに行くことになった。

 彼女からメールが届いた翌日、再び派遣会社の営業担当がやって来て、それぞれの派遣社員と面談を行った。営業担当は、彼女の次の仕事が決まったことを、上司のまた上司に報告したそうだ。同じビル内にある同系列の別会社での仕事ということで、これからも顔を合わせる可能性を考慮してのことだろうが、何よりも、彼女の次の仕事が決まったことは、派遣契約を打ち切らなければならなかった上司のまた上司の気持ちを軽くすることに繋がったと言えるだろう。

 営業担当は、上司のまた上司に、彼女が退職してから仕事の体制が大きく変わったことで、それぞれの派遣社員たちが抱えている問題をそれとなく伝えてくれたらしい。私は、企業さんにはまだ伝えないでくださいとお願いしておいたことが早くも伝わってしまってことに対し、残念な気持ちにはならず、むしろ伝えてくれてありがとうという気持ちになっていた。それだけ、営業担当に対する信頼があるのだと思う。

 上司のまた上司は、私の抱えている問題を知り、私が現在の職場に派遣されてからもう長いので、現在、担当している仕事に関する知識も、当然、あるものだと思っていたらしい。そのため、私が現在の仕事をやりにくいと感じていることを知り、むしろ驚いていたそうだ。

 その席には、四月から再赴任された部長もいて(人事異動により、これまでの部長が転任され、かつての部長が再赴任された)、一人の派遣社員の派遣契約を打ち切るような結果になってしまったので、他の派遣社員の方たちも今後のことを心配しているかと思うが、これ以上の縮小は考えていないということ、これからはむしろ、拡大に向けて動いて行きたい気持ちがあることを聞かせてくださったそうだ。だから、私たち派遣社員には安心して欲しいと伝言されたそうだ。私は、営業担当からその話を聞いて安心するとともに、あと二ヶ月ほどで四十五歳を迎えようとしているというのに、一体いつまでフルタイムで働き続けるのだろうとも思ったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼女の次の仕事が同系列の別会社に決まったことで、とにかく安心しています。思えば、私の現在の職場を退職して行った派遣仲間が、同系列の別会社で働くようになるということは、良くあることなんですよね。少なくとも、過去の記憶を手繰り寄せてみると、私の知る限り、六人はいます。反対に、過去に同系列の別会社で働いていた派遣社員で、私の今の職場で働くようになった派遣社員も二人います。この不況の時期に、仕事が決まるのはタイミングが大切だと思いますが、彼女は本当にラッキーだったと思います。彼女が悲観的にならなかったことで、自ら幸運を引き寄せたのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.21

映画『半分の月がのぼる空』

筋腫改善メールの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。子宮筋腫を示す症状の中に、「生理痛がひどく、薬が効きにくい」というのがありましたね。もしかすると、生理痛を緩和させるために、薬を飲んでいる方も多いのでしょうか。私もずいぶん若い頃は、生理痛を和らげるために薬を飲んでいたこともありましたが、ある時期から、市販の薬はほとんど飲まなくなりました。今はほとんど生理痛もないので実践していませんが、かつて生理痛に悩まされたときは、お腹にカイロを貼って温めていましたね。また、ホットヨガのレッスンのあと、頭が痛くなったとしても、頭痛薬は飲みません。どうしても痛みを我慢できないときは、やはりカイロで首の後ろを温めていますね。そう言えば、私は滅多に風邪を引かないのであまり参考にはならないかもしれませんが、例え風邪を引いたとしても、比較的初期の段階に、うがいだけで治してしまいます。考えてみると、余程のことがない限り、薬は飲んでいません。いつの間にか、できるだけ薬を飲まない生活に変わっていました。現在は、婦人科の医師から処方されている漢方薬のみ服用しています。

 映画館に通い詰めていると、その映画館で上映されているほとんどの作品を鑑賞し尽くしてしまうことがある。もちろん、映画の好みはあるので、上映されている作品のうち、好みでない作品は無理に鑑賞しようとは思わない。それでも、私がしばしば足を運んでいるミニシアター映画館では、毎週金曜日になると、シネマポイントカードに加入している会員は映画を千円で鑑賞することができる。そうなると、映画を鑑賞したいのに鑑賞したい作品がない状態に陥ってしまうのだ。そんなときは仕方がないので、地元の大型映画館に足を運び、レイトショーを鑑賞してから帰宅する。私の金曜日の夜は、だいたいこんなパターンだ。

 あるとき、そのミニシアター系映画館で、新しい作品の上映が始まった。邦画だったが、拒みたくなる理由もなかったので、私は半ば飛び付くように、何の知識もなく本作を鑑賞した。ゴールデンウィークが始まる前の四月二十三日のことである。

 本作の原作は、百四十万部も売れたベストセラー恋愛小説なのだそうだ。世の中の流れに疎い私がその恋愛小説を知っているはずがない。しかも、原作を知らないだけでなく、主演の若い男女も知らない。ただ、お医者さん役の大泉洋さんは、映画『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズのねずみ男役で知っていた。

 病気で入院した高校生の裕一は、入院先の病院で、心臓病を患い、長期に渡る入院生活を送り続けている少女・里香と出会う。入院生活ばかりで学校にも行けない里香は、友達もいないため、本を読むのが趣味だったが、入院生活の長い彼女は、既に多くの本を読み尽くしていた。最初のうち裕一は、看護師さんに頼まれ、友達のいない里香に接近したのだが、最初はつっけんどんな態度を取っていた里香も、次第に裕一に対して心を開いて行くようになる。やがて、入院中もときどき病院を抜け出して、外の世界との繋がりを持っている祐一と、病院の外の世界をほとんど知らない里香は、まるで映画『猟奇的な彼女』のような関係を築いて行く。

 ある夜、祐一は、外の世界を見たいと切望する里香を病院から連れ出して、里香の思い出の山に向かう。その山は、里香にとって、亡き父との思い出の場所だった。里香の父は、里香と同じ病気で亡くなったのだった。心臓の弱い里香を、病院に無断で夜に連れ出し、怪我をさせた上に、体力もすっかり消耗させてしまった祐一だったが、二人の絆はその思い出の山でしっかりと結ばれたように思える。

 映画の中で語られている言葉が関西弁のようでもあったのだが、私が普段、耳にしている関西弁とはどこか違っていた。途中で、本作の舞台が三重県の伊勢市であることがわかった。二人が入院している病院には、大泉洋さん演じる赴任して来たばかりの夏目医師がいるが、かつて心臓外科の名医であったはずの彼は、もはや心臓の手術はしないと宣言している。夏目医師の心は、何らかの理由で固く閉ざされているように見えた。一方、里香の病気は、手術を受けることで助かるかもしれないという希望が残されていたものの、おそらく手術が難しいからだろう。里香の担当医師もまた、里香の手術を拒んでいた。

 本作は、ラストの手前で時間軸が調整される構成となっている。時間軸が調整されると、「なるほど、そういうことだったのか」と納得すると同時に、どうにもならない切なさが込み上げて来る。素直に泣ける映画だった。とは言え、夏目医師の固く閉ざされた心に対し、ほんの少しの違和感は残る。果たして、固く心を閉ざしてしまうほどの悲しみは、本当に経験しないほうがいいのだろうか。夏目医師は、もしかすると、今後、彼と同じような辛い思いを経験するかもしれない若者に対し、その若者の人生を勝手に先回りして、悲しみを経験しなくてもいいような選択を迫ろうとする。つまり、その若者にとっては、現在の延長線上にある未来を放棄することに等しいのではないだろうか。確かに、自分自身が辛い経験をしていれば、自分と同じような辛さを誰かに味わって欲しくない気持ちは良くわかる。しかし、その若者が現在の選択を途中で放棄することもまた、心に深い傷を残すことになってしまうのではないだろうか。どんな人生を送るにしても、絶対に傷つかないという選択はほぼ有り得ない。むしろ、本当に傷ついた人ほど、人間としての深みが増して来る。深い悲しみから立ち直った夏目医師ならば、若者に対して掛ける言葉もまた違ったものになっていたのではないかと、最後まで悲しみから立ち直ることのできないように見えた夏目医師の態度がちょっぴり残念に思えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大泉洋さんの役は、映画『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズのねずみ男とはうって変わって、とてもシリアスな役柄でした。患者側から見れば、例え助かる見込みがそれほど高くはなくても、名医に手術をしてもらいたいという気持ちは大きいのでしょうね。しかし、命に関わる病気であるだけに、医師の決断は、より安全性の高い状態を選びたがるのでしょう。こういう状況のとき、医師と患者で気持ちを一つにするのはなかなか難しいものだと実感しました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.20

筋腫改善メール

夫婦でプチFXの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。両替後もユーロの交換レートが気になって、携帯電話で外国為替のページをしょっちゅう開いて確認しています。(苦笑)私の個人的な感覚としては、ユーロよりもポンドのほうが変動の幅が大きいように思います。何故なら、二〇〇八年にロンドンに行ったときは、一ポンド二百五十円くらいで両替していたのが、今は何と、一ポンド百三十円未満です。もしも外貨預金を始めるならば、私はポンドを選びたいですね。(笑)

 少し前に、私のところに「わずか2週間で子宮筋腫を治すその秘密の方法とは!?もう今日から悩む必要はなくなります!」というタイトルのメールが届いた。メールを送信して来た人は、私に子宮筋腫があることをご存知だったわけではなく、おそらくスパムメールの類だと思われる。目を通してみると、いろいろな意味で皆さんにご紹介したくなるような内容だったので、URLと個人名およびメールアドレスを伏せた上でご紹介させていただこうと思う。

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解除は以下からお願いします
http://○○○○/

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━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2週間あればアレほどの痛みを伴う
子宮筋腫も自宅で治すことができます!

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 子宮筋腫でお悩みのあなたに朗報です

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 ● 生理の経血量が多くなってきた
 ● レバーのような塊状の血がでる
 ● 生理のたび、痛みが増してくる
 ● 生理痛がひどく、薬が効きにくい
 ● 生理後も出血がだらだら続く
 ● 不正出血がある
 ● 下腹部が張った感じがする
 ● 性交痛がある
 ● 排尿や排便時に痛みがある
 ● 下腹部にしこりがある
 ● 最近トイレが近い
 ● おりものが増えたり、茶褐色の
   おりものがある

あなたは、上記のような子宮筋腫が
大きくなったことが原因で、
『手術』をしようか、『ホルモン療法』を
しようか迷っていませんか?

もしあなたが、子宮筋腫が原因で、

 「10日以上だらだら続く生理をなんとかしたい。」

 「毎月の洪水のような生理で体を動かすこともできない。」

 「排便時の便秘や痔のような痛みをなんとかしたい。」

 「妊娠したいけど、なかなかできない。」

 「排便時に痔のような痛みをなんとかしたい。」

と悩んでいらっしゃるのでしたら、
私はあなたのお役にたてます!!

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 このようなことが可能になります!

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 ●毎月だらだらと続き、何度も来る生理が
  規則正しくなる。

 ●生理痛の痛みで仕事を休むことがなくなる。

 ●のたうちまわるほどの痔や便秘で
  悩むことがなくなる。

 ●生理中でもアクティブに行動
  できるようになる。

しかも・・・

自宅で時間と多額なお金を掛ける事なく
あなた自身の力でです。

 「そんな方法はあるはずがない!」

と思うかもしれません。

しかし・・・

私からすれば、特に不思議なことでは
ありません。

では、彼女たちはいったい
どういったことを実践したのか?

その秘密をここでお話しています!!

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 ホルモン治療は最善の策ではない

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

子宮筋腫の治療としてホルモン治療が
あげられます。

その主流となっているGnRHアゴニストと
ダナゾールは、いずれも6ヶ月が投与の
限度とされています。

また、これらの薬によって、筋腫は
小さくなるものの、完全に消すことは
できません。

したがって・・・

投与をやめると、月経が再開され、
子宮筋腫もまた発育を再開してしまいます。

ホルモン療法というのは、子宮筋腫で
問題となる貧血を一時的に抑えたり、
筋腫を小さくしておいて、その小さい
筋腫を手術で取り除く、といった目的で
おこなうのが普通です。

あくまでも一時的な対症療法で、
最後には、必ず手術を行う必要があります。

抜本的に問題が解決したわけではないのです

小手先の治療ではなく、
根本から改善してください!!

⇒ http://○○○○/

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 手術をすれば治るは幻想である

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

薬物療法(ホルモン療法)では症状を
抑えきれない場合、一般の病院や
クリニックでは、手術療法を勧められます。

 ●子宮筋腫だけを切り取る手術

 ●子宮を全摘出する手術

子宮筋腫の手術療法には、子宮をすべて
摘出する子宮全摘術と、筋腫のみを摘出し
その他の器官(卵巣など)は残す
子宮筋腫核出術があります。

子宮全摘術は、筋腫の症状が完全に治りますが、
手術後はもちろん妊娠・出産ができなくなります。

子宮筋腫核出術は、手術後にも妊娠・出産が
可能というメリットがありますが、
再発の可能性が高いというデメリットもあります。

どちらも、手術も根本療法ではありません。
筋腫だけ切り取ったとしても、
また筋腫は再発しますし、

子宮をとってしまえば、更年期障害が
急激に現れます。

手術であなたは救えません。

私の方法ならこれらすべてを解決できます!!

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 マニュアルの内容を一部ご紹介!!

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マニュアルの内容の一部を紹介すると・・・

●ホルモン療法なし、手術なしで
 子宮筋腫が改善する方法

子宮筋腫の治療にはホルモン療法も
手術もいりません。

あなたの子宮筋腫を自宅で改善させる
方法をお伝えします。

●婦人科系の病気が及ぼす悪い影響とは?

代表的な婦人科系の病気(子宮筋腫、
子宮内膜症、子宮腺筋症など)の子宮、
卵巣以外に影響を及ぼす障害を
知っておきましょう。

●最短12日で子宮筋腫が縮小した方法とは?

あなたの子宮筋腫が改善していく方法が
あります。

この方法を使えば、あなたの子宮筋腫も
短期間で改善していきます。

●二度と再発しない子宮筋腫を
 根本的に改善する3つのコツ!

短期的に子宮筋腫を改善した後は、
それも再発させないようにすれば
良いだけです。この3つのコツを実践すれば、
一生、子宮筋腫で悩むことはなくなるでしょう。

●子宮筋腫が最も早く改善する
 食物の組み合わせとは?

食物の組み合わせにより、子宮筋腫はどんどん
改善させることができます。

これを知っているだけであなたの子宮筋腫が
改善していきます。

もう副作用のある治療も、手術も必要ありません。

子宮筋腫に苦しむ人とそうでない人。

その違いは、このマニュアルでお伝えする方法を
知っているか、知らないか・・・

それだけの違いだったのです!

自然とそういう生活習慣をしている人は、
子宮筋腫にはならないのです。

つまり・・・知識さえあれば、子宮筋腫は
防ぐことができるのです。

あなたも1週間後、2週間後と実践していくうちに、
自然と「あれっ、子宮筋腫が改善している・・・」
と驚かれると思います。

子宮筋腫で悩む必要がなくなると、
あなたの生活は大きく変わります!!

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覚えがない方は、第三者による間違いか、
いたずらの可能性がありますので、ご面倒を
おかけしますが以下から解除頂けますよう
宜しくお願い申し上げます。

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《病気は自宅で治せる!
    病種別完全マニュアル!!》

発行者:XXXX
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ありません購入でのトラブル・E-BOOKS 内容に
ついてのサポートは致しかねますので
ご了承願います。

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 ずいぶん長い引用になってしまったが、まず、私はこのメールを読んで驚いた。何故なら、私にも子宮筋腫があるとは言え、ここに書かれている症状は、私にはあまり当てはまらなかったからだ。

 ● 生理の経血量が多くなってきた
 ● レバーのような塊状の血がでる
 ● 生理のたび、痛みが増してくる
 ● 生理痛がひどく、薬が効きにくい
 ● 生理後も出血がだらだら続く
 ● 不正出血がある
 ★ 下腹部が張った感じがする
 ● 性交痛がある
 ● 排尿や排便時に痛みがある
 ★ 下腹部にしこりがある
 ★ 最近トイレが近い
 ● おりものが増えたり、茶褐色の
   おりものがある

 子宮筋腫の症状として挙げられている上記の症状のうち、私自身に当てはまるのは、★印を施した「下腹部が張った感じがする」、「下腹部にしこりがある」、「最近トイレが近い」の三つくらいである。子宮内膜症ならともかく、子宮筋腫で大きな痛みを感じるというのは初めて知った。確かに筋腫があると、歩行時に痛みを感じるのは事実だが、どんどん増してくるほどの痛みではない。私の場合、現在は生理の出血量も少ない上に、生理痛もほとんどなく、生理は五日目にはほとんど終わり、不正出血も性交痛もない。もしもここに書かれていることが子宮筋腫の症状として一般的なものであるならば、私は子宮筋腫の大きさでは他の人たちに負けないが、優等生だったりするのだろうか。

 ご紹介させていただいたメールの最後にも書かれているように、

送信させていただいたメール内容は情報提供
企業の広告情報です。

とあることから、これは広告メールである。内容が子宮筋腫のことだったので、思わず真面目にメールを読んでしまったが、別の内容ならば、スパムメールとしてさっさとゴミ箱行きである。途中、より詳しいことが書かれているであろうURLへのクリックを促す表現がいくつもあったのだが、私はクリックせずにすべて無視した。というのも、実際にメールに記載されていたURLが?XXXXXといったクエスチョンマーク付きのURLだったからだ。URLの中にクエスチョンマークが含まれている場合、そのクエスチョンマーク以降の文字がCGIやPHPなどのパラメータの役割をしている。その場合、そのURLをクリックすると、クリックされたという情報がサーバ側に記録される仕組みになっているようだ。良く、何らかの宣伝用のチラシを配って入る人が、自分が配ったチラシであることを主張するために、チラシの片隅に自分のはんこを押していたりする。クエスチョンマーク以降に指定されているパラメータは、そういう役割を果たしている。相手のサーバ側にそうした情報を与えてしまうと、スパムメールの送信者に、「このメールアドレスは有効なメールアドレスである」と判断され、次々に別のスパムメールを送信される羽目になってしまうのだ。だから、スパムメールに書かれているURLはクリックしないほうがいい。

 同様に、HTMLメールのスパムメールが届いた場合も、HTMLメールに貼り付けられている画像をむやみに表示させないほうがいい。何故なら、HTMLメールに貼り付けられている画像は、さきほどのクエスチョンマーク以降に指定されているパラメータと同様、スパムメールを送り付けて来た人にとって、メール受信者がそのメールを参照したかどうかを知る手掛かりとなっているからだ。もしもスパムメールのHTMLメールの画像をプレビューさせて、そこに貼り付けられている画像を表示させてしまったとしたら、スパムメールの送信者は、HTMLメールに貼り付けた画像ファイルのアクセスログを解析することで、そのメールが参照されたことがわかってしまい、今後も次々に別のスパムメールが届くことになってしまうのだ。

 それはともかく、おそらくこのメールは、子宮筋腫の悩みを改善する方法が記載された有料マニュアルを販売するための宣伝メールだと思われる。あくまで想像に過ぎないが、紹介されているURLにアクセスすると、クレジットカードや銀行振り込みなどの方法でお金を支払うことで、子宮筋腫の悩みを改善するための有料マニュアルをダウンロードできる仕組みになっているのだろう。こうして何となく想像が付くのは、実は、私も過去に似たような有料マニュアルをインターネットで購入したことがあるからだ。ただ、私にとってのそれは、とてもしっかりとした良い情報だったと思う。

 しかし、私が過去にそうした有料マニュアルを購入して感じたのは、自分自身が辛い思いを経験して得た知識を丁寧なPDFファイルにまとめたとしても、それをインターネット上で有料情報として販売し、ビジネスとして利用するのはひどく抵抗があるということだった。例えば現在のように大きな子宮筋腫を抱えている私が、いきなり子宮筋腫を小さくする方法に出会うことができたとしよう。私はそれを丁寧なPDFファイルにまとめて、インターネット上で有料情報として販売しようとは思わない。自分が辛い思いをしてようやく辿り着いた有効な方法ならば、同じように辛い思いをしている人たちに向けて、「ガンまる日記」なり参加しているMLなりで情報を発信して行くと思う。しかし、そうではなく、こうしたスパムメールのような形でURLのクリックを促すようなメールが届くのは、本当にその苦しみを体験して来た人の意志なのだろうかと疑問に思ってしまうのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ご紹介したメールの中にも少し書かれていますが、このURLをクリックした先に有料マニュアルを販売するページがあったとして、そのマニュアルに書かれていることは、主に食生活を改善する指導なのでしょうね。おそらく、身体の中に不要なものを溜め込まない食生活を促す有料マニュアルなのではないかと、密かに想像しています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.19

夫婦でプチFX

映画『アリス・イン・ワンダーランド』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。どういうわけか、主人公のアリスを演じていた女の子もまた、アリスの役にふさわしくないなどと酷評されているようですが、私はむしろ、かわいい子だなあと好感を持っていました。とある映画サイトに、彼女にはもっと笑って欲しかったといったようなコメントが書き込まれていましたが、なるほど、本作のアリスには、あまり笑顔のシーンがありませんでしたね。もしかすると、それが最大の酷評の原因だったのかもしれません。

 私の職場では、お昼休みになると、NHKニュースが社内放送で流される。最近、お昼のNHKニュースでしばしば取り上げられているのは、円がユーロに対して強くなっているというニュースだった。実は、まだはっきりと決まったわけではないのだが、今年の夏も私たちはヨーロッパ方面に旅行に出掛けて行く準備を進めている。去年の実績では、だいたい一ユーロ百三十六円前後で両替しているのだが、現在は何と、一ユーロ百十数円台で両替できてしまうのだ。夏休みにヨーロッパに出掛けて行くなら、今の安いうちにユーロに両替しておいたほうがいいだろう。そこで私は、ユーロに両替するタイミングを見計らっていた。

 最初のうち、私がユーロの交換レートについて気にかけ始めたとき、一ユーロ百十八円台だった。確かその翌日に百十六円台に下がり、更にその翌日もユーロは下がった。そして、ついにユーロが百十三円台になったとき、私は、
「今が買いどきだ!」
と確信した。そして、仕事帰りに三ノ宮駅前にある三井住友銀行の外貨両替コーナーに立ち寄り、六万円分のユーロを両替した。ありがたいことに、その外貨両替コーナーは、十九時まで営業しているのだ。手数料も含めると、一ユーロ百十七円台で両替することができた。

 私は、まだ仕事中のガンモに電話を掛けて、
「ユーロ、買っといたから」
と報告した。いつも海外旅行に出掛けるときは、ガンモが両替して、現地でちびちびと私にその国の通貨をお小遣いのように渡してくれるので、今年は私がガンモにちびちびとお小遣いをあげようと思っていたのだ。

 その翌日、私の予想通り、これまで下がり続けていたユーロが一円ほど上がった。私は、タイミング良くユーロに両替しておいて良かったと思った。そして、これからはきっと、もっともっとユーロが上がって行くに違いないとも思っていた。

 一方、ガンモはというと、私が前日、最安値でユーロに両替したことがひどく悔しかったらしく、自分も何とかして、今の安いうちにユーロに両替しておこうと思ったようだ。そこでガンモは、私が両替した三井住友銀行ではなく、同じく三ノ宮駅前にある日本旅行の外貨両替窓口で、私よりも一円高いレートのユーロを、私と同じく六万円分両替したようだ。

 ところが、私が両替したときよりも一円ほど高いレートであるとは言え、ガンモの利用した日本旅行の外貨両替窓口は、私が両替した三井住友銀行の外貨両替窓口よりも両替手数料が安かったらしい。しかも、五万円以上両替すると、二百五十円のキャッシュバックが受けられるそうだ。それだけではない。ガンモは、次回両替時の割引券までちゃっかりもらっていた。トータル的に考えれば、ガンモは私が両替したときよりも何十銭か安いレートでユーロに両替することができてしまったのである。ガンモは、私よりも安いレートでユーロに両替することができたことで、私に対してちょっぴり優越感を感じたようだ。ちなみに、私は六万円で五百五ユーロ両替してもらい、ガンモは同じく六万円で五百十ユーロ両替してもらった。悔しいことに、同じだけの日本円を支払って、ガンモのほうが五ユーロも多いのである。

 そして、その翌日となる今日のことである。携帯電話でユーロの交換レートをチェックしていると、これからはぐんぐん上がるはずだと思っていたユーロが百十一円台まで下がっていた。ああ、何ということだ。しかも、仕事帰りに、ガンモが両替した日本旅行の前に掲げられている交換レートの掲示板を見てみると、何と、両替手数料込みで一ユーロ百十五円四十九銭と表示されているではないか。証拠写真を撮影し、ガンモに見せると、さすがのガンモもしょんぼりしてしていた。たった一日でこれだけ下がってしまうとは・・・・・・。二人で十二万円分両替したということは、早くも二千円余りも損をしてしまったわけである。

五月十九日十九時前のユーロの換金レート

 ちなみに、二〇〇八年の夏休みにヨーロッパに出掛けたときは、六月に一ユーロ百七十一円四十八銭で両替し、二〇〇九年の夏休みに同じくヨーロッパに出掛けたときは、五月九日に一ユーロ百三十六円七十六銭で両替している。更に、二〇〇九年の八月三日にブリュッセルで両替したのは、一ユーロ百三十六円六十八銭六十七だった。やはり、これから夏にかけてユーロは上がって行くはずなので、多少の変動には目をつぶるとしても、今のうちに両替しておくのがいいようだ。

 それにしても、私たちは合計十二万円の両替で済んでいるものの、実際にFXをビジネスにしている人たちなどは、こうした外貨にもっともっと大金を注ぎ込んでいるのだろう。十二万円の両替でも一生懸命タイミングを見計らい、わずか数円程度のレートの違いで一喜一憂してしまうというのに、一度に何百万円単位もの取引となれば、余程根性が据わっていないとできないことである。反対に、私たちは両替する金額が少ないからこそ、一喜一憂しながら、そこで様々な感情を体験することができるとも言える。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これだけユーロを用意しておけば、現地ではクレジットカードの出番があまりないかもしれません。私たちがメインで使用しているのは、使えば使うほど飛行機のマイルが貯まるクレジットカードなので、私たちはマイルを貯めるために普段から積極的にクレジットカードを使用しています。でも、考えてみれば、旅行に出掛けて行く頃には換金レートが高くなっているはずなんですよね。それならば、例えマイルが貯まらなくても、今の安い時期に両替しておいたユーロの現金で支払ったほうがお得な気がしますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.18

映画『アリス・イン・ワンダーランド』

ホットヨガ(一八六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。休暇を利用して、断食を実践してみるのはとてもいいことだと思います。男性会員がおっしゃっていたように、断食をしていても満腹感があるということは、身体の中にある脂肪がエネルギーとして使われている状態だったのでしょうね。食いしん坊の私には、断食はちょっとした憧れであります。(苦笑)

 ティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビで製作された作品ということで、私は本作の公開をずいぶん前から心待ちにしていた。ようやく公開されたので、ガンモと一緒に公開初日の四月十七日に3D版をレイトショーで鑑賞した。

 鑑賞後の感想は、とても静かなものだった。ティム・バートン監督作品ということで、期待が大きかっただけに、予告編以上のものを頭の中で勝手に想像し過ぎていたのかもしれない。そのせいか、何とも形容し難い感覚に陥ってしまった。正直だったのは、私よりもガンモのほうで、
「『チャーリーとチョコレート工場』のほうが面白かった」
と感想を漏らした。私は、せっかくのティム・バートン監督とジョニー・デップのコンビの作品ということで、ガンモの言うことを認めたくはなかったのだが、心の中ではガンモの意見に密かに同意している私もいた。

 それにしても、何だろう? 決して悪くはない作品なのに、何かが物足りなかったのだ。こんなことを書くと、一部の人たちから大きな反感を買ってしまいそうだが、女の子を主人公としたファンタジー映画なら、映画『パンズ・ラビリンス』のほうが断然面白かった。映画『パンズ・ラビリンス』のように、ハラハラドキドキしながら映画の世界に引きずり込まれたかったと思う。

 そう、本作には、鑑賞する側の視点から見て、理解し難いところがいくつかあった。主人公のアリスの身体は、状況に応じて大きくなったり小さくなったりする。そのとき、アリスが着ていた衣服も身体に合わせて一緒に伸縮することもあれば、アリスの身体だけが伸縮することもある。その違いは一体どこにあったのだろう。また、赤の女王の味方と思っていた側近たちが、いつの間にか白の女王の味方になっていたりもする。物語の中に決定的な対立が存在しないだけに、キャラクター同士の関わりが曖昧に描写されていたように思う。

 本作の中で、ジョニー・デップは帽子屋さんを演じていた。そして、ティム・バートン監督の内縁の妻であるヘレナ・ボナム=カーターは、わがままな赤の女王を演じていた。更に、映画『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイが美しい白の女王を演じていた。煙草をふかす芋虫のアブソレムの声を、映画『ハリー・ポッター』シリーズのスネイプ先生役のアラン・リックマンが演じていたのは興味深い。そして何と、映画『フロスト×ニクソン』でフロストを演じていたマイケル・シーンが白うさぎの声を出していた。

 これほど豪華キャストが勢ぞろいだったというのに、何故、映画の世界にどっぷりと引きずり込まれなかったのか、不思議である。それぞれのキャストの持つ個性を活かし切れなかったのだろうか。私が思うに、まずはティム・バートン監督作品ということで、作品の中に意外性を期待し過ぎていたと思う。しかし、もはや私たちの中では、ティム・バートン監督作品の中に登場する特異なキャラクターも、当たり前の存在になってしまっていた。そのため、自分の中に既に出来上がった特異なキャラクターのイメージを打ち破るほど型破りな作品でなければ、衝撃は受けなかったのかもしれない。それに加え、ルイス・キャロルの原作からそれほど大きく外れてはいない作品に仕上がっていたようにも思う。原作のある作品とは言え、観客はそこに、ティム・バートンならではの特異な世界を期待したのではないだろうか。

 また、主人公のアリスがワンダーランドに迷い込む設定についても、映画『パンズ・ラビリンス』よりも弱いように思う。本作の場合は、主人公のアリスが好きでもない男性からプロポーズされ、返事をしなければならない状況から逃げ出したい一心でワンダーランド(実際にはアンダーランド)を引き寄せたとも考えられるのだが、白うさぎに導かれたとは言え、そこに至る展開がいま一つ弱い。

 映画『パンズ・ラビリンス』の場合は、主人公にとっての現実の世界があまりにも過酷だったために、逃げ込むための別世界が必要だった。そのため、別世界に入ろうとした主人公を応援するような流れが自然に形成されて行ったように思う。主人公にとっての単なる偶発的な別世界と、過酷な人生を生きている主人公の逃げ場としての別世界では、別世界に対する必要性が大きく異なって来る。そのあたりに、私たちがワンダーランド(アンダーランド)に引き込まれる気持ちをセーブさせた何かが存在していたようにも思えるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 残念ながら、どの映画サイトを参照しても、本作の評価はあまり高くはないようですね。決してティム・バートン監督が悪いわけではなく、私たちがもはや彼の作品に慣れ過ぎてしまい、もっと新しい世界を求める段階に入っているのだと思います。いわば、監督と観客の倦怠期のような感じでしょうか。(苦笑)ティム・バートン監督には、これまでの私たちの既成概念を打ち破るような作品を生み出して欲しいものです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.17

ホットヨガ(一八六回目)

出雲〜倉敷一人旅(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今回利用した夜行高速バスは、楽天トラベルから申し込みをしました。乗車後、「お客さまの声をお聞かせください」とのメールが届いたので、「運転手さんのサービスはとても良かったのですが、トイレの設備のない四列シートのバスは、長距離の夜行便には向かないと思います。およそ一時間半ごとに停車を繰り返し、とても寝られたものではありません」というようなことを正直に書かせていただきました。夜行高速バスは、夜のうちに移動して、目的地で早朝から活動することができるので、一人で移動するときはときどき利用させていただいています。一人で移動するときと書いたのは、実はガンモが高速バスを苦手だからであります。夜行高速バスを活用している私としては、やはりトイレの設備のある三列シートの車両がいいですね。(苦笑)

 あれは確かゴールデンウィークの最終日のことだった。ガンモが携帯電話を買い換えたいと言うので、二人で大阪に出掛けて行くことになった。ガンモは、来月出掛ける旅行の切符の発売時間に間に合うように、一足先に家を出た。一方、私はというと、大阪の映画館がレディースデイだったので、大阪・梅田の映画館で映画を一本鑑賞したあと、梅田店でホットヨガのレッスンを受けた。ガンモとは、ホットヨガのレッスンを受けたあとに合流することにしていた。

 久し振りに足を運んだ梅田店で受けたレッスンとは、六十分のリラックスコースである。リラックスコースというと、神奈川県の溝の口のラビエ川崎のラビエで受けたレッスンがどうしても忘れられない。今でも、レッスンを担当してくださった二人のインストラクターの顔をはっきりと覚えている。

 少し前までは、リラックスコースのレッスンは、私の通っているホットヨガスタジオ・オーの姉妹店であるラビエのスタジオのみで行われていたようだが、とうとうホットヨガスタジオ・オーにもリラックスコースのレッスンが取り入れられたようだ。南森町店でリラックスコースのイベント・レッスンを受けたときに、レッスンを担当してくださったインストラクターを酷評してしまったことも記憶に新しいが、リラックスコースはいつの間にか、梅田店の常設レッスンになっていたのだ。

 どのような形でレッスンが行われるのか、期待に胸を膨らませながらレッスンに参加した。参加者は私を入れて十七名で、そのうち一人が男性会員だった。

 ウォーミングアップのストレッチを終えたあとは、吉祥のポーズに入った。驚いたことに、吉祥のポーズは揺れないポーズだった。私は、揺れる吉祥のポーズでゆらりゆらりと左右に揺れるのが大好きなので、揺れない吉祥のポーズには少々面食らったが、それでも、インストラクターに好感が持てたので、彼女のレッスンに付いて行くことにした。

 しかし、マーメイドのポーズなど、懐かしいリラックスコースのポーズを取って行く中で、やはり上半身のほてりが強いせいなのか、レッスン中にどうしてもスタジオ内の暑さに耐えられなくなってしまい、途中でいったん退出させていただいた。大好きなリラックスコースのレッスン中だというのに、とてももったいない話なのだが、ほてりの強い私には、どうしても暑さに勝つことができなかったのだ。

 スタジオの外に出てみると、私よりも先にスタジオの外に出ていた男性会員が、受付にいるスタッフと話をされているのが聞こえて来た。どうやらその男性会員は、ゴールデンウィークを利用して三日間の断食を実践しているらしい。断食と言っても、しょうが入り紅茶やにんじんジュース、スープなどを飲みながら行う断食らしい。断食のおかげで、三日間で体重が数キロも落ちたそうだ。しかも、いつもよりも満腹感があり、身体の調子もすこぶるいいと言う。受付のスタッフは、断食をすると体力を失ってしまうのではと心配されていたが、男性会員は、断食にもやり方があるので大丈夫だとおっしゃっていた。なるほど、男性会員が体験されていることは、まさしく、古久澤先生がいつもメルマガに書かれていることだと思った。それにしても、三日間で数キロも体重を落とすことができるなんて、実にうらやましい限りである。男性会員は、三日間の断食を終えると、二日間掛けて体重を元に戻して行くのだそうだ。おそらく、ダイエット目的ではなく、身体に溜まった毒素を取り除いて行くための断食なのだろう。

 スタジオの外で、ほてった身体をしばらくクールダウンさせた私は、再びスタジオに戻り、レッスンを続けた。やはり、リラックスコースのレッスンはいい。私は、南森町店で受けている骨盤コースもいいが、梅田店のリラックスコースも捨て難いと思った。そこで、私なりに二つのレッスンを、環境も含めていろいろ比較してみることにした。

■南森町で骨盤コースのレッスンを受ける場合

<メリット>

・南森町店のスタジオが駅から近い
・ロッカーが大きい
・お昼ご飯を食べたいお店がいくつもある
・衣服や日用品などを安売りしているイベント会場がある
・大きな商店街がある
・コーヒーショップにこもって「ガンまる日記」を書くことができる

<デメリット>

・通常の回数券よりも割安な昼特回数券(平日の昼間と土日祝に利用できる)が発売されていない
・シャワールームが七つしかないため、レッスン後はひどく混雑する
・ロッカールームが狭い
・レッスンの後半に息が荒くなってしまう

■梅田店でリラックスコースのレッスンを受ける場合

<メリット>

・通常の回数券よりも割安な昼特回数券(平日の昼間と土日祝に利用できる)を使用してレッスンに通うことができる
・ミニシアター系映画館がすぐ近くにあり、レッスンと映画鑑賞をセットにできる
・ロフトが近くにあって楽しい
・マクドナルドにこもって「ガンまる日記」を書くことができる
・シャワールームの数が多い
・ロッカールームも広い
・上半身のほてりから来る暑さを除けば、最後までレッスンを受けられる

<デメリット>

・梅田店のスタジオが駅から遠い
・ロッカーが細長く、私がいつも背負っているリュックが入らない
・お昼ご飯を食べるお店は多いものの、あまり開拓できていない

 メリットとデメリットの数だけを数えると、梅田店でリラックスコースのレッスンを受けるほうが、私にとってはほんの少し良い結果をもたらしてくれるようである。南森町店で受けている骨盤コースのレッスンは、確かに魅力的ではあるものの、最近、どうしても最後までレッスンについて行けず、途中退出するようになってしまった。その点、リラックスコースのレッスンは、それほど息が荒くなることもなく、最後までゆったりとした気持ちでレッスンを受けることができる。それならば、しばらく梅田店のリラックスコースのレッスンに通ってみることにしようかと、ホットヨガのレッスンに関して移り気な私は思い始めている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m リラックスコースのレッスンが常設されていることを知り、一人で喜んでいます。(o^-^o) 私はこのコースのレッスンが本当に好きで、東京に出掛けて行く度にわざわざ時間を作ってレッスンを受けたいくらいの気分だったのです。しかし、関西地方でもようやく本格的なレッスンを受けられるようになりました。これからは、梅田店にちょくちょく顔を出すことになりそうです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.16

出雲〜倉敷一人旅(2)

映画『ウディ・アレンの夢と犯罪』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ウディ・アレンは、ご自身の監督作品に役者さんとしても出演されることがありますが、本作には出演されていませんでした。映画『タロットカード殺人事件』にはたくさん出演されていましたけどね。(笑)

 「出雲行き高速バスをご利用の皆さん、大変お待たせしました。バスが参りましたので、前から五台目のバスにご乗車ください」
というアナウンスが流れたのは、出発予定時刻を十五分近くも過ぎた頃だった。スタッフに言われた通り、旧大阪中央郵便局前の壁際に並んでいた私は、荷物を手に持ち直して、スタッフに案内された場所へと移動した。見ると、いろいろな夜行高速バスがずらりと並んでいる。私がこれから乗車する出雲行きの夜行高速バスは、先頭から数えて五台目のバスだった。

 車内が狭いので、バスの側面にあるトランクに荷物を預け、乗車手続きを行った。運転手さんに名前を告げると、座席番号が書かれた紙を見せられ、自分の席を確認することができた。私の席は、前方から四列目の通路側の席だった。

 車内に乗り込んでみると、四列シートということで、思った通り狭かった。隣は一体どんな人が来るのだろうと思いながらドキドキしていると、若い女性が私の隣の窓際の席にやって来たのでホッとした。全体的に、男性の利用客よりも、女性の利用客のほうが多いように思えた。そのため、たいていの場合、女性同士の組み合わせで座席が割り当てられていた。

 三列シートの夜行高速バスと違っていたのは、座席の狭さだけではなかった。今回乗車した四列シートの夜行高速バスには、トイレの設備もなければ、ブランケットやお茶のサービスもなかった。しかも、車内が狭いため、リクライニングシートを倒すのは少々気が引けた。私は、ブランケットのサービスがないことは予想していたので、自前のブランケットを持参していた。更に、冷房による冷えから足を守るため、厚めのレッグウォーマーを履いていたほか、いつもオフィスで使用している冷気をブロックするためのサポーターを足首にしっかりと巻いていた。また、夜行高速バスに乗車するときの必需品として、空気枕や耳栓、アイマスクなども持参していた。

 遅れていた夜行高速バスは、およそ二十五分遅れで旧大阪中央郵便局前を発車した。発車後は、およそ一時間半ほどで明石市のサービスエリアに停車するという。私はとても眠かったが、本格的に眠る前にトイレに行っておきたかったので、およそ一時間半後に明石市のサービスエリアに着いたときに、眠い目をこすりながらバスを降りて、トイレを済ませておいた。

 出雲への到着は、朝八時前の予定だったので、空気枕も耳栓もアイマスクもあるし、到着までには充分寝られるだろうと思っていた。ところが、トイレの設備のない夜行高速バスは、それからもおよそ一時間半ごとに様々なサービスエリアへの停車を繰り返し、その度に車内アナウンスが入り、トイレ休憩が取られたのだ。おまけに、走行中は揺れが激しく、リクライニングシートもゆったりと倒せないものだから、狭い映画館で無理矢理仮眠しているような感覚に陥った。また、睡眠中、どうしても隣の人と腕が当たってしまったりもした。それだけではない。サービスエリアへの停車時には、私自身が降りたくなくても、隣の人が降りたいと願えば、眠い目をこすりながらわざわざ立ち上がり、隣の人が通れるだけのスペースを空けてあげなければならなかった。更に、隣の人がトイレ休憩から帰って来たときも、同じように立ち上がり、隣の人が通れるだけのスペースを空けてあげなければならなかった。はっきり言って、これではとても寝られたものではない。

 それでも、さすがに夜中になると、激しい睡魔に誘われ、ようやくうとうとし始めた。しかし、その夜行高速バスは、どうしても私を眠らせたくなかったのか、ようやくうとうとしかけた頃、急に車内が暑くなり、私は目を覚ました。ご存知のように、現在の私は卵巣の働きが鈍り、上半身のほてりがとても強い状態である。車内が暑くなると、当然、寝苦しくて目が覚めてしまう。おそらくだが、車内にブランケットの設備がないために、ブランケットを持参しなかった誰かが、車内が寒いと申し出たことで、運転手さんが車内の設定温度を上げたのではないだろうか。私は車内の暑さに耐え切れず、着ていた服を脱ぎ、他の人たちが長袖を重ね着しているというのに、半袖Tシャツ一枚になって、上半身のほてりを沈めた。

 こんな調子で走り続けたものだから、ほとんど眠れなかったのは言うまでもない。しかも、夜行高速バスは予定よりも一時間ほど早く出雲に到着し、六時半頃に出雲駅前で降ろされてしまった。とにかく寝不足だったので、どこかのホテルか、せめてネットカフェにでも駆け込んで睡眠を貪りたい気分だった。しかし、せっかく早めに出雲に着いたので、トイレでゆっくりと顔を洗って歯磨きなどを済ませたあと、「ガンまる日記」を書き上げようと、出雲駅の待合所でノートパソコンを広げて愕然とした。何と、私が普段使っているモバイルカードの電波が届いていなかったのだ。すなわち、携帯電話で言えば圏外である。これでは、「ガンまる日記」を更新することができないではないか。仕方がないので、私はしぶしぶオフラインで「ガンまる日記」の下書きをすると、ノートパソコンをパタリと閉じた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、とにかく参りました。(苦笑)何から何まで、思い通りには行かない旅の始まりとなってしまいました。寝不足はいつものことなので、まだ良かったのですが、モバイルカードが圏外だったのはかなり焦りましたね。私が使っているモバイルカードは、全国の主要都市しかカバーしていないので、ガンモの使っている全国版のモバイルカードを借りて来れば良かったと後悔しました。(苦笑)

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2010.05.15

映画『ウディ・アレンの夢と犯罪』

一人、また一人(11)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 以前は、三ヶ月に一度の契約更新のタイミングくらいにしか顔を出してくれなかった派遣会社の営業担当ですが、最近は、こまめに面談の時間を設けてくれています。やはり、私たちの仕事内容が変わったことで、気に掛けてくれているんでしょうね。ありがたいことであります。

 ウディ・アレン監督作品の邦題には、『ウディ・アレンの~』という冠が掲げられているものとそうでないものがある。本作にその冠が掲げられているのは、おそらく過去に映画『ウディ・アレンの重罪と軽罪』という、本作と似たような邦題の作品があるからではないだろうか。ちなみに私は、映画『ウディ・アレンの重罪と軽罪』を鑑賞してはいない。

 本作を鑑賞しようと思ったのは、本作がウディ・アレン監督作品だったことに加え、大好きなロンドンを舞台にした作品だったからだ。同じくロンドンが舞台となっている映画『タロットカード殺人意事件』では、スカーレット・ヨハンソンの早口の英語に圧倒された。本作では、映画『ミス・ポター』、映画『彼が二度愛したS』、映画『天使と悪魔』などのユアン・マクレガーと、少し前に鑑賞したばかりの映画『Dr.パルナサスの鏡』で故ヒース・レジャーの演じていた役をジョニー・デップやジュード・ロウとともに引き継いだコリン・ファレルが正反対の性格の兄弟として登場する。ユアン・マクレガー演じるしっかりしていて野心のある兄イアンと、ギャンブル好きだが気弱な弟テリーは、彼らのキャラクターが活かされた絶妙なコンビである。

 格安の値段で売りに出されていた小型クルーザーを何とか値切って手に入れた兄弟だったが、その支払いにもそれほど余裕がないというのに、あるときテリーがギャンブルで大金を失ってしまう。それまでのテリーにはツキが訪れていたようで、どうやら調子に乗って大金を賭けてしまい、あっけなく負けてしまったらしい。兄弟で力を合わせたとしても、とても払い切れないほどの莫大な借金を抱えてしまい困り果てていた兄弟のところへ、大金持ちの伯父が尋ねて来る。兄弟は、大金持ちの伯父に融資を申し出たところ、伯父は、融資を引き受ける代わりにある条件を出して来た。その条件とは、兄弟が引き受けるにはあまりにも荷が重過ぎるものだった。

 しかし兄弟は、悩み抜いた挙句、とうとう伯父の出した条件を呑むことになる。条件を呑んだあと、野心があり、冷静で感情に流されない兄のイアンの生活はそれほど変わりはしなかったのだが、気弱な弟のテリーは罪の意識に苛まれ、ノイローゼ気味になってしまう。同じ親から生まれた兄弟がここまで性格が違っているところが大変興味深くもあるのだが、それ以上に、二人の性格の対比が見事に表現されていたと思う。特に、テリーの変わりようには、演技力としても素晴らしいものがある。もともとコリン・ファレルは、眉毛が八の字に見えるくらい、オリジナルのキャラクターとしても気弱な感じがするのだが、本作の役柄として、ここまで気弱で人間的な人物像を描き出すことができる俳優さんも、彼くらいの年齢では珍しいのではないだろうか。いや、気弱というよりも、実際に伯父の出したような条件を呑んでしまった場合、それくらいの変貌を遂げたとしても決しておかしくはない。テリーの変貌をきっかけにして、イアンのほうが悪人で、テリーのほうが善人のように思えて来る。

 伯父の条件を呑んでしまった兄弟の固い絆は、罪の意識に苛まれるテリーの変貌により、グラグラと揺れ動いて行くのだが、その先の解決は、ある意味平等な形で訪れる。一言で表現すれば、お金によって人生が大きく変わってしまった兄弟を描いた作品であるとも言えるのかもしれないが、鑑賞し終わって映画館を出たあとも、ずっと本作の余韻を引きずっていた。

 こうして今、本作のレビューを書き始めたとき、本作の原題が"CASSANDRA'S DREAM"であることを改めて知った。"CASSANDRA'S DREAM"とは、兄弟が購入した小型クルーザーに付けた名前である。小型クルーザーの名前が原題に採用されていることから、私自身が想像して解釈したことをここに書いておきたい。もともと"CASSANDRA'S DREAM"は、格安の値段で売りに出されていた。何故、格安の値段だったのだろうか。もしかすると、本作の兄弟のように、過去にこの小型クルーザーを手に入れたことがきっかけで人生が大きく変わってしまい、不幸に巻き込まれた人たちがいたのではないだろうか。そして、持ち主のいなくなった小型クルーザーが格安で売りに出されていたのではないだろうか。おそらくこのあとも、ずっと同じことが繰り返されて行くのではないだろうか。ふとそんなことを考えると、新たな形で本作の余韻が訪れるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作の日本公開は今年の三月二十日ですが、映画としての製作年は二〇〇七年です。何故、日本で公開されるまでに三年間も掛かってしまったのか、とても不思議ですね。私が劇場で鑑賞したウディ・アレン監督作品で最も新しいのは、映画『それでも恋するバルセロナ』でした。本作は、映画『それでも恋するバルセロナ』よりも一年前に製作された作品となるわけです。それなのに、新しい作品のほうを先に劇場で鑑賞してしまったというのが、何とも妙な感じですね。

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2010.05.14

一人、また一人(11)

出雲~倉敷一人旅(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。夜行高速バスの受付スタッフは、利用客の多さにとにかくてんてこまいといった様子でした。「○○時○○分発広島行きの高速バスをご利用の方はこちらで受付を済ませてください」、「東京行きはこちらです」といった呼び掛けが、メガフォンやマイクなどを使わずに行われていましたので、スタッフの方たちは、まさしく声を張り上げるような感じで叫んでいました。あれだけ多くの利用客をまとめようとすると、個々の対応が粗雑になってしまうのは、仕方のないことかもしれませんね。さて、ゴールデンウィークの一人旅の記事を書き始めたばかりで大変恐縮ですが、この続きの一回分の記事は、旅行アルバムと連携することなくお届けすることができそうです。そのため、この続きの一回分の記事は平日に書かせていただくことにします。さて、それでは週末になりましたので、一人、また一人(10)の続きをお届けします。

 オフィスでは、参加しているプロジェクトごとに固まって席を並べて座っている。契約を打ち切られた派遣仲間が退職すると、席替えの話が持ち上がった。これまでHという仕事をしていた派遣仲間は、仕事をしやすくするために、退職した派遣仲間が座っていた席に移動した。彼女はこれまで私の隣の席に座っていたのだが、彼女が別の席に引っ越してしまったので、私は隣がいなくなり寂しくなった。一方、私も仕事をしやすくするために、席を一つ分移動して、かつて彼女が座っていた席に移動してはどうかと尋ねられたのだが、私は仕事の荷物も多く、引っ越しが面倒だったので、これまでの席で仕事を続けることにした。

 それからしばらくすると、派遣社員の新しい仕事の状況を確認するために、再び派遣会社の営業担当がやって来て、いつものように面談を行った。そのとき、私は思い切って、現在の仕事の状況について、営業担当に話を聞いてもらった。男性社員の一人から、新しい仕事について、こんなことも知らないのか、これから先が思いやられるといったようなことを言われていると私が言うと、営業担当も困った表情をした。

 派遣社員が派遣先企業で何らかの不満を抱えているとき、仕事をしやすいように動いてくれるのはいつも営業担当である。かつて、私がオフィスの冷房の寒さにひどく苦しんでいたときも、現在の営業担当ではないが、以前の営業担当が派遣先企業に一生懸命働きかけてくれた。そのおかげで、私は席替えをするときに、オフィスの冷房の影響を最も受けにくい席を選べるようになったのだ。

 営業担当は派遣先企業に対し、私が話したことをどのようにアプローチすればいいかを私に尋ねた。しかし私は、
「このことについていろいろ考えていたのですが、もしかすると、私が自分で一言言えばいいだけの話かもしれないので、企業さんにお話しするのはもう少し待ってください」
と答えた。というのも、派遣社員が派遣先で何らかの不満を抱えているとき、そこで人間対人間の付き合いが出来上がっているならば、営業担当を通さず、直接、当事者同士で話をしたほうがいいと思うからだ。仮に、営業担当を通して派遣先企業に話しをしてもらった場合、営業担当は、その男性社員に直接話をしてくれるわけではなく、まずは部長か上司のまた上司と話をする。その後、上司のまた上司が営業担当から聞いた話を男性社員に伝えるという、ずいぶん遠回りな手段が取られるのだ。言い換えれば、直接的には関係のない第三者を巻き込みながら、話がどんどん大きくなってしまう。私はそれを避けたかったので、「待ってください」とお願いしたわけだが、それを受けた営業担当は、
「わかりました。では、保留にしておきましょう」
と言ってくれた。

 かつてHという仕事を担当していた派遣仲間もまた、営業担当との面談のときに、現在の仕事の不満を営業担当に漏らしたようだ。しかし、やはり私と同じように、企業に話をするのは待って欲しいと言ったそうだ。誰しも、余程のことでもない限り、話を大きくするのは避けたいのだろう。あとから知ったことだが、これまでPという仕事を担当していた派遣仲間もまた、PのほかにKという仕事も担当するようになり、仕事に対する不満を抱えていたため、営業担当に相談していたらしい。つまりこのときの面談で、営業担当には、派遣社員の三人三様の悩みと愚痴が語られていたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 営業担当が面談にやって来たときは、Hではなく、これまで担当していた仕事をしている時期だったため、私の気持ちもずいぶん落ち着いていました。少し前までは、朝起きたときからメラメラとした怒りに支配されていて、出勤してからその男性社員に「ああいう言い方はやめてくださいませんか」といった内容のメールを送信しようかと思い悩んでいたこともありました。しかも、派遣社員の私がその男性社員にメールを送信するならば、やはり上司のまた上司と、直属の上司にも同じ内容の文面を同時に送信したほうがいいのだろうかとまで思っていたこともあったのです。しかし、日付とともに怒りは収まって行き、今は落ち着いています。また、Hの仕事に戻ることになれば、状況は変わるかもしれませんが・・・・・・。(苦笑)

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2010.05.13

出雲〜倉敷一人旅(1)

映画『ソラニン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。友人の背負っている悲しみがあまりにも深過ぎるとき、疎遠な人ほど、「そっとしておく」という方法を取りたがります。その友人の背負っている悲しみに対し、自分自身が負い切れないからでしょうね。しかし、本作で結ばれている交友関係は違います。「悲しみの深さは異なるにしても、同じ痛みを分かち合おう」と歩み寄ります。友人が深い悲しみに暮れているとき、単に言葉だけで関わろうとすると、掛けるべき言葉がなかなか見付かりません。しかし、それが真実の言葉であれば、例え相手がどんな状況にあろうとも、紡ぎ出せるものなのですよね。さて今回から、ゴールデンウィークに出掛けた一人旅の模様をお伝えして行きます。写真を扱う記事になりますので、このシリーズもまた、週末を中心にお届けする記事になろうかと思います。週末にお届けする記事が二種類に増えてしまいましたが、お付き合いくだされば幸いです。

 毎年、ゴールデンウィークには、中国地方で開催される好きなアーチストのコンサートに遠征している。今年のゴールデンウィークは、島根と岡山の倉敷のコンサートが連続した日程で組まれていた。私はそれほど深く考えもせず、チケットの申し込みを済ませておいた。ガンモにゴールデンウィークの予定を尋ねてみると、仕事が入るかもしれないと言う。そこで今回は一人旅を決め込んで、夜行高速バスやホテルの予約を気軽に済ませておいた。

 気軽にと書いたのは、島根で行われるコンサートが、島根の県庁所在地である松江で行われると思い込んでいたからだ。私は、松江に近い出雲行きの夜行高速バスを予約し、松江市内のホテルを押さえておいた。ところが、出発の二週間ほど前になって、突然、コンサート会場が松江ではなく、その先の益田で開催されることに気付いてしまった。私は慌てて時刻表を確認し、コンサートの終演後、益田から松江まで列車で移動できるかどうかを検証してみた。その結果、益田〜松江間はあまりにも遠過ぎて、移動できないことがわかってしまった。

 となると、益田市内のホテルか、益田から列車で一時間ほどのところにある浜田市内のホテルに宿泊しなければならない。私は慌てて、予約していた松江市内のホテルをキャンセルし、コンサートの終演後に宿泊できそうなホテルを探し回った。しかし、ゴールデンウィーク中の宿泊で、既に日付が差し迫っていたからだろうか。いつも利用している楽天トラベルから予約できるホテルは一つも見当たらなかった。私は困り果てて、ガンモに相談した。するとガンモは、いとも簡単に、検索エンジンから、別のインターネット予約サイトを探し出し、益田市内のホテルに空きがあるのを確認してくれた。私はすぐさまそのホテルを予約した。ひとまず、やれやれである。

 ただ、予約していた夜行高速バスの利用については、直前まで葛藤が続いた。というのも、ガンモが、もしかすると仕事を何とかできるかもしれないと言ったからだ。もしもその日、ガンモの仕事が休みになるのであれば、カングーに乗ってガンモと一緒に旅行できることになる。とは言え、我が家から島根の益田まではかなり遠いので、ゴールデンウィークの混雑した時期に、ガンモ一人だけでカングーを運転してもらうのも何だか申し訳ない気もしていた。

 結局、ガンモの仕事は直前まではっきりしなかったため、私は予定通り一人で出掛けて行くことにした。益田でコンサートが開催される前夜、旅行の準備を整え、シャワーを浴びて、JR大阪駅近くにある旧大阪中央郵便局前から出発するという出雲行きの夜行高速バスの乗り場へと向かった。

 実は、これも出発直前になってわかったことだが、松江でコンサートが行われていると思い込んでいたために、松江に近い出雲行きの夜行高速バスを申し込んでいたのだが、何と、大阪や神戸から、益田まで行く直通の夜行高速バスが運行されていたのだ。しかし、そのことに気付いたのは、もはや出雲行きの夜行高速バスのキャンセル料が発生してしまう時期だった。そのため、私は当初の予定通り、出雲行きの夜行高速バスを利用してひとまず出雲まで移動したあと、そこからJR線に乗り換え、益田まで移動することにしたのである。

 今回、予約していた出雲行きの夜行高速バスは、四列シートだった。これまで、夜行高速バスを利用するときは、車内にトイレの付いた三列シートの夜行高速バスを好んで利用していたのだが、今回はトイレなしの四列シートの夜行高速バスしか予約が取れなかった。四列シートの夜行高速バスを利用するのは、おそらく私の人生始まって以来のことである。

 JR大阪駅前に着いてみると、集合場所として指定されている旧大阪中央郵便局前の近くに、JRハイウェイバスの乗り場があった。その辺りもまた、旧大阪中央郵便局前と言えなくもない。私は、集合場所がそこなのかと思い、予約している出雲行きのバスの乗り場を探し回ったのだが、見当たらなかった。見ると、通りの向かいにある旧大阪中央郵便局前にたくさんの人だかりが出来ている。もしかすると、あの集団が夜行高速バスを待つ人たちなのだろうかと思い、私は横断歩道を渡って旧大阪中央郵便局の目の前まで移動した。すると、高速バスの案内をしているスタッフが忙しそうに動き回っていた。私が、
「出雲行きの高速バスはこちらですか?」
と尋ねると、そのスタッフは何やら書類を確認し、
「はい、こちらですが、バスはまだ到着していませんので、壁際に並んでお待ちください」
と慌しく言った。

 私は、その対応にあっけに取られてしまった。何故なら、これから乗車する予定の夜行高速バスは、出発の三十分前より乗車可能であることが予約完了メールに書かれていたからだ。時計を見ると、出発の三十分前などとうに過ぎている。それでもまだバスが到着していないというのは、一体どういうことなのだろう? しかも、その夜行高速バス乗り場には、信じられないほどたくさんの人たちが行列を作って待っていた。ゴールデンウィークということで、夜行高速バスを利用して移動される方が多いのだろう。旧大阪中央郵便局前の乗り場からは、名古屋行き、東京行き、広島行きなど様々な夜行高速バスが運行しているようだった。それらの夜行高速バスを利用する人たちが、旧大阪中央郵便局前に集結しているのだ。

集合場所に指定されていたJR大阪駅近くの旧大阪中央郵便局前

 夜行高速バスを待つ人たちの行列は、通行人の邪魔になるくらい、道路にいっぱいになっていた。私は、出雲行きの夜行高速バスの受付をしているスタッフを捕まえ、名前と予約番号を告げて、受付を済ませた。そして、スタッフの指示が出るまで、言われた通り、壁際に並んで待っていた。出発時刻は二十三時半の予定だったが、出発予定時刻を過ぎても、出雲行きの夜行高速バスの利用者の集合は掛からなかった。ゴールデンウィークの混雑で、バスの到着が遅れているらしかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 旅行の計画の時点から、いきなり前途多難の旅となってしまいました。コンサートの開催場所をきちんと確認もせずに、松江のホテルを予約して涼しい顔をしていたのですから、恐ろしいことですね。それでも、ホテルの予約が間に合う時期に気付くことができて良かったと思います。いつもとは違う旅の始まりではありますが、この先、どのような旅が待ち受けているのか、お楽しみに。(笑)

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2010.05.12

映画『ソラニン』

ホットヨガ(一八五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 週末に足を運んでいないので、週末にレッスンを受ければ、もしかしたら懐かしい顔ぶれに出会えるかもしれません。いつになるかはわかりませんが、その日が来るのを楽しみにしています。

 大学時代は、異性間の友情を築くのに最も適切な時期であるように思う。私自身も大学時代は、本作の設定のバンドサークルではないが、写真研究会というサークルに入っていたため、そこで出会ったサークル仲間たちと異性間の友情を築くことができた。サークルでの交流を通じて芽生える男女間の友情は、同じ学部や学科の男女間に芽生える友情よりも親密である。そのせいか、男女間の友情だけでなく、カップルも誕生しやすい。私の在学中にも、サークル内で誕生した何組かのカップルがいた。カップルが壊れてしまうと、周りが妙に気を遣ってしまったりもするのだが、本作に登場するカップルは、卒業後もしっかり続いているので、周りも気が楽だろう。

 本作に登場するメインのカップルは、宮崎あおいちゃん演じる芽衣子と高良健吾くん演じる種田である。二人とも、見るからにラブラブのカップルというよりは、やはりサークルでの出会いがきっかけとなって誕生した異性間の友情ベースのカップルの雰囲気が漂っている。そして、社会人になってからも、種田と一緒にバンドを組んでいる種田の友人二人と、芽衣子と仲の良い、同じくかつてのサークル仲間の女性が織り成す人間関係が実にいい。お互い社会人になっても、サークル時代に築き上げた絆が保たれているのだ。ちなみに、かつてのサークル仲間の女性は、種田と一緒にバンドを組んでいる種田の二人の友人のうちの一人と恋愛関係にある。

 東京の大学には、地方出身者も多い。何を隠そう、私もその一人だった。大学を卒業しても、地方出身者が東京に滞在し続けるならば、いつまでもサークルの延長線上にある交友関係を続けて行くことができる。就職難の時代に仕事を辞め、将来に関して漠然とした不安を抱えている芽衣子と、本当は音楽を続けて行きたいのに、音楽以外のことで収入を得ている種田。音楽が好きで好きでたまらない種田は、「本当にこれでいいの?」と何度も何度も自問自答を繰り返す。まだ好景気の名残があった私たちの時代でさえ、本当に自分の好きなことを仕事にするのは難しかったというのに、就職難の現代においては、好景気の時代よりももっと夢を追いかけ難い時代になってしまったはずだ。それでも種田は、バンドデビューを果たしたいと思っていた。そんな矢先に・・・・・・。

 種田の替わりに種田の夢を追うことに決めた芽衣子は、種田の使っていたエレキギターを手に取り、ギターの猛練習を重ねて、ライブハウスでの演奏に備える。エレキギターではないが、かつて私はアコースティックギターの練習を重ねていたことがあり、短期間のうちにギターを習得しようとするとどんなことになるか、良くわかっているつもりだ。一言で言うと、指の痛みに耐えられなくなるはずである。ひどい人になると、指にできた豆がつぶれて血が噴き出すこともあるかもしれない。それなのに、本作ではそのようなシーンがまったく用意されていなかったのが不思議である。

 そんな突っ込みはさておいて、とにかく猛練習を重ねて、芽衣子たちはライブハウスのステージに立つ。社会人になっても青春が続いている彼らの絆は、大きな悲しみを共有することによって一層深くなる。

 印象に残ったのは、種田の創った『ソラニン』という歌の歌詞が、芽衣子の心理状態によって受け取り方が変わったという点だ。良く、書き手によって放たれた言葉は、書き手が放ったその瞬間から読み手のものになると言われることがある。それは、言葉を生み出す側の書き手と、受け取る側の読み手の間にギャップがあってもかまわないとする解釈だ。『ソラニン』の歌詞に対し、最初はどこかネガティブなイメージを抱いていた芽衣子だったが、深い悲しみを乗り越え、自立して行くプロセスの中で、同じ『ソラニン』の歌詞の受け取り方が変化して行く。芽衣子は、『ソラニン』の歌詞への解釈とともに成長を遂げたとも言える。

 種田を演じていた高良健吾くんは、これまで私が鑑賞した中では、映画『蛇にピアス』映画『フィッシュストーリー』映画『南極料理人』などの作品に出演されている。キャラクターが固定していないのが興味深い。

 対する宮崎あおいちゃんは、映画『ただ、君を愛してる』、映画『闇の子供たち』などに出演されていたが、たいていどの役も、いかにも宮崎あおいちゃんらしい役柄だった。ちなみに本作においても、これまでの宮崎あおいちゃんの演技とのギャップは感じない。

 本作は、特に心が大きく揺れ動くような作品ではないのだが、社会人になって夢を諦めてしまった人たちが観ると、社会人になっても夢を諦めずに追い求め続けようとする種田たちをついつい応援したくなる作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 学生時代に出会った仲間たちと、バンド活動や深い悲しみを軸にして、互いに成長して行く青春ストーリーといったところでしょうか。「本当にこれでいいの?」と、何度も何度も自問自答する種田は印象的でしたね。打算的にならず、純粋に夢を追い続けることの難しさをかえって実感させられました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.11

ホットヨガ(一八五回目)

布ナプキンのメンテナンスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。使い古した布ナプキンの写真が生々しかったでしょうか。(苦笑)ほとんどの女性は、お嫁に行くときにミシンを持参するでしょうし、例え布ナプキンを手縫いするにしても、もっときれいに縫い上げるでしょう。しかも、使い古した布ナプキンの写真など、ブログには掲載しないでしょうね。私の場合、そのあたりの感覚が、大多数の女性たちとは違っています。そんな私は、あのいびつな布ナプキンを、わざわざ選り好んで使っています。

 ゴールデンウィーク直前の火曜日に、三宮店でレッスンを受けた話を書いたばかりだが、その一週間後のゴールデンウィーク後半の火曜日に、またしても三宮店でホットヨガのレッスンを受けた。ゴールデンウィーク中に実践すべきことをすべてリストアップしておいたのだが、その中には、ホットヨガのレッスンを受けることと、一日映画鑑賞が含まれていたのだ。そこで再び、神戸市内にある映画館のレディースデイである火曜日に、ホットヨガのレッスンを受けたあと、映画館にこもることにしたのである。

 その日は、十一時半から開始される六十分のスタンダードコースのレッスンを予約していた。スタンダードコースのレッスンとは、ビギナーコースのレッスンに近いレッスンのようである。私はこれまで、スタンダードコースのレッスンを一度も受けたことがなかったので、レッスンに参加できるのをとても楽しみにしていた。

 ところが、十一時半からのレッスンに間に合うように家を出て、JR線の最寄駅に着いたところ、駅の様子がいつもとは違っていた。たくさんの人たちが駅の改札の外にいて、心配そうな顔つきで列車案内板を見上げていたのだ。

 間もなく、近くの駅で人身事故が発生し、列車のダイヤが乱れていることを知った。阪神電車や阪急電車への振替輸送が行われていたようだが、これからそれらの駅まで移動する時間もなかったので、私は思い切って改札をくぐった。

 しかし、ホームに出ても、列車はなかなかやって来なかった。しばらくホームで待ち、ようやくやって来た列車に飛び乗ったものの、ひどく混雑していたばかりでなく、途中で何度も信号待ちのために停車した。どうやら、前方を走っている列車との間隔を保つために停車していたらしい。芦屋に着くと、新快速列車に乗り換えたほうが三ノ宮に早く着くとのアナウンスが流れたので、私は乗っていた普通列車からいったん降りて、新快速列車の到着を待った。

 ところが、当然のことながら、新快速列車にも遅れが出ていて、芦屋駅には十分遅れで到着すると言う。新快速列車が十分も遅れているなら、一度降りてしまった普通列車に乗って三ノ宮まで向かったほうが速かったのではないか。そんなことを思ってみても、既に普通列車は発車してしまっていたので、あとの祭りだった。

 私は、芦屋駅のホームで新快速列車が入って来るのを待ち続けた。しかし、どう考えても、十一時半から始まるレッスンには間に合いそうになかった。通常、ホットヨガのレッスンは、レッスン開始から十分以上の遅刻は認められず、キャンセル扱いとなってしまう。キャンセル扱いとなると、キャンセル料として一回分の回数券が消費されてしまうのだ。せっかくレッスンの準備を整えて最寄駅から列車に乗り込んだというのに、芦屋駅で足止めを食らってしまったことが残念でならなかった。

 私は、いちかばちかの想いで三宮店に電話を掛けて事情を説明した。すると、ありがたいことに、電話に出てくれたスタッフが、
「通常はキャンセル料が掛かってしまうのですが、このあとのレッスンに振り替えることもできます」
と言ってくださった。そこで、一名だけ空きのあった三十分後の十二時からのレッスンを予約することにした。そのレッスンとは、何と、九十分のベーシックコースである。久し振りに九十分のレッスンを受けるのは、少々きついのではないかと思ったのだが、既にインターネットを通じて、その日に鑑賞する映画の鑑賞券を購入してしまっていたので、それ以上、レッスンの時間をずらすことはできなかった。

 私は、遅れてやって来た新快速列車に乗り込んだ。新快速列車が途中で信号待ちをすることもなく順調に走り続けてくれたおかげで、私が三宮店に着いたのは、十一時四十分というずいぶん微妙な時間だった。しかし、私は既に十二時から行われる九十分のベーシックコースへのレッスンに振り替えられていたので、受付でロッカーの鍵とタオルを受け取り、ロッカールームでゆっくりと着替えを済ませた。

 久し振りの参加となった九十分のベーシックコースには、私を入れて十四名が参加していた。かつてアクティブコースや脂肪燃焼コースのレッスンを中心に受けていた頃、私はホットヨガのレッスンに行き詰まりを感じてしまい、ベーシックコースのレッスンに立ち返ったことがある。ベーシックコースのレッスンには七十五分と九十分のコースがあるのだが、九十分のコースは長いだけに、じっくりとレッスンに取り組むことができる。

 しかし、今回はスタジオ内の湿度が高くなっていたからだろうか。私にはとても暑く感じられた。もしかするとこの暑さは、私が普段から感じている上半身のほてりと関係があるのだろうか。最高気温二十度前後の日に、半袖Tシャツ一枚で過ごすのが一番気持ちのいい現在の私にとって、三十八度まで温められたスタジオでレッスンを行うのは、かなり体力のいることなのかもしれない。

 ポーズを重ねて行くごとに、私の息は次第に荒くなって行った。そのため、レッスン中にいったんスタジオの外に出て、しばらく身体を冷やしてからスタジオに戻った。スタジオに戻ったとき、それこそ不快感を感じてしまうくらい、ムンとした熱気がスタジオにこもっていた。やはり、湿度が七十パーセントまで上がっているせいだろう。他の参加者も息が荒くなっているのがわかった。やはり、暑くて苦しいのは私だけではなかったのだ。

 いつもならば、あっという間に六十分のレッスンが終わるというのに、この日はなかなか時計の針が進まなかった。九十分フルでレッスンを受けることは今の私にはとても無理なので、六十分経過したら、退出させていただこうと思っていたのだ。

 やっとのことで六十分経過したので、私は三宮店のしきたりに従って自分の使用したタオルを手に持ち、一足お先にスタジオを退出させていただいた。そして私はゆっくりとシャワーを浴びて、着替えを済ませた。

 今回は、かつての神戸店のスタッフの一人と顔を合わせることができたのだが、そのスタッフは、神戸店のスタッフとしては比較的新しいスタッフだったので、これまでほとんど会話を交わしたことがなかった。それでも、顔を知っているスタッフに会うことができて少しだけ安心した。ただ、やはりほとんどのスタッフが初めてお目に掛かるスタッフなので、私は通い慣れたスタジオでに戻って来たという気がせず、ちょっぴり寂しい気持ちになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 予約していたレッスンに参加できなくなり、スタッフが別のレッスンに振り替えてくださったおかげで、そのあとのレッスンに参加することができました。これも良い経験ですね。ただ、ここ最近の二回のレッスンだけでは判断し切れないかもしれませんが、やはり顔見知りのスタッフに会えなくなってしまった三宮店は、何とも寂しいものですね。私自身もあちらこちらのスタジオにレッスンに出掛けているので、寂しいなんて言うのも変かもしれませんが・・・・・・。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.10

布ナプキンのメンテナンス

映画『親切なクムジャさん』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。DVDから画像を拝借したのですが、クムジャさんの顔が本編とずいぶん違っているような気がします。(笑)本編の中のクムジャさんは、もう少し鋭い表情をしています。いやはや、このようなパッケージに誘われて鑑賞を始めてしまっては、実際の中身とのギャップが大き過ぎるかと思います。(苦笑)

 私が布ナプキンを使い始めたのは、今からおよそ三年ほど前のことである。初めて手元に届いたときは、その優しい肌触りがうれしくて、ほお擦りをしたものだった。あまりにも使い心地が良く、また生理時の出血量も順調に減少したことから、私は次々に布ナプキンを買い足して行った。

 初期の頃に購入した布ナプキンは、使い始めてから早くも三年が経過しようとしているためか、さすがに劣化が激しくなっていた。ウィングの部分と本体の部分に切れ目が入ってしまい、また、破れかぶれになった中の生地が飛び出して来ているものもある。中には、そろそろ捨ててしまってもいいのではないかというくらい劣化の激しい布ナプキンもあったのだが、この当時は生理の出血量がまだまだ多かったため、確か一枚八百円程度で少し厚めの布ナプキンを購入していたはずだった。数えてみると、劣化してしまった布ナプキンは、全部でおよそ二十枚にも及んだ。破れてしまったからと言って、それらをいっぺんに処分してしまうのももったいない話である。

 そこで私は、あれこれ考えた末に、ガンモの古いよれよれのシャツを使って、破れた布ナプキンの補強を行うことにした。ガンモもまた、もう捨ててしまってもいいのではないかと思えるくらい、古いよれよれのシャツを何枚か持っている。一部は、カングーの掃除用に使ったりしているのだが、それでもまだ何枚か、古いよれよれのシャツがあるのだ。私はガンモからそれらの古いよれよれのシャツをもらい受け、それらを使って、劣化してしまった布ナプキンのメンテナンスを行うことにしたのである。

 古いよれよれのシャツを広げてそのままハサミで切ると、二枚重ねの布になった。私はそれを、破れた布ナプキンに縫い込んで行った。ここで重要なのは、我が家にミシンがないことである。ずいぶん前に秋葉原で買った乾電池で動くミニミシンならあるのだが、布ナプキンは厚いので、やはり手縫いが望ましいだろう。

 私は、しばらく使っていなかった裁縫道具を取り出し、針に白い糸を通して、慣れない手つきで縫い始めた。しばらく針を使っていなかったためか、一部の針は錆び付いていて使い物にならなかった。そこでもう一度、錆びていない別の針に白い糸を通し直して、布ナプキンのメンテナンスに取り掛かった。いやはや、分厚い布ナプキンを手で縫い合わせて行くのはなかなか力のいることである。私は、半分くらい縫ってしばらく休み、すっかり短くなってしまった糸を通し直したりしながら、せっせと縫い上げて行った。ようやく一枚縫い上げたときには、かなりへとへとになっていた。分厚い布ナプキンを手で縫って行くのは、とても骨の折れる仕事だとわかった。

 最初のうちガンモは、古くてよれよれとは言え、自分のシャツがハサミで解体され、布ナプキンに縫い込まれて行くプロセスを心配そうに見守っていた。しかし、私がやっとのことで一枚縫い上げると、
「どんどん縫えー」
と言った。自分の愛用のシャツが確実に役に立つことがわかり、うれしかったのだろう。その後も、私はしばしば休憩を入れながら、布ナプキンのメンテナンスを続けたが、手縫いでは、一日のうちに三枚縫い上げるのがやっとだった。私はガンモに、出来上がった布ナプキンを見せて自己満足に浸った。

ガンモの古いよれよれシャツでメンテナンスした布ナプキン(表)。未使用。
恥ずかしいので、縫い目の粗い部分には、ぼかしを入れている。

ガンモの古いよれよれシャツでメンテナンスした布ナプキン(裏)。未使用。
恥ずかしいので、縫い目の粗い部分には、ぼかしを入れている。

 間もなく生理がやって来たので、私はガンモの古いよれよれのシャツでメンテナンスした布ナプキンを早速使ってみた。さすが、古いシャツだけあって、見た目は悪くても、肌触りはとても良かった。このように出来の悪い手縫いの布ナプキンでも、数ある他の布ナプキンの中から、わざわざそれを選びたい気持ちになるくらい、メンテナンスした布ナプキンを使うのは楽しい。我ながら、とてもいいアイディアだと満足している。しかし、分厚い布ナプキンを一つ一つ手で縫って行くのはとても骨の折れる仕事なので、あと十数枚残っている劣化した布ナプキンのメンテナンスがすべて完了するのは、一体いつになるのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 手縫いですと、ちょっといびつな形に変化してしまうのも、なかなか楽しいものです。劣化したもの同士を組み合わせて、新たなものが生み出されるのはうれしいものですね。我が家にミシンがなかったことに感謝したいと思います。(笑)

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2010.05.09

映画『親切なクムジャさん』

の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。派遣契約を打ち切られてしまった派遣仲間とは、お互いの携帯電話の情報を交換し合っていたのですが、何となく、「新しい仕事は見付かった?」などのメールも送りにくい状況になってしまいました。生まれてからこれまでの間に出会った人たちとの縁をすべて繋ぎ続けて行くことは難しいとは思いますが、人と人の縁が途切れて行く典型のような体験をしてしまったように思います。

 映画『サイボーグでも大丈夫』や映画『渇き』のパク・チャヌク監督の世界をもっとのぞいてみたくて、無料動画GyaO!で配信されていた本作を鑑賞してみた。

 タイトルに『親切なクムジャさん』と掲げられているので、きっと親切過ぎる主人公の物語だとばかり思っていた。しかし、それにしては、冒頭からどことなく異様な雰囲気が漂っている。どう見ても、そこは刑務所の外で、どうやら出所して来たばかりの女性たちを親しい人たちが迎えに来ているようだ。刑務所から出所した女性たちは、もう二度と刑務所に戻ることのないように、心を白に戻すため、白い豆腐を食べている。

 そんな中、親切なクムジャさんと呼ばれる女性も出所して来た。かつて、ひときわ目立つ美しい犯罪者として話題を呼んだ親切なクムジャさんは、少年の誘拐殺人事件の容疑者として逮捕され、十三年間の刑期を終えて出所して来たのだ。親切なクムジャさんには、刑務所時代に出会ったたくさんの仲間たちがいた。出所した親切なクムジャさんは、かつての刑務所仲間たちのもとを次々に訪れる。

 親切なクムジャさんは、服役中に偉大な計画を練っていた。十三年越しのその計画とは、復讐に関することと言っていいだろう。実は、親切なクムジャさんは、無実の罪で服役していたのだった。では、実際に少年を誘拐し、殺害した真犯人とは・・・・・・。

 この先、一体どのようなストーリーが展開されるのか、多くの人たちには、おそらくまったく予測がつかないことだろう。これまで実に様々な映画作品を鑑賞して来たが、このような映画作品は一度も観たことがないというのが率直な感想だ。どのように生きたら、本作のような作アイディアが浮かんで来るのだろうか。結末はとても残酷ではあるのだが、映画として受け入れるならば、そこに作品としての独創性を感じずにはいられない。

 彼女が何故、親切なクムジャさんと呼ばれているかについては、おそらく他の人たちが暗黙的に望んでいることを、その人に替わって実践してくれるからなのだろう。人々が何かを暗黙的に望んでいるのに、自らの手でそれを実践しようとしないのは、いろいろな制約があって自分では実践できないからだ。親切なクムジャさんは、そうした制約を乗り越えて実践できてしまう人なのである。だから、親切なクムジャさんと呼ばれているのである。親切というと、電車の中でお年寄りに席を譲ったりと、見返りを求めない温か味のある行為をイメージされるかもしれないが、親切なクムジャさんの親切には、決して温か味が存在しているわけではない。それでも、確かに親切であることには間違いない。

 本作は、クムジャさんが親切であることに加え、親切なクムジャさんの十三年越しの計画に協力する刑務所仲間たちの連携プレイが実に素晴らしい。親切なクムジャさんは、刑務所仲間たちの力を借りて、その計画を成し遂げる。そして、その計画を成し遂げるために用意周到であることも決して見逃せない。更に、親切なクムジャさんの計画を実行するために集まった人たちの感情もただものではない。いやはや、実にお見事である。こんな驚きの結末が用意されているものだから、例え残酷な描写であっても、映画として受け入れざるを得ないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、脚本もパク・チャヌク監督が手掛けているようです。これまで観たこともないような意外なストーリー展開で、「あっぱれ!」という感じですね。用意周到で、ただならぬ感情の動きがあって、残酷なストーリーではあるものの、とても素晴らしい作品だと思います。

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2010.05.08

一人、また一人(10)

一人、また一人(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、今は別の職場で働いている派遣仲間と二人で会って食事をしたと書きましたが、その派遣仲間にも愚痴を聞いてもらいました。すると、その派遣仲間もまた、今の職場に配属されたときに、これまでとは仕事内容がまったく変わってしまったために、私と同じように「こんなことも知らないの?」といった扱いを受けたそうです。しかし、その派遣仲間は、それでも歯をくいしばって何とか頑張ったそうです。果たして私にもそれが出来るのだろうか、といったところですね。(苦笑)

 送別会の数日後、とうとう、契約を打ち切られる派遣仲間の最後の出勤日がやって来た。私の職場では、毎朝、プロジェクトグループ単位で朝礼を行っているのだが、彼女の最終勤務日であるにもかかわらず、いつもと同じように朝礼が終わってしまいそうな雰囲気だったので、私が慌てて、
「今日は、△△さん(契約を打ち切られる派遣仲間)の最終日ですので、ごあいさつを・・・・・・」
と促した。上司のまた上司は、
「そうですね。夕方でもいいかなと思ってたんですけど、じゃあ、一言お願いします」
と言った。

 とうとう最終勤務日となってしまった派遣仲間は、プロジェクトメンバ全員の前に出て、今まで大変お世話になりましたといったような簡単なあいさつをした。それに対し、上司のまた上司が、
「新しい職場に行っても頑張ってください」
と言って締めくくった。

 私は、彼女が今の職場を去って行くことに対し、送り出す側と送られる側の間で少しでも心残りのないように促したつもりだったのだが、果たしてそれが成功に終わったのかどうか、あまり自信がなかった。というのも、彼女がプロジェクトメンバの前で口にしたあいさつの言葉も、また、彼女のあいさつを受けて出て来た上司のまた上司の言葉も、どちらも感情のこもっていない形式的なものに過ぎなかったからだ。私は自分の目の前で、このような形式的なことが行われることを望んでいたに過ぎなかったのだろうか。彼女は少なからず、四人の派遣社員の中で自分が選ばれてしまったことに対する引け目のようなものを感じていたはずだし、上司のまた上司も、四人の派遣社員の中で、どうしても彼女を選ばなければならなかったことに苦悩を感じていたはずなのだ。それなのに、職場というところは、自分の中に眠っている本当の感情を押し殺して、別の自分を演じる舞台のような場所なのである。そして、それができてこそ大人だと言われたり、社会的に高く評価されたりする。考えてみれば、そうした状況にあっては、日頃から私の望むようなフランクで対等な人間関係が成り立つはずがない。もしも私の望むような人間関係を、職場で出会った人たちと成り立たせるとしたら、仕事以外のプライベートな時間を共有しなければ難しい。

 彼女の最終日ではあったが、いつもと同じように時間が流れて行った。しかし、十五時を過ぎた頃だろうか。彼女が、私のいるマシンルームを尋ねて来てくれた。他にもマシンルームで仕事をしていたプロジェクトメンバがいたので、彼女はその一人一人にお菓子を手渡しながら、お世話になりましたと、軽く最後のあいさつをして回っていた。

 その日の仕事の終わりを知らせるチャイムが鳴る頃、私はマシンルームでの仕事を片付けて、自分の席に戻った。私は、これまで職場を去って行く他の派遣社員に対してもそうして来たように、最後の仕事を終えてオフィスを出て行く彼女を見送りたいと思っていた。そして、その日の仕事の終わりを知らせるチャイムが鳴った。驚いたことに、彼女はいつものように淡々と片付けを済ませ、誰にもあいさつをすることなく帰って行ったのだ。以前も書いたが、私の職場では、出社時も退社時もこれと言ったあいさつはしない。彼女はまさしく、いつもと同じように、誰にあいさつをすることもなく、自分の荷物を持ってオフィスを出て行ったのだ。

 残された私はあっけにとられていた。マシンルームにこもっていた別の派遣仲間も仕事を終えてオフィスに戻って来たので、
「△△さん(彼女のこと)、いつものように当たり前に帰っちゃったよ」
と言うと、その派遣仲間も、
「そうみたいやね」
と驚いていた。

 考えてみると、彼女は、お菓子を持ってマシンルームを訪れてくれたときに、プロジェクトメンバへのあいさつを済ませたつもりだったのかもしれない。だから、いつものように無言のまま帰宅したのではないだろうか。それとも、心の中には溢れ出す思いを抱えながらも、それを必死で押し隠し、わざと淡々と支度を整えて帰宅したのだろうか。いや、普段の彼女からすると、そうとは思えない。やはり、彼女の中ではプロジェクトメンバにお菓子を配った時点で、この職場での仕事をすべて終えたつもりになっていたのだろう。いつものように淡々と帰ってしまった彼女の態度を思い起こすにつけ、もしかするとそれが唯一の彼女の強みだったのかもしれないと、今となっては思うのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自分が相手に受け入れられているかどうかによって、取る態度も変わって来るものですよね。彼女の取った最後の行動は、まさしく彼女自身が、今の職場に受け入れられていないと感じていることを示す証拠だったのでしょうね。

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2010.05.07

一人、また一人(9)

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影 』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。本作に出演されている役者さんたちのプロフィールを拝見すると、本作への映画出演が初めてという役者さんたちが多いようですね。もしかすると、無名の役者さんたちを積極的に採用した作品だったのかもしれません。それでは、週末になりましたので、一人、また一人(8)の続きを書かせていただきます。

 四月に入ると、新しい体制での仕事が稼動し始めた。これまでHという仕事を請け負っていた派遣仲間は、契約を打ち切られる派遣仲間が請け負っていたSという仕事を担当し、これまでPという仕事を請け負っていた派遣仲間は、PのほかにKという仕事も一緒に請け負った。そして私は、新たにSという仕事を請け負うことになった派遣仲間の替わりに、これまでその派遣仲間が担当していたHという仕事を請け負った。みんな、新しい仕事に慣れない状況に見舞われながらも、恐る恐るそれぞれの一歩を踏み出したという感じだ。

 Hという仕事を担当することになった私は、普段の仕事場所が変わった。これまでは、オフィス内の自分の席で仕事をしていたのだが、Hの仕事をするようになってからは、ほとんど一日中、オフィスのすぐ隣にあるマシンルームにこもるようになった。マシンルームは、現在、マシンルーム内でどれだけ多くのコンピュータが稼動しているかによって、体感温度がずいぶん異なることがわかった。ひどく寒い日もあれば、反対にひどく暑い日もあった。しかしそれも、マシンルームに設置された空調のつまみを調整することで快適な温度に設定できることがわかって来た。

 PのほかにKという仕事を請け負うことになった派遣仲間もまた、マシンルームにこもって仕事をすることが多いため、新しい体制について、私は彼女とマシンルームでいろいろ語り合った。彼女はこれまでの仕事に加え、新しい仕事が増えたことで、自分が一番損をしているような気がすると笑いながら言った。確かにそうかもしれない。これまでの仕事に加え、新しい仕事が増えたというのに、それでも時給が変わらないのだとしたら・・・・・・? 私は彼女に同情した。

 一方、私もまた、新しい仕事に対する不満が募りつつあった。あるとき、私がマシンルームにこもって仕事をしていると、同じプロジェクトグループの男性社員がやって来て、これまで私に、こういった仕事の経験があるかと尋ねて来た。もちろんそれは、私が新たに担当するようになったHという仕事に関することだった。私が、その仕事内容については経験がないので良く知らないと答えると、男性社員は驚き、これから先が思いやられるとか、大丈夫かなあとか、○○さん(これまでHという仕事を担当していた派遣仲間)のスパルタ教育が必要ですね、などと私に言った。

 顔は笑っていたので、その男性社員にとっては冗談のようなつもりだったのかもしれないが、はっきり言って、私はカチンと来た。そんなことが二回ほど続き、私は次第に自分がその男性社員に馬鹿にされているのではないかと思うようになって来た。確かに、これまでHという仕事を担当していた派遣仲間の仕事ぶりは完璧だった。しかし、私はこれまでHという仕事ではなく、別の仕事を担当していたのだ。それなのに、単に同じプロジェクトで長く働いているという理由だけで、あたかもその仕事に対する知識があるのが当然のように扱われるだけでなく、別の派遣社員の仕事ぶりと比較され、仕事内容について私が良く知らないと答えると、まるで私を馬鹿にしたような口ぶりで発言されるのは心外である。

 もともと私は、その男性社員ではなく、直属の上司であるもう一人の男性社員と組んで仕事をして来たので、その男性社員は、私がこれまでどのような仕事をして来たのかを良く知らないはずだった。とは言え、直属の上司は、私が新たに担当することになったHという仕事について、実はあまり詳しくない。そのため、Hの仕事を担当するとなると、主に私に対して馬鹿にするような発言をした、もう一人の男性社員から指示を受けることになってしまうのだ。

 新しい体制に不安を抱えている私に対して、上司のまた上司は「フォローして行きます」と宣言してくださったものの、仕事で直接的に関わるのは上司のまた上司ではなく、二人の男性社員である。PのほかにKという仕事を請け負うことになった派遣仲間が、自分が一番損をしていると嘆いていたが、私は、もしかすると一番損をしているのは私ではないかと思うようになって来た。

 仕事でストレスを抱えつつあった私は、これまでHの仕事を担当していた派遣仲間と女子トイレで二人切りになったので、愚痴を聞いてもらった。すると彼女は、仕事の引継ぎをしていないことに責任を感じたのか、これまでの仕事内容について、私にメールを送って来てくれた。実は、彼女もまた、新しい体制での仕事のやり方に不満があると言う。しかし、そのことを今の直属の上司には言えないらしい。彼女の直属の上司は、保守的かつ受身タイプの典型のような人で、例え面倒に感じる仕事であっても、これまでよりももっと仕事がやりやすくなるように、仕事の方法をなかなか変えようとはしない。私などは、やはり技術者なので、面倒な仕事を素早くこなせるように新しいツールを使ったりもするのだが、彼女の直属の上司はそうではなく、これまでと同じ方法で地道に仕事を進めて行く。これまでHの仕事を担当していた派遣仲間は、もう少し手際良く作業を進めたいのに、それができないことにストレスを感じているようだった。

 こんなふうに、新しい仕事を担当することになった私を含めた三人の派遣社員は、それぞれ何らかの不満を抱えながらも、新しい体制での仕事を受け入れていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 派遣社員が一人欠けることによって、これまで担当したことのなかった業務を、残った派遣社員で請け負うことになり、みんなそれぞれ仕事のストレスを抱えながら仕事をしています。思えば、契約を打ち切られることになった派遣仲間は、保守的かつ受身タイプの直属の上司と本当にうまくチームワークを組んで仕事をしていたんですよね。これまで、その上司の下についた派遣社員は、様々な理由で、短期間のうちに仕事を辞めてしまっていたので、契約を打ち切られることになった派遣仲間とうまく行っていることがまるで奇跡のようでもありました。それなのに、企業は彼女の契約を打ち切ってしまうとは・・・・・・。彼女の直属の上司にとっては、長年探し続けた宝物を手放すような気持ちだったかもしれません。

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2010.05.06

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影 』

ホットヨガ(一八四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私自身、三宮店にしばらく足を運んでいなかったというのに、自分が久し振りに三宮店を訪れたときは、これまでと変わらぬスタッフで迎えて欲しいなどと思ってしまいます。やはり、スタッフが入れ替わってしまうのは寂しいものですね。もしかするとスタッフのほうも、同じ会員に同じ支店に通い続けて欲しいと思っているかもしれませんが・・・・・・。(苦笑)

 これまでにも、画家に関する映画は何本か観て来た。映画『真珠の耳飾りの少女』、映画『レンブラントの夜警』、映画『宮廷画家ゴヤは見た』などである。恥ずかしながら、私は本作の主人公であるカラヴァッジョという画家を良く知らなかった。何を隠そう、私は中学時代、美術の成績で二を取ったことがあるくらい、美術とはご縁がない。私自身、日頃から、絵などによる表現方法よりも、文章による表現方法を強く望んでいる。しかし、ときどき海外の美術館に足を運び、絵に代表される美術品などが、言葉では表現し切れないところをカバーしていることに気付き始めている。

 本作の舞台となっているのは、十六世紀のイタリアである。ミラノからローマにやって来たカラヴァッジョは、同じく画家のマリオ・ミンニーティと出会う。マリオは、カラヴァッジョの絵の才能を認め、カラヴァッジョが工房で働けるように世話をしてくれる。人間関係は、対等であることが望ましいとは思うのだが、カラヴァッジョとマリオに関して言えば、マリオのほうが献身的にカラヴァッジョに尽くしているように見えた。言い換えれば、マリオはカラヴァッジョに与えられるものをたくさん持ち合わせていたとも言える。のちに偉大な芸術家に成長するような人は、どこかの段階で、必ずその素晴らしい才能を開花させてくれるような人物と出会うものだ。カラヴァッジョにとっては、マリオがまさしく才能を開花させるきっかけを与えてくれる人物だったのではないだろうか。その一方で、カラヴァッジョとマリオは、あたかも同性愛で結ばれていたかのような描写もある。同性ではあるものの、カラヴァッジョにとってマリオは、カラヴァッジョを影で支えてくれる女房のような存在だったのかもしれない。

 のちにカラヴァッジョは、デル・モンテ枢機卿の援助を受けて、教会の絵を描くようになる。ヨーロッパの教会に足を運ぶと、大きな宗教画が掲げられているが、それらはこのような経緯で描かれたものであるということが、本作を鑑賞して初めてわかった。

 本作で最も印象に残ったのは、カラヴァッジョが絵を描くために、モデルを採用していたところである。私は壮大な宗教画を目にするとき、それらを描いた人たちは、自らの想像力を掻き立て、想像の中で描き上げたものとばかり思い込んでいた。しかしカラヴァッジョは、いつもカラヴァッジョの身近にいたマリオや、時には娼婦を絵のモデルとして採用し、そうしたモデルたちに長時間、ポーズを取ってもらいながら、絵を描いていた。そのことを知った教会は、神聖なはずの絵を、娼婦をモデルにして描いたということで激怒する。

 教会が激怒する気持ちもわからなくもないのだが、それならば、そもそも教会が実力のある画家による宗教画を強く望むのは何のためなのだろうか? 教会としての権力誇示に繋がっていたりはしないのだろうか? もしそうだとすると、絵を描くときに娼婦を採用した画家を責められないのではないだろうか。

 カラヴァッジョの描く絵は素晴らしいものの、出歩くときは常に剣を携え、何かあると街を仕切る暴漢と決闘になった。そして、あるとき、とうとう決闘中に相手を殺してしまい、ローマを追われることになる。そして、カラヴァッジョには死刑の判決が下される。

 画家を取り扱った作品を鑑賞していていつも思うのは、彼らが常に、本当に自分の描きたいものを描いていたかどうかということだ。本作における教会とカラヴァッジョの間には、需要と供給の関係が成り立っている。もちろん、そこにはお金のやりとりも発生しているだろう。そのような状況においては、例え偉大な画家であったとしても、自分の本当に描きたいものからは遠ざかってしまうのではないだろうか。現に、絵の注文を受けたカラヴァッジョが、絵の中に自らの意向をほんの少し加えると、鑑賞していた人の中から反感を買われるシーンもあった。画家でも、ミュージシャンでも、小説家でも、芸術を通して本当に自分の表現したいものを表現しようと思えば、アマチュアでいるのが一番いいのかもしれない。

 カラヴァッジョは、彼を支援してくれる人たちに恵まれていたと思う。殺人の罪のために、カラヴァッジョの死刑が確定したとしても、彼の恩赦のために様々な人たちが動いてくれる。その人たちのおかげで、カラヴァッジョにはようやく恩赦の許可が下りるのだが、その知らせも届かず、病に倒れたカラヴァッジョは亡くなってしまうのだ。そんなカラヴァッジョの人生を幸福と取るか不幸と取るかは、受け取り方次第だと思う。とは言え、芸術家はその人並みはずれた才能のために孤独を感じがちであるのに対し、カラヴァッジョは彼を助けてくれる良き仲間たちに恵まれていたと思う。そういう意味で、彼の人生は決して不幸ばかりではなかったのではないかと私には思えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m デル・モンテ枢機卿を演じていたジョルディ・モリャという俳優さんをどこかで拝見したことがあると思っていたら、映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』に出演されていた俳優さんでした。映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』で、彼は確かスペイン人の役を演じていたと思いましたが、やはりスペイン人でした。本作は、イタリア、フランス、スペイン、ドイツの合作映画なので、様々な国の人たちが出演されているようです。

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2010.05.05

ホットヨガ(一八四回目)

一人、また一人(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちなみに、私がカラオケで歌った昔のアニメソングとは、『トム・ソーヤの冒険』から「誰よりも遠くへ」、『勇者ライディーン』、『どろろんエン魔くん』などです。『トム・ソーヤの冒険』からは、「ぼくのミシシッピー」も大好きなのですが、曲目リストにありませんでした。子供の頃に観ていたアニメにより、世代の違いが決定的なものになることがわかりました。(苦笑)

 ゴールデンウィーク直前の火曜日、私は休暇を取ってホットヨガのレッスンに出掛けた。派遣社員といえども勤続年数が長いためか、私には年間二十日間の有給休暇があるので、仕事がそれほど忙しくない時期であれば、たいてい休暇を取ることができる。何故、ゴールデンウィーク直前に休暇を取ったかと言うと、前日の夜に、今は違う職場で働いている派遣仲間と二人でご飯を食べに行ったからだ。ご存知のように、平日の私は毎朝五時起きなので、平日の夜にイベントが入るとなると、寝不足に陥ってしまう。とは言え、せっかく派遣仲間と二人でご飯を食べに行くのだから、時間を気にせずゆっくり話をしたい。そう思い、その翌日は休暇を取ったのだ。火曜日に休暇を取ったので、神戸市内にある映画館のレディースデイとも重なった。それならば、久し振りに三宮店でホットヨガのレッスンを受けてみようと思い立ち、映画の上映スケジュールと照らし合わせながら、六十分の脂肪燃焼コースを予約しておいた。

 三宮店に足を運ぶと、いつも懐かしいスタッフが迎えてくれたものだったが、私が南森町店や他の支店に浮気している間に、スタッフの顔ぶれが変わってしまっていた。古くから三宮店でお世話になっていたスタッフにも、神戸店から異動になったスタッフにもお目に掛かることはできなかった。

 この日はたまたまJR線に遅れが出てしまい、スタジオに入ったのは私が一番最後だった。神戸店が閉店してしまった影響で、土曜日や日曜日のレッスンは大盛況の三宮店だが、きっと平日は空いているだろうと思い、軽い気持ちでレッスンを受けようとした私は甘かった。何と、平日だというのに私を入れて十四名もの参加者がいたのである。この方たちも私と同じように、前日の夜に誰かと食事をして帰宅が遅くなってしまったために、有給休暇を取得してレッスンに参加しているのだろうか。それとも、ずいぶん若い人も混じっていたが、実は有閑マダムと呼ばれている人たちなのだろうか。そんなことを考えていた。

 今回、三宮店で顔を合わせたすべてのスタッフがそうであったように、レッスンを担当してくださったインストラクターもまた、初めてお目に掛かるインストラクターだった。教え方が抜群にうまいインストラクターである。また、これまで受けて来た脂肪燃焼コースのレッスンと比べて、レッスン中に取るポーズにもバリエーションがあり、とても新鮮だった。久し振りに、このインストラクターのレッスンをまた受けたいと思えるインストラクターに出会うことができたと思う。

 しかし、スタジオ内が暑かったのか、それともレッスンがきついと思ったのか、今回のレッスンでは、レッスン終了前にスタジオを出て行く人たちが多かった。驚いたことに、レッスン前にスタジオを出て行く人たちはみんな、ヨガマットの上に敷いていたバスタオルと、レッスン中に汗を拭いたフェイスタオルを手に持っていた。どうやら三宮店では、レッスン中に使用したバスタオルやフェイスタオルを自分の手で使用済みタオル入れに返却する仕組みが出来上がったようだ。とは言え、私の知る限りでは、こうした仕組みを採用しているのは三宮店だけである。もしかすると、他の支店でのレッスンに慣れている人が三宮店でレッスンを受けて途中退出するときは、こうした仕組みに気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない。

 レッスン終了後、久し振りに三宮店のシャワールームを使用した。最近、利用することの多かった南森町店のシャワールームは、座って休むための椅子が付いているだけでなく、使用しないシャワールームのライトを消しておくことができる。一つ一つのシャワールームに、ライトを制御するためのスイッチが付いているのだ。そんな環境に慣れてしまっていたためか、使用する人がいなくても点灯し続けている個々のシャワールームのライトがとてももったいないと感じてしまった。

 さて、いつも着替えの忘れ物の多い私だが、今回は忘れ物のないように細心の注意を払って準備をしたので、一つも忘れ物をしなかった。私だって、やればできるのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ライトはこまめに消したほうが電気代は安く上がるのでしょうか。私の働いているオフィスでは、階により、解釈が異なるようで、私が働いている階ではこまめにトイレのライトを消すようにしていますが、他の階では電気代節約のため、ライトの付けっぱなしを推奨しているところがあります。以前、蛍光灯は点灯するまでにたくさんの電力を消費するので、一度点灯させた蛍光灯はできるだけ長く使い続けたほうがいいと聞いたことがあります。それに対し、白熱灯はこまめに消したほうがいいとも聞いていました。しかし、今後、白熱灯はなくなって行くんですよね。どうすればエコに繋がるのか、利用者で共通の意識を持つ必要がありますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.05.04

一人、また一人(8)

映画『アイガー北壁』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 本作は、ドイツ、オーストリア、スイスの合作映画となっています。もともとドイツは山岳映画の製作が得意な国だったらしく、登山に関して素人の私が観ても、ずいぶん専門的な描写だと感じました。さて、それでは、一人、また一人(7)の続きを書かせていただきますね。なお、このあとこの話題はいったんお休みさせていただき、この続きは週末を中心に書かせていただくことにします。

 派遣契約が打ち切られることになった派遣仲間は、仕事の引継ぎの都合により、三月いっぱいまでと言われていた派遣契約期間が四月半ばまで延長された。私ともう一人の派遣仲間は、プロジェクトメンバ全員が参加する彼女の送別会が開催されることを望んでいた。しかし、こうした送別会の提案は、彼女の直属の上司が率先して行うべきだとも思っていた。というのも、派遣社員の管理はすべて、それぞれの直属の上司に委ねられていたからだ。言い換えれば、派遣社員にはそれぞれ直属の上司がいるのに、彼女の直属の上司を差し置いて、私たち派遣社員が率先して彼女の送別会を企画することは憚(はばか)られたのだ。そこで私たちは、彼女の直属の上司が、彼女の送別会の開催に向けて動き始めるのを静かに待っていた。

 ところが、タイムリミットが次第に近付いて来ているというのに、彼女の直属の上司は彼女の送別会開催について何の動きも示さなかった。もしかすると、彼女が最も契約を打ち切られてはいけない立場であるがゆえに、送別会を企画することをためらっているのかもしれない。しかし、彼女は本当は、お酒を飲むのが好きなタイプなのだ。彼女の直属の上司はそのことを知らないのかもしれない。私はそう思い、思い切って彼女の直属の上司に話し掛け、彼女の送別会を企画してもらえるように打診してみた。

 やはり、彼女の直属の上司は、彼女の立場を考え、彼女の送別会の企画をためらっていたようだ。そこで私は、彼女が本当はお酒を飲むのが好きであることを彼女の直属の上司に伝えた。それを聞いた彼女の直属の上司は、彼女の送別会を企画すると約束してくれた。

 かくして、彼女の送別会が行われることになった。開催場所は、職場近くの居酒屋である。驚いたことに、プロジェクトメンバ全員に相当する十人が彼女の送別会に参加した。もともと私の参加しているプロジェクトは、プロジェクトメンバ同士のコミュニケーションが活発ではない。以前も書いたように、出社時や退社時のあいさつも交わさなければ、旅行のお土産を配っても、「どこに行って来たの?」と尋ねられることもない。普段から、そうした無機質な関わり方をしているため、飲み会が開催されたとしても、みんなとても大人しい。

 ところで、居酒屋のメニューに映画『ゼブラーマン』シリーズの関連メニューが用意されていた。何を隠そう、私はゼブラーマンなるものを知らなかったので、最近、映画館で観る予告編にゼブラーマンなるものが登場しているが、あれは一体何なのだと、すぐ近くに座っていた私の直属の上司に尋ねてみた。私の直属の上司は、私が普段から映画館に足繁く通っていることを知っていたので、逆に私がゼブラーマンを知らないことについて驚いていた。そのとき、私は思った。私の周りにいる人たちの目に映っている私というのは、単に映画を良く鑑賞している人という印象でしかないのだと。実際、私がどのような映画を好んで鑑賞しているかについては、ほとんど知らないのだ。だから、私が普段、好んで鑑賞しないようなアクション映画やヒーローものやアニメやエンターテイメント性の高いアメリカ映画などを鑑賞したかと尋ねて来る。読書が好きな人だって、どんな本でも読むわけではないはずだ。それなのに、映画をたくさん鑑賞しているというだけで、どんな映画でも鑑賞していると思われてしまうのは、人間関係をそれ以上深くしようとせず、単に大きなカテゴリだけで捉えて満足してしまっているように思える。そのため、私はいつも、職場における人間関係に渇きを覚えている。

 さて、普段は大人しいプロジェクトメンバも、お酒が入って来ると次第に大胆になって来た。私は、自宅ではほとんどお酒を飲まないが、お酒は割と強いほうである。最初のうち、お酒の好きな直属の上司とほぼ同じペースで飲んでいたのだが、そのうち直属の上司のペースを追い越してしまった。

 金曜日の夜だったので、居酒屋からは二時間の時間制限が設けられていたのだが、お酒を飲んで大胆になったためか、二時間を過ぎても送別会はお開きにならなかった。しかも、部屋にカラオケの設備があったため、普段は大人しい直属の上司が先頭を切って一曲歌うと、他のプロジェクトメンバも次々にカラオケで歌い始めた。私も調子に乗って、主に昔のアニメソングを歌った。

 普段は世代のギャップなど感じることなく話をしているというのに、カラオケが始まると、たちまち世代のギャップを感じてしまった。思えば、派遣仲間の中で最も年齢が高いのは私で、そのすぐ下の派遣仲間でも私と十歳ほど離れている。何を隠そう、直属の上司だって、私よりも二つ年下である。プロジェクトメンバの中で最も多いのは、私よりも二歳~四歳年下の四十代前半の男性社員である。唯一の救いは、上司のまた上司が私よりも六歳年上であることだ。

 四十代前半の男性社員の方たちには、私の歌った昔のアニメソングが通じたようなのだが、十歳以上も年の離れた派遣仲間たちには、私の歌った歌がちんぷんかんぷんだったそうだ。ショックだったのは、十歳年下の派遣仲間に、ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」をまったく聞いたことがないと言われたことである。私だって、ザ・フォーク・クルセダーズはリアルタイム世代ではないが、生まれてこのかた、「イムジン河」を一度も耳にしたことがないという世代もあり得るということに驚きを覚えた。

 カラオケは大いに盛り上がり、時計を見ると、いつの間にか二十三時を回っていた。かつて、残業が認められていた頃は、まさしくこれくらいの時間まで残業をして帰宅していたこともあったが、この時間に帰宅するとなると、私の場合、午前一時近くになってしまう。それでも、金曜日の夜だったので、私は眠い目をしょぼしょぼさせて、カラオケで受けたジェネレーションギャップの余韻を引きずりながら店を出た。

 愚かなことに、店を出て初めて、送別会の開催中に誰一人として、今回の主賓である派遣契約を打ち切られる派遣仲間に対し、お疲れ様の一言も言っていないことに気が付いた。そこでまたしても私が提案し、上司のまた上司に、彼女に対する餞(はなむけ)の言葉をお願いした。上司のまた上司は、意外にもあっさりと、彼女に対してお疲れ様と言い、今日で終わりではなく、まだ数日残っているので、それまでよろしくお願いしますと締めくくった。

 こうして彼女の送別会を終えたわけだが、実はその後に行われた別の飲み会で上司のまた上司と一対一で話す機会があり、今回のこと、すなわち、彼女の派遣契約を打ち切らなければならなかったことは、上司のまた上司にとって本当に辛いことだったと聞かせてくれた。こうした大切な話は、例え飲み会の席であっても、一対一で話をしているときに行われる。私は、彼女の送別会のときにも、上司のまた上司からその言葉が聞きたかったと思った。もしも彼女自身が、上司のまた上司からその言葉を直接聞いていたならば、もう少し楽な気持ちで辞めて行くことができたかもしれないと思うと、少し残念に思えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思えば、私の参加しているプロジェクトは、受身の人が多いですね。そのため、何か思うことがあっても、なかなか発言しない人が多いようです。ちなみに、私は派遣社員という立場ではありますが、普段からかなり発言しているほうであります。(苦笑)そういう雰囲気のプロジェクトですので、送別会の最中に、送別される側の派遣仲間に対し、お疲れ様の一言もなかったとしても、妙にうなずけてしまうのです。(苦笑)

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2010.05.03

映画『アイガー北壁』

一人、また一人(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この話題は、まだ完結ではなく、もう少し続きますので、気長にお付き合いくだされば幸いです。ただ今回は、三日に一度の映画のレビューを書かせていただきますね。ところで、このGWはお天気も良く、ようやく春らしい気候になりましたね。どこへ出掛けて行っても、ものすごい人であります。こうした連休が、経済効果に繋がるといいですね。それにしても、卵巣機能が衰えてしまっている私は、半袖Tシャツ一枚で過ごしていますが、それでも暑くて暑くてたまりません。(苦笑)早くも夏バテのような状態に陥ってしまい、自宅では窓を開けて扇風機をかけて、ガンモに「寒い!」と言われています。(苦笑)夏が来るのが怖いですね。私の身体は、暑い夏を越せるのでしょうか。

 本作を鑑賞したのは、映画館で予告編を観たことがきっかけだった。実話に基づいた、アルプスにあるアイガー北壁という前人未到の難所への登攀(とうはん)に挑んだ若者たちの物語である。

 ナチス政権時代、ベルリンオリンピックの開幕を目前に控え、ナチス政権はドイツ人によるアイガー北壁への初登頂を強く望み、初登頂を達成した者には金メダルを与えると約束していた。前人未到の難所を制覇することにより、ナチス政権は他の諸国に対し、ドイツの立場を優位なものにしておきたかったようだ。

 その頃、トニーとアンディという二人の若者が、実力のある登山家としてドイツ国内で知名度を高めつつあった。アイガー北壁の恐ろしさを知っていた彼らは、一度は登攀を諦めるものの、やはり登山家としての血が騒いだのだろうか。二人揃ってアイガー北壁の登攀に挑戦することを決意する。

 アイガー北壁の麓(ふもと)には、たくさんの報道陣や同じくアイガー北壁への登攀を目指す、世界各国からやって来た登山家たちが集結していた。その中には、トニーのかつての恋人で、新聞記者のルイーゼも含まれていた。ルイーゼは、トニーとアンディがアイガー北壁への登攀を諦めたものと思い込んでいたので、意外な場所で彼らと再会し、喜びと不安を隠し切れない様子だった。

 トニーとアンディは、天候を見ながら先頭を切って出発し、二人のすぐあとを、オーストリアの登山家たちが追い始めた。初登頂を目指そうとする彼らは、トニーとアンディに対し、強いライバル心を抱いていた。

 本作を鑑賞してまず最初に思い浮かべたのは、植村直己さんのことだった。一年ほど前、植村直己冒険館に足を運んだ。そこでは、植村直己さんが冒険に対して注いで来た情熱に触れることができた。遠く離れたところから植村直己さんを見れば、何故、家族や身近な人たちを心配させてまで危険な冒険に挑んで来たのか、良くわからないだろう。植村直己さんご自身も、こうした究極的な冒険でしか満足感を得ることができなくなってしまった自分を省みていたようだ。おそらく、冒険家と呼ばれる方たちは、一つの難関をクリアすると、更なる難関をクリアしたくなるものなのだろう。そうすることによってのみ、満足感を得られるようだ。そして、偉大な冒険家に成長すれば成長するほど、一つの冒険の達成が自分だけの喜びではなくなって行く。小さなところでは家族や親戚などの身近な人たちの喜びにも繋がり、やがて出身地や日本をあげての喜びへと繋がって行く。

 トニーとアンディが前人未踏の難所、アイガー北壁を目指そうとしたのも、若き登山家としてのチャレンジ精神から来るものであろうことは容易に想像できる。彼らの場合、ベルリンオリンピックを目前に控えていたことから、ドイツの期待がずしりとのしかかってもいたはずだ。そこに、愛する人への想いが加われば、無事に帰還できるように細心の注意を払いながら冒険あるいは登山を進めて行くことができるだろう。愛する人がいるから、最初から危険な冒険は避けようとする心と、愛する人がいるから、必ず無事に帰還しようと思う心は、もしかしたら同じなのかもしれない。

 とは言え、アイガー北壁は、ほとんど九十度の傾斜の絶壁と言っても過言ではない。足場のないアイガー北壁に、猛吹雪という悪天候の条件も加わって、初登頂を目指すトニーとアンディ、そしてオーストリアの登山家たちはひどく難儀する。

 思えば、私たちはいつも、自然からのパワーを受け取っている。しかし自然は、あまりにも膨大なエネルギーを持ち過ぎているためか、時として人間をも呑み込んでしまう。登攀中にオーストリアの登山家の一人が負傷し、それ以上の登攀が困難になり、彼らとライバルの関係にあるドイツチームのトニーとアンディが手を貸すことになる。猛吹雪で視界の悪い中、凍えそうになる手で登山道具を取り出して必死で足場を組む。手を凍傷から守るための厚い手袋を崖下に落としてしまったり、登山道具が足りなくなってしまったりと、様々な困難が彼らを直撃する。

 奇しくも、アイガー北壁の周辺には登山鉄道が走っていた。麓からトニーとアンディの様子を見守っていたルイーゼは心配になり、登山鉄道の線路を歩いてトニーたちの様子を見に行く。そして、猛吹雪の中、トニーたちに一生懸命語りかけるのだが・・・・・・。

 本作を鑑賞し終わって感じたのは、人の生死を決定付けるものは、時代の流れであったり、その場に居合わせた人たちの状況であったり、また、自然が与える影響であったりするということだった。それらの要因が複雑に絡み合い、人の生死を決める。それらは決して偶然ではないように思える。また、人の生死に関わるほどの状況に追い込まれた場合、そこには敵・味方という概念は存在しなくなる。同様に、チームワークについても考えさせられた。負傷した者を見捨てて行けば、自分たちだけでも登頂できるかもしれない。そうすれば、ドイツ国内でトニーたちは英雄になれるはずだが、人間的な心がそれを許さない。そうした究極的な選択が、本作には実に盛りだくさんだった。

 言い方を変えれば、私たちにとって、命よりも尊いものはない。その命の尊さを前に、国同士が争ったり、初登頂を目指して競争したりしている。命の尊さと比べると、それらのことがいかにちっぽけなことであるかが良くわかる。私が感動したのは、ルイーゼが他の国の登山家たちに頼み込んで、遭難しかかっている登攀中のトニーたちを救助してもらおうとするシーンだ。猛吹雪の悪天候では、自らの命さえ危ないかもしれない。それでも、ルイーゼの熱意に突き動かされ、救助に当たる他国の登山家たちがいる。まさしく、生死を賭けたクライマックスのシーンである。結末については敢えて書かないでおくが、こうした必死の想いは、例え何年経過したとしても、それを経験した人々の心に深く残って行くように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作では、自然の厳しさを、それこそ嫌というほど見せ付けられました。自然は、そよ風のようにいつも笑っているだけではないのですね。荒れ狂った自然と仲良くする方法は、いつか見付かるのでしょうか。

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2010.05.02

一人、また一人(7)

一人、また一人(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回の決定では、誰もが悩みました。そんなとき、何か問題があるとすぐに掛け付けてくれる派遣会社の営業担当の存在はとても頼もしいものです。ただ、その反面、企業と私たち派遣社員は、人間対人間の関係を結ぶことはできず、常に営業担当を通さなければならないのだろうかと考えてしまうこともありますね。

 後日、再び派遣会社の営業担当が私たち派遣社員の面談にやって来た。最初に面談を行ったのは、先日、時間切れのために営業担当と面談することができなかった派遣仲間だったようだ。その後、これまでHという仕事を担当していた派遣仲間が呼ばれ、再び営業担当と面談を行った。前回の面談では、彼女は今後も現在の職場で仕事を続けられるかどうか、考えさせて欲しいというようなことを言ったらしい。彼女はずいぶん悩んでいたが、最終的には営業担当にどのように返事をしたのだろうか。そして、彼女の面談が終わると、再び私も営業担当と面談することになった。私は、自分なりにいろいろ考えた結果、新しい仕事を受け入れて行きますと営業担当に伝えた。営業担当に尋ねてみると、悩んでいた彼女もまた一大決心をして、新しい仕事を受け入れると答えたらしい。私は、ほっと胸を撫で下ろした。

 その後、契約を打ち切られる派遣仲間と、その派遣仲間の仕事を引き継ぐ二人の派遣仲間たちは、順調に仕事の引継ぎを行った。一方、これまでHという仕事を担当していた派遣仲間と私はというと、直属の上司から引継ぎの指示が出されなかったため、仕事の引継ぎは行わなかった。というのも、仕事内容そのものが、経験により蓄積して行くものだったからである。こうして、それぞれの派遣社員がこれまでとは違った新しい仕事に挑戦することにより、これまで馴れ親しんで来た職場にも、新たな風が吹き込まれた。

 とは言え、私は、契約を打ち切られることになった派遣仲間の今後のことがとても気に掛かっていた。彼女と話をしたいが、周りに人のいる静かなオフィスでは、なかなか話を切り出しにくい。かと言って、誰もいない女子トイレで話を始められたとしても、いずれ誰かが入って来てしまう。そんな悶々とした思いを抱えていたところ、ある場所で、仕事中に彼女とじっくり二人切りで話すチャンスに恵まれたので、私はこの時ぞとばかりに彼女に話し掛けた。

 次の仕事は見付かりそうかと私が尋ねてみると、彼女はとても明るい表情で、既にいくつかの企業を当たっていること、仕事はいくつかあるので、何らかの条件を妥協すれば、いずれは決まりそうだと答えてくれた。彼女は、今回の仕事が派遣社員としてのデビューだったようだ。しかし、今のようなご時世では、今回のような突然の契約打ち切りが起こり得るので、できれば今後は社員として働きたいらしい。そのため、職安にも積極的に足を運んでいるそうだ。彼女は、職安に足を運ぶと、前回足を運んだときとは異なる仕事の募集が出ているので、きっと大丈夫だろうと言っていた。

 彼女曰く、面白いことに、現在の勤務先と目と鼻の先にある企業への仕事の紹介があったらしい。彼女は心してその企業の面接を受けたようだが、現在の職場とはまったく異なる、どちらかと言えば固い雰囲気の職場で、服装も違い、彼女自身も馴染めそうにないと感じたらしい。もともと彼女の通勤の事情で、出勤時の服装が大幅に変わると都合が悪かったようなので、面接を終えて仕事をお受けしようかどうしようか迷っていたところ、他の派遣会社から面接を受けた派遣社員が採用されてしまったそうだ。

 また、仕事内容や職場の雰囲気が良さそうな職場でも、彼女の自宅からひどく遠い上にお給料の面で妥協できない職場もあり、泣く泣くお断りしてしまったそうだ。私の周りでは、なかなか仕事が見付からないという悲痛な声も聞いているので、最近の雇用情勢が果たしてどのようなものなのか心配だったのだが、やはり彼女は常に笑顔を絶やさず、厳しい現状を受け入れながら、少しずつ前進して行ける人なのだと頼もしく思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いろいろ揺れ動きましたが、職場に残る三人の派遣社員の意志が固まりました。契約を打ち切られることになった派遣仲間は、現状を受け入れて行く力が素晴らしいですね。何色にも染まる覚悟のある生き方と言えるかもしれません。

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2010.05.01

一人、また一人(6)

映画『渇き』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『サイボーグでも大丈夫』を引き合いに出しましたが、パク・チャヌク監督の作品で他にも有名なのは、映画『親切なクムジャさん』でしょうか。こちらは先日、無料動画GyaO!で配信されていましたので、鑑賞しました。後日、レビューを書かせていただきますが、こちらも視点が面白かったですね。パク・チャヌク監督の作品は、ストーリーの内容には共感できなくても、普段の自分の思想とは関係のないところで楽しめる作品dだと思います。さて、ゴールデンウィークに突入していますね。ゴールデンウィークに関係なくお仕事という方もいらっしゃるかもしれませんが、主に会社勤めの方は、楽しく過ごされている方も多いかもしれません。ちなみに、私は四月二十九日から七連休です。ゴールデンウィーク中に実践することをリストアップしてみたのですが、あれやこれやと盛りだくさんで、なかなか実践できていません。(苦笑)では、ゴールデンウィーク前にお約束した一人、また一人(5)の続きを書かせていただきますね。

 その翌日、派遣会社の営業担当がやって来たが、私たち派遣社員と面談するよりも先に、派遣先企業の上司のまた上司と面談したようだ。その後、営業担当は、それぞれの派遣社員との面談に入り、まずは、これまでHの仕事を担当していた派遣仲間がトップバッターとして営業担当に呼ばれた。彼女は、ずいぶん長いこと営業担当と面談していた。その後、私が面談することになったのだが、もともと営業担当がやって来たのが既に夕方の時間帯だったため、そろそろ仕事を終える時間に差し掛かっていた。そのため、私は営業担当に現在の状況と今後の不安について、手短に話した。

 営業担当は、派遣先企業の上司のまた上司と面談をして、
「今回の決定は、社員さんに対しては行使できることだとしても、派遣社員に対しては行うべきではなかったのではないですか?」
と発言させていただいたそうだ。つまり、営業担当や派遣社員に対し、事前に何の相談もなく、仕事内容が勝手に変更されてしまったことについて、少々大袈裟な言い方をすれば、異議を申し立てたということだ。それに対し、上司のまた上司は、本当に申し訳なかったと平謝りだったそうで、私や他の派遣社員たちを、人材として、何としてでも確保しておきたいがために、苦し紛れに強行してしまったことだと説明されたそうだ。

 仕事を終える時間が近付いていたので、私は、これからの仕事がとても不安であることや、これまでHの仕事を担当していた派遣仲間の仕事ぶりが完璧だったので、自分も彼女のような仕事ぶりを期待されるとプレッシャーであることなどを話した。営業担当は、それについてはサポートして行きますと、上司のまた上司が宣言してくださっていたと、私をなだめてくれた。私も、そのことは既に上司のまた上司から直接聞いていたので、
「そうですね」
と答えるしかなかった。営業担当は、私の次にもう一人の派遣仲間とも面談しておきたかったようだが、私と話をしているうちにとうとう仕事を終える時間がやって来たので、また後日改めてゆっくり面談してくれることになった。

 営業担当との二回目の面談を行うまでの間に、私はこれまでHの仕事を担当していた派遣仲間とじっくり話し合った。彼女は、契約を打ち切られる派遣仲間が担当していた仕事の一部を担当することになり、私は、これまで彼女の担当していた仕事を担当することになる。私の場合、これまでの仕事に加えて、彼女が担当していた仕事を担当することになるのだが、彼女自身は仕事内容がこれまでとガラリと変わってしまう。仕事に対する不安は、私よりも彼女のほうが大きいはずだった。

 実のところ彼女は、新しい仕事が自分には合わないと思ったようで、これを機会に今の職場を去ろうと考え始めたようだ。そこで、休み時間に携帯電話を使って派遣会社の携帯サイトで公開されている仕事情報をいろいろ検索したらしい。しかし、あまり良い条件の仕事が見付からなかったそうだ。
「どうせここを辞めるなら、今より条件のいいところに行きたいと思ったけど、検索した結果、ここよりも条件のいい仕事は見付からなかった」
と彼女は言った。かつては、仕事を探そうと思えばいくらでも見付かったはずなのに、本当に今は、仕事の案件そのものが少ないらしい。これまでとはまったく異なる仕事を受け入れて今の職場に残るか、それとも、多少条件は悪くなるが、別の仕事を探すかで、彼女はずいぶん悩んでいた。それだけ彼女がこれまでの仕事を気に入り、そしてプライドを持って働いていた証拠である。

 今回のことで、一緒に仕事をしている社員さんと話をする機会があったので、思い切って、その経緯を尋ねてみた。やはり、彼女が担当することになった仕事を誰が担当するかで、かなりもめたそうだ。しかし、これまで私が担当していたソフトウェアの開発業務に対する予算が削られてしまったらしい。そのため、これまで四人で担当していた業務を三人で行う必要が出て来てしまい、いろいろ話し合った結果、提案されたような体制が取られることになったそうだ。

 派遣先企業としては、今後、売り上げが向上して安定すれば、今回、契約を打ち切ることになった派遣仲間の仕事を丸ごと担当する派遣社員を新たに採用するらしい。そうなれば、私たちも元の仕事に復帰することができるようだ。そのときが来るのを静かに待ちながら、今の職場で働き続けるのか、それとも新天地を目指すのか、彼女の心は大きく揺れているようだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かつて、コンピュータ業界で働く人たちは、いつも仕事が忙しくて、他の業種の人たちとは異なる生活時間で生活していました。私もある時期までは、夜中の二時とか三時まで働いて、タクシーで帰宅していたことが関西に来てから何度もありました。思えば、当時は深夜残業手当もタクシー代も、派遣先企業が抵抗なく出してくれていたのですね。派遣社員の残業代は、通常の残業が時給の二.五割り増し、深夜残業は確か五割増しだったと思います。関西に来て初めて派遣された会社で、休日に友人が泊まりに来るので休日出勤はできないとお断りしたところ、友人が宿泊するホテルをこちらで手配するのでどうしても休日出勤して欲しいと言われたことがあります。そんな時代からすれば、今は、そこまでがむしゃらに仕事をしなくても良くなった時代になったと言えるのかもしれませんね。

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