一人、また一人(1)
※映画『しあわせの隠れ場所』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。やはり、『しあわせの隠れ場所』という邦題はピンと来ないですね。(苦笑)本作の場合、邦題と映画の内容をどのように関連付けて記憶の中に留めておくかが、大きな課題となるようです。(苦笑)さて、相変わらず雇用情勢の厳しい世の中でありますね。派遣社員である私の周辺も、少しずつ変化が起こっています。これから何回かに分けて、私の周辺で起こっている派遣社員の雇用情勢の変化について書いてみたいと思います。
私が社会人として働き始めたのは、バブルが崩壊し始める少し前のことだった。私が入社する前の年の社員旅行は海外だったというくらい、まだまだ景気が良かった。しかし、バブルの崩壊により少しずつ景気が衰え始め、これまで技術者として働いていた人たちが営業支援に回されるようになった。私もその中の一人に加わり、仕事に面白みを感じなくなってしまったため、私は四年間、社員として働いていた会社に辞表を提出した。
当時の私は、東京で一人暮らしをしていたが、景気が衰え始めていたとはいうものの、今ほど冷え込んではいなかったため、将来に対する不安もそれほどなかったように思う。とは言え、退職した直後は、コンピュータ業界ではもう働きたくないと思っていたのに、結局のところ、すぐに仕事が見付かるという理由から、派遣会社に登録し、派遣会社から紹介された企業で働くようになった。
ところが、あるとき派遣会社と給料のことで面倒な状況に陥った。私は派遣会社から時給で給料をもらっていたのだが、派遣会社と企業の間が月額固定の契約を交わしていたらしく、私の残業時間が著しく増えたことにより、派遣会社が赤字になるという事態に発展してしまったのだ。私は、そういう面倒なことが嫌だったので、
「じゃあ、間を取り払ってしまいましょうか」
と企業と直接話を付けて、派遣会社から離れてフリーの身となり、その企業に残った。それから何年かは、その企業と直接金額交渉をしながら、派遣会社に属さないフリーのエンジニアとして働いていた。
ガンモとの結婚をきっかけに関西に移住してからは、再び派遣会社に登録して働き始めた。派遣社員といえども、時給はそれほど悪くはなかったので、わざわざ社員になって働こうとは思わなかった。契約の切れ目ごとに少しまとまった休みを取れることが、私には魅力だったのだ。関西に来てから、いろいろな職場を経て、およそ八年前に現在の職場に派遣されるようになった。
かつて私の現在の職場には、私と同じ派遣会社から、私を入れて十人以上の派遣社員が派遣され、働いていた。派遣会社の営業担当が、私たち派遣社員に仕事の状況や契約更新の意志などを確認するためにやって来ると、普段、仕事をしているオフィスとは別の場所で一人ずつ面談を行う。営業担当は、面談を終えた人に、「では、次に誰かを呼んで来てください」と伝え、その人がまた別の派遣社員を呼び出すリレーが繰り返されていた。十人以上も派遣社員がいれば、自分の次に誰を呼ぶかは、選び放題だった。
思えば、現在の不況の波は急に訪れたわけではなく、少しずつ影を忍ばせていたように思う。時給を上げて欲しいとき、私たち派遣社員は派遣会社の営業担当と時給交渉をする。派遣社員と営業担当の間で話がまとまると、営業担当が企業に話を持ちかけ、企業と時給交渉をしてくれる。これまではそうした時給交渉も、同じ職場での契約が一年ほど継続すると、比較的容易に受け入れられていた。とは言え、私は自分の時給アップに無頓着だったため、他の派遣社員ほど頻繁に時給交渉を行ってはいなかった。それほどガツガツしなくても、いつでも上げてもらえると思っていたのかもしれない。
私が現在の職場で働くようになってから、間もなく八年が経過しようとしているということは、単純計算すると、一年に一回のペースで時給交渉を行っていれば、私には八回の時給アップのチャンスがあったわけだ。しかし、時給アップに無頓着な私が時給交渉をしたのは、二回か三回ほどだったように思う。ちなみに、現在の職場に初めて派遣されてからこれまでにアップした時給は、百九十円である。この金額が多いか少ないかは良くわからない。私の場合、派遣会社に登録した時期が他の人たちよりも早かったためか、私と同じ職種の派遣社員よりも初任給の時給が高かったようだ。そのため、私と同じ職種の他の派遣社員からは、最初の時給から数百円アップしてもらったなどという話も聞いた。私はそれを聞いて刺激され、これまでよりも積極的に、派遣会社の営業担当に時給交渉を行うようになった。
私の時給アップの要求は、毎回数十円単位のものだったので、比較的容易に受け入れられた。しかし、ここ三、四年ほどの間に、次第に営業担当の反応が鈍くなって来た。どうやら、時給アップの話を持ち掛けても、企業が応じてくれなくなったらしい。こうして、私の時給は三年ほど前からアップせずに止まったままになってしまった。私と同じように、時給交渉をしたという他の派遣社員も、時給をアップしてもらえないと嘆いていた。
何となく、これまでと勝手が違うと思いつつも、それほど気に留めることもなく、時間が過ぎて行った。その間に、これまで十人以上いた派遣社員が、様々な理由から少しずつ辞めて行った。少し前までは、派遣社員が辞めると、新しい派遣社員がこれまでの仕事を引き継ぐために採用されていたのだが、次第に派遣社員の補充が行われなくなった。そして気が付けば、これまで十人以上いた派遣社員がいつの間にか五人になっていた。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思えば、現在の職場で、何人もの派遣仲間たちを見送って来ました。同じ職場にいてもほとんど話をしない派遣仲間もいれば、互いに職場が離れても交流の続く派遣仲間もいます。たくさんの出会いの中から、人と人の結合力を意識せずにはいられません。
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