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2010.04.03

映画『人間失格』

部屋だしのカニ料理の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回宿泊した旅館は、楽天トラベルから予約したので、宿泊したときに感じた率直な感想を、ガンモが評価として宿泊先の旅館のユーザーレビューの欄に書き込みました。ガンモにしては珍しく、長い長いレビューになってしまったのですが、旅館の方は真摯に受け止めてくださり、それに対する丁寧なコメントを返信してくださいました。そのことを通して、こうしたユーザーレビューのページで、良かったことと気になったことの両方を伝えるということは、とても大切なことだと感じました。気になったところだけを伝えようとすると、ネガティブな感情が渦巻いてしまいますが、良かった点も一緒に含めることにより、こちらが正直な感想を述べていることが伝わり易く、指摘された側も前向きな気持ちになれるようです。ユーザーレビューに限らず、通常の人間関係もきっとそうなんでしょうね。

 確か昨年は、太宰治の生誕百年記念の年だったはずだ。そのため、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』が公開されたりもした。本作も、生誕百年記念の一環として製作された作品だと思われる。二月二十日に劇場公開され、私が鑑賞したのは、その翌日の二月二十一日である。

 若い頃に、太宰治の作品を集中して読む人が多いらしいが、私はそうではなかった。『ヴィヨンの妻』も『人間失格』も原作を読んではいない。『走れメロス』は読んだと思うが、往年の太宰ファンに言わせると、『走れメロス』は太宰らしくない作品らしい。では、どのような作品が太宰らしい作品なのか。原作をほとんど読んでいない私の場合、映画で判断するしかないのだが、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』と本作で共通する部分が手掛かりになりそうだ。それは、太宰治を思わせる男性が、女性と一緒に自殺を図り、男性だけが生き残るというシーンだ。

 これは、太宰の小説の中に自殺のシーンが少なくとも二回は盛り込まれているということである。おそらく、これが太宰文学であり、自殺を図る男性が太宰自身なのだろう。何故なら太宰は、何度か自殺未遂を繰り返した末に、玉川上水で愛人の女性と入水自殺を図り、亡くなっているからだ。

 映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を鑑賞したときも感じたが、太宰はとにかく生きていることが嫌で嫌でたまらなかったようだ。生まれながらにしてマイナスの感情を持っていて、それをずっと引きずっている人、というイメージがある。そして、女性に好かれ易いタイプなのか、女性に対してだらしがない。

 本作の中では、大庭葉蔵という若者が、太宰とかぶるわけだが、ジャニーズ系の生田斗真くんが演じていると、厭世観も漂って来ない。映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』の浅野忠信さんのほうがずっと迫力があったと思う。私は、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を自分なりに理解したつもりでも、太宰に詳しい方のレビューを拝見すると、実際はほとんど理解できていなかったことに気が付いて、自分の理解力のなさにあきれ返っていた。しかし、本作を鑑賞してみると、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』のほうが断然良いと感じたことから、少しでも太宰を理解することができているのではないかと、今となっては思えるのだ。

 本作の生田斗真くんのちょっと物足りない演技を思い起こす度に、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』の浅野忠信さんの、世の中が嫌で嫌でたまらないといった演技が思い起こされる。映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を鑑賞したときは、何故、こんなにも世の中が嫌で嫌でたまらないだろうと不思議に思ったのだが、もしかすると、最も身近な母親に愛されたくても愛されなかったことが、イライラの原因なのではなかろうかと思えて来た。同時に、多くの女性たちの間を器用に渡り歩くのも、自分を愛してくれなかった母親に代表される女性たちから、本当は愛されたくて愛されたくて仕方がないことへの裏返しの感情表現なのではないだろうかと思えて来たのだ。

 私は本作の中では、主人公の生田斗真くんよりも、彼の悪友である堀木役の伊勢谷友介くんの演技に注目した。彼の役柄は、ある意味、主人公よりも存在感のある役柄だったように思う。また、その役が伊勢谷友介くんにピタリとはまっていた。

 ピタリとはまっていたと言えば、同じくジャニーズ系の森田剛くんが演じた詩人の中原中也も良かった。中原中也は原作には登場しないようだが、私の中の中原中也のイメージに近いように思えた。中原中也と言うと、昔、テレビドラマで三上博史さんが演じていたのが強く印象に残っている。そのときの役柄の印象が強烈に残っているので、そのイメージを塗り替えるのは難しいだろうと思っていたのだが、森田剛くんの演技も自然に受け入れられたのだ。

 こんなことを書くと、青森出身の方に怒られるかもしれないが、寺山修司さんといい、太宰治といい、青森出身の作家さんはどことなく暗い。何年か前に、ガンモと一緒に鉄道乗り潰しの旅で青森を訪れたとき、青森のねぶた祭りを見た。そのとき私は、今まで知らなかった青森の熱さに触れたように思う。青森出身の方にねぶた祭りの感想を述べると、青森は雪が多い地域なので、ずっと雪解けを心待ちにしていて、夏になると、冬の間に溜め込んでいたエネルギーがはじけ出すというようなことをおっしゃっていた。温暖な四国で生まれ育った私には、青森の人たちが冬の間に溜め込んでいるであろうエネルギーの存在を知らない。だから、青森出身の作家さんは暗いというレッテルを貼ってしまう。しかし、もしかしたら太宰にも、あのねぶた祭りのような熱さがどこかにあったのかもしれない。だから、今でも多くの読者の心を掴んで離さないのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そう言えば、ねぶた祭りを見た年とは別の年に、太宰治の故郷である五所川原も訪れていました。確か、ストーブ列車に乗ったときですね。しかし、そのときの記事を読み返してみても、太宰治のことは一言も書いていません。(笑)五所川原は、太宰治色に染まっていなかったということなのでしょうか。しかも、五所川原から近い金木というところに太宰治の斜陽館があったというのに、ストーブ列車とたいやきのことしか書いていませんね。(笑)さて、話を映画に戻しますと、率直な意見を述べさせていただくならば、生田斗真くんを本作の主人公に抜擢したのは間違いだったのではないかと感じました。何故なら、ジャニーズ系の俳優さんには、人生に苦悩する役柄は似合わないからです。(笑)しかも、ジャニーズ系の俳優さんには、仮に演技がうまくできなくても、許されるところがあるように思います。しかし、本作で求められているのは、やはり俳優としての実力ではないでしょうか。私は原作を読んでいないのでわかりませんが、もしかすると、原作に忠実に表現するためには、女性たちとのもっとドロドロしたラブシーンも必要だったのではないかと思います。しかし、彼がジャニーズ系だからそのシーンがカットされてしまっているようにも思えるのです。そのため、ちょっぴり手加減された作品のように感じてしまったのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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