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2010年4月

2010.04.30

映画『渇き』

ホットヨガ(一八三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。長時間に渡り、ガンまるコムサーバがダウンしてしまい、申し訳ありませんでした。マンションにやって来たプロバイダの技術者が作業を行ったあと、我が家のインターネットは間もなく復旧したのですが、我が家のLANからはガンまるコムサーバが見えているのに、外部からはガンまるコムサーバを参照できない状況が続いていました。どうやら、プロバイダの技術者の行った作業により、我が家に供給されるIPアドレスが変更されたようなのですが、自宅サーバを立ち上げているため、IPアドレスが変更された場合はDNSにその変更を通知しなければならないのに、その仕組みが途切れてしまっていたようです。我が家に供給されるIPアドレスは、常に固定ではないので、IPアドレスが変化したかどうかをキャッチするプログラムが常駐していたはずなのですが、どういうわけかその機能が解除されてしまっていたようです。そのため、IPアドレスが変化したことがDNSに通知されず、外部からの接続が実現されなかったようです。現在はDNSに対する新たなIPアドレスの通知も終わり、ガンまるコムサーバは正常に稼動しています。皆さんには大変ご迷惑をお掛けしました。

 私にとって、パク・チャヌク監督の作品を鑑賞したのは、映画『サイボーグでも大丈夫』が初めてだった。パク・チャヌク監督は、韓国では独特の世界を描く監督のようである。私は、映画『サイボーグでも大丈夫』ではそれほど心を動かされることはなかったのだが、本作はとても楽しめた。この面白さは、こうでなければならないという固定観念の境界線を超えたところに作品が存在しているために味わえるのだと思う。

 本作では、敬虔なはずの神父サンヒョンが人妻テジュと禁断の肉体愛に落ちてしまう。それだけではない。何とサンヒョンは、自ら伝染病の人体実験に応募し、何とか命は取り留めたものの、ヴァンパイアになってしまうのだ。サンヒョンが激しく血を求めようとする姿と、テジュとの肉欲に溺れて行く姿は、実に凄まじいものがある。しかも、テジュは、サンヒョンの幼馴染の友人ガンウの妻なのである。

 とは言え、もともと二人は固い愛情で結ばれた夫婦とは言い難く、事情があって、子供の頃から一緒に住んでいたテジュを、ガンウの母親が無理矢理ガンウの嫁として迎え入れたような感じである。ただ、ガンウのほうは、テジュのことがとても好きなようだったが、テジュに対して盲目的なあまり、テジュの本質が見えていない。一方、テジュはというと、見るからに夫ガンウへの愛情など芽生えてなさそうである。むしろ、愛情がないどころか、ベッドの上で何も知らずに寝入っているガンウの口に、糸切りバサミを突き立ててしまおうかどうしようか悩むほどに、心の中ではガンウを憎んでいる。

 前半は、静かな流れで話が進んで行くのだが、サンヒョンがヴァンパイアであることをテジュに明かしてしまってからは、スピード感溢れる展開となっている。もはやヴァンパイアであることを隠しておく必要がなくなってしまったため、あとはヴァンパイアであることを最大限に利用した展開となるわけである。ヴァンパイアと化したサンヒョンが軽々とジャンプしたり、病院に入院中の患者からこっそり血液を拝借したり、ついにはテジュの夫であるガンウを邪魔者に感じてしまったりと、ヴァンパイアのサンヒョンはとにかく留まるところを知らない。本来ならば、欲望などとは無縁なはずの神父が、欲望をむき出しにして動き回っているところが何とも面白いではないか。

やがて、サンヒョンがテジュの血を吸ってヴァンパイアの仲間にしてしまうと、二人のヴァンパイアの行動はますます加速して行く。物語の最初のほうで映し出された敬虔な神父や口数の少ない人妻の姿は、もはやどこにもいない。一体、本作を鑑賞し始めた人たちの誰がこのような展開を予想し得ただろうか。そんな意外性で楽しませてもくれる。

 これほど周りが豹変してしまっている中で、ガンウは亡霊になってもなお、子供のように無邪気であり続ける。いつまでも大人になり切れない雰囲気を持つガンウは、サンヒョンやテジュの前に度々姿を表すものの、彼らに対して恨みを持っていそうな態度でもない。思えば、生きているか死んでいるかは別にして、最初から最後までキャラクターが変わらないのはガンウだけなのだ。だから、本作の中で、ガンウの存在はとても貴重だと思う。

 映画『サイボーグでも大丈夫』では、少々行き過ぎた感が否めなかったのだが、本作の困惑具合は、私にとってはちょうどいい。これからも、パク・チャヌク監督には、ぶっ飛んだ作品を生み出して欲しいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m タイトルの『渇き』は、欲望に代弁される表現なのでしょうね。人妻テジュへの肉体的な欲望と、ヴァンパイアとして欲しがる血。敬虔であるはずの神父をここまで乱れさせたことが本作の面白いところだと思います。ちなみに、神父のサンヒョンを演じているのは、韓国の演技派俳優ソン・ガンホです。彼の強烈な濡れ場のシーンもあります。(苦笑)

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2010.04.29

ホットヨガ(一八三回目)

表向きはバブリーでも、中身は質素の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今回の試験の結果は、およそ二週間後に自宅に郵送されるそうです。これまでのハイスコアを抜くことができるのかどうか、楽しみですね。ところで皆さん、既にお気付きのことと思いますが、現在、またしてもガンまるコムサーバに接続できない状態になっています。どうやら、先日、発生した不具合の原因を究明するためかどうかはわかりませんが、加入しているプロバイダの技術者がマンションにやって来て、作業を行ったようです。その影響で、「ガンまる日記」も、ガンまるコムサーバから画像を引き込んでいるため、画像が表示されなくなっています。皆さんにはご迷惑をお掛けしますが、もう間もなく復旧するかと思いますので、それまで少しお待ちください。

 派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けて昼食をとったあと、梅田店でホットヨガのレッスンを受けるために地下鉄に乗り、大阪・梅田へと向かった。実は、TOEIC IPテストのスケジュールが確定したとき、私はいつものように大阪・梅田の貸会議室で試験が行われるものと思い込んでいた。そのため、TOEIC IPテストを受けたあとは、いつものように、受験会場となる大阪・梅田の貸会議室から徒歩数分のところにある梅田店でホットヨガのレッスンを受けようと思っていたのだ。試験が行われるのが、大阪・梅田の貸会議室ではなく、派遣会社のセミナールームだということを知ったのは、受験票が手元に届いたときだった。そのとき、既に梅田店にレッスンの予約を入れてしまっていたので、昼食をとったあと、梅田店でのレッスンに間に合うように移動できるかどうか少し不安だった。しかし、派遣会社のセミナールームのある最寄駅から大阪・梅田までは、地下鉄に乗ってすぐの場所だったので、予定通り、梅田店でレッスンを受けることができた。

 梅田店に足を運んだのは、昨年十一月の最終日にレッスンを受けて以来のことなので、およそ五ヶ月振りのことである。梅田店は、大阪・梅田駅からは少し離れたところにあるのだが、梅田店でレッスンを受けるときに楽しみなのは、すぐ近くにミニシアター系映画館があるので、見応えのある映画作品の鑑賞とセットにできることである。私はたまたま、派遣会社の福利厚生サービスを利用して購入した四月末まで有効なそのミニシアター系映画館の鑑賞チケットを二枚持っていたので、これを機会に映画を二本鑑賞しておきたいと思っていた。それは、その夜、徹夜の仕事が入っているガンモの睡眠を妨げないためにも、とても有意義な選択だった。レッスンの開始時間まで少し時間があったので、私は先に梅田店近くのミニシアター系映画館に足を運び、手持ちの鑑賞券を鑑賞したい作品の座席券と引き換えておいた。

 今回、受けたレッスンは、六十分の脂肪燃焼コースである。梅田店は、南森町店のようにフリースタイルのレッスンが開催されていないため、三宮店と同様のオーソドックスなレッスンメニューとなっている。梅田店に足を運ぶのも久し振りのことだが、脂肪燃焼コースのレッスンを受けるのも久し振りのことである。

 何と今回は、二十名もの参加者がレッスンに参加していた。レッスンを担当してくださったのは、梅田店でこれまでにも何度かレッスンを担当してくださっているインストラクターである。男性会員を受け入れている梅田店でレッスンを受けると、たいてい一人か二人は男性会員がレッスンに参加していらっしゃるものだが、脂肪燃焼コースは特に女性に人気のレッスンなのか、男性会員は一人もいらっしゃらなかった。しかも、ほとんどの方たちが、燃焼させるべき脂肪など持ち合わせていないように見えた。

 ここのところ、骨盤コースのレッスンばかり受けていたが、脂肪燃焼コースのレッスンで取るポーズは、骨盤コースのレッスンとは大きく異なっている。骨盤コースは、骨盤の矯正を目指したポーズを多く取り入れているが、脂肪燃焼コースはその名の通り、脂肪を燃焼させるポーズを多く取り入れている。強いて言えば、賢者のポーズと三角のポーズがほんの少しかぶるくらいだ。また、脂肪燃焼コースのレッスンでは、ブロックを使ったレッスンを行うことも特長のひとつである。

 更に今回、久し振りに脂肪燃焼コースのレッスンを受けてみて思ったのだが、骨盤コースのレッスンには、うつ伏せになって取るポーズはほとんどないが、脂肪燃焼コースのレッスンにはあるということだった。ご存知のように、私は既に筋腫が大きく成長してしまっているので、うつ伏せのポーズを取るのは辛い。そのため、後半に行われるうつ伏せのポーズはほとんどお休みさせていただいた。また、腹筋を使うポーズもあるので、お腹に力の入らない私は、その間もお休みさせていただいた。最後の最後に、おそらく肩立ちのポーズとすきのポーズのレッスンが行われたはずだが、どちらも私には辛いポーズだったことに加え、映画の上映時間が迫って来ていたので、退出させていただいた。

 シャワーを浴びて、身体を拭いていると、またしても下着の忘れ物をしてしまったことに気が付いた。一体、私はいつになったら忘れ物をしなくなるのだろう。ちなみに、今回、忘れてしまったのは、下着のショーツである。私は仕方なく、さきほどまで履いていたショーツを履いた。レッスン中、あまり汗を掻いていなかったのが不幸中の幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大阪にはかつて、本町店や心斎橋店などの支店がありましたが、今はどちらも閉店してしまっています。本町店は、一度しか利用したことがありませんが、心斎橋店にはしばしば足を運んでいましたね。心斎橋には、ラジウム温泉の銭湯があるので、レッスン後に利用したこともありました。まだそれほど時間が経っていないことなのに、何だか懐かしい気持ちです。

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2010.04.28

表向きはバブリーでも、中身は質素

映画『ブルーノ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。何とも毒の強い作品でありました。ちなみに本作の脚本は、複数の人たちが手掛けているようですが、その中に、主人公のブルーノを演じていたサシャ・バロン・コーエンも含まれていますね。彼は、私生活においてもこのような感じなのでしょうか。もしそうなら、彼の周りにいる人たちが疲れそうですね。(苦笑)

 先週の土曜日に、派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けた。派遣会社の主催するTOEICのIPテストは、全国の大学などで行われているTOEICの公開テストよりも価格が二千円ほど安い。最近、TOEICの公開テストの受験料が値下がりしたためか、今回は四千円で受験することができた。

 割安でTOEICの試験を受けられるので、私は派遣会社のWebサイトに頻繁にアクセスし、TOEICのIPテストの開催時期を何度も確認していた。しかし、やはり不況の影響なのだろうか。かつてはおよそ二、三ヶ月ごとに開催されていたTOEICのIPテストも、開催回数がめっきり減ってしまった。しかも、これまでは大阪・梅田にある貸会議室で開催されていたのが、今回は大阪にある派遣会社のセミナールームで開催されることになっていたのである。

 IPテストが開催される数日前に、派遣会社から今回の受験票が届いた。その受験票には受験会場となる派遣会社のセミナールームと受験会場への地図が添えられていたのだが、住所は大阪市と記載されているのに、どういうわけか、東京の新宿駅周辺の地図が添えられていた。おそらく、受験票をプリントした派遣会社のスタッフが間違ってしまったのだろう。

 すると、IPテストが開催される直前になって、私の携帯電話に知らない番号からの電話が掛かって来た。大阪の番号だったので、もしかすると派遣会社のスタッフからかもしれないと思い、電話を取ってみると、やはりその通りだった。先日送付した受験票の地図が間違っていたとのことで、わざわざ電話を掛けて来てくださったのだ。私は派遣会社のスタッフに、最寄駅を降りてから派遣会社のセミナールームに向かうまでの道のりを口頭で説明してもらった。

 そして、試験当日、私はいつものように、ひざ掛けやら首巻きやらを持参して、TOEIC IPテストが開催される派遣会社のセミナールームへと向かった。私がそこを訪れるのは、もしかしたら二回目になるかもしれない。というのも、私が派遣会社に登録した十四年前には、神戸の支社がまだ設立されていなかったので、大阪にあったその支社を訪れているはずなのだ。しかし、あれから十四年も経ってしまっているので、もはや記憶にない。

 思えば、派遣会社から紹介された仕事をしていても、派遣社員が派遣会社を訪れることは滅多にない。最初の派遣登録のときか、あとは、こうしたセミナー関連に足を運ぶときくらいだ。ちなみに私は、今回足を運んだ大阪の支社で最初の派遣登録を行ったのだが、神戸に支社が出来てからは、神戸支社から仕事を紹介してもらっている。

 ところで、派遣会社の事務所には、バブリーな雰囲気が漂っているのをご存知だろうか。あれは何年前だっただろう。もしかすると、十年近く前のことかもしれない。確か派遣会社で厚生年金の手続きをしてもらう必要があり、東京にある派遣会社の事務所に厚生年金手帳を送付するように言われたのだが、たまたまその時期に東京に行くついでがあったので、少し足を伸ばして、直接派遣会社の事務所を訪れたことがある。派遣会社の事務所に足を一歩踏み入れた私は、何とバブリーな事務所だろうと驚いた。そこには、何から何まで贅沢な雰囲気が漂っていたのである。

 そして、今回訪れた大阪の支社の入口や受付もまた、時代にそぐわないバブリーな雰囲気が漂っていて驚いた。世の中は不況と言われているはずなのに、少なくとも私の働いている派遣会社には質素な雰囲気はない。考えてみれば、派遣会社の運営を支えているのは、私たち派遣社員である。派遣会社は、私たちに支払っている時給のおよそ三割増しの料金を企業から受け取り、その中から自分たちの取り分を差し引いて、私たちに給料を支払っているのだ。ということは、このバブリーな雰囲気は、私たちが派遣先企業で働いた三割り増しの時給の成果なのだろうか。以前、たまたま神戸支社を訪れたときに休日出勤していた派遣会社の営業担当にそんなことを漏らしたところ、
「いえいえ、これは僕らの残業代ですよ」
などと言われてしまった。もう何年も前のことだが、これだけバブリーな事務所を構えているというのに、派遣会社の営業担当は、残業代が支払われないとぼやいていたのだ。

 それはさておき、今回のTOEIC IPテストを受けるために集まっていたのは、十数名だっただろうか。確かに、これくらいの人数ならば、わざわざ大阪・梅田にある貸会議室を借りなくても、自前のセミナールームでの開催で十分である。それにしても、かつてはこうしたTOEICのIPテストで、大阪・梅田の貸会議室に、会議室のキャパぎりぎりの五十名程度の派遣社員が集まっていたというのに、開催回数も減ってしまった上に十数名しか集まっていないというのは、どういうことなのだろう。それだけ、稼動している派遣社員の数が減って来ているということなのだろうか。

 そう思いながら、私はあることを思い出した。そう言えば、かつては派遣会社に登録してさえいれば、稼動中であっても稼動中でなくても、派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受験することができた。しかし最近は、現在、派遣会社から仕事を紹介されて稼動中の派遣社員でなければ試験を受けることができない仕組みに変わったのだ。ということは、これまでTOEIC IPテストを一緒に受験していた五十名近くの派遣社員の中には、現在稼動中でない派遣社員も多く含まれていたということなのかもしれない。

 ちなみに、派遣会社の主催するTOEICのIPテストは、公開テストと違って午前中に行われる。そのため、午後からは自分の時間として新たな予定を立てることができる。十時から試験のインストラクションが始まり、十時二十五分から試験が開始された。試験終了時刻は十二時二十五分である。私は、ひざ掛けと首巻きで冷房から身体を守りながら、試験を受けた。

 感触としては、やはりリスニングの問題で戸惑うことが少なくなって来た。毎日のようにBBCのラジオドラマを聴き込んでいるおかげである。そして今回は、リーディングについても比較的余裕があった。いつもならば、試験終了直前に超能力を使って、答えられない問題のマークシートをすべて同じ記号で塗り潰すのだが、今回はその作業にも余裕があった。

 ただ、私の隣に座っていた人が、リーディングの問題に入った途端、猛スピードで問題を解き始めたので、その人が鉛筆でマークシートをゴリゴリ塗り潰す音が心理的なプレッシャーになった。最初のうち、私はその人が最初から超能力を使って、答えられない問題のマークシートを塗り潰しているのかと思ったのだが、耳を澄ましていると、マークシートを塗り潰す音のほかに、問題用紙を素早くめくる音も同時に聞こえて来たので、どうやら猛スピードで問題を解いているということがわかったのだ。確かに、リーディングに入った直後の問題は、前後の文脈から最も適当な言葉を当てはめる穴埋め式の問題なので、読むスピードが速い人にとっては一問に費やす時間が短いのも当然である。それにしても、今回、私の隣に座っていた人のように猛スピードで問題を解く人に、私は初めて出会った。

 そんなプレッシャーを感じながらも、何とか二時間の試験を終え、いつものように解答用紙と問題用紙が集められて解散となった。今回の試験の感触をガンモに報告したかったが、その日、ガンモには徹夜の仕事が入っていたため、自宅で睡眠を取っているはずだった。私はガンモに報告したい気持ちを抑えながら昼食をとり、次なる目的地を目指した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 公開テストよりもおよそ二千円安くTOEICの試験を受けられるので、これまでは、稼動していない派遣社員もたくさん受験していたのかもしれませんね。それが、稼動中の派遣社員のみに限定されたということは、例えバブリーな門構えであったとしても、派遣会社としては締めるところは締めているということなんでしょうね。そう言えば、給与明細も、これまでの郵送から、Webサイトの個人ページにアクセスして確認する形に変わりつつあります。表向きはバブリーでも、中身は質素な派遣会社であります。(苦笑)

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2010.04.27

映画『ブルーノ』

一人、また一人(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私の中では、派遣契約を打ち切られることになった派遣仲間の仕事は重要なものだと思っていました。というのも、その派遣仲間と同じ仕事を担当して来た派遣社員たちが職場を去ると、次々に新たな派遣社員が採用されて来たからです。しかし、今回はまったく状況が違います。その派遣仲間が持っていた力を、残った派遣社員である私たちの中から生み出さなければならないのですね。

 去年の夏休みにガンモと二人でベルギーとフランスを旅行したとき、パリのメトロの駅構内に掲げられている本作のパネルを何度となく目にしていた。裸同然の美しい男性が黄色い花畑の上に横たわり、組んだ両手の上に頭を乗せてこちらを見ている写真だったように思う。比較的こまめに上映作品の上映スケジュールをチェックしている私としては、日本でそのような作品が公開されるという情報をまったくキャッチしていなかったので、日本での公開はいつなのだろうと、内心、心待ちにしていた。そして、半年以上も経過して、ようやく日本でも公開されることがわかったので、観に行って来た。鑑賞した感想としては、いやはや、絶句である。

 どのような作品だったのか的確に表現するために、パリのメトロの駅構内に掲げられていたパネルをここに掲載したかったのだが、おそらく、パネルの写真を何枚か撮影していたにもかかわらず、パリで撮影したデジタルカメラのメディアを紛失してしまったため、残念ながら、その写真をこちらに掲載することができない。そこで、フランスの非公式映画サイトから画像を拝借して来た。パリのメトロの駅構内に掲げられていたパネルとは異なる写真ではあるのだが、本作の雰囲気を感じ取ることはできると思う。

 パリのメトロの駅構内でパネルを見ていたために、私は本作の製作国がヨーロッパであると勝手に思い込んでいたのだが、実際の製作国はアメリカだった。とは言え、主人公のブルーノは、オーストリア出身のゲイのファッション・レポーターという設定である。ブルーノは、ミラノ・コレクションのレポート中に大失態をやらかし、ヨーロッパのファッション業界から追放されてしまう。そこでブルーノは、ハリウッドに渡り、セレブになって世の中を見返そうと企む。ブルーノの話す英語には訛りがあったので、私はてっきり、ブルーノを演じているサシャ・バロン・コーエンは英語を母国語としない国出身の俳優さんだと思っていた。しかし、実際はロンドン出身だったようだ。ということは、彼はわざわざどこかの国の訛りを含んだ英語を話していたわけである。

 ハリウッドに渡ったブルーノが成功を収めたかと言えばそうではない。ゲイのブルーノには、アシスタントのルッツという少々頼りない味方がいる。同じくゲイのルッツは、ブルーノにずっと片想いしている。最初のうち、ルッツには目もくれないブルーノだったが、献身的に彼を支えようとするルッツに少しずつ傾いて行く。

 だからと言って、本作は、ブルーノとルッツが結ぶゲイ同士の愛情だけには留まらない。ブルーノは、iPodと交換して黒人の男の子を養子にもらったり、アメリカ大統領に立候補した大物政治家とのセックス・ビデオを撮影してスキャンダルと起こそうと企てたり、対立している国同士の人たちを対談させて和解させようとしたり、とにかく彼のしでかすことには、「下品!」、「やりすぎ!」という嫌悪感が常につきまとう。そうした嫌悪感に見舞われる度に、パリのメトロの駅構内で見掛けたパネルから抱いた本作への期待感が崩れ去って行く。多くの人たちにとって、ガラスを爪でひっかく音が不快であるように、本作を鑑賞することもまた、多くの人たちにとって不快であるはずだ。ここまで行き過ぎたキャラクターは、なかなか生み出せるものではない。嫌悪感と、シラーっとした雰囲気だけで終わってしまう作品と言っても過言ではないだろう。

 期待感が大きかっただけに、これほどの嫌悪感を感じる作品だったことへの落胆は大きいが、何故、ここまで人々が嫌悪感を抱くような作品を世の中に生み出そうとしたのか、知りたい気もする。私には、鑑賞する人たちに、わざわざ嫌悪感を感じてもらうために製作した作品であるとしか思えないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三月二十日公開の作品ですが、ミニシアター系の映画館で上映されている作品ですので、これからじわじわと日本全国に広がって行くようですね。度の過ぎた嫌悪感を感じたい方は、どうぞ劇場に足を運んでみてください。(苦笑)

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2010.04.26

一人、また一人(5)

一人、また一人(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。おそらく、契約を打ち切ることを決めた方は、契約を打ち切る対象の派遣社員の名前も顔も知らない、派遣先企業の上層部の方なんでしょうね。逆に言えば、名前も顔も知られていないような方たちに、私たちの今後は左右されてしまう状況にあるのですね。

 それから数日経った頃だろうか。プロジェクトメンバ全員が会議室に集められ、今後の作業分担について指示が出された。プロジェクトメンバ全員の手元に配られた計画書には、四月からの新しい体制について記載されていた。どうやら、契約を打ち切られる派遣仲間が担当していた業務を、他の派遣社員たちで分担するらしい。

 これまでHという仕事を請け負っていた派遣仲間は、契約を打ち切られる派遣仲間が請け負っていたSという仕事を担当することになり、これまでPという仕事を請け負っていた派遣仲間は、PのほかにKという仕事も一緒に請け負うことになった。そして私は、新たにSという仕事を請け負うことになった派遣仲間の替わりに、これまでその派遣仲間が担当していたHという仕事を請け負うことになった。

 手元に配られた計画書に沿って話が進められ、上司のまた上司により、みんなそれぞれ新しい仕事には慣れていないはずなので、サポートはして行くつもりだと締めくくられた。そして最後に、この新しい体制に関して何か質問はないかと問い掛けられたとき、いつもは大人しい派遣仲間が挙手をして、
「これはもう、決定なんでしょうか?」
と、やや声を荒げて言った。彼女は、これまでHという仕事を請け負っていた派遣仲間である。彼女の担当して来たHの仕事には定評があり、彼女自身もHの仕事がとても気に入っていたようだった。しかし、一人の派遣仲間の契約が打ち切られることにより、その派遣仲間が担当していた仕事を彼女が請け負うことになった。それは、これまで彼女が担当していたHという仕事とはまったく内容の異なる仕事だった。

 通常、派遣社員が派遣先で行う仕事というのは、派遣先企業と派遣会社との間で取り交わされる契約書に明記されている。たいていの場合、契約書に書かれている仕事内容は、私たち派遣社員が派遣先企業で面接を受けたときに説明された仕事内容である。すなわち、ごく初期の段階において、
「この会社ではこういう仕事を担当していただきます。よろしいですね?」
といった確認が行われ、派遣社員がその仕事内容に同意し、なおかつ、派遣先企業が自らの求めるスキルをその派遣社員が持っていると認めた場合に、ようやく仕事の契約が成立するというわけだ。言い換えると、派遣先企業は、最初に取り交わした契約内容に従って派遣社員に仕事の割り振りを行う必要がある。もしも途中で仕事内容を変更する場合は、本人への意志確認はもちろんのこと、派遣会社の営業担当を通す必要があるのだ。しかし、私たち派遣社員は、事前に何の確認もなく、これまでの仕事とは異なる仕事を担当するように命じられているのである。

 これまでHという仕事を請け負っていた派遣仲間がやや声を荒げて発言したことで、プロジェクトメンバをまとめていた上司のまた上司は、
「では、派遣会社の営業さんを通して話をしたいと思いますので、このあと、すぐに営業さんに連絡を入れてアポを取ります」
と言ってくださった。上司のまた上司に、他に何か質問などはないかと問われたので、私も挙手をし、
「これまでと仕事内容がまったく異なるので、正直言ってあまり自信がありません。特に、私の担当するHという仕事に関しては、これまでその仕事を担当していた○○さん(私の前に発言した派遣仲間)の評判が特に良かったので、○○さんと同じくらいのものを求められるとプレッシャーに感じます」
と言った。それを受けた上司のまた上司は、
「もちろん、仕事内容に慣れないことについては承知しています。仕事に慣れるまではサポートして行きます」
と言ってくださった。私は、不安を抱えながらも、
「わかりました」
と発言し、それ以上、発言する人がいなかったので、そこで解散となり、会議室を出てそれぞれの持ち場に戻った。

 これまでHの仕事を担当していた派遣仲間とは、席が近かったので、その後もいろいろな話をした。派遣契約が続行される三人の派遣社員の中では、彼女の仕事内容が最も変化することになる。それなのに、彼女や派遣会社の営業担当に相談もなく、彼女の業務の内容が勝手に変更されてしまったことに対し、彼女は戸惑いと怒りを感じていたようだ。一方、私自身もまた、彼女のこれまでの仕事を引き継ぐことになり、これまでその仕事に対して定評のあった彼女の仕事ぶりと比較され、期待されることをプレッシャーに感じていた。

 私は、一人の派遣仲間の契約が打ち切られることで、これまで適材適所に収まっていた派遣社員がそれぞれ慣れない別の仕事に就くことに関して、派遣先企業のこうした決断は、果たして本当に企業のためになっているのかどうか、疑問に思えて仕方がなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の出来事は、バランスが取れて安定している状態から、バランスを構成している要素を一つ引き抜く行為に相当すると思います。再びバランスを取ろうとしても、いきなり完成を目指すのは難しいですよね。しかも、事前に相談もなく、派遣先企業側で話が進められているとなると、反発したくもなりますしね。この続きは、ゴールデンウィーク中に書かせていただこうと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.25

一人、また一人(4)

映画『シャーロック・ホームズ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。原作者のコナン・ドイルは、シャーロック・ホームズの物語を心の底から書きたかったわけではないそうですね。そのため、自らの書く小説の中に、シャーロック・ホームズの宿敵を設けてホームズの物語を終わらせようとしたようです。本作も、そして、おそらく制作されるであろう本作の続編も、どうやらその宿敵との戦いになりそうな気配が漂っています。では、一人、また一人(3)の続きを書かせていただきますね。

 あるとき、派遣会社の営業担当がやって来て、一人ずつ面談を行うことになった。私はそのときとても仕事が忙しかったので、先に他の派遣仲間に面談を済ませてもらい、私は一番最後に面談を受けることにした。たまたま、先に面談を済ませた派遣仲間と女子トイレで顔を合わせたとき、ある派遣仲間の契約が三月いっぱいで打ち切られることを聞かされた。ある程度の覚悟は出来ていたとは言え、それを聞いた私の胸はひどく痛んだ。何故なら、契約を打ち切られることになった派遣仲間は、残っていた四人の派遣社員の中で最も契約を打ち切られてはいけない立場にあったからだ。

 契約が続行される三人のうち、私以外の二人は自宅から通っている独身の派遣社員だった。おそらく彼女たちは、働くことで家計を支えているわけではないはずだ。そして私もまた、働くことで家計を支えているわけではない。むしろ四人の中で、契約が打ち切られても最も差し支えなかったのは、私だったはずなのだ。しかしそうはならず、最も契約を打ち切られてはいけないはずの派遣仲間の契約が打ち切られることになってしまった。

 派遣会社の営業担当と面談したとき、営業担当からも、その派遣仲間の契約が打ち切られる話を聞かされた。私は営業担当に、
「彼女は四人の中で、最も契約を打ち切られてはいけない立場なのに、とても残念です。どうか彼女の次の仕事を全力で探してあげてください」
と言った。それに対し、営業担当は、わかったと言ってくれた。そして、今回の話が企業から突然、持ち上がったこと、彼女の仕事が直接ソフトウェアの製造に関わることではないという理由で、企業も泣く泣く彼女の契約を打ち切ることに決めたという話を聞かせてくれた。

 営業担当との面談を終え、自分の席に戻ったとき、契約が打ち切られることが決まってしまった派遣仲間に対し、どのような態度で接すればいいのか良くわからなかった。しかし、彼女の契約が打ち切られることを知ってしまった今、すぐ近くに座っている彼女に対し、何ごともなかったような顔はできない。私は悲壮な表情をして立ち上がり、彼女に向かって語り掛けた。そのとき、自分でも何と言ったのか、良く覚えていない。しかし、私が語り掛けたことに対し、彼女が答えてくれたことだけは覚えている。驚いたことに、彼女は笑顔で私にこう言ったのだ。
「大丈夫、大丈夫。自分ではそんなに悲観してないし、これまでも何とかやって来られたんだから、きっとこれからもやって行けるはず」

 彼女のその言葉を聞いて、私はむしろ、彼女の前向きな態度に元気をもらったような気持ちになった。これほど不景気な時代に、彼女は次の仕事を見付けられることに対し、前向きな気持ちでいられるのだ。私は彼女の中に、自分にはない強さを感じ取った。それと同時に、これまで自分がいかにいろいろなことを、第三者のせいにして逃げ回っていたかを思い知らされた。彼女は、自分の契約が打ち切られてしまう事実を早くも受け入れ、そこに停滞せずに未来を見ているのだ。

 彼女から力強い言葉をもらい、安心した私は仕事に専念した。その後、女子トイレで彼女の契約が打ち切られることを教えてくれた派遣仲間が私に、今回のことで彼女に何と言ったらいいかわからず、まだ何も言えずにいると言って来た。そこで私は、
「彼女を励ますつもりで励ましの言葉を掛けたんだけど、逆に私のほうが元気をもらったよ。彼女、強いよ。彼女なら大丈夫よ。きっと危機を脱すると思う。彼女に掛けてあげたい言葉があったら、遠慮せずに掛けてあげたらいいよ」
と言った。私の言葉が活かされたかどうかはわからないが、その後、その派遣仲間は彼女とこれからの話ができたようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼女を励まそうと思って声を掛けたのに、逆にこちらが元気をもらってしまいました。彼女は、その人生の中で、私よりもたくさん辛いことを経験して来ているように思えます。彼女は、様々な苦悩を乗り越えながら、決して状況に流されることなく、現状を何かのせいにして逃げ出すことのない強さを身に付けたのでしょうね。

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2010.04.24

映画『シャーロック・ホームズ』

バナナ不定期便(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。考えてみれば、八百屋が早い時間に店を閉めてしまうのは、青果市場で仕入れた商品が売れてしまったというのももちろんあるのかもしれませんが、早めに店を閉めて睡眠時間を確保しておかなければ、青果市場に足を運ぶために翌朝も早起きできないというのもあるのでしょうね。

 世界の都市で好きなところと言えば、私の場合、やはりロンドンかパリになる。ロンドンと言えばシャーロック・ホームズ、そして、パリと言えばアルセーヌ・ルパンだ。ロンドンのベーカー街が今でもシャーロックホームズ一色であるのに対し、私の知る限り、パリにはアルセーヌ・ルパンの影はない。そんな私が子供の頃に熱中して読んでいたのは、コナン・ドイル原作のシャーロック・ホームズシリーズよりも、モーリス・ルブラン原作のアルセーヌ・ルパンシリーズだった。

 モーリス・ルブランは自らの小説の中に、シャーロック・ホームズを登場させて、ルパンの宿敵としてルパンと対立させた。シャーロック・ホームズの原作者であるコナン・ドイルはそれをひどく嫌がった。今の時代ならば、ホームズとルパンを生み出した二人の作家の間でもっと激しい争いにまで発展したのかもしれないが、当時は作家の主張する権限に対し、まだまだ甘かったのかもしれない。

 アルセーヌ・ルパン贔屓の私としては、シャーロック・ホームズは宿敵に相当するのだが、もともとそれはモーリス・ルブランの生み出した小説の中に限定された話なので、シャーロック・ホームズの原作者であるコナン・ドイルには関係がない。そんな前置きはさておいて、シャーロック・ホームズの映画が公開されるというので、ロンドンの街を観たくて、ガンモと二人で映画館に足を運んだ。本作が公開されて、まだそれほど時間が経っていない三月十九日のことである。

 イギリス人の監督による、イギリス人キャストも多く出演している作品なのに、本作は何故かアメリカ映画となっている。とは言え、全体的にアメリカ映画のような単純明快な作りではなく、ちょっと立ち止まって考えたくなるような、イギリス的なひねりの効いた流れで構成されている。そのため、イギリス的な感覚に慣れていないと、映画の流れについて行くことができずに途中で流されてしまうかもしれない。私も途中で何度も流されそうになった。

 おそらく本作が公開されたことがきっかけだと思うのだが、私が英語学習のために毎日耳を傾けているBBCでも、過去のシャーロック・ホームズのドラマがいくつも放送されたりと、とりわけイギリスはシャーロック・ホームズの波に乗っている。また、私がしばしば視聴している無料動画GyaO!においても同様に、イギリスの古いシャーロック・ホームズのドラマが上映されていた。

 そのどれもが、比較的年配のシャーロック・ホームズとワトソン博士という年齢設定であるのに対し、本作のホームズとワトソン博士はどちらも若い。過去の作品で取り上げられていた彼らの年齢が五十代くらいだとすれば、本作の二人はせいぜい多く見積もっても四十代といったところだ。だから本作には、ホームズが恋をしているかのような描写もある。これまでのイメージからは、ホームズはひどく頭の切れる探偵で失敗もしないクールな人という印象だったのだが、本作のホームズは、頭は切れるにしてもどこか抜けがあったり、好きな女性に対しては立場が弱かったりと、同じ人間として愛着のわいて来るキャラクターである。更に本作では、ホームズよりもむしろ、ワトソン博士のほうがしっかりしているようにも見える。

 そんな、ちょっぴりドジな面もあるホームズを演じているのは、映画『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』で多毛症の男ライオネルを演じていたロバート・ダウニー・Jrである。多くの人たちにとっては、彼は映画『アイアンマン』のほうが馴染みが深いのかもしれないが、私は映画『アイアンマン』を鑑賞してはいない。ちなみに、私にとって最も記憶に新しい彼の出演作品は、映画『路上のソリスト』である。

 ホームズの助手であるワトソン博士を演じているのは、映画『スルース』のジュード・ロウだ。彼は、最近の作品では、映画『Dr.パルナサスの鏡』にも出演している。

 本作で二人が挑むのは、黒魔術使いブラックウッド卿との戦いである。ホームズは黒魔術のカラクリを科学の観点から暴こうとする。スクリーンでは、ブラックウッド卿の手下たちとの激しいアクションが繰り広げられる。これまでのホームズのイメージでは、頭の中で事件を解決して行く頭脳明晰な名探偵だったのだが、本作では身体を張って事件に挑む名探偵となっている。不祥事を起こしたホームズが牢屋に入れられるという設定も新鮮である。

 もしかすると、今後もロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウのコンビでこのシリーズの続編が製作され続けるのではないだろうか。そんな予感を感じさせてくれる終わり方だった。シリーズ化されれば、また観に行くつもりだ。

 ちなみに、ロンドンを訪れたときにベーカー街にも足を運んだので、再掲載になってしまうのだが、ベーカー街のスライドショーを貼り付けておこうと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ベーカー街をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまで抱いていたホームズやワトソン博士の雰囲気を覆してくれる作品に仕上がっていたと思います。ホームズよりもワトソン博士のほうがしっかりしているというキャラクター設定も新鮮でしたね。そのせいか、実際の身長は別にして、ホームズよりもワトソン博士のほうが身長が高いように見えてしまいました。それにしても、こういうキャラクター設定ならば、ロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウのコンビは適役ですね。

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2010.04.23

バナナ不定期便(後編)

バナナ不定期便(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。そう言えば、職場で朝食にバナナを食べていると、「そのバナナは、通勤途中に買って来られるんですか?」と尋ねられたことがあります。もしかするとその方は、早朝から開いている八百屋があることを良くご存知だったのかもしれませんね。

 職場に着いた私は、八百屋で買ったバナナの袋を開けて、むしゃむしゃと食べ始めた。驚いたことに、いつもスーパーで買っているバナナよりもずっと新鮮である。やはり、果物は八百屋で買ったほうが、新鮮なものが手に入るようだ。もしかすると、早朝からお店が開いているのも、青果市場で仕入れて間もない品物を売っているからなのかもしれない。そう言えば、その八百屋は午後になるとたいてい閉まっているので、早朝からお店を開けて、品物が売れてしまえばさっさとお店を閉めてしまうのかもしれない。実際、そうでもしなければ、早朝から青果市場に足を運ぶことなど不可能ではないだろうか。

 結局私は、一回の朝食に、一袋と三分の一程度のバナナを食べた。スーパーで売られているバナナよりも、一袋分の量がやや少ないので、二袋目にも手を出したのだ。そして、そのペースで食べ進めると、全部で三袋あった一籠分の新鮮で割安なバナナは、次の日にはもう、ほとんどなくなってしまっていた。とは言え、やや小ぶりなバナナが中途半端に三本だけ残ってしまったので、私は残ったバナナをガンモのために持ち帰ることにした。

 やや小ぶりなバナナが三本程度ならば、自宅に持ち帰るのもそれほど苦ではなかった。残った三本のバナナを難なく持ち帰った私は、
「はい、お土産。バナナ、三本残ったから、あげる」
とガンモに言った。ガンモはそのバナナを翌日の朝食に食べたようだ。

 私は、これまでスーパーで買っていたバナナよりも新鮮で、しかも割安なバナナを食べられることがうれしかったので、できればこれからも通勤途中にその八百屋に立ち寄り、バナナを買い続けようと思った。そしてその翌日、私は再びその八百屋を訪れた。

 ところが、その八百屋は閉まっていたのである。そう言えば、自宅の最寄駅近くにもう一軒、早朝から開いている八百屋があることを思い出して、その八百屋にも足を運んでみたのだが、やはり閉まっていた。私はとても残念に思いながら、仕方なく、勤務先の最寄駅まで移動した。そして、しぶしぶ勤務先近くのコンビニに立ち寄り、バナナが売られているかどうかを確認してみた。すると、比較的小さめのバナナが三本だけ袋に入って売られていた。そのバナナは、八百屋で売られているような新鮮さはなく、価格もたった三本で百九十八円だった。バナナの大きさと言い、袋に入っている本数と言い、私がガンモのために持ち帰ったバナナとほぼ同じ程度のバナナである。そのようなバナナに対し、百九十八円を支払うのはちょっと悔しいではないか。あと二円足して二百円出せば、一籠分の新鮮なバナナが手に入ることがわかっていたからだ。

 結局、貧乏性の私は、コンビニにあった百九十八円の少しくたびれた小ぶりのバナナは買わずに、そのまま職場に出勤した。そして、その日はバナナがないので、職場にストックしてあるバランス栄養食を仕方なく食べた。普段、朝食に消化のいいバナナばかり食べているからだろうか。何となく、バランス栄養食を一口かじるごとに腸が汚れてしまうような感覚に陥ってしまった。私は、明日こそ、あの八百屋で新鮮で割安なバナナを手に入れようと心に誓った。

 その翌日は、朝から雨が降っていた。私はレインポンチョをかぶって自転車にまたがり、再び八百屋に足を運んでみたのだが、やはり八百屋は閉まっていた。朝から雨が降っているから、八百屋は閉まっているのだろうか。それとも、その日も定休日だったのだろうか。私には良くわからなかった。気になって、私の住んでいる市の青果市場の定休日をインターネットで調べてみたところ、どうも日曜日と祝日、それから水曜日が定休日らしい。前日は確かに水曜日だった。あさしかし、雨の日も定休日とは書かれていなかった。ということは、あの八百屋は不定期でお店を開けているということなのだろうか。もしそうだとすると、新鮮で割安なバナナは、八百屋が開いているときにしか手に入らないことになってしまう。すなわち、不定期便のバナナというわけだ。

 毎朝食べるバナナが不定期にしか手に入らないのだとすると、困ってしまう。それでも、新鮮で割安なバナナを食べたいと思えば、通勤バッグの中にはスーパーで購入したバナナをしのばせながら、通勤途中にあの八百屋に立ち寄り、一籠二百円のバナナを購入するしかない。そうなると、私の通勤バッグはいよいよ重くなってしまう。

 そんなことを考えていると、バナナを切らしてしまったときにふと立ち寄った八百屋で、一籠二百円の新鮮で割安なバナナを手に入れることができたことが、まるで幻のように思えて来るのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m バナナの鮮度の違いは、八百屋 > スーパー > コンビニだとわかりました。同じ金額で購入できる量についても同様です。定期的に購入できるならば、八百屋で購入した新鮮で割安なバナナを食べ続けたいところですが、なかなかそういうわけにも行かないことがわかりました。そう言えば、スーパーで売られているバナナも、毎回同じ銘柄ではなく、日によって異なる銘柄のバナナが売られているので、やはりバナナが工場で生産されるようなものではないということなんでしょうね。

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2010.04.22

バナナ不定期便(前編)

映画『マイレージ、マイライフ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『JUNO/ジュノ』で大ブレイクしたジェイソン・ライトマン監督ですが、まったくの素人さんからのスタートではなく、お父様も映画監督、お母様も女優兼映画監督というサラブレッドだったのですね。ジェイソン・ライトマン監督は、本作で脚本も担当されていたようです。一つの物語の中に盛り込まれたいくつものドラマは、ジェイソン・ライトマン監督によって具体化されたものだったのですね。

 身体の排泄能力を高めるため、朝食には果物を食べている。私の場合、少しアレンジを加えて、果物を食べたあと、味噌汁も一緒にすすっている。食べている果物は、オフィスの席でも手軽に食べられるバナナである。このバナナは、主に近所のスーパーで求め、通勤時にお昼のお弁当などと一緒に持参している。価格は、身の詰まったバナナが数本入って、一袋百五十円前後である。スーパーで売られているバナナは、朝食に食べるのにもちょうどいい量である。

 近所のスーパーでバナナを求めるときは、たいてい四袋から五袋をまとめて購入する。そして、それらを涼しい玄関に置いておき、通勤前に一袋選んで、通勤バッグの中に入れて持参している。

 毎朝食べるものなので、できる限りバナナのストックを切らさないように心掛けていたはずなのだが、あるとき不注意で、うっかりバナナを切らしてしまった。自宅にストックがないので、通勤途中に買い求めるしかないのだが、何しろ毎朝家を出て行くのが七時前なので、開いているお店と言えばコンビニくらいである。

 しかし、私はふと思い出した。私の住んでいる地域には、早朝から開いている八百屋が少なくとも二軒はあったのだ。そのうちの一軒では、夏になると、スイカがひどく安売りされているため、スイカ好きのガンモは通勤途中に立ち寄ることのできないもどかしさを抱えていたものだった。バナナを切らしてしまった私は、最寄駅に向かうまでの途中にあるその八百屋に寄ってみることにした。

 普段は、最寄駅まで向かうのに、その八百屋の近くは通らないのだが、私はバナナを買うために通勤ルートを変えて、その八百屋に足を運んだ。ありがたいことに、その八百屋は開いていた。野菜や果物が安いので、朝の七時頃だというのにお客さんが多い。私は、バナナが店頭に並んでいるのを確認してホッとした。そして、
「これ、ください」
と、籠(かご)の中に入った一袋のバナナを手に取り、店員さんに声を掛けた。店員さんはすぐに対応してくださった。いつもはスーパーで一袋百五十円前後のバナナを購入しているが、そのバナナは二百円だった。少々割高になってしまうが、仕方がないと思っていたところ、何と、一袋二百円ではなく、一籠二百円だった。見ると、普段、スーパーで購入するよりもやや小さめのバナナがぎっしりと詰まった袋が三袋、籠の中に収まっていた。それだけのバナナを持って通勤するのは少々重いが、私はうれしい悲鳴をあげながら、三袋のバナナを通勤バッグに収め、通勤電車に乗った。

 仕事がある日は、私のほうが先に家を出て行くため、一度セットした目覚ましをガンモのために再セットして出掛けて行く。しかし、目覚ましを再セットし忘れたり、目覚ましを再セットした時間にガンモが起きられなかったときのために、私が三ノ宮駅に着いて地下鉄に乗り換えるまでの空き時間を利用してガンモにモーニングコールを掛けている。その日、私はいつものようにガンモにモーニングコールして、
「あの安い八百屋でバナナを買ったんだけど、一袋二百円だと思ってたら、一籠二百円だったんだよ。重いけど、このまま職場に持って行くから」
と報告した。
 
 実はガンモは、私が玄関に買い置きしているバナナのおすそ分けを楽しみにしている。おすそ分けと書いたのは、ガンモは朝食にバナナを一本か二本と食パンを食べているため、私のように一袋まるごと必要なわけではないからだ。
「えっ? そのバナナ、仕事に持って行くんでしょ? 俺のバナナはないの?」
と言う。
「このまま職場に持参するから、ガンモの分のバナナはないよ。多分、この残りも職場に置いておくと思う」
と私は答えた。購入したバナナは、おそらく一回では食べ切れないことがわかっていたが、一度に食べ切れなかったバナナを持ち帰り、再び職場に持参するのは骨の折れる仕事なので、私は今回購入したバナナが残ったら、そのまま職場に置いておこうと思っていた。そうなると、ガンモは自分が食べられるバナナがないので、そんなことを言ったわけである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一気に書き上げようと思ったのですが、長くなりそうなので、二回に分けて記事を書かせていただきますね。朝食のために職場にバナナを持参するのはかなり重いですね。(苦笑)自宅で朝食を食べても、お昼までお腹の空かない時間に家を出られるならば、自宅で朝食を済ませてから出勤できるのですが、なかなかそうも行きません。それにしても、いつもの一袋ではなく、一籠のバナナは、特に重かったです。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.21

映画『マイレージ、マイライフ』

ひざの痛み対策の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。世間一般では、寒かった冬が終わり、暖かい春がすぐそこまでやって来ているという期待感が高まっているかと思います。しかし私は、できればこれくらいの気候がずっと続いてくれればいいのに、などと思っています。(苦笑)とは言え、はっきりと断言はできませんが、ひざの痛みは、気温と関係しているようにも思えますね。

 本作を鑑賞したのは、本作が公開されて間もない三月二十一日のことである。出張でたくさん飛行機に乗る主人公が、せっせとマイルを貯めているという予告編につられて鑑賞に至った。私たち夫婦も、主人公ライアンと同じようにマイルを貯めてはいるのだが、二人で合わせてせいぜい十四万マイルである。そのマイルも、北海道旅行や香港旅行で既に何マイルか消費してしまったので、現在、私たちの手元に残っているのは十万マイル前後だと思う。しかし、年間、三百二十二日も出張しているライアンは、貯めようと目標にしているマイルの桁が違う。何と、一千万マイルである。しかも、旅に出掛けるとなると、ついつい荷物の多くなりがちな私たちと違って、彼の旅行の荷物は至ってシンプルだ。

 予告編の雰囲気からすると、ライアンはマイルを貯めることだけが生きがいのクールなビジネスマンのように見えた。ところが、実際に鑑賞してみると、予告編で感じたよりもずっと人間味があった。

 世の中もすっかり進化したのか、リストラの宣言代行業なるものが繁盛している。なかなか切り出しにくいリストラの宣言を、企業に替わって請け負うというものだ。ライアンは、企業で働く誰かのリストラを宣言するために、アメリカ中を飛び回るビジネスマンである。そのため、ライアンの飛行機のマイレージカードには、マイルが貯まりっぱなしである。

 マイルが容易に貯まる状況にあるという点においては実にうらやましい限りだが、逆にそれほど出張が多ければ、貯まったマイルを消費するチャンスに恵まれないと言えなくもない。仕事で飛行機を利用するときに、自分の貯めたマイルを消費して、会社には通常の航空運賃を請求してもいいとは思うのだが、マイルを消費して飛行機に乗るためには、日本の場合、何ヶ月も前から予約しなければ確保できなかったりする。アメリカの航空事情にはあまり詳しくないが、日本とそれほどかけ離れてはいないと思われる。そんなことを考えながら鑑賞していると、ライアンの目的は、貯まったマイルを消費することではなく、目標の一千万マイルに達するまで、とにかくひたすらマイルを貯め続けることだとわかる。

 予告編からは、ライアンが、ライアンの会社に入社して来た若い女性と恋に落ちるのかと勝手に想像していたのだが、実際は違った。ライアンの恋のお相手は、旅先で出会った、ライアンと同じように出張の多い、価値観の合うバランスの取れた女性アレックスである。二人はとてもお似合いのカップルだと思っていたのだが・・・・・・。

 ちなみに、ライアンを演じているのは、映画『かけひきは、恋のはじまり』のジョージ・クルーニーである。彼のルックスはとても整ってはいるのだが、とても失敗などしそうにない、隙のないタイプの人間に見えてしまい、なかなか愛着がわいて来なかった。しかし、彼がアレックスに次第に情熱を傾け始め、彼女に対してこれまでよりも更に一歩踏み出したために深く傷ついたであろうときには、整ったルックスとクールなキャラクターの裏に、彼自身の人間らしさを垣間見たように思う。

 こうしてレビューを書くために本作を振り返ってみると、本作には実に様々なドラマが盛り込まれていることがわかる。リストラの宣告代行、飛行機のマイルをせっせと貯めること、これまで関係の薄かった家族たちと結ぶ絆、仕事に一生懸命でクールな者同士の大人の恋など・・・・・・。その盛りだくさんな内容に、これはただのアメリカ映画ではないと思っていたところ、本作は映画『JUNO/ジュノ』のジェイソン・ライトマン監督の作品だということがわかった。なるほど、世間の評価も高いはずである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初から最後まで、ライアンがクールなキャラクターで統一されていないところが、本作のいいところだと思います。人は、自分自身の感情を大きく動かすことにより、表情も変わって行くのかもしれません。別な言い方をすれば、表情がほとんど変わることなくクールな人は、普段からあまり感情が動いていない人なんでしょうね。

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2010.04.20

ひざの痛み対策

一人、また一人(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 利潤を追求する企業の上層部にいる人たちは、時には自分の人間的な部分とは別のところで、心を鬼にして指示を出さなければならないこともあるのでしょうね。企業の中における役職が高くなれば高くなるほど、その傾向は強くなるように思います。しかし、利潤を追求して行く企業の上層部に出世したとしても、人間的な部分を失わずに仕事をしている人たちの表情は、とても柔らかいですね。そうした表情の柔らかさが、カリスマ性に繋がっているように思います。

 日中の最高気温が十七度前後というのは、半袖で過ごすには最高の季節である。朝の冷たい空気に、衣服で覆われていない生腕をさらすと、ひんやりと冷たくてとても気持ちがいい。こんなに気持ちがいいはずなのに、周りを見渡してみても、半袖で過ごしているのは私だけだ。私は半袖Tシャツの上に半袖の服を二、三枚着込んで出勤し、職場に着くと、上は半袖のTシャツ一枚だけになる。卵巣の働きが鈍り、女性ホルモンの分泌量が減ってしまったため、上半身がひどく暑いのだ。かつては顔のほてりがひどかったが、最近はそれほどでもない。仕事中、顔のほてりを抑えるために、水で濡らしたマスクを着用していたこともあったが、早くもオフィスがクーラーで冷やされているからなのか、顔のほてりは治まって来ている。

 女性ホルモンの分泌量が減ってしまったことは、上半身のほてり以外にも影響を与えている。それは、両ひざの痛みである。以前から、ひざは少しだけ痛かったのだが、最近、両ひざの痛みが本格化してしまった。痛むのは両ひざの内側で、立ち上がるのも屈(かが)むのも、ちょっとした気合が必要である。特に、しばらく腰を降ろしていたあと、立ち上がるときは、痛みを強く感じてしまう。

 病院で調べてもらったわけではないのだが、女性ホルモンの分泌量が減ってしまったために、骨密度も減少してしまったのかもしれない。女性ホルモンというのは、多くても少なくても実にやっかいだ。ちょうどいい状態でなければ、身体に何らかの症状が現れる。

 ひざの痛みを何とかしたいと思ったが、これまでの経験から、整形外科に行ってもあまり良い方向には向かわないことが何となくわかっていた。というのも、ずいぶん前にひざの痛みを感じ始めた頃、整形外科を訪れたところ、レントゲンを撮っても骨には異常が見られないと言われ、痛みを取るためにリハビリに通うように勧められたからだ。それは、セルフで行うリハビリで、自分で機器を使ってひざに熱を当てたり、電気を通したりするものだった。

 そういう方法でひざの痛みが治まるのなら、普段の生活の中でも自分なりに痛みを軽減する工夫ができるのではないかと私は思った。たまたま、一月に出掛けた香港で買って来た筋肉痛・肩こり・腰痛にタイガーバーム 30g 【第3類医薬品】をひざの痛む箇所に塗ってみたところ、すっきりとして気持ちが良く、痛みも和らいだ。これはいいと思い、早速、楽天市場でいくつか求めた。

 香港で買って来たのは、十九.四グラム入りタイプのものだったが、私が求めたのは三十.〇グラム入りタイプのものである。私は、購入した筋肉痛・肩こり・腰痛にタイガーバーム 30g 【第3類医薬品】を小さな入れ物に取り分けて、オフィスや持ち歩き用などに分散して活用している。

 しかし、筋肉痛・肩こり・腰痛にタイガーバーム 30g 【第3類医薬品】だけでは痛みが治まらなかったので、私は【37%OFF値下げ!】竹炭フィットサポーター ひざ用を併用してみた。

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 この【37%OFF値下げ!】竹炭フィットサポーター ひざ用は、ホットヨガのレッスンの帰りにアイディア商品のお店で見付けたものである。他にも、ゲルマニウム入りのひざ用サポーターも購入したのだが、【37%OFF値下げ!】竹炭フィットサポーター ひざ用のほうが思いのほか良かったので、あとからインターネット上のショップで何足か買い足した。

 毎朝、ひざの痛むところに筋肉痛・肩こり・腰痛にタイガーバーム 30g 【第3類医薬品】を塗り、あたかもその匂いを覆い隠すかのように、上から【37%OFF値下げ!】竹炭フィットサポーター ひざ用をかぶせておく。これで、完全に痛みが取れるわけではないのだが、いくらか痛みが軽減され、歩き易くなったようだ。

 とは言え、ひざの痛み具合は日によって異なる。痛みがそれほど激しくないときは、筋肉痛・肩こり・腰痛にタイガーバーム 30g 【第3類医薬品】の使用は控え、【37%OFF値下げ!】竹炭フィットサポーター ひざ用のみの使用に留めている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いろいろなひざ用サポーターを購入して試してみたのですが、やはりご紹介した【37%OFF値下げ!】竹炭フィットサポーター ひざ用が一番痛みが和らぐようです。これを使用し始めてからは、筋肉痛・肩こり・腰痛にタイガーバーム 30g 【第3類医薬品】の使用頻度が極端に減りました。ただ、サポーターですから、あまりにもきついと、今度は足の血行不良に陥るような気もしています。そのため、少し大きめのサイズを購入し、就寝中の使用は控えています。

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2010.04.19

一人、また一人(3)

映画『ハート・ロッカー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 振り返ってみると、確かに映像も緊張感も、やけにリアルでした。そうしたリアル感が、多くの賞の受賞に繋がったのかもしれませんね。さて、一人、また一人(2)の続きを書かせていただくことにします。

 頭を金髪に変えた派遣仲間が派遣先の企業を去ってからしばらく経った頃、私と同じプロジェクトを担当している男性社員二人が、他のプロジェクトの仕事をお手伝いすることになった。二人は、私の参加しているプロジェクトの通常の仕事もこなした上で、他のプロジェクトの仕事もお手伝いすることになっていたため、精神的にも肉体的にもかなりきつそうな状況だった。

 実は、二人がお手伝いすることになった他のプロジェクトの仕事というのは、その少し前に契約を打ち切られた派遣仲間の男性が参加していたプロジェクトの仕事だったようだ。契約を打ち切られた派遣仲間の場合、決して仕事がない状況ではなかった。むしろ、仕事はあるのに、現場から離れた上層部の判断により、契約を打ち切られることになってしまったようだ。そのため、契約を打ち切られた派遣仲間が参加していたプロジェクトは、仕事はあるのに人材が足りない状況に陥ってしまったらしい。

 もともと、企業に派遣社員が採用される場合、人件費の節約に繋がっているはずである。何故なら、企業は社員を一人雇うよりも、派遣社員を一人雇うほうが人件費を抑えることができるからだ。というのも、派遣社員に対しては、例えば社員に掛かっているような、健康診断や福利厚生などのコストが掛からないからだ。それなのに、わざわざ派遣社員の契約を打ち切って、派遣社員が担当できたはずの仕事を、派遣社員よりもコストの掛かる社員が二人掛かりで担当するというのは、会社の経営方法としてどうなのだろう。現場から離れたところにいる上層部は、とにかく派遣社員の契約を一人分打ち切ってしまおうと判断したのかもしれないが、これではかえってコストが掛かってしまっていると言えるのではないだろうか。

 男性社員二人がそのプロジェクトのお手伝いをしたのはほんの短い期間だけだったが、それからしばらく経った頃、もう一度、同じようなことが起こった。やはりそのときも、同じ男性社員二人がそのプロジェクトのお手伝いをすることになり、かなり忙しい状況に陥っていた。とは言え、長期的に見れば、男性社員二人がそのプロジェクトのお手伝いをしたのは比較的短い期間だったので、派遣社員の契約を打ち切ったことは、コスト削減に繋がっているのかもしれない。

 それから数ヶ月が過ぎ、年末を迎えた。二〇一〇年三月末には、すべての派遣社員が契約を打ち切られるという話を聞いていた私たちは、この先、どうなるのだろうという不安が付きまとっていた。とは言え、特に大きな動きはなかったので、もしかしたら、このまま何も変わらずにいられるのではないかという期待感もあった。ありがたいことに、残っていた四人の派遣社員の年末までの契約更新も確定し、更には、年が明けると、二〇一〇年三月末までの契約更新も四人揃って確定した。

 しかし、年が明けてしばらく経って、次の契約更新について話が持ち上がったときのことである。残っていた四人の派遣社員のうち、ある派遣社員の契約が、突然、打ち切られることになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本当に、一人、また一人という感じでじわじわと契約の打ち切りが実行されました。特に私の職場は、派遣社員にはできるだけ長く働いて欲しいと言ってくださっていた職場なので、それなりに長く働いて来た派遣社員に対し、契約の打ち切りを宣言するのはさぞ辛いことだったでしょう。ところで、この記事の続きですが、都合により、週末に書かせていただくことにします。どうぞご了承くださいませ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.18

映画『ハート・ロッカー』

一人、また一人(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。あとから聞いたことですが、金髪に変身した彼は、すぐに次の仕事が見付かったそうで、ホッとしています。ただ、自宅からはかなり遠い場所まで通勤していたようです。

 少し前にアカデミー賞が発表になり、映画『アバター』よりも多くの賞に輝いた本作がたちまち話題に昇った。しかも、本作のキャスリン・ビグロー監督は、映画『アバター』のジェームズ・キャメロン監督と元夫婦だったという。あれほど多くの人たちに鑑賞され続け、話題性を呼んだ映画『アバター』を出し抜いた作品とは、一体どのような作品なのだろう。本作の予告編は映画館で何度か観ていたものの、ほとんど予備知識もなく鑑賞に臨んだ。

 イラク戦争を扱った作品と言えば、過去に映画『告発のとき』映画『リダクテッド 真実の価値』を鑑賞している。どちらも、イラク戦争の戦地に送り込まれたアメリカ軍兵士たちの不健康な心理状態が引き起こした忌まわしい事件を描いた作品だ。過去に鑑賞した二つの作品に登場するアメリカ軍兵士たちが不健康な心理状態にあったとするならば、本作の中で、仕掛けられた爆弾を処理するためにイラクに送り込まれたウィリアム・ジェームズ二等軍曹は、健康な心理状態にあると言えるのだろうか。彼は、彼の仲間たちや、映画を鑑賞している私たちがハラハラドキドキするほど大胆に、てきぱきと爆弾処理を行う。

 過去に鑑賞した二作品において、イラクに駐在しているアメリカ軍兵士たちの人間的な心が麻痺してしまったのに対し、ジェームズの人間的な心は失われずに冴え渡っている。例えば、それがアメリカにとっての敵国であるイラク人の子供であったとしても、日常的な会話を交わして交流を持った相手であるならば、その子供が戦争のために利用され、命耐えてしまったことを心の底から嘆き悲しむ。彼にとっては、それが敵国の子供であろうとなかろうと関係ない。同じ一人の人間としての死を嘆き悲しんでいるのだ。

 バグダッドの町には、いろいろな場所に爆弾が仕掛けられている。それらの爆弾の在り処を探し出し、爆発しないように処理するのがジェームズの仕事だ。あるときジェームズは、身体に爆弾を巻き付けられたイラク人の男と出会う。ジェームズは、その爆弾の処理に当たろうとするのだが、ひょっとするとその爆弾を処理することは、イラク人の罠かもしれない。そんな葛藤の中、ジェームズは爆弾処理を行う決意を固めるのだが・・・・・・。

 戦争映画だから当たり前なのだが、鑑賞している間、絶えず緊張感が漂っている。そんな緊張感を継続的に味わいながら、結局はジェームズもまた、過去の二作品に登場するアメリカ軍兵士たちとは別の意味で感覚が麻痺してしまっているのだろうかと思ってしまう。彼の場合は、任務の遂行に夢中になり過ぎていたと言えるのかもしれない。

 ちなみに本作の原題は、邦題とほぼ同じ"THE HURT LOCKER"で、「行きたくないところ」、「棺桶」などを意味するアメリカ軍の隠語だそうだ。正直なところ、本作が何故、ここまで高い評価を受けたのか、私には良くわからなかった。考え方によっては、撮影が大変だったことへのご褒美とも取れる。映画サイトのレビューを拝見しても、やはりどうして本作がアカデミー賞で六つもの賞を受賞したのかわからないという意見が多かった。おそらく、本作が女性監督の作品だったことも大きいのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確かに、過去に鑑賞した二作品とはまったく違う展開ではありましたが、継続した緊張感の中に救いがなかったせいでしょうか。どうしてこの作品が・・・・・・? という気持ちが残ってしまいました。中には、良くわからない描写もありました。例えば、爆弾の近くで携帯電話を持ったイラク人がうろうろしていると、爆弾処理班のアメリカ軍兵士が、手に持った携帯電話をすぐに手放せと叫び、その直後に爆弾が爆発してしまうのです。また、本文の中に書いた亡くなったイラク人の男の子の真実も不明です。戦争に対する知識の少ない私にとっては、省略された描写への理解が及ばない作品だったのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.17

一人、また一人(2)

一人、また一人(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。直径十二センチの彼女もまた、私の現在の職場を卒業して行った一人であります。自分たちの世代は、社会に受け入れられることを知らない世代だと彼女は言っていました。バブルが崩壊してしばらく景気が回復しない状況だったため、私よりも十歳以上若い彼女は、好景気を知らない世代なのです。そのため、自分が社会に受け入れられているという実感が持てないのだそうです。彼女のこの言葉は、まだまだ景気が良かった時代を知っている私には衝撃的でした。

 あれは確か、今から一年ほど前のことだった。仕事帰りに、同じ派遣会社の派遣仲間の男性から声を掛けられた。彼は、私と同じくソフトウェアの開発業務を担当していていて、年齢は私よりも十歳以上若い三十代前半だった。かつては彼以外にも何人かいたはずのソフトウェア開発者の派遣仲間も、そのときは彼のほかには誰もいない状況だった。五人の派遣仲間のうち、他の三人は、ソフトウェア開発以外の業務を担当している派遣仲間だったのだ。

 私と同じソフトウェア開発業務を行っている派遣仲間であるはずなのに、彼と私はほとんど会話を交わしていなかった。それなのに、彼は仕事帰りの私に自ら声を掛け、衝撃的なことを告白してくれたのである。その内容とは、自分の契約が突然、打ち切られてしまうこと、同じ派遣会社の他の派遣仲間たちも、二〇一〇年三月末までにはすべて契約が打ち切られてしまうだろうというものだった。

 私はその内容に驚き、動揺した。不況の波は、とうとう私たちのところまで迫って来ているのかと思った。彼は、このことを口外しないように言われていたようだが、いずれわかることだし、契約を打ち切られる私たちにも、ある程度の心構えがあったほうがいいだろうということで、思い切って話してくれたようだ。

 彼以外の派遣仲間は、私も含めて同じプロジェクトグループで仕事をしていた。つまり、同じ派遣会社から派遣されていても、彼だけが違うプロジェクトグループに配属されていたことになる。彼の契約を打ち切るということは、派遣先企業の上層部からの指示でやむなく決定されたらしい。私たちが参加しているプロジェクトは、どうしても派遣社員の契約を打ち切ることができない状況にあったため、彼が犠牲になってしまったようなのだ。彼はそのことが理不尽でたまらなかったようだ。

 彼は、私に聞かせてくれた話を、他の派遣仲間たちにも伝えたほうがいいと言ってくれた。そこで私は、他の三人の派遣社員にこの話を聞かせることにした。ありがたいことに、彼は他の三人の派遣社員のうちの一人にも、同じ話を聞かせていたようだ。そのため、既にその話を知っている派遣仲間と手分けして、この話をまだ知らない残りの二人の派遣社員に一人ずつ話すことになった。

 この話を聞いた派遣仲間は、やはり驚いていた。そして、彼の契約が突然打ち切られてしまう理不尽さも感じながら、二〇一〇年三月末になれば、自分たちもとうとう職を失ってしまうのだろうかと、不安になったようだ。確かに彼の言う通り、そうした心構えがあるのとないのとでは、気持ちの持ち方が違う。私たちは彼に感謝するべきなのだろう。

 そして、とうとう彼が派遣先企業を去る日がやって来た。私の現在の職場では、派遣社員が辞めて行くときに、同じプロジェクトグループの人たちが、辞めて行く派遣社員に対し、花束を贈ったりする。彼の場合は、花束は贈られなかったのだが、みんなの前で最後の挨拶をした。そのとき、彼の頭は見事な金髪に変わっていた。これまで、彼の頭は黒々とした黒髪だったはずなのに、彼は自分の気持ちを切り替えるために、辞める前日に髪の毛の色を大胆に変えてしまったようだ。私は、すっかり変わってしまった彼の髪の毛の色に、継続して働きたい自分の意志に逆らって、この職場を去っていかなければならない彼の悲しさがこめられているように思えた。

 こうして、これまで十人以上いた派遣社員は、五人から四人に減ってしまった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼の契約が打ち切られてしまうことは、現場の上層部ではなく、現場からは離れたところにいる上層部からの命令だったようです。現場の上層部は、彼の契約を打ち切らなくてもいいように、一生懸命動いてくれたそうです。しかし、結果的にはどうしてもその命令に従わなくてはならず、泣く泣く彼の契約を打ち切ることを決めたそうです。この出来事を通じて、会社とはこういうものなのかと、改めて思い知らされました。

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2010.04.16

一人、また一人(1)

映画『しあわせの隠れ場所』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。やはり、『しあわせの隠れ場所』という邦題はピンと来ないですね。(苦笑)本作の場合、邦題と映画の内容をどのように関連付けて記憶の中に留めておくかが、大きな課題となるようです。(苦笑)さて、相変わらず雇用情勢の厳しい世の中でありますね。派遣社員である私の周辺も、少しずつ変化が起こっています。これから何回かに分けて、私の周辺で起こっている派遣社員の雇用情勢の変化について書いてみたいと思います。

 私が社会人として働き始めたのは、バブルが崩壊し始める少し前のことだった。私が入社する前の年の社員旅行は海外だったというくらい、まだまだ景気が良かった。しかし、バブルの崩壊により少しずつ景気が衰え始め、これまで技術者として働いていた人たちが営業支援に回されるようになった。私もその中の一人に加わり、仕事に面白みを感じなくなってしまったため、私は四年間、社員として働いていた会社に辞表を提出した。

 当時の私は、東京で一人暮らしをしていたが、景気が衰え始めていたとはいうものの、今ほど冷え込んではいなかったため、将来に対する不安もそれほどなかったように思う。とは言え、退職した直後は、コンピュータ業界ではもう働きたくないと思っていたのに、結局のところ、すぐに仕事が見付かるという理由から、派遣会社に登録し、派遣会社から紹介された企業で働くようになった。

 ところが、あるとき派遣会社と給料のことで面倒な状況に陥った。私は派遣会社から時給で給料をもらっていたのだが、派遣会社と企業の間が月額固定の契約を交わしていたらしく、私の残業時間が著しく増えたことにより、派遣会社が赤字になるという事態に発展してしまったのだ。私は、そういう面倒なことが嫌だったので、
「じゃあ、間を取り払ってしまいましょうか」
と企業と直接話を付けて、派遣会社から離れてフリーの身となり、その企業に残った。それから何年かは、その企業と直接金額交渉をしながら、派遣会社に属さないフリーのエンジニアとして働いていた。

 ガンモとの結婚をきっかけに関西に移住してからは、再び派遣会社に登録して働き始めた。派遣社員といえども、時給はそれほど悪くはなかったので、わざわざ社員になって働こうとは思わなかった。契約の切れ目ごとに少しまとまった休みを取れることが、私には魅力だったのだ。関西に来てから、いろいろな職場を経て、およそ八年前に現在の職場に派遣されるようになった。

 かつて私の現在の職場には、私と同じ派遣会社から、私を入れて十人以上の派遣社員が派遣され、働いていた。派遣会社の営業担当が、私たち派遣社員に仕事の状況や契約更新の意志などを確認するためにやって来ると、普段、仕事をしているオフィスとは別の場所で一人ずつ面談を行う。営業担当は、面談を終えた人に、「では、次に誰かを呼んで来てください」と伝え、その人がまた別の派遣社員を呼び出すリレーが繰り返されていた。十人以上も派遣社員がいれば、自分の次に誰を呼ぶかは、選び放題だった。

 思えば、現在の不況の波は急に訪れたわけではなく、少しずつ影を忍ばせていたように思う。時給を上げて欲しいとき、私たち派遣社員は派遣会社の営業担当と時給交渉をする。派遣社員と営業担当の間で話がまとまると、営業担当が企業に話を持ちかけ、企業と時給交渉をしてくれる。これまではそうした時給交渉も、同じ職場での契約が一年ほど継続すると、比較的容易に受け入れられていた。とは言え、私は自分の時給アップに無頓着だったため、他の派遣社員ほど頻繁に時給交渉を行ってはいなかった。それほどガツガツしなくても、いつでも上げてもらえると思っていたのかもしれない。

 私が現在の職場で働くようになってから、間もなく八年が経過しようとしているということは、単純計算すると、一年に一回のペースで時給交渉を行っていれば、私には八回の時給アップのチャンスがあったわけだ。しかし、時給アップに無頓着な私が時給交渉をしたのは、二回か三回ほどだったように思う。ちなみに、現在の職場に初めて派遣されてからこれまでにアップした時給は、百九十円である。この金額が多いか少ないかは良くわからない。私の場合、派遣会社に登録した時期が他の人たちよりも早かったためか、私と同じ職種の派遣社員よりも初任給の時給が高かったようだ。そのため、私と同じ職種の他の派遣社員からは、最初の時給から数百円アップしてもらったなどという話も聞いた。私はそれを聞いて刺激され、これまでよりも積極的に、派遣会社の営業担当に時給交渉を行うようになった。

 私の時給アップの要求は、毎回数十円単位のものだったので、比較的容易に受け入れられた。しかし、ここ三、四年ほどの間に、次第に営業担当の反応が鈍くなって来た。どうやら、時給アップの話を持ち掛けても、企業が応じてくれなくなったらしい。こうして、私の時給は三年ほど前からアップせずに止まったままになってしまった。私と同じように、時給交渉をしたという他の派遣社員も、時給をアップしてもらえないと嘆いていた。

 何となく、これまでと勝手が違うと思いつつも、それほど気に留めることもなく、時間が過ぎて行った。その間に、これまで十人以上いた派遣社員が、様々な理由から少しずつ辞めて行った。少し前までは、派遣社員が辞めると、新しい派遣社員がこれまでの仕事を引き継ぐために採用されていたのだが、次第に派遣社員の補充が行われなくなった。そして気が付けば、これまで十人以上いた派遣社員がいつの間にか五人になっていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思えば、現在の職場で、何人もの派遣仲間たちを見送って来ました。同じ職場にいてもほとんど話をしない派遣仲間もいれば、互いに職場が離れても交流の続く派遣仲間もいます。たくさんの出会いの中から、人と人の結合力を意識せずにはいられません。

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2010.04.15

映画『しあわせの隠れ場所』

おばあちゃんを安心させるアドバイスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。一時的にアクセスできなくなり、皆さんにご迷惑をお掛けしていたガンまるコムサーバですが、無事に復旧しました。どうやら我が家のルータではなく、加入しているプロバイダ側に問題があったようです。およそ一日間に渡り、「ガンまる日記」に引き込んでいる画像が表示されなくなるなど、皆さんには大変ご迷惑をお掛けしました。お詫び申し上げます。

 手元の映画鑑賞ノートには、鑑賞した映画のタイトルと映画を鑑賞した日付を記入している。三日に一度のペースでお届けしている映画のレビューは、そのノートを確認しながら書かせていただいている。今回は、順番から行くと、三月十三日に鑑賞した本作のレビューを書かせていただくことになるのだが、映画のタイトルだけを見ても、どのような内容の映画だったのか、すっかり忘れてしまっていた。はてさて、どのような映画だったのだろうと、タイトルを頼りに映画サイトを検索してみたところ、すぐに思い出した。これほど感動的な映画の内容を忘れてしまうなんて、情けない。とは言え、映画のタイトルからは、この感動的な映画の内容を連想しにくい。私は、映画の内容を忘れてしまっていたのではない。作品のタイトルから、映画の内容を思い出すことができなかっただけだ。

 少し前に、映画『ホームレス中学生』という作品を鑑賞したが、本作はそれに近い作品と言えるかもしれない。二人の子供たちや夫とともに裕福な生活を送っているアンは、娘と同じ学校に通い、ホームレスのような生活を送っている黒人の男の子マイケルを、ふとしたきっかけから家に招き入れ、生活を共にするようになる。服がないため、冬でも半袖のTシャツだけで過ごしていたマイケルは、アナから物質的にも精神的にも多くのものを受け取ることになる。もちろん、アナもまた、マイケルから多くのものを受け取り、互いに家族のような絆を育んで行く。そしてマイケルは、のちにアメリカン・フットボールの選手として活躍するようになる。

 本作を鑑賞して改めて認識したのは、今でもアメリカ社会においては、黒人と白人の境界が存在しているということだった。黒人の男の子を自宅に招き入れることで、アンは友人たちから特別視されるようになるのだが、自分がマイケルを変えようとしているのではなく、既に自分がマイケルから多くのものを受け取り、自分自身が変えられているというようなことを友人たちに説明する。明らかに、アンと友人たちとの間には、目に見えない境界が存在しているのがわかる。

 実践していない人たちは、頭の中だけで考えて結論を出そうとする。しかし、実践しているアンは、実践していない人たちが頭の中だけで考えていることとは違う貴重な体験をして、既に多くのものを受け取っている。そう、受け取っている人と受け取っていない人の違いが非常に良く現れているのだ。

 「愛される」ことに慣れていないマイケルが、アンからの愛情を受け入れられるまでのプロセスはやや遠回りだ。それでも、本当に少しずつ、距離を縮めて行く。とりわけアンは、マイケルの中に眠る防御本能をアメリカン・フットボールの試合に活かせるように導いて行く。その導き方は、アメリカン・フットボールのコーチよりもずっと的確だ。アメリカン・フットボールのチームを家族に例え、チームを守る意識をマイケルに植え付けるアンの指導は実にお見事である。

 やがて大学に進学する年齢になったマイケルは、ありとあらゆる大学から、是非とも我が大学のアメリカン・フットボールチームを盛り上げて欲しいと引く手あまたの状態になる。しかし、進学が決まりかけた大学が、アンやその夫の出身大学であったことから、母校を盛り上げるために自分が利用されたのではないかと不信感を抱くようになってしまう。

 アンを演じているのは、映画『イルマーレ』のサンドラ・ブロックである。本作の中では、彼女の役割がとても大きいと言える。アンがマイケルを家族の一員として迎え入れる決断を下したのも、彼女が夫から自立した存在だったからだと思う。アンの夫はいくつもの飲食店を経営する立場にあったが、アンもまた別の仕事を持っていた。そのため、アンは自分の取る行動に対し、夫に許可をもらって行動するのではなく、自らの意志で判断することができたのだと思う。また、一人の人間の人生に大きく関わる決意を固めることは、経済的にも恵まれていないと実現できないことである。その点、アンの家庭は裕福だったこともあり、実現可能だったのだろう。本作の素晴らしいところは、そうした裕福な家庭を築いている人たちが、ホームレス同然の黒人の男の子の前を決して素通りしなかったということではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は実話に基づいているので、エンドロールの間に、実際のマイケルやアンの家族の写真が紹介されます。白人と黒人がいまなお区別されている中で、家族全員が、一人の黒人の男の子を新たな家族として受け入れたというのは感動的ですよね。家族の中に、一人でも反対者がいれば実現できなかったことだと思います。家族としての素晴らしさも体験させてくれる作品でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.14

おばあちゃんを安心させるアドバイス

ホットヨガ(一八二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この場をお借りして、お詫びとお知らせです。皆さん、既にお気付きのことと思いますが、現在、ガンまるコムサーバにアクセスできない状態になっています。ガンまるコムサーバは、我が家のマシン室で自宅サーバとして稼動しているのですが、実は我が家のルータに問題があるのか、インターネットに接続できない状態になっています。そのため、自宅サーバを立ち上げていても、外部に向けて発信することができません。我が家のLANの中からは、ガンまるコムサーバにアクセスできるのですが、それだけでは意味ないですよね。(苦笑)「ガンまる日記」と関連するところでは、主に記事の中でご紹介している画像ファイルの多くが、ガンまるコムサーバ上に存在しています。そのため、映画の記事などでご紹介している画像が、外部からは見えなくなってしまっているかと思います。我が家のルータは、ガンモがLinuxベースで立ち上げている手作りルータです。Linuxに関しては、私のほうが詳しいのですが、ネットワーク関連の知識はガンモのほうが詳しいので、ガンモの帰宅を待つしかありません。皆さんには大変ご迷惑をお掛けしますが、復旧までしばらくお待ちくださいませ。

 先日の仕事帰りのことである。各駅停車のJR線の中で、そろそろ自宅の最寄駅に着こうかという段階になったとき、すぐ隣に座っていた見知らぬおばあちゃんに声を掛けられた。
「ちょっとお尋ねしたいんですけど、この電車は摂津富田(せっつとんだ)まで行きますかね?」
私は、「摂津富田」を知らなかったので、まずは驚き、
「摂津富田ですか・・・・・・。大阪のもっと先ですかね?」
とおばあちゃんに尋ねた。すると、おばあちゃんは、そうだと答えた。とにかくおばあちゃんは、今、自分が乗っている電車が攝津富田まで行くのかどうか不安な様子だった。

 私が困ったのは、摂津富田という駅を知らなかったこともあるが、大阪よりも更に先の駅ならば、今、乗っている各駅停車の電車よりも、もっと速く移動できる新快速電車や快速電車に乗り換えたほうがいいと思ってしまったからだ。しかし、そのことを、おばあちゃんにどのように伝えたらいいのだろう。

 私が困っていると、私の前のシートに座っていた男性が立ち上がり、
「どこに行きたいん? 摂津富田? ちょっと待ってよ」
と言って、車内に提示されている路線図を見て確認してくれた。私が通勤に利用しているJR線は、大阪方面に行く場合、尼崎から路線が二つに分かれている。一つは、大阪駅を通って京都方面へと向かう路線、そしてもう一つは、私がホットヨガの南森町店に行くときに利用している路線である。私は、三ノ宮方面から大阪方面に向かって帰宅するときに、尼崎まで行かずにその手前で降りてしまうので、自分がいつも何行きの電車に乗っているのか、特に意識しているわけではなかった。もしも今、乗車している電車が、私がホットヨガの南森町店に行くときに利用している路線を走る電車ならば、おばあちゃんの行きたい摂津富田には行かないことになる。まずはそれを心配していたのだが、どうやらその電車は、大阪駅を通って京都方面へと向かう電車だったようだ。

 次に気になったのは、所用時間である。摂津富田がどこにあるかわからないが、それが大阪のずっと先の駅ならば、私なら、現在乗車している各駅停車の電車ではなく、もっと速く移動できる新快速電車か快速電車に乗り換えることだろう。そこで私は、しきりに、
「尼崎で新快速電車か快速電車に乗り換えたほうが速いんじゃないでしょうか」
と言い張った。

 しかし、立ち上がって路線図を見てくれた男性は、おばあちゃんに、
「大丈夫。この電車に乗っていれば、時間は掛かるけど、摂津富田にちゃんと着くからな」
と言って、おばあちゃんを安心させていた。また、おばあちゃんの近くに座っていた別の女性もそのことに同意し、
「時間は掛かるけど、このまま乗って行ったら、確実に摂津富田に着きますからね」
と言って、私と同じ駅で降りた。立ち上がって路線図を見てくれた男性もまた、私と同じ駅で降りた。

 私はこの出来事を通して、おばあちゃんにとって、一番必要な情報は何だったのかということについて考えさせられた。他の人たちが、時間は掛かっても摂津富田に着くと断言したのに対し、私は一人で、おばあちゃんの時間を短縮することばかり考えていた。もしも私のアドバイスした通りにおばあちゃんが動いていたとしたら、おばあちゃんは、今、乗っている電車をいったん降りて、尼崎でもっと速い電車に乗り換えなければならず、また、乗り換えたあとも、今度は再びどこかで降りて、別の電車に乗り換えなければならない状況だった。

 私自身が移動するならば、それでもいいのだが、電車にはほとんど乗り慣れていないであろうおばあちゃんにとって、摂津富田に着くための一番確実な方法というのは、他の方たちが提示された、今乗っている各駅停車の電車に根気強く乗り続けることだったのだ。

 帰宅してからガンモにそのことを話すと、他の人たちの言う通りだと指摘されてしまった。そして、
「電車の中で困っている人がいて、誰かが対応していても知らん顔をする人が多いのに、いろいろな人がその話に参加するなんて、珍しいなあ。きっと、まるみの助言がまずかったから、他の人が、たまらず会話に参加したんだろうね」
と言っていた。

 何だ、何だ。どうせ私はおばあちゃんに、的確なアドバイスをすることができなかった。これは、私自身がいつも忙し過ぎるせいだと思った。そのため、私の中では、時間を最も優先させたいのだ。だから、他の人も同じように、時間を優先させたいのではないかと勝手に気を回してしまったのだった。自分にとって最も優先させたいことが、他の人たちにとっても優先させたいことであるとは限らないということを、身を持って体験させてくれた出来事だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに、あとでわかったことですが、摂津富田まで行くのに、尼崎で新快速電車あるいは快速電車に乗り換えたとしても、新大阪でいったん降りて、再び各駅停車の電車に乗り換えなければならなかったようです。それならば、各駅停車の電車にずっと乗っていたほうが確実ですね。(苦笑)しかも、速い電車に乗り換えたとしても、それほど時間の短縮にはならなかったかもしれません。

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2010.04.13

ホットヨガ(一八二回目)

映画『シャネル&ストラヴィンスキー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。オドレイ・トトゥの演じるココと、アナ・ムグラリスの演じるココには違いがありましたが、前者が社会的な立場を確立させるまでのココなら、後者は社会的な立場を確立させたあとのココだと言えますね。シャーリー・マクレーンの演じるココは、結局のところ、まだ観ていません。

 今回も一週間以上遅れて、ホットヨガの記事をお届けしたいと思う。またしても南森町店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。我が家から南森町店までは、ドアからドアまで四十五分ほど掛かる。この日は、南森町店までの移動にいつも利用しているJR線に遅れが出てしまい、レッスンに五分ほど遅刻してしまった。遅れた理由が自分の都合ではないにしても、既にレッスンが始まってしまっているスタジオに足を踏み入れるのは、何となくバツが悪いものだ。

 レッスンの参加者は、私を入れて十四名だった。多くの方たちが、いつもと同じ顔ぶれだったようだ。もちろん、レッスンを担当してくださったインストラクターも、いつものインストラクターである。

 いつものように、前列に敷かれたマットには空きがあったが、後列に敷かれたマットはすべて埋まっていたので、私は空いている前列のヨガマットに腰を降ろした。やはり、後列のほうがインストラクターの動きが良く見えるからなのだろう。とは言え、後列は、鏡からは遠いので、自分の取っているポーズを鏡で確認するには不便かもしれない。前列を選んでも後列を選んでも、どちらも一長一短というわけだ。

 やはり、レッスンの内容は私にはきつく、後半のすきのポーズと肩立ちのポーズを取っているときに、申し訳なくも退出させていただいた。レッスン終了後に、七つしかないシャワールームが混雑するため、時間差でシャワーを利用したい気持ちもあった。

 以前も書いたが、南森町店は、他の支店と違ってロッカーの横幅は広いが、高さはおよそ半分となっている。それでも、横幅が広い分、スペースに無駄がないので私はお気に入りである。有り難いことに、私の大きなリュックもすっぽり呑み込んでくれる。ただ、混雑して来ると、下段のロッカーが割り当てられることがあり、いつも到着時間が遅いためか、私はここのところほとんど下段のロッカーを使う羽目になってしまっている。横幅の広いロッカーも、下段にあるとなかなか使い勝手が悪いのが難点だ。

 また、かつて二つあったソファが一つ撤去され、現在は一つしかないため、シャワーを浴びたあと、冷え取り健康法の靴下を四枚重ね履きするのに苦労している。骨盤コースも次第に参加人数が増えて来たためか、レッスンを終えたあと、シャワーを浴びて着替えを済ませる頃には、更衣室の混雑ぶりに少し疲れが出て来ている。

 そんな疲れを吹き飛ばしてくれるのが、レッスンを終えたあとのお気に入りの店での昼食である。前回のレッスンのあと、食事をして頭が痛くなってしまったので、今回はお気に入りの食堂ではなく、さぬきうどんのお店に入ってみた。南森町は、一体何処から人が湧いてくるのか、さぬきうどんのお店もひどく混雑していた。これほど混雑しているなら、他のお店で昼食をとっても良かったのだが、四国生まれの私としては、さぬきうどんを食べると決めたなら、絶対に食べるのだ。

 楽しみなのは、昼食だけではない。実は、南森町の商店街には、衣料品などを格安で販売するイベント会場がある。つい先日も、冬物の在庫処分セールが行われていたので、わずか五十円のネックウォーマーやムートンブーツを五百円で購入したばかりだ。今回は、そのイベント会場でアイディア用品フェアが開催されていた。私はそこで、ひざサポーターを二種類購入した。女性ホルモンの分泌量が減っているせいか、最近、膝の痛みが本格的になって来たので、購入したひざサポーターはずいぶん重宝している。膝の痛みについては、また後日、じっくりと書かせていただくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初のうち、喜び勇んで参加していた骨盤コースのレッスンですが、最近は、だんだんレッスンがきついと思うようになってしまいました。レッスンの参加者が多いこともあって、途中で退出させていただくことが増えてしまいましたね。少し前までは、最後までレッスンを受けることが私の中でのポリシーだったのに、やはり体力が衰えつつあるのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.12

映画『シャネル&ストラヴィンスキー』

らくらくホンベーシックII購入記(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。母の周りには、娘さんに携帯電話を購入してもらって使用しているお友達が何人かいらっしゃるそうです。私が取り組むよりも先に、その方たちは既に家族で無料通話のサービスを活用していたんですね。

 ココ・シャネルと言えば、去年、映画『ココ・アヴァン・シャネル』を鑑賞したばかりだ。本作の時代背景は、映画『ココ・アヴァン・シャネル』よりも少し後と言っていい。何故なら、ココが最愛の男性ボーイを交通事故で亡くしたあとの話だからだ。

 本作でスポットが当てられているのは、ココと作曲家イゴール・ストラヴィンスキーとの不実の恋である。ココは、交通事故で亡くなってしまったボーイとも、別の女性との結婚が決まっている状態で出会い、激しい恋に落ちた。そして、結婚にはこだわらない関係を続けていたはずだった。そして、今回の相手ストラヴィンスキーにも妻子がいる。何故ココは、既にパートナーのいる人を好きになってしまうのだろう。大物になる人というのは、既成概念に捕らわれない恋愛をするのだろうか。

 それはさておき、映画『ココ・アヴァン・シャネル』では、エティエンヌの屋敷でしばらくお世話になっていたココだったが、本作のココは既に成功した状態にあるので、ずいぶん暮らし向きもいい。ココは、ロシア・バレエ団の公演で、革新的な作曲家ストラヴィンスキーの作品が観客に受け入れられなかったことを客席から見守っていた。しかし、どうやらココは、ストラヴィンスキーに興味を持ったようだ。そして、のちにロシア革命によりフランスに亡命して来たストラヴィンスキー一家を自分の別荘に招き入れ、彼らの住居として提供する。ストラヴィンスキーは、ココの別荘で新たな曲作りに励むようになる。かつて、エティエンヌの屋敷でお世話になっていたココが、今度は自分の別荘に第三者を招き入れる立場になったのだ。

 ココの別荘は、いかにもシャネルらしい黒を基調にした硬い内装だった。ココにとっては、こうした内装が落ち着くのかもしれないが、私などはどうも落ち着かない。デザイン性と、心が落ち着いてくつろぐことができるかどうかはまったく別物だと感じさせられる。ストラヴィンスキーの妻も私と同じように感じていたのか、ココの別荘に住むのに、黒くて四角い家具を布で隠したりしていた。

 本作のココは、ストラヴィンスキーの家族がすぐ近くにいるこの別荘内で、ストラヴィンスキーと肉体関係を結ぶ。当然、二人の関係は、ストラヴィンスキーの子供たちや妻の知るところとなり、気まずい雰囲気が流れる。何とも大胆な女性である。

 しかし、ココがストラヴィンスキーを本当に愛していたかどうかはわからなかった。また、ストラヴィンスキーがココを本当に愛していたかどうかも伝わって来なかった。もしかすると、単に興味と欲望で一時的に結ばれた関係だったのかもしれない。ボーイを喪ってからのココは、自分の感情を凍結させてしまっているようにも思えた。ストラヴィンスキーと関係を持ちながらも、ココの心の中にはいつまでも、交通事故で亡くなったボーイが存在し続けていたようにも思う。実際、それに近い描写もあった。それでも、本作が映画になったのは、ストラヴィンスキーが作曲家だったからなのかもしれない。凍結した心が刺激を求めていた、といったところなのだろうか。

 ストラヴィンスキーを演じているのは、デンマーク出身の俳優マッツ・ミケルセンである。彼の出演する作品はいくつか観て来たが、どことなく暗い部分を持っているところといい、ストラヴィンスキーは彼の演じる役にぴったりだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作の中では、本物のシャネルの衣装や装飾品が使われていたようです。シャネルの衣装や装飾品に、温か味は感じられませんが、デザイン性は高いですね。それは、ココが生み出したシャネルの衣装や装飾品に感情が込められなかったからだと素人ながらに感じました。それは、ココがボーイを喪った悲しみから立ち直れなかったからなのかもしれませんね。

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2010.04.11

らくらくホンベーシックII購入記(4)

らくらくホンベーシックII購入記(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。らくらくホンベーシックIIには、音声で携帯メールを読み上げたり、現在選択中のメニューを読み上げたりする機能があります。私は、音声読み上げの機能を有効にした状態で実家の両親にらくらくホンベーシックIIを送りました。操作に慣れて来ると、音声の読み上げは次第に不要になるはずです。他の利用者も使うiモードメニューなどは、まだまだ携帯電話に慣れない高齢者には敷居が高いですが、携帯電話のハードウェアを使うという点においては、携帯電話に慣れない高齢者でも使い易いように設計されているようです。

 実家の両親に携帯電話を発送したのは、日曜日のことだった。私はその日、ホットヨガのレッスンに出掛ける直前まで自宅で梱包作業を行い、あとはコンビニに持ち込んで発送手続きを行うだけの状態にしていた。できれば、ホットヨガのレッスンに出掛けて行く前にコンビニに立ち寄り、発送しておきたかったのだが、梱包作業に思いのほか手間取ってしまい、ホットヨガのレッスンに出掛けて行くためには、すぐさま家を出て、最寄駅に向かわなければ間に合わない状況に陥ってしまっていた。そこで私は、せっかく梱包した段ボールを自宅に残したまま、ホットヨガのレッスンに出掛けたのである。

 ホットヨガのレッスンを終えたあとは、たいてい地元の大型映画館に直行して映画を鑑賞している。しかし私は、実家の両親に携帯電話を発送しておきたかったので、映画の上映時間までまだ少し時間があるのを確認すると、自宅の最寄駅から直接映画館に向かわずにいったん自宅に戻った。そして、梱包しておいた段ボールを抱え、自宅近くのコンビニに持ち込んで、発送手続きを終えた。集配前に持ち込むことができたので、翌日配達されるとのことだった。

 こうして、発送作業も無事に終わり、あとは携帯電話が実家の両親の手元に届くのみとなった。私は、実家の両親に電話を掛けて、翌日には携帯電話が手元に届くことを伝えた。そして、これからは、携帯電話を使っての通話料金が無料になるので、こうして有料で電話を掛けることもなくなるのだろうと思った。私は母に、
「携帯電話が届いたら、携帯電話から電話を掛けてね」
と言っておいた。

 そして、いよいよ翌日を迎えた。携帯電話を発送するときに、携帯電話の電源は切っておいたので、実家の両親の手元に携帯電話が届き、携帯電話の電源が入れられれば、通話が可能になるはずである。私は、昼休みに父や母の携帯電話を呼び出してみたのだが、どちらもまだ電源が入っていない状態だった。おそらく、まだ配達されていないのだろう。

 昼休みが終わり、ひと段落した十四時過ぎだっただろうか。私の携帯電話のランプが光った。私は、仕事中はバイブも呼び出し音も切っているので、ランプだけが着信を知らせる唯一の手掛かりとなっている。ディスプレイを確認してみると、母の名前が表示されていた。慌ててオフィスの外に出て電話を取って見ると、興奮した母の声が聞こえて来た。母は、とてもうれしそうだった。無事に携帯電話が届いたこと、父と二人で電話を掛け合ってみたことなどをうれしそうに報告してくれた。私が作ったマニュアルにも目を通してくれたそうだ。とにかく、ありがとう、ありがとうと何度も何度もお礼を言われた。念願の携帯電話を手にすることができて、本当にうれしそうだった。

 その後、母から一回、父から一回、不在着信があったので、時間を見つけて、仕事の合間に折り返し電話を掛けてみると、どうやら間違ってワンタッチダイヤルを押してしまったらしい。そんなかわいい失敗を繰り返しながらも、何度通話しても無料で、しかも、固定電話に掛けるよりも音が断然クリアだった。父は早速、携帯メールの使い方も覚えたようで、私に携帯メールを送って来てくれた。そこには、携帯電話を手にすることが出来たことへの喜びと感謝の気持ちが綴られていた。

 ただ、父と母に一台ずつ携帯電話を贈ったわけだが、そうなると、どちらかに用があるときに、どちらの携帯電話を呼び出したらいいのか迷うことがあった。これまでは、固定電話に電話を掛けていたので、電話に出てくれた人と話をしていた。しかし、これからは父への通話と母への通話が明示的に分けられることになったので、例えば、母にばかり掛けては父がすねてしまわないだろうかとか、そんな余計な心配もしてしまう。

 その後も、携帯電話を初めて充電したことや、親しい人を携帯電話の電話帳に登録したことなどが、初めての携帯電話を手にしてまだまだ興奮気味な通話を通して私に伝えられた。こうして父母の喜びが伝えられる度に、私はもっと早くに携帯電話を購入していれば良かったのに、と思うのだった。

 母が言うには、少し前に、父の職場で飲み会があったらしいのだが、飲み会が予定よりも早めに終了したにもかかわらず、公衆電話がなかったため、父は母が車で迎えに来るのを数十分も待ち続けていたそうだ。そのときに携帯電話があったら良かったのに、と母は言っていた。

 ただ、パソコンを使い慣れている父は、携帯メールには抵抗がないものの、母には携帯メールは難しいようである。確かに、携帯メールは入力方法が特殊なので、最初のうちは少しとっつきにくいかもしれない。また、私が父と母の両方に携帯メールを送信すると、父も母も電話が掛かって来たのかと思い、折り返し電話を掛けて来たことがある。オフィスでも、内線の呼び出し音と外線の呼び出し音を聞き分けながら仕事をしているが、携帯メールという文化に慣れていない父母には、電話が掛かって来たときの着信音と携帯メールの着信音の区別がなかなかつかないようである。

 ちなみに、現在、実家の両親の携帯電話の使用料金は、私たち夫婦が支払うように設定している。実家の両親は、そのことに恐縮しているようだが、それくらいは親孝行させて欲しいものだ。あるとき父が、
「iモードの使用料金が○月○日までは無料になると表示されている」
と言った。私は、そのような話は聞いたことがなかったので、試しに携帯電話の使用料金を知るためのdocomoの無料サイトを携帯メールで紹介した。すると、父はただちにそのサイトにアクセスし、携帯電話の使用料金を確認したらしい。ところが、iモードを使い過ぎてしまったためか、予想していたよりも使用料金が二千円ほど高かった。そのことを知った父はすっかりしょげ返っていたので、iモードは使い放題のプランではないので、アクセスする度にお金が掛かると伝えておいた。

 ありがたいことに、私の実家のすぐ近くにはdocomoショップがある。父は、携帯電話の使い方がわからなくなると、docomoショップに出向き、店員さんに尋ねているそうだ。私に尋ねるよりも、そのほうが確実である。私は、携帯電話を使い始めてしばらく経ったので、docomoショップの店員さんに頼んで、良く掛ける電話番号を「ゆうゆうコール」のサービスに追加登録してもらうように父母に伝えておいた。

 固定電話よりもクリアな音で会話ができる上に、通話料金も無料の携帯電話は、実家の両親と私の距離をより身近なものにしてくれた。二台いっっぺんに購入したことで、父と母のコミュニケーションも更に活発になったようである。母が携帯メールを覚えてくれたら、もう少し世界は広がるのだが、それについては気長に待つことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、いろいろなことに時間は掛かってしまいましたが、これまでよりも確実に便利になりました。携帯電話は、とにかくいろいろな機能があるので、使い切れない場合は面倒になってしまったりもするようですが、これまで不便を感じていただけに、私の実家の両親は重宝してくれているようです。もしも、苗字も住む場所も違う実家のご両親と、携帯電話で無料通話ができるのかと考えている方がいらっしゃいましたら、ご参考になれば幸いです。

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2010.04.10

らくらくホンベーシックII購入記(3)

映画『パレード』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。記事のタイトルに映画のタイトルを入力し忘れたまま記事をアップしてしまっていました。(苦笑)映画のタイトルも書かれていない記事を読んでくださった皆さん、ありがとうございます。あとから気が付いて、慌てて修正しておきました。(苦笑)では、らくらくホンベーシックII購入記の続編をお届けします。

 私は、ほとんどクレームをつける勢いで、再び受け取り窓口に足を運んだ。今度という今度は絶対に譲らないという意気込みが伝わったのか、私の引換券を受け取ってくださったスタッフは、長い間、奥でゴソゴソと作業をしたあと、ようやく手に大きな荷物を抱えて受け取り窓口に現れた。どうやら、二台分の手続きが完了したようである。予定よりも三時間近く遅れて、私はついに二台分の携帯電話を手にすることができた。スタッフには、
「大変お待たせして申し訳ありませんでした」
と謝られたように思うのだが、一体何に時間が掛かっていたのかは最後まで不明だった。

 私は、待ちくたびれてぐったり疲れていた。十五時過ぎから、およそ六時間に渡ってヨド○シカメラで過ごしていたのだから、無理もない。私は疲れ切った身体を引きずりながら、ホットヨガのレッスンのための大きなバッグと、二台分の携帯電話を抱えてヨド○シカメラをあとにした。

 実家の両親には、無事に携帯電話を購入できたことを報告し、セッティングを終えてから送ると伝えたのだが、その日は帰宅しても、携帯電話のセッティングを行う気力はもはや残されてはいなかった。翌日からまた仕事だったので、できるだけ睡眠時間を確保しておきたい気持ちもあった。

 私はその翌日から、仕事を終えて帰宅すると、購入したらくらくホンベーシックIIのセッティングを始めた。何しろ、実家の両親は初めて携帯電話を使うのである。できれば、すぐに使える状態で渡したい。そこで、良く使うであろう私の携帯電話の番号や弟の携帯電話の番号、そして、父と母のお互いの携帯電話の番号をワンタッチダイヤルに登録したり、ネットワーク暗証番号の登録やiモードパスワードの登録、PINコードの登録などを行った。また、iモードメールアドレスの登録も行い、それらの情報を父と母のお互いの携帯電話に転送したり、また、私自身の携帯電話に情報を引き込んだりした。

 セッティングの途中、ネットワーク暗証番号がわからなくなり、三回連続して入力を間違えてしまったため、ロックが掛かってしまった。そこで、docomoに電話を掛けてサポートを受けようとしたところ、本人確認を行うため、自宅への折り返し電話で対応してくださるという。たまたまその日は休日で家に居たため自宅の電話に出ることが出来たのだが、もしも出先であればサポートは受けられなかったかもしれない。

 ロックされたネットワーク暗証番号は、docomoのスタッフによってロックが解除され、こちらで新たに申請したネットワーク暗証番号が設定された。そのときに判明したことだが、この携帯電話を購入した私の名前が本名の「美恵」ではなく、「恵美」になっているという。電話で対応してくださったdocomoのスタッフは、私の他の契約状況と照らし合わせ、
「おそらく契約時のミスだと思われますので、こちらで修正しておきます」
と言ってくださった。確か契約時にヨド○シカメラの見習い中の女性スタッフが私の名前を間違えていたが、契約書に間違ったままの名前を記載してしまったらしい。このときばかりは、ネットワーク暗証番号を間違えて良かったと思った。

 ちなみに、契約時に加入した六つのサービスについては、親しい人への通話料金が割り引きになる「ゆうゆうコール」のサービスのみを残して、すべてのサービスを解約した。

 ところで、ほとんどの携帯電話がそうであるように、らくらくホンベーシックIIにもカメラが付いていて、静止画や動画を撮影することができるようになっていた。とは言え、撮影した静止画や動画を大量に保存できるmicro SDを購入するのを忘れてしまっていたので、パソコンショップで購入し、らくらくホンベーシックIIに装着した。また、父はガンモが自作したパソコンを使っているので、携帯電話で撮影した画像をパソコンに取り込みたいだろうと思い、docomoショップに立ち寄り、パソコンと携帯電話のデータ転送機能付き接続ケーブルも購入した。そして、ヨド○シカメラで購入した携帯電話ケースとは別に、携帯電話に直接取り付けるストラップも購入して取り付けておいた。

 当然のことながら、携帯電話には、分厚いマニュアルが付いていたのだが、きっと分厚いマニュアルなど読みたはないだろうと思い、必要最小限の機能や注意事項などをまとめた私なりのマニュアルも執筆した。分厚いマニュアルに関しては、さしあたって重要なところにのみ付箋紙を貼っておいた。重要なのは、電源の入れ方、切り方、充電の仕方、ワンタッチダイヤルを使った電話の掛け方などであろう。

 これらの設定を済ませ、必要最小限のマニュアルも添えて、梱包したあと実家に発送したのは、携帯電話を購入してから既に二週間が経過した頃だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 事務上の手続きが終わってから、実際に携帯電話を受け取るまでに時間が掛かってしまいましたが、購入したあとも、二台分の設定が必要だったため、思いのほか時間が掛かってしまいました。らくらくホンベーシックIIといえども、初期設定に関しては、まだまだ初心者には敷居が高そうですね。何と言ってもわかりにくいのが、新たなサービスに加入したり、また解約したりするときにアクセスするdocomoのサポートメニューです。階層が深過ぎる上に、認証を行った先の操作になりますので、携帯電話の戻るボタンでの操作が無効になってしまい、もう一度、ネットワーク暗証番号を入力して一から始めなければならなかったりと、大変でした。こうした不便さは、私たち技術者にとっての課題でもありますね。

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2010.04.09

映画『パレード』

らくらくホンベーシックII購入記(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。以前もヨド○シカメラで携帯電話を購入したことがあるのですが、さすがにここまで待たされることはありませんでした。携帯電話を一台購入するのにどうしても掛かる時間があり、今回はその時間が二倍に膨れ上がっただけなのかもしれませんが、それにしても待たせ過ぎだと思いました。さて、らくらくホンベーシックII購入記を綴っている途中ではありますが、ここでいったん映画のレビューを挟みますね。

 本作を鑑賞したのは三月五日のことである。都会の2LDKのマンションで、小出恵介演じる大学生の良介、貫地谷しほり演じるフリーターの琴美、香里奈演じるイラストレーター志望の未来、そして、藤原竜也演じる映画会社勤務の直輝ら四人の若者たちが共同生活を送っている。四人は決して熱い友情で結ばれているわけでもなく、また、二対二のカップル同士でもない。ただ、ルームメイトとして場所と時間を共有しているだけの関係と言っても過言ではないだろう。

 間もなく、四人がいかに緩い繋がりであるかを象徴するような出来事が起こる。四人が共同生活をしている部屋に、林遣都演じる男娼のサトルがやって来るのだ。ある朝、目覚めると部屋にいたサトルを、四人はそれぞれ誰かの友達だと思い込み、シャワールームを使わせたり、朝食を作ったりする。
「あなた、誰の友達なの? どうしてここにいるの?」
とサトルに確認すればいいだけなのに、誰もそのようなことをしようもせず、サトルと表面的な部分だけで会話を成り立たせている。しかし、心の中では、
「こいつ、誰だ?」
と誰しも思っているはずなのだ。

 最近の若者は、何か引っ掛かることがあっても、まあ、いいやと思い、ひとまず先に進んでしまうのだろうか。そんなことでいちいち立ち止まっているよりも、今を楽しもうというスタンスなのかもしれない。結局、サトルを部屋に連れて来たのは誰なのかが、のちにじっくり話し合われることになるのだが、サトルはそんな緩い繋がりが気に入ったらしく、いつの間にか四人の共同生活に加わるようになる。

 若者たちの緩い繋がりが表現されている一方で、彼らの住むマンションのすぐ近くで頻繁に起こっている若い女性を狙った通り魔事件や、同じマンションで怪しげなことを実践しているであろう住人の存在がある。また、それぞれの若者たちが抱えているであろう悩みも映し出されている。しかし、どんな事象を通じても、彼らの心の奥深いところまでは見えて来ない。例えば、既に恋人のいる女性を好きになり、思いのほか簡単に関係を持つようになる。しかし、そこに苦しみや葛藤は存在していない。もしかすると、彼らはもともと感情の幅が薄いのかもしれない。

 サトルも含めた五人の中では、直輝が一番しっかりしているように思える。同時に、私自身の持つ感情の幅と、もっとも近いものを持っていそうな雰囲気さえ感じる。しかし、直輝は・・・・・・。

 時としてホラー映画は、背筋の凍るような結末を迎えることがある。本作はホラー映画ではないはずなのに、ラストの未来の台詞が背筋が凍るほど怖い。うわあ、これが現代の若者同士の関係を象徴する言葉なのだろうかと驚いてしまう。

 昔は、人が数人集まると、そこには明らかに友情が成り立っていた。友情とは、互いに利用しない関係だと思う。しかし、本作に登場する五人は、自分にとって互いに心地良い、緩い関係の共同生活を守るために、他の人たちを利用しているようにも思えて来る。私などが、この五人の中に送り込まれたならば、互いに感情を交わさないことがストレスに感じて仕方がないだろう。しかし、この五人のように、互いに干渉し合わないことが心地良い関係もあるらしい。

 三十年前に、果たしてこのような作品を生み出すことができただろうか。おそらく、できなかったことだろう。三十年前でなくとも、ユースホステルに宿泊した見知らぬ若者たちが、一本のフォークギターで繋がるような時代は、この五人には想像もつかないかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 怖い映画というのは、何もスクリーンを見つめながら絶叫するような映画ではないのですね。大掛かりな仕掛けがなくても、血も凍るような体験ができるのだと改めて知りました。そう言えば、未来のかけている眼鏡は、未来のわかりにくい感情を一層わかりにくくしていたように思います。言い換えると、未来の本当の感情は、その眼鏡を掛けることによって守られていたとも言えますね。

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2010.04.08

らくらくホンベーシックII購入記(2)

らくらくホンベーシックII購入記(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 思い切って行動を起こしてみると、意外な道が開かれていることがわかりました。これまで実家の両親から、携帯電話を購入したいという話が何度となく持ち上がっては消えていたのも、すべてこの道に続いていたために、決定的な状況には至らなかったのかもしれません。

 私の持っている番号札の呼び出しがなかなか掛からないので、私はヨド○シカメラの携帯電話売り場コーナーをぐるぐる回って時間を潰した。数十分ほど経った頃だろうか。ようやく私の番号札の番号が呼ばれ、契約担当のスタッフとご対面となった。これから私が購入しようとしているらくらくホンベーシックIIの契約を担当してくださるのは、見習い中の女性スタッフだった。見習い中の彼女に、一度に二台分の契約をお願いしても大丈夫だろうかと多少の不安を感じながらも、すべてを彼女に委ねることにした。

 まずは機種の確認、それから色の確認が行われた。そして、いくつかの候補の中から電話番号を選ぶことになった。私が、できるだけ似通った電話番号を二つ選ぶと、契約担当のスタッフは、電話番号情報の埋め込まれたFOMAカードを携帯電話機本体にそれぞれセットしてくださった。

 それから、契約内容を書類に書き込んで行ったのだが、簡単に言えば、実家の両親のために購入する二台の携帯電話は、私が普段、使っている私の携帯電話と親子電話になるようなイメージのようである。もともと私の携帯電話は、ガンモが主回線の契約なので、一番の親玉はガンモということになる。そのため、契約書には、ガンモの名前と私の名前の両方を記載することになった。実に不思議なことなのだが、これらの携帯電話を実際に使用することになる私の実家の両親の名前は、どこにも記載する欄がなかった。そのため、実家の両親との続柄を聞かれることもなく、また、戸籍謄本や住民票などの提出も不要だった。すなわち契約上は、私がこれまでの私の携帯電話に加え、新たに二台の携帯電話を購入したという形になったのである。

 契約書を作成する過程において、見習い中の女性スタッフが私の下の名前を「恵美」と呼んだ。私の名前は「恵美」ではなく「美恵」なのだが、病院などで名前が呼ばれるときに、「恵美」に間違われることが良くある。今回も例外ではなかったようで、私は「美恵」であることを見習い中の女性スタッフに主張することになった。

 私は、本体価格を一円にするために、指定された六つのサービスに加入することにしていた。以前、私自身の携帯電話を購入したときに、docomoショップの店員さんが、
「必用のない付加サービスがありましたら、翌日に解約してくださってもかまいませんよ。そのときは、日割りで計算が行われます」
と言ってくださったことがある。つまり、本体価格の割引を受けるためには、契約時にのみ様々な付加サービスに加入した状態であれば良いということだ。本体価格の割引を受けてしまえば、すなわち、購入手続きが完了すれば、加入した付加サービスで不要なものは解除してしまっても良いということだ。そうしたことを教えてくださるのは、docomoショップの店員さんの人間的な部分であると思う。ただ、今回の契約を担当してくださった見習い中の女性スタッフは、そのような裏技は教えてくださらなかった。もしかすると、ヨド○シカメラの教育方針で、そうした裏技的な対応は行わないと徹底されているのかもしれない。

 更に私は、備品として、充電器と予備の電池を一緒に購入することにした。本体価格はそれぞれ一円になったが、事務手数料が一台に付き三千百五十円掛かるらしい。本体価格よりも事務手数料のほうが高額であるのが面白いではないか。

 さて、事務的な手続きは着々と進み、あとは出来上がった書類の確認を別の契約担当のスタッフが行うことで書類上の手続きが完了することになった。ヨド○シカメラでは、契約書類の第三者チェックを行っているようである。私の契約を担当してくださった見習い中の女性スタッフが、
「チェックお願いします」
と宣言すると、他の場所でチェックを行っていた別の契約担当スタッフがやって来て、見習い中の女性スタッフが書き上げた契約書をチェックし始めた。そのチェックによると、どうやら本人確認のための書類に不備があったようで、私はクレジットカードの提示を求められた。というのも、私は運転免許証などの写真付きの身分証明書を持っていないので(パスポートを持参すれば良かったのかもしれないが、持参していなかった)、健康保険証を提示しただけだった。しかし、健康保険証だけでは本人確認の要素が不十分なので、健康保険証に記載されている名前と同じ名義のクレジットカードを提示することで、信頼性が一層増すらしい。私は求められるがままに、持っていたクレジットカードを提示した。

 こうして、厳しいチェックの末にdocomoとの利用契約書が完成した。その時点で、携帯電話を購入すると決めてから、既に一時間半ほど経過していたと思う。とは言え、まだ契約書の作成が完成しただけの段階で、実際の携帯電話の引渡しは、これから更に一時間半ほど掛かるという。時計を見ると十七時前だったが、見習い中の女性スタッフに、
「十八時過ぎに引渡し窓口にお越しください」
と言われたので、指定された時間になるまで店内で適当に時間を潰すことにした。

 私はその間に、携帯電話を収めるケースを購入したり、別の売り場で時間を潰したりした。そして、十八時過ぎになると、指定された携帯電話の受け取り窓口に出向いた。ところが、携帯電話の引換券を渡しても、店員さんは奥に引っ込んだまま、なかなか出て来ない。二台いっぺんに購入したので、二台分の備品などを揃えるのが大変なのだろうかとも思っていた。ところが、ようやく戻って来た店員さんは、手ぶらだった。そして、申し訳なさそうな表情で、
「申し訳ありませんが、本日、手続きに時間が掛かっておりまして、完了し次第、お客様の携帯電話にお電話をさせていただくという形でもよろしいでしょうか」
と言う。私は、仕方がないので、自分の携帯電話の番号をその店員さんに教え、携帯電話の受け取り窓口を離れた。

 それから再び、ヨド○シカメラの店内をウロウロしながら時間を潰した。しかし、これから電話が掛かって来るかと思うと、あまり店の奥のほうに行くと電波が届かなかったりするのではないかと心配になって、結局のところ、広い店内を思うように堪能することはできなかった。それにしても、いつになったら電話を掛けて来てくれるのだろう。そう思いながら数十分が経過したが、私の携帯電話はいっこうに鳴らなかった。

 時計を見ると、十九時前である。私はとうとうしびれを切らし、再び自分から携帯電話の受け渡し窓口に出向いた。そこで恐る恐る引換証を渡すと、店員さんがいったん奥のほうに引っ込んだ。しかし、前回と同じように、なかなか出て来なかった。店員さんが出て来るのをしばらく待っていると、ようやく店員さんが店の奥から出て来た。見ると、手には私の購入した携帯電話を抱えているようである。

 ところが、店員さんは、
「こちら、まだ一台分しか登録が完了しておりません。一台分だけお持ちになりますか?」
と言われた。私は、何を言っているのだろうと思った。十八時過ぎに引き取りが出来ると言われ、待ち続け、予定よりも一時間近く経過してもなお、まだ一台分の登録しか完了していないというのはどういうことなのだろう。

 私は、二台分一緒に受け取りたいと伝え、受け取り可能な状態になれば私の携帯電話に連絡を入れてもらえることを確認して再び受け取り窓口を離れた。そして、更に店内をぐるぐると周り、既に一度見た商品でさえも眺めながら、時間を潰した。しかし、引渡しできる状態になったとの連絡はまだ入らなかった。一体どうなっているのだろう。ヨド○シカメラのに着いたのは、ホットヨガのレッスンを終えてからのことなので、十五時過ぎだったはずである。それが、もう二十時を回ろうとしていた。

 私はかなりイライラしていたので、店員さんにしつこいと思われようが、再び受け取り窓口に足を運んでみた。しかし、やはり結果は同じだった。仕方がないので、そのあとも店内で時間を潰したが、待てど暮らせど、私の携帯電話に受け取り可能になったとの連絡は入らなかった。さすがに二十一時前になると、イライラ感も限界に達しつつあった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 世の中、本当に不況なのだろうかと疑いたくなるくらい、携帯電話の売れ行きはいいようですね。もしかすると、docomoショップで手続きをしたほうが受け取りできる時間も短縮できたかもしれないと、今更ながら後悔しています。(苦笑)とは言え、購入してからとあるdocomoショップに足を運んだところ、そのdocomoショップでは、私が購入したらくらくホンベーシックIIの本体価格が一円にはならなかったので、まあ、よしとしています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.07

らくらくホンベーシックII購入記(1)

映画『ボディ・バンク』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 原題もBody Bankだろうと思っていたのですが、日本の映画サイトに本作の画像が見当たらなかったので海外サイトから拝借しようとしたところ、原題は邦題とは異なっていることがわかりました。ちなみに本作の原題は、Extreme Measuresです。なるほど、このようにして邦題は作られるのかと、妙に納得してしまいました。(笑)

 ここ一、二年のうちに、私の実家の両親から、携帯電話が欲しいという話が何度となく持ち上がっていた。どうやら、周りの人たちが携帯電話を持っているので、その便利なツールを自分たちも使ってみたいらしい。新聞などにも、携帯電話の本体価格がゼロ円といった折り込み広告が入っているらしく、国民に対して一斉に定額給付金が支給されると決まったときも、そのお金を使って夫婦で一台ずつ携帯電話を購入しようかという話が持ち上がっていた。しかし、いざ定額給付金が支給されてみると、どの携帯電話キャリアを選ぶべきか迷ったり、やはりどうしても必要なものではないのではないかなどと思い直したりして、結局、購入しなかったようだ。今思えば、まったくの初心者が携帯電話を新たに購入するには、携帯電話ショップはあまりにも敷居が高過ぎるのかもしれない。

 携帯電話を購入したいという話はいったん落ち着いたものの、しばらく経つとまた浮上して来た。そんなことが何度か繰り返されたあと、あるとき母が、
「最近は出先で電話を掛けたいと思っても、公衆電話の数が減っていて、なかなか電話できない」
と嘆いていた。また、法事に出席するために、愛媛から高速道路を運転して、香川にあるガンモの実家に移動したときも、携帯電話を持っていないことが不便で仕方がなかったと痛切に感じていたようだ。

 そんな話を聞きながら、私は、家族同士で携帯電話を持つなら通話料金を無料にできるはずだが、苗字の違う実家の両親でも家族として契約できるのだろうかと考えた。もしも実家の両親との通話料金が毎回無料になるならば、私にとっても好都合である。そこで、インターネットに公開されている携帯電話の購入記やdocomoのページを参照して確認してみた。その結果、三親等以内の血縁者であれば、通話料金とメール使用料金が無料になるということがわかったのである。

 二月の終わり、私はホットヨガのレッスンを受けたあと、大阪・梅田にあるヨド○シカメラに足を運んだ。職場の最寄駅近くにも、また、自宅の最寄駅近くにもdocomoショップはあるのだが、思い立ったが吉日で、すぐさま行動しようと思ったのである。

 世の中は不況だと言われているはずなのに、ヨド○シカメラの携帯電話コーナーはひどく混雑していた。年長者の方向けに、易しく使える携帯電話があるとは聞いていたが、らくらくホンベーシックIIというカメラ付き携帯電話が本体価格一円という大変お買い得価格で店頭に並んでいた。しかし、良く見ると、本体価格を一円にするには、指定されたサービスに六つ加入することが必要条件になるという。指定されたサービスに加入しない場合は、加入しないサービス一つにつき五百円程度の料金が携帯電話の本体価格に加算されるそうだ。私は、頭を悩ませながらも、らくらくホンベーシックIIを手に取ってみた。

 まず、画面に表示されている文字が大きい。そして、一つ一つのボタンも大きい。これならば、実家の両親にも使えるのではないだろうか。ちなみに、私の父は七十歳、母は六十七歳である。私は、近くにいたスタッフに声を掛けて、らくらくホンベーシックIIを購入したいと思っているが、住んでいるところが離れていて、苗字の異なる実家の両親でも、通話料金が無料になるのか尋ねてみた。すると、無料になりますとの回答が返って来た。安心した私は、更に、毎月の利用料金がどのくらいになるのかも尋ねてみた。すると、スタッフは電卓を取り出して、細々としたいくつかの代金を足し込みながら、
「ご家族同士の通話がメインでしたら、だいたい千五百円前後になります」
とおっしゃった。携帯電話の本体価格が一円で、毎月の利用料金が千五百円程度なら、誰しも携帯電話を持ちたがるのではないだろうか。私は更に、
「相手が四国に住んでいても大丈夫でしょうか?」
と尋ねてみた。というのも、私が契約しているのはdocomo関西で、実家の両親の管轄はdocomo四国になるだろうと思ったからだ。すると、スタッフは、
「はい、かまいません」
とニコニコしながら答えてくださった。それを聞いて安心した私は、購入を決意し、
「じゃあ、これとこれを一台ずつください」
と言って、らくらくホンベーシックIIのメタルシルバーとロゼを一台ずつ指差した。すると、ただちにスタッフが銀行の窓口で取るような番号札を発行してくださり、私はそれを手に持ち、契約担当のスタッフから呼び出しされるのを待った。

docomo公式サイトから画像拝借

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実家の両親が携帯電話を購入したいという話を何度も聞いていたのに、私はdocomoの管轄が異なっていることや、苗字も住んでいる場所も異なっているという理由から、通話料金が無料になることなど有り得ないと思い込んでいました。しかし、違ったのですね。(笑)記事が長くなりますので、何回かに分けてお届けしたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.06

映画『ボディ・バンク』

ホットヨガ(一八一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そう言えば、以前はホットヨガのレッスンのあとに頭が痛くなることが多かったので、レッスン中に酸素が多く含まれた水を飲んでいたことを思い出しました。呼吸が荒くなり、酸素が脳に行き渡らなくなるために頭が痛くなるのではないかと当時は考えていました。確かに、酸素を多く含んだ水を飲むと、頭痛が和らいでいましたね。今回の場合は、消化のために身体が頑張り過ぎて、やはり脳に酸素が行き届かなくなっていたのでしょうか。それに加え、冷房の冷たい空気により、頭や首が冷やされたことで、より一層脳に酸素が行き渡らなくなってしまったのかもしれません。

 本作もGyaO!で視聴した作品である。医学界にも、倫理観を問いたくなるような医師がいるもので、一部の人間に対して人体実験を繰り返しながら、自分の専門分野の医学を発展させようとしている。そんな悪役とも言える医師マイリックを演じているのは、ジーン・ハックマンである。それに対し、人体実験の実態を暴こうとする若手医師ガイを、ヒュー・グラントが演じている。

 一九九六年の作品だからだろうか。ヒュー・グラントがやけに若い。現在のヒュー・グラントには、どことなく軽い乗りが漂っているが、本作のヒュー・グラントは、真実を追求しようとする真剣な演技にまったく違和感がない。

 どこの国でも人体実験は、法律的にも禁じられている行為だろう。倫理的にも、人の命の行方を第三者が勝手に決めようとするわけだから、誰しも抵抗を感じるはずである。しかしその一方で、動物実験ならいいのか? という声も上がることだろう。何を隠そう、私は、最終学歴の大学では文学部国文学科で学んだのだが、現役で入学した広島の某私立大学では人文学科の心理学コースを専攻していた。私はその大学に入学してわずか二ヶ月で休学届けを提出して、再受験に挑むべく予備校に通い、再び受験勉強を始めた。そうした人生を選択することになったきっかけの一つが、実は入学した広島の某私立大学の心理学コースのゼミで、金魚を使った実験が行われていることを知ったからだ。そのゼミ室には、たくさんの金魚が水槽に入れられ、実験待ちの状態だった。私はここで、金魚を殺しながら学ぶのかと考えると、そのゼミ室に足を運ぶのが嫌になった。心理学に憧れてその大学に入学したものの、もともと第一志望の大学ではなかったことと、東京に出て行きたい気持ちも強くなり、私はその大学を去ることに決めたのである。

 本作の後半のガイの台詞にもあるのだが、人体実験の被験者が、人体実験を希望しているのかどうかが重要だと私も思う。本作の中では、被験者の意志に関係なく、マイリックが強制的に被験者を拉致する形で人体実験を行い、これらの実験が世の中のためになっていると主張しているところが問題なのだ。しかし、ここでも心の中で問答を繰り返す。同様に、動物の意志なら、人間が勝手にコントロールしてもいいのだろうかと。

 動物も含めて考えると、医学が発達して行く過程において、何らかの形での生体実験は必要だったととらえるしかないのだが、本作で問われているのは人体実験に限ったことなので、動物実験の可否については敢えて触れないでおくことにしよう。

 本作の中で最も印象に残っているのは、マイリックの妻がガイに、マイリックの研究資料を手渡すシーンである。マイリックの妻は、夫はこの技術の使い方を誤っていたので、正しい使い方で活用して欲しいと、マイリックの研究資料をガイに託すのだ。その後、ガイがその技術をどのように活かして行くかは、想像するしかない。

 ある者の犠牲によって、他者が生かされるという仕組みは、食物連鎖についても同じことが言える。広い意味では、臓器提供なども対象に含まれるだろう。私は、捧げる者と捧げられる者の間に愛が存在していないことに、根本的な問題があるのではないかと思えて来た。手塚治虫さんの漫画『ブッダ』の中に出て来るウサギは、お腹を空かせている人間を前にして、「私を食べてください」と言って、自ら火の中に飛び込んで行く。あのウサギと、ウサギを食べる人間の間には、間違いなく愛があった。映画『食堂かたつむり』で表現されている、かわいがっていたブタを食べることや、それまで身近にいた鳩を料理して食べることを受け入れることができたのは、やはり、両者の間に愛があると感じたからだ。

 両者の間に愛があるから、いただいた命を無駄にすることなく活かすことができる。しかし、本作のテーマに上がっている人体実験はそうではない。そうしたところまで追求して話を発展させてくれたなら、更に考えさせられる結末になっていたかもしれないとも思う。とは言え、この手の作品としては十分楽しむことができたので、私としては満足している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何と言っても、ヒュー・グラントが若いですね。(笑)若い頃には軽そうに見える人でも、年を重ねて来ると落ち着いて来るというのが普通の感覚だと思いますが、ヒュー・グラントがその逆を辿っている俳優さんだったとは知りませんでした。(苦笑)

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2010.04.05

ホットヨガ(一八一回目)

かやぶきの里を目指しての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。かやぶきの里に辿り着くことができなかったのはとても残念でしたが、我が家からそれほど遠くはないところなので、また機会を作ってチャレンジしたいと思います。普段は高速道路を利用することが多いので、道の駅とはあまりご縁がなかったのですが、今回の自動車旅行では道の駅を多く利用しました。道の駅は、その周辺の地域特有の新鮮な産物が手に入るためか、ずいぶん賑わっているようですね。さて、今回の記事は、お食事の前後に読まれるのは避けてくださると幸いです。

 またしても一週間遅れのホットヨガのレッスンの内容をお届けしようと思う。いつものように、南森町店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。レッスンを担当してくださったのはお馴染みのインストラクターで、参加者は私を入れて十四名だった。かつては一ヶ月限定のレッスンとして開設されていた骨盤コースのレッスンだったが、こうして継続的にレッスンを受けられるということは、常設されたのかもしれない。

 六十分のレッスンといえども、骨盤がしっかりしていない私にはとてもきついレッスンだったので、今回も、後半の休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)の前に行うすきのポーズと肩立ちのポーズのときに、一足早く退出させていただいた。

 レッスンのあと、お気に入りの食堂でお昼ご飯を食べた。そのときも少し頭が痛かったのだが、その後、「ガンまる日記」を書くためにコーヒーショップに入り、久し振りにミルクティーを注文して飲んでいると、更に頭が痛くなってしまった。おそらく、さきほど食堂で食べたものの消化が良くなかったのと、コーヒーショップの冷房の冷たい空気が頭や首の周辺を直撃した上に、足元を冷やしてしまったことが原因だと思われる。それでも何とか「ガンまる日記」を書き上げてトイレに立ったところ、急に気持ちが悪くなり、さきほど食堂で食べたものを戻してしまった。

 胃の中にあるものを出したおかげで、少しは楽になったものの、やはり体調が優れなかったので、その後、予定していた映画鑑賞を断念して帰宅することにした。しかし、食べたものを一度吐いたというのに、どうも気持ちが悪い。食べ物がまだ胃の中に残っているせいだろう。そして、自宅の最寄駅に着いたので、再びトイレに入ると、コーヒーショップのトイレ以上に、食べたものを戻してしまった。それはもう、気持ちがいいくらいにすべて吐き出したのだ。そのおかげで、かなり楽になった。

 水分を失った私は、最寄駅の売店でアルカリイオン飲料を買ってちびちびと飲み干し、自転車に乗って帰宅するや、首の周りを温めた。ホットヨガのレッスンを受けた直後に頭が痛くなるのは、これまでにも何度か経験済みだったが、こうした症状が現れたのは、ずいぶん久し振りのことである。私の場合、こうなるときはいつも頭のてっぺんに不快感を感じてしまい、同時に首や肩がひどく凝っている。

 つい先日も、同じ職場で働いている派遣仲間が、肩こりから来る頭痛とともに嘔吐したと言っていたが、その派遣仲間に、私にも同じような経験があると話をしたばかりだった。ただ、今回の場合は、ホットヨガのレッスンの直後だったので、肩こりが原因ではなく、消化不良と冷房の冷たい空気のせいであるように思う。

 肩こりや頭痛、嘔吐を繰り返す人は、圧倒的に女性のほうが多いように思う。はっきりとした原因はわからないが、女性の身体は、西洋医学が行き渡らない領域に不具合を抱えてしまうように思う。昔、鍼灸院に通っていた頃に、男性は気の病気(簡単に言えば、ストレス)、女性は血の病気が多いと聞いた。女性が抱えている問題の多くは、血行不良が原因なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに、頭痛と嘔吐を体験してしまいました。同じような経験をしている方が私の周りにもいらっしゃるので、女性特有の症状かもしれませんね。普段はあまり意識することがないのに、こういうところにだけ妙に女性らしさ(?)を感じてしまう私です。(笑)

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2010.04.04

かやぶきの里を目指して

映画『人間失格』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。愛媛に住んでいる小学校時代からの友人が生田斗真くんのファンなのですが、彼の主演映画なので本作を鑑賞したいと思っているそうです。しかし、愛媛では、県庁所在地である松山の映画館で、しかもたった一館でしか本作が上映されていないそうで、わざわざ映画を観るためだけに松山まで出掛けては行けないと嘆いていました。確かに、私の実家から松山までは自家用車で一時間ほど掛かってしまいますので、田舎に住む主婦にとってはちょっとした冒険になってしまうんですよね。都会で一時間移動するのと、田舎で一時間移動するのは、感覚が違いますからね。(苦笑)

 宮津(みやづ)からそれほど遠くない美山町(みやまちょう)というところに、かやぶき屋根の集落があるという。ブログ仲間からその情報を得たガンモは、宮津の旅館をチェックアウトしたあと、美山町に向けてカングーを走らせた。しばらく走ると、かやぶき屋根の上にトタンをかぶせた家がいくつか見えて来た。どうやら、かやぶき屋根のメンテナンスが大変なので、かやぶき屋根の上にトタンをかぶせて保護しているようである。同じような家がいくつか見えて来たが、まだまだ集落というほどではない。私たちは、もう少し走ればかやぶき屋根の集落に辿り着くはずだと信じて走り続けた。

 ところが、ある程度まで走ると、次第にかやぶき屋根をトタンで保護した家が少なくなってしまった。そんなところへ、かやぶき屋根の郷土資料館と美術館があるのを見付けたので、カングーを止めて降りてみた。しかし、しかしである。あろうことか、どちらも修復中のため休館中だった。外にあるトイレもかやぶき屋根の建物だったのだが、見事に鍵が掛かっていて利用できなかった。

 仕方がないので、私たちはかやぶき屋根で造られた郷土資料館と美術館の周りをぐるぐると回り、かやぶき屋根の外観のみを研究した。その結果、かやぶき屋根の家は、髪をきれいに切り揃えたような造りになっていることがわかった。

 そう言えば、何年か前に下呂温泉を訪れたときに、白川郷の合掌造りの家を再現した合掌村に足を運んだことがある。既にそのときの記憶が薄れつつあったので、このかやぶき屋根の家も合掌造りなのではないかと思い込んでいたのだが、どうやらかやぶき屋根の家と合掌造りの家は別物らしい。そういう前提で両者を比べてみると、私の感覚では、合掌造りの家は「やまんば」という感じで女性的だが、かやぶき屋根の家は男性的であるように感じられる。

 それはさておき、郷土資料館と美術館の外観を心行くまでじっくりと眺めたあと、おそらくこれまで見て来たものが美山町のかやぶき屋根の集落だと自らに言い聞かせ、私たちは帰路についた。ところが、カングーでしばらく走ったのち、途中にあった道の駅でこの周辺の地図を手に入れて確認したところ、私たちがうろうろしていた少し先に、かやぶきの里と名付けられたかやぶき屋根の集落があることがわかった。もう少し根気強くカングーを走らせていれば、かやぶき屋根の集落に出会えたのに残念である。目的の場所に辿り着くまでに探索を諦めてしまったというこの恥ずかしい失態は、私たちに、お天気の良い日の天橋立も、また見においでと誘ってくれているのだろうか。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、かやぶきの里を目指してをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かやぶき屋根の家は、第一印象では、合掌村で見た合掌造りの家とほぼ同じだと思っていたのですが、改めて写真を見比べてみると全然違っていますね。郷土資料館や美術館には、かやぶき屋根を理解するための資料がいろいろ展示されていたようですが、あいにく休館中だったのでとても残念です。でも、これからは、合掌造りの家とかやぶき屋根の家が試験に出たとしても、間違えることはないと思います。(笑)

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2010.04.03

映画『人間失格』

部屋だしのカニ料理の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回宿泊した旅館は、楽天トラベルから予約したので、宿泊したときに感じた率直な感想を、ガンモが評価として宿泊先の旅館のユーザーレビューの欄に書き込みました。ガンモにしては珍しく、長い長いレビューになってしまったのですが、旅館の方は真摯に受け止めてくださり、それに対する丁寧なコメントを返信してくださいました。そのことを通して、こうしたユーザーレビューのページで、良かったことと気になったことの両方を伝えるということは、とても大切なことだと感じました。気になったところだけを伝えようとすると、ネガティブな感情が渦巻いてしまいますが、良かった点も一緒に含めることにより、こちらが正直な感想を述べていることが伝わり易く、指摘された側も前向きな気持ちになれるようです。ユーザーレビューに限らず、通常の人間関係もきっとそうなんでしょうね。

 確か昨年は、太宰治の生誕百年記念の年だったはずだ。そのため、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』が公開されたりもした。本作も、生誕百年記念の一環として製作された作品だと思われる。二月二十日に劇場公開され、私が鑑賞したのは、その翌日の二月二十一日である。

 若い頃に、太宰治の作品を集中して読む人が多いらしいが、私はそうではなかった。『ヴィヨンの妻』も『人間失格』も原作を読んではいない。『走れメロス』は読んだと思うが、往年の太宰ファンに言わせると、『走れメロス』は太宰らしくない作品らしい。では、どのような作品が太宰らしい作品なのか。原作をほとんど読んでいない私の場合、映画で判断するしかないのだが、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』と本作で共通する部分が手掛かりになりそうだ。それは、太宰治を思わせる男性が、女性と一緒に自殺を図り、男性だけが生き残るというシーンだ。

 これは、太宰の小説の中に自殺のシーンが少なくとも二回は盛り込まれているということである。おそらく、これが太宰文学であり、自殺を図る男性が太宰自身なのだろう。何故なら太宰は、何度か自殺未遂を繰り返した末に、玉川上水で愛人の女性と入水自殺を図り、亡くなっているからだ。

 映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を鑑賞したときも感じたが、太宰はとにかく生きていることが嫌で嫌でたまらなかったようだ。生まれながらにしてマイナスの感情を持っていて、それをずっと引きずっている人、というイメージがある。そして、女性に好かれ易いタイプなのか、女性に対してだらしがない。

 本作の中では、大庭葉蔵という若者が、太宰とかぶるわけだが、ジャニーズ系の生田斗真くんが演じていると、厭世観も漂って来ない。映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』の浅野忠信さんのほうがずっと迫力があったと思う。私は、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を自分なりに理解したつもりでも、太宰に詳しい方のレビューを拝見すると、実際はほとんど理解できていなかったことに気が付いて、自分の理解力のなさにあきれ返っていた。しかし、本作を鑑賞してみると、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』のほうが断然良いと感じたことから、少しでも太宰を理解することができているのではないかと、今となっては思えるのだ。

 本作の生田斗真くんのちょっと物足りない演技を思い起こす度に、映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』の浅野忠信さんの、世の中が嫌で嫌でたまらないといった演技が思い起こされる。映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を鑑賞したときは、何故、こんなにも世の中が嫌で嫌でたまらないだろうと不思議に思ったのだが、もしかすると、最も身近な母親に愛されたくても愛されなかったことが、イライラの原因なのではなかろうかと思えて来た。同時に、多くの女性たちの間を器用に渡り歩くのも、自分を愛してくれなかった母親に代表される女性たちから、本当は愛されたくて愛されたくて仕方がないことへの裏返しの感情表現なのではないだろうかと思えて来たのだ。

 私は本作の中では、主人公の生田斗真くんよりも、彼の悪友である堀木役の伊勢谷友介くんの演技に注目した。彼の役柄は、ある意味、主人公よりも存在感のある役柄だったように思う。また、その役が伊勢谷友介くんにピタリとはまっていた。

 ピタリとはまっていたと言えば、同じくジャニーズ系の森田剛くんが演じた詩人の中原中也も良かった。中原中也は原作には登場しないようだが、私の中の中原中也のイメージに近いように思えた。中原中也と言うと、昔、テレビドラマで三上博史さんが演じていたのが強く印象に残っている。そのときの役柄の印象が強烈に残っているので、そのイメージを塗り替えるのは難しいだろうと思っていたのだが、森田剛くんの演技も自然に受け入れられたのだ。

 こんなことを書くと、青森出身の方に怒られるかもしれないが、寺山修司さんといい、太宰治といい、青森出身の作家さんはどことなく暗い。何年か前に、ガンモと一緒に鉄道乗り潰しの旅で青森を訪れたとき、青森のねぶた祭りを見た。そのとき私は、今まで知らなかった青森の熱さに触れたように思う。青森出身の方にねぶた祭りの感想を述べると、青森は雪が多い地域なので、ずっと雪解けを心待ちにしていて、夏になると、冬の間に溜め込んでいたエネルギーがはじけ出すというようなことをおっしゃっていた。温暖な四国で生まれ育った私には、青森の人たちが冬の間に溜め込んでいるであろうエネルギーの存在を知らない。だから、青森出身の作家さんは暗いというレッテルを貼ってしまう。しかし、もしかしたら太宰にも、あのねぶた祭りのような熱さがどこかにあったのかもしれない。だから、今でも多くの読者の心を掴んで離さないのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そう言えば、ねぶた祭りを見た年とは別の年に、太宰治の故郷である五所川原も訪れていました。確か、ストーブ列車に乗ったときですね。しかし、そのときの記事を読み返してみても、太宰治のことは一言も書いていません。(笑)五所川原は、太宰治色に染まっていなかったということなのでしょうか。しかも、五所川原から近い金木というところに太宰治の斜陽館があったというのに、ストーブ列車とたいやきのことしか書いていませんね。(笑)さて、話を映画に戻しますと、率直な意見を述べさせていただくならば、生田斗真くんを本作の主人公に抜擢したのは間違いだったのではないかと感じました。何故なら、ジャニーズ系の俳優さんには、人生に苦悩する役柄は似合わないからです。(笑)しかも、ジャニーズ系の俳優さんには、仮に演技がうまくできなくても、許されるところがあるように思います。しかし、本作で求められているのは、やはり俳優としての実力ではないでしょうか。私は原作を読んでいないのでわかりませんが、もしかすると、原作に忠実に表現するためには、女性たちとのもっとドロドロしたラブシーンも必要だったのではないかと思います。しかし、彼がジャニーズ系だからそのシーンがカットされてしまっているようにも思えるのです。そのため、ちょっぴり手加減された作品のように感じてしまったのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.02

部屋だしのカニ料理

「あててごらん」を当ててみたの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。蒸しタオルの作り方をインターネットでいろいろ調べてみたところ、電子レンジで温めるというのが一番多く、評判も良かったようです。いつの間にか電子レンジは、私たちの生活には欠かせないものになっているんですね。さて、京都の宮津(みやづ)にカニを食べに行った話の続きですが、長くなってしまったので二話に分けようと思いつつも、区切るのにちょうどいい場所が見付からず、一話にまとめてしまいました。この続きはまだあるのですが、ひとまず、カニの話をお届けします。長いので、十分注意してくださいね。(笑)

 伊根湾めぐりを楽しんだ私たちは、予約していた旅館へと向かった。そこはこじんまりとしたアットホームな雰囲気の漂う旅館だった。到着してすぐに、旅館の方が友好的に話し掛けてくださったあと、
「そろそろお電話差し上げようかと思っていたところなんですよ」
と言われて驚いた。この言葉に、多少なりとも引っ掛かりを覚えてしまったのは、私だけかもしれない。

 私たちが旅館に到着したのは、十七時を少し回った頃だった。その旅館を予約したガンモがチェックイン時間をどのように申告していたのかは知らないが、夕食の開始時間を十八時に設定していたので、旅館の方が少し心配されていたのも無理はない。しかし、何となく、
「予定よりも遅いチェックインですね」
と暗に言われているような気がして、自分たちがお待たせしてしまったにもかかわらず、何となくテンションが下がってしまったのだ。

 旅館から少しだけ離れたところに駐車場があるというので、私だけがカングーから降りて荷物を降ろした。そして、ガンモよりも先に部屋に案内していただき、宿帳に記入した。部屋に案内してくださった仲居さんから、食事は部屋に運ばれることと、女風呂と男風呂の場所などの説明があった。

 間もなく、カングーを駐車し終えたガンモが部屋に案内されたので、夕食のあとにお風呂に入るというガンモを一人部屋に残し、私は夕食の前にひと風呂浴びることにした。もともとこじんまりした旅館なので、お風呂もずいぶんこじんまりとしていた。利用客の方たちもアットホームで、三つしかないカランが既に一杯であるにもかかわらず、一番あとから入って来た私を温かく迎えてくださったり、自分は湯船に浸かっているので、今、空いているカランを使っても良いですよと声を掛けてくださったりした。私はカランは使わずに、洗面器を手に取り、お風呂のお湯を使って簡単に身体を洗い流したあと、湯船に浸かった。

 お風呂の外には小さな庭があり、窓から景色を眺められるようになっていた。湯船の中で、
「あいにくの雨ですね」
などという会話を利用客の方と交わし、お湯の温度がやや低めなので、長い時間、ゆったりと浸かっていた。

 やはり、他の利用客の方たちも夕食の時間が十八時からだったのだろう。私よりも先に入っていた利用客の方たちが少しずつお風呂から上がり始め、私も空いたカランを使用できるようになった。そこで私は本格的に身体を洗い流し、浴衣に着替えて部屋に戻った。ガンモには、
「お湯の温度が少し低めだったけど、いいお湯だったよ」
とコメントしておいた。

 さて、いよいよ夕食の時間がやって来ると、お待ちかねのカニ料理が部屋に運ばれて来た。まずは、一人一杯ずつの大きな蒸しガニである。仲居さん曰く、すべての料理を食べ終えるのに二時間ほど掛かるという。蒸しガニ以外にも、御造りなどのもろもろの料理も一緒に運ばれて来た。私たちは早速蒸しガニ退治に取り掛かった。

 毎年のようにカニをたっぷりと食べていると、どうしてもカニを食べることに病みつきになってしまうようだ。私たちは、いつも利用している城崎温泉に宿泊することができなかったので、楽天市場で「訳ありガニ」を注文して食べたりもした。おそらく、カニシーズン中に獲れたカニの中で、比較的身の少ないものを安く売りさばいているのだろう。漁の状態によって、発送時期が確定しないという不安定なものだったが、無事に届き、食べてみた。既に茹でられているカニだったのだが、やはり「訳あり」だったようで、見掛けが大きくても身が細く、私たちは満足することができなかった。今回宿泊した旅館は、そんな経緯もあって予約した旅館なので、カニに対する期待もひとしおだった。

 しかし、残念ながら、その旅館で出されたカニもまた、身が細かった。城崎温泉で食べるカニのようなプリプリ感がない。それがとても残念に思えて仕方がなかったのだが、それでも大好きなカニを食べられるというので、私たちは夢中で食べた。

 ところが、私たちが蒸しガニを食べ終えても、なかなか次の料理が出て来なかった。私たちが宿泊した日は満室だったので、無理もないのかもしれないが、あまりにも時間が掛かり過ぎるので、待ちくたびれてしまった。かなり時間が経ってから、ようやく仲居さんが顔を出してくださったのだが、私たちがカニをすっかり平らげているので驚いていた。仲居さん曰く、他のお客さんは、かなりスローペースなのだそうだ。中には、蒸しガニを食べ始めてからかなり時間が経って部屋を訪れても、まだ足を二本しか食べていないお客さんもいらっしゃるのだという。不思議なお客さんである。

 私たちの食べるペースが速いということを仲居さんが認識してくださったことで、少し気が楽になった。とは言え、やはり満室のため、それからも料理が運ばれて来るペースが上がることはなかった。それはそれでいいとしても、実は、ちょっと困ったことがあった。

 その旅館では、合計三人の仲居さん(と言っても、そのうちの一人は経営者の女性)が料理を運んで来てくださるのだが、そのうちの一人の仲居さんとガンモの相性が極端に悪かった。その仲居さんは、いかにもおしゃべり好きな関西人タイプの仲居さんで、人見知りをするためほとんど口を開かないガンモに対して、
「こういう方(あまりしゃべらない人)をいじって、しゃべってもらうのが好きなんですよ」
と言いながら、ガンモに対し、集中的に話し掛けて来た。仲居さんの話が面白ければガンモも口を開くのだが、仲居さんの態度は、外に出掛けると主に外交を担当している私でさえ引いてしまうような強引さだった。

 私たちが最も顔をしかめたのは、私たちのことを夫婦ではなく、
「彼氏、彼女」
と表現されたことである。確かに私たちは実年齢よりも見た目が若く見えるらしく、結婚して何年も経っているというのに、外食をすると、
「お会計はご一緒でよろしいですか?」
などと言われることもたまにある。とは言え、二人とも結婚指輪をしているというのに、
「彼氏、彼女」
という呼び方はないだろう。しかも、私がガンモに向けて語り掛けた、
「どうする?」
という表現をそのまま真似て、その仲居さんが、
「どうする?」
とガンモに対して同じように語り掛ける。その場がしらーっとしているというのに、仲居さんは勢力を弱めることなく、何とかしてガンモの口を開かせようとしきりに語り掛ける。これまでいろいろな旅館に宿泊して来たが、ここまで強引な仲居さんは初めてである。

 その仲居さんに、
「どちらからお越しですか?」
と尋ねられたので、
「兵庫県です」
と答えると、仲居さんは、
「ああ、関西の方で良かったです。関西以外の地域から来られた方には、関西人の乗りは敬遠されがちなんですよね」
というようなことをおっしゃった。私は心の中で、
「確かに関西に住んでいるかもしれませんが、私たちは関西出身ではないので、あなたのその乗りにはついて行けませんよ」
と思っていた。

 私は四国で生まれ育ったが、結婚前までの十一年間は東京に住んでいた。そのため、結婚のために関西に移住してからは、やはり戸惑うことも多かった。「ガンまる日記」にも何度も書いて来たが、関西では通勤途中にヘッドフォンを耳に挿して音楽を聴いていても、後ろから肩をポンポンと叩かれ、同じ職場の人に声を掛けられる。同じように、昼休みにヘッドフォンを耳に挿して音楽を聴いていても、やはり後ろからポンポンと肩を叩かれ、声を掛けられる。東京では有り得ないことだった。ヘッドフォンを耳に挿して音楽を聴いているというのは、その人がプライベートな時間を楽しんでいるということでもある。関西の方たちは、その人が守りたいプライベートな領域に否応なしに入り込んで来るのである。最初は私もそれに戸惑ったが、次第に慣れて来た。

 ただ、今でも関西の方たちとの距離の取り方には、しばしば頭を悩ませることがある。関西の方たちは、親しさの度合いに関わらず、基本的に人と接することが好きらしい。しかし、私の中では、親しさの度合いにより、自分の時間を他者とどこまで共有するかを調節したい。簡単に言えば、いつでも誰とでも一緒にいたいわけではない。例えば、通勤の途中に話し掛けられても、そのあとほとんど話が続かないような間柄ならば、最初から話し掛けないで、そっとしておいて欲しいのだ。

 その仲居さんは、会話を重ねることでコミュニケーションが深まると思ったのだろう。それからも、ガンモに対してしきりに話し掛けて来られたのだが、私には、ガンモを理解しようともしないのに、一方的に話し掛けられているようで、とても居心地が悪かった。もちろん、ガンモも同じように感じていたようである。こちらがしゃべらないのには、それなりの理由がある。しかし、その理由を考察しようともせず、ただただ一方的に語り掛けて来るのは、接客業の人としてどうなのだろう。電話でもメールでもそうだが、一方的なコミュニケーションほど心地の悪いものはない。

 その旅館では、二杯目のカニを焼きガニとカニしゃぶ、それからカニ雑炊に分配して食べることになっていた。その配分は、宿泊客が自由に決めることができる。そして、私たちが決めた配分で、仲居さんがカニを焼いてくださったり、カニしゃぶを作ってくださったりするのだが、実はこれも私たちにとっては居心地が悪かった。焼きガニは、旅館の料理に出て良く来る青っぽい燃料を燃やして、金網の上に生のカニを並べて焼かれる。とても簡単なことなので、わざわざ仲居さんに焼いていただかなくても、私たちにも出来ることだった。また、カニしゃぶ鍋の中にカニを入れるのも、野菜を入れるのも、すべて仲居さんがしてくださったのだが、仲居さんとの相性が良くなかったせいか、やり方だけ教えてもらい、自分たちで実践したくて仕方がなかった。

 そんな感じで、焼きガニを焼き終わり、カニしゃぶの材料をすべて鍋に入れ終わると、仲居さんは私たちの部屋から出て行った。私たちはあっという間に焼きガニとカニしゃぶを平らげてしまった。次はいよいよカニ雑炊を作るというので、待ち切れないガンモは、カニ雑炊用に残しておいたカニの胴体からカニの身を取り出して小皿に盛り、食べ終えたお皿の片付けなども始めてしまった。しかし、やはり満室だったためか、仲居さんは私たちの部屋にはなかなかやって来なかった。

 しばらく待つと、仲居さんの
「失礼します」
という声が聞こえて来て、ガンモの天敵の仲居さんではない仲居さんが入って来られた。昔、「クイズ! ドレミファドン!」という番組があり、その中で、自分の選んだ扉を開けると、中からクイズのヒントを出題してくれる人が出て来るというコーナーがあったが、その中で、わかり易いヒントを与えてくれる出題者と、いつももたもたしてしまって、タイムアウトになりがちな出題者がいたのを思い出した。次に、どの仲居さんが部屋にやって来るかは、私たちにとって、「クイズ! ドレミファドン!」の出題者の出て来る扉を開けるようなものだったのだ。

 仲居さんは、私たちがカニ雑炊の準備を自分たちですっかり整えていたので、感動されていた。と同時に、遅くなり、申し訳ありませんとも言われてしまった。その仲居さんは、とても好感の持てる仲居さんで、カニ雑炊の作り方について、私たちに細かな希望を尋ねてくださった。私たちは特にこだわりもなかったので、仲居さんにすべてお任せした。そして、とてもおいしいカニ雑炊が出来上がった。私たちはそのカニ雑炊をとてもおいしくいただいた。

 その後、デザートが運ばれ、いよいよ夕食の終了となった。仲居さん曰く、同じ時間に夕食が始まり、私たちがほぼトップで食べ終えたのだそうだ。これは、他の宿泊客の方たちに比べて、私たちが食べることに専念し過ぎてしまったという結果でもある。何はともあれ、夕食を食べ終えたので、ガンモはお風呂に入った。

 翌朝になると、男風呂と女風呂が入れ替わるというので、私は朝早く起きて朝風呂に入った。早朝だったせいか、他の利用客は誰もいなかった。私は一人でのびのびと湯船に浸かり、リラックスした。私が出る頃になると、他の利用客の方たちがぞろぞろとやって来た。前日の夜に、私にカランを譲ると言ってくださった女性が一番あとから入って来られたので、私の使っていたカランを使っていいですよと申し出た。その女性もまた、結局、私の勧めたカランは使わなかったのだが、わずか一日のうちに立場が入れ替わるとは、世の中うまく出来ているものだと思った。

 朝食は、思っていた以上のボリュームだった。たいていの旅館では、夕食の量が多いために朝食は軽めであることが多いのだが、充実した朝食に私たちは大満足だった。私は、普段の朝食は果物しか食べていないというのに、このときばかりはたっぷりと朝食をいただいたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、部屋だしのカニ料理をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事が長くなりましたが、最後まで読んでくださり、どうもありがとうございます。今回の宿泊では、人との距離の取り方について、改めて考えさせられました。私たちは、すべての感情を言葉にして生きているわけではなく、言葉で表現しない部分をそれとなく感じ取って欲しい気持ちがありますよね。相性がいいと、言葉で表現しない部分も相手に伝わり易いのですが、相性が良くないと、なかなか伝わりにくいものだと感じました。今回の旅の記事はもう少し続きますが、この続きはいったん映画の記事を挟ませてから書かせていただきますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.04.01

「あててごらん」を当ててみた

映画『抱擁のかけら』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 人間関係が入り乱れている作品は、やはり見応えがありますね。良くもまあ、こうした作品を一から生み出せるものだと感心してしまいます。音楽で言うと、いくつかの音が組み合わさって和音になるという感じでしょうか。そして、その和音が調和していれば、耳に心地良く響きます。そういう状態は、個と個が別々に存在しながらも、互いにとって心地良い位置に配置されているのでしょうね。

 夢のコラボセミナーで古久澤先生が、蒸しタオルを目の上に当てると、目の疲れを取ってくれて、固まった骨盤を和らげてくれるとおっしゃった。私は、仕事でもパソコンをフルに使い、プライベートでもパソコンを目一杯使用している。パソコンを使い過ぎの目を休ませなければ、私の骨盤はどんどん固まってしまうかもしれない。

 しかし、どのようにして蒸しタオルを用意すればいいのだろう。蒸しタオルと言うくらいだから、蒸し器の中にタオルを入れて作るのだろうが、少々面倒臭い。そこで私はひとまず、職場でお湯の出る蛇口からそれほど熱くはないお湯を出して、ハンドタオルを濡らして固く絞ってみた。そして自分の席に戻り、お湯で濡らしたハンドタオルを目の上にそっと掛けてみた。確かに気持ちはいいのだが、もともと手で絞れるくらいの熱さのお湯で湿らせたため、すぐに冷めてしまった。おまけに、目の上に濡れたタオルを置くことから、アイシャドーが崩れてしまうのだ。お湯で濡らしたハンドタオルで目が温められて気持ちはいいものの、どうも実用的ではない。そう思った私は、蒸しタオルに替わる何かを探し始めていた。

 そこで辿り着いたのが、ほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」という商品である。

 ほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」は、トウモロコシやびわの葉が入った詰め物を電子レンジで温めて身体に当てるというものである。何を隠そう、私は数年前にこの商品を購入し、しばらく愛用していた。電子レンジで温めて身体に当てるととても気持ちが良く、幸せな気分に浸ることができたものだった。しかし、しばらく使用しないうちに、どこかに消えてなくなってしまっていた。

 ガンモにその行方を尋ねてみると、
「中にトウモロコシが入ってるから、(鳩の)父ちゃんが食べたんじゃないの?」
などと言う。確かにトウモロコシは父ちゃんの好物だが、もちろん、詰め物の入った袋が開いているわけではないので、父ちゃんが突付き出して食べるわけはない。それからもしばらく家の中を探し回ってみたのだが、いくら探しても見付からないので、同じものを再び購入することにした。

 せっかく購入するのだから、以前から気になっていた、同じシリーズのホッと襟巻き「あててごらん かたよう(肩用)」も一緒に購入してみることにした。

 ホッと襟巻き「あててごらん かたよう(肩用)」は、肩こりを感じているときに、やはり電子レンジで温めて、肩に当てて使用するものである。ホットヨガのレッスンに通い始めてからは、肩こりに悩まされることはほとんどなくなっていたのだが、それでもごくたまに肩がひどく凝るので、凝っているところを効率良く温めることができたらいいのにと思っていたのだ。そして、この形のものならば、電子レンジで温まったものを首に掛けるだけで肩こりが解消されるような気がしたのである。

 実際に使ってみると、ホッと襟巻き「あててごらん かたよう(肩用)」は、思った以上に気持ちが良かった。電子レンジで二分間温めて使用するのだが、十分ほど温かさが続き、肩や首の周りを同時に温めてくれる。温かいということは、本当に幸せなことなのだと実感せずにはいられなかった。

 また、私の場合、頭が痛くなるときは、頭のてっぺんに不快感を感じることが多いので、電子レンジで温めたほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」を頭の上に乗せてみた。しかしほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」は、頭のてっぺんを効率良く温めてくれるものではなかったようだ。

 さて私は、ほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」を蒸しタオル替わりに使ってみることにした。職場には、別会社のフロアまで出向いて行かなければ電子レンジがないので、私は仕事から帰宅してご飯を食べたあと、電子レンジでほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」を温めた。

 そして、程よく温まったほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」を寝室に持ち込み、寝室の隅にゆったりともたれかかり、顔を上向きにして、目の上にほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」をそっと乗せた。すると、すると、すると・・・・・・。間もなく至福の時間がやって来た。ほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」を目の上にそっと置くだけで、幸せな気持ちに浸ることができた。リラックス効果も高く、ほこほこカイロ「あててごらん Mタイプ」で疲れた目を温めている時間は、私にとって、自分を振り返ることのできる貴重な時間となった。これは病みつきになりそうな予感である。

 ただ、問題は、こうして目を温めることにより骨盤が柔軟になった場合、再び卵巣の働きが活発になって来ると、筋腫が成長してしまうのではないかということだった。ひとまず、先のことはまた考えることにして、しばらくこれで様子を見てみようと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 蒸しタオルではないですが、このように電子レンジで温めて目の上に置くだけで、至福の時間を味わうことができるとわかりました。私たちの身体にとって、温めるということは本当に大切なことだったのですね。温めている時間は、瞑想するにもいい時間かもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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