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2010.03.16

映画『食堂かたつむり』

夢のコラボセミナー 心と体と気づきのストレッチ in 神戸(13)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。懇親会は、バイキング形式で飲み放題のコースでした。バイキング形式のお店だと、リラックス度が高まりますね。最初は自分の分だけ取り皿にお料理を盛って席に戻って来るのですが、宴もたけなわになって来ると、他の方たちの分まで取り皿に盛って席に戻るようになります。(笑)こういう変化を見届けることができるから、人と人のコミュニケーションは面白いですね。

 本作を鑑賞したのは、二月十日のことである。とてもユニークな作品だったので、「早くこの作品のレビューを書きたいなあ」と思いながら、その日が来るのを心待ちにしていた。それ以前に鑑賞した他の作品のレビューをほぼ順番に書き終わり、いよいよ本作のレビューに取り掛かりたいと思い、参考までに映画サイトに書き込まれた他の方たちのレビューを拝見してみたところ、多くの方たちが本作を楽しまれてはいるものの、かなり辛口のレビューも少なくないことがわかった。映画の世界では、少しでも変わったことをすると、すぐに賛否両論に分かれてしまうようだ。例えばCGの出来が粗悪だとか、あれこれ難癖をつけたがる人たちもいる。CGの完成度の高さを求めるよりも、映画全体から感じられる、主人公が大事に持っていた手書きの料理のレシピ本のような雰囲気を楽しむことはできなかったのだろうか。

 本作は料理に関する映画なので、普段から、主人公のようには時間を掛けて料理を作っていない私からすると、憧れの作品でもある。ただ、もしかするとその憧れとは、料理そのものに対する憧れではなく、料理にこれだけ多くの時間を費やせることへの憧れかもしれない。私の場合、日々の生活の中で新たなことを始めようとすると、何かを削らなければ、その時間を確保することができない。たいていの場合、睡眠時間を削ることになってしまう。

 それはさておき、主人公の倫子(りんこ)を演じているのは、女優業がすっかり板に付いている柴咲コウちゃんである。失恋の精神的なショックから、口がきけなくなってしまった倫子は、これまで疎遠だった母が一人で住んでいる実家に戻り、その納屋を改装して「食堂かたつむり」という名前の食堂を開くことになる。やがて、「食堂かたつむり」で食事をした人には幸せが訪れるというジンクスが広まり、倫子の食堂経営は成功に向かいつつあったのだが・・・・・・。

 倫子の料理へのこだわりについては、おそらく本作を鑑賞された多くの方たちが述べてくださっていることだろう。だから私は、本作を鑑賞して最も衝撃を受けた動物の肉を食べることについて述べておきたい。先日、レビューを書いたばかりの映画『オーシャンズ』では、弱肉強食に関するアプローチが物足りなかったと書いたが、私たち人間が動物の肉を食べるということについては、少し前に鑑賞した映画『ブタがいた教室』でも問い掛けが行われている。映画『ブタがいた教室』の場合、動物の肉を食べることが人間にとっていいことなのかどうかを、子供たちに議論させることで問題提起しようとしている。

 本作では、私たち人間が動物の肉を食べることに対し、迷いのない結論を導き出している。しかも、その内容は深い。まず、動物の肉を食材として利用する倫子は、食材としての動物の肉に対し、祈りを捧げる。すなわち、「命を『いただきます』」の儀式が確実に実践されているのだ。そこには、食材としての動物の肉に対する敬意が感じられる。更に本作の凄いところは、倫子の母がとても可愛がっていたブタを、いとも簡単に、
「食べようと思うの」
と言ってのけるところである。

 正直、この選択には面食らった。何故なら、映画『ブタがいた教室』とはまったく異なるアプローチ方法だったからだ。それまでの間に、倫子の母があたかもペットのようにブタを可愛がるシーンが何度も何度も映し出されている。倫子の母が、そのブタのことを本当に好きなのだということが、映画を鑑賞している人たちにもひしひしと伝わって来る。倫子の母は、それほどまで大事に飼っていたペットのブタを、自分の大切な日に食べると言い放つのだ。それなのに、どういうわけか、その流れに対し、抵抗を覚えない。何故なら、倫子の母には、そのブタに対するただならぬ愛情があったからだ。

 これと同じようなことが、実はもう一つ用意されている。それは、食堂かたつむりを営む倫子を影でずっと見守り続けていた白い鳩が、あるとき食堂かたつむりの店先で命尽きてしまうことだ。信じられないかもしれないが、倫子はいとも簡単にその鳩を料理するのだ。

 わかるだろうか。本作の中には、人間が動物の肉を食べるという行為に対し、一つの解決がもたらされている。それは、愛情を持って行動するとき、そこに善悪の判断は存在しないということだ。すなわち、愛情を持って行動するならば、ブタを食べようとも、ブタを生かそうとも、亡くなった鳩を食べようとも、亡くなった鳩を手厚く葬ろうとも、そこに善悪の判断は存在しないということである。おそらくだが、それが、私たちがいるこの二元的な世界を脱出するための鍵なのである。

 しかし、多くの場合、私たちは動物の肉を食べるときに、愛情を持って行動していないように思われる。動物の肉を料理する前の祈りや、食前の「いただきます」を心から実践していないことのほうが多い。本作は、私たちのそうした怠惰な食生活に対し、新たな気付きを与えてくれる作品であるように思えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやあ、参りました。倫子の母が、あれほど可愛がっていたブタを食べると言い放ったのですから。しかし、その裏には、ブタに対する尋常ではないほどの深い愛情がベースとしてあったのですね。こんなふうにあっけらかんと表現しながらも、実に深いところまで考えられた作品だと思いました。料理の内容だけでなく、食べるということについてじっくり考えさせられました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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