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2010.02.11

映画『アバター』

携帯電話のスパムメール激減の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事をアップしたあと、珍しく三通も立て続けにスパムメールが届いてしまいました。挑戦的ですね。(苦笑)それでも、携帯電話に届くスパムメールはまだまだ手動でブロックできる量なのでかわいいものですが、パソコンに届くスパムメールのほうは、もはや手に負えません。加入しているプロバイダのスパム振り分けフィルターが今一つ甘いので、メールソフトのスパム振り分け機能を使って届いたスパムメールをごみ箱へと振り分けているのですが、加入しているプロバイダのスパム振り分け機能により、あらかじめ一日に二百通ほどスパムメールが処理されて私の手元には届かない設定になっていてもなお、一日に数十通のスパムメールが届いています。指定アドレスからの受信拒否対象も千件MAX登録していますが、千件ではとても足りない状況なので、ブロックしてスパムメールが届かなくなったアドレスを上書きしながら運用しています。スパムメールとの戦いは、これからも続いて行くことでしょう。

 元旦のファーストデイに映画館に初詣に出掛け、三本の映画を鑑賞した。本作はそのうちの一本である。普段、あまり派手な宣伝の作品は鑑賞しないのだが、軽い気持ちで鑑賞したところ、思いのほか良かったので、元旦から仕事をしていたガンモにその感動を伝えた。とは言え、ガンモは私が映画を観て感動したと言っても、私の影響はほとんど受けない。それでも、ガンモがブログを通じて交流している人たちの間で、本作の評価が高かったらしく、ガンモもついに本作を鑑賞したいと言い始めた。一番の理由は、いつも辛口の内容ばかりをブログに綴っている人が本作を鑑賞してもまったく批判していないので、きっといい映画に違いないと判断したからのようだ。そこで、私もガンモと一緒に二回目の鑑賞を試みたのである。

 鑑賞したのは、一回目、二回目とも3Dの字幕版である。3D鑑賞に踏み切ったおかげで、もともとの映像の美しさに加え、リアルな感覚に包まれたのだが、いつの間にか目が3Dに慣れてしまったのか、3D鑑賞しているという感覚がなくなってしまっていた。

 二回目に鑑賞したときは、本作が公開されてから既に一ヶ月半ほど経過しているというのに、映画館の比較的大きなスクリーンがほぼ満席の状態だった。おそらく、鑑賞した人たちの感動が口コミで伝わり、まだ鑑賞していない人たちが次々に映画館に駆り出されているのだろう。

 美しい衛星パンドラには、ナヴィと呼ばれる先住民が住んでいた。パンドラにやって来た人間たちは、ナヴィが信仰する聖なる樹の下に眠る鉱石に目をつける。遺伝子が同じという理由から、亡くなった双子の兄の替わりにパンドラに送り込まれたジェイクは、人間の遺伝子とナヴィから生み出したアバターとリンクすることで、アバターの身体を通してナヴィの住む世界へと入り込んで行く。ナヴィたちと交流を持ち、聖なる樹の下に眠る鉱石を手に入れるという任務を遂行するためである。普段は車椅子で生活をしている青年ジェイクが、アバターとリンクしているときだけは、美しい衛星パンドラの大地を踏みしめながら元気に走り回ったり飛び回っている。アバターは、ジェイク自身の夢を叶える媒体でもあったのだ。しかし、アバターとリンクしてナヴィたちと接しているうちに、ジェイクは自分自身の任務に対して疑問を抱くようになる。

 本作の中で最も私が引き込まれたのは、ナヴィが自分の髪の毛を使って他の生物と絆を結ぶところである。もともと本作には、植物を崇める信仰が見え隠れしている。そこで私が思い出したのは、数年前に読んだ『あるヨギの自叙伝』という本に書かれていた「人間もまた木である」という内容である。以下に、その部分を引用させていただくことにする。

あるヨギの自叙伝

 

「創世記の物語はきわめて象徴的に書かれている。だから文字上の解釈をしただけでは、その意味をつかむことはできない。あそこに出て来る"生命の樹"とは人間のからだのことだ。つまり、脊髄は木を逆さにしたようなもので、頭髪が根にあたり、知覚、運動両神経が枝にあたる。この神経系統の木には、視聴嗅味触の五感というおいしい実が成っている。人間はこれらの果実を自由に楽しむ権利をもっているが、ただ性の体験--すなわち肉体の園の中央にあるりんごの実を食べること--だけは禁じられていた。
 "蛇"とは、性神経を刺激するコイル状の脊髄エネルギーを意味する。そして"アダム"は理性を、"イヴ"は感情を表わす。人間の中のイヴ的意識である感情が性的衝動に征服されると、アダム的意識である理性も屈服してしまう。

『あるヨギの自叙伝』より

 つまり、人間もまた木であり、髪の毛が根に相当しているということだ。本作の中では、人間にとっての根である髪の毛を使って、他の生物と絆を結んでいる。『あるヨギの自叙伝』を読んでいた私には、その部分がとても興味深かったのだ。そのため、根と根が互いに絡み合い、一つになるという発想を容易い受け入れることができた。根は、自分自身をしっかりと大地に立たせる役割だけでなく、他者と繋がる役割も果たしているというわけだ。

 この話をガンモにすると、
「じゃあ、髪の毛が少ない人は、他と繋がることができないの?」
などと反論して来た。私は黙るしかなかった。ちなみに、そんなガンモも、
「良く出来た映画だ」
と本作を褒めていた。

 他の作品の予告編を入れるとおよそ三時間近くもの上映時間になるというのに、今もなおたくさんの人たちに鑑賞され続けている映画『アバター』。3Dテレビが発売されたとは言え、まだまだ自宅で3D映画を楽しめる機会は少ないので、まだ鑑賞されていない方は、思い切って劇場に足を運んでみてはいかがだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジェームズ・キャメロン監督が表現したかったことがすべて表現され尽くした作品だと思います。監督は、千人以上のスタッフとともに本作を製作し、惑星パンドラの動植物はもちろんのこと、ナヴィ語までご自身で生み出されたとか。派手な宣伝の作品は、実際に鑑賞してみるとがっかりすることが多いのですが、本作は違っていました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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