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2009.12.10

映画『私の中のあなた』

ホットヨガ(一七〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今回のレッスンを担当してくださったインストラクターからは、退職されることが決まっていても、少しも手を抜かずに最後まで私たちにレッスンの内容を伝えてくださろうとしている意気込みを感じました。以前もそのようなインストラクターに出会いましたが、そうした真剣な姿勢には、本当に頭が下がる思いです。

 本作を鑑賞したのは、十一月一日のことである。映画を千円で鑑賞できる映画サービスデーと日曜日が重なったので、私はこの日、三本の映画を鑑賞した。どういうわけか、もう十一月だというのに館内は冷房が良く効いていて、私はひざ掛けを使用していたにもかかわらず、足元がひどく冷えてしまい、鑑賞中にトイレに行きたくてたまらなかった。とは言え、トイレに立ちたい気持ちはあるものの、映画サービスデーで利用客が多く、私の周りの席はほとんど埋まっていたため、上映途中で席を立つには周りの人たちの協力も必要だった。そのため、できるだけトイレに立たずに済むように、私は最後まで必死で踏ん張っていた。しかも、ハッピーエンドの結論で最後を飾るのが得意なアメリカ映画のはずなのに、最後まで丁寧に描写されていたため、どうしても途中で席を立つわけには行かなかった。それもそのはずで、本作は、映画『きみに読む物語』のニック・カサヴェテス監督の作品だったのだ。

 本作は、白血病を患った少女の家族の絆が描かれた作品である。白血病の姉に臓器を提供するために、意図的に遺伝子操作が行われ、この世に生を受けた一人の少女がいる。アナと名付けられたわずか十一歳の彼女は、姉のドナーとなるために、小さい頃から苦しい検査や手術を繰り返していた。しかし、やがてアナは彼女なりの人権を主張するようになる。姉を助けるための手術はもう受けないと宣言し、手術を受けさせようとする両親を訴える行動に出るのだ。

 自分がどのような経緯でこの世に生まれて来たか、つまり、自分の存在そのものが両親から切望されてこの世に生まれて来たかどうかを、わずか十一歳の少女が真剣に考えなければならないのというのは、ずいぶん残酷な話である。誰しも自分という存在が、両親に心の底から望まれて生まれて来た存在であることを強く願う。しかしアナは、白血病の姉を助けるために生まれた。残酷な言い方をすれば、姉が白血病でなければ、アナは生まれなかったかもしれない。両親の愛情は、自分よりも先に生まれた姉に対して常に注がれているのであり、例え姉を助けるために自分が痛い思いをして検査や手術を繰り返したとしても、自分のために両親が胸を痛めてくれるわけではない。すなわち、自分は両親に愛されてはいない。そんな辛いことがあるだろうか。

 アナがこの訴えを起こしたとき、本作は、アナと両親との激しい戦いへと発展して行くのだろうかと思った。ところが、そうはならなかった。何故なら、アナが訴えを起こしたのは、別の理由があったからだ。そのため、全体を通して、家族の絆がクローズアップされた作品となっている。ただ、その中で、母親だけがいつまでも現状を受け入れられない存在として描かれている。

 アナが姉のために計画的にこの世に送り出されたという悩みを抱える一方で、姉は姉で、自分が家族から常にエネルギーを奪い続ける存在として自分自身をいつも卑下していたのではないだろうか。確かに、両親の愛情ははっきりと感じられるかもしれない。しかし、その愛情は、自分自身が白血病という難病を抱えているからこそ惜しみなく注がれているのであって、そうではない健康な自分がこの世に存在したとして、果たして両親は今のように自分を確実に愛してくれるのだろうかという不安がいつも付きまとっていたのではないだろうか。

 そう考えると、果たして愛とは何なのかということについて、深く考えたくなる。私たちは愛について考えるとき、その対象を自分なりに愛することによって、他に犠牲になる存在があるかどうかを見極めようとする。もしも犠牲になる存在があるのだとしたら、おそらく愛の方向性を間違えているのだ。とは言え、たいていの場合、そのとき犠牲になった存在もまた、のちに大きな学びを体験させられたことに気付いて行く。しかし、そこに辿り着くまでには、被害者意識を感じたり、反発したり、挫折したりもする。今回のようなケースの場合、果たして家族は最初からどのような選択をすれば良かったのだろうか。

 それは、物語の後半に少しずつ描かれて行く。大切なのは、現実から逃避することではなく、現実の問題をしっかりと受け止めることである。現実から逃避し続けると、周りの人たちをも同時にその問題に巻き込むことになる。本作の場合、アナが巻き込まれた犠牲者となっている。現実の問題をしっかりと受け止めることで、周りを巻き込むことなく、そのときに本当になすべきことがしっかりと見えて来るはずなのだ。

 ラストのあたりでは、劇場内ですすり泣きの声が聞こえていた。私も、トイレに行きたいという猛烈な欲求がなければ、もっともっと本作に没頭することができたはずだと思うと残念でならない。

 ちなみに、アナを演じている子役の女の子を、何かの作品で見掛けたと思っていたところ、映画『幸せの1ページ』で少女役を演じていたアビゲイル・ブレスリンだった。また、姉に愛情を注いだ母の役の女優さんも、「ええと、誰だっけ?」と思い起こしてみると、映画『ホリデイ』のキャメロン・ディアスだった。それから、白血病の姉を演じたソフィア・ヴァジリーヴァも、抗がん剤治療の副作用の影響で髪の毛の抜け落ちた少女を演じるために頭を剃るという体当たり演技を見せてくれた。

 シリアスな人間ドラマであるにもかかわらず、鑑賞したあとは、家族の強い絆だけが強く印象に残っていた。それは、このこの物語が単に美しい物語だけに留まらないからだと思う。母を始めとして、姉を生かすために命がけの試行錯誤を繰り返しながら、ようやく現実を受け入れられるようになったことが、家族の絆の強さを更に強調していることは間違いないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こういう、最後の結論をごまかさない作品はいいですね。すべてのアメリカ映画がこのような結論を迎えるのであれば、もっとたくさんのアメリカ映画を鑑賞してもいいかなと思います。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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