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2009年12月

2009.12.31

ホットヨガ(一七二回目)

映画『Disney'sクリスマス・キャロル』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「クリスマス・キャロル」もクリスマスの歌のことではありますが、「クリスマス・ソング」とは違うのだそうですね。「クリスマス・ソング」が単なるクリスマスの歌だとすると、「クリスマス・キャロル」は、イエス・キリストの生誕に関した宗教的な意味合いを持っている歌のことだそうです。

 十二月の最終土曜日は、久し振りに三宮店でホットヨガのレッスンを受けた。最近は、大阪や京都の支店でレッスンを受けることが多かったのだが、今回はレッスンのあと、三宮から二つ先の神戸で予定が入っていたので、少し早めに三宮店に予約を入れておいたのだ。神戸店が閉店してしまってからというもの、週末のレッスンの予約がなかなか取りにくかった三宮店だが、少し早めに予定を立てることで、レッスンの予約が取れることがわかった。

 久し振りに三宮店の受付に顔を出すのは、何となく気恥ずかしかった。何しろ私は、神戸店が閉店してしまってからというもの、三宮店には一度しか足を運んでいないように思える。一体どんな顔でスタッフにごあいさつをすれば良いのだろうと思いながら入口の扉を開けると、店長さんをはじめとする三人のスタッフが迎えてくださった。店長さんは、かつて神戸店の店長さんだった方である。久し振りにお目に掛かったところ、以前よりもずっとスリムになられていた。

 久し振りの三宮店のレッスンだというのに、行きのJR線が遅れていて、三宮店に着いたときには既にレッスンの開始時間を一分ほど過ぎていた。何でも、踏み切りの遮断棒が折れていたらしい。そのため、どの列車も徐行運転を心掛けていたようだ。

 急いで着替えを済ませてスタジオに入ってみると、以前から良くお話をさせていただいているインストラクターが担当してくださるレッスンだとわかった。インストラクターに久し振りのごあいさつをしたい気持ちを抑え、空いているヨガマットに駆け寄り、準備を整えた。今回参加したのは、六十分の脂肪燃焼コースである。スタジオに入ってみて驚いたのだが、レッスンに参加されている方たちの人数をまともに数えられないくらいびっしりとスペースが埋まっていた。人数を数え始めると、目が回りそうだったのだ。次第に余裕が出て来て、やっとのことで数え終わると、参加者の数は何と、私を入れて二十四名だった。これほどの盛況ぶりでは、なかなかレッスンの予約が取れないはずである。

 脂肪燃焼コースのレッスンで最もきついのは、両腕をピンと伸ばした上で、ブロックを肩の高さまで持ち上げて身体を左右にねじるポーズだ。ブロックと言っても、発泡スチロールの軽いブロックである。その軽いブロックを、両腕をピンと伸ばして持つだけでもかなりのエネルギーを消耗するのだ。

 反対に、気持ちがいいのは、仰向けに寝転がり、片足だけカエルのように外側に折り曲げて開き、折り曲げた足とは反対方向に顔を向けるポーズだ。おそらくこれは、骨盤の歪みを矯正するポーズだと思う。骨盤が歪んでいる私は、このポーズがとてもぎこちないのだが、他の人たちには見た目も美しいポーズとなっている。私も骨盤の歪みを矯正して、他の人たちのように美しいポーズで決めたいものだ。

 レッスンを終えてスタジオを出るとき、インストラクターに久し振りのごあいさつをした。その後、シャワールームに雪崩れ込んだのだが、シャワーの数はたくさんあるはずなのに、どういうわけか、多くの人たちがシャワー待ちの列を作って並んでいた。どうやら、壊れて使用できないシャワールームがいくつもあるらしい。見ると、電気の点いていないシャワールームがいくつもあった。

 ようやく順番が回って来て、空いたシャワールームに駆け込んだのだが、おっちょこちょいの私は、またしても忘れ物をしてしまった。今度は、下着のショーツを忘れてしまった。これは困った。受付に行けば、おそらく使い捨ての下着を販売しているはずだが、下着を忘れたことを申し出るのは何となく恥ずかしい。そこで私は仕方なく、ショーツを履かずに直接ズボンを履いた。その後、何食わぬ顔で受付にロッカーの鍵を返しに行き、「良いお年をお迎えください」とごあいさつさせていただいたあと、歩いて数分のところにある百円ショップに足を運んだ。そこで一枚二百十円のショーツを買って、トイレで着替えることにしたのだが、ムートンブーツを履いている上に、ホットヨガの荷物をトイレの個室に持ち込んでいたので、着替えるのにかなり手間取ってしまった。それでも、このままショーツを履かずにウロウロすることを考えると、どうしても着替えずにはいられなかった。

 ようやくショーツを履き終え、ズボンもムートンブーツも履き直すと、トイレから出て、次なる目的地である神戸へと向かった。

今回のレッスンで着ていたTシャツ。ハヌマンのようでいて、ハヌマンではない?

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今年最後の記事は、ホットヨガの記事となりました。いつもはおよそ半日遅れで記事を書いていますが、今回はリアルタイムで書いています。今年も皆さんから、本当にたくさんのエネルギーをいただきました。来年の二月で「ガンまる日記」は丸六周年を迎えます。こうして毎日書き続けて来られたのも、「ガンまる日記」を熱心に読んでくださったり、また、応援してくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。皆さんもどうか良いお年をお迎えください。

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2009.12.30

映画『Disney'sクリスマス・キャロル』

仮面を外すの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今回の忘年会は、開始時間が早かったからでしょうか。二十時には一次会がお開きになっていました。それから一時間半掛けて帰宅したのですが、まだ眠くありませんでした。(笑)早い時間から飲み会が始まったおかげで、身体がずいぶん楽ちんでした。

 ご存知のように、私は普段から、アニメ映画をほとんど鑑賞しない。しかし、映画好きの友人と電話で話しているときに、本作の話題になった。「ロバート・ゼメキス監督の作品だよ」と友人が言うので、「そうか。じゃあ、ただのアニメじゃないんだな」と思い、十一月二十一日に鑑賞に踏み切ったのである。ロバート・ゼメキス監督というと、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズが最も有名だろうか。最近では、実写版の作品だけでなく、映画『ベオウルフ/呪われし勇者』などで、新しい分野における作品も手掛けていらっしゃる。

 『クリスマス・キャロル』というと、子供の頃に親が買ってくれた児童文学全集の中に収められていたので、大変馴染みの深い作品である。とは言え、その本をしっかり読んだかどうかははっきりと覚えていない。ただ、英語の教科書に本作の一部分が取り上げられていたので、ケチなスクルージが本作の主人公であることだけは知っていた。

 予告編が終わり、いよいよ本編が始まったとき、私はまず、その精密な映像に驚いた。な、何だ、これは? これが現代のアニメなのだろうか? 映画『ベオウルフ/呪われし勇者』では、登場人物の動きに今ひとつ現実味がなかったが、映画『ベオウルフ/呪われし勇者』よりもアニメに近い本作のほうがずっとリアルな動きをしている。スクルージのシワの一つ一つまで丁寧に描かれているように思えた。

 それに加え、アメリカ映画であるにもかかわらず、私の耳に心地良いイギリス英語が聞こえて来て、ああ、そう言えば、『クリスマス・キャロル』の舞台はロンドンだったことを思い出した。あとから知ったことだが、本作で登場人物たちの声を出しているおよそ半分の声優さんがイギリスのご出身だった。ちなみに、主人公のスクルージと三人の亡霊たちの声を演じていたのは、映画『イエスマン "YES"は人生のパスワード』のジム・キャリーである。彼はアメリカ人のはずだが、きれいなイギリス英語で発音していた。

 スクルージの前に、かつての共同経営者だったマーレイの亡霊が現れ、これから毎晩、過去の亡霊と現在の亡霊と未来の亡霊がそれぞれ現れ、スクルージの未来を変えると予言する。マーレイの言う通り、三人の亡霊が現れ、スクルージを時間旅行へと誘う。過去のスクルージを見る限り、スクルージは最初から今のようにお金の亡者ではなかった。しかし、彼を大きく変えた出来事を彼自身が受け入れて消化することにより、スクルージは人間的に大変身を遂げる。おそらく彼は、しばらく立ち止まっていただけだったのだ。そう考えると、スクルージの前に三人の亡霊が現れたことは、トラウマを解決するための退行催眠や心理セラピーにも匹敵する。

 仏教の国に住んでいる私たちからすると、クリスマスの日に仕事を休んだり、会う人たちすべてに「メリー・クリスマス」を言う習慣には、あまり馴染みがない。しかし、これがキリスト教を信仰する国における当たり前の光景なのだろうと推測する。私たち日本人は、キリスト教徒でなくても、「メリー・クリスマス」を気軽に口にしたり、また、友達同士で互いにクリスマスカードを贈り合ったりもする。しかし、キリスト教を信仰している人たちが口にする「メリー・クリスマス」はもっと身近で、何よりも「メリー・クリスマス」を発すること自体がうれしそうだった。そんな彼らの口にする「メリー・クリスマス」からは、クリスマスが一年の内で本当に特別な日であろう気持ちが伝わって来た。それほど特別な日に「メリー・クリスマス」を言わないスクルージが、他の人たちから見てどれほど付き合い難い存在だったかを、他の人たちが口にする「メリー・クリスマス」の重みからうかがい知ることができたように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 驚いたことに、ジム・キャリーは、一人で七人もの声の役を担当されていたようですね。まったく気付きませんでした。(苦笑)アメリカ人でイギリス英語を発音することのできる人というと、レニー・ゼルウィガーを思い出します。そう言えば、ジョニー・デップもアメリカ人ですが、イギリス英語で発音していますね。

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2009.12.29

仮面を外す

ハイスコアの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちなみに、TOEICの試験を受け始めてからは、百二十五点ほどスコアがアップしています。また、次回のTOEICの試験は、派遣会社の主催するIPテストを受けようと思っています。おそらく、一年後の同じ時期には、再び割引制度が適用されるはずなので、そのときは公開テストを受けようと思います。

 天皇誕生日の前日、職場の忘年会が開催された。もともと私を含めた派遣社員たちは、職場の主催する行事には参加しないことが多かった。私自身も、大人数でワイワイ飲むよりも、少数の人たちとじっくり語り合いたいタイプなので、これまで参加を見送り続けていた。おまけに、五時起き生活が始まってからの私は、夜はすぐに眠くなってしまうことから、平日に企画された派遣仲間たちとのお食事会への参加も泣く泣くお断りすることになってしまっていたほどだ。しかし、最初は十九時からと定められていた忘年会の開始時間が十八時開始に繰り上がったため、一時は参加を見送っていた他の派遣仲間たちも参加することになり、開始時間が早くなれば私も参加できるのではないかと、私を一緒に誘ってくれたのだ。

 仕事を終えたあと、派遣仲間たちと待ち合わせて忘年会の会場へと向かった。会場に着いてみると、座敷ではなく、まとまったエリアのテーブル席に案内された。しかも、忘年会シーズンの真っ只中で、人数分のまとまった席を確保することができなかったのか、六名だけは少し離れたところにあるカウンター席に座ることになってしまった。私は、まとまったテーブル席に埋もれてしまうよりも、六名だけのカウンター席を選ぶことにした。私の周りには、派遣仲間のほかに、筋腫仲間の女性社員さんが腰を降ろした。

 やはり、最初はビールで乾杯した。私はかなりお酒を飲めるほうだが、普段はほとんど飲まない。かつては自宅で晩酌をしていたこともあったのだが、筋腫を患ってからはほとんど晩酌をしなくなった。とは言え、先日、出掛けた北海道で、とても気分が良かったので、ガンモと一緒に旭川で晩御飯を食べたときに、ジョッキに二杯のビールを注文して飲んだばかりだ。

 私が飲み会の席で最も苦手なのは、他の人たちのために料理を小皿に取り分ける行為である。しかし、私の前に大皿の料理がドーンと置かれてしまうと、大皿の料理から遠い人たちのために料理を取り分けずにはいられない。そこで私は、こうした行為がとても苦手であることを宣言した上で、ぎこちない手つきで大皿の料理をそれぞれの小皿に取り分け、他の人たちに配った。私は、飲み会に参加している人たちの小皿に料理を取り分けることよりも、料理が盛られた大皿そのものを他の人たちに回すほうが好きである。そのほうが、自分の意志で料理を選んで食べることができるからだ。それぞれが、自分の食べたい分だけ、自分の手で小皿に取り分ければいいのではないかというのが、私の基本的な考えである。私はもともと、何にしても、人に何かをしてもらうのがあまり好きではないのかもしれない。だから、自分があまり好きではないことを、他の人に対して実践することに対し、抵抗を感じてしまうのだろう。

 ところで、私の職場はとても静かな職場なので、仕事中のおしゃべりが極端に少ない。誰かと本格的に話をしようと思えば、女子トイレで顔を合わせたときに会話を始めるくらいだ。筋腫仲間の女性社員さんとも、トイレが重要なコミュニケーションの場となっている。そのため、いつ他の人たちが入って来るかと思うと、なかなか深い話には発展しない。しかし、今回の飲み会では、一緒に参加した派遣仲間たちといろいろな話をすることができた。

 夫婦の話になり、私たちが結婚してからずっと二人で一つのシングルベッドに寝ていることを話すと、比較的新しい派遣仲間に、
「自分には有り得へん」
と断言されてしまった。彼女には、お付き合いをしている男性がいるそうだが、彼女の状況をここに書いてしまうと、私の書いた記事から彼女自身を特定できてしまうことになるので、割愛させていただくことにする。

 お酒が進むと、少しずつ席の移動が始まる。宴もたけなわになり、私の席の隣にやって来たのは、三年ほど親会社に出向されていたものの、この春、無事に親会社での勤務を終えて戻って来られた男性社員さんだった。実は先日、鏡よ鏡の記事に書いた親会社の担当者の吐いた暴言に対し、その男性社員さんが勇気をもって意見されたのだ。私は、親会社の担当者が書いたメールを読んで、思わずカチンと来てしまったので、カチンと来た部分だけを引用して、プロジェクトメンバ全員が読んでいるメーリングリスト上で一言意見しようかと思っていたくらいだ。そのことで現在の派遣先を首になってしまったとしても、もはや仕方がない。これ以上、親会社の担当者の暴言を野放しにしてはいけないとさえ思ったほどだ。しかし、その男性社員さんは冷静に、まずは親会社の担当者が書いて来た別のことを引用した上でその質問に丁寧に答え、最後に、私が読んでカチンと来た部分を引用し、「でも、以下の発言は余計なのでは?」という書き出しで、その発言に対するこちらの状況を冷静に説明されていた。

 そのメールを読んだとき、私は実にお見事だと思った。人に意見するときは、その人が書いている別の発言をもしっかりと受け止めた上で話を進めて行かないと、意見される側は、自分の書いた言葉が受け止められなかったことに腹を立てる。それが、言葉尻を追う戦いにまで発展することもあるのだ。しかし、単に指摘したい部分の引用だけでなく、自分の書いた文章のすべてが丁寧に引用され、それに対する回答も含まれているメールに対しては、親会社の担当者も認めるしかないようだった。親会社の担当者は、その次のメールで私たちに対する謝罪の言葉を述べて来た。その中には、自分の言葉がこれほど影響力を持っているとは思っていなかったと書かれていた。すなわち、プロジェクトメンバが彼の発言に呆れて何も反応を示さなかったことが、かえって仇になっていたのである。

 私は飲み会の席で、あのメールは実にお見事だったと、男性社員さんに率直な感想を述べた。それを聞いた男性社員さんは、照れ笑いをしていた。三年間に渡り、親会社での勤務を終えられ、男性社員さんは人間的にも大きく成長されたと思う。そんなことも話した。

 一方、男性社員さんのほうは、私が以前よりも大人しくなったとおっしゃった。男性社員さんが親会社に出向される前までの私は、いろいろな人たちに意見したりして、活発に発言していたが、今の私はすっかり大人しくなってしまっているのだそうだ。それに対し、私は、
「以前は○○さん(かつての上司で、今は出世されて、別のプロジェクトの面倒をみている)と喧嘩しながら仕事をしていましたが、最近は喧嘩相手もいないので、大人しく見えるんじゃないでしょうか」
と答えた。それは、裏を返せば、現在の上司とはなかなか喧嘩ができないという意味でもある。

 そんなことを話しているうちに、以前の上司もやって来て、話に加わった。以前の上司曰く、私とは喧嘩をしているつもりはなかったそうだ。以前の上司はとても頭の切れる人で、社内でその上司に逆らう人は、私の他にはほとんどいなかった。つまり、私だけがその上司に逆らっていたのだ。何故なら、あまりにも頭が切れ過ぎるために、部下の気持ちを充分に理解していないように感じられたからだ。以前の上司は、頭の回転が速過ぎるからか、人の話を聞かずに自分で勝手に結論付けてしまうところもあった。そのことを再び指摘すると、
「今は、そのへんは改善されてますよ」
と以前の上司が言ったので、大笑いした。やはり出世されると、自分を客観的に見るチャンスに恵まれるのだろうか。

 あれこれ話をしているうちに、忘年会はとうとうお開きになった。私はそのまま、以前の上司や他の人たちと一緒に電車に乗り、帰宅した。以前の上司とはプロジェクトが異なってしまったために、しばらく話をしていなかったのだが、これまでと変わりなく話をすることができた。私は、以前の上司に、現在の部長の存在がとても遠いという話をした。現在の部長が赴任されてから、既に二年半ほど経っているのだが、以前の部長とのような心温まる交流がほとんど持てていない。以前の部長は、派遣社員に対しても、コミュニケーションの口が開かれていた。例えば、私の筋腫に関しても、しばしば気に掛けてくださっていた。しかし、現在の部長は、存在自体がとても遠い。それは、私自身が派遣社員だからそう感じてしまうのかどうかを、以前の上司に確認してみたところ、社員さんから見ても、現在の上司は遠い存在なのだそうだ。

 これまで飲み会を見送り続けて来た私だったが、今回の飲み会でいろいろな人たちといろいろな話をすることが出来て本当に良かったと思う。大人数でワイワイ盛り上がる飲み会が苦手であることには変わりがないが、こうして少人数にスポットを当てていろいろな話を聞くことができるのはとても面白い。普段はほとんど話をする機会がなくても、本当は心の中でどのように思っているのかが、飲み会の席では良くわかる。とりわけ、職場という無機質な場所で何らかの不満を抱えているとき、みんなが念入りに仮面をかぶっている職場においては、他の人たちも自分と同じように感じているかどうかを確認する手立てがない。飲み会の席は、かぶっている仮面をそれぞれが外す場所だったのだ。もしかすると、「仮面を外す」行為が、いつの間にか「羽目を外す」と表現されるようになってしまったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに参加した飲み会ではありましたが、実りがありました。大多数の席で埋もれてしまうのではなく、六名だけの席を選んだことが成功に繋がったようです。みんなそれぞれ精神的に成長しているのを感じます。来年の春で、私が現在の職場に派遣されてから丸八年になります。雇用情勢が厳しい中で、いつまで働き続けられるかわかりませんが、私としては、現在の職場に技術者としての骨を埋めるつもりでいます。(笑)

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2009.12.28

ハイスコア

映画『ゼロの焦点』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m インターネットを徘徊していて、テレビドラマ化された松本清張さんの作品をまとめたサイトを見付けました。一九九〇年代だけでこれだけあるんですね。他の年代へのリンクをクリックしてみても、まだまだたくさんあります。作品の数の多さに、とにかく驚きです。そう言えば、本屋さんに行くと、松本清張さんの文庫本がずらりと並べられていたのを思い出します。書くことに喜びを見出していなければ、きっとここまでは書けないでしょうね。

 一週間ほど前の週末のことである。ガンモが、
先月のTOEICの結果が、月曜日にメールで送られて来るはずだから」
と言った。実力を出し切ることのできた先月のTOEICの試験の結果がようやく出るという。思えば、私はこの日をずっと心待ちにしていたのだ。

 いよいよ試験結果がメールで送られて来るという先週の月曜日、仕事を終えた私は、持ち歩いているノートパソコンを立ち上げて、電子メールをチェックした。以前ならば、個人所有のノートパソコンを職場に持ち込むことができたので、休憩時間にノートパソコンを立ち上げて電子メールをチェックすることができたのだが、現在は個人所有のノートパソコンを職場に持ち込むことは固く禁止されてしまっているので、職場から離れた場所でこっそり電子メールを開いた。

 はやる気持ちを抑えながら、TOEICの個人ページにアクセスしてみると、そこには先月受験したTOEICのスコアが表示されていた。あっ・・・・・・。何と、ハイスコアだった。ダントツというわけではないが、これまでのハイスコアをわずかに五ポイント上回っている。しかも、リスニングのスコアが伸びているではないか。とは言え、過去に今回と同じリスニングのスコアを獲得したこともあったのだが、そのときは今回のような確かな手ごたえは感じられなかったはずなので、超能力によるものだったかもしれない。

 今回の試験を受けた頃の私は、BBCをMP3化して毎日のように聴き込んでいた。しかも、耳から流れて来る英語がとても心地良くて、ほとんど中毒になるくらい、たくさんの英語を聞き込んでいた。毎日のように英語のシャワーを浴び続け、静かにリラックスしているときでさえも、頭の中で、音としての英語が流れ続けていたほどだった。今回のリスニングのスコアには、どうやらその効果が表れたようである。それに対し、リーディングのスコアは、相変わらずといったところだった。

 私はすぐにガンモに電話を掛けたが、ガンモは仕事がとても忙しく、電話にも出られない状態だった。私は早くこの感動をガンモに伝えたい気持ちでいっぱいで、半ばイライラしながら、ガンモの携帯電話にハイスコアが出たことを知らせるメールを送った。メールならば、仕事が落ち着いたときに読んでくれるだろうと思ったからだ。しかしガンモは仕事が忙しい上に、携帯電話の電波が届き難い場所で仕事をしていたため、私が送信したメールに目を通してはいなかったようだ。

 その後、自宅の最寄駅に着いたので、ガンモにもう一度、電話を掛けてみると、ようやく電話が繋がった。まだ忙しそうだったので、TOIECの結果が出ていること、ハイスコアを獲得したことを手短に話した。ガンモは、自分のスコアも、時間を見付けて確認してみると言った。

 私はガンモよりも先に帰宅し、日頃の睡眠不足を補うべく、ひと眠りした。ガンモが仕事から帰宅したのは、深夜のことだった。ガンモは、私がハイスコアを獲得したことをひどく気にしていて、
「何点だったの?」
と身体をすり寄せて尋ねて来た。私は眠い目をこすりながら、ノートパソコンを開いて、自分のスコアが表示されているページを見せた。ガンモは自分のスコアに、そろそろ私が追いついて来るのではないかと冷や冷やしていたらしい。私がハイスコアを獲得したと言っても、ガンモにはまだ百点以上も負けてしまっているのを確認して、ほっとしたようだ。とは言え、今回のスコアで言えば、ガンモとの差は百五点にまで縮まった。

 私は、
BBCをMP3化して毎日のように聴き込んでいたから、リスニングが伸びたんだよ」
と言った。するとガンモは負けじと、
「俺なんて、最近、リスニングは何にも勉強してないもんね」
と言う。ちなみに、ガンモは私よりもリスニングのスコアが三十点ほど高い。確かに、私が五時起き生活を始めてからというもの、ガンモが英語の勉強らしい勉強をしているところを見たことがない。かつては、夜、寝る前にニンテンドー DS Liteを使って、耳で聞いた英語を書き取るディクテーションなどのレッスンを行っていたのに、最近は、私が早く就寝したがるものだから、ガンモが自宅で英語を学習する時間がないのだ。ただ、通勤中にニンテンドー DS Liteを開いて時々勉強しているようだが、それも微々たるものである。

 私などは、調子に乗って、またしても英語の学習法のノウハウをインターネットで購入してしまった。いやはや、今度のノウハウは凄い。このノウハウなら、ガンモとの百五点の差を縮めるのも夢ではなさそうだ。このように、毎回、新しいノウハウに夢を馳せて来たが、ようやく素晴らしいノウハウを得ることができたので、他の人のノウハウをインターネットで購入するのも、これで終わりにしたいと思っている。ガンモとの戦いは、まだまだ続くのであった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m リーディングはなかなか伸びませんが、リスニングはすぐにスコアが伸びますね。BBCのインターネットラジオから収集したMP3ですが、意識を集中させて聴かなければ意味がないことがわかりました。ただ流しているだけで英語力が身に付くとうたっている英語教材の広告もありますが、それは嘘だと思います。

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2009.12.27

映画『ゼロの焦点』

相乗り(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私たちが北海道に出掛けたときは、まだそれほどでもありませんでしたが、この週末は、悪天候のため、北海道を発着する空の便が大幅に乱れていたようですね。年末年始の帰省で飛行機を利用される方たちも多いと思いと思いますが、どうか無事に故郷でお正月を過ごすことができますように。

 松本清張さんの小説『ゼロの焦点』が映画化されることを知り、正直言って、「何故、今更?」という気持ちが芽生えてしまった。というのも、松本清張さんの小説は、若い頃に良く観ていたテレビドラマ『土曜ワイド劇場』や『火曜サスペンス劇場』などでしばしばドラマ化されていたからだ。そのため、本作を鑑賞するにあたり、私の中では、わざわざ映画化しなくても、テレビドラマで十分なのではないかという気持ちもくすぶっていた。とは言え、テレビドラマと映画では、もともと制作費が大きく異なるはずだ。テレビで放映されるテレビドラマは、テレビのスイッチを点ければ誰でも無料で鑑賞することができる。一方、映画となると、その作品を鑑賞したいという意志を持った人たちが、わざわざお金を支払って劇場に鑑賞しに行くわけである。当然、後者のほうが、観客からの収入を見込んだ出費を行って製作するわけで、テレビドラマよりもスケールの大きい作品に仕上がるはずである。そんなことを思いながら、劇場で何度も目にしていた予告編につられて、思い切って十一月二十日に鑑賞することにしたのである。

 本作には、物語を展開させるための鍵を握る三人の女性たちが登場する。広末涼子ちゃん演じる地味な妻・鵜原禎子、中谷美紀ちゃん演じるてきぱきとした社長婦人・室田佐知子、そして木村多江ちゃん演じる佐知子の夫の会社の受付嬢・田沼久子である。

 鵜原憲一とお見合い結婚したばかりの禎子は、夫が出張から帰宅すると約束した日になっても帰宅しないため、不安な気持ちを抱えながら、夫の出張先である金沢に出向いて行く。憲一が行方不明になってしまってからというもの、禎子は、夫である憲一のことをほとんど何も知らなかったことに気付く。そんな手探りの状況の中、禎子は金沢で、二人の女性と出会うのだった。

 鑑賞してみると、ストーリーそのものはテレビドラマのイメージが抜け切らないものの、描写の細かさについては、テレビドラマよりもずっと勝っていたと思う。描写が細かい分、中身のたっぷりと詰まった作品であると言えるだろう。テレビドラマは、何としてでも放送時間内に収めなければならないという制約があるが、作り手が上映時間を予算の範囲内で決められる映画は、より細かい描写を実現できるのかもしれない。

 本作の背景となっていのは、これから女性たちが立ち上がり、男性たちと同等に並ぼうとしている第二次世界大戦後の時代である。今にも、女性政治家が誕生しようとしていて、佐知子はその応援活動を積極的に行っている。金銭的には何不自由なく暮らしているかのように見える佐知子だが、のちに禎子と関わるようになっても、禎子対し、本心を言っているのかどうか見極められないところがある。また、久子は久子で、あたかも複数の殺人事件の加害者であるかのように描かれている。

 物語の鍵を握る三人の女性たちの中で、どういうわけか、禎子だけが普通の人に見えてしまう。禎子が他の二人の女性たちと違っているのは、見えている部分が禎子そのものであるという点である。他の二人に関しては、見えていない部分にそれぞれの本質があり、物語が進行するにつれて、その本質が少しずつ明るみになって行く。つまり、三人の女性たちの物語の前半のイメージと後半のイメージを比較したとき、禎子だけは一貫して同じイメージを抱き続けるが、他の二人はイメージが逆転してしまうのだ。しかし、その逆転する部分が、他の二人の女性たちのミステリアスな魅力ともなっている。

 ちなみに、私はかつて、テレビドラマ化された『ゼロの焦点』を観ているはずだが、内容も結末もすっかり忘れてしまっていたので、迎えた結末がとても新鮮だった。私のように、かつてのテレビドラマを鑑賞してストーリーも結末も既に知っているという方も、この三人三様の女性たちの生き様を見守りながら、何十年振りかに本作を振り返ってみるのもいいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 劇場の大きなスクリーンで鑑賞したからでしょうか。やはり、テレビドラマとは違う手ごたえを感じました。こうして振り返ってみると、これほど緻密な物語を書くことのできる松本清張さんは偉大な作家なのですね。私は普段、ミステリー小説はほとんど読みませんが、こうしてたまに映画化された作品を観るのもいいかな、と思います。

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2009.12.26

相乗り(後編)

相乗り(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。見知らぬ者同士が会話を始めるときには、互いに相手を知ろうとする気持ちで開かれていますね。互いに、開かれたところに向けて話し掛ける、すなわち、受け皿があるところに向けて語り掛けるので、コミュニケーションが円滑に進むようです。しかし、知り合ってから時間が経ってしまうと、この受け皿が閉じられてしまうことがありますよね。見知らぬ人とのコミュニケーションがはずむと、受け皿を閉じてしまうことがコミュニケーションを円滑に進められない原因だとわかりますね。

 言うまでもなく、外は一面の雪景色だった。旭川に雪が降り始めたのは、私たちが旭川を訪れるほんの二、三日前のことだったらしい。南国育ちの私たちに冬の旭川らしさを見せるために、慌てて雪化粧をしてくれたのだろうか。

 タクシーは、雪道を軽快に走った。私たちの住んでいる地域では、雪が降るとタイヤにチェーンを巻くが、北海道の人たちは、雪が降ってもわざわざタイヤにチェーンを巻いたりはしない。靴同様、タイヤにも最初からすべり止めが施されているのだろう。旭川空港までの道のりを何度も何度も往復している運転手さんは言う。
「ときどき、道路脇に車が刺さってるんだよねー」
刺さっているとはつまり、雪でスリップした車が道路を外れて、それ以上、動けなくなってしまったことを指している。運転手さんは、あたかもそれが日常茶飯事であるかのような口調だったので、北海道では例えすべり止め加工されたタイヤを使用していたとしても、車が雪道をスリップするのは決して珍しくはないのだろう。

 タクシーが旭川駅を出発してから二十分ほど経った頃だろうか。運転手さんは、あと十分で空港に着くとおっしゃった。この先は、高速道路を走るのだと言う。私は、実際に高速道路があるのかと思ったのだが、実は空港の手前まで続くまっすぐな道を、運転手さんが高速道路と呼んでいるだけだということがわかった。同乗した女性もご自分で車を運転されるらしく、その高速道路のことを良くご存知だった。

 いよいよタクシーは、その高速道路に入った。確かに、どこまでも続いて行くかのようなまっすぐな道が伸びている。私は自動車の運転免許を持っているわけではないが、雪がなければ、きっとスピードを出したくもなるだろう。実際、雪がない時期に、この道を高速で走り抜ける人たちが多いので、高速道路と呼ばれているらしい。運転手さんは、気合を入れて、慎重にスピードを上げた。

 雪で覆われたまっすぐな高速道路を、タクシーが高速で走り抜けて行った。私は、雪が降っていなくても、高速で走る車に乗るのはあまり好きではない。しかし、このときばかりは、タクシーの運転手さんに対する絶大な信頼感があった。

 高速道路を走っているとき、気になっていたことをもう一つ、切り出してみた。映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』を鑑賞したとき、旭川市に女性市長さんが選任されたようなので、現在の市長さんも女性なのかどうか、尋ねてみたのだ。ところが、現在の旭川市長さんは四十一歳の若い男性の市長さんだと言う。その市長さんが一期目だとおっしゃるので、映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』に忠実であるならば、おそらく前市長が女性でなければならない。しかし、過去に女性が旭川市の市長さんに選任された形跡もなさそうだった。ということは、映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』は、映画用にある程度の脚色が施されていたのかもしれない。

 確かに、実際に旭山動物園を訪れてみると、映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』の描写と現実では異なる部分もあった。例えば、私たちが次なる宿泊先の無料送迎バスを待つことになった東門の手前にある長い階段を降りることで、あたかも旭山動物園の出口に向かっているかのように描写されていたが、実際は階段を降りるのではなく、昇ることで出口に向かうようになっている。退職の日に園長が旭山動物園を去って行くシーンでその階段を降りているのだが、階段を降りるということは、東門から旭山動物園の中に入ることになってしまうのだ。そうした描写と同様に、女性の旭川市長の誕生も映画の脚色だったようである。

 話をしているうちに、タクシーは旭川空港に到着した。旭川駅前を出発してから、およそ三十分程度で空港に到着したことになる。路線バスを利用していれば、四十五分は掛かったはずである。楽しい会話も付いて、十五分もの節約になった。

 私たちは最初の約束通り、一人五百七十円をタクシーの運転手さんに支払った。同乗した女性は、これからもタクシーを利用される機会があるので、タクシーの運転手さんから名刺をもらっていた。どうやら、私たちの分をもらってくださっていたようで、女性は、あとからその名刺の一枚を私に手渡してくださった。見ると、運転手さんの携帯番号が書かれていた。

 女性が利用することになっている中部国際空港行きの飛行機の離陸まで、もうあまり時間がないと思ったので、女性とは互いに名乗り合うこともなく、そこで分かれた。しかし、中部国際空港行きの飛行機が遅れていたようで、その後、空港内の売店で女性と再会したところ、
「これ、富良野の牛乳プリンです。とってもおいしいので、よろしければ飛行機に乗る前にお二人で召し上がってください」
と言われ、お土産をいただいてしまった。何と、タクシーで相乗りしただけの私たちに、わざわざ北海道のお土産をくださったのだ。私は、予想外の展開に驚いたが、せっかくのご厚意を無駄にしてはいけないと思い、ありがたく頂戴した。中を開けてみると、ふらの牛乳プリンのほかに、六花亭のお菓子まで入っていた。再びお会いできるかどうかもわからないのに、ここまでの気遣いをしてくださるとは、本当にありがたいことである。

ふらの牛乳プリン

六花店のお菓子

 寒波の影響なのか、私たちが利用する大阪・伊丹空港行きの飛行機もまた遅れていた。そのため、私たちは旭川空港で長い時間を過ごした。女性にいただいたふらの牛乳プリンを冷たいうちにいただいたところ、とてもおいしかった。筋腫があるため、乳製品は極力控えたいところだったが、そんな決意のために失うものが多過ぎてもいけないのだ。

 旅行を楽しむ人にとって、最も思い出に残るのは、地元の人たちとの直接的な触れ合いであるように思う。旅行者は、そこにずっと住んでいる人たちと触れ合うことにより、その地域の仲間に一瞬でも加わったような気分を味わうことができるのだ。おそらく、あちらこちらへの旅を重ねて来られた女性もまた、そのことを身をもって体験されて来たのではないだろうか。二泊三日の旅行で、最後にとても貴重なプレゼントをくれたタクシーの運転手さんと、同乗した女性にお礼を言いたい。かけがえのない、素敵な時間をどうもありがとう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回のように、タクシーの運転手さんが複数の乗客に相乗りを勧めるのは違法のようですね。しかし、もしも私たちがそのルールを重視して相乗りを拒否すれば、このような素晴らしい体験はできなかったのです。あまり羽目を外し過ぎるのも考えものですが、自分の責任の及ぶ範囲でちょっとした冒険をしてみることで、新しい発見があることな間違いないようですね。気付きとは、常に何かを越えて行くことで訪れているような気がします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.25

相乗り(前編)

映画『天使の恋』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。物語の中で、光輝の従妹の女性が理央にライバル視された状態で登場するのですが、実際に光輝の従妹の女性に会ってもいないのに、理央から話を聞いていただけで、理央の友達が光輝の従妹の女性だと見破ったシーンがあり、大笑いしてしまいました。女子高生の友情が的確に描かれたシーンだと思いました。

 旭川空港行きのバスは、旭川に着いた翌日に利用した旭山動物園行きのバスのすぐ隣のバス停から発着していた。バス停には、私たちの他に女性が一人、旭川空港行きの路線バスを待っていた。

 路線バスの発車時刻が目前に迫り、そろそろ路線バスがやって来てもいい時間になったので、バス停に入って来る車に注目していると、一台のタクシーがすーっとバス停に現れた。そして、タクシーの窓から運転手さんが顔をのぞかせて、
「空港に行くんでしょ? バス代と同じ一人五百七十円でいいから、三人で乗って行かない?」
と、旭川空港行きの路線バスを待っている私たち三人に向かって語り掛けた。何でもタクシーの運転手さんは、これから旭川空港まで利用客のお迎えに行くらしく、旭川空港までタクシーを空で走らせるのはもったいないので、空港行きの路線バスを待っている人を拾って行こうと思ったらしい。

 私が躊躇していると、私の後ろに並んでいた女性が、
「一緒に乗って行きませんか?」
と誘ってくださったので、私たちは恥ずかしながら、見知らぬ方とタクシーを相乗りすることになった。ガンモが前方の助手席に座り、女性と私が二人で後部座席に腰を降ろした。

 最初は何となくぎこちない感じだったのだが、女性がタクシーの運転手さんに、
「バスだと、ギリギリの時間だったので、声を掛けていただいて助かりました」
とおっしゃったことで、会話が流れ始めた。女性の年齢は三十代半ばといったところだろうか。旭川市にお住まいだとかで、これから中部国際空港に向けて飛び立つのだという。とは言え、本来の目的地は中部地方ではなく、京都なのだとか。私は、
「お仕事ですか?」
と尋ねてみた。すると、女性は、
「いえ、まったくのプライベートなんです」
と答えた。

 聞くところによると、女性は一人旅が好きで、週末を利用しては、しばしば一人で一泊旅行に出掛けているという。しかも、その回数が周りの人たちも呆れるほどの頻度だとか。
「ひょっとして、遠距離恋愛をされているとか」
と私が突っ込むと、女性は、
「それが違うんです」
とおっしゃった。

 関西地方に出掛けて行くのに、これまでしばしば利用していた関西国際空港行きの便が廃止されてしまい、仕方なく中部国際空港行きの飛行機を利用されるのだと言う。名古屋に着いてからは、新幹線で京都まで移動されるらしい。私が、兵庫県から来たことを告げると、
「お正月に一度、城崎温泉に泊まったことがあります」
と話してくださった。北海道には、城崎温泉のような温泉街を持つ温泉がないらしく、とても気に入られたそうだ。ただ、女性の一人旅だと、宿泊をお断りされることも多いので、宿を押さえるのに苦労されているとか。運転手さんがそこで突っ込みを入れ、
「女性一人だと、自殺するんじゃないかって思われるからねー。やけにサービスがいいなと思ったら、自殺しないように監視してるだけだったりしてね」
などとおっしゃった。

 一人旅が好きというと、何だか他の人たちとのコミュニケーションが取れにくくて気むずかしいイメージを抱いてしまうかもしれないが、女性と話をしていると、とても上品な上に社交的で、好感が持てた。例えば、同じく旭川市在住の運転手さんと地元の話をされるとき、その話が私たちに通じていないことを気遣って、わざわざ内容を補足してくださることが何度もあった。女性の細やかな心遣いのおかげで、私たちは地元の話からも取り残されることなく、楽しい時間を過ごすことができた。

 場も和んで来たので、私は思い切って、気になっていたことを聞いてみた。
「あの、北海道の人たちが履いている靴は、雪道でも転ばないようになっているんでしょうか?」
すると、
「そうなんです。実は、北海道で売られている冬の靴の靴底には、最初から滑り止めが入っているんです」
と、北海道の靴の秘密を教えてくださった。タクシーが停車しているときに、運転手さんが靴底を少しだけ見せてくださったのだが、確かに何やら滑り止めのようなものが施されていた。しかも、北海道の冬の靴には、最初から防水加工が施されているのだという。だから、冬の靴を買うときは、北海道で買ったほうが丈夫でいいそうだ。私は、これまで不思議に思っていたことへの的確な答えを得ることができて、とてもすっきりした。ということは、旭川市内の雪道でムートンブーツを履いて普通に歩いていた女性も、北海道仕様の靴だったかもしれないのだ。その姿を見て、北海道の雪道もムートンブーツで大丈夫だと勘違いしてはいけなかったのだ。

 調子に乗って、もう一つ、気になることがあったので、発言してみた。
「北海道は、外はとても寒いですが、暖房の設定温度が高いですよね。私たちからすると、逆に暑いくらいなんです」
すると、女性は、
「そうなんですよ。無駄に暑いんですよね。暖房で部屋を思い切り温めて、半袖で過ごしたりしますしね」
と答えてくださった。運転手さんも、
「あったかい部屋で、アイスクリームを食べたりするのが快感なんだよねー」
とおっしゃった。確かに私たちも、そのような現場を目撃した。今回の旅行の初日に苫小牧で途中下車して昼食をとったとき、レストランの中は、利用後もコートを着たくなくなるほど暖房で温められいた。地元の人たちは、暖房の効いたそのレストランで、アイスコーヒーを注文していた。その様子を見守っていたガンモは、
「冬なのにアイスコーヒーを注文してる」
と驚いていた。客観的に見ると、エコが叫ばれる中で、北海道の暖房は温め過ぎだと思われても仕方がないのかもしれない。それでも、確かに外は他の地域よりも寒い。だからこそ、部屋を暖かくするのは、そんな寒い地域で一生懸命生活している人たちへのご褒美のようなものなのかもしれない。そうすることで、それほど寒くない地域に住む人たちとのバランスが保たれているようにも思えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、自分の映画鑑賞の回数と照らし合わせて、その女性が周りから呆れられるほど頻繁に一人旅に出掛けて行く気持ちが理解できると思いました。一つは、メリハリなのでしょうね。その女性は、普段は仕事をバリバリ頑張っていらっしゃるようでした。旅を一つの目標にして、その目標まではひたすら仕事を頑張っていらっしゃるのでしょう。もう一つは、一人旅に出掛けて行く回数がハイペースなだけに、他の人がそのハイペースに合わせられないというのもあるでしょう。とは言え、おそらく自分の中で既にペースが出来上がってしまえば、誰かに合わせてペースを崩すということもしたくなくなるでしょう。でも、一人で行動するからと言って、決して誰とも繋がっていないわけではないのですね。好きなことを一人でこなしながらも、ちゃんと社会との繋がりも大切にしている、そんな彼女に好感を持ちました。

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2009.12.24

映画『天使の恋』

層雲峡温泉(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さん、メリークリスマスです。外はとても寒いですが、どうか暖かいクリスマスをお過ごしください。今回の層雲峡温泉は、露天風呂から雪景色を眺めた程度で、ほとんど外の自然に触れることなく、室内で過ごすことになりました。また違う季節に訪れれてみれば、新たな発見があるのでしょうね。そのときが楽しみです。

 本作を鑑賞したのは、十一月十四日のことである。ふと恋愛映画が観たくなり、たまたま上映されていた本作を鑑賞するために劇場に足を運んだところ、予備知識もなく鑑賞した作品の割にはどっぷりと浸かってしまった。あとから知ったことだが、本作は、高アクセス数を誇る携帯小説が映画化されたものらしい。なるほど、鑑賞されている方たちの年齢層がいつもよりも低かったのは、主人公が女子高生であることのほかにも、携帯小説を好む世代であることも加わっていたのかもしれない。

 美しく、カリスマ性のある女子高生・理央(りお)は、過去に何らかのトラウマを背負ったことがきっかけになり、人を信用することができなくなってしまう。それからは、意識的に人を利用するようになり、自分にとってメリットのある人たちばかりと付き合うようになっていた。小遣いを稼ぐために援助交際をすることも苦ではなく、そのカリスマ性に惹かれて集まって来る女友達にも恵まれていた。そんな日々を過ごしていた理央が、ある日突然、三十代の寡黙な大学講師・光輝と出会い、恋に落ちてしまう。理央が陽なら、光輝は明らかに陰。自分とはまるで正反対の寡黙な光輝にどんどん惹かれてしまった理央は、これまでの生き方を改め、光輝に対してさかんにアプローチを繰り返す。そして、いつしか光輝も理央に対して心を開くようになる。

 男女が運命的な出会いを果たすと、これまで閉じていたものが開かれ、互いに相手を大きく変えて行く。二人が関わり合うことにより、化学反応が起こるのだ。これまでの生き方を改めた理央と、重い病のために第三者を受け入れることなく、心を頑なにして生きて来た光輝が、自分の領域に理央を受け入れるようになった。二人が運命的な恋に落ちる前と後の変化が的確に描かれている作品だと言える。

 二人の、愛に対する考え方の違いの描写もいい。どこまでも真っ直ぐに突き進もうとする理央と、理央を愛すればこそ、事実を知らせて悲しませたくないと思う光輝。第三者からすれば、理央は光輝に見捨てられてしまったと判断してもおかしくない状況の中で、理央は自分の進むべき道を見出して行く。それは、理央がこの恋を、自分をここまで変えてくれた正真正銘の運命の恋であり、絶対に手放してはいけない恋だとわかっていたからだ。

 理央が若いだけに、素直でまっすぐでひたむきで、そして失敗をも恐れずに突き進む姿に好印象を抱かずにはいられない。決して若さが空回りすることなく、理央を取り巻く環境とも絡めながら、物語は進行して行く。

 ラストは、とても切ない気持ちにさせられた。いったん築き上げたものを崩し、新たに始めなければならない選択。それでも、愛する人が生きていることのほうが大切なのだ。ラストを観たとき、何年か前に鑑賞したオドレイ・トトゥ主演の映画『ロング・エンゲージメント』を思い出した。

 本当の恋とは、関わることによって、互いを人間的に大きく成長させてくれる恋ではないだろうか。自分にとってメリットのある人たちとばかり付き合い、援助交際を繰り返しながら小遣い稼ぎをしていた理央が、ここまで真剣に一人の男性を愛し続けたことは、人間的な大きな成長に値する。一方、自分を開くということが実現できていなかった光輝もまた、理央のひたむきな愛によって、これまで拒んでいた第三者を受け入れるようになった。これほど大きな化学反応の起こった恋だからこそ、絶対に手放したくないと思えたのかもしれない。

 ところで、私は個人的に、光輝を演じていた谷原章介くんがとても気になった。彼はそれなりに芸暦も長いようだが、私が普段からテレビを見ない上に、これまで彼が出演した映画作品も鑑賞していなかったので、本作で初めて彼の存在を知ったわけである。今回、彼が演じていた光輝のような男性は、もしかすると私の理想の男性像に最も近いのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一見、若者向けの作品のようではあるのですが、やはり、高アクセス数を誇る携帯小説だけありますね。理央を取り巻く人たちとの関係性をも複雑に絡めながら、ここまで描写できるのですから、さすがです。やはり、多くの人たちに好まれる作品というのは、人を切ない気持ちにさせるだけの理由がちゃんとあるのですね。私も見習いたいものです。

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2009.12.23

層雲峡温泉(後編)

層雲峡温泉(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。到着した直後は、これほど規模の大きいリゾートホテルが、今の時代に残っていることが不思議だったのですが、実際にサービスを受けてみると納得しました。一度訪れた人たちが、また訪れたくなるホテルなんですね。私が自信を持ってお勧めするホテルです。(笑)

 十八時半になったので、ガンモと一緒にレストランのある二階に降りて行くと、そこはたくさんの利用客で賑わっていた。多くの人たちが、私たちよりも三十分早い十八時から夕食をとっていたようである。広いレストランだったが、ほとんどのテーブルが既に埋まってしまっていたため、私たちは入口付近の端っこの席に案内された。バイキング形式なので、欲しい料理を取り皿に盛って席に戻ってみると、私たちのテーブルの上には蟹の盛られた大皿が用意されていた。そう、今回の宿泊プランは、ずわい蟹とたらば蟹、それから毛蟹の三大蟹の食べ放題プランを指定していたのだ。

 せっかく蟹が食べ放題になるので、通常のバイキング料理はできるだけ控えめにして、とにかくたくさんの蟹を食べようということになった。蟹というと、毎年のように城崎温泉に出掛けて、温かい蟹料理を食べている私たちだったが、この冬はこうして北の地で蟹の食べ放題コースにありつけるため、城崎温泉に足を運ばなくても満足できるのではないかと思っていた。ところが、蟹の食べ放題コースで出て来た蟹は冷凍の蟹で実も細く、しかも冷たかった。そのため、せっかく蟹の食べ放題コースだというのに、なかなかテンションが上がらなかった。とは言え、蟹の食べ放題コースは、通常のバイキングコースの夕食に一人二千円プラスするだけだったなので、良しとしよう。私たちは、
「やはり城崎温泉で、とれたての温かい蟹を食べよう」
ということで互いに意見が一致し、食べ放題の蟹をもう一皿だけお替わりした。

 私たちが夕食をとっていると、礼儀正しいスタッフが私たちのテーブルにやって来て、二十時半から行われるビンゴ大会の案内をしてくださった。一人五百円でビンゴカードを購入できるというので、ガンモと一緒に参加することにした。ゆっくりと夕食をとったあと、ビンゴ大会が行われる一階まで降りて行き、広いお土産売り場でお土産を物色すると、間もなくビンゴ大会の開催される時間となった。

 ビンゴ大会に参加しているのは、ほとんどが小さな子供さんたちだったが、中にはご年配の方たちもいらっしゃった。最初のうち、ほとんど当たりの出なかったガンモだが、途中からグングン追い上げ、私よりも先にビンゴとなった。ガンモは、北海道のお土産のお菓子を景品に選んだ。一方、私はというと、それからしばらく苦戦したあと、ようやくビンゴとなった。もうほとんど景品が残っていなかったので、私はスティッチのバスタオルを景品に選んだ。私よりもあとにビンゴとなった人たちは、参加賞のマグカップを受け取っていた。

 大盛況のうちにビンゴ大会が終了し、私たちは部屋に戻った。ご飯を食べてからしばらく時間が経っていたので、ガンモは支度を整えて大浴場へと出掛けて行った。そして、お風呂に入って帰って来ると、ガンモは、
「ここの大浴場、気に入った! 木のお風呂だから」
と言った。私が大浴場を利用したとき、女性風呂は岩風呂仕様だったが、男性風呂は木のお風呂仕様だったようだ。早朝に、男性風呂と女性風呂が入れ替わるというので、私は早朝にもう一度、大浴場を利用しようと思った。

 さて、いよいよ就寝する時間になったものの、ガンモが寒いと言う。更年期障害の影響なのか、旭川市内を歩いていたときも、私はほとんど寒さを感じなかったが、ガンモは寒い、寒いと連発していた。私の場合、寒くても手が冷たくならないので、新千歳空港から旭川まで青春18きっぷで移動したときも、手袋もせず、待合室にも入らずに屋外で列車を待ち続けていた。しかし、ガンモは外の寒さに耐えられなかったようで、手袋をつけただけでは治まらず、暖房の効いた待合室に入って身体を温めていた。

 朝陽リゾートホテル にチェックインした直後、私たちの部屋は二十三度の温度設定で温められていた。私はそれでも少し温かいくらいだと思っていたのだが、寝るときにガンモが寒いと言って、二十五度に設定温度を上げた。しかし、私は夜中に暑さのために寝苦しくて目が覚めてしまい、ガンモに断わって元の設定温度の二十三度まで下げさせてもらった。そのあと、私は快適に眠ることができたのだが、ガンモは寒さのために震えていたらしい。

 さて、翌朝、少し早めに目を覚ました私は、朝食の前に地下一階の大浴場に降りて行き、朝風呂に入った。前日の夜に利用したのは岩風呂だったが、深夜のうちに男性風呂と女性風呂の入れ替えが行われ、ガンモの言う通り、女性風呂は木のお風呂に変わっていた。いつものように、カランで身体を軽く洗い流したあと、室内のお風呂に素早く浸かり、すぐに露天風呂に入った。露店風呂は、私の大好きな木の桶風呂で、大きな丸い桶風呂と大きな四角い桶風呂の二つのお風呂があった。私は、どちらかと言うと丸い桶風呂が好きなので、丸い桶風呂のほうを集中的に利用した。大浴場の利用者は他にもいらっしゃったものの、早朝だったせいか、私が露天風呂に入っているときに露天風呂に運ぶ利用客はいらっしゃらなかったので、贅沢にも私は露天風呂を占有していた。いつもは丸い桶風呂に入ると瞑想するのだが、この桶風呂は瞑想をするにはあまりにもサイズが大き過ぎて、意識が散らばってしまった。それでも、雪景色を見ながらゆったりと木の浴槽に浸かった。

 朝から温泉に入り、身体を温めたあとは、前日の夜とは違う二階のレストランで朝食バイキングをとった。私は普段、ブリージングストレッチの古久澤先生の提唱する酵素断食、すなわち朝食には果物と味噌汁のみとることを心掛けているが、旅行に出てしまえば、否応なく通常の朝食に戻ってしまう。私は、できる限り控えめに朝食をとった。

 朝食のあと、部屋に戻ってしばらくくつろいだあと、私たちは荷物をまとめてチェックアウトした。この先、大きな荷物を持って歩きたくはなかったので、二人の荷物を大きなバッグにまとめ、ホテルの売店から送った。そして、身軽になった私たちは、行きと同様、ホテルの前で待機している無料送迎バスに乗り込んだ。やはり、他の宿泊地から乗り込んだ人たちがたくさんいらっしゃった。行きと違っていたのは、雪がたくさん降っていたことだ。やがて、ホテルの人たちに見送られながら無料送迎バスが出発すると、およそ一時間余りで旭山動物園に到着した。土曜日だったが、この雪の中、広い動物園を歩き回るのは大変だろう。折しも、ペンギンのお散歩が始まったことと言い、天候と言い、今回の旅行で私たちはとても恵まれていたことに感謝した。

 およそ一時間半ほどで旭川駅前に着くと、やはり旭川駅前も雪がたくさん降っていた。私たちは、ほんの少しショッピングを楽しんでから昼食をとり、旭川空港行きの路線バスを待った。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、層雲峡温泉をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、冬の北海道がとても気に入りました。もともと私は、夏の冷房はとても苦手ではありますが、自然の寒さは苦手ではなく、むしろ暖かくして外を歩き回るのは好きなほうなのです。冬の北海道は、氷点下の気温であっても、風もなく、それほど寒さは感じないので、早くも、また訪れたい気持ちでいっぱいです。(笑)

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2009.12.22

層雲峡温泉(前編)

映画『パイレーツ・ロック 』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 暮れのお忙しい時期に「ガンまる日記」にアクセスしてくださり、感謝致します。評価の高い作品ではあったのですが、あまり多くの人たちに鑑賞されている作品ではないかもしれませんね。同じ監督作品でも、個人的には、映画『ラブ・アクチュアリー』のほうが好みです。(苦笑)

 旭山動物園を堪能した私たちを、十五時に東門で待ってくれていたのは、その次に宿泊することになっていた層雲峡(そううんきょう)温泉にある朝陽リゾートホテルの無料送迎バスだった。朝陽リゾートホテルは、札幌駅前や旭川駅前、それから旭山動物園東門で宿泊客を拾ったり降ろしたりしてくれているのだ。無料送迎バスと聞いて、小さなワゴン車くらいの気持ちでいたのだが、驚いたことに、案内された無料送迎バスは、本格的な観光バスだった。平日であるにもかかわらず、多くの宿泊客がこのホテルを利用しているようだった。

 無料送迎バスに乗り込んでからおよそ一時間十分で、目的の朝陽リゾートホテルに到着した。無料送迎バスを降りてみると、白い雪に囲まれて大きな建物がずっしりと構えていた。おそらく、バブル期に建てられたであろうその大きなホテルが、厳しいバブルの時期を乗り越え、そして、今の不況の時期をも乗り越えようとしているところにいたく感動した。私たちの他にも数組の人たちが無料送迎バスを降りたので、私はチェックインを済ませるためにフロント係の人の手が空くのをしばらく待たなければならなかった。

 フロントのスタッフも大変礼儀正しく、親切で、とても気持ちの良いホテルだと感じた。そして、部屋に入ってみて更に驚いた。そこは、くつろぐスペースには畳の上にちゃぶ台や座椅子があるのだが、寝具はベッドという和洋折衷の部屋だった。私は一目でこの部屋が気に入り、ガンモに、
「私はここに住むよ」
と宣言した。今回は一泊のみの予定だったのだが、そのあともずっとここに滞在したいとさえ思ったほどだ。若い頃、長野県のリゾート地で住み込みのアルバイトをしていたが、まさしくそんな仕事さえもこなしてここに居座る覚悟が私の中に生まれてしまったくらい、すっかり気に入ってしまったのだ。

 ホテルにチェックインしたのが十六時過ぎで、夕食の時間を十八時半に指定しておいたので、それまでの間に私は地下一階にある大浴場に入ることにした。一方、ガンモはというと、仕事で使うノートパソコンを持ち込んでいたので、しばらく仕事をしてから、夕食のあとに大浴場に行くと言った。

 さて、支度を整えて地下一階に降りてみると、岩盤浴やフットマッサージ、アロマエステなどのサービスを提供しているスタッフが立っていて、優しく勧誘してくださった。何とも気持ちのいい勧誘だったが、私はやんわりとお断りした。

 女湯ののれんをくぐり、大浴場の脱衣場に足を踏み入れてみると、広い脱衣場にはたくさんの籠が並べられ、夕食前の利用客で賑わっていた。貴重品ボックスがあったので、私は部屋の鍵を貴重品ボックスに預け入れ、さっさと浴衣を脱ぐと、浴室に滑り込んだ。

 浴室には、仕切られたカランがいくつもあり、それぞれのカランにはシャンプーやリンス、ボディソープなどが備え付けられていた。私は備え付けのボディソープを使って身体を軽く洗い流し、髪も洗って、まずは室内のお風呂にゆったりと浸かった。ああ、気持ちがいい。白濁しているのは、湯の華のようだ。室内にはいくつかのお風呂があり、私は水風呂以外のすべてのお風呂に素早く浸かった。

 夕食までまだまだ時間があるというのに、何故、室内のお風呂に素早く浸かったかというと、できるだけ早いうちに室内のお風呂を制覇して、露天風呂に入りたかったからだ。私は、室内のお風呂である程度、身体を温めると、露天風呂に続く扉を開けた。

 扉を開けると、私の裸身は冷気にさらされた。氷点下の気温を示している場所で、すっぽんぽんの状態で歩くのは、気が引き締まる思いがする。このとき、女性風呂は岩風呂仕様だった。露天風呂にも二つの岩風呂があった。私は両方の岩風呂に交互に入った。雪景色を眺めながら入る岩風呂は最高だった。しかも、更年期障害が始まり掛けている私にとって、ほてりを感じる顔だけが氷点下の冷たい空気にさらされ、首から下は温かい湯船の中にあるというのは、最高の状態だった。私は、目の前に広がる雪景色を眺めながら、飽きもせずに何度も何度も二つの岩風呂に交互に身体を沈め、感慨にふけっていた。

 こうして一時間あまりをゆったりと大浴場で過ごしたあと、夕食の時間も迫って来たので、大満足のままお風呂を上がったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 雪景色の露天風呂は、ホットフラッシュの症状が出ている人には最高です。顔だけ冷やす方法をずっと模索していましたが、こんな方法もあるのですね。(笑)私はとにかくこのホテルが気に入り、部屋に帰ってからも絶賛し続けていたのは言うまでもありません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.21

映画『パイレーツ・ロック 』

冬の旭山動物園の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 勤務先へのお土産にと、旭山動物園でお菓子を買い、次なる目的地に宿泊したあと、旅行の大きな荷物とともに、購入したお土産も一緒に送りました。しかし、十九日の朝に発送をお願いしたにもかかわらず、到着は二十二日になると言われてしまいました。北海道から荷物を送る場合、通常よりもプラス一日だけでは足りないのですね。発送する荷物はパンパンに梱包してしまっていたので、もはやお土産だけを取り出すことはできず、仕方なく、帰りにもう一度、別のお土産を買いました。旭山動物園のロゴ入りのお土産は、いろいろなところで売られていたので助かりました。ところが、そのお土産を自宅に持ち帰ったところ、あろうことか、私の不注意でそのお土産を足で踏んでしまいました。踏んだときに、バリバリっと音がしたのですが、もしかすると、中には割れていないお菓子もあるかもしれないと思い、恐る恐る勤務先に持参してみたところ、箱を開けてみると一つ残らず割れてしまっていました。結局、新たに購入したお菓子は職場では配ることができず、しぶしぶ自宅に持ち帰りました。(苦笑)さて、冬の北海道旅行について綴っている最中ではありますが、今回は映画のレビューをお届けします。

 十一月一日の映画サービスデーに鑑賞した三本の映画のうち、三本目の作品のレビューを書かせていただくことにしよう。本作は、公開前から予告編を何度も目にして、公開を心待ちにしていた作品だった。

 一九六〇年代のイギリスにおいて、ラジオでロックを流す時間を政府が規制するようになり、人々は一日わずか四十五分しかラジオでロックを聞くことができなくなってしまっていた。そこで、ロック好きの有志たちが集まり、イギリスの法律が適用されない海域に浮かぶ船の上に、二十四時間ロックを流し続ける海賊ラジオ局を開局した。本作は、そんな船上の海賊ラジオ局を舞台としたコメディである。

 海賊ラジオ局でパーソナリティを務める人たちは、みんな個性的な人たちばかりである。そんな彼らに共通しているのは、とにかくセックスが大好きであるということだ。彼らの発信するラジオ放送は、彼らと同じようにロックが大好きな英国の若者たちから絶大な支持を得ている。みんな、ラジオを通してロックを聴きたくてたまらないのだ。若者たちから絶大な支持を得ているのをいいことに、海賊ラジオ局のパーソナリティたちは、週に一回、女性リスナーたちを船上に招いては、セックスを楽しんでいる。コメディ映画でなければ受け入れ難い状況が、船の上では繰り広げられていたのである。愛情ベースのセックスならまだしも、相手が異性であれば誰でもいいというスポーツ感覚のセックスは、例え映画といえども私には受け入れ難かった。この描写さえなければ、とても個性的で愉快な映画だったのにと思うと、少し残念である。

 素行が悪いために高校を退学させられたカールは、更生のため、船のオーナーと交流のある母の勧めでこの船にやって来る。新入りの若いカールを一人前にしようと、船の先住民たちはカールにセックスの手ほどきをしたりもする。セックス好きのパーソナリティたちがたくさん乗り込んでいるこの船で生活を続けることが、果たしてカールの更生に役立ったかどうかはわからないが、とにかくカールはこの船の上で特別な体験をすることになる。

 誰に何と言われようが、とにかくロックが大好きという人たちばかりが集まった船の上で、カールの実の父が同船しているかもしれないことがわかったり、ちょっぴり冴えないパーソナリティが美女と結婚することになったりと、次々に繰り広げられるはちゃめちゃ劇は、最後まで観客を惹き付けて離さない。船にトラブルが発生し、危うく沈み掛けてもなお、ラジオ放送を止めようとはしないパーソナリティもいる。何故なら、船はゆっくりと沈んで行くからだ。もう、命懸けでロックが大好きなのである。

 私もブリティッシュロックは好きだが、世代が違うためか、あいにく本作の中で流れる一九六〇年代ロックにはあまり馴染みがなかった。一九七〇年代のプログレッシブ・ロックなら知っている曲もたくさんあったことだろう。とは言え、一九六〇年代のブリティッシュロックに詳しくなくても、楽しめる構成となっている。

 ロック好きの人たちを取り締まろうとして空回りしてしまうイギリス政府は、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで海賊たちに太刀打ちできないイギリス軍の頼りなさに相当するものがある。国なんか、当てにならない。時代を動かすほどのエネルギーを持っているのは、ロックを取り締まろうとする政府ではなく、ロックに対して情熱を注ぎ込んでいる人たちなのだ。これは、義務では決して人を動かせないことをも意味している。どんなときも、人を動かすのは情熱なのだ。また、沈みかけた船を救うのが、イギリス政府ではないことも実に興味深い結末ではないだろうか。コメディならではの選択である。

 本作をここまでユニークな作品に仕上げたのは、映画『ラブ・アクチュアリー』のリチャード・カーティス監督である。映画『ラブ・アクチュアリー』の軽快さが、今度はロックに傾いたという感じだろうか。いやはや、こんな海賊ラジオ局が実在したとは思えないが、鑑賞する人たちすべてに、この時代を生きた人たちがロックを大好きな気持ちがひしひしと伝わって来る作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画というと、あちらこちらのロケ地でいろいろなシーンが少しずつ撮影されるのが当たり前になっていますが、本作はほとんどすべてのシーンが船の上で撮影されています。それでも、決して観客を飽きさせない構成になっています。次から次へと舞台が贅沢に切り替わる作品だけが面白い作品ではないのですね。そこにいる人たちが織り成すドラマの中身が大切なのだと思います。

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2009.12.20

冬の旭山動物園

ペンギンが空をとぶの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m キングペンギンの茶色い雛には驚きました。身体の大きさは、大人のペンギンとそれほど変わらないんですね。生き物ではなく、まるでサンドイッチマンのようにもこもこしていました。(笑)

 この二日間、ペンギンの話題ですっかり盛り上がってしまったが、冬の旭山動物園におけるペンギン以外の動物たちの様子もお伝えしておこうと思う。まずは、あざらしをご紹介しよう。屋外の水槽では、あざらしが顔だけちょこんと出していた。まるで、私たちが温泉に浸かっているときのような、とても気持ちの良さそうな表情をしていた。また、室内の筒型水槽では、大きなあざらしがしばしばぬーっと浮かび上がって来ては、筒型水槽の周りにいる利用客を喜ばせていた。いつ筒型水槽を昇って来るのか、まったく予測のつかないあざらしの行動に、利用客は意外性を感じるようだった。筒型水槽は、ペンギン館にあったような大きなガラスで出来ていた。筒型水槽の反対側に立っている人の姿が横に拡大されて映るのも面白い。また、あざらしたちは動くものに反応するらしく、利用客らがあざらしの視線を狙ってジグザグに動かす手に対し、しっかりと追って反応していた。

 続いてご紹介するのは、ホッキョクグマである。ホッキョクグマは、俗にシロクマと呼ばれているようだが、シロクマという呼び名は正式名称ではないらしい。ホッキョクグマが正しい呼び名なのだそうだ。旭山動物園には、オスとメスのホッキョクグマがいて、水槽の中を元気に泳ぎ回っていた。これほど元気に動き回るホッキョクグマを見るのは初めてのことだった。暖かい時期に動物園に足を運ぶと、最もぐったりしているのがホッキョクグマだったからだ。しかし、彼らはペンギン同様、冬の北海道が良く似合う。

 来年の干支であるトラは、檻の中を落ち着きなく歩き回っていた。私のイメージでは、動物園のトラはいつもお腹を空かせてストレスを感じているように思えたが、冬の動物園でこれほど活動的に動き回っているトラを見たのも初めてのことだった。檻の前には、ガンのために安楽死させたオスのトラの喪中を意味する張り紙があった。

 ライオンは、吸い込むような目つきで私たちの立っている方向を見ていた。鉄板のようなところに腰を降ろして動かなかったので、もしかするとその鉄板は暖房で温められているのかもしれない。間近で見るライオンは、微調整のきかない大きな猫という感じだった。近くまで寄ったとき、ライオンが大きな声で吠えるのが聞こえて来た。これまで、テレビの効果音などではライオンの吠える声を耳にしたことがあったが、生で聞くのは初めてのことだった。ただ、一頭だけのオスのライオンを見ていると、どういうわけか、『オズの魔法使い』を思い出した。

 そして、冬の旭山動物園のパンフレットの表紙にも登場しているホッキョクギツネをご紹介しよう。キツネと名前の付く通り、確かにキツネの顔をしていた。漫画に出て来るキツネの顔にそっくりである。最初のうち、彼らは二匹とも奥のほうに引っ込んでいたのだが、ガンモがかぶっていた帽子を前後に揺らすと、興味を示して前に出て来た。しかも、私たちに対し、斜め目線の視線を送って来るではないか。ガンモは、
「こらっ、斜めからじゃなくて、まっすぐ見てみろ」
と呼び掛けていた。おそらく警戒心が強いために、私たちのほうをまっすぐ見てはくれないのだ。

 ホッキョクギツネのすぐ隣のエリアでは、尻尾の長いレッサーパンダも元気に動き回っていた。

 「オオカミの森」と名付けられたエリアには、白いオオカミと黒いオオカミがいた。旭山動物園には、野生動物を観察するための観察窓が設けられている。私たちが観察窓から顔をのぞかせると、観察窓のすぐ近くに黒いオオカミがいた。観察窓越しとは言え、これほど間近でオオカミを見られるとは驚きだった。

 「オオカミの森」を抜けると、そこには角の生えたエゾシカがいた。エゾシカもまた、寒い中、活動的に動き回っていた。

 とにかく私は、冬の旭山動物園を訪れて、ぐったりとして動かない動物たちではなく、寒い中でも元気に動き回っている動物たちばかりを目にして来た。これが、旭山動物園独特の行動展示と呼ばれる展示方法のもたらす効果なのだろうか。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、冬の旭山動物園をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 開園時間と同時に園内に足を踏み入れたというのに、次なる宿泊場所の送迎バスが十五時にやって来る時間までに、展示されているすべての動物たちを見て回ることができませんでした。園内はとても広かったので、元気なうちに東門まで歩いて、大きな荷物をコインロッカーに預けておいたのは正解でした。今回は冬でしたが、また別の季節に、旭山動物園を訪れてみたいと思っています。

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2009.12.19

ペンギンが空をとぶ

この冬、初のペンギンのお散歩の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。記事を書き上げたあと、推敲する時間が取れなかったため、お見苦しいところをお見せしてしまったかもしれません。申し訳ありませんでした。次に宿泊したホテルで、珍しくテレビを見ていたところ、旭山動物園でペンギンのお散歩が始まったとのニュースが全国版で流れていました。ベストショットをテレビカメラに収めようと、ペンギンたちの歩く先へと先回りして、まさしく私と同じように走り回っていたテレビ局のスタッフが撮影したであろうニュースだったので、思わず微笑んでしまいました。(笑)さて、この先の記事ですが、旅行の日程に関係なく、これまでの続きを書かせていただこうと思っています。ちなみに、これを書いている今は、既に冬の北海道旅行を終えて帰宅しています。

 ペンギンのお散歩が終わると、ペンギンたちはペンギン館へと帰って行った。私たちは、ペンギンたちの後を追うかのように、ペンギン館へと足を運んだ。一歩、足を踏み入れてみると、そこにはまるで別世界が広がっていた。ペンギンたちが泳ぐ水槽の中に、大きなガラスのトンネルが掘られているのだ。すなわち、水槽の中を泳ぎ回るペンギンたちを、ガラス越しに観察することができるようになっているのだ。

 しかし、お散歩から帰って来たばかりのペンギンは、まだ水槽の中を泳ぎ始めてはいなかった。私たちが水槽の下から見上げてみると、一羽のペンギンが地上の水際で躊躇しているではないか。「飛べ! 飛べ! お願いだから、水槽の中に入って来て!」私たちは水槽の下から切に願っていた。すると、バシャーンと勢い良くそのペンギンが水槽の中に飛び込んだではないか。やった! そのとき、私たちは確かに目撃した。ペンギンが空をとんでいるのを。映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』の中に登場した空をとぶペンギンは、確かに実在したのである。

 水槽の中に飛び込んだペンギンは、さも気持ち良さそうに空をとんでいた。私たちは飽きもせず、空をとぶペンギンにしばらく見入っていた。空とぶペンギンの勇姿を眺めた他の利用客からも、歓声が上がっていた。何億円も掛けて完成したこの設備は、間違いなくここを訪れる人たちを心から楽しませていた。

 最初のうち、空とぶペンギンは一羽だけだったのだが、やがて他のペンギンたちも一緒に空をとび始めた。水面近くを泳ぎまわるペンギンもいれば、水槽の奥深く沈み込むペンギンもいる。いずれにしても、空をとんでいるペンギンたちのお腹は白い。こうした設備でもなければ、泳いでいるペンギンの白いお腹が見られるような機会にはなかなか恵まれない。他の利用客たちが、空とぶペンギンたちの姿に満足して先へ先へと進む中で、私たちはずいぶん長いこと、このガラスのトンネルの中で過ごしていた。

 ようやく先へと進んでみると、ペンギン館には、ペンギンのお散歩に参加しなかったペンギンたちもいた。また、ペンギンのお散歩に参加していたキングペンギンの茶色い雛もいて、何気ない仕草の中にも強烈な存在感を感じ取った。

 ところで、映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』にも登場したが、旭川動物園の動物の展示方法は、「行動展示」と呼ばれている。すなわち、動物たちの習性を活かし、できるだけ野生に近い状態での展示を心掛けているのだそうだ。また、動物たちは、人間たちに見られたとしても、隠れる場所さえあれば、人間たちのところに寄って来る習性があるらしい。だからだろうか。旭山動物園の動物たちは、人間たちの動きをそれとなく観察しつつ、自分もまた人間たちに観察されていることを常に意識しているように思えた。そして、自分がどのように振る舞えば、私たち人間が大喜びするかを、すっかり読まれてしまっているような気さえしたのである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ペンギンが空をとぶをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 水族館などでは、水槽の下からガラス越しに魚たちを観察できる施設を見て来ましたが、泳ぐペンギンを水槽の下から眺められる施設は初めてでした。映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』の中にもありましたが、きっと、他の水族館からヒントを得たのでしょうね。私たちは水中では生きられませんが、このようにガラス越しであれば、ペンギンたちが水中を泳ぐのを心行くまで観察することができるんですね。

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2009.12.18

この冬、初のペンギンのお散歩

転ばぬ先のすべり止めラバーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。旭川駅前から宿泊したホテルまで、大きな荷物を持って三十分近く歩いたのですが、雪国では、道路を温めて雪が積もらないようにしているエリアがあるのですね。その道を歩くことで、滑ることもなく無事にホテルに到着することができました。雪国に来ると、温暖な四国で生まれ育った私たちには、馴染みのないものがたくさんあります。

 ホテルで朝食をとったあと、私たちはいつもよりも早めにホテルをチェックアウトした。そして、路線バスに乗って旭川駅前まで行き、大きな荷物を抱えたまま、今度は旭山動物園行きの路線バスに乗り込んだ。

 旭山動物園では、雪が降ると長いコースをペンギンが散歩して、冬の旭山動物園の風物詩となっている。雪の積もっていないコンクリートの上をペンギンが歩くと足を痛めてしまうとかで、ペンギンのお散歩は、雪がある程度、積もってから実施されることになっている。このペンギンのお散歩をひと目見ようと、全国からたくさんの利用客が集まって来ている。

 今回の冬の北海道旅行の出発日が近付いてからというもの、ガンモは毎日のように旭山動物園公式ホームページをチェックしていた。しかし、私たちが冬の北海道旅行に出掛ける直前になっても、ペンギンのお散歩はなかなか始まらず、やきもきしていた。私自身も旭山動物園公式ホームページを確認し、去年の開始実績は十二月二十八日からであったことを確認していた。そのことをガンモに告げると、今年も十二月下旬からの実施なのだろうかと、ひどくがっかりしていた。

 ところが、旭川のホテルでインターネットに接続していたガンモが突然、
「やった!」
と喜びの声を挙げた。
「ひょっとして、ペンギンのお散歩が始まるの?」
と私が尋ねると、
「そう、明日からだって!」
とガンモが言うではないか。折しも、私たちが旭山動物園に足を運ぶその日から、この冬、初めてのペンギンのお散歩が行われるというのだ。

 ペンギンのお散歩は、十一時からと十四時半からの一日二回、行われる。しかし、私たちは十五時には次の宿泊地に向けて移動することになっているために、旭山動物園の東門に大きな荷物を抱えて集合しなければならない。そのため、いつもよりも早い時間にホテルを出て、十一時から行われるペンギンのお散歩を目指したのである。

 私たちが旭山動物園に着いたのは、十時過ぎだった。十時半の開園まで、入口付近でしばらく待った。旭山動物園の入場券は、宿泊した旭川のホテルで販売されていたのであらかじめ購入しておいた。私たちが並ぶと、やはりペンギンのお散歩が今日から始まるというニュースを聞きつけたのか、平日の開園前だというのに長い行列が出来た。

 並んでいる間に、旭山動物園の職員の方が、
「園内には、檻の中に入っていないスリがいますので、お手回り品には充分ご注意ください。特に、ペンギンのお散歩やモグモグタイム(餌の時間)など、混雑する場所ではご注意ください」
と呼び掛けていた。人間のスリのことを、「檻に入っていないスリ」と表現するのは面白いではないか。

 さて、いよいよ開園時間となり、私たちは園内へと滑り込んだ。旭山動物園から直接、次なる宿泊場所に移動することになっていた私たちは、大きな荷物を抱えたまま入園した。その荷物を、さきほど入場した正門を入ってすぐのところにあるコインロッカーに預けておくか、それとも、送迎バスがやって来る東門のコインロッカーに預けておくかでしばらく悩んだ。しかし、先に東門まで移動しておこうということになり、私たちは入場するや否や、大きな荷物を抱えて東門に向けて歩き始めた。雪道を転ばないように細心の注意を払いながら、大きな荷物をやっとのことで東門のコインロッカーに預けた。東門の手前には、長い昇り階段があったので、今になって思えば、園内を勢力的に歩き回ったあとに大きな荷物を運ぶことは困難だったろうと思う。

 荷物を東門のコインロッカーに預けると、ペンギンのお散歩の開始までもうほとんど時間がなかった。私たちは、元来た道を転ばないように、再び細心の注意を払いながら、急いで戻った。転ばぬ先のすべり止めラバーの記事でご紹介したすべり止めラバーを装着したほうがいいのかどうか迷いながらも、装着することなく、普段の靴で小走りに歩いた。というのも、利用客が転ばないように、旭山動物園のスタッフが念入りに雪かきをしてくださっていたのと、滑りそうなところには、あらかじめ細かい砂利が撒かれていたため、撒かれた砂利がストッパーになり、雪道で転ぶこともなく、突き進むことができたのだ。旭山動物園のスタッフに感謝である。

 しかし、荷物を預けていたために出遅れてしまったのか、既にペンギンのお散歩ルートには黒山の人だかりができていた。それでも私たちは、ペンギンたちの行く先へ先へと先回りして、ようやくペンギンがお散歩する様子をカメラに収めることができた。

 この冬、初めての、しかも、一日二回行われているペンギンのお散歩の初回とあって、利用客の他にもたくさんの報道陣たちがテレビカメラを構えていた。報道陣たちも、ペンギンの行く先々へと先回りするので、私も彼らに負けないようにペンギンを追い掛け回した。

 ペンギンのお散歩は、私たち人間の癒やしともなっているようで、ペンギンの歩く姿を目にした利用客たちは、
「かわいい」
と連発していた。確かにかわいい。しかも、お散歩コースが思いのほか長いので、シャッターチャンスを逃してしまった人にも、何度でもチャンスがある。私は、ペンギンのお散歩だけで百枚以上の写真を撮影した。

 ガンモは、
「ペンギンのお散歩に合わせて、人間もお散歩するから、運動不足の解消になる」
などと言った。確かにその通りである。私たちは、ペンギンのお散歩を追いかけ回しながら、かなりの距離を歩いた。

 中にはサービス精神旺盛なペンギンもいて、雪の中を泳いだり、手をばたつかせたり、お散歩コースから外れて我が道を行こうとしたりして、利用客の注目を浴びていた。

 それにしても、ペンギンには、白い雪が本当に良く似合う。寒い地域に生息しているペンギンたちにとって、旭川という場所は本来の生息地の環境に比較的近いのかもしれない。私たちが旭山動物園を訪れた頃、温度計はマイナス七.八度を示していた。これまで、夏の動物園に出向き、暑さのためにぐったりとしたペンギンをたくさん見て来たが、これほど元気に歩き回るペンギンを見たことはなかった。思い起こせば、そもそも、雪の積もった動物園に足を運んだ記憶もなかったように思う。ペンギンのお散歩が、この冬、初めての試みだったのと同様、私たちにとっても、冬の動物園を訪れ、生き生きとした動物たちを見るのは初めてのことだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、この冬、初のペンギンのお散歩をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちが訪れるその日から、ペンギンのお散歩が始まったことは、とてもラッキーでした。ペンギンは癒やしの存在ですね。今回、旭山動物園を訪れて、動物園に対する意識の変革が起こりそうな予感がしています。旭山動物園には、平日であるにもかかわらず、たくさんの利用客が訪れていました。関西から訪れた人たちも多く、園内にはたくさんの関西弁が飛び交っていました。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.17

転ばぬ先のすべり止めラバー

映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。少々ネタバレになってしまうのですが、閉園の危機に追い込まれたときに、小さな子供さんが動物園の職員に自分の貯金箱を差し出すシーンがあります。「少ないけど、これで経営の足しにして」という意味なのでしょうが、そのシーンでガンモが号泣していました。私は、泣いているガンモの頭をなでながら引き続きDVDを鑑賞しました。

 いつものように朝五時に起床した。ただ、いつもと違っているのは、ガンモも私と一緒に起きたことだ。支度を整えた私たちは、午前六時過ぎに家を出て神戸空港へと向かった。実は、二人揃って早起きしたのは、冬の北海道旅行に出掛けて行くためである。

 私たちは午前八時過ぎの新千歳空港行きの飛行機に乗り、午前十時には新千歳空港に着いていた。マイナスの気温が報じられていたが、思っていたほど寒くはなかった。また、新千歳空港周辺にはまだほとんど雪は積もっていなかった。

 私たちは青春18きっぷを使用して、新千歳空港からひとまず南千歳まで出た。あれ? どこかで見た景色だと思っていたら、四年前の夏に北海道を訪れたときに、乗り換え駅として南千歳駅を利用していたのだった。今回は、南千歳から苫小牧まで出て、苫小牧で昼食をとり、苫小牧から岩見沢まで出たあと、岩見沢から旭川まで移動したのである。南千歳から旭川まで普通列車で移動するには、いったん札幌まで出たほうが速いらしいのだが、そのルートはかつての北海道旅行のときに既に乗り潰ししているため、ルートを変更したのである。結局、昼食の時間や途中の乗り換え時間も含めると、旭川まで六時間近く掛かってしまった。

青春18きっぷ

岩見沢から旭川まで利用した函館本線の車両

 岩見沢から旭川までは二時間近く普通列車に揺られていた。北海道は、屋外はとても寒いが、室内は薄着で過ごせるくらい、とても暖かくなっている。私たちにしてみれば、むしろ暑いくらいだ。そのため、列車の中でコートを脱いでも暖かく、そのコートを足元に置くとても気持ちが良くて、二時間近くの間、ほとんど眠ってしまった。

 旭川に着いてみると、雪がしんしんと降っていた。北海道でスノーボードを体験したという派遣仲間の話では、北海道の雪はパウダースノーらしい。実際に歩いてみると、キュッツキュッと音を立てて雪が圧縮されているかのようだった。少なくとも私が知っている雪は水分を多く含んだぼた雪なので、歩いたときにはサクッサクッという音だったように思う。

北海道の雪は上質のパウダースノー

 私は、北海道で雪の中を歩くのが少し心配だったので、別の派遣仲間に、北海道で履く靴のことを尋ねてみた。かつて私がテレビを見ていた頃、何かの番組で、北海道の人たちは何故、雪の上を歩いても転ばないかというような話題が取り上げられていた。その理由は確か、履いている靴が私たちとは違うといったような内容だったと思う。では、雪の上を歩いても転ばない靴は、北海道にしか売られていないのだろうか。そんな疑問を北海道でスノーボードを体験したという派遣仲間とは別の派遣仲間に投げかけてみたところ、
「空港に、靴に挟むタイプのすべり止めが売られているらしいですよ」
と言う。何でも、雪道を難なく歩くために、普通の靴底に取り付けるすべり止めが空港で売られているらしいのだ。

 その話を聞いた日の仕事帰り、たまたま出向いた百円ショップで、派遣仲間が紹介してくれたような雪道を歩くための靴底に取り付けるゴムのすべり止めを見付けた。靴のサイズに制限はあるものの、一組わずか百円だったので、ガンモの分と二つ求めて帰宅した。そして、今回の旅行にそれを持参したところ、確かに新千歳空港に降り立ってみると、これと同じような商品が売店で売られていた。値札を見ると、何と千二百円以上の値段が付けられているではないか。効果のほどはわからないが、価格に雲泥の差があるのは興味深い。

百円ショップで購入した「靴すべり止めラバー」

新千歳空港の売店で売られていた「ノンスリップラバー」。一つ千二百七円の値札が付けられていた。

 ホテルにチェックインしたあと、晩御飯を食べに出歩いたのだが、少々滑りかけたものの、まだこのすべり止めラバーの出番はない。実際の出番がやって来たら、またご報告させていただこうと思う。

(楽天市場にも同様の商品がある)

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 派遣仲間に、「ムートンブーツを履いて行こうと思うんだけど」と言ってみたところ、北海道でムートンブーツなんてとんでもないというようなことを言われてしまいました。しかしですね、地元の人たちはムートンブーツを履いていらっしゃいます。しかも、すべり止めラバーのようなものは装着されていませんでした。地元の人たちは、ムートンブーツのような平らな靴底でも、雪道で転ばない技を習得されているのでしょうか。謎は深まるばかりです。(苦笑)

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2009.12.16

映画『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』

ホットヨガ(一七一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の場合、ホットヨガのレッスンと映画鑑賞をセットにすることが多いので、おいしい食堂のほかに、映画館が近くにあれば、もう言うことはありません。しかし、残念ながら、映画館は大阪・梅田まで行かないとないようですね。一方、梅田店のスタジオは、私が利用しているJR大阪駅からはかなり遠いところにありますが、すぐ近くに映画館があります。ただし、森町食堂のような定食屋さんはありません。すべての好ましい立地条件が揃うのは難しいようですね。(笑)

 先週の土曜日、ガンモと二人で本作のDVDを鑑賞した。劇場公開中、映画館に足を運ぶことができなかったので、DVDをレンタルしたのだ。ガンモと一緒に鑑賞することにしたのは、もうすぐ私たちの冬の北海道旅行が控えていたからだ。いきなり、私たちの冬の北海道旅行などと言われても、「ガンまる日記」でご報告していなかったので驚かれる方も多いかもしれない。実は私たちは、とある航空会社のマイルをせっせと貯め込んでいるのだが、先日、その航空会社が経営難に陥っていることを知った。既に二人で十四万マイル貯めているというのに、もしもその航空会社が完全に傾いてしまったとしたら、せっかく貯めたマイルを消費できなくなってしまう。そこで思い切って、マイル消費のための旅を計画したのである。その旅とは、冬の北海道に出向き、旭山動物園に足を運ぶというものだ。

 話を映画に戻そう。本作は、経営が傾き掛けた旭川市立旭山動物園のサクセスストーリーと言っていいだろう。数々の動物の繁殖には成功している実績があるものの、来場者数の伸びが芳しくなく、もともと予算の少ない旭川市は、動物園に回す経費を削減する傾向にあった。今や全国的に有名になり、来場者数の多い旭山動物園からは想像もできないことである。

 旭山動物園で働いている人たちの多くは、旭山動物園に何十年も勤めるベテランの人たちだった。そこに、昆虫好きの青年が配属されることから物語が始まる。

 動物園という場所で繰り広げられる人間関係は、私たちが普段、働いているようなオフィスで結ぶ人間関係とは明らかに異なっていた。第一に、働いている人数が圧倒的に少ない。だから、事務所に集まってみんなでお茶を飲むという心温まる交流も実現できるのかもしれない。動物園で働く人たち全員が、どうしたらより多くの人たちに来場してもらえるかを真剣に考えている。オフィスでおのおのが机やパソコンに向かい、例え直接言葉を交わせる状況にあっても、確かな証拠を残すためにわざわざ電子メールでやりとりをするといった無機質な関わり方とはまったく異なっている。

 ソフトウェアの開発という一つの仕事をずっと続けて来た私は、派遣社員の立場を取りながら、これまでいくつもの企業で働いて来た。そうした経験を通して思うのは、外に出て働くということは、常に人間関係が大きく左右するということだ。同じ仕事をするにしても、職場で結ぶ相対関係により、それぞれの人たちが持つ能力がうまく引き出されたり引き出されなかったりする。本作に登場する昆虫好きの新入職員は、小さい頃のいじめの経験から、人と交流するのがひどく苦手だったらしい。それにもかかわらず、旭山動物園で出会った先輩たちは、彼の中から最も彼らしさを惜しみなく引き出しているように思えた。ひとえに彼と、園長を始めとする先輩たちとの相性が良かったと断言できるのではないだろうか。

 新人だった彼も、やがて先輩となるときを迎える。何と、動物愛護団体に所属し、動物園は動物たちから自由を奪うため反対だと主張していた若い女性が、市長の口利きで獣医として動物園に配属されることになるのである。私も、動物愛護団体が主張していることは良くわかる。むしろ、私が動物園に対して日々感じていることも、彼らの主張にとても近いのかもしれない。しかし、どういうわけか、映画で彼らの主張を客観的に観察すると、動物園の存在を頭から否定する意見だけが先行して、何かが欠けているように思えた。欠けているものが一体何であるのかは良くわからなかったのだが、野生動物たちを狭い檻の中から解放し、野生に戻すべきだと主張する動物愛護団体と、動物園においては、絶滅の危機に瀕する動物たちも外敵から守られていると主張する園長は、「どちらも動物を愛する気持ちは同じである」と感じた。だから、あれほど動物愛護団体で動物園の存在を否定し続けていた彼女が、あっさり旭山動物園に獣医として就職することになったのではないだろうか。一見、正反対の意見を主張しているように思えても、接点を見出すことはできるものだ。その接点とは、彼らの場合、動物を愛する気持ちが同じだったということなのだろう。

 園長の提案で、これまでコツコツと動物にのみ向かっていた飼育係が、来場者に対し説明を加えるという新たな試みが実践されるようになったり、また、その試みもがきっかけになり、絵本作家への道を歩み始める職員も出て来た。悲劇的な事件もいくつか起こった。そんな様々な状況を辛抱強く乗り越えた先には、新しい市長が選任されるという、旭山動物園にとっては願ってもないチャンスが訪れた。市長が変われば、市の予算を動物園に回してもらえるかもしれない。そんな願いが叶ったのか、新しい市長のおかげで旭山動物園は億単位の予算を割り当てられ、大きく生まれ変わることになる。

 私は、政治のことは良くわからないが、予算の少ない旭川市で、新しい市長がこれまで入場者数を伸ばすことのできなかった動物園に対して臆単位の予算を回すことは、非常に難しい状況にあったと推測する。それでも、いちかばちかの賭けで大きく生まれ変わった旭山動物園が、上野動物園をしのぐ動物園にまで成長できたことは、大きな賭けに勝ったというよりも、水族館を作りたいという新しい市長の無邪気なほどの純粋な思いが通じたからに他ならないのではないだろうか。新しい市長のその思いと、旭山動物園の職員たちの思いとが交差し、ようやく実を結ぶことができたのではないだろうか。これまでの市長が成し得なかったことを、新しい市長が純粋な思いをもって叶えてくれたのである。

 私は本作を鑑賞して、計算尽くしの人生で視野を狭くしてしまうよりも、常に純粋な思いを抱きながら生きて行きたいと思った。市の財政を気にしながら保守的な政治を行うことも、市民のことを大切に思っている政治には違いがないのだが、長い目で見るならば、保守的な方法以外にも市民のことを大切に思う方法があるということを、この映画で教えられたような気がするのだ。

※なお、このレビューには後日談がありますので、よろしければご参照ください。実際に訪れた旭山動物園のペンギンのお散歩、この映画のサブタイトルペンギンが空をとぶ、そして、ペンギン以外の旭山動物園の動物たち。それから、旭川市の女性市長について

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 西田敏行さん演じる園長は、今年の三月に定年退職され、今では名誉園長として公式ホームページにコメントを掲載されています。旭山動物園が現在のような動物園に成長するまで、たくさんの試行錯誤はあったと思いますが、どこで結論を下すかが大事なのではないかと思いました。諦めようとしている人に勇気を与えてくれる作品だと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.15

ホットヨガ(一七一回目)

自転車の緊急メンテナンスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモは本当に機械いじりが好きなんですよね。こうした状況は、お料理好きの人がスーパーでお惣菜を買わないのと良く似ているのかもしれません。

 最近は、週末ごとにせっせとホットヨガのレッスンに通っている。神戸店が閉店してからというもの、もっともっと三宮店に足を運べるかと思っていたのだが、私の場合、急に思い立ってレッスンの予約を入れることが多く、神戸店が閉店したことによる影響で、すっかり参加人数の多くなってしまった三宮店のレッスンの予約をなかなか入れることができないでいた。このように、少し足を伸ばして他の支店にせっせと足を運んでいるのも、レッスンの内容に心惹かれていることもあるが、そうした事情もあってのことである。

 さて、今回も前回同様、南森町店で太陽礼拝を中心としたフリースタイルのレッスンを受けた。レッスンを担当してくださったのは、もちろん、前回と同じインストラクターである。今回の参加者は何と、私を入れてわずか五人しかいなかった。前後に並べられたヨガマットには、私だけが前列を陣取り、あとの参加者はみんな後列に控えていた。参加人数の少ないレッスンを好む傾向にある私だが、これだけ参加者が少ないと、通い甲斐があるというものである。

 とは言え、太陽礼拝のポーズを繰り返しながら、少しずつアレンジが加えられて行くレッスンなので、かなりきついレッスンであることは前回も書いた通りである。インストラクターが、
「きついなあと思われる方は、しばらくお休みされててもかまいません。ご自分のペースで参加してください」
と何度も気遣ってくださったのだが、負けず嫌いの私は、レッスンがきついと感じながらも何とか踏ん張って、ほとんど休みを取ろうとはしなかった。思い切り踏ん張ったせいか、汗もたくさん出て来て、ヨガマットの上には汗がしたたり落ちていた。やはり、天井の低い南森町店のスタジオは熱がこもり易く、汗を掻き易いようだ。

 ほとんどのレッスンにおいて、前半と後半の合計二回の休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)が設けられているのに対し、このフリースタイルのレッスンは、後半の一回のみにしか休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)がない。全体的にきついレッスンであるだけに、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)を目指して頑張る気持ちが湧いて来る。

 いつものように、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)後の瞑想を終える頃、インストラクターによるチベット密教の法具チンチューが響き渡った。まるで気が引き締まるような美しい音色である。ああ、この美しい音色を聞くことができるのも、もしかすると今回で最後になるかもしれない。私の今後の予定と照らし合わせたところ、今月いっぱいで退職されるインストラクターのレッスンを受けられるのは、今回で最後になるかもしれなかったのだ。私は、チンチューの美しい音色をしっかりと耳に焼き付けた。

 レッスンを終えてスタジオの外に出て行くとき、私がかなり荒い息を繰り返しながらレッスンに参加していたのを感じ取ってくださったのか、インストラクターが私の様子を気遣ってくださった。私は、大丈夫ですと言いながら、インストラクターにお礼を言ってスタジオを出た。

 わずか七つしかない南森町店のシャワールームも、レッスンの参加者が五名しかいなければ、順番待ちをすることなく楽々使用することができた。ああ、何だろう。これまで遠く感じていた南森町店が、以前よりもずっと身近に感じられるようになって来た。これまでは、毎回、ICOCAを使って自動改札を通っていたが、これからは回数券を購入して本格的に南森町店に通ってみようか。そんなことを思い始めていた。

今回のレッスンのときに着ていた手描きガネーシャのTシャツ

 ところで、南森町店でレッスンを終えたあと、楽しみなことが一つある。それは、南森町店近くのお気に入りの定食屋さんで昼食を食べることだ。そこは、好きなおかずを一つずつトレーに取って精算するタイプの定食屋さんで、私たちの住んでいる最寄駅の近くにも同じチェーン店があり、ガンモと一緒にしばしば利用している。ちなみに、私が食べるのは、どのチェーン店に足を運んでも毎回同じメニューだ。

森町食堂

私のお気に入りのメニュー

 その後、「ガンまる日記」を書き上げるために、セルフサービスのカフェに入って紅茶をすすりながらパソコンとしばらくにらめっこした。そのカフェは、テーブルの高さと言い、テーブルの大きさと言い、「ガンまる日記」を書くのにちょうど良く、私は南森町の良さを再確認したようなうれしい気持ちで一杯になった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 南森町は、地下鉄でも大阪・梅田から一つだけ先にある駅です。ちなみに、私は地下鉄ではなく、JR線を利用しています。大阪に近い北新地というJRの駅からも一つだけ先にあるので、今度、レッスンを終えたあとに、大阪・梅田までてくてく歩いてみたいものです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.14

自転車の緊急メンテナンス

映画『サイドウェイズ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。日本でも、ワインの産地には、ワインを試飲できるワイナリーがありますよね。私も足を運んだことがあります。しかし、そういうところは電車で行くようなところではなく、たいてい自家用車で出掛けて行くところです。つまり、運転手さんは試飲できないんですよね。お気の毒です。(苦笑)

 面白いことに、「今日は『ガンまる日記』に何を書こうかな」と思っていると、たいてい何かが起こる。

 仕事を終えた私は、最寄駅の駐輪場に降り立ち、預けておいた自転車の施錠を解いた。前籠に荷物を収め、いざ自転車に乗ろうと、いつものように自転車のスタンドを足で軽く蹴ると、何か金属のようなものが音を立てて転がった。最初のうち、暗がりで良くわからなかったのだが、目を凝らして良く見てみると、そこに転がっていたのは、さきほど私が足で軽く蹴ったスタンドの金属棒だった。私が使用している自転車のスタンドは、自転車を斜めに立てかけるタイプのものである。どうやら、足で蹴ったときに、スタンドの金属棒が外れてしまったらしい。私は、どこかで落ち着いて作業をすれば元に戻るはずだと思い、転がった金属棒をバッグの中に忍ばせて走り始めた。帰りに自宅近くのスーパーに立ち寄ることにしていたので、最寄駅の暗い駐輪場で作業をするよりも、比較的明るい自宅近くのスーパーの駐輪場でメンテナンスをしようと思ったのだ。

 ところが、自宅近くのスーパーに着いてみると、転がった金属棒は「外れた」のではなく、ぽっきりと「折れてしまっている」ことがわかった。これは困った。スタンドの金属棒が折れてしまったのだとすると、これまでのようには自転車を停められなくなってしまう。

 私は、ひとまずスーパーで買い物をしたかったので、自転車を駐輪場スペースの一角にもたせかけ、先程の折れた金属棒を自転車の下からそっと沿えておいた。そして、買い物を済ませたあと、まだ仕事中のガンモに電話を掛けた。スタンドの金属棒が折れたことを告げたあと、近所に自転車屋さんがあるのを知っていたので、そこに自転車を持って行って、新しいスタンドを取り付けてもらってもいいかと相談したのだ。

 と言うのも、ガンモは自転車の修理を趣味としているため、他の人に自転車の修理を任せることをガンモが好まないことを知っていたからだ。ガンモは、パンク修理も車輪のゴムの取替えも自分で行う。ブレーキが壊れたときも自分で修理したくらいだ。自分でできることは人に任せたりせずに、できるだけ自分の手でこなしたいというのがガンモのポリシーである。ガンモはやはり、
「自転車屋さんに持って行くのは禁止!」
と言った。
「じゃあ、どうしたらいい?」
と尋ねる私に、ガンモはしばらく考えたのち、
「○○っていうホームセンターがウチの近くにあるだろ? あそこに行けば、スタンドが九百八十円であるはずだから」
と言う。すなわち、ホームセンターでスタンドを買ってくれば、ガンモが取り付けてくれるらしい。

 そこで私は、自宅近くのホームセンターまで、えっちらおっちらと自転車をこいで行った。坂道できつかったが、このチャンスを逃せば翌朝の出勤に差し支えると思い、必死にペダルを踏んだ。そして、ようやくホームセンターに辿り着いたものの、あろうことか、店内からは蛍の光が流れていた。時計を見ると、二十時ちょうどだった。私はおろおろしながらも、停まらない自転車を壁にもたせかけ、大急ぎで店内に滑り込んだ。蛍の光が流れてはいたが、店員さんが、
「いらっしゃいませ」
と言ってくださったので、私は、
「自転車売り場はどこですか?」
と尋ねた。店員さんは、
「自転車そのものはなくて、自転車のパーツだけですがよろしいですか?」
と確認してくださった。私が、
「はい、かまいません」
と答えると、店員さんは、自転車のパーツが売られているところを案内してくださった。

 私はその売り場まで足早に移動し、商品棚に並べられているスタンドを手に取った。ガンモは九百八十円くらいでスタンドが買えると言っていたが、その値段に近いのは十八型の自転車のスタンドだった。私が乗っている二十六型のスタンドは千二百九十円だった。私は、二十六型のスタンドを抱え、レジで清算を済ませた。閉店時間が若干過ぎていたにもかかわらず、にこやかに対応してくださった店員さんに感謝したい。

 念願のスタンドを手に入れた私は、すぐさまガンモに電話を掛けた。そして、
「十八型のスタンドなら九百九十九円だったけど、二十六型のは千二百九十円だったから」
と報告した。ガンモは、
「そうか。ホームセンターによって、若干、値段が違うんだな」
と言った。

 ガンモが帰宅したのは二十一時過ぎだった。ガンモはご飯を食べたあと、私の自転車にスタンドを取り付けてくれた。ついでに、壊れていたライトも、わざわざはんだごてを取り出して直してくれた。自転車のメンテナンスが終わると、ガンモは、
「後輪のチェーンを外して取り付けたから、ギアの調子がおかしくならないか、注意して」
と言った。

 ガンモの手によって蘇った私の自転車を見ると、ホームセンターで購入したスタンドが自転車の後部で光り輝いていた。これまでは、斜めに立て掛けるタイプのスタンドで、マンションの駐輪場に停めるときに場所を取る上に安定性も良くないので、不便を感じていた。しかし、この機会に直立型のスタンドに変えることが出来たのだ。私には、それがうれしくもあった。

 このようにして、我が家では、何度も何度も自転車のメンテナンスを行い、ずっと同じ自転車に乗り続けている。ガンモ曰く、
「それこそ、自転車をもう一台買えるくらい、自転車の修理費につぎ込んでいる」
そうだ。それでも私たちは、新しい自転車を買うよりも、また、他の誰かにメンテナンスをしてもらうよりも、ガンモの手により、これまで乗り慣れた自転車が蘇るほうがいいのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモは機械類には自分で手を入れたいようで、デスクトップパソコンも自作してしまいますし、愛車のメンテナンスも洋書の専門書を取り寄せて自分でこなしてしまいます。確かに自転車屋さんにお願いすれば、わざわざ坂道を登って閉店間際のホームセンターに駆け込むこともなかったですし、仕事で疲れて帰宅したガンモの手を煩わせずに済んだのかもしれません。しかし、それは同時にガンモの楽しみを奪うことになってしまうんですね。

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2009.12.13

映画『サイドウェイズ』

「きせかえツール」が欲しかっただけ(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。掲載したメールの内容の一部を検索エンジンのキーワードとして与えてみると、同じようなメールを受け取っている方がたくさんいることがわかりました。こうした請求に対し、お金を支払うべきかどうかを相談されている方も多いですね。このような請求を架空請求詐欺と呼ぶそうで、もちろん、支払いの義務はまったくないそうです。

 十一月一日の映画サービスデーに鑑賞した三本の映画のうち、二本目の作品のレビューを書かせていただくことにする。本作を鑑賞しようと思ったのは、ひとえに小日向さんが出演されていたからだ。私は、特に彼のファンというわけではないのだが、役者としての彼の実力には注目している。

 本作は、日本映画ではあるものの、舞台となっているのはナパ・バレーというアメリカのカリフォルニア州にあるワインの産地である。もともと、ハリウッド映画の『サイドウェイ』という作品をリメイクしたものらしい。アメリカに住む友人の大介が結婚するというので、小日向さん演じる道雄がアメリカに渡り、大介の独身最後の旅行として、しばらく行動を共にする。道雄自身もかつてアメリカに留学していたことがあり、大介とはその頃からの付き合いである。似た者同士よりも、性格が正反対のほうが仲良くできるのだろうか。ちょっぴり奥手な道雄に対し、大介はすこぶる行動的である。お金持ちのアメリカ人女性との結婚を間近に控えているというのに、道雄と出掛けた旅先で出会った女性とひとときの恋を楽しむという乗りの軽さを備え持つ大介は、私からすれば、最も避けたいタイプの男性である。

 一方、道雄はこのアメリカ旅行で、偶然にも、留学中に好きだった鈴木京香さん演じる麻有子と再会する。二人とも、互いにどことなく好意を持っていそうな雰囲気が漂っているのに、なかなか距離が縮まらないところが何とももどかしい。道雄ももう若くはない四十代で、麻有子もバツイチという設定だったので、新しい恋に対して慎重になってしまう気持ちもわからなくもない。道雄と麻有子がそれほどスローな恋愛を展開しようとしているというのに、結婚を間近に控えているはずの大介は、菊地凛子さん演じる麻有子の親友ミナとよろしくやっているのだ。

 私は、普段からワインを好んで飲んでいるわけではないので、ナパ・バレーを知らなかったのだが、ワインの産地が舞台になっているだけあって、登場人物たちがワインをたしなむシーンがいくつも挿入されている。いろいろなワインの名前も出て来るので、ワイン好きの方には興味深い作品かもしれない。

 軽い乗りの大介が結婚を間近に控えているとも知らず、大介との恋を楽しんでいるミナが発する日本語が面白い。菊地凛子さんと言えば、映画『バベル』で耳の聞こえない女子高生を演じていて、彼女の迫真の演技に本当の聾唖者なのではないかと思ってしまったほどだったが、本作ではまったく違う乗りの二世の女性を演じている。二世という設定だけに、日本の格言やことわざなどの使用方法がちょっぴりずれているのだ。例えば、ベストカップルを表現するつもりで、「割れ鍋に綴じ蓋」などと言ってしまう。そんな彼女のちょっぴりピントのずれた発言が要所要所にちりばめられていておかしいのだ。

 四人のグループ交際のような形でストーリーが展開して行くのだが、やがてそれぞれが大きな決断を下すときがやって来る。大介は、婚約者を選ぶかミナを選ぶかの決断に迫られることになり、日本への帰国が迫っている道雄は、麻有子にはっきりと気持ちを伝え、離れ離れにならないようにひと踏ん張りすることになる。


 思えば、いつもはきりりとした役柄の多い小日向さんが冴えない四十代男性を演じているのはとても新鮮だった。しかし、彼の持つ魅力が百パーセント活かされた作品だったかどうかはわからない。また、ハリウッド映画のリメイクだからなのか、最後に下した結論により、もっとドロドロした人間関係に発展してもおかしくないのではないかと不満に思うところもあった。何となく、これまでのことにすべて蓋をして、自分の取った行動に対して何の清算もせずにハッピーエンドに持ち込もうとしているような気がしたのだ。実際の人間の感情は、コンピュータのようには切り替わらないはずだ。

 とは言え、未来の生み出し方に対するヒントは得られたように思う。心に傷があるときは、かつてと同じ選択をすることで、再び同じ傷を負ってしまうと想像してしまいがちなのだが、例え過去と同じ選択をしたとしても、これから迎える未来が過去と同じであるとは限らない。最初は恐る恐る踏み出す一歩でも、そうした新しい未来の一歩を踏み出す勇気を与えてくれる人に出会えたことが人生の宝物なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ハリウッド映画の流れを汲んでいる結末ではありましたが、そもそも、ロードムービーそのものが、日本映画には少ないように思いますので、日本映画として鑑賞するにはとても新鮮でした。ワインが好きな方が本作を鑑賞すると、ワインを飲みたくなるようですね。(笑)

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2009.12.12

「きせかえツール」が欲しかっただけ(4)

ソウルメイトの超能力の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 超能力の中の「透視」については、妊娠している女性のお腹の中にいるのが男の子の場合、ほぼ確実に当てることができます。うむ、調子に乗って、超能力カテゴリを作ったほうがいいでしょうか。(笑)

 一年ほど前に、「きせかえツール」が欲しかっただけ(1)「きせかえツール」が欲しかっただけ(2)「きせかえツール」が欲しかっただけ(3)という記事を書いた。今回の記事は、その続編である。

 相変わらず私は「きせかえツール」の魅力に取り付かれ、せっせとポイントを貯めては新しい「きせかえツール」を取得している。とは言え、個人情報が漏れ易いことから、最近はポイントを貯めるのも、新たなサイトに登録するのではなく、地道に広告をクリックすることでポイントを稼いで来た。しかし、中にはどうしても早く取得したいかわいらしい「きせかえツール」もあり、そういうときは、広告のクリックだけでポイントが貯まるのを待ち切れず、安全そうなサイトを厳選して新規登録することで、一度にたくさんのポイントを稼いでいた。

 ところがあるとき、こんなメールが私の携帯電話に届いた。

※重要※
----------------------
現在お客様ID:XXXXXXXXX ゲスト様はキャッシュバックメンバーサービス(以下CBMS)加入料金\8,000円が未清算となっております。
----------------------
現在の状態のままにされますと有料会員変更手続き手数料393,000円が加算され総額\401,000円を正式にご請求させて頂く場合があります。
----------------------
※有料会員へご希望されない場合
下記URLより即時スピード退会をご利用ください。

もちろん退会手続きは完全無料です。
《いますぐ退会する》
http://XXXXXXXXXXXXX

↑ご変更されない場合はCBMS加入料金\8,000円を正式に請求させていただきます。
上記URLより即時退会を希望されない場合は8千円を本日中にお支払いください。

退会はお客様ご自身でしていただく義務がございます。
また翌日以降手数料金が発生いたしますと40万1千円の清算完了まで退会、配信停止を含む一切の変更が行えませんのでご了承下さい。
----------------------
最終期限:【本日23:59】をもちまして無料会員変更手続きを終了いたします。
以降は上記のとおり加入料金、手数料を含め【\401,000円】をご請求いたします。

▼即時退会▼
http://XXXXXXXXXXXXX

※退会に関して手数料等、不当なご請求は一切いたしません。尚、既に後払いサービスにてポイント購入されている会員様は利用料金のご清算後に退会処理を行います。
----------------------
不明な点、または手違いなどございましたら至急ご連絡ください。

※以下URLは利用規約をご覧の上、了承いただいた方のみご利用いただけます。
また一度でも以下URLのサービスをご利用になられた場合、規約を読む読まないに関わらず全て承諾されたものとして受理いたしますのでご賢察の上ご利用ください。
~~~~~~~~~~
!即日退会!
http://XXXXXXXXXXXXX

********************

⇒メインメニュー
http://XXXXXXXXXXXXX

⇒インフォ
XXXXXXXX@XXXXXXXX.jp

⇒身に覚えがない
※完全削除依頼※
http://XXXXXXXXXXXXX

⇒配信停止
http://XXXXXXXXXXXXX

XXXXXX運営事務局

 何だか良くわからないが、またしても勝手に出会い系サイトに私のメールアドレスで登録が行われ、しかも、利用料金が未納との催促メールのようだ。もちろん、私は出会い系サイトなどに登録した覚えはまったくないので、指定されたURLにアクセスして退会の申請をしたところ、結局、退会するのに何十万円ものお金が掛かるとのメッセージが携帯電話の画面に表示された。そのお金を指定された期間内に支払わなければ、私の個人情報が他の出会い系サイトに譲渡されるらしい。しかし私は、自分にまったく身に覚えのない登録に対し、お金を支払う義務はないと思っていたので、その警告を無視して放置した。

 すると、それからしばらく経って、他の出会い系サイトから、メールがひっきりなしに届くようになってしまった。警告通り、私がお金を支払わなかったので、私の携帯電話の個人情報が他の出会い系サイトに譲渡されたらしい。いくつもの出会い系サイトに勝手に登録されてしまった私は、その登録完了メールが届く度に携帯電話の迷惑メール対策サービスを利用して、出会い系サイトからのメールの受信をブロックしているという状態である。

 更に、こんなメールも届いた。

ニックネーム様
---------------
ご利用有り難うございます。
【ニックネーム】様は以前ご利用されたWEBサイトでの放置により違約金50万円が発生しておりました。
しかし、本日、男性会員【司】様が代わりに【ニックネーム】様の違約金50万円をお支払いされましたのでこの問題は解決致しました。
【ニックネーム】様は最低限のマナーとして【司】様へお礼をお願い致します。
▼こちらから【司】様へ直接メッセージを連絡できます↓
http://XXXXXXXXXXXXX
▽配信停止の場合はコチラ↓
http://XXXXXXXXXXXXX
※【ニックネーム】様は現在【300ポイント】をお持ちですのでお礼のメールをされましても費用が発生したりする事はありません。
あくまで最低限のマナーとしてお願い致します。

---------------

▽ポイント購入方法はコチラ
http://XXXXXXXXXXXXX

 これは、なかなか手の込んだアプローチである。出会い系サイトは、何が何でもサイトにアクセスさせて、利用料金を稼ぎたいのだろう。配信停止のリンクが記載されていたが、結局、こんなメールが届いても、退会手続きは取ってもらえないことがわかったので、このメールも無視している。

 現在、私が使っている携帯電話のメールアドレスを変えてしまえば、このような煩わしいメールからは解放されるのだろうが、単なる思い付きではなく、こだわりを持って取得したメールアドレスなので、どうしても変えたくはない。だから、まるで狐と狸の化かし合いみたいに、新たな出会い系サイトからメールが届く度にブロックしているわけだ。

 実は、携帯電話に届くメールを、登録されたアドレス以外からは受信しないように指定受信する方法もあるのだが、私の場合、携帯電話を使ってショッピングをすることもあり、その機能は利用できない。それにしても、パソコンのメールアドレスにも毎日二百通ほど(いや、それ以上かもしれない)のスパムメールが届いているが、携帯電話もパソコンも、とうとうゴミだらけの時代になってしまったようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今の時代、誰しも顧客を獲得することに躍起になっているのでしょうかね。インターネットや携帯電話の活動範囲を広げれば広げるほど、受信するスパムメールの数は増えて行きます。スパムメールを受信しないための鉄則は、活動範囲を広げないことですね。(苦笑)皆さんもどうか、くれぐれもお気をつけください。

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2009.12.11

ソウルメイトの超能力

映画『私の中のあなた』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。本作を鑑賞したことを映画好きの友人に話すと、「この映画、観たほうがいい?」と意見を求められました。しかし、そのときの私にはまだ、「鑑賞中にトイレに行きたくてたまらなかった」という苦い記憶が鮮明に残っていたので、「アメリカ映画らしくなく、ちゃんと作られているので、観て損はないと思うよ」などと答えてしまいました。今になって思えば、もっともっと強く推薦するべき作品だったと後悔しています。

 ソウルメイトの超能力に関して、かつてテレパシーごっこ続・テレパシーごっこテレパシーマインドシーカーの成果幽体離脱などの記事を書いて来た。今回お届けするのは、テレパシーというよりも予知に近い内容である。

 夏休みの旅行を終えたあたりから、ガンモの仕事が急に忙しくなった。夏休みが終わった頃は、顧客のシステム入れ替えなどの予定がびっしりと立て込んでいたのだが、最近は、トラブル対応に追われることもあるようだ。多くの顧客は、その日のうちにトラブルが解消されることを強く望むため、ひとたびトラブルに見舞われると、復旧作業は深夜に及ぶことも多い。

 あるとき、いつものように、仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモの携帯電話が電波の届かない地域にあるとのアナウンスが流れた。こういうときは、ガンモの業務用携帯電話にすぐさま掛け直してみるのだが、やはり業務用携帯電話も繋がらなかった。その後も、折りを見てガンモの携帯電話に電話を掛けてみたのだが、相変わらず繋がらなかったので、きっと、しばしば作業を担当している自宅近くの顧客のところにいるのだろうと思っていた。その顧客のところのマシン室は、厚い壁で覆われているためか、携帯電話の電波が届かないのだ。とは言え、ガンモの携帯電話に電話を掛けると、「お掛けになった電話は、電波の届かない地域にいらっしゃるか、電源が入っていないため、掛かりません」というメッセージが直ちに流れるので、もしかすると、ガンモ自身が携帯電話の電源を切っているのではないかともっていた。かつて、ガンモの携帯電話の電池が切れてしまったときも、同じような状況でそのメッセージが直ちに流れていたからだ。

 私が仕事から帰宅したあとも、ガンモの携帯電話はいっこうに繋がらなかった。とうとう二十三時を過ぎてしまい、五時起き生活を続けている私は、ついにそれ以上、起きていられなくなってしまった。私はそのままベッドに横になり、しばらく眠った。ふと目が覚めて時計を見ると、午前一時半だった。それでもガンモはまだ帰宅していなかった。しかし、しかしである。私が目を覚ましてわずか一分足らずのうちに、玄関のドアが開く音が聞こえて来た。ガンモが帰宅したのである。

 私は、
「お帰り。お疲れさん」
と言ってガンモを迎えた。ガンモはヘロヘロに疲れ切っていた。どうやら、携帯電話の持ち込みが禁止されている顧客のところでトラブルが発生し、晩御飯も食べずにずっとトラブル対応していたのだそうだ。最近は、顧客情報の持ち出し事件などが相次いで発生しているため、携帯電話の持ち込みを禁止する顧客も増えているようである。その仕事は、普段は別のエンジニアが専門で担当している顧客の仕事だったため、ガンモだけでは埒があかず、休暇を取っているもともとの担当エンジニアをわざわざ呼び出して、作業を手伝ってもらったのだそうだ。

 それはさておき、ガンモの帰宅時間を察知してふと目が覚めるというのは、何も今回に限ったことではない。かつては、地震が起こる少し前にも良く目を覚ましていた私だったが、それと同じような感覚で、ガンモの深夜帰宅の前にふと目が覚めるのである。これはきっと、ソウルメイトの超能力に違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二十三時過ぎに布団に入って寝ているわけですから、そのまま朝までぐっすり眠ってしまってもおかしくないはずなのに、ガンモが帰宅する直前に目が覚めたんですよね。確か、超能力には大きく分けて三つの能力があったはずです。「透視」、「予知」、「念力」ですね。ということで、今回はちょっとした予知のお話でした。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.10

映画『私の中のあなた』

ホットヨガ(一七〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今回のレッスンを担当してくださったインストラクターからは、退職されることが決まっていても、少しも手を抜かずに最後まで私たちにレッスンの内容を伝えてくださろうとしている意気込みを感じました。以前もそのようなインストラクターに出会いましたが、そうした真剣な姿勢には、本当に頭が下がる思いです。

 本作を鑑賞したのは、十一月一日のことである。映画を千円で鑑賞できる映画サービスデーと日曜日が重なったので、私はこの日、三本の映画を鑑賞した。どういうわけか、もう十一月だというのに館内は冷房が良く効いていて、私はひざ掛けを使用していたにもかかわらず、足元がひどく冷えてしまい、鑑賞中にトイレに行きたくてたまらなかった。とは言え、トイレに立ちたい気持ちはあるものの、映画サービスデーで利用客が多く、私の周りの席はほとんど埋まっていたため、上映途中で席を立つには周りの人たちの協力も必要だった。そのため、できるだけトイレに立たずに済むように、私は最後まで必死で踏ん張っていた。しかも、ハッピーエンドの結論で最後を飾るのが得意なアメリカ映画のはずなのに、最後まで丁寧に描写されていたため、どうしても途中で席を立つわけには行かなかった。それもそのはずで、本作は、映画『きみに読む物語』のニック・カサヴェテス監督の作品だったのだ。

 本作は、白血病を患った少女の家族の絆が描かれた作品である。白血病の姉に臓器を提供するために、意図的に遺伝子操作が行われ、この世に生を受けた一人の少女がいる。アナと名付けられたわずか十一歳の彼女は、姉のドナーとなるために、小さい頃から苦しい検査や手術を繰り返していた。しかし、やがてアナは彼女なりの人権を主張するようになる。姉を助けるための手術はもう受けないと宣言し、手術を受けさせようとする両親を訴える行動に出るのだ。

 自分がどのような経緯でこの世に生まれて来たか、つまり、自分の存在そのものが両親から切望されてこの世に生まれて来たかどうかを、わずか十一歳の少女が真剣に考えなければならないのというのは、ずいぶん残酷な話である。誰しも自分という存在が、両親に心の底から望まれて生まれて来た存在であることを強く願う。しかしアナは、白血病の姉を助けるために生まれた。残酷な言い方をすれば、姉が白血病でなければ、アナは生まれなかったかもしれない。両親の愛情は、自分よりも先に生まれた姉に対して常に注がれているのであり、例え姉を助けるために自分が痛い思いをして検査や手術を繰り返したとしても、自分のために両親が胸を痛めてくれるわけではない。すなわち、自分は両親に愛されてはいない。そんな辛いことがあるだろうか。

 アナがこの訴えを起こしたとき、本作は、アナと両親との激しい戦いへと発展して行くのだろうかと思った。ところが、そうはならなかった。何故なら、アナが訴えを起こしたのは、別の理由があったからだ。そのため、全体を通して、家族の絆がクローズアップされた作品となっている。ただ、その中で、母親だけがいつまでも現状を受け入れられない存在として描かれている。

 アナが姉のために計画的にこの世に送り出されたという悩みを抱える一方で、姉は姉で、自分が家族から常にエネルギーを奪い続ける存在として自分自身をいつも卑下していたのではないだろうか。確かに、両親の愛情ははっきりと感じられるかもしれない。しかし、その愛情は、自分自身が白血病という難病を抱えているからこそ惜しみなく注がれているのであって、そうではない健康な自分がこの世に存在したとして、果たして両親は今のように自分を確実に愛してくれるのだろうかという不安がいつも付きまとっていたのではないだろうか。

 そう考えると、果たして愛とは何なのかということについて、深く考えたくなる。私たちは愛について考えるとき、その対象を自分なりに愛することによって、他に犠牲になる存在があるかどうかを見極めようとする。もしも犠牲になる存在があるのだとしたら、おそらく愛の方向性を間違えているのだ。とは言え、たいていの場合、そのとき犠牲になった存在もまた、のちに大きな学びを体験させられたことに気付いて行く。しかし、そこに辿り着くまでには、被害者意識を感じたり、反発したり、挫折したりもする。今回のようなケースの場合、果たして家族は最初からどのような選択をすれば良かったのだろうか。

 それは、物語の後半に少しずつ描かれて行く。大切なのは、現実から逃避することではなく、現実の問題をしっかりと受け止めることである。現実から逃避し続けると、周りの人たちをも同時にその問題に巻き込むことになる。本作の場合、アナが巻き込まれた犠牲者となっている。現実の問題をしっかりと受け止めることで、周りを巻き込むことなく、そのときに本当になすべきことがしっかりと見えて来るはずなのだ。

 ラストのあたりでは、劇場内ですすり泣きの声が聞こえていた。私も、トイレに行きたいという猛烈な欲求がなければ、もっともっと本作に没頭することができたはずだと思うと残念でならない。

 ちなみに、アナを演じている子役の女の子を、何かの作品で見掛けたと思っていたところ、映画『幸せの1ページ』で少女役を演じていたアビゲイル・ブレスリンだった。また、姉に愛情を注いだ母の役の女優さんも、「ええと、誰だっけ?」と思い起こしてみると、映画『ホリデイ』のキャメロン・ディアスだった。それから、白血病の姉を演じたソフィア・ヴァジリーヴァも、抗がん剤治療の副作用の影響で髪の毛の抜け落ちた少女を演じるために頭を剃るという体当たり演技を見せてくれた。

 シリアスな人間ドラマであるにもかかわらず、鑑賞したあとは、家族の強い絆だけが強く印象に残っていた。それは、このこの物語が単に美しい物語だけに留まらないからだと思う。母を始めとして、姉を生かすために命がけの試行錯誤を繰り返しながら、ようやく現実を受け入れられるようになったことが、家族の絆の強さを更に強調していることは間違いないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こういう、最後の結論をごまかさない作品はいいですね。すべてのアメリカ映画がこのような結論を迎えるのであれば、もっとたくさんのアメリカ映画を鑑賞してもいいかなと思います。(苦笑)

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2009.12.09

ホットヨガ(一七〇回目)

紙ナプキンの与える影響の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 紙ナプキンを使い始めた途端、このようなことが起こっているので、赤ちゃんの紙おむつが与える影響も心配です。しかし現代では、食べ物をはじめとする身の回りのものを介して、私たちの気付かないうちに化学物質がどんどん身体の中に取り込まれてしまっているのでしょうね。だからこそ、デトックスが必要になって来るのでしょう。

 十二月第一週の土曜日は、ガンモが職場の人たちと伊勢まで一泊旅行に出掛けて行った。伊勢と言えば、つい先日、ガンモと一緒に足を運んだばかりである。毎年、この時期になると、ガンモの職場では、鳥取までカニを食べに行ったりする企画が持ち上がるのだが、今年は鳥取ではなく伊勢の保養所を利用することになったらしい。ガンモは、
「伊勢には、この間、行ったばっかりなのに」
となどと苦笑いしながら、カングー号を出動させていた。

 こうして独りぼっちの週末を迎えることになってしまったため、私はひとまず南森町店で六十分のフリースタイルコースのレッスンを受けることにした。以前も参加したことのある、太陽礼拝を中心とした比較的激しいレッスンである。

 受付でロッカーの鍵を受け取るときに対応してくださったスタッフと、確か以前にもどこかでお目に掛かったことがあるはずだと思いながら記憶を辿ってみると、梅田店のスタッフであることを思い出した。私は彼女のレッスンを何度か受けている。思わず、
「今日はこちらにご勤務ですか?」
という言葉が喉から出掛かったのだが、まだ一度も挨拶以外の話をしたことのないスタッフだったので、またもやその言葉を心の奥のほうに引っ込めた。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、何と、私を入れて五人の参加者しかいなかった。少人数制のほうがありがたいと思いながらレッスンを受けていると、レッスンが始まってからしばらくしてもう一人参加されたので、合計六人のこじんまりしたレッスンとなった。私にとっては理想的なレッスンである。

 レッスンを担当してくださったのは、前回の同じレッスンを担当してくださったインストラクターである。残念なことに、彼女は今月一杯で退職されるのだそうだ。そのため、
「これまでレッスンで行って来たことをすべて皆さんにお伝えしておきたいので、どうか覚えて行ってください」
とおっしゃった。ちなみに彼女は、レッスンの内容をこれまでほとんど変えなかったそうだ。

 前回のレッスンと同じように、太陽礼拝のポーズをベースにして、様々なポーズが盛り込まれて行く。はっきり言って、私にはとてもきついレッスンだった。スタジオ内は、三十八度の室温と六十五パーセントの湿度に設定されていたのだが、次第に室温は高くなり、やがて四十度にまで上昇した。もともと南森町店のスタジオは、天井が低いためか、熱気がこもりやすい。ここのところ、レッスン中にあまり汗を掻くことのなかった私もさすがに暑くなり、久し振りにたくさん汗を掻くことができた。おかげで、疲労感はあるものの、とても気持ちの良いレッスンを体験させてもらった。

 レッスン後の瞑想のときに、前回のレッスン同様、チベット密教の法具チンチューの美しい音色が響き渡った。おそらくこのチンチューは、インストラクターの私物なのだろう。ということは、例えこのレッスンを他のインストラクターが引き継ぐことになるにしても、瞑想のあとに美しいチンチューの音色を聞くことは、もうなくなってしまうかもしれない。

 シャワーを浴びて着替えを済ませたあと、受付にロッカーの鍵を返しに行くと、再び先程の梅田店のスタッフが対応してくださったので、私は思い切って、
「今日はこちらなんですね」
と声を掛けてみた。すると、梅田店のスタッフは、
「そうなんです。お久し振りですね。また、梅田店にもいらしてください」
と言ってくださった。これまで一度も会話らしい会話をしたことはなかったが、私のことをちゃんと認識してくださっていたのだとわかり、うれしくなった。

 レッスンを終えてもまだお昼過ぎだった。ガンモは職場の人たちと伊勢に行ってしまったし、私は私で休日を満喫すべく、昼食をとったあと、南森町店近くの商店街を歩いた。以前も歩いたことがあるのだが、この商店街は、名古屋で言うところの大須のようなくだけた雰囲気を持っている。そう、古本屋やリサイクルショップが多いのだ。中でもレンタルボックスと言って、お店にいくつも設置されたボックスをレンタルした人たちが、そのボックスの中で手作りの品や不用品を委託販売しているお店が目立っている。私は、いくつかのレンタルボックスのお店に立ち寄り、骨董市に足を運ぶような感覚でウィンドウショッピングを楽しんだ。

 帰宅してもガンモがいないと思うと、やはり映画館へと足が向く。この日、私は映画を一本鑑賞して帰宅し、一人寂しい夜を過ごしたのだった。

今回のレッスンで着ていたドゥルガーのTシャツ。ドゥルガーは、シヴァ神の妻パールヴァティの化身と言われている

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモはとうとう、職場の人たちと一緒に、伊勢神宮の本宮まで歩いたそうです。やはり、遠かったようですが・・・・・・。(苦笑)しかも、雨が降っていたそうで、砂利道の足場は一層悪かったようです。(苦笑)

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2009.12.08

紙ナプキンの与える影響

映画『沈まぬ太陽』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何故、これほどまでに壮大なドラマが描かれながらも、どこかテレビドラマの延長のように感じてしまったかと考えていたのですが、どうやら要所要所で、いかにもテレビドラマのセットのように感じられる背景に気付いてしまったからだと思います。しかし、こうして振り返ってみると、会社から理不尽な扱いを受けながらも、決して会社を辞めようとはしなかった恩地の選択は感動ものですね。必ずしも会社にしがみついていたというわけではないのに、自分に降り掛かる試練に対し、常に受身であり続けたのですから。

 先日、いつも布ナプキンを購入させていただいているオーガニックの布ナプキン happy-napuさんより、年末まで二割引セールを開催中との案内メールをいただいた。早速サイトを訪問し、かわいらしい図柄の布ナプキンを三枚注文させていただいたところ、早くも手元に届いた。ちなみに、いつも私が購入させていただいているのは、オーガニックコットンのLサイズだ。

いつもかわいらしい図柄がうれしい

思わず頬ずりしたくなるような肌触りのいいオーガニックコットン

 ところで、紙ナプキンやタンポンの使用をやめて、布ナプキンに変えてからは、ずっと快適な生理を迎えていたはずだったのだが、実は最近、どうも様子がおかしい。以前も少し書かせていただいたのだが、布ナプキンを使用し始めてからは、レバーのような塊の出血とはほとんど無縁だったのに、最近は再びレバーのような塊がたくさん出て来るようになってしまったのだ。それだけではない。ここしばらくは、例え二日目であったとしても、ほとんど生理痛もなく快適に過ごしていたのだが、ここに来て、いきなり辛い生理痛に見舞われるようになってしまった。私は、仕事中にカイロをお腹に貼り、お腹を温めて痛みをしのいだ。野菜中心の食生活を心掛け、乳製品も極力摂らないようにしているはずなのにおかしい。

 私は、思い当たる原因として、よもぎ温座パットに付属の紙ナプキンに含まれている化学成分のしわざだろうとほぼ確信している。紙ナプキンを使用するだけで、これほどまでに自分の身体に変化が訪れるとは驚きだった。実はここのところ寒くなって来たので、私は毎日のように、仕事中によもぎ温座パットを使用していたのだ。そのため、紙ナプキンに含まれる化学成分がどんどん身体に吸収されてしまったようである。とは言え、よもぎ温座パットによって子宮周りがぽかぽかと温かくなるのは、それはそれで気持ちがいい。子宮周りを温めるのを諦めるか、重い生理を迎える覚悟を決めるかの二者択一は難しい。「ガンまる日記」に記事を書いてから、よもぎ温座パットを追加注文したこともあり、我が家にはよもぎ温座パットのストックがまだまだたくさんある。ひとまず、子宮周りが温かくなることからも、購入したよもぎ温座パットがなくなるまでは使用を続けようと思っている。

 それ以外の変化としては、やはり生理の周期である。以前はほぼ正確な二十八日周期だったなずなのだが、ここ二ヶ月ほどの間に二十五日、二十六日と、いつもよりもいくぶん早い周期で生理を迎えている。更年期を迎えると、生理の周期が早くなるようだが、生理の出血量も少なくなって来ていることから、やはり私が更年期を迎えたことはほぼ確実なのではないだろうか。相変わらず、仕事中にひどく暑く感じていることからも、やはり更年期の仲間入りをさせていただいているように思う。

 今月、再びI医師の診察を受けて、先月の血液検査の結果を聞くことになっている。いずれにしても、医学的な見地から、私が本当に更年期を迎えているかどうかは、そのときにはっきりするだろう。しかし、できればエストロゲンの底上げ治療は避けたいものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 届いたばかりの真新しい布ナプキンを皆さんにもご紹介したくて、ついつい写真を掲載してしまいました。以前も写真を掲載したことがあるので、ご存知かと思いますが、布ナプキンはとにかく肌触りも良く気持ちがいいので、もしも生理トラブルを抱えていらっしゃる方がいらっしゃいましたら、是非お試しくださいね。紙ナプキンの化学物質の影響で、今回、記事にしたことが確実に起こっているので、皆さんもどうかお気をつけください。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.07

映画『沈まぬ太陽』

釜飯大好き!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。記事を読んでくださって、晩御飯のメニューを釜飯に変更された方がいらっしゃいましたら、とてもうれしく思います。(笑)薄味に炊き上がってしまった釜飯ですが、あとから付け足した粉のだしが効いたようで、薄味は解消されました。だしを侮ってはいけないと、身をもって体験しました。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、ついこの間のことだとばかり思い込んでいたのだが、手帳を見てみると、十月三十一日の鑑賞となっていた。もともと、本作を鑑賞したいと言ったのはガンモのほうだった。レイトショーで鑑賞するにはあまりにも上映時間が長過ぎるので、派遣会社の福利厚生サービスを利用して、前売券を購入して鑑賞するに至った。ちょうど本作が公開された頃、尼崎に大きな映画館がオープンしたばかりだったので、カングーに乗って、二人でいそいそと出掛けて行ったのである。

 オープンしたばかりの新しい映画館は、大型ショッピングセンターの中にあった。そう、まるで私たちの住んでいる市に昨年オープンしたばかりの大型ショッピングセンターのようだ。しかし、尼崎の大型ショッピングセンターは、オープンしたばかりだというのに、私たちの住んでいる市の大型ショッピングセンターに比べると、人の入りが少なかった。映画館も比較的空いていた。この映画館のチェーン店は、通勤定期券を利用して移動できる通勤沿線にはなかった。しかし、本来五百円の入会金がわずか二百円だというので、思い切って、ポイントカードの会員に加入することにした。加入しておけば、京都までホットヨガのレッスンに出掛けたときに、この映画館のチェーン店を利用できると思ったからだ。

 さて、本作は、山崎豊子さんの同名小説が映画化されたものである。私は原作を読んではいないが、この本が出版されたことは知っている。劇場でも予告編を何度も観て来たので、本作が日本航空をモデルに描かれた作品であることは理解していた。ただ、本作の中では日本航空の名は使われず、国民航空という航空会社名で登場していた。

 上映時間が三時間二十二分と、映画としては非常に長いので、途中で十分間の休憩が入った。これについては、どこの映画館でも同じ方針が取られていたようだ。これまでいろいろな映画を鑑賞して来たが、途中で休憩時間が入るような長い作品にはほとんど出会ったことがない。まるで、宝塚歌劇団の幕間のように、私たちは休憩時間を楽しんだ。

 本作には、対照的な二人が登場する。一人は、自分に正直に生きた渡辺謙さん演じる恩地という男である。恩地はかつて、国民航空の労働組合委員長を務め、会社の体制と激しく戦って来た。そんな恩地と肩を並べて一緒に戦ったはずの三浦友和さん演じる恩地の同期・行天は、やがてフェイドアウトするかのように労働組合を抜けてエリートコースを歩み始める。間もなく会社は、労働組合に参加していた人たちに対し、差別的な任務を強いるようになる。恩地は、十年にも及び、海外の僻地へ飛ばされ、恩地と一緒に戦って来た社員たちも、職場であからさまに虐げられるようになるのだ。

 はっきり言って、本作は、日本の企業の最も嫌なところが描かれている作品と言っていいだろう。私は、コンピュータ業界という比較的新しい分野の企業で働いているため、本作のような体制を取っている会社に出会ったことはない。しかし、比較的歴史の古い会社の中には、本作に描かれているような権力争いがあったり、労働組合の活動を通じて会社を敵に回したという理由で、従業員を僻地に左遷したりする会社もあるのかもしれない。私は、まるで政治の世界を見ているようで、とても嫌な気分になった。会社のある部分が機能せずに凝り固まって、権力によって不公平に動かされている。一生懸命働いているのに、そんな理不尽なことはない。

 そんな体質の会社だからこそ、恩地のようにまっすぐな人間性がプラスに表現され易くもなる。長年の海外赴任から帰国したばかりの恩地は、御巣鷹山に墜落してしまった国民航空のジャンボ機に乗っていた犠牲者の遺族らと国民航空との重要な接点となる。単に企業の歯車の一員としてではなく、一人の人間として遺族らに熱心に接し続けて来た恩地に対し、遺族らは次第に歩み寄りを見せつつあったように思えた。恩地は、足を向けるには不便なところにある御巣鷹山に何度も何度も足を運び、墜落事故で亡くなられた方たちの冥福を祈る。

 墜落事故の遺族らと国民航空の対応の温度差を示す印象的なシーンがある。国民航空のトップが、お詫びのためにある遺族を訪問するのだが、仏壇にお線香をあげようとするも、国民航空のトップは被害者の名前さえも暗記してはいない。トップの補佐が、持っていたリストをカンニングのように読み上げ、ようやく被害者の名前を口にする。そうした態度に対し、激しい怒りを感じた遺族が国民航空のトップに水を振り掛けるのだが、国民航空のトップの補佐役は、水がこぼれてしまった遺族の家ではなく、自分の会社のトップの服が濡れてしまったことを真っ先に気遣う。実際に起こった出来事なのかどうかわからないが、あくまでも企業の歯車の一員として、あたかも流れ作業のように遺族に接し続ける国民航空のトップらと、墜落事故で愛する家族を喪った遺族との大きなギャップを映し出す描写であったと思う。

 三時間二十二分という上映時間は実に盛りだくさんな内容をスクリーンに映し出した。のちに、運営が傾きかけた国民航空に他の民間企業から迎え入れられる国見会長と恩地の関係は実にいい。恩地にとっては、国見会長との出会いが、彼の長い長い国民航空勤務における黄金時代だったのかもしれない。

 とは言え、国見会長とは関係のないところで、国民航空と政治家たちとのどす黒い繋がりも見え隠れしている。すなわち本作は、国民航空という大企業の裏の裏側までしっかりと映し出しているのだ。そのためか、本作が公開されたあと、モデルとなった日本航空の社内報では、本作が批判されたらしい。これをフィクションと捉えるか、それとも現実と捉えるかは、鑑賞する側に委ねられているとは思うのだが、これだけドロドロしたものがはっきりと映し出されると、日本にはこういう企業もあるのではないかと頷いてしまう。

 一人の人間が企業に一生を捧げることは、一体どのようなことなのだろう。恩地のように、権力に惑わされることなく、常に自分に正直に生きるのか、それとも、エリートコースを目指した行天のように権力に寄生しながら生きるのか。本作は、企業で働く人たちに対し、企業における自分自身の在り方を暗に問い掛けているようにも思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 長い長い作品ではありましたが、いくつもの山場があり、長さを感じることなく鑑賞することができました。ただ、何となくお金を掛けたテレビドラマを見ているような感覚もありました。内容が、あまりにもドロドロとし過ぎていたからかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.12.06

釜飯大好き!

そろそろ私も・・・・・・の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 眼鏡の専門家からすれば、百円ショップで売られているような老眼鏡を使用することは問題視されているようですね。それでも、使用頻度や、まだまだ度数がフィックスしないことを考えると、ついつい百円ショップを利用したくなります。

 私の実家の母は料理が大好きで、私たちが実家に帰省すると、いろいろな手料理で私たちをもてなしてくれる。何故、私は母に似なかったのだろうと時々思うのだが、親子といえどもそれぞれ別の意思を持った存在なのだから、仕方がない。そんな母の手料理の中で、私たちが最も気に入っているのが釜飯である。

 夫婦共働きで仕事をしていると、どうしても外食が多くなりがちなのだが、そんな私たちの状況をふまえてか、先日、実家の母が釜飯セットを送ってくれた。釜飯セットと言っても、市販されているようなレトルト食品ではなく、母がスーパーで買い求め、適当な大きさにカットしてくれたしめじやエノキダケ、それから刻まれた竹輪などがセットになったものだ。それに、だし醤油と粉末のだしが添えられていた。

 届いてからすぐに調理に取り掛かりたかったのだが、我が家はいつも炊飯器にめいいっぱいの五合半のお米を炊いているので、炊いたご飯がなくなるまで、あと二日ほど必要だった。

 そして、ガンモが休日出勤の代休を取っていたある日、私が自分のお昼のお弁当を詰めると、炊いていたご飯がすっかりなくなった。ガンモの仕事が休みの日だったので、できれば次のご飯の用意をしておきたかったのだが、何しろ朝は出勤の準備でひどく慌しいため、空っぽになった炊飯器をそのままにして出掛けてしまった。心の中では、母が書いてくれた釜飯のレシピを頼りに、ガンモが釜飯を作ってくれたらいいのに、などと都合のいいことを考えていた。

 ところで、私は仕事中、携帯電話の着信音もバイブも鳴らさない設定にしている。電話やメールの着信があると、小さなランプだけが点灯するようになっているので、仕事中はときどきそのランプを確認している。仕事中、ふと携帯電話に目をやると、点灯しているランプの色で、ガンモから電話の着信があったことに気が付いた。しかも、着信履歴を見てみると、時間を隔てて二回も入っている。ガンモが私の仕事中に電話を掛けて来るのは珍しいことなので、一体何ごとだろうと思い、折り返し、ガンモに電話を掛けてみた。すると、電話に出たガンモは、
「釜飯の作り方を教えてくれ!」
と言う。ガンモは、冷蔵庫に母が送ってくれた釜飯セットが入ったままになっていたので、気に掛けていたらしいのだ。そして、母のあの味を再現できるなら、自分で釜飯を作ろうと思い立ってくれたらしい。私は、母の書いてくれたレシピが、母から届いた荷物の中に入っているはずだと答えたあと、
「実は、釜飯の材料を無駄にしたくなかったので、ガンモに釜飯作りを頼もうと思ってたところだったんだよ。どうもありがとう」
と言って、電話を切った。

 仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは無事に母の書いてくれたレシピを探り当て、釜飯を作ったという。思ったよりも簡単だったらしい。そして、少し遅めのお昼ご飯にその釜飯を食べたそうだ。ガンモは、
「うまい!」
と絶賛していた。ガンモ曰く、その釜飯は、母の味が見事に再現されているという。

 私は、ガンモの炊いてくれた釜飯を食べたくて、急いで帰宅した。帰宅してすぐに炊飯器を開けてみると、ふっくらとしたご飯の中に、しめじやエノキダケがこんもりと炊き込まれ、いつもよりも炊飯器の中身が盛り上がっていた。私は、お茶碗に釜飯を装い、まずは一口、味見してみた。確かにおいしい! 間違いなく母の味だ。あまりにおいしくて、いつもよりも食が進んでしまったほどである。ガンモは、
「明日のお弁当に、釜飯、持って行くんだろ?」
と私に尋ねた。ガンモは、何だか釜飯が減ってしまうのを惜しんでいるかのようである。私は、
「もちろん、持って行くよ」
と答えた。

 翌朝、私は予定通り、お弁当に釜飯を詰めて持参した。ガンモが仕事に出掛けて行くときはいつも、私が三ノ宮駅に着いた頃にガンモの携帯電話にモーニングコールを入れることになっている。というのも、私が五時に起床したあと、ガンモのために目覚ましを七時過ぎにセットし直しているためだ。もしも目覚ましの再セットが不十分だった場合でも、私が三ノ宮駅に着いた頃にガンモに電話を掛けて起こせば、ガンモはまだ仕事に間に合うからだ。

 いつものように、ガンモはちゃんと起きていた。私はふと思い付き、
「もしかして、朝ご飯に釜飯を食べようと思ってるでしょ?」
と尋ねると、
「ばれた?」
と言う。いつもは朝食にパンを食べているガンモだが、きっとその日は釜飯を朝食に食べるだろうと思っていたのだ。やはりガンモも私と同じことを考えていたようだった。それくらい、私たちはその釜飯がお気に入りだったのだ。

 その日、私は仕事から帰宅したあと、自宅で釜飯を夕飯に食べた。ガンモは仕事で帰りが遅かったが、やはり帰宅したあと、自宅で釜飯を食べた。四合炊いた釜飯は、その翌日、再び私がお昼のお弁当に持参するとなくなってしまった。そして、次のご飯を炊いたのだが、母が送ってくれた釜飯セットは使い切ってしまっていたので、いつものように白いご飯を炊いた。すると、ガンモが、
「二合くらいにしておかなかったの?」
と言う。どうやらガンモは、次の休みの日にスーパーに出掛けて、しめじやエノキダケなどを買い込み、母が送ってくれただし醤油を使って自分で釜飯を作ろうと思い立ったらしい。しかし、私が炊飯器にめいいっぱいの五合半の白ご飯を炊いてしまったので、それは叶わなかった。

 母に釜飯が大好評だったことを話すと、それからしばらくして、再び母から釜飯セットが届いた。今度は私の仕事が休みだったので、母のレシピに従って、私が釜飯を炊いた。ふっくらとしたほくほくの釜飯が炊けたのだが、母に指示されていたよりも粉末のだしの量を少なくしてしまったためか、ちょっぴり薄味になってしまった。私はまさか、そんなにたくさんのだしが必要だとは思わなかったので、母から届いた粉末のだしを、全部使わずに少しだけ入れて蓋を閉めてしまったのだ。あまりにも薄味だったので、私は釜飯が炊き上がってから、残してしまった粉末のだしを温かいご飯に振り掛けた。ガンモは出掛けて不在だったのだが、帰宅するとおいしそうに釜飯を食べていた。

 多くの子供たちがカレーを好むのは、普段の白いご飯という日常に対し、カレーがとびきりの非日常だからだと思う。そのときだけ特別な気がするのだ。私たちにとっての釜飯も然りである。しかし、夫婦共働きの私たちにとっての釜飯とは、決して敷居の高いものではなく、ほんの少し手を伸ばせば届くところにある非日常だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母から届いた釜飯セットの中に、刻み竹輪が含まれていたのですが、その竹輪を見た途端、胸の中に熱いものが込み上げて来ました。竹輪そのものではなく、不精な娘のためにわざわざ刻んで送ってくれたんですよね。私は、その刻み竹輪を、何年経っても忘れないように、しっかりと自分の胸に焼き付けました。

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2009.12.05

そろそろ私も・・・・・・

映画『ATOM』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。海外の作品を鑑賞するときは、できるだけ字幕版で鑑賞したいと思うのですが、本作は吹替え版での鑑賞となりました。字幕版を上映している映画館が見付からなかったのですが、そもそも日本では、字幕版は上映されていたのでしょうか。

 先日、仕事に必要な書類をプリントアウトした際、印刷物を手にして驚いた。何故なら、目も眩むほど小さな字で印字されていたからだ。私は、目をしょぼしょぼさせながら印刷物に目を凝らした。これまでにも、仕事中に印刷物を目にしたときに、目が眩むような思いをしていたので、私は来るべき老眼に備え、職場にルーペを持参していた。そのルーペを使ってしばらく印刷物とにらめっこしていたものの、他の人たちはこの小さな文字の印刷物を見てどのように感じるのか、確認したくなった。

 三十代前半の派遣仲間は、確かに文字が小さいが、ストレスを感じずにちゃんと読めると言う。一方、四十代前半の男性社員は、私と同じように、文字が小さくて読みにくいと言った。この書類を作成した別の男性社員も四十代前半のはずだが、果たして彼はこの印刷物を難なく読めるのだろうかという話で盛り上がってしまった。二十代半ばの派遣仲間は、四十代の私たちの話を、自分にはまだ早いといった感じでニコニコしながら聞いていた。

 ちなみに、最初に登場した三十代前半の派遣仲間は、
「私は近視だし、乱視も入っているので、老眼にはならない」
などと口走り、周りから、
「それは違うよ!」
と指摘されていた。実は私も、昔は彼女のように、近視の人は老眼にはならないと思っていたものだった。そんな私も、近視かつ乱視なのに、そろそろ老眼を迎えようとしている。

 ところで、私よりも二学年上のガンモは、既に遠近両用眼鏡を愛用している。最初に作った遠近両用眼鏡の度数が合わなくなり、つい先日、新しい遠近両用眼鏡をこしらえたばかりだ。ガンモが遠近両用眼鏡を使い始めてから、既に二年ほど経っているはずなので、私もそろそろなのだろうかと思い始めている。

 とは言え、私は普段、コンタクトレンズを愛用しているので、コンタクトレンズの上から老眼鏡を掛けることになるのだろう。しかし、先走って老眼鏡を作り、この先、老眼が進む度に老眼鏡を作りかえるのももったいない。そこで、気軽に利用できる百円ショップに足を運び、+1.50と書かれた老眼鏡を早々と買ったみた。実際に購入したのは、今回、職場で印刷物の文字が小さくて読み辛いと感じるよりもずいぶん前のことである。購入した老眼鏡は、これまで使われることがなく、ずっとお守りのように持っていたのだ。

百円ショップで購入した+1.50の老眼鏡

商品の裏に記載された注意書き

 先日、ガンモに職場で印刷物が読み辛かったことを話し、百円ショップで購入しておいた老眼鏡をかけてみた。すると、思いのほか良く見えるではないか。
「良く見えるよ、ガンモ」
と私が言うと、ガンモは、
「ケント・デリカットみたいだよ」
と茶化したあと、
「良く見えるなら、掛けた方がいいんじゃないの?」
と付け加えた。しかし、あれば良く見えるという程度で、なくてもほとんど困らない程度なのである。インターネットの閲覧に使用しているブラウザも、普段は文字の大きさを「最小」に設定しているくらいだ。

 そのとき私は、その老眼鏡の年齢目安に「45歳~50歳」と印字されているのを確認した。まるで、子供のおもちゃのパッケージに記載された対象年齢のようである。私はまだ四十四歳だ。この眼鏡を使うのは、四十五歳になってからにしようか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 老眼鏡を使い始めるのに、微妙な年齢となってしまいました。私の場合、白髪染めデビューはずいぶん早かったですが、現在、更年期を迎えているかもしれず、老眼鏡も必要になりつつありました。年齢を感じるこの頃であります。(苦笑)

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2009.12.04

映画『ATOM』

同じ土俵に立つ(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m TOEIC運営委員会にお願いがあります。公開テストの受験会場を決めるときに、同じ住所からの申し込みであれば、受験会場を同じにしてください。(笑)まだ新婚の頃に受験したTOIECの試験で、たまたまガンモと同じ会場で受験することができたのは、ラッキーだったのかもしれません。

 アトムの映画が公開されるという話を聞きつけ、兵庫県内で上映されている映画館を探していたところ、私の活動範囲内で一軒の映画館が候補に上がった。とは言え、ここ最近の慢性的な寝不足から、平日のレディースデイには足を運ぶことができなくなってしまったため、格安料金で映画を鑑賞するには、休日のレイトショーで鑑賞するのが常となっていた。しかし、私がピックアップしたその映画館はレイトショーを上映している映画館ではなかったのだ。はてさて、どうしたら格安料金でこの映画を鑑賞できるのだろうと思案していたところ、派遣会社の福利厚生サービスでこの映画の鑑賞券が格安で販売されていたので申し込み、結局のところ、最初にピックアップした兵庫県内の映画館ではなく、大阪・梅田の映画館でホットヨガのレッスンの帰りに鑑賞することになった。十月二十四日のことである。感触的には、話題性のある映画であるにもかかわらず、上映されている映画館の数が少ないように思えた。

 最初にお断りしておくが、私は特にアニメ好きというわけではない。鑑賞する映画も、圧倒的に実写版のほうが多い。アニメを鑑賞するのは、年に一回、あるかないかの頻度である。私がアニメを積極的に鑑賞しない理由は、もともと映画というものが現実とは違うバーチャルな世界が描かれたものであることを常に意識してはいるものの、それがアニメになると、ますますバーチャル度が加速してしまうからだと思う。実写版の映画を鑑賞することで、少しでも現実の世界に足を留めておきたいのだろう。

 また、昔のアニメならまだしも、コンピュータ業界に従事している私が言うのも変だが、最近の映画やゲームはコンピュータで描かれているためか、温か味を感じられないのことも、アニメの鑑賞に積極的になれない理由の一つである。その昔、私はテレビゲームにとことんはまったことがあった。今から二十年以上も前の大学生の頃のことである。その頃は、家庭用ゲーム機器の性能も今ほど優れていたわけではなく、大好きなロールプレイングゲームを楽しむのに、テレビの画面に大きなドットのキャラクターが映し出されていた。私は、そんなキャラクターに愛着を感じたものだった。ところが、テレビゲームがCD-ROMに焼き付けられるようになってから、扱う情報量が一気に増え、テレビゲームの映像の質が格段にアップした。それと同時に、テレビゲームのキャラクターからも温か味が消えてしまった。以前よりも動きがなめらかではあるのだが、どこか表情のないキャラクターが増えて来たように思うのだ。テレビゲーム同様、アニメ業界にも同じようなことが起こっていた。

 本作も、コンピュータで処理された映像という感じは拭えなかった。映像に、アナログの時代の曖昧さがないのだ。とは言え、香港とアメリカの合作映画であるにもかかわらず、ストーリーそのものは、手塚作品のアトムの精神性を忠実に引き継いでいるように思う。手塚作品のアトムがずっと悩んでいたであろう、ロボットと人間との共存方法、そして、テンマ博士の亡くなった息子トビーを再生する形で作られた代用品ロボットとしての自分の在り方。アトムの物語をたった一つだけ生み出すとするならば、アトムが抱えていたであろうこれらの葛藤が表現されていなければもぐりだと思う。その点、本作の製作者は原作者の手塚治虫先生からすれば外国人であるにもかかわらず、手塚作品のアトムを実に良く研究されていると感じた。

 本作は、アトムがトビーの代用品としてではなく、オリジナルな自分としての居場所を見付けるための物語だと言ってもいい。どんな関わり方であれ、他の登場人物だちは、アトムからアトムらしさを惜しみなく引き出している。私たち日本人の知っているアトムとはまったく違うアトムではなく、私たちの知っているアトムが生まれ変わったという感想を抱いた方も多いのではないだろうか。コンピュータグラフィックの冷たい映像が、原作に対する敬意と理解により補われた良き作品だったと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 普段、携帯電話やノートパソコンの電池の消耗具合を気にしながら生活しているからでしょうか。鑑賞中、アトムは充電しなくてもいいのだろうかと、心配になってしまいました。原子の子だから、長持ちするのでしょうか。それにしても、古い作品が、こうした形で蘇るのはいいですね。原作への裏切りのない作品だと思います。

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2009.12.03

同じ土俵に立つ(後編)

同じ土俵に立つ(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の受験会場となった神戸学院大学ポートアイランドキャンパスはとても新しく、きれいな設備を整えていました。講義室の椅子の座り心地も良く、また、私の持ち歩いている大きな荷物も隣の席や座席の下に収めることができたので幸いでした。調べてみると、神戸学院大学は、三つのキャンパスにまたがっているいるようです。私が足を運んだのは、その中の一つだったというわけですね。

 ご存知のように、TOEICの試験はリスニングとリーディングの試験で構成されている。最初に行われるのはリスニングの試験である。リスニング問題の始めに、リスニング問題の解答方法が音声で流されるのだが、私はこれまでに何度もTOEICの試験に臨んで来たので、その音声が流れている間に問題用紙のページをめくり、リーディング問題の最初のほうにある問題を素早く解いた。そして、リスニング問題の本番開始直前になると、大急ぎでリスニング問題のページに戻り、今度はリスニング問題に集中した。そんなことを、他のリスニング問題のときにも実践し、気が付けばリーディング問題に解答する時間を稼いでいた。

 TOEICのリスニング問題には、いろいろな国で話されている英語が混じっている。私はここのところ、BBCをMP3化して毎日のように聴き込んでいたので、リスニング問題に関しては、これまでよりも気軽に構えていた。しかし、それでもやはり、聞き取れない問題も多かった。

 リスニング問題が終わり、そのままリーディング問題へと流れ込んだ。私はここのところ、リーディング問題が始まると、後ろのほうにある長文読解からまず最初に取り組んでいたのだが、それをやめて、地道に最初の問題から解いて行くことにした。例え長文読解に時間を費やしたとしても、解けない問題をいくつか残してしまうものだが、リーディング問題の最初のほうにあるのは穴埋め式の文法問題なので、それほど時間を費やすことなく問題をこなすことができるからだ。

 その方法で突き進めてみたものの、やはり最後は時間が足りず、残った長文読解の問題の一部をすべて"B"で塗り潰すという超能力を使って試験終了となってしまった。とは言え、今回の試験では、珍しく集中力が持続したと思う。そのため、同じ問題を何度も読み直すという時間のロスが少なかった。

 試験終了後、解答用紙と問題用紙が試験官によって集められ、念入りに集計された。試験官が他の人の解答用紙を集めているときに、他の方の解答用紙がチラリと見えた。見ると、その方の解答用紙は、私のように一部の問題を一つの選択肢で埋め尽くさずに、最後まで丁寧に答えていた。ということは、その方は、今回の試験で、私のように時間が足りないわけではなかったのだろう。そのことが、私にはほんの少しショックだった。

 試験官が解答用紙と問題用紙の集計を終えると、ようやく解散となった。教室を出た私は、外の美しい景色に見入った。今回、私の試験会場となった神戸学院大学のポートアイランドキャンパスは、海の見えるキャンパスだとガンモが言っていたが、確かに外に広場のようなところがあり、そこから海を眺められるようになっていた。こんな素敵な環境で学ぶことができたら、大学生活もきっと楽しいことだろう。

海の見えるキャンパス

海に続く広場と大学の建物

 海を眺めていると、ガンモから電話が掛かって来た。私は、自分のほうが早く解散できたと思い、おそらくまだ解散できていないであろうガンモに電話を掛けるのをためらっていたのだ。ところが、ガンモのほうも比較的早く解散できたようである。

 私たちは半ば興奮しながら、今回のTOEIC公開テストについて語り合った。ガンモは、リスニング問題の途中で眠くなってしまったそうだ。私が、
「リーディング問題で、時間が足りなくて○問残しちゃったよ」
と暴露すると、ガンモは、
「えっ? ○問も残したの?」
などと、ちょっと小ばかにしたような口調で言った。ガンモも試験問題を何問か残したようだが、私とは残した数が違う。ちょっぴり悔しい。

 私は、
「でも、今回の試験は確実に手ごたえがあったなあ。毎日のように、BBCばっかり聴き込んでたけど、その成果はリスニングには活かされずに、むしろリーディングに活かされたような気がするよ」
と言った。それに対しガンモは、またいつものほら吹きが始まったというような口調で私の言葉を軽く受け流した。

 TOEICの公開テストのあとは、どこかに集合してガンモと一緒に映画を鑑賞したかったのだが、ガンモは夕方から深夜に掛けて仕事が入っていたので、私は一人で映画館に足を運ぶことにした。それにしても、今回の試験結果が今から楽しみでたまらない。私の解答用紙だけ超特急で採点して、結果をこっそり知らせてくれないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m およそ一年振りに受けたTOEICの公開テストが無事に終わりました。結果が出るのは、およそ一ヵ月後だと思います。今回は、意外にも集中力が持続したので、自分でも驚いています。また、まるで自分が発見したような気になっていましたが、リスニング問題の解答方法の説明中にリーディングの問題を解くというのは、昔から伝えられているTOEICに打ち勝つノウハウの一つなのだそうです。そんなわずかな時間さえも無駄にしようとはせずに、人々はTOIECの問題に真剣に取り組んで来たんですね。

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2009.12.02

同じ土俵に立つ(前編)

ホットヨガ(一六九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガには、身体を動かすことのほかに汗も掻きに行っているというのに、汗を掻かなくなってしまったのは困りものであります。仕事中はホットフラッシュのような症状に悩まされるのに、ホットヨガのスタジオでは顔のほてりもないのが不思議です。もしかすると、エコなどの関係で、レッスン中、以前よりも低い温度に設定されているのかもしれません。

 十一月の最終日曜日は、TOEICの公開テストの日だった。ガンモも私もこの公開テストを申し込んでいたので、およそ一年振りに同じ土俵に立つことになった。公開テストの十日ほど前にそれぞれ受験票が届き、ガンモは甲南大学、私は神戸学院大学のポートアイランドキャンパスで受験することが決まった。私には、およそ一年前に市内にある女子大学まで、自転車で迷いに迷いながら、試験が開始される少し前にようやく辿り着いたという苦い経験がある。そのため、今回も同じ女子大で受験することになるのではないかと半ば覚悟を決めていたのだ。しかし、届いた受験票に印刷されていたのは、予想外の大学名だったので、驚いた次第である。

 ちなみに、ガンモの受験会場となる甲南大学は、JR神戸線の摂津本山(せっつもとやま)駅から徒歩十五分のところにある。我が家からは、三宮に出掛けて行くよりも近いはずだ。一方、私の受験会場となる神戸学院大学は、神戸市の埋立地の一つであるポートアイランドにある。三宮からポートライナーに乗り換えて、市民病院前で下車して十分程度歩いたところにある。

 私たちは、試験の前夜、用意した写真をそれぞれの受験票に貼り付ける作業を行った。毎回のように公開テストを受けているガンモには、既に証明写真のストックがある。一方、私はというと、派遣会社が主催するTOEICのIPテストでは、受験票に写真の添付は必要ないため、自宅の最寄駅近くにある証明写真撮影機で写真を撮影した。そして、撮影したその写真を、ガンモからハサミと糊を借りて自分の受験票に貼り付け、更に受験票に署名も添えた。

 ご存知のように、TOEICの公開テストを受験するには、身分証明書の提示が必要である。受験票に貼り付けられた写真の人物と、その受験票を持参した人物が同一人物であることを証明するためのものだ。ガンモには運転免許証もあるし、顔写真入りの社員証もあるのだが、私は免許証もなく、おまけに派遣社員のため、顔写真入りの社員証もない。あるのは、職場の顔写真入りの入門証だが、これがTOEICでも有効な身分証明書になるのかどうかはわからない。そこで私は、今回もパスポートを持参することにした。

 いよいよ試験当日を迎え、ガンモよりも受験会場が遠い私は、一足早く家を出た。TOEICの試験は十三時から本番開始となるのだが、遅くとも十二時半までには受付を済ませて入室しておかなければならない。そして、試験が終了するのは十五時過ぎである。ということは、お昼ご飯を食べる時間がないのだ。そこで私は、ポートライナーに乗り換える前にコンビニでサンドイッチと飲み物を購入して、軽く腹ごしらえをしておいた。

 ポートライナーは、かつて通勤に使用していた路線である。とは言え、神戸空港が開港してからは、ポートライナーの運行状況も変わって来た。行き先を確かめてポートライナーに乗り込み、市民病院前で降りると、予め確認しておいた方向に向かって、TOEICの受験者らしき人たちがぞろぞろと歩いていたので私も付いて行った。途中に見えて来た神戸女子大のキャンパスを見送ってしばらく歩くと、奥のほうにきれいなキャンパスが見えて来た。

神戸学院大学のポートアイランドキャンパス

 埋め立て地に作られたこのキャンパスは、神戸市に所在しながらも実に広々としていた。私は、川崎市内の大学に通っていたので、こうした広々としたキャンパスは実にうらやましい。何となく、外国のどこかに足を踏み入れているような感覚もある。

広々としたキャンパスで気持ちがいい

 入口に提示されている受験番号と自分の受験票に印刷された受験番号を照らし合わせ、実際に試験を受ける教室を確認した。そして、指定された教室の入口でパスポートと受験票を提示して教室の中に入った。

 新型インフルエンザの感染が拡がっているため、TOEIC運営委員会からは、マスクの着用を求められていたはずだったが、マスクを着用している人は少なかった。もちろん、私はマスクを着用していた。

 試験のインストラクション開始までまだ時間があったので、私は解答用紙に必要事項を書き込んだり、トイレに立ったりして過ごした。トイレに立ってみると、教室の外でひっそりと飲食している人たちがいた。なるほど、やはり昼食をとる時間がないので、公開テストに慣れている人たちは、何とかして昼食の時間を捻出されているようだ。私がしばしば受けている派遣会社主催のIPテストは、毎回、午前十時に集合なので、お昼過ぎには試験が終わり、早々と自由の身になることができる。しかし、TOEICの試験会場には、遠方から足を運ばれる方もいらっしゃるので、そうした方々の移動時間も考えて、お昼過ぎの集合時間が設定されているのだろう。

 十二時半になると、試験のインストラクションが開始された。試験の注意事項や解答用紙への記入方法などが放送で流される。このあと、トイレ休憩が取られたので、私は再びトイレに立った。空調設備が整ってはいるものの、大学の講義室は広く、気温が低かった。トイレから帰った私は、持参したひざ掛けをひざの上にしっかり掛けて、肩にはジャケットを軽く羽織った。試験中、暖房のために教室内が暑くなり、ホットフラッシュの症状が出るのはいやだなあと思っていたが、この寒さなら大丈夫である。

 試験開始直前に、携帯電話やデジタルオーディオプレイヤーなどの電源が切られているかどうか、試験官がすべての受験者を念入りにチェックして回った。同時に、身分証明書と受験票の照合がもう一度行われ、厳格な雰囲気のまま試験開始時間を迎えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自律神経がうまく働かない状況にあると、こうした試験のときに、空調の設定温度がひどく気になります。今回は、思ったよりも室温が低く、いつも持ち歩いていたひざ掛けが大活躍してくれました。室温が高ければ、ホットフラッシュの症状に悩まされたはずなので、私にとってはラッキーでした。やはり、快適な状況で受験することは大事ですね。(笑)

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2009.12.01

ホットヨガ(一六九回目)

映画『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 太宰治を良く知る人が本作を鑑賞すると、大谷は太宰そのものに見えるそうです。大谷からは、明るい人が見たら、「一体、何がそんなに気に入らないの?」と詰め寄りたくなるほど暗くネガティブな雰囲気が漂っています。そんな大谷を浅野忠信さんが好演されていました。

 最近は、ホットヨガのレッスンを受ける機会がめっきり減ってしまっていたので、十一月の最終土曜日は気合を入れて、梅田店で六十分の脂肪燃焼コースのレッスンを受けた。脂肪燃焼コースを選んだのは、ここのところ、何となくビギナーコースやベーシックコース以外のレッスンを受けたい気持ちが芽生えていたからだ。とは言え、今の私にとって最も必要なレッスンは、間違いなく骨盤コースのレッスンなのだが、骨盤コースのレッスンを受けるためには、わざわざ京都店まで出掛けて行かなければならず、更なる気合が必要だった。さすがに二週連続で京都店に足を運ぶのは体力的にも厳しかったので、比較的近場の梅田店を選んだ次第である。

 これまでの私ならば、午前中のうちにホットヨガのレッスンを受けておいて、午後からは他の用事をこなすようにしていたのだが、平日の慢性的な寝不足を補う必要があったので、午前中は可能な限り自宅で睡眠を貪り、午後からのレッスン参加となった。

 ところで、梅田店のスタジオは、ビルの三階にある。かつて、同じビルの二階に入っていたテナントがその場所を引き払ってから、もう何ヶ月も経つというのに、まだ次の借り手が見付からずにガランとしていた。不況の波は、いつになったら優しい風を吹き込んでくれるのだろうか。

 さて、今回のレッスンには、私を入れて十二名が参加していた。そのうち、男性会員は一人だけだった。これまでお目に掛かった男性会員の中では最年長の五十代くらいの男性だった。私にとって、脂肪燃焼コースのレッスンを受けるのはずいぶん久し振りのことだったのだが、以前、レッスンを受けていた頃よりも、取るポーズのセットがずいぶん変化していることに気が付いた。ただ、ビギナーコースやベーシックコースのレッスンにも取り入れられている三角のポーズや英雄のポーズが出て来ると、何となく退屈に感じてしまうのだった。おそらく私の場合、骨盤環境が整っていないために、それらのポーズを取っているうちに下半身がグラグラして来るからだと思う。それを認めたくなくて、退屈な気分になってしまうようだ。

 どういうわけか、今回のレッスンでも、私はあまり汗を掻かなかった。更年期障害が始まりかけているからだろうか。それとも、しばらくレッスンに通わないうちに、汗を掻くための穴が閉じられてしまったのだろうか。保冷ボトルに入れた冷たい水をごくごく飲んでも、以前のようにタラタラと汗を掻くことはなかった。

 レッスンを終えて更衣室に戻り、シャワーを浴びた。ホットヨガのレッスンのとき、私はしばしば忘れ物をする。今回の忘れ物は、レッスンのときに着ていたレッスンウェアや下着類を納めるビニールの袋だった。私は毎回、旅行用の衣類圧縮袋にこれらのものを詰め込んでいたのだが、前回のレッスンのあと、ホットヨガ用バッグに戻すのを忘れてしまったのだ。とは言え、こんなことは良くあることである。衣類圧縮袋を忘れてしまったことに気付くと、私は慌てず騒がず、普段持ち歩いているエコバッグを取り出して、衣類圧縮袋の代わりに使用できるした。ビニールの衣類圧縮袋だと、たっぷり汗を掻いていてもその水分が外に漏れることはないのだが、代用品のエコバッグは防水加工されているわけではないので、汗を掻いた衣類をその中に詰め込むと、水分がほんのりとにじんでしまうのだった。しかし、今回はレッスンであまり汗を掻かなかったことが幸いして、不快になるようなことはなかった。帰宅すると、洗濯担当のガンモに、エコバッグごと洗ってもらうことになる。

 シャワーを浴びたあと、ソファの上で冷え取り健康法の靴下を重ね履きしていると、洗面台で、レッスンで使用して余った水をゴボゴボと捨てている人に出くわした。その方は、ペットボトルに残った水をおおかた捨てていた。ほんの少し残っているだけならまだしも、ペットボトルに五分の四程度残っている水をゴボゴボと捨てていたのである。こうした光景は決して珍しくはなく、私も何度か記事の中で綴って来たのだが、今回ばかりはそれを見ていてチクリと胸が痛んだ。何故だろう。うまく言えないのだが、水を捨てていた人は、きちんとした服装で、身なりの整った人だった。そういう人が、自分を美しく保つために、自分に不要なものを容赦なく処分する現場を見てしまったような気がしたのだ。美しさの裏側にある残酷さのようなものを垣間見た気持ちになってしまったわけである。

この日のレッスンで着ていた手描きガネーシャのTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスンのあとに、ペットボトルに残った水を捨てている人の姿は何度も見て来ましたが、今回は特にショックを受けてしまいました。私は、その方よりももっとラフな服装をしています。そのことは、例え自分に不要なものであっても、決して自分から切り離そうとはせずに、含有しながら生きていることの証なのだろうか、とも思いました。身体にとって余分な脂肪をも含めてです。(笑)

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