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2009.11.16

お伊勢参りを試みる

映画『4分間のピアニスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。何と言いますか、ジェニーのピアノ演奏は、練習に練習を重ねて来て熟練者になったというよりも、もともと彼女が生まれもった才能だという気がしました。お手本通りに演奏しているのではなく、ジェニーは既に曲と一体化し、彼女自身の中から曲が生み出されているように感じられました。

 旅行好きの私たちは、鉄道乗り潰しの旅に出るために、かつては月に一度のペースで一泊二日から二泊三日程度の旅行に出掛けていたことがあった。今になって思えば、月に一度のペースで旅行に出掛けるのはさすがに忙しかったが、それでも、そのおかげで日本の様々な土地を訪問することができた。ところが、最近は海外旅行に意識が向いて来たせいか、国内旅行に出掛ける回数がめっきり減ってしまった。

 とは言え、私たちはもともと旅行好きなので、しばらくどこへも出掛けずに大人しくしていると、旅行の虫が騒ぎ始める。先に旅行の虫が騒ぎ始めたのはガンモのほうだった。あるときガンモは、
「どこか旅行に行きたい!」
と言い出した。そして、しばらくインターネットと格闘していたかと思うと、
「今度の週末は伊勢に行くから」
などと宣言するではないか。というわけで、これからしばらくは、今月第二週の週末に出掛けた伊勢旅行について書いてみたいと思う。

 高速道路が割安だというので、午前中のうちに家を出て、ガンモの運転する愛車カングーに乗って高速道路を走り、伊勢神宮の近くまでカーナビに案内してもらった。大変お恥ずかしい話だが、私は伊勢神宮にお参りするのは生まれて初めてのことである。ガンモは若い頃に、伊勢神宮の近くまで来たことがあったらしい。伊勢神宮をお参りするには、まずは外宮からお参りしたあと内宮にお参りするというお作法があるらしいのだが、私たちは時間短縮のため、そのお作法を無視して、いきなり内宮へと足を運んだ。

 さすがに伊勢神宮ともなると、参拝客が多い。駐車場の案内があったので、カングーを停めるべく空きスペースを探したのだが、なかなか見付からない。すると、奥の河原方面にも駐車場があるとの案内があり、河原方面へ向かってみると、そこには広大な駐車場スペースが広がっていた。私たちはその駐車場スペースの広さにに驚いた。しかも、これらの駐車場スペースは無料だ。私たちは、全国から参拝客が訪れる伊勢神宮の偉大さを改めて実感した。

 運良くカングーを駐車場に停めることができたので、私たちは内宮に向けて歩き始めた。ちょっぴりレトロな商店街のようなところを少し歩くと、おかげ横丁と呼ばれるスペースがある。そこには、飲食店街やお土産品売り場などが集まっていた。私たちはそこで、名物の伊勢うどんを食べた。伊勢うどんは、ぶっかけうどんにしょうゆをかけたようなうどんだった。讃岐生まれのガンモと、讃岐の隣の伊予の生まれのうどん好きの私には、うどんに濃いしょうゆがかかっているような伊勢うどんは、ちょっぴり馴染めなかった。とは言え、食べ終わったあとにお汁もきれいにすする、という伊勢うどんのお作法はしっかり守った。

 伊勢うどんだけではお腹がいっぱいにならなかったので、私はそのあと露店で売られている揚げかまぼこを食べた。それでもまだ足りず、揚げたてのコロッケを食べた。それでもやはり物足りず、普段はあんこが苦手なのに、思い切って赤福ぜんざいを食べた。さすがにここまで食べると食べ過ぎかもしれない。

 赤福ぜんざいを食べ終わると、私たちが座っていたスペースのすぐ近くで紙芝居が始まった。何でもおかげ横丁専属の紙芝居師だとかで、なかなか面白い口調だった。「上演中にフラッシュを焚かれると気が散ってしまいますが、わたくし、一生懸命耐えますので、どんどんフラッシュを焚いてくださってもかまいません」などというアナウンスが聞こえて来て、観客の笑いを取っていた。

 お腹も脹らんで来たので、私たちはいよいよ伊勢神宮の内宮に向かって歩き始めた。商店街を抜けると、そこには大きな木の橋が掛かっていた。ガンモ曰く、つい数日前に出来上がったばかりの新しい橋なのだそうだ。私たちは、宇治橋と呼ばれるその橋を渡り、他の参拝客たちと同じ方向に歩き始めた。途中、大学生たちが演奏する宇治橋の完成記念コンサートに聴き入った。とても美しい音色だった。

 ところで私たちは、本宮に参拝するつもりで伊勢神宮にやって来たはずなのだが、ガンモに尋ねてみると、本宮まではまだまだ歩かなければならないらしい。しかも、足元は、ひどく歩き難い砂利道だった。私はその日、というか、最近は例外なくいつもだが、ムートンブーツを履いていた。そのムートンブーツが私の足には少し大きかったためか、砂利道を一歩歩く度に足元がぐらついた。このような状態で、ここからまだまだ遠い本宮まで一歩一歩踏みしめながら歩いて行くのは非常に困難な状況だった。おまけに更年期の影響なのか、軽い頭痛とともに体力も気力も失われてしまっていた。せっかくここまでやって来たというのに、体調も万全ではなく、また長い砂利道を楽に歩いて行くことのできる靴の装備ではなかった。

 私たちのそんな状況とは裏腹に、参拝客たちは軽い足取りで砂利道をいとも簡単に歩いていた。きっと、私よりも歩き難いであろう靴を履いている女性たちでさえも、苦もなく砂利道を歩いていた。とうとう私はガンモに、
「本宮まではとても行けない」
と弱音を吐いた。本宮までは、ここから更に遠いということを知っていたガンモも、
「わかった」
と言ってくれた。

 伊勢神宮の神様には大変失礼なことではあるのだが、私たちは本宮に向けていた足をくるっと反対方向に向け、元来た道を潔く戻った。伊勢神宮の参拝客が多いとは言え、本宮に参拝するのを諦めて、宇治橋を渡った直後に元来た道を戻った参拝客は他にはいなかったことだろう。

 宇治橋を渡り切ったとき、私の前を歩いていた人がふと振り返り、本宮に向かって深々とおじぎをした。信仰心の厚い方である。そのとき私は、神とは何だろうと考えた。日本にも、神が祀られている場所は他にもいくつかある。しかし、その神は唯一の神ではなく、複数いる神のうちの神の一つである。私は、自分の中にいる内的神に対し、神社などに祀られている神を外的神と呼んでいる。こうした神の祀られている場所は、自分の中の内的神と、そこに祀られている外的神を繋げる場所なのではないだろうか。今回、私はその試みを断念した。とは言え、外的神は、わざわざ本宮まで出掛けて行かなければお目に掛かれない存在なのだろうか。外的神は、本宮に続く道を歩き難い砂利道にして、私たちの信仰心を試そうとしているのだろうか。そんなことを考えながら、私はガンモと一緒に駐車場への道をゆっくりと歩いた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、お伊勢参りを試みるをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 伊勢神宮は、全国からたくさんの参拝客が集まるだけあって、とてもポジティブなエネルギーを感じられる場所でした。私は神社に行くと、外的神を感じるというよりも、神社に生い茂っている木々のエネルギーを感じ取ります。伊勢神宮の木々は、確かにポジティブなエネルギーを放っていました。とは言え、実は私が最も好きなパワースポットは、熱田神宮なのです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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