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2009.11.03

映画『ココ・アヴァン・シャネル』

書くことが楽しくなる手帳の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そう言えば、「週刊誌4コマノート・ミニ」を使用していて、残念なことがもう一つありました。それは、再生紙のため、修正テープを使用すると、修正テープの部分だけがまるで絆創膏を貼っているかのように白く浮き上がってしまうことです。(苦笑)

 本作を観賞したのは、九月二十一日のことである。私にはとても心に残る作品だったのだが、何故、これほどまでに世間の評価が低いのかわからない。フランス映画だからなのだろうか? 映画サイトで辛口コメントを書かれている人たちの多くが、鑑賞する前からこの映画に大きな期待を持っていたにもかかわわらず、期待外れで終わってしまっているようである。私が本作を楽しむことができたのは、私自身が普段からシャネルという高級ブランドとはほど遠い生活をしていて、ココ・シャネルに対する先入観も期待もほとんどなかったからかもしれない。

 本作は、かの有名なココ・シャネルの創始者であるガブリエル・シャネルの生い立ちを描いた作品である。今でこそ、ココ・シャネルというと、高級ブランド品という格式高いイメージがあるが、デザイナーを目指す前までのガブリエルは、姉と一緒にカフェで歌を歌っていた。そこで懇意になった貴族エティエンヌ・バルザンを頼り、自らの人生を切り開いて行く。任務を終えて郊外の自宅に戻ったエティエンヌは、ガブリエルとねんごろの関係になったにもかかわらず、ガブリエルの身分が低いことを理由に、ガブリエルとの関係を公にしようとはしない。カフェでのガブリエルに対するあれほどまでの積極性はどこへ行ってしまったのだろう。その、あからさまな態度の変化には、苛立ちさえ覚えてしまうほどだった。

 エティエンヌに邪険に扱われながらも、ガブリエルは何とか彼の家に居座り続ける。エティエンヌに「帰れ」とまで言われ、馬車も用意されたというのに、もはや帰るところのないガブリエルは意地でも帰ろうとはしない。自宅に戻り、貴族としての威厳を取り戻したエティエンヌは、ガブリエルを歓迎しない態度を示しながらも、何となくガブリエルの存在が気になるようだった。しかしそれは、見た目には愛ではなかった。ガブリエルの存在を隠したがるところからすると、愛というよりも欲望だ。

 やがてガブリエルは、もともと得意だった裁縫の技術を活かして、自分で帽子を作ったり服を縫ったりするようになる。そもそもガブリエルは、当時の貴族たちが身に着けている、華やかだが動き難いドレスに対し、反感を持っていたようだ。こうしてガブリエルは、生涯を通じて自分が実践すべき目的に出会うことになるのだった。しかも、それだけではない。ガブリエルは更に、エティエンヌの館でイギリス人貴族のアーサー・“ボーイ”・カペルと出会い、激しい恋に落ちる。

 本作を観賞して感じたのは、のちに偉業を成し遂げる人というのは、才能が開花するまでの間に、助けてくれる重要な人物に出会っているということだ。ガブリエルの場合、エティエンヌとボーイ・カペルがそのキーマンと言えるのだが、後から出会ったボーイ・カペルがガブリエルの才能を活かす方向に動いたのに対し、ガブリエルがボーイ・カペルと出会うきっかけを与えたエティエンヌは、ガブリエルの才能を殺してしまう人だった。ボーイ・カペルは、深いところでガブリエルを理解し、彼女がしたいと思うことをどんどん受け入れてくれたが、エティエンヌはガブリエルの自由意思を尊重せず、ガブリエルの行動を制限し、彼女に秘められた可能性を伸ばそうとはしなかった。

 とは言え、ボーイ・カペルとの交際も、決して順風満帆というわけではなかった。それでもガブリエルは、ボーイ・カペルとの恋に命を燃やしたのだと思う。それなのに・・・・・・。

 ガブリエルを演じているのは、映画『アメリ』の主演女優オドレイ・トトゥである。国際派女優の彼女の出演する作品は、これまでにいくつも観て来たが、やはり彼女の母国であるフランスで製作された作品に出演している彼女を見ていると、とても生き生きしているように見える。男物のシャツやジャケットを作りかえるために布を裁断するときの表情など、真剣そのものだった。

 私はシャネルというブランドを良く知らないが、もともとはファッション性よりも動き易さなどの機能性を重視したコンセプトで成立されたことがわかった。それが何故、世界的に有名な高級ブランドにまで成長したのか、本作からは読み取れなかった。いつの間にか、機能性からデザイン性を重視するコンセプトに変わってしまったのだろうか。むしろ、機能性を重視したコンセプトがその起点であるのならば、そのコンセプトをどこまでも貫いて欲しかったような気もする。そうすれば、シャネルに対してもユニクロのような親しさを持てたかもしれない。今のシャネルのイメージは、着易さや動き易さを追求した男物のシャツやジャケットが原点だったとはとても思いにくい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は観賞していないのですが、シャーリー・マクレーンが演じる別のココ・シャネルの映画もあるようですね。どうやら、観賞された方たちのレビューを拝見すると、そちらの作品のほうが評価が高いようです。これは、両方観賞しておかなければなりませんね。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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