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2009年11月

2009.11.30

映画『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』

iPodにはかなわないの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモが今回の記事を見て、「mpioもディスプレイに再生中の曲名が表示されるの?」などと言いました。mpioには何も表示されないと思っていたようですね。英数字だけでなく、日本語もちゃんと表示されるというのに、悔しいです。(苦笑)

 今年で生誕百年を迎える太宰治さん原作の同名小説を映画化した本作を鑑賞したのは、十月十六日のことである。ヴィヨンとは、フランスの詩人フランソワ・ヴィヨンという人のことらしい。はちゃめちゃな人生を送った詩人らしいので、勝手な想像ではあるのだが、このタイトルには「手の付けられない詩人の妻」、といった意味合いが込められているのだろうか。実際、本編も、浅野忠信さん演じる小説家である大谷が行きつけの呑み屋で盗みを働いたところから始まる。

 本編が始まった途端、私は松たか子さん演じる妻・佐知の持つ魅力に引き込まれてしまった。警察沙汰になりそうなほど対立していた呑み屋の主人たちと、瞬く間に敵、味方のない関係を築き上げてしまうのだから、恐れ入った。彼女の「吸収力」は素晴らしい。そういうところからも、佐知が今後、どのような妻であり続けるのかが窺える。

 世間から認められる素晴らしい小説を世に生み出してはいるものの、行きつけの呑み屋への呑み代は溜まるいっぽうの大谷。妻に愛されながらも、女性関係が絶えない。そんな大谷は、生まれながらにして受け入れ先を探し始めた凸的な存在のように思えた。それに対し、敵、味方のない関係を瞬時のうちに築き上げてしまう妻の佐知は、吸収力が高いことからも、生まれながらにして凹的な存在であるように思えた。凸は自分にぴったりの凹と出会うことで、自分が受け入れられているという安心感を得ることができるのだ。

 通常、映画を鑑賞すると、女性である私は、作品の中の主要人物の女性、すなわち、本作の場合は佐知の生き方に共感したり、また、自分自身を投影したりするものだが、どういうわけか私は、世の中のあらゆることが気に入らなくて、いつも酒浸りで荒れている大谷に自分自身を投影させていた。おそらく、私自身の中に、今の自分を取り巻く環境が自分には合わないという感覚が強いからだと思う。人と深いところで繋がりたいという気持ちとは裏腹に、どこか浅い関係ばかり築き上げてしまう。交わす言葉はそれなりに多くても、私の本質まで触れてくれる人は少ない。そう、思わず私が熱くなるような話題を、私の中から自然に引き出してくれる人は少ない。だからと言って、大谷のように酒浸りで荒れ狂うわけではない。しかし、ホームページやブログなどを通じて、自分は本当はこういう人間であるということを暗に主張することで、本来の自分とのバランスを保とうとしているのかもしれない。

 佐知は、大谷がどんな態度を取ろうとも、決して揺れない。例え大谷が別の女性と心中を図ろうとも、その苦しい現実から逃げ出さずに真正面から向き合おうとする。そのようなことが起これば、自己愛に走りがちなのに、固い愛情で結ばれた凸と凹の関係であるがゆえに、佐知はどんなときも大谷を受け入れようとするのだ。その姿は、先日レビューを書かせていただいた映画『ディア・マイ・ファーザー』の夫・ロミュラスの生き方に通じるものがある。思えば、映画『ディア・マイ・ファーザー』のご夫婦もまた、凸と凹の組み合わせのご夫婦だった。凸凹のご夫婦は、一見、アンバランスに見えてしまうのだが、それは、凸の人が取る行動にばかり注目してしまいがちだからだと思う。凸の人の取る行動をしっかりと受け止めている凹の人の行動にも注目することで、二人の間に特別なバランスを見出すことができるはずだ。とびきり凸な人が、その突出した部分をすべて受け入れてくれる凹の人に出逢い、夫婦になった。この物語はそんな物語なのだと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m うまく行く夫婦というのは、凸と凹のバランスが取れているのでしょうね。あまりの辛さに佐知が自己愛に走り、凸である大谷を自分から決して切り離そうともせずに、どこまでもどこまでも大谷の凹であり続けようとする姿は感動ものです。何というか、決して切っても切れない本当の夫婦の絆を根本から築いて行こうとしているような、そんなご夫婦でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.11.29

iPodにはかなわない

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これでいったん、ブリージングストレッチセミナー in 神戸の記事を完結させていただきましたが、書き足りないことがあれば、また補足させていただきますね。セミナーの話の流れでは、次回の神戸講演がありそうな雰囲気でしたが、さて、どうでしょう。もしも開催されるなら、また是非とも参加させていただこうと思います。次回は、本格的な筆記用具を持参します。(笑)

 先日、ガンモがネットオークションで第三世代の四ギガバイトのiPodを落札した。iPodを欲しがる人は思いのほか多く、何度も何度も入札しては破れ、ようやく落札にこぎつけた。本来ならば、八ギガタイプのものが欲しかったらしく、間違えて四ギガタイプのものに入札してしまい、競争率が低かったために運良く落札できたようだ。何とものんびりした出品者で、落札してから商品が手元に届くまでに何日も掛かってしまった。

 ガンモはかつて、会社からハワイ旅行に招待されたときに参加した抽選会でiPodシャッフルを当てている。とは言え、こじんまりとしたiPodシャッフルでは、胸を張って、「自分はiPodユーザである」と宣言することはできなかったようだ。

 実は、ガンモがネットオークションでiPodを求めたのには、理由があった。その理由とは、愛車カングーに付属のCDプレイヤーにiPod装着用のアダプタを取り付けることができるからだ。カングーの中で従来通り、CDを聴くのもいいのだが、MP3化しているソースもたくさんあり、それらをカングーの中で聴くことができればドライブももっと楽しくなると思い、ガンモはネットオークションでiPod装着用のアダプタとiPod本体をそれぞれ落札したというわけである。

 手元に届いたiPodは、第三世代のものであるにもかかわらず、その操作性の良さには目を見張るものがあった。洗練されたデザインはもちろんのこと、ぐるぐると回るダイヤルとメニューとの高い連動性には驚かされるばかりだった。ガンモは、
「俺の携帯電話がいかに使いにくいかを思い知らされたよ。iPhoneが売れる理由が良くわかるなあ」
と感心していた。思えば、昔からアップルコンピュータという会社は、ユーザインターフェースの向上に力を入れて来た会社だった。

 さて、ようやく堂々と「自分はiPodユーザである」と胸を張って宣言できるようになったガンモがiPodを褒めちぎると、私が普段使っているデジタルメモリプレイヤーの肩身が狭くなってしまった。何を隠そう、私が使用しているデジタルメモリプレイヤーは、mpioというちょっと癖のある商品である。ずっと以前に、CD-ROMタイプのmpioプレイヤーを愛用していたのだが、購入したときに操作スイッチが反対に取り付けられていたため、販売店に持ちこみ、取り替えてもらったことがある。しかし、せっかく取り替えてもらった商品も、しばらく使っているうちに今度は操作パネルの表示が固まるようになってしまい、とうとう動かなくなってしまった。それにもかかわらず、音質には文句がなかったので、デジタルメモリプレイヤーが発売された頃も、価格と見合わせながら購入に踏み切ったのだった。ところが、そのデジタルメモリプレイヤーもまた、本体をリセットするときにスイッチの不具合により、なかなかリセットできないという難点がある。

 それはさておき、私は普段、そのmpioを、百円ショップで購入した小さなクッションケースに入れて持ち歩いている。最近は、英語学習のためにBBCのラジオドラマをせっせとmp3化して、通勤途中に聴き入っている

私の愛用のmpio。百円ショップで購入したクッションケースに入っている

通勤中ずっとBBCのラジオドラマをmp3化したものを一生懸命聞いている

 ガンモは、私の愛用しているmpioを見て、
「ディスプレイはモノクロなの?」
などとバカにする。世代遅れとは言え、デザイン性と操作性の高いiPodを手に入れることができたものだから、ガンモは鼻高々なのだ。私はこれまで、自分の愛用しているmpioに対し、それほど劣等感を覚えたことはなかった。しかし、これからは、電車の中でmpioを操作するにも、恥ずかしくてコソコソしなければならないのだろうかなどと思い始めてしまった。それくらい、世の中の流行からは遅れを取ってしまっているように思えて来たのだ。

 そこで私は、
「円高だから、eBayオークションでiPodを落札してやる!
と口走ってみたものの、いくら円高とは言え、日本でも販売されているiPodをわざわざ国外発送してくれる出品者もなかなか見当たらず、まだ入札はしていない。ガンモは、
「海外の出品者から買うと、日本語メニューじゃないだろ」
と言って私を制す。それに対し、私は、
「別に、英語メニューでもいいと思ってるよ」
などと強がった。

 とは言え、まだまだ現役で使えるmpioを差し置いて、デザイン性や操作性に強く惹かれてiPodを購入するのは気が引けるものだ。だから私は、ガンモにバカにされながらも、やはりmpioを使い続けようと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確かに、これだけデザイン性や操作性に優れていると、iPodの人気の高さには納得が行きます。最近のiPodは動画も観ることができるようですね。私のmpioは、ラジオを聴くこともできますよ。(笑)

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2009.11.28

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(9)

映画『クヒオ大佐』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 本作を鑑賞して、「堺雅人さんって、こんなに高い声だったのかな?」と思いました。意識して高い声を出されていたわけではないと思うのですが・・・・・・。白人に見せかけるために、鼻を高くしていたようですね。実際の事件でそうだったかどうかはわかりませんが、いきなり腕立て伏せを始めることと言い、やはり笑えます。(笑)

 十月三日に開催されたブリージングストレッチセミナー in 神戸の様子を少しずつお伝えして来たが、今回の記事をもって、セミナーの内容をほぼお伝えすることができるだろうと思う。前後の繋がりがなく、断片的になってしまうのだが、これまで書き漏れていたことをまとめておきたい。

 この日、私は、ホットヨガのレッスンでお馴染みの黄色いシヴァ神のTシャツを着ていた。古久澤先生は、黄色い服を着ている人は、コミュニケーションを取り易いとおっしゃった。もともと私は、特に黄色が好きなわけではないが、そう言われてみれば、大人しい人たちの中に混じると、まるで使命感でも感じているように積極的に発言するようになる。職場でも、受身の人たちが多いので、私が積極的に質問したり、冗談を言っては笑いを取ったりしている。総合的に見ても人から声を掛けられやすく、同じ職場の他の人たちはそれほどでもないのに、私はいつの間にか警備員のおじさんや施設係のおじさんと親しくなっていたり、食堂のお姉さんに個人的なことで話し掛けられたりする。

 ところでセミナー中、足で腕を踏む体操があったのだが、右腕の内側には、婦人科系の疾患を抱えている人が「ギャー!」と飛び上がるところがあるらしい。痛みを探ってみると、私の場合、肘の付け根の辺りが特別痛いことがわかった。

 古久澤先生は、子宮筋腫はセックスで治るとおっしゃった。すなわち、セックスが骨盤運動であることを暗に指摘されていた。また、筋腫は固まりなので、熱を起こすと溶けるのだそうだ。なるほど、私がホットヨガの骨盤コースのレッスンを通していつも感じているように、骨盤を動かさないでいることは、骨盤の中に老廃物を溜め込むことになるようだ。実際、私の骨盤周りは体温が低くなっているので、老廃物が溜め込まれやすい状況にあるようだ。

 また、古久澤先生は、こんな興味深い話を聞かせてくださった。古久澤先生のご自宅の目と鼻の先には幼稚園があるそうなのだが、古久澤先生がご自宅近くの公園で体操をされていると、幼稚園の子供たちが、体操をしている古久澤先生を不思議そうに見詰めるのだという。古久澤先生が公園でいつも体操をしているので、子供たちに、「仕事をしたほうがいいんじゃないの?」などと言われることもあるそうだ。子供たちは、古久澤先生が体操を教える先生であることを知らないのだ。そんな古久澤先生は、子供たちには地位も名誉もなく、みんな仲良く平等に生きているのに、大人になるといろいろな欲望が出て来て、子供の頃のようには行かなくなることを指摘されていた。そして、大人たちは、あの平等な幼稚園児だった頃のことを思い出すべきだともおっしゃった。

 当初の予定では十三時から十七時までの開催予定だったのだが、セミナーを終えた頃には既に十八時を回っていた。中には、わざわざ愛媛から高速バスを利用して参加された方もいらっしゃり、予約している帰りの高速バスの時間に遅れそうになり、慌てていらっしゃった。また、セミナーが終了しても、すぐに帰り支度を始める方は少なく、古久澤先生に質問をされたり、関西地区でブリージングストレッチの教室を持っていらっしゃるさや花先生とお話をされている方もいらっしゃった。私も古久澤先生にごあいさつをしたかったのだが、他の方たちとお話されている間に着替えを済ませておこうと思い、最初と同じように脱衣場をお借りして着替えを済ませて再び元の場所に戻った。

 すると、会場を提供してくださったみいみさんがおにぎりを勧めてくださったので、ありがたく頂戴した。体操を行うため、もともと満腹では参加できないセミナーだったので、他の参加者の方たちもお腹が空いているはずである。みいみさんはそんな状況を気遣って、手作りのおにぎりを用意してくださったのだ。最初のうち、そのおにぎりは一つ百円と言われていたのだが、皆さん、遠慮されていたのか、おにぎりを食べたいと申し出る人が少なかったようだ。

 他の参加者の方たちがひととおり古久澤先生にごあいさつを済まされたようなので、私も古久澤先生に今回のセミナーのお礼を申し上げた。この機会に、古久澤先生のメルマガを拝読していて、以前から疑問に思っていたことをぶつけてみた。それは、古久澤先生がメルマガの中で使用されている「氣」という漢字と「想い」という漢字へのこだわりについてである。古久澤先生は、メルマガの中で、「気」ではなく「氣」という漢字を意識的に使用されている。また、思考を意味する「思い」についても、「想い」という漢字をわざわざ使用されている。それらの意味をお尋ねしたところ、「気」と書くと、エネルギーが中にこもり、閉じられてしまうが、「氣」と書くことでエネルギーがあらゆる方向に広がって行くからなのだそうだ。なるほど、納得である。きっと、「想い」についても、どんなときも心を入れたいのだろうなと感じ取った。

 こうして、楽しみにしていたブリージングストレッチセミナーが終わった。私はこのセミナーでたくさんのことを学んだ。メルマガを拝読するだけでなく、体操を実践することで、自分の身体について改めて考え直すきっかけになった。今は、このセミナーで学んだことを、実生活に取り入れる方法を模索しているところである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 予定よりも時間オーバーとなったわけですが、最初から最後まで笑いの絶えない楽しいセミナーでありました。東京の教室に参加することができれば、毎回、こんな楽しい時間を過ごすことができるんでよね。私は、古久澤先生に対し、「開かれた人」というイメージを持ちました。話の面白さからしても、貴重な体験から得た智慧を人に伝えるという強烈な使命を持って生まれて来られた方なのでしょうね。

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2009.11.27

映画『クヒオ大佐』

戦利品はムートンブーツ、コットンマフラー、そしてアンティークペンダントの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 骨董市も、午前中のうちに足を運べば、もっとたくさんの出物に出会えるのでしょうね。私が足を運ぶ時間はいつも、午前中にホットヨガのレッスンを受けたあとなので、半ば売れ残り品という感は拭えません。それでも、「商品を持ち帰るよりも、多少安くしてもいいから買って欲しい」という業者さんの気持ちに触れることができるので、閉店前の時間でもまあいいかな、とは思います。新婚の頃は、早起きをして、ガンモと一緒に関西周辺の骨董市に勢力的に出掛けていたこともあったのですが、今回もそうであったように、ガンモは休日に仕事が入ることが多いので、最近はホットヨガのレッスンとセットになっているわけなんです。(笑)

 映画『南極料理人』で初めてその存在を知った堺雅人さんが主演する新たな作品が公開された。劇場で何度も予告編を観ていたので、ごく自然な流れでの鑑賞となった。鑑賞したのは、今から一ヶ月ほど前の十月二十三日のことである。

 皆さん、既にご存知のように、本作では堺雅人さんが、クヒオ大佐という女性にだらしのない結婚詐欺師を演じている。折しも、女性の結婚詐欺事件が話題となっている中で、本作は男性による結婚詐欺事件というわけだ。ただし、現実の結婚詐欺事件のような殺人事件は絡まない。ただひたすら、お金と女性を求めるというお話である。

 クヒオ大佐は実在した人物だそうで、自分はアメリカ空軍のパイロットであると偽り、女性たちから総額一億円を騙し取ったと言われている。もともと容姿が白人に似ていたことから、自分はジョナサン・エリザベス・クヒオという名前で、父はカメハメハ大王の末裔、母はエリザベス女王の妹の夫のいとこであると自己紹介する。そして、自分と結婚すれば軍から結婚祝い金として五千万円もらえるなどと言っては女性たちを騙す。冷静に考えると、疑いたくなるような話なのだが、恋という熱病に冒された女性たちは、コロッと騙されてしまうようだ。

 もともと私は、女性にだらしのないクヒオ大佐のような男性が好きではない。その人が本当は何を求めているかは、「目」に表れると思う。自分のことをいくら好きだと言葉で熱っぽく語ってくれたとしても、目が他のものを求めていれば、その言葉は真実ではないのだ。私の職場にも、女性にだらしのない男性がいるが、やはり、目が真剣ではない。こうした詐欺師に引っ掛からないようにするためには、相手の本質を見抜く力を養うことも必要であるように思う。

 とは言え、本作に登場するクヒオ大佐は、誰から見ても完璧な詐欺師ではない。ちょっと間抜けな詐欺師と言ってもいいくらいだ。だから、クヒオ大佐に献身的にお金を貢いでいるお弁当屋の女主人しのぶの弟に、詐欺師であることを見破られてしまう。正体を見破られてからのクヒオ大佐としのぶの弟は、漫才のボケと突っ込みのような関係を築いて行く。

 女性による結婚詐欺事件が話題になった頃、私はガンモとそれらの事件について語り合った。そこで辿り着いた結論とは、愛があればあるほど、愛する相手に金銭的な援助を求めることはできないのではないかということだった。だから、自分の愛する人にお金を出して欲しいと苦もなく切り出せるのは、愛のない証拠だという結論に達したのだ。実際、愛があるとまでは行かなくても、例えば小銭がなくて友人から電車代やジュース代を借りることでさえ躊躇してしまう気持ちは、誰の中にもあるのではないだろうか。もちろん、自分自身のプライドのためになかなか切り出せないというのもあるだろうが、そこには相手に迷惑を掛けたくない気持ちがベースにあると思うのだ。しかし、こうした詐欺事件は、そんなベースの思いを一気に突き破り、愛という名のもとに相手に金銭を求める卑劣な行為だと思う。

 そんな卑劣な行為も、本作では面白おかしく表現されている。映画として捉えるならば、ちょっぴり間抜けなクヒオ大佐の取る行動は面白い。本作を楽しむには、詐欺事件を深刻に捉えずに、ただただクヒオ大佐のちょっぴり間抜けな行動に注目していればいい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 正直言って、鑑賞した直後は、「何だあ? この映画は?」と思いました。(苦笑)しかし、後になって、この映画はコメディだったのだと思い直してみると、本作の面白さが見えて来たのです。結婚詐欺師であるのに、物事を多角的に捉えることができずに、一つの方法に固執してしまうクヒオ大佐に、嫌悪感よりも、どこか憎めない感情を持ってしまいますね。

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2009.11.26

戦利品はムートンブーツ、コットンマフラー、そしてアンティークペンダント

ホットヨガ(一六八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 骨盤が動き難い状態にあることを自覚してからは、仕事中、トイレの個室の中で骨盤を左右に動かしています。その動作はとても怪しいので、個室の中でしかできません。(笑)

 ホットヨガのレッスンを受けたあとは、昼食をとり、電車の中で下書きをしておいた「ガンまる日記」を書き上げると、毎月二十一日に開催されている東寺・弘法さんの市に足を運んだ。ちょうど三連休の初日に当たっていたためか、東寺はいつもよりもたくさんの人たちで賑わっていた。

毎月二十一日に開催されている東寺・弘法さんの市

 私が東寺に着いたのは、十四時を回った頃だったろうか。早起きの業者さんたちに店を畳まれてしまってはいけないと、私は早足で露店を見て回った。しかし、今回は特に心惹かれる出物がなくて少しがっかりしていると、靴を売っている露店で千六百円のムートンブーツを見付けた。今年になってから、私が通販で購入した送料込み千円のムートンブーツよりも、しっかりとした作りのムートンブーツである。私がサイズを確認したりしながらムートンブーツを手に取って吟味していると、奥から店主のおじさんが出て来て、
「それ、もう、千五百円でええで」
とおっしゃるではないか。ちょうどサイズもぴったりだったので、私はすかさず、
「じゃあ、それ、いただいていきます」
と宣言して、おじさんに代金を支払った。おじさんは私に、
「こんな靴でも二十足売れれば儲けになんねん」
などと言って、商品を安く仕入れて安く売りさばくという商売の実情を語ってくださった。また、商品を手前に並べるか、奥に並べるかで価格設定も調整されているのだそうだ。

千五百円に値引きしてくれたムートンブーツ

 購入したあと、別の場所に移動してサイズを合わせようてすると、中に何かが詰まっていた。新しい靴には、紙が詰められているのだ常なので、きっと紙だろうと思い、手を突っ込んでみると、何と中から出て来たのは何枚もの落ち葉だった。購入したムートンブーツの中から落ち葉が出て来るのは、屋外で行われる骨董市ならではの醍醐味である。

 一つ買い物をすると足取りが軽くなるのが、骨董市の魔法である。私は、人ごみの中を掻き分けながら、少しずつ片付けモードに入り始めた露店を目を光らせながら見て回った。

 実は、前回の東寺弘法さんの市で購入したアンティークペンダントを販売しているスーベニールの長岡さんのお店を探していたのだが、いつも出店されている場所には見当たらなかった。半ば諦めかけて、出入口付近を歩いていると、コットンマフラーを一枚三百円で販売している露店を見付けた。

 コットンマフラーは、冬になるとガンモが愛用している。もともと私が秋頃に愛用していたのだが、毛糸のマフラーでは暑いと言うガンモが気に入って通勤に使用するようになったのだ。普通のお店では一枚千円程度で売られているものが、今日に限り一枚三百円ということで、まとめて六枚購入した。

一枚三百円のコットンマフラー

 ムートンブーツとコットンマフラーを購入することができたので、そろそろ東寺を出ようと出入口に足を向けると、出入口付近のいつもとは違う場所でスーベニールの長岡さんのお店を発見した。長岡さんはこじんまりとしたスペースに店を構え、いつものように手作りのアンティークペンダントを販売されていた。

 長岡さん曰く、そろそろ寒くなって来たので、今回の出品を最後に、しばらく東寺への出品はお休みされるのだそうだ。テーブルがあればまだいいのかもしれないが、荷物を少なくするために地べたの上に敷物を広げて販売されているため、底冷えがするのだそうだ。そのとき私は、ふとよもぎ温座パットのことを思い出したが、いきなりナプキン型のカイロがあるなどという話を持ち出していいものかどうか迷い、言葉を引っ込めた。

 長岡さんは、これから何ヶ月かは東寺に出品されないとのことなので、私は再び鍵付きのアンティークペンダントを求めた。前回、購入させていただいたアンティークペンダントがとても気に入ったので、是非とも仲間が欲しいと思っていたのだ。

前回購入したアンティークペンダント

 今回、出品された作品をじっくりと拝見しているうちに、方位磁石が埋め込まれたアンティークペンダントが私の目に留まった。長岡さん曰く、方位磁石の入ったアンティークペンダントは、今回からの新作になるのだそうだ。いくつかの方位磁石の入ったアンティークペンダントの中から、私は最も大きな方位磁石の埋め込まれている鍵付きアンティークペンダントを選んで購入した。鍵付きの作品なので、チェーン付きで一つ三千五百円だった。

今回購入した方位磁石入りアンティークペンダント

 ニューヨークのガレージマーケットで素材を買い付けされている長岡さんに、英会話について尋ねてみた。すると長岡さんは、
「あちらは移民の国なので、気合があれば通じます」
と答えてくださった。なるほど、日本人は、欧米人を前にすると、最初から尻込みしてしまうところがある。しかし、もともといろいろな言語が飛び交っている移民の国であることを心に留めておけば、勇気を出して最初の一言を発することができる。最初の一言さえ発してしまえば、必ずそこから何かが始まるものだ。

 今回、購入した方位磁石入りアンティークペンダントは、ベースの色が黒だからだろうか。前回、購入したアンティークペンダントとはまったく異なるエネルギーを放っていた。また、場合によっては、私の着ている服に合わないこともある。単にベースの色が違うだけでここまでエネルギーが違うのは驚きである。何はともあれ、今回は諦めかけていた長岡さんのお店で新たなアンティークペンダンドを購入することができて幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鍵が埋め込まれているアンティークペンダント、素敵だとは思いませんか? いつの時代のものかはわかりませんが、その時代を開く鍵を握っているような気持ちになれるのかもしれません。ちなみに、今回購入した方位磁石入りアンティークペンダントを付けて歩いていると、道行く人たちが私の胸元のペンダンをチラチラとご覧になっています。きっと気になるのでしょうね。これからも、どんな作品に出会えるのか楽しみであります。

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2009.11.25

ホットヨガ(一六八回目)

映画『さまよう刃』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今回の記事をアップしたあと、夕方、ブログにアクセスしてみて驚きました。この「ガンまる日記」の記事に、">>>続きを読む"などというリンクが表示されているではありませんか! 調べてみると、「ガンまる日記」をお借りしているココログで仕様変更があったようです。いやはや、驚きました。">>>続きを読む"というリンクが表示される形式のブログを好まれる方も中にはいらっしゃるかと思いますが、私自身が他の方のブログを拝見するときに、過去の記事をも一気に読んでしまいたい欲求があります。そのためにはできる限り、写真をも含めたブログの記事が常に展開されている状態であることが望ましいと思っています。そこで、大急ぎで設定を変えて元の状態に戻しました。六年近くの間、毎日綴って来たブログの記事を一気に更新したので、すべての記事を更新するのに二十分以上掛かってしまいました。(苦笑)

 最近、ホットヨガの記事が少ないのではないかと心配してくださっている方もいらっしゃるかもしれない。実は、様々な理由でレッスンに通いそびれていた。私の場合、平日はどうしても寝不足になりがちなので、週末を中心としたレッスンとなっているのだが、ここのところ、週末に出掛けることが多かったり、ガンモと休みが重なったことで二人の時間を優先したかったり、また、生理が始まったりと、予約していたレッスンを見送ることが多かったのだ。更に私の場合は、骨董市とセットにしてレッスンの予約を入れることもあるのだが、骨董市が開催されているエリアの近くのスタジオを予約していても、雨のために骨董市が開催されなくなったことで、レッスンの予約をキャンセルしたこともあったのだ。とにかく、様々な理由でレッスンから足が遠のいてしまっていたのである。

 さて、久し振りのレッスンとなった今回は、京都店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。いつものように、自宅近くの大型映画館のあるビルの無料駐輪場に自転車を置かせてもらい、阪急電車に乗って烏丸へと向かった。いつもならば、特急列車を利用するのだが、今回は少し早めに家を出たため、時間に余裕があったので、間もなく乗り場に入って来た準急列車に乗り込んだ。おかげで座ることができたので、私はノートパソコンを広げて「ガンまる日記」の下書きをした。休日になると、京都・河原町に向かう特急列車はひどく混雑するので、三連休の初日で著しく混雑しているであろう特急列車に立ちっ放しのまま乗車するよりは、ずっと快適だった。

 京都店に着いて受付に足を運ぶと、以前、ピラティスのレッスンを担当してくださったインストラクターがレッスンウェアを着て受付に立っていた。ということは、彼女が今回の骨盤コースのレッスンを担当してくださるのだろうか。そんなことを思っていたところ、やはりレッスンの時間になると、さきほどのインストラクターがスタジオに入って来た。

 スタジオの温度はいつもよりもやや低めで、レッスンの参加者は私を入れて十六名だった。三連休の初日にしては多い参加者だと思う。骨盤をほぐしながらのレッスンが進められて行く。

 今回のレッスンで再び気付いたことがある。インストラクターが、
「骨盤を左右に動かしてみましょう」
とおっしゃったのだが、やはり私は、骨盤をうまく動かすことができなかった。骨盤周りに余分な肉の付いていない人たちは、いとも簡単に骨盤を左右に動かしていた。なるほど、私はそのために腰周りに贅肉が付き易くなっていたのだ。これならば、筋腫がたくさんできてもおかしくはない。更に今回のレッスンでは、骨盤を前後に動かしたのだが、左右に動かすよりも、前後に動かすほうがまだ動かし易かった。

 最近になって、私が歩くのが他の人たちよりもずっと遅いのは、歩くときに骨盤をしっかりと動かしていないからだということに気付いた。もちろん、筋腫をかばいながら歩いているというのもある。他の人たちよりも持ち歩いている荷物が多いというのもある。しかし、それ以前に、骨盤をあまり動かさずに歩いているために、踏み出す歩幅が他の人たちよりもずっと小さかったのだ。そのことに気付いてからは、意識して骨盤を動かしながら歩幅を広げて歩いている。

 スタジオ内の温度がいつもよりも低かった上に、久し振りという要因も加わったのか、今回のレッスンではほとんど汗を掻かなかった。驚いたことに、レッスンを終えてTシャツを脱いでも、Tシャツはほとんど汗で濡れてはいなかったのである。

 着替えを済ませて、受付にロッカーの鍵を返しに行くと、さきほどのインストラクターが対応してくださり、
「四角い石は珍しいですね」
と、私が手首に着けているパワーストーンのブレスレットに反応してくださった。実は私も、今回のインストラクターがレッスン中にパワーストーンのブレスレットを手に着けていたのでとても気になっていたことを告げた。ちなみに、インストラクターが着けていたのは、丸くカットされたパワーストーンのブレスレットだった。

 私は、インストラクターと話をするきっかけができたと思い、これまで何度か出掛かっては引っ込めた言葉をインストラクターに向けて放った。
以前、ピラティスのレッスンを担当されていた頃よりも、ずいぶん痩せられましたね」
すると、インストラクターは、
「皆さんにそう言っていただいてるんですよ。頑張ってます! 一緒に頑張りましょう!」
と、うれしそうにガッツポーズを取りながら、私に語りかけてくださった。そう、確か今年の六月に初めてそのインストラクターからピラティスのレッスンを受けたとき、ピラティスを実践しながらダイエットを頑張ってらっしゃるとおっしゃっていた。その頃からすると、ずいぶんスリムになっていらっしゃるのだ。もともと、それほど贅肉の多い方ではなかったので、体重を落とすにはそれなりの苦労が必要だったはずだ。それでも、レッスン中に宣言されていた通り、確実に痩せられているのだ。不言実行ならぬ有言実行のインストラクターの固い決意に感服した次第である。

この日のレッスンで着ていた手描きガネーシャのTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 家を少し早めに出て、準急列車で烏丸まで向かったのは正解でした。準急列車は、あまりにもたくさんの駅に停まり過ぎるので、途中で何度も心配になりましたが、特急列車よりも空いているため、座ることができたのは幸いでした。混雑した列車に乗って移動するだけでも、体力を消耗してしまいますものね。時間に余裕を持って行動することは大切なことだと思いました。(笑)

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2009.11.24

映画『さまよう刃』

更年期診断の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。皆さんがクリックしてくださると、本当に元気が出て来ます。感謝致します。筋腫がらみで「ガンまる日記」を読んでくださっている方も多いのですね。実は、ブログに筋腫のことを綴っていると、励ましのメールをいただいたり、また、似たような状況の方からもメールをいただくことがあります。ずっと以前から読んでくださっている方は、私の状況を良くご存知かと思いますが、一時は子宮全摘手術を受けることを本気で覚悟していたのです。しかし、おそらく私はこのまま手術を受けずに閉経を迎えるような気がしています。そして、少しずつですが、筋腫ができる仕組みと言いますか、筋腫ができる人とできない人の違いがわかって来ました。それについては、また別の記事で触れたいと思います。

 普段の私は、レディースデーなどの、映画を千円で鑑賞できる日か、千二百円で鑑賞できるレイトショーに足を運ぶことが多い。本作もそうしたタイミングで鑑賞したかったのだが、どうしてもスケジュールを調整することができなかった。このままでは公開終了となってしまうことが懸念されたため、金券ショップで特定の映画館の千四百円の割引鑑賞券を購入して鑑賞することにした。十月三十日のことである。

 本作の鑑賞後、折しも、島根県や千葉県の女子大生が殺害される事件を知り、私はそれらの事件にとても胸を痛めていた。そして、本作の内容と重ね合わせたものだ。本作では、中学生くらいの女の子が少年たちに車で連れ去られ、陵辱された上に殺害される。それだけではない。その様子をビデオカメラで撮影しているのだ。何ともむごたらしい事件である。映画だとわかっていても、加害者の少年たちに対し、激しい憤りを感じた。と同時に、いつまで経っても感情の見えて来ない彼らを怖いとさえ思った。

 私は、こういう映画を観ると、人を愛することがいかに大切かを反対に思い知らされる。少年たちは、自分たちが陵辱した少女が父親に深く愛されていたことを知っていただろうか。そして、彼女と同等の愛を経験して来ただろうか。

 犯人が未成年であることを知った少女の父親・長峰は、法が少年たちを裁かないなら、自らの手で裁こうと立ち上がる。そう、本作は、少年法のあり方への問いかけでもあるのだ。

 実を言うと、私にはそもそも法というものが良くわからない。私たちが法によって守られることは、もちろんあるだろう。しかし、例えば極端な話、死刑執行人による刑の執行と報復殺人の区別は良くわからない。私には、どちらも同じ殺人に見える。しかし、一方は法で守られて罪にはならず、法で守られていないもう一方は罪になる。私にはむしろ、罪人と何の接点も持たない死刑執行人に、法が人を殺めさせることのほうが罪深いことのように思えてならない。かと言って、例え報復殺人であっても、加害者を殺めたところでしっくり来ないのもわかる。

 大きな意味においては、法に罰せられなくても、魂は自分の取った行動に対し、自ら責任を負おうとする。ただ、一つの転生では完結しないので、何度も何度も生まれ変わりながら、時には加害者になったり、被害者になったりすることで、一連の学びを完成させる。おそらく、本作の加害者の少年たちに足りていないのは、被害者の気持ちを実感することだ。だから、彼らが次に肉体を持ったとき、今度は少女の父・長峰のような立場を体験しようと魂が望むだろう。つまり、もともとそこに法が入り込む隙間はないように思える。反対に、私たちが殺人を犯さないのは、私たちの魂が、既にどこかの転生において殺人の加害者と被害者を経験しているからかもしれない。

 本作では、犯人の少年の一人を殺した長峰が、執拗にもう一人の少年を追い続けるのだが、意外なことに、映画『グラン・トリノ』のような結末が待っている。私は、映画『グラン・トリノ』のラストで号泣してしまっていたので、本作のラストでは泣けなかった。しかし、長峰と関わりを持って来た刑事が法とは何かについて考え込むところや、長峰を泊めたペンションのオーナーたちの取った行動など、人として生きて行く上で考えさせられることの多い作品だったと思う。思慮深い彼らは、決してルールに縛られることなく、自らの頭でこの事件を真剣に考えた人たちなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いろいろ考えさせられることの多い作品でありました。ルールに縛られることなく行動した人たちが感動を与えてくれたということは、私たちが普段、体験している感動もまた、ルールとは外れたところにあるということなのかもしれませんね。

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2009.11.23

更年期診断

誇り高き鳥羽水族館(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m お散歩タイムに観客の前に現れたペンギンは、最初のうち、集団で歩いていたのですが、途中である一匹のペンギンだけが群れから外れて立ち止りました。それを見た私は、「ああ、ペンギンの中にも、私のようなペンギンがいるのだなあ」と思いました。(苦笑)

 お伊勢参りを試みた翌週の土曜日、私はおよそ三ヶ月振りにI医師の診察を受けた。ホットヨガ神戸店が閉店してしまったため、神戸駅周辺に足を運ぶのは、ずいぶん久し振りのことだった。

 確か三ヶ月前の診察のときも、I医師の髪の毛はひどく伸びていた。私が診察を受けている三ヶ月のサイクルが、I医師の髪の毛を切る直前のサイクルに当たっているのか、今回もI医師の髪の毛は良く伸びていた。

 ここ三ヶ月の状況をI医師に尋ねられたので、私は、生理については特に問題なしだが、ホットフラッシュらしき症状がひどくなって来たことを話した。暑くて暑くて、十一月になってからもしばらく半袖で仕事に出掛けていたこと、また、仕事中も半袖で過ごしていることなどを話した。

 I医師曰く、やはり私の年齢で更年期を迎えるのは少し早いそうだ。私は、この症状が更年期なのか、それとも別の病気なのか、知りたいと思っていた。私の症状を聞いたI医師は、
「もしも更年期でなくても、そんな変な病気ではないでしょうから、安心していいでしょう」
と言ってくださった。

 I医師の話では、更年期を迎えると、生理の出血量が減って来るのだそうだ。確かにそう言われてみると、私の生理の出血量は下降線をたどっている。タンポンと紙ナプキンをやめて布ナプキンに変えたことで、生理の出血量がぐんと減ったことは事実なのだろうが、それ以外にも、更年期を迎えつつあったという要因も含まれていたのかもしれない。つい二年ほど前まで、スーパーサイズのタンポンがあっという間に真っ赤に染まり、仕事中もズボンに漏らしてしまっていたことが嘘のようである。今ではタンポンも使わず、また、夜寝るときに敷いていたビニールシートも使用していない。

 I医師は私に、生理の周期を尋ねた。そのとき私は、「あっ!」と思った。何故なら、ジョン・リー博士のプロゲステロンクリームを使用するようになってからというもの、生理の周期が二十八日に安定していたにもかかわらず、今月の生理は二十五日周期でやって来たからだ。やはり、私の身体の中で何かが起こっているのだろうか。

 更年期を迎えると、エストロゲンレベルが下がることが知られているが、エストロゲンレベルが下がっているかどうかは、血液検査でわかるのだそうだ。私が、自分のエストロゲンレベルの過去のデータを取っていないことを気にすると、I医師は、過去のデータと比較するわけではなく、エストロゲンレベルがある一定の値をキープしているかどうかで判断するのだとおっしゃった。

 私は、エストロゲンレベルが下がると、どうしてホットフラッシュの症状が現れるのか、I医師に尋ねてみた。それに対し、I医師は、ひと呼吸置いた。私が、I医師の答えを待ち切れずに、
「もしかすると、自律神経と関係がありますか?」
と尋ねると、
「そうです」
とI医師はおっしゃった。

 I医師は、神経には大きく分けて三種類あるとおっしゃった。その三種類とは、知覚神経、運動神経、自律神経だそうだ。知覚神経は、視覚や嗅覚、味覚などを司り、運動神経は、筋肉の動きを司っている。それに対し、自律神経は内臓の制御を司っているそうだ。そして、どういうわけか、エストロゲンレベルが下がると、自律神経の働きに影響を与えるのだそうだ。

 I医師曰く、ホットフラッシュの症状が辛い人には、エストロゲンレベルを底上げする療法があるそうだ。私が、
「そんなことをしたら筋腫が・・・・・・」
と言うと、I医師は、筋腫の成長に影響を与えない程度の低レベルのエストロゲンの投与が可能だとおっしゃった。

 I医師は私に、リュープリンの経験はあるかと尋ねられた。リュープリンとは、筋腫が大きくなった人が筋腫を一時的に小さくするために受ける注射である。リュープリンの注射をすると、エストロゲンの分泌が抑えられるので、筋腫も小さくなり、生理も止まるのだ。これほど大きな筋腫を抱えながらも、私は一度もリュープリンの注射を受けたことはなかったので、リュープリンの経験はないと答えた。

 ちなみに、私よりも更にエストロゲンレベルの下がったお年寄りなどがもはや更年期の症状に悩まされないのは、エストロゲンレベルが低いなりに安定しているからだそうだ。エストロゲンレベルが下がり始めた更年期の始めの頃は、エストロゲンレベルが安定しないために自律神経の働きがに乱れるのだそうだ。

 ホットフラッシュには、私がI医師に継続的に処方していただいている桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)が効果的なはずなのだが、私が桂枝茯苓丸を長期に渡って服用しているにもかかわらず、ホットフラッシュの症状が治まらないなら、そろそろ他の漢方薬に変えてみようかという話になった。そこでI医師は、かつてのように、ポケットの中から漢方薬のアンチョコを取り出した。アンチョコを見ていたI医師に、ホットフラッシュに有効な漢方薬をいくつか提示されたのだが、新たに紹介された漢方薬のほとんどがイライラや不眠などの症状とセットになっていたので、私には当てはまらなかった。私は、
「やっぱり桂枝茯苓丸のままでいいです」
とI医師に宣言し、いつものように桂枝茯苓丸の処方をお願いした。I医師は、いつもは三ヶ月分の桂枝茯苓丸を処方してくださっていたのだが、
「血液検査の結果を三ヵ月後に聞きに来るのは拍子抜けするでしょう」
とおっしゃった。そして、桂枝茯苓丸を一ヵ月分だけ処方してくださり、次回は血液検索の結果を聞くために一ヵ月後の診察となった。

 診察室を出ると、いつもよりも多い三人の女性が婦人科の待合所で待機していた。私が通っている病院は完全予約制なので、待合所で顔を合わせる人は、多くてもせいぜい二人程度だった。私としては短い診察時間のつもりだったが、彼女たちをお待たせしてしまったかもしれないとも思った。

 その後、別の部屋で看護師さんに採血をしていただいたのだが、これまでに採血で気分が悪くなったことがあるかどうか尋ねられたので、
「ありますが、最近は大丈夫だと思います」
と答えた。すると、
「では、念のため、ベッドに横になって採血しましょうか」
と言ってくださった。そのとき、私はちょうど生理中だったので、結果的にそのほうが良かったようだ。

 ところが、採血が終わり、一ヶ月後の診察の予約を入れようとしたところ、ちょうど旅行の予定が入っている頃だった。おまけにその次の週はI医師がお休みされるそうで、そのまた次の週の予約となってしまった。今回は薬を一ヶ月分しか処方していただいていないので、その頃には桂枝茯苓丸が切れてしまうことになる。仕方がないので、以前、I医師にお世話になる前にインターネットで購入した煎じ薬の桂枝茯苓丸で間に合わせようかと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットフラッシュらしき症状ですが、生理を迎えると体温が下がるので、いくらか楽になりました。再びプロゲステロン期を迎えて高温期に入れば、ホットフラッシュに悩まされるかもしれません。特に最近、気温が下がって来たので、暖房の入った部屋は要注意です。(苦笑)

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2009.11.22

誇り高き鳥羽水族館(3)

映画『空気人形』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私はこの作品をとても気に入りましたが、例え映画好きの方であっても、この映画を楽しめなかったという方もいらっしゃるようです。私自身も、他の方たちが絶賛している作品を鑑賞したというのに、レビューを書きにくいと感じてしまう作品であることもしばしばです。だからこそ、同じ映画を鑑賞して、「あの映画は面白かったね!」と共感し合える人は貴重ですね。つい先日も、映画好きの友人と電話で話をしていたのですが、二、三年前に鑑賞したちょっぴりマイナーな映画がとても面白かったということに共感し合い、話が盛り上がってしまいました。

 鳥羽水族館では、ショーの合間に館内の海洋生物を観賞したり、昼食をとったりした。鳥羽水族館が多くの人たちに支持されている秘密は、動物たちと人間との絶妙な距離感にあるように思えた。飼育ケース越しに動物たちを観察するのもいいが、できる限り動物たちに近付きたい。鳥羽水族館を訪れる利用客にそんな思いがあるからこそ、ショータイムになるとたくさんの人たちが集まって来るのだと思う。

 私たちは、「ペリカン・ペンギンのお散歩タイム」というショーに顔を出した。最初はペリカンが登場したのだが、やはり餌をもらえる時間だとわかっているのか、さきほど入館前にのっそりとしてほとんど動きのなかったペリカンが、そわそわした様子で柵の出口付近に待機していた。時間になると柵が開けられ、ペリカンたちが一斉に飛び出して、セイウチパフォーマンス笑(ショー)の行われた会場へとやって来た。

 ペリカンたちは、トレーナーたちに餌をもらいながら、大勢の観客の前で大きな羽を広げたりしてしていた。間近で見るペリカンは思いのほか大きかった。トレーナーの説明によれば、ペリカンの体重は五キロくらいなのだそうだ。空を飛ぶことができるので、鳥羽水族館から何度も脱走して、近くの海辺に浮かんでいるところを保護されたこともあるそうだ。ペリカンは空を飛べるというのに、動物園や水族館にいるペリカンは空を飛ぶことはできないというのは、ちょっぴりかわいそうな気もする。しかし、空を飛べないおかげで、こうして私たちが彼らを身近に感じることができるのである。

ショーの時間に現れたペリカン

 トレーナーは、ショーに足を運んでいる観客たちがペンギン目当てであることに最初から気付いているため、何とかして観客の興味をペリカンに惹き付けようと頑張っていた。こうして、一通りペリカンのお披露目が終わると、ペリカンたちは元の柵の中に戻って行った。

ショータイムが終わり、柵の中に戻ろうとするペリカン

 さて、いよいよお待ちかねのペンギンのお散歩タイムかと思いきや、次に登場したのはアヒルだった。トレーナー曰く、「ペリカン・ペンギンのお散歩タイム」の文字の中にある「・」は、アヒルの目を意味しているとか。あはは、まさか、私たちがそんなことに気付くわけがない。「早くペンギンを!」と観客たちに切望されながらも、アヒルたちが観客の前にお披露目された。

 このとき、トレーナーがアヒルの雄と雌の見分け方について教えてくださった。何と、雄のアヒルは、お尻の毛がくるっとカールしているのだそうだ。

こちらは、お尻の毛がカールしていないので雌

こちらは、お尻の毛がカールしているので雄

 こうして、アヒルたちも運搬箱の中に収められると、いよいよ待ちに待ったペンギンたちの登場である。女性のトレーナーに連れられて、ペンギンたちがよちよち歩いて来た。トレーナー曰く、ペンギンは、芸をせずに歩くだけだとか。いやはや、それで十分である。私たちは、ただ歩くだけのペンギンを、ニコニコしながら眺めていた。

ペンギンのお散歩

 私たちはこの日、鳥羽水族館で行われたすべての種類のショーを鑑賞した。アシカショーも見たのだが、写真は掲載しないことにする。どのトレーナーたちもみんな若く、内(動物たちに対して)だけでなく、外(観客に対して)にも開かれていた。水族館への就職も、狭き門だとは聞いているが、年齢を重ねたトレーナーたちは、早いうちに引退してしまうのだろうか。もしそうなら、スポーツ選手のように、ある期間だけ集中して働くことになるのだろうか。そうだとすると、例えトレーナーの道を究めたとしても、間もなく後輩に自分の仕事を譲ることになってしまうことへの不安がいつも付きまとったりはしないのだろうか。完成された若いトレーナーの働きぶりを拝見して、そんなことを考えたのだった。

 鳥羽水族館を満喫した私たちは、夕方近くに鳥羽水族館を出て、帰路についた。帰りは高速道路が渋滞し、思いのほか時間が掛かってしまったが、とても充実した一泊旅行だったと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちが鳥羽水族館を出る頃、バスツアーの団体さんが到着されていました。これから館内を見学されるようでしたが、閉館時間までもう間もない時間でしたので、もしかすると、その時間からの団体さんの入場には割引があるのかもしれませんね。しかし、既にショーもすべて終わってしまっている時間ですし、おそらく館内を見て回るだけになってしまったことでしょう。

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2009.11.21

映画『空気人形』

誇り高き鳥羽水族館(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 動物に芸をさせるというのは、きっと賛否両論あるでしょうね。私も、それについては考えます。以前、人間の娯楽のために馬を走らせる競馬が好きではないと書きましたが、動物に芸をさせることもまた、人間に娯楽を与えることが目的なんですよね。人間に囲われることで、動物は自由を失ってしまいますが、その代償として、安定した餌を得ることができます。果たして、動物と人間は、どのように共存すべきなのでしょうか。いろいろ考えてしまいます。

 本作を鑑賞したのは、今から一ヶ月以上も前の十月九日のことである。またしても、見応えのある作品に出会ってしまったという感想を抱いている。鑑賞し終わったあとも、長い間、映画の余韻を引きずり続けていた。もしかすると、今年一番、心を揺り動かされた作品かもしれない。ちなみに本作は、かつて胸をかきむしられるような気持ちにさせられた映画『誰も知らない』の是枝裕和監督の作品である。

 本作が劇場公開されることは、いつも足を運んでいる映画館に提示されていたポスターやチラシなどを介して、ずいぶん前から知っていた。実は、映画『ハッピーフライト』をガンモと一緒に劇場で鑑賞したとき、ガンモはグランドスタッフの一人を演じていた女優さんのことが気になったらしい。そして、本作のポスターやチラシを見たとき、私はてっきり映画『ハッピーフライト』でグランドスタッフの一人を演じていた女優さんが主演する作品なのだと思い込んだ。

 ところが、ガンモにそのことを伝えるために本作のチラシを持ち帰ると、チラシに写っているのはそのときの女優さんではないとガンモは言う。しかも私は、そのチラシを良く見ていなかったので、空気人形が一体何を意味するのかということを、本作の劇場公開後、早々と鑑賞された方のレビューを拝見して初めて知ったのだった。

 空気人形とは、男性の性欲処理のために作られたリアルドールである。空気で膨らませて使うタイプのものらしい。そう言えば、少し前に、等身大のリアルドールと一緒に暮らす男性を描いた映画『ラースと、その彼女』という作品を鑑賞した。女性とうまく交流できない男性が、自宅でリアルドールを椅子に座らせ、一緒に食事をしたりする作品だった。本作でも、古びたアパートに住む男性がリアルドールを椅子に座らせ語り掛けていたので、映画『ラースと、その彼女』と同じような展開になるのだろうか、もしそうなら、同じような作品は観たくないなどと思っていた。

 しかし、そんな私の思いは瞬く間に吹き飛んだ。何故なら、空気人形の主人が仕事に出掛けたあと、空気人形がむっくりと起き上がり、活動をし始めたからだ。その意外性に驚き、私はすぐに作品の世界に引き込まれた。

 空気人形はメイド服を身に纏(まと)い、主人のいない間に街を歩き回り、街の人々と交流を持ちながら、世の中の仕組みを理解しようと試みる。そして、主人が帰宅する前には家に戻り、何食わぬ顔でベッドに横たわっていたりする。やがて、大胆にもレンタルDVDショップでアルバイトを始めたりもするものだから、主人の帰宅時間よりも前に空気人形が確実に帰宅することができるのかどうか、冷や冷やもする。何という面白さだろう。

 ただ、主人が空気人形とセックスをするシーンはあまりにもリアルで、女性である私としては大変ショックを受けた。主人は空気人形をとても大事に扱ってはいるのだが、明らかに、これまで私の体験して来たセックスとは違うのだ。もちろん、相手が人形なので、互いの気持ちが通い合っていないこともあるのだが、行為そのものが男性主体で一方的なのだ。つまり、空気人形は常に、主人の行為を一方的に受けるだけである。空気人形が自分から主人に働きかけるわけでもなければ、空気人形が主人に対して情熱を傾けるわけでもない。それでも主人は満足しているのだ。

 空気人形とのセックスシーンを通して私が感じたことは、どうやら空気人形自身も感じている。何故なら、空気人形がむっくりと起き上がったときから、彼女は心を持ったからだ。自分が常に受身であり続けるということ、セックスの対象が自分が想いを寄せている男性ではないことに気付いてしまうのだ。空気人形がそのことに気付いたのは、レンタルDVDショップで働いている同僚の男性に恋をしたからなのだが・・・・・・。

 やがて空気人形は、自分が何かの代用品であることを強く意識するようになる。主人にしても、レンタルDVDショップで知り合った男性にしても、本当に好きな女性は他にいるはずなのに、その人との関係を継続させることができなくなってしまったために、代用品として自分が求められているのではないかと感じるようになるのだ。空気人形が悩みを抱ええるなんて、実に奥深いではないか。

 空気人形を演じているのは、映画『グエムル -漢江の怪物-』で怪物に捕らわれた妹役を演じていたペ・ドゥナである。女性の私から見ても、彼女の裸体はとても美しい。あれほど美しい裸体ならば、人生そのものが大きく変わってしまうだろう。映画『グエムル -漢江の怪物-』を鑑賞したときは、まだ中学生くらいの女性だと思っていたが、あれから三年ほどしか経っていないというのに、これほど成長されたとは驚きである。彼女の低い声で発声される日本語や、世の中の様子を窺うような歩き方もまたいい。

 それにしても、一体、どうしたらこのような興味深い作品を生み出すことができるのだろう。私は、本作の作り手の感性にいたく刺激されてしまった次第である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞したあと映画館を出るときに、自分が空気人形のような歩き方をしていることに気付きました。歩き方にも影響を与えてくれましたが、人として生きて行くのに、今後も何らかの影響を与えてくれる作品だと思います。九月の終わりに公開された作品ではありますが、まだまだ劇場公開中の地域もあるようですね。もしもまだご覧になっていない方がいらっしゃいましたら、私が自信を持ってお勧め致します。

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2009.11.20

誇り高き鳥羽水族館(2)

誇り高き鳥羽水族館(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。入口付近の植木の上に載っていたりすると、たくさんの利用客に触られると思うのですが、このカモは人間に触られるのが嫌ではなかったのでしょうかね。他のカモたちは、みんなしかるべきところに収まっていたというのに、このカモだけが別行動を取っていました。不思議なカモです。

 いよいよ入館料を支払って中に入った私たちは、決められた時間にアシカやセイウチなどのショーが行われていることを知った。そこで私たちは、ショーの時間に合わせて行動し、セイウチパフォーマンス笑(ショー)、アシカショー、ペリカン・ペンギンのお散歩タイムなどを次々に鑑賞した。

 最初に鑑賞したセイウチパフォーマンス笑(ショー)は、かなりのインパクトがあった。女性トレーナーと男性トレーナに誘導されて、雌と雄の大きなセイウチが二頭登場し、トレーナーに餌をおねだりしながら数々のパフォーマンスを見せてくれた。このとき、女性トレーナーが雌のセイウチを担当し、男性トレーナーが雄のセイウチを担当していた。雄のセイウチの体重が公表されたあと、雌のセイウチの体重も続いて公表されると、女の子なのにみんなの前で体重を公表されてしまった雌のセイウチが実際に赤面していたかどうかはわからないが、恥ずかしくて手で顔を覆い隠すという芸を見せてくれた。他にも、手を叩いたり、手を挙げたり、また、選ばれた観客がセイウチに向けて投げた輪を拾って自ら首に掛けたりなどして、会場の笑いを取っていた。セイウチの芸も素晴らしかったが、何よりも私は、女性トレーナーと男性トレーナーの見事な掛け合いにも感動した。二人の間に芽生えている素晴らしいパートナーシップは、オフィスなどで働く人たちが組むパートナーシップとはまったく異なる、阿吽の呼吸のようなものが感じられた。しかも、その素晴らしいパートナーシップを活かし、動物たちを上手にトレーニングするだけでなく、観客の笑いをも取ることを可能にしていたのだ。

セイウチパフォーマンス笑(ショー)(一回目)の様子

 セイウチたちはただ、餌欲しさにトレーナーたちの言うことをきいているだけに過ぎないのだろうが、人間であるトレーナーが海の生き物とこれほどまで親密な関係を築き上げていることに驚きさえ覚えた。あまりにも、このセイウチパフォーマンス笑(ショー)が素晴らしかったので、私たちは同じショーが一日に二回行われていることを知り、二回目に行われるセイウチパフォーマンス笑(ショー)も鑑賞することにした。

 一回目のときは、背後からショーを眺める形となってしまったので、二回目はちょっぴり気合を入れて早めに会場に並んび、比較的良く見える席を確保した。そして、私たちにとっての二回目のセイウチパフォーマンス笑(ショー)が始まった。驚いたことに、一回目のショーでは、女性トレーナーが雌のセイウチを担当し、男性トレーナーが雄のセイウチを担当していたのに対し、二回目のショーでは女性トレーナーが雌のセイウチを担当し、男性トレーナーが雌のセイウチを担当していた。ただ、ショーの中身はほぼ同じだったので、トレーナーたちの「台本」が入れ替わったことになる。一回目のショーを見ていた私たちには、女性トレーナーと男性トレーナーが入れ替わってショーを見せてくれたことが意外でもあり、また、一回目のショーでは惜しくも聞き漏らしてしまったネタを、細部に渡って理解することができた。

セイウチパフォーマンス笑(ショー)(二回目)の様子

 ショーが終わると、セイウチたちはトレーナーに誘導されながら、観客のすぐ近くまでやって来てくれる。そのとき、実際にセイウチを触ることもできるので、私も触らせてもらった。男性トレーナー曰く、「触ってもらってもいいですが、臭(くさ)いのであとでちゃんと手を洗ってくださいね」とのことだった。

 こうして、二回に渡るセイウチパフォーマンス笑(ショー)を鑑賞することができたのも、時間制の駐車場ではなく、一日八百円の駐車場を利用したおかげである。

 ところで、入館前はカモに手を突付いてもらった私だが、セイウチパフォーマンス笑(ショー)が行われている会場のすぐ近くの水槽で、ペンギンたちがのびのびと泳いでいた。

水槽をのびのびと泳いでいるペンギン

人々から、かわいいともてはやされるのも良くわかる

 私は、カモに手を突付いてもらった快感が忘れられず、今度はペンギンに手を伸ばした。するとペンギンは、容赦なく私の手を噛んだ。痛い!

気持ち良さそうに泳いでいるペンギンに向けて、手を差し出してみた

 痛かったが、カモのときと同じように、すぐには手を引っ込めなかった。ガンモも同じようにペンギンに手を差し出していたが、やはり容赦なく噛み付かれたようだ。入口付近のカモには噛まれたと言っても突付かれたような感覚しかなかったが、ペンギンは私たちの手を真剣に噛んだのだ。ちなみに、あとになって、ペンギンの水槽の周りを良く見てみると、こんな看板が出ていた。

ペンギンは突付くらしい。
いやはや、この看板を見るよりも前に、身をもって体験してしまった

 ペンギンに噛まれた私たちの手は、しばらく痛んだ。とは言え、これもまた、私たちにとっては楽しい鳥羽水族館の思い出となったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモは時間が経つと、「セイウチ」が「アザラシ」だったのか「トド」だったのか思い出すことができず、私に何度も聞いて来ました。そして、どのようにしたら「セイウチ」のことを正確に思い出すことができるのだろうと考慮し、「森村セイウチ」と関連付けて覚えることにしたようです。森村誠一さん、ごめんなさい。

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2009.11.19

誇り高き鳥羽水族館(1)

映画『ディア マイ ファーザー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。劇場公開されていない作品であるにもかかわらず、お付き合いくださいましてありがとうございました。DVDでしか鑑賞できないのは、もったいないほどの良い作品でした。こういう映画がもっと大々的に劇場公開されればいいのにと、いつも思います。

 鳥羽市の旅館をチェックアウトした私たちは、まっすぐ鳥羽水族館へと向かった。ガンモと二人で今回の旅の二日目のプランを練っていたとき、鳥羽市に宿泊するなら、かの有名な鳥羽水族館に是非とも足を運びたいと思っていた。ところが、鳥羽水族館の入館料が一人二千四百円と割高であることがわかったので、インターネットや携帯電話を使って割引券を探し回った。しかし、かつては存在していたはずの割引サービスも、残念ながら現在はどのサービスも既に終了してしまっていた。割引サービスもなく、一人二千四百円も支払って入館するのは何となく気が引けていたのだが、実際に足を運んでみると、そんな気持ちは瞬く間に吹き飛んだ。いやはや、さすが鳥羽水族館である。もともと私は動物を捕獲して自由を奪ったり、値段を付けて売ったりする行為では好きではない。しかし、そんな私でさえ楽しい気分になることのできる水族館だったのだ。

 まず、駐車場に車を停めたあと、鳥羽水族館の入口をくぐるまでに、入館料を支払わなくても見ることのできる動物たちがいる。例えば、ペリカンである。しかも、柵はあるものの、ごく間近で見られるのだ。ガンモは柵の間からペリカンに向けて手を伸ばし、手を突付かれて驚いていた。柵の間から見てみると、目つきの悪い、存在感のあるペリカンが私たちを睨んでいた。

目つきの悪い、存在感のあるペリカン

 他にも、ペンギンが楽しそうに泳いでいるのが見える。水槽の水もきれいで、良く手入れされているのがわかる。更に、入口へと続く道を歩いて行くと、アヒルコーナーにカモが紛れていた。その中に一羽だけ、植木の上に載って日向ぼっこをしているカモがいた。

どういうわけか、植木の上に載っているカモ

 利用客の一人がそのカモに手を伸ばすと、カモは快適な睡眠を妨げられたことに文句を言うかのように、ストレスを感じていることを主張する声を出してその方の手を突付いた。それを見た私は、自分もカモに手を突付いて欲しくてカモに手を出した。カモは同じように、ストレスを感じていることを主張する声を発して私の手を突付いたのだが、私は突付かれた手を引っ込めなかった。そのとき私は本能的に感じ取ったのだ。カモと信頼関係を結ぶためには、突付かれた手をむやみに引っ込めるべきではないということを。手を引っ込めなかったことで、カモと私が友達になれたかどうかはわからない。しかし、カモに突付かれてもそれほど痛くはないということはわかった。

 こうして私たちは、入館前から鳥羽水族館の住民たちに触れ、期待に胸を膨らませながら入館したのだった。

 ちなみに、鳥羽水族館の駐車場は二種類ある。一つは時間制の駐車場、もう一つは一日八百円の駐車場だ。私たちは悩んだ末に、一日八百円の駐車場を利用したのだが、午前中に入館して、鳥羽水族館を満喫して出たのが夕方だったので、やはり時間制ではなく一日八百円の駐車場に停めて良かったと思えた。逆に時間制の駐車場に停めていたならば、経過時間を気にしてしまい、鳥羽水族館をゆっくり堪能することができなかったことだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鳥羽水族館の魅力は、入口をくぐるまでの間に充分感じられるような気がします。入館料二千四百円で割引もないことに先入観を抱いてしましたが、そんな先入観を覆してくれるほどの水族館でありました。

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2009.11.18

映画『ディア マイ ファーザー』

伊勢海老の再利用の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。夕食に出て来たアワビを食べたガンモは、「ゴムみたい」などと言っていました。(苦笑)確かに食感はゴムのようではありましたが、味はイカにも似ているように思いました。そう言えば、アワビは一枚貝なのだそうですね。ということは、貝のないほうは閉じていなくて身がむき出しなんでしょうか。もしかすると、海中でもう一つの貝とぴったり寄り添っていたりして・・・・・・なあんて、ちょっぴりロマンチックなことを考えてしまいました。

 またしても、素晴らしい映画をDVDで鑑賞した。九連休を取っていた九月二十六日のことである。オーストラリア映画というと、少し前に映画『オーストラリア』を鑑賞し、登場人物の感情描写までもが広大なオーストラリアの大地に呑み込まれてしまったという不満が残ってしまったが、本作は、登場人物たちの感情描写が見事な形で実現されている。

 ところで本作は、日本でも劇場公開されていたのだろうか? DVDの発売を記念して、試写会が開催されたようだが、どうも劇場公開されていた形跡がない。それでも、私が本作の存在を知ったのは、他のDVDを鑑賞しているときに広告として挿入されていた予告編からだった。

 本作は、オーストラリアに移住したドイツ人家族の話である。家族の話というと、家族みんなで力を合わせて、新しい土地で頑張ろうとするのではないかと想像される方もいらっしゃるかもしれない。しかし、ちょっと違う。確かに、父ロミュラスと息子レイモンドは本当に良く頑張っていた。もしかすると、母クリスティーナも彼女なりに一生懸命頑張ろうとしていたのかもしれない。ただ、クリスティーナの取った行動は、本作を鑑賞した人たちの中にも共感できない人が多かったようだ。

 何とクリスティーナは、普段は不倫相手と一緒に暮らしているものの、ときどきロミュラスとレイモンドのいる家に帰って来る。しかも、その不倫相手とは、夫であるロミュラスの親友の弟である。とは言え、そうした受け入れ難い状況が、本作の素晴らしさを一層引き立ててもいる。まずは、クリスティーナの取る態度に関わらず、ロミュラスはクリスティーナに対して絶対的な愛を貫き通したことだ。例えクリスティーナに不倫相手との間の子供が生まれようとも、その子供の面倒をみようとさえする。世の中にはたくさんの夫婦がいるが、絶対的な愛を貫き通せる人は少ない。たいていの場合、愛する人の取る態度に振り回されて、ずたずたに傷つき、夫婦であり続けることに挫折してしまうことが多いはずだ。

 更に、クリスティーナの不倫相手の兄であるロミュラスの親友の取る行動がいい。自分の弟が親友の妻と不倫関係に陥ってしまったというのに、ロミュラスとの交友関係を絶とうとしないばかりか、いろいろな意味でロミュラスを助けている。無責任な人間関係を結んでいる場合、このような状況に陥ると、迷惑を掛けた相手と距離を置くことで何とか和を保とうとする。しかし、ここでもまた、状況に左右されない絶対的な友情が築かれている。そう、もしかすると、本作のキーワードは「絶対的」かもしれない。

 また、クリスティーナの不倫相手は、クリスティーナが他の男性とも関係を持ったことを知ると、ひどくショックを受ける。すなわち、相手の取る行動によって自分の取る行動も変わる。これが、相対的な関係の見本である。そういう意味で、クリスティーナに対し、どこまでも絶対的な愛を貫き通したロミュラスの偉大さがより一層引き立てられる。

 様々な困難に見舞われながらも、ロミュラスは親友の力を借り、息子のレイモンドを守りながら生き抜いて行く。聞くところによると、本作は現実に基づいたドラマだとか。本当に、こんなふうに互いの状況に左右されることなく、人と人が絶対的に関わり合うことができたらどんなに素敵だろう。相手の態度や状況に左右されないということは、計算も行われていないということである。そういう意味で、絶対的な関係はとても純粋な関係だとも言える。

 タイトルの『ディア マイ ファーザー』がまた奥が深い。おそらく、息子であるレイモンドが父ロミュラスのまっすぐな生き方を見守って来たという視点から付けられたタイトルなのだろう。鑑賞し終わったあとに、このタイトルの意味をしみじみとかみしめたくなるような素晴らしい作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m クリスティーナのような女性は、しきりに何かを求め続けてはいるのだけれど、なかなかそれが見付からないのでしょうね。何だか、オーストラリア版の映画『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』を鑑賞したと言っても過言ではないかもしれません。

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2009.11.17

伊勢海老の再利用

お伊勢参りを試みるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。毎年、お伊勢参りに出掛けているという派遣仲間に聞いてみると、彼女もやはり、内宮のみに参拝しているそうです。「宇治橋を渡ってから本宮まで、やっぱり遠いの?」と尋ねてみると、「うん、かなりある」と言っていました。ちなみに、彼女がお伊勢参りに出掛けるときは、砂利道の参道に備えて必ず運動靴を履いて行くそうです。

 折しも、私たちが伊勢神宮を訪れた日、私の出身地である愛媛県西条市のだんじりが伊勢にやって来ることになっていた。何を隠そう、私は元祖ブログの女王、眞鍋かをりちゃんと同じ愛媛県立西条高校の出身なのだ。とは言え、厳密に言えば、私は西条市ではなく、西条市の隣の東予(とうよ)市の出身である。というのも、近年、西条市と東予市が合併し、私の故郷は西条市になってしまったからだ。

 それはさておき、夕方になると、西条祭のだんじりが伊勢神宮周辺に集まって来るために、交通規制が行われるとの案内があった。本当は、久し振りに西条祭のだんじりを見たかったのだが、そのために道路が混雑して、今回の宿泊先である鳥羽市の旅館の夕食時間に遅れてしまってはいけないと思い、私たちはできるだけ早めにカングーに乗り込んで移動することにしたのだ。

 伊勢から鳥羽までは、千二百二十円払って有料道路の伊勢志摩スカイラインを利用した。くねくねと曲がった山道を越え、展望台から見える三重県やその周辺の景色を見下ろしたあと、更に先へ先へと進んだ。私は車で走る山道がとても苦手だったが、有料道路のためか、対向車がほとんどいなかったので、それほど不快ではなかった。

 ただ、日頃の睡眠不足が祟ってか、私はいつの間にか眠くなってしまった。平日は、ガンモよりも二時間早く起きなければならないというのに、ついついガンモと同じ時間に就寝することになってしまうため、どうしても睡眠不足に陥ってしまうのだ。私はついに眠気を我慢し切れなくなり、カングーの中でうとうとし始めた。ガンモは旅館まで向かう途中に、買い物をするために大手スーパーに立ち寄った。いつもならば、ガンモと一緒に車を降りて買い物を楽しむのだが、どうにもこうにも眠くて仕方がなかったので、私は一人でカングーに残り、リクライニングシートを倒して休んでいた。

 ガンモが買い物を終えたあとも、カングーはくねくねと山道を走り続けていた。もう鳥羽市に入っているはずだったが、どうやら宿泊する旅館も山道の途中にあったようだ。さて、旅館に到着してみると、そこは海が近いのか、私がマリリン・モンローならば、スカートがめくれ上がるくらい風が強く吹いていた。

 チェックインを済ませると、夕食までの間に、私は温泉(正確には、加熱している温泉)に入った。ツルツルした泉質で、温度もちょうど良く、私にはとても心地良かった。お風呂でじっくり温まったせいだろうか。いつの間にか頭痛が和らいでいた。

 お風呂から上がると、いよいよ夕食の時間だった。私たちは食堂まで移動して、夕食をいただいた。おいしい松茸の土瓶蒸しやアワビも出て来たが、何と言ってもメインディッシュは伊勢海老のお刺身である。伊勢海老と言うと、つい最近、鑑賞したばかりの映画『南極料理人』を思い出す。

 二人で伊勢海老のお刺身を突付いていると、ガンモが言った。
「俺はやっぱり、伊勢海老よりもカニのほうがいい」
どうやらガンモは、カニ料理を食べるように、伊勢海老をお腹いっぱい食べたかったらしい。確かに、冬になると城崎温泉に出掛けて食べているような、ありとあらゆる方法で調理されたカニ料理のほうが、カニを存分に味わえる。しかし今回は、伊勢海老を存分に味わうプランではなく、ただ一匹の伊勢海老のお刺身をガンモと二人でしみじみ分け合うプランだった。これは、カニ一匹と、伊勢海老一匹のコストが違い過ぎるためだと思われる。伊勢海老を食べられるというので、ついつい城崎温泉のたっぷりのカニ料理と比較してしまったのがいけなかった。

 旅館の方の説明によれば、私たちの夕食に出て来た伊勢海老の頭は、翌日の朝食のお味噌汁に再利用されるそうだ。ちなみに、この日の旅館は満室だったようで、私たちの他にもたくさんの宿泊客が伊勢海老を食べていた。となると、それぞれの部屋の夕食に出された伊勢海老の頭が、翌日の朝食に確実に再利用されるのかどうかが気になった。もしかすると、私たちの朝食に並べられる伊勢海老の頭は、他の部屋の人たちの夕食に出された伊勢海老の頭かもしれない。それでも、まあ、いいかと思っていた。

 楽しみにしながら翌朝を迎えてみると、味噌汁の大きな御椀の中にゆうべの伊勢海老の頭が半分にカットされて入っていた。見た目だけでも豪華な味噌汁である。四国育ちで、赤味噌にはあまり馴染みのない私たちだったが、伊勢海老の頭の入った味噌汁をすすってみると、とてもおいしかった。あまりにもその味噌汁がおいしかったので、今、この大きな御椀の中に入っている伊勢海老の頭が、確実に、私たちの夕食に並んでいた伊勢海老の頭なのかどうか、もはやどうでも良くなった。ガンモは味噌汁の御椀の中に入っていた伊勢海老の頭を冷静に観察し、ガンモと私の二つの伊勢海老の頭の色が微妙に違っていることを指摘した。

 考えてみれば、こんなことが実現できるのも、伊勢海老が、夕食ではお刺身として登場したからである。最初から伊勢海老に火が通されていれば、翌日の朝食の味噌汁に伊勢海老の頭が入れられることもなく、味噌汁の御椀も、通常サイズの御椀が使用されていたに違いないのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、伊勢海老の再利用をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あとで知ったことですが、伊勢海老は、単に伊勢市周辺だけで捕れるというわけではないのですね。それなのに、どういうわけか、三重県で伊勢海老を食べて喜んでいる私たちでありました。(笑)

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2009.11.16

お伊勢参りを試みる

映画『4分間のピアニスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。何と言いますか、ジェニーのピアノ演奏は、練習に練習を重ねて来て熟練者になったというよりも、もともと彼女が生まれもった才能だという気がしました。お手本通りに演奏しているのではなく、ジェニーは既に曲と一体化し、彼女自身の中から曲が生み出されているように感じられました。

 旅行好きの私たちは、鉄道乗り潰しの旅に出るために、かつては月に一度のペースで一泊二日から二泊三日程度の旅行に出掛けていたことがあった。今になって思えば、月に一度のペースで旅行に出掛けるのはさすがに忙しかったが、それでも、そのおかげで日本の様々な土地を訪問することができた。ところが、最近は海外旅行に意識が向いて来たせいか、国内旅行に出掛ける回数がめっきり減ってしまった。

 とは言え、私たちはもともと旅行好きなので、しばらくどこへも出掛けずに大人しくしていると、旅行の虫が騒ぎ始める。先に旅行の虫が騒ぎ始めたのはガンモのほうだった。あるときガンモは、
「どこか旅行に行きたい!」
と言い出した。そして、しばらくインターネットと格闘していたかと思うと、
「今度の週末は伊勢に行くから」
などと宣言するではないか。というわけで、これからしばらくは、今月第二週の週末に出掛けた伊勢旅行について書いてみたいと思う。

 高速道路が割安だというので、午前中のうちに家を出て、ガンモの運転する愛車カングーに乗って高速道路を走り、伊勢神宮の近くまでカーナビに案内してもらった。大変お恥ずかしい話だが、私は伊勢神宮にお参りするのは生まれて初めてのことである。ガンモは若い頃に、伊勢神宮の近くまで来たことがあったらしい。伊勢神宮をお参りするには、まずは外宮からお参りしたあと内宮にお参りするというお作法があるらしいのだが、私たちは時間短縮のため、そのお作法を無視して、いきなり内宮へと足を運んだ。

 さすがに伊勢神宮ともなると、参拝客が多い。駐車場の案内があったので、カングーを停めるべく空きスペースを探したのだが、なかなか見付からない。すると、奥の河原方面にも駐車場があるとの案内があり、河原方面へ向かってみると、そこには広大な駐車場スペースが広がっていた。私たちはその駐車場スペースの広さにに驚いた。しかも、これらの駐車場スペースは無料だ。私たちは、全国から参拝客が訪れる伊勢神宮の偉大さを改めて実感した。

 運良くカングーを駐車場に停めることができたので、私たちは内宮に向けて歩き始めた。ちょっぴりレトロな商店街のようなところを少し歩くと、おかげ横丁と呼ばれるスペースがある。そこには、飲食店街やお土産品売り場などが集まっていた。私たちはそこで、名物の伊勢うどんを食べた。伊勢うどんは、ぶっかけうどんにしょうゆをかけたようなうどんだった。讃岐生まれのガンモと、讃岐の隣の伊予の生まれのうどん好きの私には、うどんに濃いしょうゆがかかっているような伊勢うどんは、ちょっぴり馴染めなかった。とは言え、食べ終わったあとにお汁もきれいにすする、という伊勢うどんのお作法はしっかり守った。

 伊勢うどんだけではお腹がいっぱいにならなかったので、私はそのあと露店で売られている揚げかまぼこを食べた。それでもまだ足りず、揚げたてのコロッケを食べた。それでもやはり物足りず、普段はあんこが苦手なのに、思い切って赤福ぜんざいを食べた。さすがにここまで食べると食べ過ぎかもしれない。

 赤福ぜんざいを食べ終わると、私たちが座っていたスペースのすぐ近くで紙芝居が始まった。何でもおかげ横丁専属の紙芝居師だとかで、なかなか面白い口調だった。「上演中にフラッシュを焚かれると気が散ってしまいますが、わたくし、一生懸命耐えますので、どんどんフラッシュを焚いてくださってもかまいません」などというアナウンスが聞こえて来て、観客の笑いを取っていた。

 お腹も脹らんで来たので、私たちはいよいよ伊勢神宮の内宮に向かって歩き始めた。商店街を抜けると、そこには大きな木の橋が掛かっていた。ガンモ曰く、つい数日前に出来上がったばかりの新しい橋なのだそうだ。私たちは、宇治橋と呼ばれるその橋を渡り、他の参拝客たちと同じ方向に歩き始めた。途中、大学生たちが演奏する宇治橋の完成記念コンサートに聴き入った。とても美しい音色だった。

 ところで私たちは、本宮に参拝するつもりで伊勢神宮にやって来たはずなのだが、ガンモに尋ねてみると、本宮まではまだまだ歩かなければならないらしい。しかも、足元は、ひどく歩き難い砂利道だった。私はその日、というか、最近は例外なくいつもだが、ムートンブーツを履いていた。そのムートンブーツが私の足には少し大きかったためか、砂利道を一歩歩く度に足元がぐらついた。このような状態で、ここからまだまだ遠い本宮まで一歩一歩踏みしめながら歩いて行くのは非常に困難な状況だった。おまけに更年期の影響なのか、軽い頭痛とともに体力も気力も失われてしまっていた。せっかくここまでやって来たというのに、体調も万全ではなく、また長い砂利道を楽に歩いて行くことのできる靴の装備ではなかった。

 私たちのそんな状況とは裏腹に、参拝客たちは軽い足取りで砂利道をいとも簡単に歩いていた。きっと、私よりも歩き難いであろう靴を履いている女性たちでさえも、苦もなく砂利道を歩いていた。とうとう私はガンモに、
「本宮まではとても行けない」
と弱音を吐いた。本宮までは、ここから更に遠いということを知っていたガンモも、
「わかった」
と言ってくれた。

 伊勢神宮の神様には大変失礼なことではあるのだが、私たちは本宮に向けていた足をくるっと反対方向に向け、元来た道を潔く戻った。伊勢神宮の参拝客が多いとは言え、本宮に参拝するのを諦めて、宇治橋を渡った直後に元来た道を戻った参拝客は他にはいなかったことだろう。

 宇治橋を渡り切ったとき、私の前を歩いていた人がふと振り返り、本宮に向かって深々とおじぎをした。信仰心の厚い方である。そのとき私は、神とは何だろうと考えた。日本にも、神が祀られている場所は他にもいくつかある。しかし、その神は唯一の神ではなく、複数いる神のうちの神の一つである。私は、自分の中にいる内的神に対し、神社などに祀られている神を外的神と呼んでいる。こうした神の祀られている場所は、自分の中の内的神と、そこに祀られている外的神を繋げる場所なのではないだろうか。今回、私はその試みを断念した。とは言え、外的神は、わざわざ本宮まで出掛けて行かなければお目に掛かれない存在なのだろうか。外的神は、本宮に続く道を歩き難い砂利道にして、私たちの信仰心を試そうとしているのだろうか。そんなことを考えながら、私はガンモと一緒に駐車場への道をゆっくりと歩いた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、お伊勢参りを試みるをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 伊勢神宮は、全国からたくさんの参拝客が集まるだけあって、とてもポジティブなエネルギーを感じられる場所でした。私は神社に行くと、外的神を感じるというよりも、神社に生い茂っている木々のエネルギーを感じ取ります。伊勢神宮の木々は、確かにポジティブなエネルギーを放っていました。とは言え、実は私が最も好きなパワースポットは、熱田神宮なのです。(笑)

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2009.11.15

映画『4分間のピアニスト』

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m スワイショウは、繰り返すことにより効果が得られるようなので、職場のトイレでこっそり実践するくらいでは、とても足りないかもしれませんね。しかも、トイレで実践しているところを誰かに見られたら、怪しいと思われるのは間違いありません。(苦笑)

 本作が劇場公開されていた頃、私はホットヨガ神戸店のすぐ隣にあった映画館で本作が上映されているのを認識していたように思う。しかし、当時の私のスケジュールと本作の上映スケジュールがかみ合わずに、鑑賞を断念したというおぼろげな記憶がある。ということで、九月二十三日のシルバーウィーク中に本作をDVDで鑑賞した。

 年老いたピアノ教師クリューガーは、女子刑務所でピアノを教えている。女子刑務所に新しいピアノを搬入し、レッスンを受ける生徒を募っていたところ、無実の罪で囚われているジェニーと出会う。気性の激しいジェニーは、時には手のつけられないほど大暴れするものの、ピアノの実力には目を見張るものがあった。クリューガーはそんなジェニーの才能に注目し、厳格な態度でピアノを教えようとする。出会ったばかりのクリューガーとジェニーはまだぎこちなかったが、厳しいピアノレッスンを通して二人は次第に打ち解け合って行く。

 やがてジェニーは、ピアノコンクールに出場する許可をもらい、ピアノコンクールで四分間だけ演奏することが許される。クリューガーとジェニーは、ピアノコンクールに向けて練習に練習を重ねて行くのだが・・・・・・。

 鑑賞し始めると、まず圧倒されるのは、ジェニーのとてつもない気性の激しさである。一体何に怒りを感じているのだろうと思ってしまう。しかし、やがてそんな気性の激しさも、彼女自身の孤独から来ていることがわかる。それは、身近な人に自分を理解されない孤独だったのかもしれない。すなわち彼女は、心の中に深い傷を負い、誰に対しても心を閉ざしていたのだ。

 実は、ピアノ教師として厳格な態度を取り続けていたクリューガーもまた、心に深い傷を負っていた。後半は、クリューガーが自分の心の傷をジェニーに告白するシーンもある。時には手のつけられないほど気性の荒いジェニーに対し、クリューガーが長年心の奥にしまいこんでいた秘密を告白するのだから、クリューガーにしてみれば勇気ある行動である。しかし、そうなるに至ったのは、その少し前に、クリューガーがジェニーから重大な告白を聞き、二人の間に生まれた特別感を守り通したかったのかもしれない。また、あることで感情を爆発させてしまったジェニーを、何が何でもなだめたい気持ちがあったのではないだろうか。二人の間にようやく芽生えた絆を守るためと、ある大それた計画のために・・・・・・。

 ジェニー役を演じている新人女優のハンナー・ヘルツシュプルングは、何と千二百人の中からオーディションで選ばれたのだそうだ。さすが、それだけの高倍率をクリアして来ただけあって、気性の荒いジェニーの役にぴったりはまっている。暴れ回る演技もいいが、刑務所の自室の机に鍵盤を掘り、熱心にピアノの練習を重ねる姿もいい。そんな気性の荒い爆弾のようなジェニーと、ピアノのレッスンを通じて心を通い合わせて行くクリューガーの大それた計画とは・・・・・・。

 たいていの場合、何らかの闇を抱えている人物が前を向いて歩き始めるには、光を見出すプロセスが描かれるものである。では、ジェニーにとってクリューガーは光だったのかと問われれば、そうでもないような気もする。光というよりも、心の中に同じ闇を持っていた「同士」と表現するほうが、よりしっくり来るように思う。ジェニーがクリューガーに対して少しずつ心を開き始めたのは、クリューガーの中に自分と同じ闇を見出し始めていたからなのかもしれない。全体的に、光というよりも闇が表現された映画ではあるのだが、闇の中で情熱が燃えたぎるようなエネルギッシュな作品となっている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作はドイツ映画なんですよね。全体的にダークなイメージが漂ってはいるのですが、ジェニーの演奏が素晴らしいからでしょうか。彼女のピアノに対する情熱に引き上げられる作品です。

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2009.11.14

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(8)

針金職人の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。我が家の洗濯担当はガンモと書きましたが、もちろん、私自身も洗濯を担当することはあります。そのとき、この色とりどりの洗濯物干しに洗濯物を干すと、とても楽しい気分になります。(^^)

 ブリージングストレッチセミナーで実践した体操の中で、最もお手軽かつ重要な体操が、セミナーが始まった直後に私が古久澤先生に質問をさせていただいたスワイショウである。もともとスワイショウは中国に伝わる秘伝の武術の訓練方法の一つで、気功に取り入れられ、次第に広まって来たようだ。

 スワイショウには大きく分けて二つの方法がある。一つは、腕を上下に振る方法、そしてもう一つは、腕を左右に振る方法である。前者は主に上半身の症状改善に効果があり、後者は主に下半身の症状改善に効果があるそうだ。ブリージングストレッチセミナーでは、腕を上下に振る方法を実践した。

 腕を上下に振るスワイショウは、古久澤先生のメルマガでも解説されているので、表現をそのまま拝借することにしよう。

両足を肩幅に開き、足先はまっすぐ平行にします。
膝は軽く緩めて、背筋を整えて立ちます。
この姿勢から、両腕を肘を曲げずに前後に振ります。
前に振った時の両手の高さは、お臍から鳩尾(みぞおち)までにして、振り子のようにひたすら繰り返していきます。
最初は3分くらいから始め、慣れてきたら10分・20分と時間を伸ばしていくといいでしょう。
10分間で大体600回くらい腕を振ることが出来ますが、スワイショウの穏やかな快感は「繰り返す」ことなしには得ることはできません。

 ちなみに、文章だけでは、わかり辛いと思うので、私がインターネットで検索したサイトをご紹介しておこう

 古久澤先生のメルマガには、スワイショウが度々登場していたので、私はとても気になっていた。しかし、セミナーで古久澤先生のスワイショウのお手本を拝見してみると、メルマガに書かれていた内容を頼りに自分で実践していた方法とは異なっていた。大きく異なっていたのは、両腕を上げる高さが、実際はせいぜい鳩尾(みぞおち)までだったということである。私は職場のトイレで一人で実践しているうちに、腕にどんどん勢いがついてしまい、腕を上げる高さが高くなってしまっていたのだ。しかし、古久澤先生曰く、スワイショウで腕を上げた高さまで気が上がってしまうそうで、上半身がほてりがちな私には、腕を高く振り上げ過ぎることは、かえって逆効果だったようだ。

 スワイショウのもう一つのポイントは、腕に力を入れず、むしろ脱力感を伴いながらアファメーションを唱えるということである。腕に力を入れずに行うことで、腕があたかも振り子のような働きをして、自分自身に催眠術をかけるかのごとく、アファメーションと唱えることに効果が出て来るようである。セミナーが開催されたみいみさんのスタジオでは、窓の外に海が広がり、遠くのほうに島が見えていたので、私はスワイショウを実践しながらその島を眺めていた。スワイショウを実践するときは、遠くに焦点を定めて行うのが良いそうだ。ちなみに、セミナーでは、スワイショウのときに唱えるおまじないをいくつか教えてくださったのだが、それはオフレコとのことなので、この記事では書かないことにする。来年あたり、古久澤先生が本を出版されるそうなので、おそらくその本の中では明らかにされると思われる。

 古久澤先生曰く、古久澤先生の体操教室には、スワイショウだけを実践するクラスもあるというくらい、スワイショウが重視されているのだそうだ。とにかく、スワイショウを実践し続けていると、自分の中に変化が訪れるそうだ。おそらく、アファメーションを最も受け入れ易い状態で行うために、願望が潜在意識にインプットされ易いのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m スワイショウについて気になる方は、インターネットで検索してみてください。私が調べた限りでは、下半身の症状に効果のあるスワイショウについては動画がありました。私は、どちらかというと下半身に問題があるので、腕を左右に振るスワイショウを中心に実践しています。

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2009.11.13

針金職人

映画『あの日、欲望の大地で』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。本作は、映画サイトにおける評価も高いようですね。こういう作品が世の中の人たちに好まれているのは、うれしいものです。単なる不倫の映画ではありませんから。

 ご存知のように、我が家の洗濯担当はガンモである。ガンモは、私が冷え取り健康法を実践するために毎日重ね履きしている四足の靴下を洗濯機で洗い、洗濯物干しに干してくれている。そんなガンモは、洗濯物干しに示す愛情も深い。

 皆さんも経験があることと思うが、長年、洗濯物干しを使い続けていると、洗濯物干しに付属の洗濯バサミが次々に取れてしまう。ガンモは、そんなふうに歯抜けした洗濯物干しに、針金を器用に使って、かつて他の洗濯物干しで使っていた洗濯バサミを取り付けている。いろいろな洗濯バサミが取り付けられ、何とも色とりどりの洗濯物干しになっている。取り付けられた洗濯バサミは、旅行用などに購入して、あちこち持ち歩くうちに劣化してしまったものだ。それらがガンモによって再び命を吹き込まれ、見事に生まれ変わっているというわけなのだ。

取れてしまった洗濯バサミを補充するために、針金を器用に折り曲げて、寄せ集めの洗濯バサミを取り付けている。
ちなみに、オリジナルの洗濯バサミは、白いプラスチックで吊り下げられている

 それだけではない。ガンモは、洗濯物干しを上から吊るすためのプラスチックが劣化してしまうと、こちらも針金を器用に使って修理して使っている。洗濯物干し自体はまだ使えるのに、上から吊るすためのプラスチックが劣化してしまったからと言って、捨ててしまうのはもったいない。こんなふうに針金で代用すれば、再び上から吊るすことができるのだ。

上から吊るすための、劣化してしまったプラスチックを針金で補っている

 私がガンモとの結婚生活を楽しいと思えるのは、ベッドに漫画を敷き詰めて、固いマットレス代わりにしたり、連携プレイの障害物競走をして荷物を受け取ったり、また、今回のように針金職人となり、洗濯物干しを修理しているガンモを見届けたときなどである。世の中はそれなりに広いはずだが、私とこのような楽しみを共有できる人は、数少ないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが補充した洗濯物干しを見て、「これは絶対に記事にしよう!」と思いました。しかし、そうは思ったものの、この楽しさに共感してくださる方がいらっしゃるかどうか・・・・・・。(苦笑)私たちの、あまりモノを捨てたくない気持ちをほんの少しでも感じてくだされば幸いです。

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2009.11.12

映画『あの日、欲望の大地で』

鏡よ鏡の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私は、相手ともっと親しくなろうとして、少々言いにくい内容であっても、率直な意見を述べさせていただくことがあります。しかし、立場的なしがらみや、相性の良し悪しなどの要因から、率直な意見を述べられないことも多々あります。そういうときは、今回のように悶々としてしまいます。(苦笑)ちなみに、これまでにも何度か書いて来ましたが、私が普段から心地良いと感じている文字によるコミュニケーションは、元の発言を">"などの引用記号で引用しながら行う「引用レス式」のコミュニケーションであります。時には、例え携帯電話のメールであっても「引用レス式」で返事をくれる友人もいて、交流に確かな手ごたえを感じています。

 本作を鑑賞したのは、十月二日のことである。いやはや、凄い作品を観てしまったというのが、率直な感想である。

 本作には、女性が三世代に渡って登場する。まずは不倫をしている母ジーナ、その娘マリアーナ、更にマリアーナの娘マリアである。最初のうち、三世代の女性たちはなかなか繋がらない。つまり、それぞれ別の物語が進行している。しかし、物語が進行して行くにつれて、次第に大きな意味を持ちながら繋がって行く構成となっている。三世代の女性たちが次第に繋がって行くプロセスは、まるでジグソーパズルが組み立てられるのを見守っているかのようでもある。

 ある家族がいる。母のジーナはどういうわけか、家族に嘘をついて、メキシコ人男性ニックとの密会を重ねている。娘のマリアーナは、そのことに気付いていて、内心、心を痛めている。母が不倫をしていることで、母に対する不信感をむき出しにしているかのように見えるマリアーナだが、あるシーンを目の当たりにしたとき、マリアーナの母に対する確かな愛情をはっきりと確認することになる。しかし、それも束の間、事態はマリアーナの予想もしなかった方向へと進んでしまう。

 それはひとまずさておいて、女性であれば、ジーナが乳がんを患い、乳房を失ってしまったという状況が気に掛かるのではないだろうか。愛人ニックがジーナの失ってしまった乳房を恐れることもなく愛撫してくれるのに対し、おそらくジーナの夫はジーナが乳房を失ってしまったという事実を受け入れることができず、ジーナとの性生活から遠ざかってしまったのではないだろうか。あからさまではないにしても、何となくジーナとの性行為を避けているようにも思えるシーンから、私はそんなことを想像した。そして、おそらくジーナは、乳房を失ってしまった自分を正面から愛してくれるニックとの愛欲に溺れてしまったのだ。

 しかし、果たしてそれが本当の愛だと言い切れるのだろうか? 本当の愛ならば、人目を忍んで密会を重ねたりはしないのではないだろうか? 周りに内緒で密会を重ねていたのは、それが本当の愛ではなく、欲望だったからではないのだろうか?

 物語をやや複雑にしているのは、ジーナとニックが密会中に亡くなってしまい、ニックの息子とマリアーナが面識を持ち、やがて恋に落ちるというところだ。皮肉なことに、この二人の出会いこそが運命的だったのではないかと私は実感している。ニックの息子とマリアーナの出会いが運命的だったからこそ、その運命的な恋を失ってしまったマリアーナは、まるで人が変わったように行きずりの恋を繰り返してしまっているのだと・・・・・・。

 大人になったマリアーナを演じているのは、映画『スウィート・ノベンバー』映画『告発のとき』映画『ハンコック』のシャーリーズ・セロンである。彼女はとても美しい女優さんである。

 本作の隠されたテーマは、「娘が母を許す」というところにあるように思う。今は亡き母ジーナの不倫を許したいマリアーナ、そして、自分を置いて失踪してしまった母マリアーナを許したい娘マリア。それぞれが母を許そうと、自分自身の思いと葛藤する。例えどんな状況に陥ったとしても、母と娘は真に憎み合う関係にはならないということを、本作は究極的な状況を示しながら教えてくれているような気がする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 途中で投げ出してしまったことであっても、心の中でずっと気に掛かっていることは、もう一度挑戦するチャンスに恵まれるものなのですね。例えそれが一度は投げ出したことであったとしても、時間が立てば、新たな気持ちで再び向き合うことができるようになるものです。そういう意味で、本作は三世代の女性が描かれてはいましたが、マリアーナの物語だと言えるのかもしれません。

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2009.11.11

鏡よ鏡

更年期デビュー?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私と同世代の方たちや、私の人生の先輩の方たちが共感してくださったのかもしれませんね。ちなみに、私の周りにいる私と同世代の友人たちも、疲労感や片頭痛、それから私と同じようにホットフラッシュに悩まされているようです。以前よりも、更年期を迎える年齢が低年齢化してしまったのかもしれません。

 仕事のことで何となくもやもやしていることがある。今日は、そのことについて書いてみようと思う。

 私の派遣先企業は、とあるコンピュータメーカの数ある子会社のうちの一つである。多くの子会社がそうだと思うのだが、親会社からの発注を受け、仕事をしている。そのため、親会社の担当者と、仕事の内容について密なやりとりを行う必要がある。そのやりとりは、私と同じプロジェクトに参加しているプロジェクトメンバ全員が参照できるメーリングリスト上で行っている。

 確か今年の四月頃のことだったと思う。人事異動があり、親会社の担当者が変わった。私が現在の企業に派遣されてから既に七年半が経過しているように、私の参加しているプロジェクトは、長年続いている息の長いプロジェクトである。もちろん、私が現在の企業に派遣されるずっと以前から、そのプロジェクトは存在していた。言わば私たちは、長期に渡って売れ続けているソフトウェアを開発していると言ってもいい。

 長期に渡って一つのプロジェクトに関わり続けると、そこで働いている人たちはどうしても保守的になってしまう。しかし、それは、ある程度は仕方のないことだと私は思うのだ。新しいことをどんどん受け入れて行くことよりも、保守的になることで実現できたこともたくさんあると思うからだ。

 ところが、新しく赴任された親会社の担当者は、私たちの築き上げたそんな長い歴史などおかまいなしに、次々に新しいことを要求して来た。その親会社の新しい担当者の提案により、私たちが長年実践して来た方法が次々に改善され、これまで仕事に対して保守的だった私たちが少しずつ重い腰を上げて対応することになった。とは言え、それはそれで良かった部分もある。問題は、親会社の新しい担当者とのコミュニケーションがうまく行かないことだった。

 多くの場合、親会社と子会社という関係において、子会社は親会社に対して頭が上がらないものである。簡単に言えば、子会社は、親会社に対して何か言いたいことがあったとしてもなかなか言い出すことができない。だから、一見、親会社からの要求が無理難題とも思えるような内容であっても、涙を呑んで応えようとする。そんな不利な力関係も手伝って、私たちの、これまでの歴史などおかまいなしに突きつけられる新しい担当からの要求に、何度も何度も応えて来たのである。

 しかし、果たしてこのままでいいのだろうかと、最近、強く思うようになって来た。というのも、具体的には書けないのだが、仕事のやりとりが行われているメーリングリストを静観していても、新しい担当者が子会社の私たちに対して投げかけて来るメッセージには、明らかにこれは人間的にどうなのだろうと思えるような発言も多かったからだ。はっきり言って、親会社の担当者は一言多いタイプである。それは、親会社の人間であるということを利用して、子会社に対して威圧的な態度に出ているのか、それとも、そんな力関係とは関係なしに、もともとその人の持つ人間性に問題があるのか、それはわからない。ただ、その方の書かれたメールを読むと、思わずカチンと来ることが多いので、明らかに人間性の問題なのかもしれない。とにかく、もしも私が派遣社員という立場でなく、子会社の社員であったとするならば、例え自分が弱い立場であったとしても、勇気を持って何か一言言いたくなるような発言が多かったのである。

 そんな状況の中、派遣社員である私が、ある技術的なことでその新しい担当者とメーリングリスト上で密に関わるチャンスに恵まれた。最初のうち、そのやりとりは和気藹々と続いているように見えた。私は、そのチャンスを活かし、今後はその新しい担当者に言いたいことをはっきり言えるような関係を築きたいと思っていた。ところが、結果的にはそうはならなかった。メーリングリスト上でその新しい担当者と何度も何度もやり取りを重ねたにも関わらず、最後はその方のペースで話が進められ、勝手に結論付けられてしまった。また、これまで重ねて来た対話により、確実に得られるはずの親しさがまったくと言っていいほど蓄積されなかった。おまけに、最後の最後に、これまでのやりとりがすべてフイになるような一言でとどめをさされてしまった。

 それだけではない。メーリングリスト上で私が何度もその新しい担当者の名前を呼び掛けて語り掛けているにもかかわらず、その新しい担当者は私の名前をただの一度も呼び掛けてはくださらなかった。私自身も自分のホームページの掲示板やいろいろなサイトでの交流を通じて思うことは、インターネットや携帯電話の普及により、以前よりもコミュニケーションツールは増えているものの、最近は、特定の人に名前を呼び掛る行為が省略され、いきなり本題に入ってしまっているように思う。かつて、インターネットではなく、パソコン通信でこじんまりとしたコミュニケーションが成り立っていた頃は、例えそれが電子会議室(現在で言うところの掲示板に相当)に書き込まれたコメントであっても、そのコメントに対して返事を書くときは必ず相手の名前の呼び掛けが行われていたものだった。そうして関わり合って来たからだろうか。その頃築き上げた仲間たちとの交流は、十数年経った今でも切れてはいない。

 そもそも、相手の名前を呼び掛けずに心地良いコミュニケーションが成り立つはずなどないのに、人の上に立つ立場になることで、そんな基本的なことを教えてくれる人が誰もいなくなってしまうのだ。また、その新しい担当者が所属しているのが私の派遣先の企業からすれば親会社であることも、その新しい担当者がコミュニケーションについて大きな気付きを得るきっかけを失っていることになる。

 多くの人たちは、関わる相手を鏡にして鏡の中に自分の姿を認め、成長して行く。しかし、人の上に立てば立つほど、自分を映し出す鏡は曇ってしまうのかもしれない。私と一緒に仕事をしているプロジェクトメンバも、親会社の担当がその方に変わってからはずいぶん仕事をやりにくいと感じているようだ。とは言え、やはり相手が親会社の社員であるということと、仕事の内容そのものではなく、その方の人間性の問題であることで、親会社の担当に対してなかなか意見を言うことができないようである。私は、このままで本当にいいのだろうかと思いながら、仕事をしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そもそもメーリングリスト上で、子会社の派遣社員の立場である私と、親会社の社員の方が直接対話をすること自体、異例のことだったのです。相手が親会社の社員の方なので、その方に何か発言したいことがある場合は、まずは子会社である派遣先の社員の方を通してから、というのが一つの筋だったのですね。しかし、今回は技術的な内容だったので、間に人を介すよりも、直接やりとりのほうが効率的でやりやすかったのです。とは言え、何となく後味の悪い結果になってしまいました。このような立場のとき、皆さんならどうされますか?

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2009.11.10

更年期デビュー?

映画『カムイ外伝』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の中でご紹介した画像をチラッと見ると、二人が携帯電話を覗き込んでいるように見えてしまいますよね。でも、携帯電話じゃないんです。ペアを意味する貝なんですね。

 もう十一月だというのに、私には暑い。夏が過ぎて涼しくなったというのに、私はまだほんの数回しか長袖シャツに手を通していない。とにかく暑いのだ。朝、起きたときから頭の辺りに熱がこもっているのがわかる。頭の辺りを冷やすために私が扇風機を回すと、ガンモが、
「寒い!」
と言う。私の起床時間に合わせて朝五時に起こされた上に、扇風機を回されるのだから、ガンモにしてみれば、とんだ安眠妨害に違いない。それでも私にとっては、目が覚めた瞬間から、頭の辺りにこもった熱との戦いが始まっているのだ。

 仕事に出掛けて行くとき、私は半袖Tシャツの上にもこもこした半袖のセーターを着て、その上から更にもう一枚半袖のTシャツを重ね着する。そのいでたちで家を出て、朝の冷たい空気に触れるのが気持ちが良くて仕方がない。十一月になると、更に気温が下がって来たので、私はその上から半袖のジャケットを羽織っている。

 通勤途中はそれでいいのだが、オフィスに着いて仕事を始めると、半袖Tシャツの間に着ているもこもこした半袖のセーターを着ているのが暑くてたまらなくなってしまう。そこで、私はトイレに立ったときに、もこもこした半袖のセーターを脱いでしまう。そして、脱いだもこもこした半袖のセーターを手に持ってオフィスに戻り、半袖のTシャツを二枚重ね着した状態で仕事をする。周りを見回しても、さすがにこの時期に半袖を着て仕事をしている人はいない。ああ、やはり、私の身体はどこかおかしい。もっとおかしいのは、他の人が着ているコートや毛糸のカーディガンを目にしただけでも、暑いと感じてしまうことだ。

 これが更年期障害のホットフラッシュというものなのかと、私にはまだまだ実感がわかないでいた。何故なら、ホットフラッシュは、単に暑いだけでなく、寒さも感じるものだと聞いていたからだ。しかし、私の場合、なかなか寒いという感覚はやって来なかった。ということは、今、私が体験しているのは、更年期障害のホットフラッシュではないのだろうか。

 そもそも、私がホットフラッシュらしきものを自覚し始めたのは、この春先のことである。その頃、冷えのぼせという記事を書いた。このときは、顔のほてりが特にひどく、仕事中にタオル地のフェイスマスクを水で湿らせたものを着けて、顔のほてりをしのいでいた。折しも、その後、神戸地区で新型インフルエンザの感染が拡大し、ほとんどの人たちがマスクを着用するようになった。そんなどさくさに紛れて、私はタオル地のフェイスマスクをよりパワーアップさせたマスクを手作りした。それは、百円ショップで購入したガーゼハンカチを二つ折りにして、耳に掛けるゴムを糸で縫い付けただけのものである。

ホットフラッシュ対策用マスク(試作品)

 タオル地のフェイスマスクは、湿らせた水がすぐに生ぬるくなったが、ガーゼハンカチを二つ折りにしたこの手作りマスクは、サイズが大きいためか、水の冷たい感覚が比較的長持ちした。湿らせた水が生ぬるくなると、机の上に置いてある水を入れたスプレーで水分を補給した。とは言え、間もなくオフィスに冷房が入るようになり、オフィスが次第に冷えて来たためか、私はホットフラッシュもどきの症状から解放された。どうやら、私のホットフラッシュもどきは、部屋が暖まっているときに発生していたようだ。

 ところが、夏が終わり、オフィスの冷房が緩くなって来ると、私は再びほてりを感じ始めた。春先頃には、とにかく顔が熱くてたまらなかったのだが、今は顔が熱いというよりも、頭や手が熱い。先日、発見したのだが、手が熱くなっているときは、頭に血が昇っているような感じである。そして、ある程度、時間が経つと、今度は寒さに襲われるようになった。これぞ、正真正銘のホットフラッシュなのだろう。私の中では、まだまだ暑く感じる時間のほうが断然長いものの、寒さの波もやって来るようになったというわけだ。

 更年期を迎えると、筋腫の成長は止まるらしい。もうすぐI医師の診察が控えているので、私のこの症状が本当にホットフラッシュなのかどうか、確認してみようと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 適当なカテゴリが見当たらなかったので、子宮筋腫カテゴリに記事を書いてしまいましたが、そろそろ更年期カテゴリを増やしたほうがいいでしょうか。(苦笑)それにしても、私の人生の先輩たちは、このやっかいなホットフラッシュにどのように対処されて来られたのでしょう。仕事中もパタパタと団扇で顔を扇いでいるので、集中力は失われていきます。それなのに、あまり効果的な対策がなさそうですね。私が購読している古久澤先生のメルマガによれば、上半身のほてりには半身浴が良いそうです。確かに半身浴を実践してみると、上半身のほてりが少し和らぐようです。引き続き模索してみますね。

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2009.11.09

映画『カムイ外伝』

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ブリージングストレッチセミナーでは、次から次へといろいろな話が飛び出して来て、本当に楽しいひとときを過ごすことができました。東京ではいつも、あのような楽しい教室が開催されているのかと思うと、うらやましい気がしますね。

 またしても原作のコミックを知らないまま、コミックが実写版で映画化された作品を鑑賞した。本作が公開されて間もない九月二十四日のことである。劇場で何度も予告編を目にしていたので、自然な流れでの鑑賞となったわけだが、実は、最終的に鑑賞に踏み切ったのは、本作が崔洋一監督の作品だったからだ。かつて網走刑務所と博物館網走監獄の記事にも書いたように、崔洋一監督は、私が東京に住んでいた頃にアルバイトをしていた写真店のお客さんだった。とは言え、もう二十年以上も前のことであり、当時、ほんの少しお話をさせていただいただ程度である。それでも、何となく自分と少しでも接点のあった監督さんの作品が公開されるとなると、鑑賞しておきたいというのが人間の心理というものだろう。

 本作を一言で表現するとするならば、忍びの掟を破った抜忍の物語と言っていいだろう。私は忍びの世界を良く理解していないので、忍びの掟を破ったからと言って、どこまでもどこまでも執拗につけ回される風習については良く理解できなかった。忍びを現代的にとらえて「職業」とするならば、一つの「職業」から足を洗おうとする者を、かつての「職業」仲間がどこまでもどこまでも執拗に追いかけて来るといった物語なのだ。掟をルールと読み替えると、そもそもルールとはどのような目的で存在しているのだろうと、疑問に思ってしまう。例えば、私たちが交通ルールを守るのは、他の人たちをも含んだ私たち自身の安全のためである。仮に交通ルールを破ったとしても、誰かに命を狙われるほど、執拗に追いかけ回されることもない。私の知る限り、現代には忍びの掟のようなルールは存在していないため、本作で示されているような忍びの掟を理解するのは難しいと思われる。

 それでも、こうしてレビューを書くにあたり、登場人物や展開されたストーリーなどを改めて振り返ってみると、なかなか面白いものを感じる。主な登場人物は、松山ケンイチくん演じる主人公の抜忍カムイと、小雪演じるカムイと同じく抜忍のスガル、小林薫さん演じるスガルの夫半兵衛、そして、カムイに恋心を抱くスガルの娘サヤカである。もともと、カムイとスガルが天敵のような関係にあったというところが、この物語にちょっとした緊張感を与えている。半兵衛もサヤカも、自分の妻あるいは母がかつては忍びだったということを知らないのではないかと思うと、カムイがスガルたちと生活を共にすることで、家族には隠しておきたいであろうスガルの秘密が明るみになってしまうのではないかとヒヤヒヤもする。しかも、半兵衛は、馬の蹄(ひづめ)を使って何やら漁のための秘密兵器をこしらえている。

 こうして振り返ってみると、実に良く練られた物語だと思う。前半は、そうした心地良い緊張感に引っぱられながら、楽しく鑑賞していたのだ。しかし、後半になって、どこからともなく帆船がやって来て、島の人たちのためにサメ退治を始めたところあたりから、作品の雰囲気がガラリと変わってしまった。何? 何? と思っているうちに驚きの展開になり、あれよあれよという間に悲惨な結末を迎えた。その急な展開により、私としては取り残されたような気持ちになってしまったのである。

 これまで、松山ケンイチくんの出演するいろいろな作品を鑑賞して来たが、作品を観る度に彼は違う人になり切っている。本作では怒りを溜め込んだ抜忍を演じていたが、サヤカにただならぬ好意を寄せられながらも、彼の中に本当にサヤカに対する想いが根づいていたのかどうかは読み取れなかった。相手が自分に好意を持ってくれているから自分も相手を好きになったように思うのであれば、それは必ずしも能動的な感情ではないと私は思うのだ。

 半兵衛を演じていた小林薫さんは、さすがベテラン俳優だけあって、演技がうまい。カムイに対して憎らしげな態度を取りながらも、最終的にはカムイを助け、まるで家族のように接する人物像は、演技に幅のある俳優さんでなければなかなか演じ切れるものではない。彼の作る秘密兵器で漁をしてみたくなった人も多いのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私には、小雪さんが、イギリス人女優のエミリー・ブラントに見えてしまいました。(苦笑)小雪さん演じるスガルと似ているように思えたのです。ところで、本作を鑑賞された方たちの評価を拝見すると、本作を高く評価する人とそうでない人にすっぱり分かれているようですね。私自身は、予告編で抱いたイメージとはずいぶん違っていたなあ、という感想を抱きました。

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2009.11.08

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(7)

天然ヘナおばさんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 天然ヘナで白髪染めをした日は、この秋一番の寒波がやって来た日でありました。寒い日は、天然ヘナの放置時間も延ばしたほうがいいようです。そのため、外出するからという理由で、どうしても洗い流したくはなかったのです。(苦笑)

 十三時から始まったブリージングストレッチセミナーも、時間が経つにつれ、内容の濃いものになりつつあった。最初は古久澤先生に質問するのを遠慮していた参加者たちも、古久澤先生の面白くてためになる話につられ、次第にリラックスして来て、積極的に質問が飛び交うようになった。ある女性が、子供が良く鼻血を出すのだが、大丈夫でしょうかと古久澤先生に質問された。古久澤先生は、身体の外に出て行くものは、すべて身体を整える働きがあるので何ら問題はなく、特に小さいお子さんの鼻血なら、自然に止まりますので大丈夫ですとおっしゃった。お子さんの目から目やにがたくさん出るという相談についても同じように答えられた。セミナーに参加されていらっしゃる方たちのほとんどは私と同世代の女性だったので、やはり、お子さんのことで気に掛かることがいくつかあるらしく、娘さんが生理不順で悩んでいらっしゃることを古久澤先生に相談される方もいらっしゃった。

 古久澤先生が女性特有の悩みにも回答してくださる中で、かつて「ガンまる日記」でも取り上げた経皮毒に話が及んだ。女性の子宮には、皮膚を通して吸収された化学物質が蓄積されやすいという話である。私も、古久澤先生のおっしゃっていたママレモンの匂いのする羊水の話を、かつて別ルートから聞いたことがある。娘さんの生理不順で相談されていた女性も、経皮毒の存在は既にご存知だったようで、いいシャンプーを使っているのに娘さんの状況がなかなか改善されないと悩んでいらっしゃった。「いいシャンプー」が何を意味していたのかまでは確認できなかったが、もしも「いいシャンプー」が「高価なシャンプー」を意味するものであったならば、「いいシャンプー」を使っているにも関わらず、子宮に化学物質が蓄積され、女性特有の何らかの不具合の原因になっている可能性は残っているかもしれない。しかし、「いいシャンプー」が化学物質をほとんど含まないシャンプーを意味していたのであれば、娘さんの生理不順は、経皮毒以外に原因があるということなのだろう。

 古久澤先生は男性なのに、女性特有の症状にも大変お詳しい。古久澤先生曰く、女性の生理は四日で終わるのが理想なのだそうだ。生理が長引く人は、骨盤の締まりが悪いらしい。まさしく、私がそれに当てはまる。何故なら、私の生理は一週間もダラダラと続くからだ。また、目の緊張も、長引く生理に関わっているという。骨盤の締まりが悪い人は、仙骨を締めることを意識すれば良いそうだ。

 ちなみに、今回のブリージングストレッチセミナーで配布されたレジュメには、子宮筋腫などの婦人科系疾患に関して、以下のように書かれていた。

子宮筋腫
子宮ガン
卵巣嚢腫

手首の硬直・右脚が短い・足元の冷え・魚好き。大根やショウガのガリと一緒に食べると毒が消える。骨盤を整え、酵素食に変え、温める

 そう言われてみると、確かに思い当たるフシがある。手首を柔らかくしようと思い、力を抜いてプラプラと振ってみると、手首に痛みを感じる。ということは、手首が硬直してしまっているのかもしれない。また、右脚のほうが短いかどうかは断言できないが、少なくとも、歩くときに左右の脚の長さが異なっているのは常々意識している。私の身体がいつも右側に傾き易いことからすると、普通に歩くと左脚が長いために左脚を引きずってしまいがちになるので、ついつい身体が右側に傾いてしまうとも考えられる。足元の冷えは、今でこそ冷え取り健康法を実践して暖かくしているが、夏にオフィスの冷房で冷やすことが多かった。また、動物の肉を食べたくないばかりに、魚介類を好んで食べていたので、魚好きにも当てはまる。古久澤先生はかつて、子宮筋腫は消化されなかった動物性タンパク質が体内に残ったものとおっしゃっていたので、筋腫の人は魚を控えたほうが良いらしい。また、古久澤先生は、海は汚染されているため、汚染された海で育った魚を食べるのは、できるだけ控えたほうが良いとおっしゃった。どうしても魚を食べたいときは、魚を食べる前にミカンを食べると魚の毒を消してくれるらしい。

 こんなふうに、古久澤先生は、私たちの健康にとってためになる話をたくさん聞かせてくださった。そして、体操の時間よりも話が長くなり過ぎることを気にしてか、
「おしゃべり中心がいいですか、それとも、体操中心がいいですか?」
などと、私たちに尋ねてくださった。まるで、おしゃべり好きのさだまさしさんが、コンサートで観客に、
「おしゃべりがいいですか? それとも、歌を聴きたいですか?」
呼び掛けているかのようだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際のセミナーから早くも一ヶ月以上経過してしまいましたが、セミナーのときに取ったメモを見ながら記事を書いています。さすがに一ヶ月も経つと、記憶も薄れて来ましたが、何とか思い出しながら書かせていただこうと思っています。

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2009.11.07

天然ヘナおばさん

映画『20世紀少年<最終章> ぼくらの旗』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m あるアンケート結果によれば、月に一回は映画館で映画を観るかという問い掛けに対し、「いいえ」と答えた人が全体の九割以上を占めていました。いやいや、驚きましたね。こんな時代だからこそ、というのもあるのでしょうが、映画を観るならDVDでの観賞で充分という意識もあるのでしょうね。もしくは、劇場公開中に評価の高かったものを選りすぐってDVD観賞するという、いわば「効率的な」観賞方法を取っていらっしゃる方も多いのかもしれません。確かに、劇場で映画を鑑賞しても、DVDで充分だと思ってしまうような作品はあります。そう考えると、映画館で映画を鑑賞することは、一つの賭けのようなものなのかもしれませんね。とは言え、劇場で映画を鑑賞していると、逆に、世間の評価もまったく知らずに、ほんの軽い気持ちで観賞した作品がものすごく素晴らしい作品だったという、棚からぼたもちのような経験ができることも確かなのです。

 十一月になったからなのか、頭に霜が降り始めた。いや、霜ではない。白髪である。そこで、またしてもおよそ二ヶ月振りにダイソーの天然ヘナを使って白髪染めをした。

 今回使用した天然ヘナも、前回前々回分の残りのナチュラルオレンジである。いつものように紅茶のティーパックとレモンで溶こうと思ったのだが、ふと思いついて、それらの他に生卵を一つ加えてみた。ザ・ダイソー ナチュラル ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)を参考にさせていただき、より高いトリートメント効果を期待したのである。

 生卵を混ぜ込んだせいだろうか。溶いてみると、天然ヘナがいつもよりも固くなった。それでも気にせずに、ナチュラルオレンジ初体験の記事でご紹介したような容器に移し替えて塗り始めた。すると、塗り込んでいる途中で、溶いた天然ヘナが容器から出て来なくなってしまった。そこで、力任せに容器を押さえたところ、その勢いでキャップが外れ、あろうことか、中に入っている緑の泥のような天然ヘナがぽったりと私の足元にこぼれ落ちてしまったのだ。私は、既に塗り込んだ頭の上の天然ヘナが垂れて来ないように気に掛けながらも、足元にこぼれ落ちた天然ヘナをペーパーで器用に拭き取った。おそらく、生卵を加えたことが原因で、いつもよりも天然ヘナが固くなり、容器の細い管を通らなくなってしまっているにもかかわらず、私が力任せに容器を押さえたものだから、容器に圧力が加わり、容器の中の天然ヘナがたまらず外に飛び出してしまったのだろう。つまり、生卵の入った天然ヘナは、容器の細い管よりも、キャップの側面から勢い良く外に飛び出すという強行策に出たのだ。私は、突然のハプニングに驚いたが、それでも冷静に残りの天然ヘナを頭に塗り込んで行った。

 ハプニングに見舞われながらも何とか天然ヘナを塗り終わると、今度は日本てぬぐいで頭を包み込み、日本てぬぐいの上からターバンを巻いて固定させ、更にその上にシャワーキャップをかぶった。そして、そのまま寝室に戻り、昼寝(と言っても既に夕方だった)をしているガンモを起こさないように静かにくつろいでいた。

 目を覚ましたガンモは、私の頭を見て、
「ヘナをしたんだ」
と言った。起きてトイレに立ったガンモ曰く、いつもよりも洗面所が汚れているという。おそらく、容器に入った天然ヘナが飛び出したときに、私の立っていた足元だけでなく、他のところにも、容器に入っていた天然ヘナが飛び散ったのだ。あとでトイレに立ったときに洗面所を確認してみると、確かに洗面所の一部に天然ヘナが飛び散っていた。

 ところで、我が家では、ガンモと私の休日が一致した日の夕食は、たいてい外食することになっている。とは言え、天然ヘナを塗り込んだのが十七時前だったので、夕食に出掛けて行くために天然ヘナを洗い流してしまうにはまだ早かった。しかも、できれば夕食のあと、買い物もしておきたかったので、私は大胆にも、
「じゃあ、シャワーキャップの上から毛糸の帽子をかぶることにするから、それで出掛けよう」
と宣言し、天然ヘナを包み込んだシャワーキャップの上から大きめの毛糸の帽子を目深(まぶか)にかぶり、出掛ける準備を整えた。子供の頃、自宅で髪の毛をカールするためのホットカーラーを巻いたまま近所のスーパーに買い物に来ている中年のおばさんをしばしば目にしていたが、今は私自身がホットカーラーおばさんならぬ、天然ヘナおばさんになり、天然ヘナを頭に塗り込んだまま外食と買い物のためにガンモと一緒に出掛けて行ったのである。

 こうして私は、お風呂に入るときにガンモよりも一足早く浴室に入り、天然ヘナを丁寧に洗い流した。仕上がった髪の毛を見てみると、これまでよりも赤みが増しているのを実感した。これまでと変わっているのは生卵を加えたことなので、この赤みは生卵が与えた影響なのだろう。エンジ色に近いような赤みがかった髪の毛は、ホットカーラーを巻いたまま近所のスーパーに出掛けていたホットカーラーおばさんに勇気をもらって、私自身が天然ヘナおばさんになることができたおかげである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに、生卵の持つトリートメント効果のほどは良くわかりませんが、心なしか、染めたあとの匂いは多少抑えられたように思います。とは言え、次回も生卵を入れるかどうかは未定です。(苦笑)

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2009.11.06

映画『20世紀少年<最終章> ぼくらの旗』

ホットヨガ(一六七回目) の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、ガネーシャのTシャツを着ていると、いろいろな方たちから声を掛けられるようになりました。中には、ガネーシャがどのようにして誕生したかといういきさつまでご存知の方もいらっしゃいます。ガネーシャの誕生については、かつての記事の中でも触れましたが、聞くところによると、最近、テレビなどでガネーシャが取り上げられることが多いのだそうです。その影響なのか、シヴァのTシャツを着ていても、「それ、ガネーシャですか?」などと聞かれたりします。声を掛けてくださるのはうれしいのですが、ちょっぴり複雑な気持ちであります。(苦笑)

 本作を観賞したのは、今からおよそ二ヶ月前の九月十一日のことである。私は普段、本作が連載されていたようなコミックを読まないというのに、ちょっとしたはずみで映画『20世紀少年』を観賞したものだから、映画『20世紀少年<第2章> 最後の希望』も観賞することになり、ついには結末を知りたくて本作を観賞するに至ったわけである。正直言って、私が普段、好んで観賞している作品とは異なる分野の作品ではあったのだが、さすがに最終章というだけあって、三部作の中では本作が一番楽しめたように思う。

 かつては初々しい小学生だった登場人物たちも、本作ではすっかり中年のおじさんになっている。それでも昔の仲間たちと同じ目的を持って集い、互いに力を合わせながら”ともだち”へと立ち向かって行く姿は少々うらやましいとさえ思ってしまう。皮肉なことに、世界征服を企む”ともだち”は、小学校時代の仲間たちの結束を固めている存在であるとも言える。

 本作の見どころは、死んだとされていたケンヂとの再会と、いよいよ”ともだち”の正体が明かされるところだろう。この手の作品は、スクリーンを見詰めながら、ストーリーが進んで行くのをただ淡々と見守るだけに終わってしまいがちである。しかし、ついに”ともだち”の正体が明かされ、それにまつわるエピソードにまで話が及んだとき、私の中で、ふと温かいものが動いた。なるほど、こんなカラクリだったとは・・・・・・。最後の最後に、温かいものを残してくれたような、そんな気持ちになったのである。

 ただ、"ともだち"の企みが半ば明るみになりながらも、多くの人たちがいまだに"ともだち"を支持し続けていた理由は良くわからなかった。もはやそこまで盲目的に洗脳されてしまっていたということなのだろうか。現実の世界においても、「地下鉄サリン事件」などが発生したので、”ともだち”の率いる集団を、どうしてもオウム真理教の教団と重ねてしまった。

 何が何でも本作で結末まで導きたかったからなのか、一五五分という、映画にしてはかなり長い上映時間だった。それにもかかわらず、最後まで手を抜かずに製作されているのがわかった。一作目の映画『20世紀少年』や二作目の映画『20世紀少年<第2章> 最後の希望』で、”ともだち”の正体を明かすのをずっと引っぱり続ける感が伴っていたことも、このような結末ならば許容できるような気がしたのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私としては、なかなか楽しめた作品だったのですが、世間の評価はそれほど高くはないようですね。一部の映画サイトに、原作とは違う展開という説明もあり、もしかすると、原作を読まれた方たちが原作に忠実でないことに反発されているのかもしれません。もともと、原作のある作品の映画化は、なかなか難しいものがあると思います。例え原作に忠実に製作したとしても、人によっては作品の捉え方が異なる場合もあるからです。仮に原作とは違う展開だったとしても、映画の作り手が、そこに作り手としての思いを盛り込みたかったと解釈したいものです。映画の中に、原作と異なる展開が盛り込まれているとき、観賞する人は、映画の作り手の思いを受け取るべきなのか、それとも原作者の思いを受け取るべきなのか、葛藤が生まれるのでしょうね。だから、そういうときは、むしろ原作を読んでいない人のほうが、純粋に映画を楽しめたりするのでしょう。

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2009.11.05

ホットヨガ(一六七回目)

足元にも及ばずの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私には、ガンモのスコアになかなか追いつけないという悔しさがずっと付きまとっていますが、ガンモはガンモで、私が翌朝五時に起きなければならないためにできるだけ早く就寝したいと思い、さっさと消灯してしまうことが不満のようです。私の五時起き生活が始まるまでのガンモは、夜、寝る前にニンテンドー DS Liteを使って、英単語や英熟語を覚えていました。でも、それができなくなってしまったので、ブツブツ文句を言っています。私自身は、英単語も英熟語も、もっと長い流れの中で自分の中に自然に蓄積して行くものではないかと思っていますが、何しろ、ガンモよりもスコアが低いので説得力がありません。(苦笑)

 派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けたあとは、試験会場の近くで昼食をとり、梅田店でホットヨガのレッスンを受けた。TOEICのIPテストが行われている大阪・梅田の貸会議室とホットヨガの梅田店は、比較的近い場所に位置しているのである。

 今回、参加したレッスンは、九十分のベーシックコースである。ここのところ、南森町店や京都店でフリースタイルのレッスンを中心に受けて来たので、通常のレッスンに戻るのは久し振りのことである。レッスン時間も六十分の場合が多かったので、いきなり九十分ものレッスンに持ちこたえられるのだろうかとちょっぴり不安だったが、意外にも大丈夫だった。逆に、通常のレッスンからしばらく離れていたことで、久し振りのベーシックコースのレッスンがむしろ新鮮に感じられたほどだった。

 レッスンを担当してくださったのは、とても美しいインストラクターだった。外見が美しい上に全体的なラインも細く、お腹もぺったんこだった。実にうらやましいことである。

 ちなみに、今回のレッスンの参加者は、私を入れて十七名だった。今回は珍しく、男性会員が一人もいらっしゃらないと思っていたところ、良く見ると一人だけ男性と思われる方がいらっしゃった。その方は髪の毛が長く、スネ毛も認められなかったため、男性会員であることにしばらく気付かなかったのだ。その男性会員は、例え女性会員の中に一人だけの参加だったとしても、まったく違和感がなかったのだ。

 ところで、ホットヨガのレッスンはいつも裸足で行っているのだが、他の人たちの足を観察してみると、外反母趾の方が多かった。おそらく、先の尖った靴を履いていらっしゃる方が多いのだろう。足の形に合った靴を選んで履くというよりも、いつの間にか、靴の形に足を合わせてしまっているようである。私は、先の尖った靴は一切履かないので、外反母趾ではない。周りを見渡してみると、まるで私の足だけが原始人の足のようでおかしかった。

 ここだけの話だが、実は九十分のベーシックコースのレッスンの中には、私があまり取りたくないポーズがある。それは、英雄のポーズである。下半身の踏ん張りが足りないせいだと思うが、ポーズを取っているうちにだんだん退屈になって来るのだ。また、両手を肩の位置まで上げてしばらくポーズを取るのも苦手である。

 そんな雰囲気を感じ取ってくださったのかどうかはわからないが、インストラクターが、
「土曜日のこの時間のレッスンは常連さんが多いので、いつもとは違うアレンジを加えてみます」
とおっしゃった。インストラクターは私たちを、フリースタイルの骨盤コースのレッスンで行われている、猫のポーズの変形ポーズへと導いてくださった。猫のポーズの変形ポーズとは、四つん這いになり、まずは左手の甲を床に付けてその手先を右側に向け、左手の下に右手を通し、身体を右に倒して右頬を床につき、お尻を上げるポーズだ。これを、左右一回ずつ行う。私は、骨盤コースで行っているポーズが出て来たので、気持ちが引き締まった思いがした。

 おかげで、いつもは九十分経つのが待ち遠しいほどなのに、気が付けばいつの間にか九十分経っていた。インストラクターが気を利かせて、ポーズにアレンジを加えてくださったことが、心地良い刺激になったようだ。

今回のレッスンで着ていた手描きガネーシャのTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は女性ばかりのレッスンだと思っていたのに、男性の姿を見付けたときは驚きましたね。その昔、私も男性会員のみの某カメラ倶楽部の忘年会に紛れ込み、そこでしばらく皆さんと同じ時間を過ごしていたというのに、抽選で景品が当たる段階になって私が景品を引き取りに前に出て行くと、「あれえ、女なんていたのかよ」と言われたことを思い出します。人のことは言えませんね。(苦笑)ちなみに、ホットヨガの支店で男性会員を受け入れているのは、私の知る限りでは梅田店だけです。

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2009.11.04

足元にも及ばず

映画『ココ・アヴァン・シャネル』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。本作の中で、タイトルはわかりませんでしたが、「ココの歌(?)」に近いタイトルの曲を、ガブリエルが姉と一緒に歌うシーンがありました。私はその曲が気になって仕方がありません。あれは、昔からフランスに伝わる歌なのでしょうか。

 十月のある土曜日、私は派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けた。試験会場は、いつものように、大阪・梅田の貸会議室だった。これまで場数を踏んで来て気の緩みが出てしまったのか、私は集合時間に数分遅刻してしまった。もしもこれまでに同じ場所でIPテストを受けた経験がなければ、遅刻してしまったことに動揺してしまい、実力を発揮することができなかったことだろう。しかし、私は落ち着いて自分の席に着いた。

 驚いたことに、今回の受験者はわずか数名しかいなかった。郵便料金の節約のためなのか、派遣会社はかつてのように、ダイレクトメールなどでTOEICのIPテストの開催案内を郵送してはくれなくなってしまった。そのため、TOEICのIPテストの開催情報を得ることができずに、参加者が減ってしまったのかもしれない。私自身も、そろそろTOEICのIPテストが開催されるのではないかと思いながら、たまたま派遣会社のホームページにアクセスしたときに偶然開催を知ったくらいなので、こちらから能動的に働きかけて情報を得ようとしなければ受験できない状況だったのかもしれない。

 さて、うっかり遅刻してしまった私だが、大急ぎで他の参加者の方たちに追いつき、必要事項をマークシートに記入した。貸会議室のあるビルに着いて、トイレにも行かずに試験会場に直行してしまったので、私はひとまずマークシートへの事前記入が終わると、トイレに立たせてもらった。

 私がトイレから帰って間もなくすると、いよいよ本番が始まった。ここのところ、デジタルメモリプレイヤーでBBCをMP3で聴き続けていたので、リスニングの問題は、これまでよりもぐっと正解率が上がったような感触を得た。しかし、後半のリーディングは相変わらず集中力がなく、あまり時間もないというのに、同じところを何度も何度も読み返さなければなかなか頭に入って来なかった。そんな感じでいつものように、解けなかったリーディングの問題に超能力を使って、すべて特定の記号で埋めて試験が終了した。

 試験を終えて私がまず最初にすることは、トイレに行くことのほかに、ガンモに電話を掛けることだった。ガンモは落ち着いた様子で電話に出た。
「どうだった?」
と聞いてくれればいいのに、ガンモはわざと聞こうとはしない。私がTOEICのIPテストを受けたところで、自分のスコアが私に追い越されるなどとは思ってもいないのだ。ライバル視しているのは私だけで、ガンモは私のことをライバルだとは思っていないようである。ガンモが何も聞いてくれないので、私は、
「今回は、BBCをMP3でずっと聴いていたから、リスニングの問題が良く出来たよ」
と言った。ガンモは、いつもの私の戯言だと思い、ふんふんと聞き流す程度だった。

 私は、今回のスコアが届くのを心待ちにしていた。いつもは、私よりも先にガンモにスコアの入った封筒を開封されてしまうのだが、今回は何としてでもそれを阻止し、私自身が先にスコアを確認したかった。

 TOIECのIPテストを受けて十日ほど経った頃だろうか。ガンモと一緒にカングーで出掛けたあと、マンションの集合ポストに向かい、ガンモがポストの中から郵便物を取り出した。その中に、私が待ち焦がれていたオレンジ色の封筒があった。TOEICのIPテストのスコアが入った封筒である。危うくガンモの手に渡りそうになったので、私はすかさず封筒に手を伸ばし、ガンモからオレンジ色の封筒を奪った。そして、はやる気持ちを抑えながら、オレンジ色の封筒を開封すると、自己最高スコアではないものの、まずまずの結果だった。

 驚いたのは、リスニングのスコアが前回よりも三十五点アップしたことだ。私がデジタルメモリプレイヤーでBBCをMP3で聴き始めたのは、TOEICのIPテストが開催される直前のことである。ほんのわずかの間にこれほど効果が上がるとは驚きである。

 とは言え、ガンモは私のスコアを知り、優越感を感じているようだった。悔しいが、今回の私のスコアとガンモの最高スコアは二百点近くもかけ離れている。ああ、悔しい。私にもいつか、ガンモをギャフンと言わせることができるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモのスコアにはまだまだ及びませんでしたが、私としてはまずまずの結果でした。リーディングのスコアはすぐには伸びませんが、リスニングのスコアは、ほんのちょっと耳を慣らしただけでも伸びてくれますね。この調子で精進したいと思います。(笑)

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2009.11.03

映画『ココ・アヴァン・シャネル』

書くことが楽しくなる手帳の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そう言えば、「週刊誌4コマノート・ミニ」を使用していて、残念なことがもう一つありました。それは、再生紙のため、修正テープを使用すると、修正テープの部分だけがまるで絆創膏を貼っているかのように白く浮き上がってしまうことです。(苦笑)

 本作を観賞したのは、九月二十一日のことである。私にはとても心に残る作品だったのだが、何故、これほどまでに世間の評価が低いのかわからない。フランス映画だからなのだろうか? 映画サイトで辛口コメントを書かれている人たちの多くが、鑑賞する前からこの映画に大きな期待を持っていたにもかかわわらず、期待外れで終わってしまっているようである。私が本作を楽しむことができたのは、私自身が普段からシャネルという高級ブランドとはほど遠い生活をしていて、ココ・シャネルに対する先入観も期待もほとんどなかったからかもしれない。

 本作は、かの有名なココ・シャネルの創始者であるガブリエル・シャネルの生い立ちを描いた作品である。今でこそ、ココ・シャネルというと、高級ブランド品という格式高いイメージがあるが、デザイナーを目指す前までのガブリエルは、姉と一緒にカフェで歌を歌っていた。そこで懇意になった貴族エティエンヌ・バルザンを頼り、自らの人生を切り開いて行く。任務を終えて郊外の自宅に戻ったエティエンヌは、ガブリエルとねんごろの関係になったにもかかわらず、ガブリエルの身分が低いことを理由に、ガブリエルとの関係を公にしようとはしない。カフェでのガブリエルに対するあれほどまでの積極性はどこへ行ってしまったのだろう。その、あからさまな態度の変化には、苛立ちさえ覚えてしまうほどだった。

 エティエンヌに邪険に扱われながらも、ガブリエルは何とか彼の家に居座り続ける。エティエンヌに「帰れ」とまで言われ、馬車も用意されたというのに、もはや帰るところのないガブリエルは意地でも帰ろうとはしない。自宅に戻り、貴族としての威厳を取り戻したエティエンヌは、ガブリエルを歓迎しない態度を示しながらも、何となくガブリエルの存在が気になるようだった。しかしそれは、見た目には愛ではなかった。ガブリエルの存在を隠したがるところからすると、愛というよりも欲望だ。

 やがてガブリエルは、もともと得意だった裁縫の技術を活かして、自分で帽子を作ったり服を縫ったりするようになる。そもそもガブリエルは、当時の貴族たちが身に着けている、華やかだが動き難いドレスに対し、反感を持っていたようだ。こうしてガブリエルは、生涯を通じて自分が実践すべき目的に出会うことになるのだった。しかも、それだけではない。ガブリエルは更に、エティエンヌの館でイギリス人貴族のアーサー・“ボーイ”・カペルと出会い、激しい恋に落ちる。

 本作を観賞して感じたのは、のちに偉業を成し遂げる人というのは、才能が開花するまでの間に、助けてくれる重要な人物に出会っているということだ。ガブリエルの場合、エティエンヌとボーイ・カペルがそのキーマンと言えるのだが、後から出会ったボーイ・カペルがガブリエルの才能を活かす方向に動いたのに対し、ガブリエルがボーイ・カペルと出会うきっかけを与えたエティエンヌは、ガブリエルの才能を殺してしまう人だった。ボーイ・カペルは、深いところでガブリエルを理解し、彼女がしたいと思うことをどんどん受け入れてくれたが、エティエンヌはガブリエルの自由意思を尊重せず、ガブリエルの行動を制限し、彼女に秘められた可能性を伸ばそうとはしなかった。

 とは言え、ボーイ・カペルとの交際も、決して順風満帆というわけではなかった。それでもガブリエルは、ボーイ・カペルとの恋に命を燃やしたのだと思う。それなのに・・・・・・。

 ガブリエルを演じているのは、映画『アメリ』の主演女優オドレイ・トトゥである。国際派女優の彼女の出演する作品は、これまでにいくつも観て来たが、やはり彼女の母国であるフランスで製作された作品に出演している彼女を見ていると、とても生き生きしているように見える。男物のシャツやジャケットを作りかえるために布を裁断するときの表情など、真剣そのものだった。

 私はシャネルというブランドを良く知らないが、もともとはファッション性よりも動き易さなどの機能性を重視したコンセプトで成立されたことがわかった。それが何故、世界的に有名な高級ブランドにまで成長したのか、本作からは読み取れなかった。いつの間にか、機能性からデザイン性を重視するコンセプトに変わってしまったのだろうか。むしろ、機能性を重視したコンセプトがその起点であるのならば、そのコンセプトをどこまでも貫いて欲しかったような気もする。そうすれば、シャネルに対してもユニクロのような親しさを持てたかもしれない。今のシャネルのイメージは、着易さや動き易さを追求した男物のシャツやジャケットが原点だったとはとても思いにくい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は観賞していないのですが、シャーリー・マクレーンが演じる別のココ・シャネルの映画もあるようですね。どうやら、観賞された方たちのレビューを拝見すると、そちらの作品のほうが評価が高いようです。これは、両方観賞しておかなければなりませんね。(笑)

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2009.11.02

書くことが楽しくなる手帳

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私は左右の手の長さが違っていたようですが、私と組んだ方は、左右の手の長さがほぼ同じでした。きっと身体に歪みの少ない方だったのでしょうね。

 今年もまた新しい手帳を買い換える時期がやって来た。書店などには、来年度の新しい手帳が所狭しと並んでいる。何を隠そう、私は毎年、手帳選びにはひどく苦労している。これまでいろいろな手帳を使って来たが、どんな手帳を使っても満足することがなかった。そのため、この時期になると、期待感いっぱいで来年度の新しい手帳を求めるのだ。

 私がこれまでどんな手帳を使っても満足しなかったのは、手帳の大きさやデザインが自分の好みに合わなかったからだ。世の中にこれほど多くの手帳が出回っていたとしても、ちょうど良い大きさ、デザイン、そして中身を持つ手帳に出会うことは難しい。私にとって、書くということはそれくらいこだわりを持つことだったのだ。

 あるとき私は、たまには楽天市場で手帳を探してみようと思い、検索してみた。これまで書店などで実際に手を取り、気に入った手帳を見付けることができなかったというのに、通販で手帳を探すなど、大胆な行動だったと言える。しかし、あろうことか、欲しかった手帳に巡り合うことができた。それは、ヨーロッパで人気のpaperblanksというシリーズの手帳で、まるで本のような作りの手帳に一日一ページで出来事を綴るというものだ。

paperblanks ミディフォーマット(B6相当)ディエム(一日一ページ) 2010年手帳(表紙)

 一冊二千六百二十五円と、これまで使用していた手帳よりはやや割高ではあったのだが、B6相当の大きさの手帳で一日一ページというのがうれしくて、思い切って注文してみたのである。

paperblanks ミディフォーマット(B6相当)ディエム(一日一ページ) 2010年手帳(中身)
ウィークデイは一日一ページだが、土曜日と日曜日が半ページに収まっている。
むしろ、土曜日と日曜日のほうが予定が多いはずなのに、それだけが残念

 手元に届いた手帳を開いてみると、大きさと言い、質感と言い、私の好みにぴったりだった。大きさは、バイブルサイズのシステム手帳よりもやや大きいくらいだろうか。これに、一日一ページを使ってたっぷりと贅沢に書き込みできるのだから、大満足である。ただ、多くのカレンダーなどにあるように、土曜日と日曜日が半ページずつで構成されているのは残念だった。おそらく、ページ数の関係でこのような設計になってしまったのだろう。勤め人にとっては、むしろ土曜日と日曜日のほうが予定がたっぷり詰まっているはずなので、こうした設計の手帳は少々使い辛いはずだが、それでも、総合的に見ると合格点である。

 更に、私にとってうれしかったのは、一日一ページのフォーマットの中に、時間で区切られた予定表が付いていたことだ。というのも、私はいつも、時間で区切られた予定表に、ツインソウルから届くエネルギーを書き込んでいるからだ。これまでは、一日一ページで時間で区切られた予定表とその他の項目を書き込みできる手帳に巡り合うことができなかったので、ツインソウルのエネルギー帳をわざわざ別に購入していたのだ。

 ところで、ようやく自分の理想に近い手帳に出会うことができたからと言って、満足する私ではない。私の頭の中には常にいろいろなことがごちゃごちゃと詰まっている。それらのごちゃごちゃしたものをきちんと整理してくれる手帳が必要だ。これまでの私は、過去の日付のマンスリースケジュール帳を再利用して、頭の中にあるごちゃごちゃしたものをまとめようとしていた。このような手帳が市販されてはいるものの、私には書き込むスペースが小さ過ぎて、単なるリスト帳のような使い方しかできなかったのだ。

 ところが、あるときライブ仲間のM子さんからメールが届き、無印良品に「週刊誌4コマノート・ミニ」というノートがあり、これがかなり使えるとの情報をいただいた。M子さんもまた、書くことが大変お好きな方だとうかがっていたので、そういう方がお勧めしてくださるノートならばきっと私も気に入るだろうと思い、無印良品のお店に出向いてみた。

 実物を手にしたとき、私は一目でこのノートが気に入った。一冊わずか九十五円というこのノートは、四コマ漫画のように起承転結を書き込むためのものなのか、書き込むスペースが一ページごとに八分割されていた。

無印良品の週刊誌4コマノート・ミニ(表紙)

無印良品の週刊誌4コマノート・ミニ(中身)

 その昔、手帳術のような本を読んでいたことがある。そのときに得た知識によれば、曼荼羅のように区切られたマンダラ手帳を使うと、頭の中にあるものを整理し易いそうだ。四コマ漫画のように区切られている「週刊誌4コマノート・ミニ」は、マンダラ手帳の発想に近いのではないだろうか。あいにく私は、マンダラ手帳を愛用していたわけではないが、区切られたスペースにものごとを書き込んで行くという作業は、頭の中にあるごちゃごちゃしたものをまとめる力があると思っている。

 できれば私は、頭の中にあるものをカテゴリ分けして整理したかった。そこで、大胆にも、「週刊誌4コマノート・ミニ」をカッターナイフで分断し、二冊分の「週刊誌4コマノート・ミニ」をリングで留めた。そして、ボトルガムに付属の捨て紙兼付箋紙にカテゴリを記入して貼り付けた。

無印良品の週刊誌4コマノート・ミニ(ばらして二冊繋げた)

 実際に使い始めてみると、驚くほど使い心地が良い。もともとの製本されたノートをばらしてしまったので、例えカテゴリ分けした項目が溢れたとしても、使用していない他のページから補うことができる。そう、まるでルーズリーフのように使用することができるのだ。

無印良品の週刊誌4コマノート・ミニ(使用例)

 ただ一つ、難点を挙げるとすれば、再生紙が使用されているためか、一枚一枚の紙が薄いことである。チェックリストのように使用しているカテゴリに関しては、「済」のはんこを押しているのだが、いつものように「済」のはんこを押すと、後ろのページに見事に写り込んでしまった。

無印良品の週刊誌4コマノート・ミニ(使ったページの裏側)

 とは言え、大き過ぎず、また小さ過ぎないこのノートは、書くことが好きな人の書きたくなる気持ちを心地良く刺激してくれるようだ。

 一日一ページのpaperblanksと週刊誌4コマノート・ミニの併用で、私の手帳ライフは一気に充実しそうである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 使い易いノートをご紹介してくださったM子さんに深く感謝致します。ちなみに、2010年のスケジュール帳は、一月一日始まりでした。それまでこの手帳を使えないと思うと、待ち遠しくてたまりません。(笑)スケジュール帳が、自分史のようにしっかりした作りなのに対し、頭の中にあるものをまとめる無印良品の週刊誌4コマノート・ミニは、いつでも好きなときに書き込みできるお気軽なノートであります。これまで、いろいろな用途を満たすために、何冊も手帳を持ち歩いていましたが、これからはこの二冊で済みそうです。(笑)

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2009.11.01

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(6)

映画『火天の城』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昔は新幹線はおろか、特急列車もなかったので、よその国へ出掛けて行くには、てくてくと自分の足で歩いて行ったんですよね。おまけに、歩き易い靴も開発されていなかったはずなので、ほとんど裸足に近い状態だったのではないかと想像します。それでも、何日も掛けて目的地までてくてく歩き、用事を済ませてまた同じ場所に戻って来るのですから、昔の人はずいぶん体力があったのでしょうね。無駄な肉も付いていなくて、動き易かったのかもしれませんが・・・・・・。

 ブリージングストレッチで行う体操は、一人で行うことも、二人で組になって行うこともできるのだそうだ。いよいよ体操の実践に入る段階になったとき、古久澤先生の導きにより、二人組で体操を行うことになった。とは言え、ガンモは仕事で、参加費も七千円であることから、私は誰も誘わずに一人で参加していた。もともと、今回のブリージングストレッチセミナーの案内には、

受講者同士組んで動いて頂くことがありますので、協調性をもってご参加ください

と書かれていたことに加え、私自身も初対面の方と組んで体操を行うことにはほとんど抵抗がなかった。周りを見渡してみると、何となく私と組んでくださる方がいらっしゃったので、その方と一緒に組むことになった。

 さて、最初に二人組で行った体操とは、左右の手の長さを整えるための体操だった。このとき私は、二人で組んで体操を行うよりも前に、皆さんへのお手本で前に呼ばれ、古久澤先生に身体の側面を伸ばしていただいていた。一人が立ち、もう一人が正座をして両手を上に伸ばす。そのとき、立っている人は、座っている人の手の長さを観察する。そして、立っている人は、座っている人の手が短いほうに周り、座っている人の膝の上に軽く自分の足を置いて、相方のわき腹のあたりを伸ばすように相方の手を引っぱるのだ。相方の足の上に軽く足を添えながら行うので、まるで何かを引っこ抜くように感じられるかもしれない。ちょうど、ヨガで言うと、三角のポーズで身体の側面を伸ばしているような感じだ。

 古久澤先生が私の膝の上に足を置き、短いほうの私の身体の側面を伸ばしてくださったあと、再び正座に戻り、両手を上に伸ばすと、参加者の皆さんから驚きの声が上がった。どうやら、最初は左右の長さが異なっていたのに、古久澤先生に身体の側面を伸ばしていただくことにより、左右の手の長さが見事に揃ったらしいのだ。左右の手の長さが異なっているのは、それだけ身体に歪みがある証拠であるようだ。その歪みを体操によって矯正して行くことができるのである。

 私は既に古久澤先生に伸ばしていただいていたので、私と組になった方に正座をしていただいて、私がその方の膝の上に足を乗せて、その方の身体の側面を伸ばした。
 
 他に、ウエストラインのくびれを取り戻す体操も、同じような方法で行った。古久澤先生曰く、ウエストラインのくびれを取り戻すのは意外と簡単なのだそうだ。その方法とは、やはり二人で組になって、同じようにわき腹の辺りを上に引っぱり、肋骨と骨盤の間の隙間を十分に空けるのだそうだ。なるほど、肋骨と骨盤の間が詰まってしまっていれば、くびれが生じる余裕もなかったというわけだ。

 古久澤先生のメルマガにも書かれているが、ウエストラインのくびれを作るには、髪の毛を後ろ側に集めるなどして、力を仙骨に集めてしまうことで実現できるらしい。そのすべての完成形がヨガの弓のポーズなのだそうだ。

 弓のポーズは、私もホットヨガのレッスンで何度も挑戦している。しかし、ご存知のように、私には大きな筋腫がいくつもあり、お腹を下にして身体を伸ばすポーズを取ることができない。そのため、ホットヨガのレッスン中、弓のポーズが出て来るといつもお休みさせていただいている。古久澤先生曰く、弓のポーズはあらゆる体操の完成形ではあるものの、仙骨に力を集めるのがとても難しいことなので、中途半端には実践しないほうがいいらしい。

 ちなみに、仙骨に力が集まっているスポーツ選手は、ホームランを打つなど調子がいいそうだ。古久澤先生は、スポーツ選手の様子をテレビで見ていて、その日のスポーツ選手のコンディションを簡単に見破るそうだ。古久澤先生曰く、調子のいいスポーツ選手には尻尾が見えるそうで、古久澤先生は尻尾が見えると、「今日は打つよ」と周りに予言され、ほとんど当たっているそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仙骨は、骨盤の中央に位置する骨のようですね。ここに力を集めるというのは、果たしてどういうことなのでしょうか。(笑)確かに弓のポーズは、身体全体をポニーテールにしていると言っても過言ではないくらい、身体の後ろ側に力を集め込んでいます。その上で仙骨に力を込めるというのは、今の私には想像もつきません。(苦笑)

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