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2009.10.01

次なるステージを目指す

逃亡の間違いでは?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。インターネット上にホームページやブログを公開していると、自分の知らないところで自分の書いたものが紹介されていたりしますね。まあ、どこかのサイトから自分のブログをリンクしてもらっていると思えばいいのかもしれません。あと、インターネット上で何らかの活動をしていると、受信するメールの数がとても多くなります。無料ブログなどをレンタルしただけでも、ブログを運営している会社からメルマガが届いたりしますし、オンラインショッピングを利用すると、セールス情報が記載されたメールが次々に届きます。ちなみに、私が一日に受信しているメールの数は、おそらく三百通くらいだと思います。国内外からのスパムメールがかなり多いですけどね。(苦笑)

 久し振りに派遣仲間と仕事帰りに待ち合わせて食事をした。メンバーは、好敵手の彼女ともう一人、私と同じプロジェクトメンバーの独身の彼女である。好敵手の彼女とは、しばしば一緒に食事をする機会を設けてはいるものの、同じプロジェクトメンバーの独身の彼女と一緒に食事をするのは、もう何年か振りのことである。

 私が話題を振ったわけでもないのに、話題は独身の彼女の恋愛話に及んだ。彼女はとてもきれいな子なのだが、一つの恋が長続きしなかったり、互いに想い合っているはずなのにすれ違ってしまったりすることが多いのだそうだ。なかなか良い出会いがないと嘆く彼女の話を聞いているうちに、私の中にある考えが浮かんだので、思い切って口にしてみた。
「ねえ、もしかして、自分がそれほど好きではない人には好かれるんじゃないの?」
すると彼女が、
「そうそう!」
と答えたので、私はすかさず、
「それは多分、本当の自分を周りに見せてないから、自分に合わない人が寄って来ちゃうんだろうね」
と言った。

 その発言がツボにはまったのか、好敵手の彼女が、私と話をしていると話が深くなるし、本質を突いて来るから面白いと言ってくれた。そう、本当は私も、普段からこういう会話を望んでいる。しかし、職場ではなかなか自分を出すことができない。おそらく、職場で関わっている人たちの多くは、私が本当は何を考えて生きているのか、知る由もないだろう。そういう意味では、私も普段から本当の自分自身を表現し切れていないのかもしれない。だから、人と深く関わりたいのに、なかなかそれが実現できないというジレンマをいつも抱えている。

 彼女たちと話をしながら気付いたことは、私自身の過去の恋愛経験の中で、片思いで付き合うことなく終わってしまった恋は別として、ほんの短い期間で終わってしまったり、互いの想いや力関係が対等ではない恋愛経験はほとんどなかったということだ。しかし、彼女たちにはあるらしい。それは、彼女たちが、何とかして自分を好きになってくれた相手を受け入れようとするからだということがわかった。私の独身時代の恋愛は、ごく初期の段階から相手を見抜き、相手を受け入れるかどうかをさっさと決めてしまっていた。そのため、例え相手が私に好意を持ってくれていたとしても、その段階で自分が好意を持っていなければ相手に告白する隙を与えなかった。しかし、彼女たちは相手を受け入れようとするがために、実際の自分の想いの強さとは異なる相手を受け入れて来たのだそうだ。

 独身の彼女曰く、付き合った相手から、
「自分はこれだけ○○しているのに」
と言われるのが嫌で嫌で、それを言われるといっぺんに想いが冷めてしまうのだそうだ。私はそれに対し、
「でも、相手にそれを言わせているのは自分なんじゃないのかな」
と言った。確かに、見返りを求めるような発言はうんざりしてしまうものだが、相手が見返りを求める態度に出てしまうのは、こちら側が与えていないことにもなる。どうやら、独身の彼女曰く、そのときは相手と一緒にいることが幸せだと思っていても、その幸せな気持ちを相手にうまく表現することができないことも多いのだそうだ。そのため、相手に本当の想いが伝わらずに、相手が不満を感じてしまうらしい。そこで、好きな相手に対し、自分の気持ちをうまく表現することができるかという話でしばらく盛り上がった。

 もちろん、私は表現できる。そのときどきで、相手を好きな気持ちもちゃんと表現できるし、単にポジティブなことだけでなく、ネガティブなこともちゃんと伝える。ガンモとだって、喧嘩をするときはとことん喧嘩をするが、言いたいことを全部言い合ったあとはむしろすっきりして、互いの感情をあとに残すことなく、次の段階へと進むことができる。時には喧嘩をしながら泣いたり、キスをしたり、抱き合ったりもする。すなわち、そのときの感情を、互いに包み隠さず表現しているのだ。

 しかし、彼女たちは、自分のパートナーやかつての恋人に対し、言いたいことがあっても自分で自分を納得させて、言わないようにして来たのだそうだ。それは、あたかも相手の自由意思を尊重しているかのように見えるが、自分自身を納得させているという意味で、ほんの少しの我慢も入っているようだった。なるほど、そこで回路が閉じられてしまうために、次なるステージに進むことができないのかもしれない。私の場合、互いの回路がショートしてしまうほど激しくぶつかり合うが、ショートした回路のメンテナンスも早い。

 独身の彼女に、
「もっと体当たりでぶつかってみればいいのに」
と言うと、彼女からは、
「だって面倒臭いんやもん」
という答えが返って来た。なるほど、それはまさしく彼女の本心なのだろう。そこから更に、体当たりしてぶつかって行くことができないのは、そこまでしても関係を維持したい相手に巡り合っていないからだという結論に達した。確かにそうなのかもしれない。極端な話、どうでもいい相手に対しては、心地良くないと思うことがあっても口にせず、そっと心の中に留めておくものだ。相手とぶつかって、次なるステージを目指すということは、自分の中にかなりのエネルギーが必要である。ネガティブな言葉を発して関係を壊すことは容易でも、壊れた関係を修復させ、次なるステージに進むためには、それなりの覚悟が必要なのだ。

 私は、独身の彼女に、
「今は出会いが多い世の中だけど、自分が『この人!』と思える相手とは、たくさんの人の中から『選ぶ』わけじゃないと思う。お互いにとってベストなタイミングで同時に引き合うんだと思う」
と言った。だから、出会いの数を増やす必要なはいのだと力説した。

 いい恋愛ができないと悩む独身の彼女に、
「もっと自分の感情を素直に表現してみると変わるかもよ」
と言った私だが、今回のお食事会では、果たして私は、これまで自分の感情を素直に表現して来たものの、本当に相手を受け入れることができていたのだろうかと反省するきっかけを与えられた。彼女たちが相手を受け入れようとしてうまく行かなかったのであれば、私自身にも、自分自身の感情を素直に表現し過ぎることでうまく行かなかったことがあるに違いないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 考え方や経験の異なる人と話をすると、自分に足りていないものや過剰なものに気付かされますね。相手を受け入れることと、自分が本当に言いたいことを言わずに黙っておくということは、果たしてイコールなのでしょうか。彼女たちの場合は、相手と話し合うことなく、自分の中で勝手に結論付けをしてしまっていたようです。自分で勝手に結論付けずに、違和感を感じるところは相手ととことん話し合い、その上で相手を受け入れるかどうかを決めるというのであれば、相手を受け入れることも自分の言いたいことを言うことも同時に実現できますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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