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2009年10月

2009.10.31

映画『火天の城』

ベッドに敷き詰めた漫画の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。現在使用しているシングルベッドは、結婚後にガンモと一緒に選んだものです。結婚しても一つのシングルベッドに寝続けようと、わざわざシングルベッドを購入したのですね。そんな思い入れがあるものですから、手放したくない気持ちも大きいのです。

 本作を鑑賞したのは、公開されて間もない九月十六日のことである。普段は、この手の時代劇ものはほとんど鑑賞しないのだが、何か映画を鑑賞したいと思いながら金券ショップをのぞいたところ、本作の鑑賞券が格安で売られていたため購入したのである。

 主演の西田敏行さんというと、私の世代では、日本テレビ系で毎週日曜日に放送されていたテレビドラマ『西遊記』の猪八戒の役が大変印象深い。西田敏行さんは、どちらかというと三枚目のキャラクターを演じることが多く、本作のようにシリアスなキャラクターとはほど遠いイメージだったのだ。

 ところが本作での西田敏行さんは、たくさんの弟子たちを率いる優秀な宮大工、又衛右門を演じていた。琵琶湖を望む壮大な城を建てたいという織田信長が、三人の番匠たちに城の図面を描かせる。織田信長は、番匠たちにある条件を満たすように要求し、それを受けた番匠たちが図面争いをすることになる。いよいよ出来上がった図面を織田信長にお披露目する日がやって来た。又衛右門以外の番匠たちは、織田信長の要求を受け入れた図面を描いたのに対し、又衛右門は、織田信長の要求を受け入れずに自分なりの図面を描いていた。

 又衛右門は何故、織田信長の要求を受け入れなかったのか。その理由が明らかになったとき、私はとんちの一休さんが、子供を産みの親と育ての親の二人の母親に力まかせに引っぱらせて、自分のほうへ引き寄せたほうが勝ちとする勝負をさせたことを思い出した。本当に子供のことを思ったとき、両側から手を引っ張られて痛がる子供に苦痛を与え続けることはできないはずで、子供への愛情が深い母親ならば、思わず手を離して子供の苦痛を取り除こうとするはず。とんちの一休さんは、最初に決めたルールには従わずに、自ら手を離したほうの母親を本当の母親だと認めた。又衛右門もまた、織田信長の安全を願うあまり、織田信長からの要求を受け入れられなかったことがわかる。

 図面争いで見事に図面を採用された又衛右門は、私たちに更なる感動を与えてくれる。それは、お城を支える大きな木を、対立関係にある国へと出向いて行き、熱心な交渉の末、とうとう譲り受ける約束を取り交わしたことである。勇敢にも対立関係にある国へと出向いた又衛右門の業績から私たちが垣間見るのは、人は人と約束を交わすのであり、国と交わすのではないということである。国を一つの組織と考えると、対立関係にある国から城を支える大きな木を譲り受ける約束など、到底取り交わすことはできないはずだ。しかし、相手が組織ではなく一人の人間ならば、それも不可能ではないということだ。もちろん、約束を取り交わす人も、国という組織に属している以上、当時としては裏切り者扱いされるため、命の保証はない。それでもなお、城を支えるための大きな木が欲しいという熱意が相手に伝わる。つまりは、相手もまた、又衛右門と同じ夢を見たということなのだ。

 また、建築中に不具合の発生した城を、又衛右門の判断により、みんなで力を合わせて危機を乗り越えようとする姿も美しい。対立関係にある国から譲り受けた、城を支える大きな木を持ち上げ、少し削ってから元に戻すという大掛かりな作業を、女性たちまで自ら手伝い、みんなで力を合わせて実践するのだ。城造りを通しての一体感を感じた瞬間だった。

 しかし、このような苦労の末にようやく完成した安土城は、完成からわずか二年で焼失してしまったのだそうだ。何とももったいない話である。この仕事に情熱を注ぎ込んだ又衛右門の夢は叶ったものの、夢がそこで生き続けることはなかったということだ。

 城造りのプロセスを見守りながら、果たして、出来上がった城は誰のものなのだろうと私は思った。織田信長の命令で、番匠が図面を描く。そして、今度はその図面通りに城が構築される。城造りに情熱を燃やしたとしても、その城は自分のものにはならない。考えてみると、私が仕事で産み出しているソフトウェアも同じだ。時には残業を強いられながら、多くの時間を費やしてようやく作り上げたとしても、それは自分のものにはならない。その代わり、お金という代償を得る。仕事でものを造るということは、自分のためではなく、第三者のために動くということなのだろう。第三者のために動いた代償として、私たちはお金を得ているわけだ。それに対し、自分のために動くのは趣味だ。城造りという壮大なプロジェクトを通して、仕事とは何かについて、改めて考え直すきっかけになったように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつもの三枚目の西田敏行さんではなく、演技も真剣そのものでした。西田敏行さん演じる又衛右門は、優秀な宮大工でありながらも、多くの人たちに頭を下げ、安土城構築という壮大なプロジェクトを成し遂げました。現存している多くの歴史的な建物にも、きっとそれぞれのドラマがあるんでしょうね。これからは、歴史的な建物を鑑賞する視点が変わりそうです。(笑)

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2009.10.30

ベッドに敷き詰めた漫画

よもぎ温座パットの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m よもぎ温座パットのおかげなのか、ガンモには、「股関節周りが温かくなったんじゃない?」と言われました。楽天市場の期間限定ポイントを消費するため、よもぎ温座パットの韓国語版を追加注文しておきました。(笑)

 かつて、スプリング・ハズ・カム?という記事で、結婚してからずっと使用し続けている私たちのシングルベッドのスプリングが飛び出して来たという話を書いた。まだそれほど重傷ではなかったので、スプリングが飛び出している部分を板状のもので軽く押さえ、その上に竹でできたドミノシーツなるものを敷いてしのいでいた。

 しかし、もともと一人用のシングルベッドに、結婚してから順調に成長を続けて来た私たちが寄り添って寝ているものだから、シングルベッドの劣化は更に進行した。ベッドの上を歩くと沈み込む箇所もあり、このままではそろそろ危ないということになった。

 とは言え、物が溢れ返っている我が家でベッドを買い換えるのは至難の業である。何とか凸凹になってしまったシングルベッドを平らにすることはできないだろうか。そんなことを考えながら、大型家具センターに足を運んでみたものの、店内をぐるっと回ってみても、なかなか思うような品が見当たらなかった。おそらく、畳を一枚シングルベッドの上に敷いて、シングルベッドを補強するのが一番いいのだろう。しかし、大型家具センターに畳が売られているはずもなく、また、実家に帰省したときや旅館に泊まったときに畳の上に布団を敷いて寝ると、翌朝、腰が痛んだり、亀のようになかなか起き上がれなかったりすることを思い出し、ベッドの上に畳を一枚敷くのも、必ずしもベストな選択ではないことがわかっていた。

 そこで私は仕方なく、オフィスなどでデスクの上に敷いて書類などを挟むデスクマットを何枚も購入しようとした。それに気付いたガンモが私に、
「それ、何に使うの?」
と聞いて来たので、
「ベッドの上に敷こうと思って・・・・・・」
と答えると、
「いや、それは薄いよ」
とガンモが反対した。

 実は、少し前に、シングルベッドの補強に関して、ガンモがあることを思い付いた。それは、私が読んでいる漫画をビニールテープで繋ぎ合わせて敷き詰めるというものだ。もともと私には、継続的に漫画を読む習慣はないのだが、年に一度くらいの頻度で無性に漫画を読みたくなることがあり、古い漫画をオークションでまとめて落札することがあった。我が家には、そんな漫画がわんさと溜まっている。兼ねてより、ガンモはそれらの漫画を処分してしまいたかったようなのだが、私は、中には好きな漫画が含まれているので、処分することを拒絶し続けていたのだ。漫画であれば、ちょうど畳くらいの厚さで、しかも、畳よりも柔らかい板が出来上がるのではないかとガンモは思ったようだ。

 平日に仕事が休みの日に、ガンモはその作業を決行したようだ。私が仕事から帰宅すると、
「ちょっと、ベッドに上がってみてよ」
とガンモが言う。何だろうと思いながら、私がベッドに上がってみると、何やらこれまでとは感触が違っていた。ガンモが私の漫画をベッドに敷き詰めたのだ。驚いたことに、固さ加減がちょうどいい。
「何、これ? 漫画? いいじゃん! ガンモ、ありがとう!」
私は大喜びでガンモにお礼を言った。するとガンモは、落ち着いた様子で、
「実は、漫画をビニールテープでくっつけてるときにハサミを失くしてしまったの。ベッドのどこかにハサミがあると思うから、気を付けて」
と言う。
「何? それ、危ないじゃん!」
私は急いでサーチモードに入った。しかし、ガンモが作業中に失くしたというハサミはなかなか見当たらなかった。これから私たちは、快適な固さのベッドを前にして、ハサミの恐怖に怯え続けなければならないのだろうか。そんなことは絶対に嫌だ。

 ガンモは、いくら探しても失くしたハサミが見当たらなかったので、もはや諦めているようだ。私は、
「わかった。超能力を使ってハサミを探すよ」
とガンモに言った。私は手をかざし、ハサミに向かってエネルギーを送った。そして、ここにハサミがあるだろうと感じたところをまさぐったのだが、ハサミは出て来なかった。しかし私は、ハサミの恐怖に怯えながら毎日を過ごすことは絶対に嫌だったので、真剣にハサミを探した。すると、私がハサミからのエネルギーを感じた場所とは違うところからハサミが出て来た。やれやれである。

 こうして私たちは、飛び出して来そうなスプリングを抑えるのに、ちょうど良い固さの板を手に入れた。ただ、ガンモ曰く、
「最初はビニールテープで漫画を固定させてたんだけど、固定させなくてもいいということがわかって、途中からは固定させてない」
とのことだった。そんな怠慢が祟ってか、最初のうちは快適だった漫画の板も、次第に崩れて来た。どこかでまた時間を取って、ビニールテープで漫画をくっつける作業が必要になりそうだ。

竹のドミノシーツの下には、漫画が敷き詰められている。漫画同士をくっつけていないところは、ちょっとした溝が出来ている

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こんなふうに漫画が再利用できるとは驚きでした。私たちと同じような状況の方は少ないとは思いますが、似たような状況に直面したら、この記事を思いだしてくださいませ。(苦笑)

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2009.10.29

よもぎ温座パット

映画『幸せはシャンソニア劇場から』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ドゥース役を演じていたノラ・アルネゼデールは、新人女優さんだそうです。彼女のように美しければ、私もいろいろな男性たちの人生を変えていたかもしれません。(笑)それと、更新が遅くなってしまったのは、平日はどうしても睡眠時間を確保することができず(一日五時間ほど)、夜のうちに下準備をすることができなかったからであります。もうすぐ週末を迎えますので、平日に不足しがちな睡眠時間をとことん補いたいと思っています。

 楽天市場に、よもぎ温座パットなるものが販売されていることを知った。韓国で行われているよもぎ蒸しを生理用ナプキンのようなもので実現させるものだ。女性特有の冷えの改善に良いとされているよもぎ蒸しには興味があり、私もかつて、すずらんの湯でよもぎ蒸しを体験したことがある

 生理ナプキンのようなものを使用した携帯用のよもぎ蒸しとはどのようなものなのかとても気になったので、早速注文してみた。日本語版のパッケージのものと韓国語版のパッケージのものがあったので、使用感を比べるために、二種類購入した。

よもぎ温座パット(日本語版パッケージ)

よもぎ温座パット(韓国語版パッケージ)

 届いたパッケージとその中身を見比べてみると、単にパッケージが異なるだけで、中身はほぼ同じだった。気になるお値段だが、日本語版パッケージが一つ三百十五円、韓国語版パッケージが一つ百七十五円程度といったところだ。中身はほぼ同じなので、リピートする場合は、割安な韓国語版パッケージを購入したほうがお得かもしれない。

よもぎ温座パットの中身(日本語版パッケージ)

よもぎ温座パットの中身(韓国語版パッケージ)

 パッケージの中には、生理用ナプキンにそっくりの薄い紙ナプキンと、発熱体と呼ばれる小さな使い捨てカイロが入っていた。薄い紙ナプキンからは、よもぎの香りが漂っている。羽付きの薄い紙ナプキンの羽の部分で付属の使い捨てカイロを包み込んで、生理用ナプキンのように使用するらしい。

中を開けてみると・・・・・・

 商品に付属の使用方法は、以下の通りである。まずは小さな袋に入っている発熱体の小さな使い捨てカイロを開けて、カイロを四、五回振る。そして、紙ナプキンのシールを剥がして、紙ナプキンの羽の部分でカイロを包み込みながら下着に装着する。

よもぎ温座パットの使い方

 私は、主に仕事中に使っている。使用感は、実際のよもぎ蒸しが身体中に汗を掻くほど熱くなるのに対し、このよもぎ温座パットは子宮周りをじわじわと温めてくれる。また、トイレに立つ度に、紙ナプキンからよもぎの香りが漂う。冷えが原因の婦人病に対し、何か良い働きをもたらしてくれそうである。ちなみに、よもぎ温座パットの効果として、以下のように書かれている。

よもぎ温座パットの効果

 ただ、やはり気になるのは、紙ナプキンを使用しているという点である。ケミカルナプキンが嫌でわざわざ布ナプキンを愛用しているというのに、よもぎ温座パットに付属のナプキンが紙ナプキンであることに躊躇してしまう。

 実は先日、よもぎ温座パットを使い始めてから初めての生理を迎えた。一日目の夜に、布ナプキンに変えてからはしばらくお目に掛かっていなかったレバーのような血の固まりが大量に出て来て驚いた。やはり、よもぎ温座パットで使われている紙ナプキンは、ケミカルナプキンなのだろうか。ケミカルナプキンでありさえしなければ、よもぎ温座パットは、仕事中に子宮周りをじんわりと温めてくれて、とても快適なのだが・・・・・・。

 よもぎ温座パットのパッケージに入っているのが、よもぎの匂いのする紙ナプキンと小さな使い捨てカイロならば、もしかすると、私にも手作りできるかもしれない。道端に咲いているよもぎを採取し、市販の小さな使い捨てカイロと一緒に布の中に包み込んでみようか。例えよもぎが手に入らなくても、小さな使い捨てカイロを布で包み込んで使用するというだけでも、子宮周りをじんわりと温める効果は現れそうである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は知らなかったのですが、雑誌などでは、既に話題になっている商品のようですね。付属のナプキンが紙ナプキンであること以外は、とても快適であります。日本語版と韓国語版でお値段の差はありますが、韓国語版を購入すれば、一回わずか百七十五円でよもぎ蒸しを体験できるのは大変お得だと思います。しばらく使い続けてみて、何か変化があれば、また経過をご報告させていただきたいと思います。

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2009.10.28

映画『幸せはシャンソニア劇場から』

負けてなるものかの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何かあると、すぐにライバル意識を燃やしてしまう私たちであります。常に相対性を保つためのバトルとも言えますね。(笑)

 本作は、夏休みにガンモと二人で出掛けたパリからの帰りの飛行機の中で先行上映されていたというのに、帰国後すぐに野外ライブに参加することになっていたため、睡眠時間を確保することを優先し、鑑賞するのを見送ってしまった心残りの作品である。夏休み中は日本未公開だった本作も、九月になると、劇場で公開されるようになった。私は、飛行機の中で鑑賞しそびれてしまったことがどうにもこうにも悔しくて、劇場で鑑賞するのも半ば見送り掛けていたのだが、やはりどうしても気になり、九月十八日にとうとう鑑賞に踏み切った。

 鑑賞してみると、これほど素晴らしい作品を飛行機の中で鑑賞する機会に恵まれていたのに見送ってしまった悔しさと、飛行機の中で鑑賞しなかったからこそ、こうして劇場の大きなスクリーンで鑑賞することができたという二つの思いが私の中でぶつかり合うことになった。

 舞台となっているのは、不況や戦争への不安を抱えた一九三六年からのパリである。パリ郊外にあるシャンソニア劇場が、経営不振のため閉鎖されてしまう。長年、シャンソニア劇場で働いていたピゴワルは、シャンソニア劇場の舞台に立つ女優と結ばれ、息子にも恵まれた。ピゴワルにしてみれば、シャンソニア劇場を中心に、今のこの幸せがこれからもずっと続くものと思っていた。しかし、あるとき妻は息子を連れてピゴワルのもとを離れ、別の男性とともに生きて行く決意を固める。本作は、妻と息子、そして仕事までも失ってしまったピゴワルがどのように再生して行くかが描かれた作品であると言っても過言ではない。シャンソニア劇場を中心にビゴワルが結んだ人間関係は、生涯を通しての宝となったという捉え方もできる。

 やがてシャンソニア劇場は、新しいオーナーと、歌手志望の若い女性ドゥースの出現によって再生のチャンスに恵まれる。美しいドゥースは新オーナーと、シャンソニア劇場で働いていたミルーを虜にする。ドゥースにしてみれば、気持ちはミルーに傾いているものの、新オーナーとのお金の縁が切れないといったところだ。それからは、ドゥースの心と身体を欲しがる新オーナーと、ドゥースを自分だけに向けさせたいミルーの間でドゥースの取り合いのような争いが次第に表面化して行く。

 シャンソニア劇場で働いていたビゴワル、ミルー、そして芸人のジャッキーは、時には激しい喧嘩を繰り広げながらも、互いに絆を深めて行く。そんなふうに本音をさらけ出しながら培って来た固い絆を、誰だって守りたいものだ。本作を鑑賞すると、友情とは一体何かということについて深く考えさせられる。私たちは友のことを思い、咄嗟の判断を下すことができるだろうか。いや、咄嗟の判断に迫られたときに、自らの人生を犠牲にしてででも救いたくなるほどかけがえのない友に巡り合うことができるだろうか。「自らの人生を犠牲にしてでも」と書いたが、自らの人生を犠牲にしたとされるビゴワル自身は決してそのようには感じてはいないはずだ。むしろ、自分の判断で友を守ることができたという充実感さえ抱いているかもしれない。彼らの間に生まれているのは、確かにそこまでの固い絆だ。

 シャンソニア劇場を舞台に繰り広げられる愛憎劇において、徹底的な悪役を演じているのは、ドゥースに惚れ込んだシャンソニア劇場の新オーナーである。言い換えれば、彼の徹底的な悪役的存在が、シャンソニア劇場で働くビゴワル、ミルー、ジャッキーらの絆を強めてくれたとも言える。

 「償い」を終えたビゴワルを、彼らがどのように迎えるのかと思いきや、これまでと変わりなく当たり前のように迎え入れたことには驚いた。これは、ビゴワルが不在のときも、彼らの中にずっとビゴワルが存在し続けていたことの証でもある。私たちは、見せ掛けの罪に惑わされて、真の友情を失ってはいけない。本当に、これほど固い友情を築き上げることができたなら本望だと私は思うのだ。

 シャンソニア劇場の発展とともに、シャンソニア劇場に関わる人たちも大いなる精神的な成長を遂げた、そんな素晴らしい物語だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『幸せはシャンソニア劇場から』という邦題が、しみじみと心に染み入って来ます。良く練られた邦題だと思います。人間の持つ欲望と、本音で関わりあった人たちとの間に生まれた絆の固さが見事に描き出された作品でありました。

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2009.10.27

負けてなるものか

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 中森明菜さんというかつてのアイドルの名前が出て来るあたりからも、古久澤先生が私と同世代であることがわかりますね。古久澤先生のプロフィールを拝見すると、早生まれでない場合は、私よりも一学年下のようです。(笑)ちなみに中森明菜さんは、私と同学年のタレントで、生年月日も私と十日違いだったはずです。

 少し前からガンモがダイエットを始めた。仕事疲れのために食欲が落ちて、少しずつお腹が引っ込み始めたことから、ダイエットへの意欲が湧いて来たらしい。かつては、ご飯をお腹いっぱい食べたあとも、必ずデザートを口にするほどの大食漢だったガンモが、自然な形で小食家になったことで、痩せる喜びを見出したようだ。

 これまで二人でヒルズダイエットなどの置き換えダイエットに挑戦したこともあった私たちだが、置き換えダイエットはひどくお腹が空いてしまうため、むしろその反動が恐ろしい。そのときの失敗を思うと、ガンモが自然な形で小食家になったことは、大変喜ばしいことである。

 もともと私たちは、結婚する前から上下とも服のサイズが同じだった。独身時代に私の部屋を訪れたガンモは、当時私が愛用していたキュロットスカートを自ら履いて、サイズが合うことを得意げに私に見せびらかしたものだった。そんな私たちは、結婚して十三年のうちに、同じように成長を続けて来た。ガンモが成長すれば私も同じように成長し、私が成長すればガンモも同じように成長した。成長してもズボンのサイズがいつも同じであるため、私が買って来たズボンの中にガンモの気に入ったズボンがあると、
俺んだから
と言って、いつも取り込んでしまうのだった。そんな私たちだから、きっとどちらかが痩せ始めれば、今度は同じように痩せられるはずだと思っていたのだが、これまで実践して来たダイエットはなかなか継続させることができなかったのである。

 ところが、今回は小食により胃が小さくなったのか、ガンモが楽しみながらダイエットを続けているのがわかる。そしてある日、ガンモは、
「これまで履けなかったジーンズが入った!」
と言って大喜びしていた。何年振りかに見るガンモのジーンズ姿に、私も驚きながらしばらく見入っていた。確かにガンモは、これまでぽっこりと出ていたはずのお腹が引っ込んで来ている。どうやらガンモは、意識して油抜きも始めたらしいのだ。

 順調に痩せ始めたガンモを前にして、私の中にはメラメラとガンモに対する対抗意識が生まれて来た。ガンモが痩せるなら、同じように私も痩せなければ、相対性を保てない。私はそう思い、かねてより実践したかった、朝食を果物に変えるという酵素断食の試みを実践し始めたところだ。通勤時間や勤務時間の都合で酵素断食がなかなか実践できないという事情については、かつて綴った通りだが、私はガンモに負けてなるものかと思いながら、恥も外聞もなく、オフィスでむしゃむしゃと朝食替わりにバナナをほおばっている。

 実際に酵素断食を始めて思ったことは、これまでよりも排便の回数が増えたことと、詰まりがちだった左の鼻の通りが良くなったことだ。鼻は酵素断食で治るとおっしゃった古久澤先生のお言葉が、私の中で現実になりつつある。そのうち、きれいに痩せて、筋腫もどんどん剥がれてくれれば、言うことなしである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ダイエットは、痩せ始めると楽しくなるようですね。ガンモはダイエットに喜びを見出し、もっともっとスリムになるんだと頑張っています。いや、自然に痩せているので、頑張るという表現は正しくないかもしれません。TOEICと言い、ダイエットと言い、いつも競い合っている私たちではありますが、TOEICのスコアで負けている分、ガンモにはせめてダイエットで差をつけたいですね。(笑)

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2009.10.26

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(5)

映画『ブエノスアイレスの夜』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m セシリア・ロスという女優さんは、ずいぶんハスキーな声の持ち主ですね。もしかすると、あのハスキーな声は、煙草の影響によるものなのでしょうか。もしも生まれつきの声だったらごめんなさい。

 先日の記事でご紹介した通り、ブリージングストレッチでは、親指は外に出して、小指は仕舞うことになっているらしい。古久澤先生は、「親指ほぐして、小指をしめる」とおっしゃっていた。

 親指と言えば、片方の手で、もう片方の手の親指を、強くもなく弱くもなく、落ちないギリギリのところで包み込み、心臓の音が聞こえて来たら、エネルギーチャージ完了なのだそうだ。古久澤先生は、これを「ロイヤルタッチ」と呼んでいた。先日の記事にも書いた通り、親指には過去の様々な感情が溜まっているので、親指を優しく包み込んであげることにより、中には長年溜め込んでいたものが開放されて、泣き出す人もいらっしゃるのだそうだ。

 また、古久澤先生は、例えば買い物かごを持つときに手のひらが上になるのは我が強いことの現れなので、できれば買い物かごを持つ手は手の甲を上にしたほうが良いとおっしゃった。手の甲を上にして指を下向きにすることで、物質に対する執着心のない、何ごとにもとらわれない自分を形成できるのだそうだ。

 小指は、指きりげんまんにも使われている通り、自分との約束の指なのだそうだ。そして、中指は怒りの指、薬指はその名の通り、薬を塗るときに使うと良く効く指なのだそうだ。このように、古久澤先生のお話は、漢字とそれにまつわることがらを組み合わせてものごとを説明してくださるのでとても面白い。

 古久澤先生曰く、健康な人は手足が暖かく、顔が涼しいのだそうだ。つまり、昔から言われている頭寒足熱が理想的な形だという。また、病気の人は手足が冷たく、顔が熱いそうだ。ここで私は思った。今の私は、手も顔も熱い。だから、これほど涼しくなってもまだ半袖で過ごしている。私は健康なのか、それとも病気なのか、果たしてどちらなのだろう?

 その他、古久澤先生は、身体に良くないこととして、いくつか挙げられた。例えば、女性が好んで頭に着けるカチューシャは、頭蓋骨を痛めるので使わないほうがいいそうだ。また、毛を剃るという行為はいいが、抜くのは良くないとか。身体に生えている毛は、眉毛なども含めて、抜くよりも剃るほうがいいそうだ。それから、眉毛は情報を運んで来てくれるので、隠すよりも見せておいたほうがいい情報が入って来るそうだ。その反面教師として、『デザイヤー』を歌っていた頃の中森明菜さんの不調について挙げられた。また、ピアスは顔に穴を開けるのと同じなので、良くないそうだ。ちなみに、私は眉毛は常に出しているが、ピアスは開けてしまっている。

 更に、女性の鼻は卵巣を表すので、女性の場合、鼻を治しておいたほうがいいそうだ。私の場合、左側の鼻が詰まり易い傾向にあるので、すなわち、左の卵管が詰まり易いことになるらしい。生殖器をかばった症状が鼻の不調として出るのだそうだ。ちなみに、鼻を治すには酵素断食が有効だという。

 このように古久澤先生は、配布されたレジュメの余白に書き込むだけでは到底足りないほどの情報を、私たちにたくさん伝えてくださったのだった。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は断片的な内容になり、申し訳ありません。配布されたレジュメの余白にびっしりと書き込んだメモを見ながら記事を書いているのですが、大きな話の流れの中でき留めたことなので、全体の流れがわかり辛いかもしれませんね。古久澤先生のセミナーに関する記事はまだまだ続きますので、後続の記事を綴る中で補って行きたいと思います。

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2009.10.25

映画『ブエノスアイレスの夜』

ホットヨガ(一六六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモが、「もう一六六回もホットヨガのレッスンを受けたの?」と驚いていました。(笑)いろいろなことをあれこれ実践したがる私にしては、継続していることが珍しいのだそうです。ホットヨガのレッスンは、いろいろな支店やいろいろなコースが用意されているので、いつまでも私を飽きさせないのだと思います。(笑)

 本作を鑑賞したのは、今から二ヶ月以上も前の八月十六日のことである。ガエル・ガルシア・ベルナルくんの存在が何となく気になっていて、彼の出演している作品を鑑賞しようと、レンタルDVDショップで本作のDVDをレンタルしたのだ。英語やフランス語、イタリア語も話せるガエルくんだが、本作では母国語のスペイン語で演技をしている。

 いつものように、本作がどのようなストーリーなのか、まったく予備知識も持たずに鑑賞に及んだのだが、聡明な女性が何やら性の対象として若い男女(あるいは男性)を買っているように思える。しかし、どうも様子が変だ。彼ら(あるいは彼)と直接的な性行為に及ぶのではなく、別の部屋に控えさせて性をイメージするような声を聞き、その声から淫らな想像をして自らを慰めているのだ。どうやらこの女性は、深い性的トラウマを抱えているようである。

 この聡明な女性を演じている女優さんを、かつて何かの作品で拝見したはずだと思っていた。はて、どの作品だろう? 一生懸命思い出そうとしたが、なかなか思い出せなかった。本作のレビューを書くにあたり、調べてみたところ、ペドロ・アルモドバル監督の映画『オール・アバウト・マイ・マザー』で母の役を演じていたセシリア・ロスだった。果たして、この聡明な女性がガエルくんとどのように絡んで行くかというと、ガエルくんはセシリア・ロス演じる聡明な女性カルメンに買われる若い男性グスタボを演じているのだ。

 深い性的トラウマのあるカルメンと、カルメンにお金で買われたグスタボは、二十も年が離れているにもかかわらず、次第に惹かれ合って行く。これまで誰も入り込むことのできなかったカルメンのデリケートな心の領域に、グスタボは少しずつ分け入ったのだ。グスタボに愛されるようになり、カルメンのトラウマが少しずつ解消されて行く。そこまでは良かったのだが、何と本作には信じがたいほど衝撃的な事実が用意されている。それは、まさか、まさかの事実である。カルメンの深い性的トラウマにも関連するその事実は、ようやくトラウマが解消され、幸せを掴みつつあったカルメンを再び奈落の底へと突き落とした。

 ネタバレになってしまうので、その、まさかの事実が何であるかは、敢えて触れないことにしよう。仮に、そのまさかの事実を「それ」と表記すると、実は私自身は「それ」がそれほど罪深いことだとは思っていない。不倫や浮気に関してはいつも批判的な姿勢を見せている私が、「それ」を許容することに驚きを感じる方もいらっしゃることだろう。中には、不倫や浮気よりも、「それ」のほうがよっぽど罪深いことではないかと主張される方もいらっしゃるかもしれない。しかし私は、カルメンとグスタボが深く愛し合うことが誰に対する裏切りにもならないのであれば、「それ」を許容できるのだ。もちろん、「それ」が欲望ではなく、愛であるという前提においてである。ただ、あくまで許容であって、私自身がそうであるというわけではない。こんなふうに許容する者もいるのだから、二人には貫いて欲しかったと思う。

 「それ」は、私たちが本能的に感じる拒絶反応なのだろうか。それとも、大人になるに従って、周りから植え付けられた価値観なのだろうか。「それ」が、単に私たちが大人になるにつれて植え付けられた知識に過ぎないのならば、そうした一切の知識から遠ざけられた人がどのような価値観を持つのか、知りたいものである。もしも、そうした知識を持たない人が最初から拒否反応を示すのであれば、「それ」は私たちの本能であるに違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガエルくんは、どんな役に対しても物怖じしない役者さんですね。これまで、彼の出演する作品をいろいろ鑑賞して来ましたが、鑑賞する度に新しい彼に出会うことができます。本作はアルゼンチンとスペインの合作映画なので、母国語を話すガエルくんを鑑賞することができました。普段、母国語以外の作品で彼を見ているだけに、母国語のスペイン語を話す彼はとても新鮮でした。

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2009.10.24

ホットヨガ(一六六回目)

カングーにいっぱいの親の愛の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もともとガンモの実家に帰省する予定にしていたのに、私の実家に帰省することになったおかげで、両親と会うことができました。私の両親と顔を合わせたのは、今年の五月にガンモの実家で行われた義母の一周忌以来のことでした。結婚する前までは、例え東京に住んでいたとしても、長い休みのときには必ず実家に帰っていたというのに、結婚すると、実家が二つに増えたのに加え、ガンモとの休みもなかなか合わないので、実家に何泊もすることはできなくなってしまいました。しかし、こうしてときどき帰省して、両親の顔を見なければなりませんね。

 三連休の三日目は、ガンモに仕事が入っていたので、私はホットヨガのレッスンに出掛けることにした。最近、私の中では骨盤矯正がマイブームになっていたので、できればフリースタイルの骨盤コースのレッスンを受けたかった。そこで、フリースタイルのレッスンを行っている支店としては、我が家から最も近い南森町店に足を運んだ。携帯電話からレッスンの予約を入れたところ、フリースタイルのどのコースのレッスンなのか詳細を確認することができなかったのだが、例え予約したレッスンが骨盤コースでなくても、フリースタイルのレッスンならばそれでいいとも思っていた。

 南森町店の受付で、これから受けるフリースタイルのレッスンがどのようなコースのレッスンなのか尋ねてみると、
「太陽礼拝を中心としたポーズの多いレッスンになります」
と教えてくださった。つまり、私が予約したレッスンは、骨盤コースではなかったのだ。確か、以前、南森町店に足を運んだときに、骨盤コースは十二回限定のレッスンであるという案内を目にした記憶がある。あとで南森町店のレッスンスケジュールを確認してみたところ、残念なことに、やはり骨盤コースのレッスンは既に終了してしまっていた。

 さて、太陽礼拝のポーズを中心としたフリースタイルのレッスンは、思った以上にきついレッスンだった。どのようにきついレッスンかというと、太陽礼拝のポーズと他のポーズが組み合わさって、大きな流れが形成されているために、一つ一つのポーズの流れが長いのである。例えば、太陽礼拝のポーズのあと、そのまま三角のポーズに入り、再び太陽礼拝のポーズに戻るといった長い流れとなっているのだ。私は、途中で何度も弱音を吐きそうになった。六十分のレッスンだというのに、太陽礼拝のポーズと他のポーズのセットを繰り返す度に、私の息はかなり荒くなっていた。

 三連休の最終日ということもあってか、レッスンの参加者は比較的少なく、私を入れて九名だった。インストラクターは、見た目は若い方だったのだが、レッスンの最後の瞑想のときに、チベット密教で使うチンチュー(厚手の小さなシンバルのようなもの)を鳴らした。私がホットヨガのレッスンに通い始めてから早くも丸三年になるが、ホットヨガのレッスン中にチベット密教の法具が使われたのは初めてのことだった。チンチューのきれいな音色を耳にすると、気持ちも引き締まり、これまでのきついレッスンの疲れもいっぺんに吹き飛んだ。

 ところで、南森町店のスタジオは、他の支店と違ってユニークなサービスがあると書いたことがあるが、例えばロッカールームには、会員の忘れ物を知らせるための掲示板がある。掲示されている忘れ物に心当たりがある場合は、該当する紙を剥がして受付に持って行くと、心当たりの忘れ物を確実に引き取ることができるようだ。これは、会員の忘れ物が多いために生み出されたアイディアだと思う。

お忘れ物一覧

 また、これまでにも何度かご紹介したが、南森町店のシャワールームには、椅子が設置されていて、レッスンで疲れた身体を休ませながらシャワーを浴びることができる。

椅子の付いたシャワールーム

 とは言え、南森町店のシャワールームは、合計七つしかないので、他の人にシャワールームを明け渡すため、あまりゆっくりしていられないのも実情である。

 他にも、南森町店は、縦長ではない横長二段の幅広ロッカーが採用されていたり、受付でタオルとロッカーの鍵を受け取るときに、タオルと鍵をピンで留めて手渡してくださったりと、細やかな心遣いがうれしい支店なのだ。

 ちなみに、今回のレッスンで着ていたTシャツは、先日の北野天満宮で購入したばかりの手描きのガネーシャTシャツである。

今回のレッスンのときに着ていたガネーシャTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どうやら骨盤コースのレッスンは、京都店に行かなければ受けられないようですね。南森町店でフリースタイルのレッスンが開催されていることにもっと早く気付けば、南森町店でもたくさんレッスンを受けることができたのにと思うと残念であります。また骨董市と抱き合わせにして、京都店まで骨盤コースのレッスンを受けに行きたいと思っています。

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2009.10.23

カングーにいっぱいの親の愛

映画『モーテル』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m モーテルというと、アメリカに良くありがちな、自動車で旅行している人を対象とした宿泊施設ですよね。若い頃は、モーテルと聞くと、何となくラブホテルと同等のイメージを抱いていましたが、アメリカ映画を観ていると、大人と一緒にモーテルに宿泊する子供も登場しますので、日本のラブホテルとは明らかに扱いが違うのでしょうね。ところで、今回ご紹介した映画『モーテル』では、支配人がとても怪しいのです。皆さんも、アメリカに旅行されたときには、モーテルの怪しい支配人にお気をつけください。(苦笑)

 十月半ばの三連休に、一泊二日の予定でガンモの実家に帰省することになっていた。もともと、九月のシルバーウィークの連休中に帰省する計画を立てていたのだが、ガンモに徹夜の仕事が入ってしまった上に、高速道路がひどく混雑しているという話を聞いて、見送ることにしたのだ。そして、十月の三連休を迎えたわけだが、それでもやはり高速道路は混んでいるらしい。

 既にあちらこちらで囁かれてはいるようだが、休日の高速道路の利用料金が格安になったことは、果たしてありがたいことなのか、ありがたくないことなのか良くわからない。景気回復対策としては確かに有効かもしれないが、地球全体のCO2の排出量を減らすことやガソリンという貴重な資源が大量に消費されることを考えると、あまりありがたくないことのようにも思える。また、高速道路の利用客が増えることにより、高速道路のパーキングエリアやサービスエリアの売店やガソリンスタンドの売り上げが伸びるとしても、人々が自家用車を積極的に利用することで、船や鉄道などの公共の交通機関の売り上げが落ち込んでしまうのだとしたら、全体的にプラスとは言えず、単にエネルギーをどこかに移動させているだけのような気もする。

 実際、ガンモの実家に帰省することを決めていても、混雑した高速道路を走らなければならないと思うと、帰省する当日の私たちの気持ちは何となく重かった。あちらこちらで、普段は二、三時間で着くところを、七時間掛かったなどという話も聞く。いよいよ出掛ける時間になってもガンモがなかなか腰を上げなかったので、ガンモに尋ねてみると、
「やっぱり、俺の実家じゃなく、まるみの実家に帰ろうか」
とガンモは言う。私は、
「うん、それでもいいけど、ガンモの実家には帰らなくていいの?」
と尋ねた。三連休といえども、ガンモの仕事の都合でどうしても互いの実家に一泊ずつすることができず、もともと一泊だけの予定しか立てられなかったのだが、ガンモは、
「俺の実家には、帰りに寄ればいいから」
と言った。

 ご存知のように、私の実家は愛媛にあり、ガンモの実家は香川にある。四国では、愛媛と香川はお隣同士で、私たちの住んでいる兵庫県からは愛媛のほうが遠いため、愛媛にある私の実家に宿泊したあと、香川にあるガンモの実家に寄って兵庫まで帰宅すると、互いの実家を効率的に往復することができるようになっていた。そして、今回は一泊だけの予定だったため、ガンモの急な提案により、私の実家に宿泊したあと、帰りにガンモの実家に寄ることにしたのである。

 急に私の実家に帰省することが決まったので、私はすぐに実家に電話を入れた。電話を取った実家の母は、私たちの急な申し出を快く受け入れてくれた。我が家は急な来客など、とうてい受け入れられるような状態ではないが、例え急な申し出であっても受け入れてくれるのはとてもありがたいことだ。ただ、母には、到着時刻が遅くなるので、晩御飯は済ませてから向かうと伝えておいた。

 高速道路は、思っていたほどの混雑ではなく、私たちは広島県からしまなみ街道を渡り、愛媛県へと入った。しまなみ街道が開通したての頃は、まだ高速道路が完全に繋がっているわけではなかったので、一般道と高速道路が短時間のうちに切り替わり、ちょっとしたストレスを感じたものだった。それが、今は一本に繋がり、スイスイ移動することができた。

 私の実家に着いたのは二十一時を過ぎた頃だったろうか。私の両親にとっては、そろそろ就寝する時間だったはずなのだが、私たちを快く迎え入れてくれた。夕食は外で済ませておいたので、もう眠いだろうと思う両親を気遣い、その日はそれぞれの部屋にこもって休んだ。私たちは、いつものように母が客間に布団を敷いてくれていたので、そこで休んだ。

 マンション暮らしに慣れている私たちは、木造の実家に帰省すると、ひどく寒いと感じてしまう。マンションは機密性が高いので、外の風をきっちりと塞いでくれるが、木造の家ではそうは行かない。特に私はトイレが近くなり、何度も何度もトイレに立った。

 おまけに、どういうわけかなかなか寝付くことができず、夜中の二時過ぎまで起きてゴソゴソしていた。一方、ガンモはというと、私がゴソゴソしている間、私のすぐ隣で布団にくるまり、すやすやと眠っていた。おそらく、運転疲れが出たのだろうと思う。ところが、午前二時を過ぎて、私がそろそろ就寝しようとする頃になると、今度はガンモがゴソゴソと起き出して、活動を始めた。私は眠気に負けてそのあと眠ってしまったのだが、私が午前七時前に目を覚ましたときも、ガンモはまだ起きてゴソゴソしていた。

 翌日は、お墓参りなどの予定がびっしり詰まっているというのに、睡眠不足気味のガンモは眠いと言う。数時間に渡ってカングーを運転したあと、三時間ほどしか睡眠をとっていないのだから、無理もない。実家の父母は、朝の早い時間から起きていて、私たちが朝食を食べるのを今か今かと待ち構えていた。眠いと言うガンモと一緒に朝食をとり、くつろいでいると、私たちがいる客間に母がやって来て、世間話を始めた。母とは普段、電話では良く話をしているものの、やはりこうして帰省して顔を見ながら話をしないと寂しいのだろうと思った。

 一通り母の話を聞き終わると、今度は父が私たちのいる客間にやって来て、パソコンの使い方を教えて欲しいと言った。実は、何年か前にガンモの自作パソコンを父に贈り、父は一生懸命頑張って、そのパソコンの使い方をマスターした。しかし、とうとうそのパソコンの調子が悪くなったというので、夏休み前にガンモが新しいパソコンを組み立てて再び父に贈っていたのだ。新しいパソコンの使い方については、父がわかるように説明書を添えておいたので、ほとんどの機能は使えていたはずなのだが、一部の機能でわからないところがあると言う。私は、睡眠を貪りたいと言うガンモと、パソコンの使い方を教えて欲しいという父の狭間に立たされ、どうしたものかと少し悩んだ。しかし、考えた末に、私はガンモよりも父の要望に応えることにした。

 父に贈ったパソコンは、一部、こちらの不手際があったらしく、ハードウェア的にまったく使えない機能があった。ガンモは睡眠不足であるにもかかわらず、自宅から持ち込んだ自分のノートパソコンを使ってインターネットにアクセスし、原因を調べた。また、同じ頃に父に贈った私の古いデジタルカメラの使い方が良くわからないと言われると、ガンモはデジタルカメラのメーカサイトにアクセスして、マニュアルのPDFをダウンロードしてくれたりした。父はとても喜んでいた。

 こうして父の要望にも応えると、ようやく私たちのいる客間に静寂が訪れた。時間はもうお昼近かったが、私はガンモが寝られるように静かにして、父母にガンモがゆうべほとんど眠っていないことを説明した。

 それからガンモは二、三時間、眠った。その間に私は、台所で再び母の話を聞いた。二、三時間眠ったガンモは目覚めていたようだったが、母と私が熱心に話をしているので、そっとしておいてくれたようだ。それからお墓参りに行き、帰宅すると、早くも夕方だった。翌日、ガンモに仕事が入っていたので、そろそろ帰宅しなければならない。結局、ガンモの実家に寄る時間がなくなってしまったので、ガンモの実家には寄らずに、直接帰ることになった。

 私たちが帰る前から、母は、私たちに手作りの料理をせっせと用意してクーラーボックスに入れてくれた。私はありがたくそれらを受け取り、カングーに積み込んだ。手作りの料理のほかにも、野菜、お米、飲み物など、それこそカングーが沈み込むほどたくさんのものをもらった。人は、自分が親になったときに、親のありがたみを実感すると言うが、私たちは、結婚してから親との関係を見直すことになった。どこまでも無条件で与え続けてくれる親の愛。それをどこまで受け続けられるかはわからない。いつも親から与えらえるだけで、ちゃんと返せているのだろうか。そんなことをも思う。

 こうして私たちは、私の実家の両親に見送られながら、私の実家をあとにした。実家の両親には、遅ればせながら、パリで買ったお土産を渡したが、手土産などなくても、ときどき帰って話を聞くということがとても大切なことなのだと、今回の帰省で実感したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実家に帰省する度に、両親が年を取っているのを実感します。少しも漏らすことなく、今を大切に生きなければならないと思いました。私たちは、決して時間を無駄にしてはいけませんね。

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2009.10.22

映画『モーテル』

BBCをMP3で聴こう!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m iTunesには、Podcastなる機能があるようですね。私はiTunesは使っていても、Podcastの機能は使っていません。中には英語教材のような番組もあるようですが、無料のインターネットラジオをソースにした、日本語による解説のない生の英語もいいものですよ。(笑)

 本作を鑑賞したのは、今から二ヶ月以上も前の八月十五日のことである。できる限り劇場公開中の作品のレビューを取り扱いたいと思い、少しの間、他の作品のレビューを優先して書かせていただいたので、本作のレビューを書くのがすっかり遅くなってしまった。本作は、劇場公開中に何度も予告編を目にして気になる作品としてリストアップしていたものの、鑑賞には至らなかった。予告編には確か、殺人シーンが収録されたビデオを鑑賞していたモーテルの宿泊客が、「ビデオに映っているのはこの部屋だ!」と気付くシーンが盛り込まれていたように思う。レンタルDVDショップで本作のDVDを見付けたとき、何となくその予告編を観たときの衝撃が思い出され、普段はこの手の作品は好んで鑑賞しないというのに、DVDでの鑑賞に踏み切ったのである。

 夫婦としての危機を迎えている二人が、手強い外敵と戦いながら再び結束を固めて行くプロセスを描いた作品としては、最近鑑賞した映画『30デイズ・ナイト』が記憶に新しい。外敵との戦いは命を賭けた激しい戦いとなり、その激しい戦いを通して、失われかけていた夫婦の絆を取り戻すのだ。あたかも、恐ろしい殺人鬼たちとの命を賭けた戦いが描かれているようでいて、実は夫婦の絆を取り戻すための心理セラピーだったととらえてみると、なかなか面白い。

 本作で感じる怖さとは、心霊的な現象を目の当たりにする怖さではなく、人為的な行為に対する怖さである。相手は自分と同じ人間であるはずなのに、単に退屈しのぎの快楽を得るために、モーテルの宿泊客をターゲットに次々に殺人を繰り返している。そんな恐ろしい殺人鬼たちは、感情を司る神経細胞の一部が既に死んでしまっているのかもしれない。そんな生死を賭けた危機から、夫婦は必死に逃れようとする。

 私は、この危機を乗り越えた夫婦が、今後、どのような関係を結んで行くのかがとても気になった。死を覚悟しなければならないほどの恐怖を体験することで取り戻した夫婦の絆は、実は期間限定の魔法のようなもので、彼らが日常生活に戻ってしまえば、再び同じような問題に直面したりはしないのだろうか。何故ならこの夫婦は、抱えていた問題を直視して、ともに地の底から這い上がった絆を持った夫婦ではないだけに、本当の意味での夫婦の絆が取り戻せたのかどうか、心配だったのだ。この夫婦が再び夫婦の危機を感じたとき、あの一体感を再び感じたいと思い、モーテルでの恐ろしい出来事を再体験したいなどと思ったりはしないのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こんな記事を書くと、遊園地などで、「壊れかけた夫婦の絆を取り戻すためのアトラクション」なるものが開発されるかもしれませんね。(苦笑)何となく、この夫婦がモーテルで体験したことは、夫婦の絆を取り戻すためのきっかけに過ぎないという気がして来ました。大切なのは、モーテルを出て日常生活に戻ったあとだと思います。まあ、ホラー映画を観て、このような感想を抱く人は少ないと思いますが・・・・・・。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.10.21

BBCをMP3で聴こう!

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 親指が脳に繋がっていて、小指が骨盤に繋がっているというお話は、普段、そのようなことを意識していないだけにとても新鮮でした。古久澤先生のセミナーには、そのような興味深いお話が満載でしたので、また少しずつご紹介させていただくことにします。

 今月と来月、二ヶ月連続でTOEICを受けることにした。今月は派遣会社の主催するIPテストを受けて、来月は公開テストを受ける。今月、IPテストを受けるというのに来月の公開テストを申し込んだのは、TOEIC運営委員会から、リピート受験割引の案内メールが届いたからだ。リピート受験割引とは、一年前に受験したのと同じ月に開催される公開テストが、通常五千九百八十五円のところ(これでも、以前よりは少し値下げされた)、五千三百七十円で受験することができるというものだ。派遣会社の主催するIPテストの受験料が一回四千五百円なので、リピート受験割引の対象回の受験料とそれほど変わらないことになる。そこで、二ヶ月連続で受験することにしたのである。ちなみに、一年前に受けた公開テストとは、市内のM女子大学まで、自転車で迷いに迷って遅刻しそうになりながら受験した、あの公開テストである。

 そこで、TOEIC対策のために、またしても新しいことにチャレンジしてみることにした。私が学生時代からイギリス英語好きであることはこれまでにも書いて来た通りだが、普段、インターネットラジオで聴いているBBCを何とかしてMP3ファイルに落とし込み、通勤の途中などに聴くことができないだろうかと思っていた。というのも、リスニングはやはり、同じ教材を繰り返し聴くことが大切だと実感しつつあったからだ。

 もちろん、過去にアメリカ人ネイティブの発音によるリスニング対策用の教材CDも購入しているのだが、BBCを熱心に聴くようになってからは、ほとんど聴かなくなってしまった。やはり私の耳にはイギリス英語が心地良いので、できればBBCを英語学習の教材として繰り返し聴きたいと思っていたのだ。

 もともと私は、ある時期、MIDI製作に凝ったことがあり、デジタル音源で再生した音楽をWaveファイルに落とし込み、そのWaveファイルをMP3ファイルに変換していた実績がある。そのための機材やソフトも購入しているので、それらの機材を使えば、インターネットラジオの音をMP3ファイルに変換することは不可能ではないはずだ。しかし、それらの機材やソフトを使うためには、少々手間が掛かってしまう。できれば、インターネットラジオから流れて来る音をソフトだけでMP3ファイルに変換したいものだ。そんなことを思っていたところ、インターネットラジオをMP3録音〜英語録音というページを見付けた。ありがたいことに、そこにはまさしく私が実現させたいことが書かれていた。

 私は早速、そこに書かれているS Recというソフトをダウンロードして自分のノートパソコンにインストールしてみた。更に、午後のこ〜だというソフトもダウンロードして、そのソフトに付属のDLLをS Recをインストールしたフォルダにコピーした。これで、録音終了後にWaveファイルをMP3ファイルに変換してくれるようである。

S Recの画面。午後のこ〜だに付属のDLLをコピーした上で「午後る」にチェックを付けておくと、MP3ファイルも同時に生成してくれる

 そして、BBCを再生しながら、S Recを使ってWaveファイルに録音してみた。適当なところで録音を区切って停止ボタンを押すと、WaveファイルからMP3ファイルが生成された。そのMP3ファイルをデジタルメモリプレイヤーにコピーして再生してみたところ、録音レベルがやけに小さいことがわかった。おまけに、私が最初に行った録音方法は、ノートパソコンに付属のマイクから音を収集しているかのようだった。試しに、S Recで録音中にノートパソコンに向かって話し掛けてみると、何と、その声が録音されてMP3ファイルになった。ということは、BBCを再生しているときには、静かにしておかなければ雑音が入ってしまうということである。

 ガンモにそのことを話すと、
「そんなはずはないだろう」
と言いながら、しばらく私のノートパソコンをいじっていたが、途中で投げ出してしまった。

 後日、私がじっくりノートパソコンの設定を確認したところ、音をマイクから拾うのではなく、ノートパソコンから流れる音声をWaveファイルにリダイレクトすることができた。ボリュームコントロールのオプションメニューからプロパティを開き、出力用の録音コントロールを表示させてマイクのチェックボックスを外してマイクを非選択にしたあと、WAVE出力ミックのチェックボックスを選択し、ボリュームを調整すれば良かったのだ。

こちらはボリュームコントロール。この画面のオプションメニューからプロパティを開くと、録音コントロールを表示させることができる。

こちらが録音コントロール

 こうして、適切なボリュームに調整して通勤途中に聴き始めたのだが、これは良い! 耳にとても心地いい音が流れて来るので、英語が正確に聴き取れなくても満足してしまう。私は調子に乗って、何時間も掛けてBBCの様々な番組をMP3ファイル化し、通勤途中に熱心に聴いている。少し前までは、BBCのニュース番組を聴いていたのだが、最近はBBC4チャンネルのAfternoon Playがお気に入りだ。ニュース番組は、話し手の感情がこもらず、事実だけが淡々と語られるので、もしも私がネイティブスピーカー並みのスピーキング能力を身に付けたときのことを考えると、感情のこもったラジオドラマをお手本にするほうが良いと思ったのだ。

 今はこれらのMP3ファイルに熱心に耳を傾けながら、ネイティブスピーカーたちが英語をどのように区切りながら話しているかに注目しているところだ。その区切りを理解することにより、私自身にも英語的な考え方ができるような気がしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とても楽しいツールを見つけて、大喜びしています。私は英語学習に活用していますが、他にも様々な活用方法があるはずです。おそらく、パソコン上でDVDを再生した音をMP3ファイルに落とし込むことも可能だと思われます。それができれば、世界がどんどん広がりますね。

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2009.10.20

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(4)

映画『シービスケット』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。レッドを演じているのは、映画『スパイダーマン』シリーズのトビー・マグアイアなんですね。彼が危機に直面したとき、スパイダーマンに変身したらどうしようとハラハラドキドキしながら観てしまいました。(苦笑)

 十月三日に神戸で行われたブリージングストレッチセミナーの内容をお伝えしている。さて今回は、いよいよ実践編として、主に手を使ったストレッチをご紹介したいと思う。

 古久澤先生は、私たちに両手を組むようにおっしゃった。そして、参加者全員が両手を組んだのを確認されると、今度は手を組みかえるようにおっしゃった。手を組みかえるとは、一番上に来ている親指を入れ替えることに等しい。

まず、何も意識せずに両手を組んでみる
撮影:ガンモ

次に、最初に組んだのとは逆に組んでみる
撮影:ガンモ

 古久澤先生曰く、最初に組んだときと、次に組んだときのギャップが大きい人ほど、意識と無意識のギャップが大きい人なのだそうだ。そして、ブリージングストレッチでは、意識と無意識のギャップを埋めるために、手の組み替えを交互に三十六回行うそうだ。三十六回繰り返すうちに、次第にどちらの親指が上に来ても違和感がなくなって来た。三十六回の組み替えのあと、最後に指がポキポキと音を立てて抜けたら良いそうだ。私は、普段から指を抜くことに慣れていなかったので、最後に指を抜くことはできなかったが、指を抜くことができる人というのは、それだけリラックスした状態にあるのではないかと思った。

 次に古久澤先生は、手の親指を外に向けて反らせるようにおっしゃった。確か、親指だけを床に付けて指を反らせたように記憶している。人は、日頃からいろいろな感情を親指のあたりに溜め込んでいるため、ブリージングストレッチを始める前は、親指周りをほぐすことで、親指のあたりに溜まっている感情を解放しておく必要があるのだそうだ。確かに、親指の付け根のあたりをマッサージすると痛かった。古久澤先生曰く、親指は脳に繋がっているのだそうだ。

 続いて古久澤先生は、右手の指を広げ、小指以外の指はピンと伸ばして、小指の関節だけを折り曲げるようにおっしゃった。実践してみると、これがなかなか難しい。しかし、古久澤先生を見ると、小指の関節だけが見事に曲がっている。曲がり難い人は、最初のうちはもう片方の手を添えてもいいそうだ。最初はなかなか曲がらなくても、練習を重ねるうちにきれいに曲がるようになるらしい。このように、小指だけを折り曲げると、骨盤が閉まるのだそうだ。右手が終わると、次は左手の指を広げ、同じように小指以外の指はピンと伸ばして、小指だけを折り曲げようとした。しかし、なかなか思うようには曲がらない。私の場合、右手よりも左手のほうが小指が曲がり難かった。古久澤先生曰く、小指は骨盤に繋がっているのだそうだ。どうやら私の骨盤は、明らかに左右で違いがあるようである。

右手の小指だけ折り曲げてみる
(小指に添えてある左手の人差し指はないものとしてとらえてください)
撮影:ガンモ

次に、左手の小指だけ折り曲げてみる
(小指に添えてある右手の人差し指はないものとしてとらえてください)
撮影:ガンモ

 古久澤先生曰く、親指は副交感神経で、小指は交感神経なのだそうだ。私自身、体温調節がうまく行かないなどの問題を抱えているので、どうも自律神経がうまく働いていないように思える。特に、小指がなかなか思うように曲がらなかったことから、私の場合は交感神経の働きが良くないのかもしれない。

 更に、右手と左手で小指の曲がり方が極端に違っていたということは、左右の骨盤のバランスが崩れているということなのだろう。思い起こせば、歩くときも、身体の重心がいつも右側に傾いているように思う。ムートンブーツを履いて歩くときも、右足ばかりを引きずって歩いている。しかし、ストレスを感じているのは左足のようで、快適に歩くために敷いている中敷の位置が、何度直しても左足だけぐちゃぐちゃに崩れてしまうのだ。また、私が撮影した写真を見ると、どれもこれも右側に傾いてしまっている。これらのことから総合して考えてみると、私の骨盤は、右が下がり気味で、左がやや上がり気味であるように思えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 手の指を広げて小指だけを曲げるのは、私にはとても難しかったですね。(苦笑)皆さんはいかがでしたでしょうか。左右の曲げ方に違いがある場合、左右の骨盤のバランスが崩れているかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.10.19

映画『シービスケット』

高いプロ意識に脱帽の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。そう言えば、かつて尼崎でJR福知山線の脱線事故が起こった日に、私は神戸で行われたスピッツのコンサートに参加しました。あれだけ大きな事故だったにもかかわらず、スピッツのメンバーは、コンサート中、脱線事故について一言も触れようとはしませんでした。大きな事故だっただけに、コメントするとコンサートの流れが大きく変わってしまうことを避けて、意識してコメントを差し控えたのかもしれません。

 今回、お届けするのは、八月十六日にDVDで鑑賞した作品のレビューである。レンタルDVDショップでは何度もタイトルを目にしていた作品である。一体どんな作品なのだろうと気になっていたので、レンタルDVDショップの店員さんのお勧めDVDとして挙げられているのにつられてンタルしてみることにした。しかし、店員さんがせっかく書いてくださったコメントも読まずに借りてしまい、自宅でDVDを鑑賞し始めてようやく、競馬の話だということに気が付いた。動物に対する私自身の特別な思い入れからすれば、人間の娯楽のために馬に鞭打つ競馬を扱った話は、できれば受け入れたくない分野の作品である。しかし、鑑賞しているうちに、普段の思い入れとは別のところで本作を受け入れていた。とは言え、必ずしも競馬を肯定するという意味ではない。人間と馬とパートナーシップのようなものを本作から感じ取ったのである。

 大恐慌時代のアメリカで、自動車のディーラーとして成功していたチャールズ・ハワードが、息子の事故死と妻との離婚という人生における大きな痛みを経験する。ハワードはその後、マーセラという女性と出会い、再婚する。マーセラには乗馬の趣味があり、ハワードはその影響で、シービスケットと呼ばれる荒くれ者の競走馬を購入することになった。ハワードにシービスケットを強く推薦したのは、調教師としては異端者扱いされていたカウボーイのスミスである。スミスは、怪我をしてくたびれてしまった競走馬を決して使い捨てない心の優しさを持っていた。ハワードはそんなスミスの優しさに触れ、自分の競走馬の調教を申し込んだのだ。

 荒くれ者のシービスケットの騎手として選ばれたのは、かつては何不自由なく暮らしていたものの、大恐慌のために生活苦に陥り、両親と離れ離れになって草競馬の騎手を目指していたジョニー・ポラード(赤毛なので、通称レッド)である。レッドはシービスケットと同じように、どこかに荒い気性を秘めていた。シービスケットは、スミスの調教とレッドのリードにより、のちに歴史に残る偉大な競走馬へと成長して行く。

 本作の中で最も注目すべきは、シービスケットをも含めた登場人物(シービスケットに限っては、人物ではなく馬)たちが、他者によって新たな可能性を見出されたことだ。例えば、前妻に出て行かれてしまったハワードは、マーセラによって新たな可能性を見出された。調教師として異端者扱いされていたスミスは、ハワードによって新たな可能性を見出された。荒くれ者のシービスケットも、そして騎手のレッドも、スミスとハワードによって新たな可能性を見出された。また、こうも言うことができる。異端者扱いされていた調教師のスミスは、シービスケットによって調教師との新たな可能性を見出された。それぞれが、ある環境においては見出されることのなかった可能性を、見出してくれる対象に出会うことができたのである。

 そういう意味で、彼らの出会いはそれぞれ運命的なものであったことだろう。だから、これまで手の付けられなかった荒くれ者の馬が立派な競走馬へと成長して行く。騎手のレッドも、シービスケットとのコンビで、騎手としての輝きを増して行く。可能性とは、相対的なものとして、常に誰の中にも秘められているものなのかもしれない。時期が来れば、秘められた可能性を見出してくれる人と運命的な出会いを果たし、互いに大きく成長して行く。

 シービスケットとレッドが怪我を負うという点において、シンクロしているところも興味深い。一時はどちらも競馬生命を絶たれたかのように見えたものの、素晴らしい回復力でどちらも見事に返り咲く。運命共同体のような強い絆が出来上がると、期待に応えようとするのだろうか。ここでも、互いに新たな可能性を見出し合ったことになる。

 映画『シービスケット』は、それぞれの可能性を埋もれさせることなく引き出し合い、家族のように密に関わりあった人たちの物語だった。私には、シービスケットがもたらしたいくつもの勝利よりも、シービスケットを通して密に結ばれた心の交流のほうがずっと価値があるように思えてならない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自分が受け入れられていると感じているときの回復力は目を見張るものがありますね。それぞれ、過去に受け入れられなかった経験が、受け入れられたときの絆を強くしていたのかもしれません。そう考えると、自分を受け入れなかった人たちもまた、自分にとって大切な役割を持っていることになりますね。

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2009.10.18

高いプロ意識に脱帽

あの素晴らしい歌をもう一度の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 時間が経つにつれて、いろいろなことが明るみになって来ているようですね。加藤さんは、昔のように曲を作ることができず、悩んでいたそうです。加藤さんほどの悩みではないですが、私もほんの少しだけ、加藤さんの気持ちがわかるような気がします。加藤さんにとって、曲を作ることが継続した創造性ならば、私にとっての継続的な創造性は文章を書くことです。その、文章を書くということがままならない時期が私にもありました。それは地の底を這っているような感覚で、自分の感情がわからず、メールや掲示板の返信がなかなかできなくなってしまったことがあったのです。それでも、ホームページやブログを運営している以上、たくさんの人たちと関わりを持たなければならず、どのようにしたら文章を綴ることができるのだろうと一生懸命模索し、自分の感情を引き出すためにたくさんの映画を鑑賞し始めました。私は、そのことでずいぶん救われたように思います。また、人に流されずに自分のペースを確立させることも必要だったように思います。加藤さんにも、何か救われる道があったかもしれないと思うと、残念でなりません。

 ガンモと一緒にカングーに乗って大阪方面へと出掛けた。ガンモは何も言わず、カーステレオにCDをセットした。一体何のCDかと思いきや、数年前に発売された新生フォークルのCDだった。CDの中から、加藤和彦さんの声が聞こえて来ると、私の目には涙がじんわりとにじんで来た。これを歌っている人はもうこの世にはいないのだと、否が応でも受け入れるしかなかった。

 いつもならば、CDの再生が一通り終わると、すぐさま別のCDに取り替えるのだが、今日に限っては何度も何度も同じCDを繰り返し聴いていた。もともと、特にガンモがこの新生フォークルのCDを気に入っていたこともあるのだが、加藤和彦さんが遺してくれた音楽を聴いていたかった。ちなみに、このCDの中には、『あの素晴らしい愛をもう一度』も収録されている。

 私たちは大阪方面での用事を済ませたあと、今度は神戸・三宮へとカングーを走らせた。折しも、三宮で行われるTHE ALFEEの神戸公演に参加することになっていたからだ。加藤和彦さん自殺のニュースを知ったとき、私が真っ先に思いを馳せたのは、和幸でユニットを組んでいた坂崎さんのショックは計り知れないものだろうということだった。しかも、自殺のニュースが流れた翌日に神戸でTHE ALFEEのライブが行われることになっていたので、例え仕事とは言え、そのような状況の中でコンサートを行うのはとても辛いのではないかと思ったのだ。

 しかし、坂崎さんは元気にステージに立っていた。その姿を見て安心したのか、会場にいたファンもノリノリで、まるで加藤和彦さんが亡くなられた事実など、どこにも存在していないかのようだった。私は、悲しみを外に押し出すことなく、立派にステージをこなした坂崎さんの高いプロ意識に脱帽した。とは言え、その一方で、例え坂崎さんが悲しみを外に押し出しながらステージに立ったとしても、むしろそこに温かい人間味のようなものを感じて受け入れることができたのではないかとも思えた。

 最初から最後まで一貫して、ステージでは加藤和彦さんのことは一切触れられなかった。私は、坂崎さんにとってステージに立つことはどこまでも仕事であり、その仕事に私情を持ち込むことは決して許されない立場であろうことを理解した。また、コンサートには予め定められた品目があり、それを急に変更することはままならないのだろうとも思った。逆に言えば、それだけコンサートに対して完璧な準備がなされているということなのだろう。

 もしも加藤和彦さんのことがほんの少しでもMCで触れられたならば、コンサートの流れが大きく崩れてしまったかもしれない。しかし、それはそれで、別の一体感が会場の中で生まれたかもしれない。今は、加藤和彦さんの悲報を受けた翌日であっても、神戸でのコンサートを立派にこなした坂崎さんの高いプロ意識に拍手を贈りたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 帰りのカングーの中でガンモと、「さすが、プロだねえ」と感心していました。徹底したプロ意識とも言えますね。私は、自分の仕事に対して、そこまでのプロ意識は持てないような気がします。

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2009.10.17

あの素晴らしい歌をもう一度

台風のあとの点呼の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。台風だということも知らずに、ベランダの外で強い雨風にじっと耐えている姿に、野生の動物と人間の大きな違いを感じました。人間は知恵を使い、強い雨風から身を守ろうとしますが、野生の動物たちは、ただただじっと耐えるだけなんですね。死を受け入れることも含めて、自然の中で起こっていることをそのまま受け入れようとする力は、人間よりも動物のほうが勝っているような気がします。

 三日に一度のペースで映画のレビューを書かせていただいているのだが、今回は予定を変更して、リアルタイムの記事を書かせていただこうと思う。

 週末はたいていホットヨガのレッスンを受けているのだが、ガンモが仕事の待機要員の当番で家にいたので、私もホットヨガのレッスンを見送って、ガンモと一緒に自宅でゆったりと過ごしていた。五時起き生活が始まってからというもの、平日は寝不足に陥ってしまうことが多く、週末に自宅でのんびりと過ごしながら睡眠不足を解消するのは、私にとって心地良い時間となりつつあった。

 そんなふうにくつろいでいるところに、インターネットのニュースサイトを見ていたガンモが大声をあげた。
「これは、大ニュースです!」
ガンモは時々「~です」といった丁寧な口調で私に語り掛けるが、決して他人行儀なものではない。むしろ、丁寧な口調を楽しみながら、第三者的な立場から発言しようとしているのである。

 「何、どんなニュース?」
と私が尋ねると、
「加藤和彦がホテルで自殺したんだって」

 それを聞いた途端、ベッドでくつろいでいた私に緊張感が走った。とは言え、そんなことを聞いても、私には信じられなかった。あの加藤和彦さんが自殺? 私は、その情報を自分で確かめようと、ガンモがアクセスしているページにアクセスしてみた。何かの間違いであって欲しかった。しかし、そこに表示されていたのは、まぎれもなく、加藤和彦さんの死を知らせるものだった。

 一部のサイトでは、加藤和彦さんの名前の後ろに「?マーク」が付加されているものもあった。それはおそらく、亡くなられた方の身元の確認が行われていない状態で報じられた情報だったのだろう。しかし、時間が経つにつれ、「?マーク」も取れ、断定的な情報を伝えるニュースに変わって行った。

 いくつものニュースサイトを巡り、記事を読んで行ったが、正直言って、本当に信じられなかった。私の目に映っていた加藤和彦さんは、自殺をするような人には決して見えなかった。それなのに、何か音楽的なことで大きな悩みを抱えて自殺に至ったらしい。

 思えば、私の人生の中で、生の加藤和彦さん拝見したのは、合計四回である。一回目は、ザ・フォーク・クルセダーズ(通称:フォークル)が再結成(新結成?)された年の十二月に京都駅の大階段コンコースで行われたフリー・ライブに参加したときのことだった。フリー・ライブということで、寒い中、ガンモと一緒に長時間並んで席を確保した。ライブ仲間のお友達にお借りした断熱材入りのアルミシートの暖かさを忘れない。あのときに京都手塚治虫ワールドで購入した鉄腕アトムのパーカーを、私たちは今でも大事に着ている。

 二回目は、きたやまおさむ「ザ・還暦」~一回だけのコンサートで生演奏を聞かせていただいた。還暦を迎えられたきたやまおさむさんのために、「帰ってきたよっぱらい」を管弦楽団に演奏してもらうべくアレンジされた加藤和彦さんが、きたやまおさむさんに何枚もの楽譜を直接手渡してプレゼントされたシーンが今でも目に焼きついている。アレンジを手掛けたということは、管弦楽団に演奏してもらうために、様々なパートを楽譜に起こされたはずなのである。私自身も、かつてMIDIシーケンサを使って作曲を行っていた時期があったが、作曲を手掛ける人で、すべてのパートを自分で書き上げる人は少ないと思う。このとき私は、加藤和彦さんは天才に違いないと実感したのだった。

 三回目は、坂崎幸之助さんとの新ユニット和幸のライブに参加したときだ。私はこのステージで、演奏することを心から楽しんでいらっしゃる和幸のユニットの活躍ぶりを拝見した。古いものに手を加え、次々に新しいものを生み出して行く加藤和彦さんと坂崎さん。相方の坂崎さんは、そんな加藤和彦さんの音楽製作意欲に刺激を与える存在だったはずだ。

 そして、四回目は、和幸の新しいアルバム『ひっぴいえんど』を引っ提げての和幸 LIVE 2009 ひっぴいえんど in 大阪である。今年の二月のことなので、まだまだ記憶に新しい。ギャグともパクリとも思える曲が次々に飛び出して、大人の遊び心を感じさせてくれたものだった。そんな和幸ユニットは、大人の遊び心でこれからも私たちを楽しませ続けてくれるとばかり思っていたのに・・・・・・。

 更新されたばかりのWikipediaの加藤和彦さんのページを拝見すると、加藤和彦さんが生み出したいくつもの曲の中で、私の好きな曲がたくさんある。

・岡崎友紀「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」(プロデュース・作曲・アレンジ)
・沢田聖子「卒業」(作曲)
・竹内まりや「不思議なピーチパイ」(プロデュース・作曲・アレンジ)
・飯島真理「愛・おぼえていますか」(作曲)

 と同時に、加藤和彦さんによって、もはやこのような名曲が永久に生み出さないことをとても残念に思う。加藤和彦さんは、間違いなく音楽の天才だった。天才だったからこそ、行き詰ってしまったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 加藤和彦さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。しかし私はまだ、加藤和彦さんの死を受け入れられないでいます。本当に信じられないというのが正直な感想です。それくらい、前向きな人のように映っていましたので・・・・・・。末端にいる私がこれほど大きな衝撃を受けているのですから、私よりももっともっと近くにいた人たちは、更に更に大きな衝撃を受けていらっしゃることでしょう。音楽に関してこれほど天才とも思える加藤和彦さんが行き詰ってしまうくらいなら、何事もほどほどが良いということなのでしょうか。

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2009.10.16

台風のあとの点呼

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。身体の中に出来たものを自然な形で外に出すのは、なかなか根気のいることだと思います。私の実践している冷え取り健康法においても、子宮筋腫の人が大量出血をしたあと、筋腫がなくなっていたという体験談がいくつか報告されています。昔は少なかったはずなのに、近年になって次第に増えつつある病気の多くは、きっと身体の中で解毒がうまく行われないことが原因なんでしょうね。

 台風十八号が関西地方に最も接近したときのことである。仕事から帰宅する頃には雨が降り、風が吹き始めていた。台風情報によれば、かなり規模の大きな台風らしい。それが、関西地方を直撃するかもしれない状況だった。私たちは、台風に備えて窓をしっかりと閉めたり、外に置いているものが飛んで行かないような配慮を施した。

 時間が経つにつれて、次第に雨や風が強くなって来た。部屋の窓には、時折強い雨と風が吹きつけて来て、私たちを脅かした。しかし、台風の威力に脅えていたのは私たちだけではなかったはずだ。何故なら、我が家のベランダには鳩が棲み付いているからだ。

 「父ちゃんたちは大丈夫かな」
と私はガンモに言った。父ちゃんたちが私たちのベランダに棲み付くようになってからも、関西地方に台風がやって来たことは何度かあったかもしれない。しかし、少なくとも、少し前に父ちゃんと母ちゃんの間に生まれた、まだ巣立ちをしていない雛たちは、初めて台風を体験するはずだった。しかも、今回の台風は大型だという。

 「犬や猫ならまだしも、台風だからと言って、父ちゃんたちを家の中に入れて保護するわけにはいかないもんね」
と、私たちは彼らをベランダに残したままでいることに対し、気を揉んでいた。彼らは強風で吹き飛ばされたりしないだろうか。雛たちはもう立派に飛べるはずだが、仮に吹き飛ばされたとしても、暗闇の中を飛んで、無事に我が家のベランダに戻って来られるかどうかわからない。激しい雨と強風にさらされている彼らのことが心配になり、台所の窓から彼らの様子をうかがってみると、強い雨風に対し、ハリセンボンのように身体をぷうっと膨らませて踏ん張っているのが見えた。

 翌日の仕事がどうなるかわからなかったが、彼らの様子を気にしながらも、翌朝の早起きに備え、私は床に就いた。翌朝、私が目覚めたときにはまだ外は荒れていたようだった。このような状況にあっても、社会人は仕事に出掛けて行かなければならない。そんなことを思いながら仕事に出掛ける準備を整えているうちに、次第に雨風が収まって来て、外はようやく静かになった。

 ガンモはベランダの鳩たちのことが気になったのか、いつもは私が出掛けたあとまでベッドの中で布団にくるまって寝ているというのに、私が支度を整えているときにゴソゴソと起き出して、いったんトイレに立ったあと、台所からベランダの鳩の様子を見に行った。ガンモは、
「点呼します」
と言って、ベランダにいる鳩たちが全員揃っているかどうかを確認した。そして、
「大丈夫。全員いる」
と言うと、再びベッドに戻って行った。

 人間に対しても、台風は大変な威力を持っているが、吹きさらしのベランダで過ごしている鳩たちにとっては、もっと大変な一夜だったことだろう。何はともあれ、彼らが全員無事で良かったと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちには、台風情報なるものを入手することができますが、彼らは野生の勘で感じ取るしかないんですよね。台風が来ることを彼らが予測できていたかどうかはわかりませんが、無事で何よりでした。雛たちが大きくなってからやって来た台風であったことが、せめてもの救いでしたね。

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2009.10.15

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(3)

映画『サブウェイ123 激突』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。平日にお届けする「ガンまる日記」は、前日の夜にある程度の下書きをしたあと、毎朝通勤電車の中で書き上げているのですが、一度書き上げた記事を推敲するために、昼休みに携帯電話から管理画面にアクセスしてみると、やけに脱字が多いのが気になります。確かに、頭の中では文章が出来上がっていたはずなのに、途中の文字がところどころ欠落してしまっているのです。この原因を自分なりに分析してみると・・・・・・。いつの間にか、私はコンピュータ業界に二十年間も籍を置き続けていました。厳密には、途中で一年間、仕事を辞めて家にいたことがありますが、パソコンとの繋がりは断っていません。パソコンとの関わりがそれなりに長いせいか、私はパソコンへのキー入力がとても速くなっています。それにもかかわらず、普段、持ち歩いているノートパソコンの処理スピードがひどくのろいので、私のキー入力のスピードにパソコンの能力が追いつかず、脱字の多い文章になってしまっているようなのです。何しろ中古で購入したノートパソコンですので、処理スピードがとにかく遅いんですね。脱字を少なくするには、パソコンのスペックを上げるか、もう少し遅いスピードでパソコンのキーボードを叩くかのどちらかのようです。(苦笑)

 古久澤先生のセミナーは、内容がとても盛りだくさんなので、時系列に関係なくお伝えして行こうと思う。

 今回のセミナーは、主に女性の骨盤について語られた。十数名の参加者のほとんどが女性で、男性の参加者は一人だけだったのだが、その男性は、東京の浅草橋で行われている古久澤先生のレッスンを受けていらっしゃるさや花(か)先生のお連れの方だったのではないかと推測している。今回のセミナーには、関西地方でブリージングストレッチのインストラクターを担当されているさや花先生も参加されていたのだ。

 まず、女性の骨盤は、一日のうちに五ミリくらい動いているのだそうだ。つまり、女性の骨盤は、一日のうちに閉じたり開いたりしているそうで、骨盤が開くべきときに開かないと、女性特有の問題を引き起こしてしまうらしい。骨盤が開くべきときに開かないと、イライラや八つ当たり、食べ過ぎ、甘いものを欲する、性欲が高まるなどの行動を引き起こして、何とかして骨盤を開かせようとするそうだ。

 なお、現代人は、私も含めてパソコンを長時間使う傾向にあるようだが、パソコンを長く使う人は骨盤が上に上がるとともに、気も上に上がってしまうのだそうだ。それが、少し早めの更年期障害をもたらしてしまうという。

 実は今、私はこれほど涼しくなって来たというのに、顔がほてるために、半袖(と言っても、TシャツとTシャツの間に半袖のセーターを着ている)で仕事に出掛けている。まさしく、少し早めの更年期障害がやって来たのかもしれない。この涼しい時期に、
「暑い、暑い」
と言いながら、寝室で扇風機のスイッチを入れるものだから、ガンモには、
「まるみ、おかしいんじゃないの?」
などと言われている。仕事中も、顔がほてるので、団扇でパタパタと扇いでいる。これがまさしく、古久澤先生のおっしゃる「気が上に上がっている」状態なのかもしれない。ということは、私の場合、骨盤を下に下げることで改善されるのだろうか。

 酵素の働きにも注目していらっしゃる古久澤先生は、酵素断食を提唱されている。酵素断食とは、簡単に言えば、普段の朝食を酵素をたっぷり含んだ果物や味噌汁に切り替えるというものである。実はその方法で、子宮筋腫を持つ人の筋腫が子宮からはがれて排出されたという報告がいくつも上がっているのだそうだ。中には、はがれたものを写真に撮り、古久澤先生に電子メールで送付される方もいらっしゃるとか。古久澤先生のもとを訪れる女性たちの中には、酵素断食と体操により、子宮筋腫の手術をしなくて済んだ人が何人もいらっしゃるそうだ。古久澤先生は、
「筋腫に関しては、酵素断食が一番効きますね」
とおっしゃっていた。

 酵素断食を始めると、身体に吹き出物が出たりするそうだ。古久澤先生曰く、吹き出物であろうが、鼻血であろうが、目やにであろうが、身体の外に現れるものはそのままにしておいて良いのだそうだ。古久澤先生は、そうした症状は、身体が解毒したがっているメッセージととらえていらっしゃるようだ。むしろ、身体の外に出ないもののほうが、解毒できなかった結果なのでやっかいだとか。確かにそうだ。筋腫も身体の外にできてくれればいいのにと思う。

 さて、毎朝の朝食を酵素をたっぷり含んだ果物や味噌汁に切り替えるという酵素断食だが、諸般の事情により、私自身はまだ実践できていない。というのも、私の場合、通勤に時間が掛かるというのが最大のネックになっている。八時半から仕事が始まるので、毎朝家を出るのは七時前である。七時前に家を出るとなると、自宅で朝食をとる場合、遅くとも六時半頃には食べ始めることになる。しかし、その時間に朝食をとり、お昼の十二時までお腹が持つとはとても思えない。だから私は、職場に着いてから、バランス栄養食をかじっている。もしも仕事の開始時間に縛られず、自分のペースで朝食をとることができるならば、朝食に酵素をたっぷり含んだ果物や味噌汁をとりたいものだ。実際、私は夏休みの旅行の後半において、ホテルの朝食がバイキングであるのをいいことに、果物や生野菜ばかりを選んで食べていた。すると、帰国してからも、しばらくの間、お腹が緩くなっていた。古久澤先生曰く、酵素断食を始めて身体に現れた変化は、好転反応と捉えていいようだ。普段、食べ過ぎの傾向にある人ほど、身体への変化が顕著らしい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 夏休みの旅行中、プチ酵素断食を体験したときに感じたのは、果物をたくさんとる場合、他に飲み物は必要ないということでした。ということは、普段、私たちが食べているものは、喉の渇きを促す食べ物だったのですね。それ自身が水分を多く含んでいると、自然な形で水分補給ができるのだと思いました。古久澤先生のセミナーの報告はまだまだ続きますが、記事が片寄ってしまうので、途中でいろいろな記事を挟みながら書かせていただくことにします。

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2009.10.14

映画『サブウェイ123 激突』

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 筋腫と向き合うようになってからずっと、西洋医学に反発し続けて来ましたが、何故、反発して来たのかと言うと、西洋医学は途中のプロセスを省いていきなり結論に辿り着こうとするからだということがわかって来ました。まるで、終わり良ければすべて良しだろうと言わんばかりに、少々粗い手を使っても許されるみたいなところがありますよね。しかし、西洋医学任せにしてしまうと、患者はいつまで経っても自分自身の身体を知る機会がないように思うのです。だから、身体のしくみがじっくりとわかるようになるセミナーは、本当に貴重なのです。さてさて、今回の記事は、映画のレビューをお届けしますね。

 九月五日のことである。またしても、普段は鑑賞しないような映画を観てしまった。というのも、私たち夫婦が鉄道好きだということと、二年前に鑑賞した映画『ヘアスプレー』で女装が話題になっていたジョン・トラヴォルタが、今度はとびきりの悪役で登場するとなると、その落差を感じたくてついつい映画館に足を向けてしまったのである。

 予告編から想像する全体像と、実際に鑑賞して掴んだ全体像にはたいていギャップがあるものだが、本作は両者の間にそれほどギャップのない作品だった。簡単に解説してしまえば、ニューヨーク地下鉄運行司令部で働くガーバーとニューヨーク地下鉄123号をジャックした実行犯のライダーが、鉄道無線を通じて互いに心を通い合わせるという物語だ。地下鉄職員対ジャックの実行犯という、いわば敵同士の間柄にあるとも言える二人が、互いにそれぞれのグループのインターフェースとなって活躍することになる。冷静に受け答えをするガーバーに対し、最初に親近感を持って接したのはライダーのほうだった。

 異なる立場の二人を結び付けたのは、ダークな噂の流れたガーバーが、職場で半ば左遷状態にあったことも原因の一つかもしれない。インターネットの情報を通じてそのことを知ったライダーは、おそらくガーバーに対し、自分と同じ匂いを嗅ぎ付けたのだ。すなわち、ガーバーの弱みにつけこんで、ガーバーをニューヨーク地下鉄の職員という立場から、自分のほうに引き寄せようとしたとも言える。ガーバーにしてみれば、同僚たちには黙っておきたいことを暴露しなければ人命に関わるような状況にまで追い込まれ、言いたくもないことを無理矢理告白させられることになる。秘密を告白したガーバーの職場での居場所は、もはや存在しなくなってしまったと言っていいだろう。そう、自らの秘密を告白させられたガーバーは、その途端、イソップ童話のコウモリのような存在になってしまったのだ。

 その出来事が、ガーバーとライダーを真に結び付けたかどうかはわからないが、その後、ガーバーがライダーと対面したときに、地下鉄の職員としての使命を果たそうとして護身用の銃を手にすることに躊躇するシーンから、二人が徹底的な敵同士の関係ではないことをうかがわせる。何の感情も持ち合わせていない相手ならば、虫ケラのごとく射殺してしまうライダーでさえ、ガーバーを撃ちたくはないらしい。

 相手の中にどこか自分と同じものを感じて親近感を持ったであろう二人。この事件は、二人にとって、おそらく学びの多い事件だったに違いない。それに対し、ニューヨーク市長の頼りなさと言ったらない。どこの国においても、政治家は、ただただ周りに持ち上げられるだけの存在なのだろうか。部下に対し、的確な指示を出すというよりも、部下のほうがニューヨーク市長に助言しているとも言える。私は、家庭は国家の縮小形だと思っているので、家庭の中で愛し愛されることを重視しない人が政治家になるべきではないと考えている。しかし、世の中にはきっと、ニューヨーク市長のような政治家が多いのだろう。この事件を通して、ガーバーとライダーが特殊な経験をしたのに対し、ニューヨーク市長をはじめ、二人の周りにいた人たちの心には、果たして何が残ったのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞特典として、本作の大判ポストカードを劇場でもらったのですが、ホットヨガのレッスンバッグに入れておいたところ、気が付けばよれよれになってしまっていました。(苦笑)ちょうど、レッスンで使う水がこぼれてしまったときのことでした。せっかくの記念なのに、残念です。

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2009.10.13

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(2)

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 身体の話を誰かとしたいと思っていても、自分と同じ症状を抱えている人が周りにいなかったり、また、例え身体に詳しい人に出会えたとしても、身体のしくみを理論的に理解している人はなかなかいないものです。だからいつも、表面的な知識だけで会話が終わってしまいがちです。しかし、古久澤先生は違います。私は、ここまで人間の身体に詳しい人に出会ったことがありませんでした。古久澤先生から学んだことを、皆さんに的確に伝えられるかどうかあまり自信がないのですが、今日も続きを書かせていただきますね。

 空いているスペースに腰を降ろすと、さきほど、私が明石海峡大橋の写真を撮っているときに追い越して行った女性が私のすぐ近くに座っていらっしゃったのでごあいさつをさせていただいた。その方は、みいみさん主催のセミナーやイベントに何度か参加されているのだそうだ。更に、私が腰を降ろしたことに気付いてくださった古久澤先生が、
「こんにちは。何かスポーツはされていますか?」
と私に声を掛けてくださったので、私は、
「ホットヨガをやっています」
と答えた。すると古久澤先生は、
「そうですか。ブリージングストレッチは、ヨガよりも簡単な体操になってますので」
と、私の緊張をほぐすかのようにコメントしてくださった。

 その後、古久澤先生が、
「どんなことで悩んでいらっしゃいますか?」
というようなことを尋ねてくださったので、
「実は筋腫があるので・・・・・・」
ともごもごと語りかけたところ、別の方が古久澤先生に声を掛けられて、そこで話が中断してしまった。

 私が古久澤先生のメルマガに出会ったのは、手術以外の方法で筋腫を小さくしようと模索していたときに、酵素の持つパワーを説いた古久澤先生のメルマガが検索エンジンでヒットしたからだ。ブリージングストレッチのブリージングとは、呼吸(breath)の動詞(breathe)の現在進行形である。ブリージングストレッチの私なりの簡単な解釈は、身体の歪みを整えるヨガや整体のエッセンスをベースに、気功の呼吸法を取り入れたものという感覚だ。

 古久澤先生は、整体師というご職業であられるのだが、個人に向けた整体のほかに、体操教室を開いていらっしゃる。私がこれまで抱いていた整体師のイメージは、患者の身体を黙々と整体して、商売道具である整体のノウハウを患者には教えないというものだった。しかし、古久澤先生は違う。ヨガや整体、気功などを取り入れたいくつもの体操を、東京の体操教室で多くの生徒さんたちに教えていらっしゃるのだ。今回のセミナーでは、そうした体操のいくつかをも実践することにもなるようだ。

 セミナーの参加者には、古久澤先生が用意してくださったレジュメとみいみさん主催の他のイベントの案内、それから今回のセミナーのアンケート用紙が配布されていた。最初に案内されていた通り、私は筆記用具を持参していたので、古久澤先生のお話をこれらの配布された用紙の余白にせっせと書き込んで行ったのだが、はっきり言って、ノートを一冊用意したほうが良かったのではないかと後悔するくらい、古久澤先生のお話をびっしりと書き込む羽目になった。

 セミナーが始まる前に、古久澤先生が、
「何か質問があれば、何でもお答えしますよ」
と語りかけてくださった。しかし、まだ緊張が解けなかったのか、誰も質問する人がいなかったので、思い切って私が質問してみた。
「スワイショウはどのようにやるんですか?」

 実は、スワイショウというのは、古久澤先生メルマガに何度も登場する、古久澤先生の最もお勧めの体操の一つである。私は、古久澤先生のメルマガに書かれている内容を頼りに、勤務先のトイレでこっそりスワイショウを実践していたのだが、メルマガの文字だけで捉えたスワイショウが果たして本来の体操として正しいのかどうか、不安だったのだ。古久澤先生曰く、
「スワイショウはあとで実践します」
とのことだったので、安心した。こうして、期待感いっぱいの中、いよいよ古久澤先生のセミナーが始まった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m できれば、古久澤先生が用意してくださったレジュメの写真を公開したかったのですが、セミナーの間中、古久澤先生から学んだことを私がびっしりと書き込んでしまったので、見苦しくなってしまいました。それらの内容を記事の中でお伝えできればいいなと思っています。

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2009.10.12

ブリージングストレッチセミナー in 神戸(1)

映画『南極料理人』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 堺雅人さん主演の次なる映画『クヒオ大佐』も公開されましたね。こちらはまだ鑑賞していませんが、おそらく映画『南極料理人』とはまったく違ったキャラクターを演じていらっしゃることでしょう。同じ俳優さんで、一粒で二度おいしい感覚を味わえるかと思うと、鑑賞するのが楽しみです。

 あれは八月の終わり頃のことだったろうか。いつも拝読しているメルマガ呼吸で人生をストレッチする!を発行されている整体師の古久澤(こくざわ)靖夫先生が神戸でセミナーを開催されるとの情報をメルマガの号外でキャッチした。古久澤先生のメルマガは、日頃から大変興味深く拝見していたので、これは滅多とないチャンスだと思い、早速参加の申し込みをさせていただいた。

 セミナーが行われたのは十月三日土曜日のことで、時間は十三時から十七時までと少々長めの設定だった。セミナーのサブタイトルは「女性の一生は骨盤で決まる!」である。参加費は一人七千円だった。動きやすい服装とフェイスタオル、五本指靴下、それから筆記用具を持参とのことだった。場所は、JR神戸線の朝霧(あさぎり)駅から歩いて十三分のところだという。いきなり朝霧駅と言われても、良くご存知ない方もいらっしゃるかと思うが、何年か前に明石海峡大橋の近くで花火大会が行われたときに、小さなお子さんを含めた何人かの方たちが亡くなられのを覚えていらっしゃるだろうか。実は、その駅が朝霧駅なのである。

 私の自宅の最寄駅もJR神戸線沿線だが、同じJR神戸線沿線といえども、私が朝霧駅に降り立ったことはこれまで一度もなかったと思う。降り立ってみると、確かにあの悲しい事故のあった歩道橋が駅と繋がっていて、事故のあった場所には小さな碑が建てられていた。

 今回のセミナーを主催してくださるみいみさんから、セミナーの直前に朝霧駅からの道順を示すメールをいただいていたので、そのメールを携帯電話に表示させながら、目的地へと向かった。「海の見える良いところ」とは伺っていたが、確かに目の前には静かな海が広がり、進行方向には明石海峡大橋が見えていた。お天気も、まるで前日の雨が嘘のように晴れ上がり、海もキラキラと輝いている。

朝霧駅前から見た明石海峡大橋

 何だか素晴らしいことが起こりそうな予感がしていた。メルマガの号外には、「なるべく、空腹状態でお越し下さい。(飲食後すぐの場合はお断りする事があります)」と書かれていたものの、セミナーの開催時間が十三時から十七時までと長いので、私は自宅の最寄駅の売店で買ったサンドイッチを、少し早めのお昼ご飯として食べていた。

 しばらくすると、今回のセミナーが開催されるマンションが見えて来た。時計を見ると、まだ十二半過ぎと早い時間である。私は、喉がかわいたので、マンション近くの自動販売機で飲み物を買い、ゆっくりとマンションのエントランスへと向かった。あと少しで、いつも拝読しているメルマガの古久澤先生にお会いできるのだ。私は、少しドキドキしながらエレベータに乗り込んだ。

 目的の階でエレベータを降りると、海からの心地良い風が吹いていた。指定されたマンションの部屋は開け放しだったので、失礼して中をのぞいてみると、中から
「どうぞどうぞ」
という声が聞こえて来て、主催のみいみさんが出迎えてくださった。まだ早い時間ではあるものの、既に何人かの方が集まっていらっしゃるようである。おそらく、あのにこやかな表情の男性が古久澤先生だ。

 みいみさんに案内されるがままに靴を脱ぎ、中に入って受付を済ませた。そこは、マンションの一室がスタジオのように使われていた。窓の外には海が広がり、とても心地良い風が吹き込んでいる。フローリングされた部屋は、ストレッチにはもってこいのスペースと言える。

 受付では、呼んで欲しい名前を書いて服に貼るシールを配布された。私はそのシールに「まるみ」と書いた。そう、このように自分の呼び名を提示することにより、コミュニケーションがより円滑になることは私も経験済みなので、このような配慮がなされたセミナーを大変好ましく思った。

 受付を済ませたあと、脱衣場をお借りして動きやすい服装に着替え、控え室のようなところに荷物と貴重品を置いた。そして、いよいよフローリングの部屋へと移動し、少し遠慮がちに座った。やはり、にこやかな表情の男性は、古久澤先生だった。ホームページで何度かお顔を拝見していたので、違和感はなかった。実物を拝見して、「義弟(つまり、ガンモの弟)にそっくりだなあ」という感想を抱き、より親近感が増した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このセミナーでは、本当にたくさんのことを学んで来ました。私自身の復習のためと、私自身が体験して来た身体にいいことを皆さんにもお伝えするという意味においても、今回からしばらくの間、ブリージングストレッチ in 神戸の出来事を綴って行くことにします。途中、何度か映画の記事も挟みたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.10.11

映画『南極料理人』

戦利品は毛糸の帽子とガネーシャTシャツの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。もしかすると、「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中には、隠れ骨董市ファンの方もいらっしゃるのかもしれませんね。東京に住んでいた頃も、私はしばしば骨董市に足を運んでいましたが、どちらかと言うと、東京近郊の骨董市は骨董品やガラクタを中心とした商品を扱う露店が多く、骨董市の規模はそれほど大きくはありませんでした。私が関西に来てから足を運ぶようになった骨董市は、骨董品やガラクタのほかに食料品や雑貨、手作りの品などを扱う露店も加わり、数百単位で露店の出る大規模な骨董市が多いようです。なお、後追いで、天神さんの市の戦利品の画像を追加しておきましたので、よろしければご覧ください。

 本作を鑑賞したのは、今から一ヶ月以上も前の九月五日のことである。普段、テレビを見る習慣のない私は、主演の堺雅人さんという俳優さんの存在をまったく知らなかった。いくつかの映画にも出演されているようだが、これだけ映画を観ていても、彼の出演されている映画は観たことがなかった。だから、私にとっての堺雅人さんという俳優さんは、どこかから急に降ってわいたような存在だったのである。私はそんな堺雅人さんに、キャラクター的にもルックス的にも、太川陽介さんと中居正広くんを足して二で割ったあと、二十パーセントくらいを差し引いたような印象を抱いた。

 今回、堺雅人さんが演じているのは、南極ドームふじ基地に派遣された南極観測隊の料理人である。南極ドームふじ基地は、かの有名な昭和基地からは遠く離れたところにある。そこには、ペンギンもアザラシはおろか、ウィルスさえも存在しない。そんな南極ドームふじ基地に、観測などの目的で派遣された人たちの三度の食事を作るのが彼の仕事なのである。

 南極ドームふじ基地に派遣されて来た人たちは、実に個性的な人たちばかりである。料理人の西村のほか、雪氷学者の本(もと)さん、気象学者のタイチョー、雪氷サポートの兄(にい)やん、医療担当のドクター、車両担当の主任、通信担当の盆(ぼん)、大気学者の平さんらの合計八人が、マイナス五十四度という極寒の地で密接に関わり合って行く。私自身、南国の生まれなので、実のところ、極寒という感覚が良くわからない。大学生の頃、長野県にある温泉旅館で住み込みのアルバイトをしたことがあるが、確かお風呂に入ったあと、髪の毛をあまり乾かさずに外に出ると、髪の毛が瞬く間に凍ってしまった経験がある。そのときに経験した寒さが、私の中途半端に長い人生の中で最も寒かった経験である。もちろん、マイナス五十四度というのは、それよりももっと寒い状況のはずである。

 当然のことながら、南極ドームふじ基地の周辺には、お店もなければネオンもなく、テレビもない。だから、そこで働く人たちの楽しみと言えば、一日に三度の食事だったり、仕事を終えたあとに飲むお酒だったり、夜食のラーメンだったりするわけである。

 食料品は、周辺一帯が冷凍庫みたいなものなので、日本から送られて来た冷凍食品がたっぷり保管されている。しかし、食が片寄ってしまうのか、既にいくつかの食材を切らしてしまったり、反対に、たくさん保管されている食材もある。

 料理人の西村は、ありあわせの食材を使って伊勢えびのエビフライを作ったり、夜食のラーメンが切れてしまい、すっかり元気のなくなってしまったラーメン好きのタイチョーのために手作りラーメンに挑戦したりする。普段、食に対してほとんどこだわりを持っていない私が見ると、どこまでも食を追及しようとする立場にある料理人の西村に対し、尊敬の念さえ抱いてしまう。

 これまでにも、映画『幸せのレシピ』など、料理をテーマとして扱った作品を鑑賞して来たが、映画『幸せのレシピ』のように、お客さん相手にレストランで料理を出すのではなく、例えそれが南極ドームふじ基地という特殊な場所であったとしても、一日に三度の食事という最も身近な食を通して、作る人の喜びと、それを食べる人たちの喜びについて、改めて考えさせられたのだった。もちろん、作る人の喜びは、それを食べる人たちの喜びからパワーをもらって、そのパワーを還元させていることはわかっているのだが、南極ドームふじ基地に専用の料理人がいるくらいなのだから、各家庭にも専用の料理人がいてもおかしくはないのではないか、などと思ったりもしたのである。それくらい、一日に三度の食事を作るということは、片手間では済まされないことのように思えて来たのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 南極ドームふじ基地への派遣者は、すべて男性ばかりでした。ここに女性が加われば、また違った雰囲気の作品が出来上がったのでしょうが、実際にはやはり、少人数の男女が隔離された場所で指定された期間を過ごすようなことにはならないのでしょうね。また、女性の派遣者がいなかったからこそ、女性の存在に対して揺れることなく、それぞれの派遣者の個性が輝いていたのかもしれません。

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2009.10.10

戦利品は毛糸の帽子とガネーシャTシャツ

ホットヨガ(一六五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ヨガとピラティスはポーズが似ていても、まったく違うものなんですね。何故なら、ヨガのレッスンを受けても、筋肉痛を感じることはほとんどないからです。自分でも気づかないうちに身体の内側の筋肉が鍛えられているピラティスは、ヨガに慣れている私にとっては、何とも不思議な存在ですね。

 京都店でホットヨガのレッスンを受けたあと、烏丸周辺の喫茶店でランチを食べた私は、京都市バスに乗り、北野天満宮へと向かった。毎月二十五日は、北野天満宮で「天神さんの市」と呼ばれる骨董市が開催されているのだ。

 思えば、北野天満宮に足を運ぶのは、ずいぶん久し振りのことである。というのも、私はこれまで北野天満宮に足を運ぶのに、阪急電車の四条大宮駅前から京都市バスを利用していたのだが、京都に出掛けたときに主に足を運ぶのは河原町や烏丸周辺だったため、そこからわざわざ四条大宮まで移動しなければならず、とても不便だと思っていたのだ。また、天神さんの市の開催日には、北野天満宮行きの京都市バスがひどく混雑することも、天神さんの市からしばらく足が遠のいてしまっていた原因の一つである。

 ところが、北野天満宮に足を運ぶのに、わざわざ四条大宮まで出なければならないというのは私の思い込みで、私がホットヨガのレッスンを受けた烏丸からも、北野天満宮行きの京都市バスが出ていることがわかったのだ。ということは、ホットヨガのレッスンとセットにできるというわけである。

 その日はとっておきの骨董市日和だった。九月の終わりであっても、半袖で過ごすのにちょうどいいくらいの陽気で、お天気も良かった。混雑した京都市バスを降りると、目の前には懐かしい北野天満宮の鳥居が見えて来た。

北野天満宮の鳥居

 私ははやる気持ちを抑えながらも、ひとまず、その周辺で売られている商品を探ることから始めた。天神さんの市が開催される毎月二十五日の北野天満宮の周辺には、雑貨や古書などの露店が並んでいるのである。私はそれらの露店を一つ一つ見て回り、手作りの品を売っているおばあさんから、一つ三百円の手編みの毛糸の帽子を二つ購入した。冬になると、何と言っても手放せなくなるのが毛糸の帽子である。通勤の途中やプライベートで出掛けるときにも、私は必ずと言っていいほど毛糸の帽子をかぶって行く。おばあさんの手編みの毛糸の帽子は、九月の終わりにかぶるにはまだ少し早い気もしたが、試着してみるとふんわりとしていてとてもかぶり心地が良かったのだ。

一つ三百円で売られていた手編みの毛糸の帽子

 骨董市で一つ買い物を済ませると、エンジンが掛かる。私はいよいよ鳥居をくぐり、北野天満宮の中に入った。ご存知のように、北野天満宮には、菅原道真公にちなんだ牛がいる。

北野天満宮と言えば、菅原道真公。そして、牛

 そして、北野天満宮の中とその周辺には、ずらりと露店が並んでいる。 

北野天満宮・天神さんの市

 私は、それらの露店を一つずつ見て回った。関西で行われている他の骨董市同様、食べ物を扱う露店もあれば、アクセサリ、古着などを扱う露店もある。それらの露店の中に、心惹かれるものがあった。それは、一枚わずか三百円の手描きのガネーシャのTシャツである。籠の中に、最終処分品として残っていたのだ。Tシャツの生地に、一枚一枚丁寧に描かれたガネーシャは、まるで私に見付けられるのを待っていたかのようだった。

 籠の中には、八枚のTシャツが残っていた。私は、
「ここにあるTシャツ、全部ください」
とお店の人に言った。お店の人は大喜びで手描きのガネーシャのTシャツを包んでくださり、
「たくさん買ってくださるのに、これ以上、お安くすることはできないけれど、よろしければそのキャミソールもお付けしますよ」
と言ってくださった。籠の中には、手描きのガネーシャのほかに、既製品のガネーシャのキャミソールが一枚だけ残っていたのだ。

 一枚三百円なので、全部買っても二千四百円だった。お店の人にお金を差し出したあと、商品を受け取るときに、
「一枚三百円は安いですよ。私はいつも、既製品を買っていました」
と言いながら、そのとき着ていたガネーシャのTシャツをお店の人に見せた。お店の人は、私がガネーシャのTシャツを着ているのを見て、喜んでくださった。ずっと売れ残っていた手描きのガネーシャのTシャツが、ガネーシャ好きの私のところに行くことになったので、安心されたようでもある。

一枚三百円で売られていた手描きのガネーシャTシャツとおまけのキャミソール

 手描きのガネーシャのTシャツを格安で入手することができた私は、それだけでもう、心が躍ってしまった。こういう掘り出し物に出会えるから、私は骨董市が大好きなのだ。ちょうどシルバーウィークと有給休暇で九連休を取っていた時期に、毎月二十一日前後に行われている四天王寺大師会(だいしえ)や、毎月二十一日に行われている東寺・弘法さんの市、そして毎月二十五日に行われている北野天満宮の天神さんの市のすべてに足を運ぶことができたことで、私の物欲は十分に満たされたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これを書いている今、自宅を離れているため、戦利品の手編みの毛糸の帽子と手描きのガネーシャのTシャツの写真を掲載することができませんでした。思えば、どちらも手作り品なんですよね。それも、一つわずか三百円という共通点があります。流れ作業の中で生まれた品物ではなく、一つ一つ作り手の思いが込められた品々が、一つたったの三百円です。例え格安であっても、作り手の思いを大いに感じる分、大切に使わせていただこうと思っています。

追記:戦利品の手編みの毛糸の帽子と手描きのガネーシャのTシャツの写真を追加しました。

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2009.10.09

ホットヨガ(一六五回目)

映画『96時間』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皮肉なのは、強い強いお父さんがキムの母親である元妻と別れた原因が、かつての仕事のハードさにあったことでしょうか。しかし、そのハードな仕事で培った能力が、愛娘を救ったんですよね。このあと、強い強いお父さんが元妻と簡単に復縁したりしたら、更に突っ込みどころの多い作品になったと思われます。(苦笑)

 シルバーウィークと有給休暇の九連休中、またしても京都店に出掛けてホットヨガのレッスンを受けた。今回も自宅近くの大型映画館のあるショッピングセンターの無料駐輪場に自転車を停めて、そこから阪急電車の最寄駅まで数分掛けて歩いた。

 シルバーウィークも終わり、平日の金曜日だったためか、電車はいくらか空いていた。予定よりも早めに烏丸に着いたので、私は駅のホームでしばらくボーっとして時間を潰した。

 今回受けたレッスンは、六十分のフリースタイル/ピラティスコースである。フリースタイルのピラティスというと、まだ京都駅前店があった頃、六月に一度だけレッスンを受けている。今回のピラティスコースのレッスンを担当してくださったのは、六月にレッスンを担当してくださったインストラクターだった。その方がどこか別のスタジオからホットヨガのスタジオに出張されているというのは、もしかすると私の勘違いだったのかもしれない。驚いたことに、ピラティスのレッスンを担当してくださったインストラクターは、六月にお目に掛かったときよりもずいぶんスリムになられていた。

 平日のレッスンだったためか、レッスンの参加者はわずか十名と少なかった。私は、六月受けたピラティスのレッスンのあと、シャワーを浴びているときに大変な呼吸困難に陥ってしまったため、今回のレッスンは吐く息と吸う息を特に意識して行った。ヨガのレッスンには慣れているものの、ピラティスのレッスンには慣れていないので、息を吐くタイミングと吸うタイミングがなかなか掴み難かったのだ。呼吸に注意を払っていたものの、やはりピラティスは、呼吸を吐くタイミングと吸うタイミングがとても難しかった。おまけに今回は生理中のレッスンだったため、少し貧血気味だったのか、途中でボーっと気が遠くなるような感覚も味わうことになった。

 レッスン中、最もきつかったのは、腕立て伏せである。大きな筋腫があるために、お腹に力が入らない私には、まるで拷問のように思えた。しかし、インストラクター曰く、多少の違いはあるものの、誰でも同じだけ自分の身体を使うことができるとのことだった。いやはや、果たしてそれはどうだろう。少なくとも私には、何らかの制限により、他の人が楽に取れるポーズであっても、なかなか取れないポーズがある。例えば、お腹の前で足を抱えて座る簡単なポーズにしても、大きな筋腫が邪魔になり、なかなか思うように身体を曲げることができない。訓練によって、いつかそれらの制限が取れて、他の人たちと同じように楽にポーズが取れるようになれるとはなかなか考えにくい。

 レッスン後にシャワーを浴びたあと、ロッカールームで帰り支度を整えていると、ロッカールームがやけににぎやかなのに驚いた。私が普段、平日のレッスンには参加していないからだらろうか。週末を中心にちょろちょろと参加している私と違って、平日のゆったりとした時間にレッスンに通うことのできる方たちは、レッスンで顔を合わせる回数も多く、交流を結び易いのかもしれない。

 地味なポーズの多いピラティスのレッスンだったが、無意識のうちに身体の内側の筋肉が使われていたようで、翌日になると、軽い筋肉痛を感じることになった。今回は、別の用事との兼ね合いでピラティスのレッスンを受けることになったが、できれば私は、やはり骨盤コースのレッスンを受けたいと感じたのだった。

レッスンのときに着ていたTシャツ。おそらく仏様だと思うのだが、印相を調べても、何の仏様なのかはわからなかった

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ピラティスは、とても地味なレッスンなのに身体に「ききます」ね。(笑)ただ、私のように大きな筋腫持ちにとっては、とても辛いレッスンであることは確かです。インストラクターは、今回のレッスンで自分が苦手だと感じたポーズが、本当は自分の身体にとって最も必要なポーズだとおっしゃいました。私の場合、腕立て伏せが苦手なポーズということになるのですが、腹筋を鍛えることが私の身体の改善に繋がるとはとても思えません。(苦笑)私の場合はもっと根本的なところに原因があると思っていますので、やはり、同じフリースタイルのレッスンに通うならば、骨盤コースのレッスンに通いたいですね。

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2009.10.08

映画『96時間』

暖かいムートンブーツの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 調子に乗って、ムートンブーツをあと一足注文し、それが届きました。(笑)何と、送料込み千円でした。送料だけでも数百円は掛かると思うのですが、何故、今の時期はこんなにもムートンブーツが安いのでしょうか。去年の在庫を抱えているくらいなら、夏の冷房対策用に販売して欲しいものです。

 手元の映画ノートによれば、本作を鑑賞したのは八月三十日のことである。普段、この手の作品はほとんど観ないのだが、夏休みにガンモと一緒にパリに出掛けたばかりだったので、パリを舞台にした本作を鑑賞したいと思ったのである。

 実は、ちょっぴり辛口のレビューを書かせていただくつもりで映画サイトに書き込まれた評価を拝見したところ、本作に対する評価が思いのほか高く、恐れ入った。何故、ここまで評価が高いのだろう? リュック・ベッソン監督が製作を担当された作品だからなのだろうか?

 パリで囚われの身となってしまった愛娘を助け出すために、九十六時間というタイムリミットと戦いながら、強い強いお父さんがたった独りで悪者たちを倒し、間一髪のところで愛娘を無事に救出することができるわけだが、悪者たちを倒すということは、強い強いお父さんは、いわば殺人を行っているわけである。遠くパリの地で、悪者たちを次々に殺して愛娘と一緒にアメリカに帰国したお父さんを、お父さんの元妻である娘のお母さんが出迎えてハッピーエンドというのは、どうしても納得が行かない。パリであれだけ派手に戦ったのに、強い強いお父さんはパリの警察に追われることもなく無事に帰国できたのだから、もう不思議としか言いようがない。この不思議を、誰も突っ込みたがらないのだろうか?

 強い強いお父さんを演じているのは、リーアム・ニーソンである。強い強いお父さんは、とにかく娘のことが大好き。元秘密工作員で、誰に対しても強いはずなのに、娘に対してだけは、とにかくふにゃふにゃになってしまうほど弱い。トランプに例えるとするならば、お父さんがジョーカーなら、娘は2のよう。十七歳の愛娘キムのパリ旅行をしぶしぶ承諾するものの、とにかく心配でたまらない。キムには毎日必ず連絡を入れるように念を入れておいたはずなのに、パリに到着したはずのキムから連絡がないため、何度も何度もしつこくキムに電話を掛け続ける。ようやくキムと電話が繋がったものの、既にキムの身には異変が起きてしまっていた。何者かに連れ去られそうになるキムに対し、冷静かつ的確に指示を出す強い強いお父さん。まるで人が変わってしまったかのような変身ぶりには、ただただ驚くばかりだ。強い強いお父さんは、元秘密工作員というかつての職業で培ったある特技を活かし、キムたちを連れ去った犯人を徹底的に追い詰めて行く。

 飛行機でフランスのシャルル・ド・ゴール空港に着いたあとのキムの行動を、私自身も追ってみた。私がガンモと一緒にフランスを訪れたときの行動と違っていたのは、シャルル・ド・ゴール空港に着いた私たちがRER線を利用してパリのホテル近くの最寄駅まで移動したのに対し、キムたちはタクシーを利用したことだ。確かに、荷物が多い上にキムたちはお金持ちという設定なので、タクシーを利用するのもごく自然なことなのかもしれない。しかし、本作の中では、そこをつけ狙われるわけだ。となれば、タクシーではなく、地道にRER線を利用していれば、キムたちが事件に巻き込まれることもなかったのではないだろうかなどと思ってしまう。

 おそらく、本作がこれほど高く評価されているのは、愛娘に対するお父さんの尋常ではないほどの愛情の強さが世間に受けているためだろう。愛娘が何者かに連れ去られたとなれば、ほとんどのお父さんたちは警察の力を借りようとするだろう。しかし、この強い強いお父さんは、自分自身の手で愛娘を助け出そうとするのだ。愛娘が何者かに連れ去られるということは、強い強いお父さんの持つ力を最大限に引き出すための出来事だったと言っても過言ではないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おそらく、人間の感情描写が豊かなミニシアター系の作品を好んで鑑賞している人にとっては、突っ込みどころ満載の作品なんでしょうね。でも、それが突っ込まれることなく受け入れられているのは、ひとえに、強い強いお父さんの、愛娘に対する愛情の深さなのでしょう。強い強いお父さんの特殊な能力を目の当たりにしたとき、そう言えば、私自身も、留守番電話に残されたコードレス電話の子機の音を聞き分ける能力があったことを思い出しました。(笑)今でもそうかもしれませんが、コードレス電話の子機を使って電話を掛けると、電話を切るときに、ちょっとした音がしたものです。例え留守番電話にメッセージが残されていなくても、留守番電話に残されたその小さな音を聞き分けて、誰から電話が掛かって来たのかを的確に判断していた時期がありました。鍛えれば、私も強い強いお父さんのようになれるでしょうか。(笑)

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2009.10.07

暖かいムートンブーツ

新型インフルエンザがらみの二つの出来事の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。結局のところ、高熱を出した上司のまた上司のご家族が新型インフルエンザだったのかどうかはわからないのですが、今でも上司のまた上司は勤務中にマスクを着用し、段ボールで囲われたスペースでお仕事をされています。

 冷房対策のために、オフィスで長靴を履いているという話を以前、ここに書いた。おかげでこの夏、オフィスの冷房の寒さからは逃れることができたのだが、本当のところを言うと、暖かいムートンブーツが欲しかったのだ。しかし、冷房対策用に私が長靴を求めた時期には、ムートンブーツは売られていなかった。それが、秋になり、ようやくムートンブーツがインターネットショッピングでも手に入るようになった。しかも、去年の残りものなのか、価格も一足千円程度とひどく安い。

 もともと私は、動物好きのため、ある時期までは菜食主義者だった。動物園に行けば動物はたくさんいるが、自由を奪われている動物を見るのは辛い。人間の娯楽のために馬に鞭を打って走らせる競馬も、観光地にありがちな馬車も好きではない。また、動物に値段が付けられて売られているのも好きではない。そんな私だから、身につけるもので、動物の皮を使った製品はできるだけ避けたい。しかし、動物の皮に似せたものなら喜んで使う。また、仮に本物の羊の毛が使われているとしても、それにより、羊が命を落とすことはない。ムートンブーツは、人間と動物の共存に関してこだわりを持っている私にもってこいのブーツだと思う。

 さて、最初に購入したムートンブーツだが、何をどう間違ったのか、Sサイズを注文してしまった。もともと私の足のサイズは二十二センチ強なので、Sサイズでも十分入るのだが、現在は冷え取り健康法を実践しているため、二十三.五センチの靴を履いてちょうどいいくらいだ。となれば、ムートンブーツのサイズもそれくらいのサイズのものが欲しかった。それなのに、うっかりサイズ指定を間違えて、Sサイズのムートンブーツが届いてしまったのだ。

間違って注文してしまったSサイズのムートンブーツ

 サイズを取り替えて欲しいとお願いするのも面倒だったので、私は冷え取り健康法のための靴下を重ね履きしたまま、Sサイズのムートンブーツに足を入れてみた。これまでの私ならば、すんなり足が入るはずなのに、やはり靴下を四枚も重ね履きしているとなると、なかなか足が入らない。それでも私は、ムートンブーツを履いて行きたくて、Sサイズのムートンブーツに足を無理矢理押し込んで仕事に出掛けて行った。最後まで足が入り切らなかったSサイズのムートンブーツは、一日履いただけで、少しよれよれになってしまった。

 ひとまず、Sサイズのムートンブーツはそのままにしておいて、今度は冷え取り健康法のための靴下を重ね履きしたまま、楽に履くことのできるムートンブーツを探し出し、色違いのものを二つ注文した。

冷え取り健康法のための靴下を重ね履きしたまま、楽に履くことのできる色違いのムートンブーツ

 早速足を通してみたところ、その履き心地の良さに酔いしれてしまった。ムートンブーツは軽い上に、足首まわりがとても暖かい。冷房を完全にシャットアウトしてくれるビニール製の長靴もいいのだが、私は、もこもことした羊の毛もどきで足首を暖かく包んでくれるムートンブーツがすっかり気に入ってしまった。ムートンブーツは、子宮を守りたい人にはもってこいのブーツではないだろうか。おまけに、皮ブーツにありがちな足先の尖ったデザインではなく、先が大きくて丸くなっているのもありがたい。私は普段から、できるだけ足先の広い靴を好んで履いているので、足先をゆったりと伸ばせるムートンブーツがとてもうれしかったのだ。ただ、一つだけ難点があるとすれば、靴底が薄いことである。わずか千円程度の格安のムートンブーツだからだろうか。まるで室内履きで歩き回っているような感覚に陥ってしまう。

 そこで私は、このムートンブーツの靴底に厚みを加えるべく、弾力性のある靴の中敷を二枚、ムートンブーツの中に入れてみた。更にその上から、足のアーチを形成する中敷を入れてみた。足のアーチを形成する中敷は、かつてアイディア商品フェアで購入したもので、足のアーチを守ることで、足の疲れを軽減する働きを持っている。こうして、二枚の中敷と、足のアーチを形成する中敷のおかげで、靴底の薄いムートンブーツは立派な弾力性を持って生まれ変わったのである。

一番手前に見えているのが、足のアーチを守る中敷

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまで私は、ムートンブーツを履いたことがなかったのですが、履いてみると、とても暖かいですね。何故、この手のブーツは、夏には売られていないのでしょう。冷房対策にとてもいいと思うのですが・・・・・・。(笑)靴底が薄いのは、自分なりの工夫で何とかなると思います。インターネットのショッピングサイトで千円前後で売られているので、是非、お勧めです。

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2009.10.06

新型インフルエンザがらみの二つの出来事

映画『ノーボーイズ,ノークライ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまでにも何度か書いて来ましたが、妻夫木聡くんは好感の持てる役者さんですね。寡黙だけれど、心の中に熱いものを持っていそうな感じです。彼がもっともっと年を取り、渋い役者さんになるのが楽しみですね。

 新型インフルエンザがらみで二つの事件があった。その一つは、職場の同じビル内に新型インフルエンザらしき症状を訴える人が出たことだ。勤務中にその症状が出たらしく、そのことを知らせる「おふれ」が総務の女性によって電子メールで一斉に通知され、私たちの働いているフロアの休憩室が患者の一時的な退避場所に選ばれた。そのため、私たちの働いているフロアの休憩室はもちろんのこと、休憩室の周辺に設置されている自動販売機や流しの使用を禁じられた。

 このときは私もさすがに驚いた。普段からうがい薬を持ち歩いているのでトイレですぐにうがいをし、マスクも持っていたので直ちに着用したが、何人かの人たちは総務の女性に、マスクを配布できないかと申し出たらしい。そのため、その日に限って総務により、マスクが配布された。

 あとからわかったことだが、新型インフルエンザらしき症状を訴えた方はタクシーで病院まで運ばれ、検査を受けたものの、結果は二回とも陰性だったのだそうだ。

 もう一つは、上司のまた上司のご家族が高熱を出してしまったことだ。新型インフルエンザの感染を防ぐため、私の働いている職場では、高熱を出した家族がいる場合、会社に報告して自宅待機するルールが出来たことを、以前、ここにも書いたと思う。そのため、上司のまた上司は、そのことをひとまず会社に報告したようだ。

 最初のうち、その報告に対する指示をも含めたやりとりは、一部の人たちの間だけで取り交わされていたようである。しかし、ある段階になると、そのやりとりの一部が同じ職場の人たち全員に公開された。そこには、ご家族が高熱を出したこと、病院に行ったが陰性と診断されたことまで書かれていた。ただ、病院の診断は、高熱が出てから一定の時間が経過しなければ正しい診断が行われないそうで、上司のまた上司は、医師による診断が確定するまで、社内でマスクを着用し、人との接触を控えるよう指示されたらしい。

 そのため、毎朝行っていた私たちのプロジェクト単位の朝礼は、しばらく見合わせることになった。それだけではない。何と、部長が段ボールをどこからか調達して来て、上司のまた上司が座っている席の周辺に段ボールの囲いを作ったのである。さすがにそこまでするのは人権侵害ではないかとも思ったが、口にはしなかった。まだ、上司のまた上司のご家族が新型インフルエンザであると確定したわけでもないのに、社内でこのような扱いを受けるのは屈辱的なことではないだろうか。しかし、上司のまた上司は、そのような扱いを自ら受け入れているようだった。とは言え、定められたルールから言えば、上司のまた上司は、ご家族の方が新型インフルエンザに感染していないということがわかるまで、自宅待機ということになるのだが、そうはならなかったのは、上司のまた上司が、このあとしばらく休暇を取ることになっているためらしい。

 今回のことで私が痛感したのは、会社で出会う人たちは、愛情ベースで結ばれた家族とは著しく異なるということだった。家族ならば、決してこのような扱いはしないだろう。もっと愛情を持って接するはずだ。私は、「新型インフルエンザに感染するのは、一体誰のせいなのか?」と考えた。社内での、上司のまた上司の扱いを見ていると、人権など無視された形であたかも病原菌のごとく扱われている。このようなことをしなくても、感染しないように、日頃からそれぞれの人たちが手洗いやうがいを心掛ければいいのではないだろうか。確かに、もしも上司のまた上司のご家族が新型インフルエンザに感染していた場合、上司のまた上司を介して同じ職場の人たちに感染する可能性はある。しかし、仮にそうだとしても、私には、今回の処置が妥当だったとはとても思えないのである。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 職場の同じビル内で新型インフルエンザの症状を訴える人が出たときに、タクシーの運転手さんが病院までその方を運んでくれたそうです。思えば、このタクシーの運転手さんこそ、愛のある人ですよね。私は、このタクシーの運転手さんのような人は、新型インフルエンザには感染しないと思います。自分の家族だけでなく、他者に対してもこのような態度を取ることができる人は素晴らしいですよね。私もタクシーの運転手さんのようでありたいと思いますが、実際に同じ場面に直面すると、きっと怖いと思います。

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2009.10.05

映画『ノーボーイズ,ノークライ』

戦利品はアンティーク素材のペンダントの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、戦利品は他にもあるのです。写真は掲載しませんでしたが、三百円で買ったポシェットといくつかの財布です。財布は、海外旅行に行くときに、日本で使っている財布をよりコンパクトにして持ち歩くために購入しました。ちなみに、私が普段、使っている財布は、診察券やポイントカードなども一緒に入っているため、パンパンに脹らんでいます。海外旅行に出掛けるときは、それらが必要ないので置いて行くのですが、海外旅行から帰って来ても財布を元に戻さずにそのまま過ごしてしまうので、思いがけないところで忘れ物をしたりします。(苦笑)

 私の映画鑑賞ノートによれば、本作を鑑賞したのは八月二十九日のことである。映画を観ようと思い立ち、携帯電話の映画サイトから、ピックアップしたいくつかの作品の簡単な紹介文を読んでいると、男性が、お金持ちの女性を連れて逃げ回るという説明のなされた本作に出会った。恋愛映画を期待していた私は、きっとこの二人が恋愛関係に陥るに違いないと思い込み、本作を鑑賞することにしたのである。

 ところが、実際に鑑賞してみると、私が期待したような甘く切ないラブストーリーではなかった。ラブストーリーというよりもむしろ、家族というテーマを背景に、男同士の友情が描かれた作品だったのである。ラブストーリーではなかったことで、すっかり当てが外れてしまったものの、まるで家族同然のように行動を共にすることで、男同士の友情がじわじわと築かれて行くプロセスは実にいい。

 本作は、日本と韓国の合作映画である。監督は韓国人、脚本家は日本人である。出演者も、日本人と韓国人の両方の俳優さんたちで構成されている。韓国から簡単な船でせっせと荷物を運ぶヒョングの役を演じているのはハ・ジョンウである。それに対し、ヒョングの荷物を毎回、引き取る亨の役を演じているのは妻夫木聡くんである。韓国語があまり得意でない亨は、電話で使う「もしもし?」に相当する「ヨボセヨ」を、ヒョングと対面したときに使っている。ヒョングにしてみれば、こういうときは「ヨボセヨ」ではなく、「こんにちは」を意味する「アンニョンハセヨ」を使うべきだと主張するのだが、ちゃんと亨に通じているのかどうかわからない。二人は、ヒョングが「おじさん」と慕う韓国人のボギョンのもとで働いている。ボギョンは、いわばヤクザで、ヒョングを使って韓国から密輸品を次々に運ばせているのだった。

 あるときヒョングは密輸品ではなく、人間を運ぶことになり、事態は一変して行く。ヒョングが運んだ人間とは、ボギョンを裏切った男性の娘だったのだ。娘は、ヒョングと亨に、「お父さんを見つけてくれたら、二人にそれぞれ五千万円あげる」と言う。その頃から、これまで口数の少なかった亨が急にしゃんとし始め、大金を得て幸せになるために、ボギョンを敵に回し、娘の父親探しを手伝うことになる。

 本作の中には、家族というテーマがチラチラと見え隠れしている。小さい頃に、母が弟を連れて家を出て行ってしまったヒョング。母が自分ではなく弟を選んだということで、ヒョングは自分が母に愛されなかったと思い込んでいる。一方、祖母や妹、妹の子供たちといった大勢の家族たちと一緒に生活している亨は、家族に対する不満を募らせていた。何故なら、祖母はアルツハイマーで手が掛かり、妹は結婚しているものの、ボギョンの手下である夫はほとんど家には寄り付かず、もちろん、子供の面倒もみない。しかも、三人の子供のうちの一人は難病を抱えている。そんな夫だからなのか、妹には貞操観念というものがない。例えどんな家族であっても、自分の側に居てくれさえすればいいと思っているであろうヒョングと、家族の存在がうっとおしいと感じている亨は対照的である。そんな大家族を抱える亨のもとへ、ボギョンに追われている娘とヒョングが転がり込むのだから、にぎやかにもなる。

 ヤクザのボギョンから逃れるため、彼らはこれまで住んでいた家を離れ、別の町で生活するようになるのだが、アルツハイマーの祖母は家に帰りたいと言い、子供たちはおもちゃを部屋の窓から投げて落としたりする。それらの負担がすべて亨にかかり、亨はまさしく噴火寸前の火山のような状態だった。

 そんなとき、町内でカラオケ大会が行われ、亨は日頃のうっぷんを晴らすためにカラオケ大会に飛び入り参加する。その様子を見ていた買い物帰りのヒョングがカラオケに加わり、ヒョングと亨の二人で『アジアの純真』を熱唱する。何とも言えないシーンである。

 ヒョングと亨が心を通い合わせるようになったのは、二人がカラオケという究極的な感情を体験したからではないだろうか。二人にとってのカラオケは、憂さ晴らしのためでもあると同時に、二人の真の友情をゼロからスタートさせるための大切な起点であったとも言える。

 カラオケのあとに二人の間に育つ絆は実にいい。もともとダーティな世界で出会った二人ではあるものの、互いに相手を気遣う気持ちが出て来る。そして、ついには、相手を守るために自分自身を犠牲にすることすら可能になる。人との密な結び付きを知らずに、いつまでもダーティな世界に生き続けるボギョン。亨をかばい、自分だけがボギョンの元へと向かって行くヒョング。そして、ボギョンに殺されかけたヒョングを必死で助けようとする亨。最後のほうは、ちょっと出来過ぎではないかと思われるシーンもあったのだが、対面したときに、電話で使う「もしもし?」に相当する言葉を投げかけられるがために、ヒョングに見下されていた亨とは明らかに別人になっていた。

 本作の定義では、ヒョングと亨は「ソウルメイトになった」ということになっているのだそうだ。同性のソウルメイトに関しては、私自身、出会ったことがないので良くわからないが、もしも彼らを「ソウルメイト」と呼ぶならば、あのカラオケ大会は、二人が「ソウルメイトになるための儀式」だったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ヒョングを演じていたハ・ジョンウも、亨を演じていた妻夫木聡くんも、実力のある俳優さんだと思いました。ハ・ジョンウの、まったく計算されていないように見える演技は、天然のものなのでしょうか。また、妻夫木聡くんも、自らの人気に甘んじることなく実力で体当たりしていましたね。二人とも、それぞれの役になり切っていたので、役柄にまったく違和感がありませんでした。

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2009.10.04

戦利品はアンティーク素材のペンダント

ホットヨガ(一六四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m オープンしたばかりの京都店のスタジオは、とてもきれいな空間に仕上がっていました。何と言っても、大きな荷物を詰め込むことのできる横幅の広いロッカーがうれしかったですね。新しいお店がオープンするときに、横幅の広いロッカーが採用されたということは、おそらくロッカーの横幅を広くして欲しいという強い要望があったのだと思います。その要望に応えてくださる姿勢がうれしいですね。

 京都店でホットヨガのレッスンを受けたあと、スタジオ近くのレストランで昼食をとった私は、市バスに乗り、東寺へと向かった。京都へはしばしば足を運んでいるので、私は京都市バス専用カードを持っている。二千円で二千二百五十円分利用することができるので、日を改めて繰り返し市バスを利用することがわかっている場合はお得である。ちなみに、同じ日のうちに、京都市バスを使ってあちらこちらに移動する場合は、バス専用カードよりも一日乗車券のほうが断然お得である。

京都市バス専用カード。一日に二回までの利用なら、こちらがお得

 さて、何を隠そう、午後から控えていた用事とは、毎月二十一日に行われている東寺・弘法さんの市に出掛けることである。ちょうどシルバーウィーク中とあって、東寺に向かう市バスの中はひどく混雑していた。当然のことながら、東寺もたくさんの人たちで賑わっていた。

東寺・弘法さんの市

 同じような出来事を綴るときは、他の記事を間に挟み込んでいるので想像し難いかもしれないが、実際のところ、四天王寺の大師会(だいしえ)に足を運んだのは、東寺に出掛ける前日のことである。つまり、二日間連続でホットヨガのレッスンを受けた上に、骨董市に足を運んだというわけだ。

 前日の四天王寺の大師会のときも思ったが、最近の骨董市で売られているものは、大多数の人たちには見向きもされないようなガラクタもあるが、世の中の流行を意識したものも多い。例えば、パワーストーンのブレスレット、布ナプキンなどは、以前はそれほど見掛けることはなかったのに、最近はあちらこちらのお店で売られている。私は、パワーストーンのブレスレットが好きでいくつか身に着けているのだが、残念なことに、骨董市で売られているパワーストーンは、にわかパワーストーンのようなものが多く、あまりパワーを感じることができなかった。店先に並べておけば売れるので、大量生産しているといった感じなのである。また、形も丸いものが多く、石を平べったくして、肌への密着度を高くしているパワーストーンを求めている私としては、なかなか良いパワーストーンに巡り合うことができなかった。

 おまけに、骨董市で売られている布ナプキンはひどく高かった。布ナプキンの市場を知らず、多少値段が高くても、思い切って求める人がいるのかもしれないが、ネットオークションなどで販売されている布ナプキンが一枚数百円程度だとしたら、骨董市で売られている布ナプキンは、その三倍程度の値段が付けられていた。いくら私が布ナプキンの使い心地の良さを実感しているとしても、一枚千数百円もする布ナプキンを買おうとは思わない。パワーの感じられないパワーストーンからも、ひどく高価な布ナプキンからも、何となく世の中を流行を意識して、利益を追求し過ぎているように思えて仕方がなかった。

 実は私には、今回の東寺・弘法さんの市で手に入れたいお目当てのものがあった。それは、スーベニールの部屋を運営されている長岡さんの手作りのペンダントである。前回、東寺に足を運んだとき、長岡さんの作品をじっくりと拝見したものの、購入する決心が付かずにそのまま帰宅したところ、あとから気になって気になって仕方がなかったのだ。そこで今回は絶対に購入しようと思い、鍵の入ったペンダントを購入させていただいた。この、一度拝見したら忘れられない不思議なアクセサリは、溶かし込んだ樹脂にニューヨークで仕入れたアンティークな素材を添えて、一週間ほど寝かして固めているのだそうだ。

今回、購入したスーベニール製のペンダント(上:表、下:裏)

 いやはや、本当に素晴らしい。長岡さんは、商品を包んでくださるときもとても丁寧で、商品のほかに、名刺と小さな造花を添えてくださった。鍵付きのものは一つ三千五百円と、手作りの品としては少々割高ではあるものの、購入しなければ気になって仕方がなくなるような、とても不思議でなアクセサリである。きっと、長岡さんの熱き想いが、一つ一つのアクセサリの中にたっぷりと込められているのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 念願のアクセサリを購入することができて、とてもうれしく思っています。長岡さんは、手作りの品を精魂込めて製作され、プライドを持って販売されている方だと思いました。この素敵なペンダントを着けても、夏場はにぎやかなTシャツを着ているのでなかなか目立ちませんが、秋になり、大人しいシャツを着るときには、きっと私の胸元で映えることでしょう。(笑)

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2009.10.03

ホットヨガ(一六四回目)

映画『HACHI 約束の犬』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いろいろな人たちに支えられながら、HACHIはベッドリッジ駅でウィルソン教授の帰りを待ち続けました。晩年のHACHIが、何とも言えず、よぼよぼで良かったですね。犬の演技もたいしたものであります。

 南森町店でフリースタイルの骨盤コースのレッスンを受けた翌日は、九月にオープンしたばかりの京都店に足を運んだ。いきなり京都店と言われても、ピンと来ない方もいらっしゃるかもしれない。私が何度かレッスンを受けたことのある京都四条通店と京都駅前店が七月に閉店し、九月より、京都の二つの支店が合併する形で京都店として烏丸に新しい店舗が誕生したのだ。

 京都で用事があったので、午前中のうちにホットヨガのレッスンを受けておいて、午後から用事に専念したいと思っていた。そして、京都店までの運賃を計算したところ、我が家からJR線と地下鉄を乗り継いで京都店の近くまで移動するとなると、片道千百円も掛かることがわかった。それが、阪急電車を利用するとわずか四百五十円で済む。とは言え、通勤で利用しているJR線ならば、いつも利用している駅前の駐輪場を追加料金なしで利用することができるが、阪急電車を利用するとなると、駐輪場にお金を支払って自転車を預けなければならない。しかも、その駐輪場は満車のこともあり、必ずしも自転車を停められるとは限らない。

 そこで私は考えた。どうせ、阪急電車を利用するなら、帰りに大型映画館で映画を観て帰ることになるだろう。ということは、最初から大型映画館のあるショッピングセンターの無料駐輪場に自転車を停めておけばいいのではないだろうか。自分でもなかなかいいアイディアだと思った。そのため、少し早めに家を出て、大型映画館のあるショッピングセンターの駐輪場に自転車を停め、阪急電車の最寄駅まで数分掛けて歩いた。荷物が重い上に、大型映画館のあるショッピングセンターの無料駐輪場から最寄駅までの道のりは思ったよりも遠かったが、乗ろうと思っていた電車に何とか間に合うことができた。

 途中の十三(じゅうそう)で河原町行きの特急電車に乗り換えたのだが、シルバーウィーク中ということで、電車内はひどく混雑していた。当然、座ることなどできない。私は重い荷物を抱えたまま、混雑した特急電車の中で数十分を過ごすことになった。

 ようやく目的の烏丸に着き、京都店の案内ページに書かれていた通り、二十一番出口から地上に上がった。ところが、二十一番出口から北に歩いて二分と書かれているのに、どちらが北なのかわからない。地元の人たちは、京都は碁盤の目のようでわかり易いとおっしゃるのだが、特に地下から地上に上がると、通りの名前を覚えていない私には、東西南北がさっぱりわからないのである。

 仕方なく、勘を頼りにてくてく歩き始めた。例え方向を間違えていたとしても、二分戻るだけだと思ったのだ。しかし、途中まで歩いたところでもう一度地図を確認してみると、歩いて来た方向とは反対方向が正解であることがわかった。京都においては、私の勘はとことん当てにはならない。

 さて、二分ほど歩いたところで、目的のビルが見付かった。見ると、一階の入口にわかり易い看板が出ている。

ホットヨガスタジオ・オー京都店の入り口

 入口のドアを開けて階段を昇ると、そこにはできたてホヤホヤのきれいなスタジオがあった。受付でタオルとロッカーの鍵を受け取り、ロッカールームに入ってみると、何と、あの細いロッカーではなく、南森町店にあるような横幅のある二段重ねのどっしりとしたロッカーが並んでいた。荷物の多い私には、大変ありがたい。

横幅のある二段重ねのどっしりとしたロッカー

 さて、今回のレッスンは、前日に受けた南森町店のレッスンと同様、六十分のフリースタイル/骨盤コースだった。やはり、シルバーウィーク中だったので人数が少ないのかと思いきや、何と、私を入れて二十名の方たちが参加されていた。

 レッスン開始時間になってスタジオに入って来たインストラクターは、南森町店のインストラクター同様、独特の雰囲気を持っていた。レッスン開始の宣言のあとは、たいてい瞑想から入るのだが、胡坐をかいて座るときに、インストラクターから、
「現在組んでいる足を組み替えて、いつもとは違う組み方で座ってください」
と提案された。このようにして、いつも同じ組み方をしている癖を取るのだそうだ。

 レッスンの内容は、前日に受けた南森町店のレッスンとほぼ同じだったのだが、私は、三角のポーズに移る前に行った骨盤を左右に動かす仕草が不得意だということがわかった。インストラクターは、骨盤を上手に左右にくきっくきっと動かしていたのだが、私の骨盤は動きが鈍いのか、ほとんど動いてはくれなかった。インストラクター曰く、骨盤が自由に動かないと、骨盤周りに肉が付き易くなるのだそうだ。まさしく、おっしゃる通りである。しかし、どのようにすれば、インストラクターのように骨盤が自由に動くようになるのかは、良くわからなかった。

 骨盤コースのレッスンでは、猫のポーズの変形ポーズがいくつか登場する。まず、四つん這いになり、片手を前に差し出して、差し出した手とは反対方向に顔を向けて床に着けたあと、反対の手を九十度に折り曲げるポーズなどが登場する。そのようなポーズをいくつか取ったあと、最後に再び瞑想をしてレッスンを終わったのだが、レッスン終了後の瞑想では、インストラクターの提案で、またしても足を組み替えることになった。インストラクター曰く、
「レッスンで股関節が柔らかくなっているはずなので、最初のときとは違うはずです」
ということだったが、まさしくその通りだった。なるほど、わずか六十分のレッスンでも、骨盤は反応しているのだということがわかり、私はますますこのコースが気に入ったのである。

今回のレッスンで着ていたTシャツ。いろいろなガネーシャ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 骨盤が左右にうまく動いてくれないことからも、この骨盤コースこそが、私の求めているレッスンだと思いました。インストラクターも、決して表面的な知識だけで骨盤コースを担当されているのではないことが良くわかります。どうやら骨盤の動きが鈍いことが筋腫の成長に関係していることは、ほぼ間違いないようですね。

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2009.10.02

映画『HACHI 約束の犬』

次なるステージを目指すの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最近、魂と心の違いについて考えています。心は、私たちの意志とほぼイコールでしょうか。同時に、それぞれの嗜好にも通じていますね。それに対し、魂は本能的なものと捉えています。私たちは多くの場合、心の領域で生活をしていると思います。しかし、あるとき、心の領域から逸脱して、本能が目覚めさせられ、魂の領域に触れることがあります。それは、身体中の血という血が沸き立つような感覚に近いかもしれません。私たちが運命の人に出会い、「この人だ!」と直感するのは、決して心で感じているわけではなく、魂を通じて本能が目覚めさせられているのだと思います。そうした感覚を言葉で説明するのは難しいですが、いつか彼女たちともそんな話をしてみたいですね。

 子供の頃から犬が大好きだった。これまでにも何度か宣言して来たが、私は猫よりも断然、犬派である。犬の映画もたくさん観て来た。しかし、それらの中でも最も印象に残っているのは、やはり、映画『ハチ公物語』だろうか。独身時代、東京に住んでいたときも、渋谷駅前にあるハチ公像をいつも熱い想いで眺めていたものだった。

 あの「忠犬ハチ公」の物語が、アメリカを舞台にリメイクされた。ずいぶん前から劇場では予告編が繰り返し流れていたが、日本での公開日は八月八日だという。それだけではない。私の自宅近くにある大型映画館では、八番スクリーンで上映されていた。きっとハチにこだわったに違いない。「それならばいっそのこと、二〇〇八年の公開作品にすれば良かったのに」などと今さら思ってみても仕方がない。

 ガンモも本作の鑑賞にはかなり乗り気の様子だった。ガンモが、
「映画『HACHI 約束の犬』が公開されたら、俺も観に行く」
と言っていたので、二人揃って鑑賞する計画を立てていたのだが、八月は何かと忙しく、ガンモと一緒に映画館に足を運ぶことがなかなかできなかった。私は、早く映画館に足を運ばなければ、劇場公開が終了してしまうのではないかと気をもみながら、
「もう、劇場公開終わっちゃうから、一人で観に行ってもいい?」
とガンモに尋ねてみたところ、
「いや、ダメ。俺も観たいから」
という答えが返って来た。

 ガンモと一緒に、自宅近くの大型映画館でレイトショーを鑑賞する予定を立てていたというのに、私たちが揃って映画館に足を運ぶことがなかなかできなかったために、自宅近くの大型映画館ではとうとうレイトショーの上映が終了してしまった。レイトショーで鑑賞できなくなるとすると、通常の上映時間に足を運ぶしかない。しかし、いまどき一人千八百円も出して映画を鑑賞するのは悔しいではないか。そこで私は、ガンモの週末の予定を確認しつつ、派遣会社の福利厚生サービスを利用して申し込んだ格安チケットで本作を鑑賞することにした。

 しかし、その頃になると、もはや自宅近くの大型映画館では吹き替え版しか上映されなくなってしまった。そこで私たちは、九月のとある週末に三宮の映画館までカングーで出掛けたのである。三宮を選んだのは、その日の夕方から、三宮でガンモの仕事が入っていたからだ。そのため、ガンモは本作を鑑賞したあと、すぐに客先に向かうことになっていた。あいにくの雨に加え、週末で道路も混んでいたため、私たちの三宮到着は予定よりも遅れてしまった。何とかカングーを三宮の駐車場に停め、雨の中を映画館まで大急ぎで歩いたところ、私たちがスクリーンに入ったときにはちょうど予告編の上映が終わったところという間一髪の状況だった。

 さて、すっかり前置きが長くなってしまった。私は普段、まったくと言っていいほどテレビを見ないので知らなかったのだが、聞くところによると、本作の予告編は、テレビのCMでも何度も流れていたらしい。だから、多くの人たちが、ハチの主人役をリチャード・ギアが演じていることをご存知のはずだ。

 日本からアメリカに向けて秋田犬の子犬が送られるのだが、途中で引き取り手がわからなくなり、いつもベッドリッジ駅を利用しているリチャード・ギア演じるパーカー・ウィルソン教授が一時的に子犬を預かることになる。そして、やがてそれは一時的な預かりではなくなり、子犬はウィルソン教授の新しい家族となる。

 本当は、犬の苦手な妻が子犬を受け入れるところが実にいい。最初は子犬を毛嫌いしている妻も、夫のウィルソン教授が子犬を大事にしている姿を見て、子犬を受け入れることを決める。自分の好き嫌いよりも、夫への愛のほうが勝っているわけだ。ああ、もしかすると、次なるステージを目指すの記事で模索しようとした「受け入れること」とは、こういうことなのかもしれない。妻は、自分自身の気持ちを押し殺して子犬を飼うことを決めたわけではない。夫を深く愛するがゆえに、夫の喜びと自分の喜びが同化して、自分自身の進むべき方向を見出したのだ。妻が自分自身の気持ちを押し殺して子犬を飼うことを受け入れたのではないことは、その後の妻の態度からも明らかである。

 ウィルソン教授の日本人の友人により、子犬の首輪に付いているマークのようなものは漢字の「八」であることがわかる。この日本人の友人を演じている俳優さんは、どう見ても中国人なのだが、アメリカ映画には良くあることなので気にしないことにする。

 HACHIと名付けられた子犬は、すぐに大きくなる。そして、ウィルソン教授が出掛ける時間になると、いつもウィルソン教授が利用しているベッドリッジ駅までウィルソン教授を見送りに行き、ウィルソン教授が帰る時間になると、ベッドリッジ駅までウィルソン教授を出迎えに行く。とにかくHACHIは、ウィルソン教授のことが好きで好きでたまらないのだ。

 以前、点と面の話をしたと思う。普段はそ知らぬ顔をしていても、自分の都合のいいときだけ人間のところに身体をすり寄せて来る猫は、点の付き合いを望む動物なのかもしれない。しかし、犬が望んでいるのは面の付き合いだ。犬には、主人への想いが持続している。そうしなければならないと思っているのではなく、きっと、自らの意志でそうしたいのだ。そういう意味で、犬は愛情表現がとても豊かなのだろう。

 HACHIにとっては、いつまでも続くと思っていたウィルソン教授との幸せな時間が、ある日、突然、止まる。それでもHACHIは、毎日、同じ時間になるとベッドリッジ駅へと出掛けて行く。ウィルソン教授の帰りをひたすら待ち続けているのだ。やがてHACHIは、ベッドリッジ駅から遠く離れた場所に引っ越しても、本能でベッドリッジ駅に辿り着き、ウィルソン教授の帰りを待ち続ける。

 ラストはやはり、泣けるのだ。隣の席で一緒に観ていたガンモも、手で涙をぬぐっていた。私たち人間は、HACHIの中に、自分自身ではなかなか表現できない一途な想いを垣間見る。人間の複雑な一日に比べて、犬の一日は至ってシンプルなのかもしれない。犬同士の付き合いも、学校も、仕事もない。だからこそ、ウィルソン教授との交流に重みが出て来る。HACHIとしても、その唯一の交流を失いたくはなかっただろう。忙しい毎日を過ごしている私たち人間は、シンプルな生き方をしているHACHIから倣うべきことがあるように思えてならない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人間と心を交し合う動物は、犬以外にもいるのでしょうか。動物の中では、犬が最も人間に近い存在だと聞きます。それは、犬が人間に可愛がられることによって、霊的な存在に成長して行くという解釈でした。ちなみに、本作を鑑賞したガンモは、「父ちゃんが、○○駅(私たちがいつも利用しちている最寄駅)に迎えに来てくれたりはしないのかな」などと言っていました。(笑)

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2009.10.01

次なるステージを目指す

逃亡の間違いでは?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。インターネット上にホームページやブログを公開していると、自分の知らないところで自分の書いたものが紹介されていたりしますね。まあ、どこかのサイトから自分のブログをリンクしてもらっていると思えばいいのかもしれません。あと、インターネット上で何らかの活動をしていると、受信するメールの数がとても多くなります。無料ブログなどをレンタルしただけでも、ブログを運営している会社からメルマガが届いたりしますし、オンラインショッピングを利用すると、セールス情報が記載されたメールが次々に届きます。ちなみに、私が一日に受信しているメールの数は、おそらく三百通くらいだと思います。国内外からのスパムメールがかなり多いですけどね。(苦笑)

 久し振りに派遣仲間と仕事帰りに待ち合わせて食事をした。メンバーは、好敵手の彼女ともう一人、私と同じプロジェクトメンバーの独身の彼女である。好敵手の彼女とは、しばしば一緒に食事をする機会を設けてはいるものの、同じプロジェクトメンバーの独身の彼女と一緒に食事をするのは、もう何年か振りのことである。

 私が話題を振ったわけでもないのに、話題は独身の彼女の恋愛話に及んだ。彼女はとてもきれいな子なのだが、一つの恋が長続きしなかったり、互いに想い合っているはずなのにすれ違ってしまったりすることが多いのだそうだ。なかなか良い出会いがないと嘆く彼女の話を聞いているうちに、私の中にある考えが浮かんだので、思い切って口にしてみた。
「ねえ、もしかして、自分がそれほど好きではない人には好かれるんじゃないの?」
すると彼女が、
「そうそう!」
と答えたので、私はすかさず、
「それは多分、本当の自分を周りに見せてないから、自分に合わない人が寄って来ちゃうんだろうね」
と言った。

 その発言がツボにはまったのか、好敵手の彼女が、私と話をしていると話が深くなるし、本質を突いて来るから面白いと言ってくれた。そう、本当は私も、普段からこういう会話を望んでいる。しかし、職場ではなかなか自分を出すことができない。おそらく、職場で関わっている人たちの多くは、私が本当は何を考えて生きているのか、知る由もないだろう。そういう意味では、私も普段から本当の自分自身を表現し切れていないのかもしれない。だから、人と深く関わりたいのに、なかなかそれが実現できないというジレンマをいつも抱えている。

 彼女たちと話をしながら気付いたことは、私自身の過去の恋愛経験の中で、片思いで付き合うことなく終わってしまった恋は別として、ほんの短い期間で終わってしまったり、互いの想いや力関係が対等ではない恋愛経験はほとんどなかったということだ。しかし、彼女たちにはあるらしい。それは、彼女たちが、何とかして自分を好きになってくれた相手を受け入れようとするからだということがわかった。私の独身時代の恋愛は、ごく初期の段階から相手を見抜き、相手を受け入れるかどうかをさっさと決めてしまっていた。そのため、例え相手が私に好意を持ってくれていたとしても、その段階で自分が好意を持っていなければ相手に告白する隙を与えなかった。しかし、彼女たちは相手を受け入れようとするがために、実際の自分の想いの強さとは異なる相手を受け入れて来たのだそうだ。

 独身の彼女曰く、付き合った相手から、
「自分はこれだけ○○しているのに」
と言われるのが嫌で嫌で、それを言われるといっぺんに想いが冷めてしまうのだそうだ。私はそれに対し、
「でも、相手にそれを言わせているのは自分なんじゃないのかな」
と言った。確かに、見返りを求めるような発言はうんざりしてしまうものだが、相手が見返りを求める態度に出てしまうのは、こちら側が与えていないことにもなる。どうやら、独身の彼女曰く、そのときは相手と一緒にいることが幸せだと思っていても、その幸せな気持ちを相手にうまく表現することができないことも多いのだそうだ。そのため、相手に本当の想いが伝わらずに、相手が不満を感じてしまうらしい。そこで、好きな相手に対し、自分の気持ちをうまく表現することができるかという話でしばらく盛り上がった。

 もちろん、私は表現できる。そのときどきで、相手を好きな気持ちもちゃんと表現できるし、単にポジティブなことだけでなく、ネガティブなこともちゃんと伝える。ガンモとだって、喧嘩をするときはとことん喧嘩をするが、言いたいことを全部言い合ったあとはむしろすっきりして、互いの感情をあとに残すことなく、次の段階へと進むことができる。時には喧嘩をしながら泣いたり、キスをしたり、抱き合ったりもする。すなわち、そのときの感情を、互いに包み隠さず表現しているのだ。

 しかし、彼女たちは、自分のパートナーやかつての恋人に対し、言いたいことがあっても自分で自分を納得させて、言わないようにして来たのだそうだ。それは、あたかも相手の自由意思を尊重しているかのように見えるが、自分自身を納得させているという意味で、ほんの少しの我慢も入っているようだった。なるほど、そこで回路が閉じられてしまうために、次なるステージに進むことができないのかもしれない。私の場合、互いの回路がショートしてしまうほど激しくぶつかり合うが、ショートした回路のメンテナンスも早い。

 独身の彼女に、
「もっと体当たりでぶつかってみればいいのに」
と言うと、彼女からは、
「だって面倒臭いんやもん」
という答えが返って来た。なるほど、それはまさしく彼女の本心なのだろう。そこから更に、体当たりしてぶつかって行くことができないのは、そこまでしても関係を維持したい相手に巡り合っていないからだという結論に達した。確かにそうなのかもしれない。極端な話、どうでもいい相手に対しては、心地良くないと思うことがあっても口にせず、そっと心の中に留めておくものだ。相手とぶつかって、次なるステージを目指すということは、自分の中にかなりのエネルギーが必要である。ネガティブな言葉を発して関係を壊すことは容易でも、壊れた関係を修復させ、次なるステージに進むためには、それなりの覚悟が必要なのだ。

 私は、独身の彼女に、
「今は出会いが多い世の中だけど、自分が『この人!』と思える相手とは、たくさんの人の中から『選ぶ』わけじゃないと思う。お互いにとってベストなタイミングで同時に引き合うんだと思う」
と言った。だから、出会いの数を増やす必要なはいのだと力説した。

 いい恋愛ができないと悩む独身の彼女に、
「もっと自分の感情を素直に表現してみると変わるかもよ」
と言った私だが、今回のお食事会では、果たして私は、これまで自分の感情を素直に表現して来たものの、本当に相手を受け入れることができていたのだろうかと反省するきっかけを与えられた。彼女たちが相手を受け入れようとしてうまく行かなかったのであれば、私自身にも、自分自身の感情を素直に表現し過ぎることでうまく行かなかったことがあるに違いないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 考え方や経験の異なる人と話をすると、自分に足りていないものや過剰なものに気付かされますね。相手を受け入れることと、自分が本当に言いたいことを言わずに黙っておくということは、果たしてイコールなのでしょうか。彼女たちの場合は、相手と話し合うことなく、自分の中で勝手に結論付けをしてしまっていたようです。自分で勝手に結論付けずに、違和感を感じるところは相手ととことん話し合い、その上で相手を受け入れるかどうかを決めるというのであれば、相手を受け入れることも自分の言いたいことを言うことも同時に実現できますね。

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