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2009.08.18

紙コップを差し出す人たち

洗濯日和の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ホテルの部屋に干した洗濯物は、暑くてもクーラーをかけずに窓からの風を取り入れると、すぐに乾きました。去年、コインランドリーでおじさんから教わったことを他の人たちにも伝えるために、またいつか、あのコインランドリーで洗濯をすることができるといいのですが。(笑)

 海外旅行に出掛けると、しばしば街角で出くわすのが物乞いをする人たちである。そうした人たちに出会う度に、日本という国がいかに豊かな国であるかということを実感せずにはいられない。というのも、私たちは鉄道乗り潰しの旅をしながら、日本のいろいろな地域を訪れたが、私の記憶する限り、日本においては物乞いおばあちゃんくらいしか遭遇していないからだ。しかし、海外においては違う。もちろん、ブリュッセルやパリも例外ではない。

 パリでは、去年、メトロやRERの中で物乞いをしている人たちに出会った。ブリュッセルでは、観光客の多い教会の前で、紙コップを差し出して物乞いをする人に遭遇した。いきなりのことで驚いたのだが、その後、繁華街を歩けば、物乞いをする人たちがたくさんいることに気が付いた。例えば、肌を露出させたくない国の人たちが、地べたに頭をこすりつけるようにして座り込み、祈るように紙コップを差し出していた。中には、寝ている子供を抱いたままでじっと動かない人もいた。

 お隣の中国に出掛けたときは、商売で物乞いをしているように感じられる人たちもいたが、ブリュッセルで出会った物乞いをする人たちは、本当にお金に困っている人たちのようにも見えた。しかし、それほど痩せ細っている人たちでもなかったので、もしかすると物乞いが商売かもしれないという疑いの気持ちも芽生え、私はどの物乞いをする人たちの前も素通りしてしまった。

 ブリュッセルのある広場で、やはり紙コップを持った人が私に近づいて来て、お金を恵んでくれという素振りをした。私は本当にお金に困っている人なのかどうか判断がつかなかったため、ひとまずお断りさせていただいた。しかし、私と同じようにお金を恵んで欲しいと迫られた人は、迷うことなく財布から小銭を取り出して、差し出された紙コップの中に入れてあげていた。もちろん、ほとんどの人たちは私と同じようにお断りしていたので、その方の取った行動のほうが珍しいと言える。中にはそんな親切な人もいるものだと思った。

 今回、パリのメトロでは物乞いをする人には遭遇しなかったのだが、シャンゼリーゼ大通りで手に紙コップを持ち、義足を見せて足を引きずりながら物乞いをしている男性に出会った。また、犬を連れて道端に座り込み、物乞いをしている人もいた。上品な観光客の多いシャンゼリーゼ大通りは、お金も集まり易いのかもしれない。

 シャルル・ド・ゴール空港に向かうRER線の中でも、紙コップを手に持った子供に遭遇した。私が断わってもしつこく紙コップを差し出し続けるので、商売ではなく切実に訴えかけているようにも思えた。もしも彼が本当に困っているのであれば、果たして彼を救済するのは誰なのだろう? 私だけの力ではきっと手には負えないはずだ。

 毎度のことながら、物乞いをする人に出会うと、何となく後味が悪い。おそらく、お金をあげてもあげなくても、この後味の悪さは変わらないだろう。何故なら、例えお金をあげたとしても、相手が本当に困っているのかどうか、的確に判断することができないからだ。

 先日、街角で行われていた選挙演説で、ヨーロッパは老後の生活が保証されているので、日本もそれに倣うべきだというような主張を掲げている候補者がいた。その演説を聞いたとき、私は思わず立ち止まりそうになった。その選挙演説をしている人は、日本よりも物乞いをする人が多いヨーロッパの実情をご存知ないのだろうか?

 私が思うに、ヨーロッパは日本よりもいくぶん物価が高い。特に、ロンドンにおいてはそれが顕著である。物価が高く、老後の生活が保証されているということは、それだけ税金が高いということではないだろうか。だから、もしもブリュッセルやパリなどで見掛ける物乞いする人たちが真の生活苦から物乞いを行っているのだとしたら、そのような高い税金を払うことができずに、日々の生活をまともに送ることができないでいるのかもしれない。

 そうした実情をどのようにとらえるかによって、ヨーロッパの見方が違って来ることだろう。単に、老後の生活が保証されているという点にのみスポットを当てれば、ヨーロッパの芝生は青く見えるのかもしれないが、そうなるには老後の生活が保証できるだけの収入源が必要なのである。おそらく、その選挙演説を行っていた人は、日本でももっと計画的に国民の税金を使うことができればいいのに、ということを主張したかったのだとは思うのだが、何となく狭い範囲の実情だけでものごとを判断されているように思えてしまったのである。

 とにかく、物乞いをする人たちに遭遇するにつけ、私はいろいろなことを考える。国民から徴収する税金が多過ぎても少な過ぎてもいけない。どうやらその加減が難しいことだけは、はっきりと言えそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 陸続きであることも理由の一つだと思いますが、ブリュッセルでもパリでも、いろいろな国からやって来た人たちが生活しています。そして、ヨーロッパで物乞いをしている人たちのほとんどは、よその国から移住して来た人たちのように見受けられました。やはり、そこに何かがあるような気がしますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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受信: 2009.08.21 23:22

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