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2009.08.19

ルーベンスの家

紙コップを差し出す人たちの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。街角で堂々と物乞いをしている人たちの総数からすると、やはり日本は豊かな国だと思います。ただ、それ以前に、他の国から移住して来た人たちの絶対数が少ないというのもあるのかもしれません。海外で外国人が生き残って行くのは、定職を得るという面においても、なかなか難しいのでしょうね。

 アントワープを訪れたとき、バロック時代の画家であるルーベンスの家(ルーベンスハウス:Rubenshuis)にも足を運んだ。ルーベンスが生まれたのはドイツだったが、ルーベンスのご両親がアントワープ出身だったらしい。ルーベンスが十歳のときに父が亡くなったことをきっかけに、母はルーベンスを連れてアントワープに戻って来たそうだ。そして、十四歳頃から絵の勉強を始めたとか。

 アントワープにあるルーベンスの家は、一六一〇年から五年間かけて建築された、ルーベンス自らが設計したアトリエ兼住居を修繕したものなのだそうだ。入場料は一人六ユーロ、日本円にしておよそ八百二十二円である。市立博物館なので、入場料は他の博物館に比べて少々割安かもしれない。

 入場券を購入すると、荷物をコインロッカーに入れるように言われた。また、写真は屋外のみ撮影可能で、室内では撮影禁止だとも言われた。

 入口をくぐって中に入ると、室内には数十点のルーベンスの作品が展示されていた。印象としては、まず、描かれているキャンバスが大きい。そして、描かれている対象物の質感がたまらなくいい。絵の中の果物や花、動物などが、まるで本物ではないかと錯覚してしまうほどの質感を漂わせているのだ。

 そう言えば、私はかつて同じような絵を鑑賞したことがあることを思い出した。過去の記憶を探ってみると、二〇〇四年に神戸市立博物館で開催されていた「栄光のオランダ・フランドル絵画展」に足を運び、フェルメールらの作品とともにルーベンスの作品も鑑賞していた。「栄光のオランダ・フランドル絵画展」というタイトルだったので気付かなかったのだが、名作「フランダースの犬」がオランダを舞台にした話ではなく、オランダとベルギー、フランスをも含むフランドル地方の物語であったように、「栄光のオランダ・フランドル絵画展」にも、アントワープにアトリエを構えていたルーベンスの絵画が展示されていたのである。確かそのときも私はルーベンスの絵の前で立ち止まり、その質感に酔いしれた覚えがある。時間を掛けて大きなキャンバスに描かれた絵は、きっと何かの一シーンに過ぎないはずなのに、その前後に一体何が起こっていたのかを容易に想像させるだけの表現力を持っていた。

 ルーベンスの家の中には、世界各国からたくさんの観光客が訪れているはずなのに、室内はとても静かだった。多くの人たちが携帯電話に耳を傾けていると思っていたら、携帯電話ではなく、オーディオ・ガイドだった。オーディオ・ガイドは入場券を購入したところで借りられたらしいのだが、気付かなかった。とは言え、このあとノートルダム大聖堂で名作「フランダースの犬」のネロ少年が見たがっていたルーベンスの絵を見ることになっていたので、英語のオーディオ・ガイドに熱心に耳を傾けていれば、ノートルダム大聖堂で過ごす時間がもっと少なくなってしまっていたかもしれない。

 素晴らしい質感にあふれた数々の作品にため息をつきながら、おばけ屋敷のような造りの室内をすべて鑑賞し終わると、私たちは順路に沿って中庭に出た。中庭には、たくさんの花や木が植えられていて、とてもきれいに手入れされていた。至るところに彫刻が設置され、ルーベンスが金銭的にもかなり恵まれた状況にあったことをうかがわせた。

 ただ、中庭の感想を正直に述べさせていただくならば、個人的には、去年、訪れたクロード・モネの邸宅と庭園のほうが断然好みである。というのも、モネの庭は、ルーベンスの家の中庭と違って自然な形のお手入れが行き届いていて、とてもくつろげる場所になっているのだ。しかし、ルーベンスの家の中庭はきれいに手入れされ過ぎていて、愛着が沸かなかった。

 中庭に置かれた裸の女性の彫刻の前で、西洋人のカップルが写真撮影をしていた。男性がその彫刻のおっぱいをつかんでいる様子を女性が撮影していたので、彼らが立ち去ったと、ガンモもそれを真似てその彫刻の前に立った。ところが、ガンモは背が低くて彫刻のおっぱいまで手が届かず、膨れっ面になってしまった。改めて、西洋人の背の高さに驚かされてしまった。

 訪問台帳があったので、gammaruと書いて来た。ため息のたくさん出て来たルーベンスの作品に対し、Wonderfullとコメントしたのだが、あとから考えると、l"エル"が一つ多かった。綴り間違いで恥ずかしい。考えてみれば、もともとgammaruだって、ガンモの英語表記はgummoなので、gummaruとすべきなのだ。だから、私たちが立ち上げているガンまるコムサーバも、gammaru.comではなくgummaru.comにすべきだった。それを考えると、Wonderfulのl"エル"が一つ多くなってしまったことくらい、かわいいものだ。そんなことを思いながら、私はルーベンスの作品を鑑賞したときとは違うため息をついた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ルーベンスの家をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ルーベンスの作品を前にして、私は本当にため息ばかりついていました。ため息しか出ない状況というのは、本当にあるんですね。いやはや、ネロ少年が見たがっていたという気持ちもわかるような気がします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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