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2009.07.19

映画『愛を読むひと』

恋の成就の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。縄張り争いは、イケメンくんと雛たちの間で発生しているだけではありません。父ちゃんもまた、イケメンくんと戦っています。しかし、TKMYのかつての夫であるキッコロには太刀打ちできなかった父ちゃんも、新参者のイケメンくんに対しては強気に出ているようです。(笑)

 患者で溢れ返るクリニックで子宮体がんの検査を受けたあとに鑑賞したのが本作である。平日の十五時からの上映だというのに、レディースデイということもあって、劇場内はひどく混雑していた。クリニックでの待ち時間が長引いたために、既に予告編が始まってから入場した私は、暗くなってしまった劇場内で、予約しておいた席にたどり着くことができずにおろおろしていた。観易い席を希望して、真ん中の席を予約しておいたのが、かえって仇になったのだ。私が自分の席までたどり着くためには、座っている人たちの前を謝りながら通り抜けなければならなかった。私は、そこまで図々しくはなれなかったので、自分の席のおおよその場所を確認したあと、おそらく空いているであろう前方の席に移って鑑賞しようと思い、前方へと歩いて行った。ところが、最初は暗くて良くわからなかったのだが、間近まで来てみると、前方の席まで既に埋まってしまっていた。つまり本作が、それほど人気の高い作品だったというわけだ。途方に暮れた私は、劇場の入口付近の通路に舞い戻った。すると、劇場スタッフが私の行動に気付き、声を掛けてくださった。劇場スタッフは、私が予約しておいた席に既に他の人が座っているのではないかと心配してくださったのだが、私は、劇場内が暗くて自分の席まで移動できないことを理由に、劇場スタッフに自分の席の近くまで付き添っていただいた。そのことがきっかけになり、私は図々しくも、既に席に座って落ち着いている人たちの前を掻き分けながら、ようやく自分の席にたどり着いた。どういうわけか、私の席の両隣のドリンクホルダーが両方とも埋まっていたが、遅れて入って来た私にはドリンクホルダーを使用する権限を主張することもできずに黙っていた。

 さて、本作を鑑賞しようと思い立ったのは、やはり予告編に惹かれてのことだった。邦題の『愛を読むひと』もまた、何だか謎めいていていい。一九五三年のドイツで、十五歳の少年マイケルが二十一歳も年上の女性ハンナと出会い、恋に落ちる。互いの感情を交わすことなく、若いマイケルの性への憧れから始まったとも思えるその恋は、長い長い時を経て、尊い愛へと発展して行く。

 マイケルの役を演じているのは、新人俳優のデヴィッド・クロスである。彼の純朴でまっすぐな役柄は、単に彼が新人であることから来ているわけではなさそうだった。何故なら彼は、とても新人とは思えないほどいい演技を見せてくれたからだ。一方、マイケルの恋の相手であるハンナを演じていたのは、ケイト・ウィンスレットである。これまでにも彼女の出演する作品をいくつか鑑賞して来たが、私の中での彼女は、笑顔よりも、悲しみや苦しみを背負いながら生きている女性を演じるのが似合う女優さんといったところだった。本作でも彼女の演じるハンナは、笑顔よりも、悲しみや苦しみを背負った人生を送っている。

 昔も今も、好きな女性に本を読んで聞かせるという行為が、本作の中では大筋として描かれている。勉強好きな少年と、本を読み聞かせて欲しい女性が、情事の前にベッドの上でくつろいでいる。マイケルにしてみれば、ハンナから本を読んでとせがまれるのがうれしいのだ。マイケルは、そんな二人の関係がいつまでも続くと思っていたのだろうが、やがて少しずつ、二人の間には見えない亀裂が生じ始める。決定的な何かが起こるわけではないのだが、スクリーンを通して、二人の気持ちがすれ違い始めているのがわかる。そんなある日、ハンナは突然、マイケルの前から姿を消してしまう。その別れから数年後、大学で法学を専攻していたマイケルは、裁判を傍聴したときに、被告人として現れたハンナと思わぬ再会を果たすことになる。

 ネタバレになってしまうので、予告編の中で流れていたハンナの秘密については、ここでは触れないでおこう。マイケルは、ハンナからその秘密を直接聞かされたわけではなかったが、彼女と過ごした時間を思い返しているうちに、その秘密に気付くことになる。ハンナに課せられた刑は、その秘密を明かしてしまえばいくらか軽減されるはずのものだったのに、ハンナもマイケルもその秘密を公表しようとはしない。おそらくマイケルは、ハンナ自身が法廷でその秘密を明かそうとしなかったために、自分自身もハンナの秘密を守り抜こうと固く決意したのだろう。多くの人たちが、自分を正当化するために法廷で嘘を証言することもあるというのに、秘密を明かしたくないハンナは、法廷で自分を正当化しようとはせずに、秘密を守り続けて罪を背負った。それはむしろ、彼女自身の自尊心を守るための行動だったのかもしれない。だから彼女は獄中で、明かさなかった秘密と彼女の現状が同等になるような努力を重ねたのだ。

 感動的なのは、年を重ねたマイケルが、獄中のハンナに対し、本を読み聞かせるために、わざわざ物語を音読したカセットテープを送り続けたことである。かつては情事の前にマイケルがハンナに読み聞かせていた数々の物語。中途半端に恋を終わらせた二人にとって、過去を振り返ることは、ほろ苦くもあり、甘酸っぱくもあったはずだ。

 のちに再会が用意されていたことからしても、マイケルとハンナの恋は運命的だったのだろう。しかも、単に再会しただけでなく、その後、何年間にも渡り、二人は間接的に関わり続けることになる。しかし、ハンナの中では、すっかりけじめが付いていたのだろうか。

 かつて、マイケルとの関係を一方的に終わらせてしまったことと言い、ハンナは自分だけの判断で行動する傾向がある。だから、秘密を公表せずに罪をかぶったのであり、出所できる直前に取った行動も、誰にも相談せずに自分だけで決断した。ここに、おそらくマイケルとハンナの間に生まれたであろう溝が見えて来る。若いマイケルは、ハンナともっともっと近い存在になりたかった。しかしハンナは、ある程度のところまでは第三者を許容したが、自分が守ろうと決めた領域への第三者の侵入は頑なに拒んだ。ハンナにしてみれば、第三者がハンナの守りたい領域に近付けば近付くほど、息苦しさを感じてしまったのかもしれない。

 そんなハンナは、一見、自立しているようでいて、実際は自立していないと思う。私はハンナから、独りで生きたいのに生きられない苦悩を感じた。完全に自立できない苦悩を抱えていたからこそ、ハンナは密に関わろうとした人たちに傷を残して行ったのではないだろうか。もしも自立した人の取った行動であれば、ハンナと密に関わろうとした人たちに、すがすがしさを残したはずだから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大人になってからのマイケルをレイフ・ファインズが演じていたのですが、正直に書かせていただくと、若い頃のマイケルとはかなりギャップがありましたね。あの純朴なマイケルが大人になり過ぎてしまったという落胆のようなものを感じてしまいました。それでも、物語を音読して録音したカセットテープをハンナに送り続けるのですね。二人の取った行動について、その背景にあったものは果たして何だったのだろうと、深く考えさせられる作品でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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