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2009年7月

2009.07.31

ブリュッセル到着

ホットヨガ(一五八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m サウナスーツというと、百円ショップで購入した簡易サウナスーツを、オフィスの冷房対策に使用していたことを思い出します。回数券購入特典としていただいたサウナスーツは、とてもしっかりとした本格的なサウナスーツですので、有効活用したいですね。私たちの身体は、クーラーに慣れてしまっていて、たっぷりと汗を掻く機会が少なくなって来ているので、こうした身体にメリハリを与えてくれるツールは、今後、必要になって来ることでしょう。

 私たちは、毎年、夏休み前になると仕事が忙しくなる。不況のために残業規制されている私でさえ、夏休み前はバタバタしてしまったが、予定通り、旅行の前日も定時で仕事を上がることができた。八月に入ると、航空運賃がはね上がることがわかっていたため、私たちは七月のうちに飛行機を利用することにしたのだ。すなわち、職場で定められた夏休みよりも一足早く夏休みに突入することになったわけである。

 一方、ガンモは、余裕を持って水曜日も木曜日も仕事を休みにしていたらしい。しかし、ちょうど仕事の忙しい時期と重なってしまい、どうにもこうにも引継ぎが終わらず、結局、休みにするのを諦めて出勤にしてしまったようだ。おまけにガンモは、出発前日の夜に会社の飲み会に出席することになっていた。私は、「ガンまる日記」の下書きをしながらガンモの帰りを待っていた。

 ガンモが帰宅したのは、二十三時を回っていただろうか。まだ旅行の準備も完全に終わっていないというのに、仕事の引継ぎ作業も残っているという。ガンモは帰宅してシャワーを浴びるや否や、仕事で使っているノートパソコンを取り出して、電子メールを打ち始めた。そして、それが終わるとガンモは旅行の準備を始め、私も「ガンまる日記」を書き上げた。

 今回の旅は、いつも利用している関西国際空港からではなく、成田空港からアムステルダムまで飛び立つことになっていた。ガンモの会社は外資系なので、いつでも自分の好きなときに夏休みをスケジューリングすることができるのだが、私の職場の夏休みが決まるのが遅かったため、関西国際空港から出発するアムステルダム行きの直行便を押さえることができなかったからだ。

 実は、私の職場は毎年、夏休みが決まるのが遅いため、ヤマを張って夏休みが決まる前に飛行機を予約していたのだが、毎回、ヤマが外れてしまい、職場の同じグループの人たちと同じ時期に夏休みを取ることができなくなってしまっていた。とは言え、派遣社員の私が、同じグループの人たちと異なるタイミングに出勤するには、直属の上司の同伴が必要だったため、わざわざ私のために直属の上司のまた上司が夏休みをずらして出勤してくださっていた。そのことがあまりにも申し訳なかったのと、最近の不況でそのような強気の態度も取れなくなり、今年は夏休みの決定の前に先走りすることなく、夏休みが確定してから飛行機を予約することにしたのだ。

 行き先をベルギーとフランスに決めたのは、ガンモである。夏休みをガンモと一緒に海外で過ごすようになったのはここ三、四年のことだが、最初に二人でハワイを訪れてからは、次第にアメリカよりもヨーロッパへと意識が向いて行った。二〇〇七年にはロンドン、二〇〇八年にはロンドンとパリ訪れたので、今年はブリュッセルとパリというわけだ。一年前に訪れた都市を、復習のために次の年にもう一度訪れるのが、私たちの夏休みの旅行のパターンとなりつつある。

 伊丹空港を八時台に出発する飛行機に乗って成田まで移動することになっていたため、私たちは朝の早い時間に伊丹空港まで移動しなければならなかった。自宅から最寄駅までは歩くと遠いので、普段の通勤は最寄駅まで自転車を利用している。しかし、自転車では重くて大きなスーツケースを運べないので、最寄駅まで路線バスを利用しようと思っていた。ところが、路線バスの時刻表を確認してみると、始発時刻が六時半頃だった。これでは伊丹空港を八時台に出発する飛行機に間に合わない。

 そこでいろいろ考えた結果、ガンモがカングーを運転して私とスーツケースを最寄駅まで運び、カングーでいったん帰宅したガンモが今度は自転車で最寄駅まで移動することにした。そのため、起床時間は四時過ぎで、自宅を出るのは五時の予定だった。それなのに、ガンモの旅行の準備が終わり、私が「ガンまる日記」を書き上げた頃には、既に二時を回っていた。いつものことだが、旅行の前日だというのに、私たちはわずか二時間しか睡眠時間を確保することができなかったのである。

 予定通り、ガンモの運転するカングーで最寄駅まで運んでもらい、ガンモが再び自転車で最寄駅に到着するのを待って、私たちはJR線に乗り込んだ。私たちが向かったのは、JR尼崎駅である。JR尼崎駅前から、伊丹空港まで向かう空港リムジンバスが出ていたので、それを利用することにしたのだ。

 こうして私たちは、無事に伊丹空港に到着し、予定していた成田行きの飛行機に乗ることができた。伊丹から成田までは、一時間余りのフライトである。いつもは、ひどく混雑している関西国際空港から海外に飛び立つのに、伊丹空港の成田便乗り継ぎコーナーは利用客も少なく、手荷物検査も楽に終わった。更に、成田空港に到着すると、裏口のようなところから入り、出国検査を受けた。こちらも人が少なかったため、並ぶことなく、あっという間に出国審査が終わった。

 それからは私たちの自由な時間である。私が成田空港を利用するのは、独身の頃、ツアーでヨーロッパに出掛けて以来のことなので、およそ二十年振りのことだったが、ガンモは初めての利用だった。やはり、成田空港は広い。私たちは、アムステルダム行きの便に乗るために、広い広い成田空港の出発ロビーを渡り歩き、シャトルに乗って搭乗ゲートまで移動した。

 そして、予定通り、成田を十一時台に出発するアムステルダム行きの便に乗り、およそ十一時間余りを飛行機の中で過ごした。かなりの寝不足だったが、飛行機の中では、ときどき居眠りをしながらも映画を二本鑑賞した。

 11時間余りのフライト中、機内食が二回出されたが、二回目の機内食が出されているときに、私たちは寝てしまっていた。目覚めたときには、隣の人が既に食事を終えてしまっている状態だったので、勇気を振り絞ってフライトアテンダントを呼んで食事を運んでもらった。あとになって思えば、あのときあとからでも食事を運んでもらって良かったと思う。何故なら、アムステルダムに着いてから、宿泊するホテルのあるブリュッセルまでは、まだまだ長い道のりだったからだ。

 成田空港を出発してからおよそ十一時間余りのちに、私たちは無事にアムステルダムのスキポール空港に降り立った。実は、私がスキポール空港を利用するのも、成田空港同様、今回で二回目である。一回目は独身の頃、ツアーでヨーロッパを訪れたときに、やはり成田空港から、ロンドンのヒースロー空港に向かう途中、利用した航空会社の乗り継ぎ便に乗り換えるために立ち寄った。そのときは、夜中の眠い時間帯に無理矢理降ろされ、乗り継ぎ便の出発まで待合所で何時間も待ち続けた覚えがある。私は長い待ち時間の間に売店で木靴を買い、その木靴を、当時、社員として働いていた会社で仕事中に履いていた。そんな経験から、私にとってのスキポール空港は、夜中に眠い場所というイメージがこびりついていたのだが、今回、私たちが降り立ったのは、現地時間の夕方だった。ご存知のように、夏のヨーロッパは二十一時くらいまで外が明るい。明るいスキポール空港を体験することができたおかげで、私の中でのスキポール空港のイメージが塗り変わった。

 さて、アムステルダムのスキポール空港からブリュッセルのホテルまでは、今回利用した航空会社がサービスで運行している無料バスを利用した。アムステルダムからブリュッセルまで、高速道路を利用しておよそ三時間も掛かるというのに、なんと、無料なのである。ガンモ曰く、アムステルダムからブリュッセルまでのコードシェア便を運行させるくらいなら、無料バスを運行させたほうが割安なのではないかとのことだった。何はともあれ、無料バスであるにもかかわらず、日本語の話せるスタッフが到着ゲートまで迎えに来て無料バスまで案内してくださった上に、利用客一人一人に冷たいペットボトルの水までサービスしてくださった。宿泊するホテルに着いたのは、起床してからおよそ二十三時間後のことだった。こうして私たちの長い長い一日が終わった。

高速道路を走っているときに何台も見掛けたシトロエンのカングーもどき

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 無事にブリュッセルのホテルのチェックインしました。あまりにも長い一日だったので、一回の記事にまとめてしまうと、細かい部分が抜け落ちてしまうような気もしています。こうした長い記事は、初日だけとさせていただき、明日からは、その日のメインの出来事を中心に綴らせていただこうと思っています。おそらく、帰国後もしばらくは、リアルタイムに綴り切れなかったことを綴らせていただくことになろうかと思いますので、ゆっくりとお付き合いくだされば幸いです。

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2009.07.30

ホットヨガ(一五八回目)

すずらんの湯(13)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私が実践している冷え取り健康法と言い、今回のよもぎ蒸しと言い、身体を温めることで婦人病が緩和されるということは、逆に冷やすことが婦人病の原因に繋がっているのでしょうね。私の場合は、オフィスのクーラーで冷やし過ぎたことと、食べ過ぎなどの要因が重なったのかもしれません。

 すずらんの湯に出掛ける前は、いつものように神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。前回、九十分のベーシックコースのレッスンで挫折してしまったので、今回は六十分のビギナーコースのレッスンに参加することにした。六十分のビギナーコースのレッスンが、九十分のベーシックコースのレッスンよりも一時間早い時間に行われているというのも、ビギナーコースを選んだ理由の一つである。

 今回のレッスンには、私を入れて十二名が参加者していた。鏡越しに見ていると、やはりまだまだポーズの浅い人がいる。しかし、私の隣でレッスンを受けていた人は、どうやらベテランさんのようだった。ポーズが深くて美しく、完成されていた。

 レッスンを担当してくださったのは、いつもお話をさせていただいているインストラクターである。ありがたいことに、例え激しい七十五分のパワーアクティブコースであったとしても、彼女が担当してくださるレッスンは私の呼吸のペースにぴったり合っている。だから、レッスン中もほとんど疲れを感じない。息を吐くタイミングと吸うタイミングで、それぞれ追いかけっこをしなくていいからだ。このようなことが起こるのは、呼吸のペースの相性がいいからなのかもしれない。

 おまけに、保冷専用ボトルに入れた冷たい水の影響もあってか、初心者向けの緩いレッスンであるにもかかわらず、レッスン中にたくさんの汗が出た。私は、緩いビギナーコースのレッスンでこれだけの汗を掻くことができたことに深い満足感を覚えていた。

 ちなみに、今回のレッスンで着ていたTシャツは、ちょっと派手目のシヴァ神のTシャツである。

今回のレッスンのときに着ていたシヴァ神のTシャツ。ちょっと派手?

 レッスンを終えたあと、受付では、先ほどのインストラクターが対応してくださった。何と、私が先日、回数券を購入した頃、サウナスーツのプレゼントキャンペーンが開催されていたのだそうだ。しかし、キャンペーン特典のサウナスーツを私に渡すのを忘れていたとかで、この日に受け取ることになった。私は、そんなキャンペーンが開催されていたとは知らなかったので、ちょっぴり得した気分である。

回数券の購入特典のサウナスーツ。
このサウナスーツがあれば、自宅でよもぎ蒸しもできるだろうか?

 インストラクターに、私がこれからすずらんの湯に行くことを告げると、すずらんの湯を良くご存知のインストラクターは、すずらんの湯でもホットヨガのレッスンが開催されていることを話題にされた。私は以前から、すずらんの湯で開催されているホットヨガのレッスンに参加してみたいと思っているのだが、毎回、無料送迎バスを利用してすずらんの湯に通っているため、無料送迎バスの運行が終了したあとに行われているホットヨガのレッスンには参加できないのだと答えた。すずらんの湯でホットヨガのレッスンを受けるには、ガンモを道連れにするしかないのである。

 こうして私は、回数券の購入特典であるサウナスーツをお供にして、すずらんの湯へと向かったのである。(※話が前後してしまいましたが、この記事は、すずらんの湯(13)の記事へと続いています)

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 夏休みの旅行前にお届けする記事は、今回で最後になります。そうです、いよいよ私たちは、ベルギーに向けて旅立ちます。実家の母から電話があり、ヨーロッパで新型インフルエンザが流行っているので、うがいと手洗いを欠かさないようにと言われました。兵庫や大阪は、新型インフルエンザに関して安全宣言が出されて落ち着いているので、ここしばらくは新型インフルエンザについて意識を向けていなかったのですが、どうやらドイツで多くの感染者が出ているようですね。私たちがこれから訪れるベルギーやフランスもドイツに隣接しているので、新型インフルエンザをお持ち帰りしないように気を付けたいと思います。(苦笑)それでは皆さん、ベルギーでお会いしましょう!

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2009.07.29

すずらんの湯(13)

星になったTKMYの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。TKMYは二年半の短い生涯を終えましたが、そのDNAは、遺された雛たちにちゃんと引き継がれています。次に鳩の記事を綴るときは、引き継がれたDNAのことを書かせていただきますね。

 七月の三連休の初日は、その前の週に引き続き、すずらんの湯に足を運んだ。今回は、酵素浴はお休みして、新しくサービスの始まったよもぎ蒸しにチャレンジしようと思い、電話で予約しておいた。よもぎ蒸しは、穴の開いた木の箱の上に裸で座ることで、下から蒸気でじわじわと温められるので、婦人病に良いとされている。

 予約のために電話を掛けてみると、予約の一時間ほど前にすずらんの湯に出向き、お風呂に入って身体を温めてからよもぎ蒸しを体験したほうがより効果が高いと受付の方に言われたのだが、こちらの都合で三十分前にしか足を運ぶことができなかった。


先週とほとんど変わっていないかもしれない

 いつものように無料送迎バスを利用してすずらんの湯に入り、受付でよもぎ蒸しを予約していることを告げると、よもぎ蒸しの開始時間の書かれた札を手渡してくださった。よもぎ蒸しの利用料金は、一回千五百円である。実は、私が出向いた前日までの間、平日限定で、わずか千円でよもぎ蒸しを利用することができたのだが、私が出向いたのは三連休の初めの土曜日だったので、既にそのサービスは終了してしまっていた。ちなみに、よもぎ蒸しの利用客には、酵素浴の利用客のように館内着の貸し出しはない。

 よもぎ蒸しの受付を済ませると、私は、先週、来館したときに、パワーストーンのブレスレットを入れたまま館内着を返却してしまったことを受付の方に告げ、今日、その忘れ物を受け取ることになっていることも添えた。受付の方は、忘れ物管理台帳をご覧になり、私がブレスレットを忘れた日と私の携帯電話の番号を確認されたあと、どこかから私のブレスレットを取り出して、手渡してくださった。ああ、懐かしい私のパワーストーンよ、お帰り。もう二度と、こんなふうにどこかに忘れてしまってはいけない。とは言え、忘れてしまったブレスレットが、こうしてよもぎ蒸しと私を引き合わせてくれたのだ。

 よもぎ蒸しを利用するには、予約時間の十分前に、脱衣場奥にあるよもぎ蒸しコーナーに出向かなければならないため、私は急いで脱衣場へと向かった。服を脱いでお風呂道具を手に持ち、いつものように室内のカランで身体を洗い流したあと、露天風呂へと向かった。今回の女湯は、桶風呂の代わりにつぼ風呂のある竹林の湯である。よもぎ蒸しの予約時間を考えると、ゆったりと浸かってもいられなかった。私は、もう少し早く来れば良かったと後悔した。とは言え、酵素浴と違って、麹の匂いを身体に染み込ませたまま帰宅したいわけでもないので、よもぎ蒸しのあとにゆっくりとお風呂に入ればいいわけだ。そろそろよもぎ蒸しの時間が近付いて来たので、あまり温まることはできなかったが、私は湯から上がり、脱衣場へと急いだ。

 よもぎ蒸しコーナーには、すっぽんぽんの状態に、バスタオルだけを身体に巻いて出向くことになっていた。カーテンで仕切られたよもぎ蒸しコーナーに足を運んでみると、よもぎ蒸しの担当スタッフがスタンバイしてくださっていたので、私は受付でもらった開始時間の書かれた札をスタッフに手渡した。見ると、三つあるよもぎ蒸しスペースのうち、三つとも空いていた。どうやらその回の利用者は私だけのようである。

よもぎ蒸しのスペース。利用者のいない間にパチリ。
よもぎ蒸しは、くじ引きをするときのような、上部に穴の開いた木の箱の上に座って行う。
煎じたよもぎが下半身を蒸してくれる。

 よもぎ蒸しのスタッフは、美容院などでかぶるようなマントを、バスタオルを取ってすっぽんぽんの状態で頭からかぶるよう、私に言った。スタッフに言われるままにマントをかぶってみると、マントには顔と手を出すところがあった。マントは、サウナスーツのような熱を逃がさない材質だった。もちろん、私は顔と手を出しておいたが、汗をたくさん掻きたい場合は、頭を出さないようにしたり、手を出さないようにしたりして、よもぎ蒸しによる体感温度を調節できるそうだ。

 そして、マントをかぶった状態で、くじ引きをするときのような、上部に穴の開いた木の箱の上にあぐらを掻くことになった。開いた穴の下からよもぎを蒸した蒸気が出て来て、子宮の入口付近をしっかりと温めてくれるのだ。上部に開いた穴の上には、タオルが掛けられていた。蒸気は、その穴を通してやって来る。熱いときはタオルで穴を覆い、熱くしたいときはタオルを少しずらして穴の上に座るそうだ。

 私はタオルを敷いたまま、恐る恐る穴の上にあぐらを掻いた。よもぎ蒸しが始まると、開いた穴の下から蒸気が出て来て、サウナスーツ材質のマントの中にこんもりとこもった。おお、なかなか良いではないか。ポカポカを通り越した温かさだが、子宮を芯から温めてくれている感じがする。私はしばらくの間、穴を塞いでいるタオルを外さなかったが、後半になると冒険心が出て来て、タオルを少しずらしてみた。すると、穴から出て来る蒸気の量が増えて、少し熱くなった。私は、熱さを感じる度に、木の箱の上でいぞいぞと動き回った。

 その状態で、三十分を過ごした。よもぎ蒸しのスタッフは、ペットボトルに入った常温の水を用意してくださった。よもぎ蒸しコーナーには、三人の利用客のためにそれぞれテレビとヘッドフォンが備え付けられていていた。よもぎ蒸しを利用している間、退屈してはいけないと、よもぎ蒸しのスタッフがテレビや本を勧めてくださったのだが、私は自分で持参したOxford Reading Treeを熱心に読みふけった。おかげで三十分間、ちっとも退屈しなかった。他に利用客はいないと思っていたのだが、私がよもぎ蒸しを利用している間に、私の隣に他の利用客がやって来た。どうやらその方もよもぎ蒸しは初めてだったようである。

 よもぎ蒸しは、サウナスーツ材質のマントをかぶってマントの中に熱をこもらせるものの、子宮の入口付近からしっかり温めるため、サウナともまた違った効果があるようだ。ちなみに、すずらんの湯で選べるよもぎ蒸しの四つのコースのうち、私は冷え防止コースを選んだ。他に、ストレス解消コース、水太り・むくみ改善コース、美肌ハーブコースがある。

 三十分間、蒸気の出て来る木の箱の上に座り続け、私はびっしょりと汗を掻いた。これで子宮が温まったと思うと、もう少し続けて効果を見てみたい気がした。まだ始まったばかりのサービスなので、酵素浴と違って回数券の販売はないが、回数券が販売されるようになったら、是非とも購入してリピートしたいと思っている。

 汗をたっぷりと掻いたので、私は再び浴室に戻り、汗を流したあと、室内外のお風呂をあれこれ満喫して、帰りの無料送迎バスに乗った。またしても、すずらんの湯の提供するサービスに魅了されてしまった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m よもぎ蒸しは、以前からずっと気になっていました。よもぎ蒸しのあとは汗をたっぷり掻くので、こうした日帰り温泉施設で体験できるのはいいですね。ずっと前に、参加しているMLで教えていただいたのですが、自宅のトイレでできるよもぎ蒸しのセットが販売されているそうですね。他に、木の箱付きのよもぎ蒸しセットも販売されていたりしましたが、今はどうなんでしょう。最近はあまり見掛けないので、もしかすると、よもぎ蒸しブームも落ち着いているのかもしれません。

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2009.07.28

星になったTKMY

映画『ディア・ドクター』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 過去と未来の交差のさせ方がうまいな、と感じさせてくれる作品でもありました。多くの職業は、例え未経験であったとしても、実践しながら職業にすることができますが、人の命に関わる医師という仕事は、そうではないんですね。だから、村人たちにどんなに切望された存在であったとしても、伊野は失踪しなければならなかったわけです。そんな伊野の医師としての仕事は、無医村だったからこそ成り立っていたところもあるのでしょうが、逆に他の医師が周りにいないということで、専門の科にこだわらず、幅広い知識が求められる立場にあったのではないかと推測します。

 ブログを毎日綴っていると、リアルタイムの出来事の衝撃に打ちのめされることがある。しかし、まだ綴っていない過去の出来事がたくさんあるために、それらの出来事を順を追って冷静に綴って行かなければ、毎日綴っている記事の繋がりが途切れ、わかりにくいものになってしまう。そんなとき、私は心ここにあらずの状態で、リアルタイムの出来事をひとまずどこかへ押しやって、過去の出来事をせっせと綴ることがある。今回の記事は、リアルタイムの出来事に心を大きく揺さぶられながらも、過去の出来事を冷静に綴るために、ひとまずどこかに押しやっていた出来事である。

 あれは七月第一週の週末のことだった。ガンモも休日のため家に居て、私はダ○ソーの天然ヘナを頭に塗り込んでくつろいでいた。我が家には、寝室側とマシン室側の両サイドのベランダのほかに、ルーフバルコニーがある。下の階の敷地が全面バルコニーになっているため、天気のいい日にはヨガマットでも敷いてヨガを楽しむスペースにしたいところなのだが、ルーフバルコニーに行き着くまでにたくさんの物を乗り越えて行くかなければならない難関があり、現在はルーフバルコニーをほとんど活用できていない。

 そんな、普段、活用されていないルーフバルコニーをふと窓越しに眺めていると、ルーフバルコニーの手すりの奥に、何かが横たわっているのが見えた。私は目を凝らして、その物体をじっと見つめた。あれはもしや、いや、まさか、鳩の死骸ではないだろうか? 私は、外出する予定のない休日は、いつものコンタクトレンズを装着せずに眼鏡で過ごしているため、鼻から少しずれ落ちた眼鏡を耳にきつく掛け直して、その物体をもう一度確認した。それはやはり、あお向けになった鳩の死骸であるようだ。ひょっとすると、カラスにやられたのだろうか? 慌てた私はガンモに声を掛け、ガンモにルーフバルコニーまで出て行ってもらった。そこでガンモが確認したのは、あろうことか、TKMYの亡骸だった。

 実は、その二、三日ほど前からTKMYの姿が見えなかったので、どこかで巣作りをして、イケメンくんとの間に生まれる卵を産む体制に入っているのかと思っていたのだが、そうではなかった。TKMYは、ルーフバルコニーで孤独な死を迎えていた。TKMYの新しい夫であるイケメンくんは、ときどきTKMYの亡骸の近くに舞い降りて来ては、TKMYの亡骸を見守っていた。

 私たちは動揺を隠し切れず、ガンモがルーフバルコニーから小さな箱に入れて持ち帰ったTKMYの亡骸を見つめながらひとしきり泣いた。野生の鳩の死骸を前に涙するなんて、誰に話してもおかしいと思われることだろう。しかし、私たちとTKMYの関わりは深かった。付き合いそのものはわずか二年半ほどだったが、父ちゃんと、かつての母ちゃんから生まれたTKMYが、雛の頃からずっと見守って来たのだ。やがて成長したTKMYが、キッコロと結婚して排水溝のあたりに巣を作り、何羽かの雛たちをこの世に送り出した。私はTKMYから、母性とは何であるのかを学ばせてもらった。TKMYの中には、雛を外敵から必死で守ろうとする強い意志と、キッコロへの強い愛情が常に共存していた。

 やがて冷静になった私たちは、TKMYが亡くなった原因を模索した。TKMYに外傷はなく、ルーフバルコニーの手すりの近くで仰向けになったまま息絶えていた。私たちの住んでいる部屋のすぐ上の階もルーフバルコニーになっているのだが、ルーフバルコニーのある部屋は、マンション全体で大きな階段のような形を形成しているため、TKMYが上の階から落ちて来たとは考え難かった。もしも上の階から落ちて来たのであれば、ルーフバルコニーの外側の手すり付近ではなく、ルーフバルコニーのもっと手前側に落下しているはずなのだ。ガンモ曰く、私たちのルーフバルコニーの手すりの上から落ちて息絶えたとしか考えられないという。具合の悪い状態で、手すりの上に踏ん張り続けていたが、力尽きてとうとう落ちてしまったのだろうか。

 TKMYは、キッコロ亡きあと、単独で雛たちを育て上げ、ピジョンミルクをたくさん出そうとして頑張り過ぎていた。もしかすると、フル回転で子育てをしたために、過労死してしまったのだろうか? しかし、それならば、死の兆候があっても良かったはずである。あくまで私の感覚的なものでしかないのだが、動物が病気で亡くなるときは、仰向けの状態で亡くなったりはしないように思うのだ。

 TKMYの死に関して、様々な憶測が飛び交ったが、私たちは夕方の暗くなった頃に、自宅近くの道路脇にある土の中にTKMYを静かに埋葬した。もちろん、その頃には、頭に巻いていた天然ヘナも洗い流していた。そこはかつて、TKMYたちの雛がカラスにやられたときに埋葬した場所でもある。最近は、ほとんどの地面がコンクリートで固められているのだが、その周辺にだけは土があるのだ。

 ガンモが土を掘り、そこにTKMYを横たわらせた。そして、TKMYが好きだった餌を一緒に入れて、土をかぶせた。TKMYはきっと天国で、亡くなった雛とも、キッコロとも再会を果たしたはずだ。

 その日、父ちゃんたちのいるベランダの掃除をしてくれたガンモが、
「気のせいかもしれないけど、鳩の糞の中に農薬の臭いが混じっているような気がする」
と言った。
もしかすると、鳩がやって来るのを迷惑だと思った誰かが、農薬を混ぜた餌を彼らに与えたのだろうか。キッコロもその餌を食べて、どこかで力尽きてしまったのだろうか。

 キッコロ亡きあと、一人で子育てを頑張っていたTKMYは、直ちにキッコロの元へと飛び立った。人間の夫婦でも、夫婦が時間を置かずに亡くなると、仲が良いとされている。TKMYとキッコロももまた、仲の良い夫婦だったに違いない。

 私たちのベランダの排水溝の一角に巣を作り、たくさんの雛たちを世の中に送り出したTKMYとキッコロ夫婦。そんな彼らはもういないのだ。TKMYを埋葬したあと、私たちは彼らの写真を見ながら泣いた。私たちの寝室の窓を開けると、まるで殴り込みをするかのように押し入って来て、餌をねだって来た彼ら。私たちの手を嘴(くちばし)で突付き、羽で鳩パンチを繰り返し、何で餌を与える私たちがこんな仕打ちを受けなければならないのだろうと思いながらも、彼らにはただならぬ親しみを感じていた。キッコロに対し、かつてガンモもこんなことを言っていた。
「こんなに遊んでくれる鳩はいない」
と。

 TKMYの死を受けたガンモは父ちゃんに言った。
「父ちゃんも、死ぬときはウチで死ぬんだよ。どこかよそで死ぬなよ」
私はガンモのその言葉に、鳩に対するただならぬ愛情を感じたのだった。

ベランダの排水溝のあたりに好んで巣を作っていた、在りし日のTKMY(左)とキッコロ(右)撮影:ガンモ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何とも衝撃的な出来事でありました。この事実を公表することなく、順を追って他の記事を綴って行くのは、かなり辛いものがありました。もしかすると、キッコロがTKMYを呼んだのでしょうか。イケメンくんは、TKMYと結ばれた直後に妻に死なれてしまったことになりますね。ちなみに、イケメンくんは、TKMY亡きあとも、我が家のベランダにちゃっかり棲み付いて、父ちゃんや雛たちと戦っています。残された雛たちのことは、旅行から帰ってから綴らせていただきますね。

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2009.07.27

映画『ディア・ドクター』

ホットヨガ(一五七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この週末は、旅行の準備のため、レッスンをお休みしました。家の中のあちらこちらから、スーツケースに詰めるものをかき集めていました。大変だったのは、五日分の着替えを揃えることです。宇宙人の私は、自分の身体を地球の環境に合わせるため、腹巻やら一日に四足分の冷え取り用の靴下などを、わんさか用意しなければなりません。おまけに、旅行中に生理を迎えることになるので、布ナプキンの洗い替えもわんさか集めて、次々に衣類圧縮袋に収めて行きました。私のスーツケースは、お土産を買う前からパンパンに脹らんでしまいそうです。(苦笑)ちなみに、五日分の着替えを持って行ったとしても、おそらく旅行中に二回は洗濯することになるでしょう。コインランドリーで、また面白い体験ができるかと思うと、わくわくします。というわけで、現在、しっちゃかめっちゃかの状態ではありますが、毎日更新すると決めた「ガンまる日記」はお届けしますね。

 五時起き生活が始まってからというもの、夜になると、とにかく眠い。それでも、映画を千円で鑑賞できる日には、仕事帰りに映画館に足を運びたくなる。二十時以降に上映されるレイトショーの鑑賞は難しくても、レイトショーの一歩手前の上映ならば、終映時間まで何とか起きていられる。とは言え、上映中についつい居眠りしてしまい、レビューを書こうにも書けなくなってしまった作品がいくつかある。例えば、映画『夏時間の庭』、映画『ウルトラミラクルラブストーリー』、映画『レスラー』、映画『それでも恋するバルセロナ』などである。

 それらの作品の中に、私を心地良い眠りに誘うだけの素晴らしい要素があったのかどうかはわからないが、本作のように、最後まで居眠りすることなく鑑賞できた作品であれば、こうして堂々とレビューを綴ることができる。

 本作を鑑賞しようと思い立ったのは、やはり劇場で予告編を観たことがきっかけだった。あの映画『ゆれる』を世の中に送り出した西川美和監督の作品であるということが、鑑賞したいと思った一番の動機だった。映画『ゆれる』には、本当に心を揺さぶられたからだ。

 映画『ゆれる』が、始終緊張感のある作品に仕上がっているのに対し、本作はいくぶん、肩の力を抜いて鑑賞することができる。とは言え、それは、主人公の伊野を演じている笑福亭鶴瓶氏の垂れ下がった目に、何か面白い展開を期待しようとするためかもしれない。

 無医村だった山村に、一人の医師が招かれてやって来る。伊野と名乗るその医師は、村中の人たちの信望を集めるほどの人気ぶりだった。村人たちからは慕われ、診療所はいつも多くの患者さんたちで溢れ返っていた。

 あるとき、東京の医大を卒業したばかりの瑛太くん演じる若い研修医、相馬がその村にやって来る。相馬は、伊野のもとで医師の仕事ぶりを学ぶようになる。相馬にしてみれば、大きな病院の歯車となって働く医師よりも、こうした山村で村人たちから強く求められながら、一人であらゆることをこなしている伊野のほうが、医師としてのやりがいを感じる存在であったようだ。相馬は、研修を終えたら、またここに戻って来たいとまで言う。しかし、ある日突然、伊野が失踪してしまい、警察が捜査を開始させたことから、これまでベールに包まれていた伊野の素性が明らかになって行く。

 スクリーンには、伊野が失踪した現在と、失踪する前の過去が交互に映し出される。失踪した現在においては、村人たちの慌てぶりが、失踪する前の過去においては、村人たちに強く求められる伊野の姿がある。突然、失踪したというところから、何となく物語の展開は読めてしまうのだが、失踪前に伊野が多くの村人たちと結んだ交流がいい。お年寄りの多いその村で、村民たちから全面的に頼りにされるという現実は、伊野にとっては、プレッシャーでもあり、誇りでもあったはずだ。

 そんな中、患者の一人であるかづ子との淡い恋とも思えるシーンも盛り込まれている。伊野がかづ子に対して淡い恋心を抱いているのは、かづ子の良くない検査結果をかづ子に知らせなかったことからもうかがえる。かづ子の現実を受け入れたくなくて、伊野はかづ子の病気に関する医学書を一生懸命読み、親身になって調べ始める。

 それなのに、伊野は突然、失踪する。やはり、伊野の中には、それ以上、抱え切れないものがあったのだろう。おそらくきっかけは、緊急で運び込まれた患者への対処を、救急の対応経験のある看護師の指示のもとで行ったことだろう。伊野は、もうこれ以上、ここにいられないと思ったのだ。

 村人たちから強く望まれてその村にやって来たことは、伊野にとって、順調な滑り出しのはずだった。しかし、その素性を隠していた伊野は、いつでも失踪できる準備をどこかで整えていたのかもしれない。村人たちの信望が厚かっただけに、伊野が村人たちに与えた落胆は大きい。

 普段は冗談っぽく笑いながら、面白いことを言ってばかりの笑福亭鶴瓶氏も、心のどこかに素性を隠しつつ、陰のある医師を好演していたと思う。千円で鑑賞できる日だったこともあって、映画館は多くの人たちで溢れ返っていたが、本作に関しては、既に前のほうの席まで観客で埋まっていた。それだけ話題を呼ぶ作品であるということだが、それほどの人気に納得できるだけの素晴らしい仕上がりだったと思う。私の期待を裏切らない作品であったことは確かだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような、ちょっぴり陰のある医師を演じることができるという点で、笑福亭鶴瓶氏をちょっぴり見直した感じあります。そういう意味で、笑福亭鶴瓶氏にとっては、これまでとは違う自分を引き出してくれる作品になったはずです。

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2009.07.26

ホットヨガ(一五七回目)

迫られる選択の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。エストロゲンとプロゲステロンについて、私の知識と正反対のことを院長に言われ、かなり混乱してしまいました。(苦笑)インターネットを徘徊し、調べてもみましたが、やはりプロゲステロンは乳がんに拮抗する形で使用されているようですね。つまり、院長のおっしゃったこととは逆のことが書かれているように思います。更に、むしろエストロゲンを足すほうが乳がんのリスクも高まるとも書かれています。すなわち、インターネットに書かれていることは、私が最初に得ていた知識と一致しています。何故、院長は、それとは反対のことをおっしゃったのか、良くわかりません。しかし、詳細に見て行くと、確かに院長がおっしゃったようなことを書かれているページもありました。私には、一体何が正しいのか、良くわからなくなりました。

 すずらんの湯に出掛ける前に、神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。参加したレッスンは、九十分のベーシックコースである。九十分のレッスンだったので、水が足りなくなると思い、一リットルの保冷専用ボトルに加え、予備の水を持参してレッスンに臨んだ。レッスンを担当してくださったのは、これまでにも何度かレッスンを担当してくださった新しいインストラクターだった。ちなみに、レッスンの参加者は、私を入れて十九名だった。スタジオ内にヨガマットが三列に並べられているのを見ると、京都四条通店のヨガマットの並べ方を思い出す。

 レッスン中、保冷専用ボトルに入れた水をゴクゴク飲んでいると、やはりいつもよりもたくさんの汗が噴き出して来た。そのせいか、疲労感が激しく、私の息は時間を追うごとに荒くなって行った。

 それに加え、スタジオ内の温度も、いくぶん上昇しているようにも感じられた。そんなときは、インストラクターがクーラーを入れてくださったり、支店によっては入口のドアをしばらく開けて、スタジオの外の冷たい空気を取り込んでくださったりするのだが、今回のインストラクターは、クーラーのスイッチは入れてくださるものの、同時にファンヒーターのスイッチも入れられたので、暑くて暑くて仕方がなかった。せめてクールダウン気味の状態で休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)を取っている間だけでも、ファンヒーターのスイッチは入れないでおいて欲しかったと思う。

 おそらく、保冷専用ボトルに入れた冷たい水をたくさん飲みすぎたせいもあるのだろう。暑さと疲労で、私は九十分のレッスンを続けることができず、とうとう途中で退出してしまった。他の方たちも暑かったのだろうか。私とほぼ同じタイミングで退出された方が何人かいらっしゃった。

 神戸店に設置されているシャワールームは、全部で十一室である。レッスンの参加者が十九名だったので、参加者全員が最後までレッスンを受けたとしたら、シャワーの数が足りないことになる。レッスンのあとは、すずらんの湯に出掛ける予定を立てていたので、できれば早めにお昼ご飯を食べて向かいたかった。それを考えると、レッスンを担当してくださったインストラクターには申し訳なかったが、少し早めにスタジオを出たことは、時間の節約にも繋がったのだった。

 着替えを済ませて受付に足を運ぶと、以前、神戸店の事情をお聞かせくださったスタッフが対応してくださった。実は、あまり詳しく書いてはいけないと思い、書かなかったのだが、彼女はご出産のため、もうすぐ退職されることが決まっていた。おめでたいお話である。退職される日を確認してみると、何と、私がレッスンに参加した翌日の日曜日までの勤務のご予定なのだそうだ。最後にお会いできて良かった。確か、以前もご出産のため、退職されたスタッフがいらっしゃったが、インストラクターという仕事は身体が資本であるだけに、出産という形で退職されるにしても、ずいぶん葛藤があるのだろう。

 ところで、彼女から言われて知ったのだが、この「ガンまる日記」は神戸店のスタッフもご存知なのだそうだ。私はこれまで、何の断わりもなくこっそりと、レッスンの内容やスタッフとのコミュニケーションを綴って来た。これまで綴った記事の中に、もしかすると、読み手と書き手のギャップを感じてしまうような内容も含まれていたかもしれないと思った。書き手は、自分の視線を主体にして綴るので、どうしても主観が入ってしまう。もちろん、その中には、広く世の中に伝えて行くには削り落とさなければならない主観も含まれているだろう。書き手が主観を自由に綴るのは、当事者としての読み手を意識していないときだと思う。しかし、書き手が当事者としての読み手を意識すると、文章は加工されたものになったり、主観をかなり削り落としたものになってしまうだろう。そのあたりのさじ加減が実に難しいところである。ただ、書き手として、無責任な第三者の目から情報を守るということだけは、常に意識しておきたいと思う。

 ところで、今回のレッスンで着ていたインドの神様Tシャツは、カーリーである。カーリーはシヴァの妻の一人で、同じくシヴァの妻であるパールヴァティの化身と言われている。

今回のレッスンのときに着ていたカーリーのTシャツ。
カーリーは、シヴァ神の妻の一人。
シヴァ神のお腹の上で踊っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m カーリーのTシャツは、ずっと以前から着ていたものですが、衣服の山の中に埋もれていて、なかなか発見できませんでした。破壊神シヴァの妻らしい存在ですよね。同じ柄で色違いのTシャツも持っていますので、また別のレッスンのときに着て行こうと思っています。

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2009.07.25

迫られる選択

すずらんの湯(12)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、ある派遣仲間が、すずらんの湯に行って来たと報告してくれました。「どうだった?」と尋ねてみると、彼女にしてみれば、私が絶賛しているほど良くはなかったようです。(苦笑)「何だかあそこ、独特の匂いがしない?」と彼女に尋ねられたので、「ああ、酵素浴の匂いだろうな」と思いました。彼女は露天風呂も、私のようには楽しめなかったそうです。虫がいるのがあまり好みではなかったようですが、「屋外だし、この時期なんだから、そりゃあ、虫もいるよ」と言っておきました。私にしてみれば、すずらんの湯がもっと神戸や三宮、あるいは自宅から近いところにあれば、利用する回数を増やしたいくらいのお気に入りの日帰り温泉なのですが、同じところを訪れても、人によって捉え方がずいぶん違うものなのですね。もともと、日帰り温泉の施設に何を求めるかに違いがあるのかもしれません。

 七月第三週の月曜日、仕事を終えた私は、子宮体がんの検査結果を聞きに行くために、自宅近くのクリニックに出向いた。十九時から二十時までの診察になると言われて予約していたのだが、私の職場から自宅までは一時間半掛かるため、定時に仕事を上がってクリニックまで移動すると、約束の十九時を五分だけ過ぎてしまった。もう受け付けてはもらえないのだろうかと心配しながら、靴を脱いで受付を目指すと、待合所にはおよそ十名の患者さんたちが待っていた。

 受付の方は、何となく私に対してネガティブな感情を抱いているように思えた。早く仕事を上がりたいのに、私が遅い時間にやって来たものだから、私のせいで機嫌をすっかり損ねてしまったのかもしれない。私のカルテを収めるクリアファイルには、大きく「時間外」と書かれた札が入れられた。クリニックの診察時間として掲げられているのは十九時までである。しかし、その十九時を過ぎてしまったので、時間外料金が発生してしまうのだろうかと、私はビクビクしていた。そして、これからも、こちらのクリニックで診察を受けるのだとしたら、平日はどう頑張っても同じくらいの時間にしか来られないだろうとも思っていた。それを考えると、仕事が休みの土曜日に、ほとんど待ち時間もなく診察してくださるI医師の存在は、本当にありがたい。

 とは言え、前回訪れたときは、クリニックで受付を済ませてから診察が終わるまで、四時間も要した。それを考えると、十人ほどの患者さんが待っているだけなのであれば、一時間ほどの待ち時間で診察が終わるのではないかと見積もった。

 ところが、待てど暮らせど、私の名前は呼ばれなかった。待合所で順番待ちをしていた患者さんは十名ほどだったが、やはり携帯電話の番号を告げて外で順番待ちをしていた患者さんがいらっしゃったので、実際は十名よりも多くの患者さんが順番待ちをされていたのである。ようやく中待合(なかまちあい)に呼ばれてからも私は数十分待ち、それから待ちに待って、念願の診察室に呼ばれたのは二十時半過ぎのことだった。

 クリニックの院長と対面した途端、院長のテンションが前回よりもかなり低いことに気が付いた。前回の診察では、積極的にいろいろなことを語り掛けてくださったのだが、今回の診察では、いきなり、筋腫に対する具体的な対応策にまで話が及んだ。ちなみに、子宮体がんの検査結果は陰性だった。

 院長の提案としては、エコーの診断結果により、私の筋腫がかなり大きいので、現時点で何らかの手を打ったほうが良いとのことだった。そして、手術を望まない私に院長が勧めるのは、エストロゲンの分泌を抑える注射をすることだった。私は以前、I医師の以前に診ていただいていた婦人科の医師から、その注射の存在を聞かされたことがある。その注射をしている間は、生理が止まる。つまり、擬似的に閉経の状態を作り出すわけである。確かその医師からは、エストロゲンとプロゲステロンの両方の分泌を抑える注射で筋腫を小さくする方法があると教えられていた。そのとき私は、筋腫に対するプロゲステロンの働きについて希望を持ち、更には筋腫の成長がエストロゲンの働きに関わっているということを知っていたので、その医師に、エストロゲンの分泌だけを抑えられないのかと尋ねてみた。しかし、その医師は、そのような注射はないと答えたはずだった。更に、私が参加している天然のプロゲステロンクリームのMLに参加されている方で、筋腫を小さくするために女性ホルモンの分泌を抑える注射をされていた方がいらっしゃったのだが、やはりエストロゲンとプロゲステロンの両方の分泌を抑える注射だとおっしゃっていた。しかし、あれから既に三年近く経っているので、エストロゲンの分泌だけを抑える注射が登場したのだろうか?

 私は、エストロゲンの分泌を抑えると、ホットフラッシュなどの症状に悩まされるのではないかと院長に尋ねてみた。しかし院長は、ホットフラッシュについてはそれほど心配しなくても良いのではないかとおっしゃった。もしも体内にエストロゲンが足りないようであれば、エストロゲンをほんの少しだけ足すという方法も取られているそうだ。私は、エストロゲンを足すということについては抵抗があったので、それは天然のエストロゲンなのかと尋ねてみた。すると、院長は、
「天然のものです。私たちの身体の中にあるのと同じものですから、心配はありません」
とおっしゃった。私は、
「エストロゲンを足すと、乳がんの危険性が出て来るのではないでしょうか」
と尋ねると、それに対し、院長は驚くべきことをおっしゃった。
「エストロゲンよりも、プロゲステロンを足すほうが、乳がんのリスクは高まりますよ」
それを聞いた私は驚きの声を挙げた。すると院長は、
「これは学会でも報告されていることなので、調べてもらったらすぐにわかると思いますけど、体内にエストロゲンがあるうちは大丈夫なんです。でも、エストロゲンが少なくなった状態でプロゲステロンを足すのは危険です」
とおっしゃった。

 私は驚きのあまり、それ以上、声を出すことができなかった。頭の中が混乱して来たが、やがて気を取り直し、つとめて冷静に振る舞った。何故なら、私の知識とは正反対の情報を伝えられたからだ。それにしても、一体何が正しいのだ? 医学書? それとも学会で報告されていること? 私の知識では、大まかに言って、エストロゲン=悪、プロゲステロン=善というイメージなのだ。体内にエストロゲンがたくさんあると、筋腫もできるし、乳がんにもなりやすいと思い込んでいた。閉経を迎えると、体内のエストロゲンは減少するが、それでも乳がんにかかる人が多いのは、脂肪細胞がエストロゲンを作り出すからだと思っていた。だから、痩せたほうがいいのだと・・・・・・。脂肪細胞がエストロゲンを作り出すという話は、I医師からも聞いたことがある。しかし、院長の話からすると、医学的にはエストロゲンよりもプロゲステロンのほうが危険だという。

 私は、それ以上、院長と話をしても同じ答えしか返って来ないだろうと思い、口をつぐんだ。とにかく院長は、現在の私の大きな筋腫に対して、何らかの対策を取ることが必要であると提案してきた。驚いたことに、院長にも筋腫はあるのだそうだ。院長曰く、現代の女性の三人に一人は筋腫があるとのことだった。私の知る限りでは、四人に一人という割合だったが、最近は三人に一人に繰り上がったのだろうか。それでも、筋腫が大きくなる人とならない人がいるのは不思議なものである。院長にその理由を尋ねてみても、それはわからないという答えしか返って来なかった。

 ちなみに、院長は私のMRIフィルムを取り寄せるためにI医師にハガキを送ってくださったようだが、I医師からの連絡はなかったそうだ。院長は、今度、I医師に電話を掛けてみるとおっしゃった。しかし、私としては、I医師の手を離れて院長の診察を受けることについて、早くも後ろ向きの感情が芽生え始めていた。あくまで感覚的なものでしかないのだが、I医師のところで診察を受けている私の面倒をみると言ってくださったことと言い、院長の中には、病院としての売り上げをもっと伸ばしたい気持ちがあるのではないかと感じたのだ。というのも、前回も書いたが、I医師の病院に比べて診察料がいくぶん割高であるように思えたからだ。私にエストロゲンの分泌を抑える注射を勧めてくださったのも、それが病院の売り上げに繋がるからという気がしなくもない。何故なら、その注射は、以前、お世話になっていた医師から、保健を適用しても、一回数千円から一万円程度の高価な金額になると聞いていたからだ。その注射を、途中、中休みを入れながら閉経まで繰り返すとなると、かなりの金額になるはずだ。

 かつて私はI医師に対し、女性ホルモンの分泌を抑える注射をすることで、閉経まで何とか持ち越せないものかと尋ねてみたことがある。つまり、今回、院長に言われたことを自分からI医師に打診してみたことがあるのだ。しかしI医師は、私の筋腫の大きさからすると、それは現実的ではないとおっしゃった。というのも、多くの場合、注射をしている間は筋腫が縮小しても、注射を止めると、筋腫はすぐに元の大きさに戻ってしまうためらしい。また、その注射は、擬似的に閉経の状態を作り出すために身体に負担が掛かるからなのか、確か連続して半年間しか続けることができないはずだった。途中、どのくらいの中休みを入れるのかはわからないが、おそらく、注射を止めたあと生理が来て、身体が元のサイクルに戻った頃に、再び注射を始めなければ、小さくなった筋腫は再び大きくなってしまうのだろう。五十歳過ぎの閉経までの残り年数を考慮すると、恐ろしい。つまり、I医師が現実的でないとおっしゃったことを、クリニックの院長には勧められているというわけだ。しかし、院長の話では、院長の担当されていた手術を望まない子宮筋腫の患者さんで、女性ホルモンの分泌を抑制する注射を繰り返しながら閉経まで持ち越した患者さんが少なくとも二十名以上いらっしゃるのだそうだ。

 院長は、私の大きな筋腫に対する対応策の決断を迫って来たが、私はすぐには答えられないと言った。すると、三週間後にまた来てくださいと言われ、帰りに血液検査を受けることになった。私としては、五月の頭に健康診断で血液検査を受けたばかりだったので、血液検査はまだ必要ないと思っていたのだが、院長から指示が出たので、しぶしぶ採血に応じた。

 診察を終え、受付で三週間後の予約をしようにも、カレンダーを見ると、三週間後はちょうど夏休みで旅行に出掛けている時期だった。しかも、その次の週になると、今度はクリニックが夏休みを迎えることになる。それに加え、受付の方には、
「平日の最終受付は十七時半までなんです」
と言われてしまった。ああ、なるほど。そこで私はようやく理解した。私のカルテを収めるクリアケースの中に大きな「時間外」の札が入れられたのは、十九時を少し回ったからではなく、十七時半の受付を過ぎてしまったからだろう。それにしても、平日の十七時半に自宅近くのクリニックで受付をしてもらおうと思ったら、私は仕事を早退しなければならない。しかも、例え仕事を早退して受付を済ませたとしても、そこから二時間後に診察が終わるようでは、私のライフスタイルには合わない気がしていた。私は受付の方に、
「今はちょっと予定を立てられません」
と正直に言った。すると、受付の方は、
「わかりました。では、またお電話ください」
と言ってくださった。そのクリニックでは、初診以外の患者は、インターネットまたは電話で次回の診察の予約ができるのだ。

 診察料を払ってクリニックを出ると、既に二十一時を回っていた。毎回、このような調子では、私の貴重な時間がどんどん失われて行く。特に、五時起き生活をしている私にとって、平日の二時間を待ち時間で失ってしまうのは大きい。その日、クリニックから帰宅するとすぐに眠くなってしまったのは言うまでもない。

 それにしても、クリニックに次回の予約を入れることを考えると、何だか気が重い。このまま何も連絡せずに過ごそうか、とも思い始めている。来月になれば、I医師の診察が控えている。もちろん、I医師の診察は受けるつもりだ。ただ、クリニックの院長がI医師に電話を掛けて、私のMRIフィルムを取り寄せたいという意志を伝えたならば、私はもはや院長のところで診察は受けないのに、私のMRIフィルムだけが院長の手元に届くことになってしまうのだろうか。とは言え、クリニックに電話を掛けて、
「やっぱり、院長の診察はもういいです」
とお断りするのも何だか気が重いし、反対にI医師のところに電話を掛けて、
「○○クリニックの院長からMRIフィルムの貸し出しの連絡が入るかと思いますが、私はこれから先もI先生に診ていただきたいので、院長にMRIフィルムを送付しなくてもいいです」
などと話すのも妙な気がする。そんなこんなで、私はまだクリニックにもI医師のところにも電話を掛けていない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回、特に感じたのは、医師が患者にある治療法を勧めるとき、それが必ずしも医師としての純粋な立場からの発言ではないかもしれないということです。ある医師は、その治療法は現実的ではないとおっしゃっているのに、別の医師がその治療法を勧めるとき、そこには医学的な立場以外の思惑があると疑ってしまうのも自然なことではないでしょうか。そういう意味で、I医師とクリニックの院長は、とても対照的な立場を取っていらっしゃると思います。I医師は、そうした病院としての得点のようなものからは、解放された立場にいらっしゃいます。何故なら、私の子宮体がん検診にしても、いつもI医師が診察を行っている別の病院に招いてくだされば、そこで検査することもできたのです。でも、わざわざ私の自宅から近いクリニックをご紹介してくださったということは、I医師があまり病院としての得点を気にしていないことの証でもあります。やはり私は、そんなI医師の患者でいたいですね。(笑)

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2009.07.24

すずらんの湯(12)

獅子の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m その後、ガンモにはしっかり穴埋めをしてもらいました。(苦笑)さて、ようやく七月の出来事を綴り始めたところではありますが、夏休みを迎えるまでに、様々なジャンルの記事が連続しないようにするために、時系列を意識せずにあれこれ綴らせていただこうと思います。実際、誕生日の記事も、リアルタイムの記事でしたので、既に七月上旬の出来事を素通りしてしまっているわけではありますが、これからは、七月上旬の出来事であろうと中旬の出来事であろうと下旬の出来事であろうと、あまり意識せずに書かせていただこうと思います。

 七月第二週の土曜日、およそ二ヶ月ぶりにすずらんの湯に出掛けた。本来ならば、もっと早い時期に足を運びたかったのだが、六月は好きなアーチストのコンサートカングー・ジャンボリーTOEICのIPテストなどの予定でほぼ埋まってしまったため、足を運ぶことができなかった。もちろん、すずらんの湯に出掛ける前には、いつものように神戸店でホットヨガのレッスンを受けたのだが、ホットヨガの記事は、先日、綴ったばかりなので、それについてはまた後日、書かせていただくことにする。

 すずらんの湯に出掛ける前に、酵素浴の予約をしておいた。予約を入れておけば、自分の希望の時間に酵素浴を受けられる可能性が高いからだ。以前、予約をせずにいきなりすずらんの湯に出向き、酵素浴を申し込もうとして、夕方の遅い時間帯しか空いていなかったことがある。わざわざ時間を掛けてやって来たのに、酵素浴を利用できないのは悔しい気がして、無料送迎バスの最終便を泣く泣く見送って酵素浴を利用し、道に迷いながら長時間歩き回った苦い経験がある。

 いつものように、金券ショップで鈴蘭台および北鈴蘭台までの休日回数券を購入し、高速神戸から電車に乗った。すずらんの湯のある神戸電鉄の北鈴蘭台または鈴蘭台は、神戸から出掛けて行くには、複数の私鉄を乗り継ぐことになるため、交通費が少々割高になる。しかし、金券ショップをうまく活用すれば、割高な交通費を少しだけ節約することができるのだ。私は北鈴蘭台で下りて、やって来た無料送迎バスに乗り込み、すずらんの湯へと運んでもらった。


二ヶ月振りに訪れてみると、夏の日差しを浴びて緑も輝いている

 私は酵素浴の前にゆっくりお風呂に入っておきたかったので、十六時からの酵素浴を予約していた。酵素浴は比較的短時間で終わるので、酵素浴のあとは、十六時四十分発の無料送迎バスに乗ることができるはずだ。

予約していた酵素浴は十六時から

 今回の女湯は、紅葉の湯だった。脱衣場で服を脱ぎ、トイレを利用すると、何やらマッサージコーナーの奥にカーテンが引かれ、椅子に座った人がテレビを見ているのが見えた。そのとき、私は、「もしや、よもぎ蒸しのサービスが始まったのだろうか?」と思った。そこにいたスタッフに尋ねてみると、やはりよもぎ蒸しのサービスが始まっていたようだ。一回三十分の利用で千五百円だとか。これは是非とも利用したいものである。酵素浴のほかに、また一つすずらんの湯の楽しみが増えた。

 ところで、紅葉の湯と言えば、私の大好きな桶風呂があるほうのお湯である。服を脱いで浴室に入り、身体を簡単に洗い流した。ホットヨガのレッスンのあと、シャワーを浴びているというのに、備え付けのシャンプーが用意されていると、ついつい手が伸びてしまう。身体を洗い流した私は、そのまま露天風呂へと向かった。

 桶風呂、桶風呂、と呪文を唱えながら桶風呂の様子をうかがうと、桶風呂が一つ、空いていた。私はすかさず桶風呂に入り、深呼吸した。この露天風呂も、通い始めた冬の頃からは、ずいぶん景色が変わって来ている。露天風呂は、季節を感じることのできる、日本ならではの風物詩なのかもしれない。

 もう少し涼しい時期ならば、お風呂が暖かく、外の空気は冷たいという状況がとても心地良かった。しかし、夏のお風呂は、入ってもすぐに汗を掻いてしまいやすい。そんな考慮もあってか、桶風呂の温度はかなり低めの温度に設定されていた。ぬるま湯に浸かっているという表現がぴったりの状況だった。

 私は、時計を見ながらぬるま湯の桶風呂の中で長時間を過ごし、桶風呂から上がったあとは他の露天風呂に少しだけ浸かったあと、室内に戻り、漢方蒸し風呂を利用した。そして、いよいよ酵素浴の時間が差し迫って来たので、脱衣場に戻り、館内着に着替え、健(スコヤカ)受付カウンターへと向かった。

 さて、今回の酵素浴は、ゴールデンウィーク中に利用した酵素浴と同じ部屋で行われた。その部屋は、これまで利用していた酵素浴の部屋とは、廊下を挟んで向きが反対になっている。案内してくださったスタッフが部屋から出て行ったあと、私はすっぽんぽんになり、米糠の入った木の箱の中に仰向けに寝転がったのだが、あとから入って来たスタッフが、私の寝ている向きが逆であることに驚いていた。これまで利用していた酵素浴の部屋とは向きが反対なので、米糠の入った木の箱の中でも頭の向きを反対にして寝転がるようだ。スタッフ曰く、
「壁側のほうが頭になります」
とのことだった。私は慌てて立ち上がり、頭の向きを反対に変えた。そのとき、すっぽんぽんの身体をスタッフにさらすことになってしまったが、もしも私が男性ならば、どうなっていたのだろう。

 スタッフは、私の顔の上に冷たいタオルをかぶせてくださったあと、私の身体の上に丁寧に米糠を掛けてくださった。予想していたよりも、米糠の温度は上昇していなかった。この夏の暑い時期に米糠の温度が上昇しているとなると、喉が渇いて苦しくなるのではないかと思っていたのだが、その点については大丈夫だった。自然は思ったよりも優しいといったところだろうか。

酵素浴を行う、米糠の入った木の箱

 スタッフは私に、
「時間はいかがいたしましょうか?」
と尋ねてくださった。私は、
「やはり最初は十分でお願いします」
と答えた。酵素浴は十五分間利用できるのだが、利用客の判断で、十五分以内ならば時間を調整できるのだ。
「了解致しました」
と言ってスタッフが出て行くと、私は第二チャクラが活性化するようにイメージしながら、心を鎮めた。

 私は目を瞑り、自分の第二チャクラのあたりの色を感じていた。第二チャクラの色はオレンジ色のはずなのに、私の第二チャクラはオレンジ色に黒が混じっていた。まさしく、濁ったオレンジ色という感じである。これでは、第二チャクラが活性化するはずがない。第二チャクラをきれいなオレンジ色にするには、どのようにすればいいのだろう。そんなことばかり考えているうちに、約束の十分が過ぎた。

 スタッフが様子を見に来てくださったので、私は、
「あと五分、お願いします」
と言った。これからの五分がラストスパートだ。第二チャクラの色をきれいにしよう。そう思いながら目を閉じて、再び自分の第二チャクラが活性化して来るイメージを描いた。しかし、とうとう達成することができないまま残りの五分が経過し、酵素浴はそこで終了となってしまった。それでも、私が感じたどす黒いオレンジ色の第二チャクラのイメージは、これからの改善に何か役に立つかもしれない。

 私は、受付横にあったコップに水を注いで酵素浴の部屋に持参していたので、シャワーを浴びる前にその水を一気飲みした。酵素の温度はそれほど高くはなかったが、やはり喉が渇いていたのだ。そして、シャワーを浴びたあと、館内着を身につけて受付の前を通ると、スタッフが冷たいタオルと水を用意してくださったので、座って利用させていただいた。久し振りの酵素浴は、何だか達成感があった。自分の第二チャクラの色を感じ取ることができただけでも、大きな収穫である。

 更衣室に戻った私は、十六時四十分の無料送迎バスに乗るべく、大急ぎで帰り支度を整えた。そして、使用済のタオルを返却ボックスに返却し、館内着とロッカーの鍵を受付に返却すると、下駄箱の鍵を受け取った。下駄箱から自分の靴を取り出した私は、無料送迎バスの乗り場へと急いだ。せっかくお風呂に入って身体がきれいになったのに、こんなふうに急いでいると、汗を掻いてしまうのが難点だ。しかし、汗を掻きながら急いだおかげで、無料送迎バスには間に合った。

 さて、帰路についた私は、愛用していたパワーストーンのブレスレットがないことに気が付いた。確か、酵素浴を受ける直前に外して、館内着のバッグの中に入れたはずだった。もしや、館内着を返却するときに、バッグの中にブレスレットを入れたまま返却してしまったのでhないだろうか? 私は青ざめながら、自分の手持ちのバッグの中を探し回った。探しながら、私には、館内着のバッグの中に入れたブレスレッドを、自分のバッグの中に移し替えた記憶がないことに気が付いた。やはり、館内着のバッグの中に愛用のブレスレットを入れたまま返却してしまったのだ。

 パワーストーンが自分の手元から離れて行くのは、パワーストーンとしての役目が終わったときなのだろうか。もしそうならば、去り行くパワーストーンを深追いしてはいけないのだろうか。そのパワーストーンは、ガンモが担当している顧客のある最寄駅前の委託販売のお店で、一つ五百九十円で購入したものである。格安だが、とてもしっかりとした作りをしていて、パワーストーンも惜しみなく使用されている。

 私は、パワーストーンの役目が終わって離れて行ったと思い、同じパワーストーン欲しさに、すずらんの湯の帰りにその駅で途中下車して、その委託販売のお店に寄ってみた。しかし、同じ商品はおろか、心惹かれる他の商品も見当たらなかった。やはり私には、あのパワーストーンが最もフィットしていたのだ。

 私は、もしも本当にパワーストーンが役目を終えたのならば、二度と私の前には姿を現さないはずだと思った。そんなことを思いながら、思い切って、すずらんの湯に電話を掛けてみた。
「本日、利用させていただいた者ですが、館内着のバッグの中に、パワーストーンのブレスレットを二つ入れたまま返却してしまいまして・・・・・・」
と言うと、電話に出てくださったスタッフの方がすぐに忘れ物を確認してくださり、確かにブレスレッドの忘れ物があることを伝えてくださった。それを聞いた途端、私は安堵の息を漏らした。きっと、その日のうちに電話を掛けたのが良かったのだ。良かった、私とパワーストーンとの縁はまだ繋がれたままだった。スタッフの方によれば、
「忘れ物については、こちらに取りに来ていただくことになるのですけども」
とおっしゃる。私は、
「わかりました。では、この次の三連休にうかがいます」
と答え、自分の名前と携帯電話の番号を告げて電話を切った。

 一週間経てば、役目を終えて離れて行ったと思っていたパワーストーンが私の手元に戻って来る。今度こそ、失くすことのないように大事に使ってあげよう。私は心の中でそう誓いながら、待ち遠しい一週間を過ごした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m よもぎ蒸しのサービスが始まっていたことには驚きましたね。酵素浴の他にも、また一つ、楽しみが増えたというものです。次回、利用するときには、酵素浴の利用は見送り、よもぎ蒸しを利用しようと心に決めていました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.07.23

獅子

映画『天使と悪魔』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m エンターテイメント性の高い作品は、人間の生き様を深くえぐり出したりはしないので、鑑賞している間はのめり込むことができるのですが、余韻を引きずることはあまりありませんね。だから、そういう作品はレビューを書き難いのかもしれません。映画を鑑賞することで満足し、自己完結してしまうのだと思います。でも、他にもいろいろな作品を世の中に生み出しているロン・ハワード監督だから、中にはエンターテイメント性を重視した作品があってもいいかな、と思います。

 自分でも信じられないのだが、また一つ歳を重ねて四十四歳になった。獅子座生まれで四十四歳だから、今回の記事のタイトルは「獅子」である。掛け算ならば四×四で十六歳なのだが、十六歳だったときのことなど、遥か彼方のことである。

 せっかくの誕生日なのに、朝、起きたときから何だか様子がおかしかった。キラキラと輝く特別な一日が始まるはずだったのだが、いつものテンションと変わりなかった。

 前夜、〇時を過ぎてしばらく経ったとき、ガンモが、
「あ、〇時過ぎたね。お誕生日おめでとう」
と言ってくれた。私は、〇時を過ぎた段階で誕生日を迎えたことに気付いていたが、最近、特に仕事が忙しいガンモは、現在抱えている仕事を自宅にも持ち込んで作業しているため、〇時を回ったことをすぐには気付かなかったようだ。

 毎年、私の誕生日には、仕事帰りに外で食事をしてから帰宅している。ただ、私たちは普段から外食が多いので、誕生日を特別なものにするために、いつもよりも少しだけおしゃれなお店を選んだりする。とは言え、わざわざお店を予約しておくようなことはしない。

 週末に休日出勤していたガンモは、代休のため仕事が休みのはずだったが、どうしても外せない仕事が大阪であるとかで、朝から大阪の事務所に出勤したようだ。一方、私はというと、いつものように仕事に出掛け、普段と変わりなく仕事をこなした。学生の頃は、誕生日が夏休みに入ってすぐだったので、友人たちから直接お祝いのメッセージをもらうことは少なかったように思う。今は電子メールという便利なものがあり、私の誕生日を覚えていてくださっている方たちから、たくさんメッセージをいただいた。感謝!

 職場の人たちは、私の誕生日など知るはずもなく、いつもと変わりない時間が静かに流れて行った。ようやく仕事を終えて帰路につく頃、ガンモに電話を掛けてみると、ガンモはひどく忙しそうだった。まだ時間も早かったので、ガンモが大阪で仕事をしているのならば、このあと私も大阪まで移動しようかと思い、ガンモに大阪で食事をしようと提案してみた。しかしガンモは、仕事が忙しいので大阪には来なくて良いと言う。何だ、何だ、私の誕生日なんだぞ? 年に一度しかないんだぞ?

 ガンモの仕事が忙しいことはわかっていても、私はちょっぴりご機嫌斜めになった。落ち着いたらきっと連絡をくれるだろうと思い、私はそのまま三宮まで出て少し時間を潰した。それにしても、大阪に行くことを拒否されてしまっては、私は一体どこでガンモの仕事が終るのを待てば良いのだろう? 位置関係としては、大阪と三宮の間に自宅があるという状況だ。しかし、自宅の最寄駅付近にはそれほどおしゃれなお店は見当たらない。私は、ガンモからの連絡をしばらく待っていたのだが、いっこうに連絡がないので、とうとう痺れを切らしてガンモに電話を掛けた。電話に出たガンモはまだ忙しそうだった。私は、
「わかった。もう、お腹が空いたから、独りでご飯を食べるよ」
と言って電話を切った。

 せっかくの誕生日なのに、ガンモの仕事が忙しいことに対し、ちょっぴりどころか、かなりムカムカしていた。その後、私はお気に入りの定食屋さんに入り、独りでご飯を食べた。何と寂しい誕生日だろう。

 帰宅途中に実家に電話を掛けてみると、私の声を確認するなり、母からお祝いの言葉をもらった。いつだったか、
「お誕生日おめでとう」
と言ってくれた母に、
「産んでくれてありがとう」
と言ったことがある。母はその言葉を聞いてとても喜んでくれたのだが、今は照れてしまって、同じ台詞はもう言えない。その後、父と替わり、パソコンの話をした。以前、父に贈ったパソコンが壊れてしまったので、ガンモが再び新しいパソコンを組み上げてくれたのだ。その新しいパソコンを、先日、父に贈ったばかりだったのである。何でも、妙なエラーメッセージが表示されて、電子メールの受信がうまく行かないという。のちに私は、エラーメッセージの内容を父から正確に聞き取り、問題解決の糸口を見付けた。

 以前も書いたが、五時起き生活が始まってからというもの、私は二十二時頃には眠くなってしまう。ガンモが帰宅するまで、一生懸命目を開けていたが、二十二時を過ぎてもガンモは帰宅しなかった。私はますますムカムカしていた。
「今日は妻の誕生日だから、もう帰ります!」
なんてことを堂々と宣言して、早めに仕事を上がれないものだろうか、などと思っていた。

 私がうとうとしかけていた二十二時半頃、ガンモはようやく仕事から帰宅した。一緒に食事ができなかったので、私はひどく機嫌が悪く、ガンモが帰宅してもしばらくそっぽを向いていた。何と心の狭い人間だろう。先に与えられなければ満足しないのだ。私の態度に気が付いたガンモは、仕事がひどく立て込んでいることを話してくれた。何でも、別の支社にそりの合わない人がいて、その人の意見により、仕事がなかなかはかどらないらしい。ガンモの帰宅が遅くて私がムカムカしていた頃、ガンモも同じように、仕事のことでムカムカしていたのだ。

 私は、何となくガンモに意地悪をしたくて、へそを曲げたまま眠りについた。ガンモは、そんな私をなだめるように、狭いシングルベッドにピタッと寄り添って来た。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いったんヘソを曲げると、なかなか引っ込みがつかないものですね。今はもう、おへそはまっすぐになっています。(苦笑)それにしても、いろいろな方たちからお祝いメッセージをいただき、私はこうしていつも支えられながら生きているんだなあと実感しました。お祝いメッセージを下さった方、どうもありがとうございます。m(__)m

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2009.07.22

映画『天使と悪魔』

ホットヨガ(一五六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 久し振りにホットヨガの記事をお届けしましたね。まだ六月の出来事を綴っているのですが、いつの間にか七月も下旬なんですよね。夏休みが始まるまでに七月の出来事を綴ってしまわないと、旅行に出掛けてからも七月の記事を綴ることになってしまいます。(苦笑)

 せっかくのレディースデイだったので、映画『愛を読むひと』を鑑賞した直後にもう一本鑑賞することにした。何を鑑賞するか、いろいろ悩んでいたのだが、上映スケジュールに最も無駄のない形で鑑賞することにしたのが本作というわけである。何と、私が足を運んだ映画館では、映画『愛を読むひと』の終映直後に本作が上映されることになっていたため、映画『愛を読むひと』を鑑賞し終えたあと慌ててトイレに駆け込み、本作が上映されるシアターまで大急ぎで移動したのを覚えている。

 少し前に、映画『ダ・ヴィンチ・コード』をDVDで鑑賞したのは、本作を鑑賞するための予習のためだった。本作に対する思い入れが特に深いわけではなかったが、映画『ダ・ヴィンチ・コード』の劇場公開中に話題作を鑑賞しなかったということが、私の中ではほんの少しの後悔に繋がっていたのだ。そのため、本作は劇場公開中に鑑賞しておこうと思ったのである。

 シリーズ化された多くの作品において、恋の相手とまでは行かなくても、主人公が親しくなる女性が毎回異なる場合がある。あまり詳しくはないのだが、日本映画の寅さんシリーズは、毎回、マドンナ役が異なっていたはずだ。本作も同様に、主人公と一緒に冒険を重ねて行く女性がいる。映画『ダ・ヴィンチ・コード』では、オドレイ・ドトゥ演じる暗号解読官ソフィーだったが、本作ではアイェレット・ゾラー演じる科学者ヴィットリアである。もちろん、主人公は映画『ダ・ヴィンチ・コード』と同じくトム・ハンクス演じる宗教象徴学者ロバート・ラングドンである。

 今回もまた、キリスト教を背景に、宗教と科学との関わり合いをも絡めながら、メジャー派とマイナー派の対立を描き出す。舞台となっているのは、ローマ市及びヴァチカン市国である。映画『ダ・ヴィンチ・コード』のルーヴル美術館といい、今回のローマやヴァチカン市国といい、私にとっては二十年前にツアーで訪れた場所でもある。ツアーのため、公共の交通機関を使って自分の足で移動したわけではないので、もはやほとんど記憶にないのだが、ヴァチカン市国内にある教会にも足を踏み入れたはずだった。もしかすると、本作に登場した教会だったのかもしれないと思うと、感慨深いものがある。

 宗教と科学の対立の材料として使われているのは、ジュネーブから盗み出された反物質である。ローマ市を一瞬にして破壊する力を持っているこの反物質は、バッテリが切れると自動的に爆発することになっている。反物質の爆発までに設けられたタイムリミットとともに、科学の四大元素である「土」、「空気」、「火」、「水」にちなんだ場所で教皇候補が一時間ごとに殺害されるというもう一つのタイムリミットもあり、ラングドンは頭をフル回転させながら事件の解決を目指す。ヴァチカンに対抗する秘密結社として挙げられているイルミナティは、盗み出した反物質を使ってヴァチカンに復讐しようと企んでいるのである。

 起承転結の転の部分において、こちら側の人間だと思っていた人が、実はあちら側の人間だったという急展開は、前作の映画『ダ・ヴィンチ・コード』と良く似ているのではないだろうか。もしもそうした雛型が出来上がっているのであれば、次回作の作りも何となく読めてしまう。

 とは言え、ロン・ハワード監督は実に幅広い作品を世の中に生み出して行く監督である。ハートフルな作品を生み出したかと思えば、こうしたエンターテイメント性の高い作品をも世の中に送り出している。いろいろな作品を生み出すことのできる監督には、これからも、一つの作品の色だけに染まって欲しくはないと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 宗教と科学の融合は、ラングドンが女性科学者ヴィットリアと力を合わせて事件の解決に挑んでいるところで実現されているように思います。相容れないもの同志が融合を果たすためには、互いにないものを補い合うという形で実現するしかないですよね。そのためには、自分に足りていないものを認識する必要がありますね。ところで、『天使と悪魔』の天使は「宗教」で、悪魔は「科学」という解釈でいいのでしょうか。科学は、宗教が目指そうとするところへ一瞬にしてたどり着いてしまうから、「悪魔」なのかもしれませんね。(笑)そうだとすると、東洋医学から見た西洋医学にも匹敵するかもしれません。

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2009.07.21

ホットヨガ(一五六回目)

多読がもたらしたものの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私がTOEICのIPテストを受けた翌日、ガンモは自宅近くの大学でTOEICの公開テストを受けました。やはり私と同じように、「新たな大台に乗った!」とうそぶいていたのですが、結果は惨敗だったようです。うむむ、何だか変ですね。自分では「できた!」という確かな手応えを感じているのに、実際の出来はそれほどでもなく、むしろ、できなかったと思った試験に限って、高いスコアを獲得していたりします。ちなみに、私が最も高いスコアを獲得したのは、M女子大学まで自転車で迷いながら受験しに行ったときなんですよね。あのときは試験の直前に生理が始まってしまい、ほとんど頭が回らなかったのに、これまでで一番高いスコアを獲得できているのです。ということは、私たちの場合、実力ではなく、超能力でスコアを獲得しているのでしょうか。何だか複雑な気持ちであります。(苦笑)

 TOEICのIPテストを受けたあとは、お昼ご飯を食べて、梅田店でホットヨガのレッスンを受けた。九十分のベーシックコースである。レッスンへの参加者は私を入れて十五名で、そのうち男性会員は一人だけだった。レッスンを担当してくださったのは、これまでにも何度かレッスンを担当してくださっているインストラクターである。

 実は、今回のレッスンから、レッスン中に飲む水を保冷専用ボトルに入れて持参してみた。これまでは、ペットボトルの水を常温のまま持参していたのだが、冷たい水を持参すれば、新しい世界が待っているのではないかと思ったのだ。保冷専用ボトルの容量が一リットルなので、九十分のレッスンでは水が足りなくなると思い、補充用の水を常温で小さめのペットボトルに入れて一緒に持参した。ホットヨガのレッスンは三十八度の室温に保たれたスタジオで行うため、レッスン中に保冷専用ボトルに入れた水を飲むと、冷たくてとても気持ちがいいことがわかった。ただ、あまりにも気持ちがいいので、普段よりも水をたくさん飲んでしまう傾向にあるようだ。そのせいか、いつもよりも汗を掻く量が多かった。私は、補充用の水を持参しているのをいいことに、冷たい水をごくごく飲んだ。

保冷専用ボトル

 レッスン中に冷たい水を飲むと、汗をたくさん掻くことに加え、疲労感も激しいようだ。緩いはずのベーシックコースだというのに、私は少々バテ気味だった。そう言えば、小学生の頃、熱血先生に「余計にしんどくなるから、運動中に水は飲むな」と言われたことがある。当時、熱血先生が語っていたことの意味を、三十年も経ってから実感することになろうとは・・・・・・。

 ところで、大きな筋腫持ちの私がレッスンを受けていて辛いと感じることがいくつかある。前かがみになるポーズや、お腹を下にするポーズを取るときはもちろんだが、実は、座りの基本のポーズであるダンダーサナ(杖のポーズ)を取っているときも辛い。ダンダーサナはどのようなポーズかというと、皆さんも良くご存知のビリケンが取っているポーズである。

ダンダーサナのポーズを取っているビリケン

 足を前に投げ出して、足の指を天井に向けて座るだけなのだが、背骨が曲がっているからなのか、それともお腹に力が入るからなのか、この状態を長く保つことがひどく辛い。横から鏡で見たときに、自分の身体が九十度になっているのが理想的なダンダーサナのポーズなのだそうだ。簡単なポーズのはずなのに、ダンダーサナのポーズを取るのが辛い私は、レッスン中、一刻も早くこのポーズから解放されることを待ち望んでいる。

 保冷専用ボトルで冷たい水をゴクゴク飲んでいた私にとって、九十分のレッスンは少々きつかった。それでも、いい汗をたっぷり掻いたという満足感でスタジオを出た。

 ちなみに、今回のレッスンのときに着ていたTシャツは、ガネーシャである。

レッスンのときに着ていたガネーシャのTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスンのときに着ているようなTシャツを、職場にも着て行くのですが、私の周りの人たちは、私がどのようなインドの神様Tシャツを着ていようとも、ほとんど区別が付かないようです。シヴァのTシャツを着ているのに、「お釈迦様?」と言われたり、「観音様?」と言われたりします。仕事中は首から名札のプレートをぶら下げているので、名札が邪魔になり、神様Tシャツの顔が良く見えないこともあるのかもしれませんが、「お釈迦様?」と尋ねて来た人に聞いてみると、私が着ている神様Tシャツは、どれも同じように見えるのだそうです。きっと、普段からアンテナを張っていないために、自分の中の知識で解決しようと試みるのでしょうね。私は、シヴァならば、頭にコブラがいたり、頭から噴水のように水が出ていたりすることで区別がつくと教えてあげました。すると、「これからも、もっといろいろなTシャツを着て来て」と言われました。(笑)

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2009.07.20

多読がもたらしたもの

映画『愛を読むひと』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m さすが、劇場がひどく混雑しているだけあって、とても見応えのある作品でした。考えてみれば、マイケルは法学を学んでいたわけですから、そちらの方面でハンナをサポートすることもできたんですよね。でも、それをする勇気がなかったわけです。自分のほうがハンナに振られたという思いと、学んだ法学を活かし、希望に満ちたこれからの自分の人生のことを思うと、積極的に動くことができなかったのかもしれません。

 六月の最終土曜日は、大阪・梅田の貸会議室で、派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けた。ここのところ、私の英語学習法は、Oxford Reading Tree一色に染まっていた。eBayでイギリスの出品者からせっせと自分のレベルにあったOxford Reading Treeを購入しては、イギリスの出品者との簡単なメッセージのやりとりを楽しむとともに、時間を見付けては、生きたイギリス英語の表現に触れていた。それこそ、中毒ではないかと思うくらい、熱心に読みふけっていた。また、どのステージのどの作品を購入し、読み終えたかを、Excelで管理するのも楽しかった。

これまでに読んだStage 8から14までのOxford Reading Tree

 Oxford Reading Treeを読むのは本当に楽しく、私はとうとう楽しみながら英語を学習する方法を見付けたと喜んでいたものだ。もともと私は大学時代にイギリス英語を選択科目として履修していたこともあり、そのときに触れたイギリス英語の抑揚がとても心地良かったので、どちらかと言えばアメリカ英語よりもイギリス英語が好みだった。Oxford Reading Treeは、イギリス英語に触れたい私の好奇心を心地良く刺激してくれる、本当に楽しく最適な読み物だった。

 このように、春頃からOxford Reading Tree一色に染まっていたので、今回のTOEICのIPテストでは、確実にリーディング力がアップしているだろうと思っていた。実際、試験が終わったあとも、かなりの手応えを感じていたはずだった。何故なら、リーディング問題の試験終了前に感じる「まったくもって時間が足りない!」という焦りの感覚が、いつもよりも緩やかだかったからだ。

 IPテストを終えたあと、私はガンモに電話を掛け、いつものように、
「ひょっとすると、大台に乗ったかもしれない」
などとうそぶいた。そして私は、結果を楽しみに毎日を過ごしていた。

 IPテストを受けてから二週間近く経った頃、私の手元にスコアが届いた。仕事が忙しかった頃は、ガンモのほうが私よりも先に仕事から帰宅して、私のスコアをガンモに開封されてしまっていたのだが、ここのところ、私は定時で仕事を上がって帰宅しているため、ガンモよりも早い帰宅となっている。私は、届いたスコアを余裕で開封し、そして驚いた。

 な、何と、大台に乗るどころか、相変わらず小台のままで、しかも、前回のスコアよりも下がっていた。私自身の最も高いスコアから比べると、五十五点も低かったのである。がっかりした私は、過去のスコアと照らし合わせながら、今回の敗北について考えた。そして、間もなく一つの見解にたどり着いた。スコアが下がったのは、Oxford Reading Treeに夢中になるあまり、リスニングの学習を怠っていたからだ。これまでの私は、パソコンに向かっているときはいつも、BBCに耳を傾けていた。しかし、Oxford Reading Treeに夢中になることができたという安心感から、リスニングの学習をさぼってしまっていたのだ。

 今回のスコアにより、私が得た結論はこうである。いくら多読に夢中になったとしても、リーディングのスコアはすぐには伸びないが、リスニングをさぼるとスコアがガタ落ちする。言い換えれば、私の場合、短期間のうちにTOEICのスコアを伸ばそうと思えば、リスニング力を鍛えれば良いということだ。とは言うものの、私が実践しているOxford Reading Treeを使用した多読は、あまりにも楽し過ぎてやめられない。時間は掛かるかもしれないが、Oxford Reading Treeの多読が、いつかはリーディングのスコアアップに繋がるものと信じたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m eBayで落札しているOxford Reading Treeは、イギリスの通貨であるポンドで決済しているのですが、ポンドは変動が大きくてなかなか面白いです。飛行機の代金と同じように、夏になると、どんどん高くなるのです。そのため、春のうちに購入したストックもまだあるので、現在は落札を控えています。(苦笑)二年前にロンドンを訪れたとき、確か手数料込みで一ポンド二百五十円程度で換金していたように思います。ところが、この春くらいには、手数料なしで一ポンド百四十二円なんていうこともありました。これほど変動があるなら、ポンド預金なんていうのも面白いかもしれません。

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2009.07.19

映画『愛を読むひと』

恋の成就の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。縄張り争いは、イケメンくんと雛たちの間で発生しているだけではありません。父ちゃんもまた、イケメンくんと戦っています。しかし、TKMYのかつての夫であるキッコロには太刀打ちできなかった父ちゃんも、新参者のイケメンくんに対しては強気に出ているようです。(笑)

 患者で溢れ返るクリニックで子宮体がんの検査を受けたあとに鑑賞したのが本作である。平日の十五時からの上映だというのに、レディースデイということもあって、劇場内はひどく混雑していた。クリニックでの待ち時間が長引いたために、既に予告編が始まってから入場した私は、暗くなってしまった劇場内で、予約しておいた席にたどり着くことができずにおろおろしていた。観易い席を希望して、真ん中の席を予約しておいたのが、かえって仇になったのだ。私が自分の席までたどり着くためには、座っている人たちの前を謝りながら通り抜けなければならなかった。私は、そこまで図々しくはなれなかったので、自分の席のおおよその場所を確認したあと、おそらく空いているであろう前方の席に移って鑑賞しようと思い、前方へと歩いて行った。ところが、最初は暗くて良くわからなかったのだが、間近まで来てみると、前方の席まで既に埋まってしまっていた。つまり本作が、それほど人気の高い作品だったというわけだ。途方に暮れた私は、劇場の入口付近の通路に舞い戻った。すると、劇場スタッフが私の行動に気付き、声を掛けてくださった。劇場スタッフは、私が予約しておいた席に既に他の人が座っているのではないかと心配してくださったのだが、私は、劇場内が暗くて自分の席まで移動できないことを理由に、劇場スタッフに自分の席の近くまで付き添っていただいた。そのことがきっかけになり、私は図々しくも、既に席に座って落ち着いている人たちの前を掻き分けながら、ようやく自分の席にたどり着いた。どういうわけか、私の席の両隣のドリンクホルダーが両方とも埋まっていたが、遅れて入って来た私にはドリンクホルダーを使用する権限を主張することもできずに黙っていた。

 さて、本作を鑑賞しようと思い立ったのは、やはり予告編に惹かれてのことだった。邦題の『愛を読むひと』もまた、何だか謎めいていていい。一九五三年のドイツで、十五歳の少年マイケルが二十一歳も年上の女性ハンナと出会い、恋に落ちる。互いの感情を交わすことなく、若いマイケルの性への憧れから始まったとも思えるその恋は、長い長い時を経て、尊い愛へと発展して行く。

 マイケルの役を演じているのは、新人俳優のデヴィッド・クロスである。彼の純朴でまっすぐな役柄は、単に彼が新人であることから来ているわけではなさそうだった。何故なら彼は、とても新人とは思えないほどいい演技を見せてくれたからだ。一方、マイケルの恋の相手であるハンナを演じていたのは、ケイト・ウィンスレットである。これまでにも彼女の出演する作品をいくつか鑑賞して来たが、私の中での彼女は、笑顔よりも、悲しみや苦しみを背負いながら生きている女性を演じるのが似合う女優さんといったところだった。本作でも彼女の演じるハンナは、笑顔よりも、悲しみや苦しみを背負った人生を送っている。

 昔も今も、好きな女性に本を読んで聞かせるという行為が、本作の中では大筋として描かれている。勉強好きな少年と、本を読み聞かせて欲しい女性が、情事の前にベッドの上でくつろいでいる。マイケルにしてみれば、ハンナから本を読んでとせがまれるのがうれしいのだ。マイケルは、そんな二人の関係がいつまでも続くと思っていたのだろうが、やがて少しずつ、二人の間には見えない亀裂が生じ始める。決定的な何かが起こるわけではないのだが、スクリーンを通して、二人の気持ちがすれ違い始めているのがわかる。そんなある日、ハンナは突然、マイケルの前から姿を消してしまう。その別れから数年後、大学で法学を専攻していたマイケルは、裁判を傍聴したときに、被告人として現れたハンナと思わぬ再会を果たすことになる。

 ネタバレになってしまうので、予告編の中で流れていたハンナの秘密については、ここでは触れないでおこう。マイケルは、ハンナからその秘密を直接聞かされたわけではなかったが、彼女と過ごした時間を思い返しているうちに、その秘密に気付くことになる。ハンナに課せられた刑は、その秘密を明かしてしまえばいくらか軽減されるはずのものだったのに、ハンナもマイケルもその秘密を公表しようとはしない。おそらくマイケルは、ハンナ自身が法廷でその秘密を明かそうとしなかったために、自分自身もハンナの秘密を守り抜こうと固く決意したのだろう。多くの人たちが、自分を正当化するために法廷で嘘を証言することもあるというのに、秘密を明かしたくないハンナは、法廷で自分を正当化しようとはせずに、秘密を守り続けて罪を背負った。それはむしろ、彼女自身の自尊心を守るための行動だったのかもしれない。だから彼女は獄中で、明かさなかった秘密と彼女の現状が同等になるような努力を重ねたのだ。

 感動的なのは、年を重ねたマイケルが、獄中のハンナに対し、本を読み聞かせるために、わざわざ物語を音読したカセットテープを送り続けたことである。かつては情事の前にマイケルがハンナに読み聞かせていた数々の物語。中途半端に恋を終わらせた二人にとって、過去を振り返ることは、ほろ苦くもあり、甘酸っぱくもあったはずだ。

 のちに再会が用意されていたことからしても、マイケルとハンナの恋は運命的だったのだろう。しかも、単に再会しただけでなく、その後、何年間にも渡り、二人は間接的に関わり続けることになる。しかし、ハンナの中では、すっかりけじめが付いていたのだろうか。

 かつて、マイケルとの関係を一方的に終わらせてしまったことと言い、ハンナは自分だけの判断で行動する傾向がある。だから、秘密を公表せずに罪をかぶったのであり、出所できる直前に取った行動も、誰にも相談せずに自分だけで決断した。ここに、おそらくマイケルとハンナの間に生まれたであろう溝が見えて来る。若いマイケルは、ハンナともっともっと近い存在になりたかった。しかしハンナは、ある程度のところまでは第三者を許容したが、自分が守ろうと決めた領域への第三者の侵入は頑なに拒んだ。ハンナにしてみれば、第三者がハンナの守りたい領域に近付けば近付くほど、息苦しさを感じてしまったのかもしれない。

 そんなハンナは、一見、自立しているようでいて、実際は自立していないと思う。私はハンナから、独りで生きたいのに生きられない苦悩を感じた。完全に自立できない苦悩を抱えていたからこそ、ハンナは密に関わろうとした人たちに傷を残して行ったのではないだろうか。もしも自立した人の取った行動であれば、ハンナと密に関わろうとした人たちに、すがすがしさを残したはずだから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大人になってからのマイケルをレイフ・ファインズが演じていたのですが、正直に書かせていただくと、若い頃のマイケルとはかなりギャップがありましたね。あの純朴なマイケルが大人になり過ぎてしまったという落胆のようなものを感じてしまいました。それでも、物語を音読して録音したカセットテープをハンナに送り続けるのですね。二人の取った行動について、その背景にあったものは果たして何だったのだろうと、深く考えさせられる作品でありました。

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2009.07.18

恋の成就

当たっただけの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今になって思えば、胸のポケットに入っていたガンモの携帯電話が何かに当たってリダイヤル発信されたときに聞こえていた音は、携帯電話のマイクがポケットの布と近いために、あたかもガンモが外にいるかのような音を生み出していたんでしょうね。空想力は、様々な条件を組み合わせ、繋げて行くことが良くわかりました。(苦笑)

 横恋慕という記事の中で、TKMYが、奥さんのいるイケメンくんに恋をしているという話を書いた。ガンモの報告によれば、TKMYはその後、イケメンくんにピジョンミルクをおねだりしたが断わられたそうだ。

 ピジョンミルクは、鳩が子育てをするときに出すミルクではあるのだが、実は、愛し合う男女の間でも交わされている。通常、雌が雄にピジョンミルクをおねだりし、了解した雄がピジョンミルクを雌に与えると、その直後に交尾が始まる。ところが、TKMYがイケメンくんにピジョンミルクをおねだりしても、イケメンくんはTKMYにピジョンミルクを与えなかったのだそうだ。ということは、このままTKMYの片思いに終わってしまうのだろうか。

 確かに、片思いの証として、TKMYだけが我が家のベランダで寝ていた。愛し合う鳩は、子育てをしていない時期は同じ場所で寝るので、イケメンくんが我が家のベランダで寝ていないということは、TKMYの恋が成就していないことに等しかったのである。

 しかし、人生は何が起こるかわからないものである。ある時期から、イケメンくんが我が家のベランダでTKMYと一緒に過ごすようになった。また、白昼堂々と、二羽がキスを交わしている姿も目撃された。キッコロが不在になり、まだそれほど日にちが経ってはいなかったが、人間よりも短い鳩の寿命からすれば、TKMYがそろそろ新しい恋に踏み切ってもおかしくはなかったのだ。

 ただ、イケメンくんにしてみれば、TKMYは子持ちの未亡人といったところだったので、二羽の雛たちの存在が邪魔らしかった。その頃には、キッコロジュニアだけでなく、TKMYジュニアも飛べるようになっていたので、「そろそろ巣から出て行け!」という攻撃がTKMYから始まってもおかしくはない時期だったのだが、イケメンくんのほうが積極的に雛たちを追いやる行動に出始めた。

 やがてイケメンくんは、我が家のベランダの地面の一部を自分の縄張りとして主張するようになった。そのため、これまで台所の勝手口付近で仲良く寄り添って寝ていた二羽の雛たちがベランダの地面から追いやられ、私たちの寝室の窓辺に逃げて来た。これまでのように、台所の勝手口付近で仲良く寄り添って寝ていると、「ここは俺の縄張りなんだ、お前ら、あっちへ行け!」と言わんばかりにイケメンくんに突付かれるらしい。我が家のベランダの住人としては新参者であるはずなのに、TKMYの夫に収まったものだから、態度がでかいのだ。

 私たちは、寝室の窓辺に逃げ込んで来た雛たちを歓迎し、餌を与えた。そして間もなく、TKMYはイケメンくんの子供を身ごもったようで、かつてキッコロと作った排水溝付近の巣の辺りをウロウロするようになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 相変わらず、我が家のベランダでは、新しいドラマがひっきりなしに生まれています。イケメンくんには奥さんがいたのに、TKMYの情熱的なアプローチにより、恋が成就したんですね。人間の世界にもいろいろありますが、鳩の世界にもいろいろあるようです。

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2009.07.17

当たっただけ

映画『いけちゃんとぼく』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m よしお役を演じていた深澤嵐くんは、何とも思慮深い雰囲気が漂っていますね。不覚にも、上映中に寝てしまった映画『GOEMON』にも出演されていましたが、決して子役だけでは終わらない、役者としての何か特別な才能を感じます。今後の活躍に期待したいですね。さてさて、映画のレビューにしても、それ以外の記事にしても、まだまだ六月の出来事を綴っている「ガンまる日記」ではありますが、今回は、綴りかけの鳩の記事を一時中断して、ほぼリアルタイムの内容をお届けしたいと思います。

 五時起き生活が始まってからというもの、私は仕事から帰宅すると、二十二時頃から〇時前までベッドに横になって眠るようになった。ただ、その睡眠は一時的なものであり、本格的に眠るのは、〇時頃にいったん起きて翌日の支度を整えてからとなる。その間、ガンモは同じ部屋でパソコンに向かって仕事をしていたりする。私は、部屋に電気が点いているのもかまわず、睡魔に負けて眠るのだ。

 残業規制の関係で、私は毎日定時に仕事を上がっていたが、ガンモはここのところ仕事が忙しく、帰宅時間が遅くなっていた。そんなある日のことである。いつものように、私が〇時前に目を覚ますと、寝室には仕事から帰宅したばかりのガンモの姿があった。
「お帰り」
とは言ったものの、ガンモの様子がどこか変である。

 ガンモはいつも、仕事から帰宅するとシャワーを浴びてパジャマに着替えるはずなのに、ガンモが着ているのはパジャマではなかった。この時間にパジャマを着ていないのはどういうことなのだろうと、寝ぼけ眼のまま思っていると、間もなくガンモは仕事着に着替えて、
「じゃあ、ちょっと行って来るから」
と言う。
「ええっ? これからどこに行くの?」
と尋ねると、ガンモは担当の客先の名前を私に告げた。

 どうやら私が寝ている間にコールセンタから連絡が入り、客先に出向くことになったらしい。〇時だというのに、これから仕事に出掛けて行くのかと思い、
「明日も仕事なんでしょ?」
と尋ねると、
「うん」
とガンモは言う。私は心配になり、
「何時に帰って来るの?」
と尋ねると、ガンモは、
「わからん」
と答えた。私は、仕事に出掛けて行くガンモを玄関で送り出した。
「じゃあ、気をつけて。行ってらっしゃい」
これから仕事に出掛けて行くためか、ガンモのテンションは低かった。

 ところが、ガンモが出掛けてわずか数分後に、玄関の扉が開いて、ガンモが戻って来た。もしかすると、コールセンタから再び連絡が入り、客先で発生したトラブルが落ち着いたために帰宅したのかと思った。滅多にないが、稀にそういうことがあるのだ。しかしガンモはひどく慌てた様子で、しきりに何かを探していた。
「何を探しているの?」
と私が尋ねると、ガンモは焦った口調で、
「カード入れがない」
と言う。ガンモは、普段持ち歩いているカード入れの中にクレジットカードや免許証をまとめて入れている。どうやらそのカード入れが見当たらないらしい。

 ガンモは、ひどく慌てた様子で家の中の思い当たる場所を探し回っていたが、一刻も早く客先に向かわなければならない状況の中で、これ以上、自宅に長居はできないと思ったのだろう。やがて探すのを諦めて、再び玄関から出て行った。

 夜中にコールセンタから呼び出された場合、ガンモは自分の車を運転して客先に出掛けて行く。しかし、免許証のない状態だというのに、ガンモはまさか無免許のまま出掛けて行くつもりなのだろうか? いや、そんなことはしないだろう。私が不安を抱えていると、私の携帯電話が鳴った。携帯電話から聞こえて来たのは、
「あったから!」
さきほどとはうって変わって、やけに元気なガンモの声だった。私は、
「良かった、じゃあ、行ってらっしゃい」
と言って電話を切った。

 ところが、それからおよそ十分後、再び私の携帯電話が鳴った。ガンモからの着信だった。私は、何か嫌な予感がして電話を取った。ところが、
「もしもし?」
と私が話し掛けても、ガンモからの応答はない。その代わり、受話器の向こうから、何やらゴソゴソという音が聞こえて来る。その様子からして、私はガンモが外にいると感じた。

 私は、事故を起こしたガンモが私に事故のことを伝えようと私に電話を掛けて来たものの、事故の当事者の方との話し合いに入ったため、電話で話すことができなくなったのだと判断した。私は、しばらく受話器の向こうから聞こえて来る音に耳を傾けていたが、ガンモが何も言わないので電話を切った。その後、思い切って、私のほうからガンモに電話を掛けてみたのだが、繋がった電話は、ガンモによってただちに切られてしまった。

 私は、このような状況に及んでも、自分がひどく落ち着いているのが不思議だった。私はそのままパソコンに向かい、処理すべき用事を二つほど済ませた。しかし、頭の中ではいろいろな思いが駆け巡っていた。ガンモが事故を起こした相手は人だったのか、それとも車だったのか。もしも人ならば、相手の怪我の具合はどうなのか。救急車で運ばれるような事態にまで発展しているのだろうか。また、相手が車だったとしても、どちらが悪いのか。もしも相手が悪いなら、ガンモは大好きなカングーに傷がついてしまい、ひどくがっかりしていることだろう。

 更に私は、夏休みにガンモと二人で出掛けることにしている旅行のことに思いをはべらせた。実は、まだ書いていなかったが、今年の夏休みはガンモと二人でベルギーとフランスを旅行することにしている。夏休みは目前に迫ってはいるが、ガンモが事故を起こしてしまったのなら、もはや旅行に行くことはできないだろう。予約した飛行機もホテルも、キャンセルしなければならない。頭の中で、そんなことを考えていた。

 私は、事故の状況を知りたかった。しかし、おそらくガンモは今、誰かと真剣な話し合いをしているに違いない。もしかしたら、現場には警察も駆けつけているかもしれない。ガンモの事故の状況を知りたい反面、事実を知るのが怖い気持ちもあった。そのため、私は辛抱強くガンモからの連絡を待ち続けていた。

 時計を見ると、既に一時を回っていた。明日は仕事を休むしかないだろう。もしも怪我人が出ているのであれば、私も病院に行ったほうがいいのではないだろうか。そしてこれからは、ガンモと一緒に事故の責任を背負って生きて行くしかない。

 頭の中ではいろいろな想いが駆け巡ってはいたが、私はガンモから連絡があるまで少しでも休んでおこうと、ベッドに横になった。しかし、そんな状況の中で眠れるはずもなかった。私はガンモの携帯電話に、
「遅くなってもいいから、連絡してね」
とメールを送っておいた。

 時計を見ると、いつの間にか三時を過ぎていた。ガンモが事故を起こしたのは〇時半過ぎだ。いくら何でも、警察の調べも終わっている頃だろう。おそらくガンモは、私がもう寝ているだろうと思い、連絡をして来ないのだろうと思った。私は思い切って携帯電話を握りしめ、ガンモに電話を掛けた。ガンモが電話に出られる状態ならば、電話に出るはずだろうと思いながら。

 数回コールののち、ガンモが電話に出た。私は、
「大丈夫? 事故を起こしたんでしょ?」
と言った。するとガンモは、
「何言ってんの?」
とわけがわからないといった口調で言う。

 ガンモが言葉を発しているその場所は、いつも私が仕事帰りにガンモに電話を掛けたときに聞こえて来る音と同じだった。そう、ガンモは担当の客先で発生したトラブルに対応していた。事故など起こしてはいなかった。それでも私は、ガンモが私を気遣って、私を動揺させないように事故の事実を隠しているのではないかと思い、
「えっ? 本当に何もないの? 私はガンモから電話が掛かって来たあと、ガンモが何も言わずに電話が繋がったままだったから、てっきりガンモが事故を起こして、事故の当事者との話し合いに入ったんだと思って・・・・・・」
と言った。ガンモは、
「何もないから。明日、仕事なんだろ? 早く寝ろ~!」
と言った。ガンモも、私が何を言っているのかわけがわからないらしい。当然、私が送信したメールの意味も良くわからなかったと言う。

 どうやら、ガンモのポケットに入っていた携帯電話が、何かの拍子にリダイヤルボタンが押され、私に発信してしまったらしい。そのあと私が掛けた電話をガンモが切ったのは、運転中だったからのようだ。
「発信されたのは、多分、携帯電話が何かに当たっただけだろう」
とガンモは言った。私は安堵の息を漏らしながら、
「何はともあれ、事故を起こしてないなら良かったよ。とにかく良かった。じゃあ、もう寝るわ」
と言って電話を切った。時計を見ると、もう三時半を過ぎていた。五時に起きなければならないというのに、あと一時間半足らずしか眠れないではないか。安心した私は、そのままベッドに横になり、朝までぐっすり眠った。

 翌朝、私が寝不足のまま目を覚ますと、ガンモはまだ帰宅してはいなかった。何ということだろう。ガンモは大丈夫なのだろうか。客先でまだトラブルと戦っているであろうガンモに電話を掛けてみると、帰宅の目処はまだ立たないという。私は、
「帰りは気をつけて。眠くなったら、カングー・ジャンボリーのことを思い出して」
と言って電話を切った。

 ガンモは、私が仕事に出掛けて行く直前に無事に帰宅した。何しろ、徹夜で仕事をしたあとの帰宅なので、ひどく疲れ切っているらしく、ガンモはすぐにベッドに雪崩れ込んだ。私は、
「ガンモも寝てないと思うけど、私もガンモが事故を起こしたことが心配で心配で、ほとんど寝てないんだよ」
と言いながら、ガンモを残して仕事に出掛けた。

 結局ガンモは、その日も仕事を休むことができず、ベッドで二時間ほど眠ったあと、仕事に出掛けて行ったようだ。その日、私たちは久し振りに一緒に仕事から帰宅し、夜の早い時間のうちにベッドに入り、それぞれの睡眠不足を解消させた。

 それにしても、ガンモからの電話を受けてからのおよそ三時間は一体何だったのだろう? 単にポケットに入っていた携帯電話が何かに当たり、私の携帯電話にリダイヤルされただけで、こんなにも想像が脹らんでしまうとは・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 携帯電話が通じないと、ついつい、いろいろな想像を働かせてしまうものです。もしかしたら、皆さんにも同じような経験があるかもしれませんね。何はともあれ、ガンモが事故を起こしていなくて本当に良かったです。(笑)皆さんも、真夜中の想像力には充分ご注意ください。

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2009.07.16

映画『いけちゃんとぼく』

帰還の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまで、「母ちゃんがいなくなって、父ちゃんがたそがれている」と思っていたのは、どうやら私の勘違いだったようです。(苦笑)おそらく母ちゃんは、昼間のうちに我が家のベランダに帰って来ていて、卵を温めるのを父ちゃんと交替していたのでしょう。

 本作を知ったのは、やはり、劇場で予告編を目にしたことがきっかけだったと思う。人気漫画家の西原理恵子さんが初めて手掛けた絵本が映画化された作品なのだそうだ。実は、西原理恵子さんというと、個人的な思い出がある。あれは、私がパソコン通信を始めた一九九四年のことである。カメラ好きの方たちが集うパソコン通信の電子会議室(今で言う掲示板)にせっせと書き込みをしていたところ、その書き込みを読まれたある方が、私のことを西原理恵子さんご本人だと思ったらしい。

 のちに、私がカメラ好きの方たちの集う、とあるサークルに出掛けて行くと、その方は私がその場に現れれることをキャッチして、お手持ちの西原理恵子さんの漫画をバッグの中に忍ばせて、私からサインをもらおうと思っていたらしい。

 もともと私には漫画を読む習慣がなかったので、西原理恵子さんの存在は知っていても、作品を拝読したことはなかったのだが、ガンモと結婚してしばらく経った頃、西原理恵子さんの作品に触れる機会があった。いやはや、私などよりもずっと繊細で面白い作品を書かれているので、何故、私が西原理恵子さんに間違われてしまったのか、実に恐れ多いことだと思った。

 それはさておき、本作は西原理恵子さんのご出身地である高知を舞台に、小学生のよしおと、よしおにしか見えない不思議な存在いけちゃんとの触れ合いを中心に描かれた作品である。何とも奥が深く、スピリチュアルな感覚が好きな方なら、随所随所でうれしくなるような表現に出会うことができる。

 例えば、よしおが海で溺れて死に掛けているときに、自分が死んでも世の中はこれまでとまったく変わることなく回っていることに気付いてしまったり、それぞれが自分の人生の目的を決めて生まれて来て、目的を果たしたときに死んで行くといった価値観も盛り込まれている。子供の頃には自分が目的を持って生まれたことをちゃんと覚えているのに、大人になると忘れてしまうといった興味深い表現もあった。

 また、地域のいじめもテーマとして描かれており、自転車で遠出をして別の町に出掛けて行ったよしおが、その地域でもやはりいじめっこのグループが存在していることを知り、愕然とする。つまり、自分の住む地域のいじめっこと対決しただけでは終わらないということを悟るのだ。

 そのことに気付いてからは、内(うち)と外(そと)との対決になる。よしおは、自分の住んでいる地域のいじめっこに、かなりこてんぱんにいじめられていた。それを内戦とすれば、今度は別の町のいじめっこたちが遊び場を求めてよしおたちの住む町にやって来たときに勃発する戦いは、外に向けての戦いということになるのだろう。しかし、外に向けて戦いを始めるには、内で結束を固める必要があった。そのためよしおは、これまでさんざんいじめられてきたいじめっこたちと結束して一緒に戦うことを決意するのである。しかも、暴力ではなく、野球の対決という方法で。

 大人になるほど、人と人との関わりには処理されない感情を心に残す。それは、大人が本音を言わないからだ。しかし、子供はそのときどきで正直な気持ちを表現しているため、例えネガティヴな感情を抱いたとしてもあとに残らない。よしおが、自分の住んでいる地域のいじめっこたちと手を取り合うことができたのは、よしおがこれまで、いじめっこたちと本音で付き合って来たからではないだろうか。本音で付き合う相手に対する感情は、プラスにもマイナスにも転ぶが、例えマイナスの感情を抱いたとしても、それは単に、のちに大きなプラスの感情を抱くためのプロセスだったりする。

 よしおが自立して、自分の足で歩き始めたとき、いけちゃんの姿は次第に薄くなり、よしおからも遠ざかって行く。よしおといけちゃんとの関わりは、あたかもよしおがいじめっこたちとの関係を克服するまでの見守り役のように描かれてはいるのだが、実際は違う。いけちゃんが何者であるのか、そのあとに、意外な結末が用意されている。

 人生の終わりのときに、ほんの少しだけ一緒に過ごした男女がいる。あなたと出会ったのがあまりにも遅かったから、もっと長い時間をあなたと一緒に過ごしたかった。本作には、そんな想いがこめられている。

 ちなみに、鑑賞したときに、劇場で映画『いけちゃんとぼく』の携帯ストラップをもらった。この携帯ストラップを付けていてもると、いけちゃんに会えるという保証わけではないが、私は早速、この携帯ストラップを携帯電話に取り付けて、映画の余韻を楽しんでいる。

劇場でもらった携帯ストラップ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いけちゃんの声を蒼井優ちゃんが担当しているのですが、彼女の中性的な声はいけちゃんのキャラクターにぴったりでした。それにしても、いい作品というのは、最後にひねりが効いているものなのですね。いけちゃんの存在が単なる見守り役に留まっていないところにオリジナリティを感じました。

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2009.07.15

帰還

初飛行の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。鳩が最初に飛ぶときはどんな気持ちなのでしょうね。人間の子供が、初めて自転車に乗るときのような気持ちでしょうか。でも、人間の子供が自転車に乗るときは、補助車を使いますよね。鳩の雛には補助車に変わるものはなく、いきなり本番です。もちろん、ベランダで羽をばたつかせながら、予行演習を重ねていたには違いないのでしょうが・・・・・・。今はピイピイと鳴いている雛たちも、すべての産毛が取れてしまう頃には声変わりします。鳩の雛は成長が速いので、彼らが大人になるのも時間の問題でしょう。

 母ちゃんがいなくなってから、一ヶ月ほど経過したある日のことである。父ちゃんの陣地に、母ちゃんにそっくりの鳩が飛んで来た。その鳩は、私たちが父ちゃんの陣地に与えている餌を突付いて食べている。不思議なことに、父ちゃんは、自分の陣地に現れたその鳩に対し、攻撃を加えない。気を許しているのだろうか。それとも、母ちゃんにそっくりの鳩だから、かつての母ちゃんの再来だと思って歓迎しているのだろうか。

 その数日後、私たちの寝室の窓辺に、再び母ちゃんにそっくりの鳩が現れた。これまでの経験から言えば、私たちの寝室の窓辺に現れる鳩は、ある程度、私たちとコミュニケーションを重ねて来た鳩たちである。餌目的ににわかに現れたよその鳩などは、私たちに対する警戒心が強いため、私たちとの距離を保ちたがるものだ。しかも、寝室の窓辺に現れるということは、私たちがそこで餌を与えているということを知っている鳩である。まさか、母ちゃんにそっくりの鳩は、そっくりどころか本物の母ちゃんなのだろうか?

 実は、これまで書いていなかったが、父ちゃんの三番目のお嫁さんである母ちゃんには、ある特徴があった。その特徴とは、「しゃべる鳩」であるということである。私たちが寝室の窓辺で餌を与えると、おどおどしたため息を漏らすかのようにしゃべるのである。何を言っているのかはわからない。リズムを取っているようでもあり、独り言のようであもある。

 私は、窓辺にやって来た母ちゃんにそっくりの鳩に餌を与えてみた。すると、母ちゃんにそっくりのその鳩は、私に対する警戒心もなく、私の与えた餌を突付いて食べた。しかも、おどおどしたため息を漏らしながら。私は、「間違いなく母ちゃんだ!」と思った。しばらく不在にしていた母ちゃんが戻って来たのだ。

 ガンモは仕事に出掛けて不在だったので、私は仕事から帰宅したガンモに、
「母ちゃんが帰って来たから!」
と言った。初めのうち、ガンモは半信半疑だった。しかし、後日、新たな事実が判明した。

 私は普段、ノートパソコンを持ち歩いてはいるが、自宅ではデスクトップを使用している。普段、持ち歩いているノートパソコンから電子メールを受信するときは、届いた電子メールをメールサーバに残す設定にしているが、デスクトップで電子メールを受信したあとは、受信したメールをメールサーバから削除している。また、ホームページの情報を管理したりしているのも自宅のデスクトップだ。つまり、デスクトップが本番環境なら、普段、持ち歩いているノートパソコンはかりそめの環境というわけである。しかし、ほとんどの作業をノートパソコンでまかなうことができるため、自宅でデスクトップを立ち上げるのは、週に一回程度となっていた。そのデスクトップを置いているのは、寝室とは反対側のベランダのある和室である。その和室にはパソコンがたくさんあるので、私たちは「マシン室」と呼んでいる。

 週末に、私がマシン室にこもってデスクトップを操作していると、マシン室側のベランダからバサバサと羽の音が聞こえて来た。「ここにも鳩がいるのか?」と思い、ベランダをのぞいてみると、ベランダに置いている段ボールの上に鳩が止まっているのが見えた。母ちゃんだった。間もなく母ちゃんは、段ボールの中に降りて行った。そのとき、私はようやく理解したのだ。母ちゃんは、私たちの寝室側のベランダに巣を作り、せっせと卵を温めていたのだ。通常、鳩は雌が夕方から朝に掛けて卵を温めるため、私たちが仕事に出掛けて不在にしている間に私たちの台所側のベランダに帰って来ていたであろう母ちゃんに気づかなかったのだ。

 私は、ガンモにそのことを報告した。ガンモは母ちゃんが帰って来たことに対し、まだ半信半疑といった様子だった。そして、平日に代休を取っていたガンモは、私が仕事に出掛けている間に、寝室側のベランダにやって来た母ちゃんらしき鳩に餌を与えたらしい。そのときガンモは、その鳩が母ちゃんであることをようやく確信したそうだ。何故なら、母ちゃんがしゃべる鳩であり、また、母ちゃんのお腹の辺りが異常に臭(くさ)かったからだ。

 以前、子育てのできない母親という記事を書いたが、母ちゃんは、自分が産んだ卵を足で踏んで割ってしまう癖がある。そのため、寝室側のベランダに巣を作ったときも、温めていた卵をお腹にくっつけたままベランダを歩き回ったりしていた。なかなか子育てができないので、おそらく母ちゃんは場所を変えて巣作りを試みたのだろう。しかし、場所を変えても卵を踏んでしまう癖は治らず、割れた卵の臭いをプンプン漂わせていたのだ。ガンモは、私の話と母ちゃんの様子が一瞬にして繋がってという。

 母ちゃんがなかなか子育てができないことを、父ちゃんに責められているかどうかはわからない。しかし、母ちゃんは母ちゃんなりに父ちゃんのいる寝室側のベランダから離れ、涙ぐましい努力を重ねながら、一生懸命卵を温めていたのだ。近いうちに、母ちゃんたちの雛を見ることができるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母ちゃんは、てっきりどこかで命を落としているものだとばかり思い込んでいたので、寝室側のベランダにやって来た鳩が母ちゃんだとわかったときは、とにかくうれしかったですね。しかし、母ちゃんは相変わらず、子育てができない悩みを抱えているようです。もしかすると、注意力が足りないのかもしれません。頑張って卵を孵化させて欲しいものです。

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2009.07.14

初飛行

映画『ガマの油』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m テンションの高い人の出て来る映画を楽しめないということは、きっと私自身のエネルギーが落ちているのでしょうね。確かにリアルの世界でも、返信したメールに対し、直ちに返信されたりすると息切れしてしまいます。(苦笑)とは言うものの、こうして毎日、「ガンまる日記」を更新し続けているのは、全エネルギーを注ぎ込んでいるからでしょうか。もちろん、それもありますが、もともと自分の中にあるものを表現して行く作業と、自分の外にあるものを取り入れた上で表現する作業はまったく異なっているのですね。それはさておき、実はまだ六月の出来事を綴っているのですが、六月の終わりから七月の初めにかけて、ベランダの鳩に変化がありましたので、途中、他の記事も挟みながら、数回に分けて書かせていただきます。

 キッコロの不在により、TKMYが単独で子育てをしていた雛たちは、私たちがTKMYに与える餌から生産されるピジョンミルクですくすくと成長し、ベランダでバタバタと羽をばたつかせるようになった。このような動作を始めると、そろそろ初飛行が近い兆しである。ちなみに、雛たちはTKMYとキッコロの柄(がら)をそれぞれ受け継いでいたので、私たちは二羽の雛に対し、TKMYジュニア、キッコロジュニアと名付けた。

 ガンモが仕事に出掛けて行ったある休日のことである。ベランダの様子をうかがっていると、雛のうちの大きいほう、つまりキッコロジュニアの姿が見えないことに気が付いた。TKMYジュニアよりも若干身体が大きいとは言え、まだ初飛行は無理なはずだが、もしかすると父ちゃんたちのかつての雛のように、ベランダから落ちてしまったのかもしれない。

 私は心配になり、玄関を開けて外に出て、マンションの下の階の様子を見に行った。かつて、ベランダから落ちた雛は、すぐ下の階の手すりの上でおどおどしていた。もしかすると、キッコロジュニアもまた、下の階の手すりの上で途方に暮れているのではないかと思ったのだ。しかし私が見た限りでは、手すりの上はおろか、他の場所にも、キッコロジュニアの姿は見当たらなかった。

 私は、マンションの下の階のすべてのスペースを確認し、また、一階の植え込みのスペースもくまなく探した。しかし、キッコロジュニアの姿は見当たらなかった。もしかすると、下に落ちたときの衝撃で命尽きてしまい、マンションの誰かによって片付けられてしまったのだろうかとも思った。私は不安な気持ちを抱えながら、ガンモの帰りを待った。

 仕事から帰宅したガンモに、キッコロジュニアの姿が見えないことを告げると、ガンモは、
「あいつ、もう飛べるだろ」
と言った。そして、ベランダの様子を見に行き、
「ほら、もう帰って来てるから」
と言った。私は慌ててベランダを確認してみた。するとキッコロジュニアは、まるでツチノコのように平べったいスタイルで、TKMYの隣に並んでちょこんとベランダに座っていた。初飛行に疲れて休んでいたのだろうか。

 私は、雛の成長ぶりも信頼せずに、慌ててマンションの下の階まで見に行ったことを恥ずかしく思った。きっとキッコロジュニアは、先日、ガンモに高い高ーいをされて、ベランダの外の世界に思いを馳せたのだ。

 こうしてキッコロ亡きあとも、雛たちは私たちのサポートを受けながら、TKMY単独のピジョンミルクですくすくと成長しているのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m キッコロジュニアがベランダにいないと気付いたときには、かなり青ざめましたね。もし、下の階のどこかでおどおどしていたら、一体どうすればいいのかと思いました。「すみません、うちの子なんで、連れて帰ります」なんて、正々堂々とは言えませんから。(苦笑)そんな私の心配をよそに、キッコロジュニアは初飛行を楽しんでいたのでしょうね。私には子供がいませんが、子供の成長が楽しみな親の気持ちが、ほんの少しはわかるような気がします。

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2009.07.13

映画『ガマの油』

患者で溢れ返るクリニック(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。久し振りに筋腫について書かせていただきましたが、もしかすると、「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中には、私と同じように何らかの婦人病と向き合っていらっしゃる方も多いのかもしれませんね。私が筋腫のことを「ガンまる日記」に赤裸々に綴るのは、私のように大きな筋腫を抱えていても、手術をせずに何とか元気に過ごしていることをお伝えしたいからでもあります。命に関わる病気ではないため、主治医によって、その時点で下す判断にも幅がありますね。もしも私と同じような状況にある方が「ガンまる日記」を読んでくださっているのであれば、こういう判断もあるのだと、少しでもご参考になれば幸いです。ちなみに、これを書いている今は、既に子宮体がんの検査結果を聞いて参りました。これについては、また後日、お伝えさせていただきます。

 本作を鑑賞したのは、役所としては、いやいや、役者としては、既に高い評価を得ている役所広司さんの監督作品であると知ったからだ。果たしてどんな作品に仕上がっているのだろうと期待に胸を膨らませながら、鑑賞に臨んだ。

 一日で何億ものお金を動かす株のデイトレーダーを仕事としている拓郎は、妻と一人息子とともにプール付きの豪邸に住んでいる。本編が始まると、いきなりテンションの高い拓郎がパソコンを凝視しながら、株をトレードするタイミングを見計らっている。良いタイミングでトレードできると、「どんなもんじゃい!」という効果音の声がパソコンから聞こえて来る。そんなハイテンションな拓郎の役を演じているのが、本作の監督でもある役所広司さんである。更に、拓郎の妻を小林聡美さんが演じ、拓郎の一人息子である卓也を、最近、あちらこちらの作品でお見掛けする瑛太くんが演じている。

 幼馴染の秋葉が少年院から出所するという知らせを受けて、少年院まで迎えに行った卓也が交通事故に遭い、意識不明の状態に陥る。出所した秋葉は、卓也の家で生活することになっていた。卓也の意識が戻らぬまま、秋葉は拓郎たちと生活を始めることになる。そして、間もなく卓也は・・・・・・。

 私は最初のうち、やたらとテンションの高い拓郎について行くことができなかったのだが、秋葉と一緒にキャンピングカーで旅を始めてからは、次第に人間味を感じられるようになった。広い家に住むと、人と人との距離が遠くなる。実際、物語の冒頭でも、拓郎と卓也の会話を目にしたとき、店主とアルバイトの会話なのだろうかと思ってしまったほどだ。しかし、生活の場がキャンピングカーという狭い空間に変わると、あたかも空間の広さと比例するかのように、拓郎と秋葉の距離も縮まって行く。

 テンションの高い拓郎と同じくらいテンションが高いのが、卓也の恋人光である。卓也が意識不明の状態に陥ったとき、何も知らずに卓也の携帯電話にテンションの高いメールを送ったり、電話を掛けて来たりする。拓郎は、その高いテンションに引きずられ、どうしても本当のことが言えず、卓也になりすまして光と会話を始める。

 実は、このあたりは突っ込みどころの多いところかもしれない。いくら息子の交際相手のテンションが高いからと言って、自分の息子を精いっぱい愛してくれている恋人に対し、真実を知らせないというのは、ある意味では残酷なのではないだろうか。光だって、卓也の真実を知りたかっただろう。私には、どうもそのあたりが受け入れられなかったのだが、多くの人たちには受けている作品のようである。

 本作のタイトルが「ガマの油」であることからして、役所広司さんは、映画『パコと魔法の絵本』でガマ蛙に親しみを抱いたのだろうか。実際、「ガマの油」は、あたかも主人公の見る幻であるかのように登場する。どうやら「ガマの油」は、あの世とこの世との橋渡し的な存在として登場しているようだ。だから、熊に襲われて転落した拓郎のもとに、卓也が現れたのだろうか。

 今回、私が注目したのは、秋葉を演じていた澤屋敷純一くんである。何と彼は、現役のK-1ファイターなのだそうだ。テレビを見る習慣のない私がそんなことを知るはずもないのだが、口数の少ない彼の存在感は大きかった。少年院から出所した役柄だったが、目が澄んでいて、とても純粋ないい子だという印象を受けた。

 多くの人たちが「良かった!」と絶賛している作品であるにもかかわらず、私には良くわからない部分も多かったのだが、もしかしたらそれは、やはり最初から、人と人との距離感に違和感を覚えてしまったからかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私には「むむむ」という作品でありました。ご鑑賞された皆さんはいかがでしたでしょうか? この違和感は何なのでしょう? 映画『パコと魔法の絵本』同様、役所広司さんのテンションの高さに付いて行けなかったのかもしれません。それは、私自身が静かな映画が好みだからでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.07.12

患者で溢れ返るクリニック(後編)

患者で溢れ返るクリニック(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 長い長い記事を読んでくださり、感謝致します。今回、後編を書かせていただきましたが、こちらも長くなってしまいました。記事を三回分に分けたほうが良かったかもしれません。それでは、婦人科の雰囲気をたっぷりと味わってくださいませ。

 順番が近くなったとの電話連絡を受けて、待合室の椅子に再び腰を降ろしたものの、私の名前はなかなか呼ばれなかった。私は十五時から予約している映画のことが気になり、何度も何度も時計を見ては現在時刻を確認した。待合室にいる人たちが名前を呼ばれても、すぐに診察というわけにはいかず、いったん中の待合所に入っている。クリニックの人たちは、その待合所のことを「中待合(なかまちあい)」と呼んでいた。

 「○○さん、中待合へどうぞ」
ようやく私の名前が呼ばれたのは、電話連絡を受けてから三十分以上経過した頃だったろうか。中待合と呼ばれる椅子に腰掛け、再び名前が呼ばれるのを辛抱強く待った。さすがにこの頃になると、私の中では待つことに対し、そろそろうんざりし始めていた。午前中のうちに検査を受けて、午後には映画三昧の予定だったはずが、家を出るのがすっかり遅くなってしまい、クリニックに着いたのは十一時過ぎだった。ところが今はもう十四時を回っている。すなわち、三時間以上も順番待ちをしていることになる。これほどまで患者さんが多いのは、やはり女医さんだからなのだろうか。そんなことを思いながら、私はあともう少しと自分に言い聞かせながら、根気強く中待合で順番待ちをしていた。

 私と一緒に中待合に呼ばれた患者さんが診察を終えて出て来た。いよいよ私の番かと思っていると、ようやく私の名前が呼ばれた。この瞬間をどれだけ待ち焦がれたことだろう。診察室に入ると、気さくな雰囲気の院長が私に話し掛けてくださった。I医師の紹介状を持参していたので、I医師のことが会話に出て来た。私は、
「健康診断では子宮頸がんの検診しか受けられないので、I先生に子宮体がんの検査の必要性をお尋ねしたところ、不正出血がある人と子宮が大きい人は受けておいたほうがいいとのことでしたので、自宅からも近いこちらをご紹介いただきました」
と言った。すると院長は、
「子宮体がんの検査は、必ずしも有効な結果をもたらすというわけではないですが、それでもよろしいですか? それから、子宮が大きいから子宮体がんの検査が必要というわけではないんですね。子宮体がんの検査が必要かどうかは、エコーで子宮の様子を診るという方法を取っていますが、よろしいですか?」
とおっしゃった。それに対し、私は、
「はい、それでかまいません。お願いします」
と答えた。

 すると、カーテンで仕切られたスペースに案内された。そこには、婦人科特有の足を広げて座る椅子があった。その奥で下着を脱ぎ、バスタオルで下半身を覆いながら台の上に座るように指示された。健康診断で行う子宮頸がんの検査もそうだが、子宮体がんの検査もまた、このような足を広げて座る椅子に座って行うのである。

 子宮頸がんは子宮の入口付近の細胞を採取するが、子宮体がんはもっと奥にある細胞を採取するため、検査の機械が膣の中に入ると痛みを感じることがある。検査の機械が膣の中に入ったときに傷みを感じるかどうかは、婦人科の医師の腕による。私はこれまで、何度か子宮体がんの検査を受けているが、痛みを感じたことはなかった。

 私の準備が整うと、カーテンで仕切られた婦人科特有の椅子のところに院長が入って来られた。院長は、私が筋腫の手術をしぶっている理由について質問を浴びせながら、子宮体がんの検査を行った。私は、院長の質問に対し、
「手術は根本原因を取り除くわけではないので、治療ではないと思うからです」
と答えた。すると院長は、
「じゃあ、子宮ごと取るのはどうなの?」
と更なる質問を投げかけて来た。私は、
「実は、麻酔も苦手なんです」
と答えた。すると院長は、
「わかった。どうしても切りたくないというポリシーがあるんやね」
とおっしゃった。その間に検査の機械が膣の中に入って行ったが、院長と話をしているうちに、まったく痛みも感じることなく検査は終わってしまった。

 気さくな雰囲気の院長に、私はいつの間にか魅了されていた。何故、初めて出会ったばかりの私に、こんなにも友好的に話し掛けてくださるのだろう。しかも、水曜日の診察は、他の女医さんたちと一緒というわけではなく、院長が一人だけで精力的に患者さんたちを診ていらっしゃるのである。待合室の混雑からすれば、おそらく院長はまだお昼ご飯を食べてはいらっしゃらないはずであり、朝から何十人もの患者さんたちと接して来られたはずなのだ。そう思うと、これほど診察に熱心な院長ともう少し話をしたい衝動に駆られた。とは言え、私も三時間待ってようやくこうして院長にお会いできたわけである。診察室の外には、他にもたくさんの患者さんたちが順番待ちをしている。そう思うと、いつもI医師の診察を受けているときのようには、次々と言葉が出て来なかった。

 子宮体がんの検査を終えたあと、婦人科の足を広げる椅子の奥で、私は下着をつけた。検査のときに膣の中に入った機械の影響により、出血があるとのことだったので、備え付けの紙ナプキンを使うように言われた。私は紙ナプキンを一ついただいたものの、結局その紙ナプキンは使わず、予備で持ち歩いている自分の布ナプキンを使うことにした。看護師さんには、その日のお風呂は控えるように言われた。下着をつけ終わると、私はいったん診察室の外に出て、再び中待合で待つことになった。

 中待合でしばらく待っていると、もう一度、名前が呼ばれたので診察室に入った。今度はエコーの検査である。施術台の上に仰向けになり、お腹を見せて、その上からエコーを取っていただいた。院長は私のお腹のふくらみをご覧になり、
「これは脂肪じゃなく筋腫だって、周りの人たちに言ってあげなあかんで」
とおっしゃった。面白いことをおっしゃる女医さんだと思った。クリニックがこれほど多くの患者さんたちで溢れているのは、女性の気持ちのかゆいところに手の届く診察だからなのかもしれない。

 院長は、私の筋腫は生理の出血の多くなる場所にもあるので、生理の出血量は多いだろうとおっしゃった。しかし私は、
「布ナプキンに変えてからは、出血量もそれほど多くはなくなりました」
と答えた。他にも、乳製品を控えたことや、野菜中心の食生活を心掛けていることなどを話したかったが、話を始めると長くなってしまいそうで、思わず控えた。院長が、布ナプキンという言葉を初めて耳にされたらしかったので、
「昔の赤ちゃんのおしめみたいなものですね」
と細くしておいた。院長は、私の回答が新鮮だったらしく、
「私も長いこと婦人科の医師をやってるけど、布ナプキンなんて初めて聞いたわ。そんなん、どこで買うん? インターネット?」
と尋ねられたので、
「そうです。主にインターネットで購入しています」
と答えた。院長は、私の貧血の状態も気に掛けてくださったので、私は五月の健康診断結果で得たヘモグロビン値を伝えた。

 院長曰く、
「最近は医師の言いなりになる患者さんが多いから、手術をしないという確固たるポリシーを持っている患者さんは珍しいね」
とのことだった。どうやらそのポリシーが気に入られたのか、
「家も近いし、女性同士やし、これからもお互い情報交換して行こか。片寄ってる情報もあるかもしれへんしね。I先生の診察で足りないところをサポートして行くし。一回MRIを見せて欲しいから、I先生のところでMRIフィルムをお借りできる?」
と言ってくださった。

 私はとてもありがたかったのだが、I医師のことはどうなるのだろうと心配になった。I医師のところで撮影したMRIフィルムを見てみたいとまで言ってくださったので、私が多少戸惑っていると、
「わかった。こっちからI先生に連絡を入れて、MRIフィルムをお借りしておくわ」
とおっしゃった。そして、
「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を処方してもらってるんやね。それならこっちでも出せるけど、どうする? もちろん、あなたがI先生のことが好きならそれでいいけど」
ともおっしゃった。つまり、I医師から離れて院長が私の面倒をみると言ってくださっているのである。それにはさすがに私も即答できなかった。何故なら、私にとってI医師の診察は、毎回、とても楽しいものだからだ。それがなくなってしまうのは、どうしても寂しい。

 結局、およそ三週間後に今回の子宮体がんの検査結果を聞きに来ることになった。院長は、そのときまでにI医師のところから私のMRIフィルムを取り寄せてくださるのだという。そのクリニックは、私が仕事帰りに寄れるギリギリの時間まで診察されているので、次回は平日の夜にうかがうことになった。院長曰く、
「平日の夜のほうがゆっくり話ができるから」
とのことだった。

 お礼を言って診察室を出ると、十五時からの映画の上映時間が早くも差し迫っていた。何と、十一時過ぎにクリニックに着いて受付を済ませてから、十五時に診察が終わるまで、実に四時間も経過していたのである。

 お会計を済ませた私は、大急ぎで映画館へと自転車を走らせた。劇場に入ると、ちょうど予告編が終わり、本編が始まったところだった。レディースデイということで、劇場はひどく混雑していた。あらかじめチケットを購入しておいて良かったと思ったのだが、鑑賞し易い席をと思い、真ん中の席を予約していたので、既に座って上映を楽しんでいらっしゃる方たちに謝りながら、席に着かなければならなかった。何はともあれ、上映時間に間に合って良かったとほっと胸を撫で下ろしつつ、さきほどまでとは違うモードに気持ちを切り替え、映画を鑑賞したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m それにしても、長い長い待ち時間でありましたが、待った分だけ、実りは大きかったように思います。記事も、ずいぶん長いものになってしまいましたね。I医師とクリニックの院長の診察は、実に対照的であります。I医師は必要最小限の診察をされていますし、クリニックの院長は、常に拡大を目指しているような感じですね。ちなみに、この日の診察料は検査料と合わせて四千円ちょっとでした。他の患者さんが支払っている診察料も比較的高く、全体的に少し診察料が割高なのかなあと思いました。これからどうするのか、まだ決めていませんが、流れに沿ってみようかと思っています。

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2009.07.11

患者で溢れ返るクリニック(前編)

映画『スター・トレック』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『スター・トレック』の監督は、映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』の製作を担当したJ・J・エイブラムスのようですね。そう言えば、映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』も、鑑賞中にスクリーンから目を離せないような状況ではあったものの、どこかに感情を落とす作品ではなかったので、レビューは書いていませんでしたね。(苦笑)ちなみに、映画『スター・トレック』を一緒に鑑賞したガンモも、映画を鑑賞すると、たいてい映画サイトに感想を書き込むのですが、今回に限っては「面白かったけど、感想は書き込まない」と言っていました。

 カングー・ジャンボリーを終えて間もなくの水曜日、私は休暇を取った。五月にI医師の診察を受けたときに、子宮体がんの検査を受けられる自宅近くのクリニックをご紹介くださったので、検査を受けておこうと思ったのだ。水曜日を選んだのは、I医師がご紹介くださったクリニックが大型映画館のすぐ近くにあり、毎週水曜日が映画館のレディースデイだったからだ。子宮体がんの検査を終えたあと映画館にこもり、千円でできる限りたくさんの映画を鑑賞しようと計画していたのである。

 I医師がご紹介くださったクリニックのホームページを確認してみると、初診の場合は予約ができないと書かれていた。そのため、できるだけ早い時間にクリニックに出向きたかったのだが、普段、早起きをして出勤している反動からか、ついつい家を出るのが遅くなってしまった。もともとの予定では、午前中のうちに子宮体がんの検査を終えて、午後からは映画鑑賞のために映画館にこもるつもりだった。大型映画館のある建物には飲食店街もあるのだが、値段が割高な上にひどく混み合うので、仕事に出掛けて行くのと同じようにお弁当と飲み物を持参した。

 目的のクリニックは、大型映画館のすぐ隣と言ってもいいようなビルの中にあった。「郵便局などの一時的な利用者のための駐輪場」と書かれた場所に自転車を停め、私はビルの中に入って行った。エレベータに乗り、目的の階に着くと、様々なクリニックが軒を並べていた。ビルの一角にあるためか、どのクリニックもそれほど多くの患者さんで溢れ返っているわけではなさそうだった。この調子なら、きっと私が出向くクリニックも順番待ちをすることなく、すぐに検査を受けられるだろうと思っていた。しかし、目的のクリニックに着いたとき、私は驚きのあまり、自分の目を疑った。何故なら、待合室には順番待ちをしている女性たちで溢れ返っていたからだ。その数をざっと数えてみると、何と二十人もの人たちが狭い待合室でひしめき合って順番待ちをしているではないか。

 私は戸惑いながら中に入り、入口のすぐ近くにある下駄箱に靴を預け、スリッパに履き替えた。スリッパに履き替える作業でさえ、人で溢れ返っている待合室で行うのは恐縮してしまったほどだ。何とかスリッパに履き替えた私は、保険証とI医師が書いてくださった紹介状を受付に提示した。初診だということを告げると、受付の方は私に問診票に回答するように促した。私は、かろうじて空いている椅子を見付けてそこに腰を降ろし、問診票に回答した。

 回答した問診票を受付に提出してしばらく経つと、名前が呼ばれた。何でもそのクリニックの方針で、診察を受ける人の血圧と体重を測ることになっているらしい。私は、受付のすぐ横に設置された血圧計と体重計を操作して血圧と体重を測った。そして、血圧と体重を測り終えて待合室に戻ってみると、さきほどまで座っていた席には既に別の患者さんが座っていたので、私は仕方なく、下駄箱のすぐ近くにある丸い簡易椅子に腰を降ろした。しかしその場所は、患者さんが新たに訪れたり診察を終える度に下駄箱に靴を出し入れするため、身体をよじって場所を空けてあげなければならなかった。そんな場所でも、ずっと立っているよりはマシだと思い、私はしぶとく座り続けていた。

 しばらくすると再び私の名前が呼ばれた。この混雑の中、早くも子宮体がん検診を受けられるのかと思いきや、診察室ではない場所に呼ばれ、ベテランの看護師さんに、今回、このクリニックを訪れた理由などを詳しく尋ねられた。いわゆる診察前の問診といったところだろうか。私は普段、I医師の診察を受けていることなどを話し、健康診断では子宮頸がんの検診しか行わないので、子宮体がんの検査も受けておいたほうがいいのかどうかをI医師に尋ねたところ、こちらのクリニックをご紹介くださったのだと説明した。

 ベテランの看護師さんは、私が普段、I医師からどのような診察を受けているかについて細かくヒアリングしてくださった。私は、I医師からはエコーによる診断はときどき受けているものの、主にMRIなどの検査結果による診察であることを告げた。すると、ベテランの看護師さんは、私が婦人科独特の足を開く施術台で診察を受けていないことにひどく驚いていた。私は、
「もちろん、以前、診ていただいていた病院ではそういう診察も受けていましたが、今は違いますね」
と補足した。ベテランの看護師さんの反応から、私はこちらのクリニックの診察の方針とI医師の診察の方針が大きく異なっていることをそれとなく感じ取った。

 I医師が書いてくださった紹介状には、私がこのクリニックを訪れた理由が的確に書かれていたようだった。ベテランの看護師さんはそれをご覧になり、
「ちゃんと先生が書いてくださってますね。わかりました」
とおっしゃった。

 更にベテランの看護師さんは、
「では、これで問診が終わりましたので、いったん外に出られる場合は、受付に携帯電話の番号をお知らせくだされば、診察の順番が近づいたときに携帯電話に連絡させていただきます」
とおっしゃった。そう言えば、さきほどから何人かの患者さんたちが受付に足を運び、まるで回転寿司の順番待ちのように、受付で台帳に何かを書き込んでいる光景を見掛けた。その方たちは、受付で紙切れのようなものを受け取ると、そそくさと待合室から出て行った。どうやらこのクリニックでは、待ち時間があまりにも長いので、患者さんたちが長い待ち時間を外で過ごせるようなシステムが出来上がっているらしい。携帯電話の番号を受付の方にお知らせしておけば、順番が近くなると携帯電話で呼び出してくださるのだそうだ。

 ちょうどお昼どきだったので、私は持参したお弁当を食べておきたいと思い、受付に外出する旨を申し出た。受付の方に待ち時間を確認してみると、
「そうですねえ、少なくとも一時間か一時間半くらいは掛かると思います」
と言われた。それほどの時間を待合室の中で過ごすのはもったいない。私は台帳に自分の携帯電話の番号を書き込み、携帯電話の受付票を受け取って、ひとまずクリニックを出た。そして、線路を挟んですぐ隣にある大型映画館のあるビルへと足を運び、持参したお弁当を食べた。

 いつもならば、映画を鑑賞すると決めたときは、インターネットや携帯電話を使って、鑑賞する作品のチケットを予め購入しておくのだが、訪れたクリニックが予想以上に混雑していたため、検査が終わる時間を特定することができなかった。観たい映画はいろいろあったのだが、十五時からの上映作品ならば間に合うだろうと思い、私はお弁当を食べ終わったあと、携帯電話と映画館のチケット発券システムを使って十五時からの上映作品のチケットを購入した。その時点でクリニックを出てから一時間近く経っていたが、クリニックからはまだ連絡がなかった。

 それでも、そろそろクリニックに戻ったほうがいいのだろうと思い、私は大型映画館のあるビルを出て、クリニックのあるビルへと戻った。そして、別の階で少し時間を潰したりもしたのだが、それでもまだ、クリニックからの連絡はなかった。私は、もしかすると台帳に書き込んだ私の携帯電話の番号に誤りがあったのだろうかと不安になりながら、クリニックのある階まで戻り、待合室の様子をそっとうかがった。

 水曜日は午後の診察はなく、午前中だけの診察の予定だったが、その時点で既に十三時半を回っていた。それでも、私がクリニックを出てから一時間ほど経っていたので、さきほどまで溢れ返っていた待合室は少し落ち着いていた。私がクリニックの周辺をウロウロしていると、ようやく携帯電話が鳴った。しかし、電話を取ろうとして、慌てて手がすべってしまい、思わず切ってしまった。私は大急ぎで靴を脱いでスリッパに履き替たあと受付に直行し、
「さきほどお電話をいただいた○○ですが」
と名乗った。すると、
「今、お呼び出ししました」
と受付の方がおっしゃったので、私は再び待合室に腰を降ろし、自分の名前が呼ばれるのを静かに待った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子宮筋腫を患って、最初に受診した婦人科も、その次の婦人科も、ひどく混雑していました。午前中に診察の予約をしていても、一時間程度の待ち時間は当たり前だったと記憶しています。現在お世話になっているI医師の診察は、完全予約制なので、ほとんど待ち時間がありません。久し振りに混雑した婦人科を訪れ、待ち時間のないI医師の診察がいかに貴重であるかを思い知らされるとともに、婦人科を訪れる女性の多いことを改めて実感しました。長くなりますので、この続きはまた明日、書かせていただきますね。

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2009.07.10

映画『スター・トレック』

現代版東海道五十三次を行くの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 考えてみれば、行きはおよそ八時間で自宅から東京ビッグサイトまで移動していますので、自宅から京都までの三十分を差し引くと、およそ七時間半ほどで東海道五十三次を移動したことになるんですよね。もっとスピードを出す人もいらっしゃるでしょうし、休憩を取る時間が短い人もいらっしゃるでしょう。これからも、こうした移動時間がどんどん短縮されて行くとすれば、この先、私たちはどうなって行くのでしょう。技術が進歩する一方で、ゆっくりと歩んで行きたい気持ちもどこかにあると思うのです。

 最近、ガンモの職場では、仕事のスケジュールを組む担当者が若い人に変わった。顧客の都合に合わせて仕事をするため、普通の週休二日制の会社のように、土日は必ず休みという仕事ではないので、部員の仕事のスケジュールを調整している担当者がいるのだ。ご存知のように、これまでガンモは週末も関係なく働いて来たが、スケジュールを組む人が若い人に変わったことにより、土日の休みが多くなった。ガンモ曰く、
「自分も土日連続して休みたいから、他の人たちに対しても土日休みのスケジュールを組んでいるんだろう」
とのことだった。

 五時起き生活を実践している私は、夜になると早い時間に眠くなってしまうため、もはや平日のレイトショーを鑑賞できなくなってしまった。そのため、レイトショーに出掛けるとなると、たいてい週末となる。ありがたいことに、ガンモも週末の休みが増えたので、去年の秋に自宅近くにオープンした大型映画館に一緒に出掛けることが多くなった。そして、
「レイトショーを観に行こうか」
と私がガンモに提案したとき、そのとき上映中の作品の中で、お互いに観たい気持ちが一致したのが、本作だったというわけである。

 私たちの世代にとって「スター・トレック」は、懐かしい思い出の中に大事にしまわれている作品であるようだ。しかし私は、テレビドラマの「スター・トレック」も観てはいなかったし、映画も鑑賞したことがなかった。それでも、「スター・トレック」というタイトルだけは知っていた。ガンモもまた、「スター・トレック」に関して、私よりも多少、知識がある程度だった。そんな状況で本作を鑑賞しようと思い立ったのは、いつも参考にしている映画サイトでの本作の評価が異常に高かったからだ。それならば、きっと鑑賞してもがっかりすることはないだろうと思い、いそいそと出掛けて行ったのである。

 鑑賞してみると、確かに面白い作品だった。今年製作の作品なのに、どこか古めかしい。何といっても印象に残ったのは、ロシア語なまりの青年チェコフの活躍である。彼はまるでゲーム少年のように、宇宙船に備え付けられたコントローラを操作して、隊員やその家族をテレポートさせる。ときどき彼のロシア語なまりの発音が機械に認識されなかったりするのも面白い。

 また、ミスター・スポックの尖った耳は、映画を鑑賞し終わって一ヶ月以上経った今でも印象に残っている。私はしばしば、人の声が聞き取り難いと感じるときに、両側の耳の上に手を添えて耳を覆うようにして、声を拾い易いようにする。こんなとき、ミスター・スポックの耳があれば、手を添えることなく聞き取れるのにと思ったりする。そんなことを思いながらインターネットを徘徊していると、スター・トレック・グッズを扱うお店で、ミスター・スポックの耳なる商品が売られているのを発見した。とは言え、おそらくそれは、耳が良く聞こえるようになる商品ではなく、スター・トレックのキャラクターを視覚的に楽しむためのものなのだろう。

 人間の母から生まれたミスター・スポックもまた、人間の女性と恋に落ちてしまうところや、最初はトラブルメーカーとして煙たがられながらも、のちに船長として大活躍したカークもまた、かつては宇宙船の船長だった父の血を受け継いでいるところに、未来という時代設定で製作された作品であるにもかかわらず、生命の中に宿る遺伝子の強さを感じた。結局のところ、私たちが持っているものは親から受け取り、引き継いだものであるということが、母を亡くしたミスター・スポックや父を亡くしたカークを芯から支えているのかもしれないとも思った。

 それにしても、昔から不思議に思うのは、アメリカ映画に登場する宇宙人は何故、英語を話すのだろうということだ。日本人が宇宙映画を製作するとなると、決して宇宙人に日本語をしゃべらせたりはしないだろう。日本語をしゃべる宇宙人なんて、どこか嘘っぽい。しかし、英語ならまあ、アリなのかなとも思ってしまう。鑑賞する私たちも、宇宙人が英語を話すのはどこかおかしいと思いながらも受け入れている。おそらくアメリカ人にしてみれば、相手が異国人であれ、異星人であれ、英語を話してくれるだろうという期待感が強いのであり、日本人にしてみれば、日本語が地球上の国はもちろんのこと、宇宙にまで通じる言語だとは思ってもいないのだろう。だから、アメリカ映画に登場する宇宙人は英語を話し、そのように製作されたアメリカ映画を鑑賞する日本人もそれを受け入れるのだろう。

 宇宙人が何語を話すかはともかく、東海道五十三次の移動時間が短縮されたように、地球人と宇宙人のカップルが誕生する時代も、いつかやって来るのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、登場人物の心が動く作品が好きですが、たまにはこういう作品もいいですね。テレポートした先で出会った人が、いつの間にか宇宙船で働く隊員になっていたりと、突っ込みどころはあるにはあるのですが、楽しめる作品だと思います。登場人物はオリジナルのキャラクターではないですが、かつてのキャラクターのイメージを壊さないように作られているようであります。そういうところが、往年のスター・トレック・ファンに受けているのかもしれません。

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2009.07.09

現代版東海道五十三次を行く

沼津港飲食店街の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 静岡県というと、みかんの産地でもありますよね。私は、同じくみかんの産地である愛媛県の出身であります。静岡県がみかんの産地であると知った小学生の頃から、私の中には静岡県に対するライバル意識のようなものが芽生えていました。別に、私の実家やその周辺でみかんを栽培していたとか、そんなことは一切ないはずなのに、どういうわけか、ライバル意識が芽生えてしまったのです。この不思議な感情は、みかんの産地として愛媛県に常にトップでいて欲しいという、愛国心ならぬ愛県心なのでしょうかね。

 私たちは、途中、東名高速道路の日本平パーキングエリアと伊勢湾自動車道の御在所(ございしょ)サービスエリアで休憩を取った。行きは東名高速道路をまっすぐ走って来たので、帰りは新しい伊勢湾自動車道を通ってみようということになったのである。

 夕方であるにもかかわらず、伊勢湾自動車道は空いていて、とても気持ちが良かった。海を眺めながら走る高速道路というと、すぐに思い浮かぶのがガンモの実家に近い瀬戸大橋周辺である。伊勢湾自動車道には、瀬戸大橋に似た大きな橋が設置されていた。

伊勢湾自動車道

 ああ、交通量が少なくて本当に気持ちがいい。この先もずっとこんな道路が続けばいいのにと思った。あまりにも気持ちがいいので、思わず、その周辺に住んでいる友人に、伊勢湾自動車道の写真を携帯電話のメールに添付して送付しようかと思ったりもしたのだが、「一体それが何になる?」と思い直し、踏み止まった。相手がそんなメールを受け取ったところで、私たちは高速道路を走り続けているのだから、どうすることもできない。メールを送信したとしても、単に自己満足のメールに過ぎないではないかと思ったのだ。

 快適だった伊勢湾自動車道を抜けたあと、少し渋滞はしていたものの、私たちは二十一時過ぎに無事に我が家にたどり着いた。熱海で朝食をとったのが十時頃だったので、およそ十一時間の旅を続けたことになる。

 考えてみると、今回、私たちがカングーで走ったルートは、ほぼ東海道五十三次とかぶっている。昔の人たちは、ここを何日も掛けて歩いたわけだ。それを思うと、高速道路の料金所はかつての関所に相当し、途中のサービスエリアやパーキングエリアは宿屋に相当するのではないか。もちろん、政治的な意味合いの強い関所を、高速道路の建設費や運営費を収集する目的で設置された料金所と同列で見るのは少々無理があるかもしれない。それでも、昔は関所を通る度にビクビクしていた人たちがいるというのに、今ではETCさえあれば、人を介することなく容易に関所を通り抜けられるのである。

 それにしても不思議なものである。こうして昔よりも高速で移動できるようになった分、私たちには余暇が増えてもいいはずなのに、現代人がこんなにも時間に追われ続けているのは何故なのだろう。増えた余暇にどんどん新たなる予定を詰め込んで、アップアップしているのだろうか。途中、長い長い休憩を入れながら、およそ十一時間で東海道五十三次を移動できる時代になってたとしも、すべてが相対的にスピードアップしてしまっては、決して豊かな時代になったとは言えないのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一泊二日の旅なのに、往復千キロ以上をカングーで移動したため、長い長い旅になりました。しかし今回の旅で、ガンモはすっかり自信をつけたようです。高速道路の料金も安いので、カングーに乗ってもっといろいろなところに行きたいなどという新たな野望が沸き上がって来たようです。しかし、私が運転免許を持っていないので、運転手はガンモだけになってしまうんですよね。今回もガンモが一人で頑張ってくれました。ガンモよ、本当にお疲れさんです。

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2009.07.08

沼津港飲食店街

映画『ぼくの大切なともだち』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「親友は何故、真友ではないのか?」という議論を、以前、ある方と交わしたことがあります。そのときの結論としては、「親友だと『親しい友』という意味になるので、そこに複数の存在を許容できるが、真友だと『真の友』となり、ただ一人の存在しか認められなくなるので、相手への負担が大きくなる」というものでした。私はその結論には何となく納得が行きませんでしたが、果たしてどうなんでしょう。(笑)

 熱海を出発したカングーは、一般道を通ってやがて三島に出た。三島では、伊豆 村の駅に立ち寄り、トイレ休憩を取った。伊豆 村の駅では、周辺地域で取れた新鮮な野菜や魚貝類が多数販売され、とても繁盛していた。私たちは、熱海のデニーズで朝食をとったばかりだったので、ここでは何も食べず、お土産を買うことに専念した。特に私は、たまごグッズを売っているお店がひどく気に入り、そこでいろいろなグッズを買い込んだ。

 お昼ごはんは、沼津の港でとる予定だった。行きたい場所をカーナビにセットしておくだけで、目的地まで確実に案内してくれる時代になったことは、時間の節約にも繋がっている。しかしその一方で、車の窓を開けて、勇気を振り絞って地元の人に道を尋ねるという光景は、既に失われつつある。

 お昼前に沼津港飲食店街に着いてみると、有名な場所なのか、これまたたくさんの人たちで溢れ返っていた。立体駐車場の行列に並び、カングーを駐車場に停めると、私たちは沼津港飲食店街へと繰り出した。

 ちょうどお昼どきということもあり、沼津港飲食店街はとても混雑していた。店先で干物を並べて売っている人たちがいる。時折、威勢のいい掛け声が聞こえて来る。ガンモが行きたいと言っていた山盛りの掻き揚げを食べさせてくれる有名なお店は、既にたくさんの人たちが行列を作って並んでいたので、私たちはそのお店を見送ることにした。鉄道乗り潰しの旅も含めて、ガンモと一緒に全国あちらこちらを旅して来たが、それぞれの土地で、自然から受け取った恵みを日常生活に取り入れている光景を目にして来た。簡単に言えば、海には海の暮らしがあり、山には山の暮らしがあるということだ。

 私たちは、目移りしながら飲食店をめぐり、あまり混んでなさそうなお店を見付けて入った。そこは、千五十円で四つの丼を食べさせてくれるお店だった。お昼どきだというのに、私たちが入ったときは誰もお客さんがいらっしゃらなかったのだが、私たちがお店に入ってしばらくすると、次々にお客さんが訪れ、やがてお店のテーブルはお客さんでいっぱいになった。私は、過去に友人が言った言葉を思い出していた。
「実は私、人を呼ぶ体質やねん。トイレに入ると、入ったときは空いているのに、私が入ると、次々に人が来るねん。お店もそう。私が入ったときは空いているのに、私が入ると、次々にお客さんが入って来るねん」
なるほど、まさしく今の私たちにも当てはまる表現だった。

 いただいた四つの丼とは、おそらく、マグロ、桜海老、生しらす、素麺(そうめん)だったと思う。これらがそれぞれ小さな丼に盛られているのだ。素麺以外は、ネタの下にすべてご飯が盛られている。何と言っても、丼がこぶりでかわいい。おまけに予想に反してボリュームもたっぷりで大満足だった。

 こうして沼津の海産物をたっぷり味わって腹ごしらえをした私たちは、再びカングーに乗り込み、数百キロ離れた自宅を目指して長い長い旅を再開したのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、沼津港飲食店街をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 四つの丼は、本当に小さな丼に盛られていたのですが、実際に食べてみるとボリューム満点でした。野菜不足になるので、あとから野菜を補うことが必要ですが、地域で取れた海鮮類がふんだんに使われているので、とても贅沢な気がしました。

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2009.07.07

映画『ぼくの大切なともだち』

心温まるおもてなし(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモの話では、楽天トラベルの評価において、奥様の手料理が大変な評判なのだそうです。またいつか、元気になられた奥様の手料理をいただきに上がりたいと思っています。

 劇場で予告編を見て気になっていたにもかかわらず、劇場公開中に見逃してしまったので、DVDで本作を鑑賞した。やはり、予告編で気になっていただけあって、実に見応えのある作品だった。一体誰の監督作品なのだろうと思い、調べてみると、何と何と、パトリス・ルコントだった。とは言え、私はパトリス・ルコントの監督作品をそれほどたくさん鑑賞しているわけではない。せいぜい、映画『髪結いの亭主』と映画『サン・ピエールの未亡人』、映画『親密すぎるうちあけ話』くらいである。しかも、映画『髪結いの亭主』を鑑賞したとき、多くの映画ファンたちが絶賛しているというのに、妻の意外な選択に、私は一人で置いてけぼりにされたような気持ちになったものだった。当時の私は、映画と現実の世界を同列に見てしまい、肩の力を抜いて、映画を映画として鑑賞することができなかったのだ。そんな私も、場数を踏むことにより、おかげさまで少しずつ余裕で映画を楽しめるようになって来た。

 本作は、映画を映画として鑑賞しなくても良い作品である。中年の美術商フランソワが、自分の誕生パーティの席で、自分の葬儀に参列してくれそうな友人が一人もいないことに気付く。みんな、一見友達のようでいて、利害関係のある知人たちばかりだったのである。ショックを受けたフランソワは、その席で美術商の女性パートナーの提案に同意し、十日以内に親友を探し出すという賭けをする。やがてフランソワは、人当たりのいいタクシー運転手ブリュノに出会う。オープンな性格で、友達の多そうなブリュノに、フランソワは友達の作り方を教わることになる。

 いわば本作は、「親友探しの旅」と言っても過言ではないだろう。恋人や配偶者というと、告白などといった宣言から始まるので、ある程度、関係性を見出しやすい。しかし、友達はどうだろう。「友達だよね」と互いに確認し合ったり、「私たち、親友よね」などという会話を交わさないだけに、相手も自分と同じ気持ちでいてくれるかどうかを確かめるのは、少々怖い気がする。また、友達の場合、最初から多対多の関係を結んで行くので、「親友」という言葉で相手を縛りたくないという気持ちもあるだろう。

 高校生のとき、何かの授業中に、
「親友がいる人、手を挙げて」
と先生に聞かれ、ひどく戸惑ったのを覚えている。私が親友だと思っている友人は、同じように私のことを親友だと思ってくれているのかどうか、とても不安だったのだ。気持ちを確かめ合う男女の場合は、このような不安はないだろう。もちろん、友人から入った恋愛でなければの話だが・・・・・・。

 そんな経験から、自分の誕生日に多くの人たちの目の前で、
「親友はいるか?」
と尋ねられたフランソワの戸惑う気持ちが良くわかる。

 タクシー運転手のブリュノに力を借りながら、親友探しを続けて行くフランソワだったが、やがてフランソワとブリュノの間にただならぬ友情が芽生えて行く。しかし、その先には、せっかく築き上げた友情に対する裏切りも・・・・・・。真の友情とは何かと問われたときに、裏切りに対する絶望感を乗り越えることができるかという追試まで用意されているのだ。そして、その追試を乗り越えてこそ、初めて親友と認識することができる。

 確かに、私自身の経験からもそうだ。まだ一度も喧嘩をしたことのない友人を、友人と呼ぶには少々くすぐったい。また、友人たちの多くは私のことを「まるみちゃん」とか「まるみさん」、「まるみ」、あるいは「まるみん」と呼んでくれているが、中には仕事を通じて知り合った仲間たちのように、苗字で呼んでくださっている人たちもいる。そういう人たちとの間には喧嘩は成立せず、故に、まだまだ乗り越えていないものがたくさんあるように思う。だからこそ、大喧嘩をしても仲直りをして交流を深めて来た友人たちの存在は貴重である。

 映画『サン・ピエールの未亡人』を鑑賞したとき、ルコントの作品は実に繊細だと思った。本作もまた、男同士の友情が繊細に描写されている。一見、たくさんの友人たちに恵まれていそうなブリュノにさえ、心の中に闇があった。社会の中で生きて行くということは、そうした心の闇を上手に隠しながらやり過ごすことなのかもしれない。しかし、心の闇を隠したままでは親友に出会うことはできない。オープンな入口を作り、勇気を振り絞って相手に向かって行ったり、考え方の異なる相手を受け入れたりする姿勢が必要だ。美術商という、ビジネスも成功し、利害関係で結ばれた知人ならたくさんいるはずのフランソワが、利害関係のない親友に出会うプロセスを見届けると、「ああ、いい映画を鑑賞したなあ」という満足感でいっぱいになるのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画『サン・ピエールの未亡人』もそうでしたが、ルコントの作品は深いですね。「友達」という身近なテーマを深く掘り下げた作品だと思います。同性の友人に好意を示すことがちょっぴりくすぐったい私には、「友達とは何か?」、「親友とは?」ということについて、改めて考える良い機会になりました。

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2009.07.06

心温まるおもてなし(後編)

心温まるおもてなし(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。あらあら、いつの間にか、記事のタイトルに(前編)が付加されています。(苦笑)それから、記事と連動した写真を掲載するのがすっかり遅くなってしまいましたが、掲載しておきましたので、よろしければ雰囲気を味わってみてくださいませ。

 睡眠不足は解消されたものの、朝、目覚めてみると、私は亀になっていた。固い畳の上に敷かれた布団が、背骨をまっすぐ伸ばそうとして、お腹に力の入らない私を苦しめるのだ。背骨が曲がっている私は、普段、弾力性のあるベッドに寝ているため、いくらか救われている。しかし、例えば実家に帰省したときなど、固い畳の上に敷かれた布団に寝ると、曲がった背中が伸びるのを守ろうとして亀のようになるのだ。起き上がるにはお腹に力をこめなければならないが、私のお腹にはたくさんの筋腫があり、第二チャクラが弱っているため、なかなか起き上がれないのである。

 私がやっとのことで起き上がると、ガンモは、
「下が固いから、背骨が良く伸びて気持ち良かった」
などと満足そうに言った。背骨が伸びたことはともかく、ガンモも良く眠れたらしい。

 さて、本来ならば、目覚めたあとは民宿で朝食をいただくことになるのだが、実はゆうべ、夕食の案内をしてくださったときに、申し訳ないが、朝食に関しては用意ができないと民宿のオーナーから話があった。そのため、わざわざ朝食分の代金を差し引いてくださるという。民宿で朝食を食べられないということは、チェックアウト後にどこかで食べることになるので、私たちは朝食をとるべく、いつもよりも早めにチェックアウトを済ませようと思っていた。

 ところが、私たちが帰り支度を整えていると、部屋の電話が鳴り、
「お風呂のご用意ができていますので、どうぞ」
と、民宿のオーナーがわざわざ朝風呂の案内をしてくださった。

 私は、朝、もう一度温泉に入っておきたいと思っていたので、チェックアウトの準備を止めて、温泉に入けとにした。大きなホテルならば、何の断りもなく、朝風呂に入るのだが、個人経営のこじんまりした民宿では、朝風呂を利用するのを遠慮してしまう。こうしてご案内いただいたことで、正々堂々と朝風呂を利用できるというものだ。一方、ガンモは既にチェックアウトの準備を整えていたので、朝風呂は遠慮させていただいた。

 民宿のオーナーは、
「何もお出しできませんので、お風呂から上がったら、コーヒーを飲んで行ってください」
とおっしゃった。私は、コーヒーを飲む習慣はなかったが、
「はい、いただきます」
と返事していったん部屋へ戻った。

 そして帰り支度を整え、ガンモと一緒に一階に降りて行った。すると、オーナーが私たちにコーヒーを勧めてくださったので、私たちはカウンターに腰を落ち着けてコーヒーをいただいた。

 ゆうべ、オーナーが飲食店のママと話をしているのが聞こえて来たのだが、緊急入院された奥様は高血圧の症状が出ていたそうだ。私の両親も血圧が高いので、私はオーナーに、
「高血圧には、らっきょうがいいそうですよ」
と言った。すると、オーナーは、
「そうですか。らっきょうなら、うちにもたくさんあるので、一生懸命食べることにします」
とおっしゃった。

 もともとオーナーのほうが血圧が高く、血圧を抑える薬を服用していたくらいなのだそうだ。奥様の血圧は、普段、それほど高くはなかったはずなのに、あるとき、誰かと電話で話をしている最中に倒れてしまったのだという。オーナーがすぐに気づき、救急車を呼ぼうとしたが、恥ずかしいから救急車はやめてくれと奥様に懇願されたらしい。

 結局、救急車を呼ぶことになったらしいが、病院に運ばれた奥様は順調に回復されているそうだ。ただ、帰宅すると民宿の仕事をこなしてしまうことから、しばらく病院に入院させていただいている状態だという。そのため、奥様の主治医に、
「病院は休むところではありません」
と冗談っぽく言われたそうだ。

 オーナーは、普段はもっとお客さんがいらっしゃること、常連のお客さんが多いこと、一ヶ月から数ヶ月単位で出張に来られる方が、何度も利用してくださっていることなどを話して聞かせてくださった。確かに、これだけのおもてなしを受ければ、何度も足を運びたくなる気持ちも良くわかる。私たちはオーナーの話に耳を傾けながら、コーヒーをすすった。

 コーヒーをごちそうになった私たちは、そろそろ出発することにした。オーナーに宿泊料金を支払うと、二人分の朝食代金をしっかり引いてくださった。私が、
「コーヒーをいただいたのに」
と言うと、オーナーは、
「コーヒーはサービスですから」
とおっしゃった。私たちは恐縮しながらも、お言葉に甘えることにした。

 間もなく、お世話になったお礼と奥様へのお見舞いの言葉とともに、私たちは民宿をあとにした。奥様が緊急入院されるという事態に見舞われながらも、私たちに温かいおもてなしをしてくださった民宿のオーナーに深く感謝している。おかげで、私たちにとっても特別な体験になった。またいつか訪れたい民宿だ。

 民宿をあとにした私たちは、近くのデニーズで朝食をとった。私はコーヒーを飲む習慣はないというのに、
「アメリカンコーヒーでしたらお替わり自由です」
と言われ、アメリカンコーヒーを注文してしまった。

デニーズで朝食

普段はコーヒーを飲まないのに、お替わり自由と言われると弱い

 こうして朝の腹ごしらえも終わったので、私たちはまだまだ遠い自宅を目指しながら、次なる目的地へと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こちらの民宿に、常連さんが多い理由がわかるような気がします。人と人との距離は、最初から遠慮してしまうとどんどん遠ざかってしまうものですが、こうして思い切って交流を始めてみれば、お互いの中に心地良い距離感が出来上がって行くものなのですね。それを、どちらが先に始めるかが重要なのでしょう。見知らぬ利用客に対しても先に歩み寄ることができる民宿は、きっと、人が人を呼ぶ民宿になるのでしょう。

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2009.07.05

心温まるおもてなし(前編)

映画『エリザベスタウン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m やはり、レンタルDVDショップの店員さんご推薦の作品だけあって、ご覧になられた方も多かったようですね。私の書いた記事を応援してくださり、感謝致します。ところで、本作の脚本を書いたのは誰だろうと思いながら調べてみたところ、本作の監督も務めているキャメロン・クロウでした。音楽にも詳しい方のようですが、もしかすると本作の中でクレアが選曲したBGMにも、監督なりのこだわりがあったのかもしれません。そのあたりは、知識がないと、見落としてしまいがちなところですね。

 カングー・ジャンボリーのあと、私たちが向かったのは熱海である。せっかく東京までカングーに乗って来たので、帰りに熱海の民宿に一泊し、温泉に入ってから帰宅する予定を立てていたのだ。

 どこをどう走ったのか、あまり覚えていないのだが、熱海までの道のりがまたひどく混雑していた。そんな中、東京ビッグサイトを出てすぐに入った首都高に、段ボールやら冊子やらがあちらこちらに散らばっている光景を目にした。どうやら走行中に誰かが落として行ったらしい。道路に散らばっている冊子の数は、先へ進むごとに増えて行った。見ると、某社のカタログ冊子のようである。やがて私たちは、トラックに積んだ荷物が荷崩れを起こし、必死で荷物を固め直している運送業者に出くわした。彼は、たくさんの車が通り抜けて行く高速道路に降り立ち、崩れた荷物を独りで直しているのだ。渋滞していないとすれば、命に関わる作業である。何と孤独で恐ろしい作業だろう。

首都高に散らばったカタログ冊子

 私たちはそんな運送業者を見送り、混雑した高速道路と一般道路を乗り継いで、ようやく熱海に到着した。ガンモは自宅から徹夜で東京ビッグサイトまで走行したばかりか、東京ビッグサイトで行われたカングー・ジャンボリーのあと、熱海まで一睡もせずに運転したことになる。私は、ガンモがこれほどタフだったことに驚きを感じながら、
「良く頑張った」
と言って、ガンモを労った。

 私たちは、楽天トラベルを経由して申し込んでおいた民宿の温泉にゆったりと浸かり、夕食をとったあと、いつもよりも早めに就寝したかった。ガンモが申し込んでおいた民宿は、アットホームでこじんまりした民宿だった。チェックインを済ませ、部屋に案内していただいたところ、実は奥様が緊急入院され、食事を出すことができないので、夕食については、民宿のオーナーが経営している飲食店で用意してくださるという。私たちは温泉に入ったあと、民宿のオーナーの案内で、その飲食店まで移動して食事をとることになった。

 奥様が緊急入院されたのはその週の初めのことだったらしいが、バタバタしていたため、楽天トラベルの宿泊予約システムに宿泊不可の設定をしておくのを忘れてしまったのだそうだ。ただし、電話で予約の申し込みがあった利用客については、事情をお話しして、すべてお断りしたそうだ。そのような状況であるにもかかわらず、楽天トラベルの宿泊予約システムを宿泊不可の設定にしておかなかったことに責任を感じた民宿のオーナーは、私たちに誠心誠意を尽くしてくださっているのだ。その話を聞いた私たちは、民宿のオーナーに対し、大変申し訳ない気がしたが、オーナーがせっかく夕食を手配してくださったので、お言葉に甘えることにした。

 夕食の前に温泉に入った。温泉は、一般家庭のお風呂と同じくらいの広さの浴室だったので、ガンモと一緒に入れるはずだった。しかし、私たちは部屋の鍵を渡されていなかったので、仕事で使用しているノートパソコンを持参しているガンモは万が一のことを考え、一人ずつ温泉に入ろうと提案して来た。温泉は、七十度ほどあるらしく、冷たい水道水で薄めて入らなければ火傷してしまいそうだった。とは言え、泉質も良く、とても幸せな気分に浸ることができた。

 交替で温泉に入り、定番の浴衣を着てみたものの、これから外食することになるので、浴衣のまま出掛けて行くわけには行かず、私たちは再び替えを済ませて出掛ける準備を整えた。民宿のオーナーには、準備が出来たら一階に降りて来てくださいと言われていたので、一階に降りた私たちはオーナーに声を掛けた。

 オーナーは民宿の戸締りをすると、夕食を用意してくださっているお店へと私たちを案内してくださった。比較的小さなそのお店の座敷のテーブルには、早くも私たちのための料理が並べられていた。私たちは座敷に用意された席に落ち着き、用意されたお食事をいただいた。民宿のオーナーは、お店のママに晩御飯のお弁当を作ってもらっていた。奥様が緊急入院されたため、オーナーもご飯の用意をこのお店に頼っているらしい。

民宿のオーナーの経営する飲食店で用意してくださった夕食

 オーナーは、私たちに、
「帰り道、わかりますよね?」
と確認されたあと、お弁当を持って民宿に帰って行った。

 それにしても、何と心温まるおもてなしだろう。これまでいろいろな旅館に宿泊して来たが、これほどまでアットホームな形で私たちを迎え、もてなしてくださる旅館はなかった。私たちは、出されたお料理をすべてたいらげた。お店のママがご飯のお替わりを勧めてくださったのだが、私たちは満足していたので、丁寧にお断りした。

 食事を終えた私たちは、お店のママにお礼を言ってお店を出た。土曜日の夜だというのに、熱海の街はとても静かだった。かつては賑わっていたはずの温泉街も、今では静寂を保っているようだ。海もあり、温泉もあるこの熱海が、何故、これほど静かな温泉街に変わってしまったのか、私には良くわからなかった。同じ温泉街でも、箱根はあれほど繁盛しているというのに。

土曜日の夜だというのに、ほとんど観光客がいない熱海銀座

 無事に民宿に戻った私たちは、一休みしたあと、布団に直行して横になった。徹夜で運転し続け、更に東京から熱海までも運転を続けたガンモは、私よりも早く寝息を立てていた。この日は二人ともぐっすり眠り、睡眠不足を解消させた。睡眠がこれほどまで心地良いものだったとは・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 民宿のオーナーは、奥様が緊急入院されているにもかかわらず、心温まるおもてなしをしてくださいました。あたたかいおもてなしというのは、規則に従うことではないんですね。ルールから外れているようであっても、本当に心がこもっていれば、こうしてちゃんと通じるものだと思います。

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2009.07.04

映画『エリザベスタウン』

ホットヨガ(一五五回目)(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東京ビッグサイトから一番近いスタジオだった銀座店のレッスンが取れなかったのは、このような結果が用意されていたからなんですね。しかし、なかなか予約が取れないとなると、銀座店への夢がますます脹らみます。(笑)

 またしても、レンタルDVDショップの定員さんお勧めのDVDを鑑賞した。いやはや、これが大当たりだった。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのオーランド・ブルームと、映画『スパイダー・マン』シリーズや映画『マリー・アントワネット』のキルスティン・ダンストのスピリチュアルなラブストーリーだ。

 シューズ・デザイナーとして成功していたドリューをオーランド・ブルームが演じている。ドリューは、発表した新作が世の中に受け入れられず、会社に多額の負債を負わせてしまいう。会社をクビになったドリューは、自宅で自殺を図るため、電動自転車に鋭いナイフを取り付け、まさしく電動自転車の電源を入れようとしていたところ、机の上に置いていた携帯電話がしつこく鳴り始め、自殺を中断することになる。それは、父が急死したという妹からの悲しい知らせだった。自分が死んだら散骨して欲しいという父の遺言を果たすため、長男のドリューは家族を代表して、父の故郷であるケンタッキー州のエリザベスタウンに向かう。その道中で、キルスティン・ダンスト演じる積極的で話し好きなフライト・アテンダント、クレアに出会うのだ。

 仕事で大きな失敗をした上に、父を亡くしたばかりのドリューは、父の葬儀を無事に終えたら、自殺を決行しようと思っていた。しかし、クレアとの出会いによって、ドリューの人生は大きく変わって行く。

 本作で私が最も注目したのは、自由意思を持ち、言葉が宙に浮いたドリューとクレアの会話である。寝る時間も惜しんで、携帯電話で長時間、会話を続ける二人は、他愛のない日常会話ではなく、物事の真理を追究するかのような深い話をしている。二人の間で交わされている会話の一つ一つがスピリチュアルで心地良い。ああ、こんな台本を一体誰が書いたのだろうと気になってしまう。一つ一つの現象を細かく言葉で説明しているわけではなく、二人はイメージの世界を共有し、それらが真理へと繋がっている。だから、寝る時間も惜しんで長時間、会話を続けていても、充実感があるのではないだろうか。

 最初のうち、異性の大親友という雰囲気の二人だったが、やがて男女を意識する仲へと発展して行く。相手に恋人がいるかもしれないという状況の中で、互いに自分の中に湧き上がって来た感情を押し付けることなく、相手に自由意思を与えているのが良くわかる。そういうところからも、二人は自立した関係であることがうかがえる。

 欲望に身を任せてなかなか突っ走らない二人だから、鑑賞した人たちには、二人の間に通うものが一体何であるのか、わかり辛いのかもしれない。一部の映画サイトでは、本作に対して酷評を書き込んでいる人たちもいた。そんな二人がじれったいのだろうか。しかし、二人の間に通っているものが何であるのかがちゃんと見えている人たちからは、高い評価を得ている。もちろん、私も本作を高く評価する。結末を急ぐ作品は、確かにわかり易いのかもしれないが、あとに残るものが少ない。しかし、じっくりと時間を掛け、確かな結末へと導いてくれる作品には、お楽しみが多い。例えば自分が旅行をするとして、たくさん途中下車をしながら目的地へ向かって行くのと、飛行機を使ってノンストップで目的地に辿り着くのと、どちらが心に残るものが多いだろうか。そう考えると、本作の面白さを実感することができるのではないだろうか。

 葬儀の帰り、父の遺灰を持って車で長時間の旅を試みようとするドリューに、クレアは自作の地図とBGMを焼き込んだCD-ROMを渡す。クレアが作った地図には、それぞれの土地の観光スポットやお勧めのお店などの情報がぎっしり詰まっていた。ロードムービー仕立てで展開されて行くラストには、感動的な結末が用意されている。

 鑑賞し終わった私には、仕事で大きな失敗をした上に、父を亡くしたばかりのドリューにとって、クレアの存在は、ピンチのときにドリューの前に現れ、ドリュー自身の足で立たせてしっかりと歩かせる大切な役割を持っているように思えた。その大切な役割が、盲目的な男女の愛で埋もれてしまうことなく構成されているため、わかり辛いと感じる人がいらっしゃるのかもしれないと思った。

 もしも私が脚本家を目指すとするならば、本作のような脚本を書きたいと思う。直接的な表現方法よりも、間接的な表現方法が心地良いと感じずにはいられなくなるような作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 相手に恋人がいるかもしれないという状況の中で、二人が少しずつ歩み寄って行く姿がたまらなくいいですね。落ち込んでいる人を言葉だけで慰めようとするのではなく、時には激しく叱咤し、自分の足で立って歩かせようとするような愛情は、なかなか注げないものです。相手への信頼があるからこそ、注げる愛情かもしれません。それは、相手の自由意思を尊重する姿勢にも繋がります。そういう意味で、アメリカ映画は強引な作品が多いと思い込んでいましたが、こういう作品があることを知って、とてもうれしく思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.07.03

ホットヨガ(一五五回目)(後編)

ホットヨガ(一五五回目)(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m まるで鉄道乗り潰しの旅のように、ホットヨガの支店をあちらこちら渡り歩いています。支店によっていろいろな雰囲気があって、本当に楽しいです。では、続編を書かせていただきます。

 スタジオに入ってみると、それほど広くはないスタジオに、ヨガマットが一列に並べられていた。今回のレッスンに参加していたのは、私を入れて九名の参加者だった。スタジオに入って来たインストラクターのお顔を拝見したとき、あまりにも私の友人にそっくりなので驚いた。私はいつものように、インストラクターに近いヨガマットを選んでいたのだが、目の前のヨガマットに腰を降ろしたインストラクターに向かって、
「○○ちゃん!」
と、インストラクターにそっくりな友人の名前を思わず口にしそうになってしまったほどだ。

 レッスン開始直後には、毎回、瞑想が行われるのだが、今回のレッスンで、私は瞑想が終わっても、目を開けるのも忘れてそのまま眠りに落ちてしまいそうだった。何しろ、ほとんど睡眠時間を取らずに高速道路を走り続けて来たのだから、無理もない。私はふっと我に返り、気合を入れてレッスンを受けることにした。

 溝の口店でリラックスコースのレッスンを受けたときもそうだったが、リラックスコースのレッスンの根底には、自分の身体を労わる精神があるように思う。特にそれを強く感じたのは、ウォーミングアップのストレッチを行っていたときである。例えば、足を下から上へトントントンと叩き、足の疲れや緊張を取り除くための時間が与えられる。インストラクターは、
「足の疲れや緊張を取り除くために、足の下から心臓のほうに向けてトントントンと叩いてあげてください」
といった表現を使う。この、「叩いてあげる」という表現から、自分の身体を労わろうとする精神を感じずにはいられないのだ。しかも、ウォーミングアップのストレッチは簡単には終わらず、本格的なレッスンが始まる前に、こうしたマッサージが念入りに行われる。

 ウォーミングアップのストレッチが終わると、揺れる吉祥のポーズに入った。揺れる吉祥のポーズは、足裏を合わせて座り、左右にゆらゆらと揺れる。これが実に楽しい。単に左右に揺れるだけで、何だか幸せな気持ちに浸ることができる。ああ、このポーズこそが、溝の口店でリラックスコースのレッスンを受けたときに私が最も気に入ったポーズだった。

 リラックスコースのレッスンで取るポーズは、私にとってはどれも目新しいレッスンばかりで、猫のポーズ、人魚のポーズ、つるべ落としのポーズ、寝転がって行う牛の顔のポーズなどを次々に取った。

 最も動きの激しいパワーアクティブコースのレッスンからすれば、リラックスコースのレッスンで取るポーズはどれも地味なポーズばかりだったのだが、レッスンが終わる頃にはたっぷり汗をかいていた。地味なポーズでこれだけ汗をかくことができたということは、それだけ、身体に根本から働きかけるポーズが集まっていたのかもしれない。

今回のレッスンのときに着ていたシヴァ神のTシャツ

 レッスンを終えたあと、階段を下りて三階のロッカールームに戻り、カーテンを開けてシャワールームに入ってシャワーを浴びた。シャワーを浴びたあと、メイク台に座ってメイクをしていると、ロッカールームから会員さん同士の楽しい会話が聞こえて来た。楽しそうなおしゃべりが聞こえて来ても、閉鎖的な感じはなく、いやな感じはしなかった。私は、レッスン前にスタジオの前でソファを譲ってくださったご年配の会員さんにあいさつをしてロッカールームを出た。

 受付にロッカーの鍵を返しに行くと、さきほどのインストラクターが対応してくださり、
「次回のご予約は、梅田店ですね。あら、神戸から来られたのですか?」
と尋ねてくださったので、私は、
「はい。ちょうどこちらに来る予定が入りまして、以前、溝の口店で受けたリラックスコースのレッスンが忘れられなかったので、今回もリラックスコースのレッスンを受けさせていただきました」
と答えた。するとインストラクターは、
「そうでしたか。今日のレッスンは大丈夫でしたか?」
と尋ねてくださったので、
「はい、とても良かったです」
と答えた。そして私は、インストラクターにお礼を言って、川崎店をあとにした。

 レッスンを終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモはまだカングー・ジャンボリーの会場にいた。結局ガンモは、前日の夜から一睡もせずにカングー・ジャンボリーを楽しんでいたらしい。カングー・ジャンボリーの会場では、カングーのテーマを演奏するバンドが登場し、予め公開されていた歌詞を見ながらみんなでカングーのテーマを熱唱したり、また、じゃんけん大会が開催されたりと、様々なイベントを楽しんだようだ。ガンモもじゃんけん大会でルノーのマウスパッドの景品をもらったそうだ。

 そんなガンモは、
「十五時から記念撮影があるから、一緒に写ろう」
と私に言った。当初の予定では、カングー・ジャンボリーを満喫したガンモが、川崎までホットヨガのレッスンを終えた私を迎えに来てくれるはずだった。しかし、記念撮影が行われるならば、私もガンモと一緒に写ったほうがいい。

 とは言え、私は「ガンまる日記」をまだ更新していないことがひどく気になっていたので、
「じゃあ、『ガンまる日記』を書いてからそっちに向かうから」
と言った。時計を見ると、十五時まではまだ少し余裕があったので、私はりんかい線大井町駅のホームに設置された椅子に腰掛け、ノートパソコンを開き、「ガンまる日記」を更新した。そして、りんかい線に乗って再び東京ビッグサイトの最寄駅の一つである国際展示場駅まで戻った。しかし、私がカングー・ジャンボリーの会場まで戻るまでの間に、記念写真の撮影は終了してしまった。ちなみに、そのときの集合写真はこちらである。

 約束の十五時を過ぎると、ガンモは東京ビッグサイトに用意された駐車場からカングーを発車させ、インターネットで調べておいたガソリンスタンドへと車を走らせた。しばらくするとガンモから電話があり、インターネットで調べておいたガソリンスタンドが実在したと報告を受けた。ようやくこれでカングーも、ガソリン不足から解放されるわけである。私は、有明駅近くの退避帯でガンモがカングーに給油し終わるのを待った。しばらく待っていると、給油を終えたガンモがカングーに乗って私を拾ってくれた。こうして私たちは無事に合流し、次なる目的地へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今、思えば、六月といえども天候に恵まれた一日でありました。寝不足のままホットヨガのレッスンを受けたため、思わず眠ってしまいそうになりましたが、それでもやはり、私はリラックスコースのレッスンが好きですね。何故なら、最も根本的な部分から、自分の身体と向き合うことのレッスンであると感じるからです。ああ、私が普段、通っているスタジオでもリラックスコースのレッスンが開設されればいいのに、と強く思います。(笑)

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2009.07.02

ホットヨガ(一五五回目)(前編)

映画『ミリオンダラー・ベイビー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ラストで、映画『グラン・トリノ』を鑑賞したときほど、頭をガツンと殴られたような衝撃はありませんでしたが、クリント・イーストウッド節の効いた作品だと思います。(笑)ヒラリー・スワンクは、映画『P.S. アイラヴユー』よりも、彼女らしさが活かされていたように思います。まるで、本当にボクシングに情熱を傾けている女性のようでした。

 カングー・ジャンボリーの会場となった東京ビッグサイトから最も近いホットヨガのスタジオは、銀座店だった。しかし、東京に向けて出発する前にいざ、銀座店のレッスンの予約を入れようと試みたところ、残念ながら、この日の予約はすべていっぱいだった。なるほど、銀座店は、大阪で言うところの梅田店のように、突然、レッスンを受けたいと思い立っても、なかなか叶わないようである。

 そこで私は、東京ビッグサイトから、銀座店の次に近そうな神楽坂店の予約を入れることにした。ひとまずレッスンの予約を入れて落ち着いていたところ、カングー・ジャンボリーを終えたガンモと落ち合うのに、神楽坂はわかり辛いということになった。そこで、神楽坂店のレッスンをキャンセルし、上野店、池袋店などが次々に候補に上がったのだが、東京ビッグサイトからはどちらも電車の乗り換えが面倒だった。そこで最終候補に上がったのが、りんかい線とJR線の乗り継ぎで利用できる川崎店だった。レッスンの予約も取れたので、ラッキーだったと言える。川崎ならば、ガンモも度々出張に出掛けているので、レッスン後の待ち合わせもしやすいだろうということになったのである。

 実は川崎店は、一月の終わりに利用した溝の口店と同様、私がいつもレッスンを受けているホットヨガスタジオオーではなく、姉妹店のホットヨガ サロン ラビエの支店だった。そう、ラビエと言えば、私のお気に入りのリラックスコースのレッスンが開催されている。せっかくこちらに来ているのだから、大好きなリラックスコースのレッスンを受けたい。私はそう思い、川崎店で六十分のリラックスコースのレッスンの予約を入れておいたのである。

 東京ビッグサイトの最寄駅の一つであるりんかい線の国際展示場駅から川崎駅までは、大井町で一回の乗り換えのみで移動することができる。東京に住んでいた頃、大井町周辺で働いていたこともあり、このあたりは庭のようなものである。

 川崎駅から歩いてすぐのところに、ホットヨガ サロン ラビエ川崎店はあった。やはり、溝の口店同様、こじんまりとしたビルの一角にあった。恐る恐る、ビルの狭い階段を昇り、受付のある三階へと辿り着いた。

ホットヨガ サロン ラビエ川崎店の入口

 中に入ってみると、何となく、会員制であることを強く意識する空間だった。それが、ホットヨガスタジオとホットヨガサロンの違いなのだろうか。それだけに、会員にとってはアットホームな雰囲気も感じられる。受付で、初めて川崎店を利用することを告げると、更衣室があるのは三階で、レッスンを受けるスタジオがあるのは四階であること、そして、トイレは三階にしかないことなどの説明を受けた。いつものようにタオルとロッカーの鍵を受け取り、更衣室に入ると、きれいな洗面台やメイク台が視界に入って来た。ロッカーの色は、ホットヨガスタジオオーのピンク色とは異なり、グレーだった。確か、溝の口店もそうだったはずだ。また、シャワールームとの区切りにカーテンが使用されているのも、溝の口店と同じだった。

洗面台

メイク台

 着替えを済ませ、四階のスタジオまで階段を昇って行った。そう言えば確か、階段を昇ってスタジオに行く支店が他にもあったはずだ。ああ、思い出した。南森町店である。とは言え、南森町店の場合、一階が受付で、二階がロッカールームとスタジオだったと記憶している。それに、やはりホットヨガスタジオオーとは広さが違う。オーに比べてラビエはこじんまりしているのか、川崎店といえども、スタジオの数は二つしかないようだ。

 残念ながら、スタジオはまだ準備中だった。小さなスタジオの前にはソファが用意されていて、ご年配の女性が一人、腰掛けてスタジオの準備が整うのを待っていらっしゃったのだが、私にもソファを勧めてくださった。ソファに腰掛けてしばらく待っていると、スタジオの準備が整ったとの案内があり、私はご年配の女性とともにスタジオの中に入った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回で二回目となったラビエでのレッスンであります。都会の中でこじんまりしたスペースに迷い込むと、人と人との距離の保ち方について、改めて考えさせられます。川崎店では、会員さん同士が仲良くおしゃべりをされていました。私が普段、通っているスタジオでは、会員さん同士の会話はあるにはあるのですが、ほとんどの方たちが会話のない無機質な関わり方をしています。このことから、スタジオの広さが人間関係にもたらす影響が大きいのではないかと思いました。記事が長くなりますので、この続きはまた明日、書かせていただきますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.07.01

映画『ミリオンダラー・ベイビー』

カングー・ジャンボリー(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。これだけカングーが勢ぞろいしていれば、これまでカングーという車を良くご存知なかった方たちにも印象付けることができたでしょうか。(笑)かつてガンモに、「ガンモはカングーと仲がいいね」と言ったことがあるのですが、ガンモは私のその言葉がとても気に入ったようです。私は、カングーの天井からフロントガラスに掛けての緩やかなカーブに、ガンモを感じるのです。(笑)さて、今回の旅はまだまだ続くのですが、ひとまずここで休憩を入れるべく、映画のレビューをお届けします。

 クリント・イーストウッドの監督作品が気になる。そう思い、過去の監督作品に目を向けてみた。女性ボクサーがチャンピオンを目指す話である。ボクシング・ジムの経営者であり、トレーナーでもあるフランキーをクリント・イーストウッドが演じている。一方、女性ボクサー、マギーを演じているのは、映画『P.S. アイラヴユー』のヒラリー・スワンクである。

 マギーはフランキーに自分のトレーナーになって欲しくて、フランキーの経営するボクシング・ジムに通い始める。ボクシング・ジムで受付などの雑用係を担当しているのは、モーガン・フリーマン演じるスクラップである。何とも味のある俳優さんたちが揃っているのだろう。台詞がなくても表情だけで物語が成り立ってしまいそうだ。

 最初のうち、フランキーは、単に女性ボクサーという理由だけで、マギーを敬遠していたのだが、三十一歳という、年齢的にも限界を感じてしまうマギーのボクシングに掛ける情熱は、中途半端なものではなかった。フランキーはついにマギーの熱意に負け、彼女のトレーナーを引き受けることになる。

 どうもクリント・イーストウッドは、拒絶から許容へのプロセスを描き出すのが好きらしい。最近鑑賞したばかりの映画『グラン・トリノ』もそうだった。拒絶から許容へと状況がひっくり返されると、物語は間もなく軌道に乗る。

 フランキーとマギーのコンビは、やがて百万ドルを掛けた大きな戦いに挑むのだが、運の悪いことに、相手は試合中に汚い手を使って戦うことで有名な対戦相手だった。試合中、マギーは大怪我を負い、ついには全身麻痺の状態に陥ってしまう。

 映画『グラン・トリノ』でもそうだったが、クリント・イーストウッドは、血縁関係よりも濃い関係を描き出したかったのかもしれない。マギーが全身麻痺の状態に落ちっているというのに、マギーの血縁者たちは、マギーの容態よりも自分たちのお金のことを心配している。しかも、マギーに対し、自分たちに有利になるような契約書にまでサインさせようとする。誰が見ても、血縁関係よりも、フランキーとマギーが築き上げた師弟関係のほうがずっと濃いのだ。その二人の間に通っていたものが本当は何だったのか、息を呑みながら展開を見守ることになる。

 最終的にフランキーが取った行動は、私にとっては驚きの結末だったが、今になって思えば、フランキーとマギーの意志はあの時点ですっかり同化していたのかもしれない。だから、マギーの意志はフランキーの意志でもあり、身動きの取れないマギーの意志をフランキーが代行したということなのだろう。このような状況のときに、果たしてどのような選択肢が一番いいのか、じっくり考えさせられる作品でもある。

 実際に、私の身近なところで同じようなことが起こったとしたら、私はどのような選択をするのだろう。作品としては、血縁関係よりも濃い師弟関係が存在したということが大前提であるように思う。つまり、最初のうち、単にマギーが女性だという理由だけで、フランキーがマギーを拒絶していたことも、すべてはこの結末に繋がるためのプロローグだったというわけだ。そんなフランキーの従来の固定観念をも打ち破って結んだ固い師弟関係だからこそ、マギーの意志を尊重したということなのだろう。固い師弟関係を結ばずに、フランキーが勝手に取った行動とは、明らかに訳が違うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 結末について、考えさせられる作品でしたね。選択肢の一つとしては、有りなのかもしれませんが、実際に自分の身近で同じようなことが起こると、やはり大きな衝撃を受けると思います。ううん、クリント・イーストウッドはどうしてこうも、難しい課題を世の中に突き付けるのでしょうね。まだご覧になっていない方がいらっしゃいましたら、一緒に悩んでみてくださいませ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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