一周忌(1)
※映画『余命1ヶ月の花嫁』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。医学が発達しているのに、いまだなお、がんを治療することができないのは、(注:私にとっての「治療」とは、元の状態に戻すことであり、がん細胞のある臓器やその周辺を切除したりすることではありません。がん細胞のある臓器やその周辺を切除したりするのは、「治療」ではなく「回避策」に過ぎないと思っています)現代人に対して何か大きなメッセージを含んでいるような気がしてなりません。そのメッセージとは、「もっと自然に目を向けよ」ということではないかと思うのです。以前、ゲルソン療法に思うことという記事を書きました。これは、当時、抗がん剤を使っての闘病生活を送っていた義母のことを思いながら、西洋医学を中心とした現代の医療に反発する気持ちから書いたものです。ゲルソン療法により、がんを治療できるのだとしたら、がんというものは、人工的なものとの関わりの深さを示す象徴ではないかと感じています。更に、ゲルソン療法が主に新鮮な野菜ジュースの摂取を推奨していることから、生野菜の中に含まれている酵素が常に私たちの身体に足りていることが、病気を寄せ付けないための秘訣なのかもしれないと思い始めています。もちろん、まだ、確信はありませんが。
五月第四週の水曜日は、ちょうど一年前に亡くなった義母の一周忌の法要の日だった。折しも、兵庫県内では新型インフルエンザの感染拡大が確認されていたので、私たちは帰省すべきかどうか、しばらく迷っていた。私としては一周忌に足を運んでくださる方たちにマスクを配布してでも帰省したかったのだが、足を運んでくださる方たちの中にはお年寄りが多いため、ガンモは思いのほか慎重になっていた。私たちが兵庫県から新型インフルエンザのウィルスを運んでお年寄りたちに感染させてはいけないと、帰省することに対し、消極的な姿勢を見せていたのだ。しかし、ほどなくして新型インフルエンザ騒ぎもひとまず落ち着き、兵庫県内のマスク着用率も次第に下がって来たので、私たちは思い切って帰省することにしたのである。
一周忌の法要が平日になってしまったのは、おじゅっさん(お坊さん)や参列してくださる方たちの都合によるものだ。平日にもかかわらず、四十九日に参列してくださった方たち全員が集まってくださることになっていた。もちろん、その中には私の実家の両親も含まれていた。
喪主である義父は、しばらく保健施設で療養していたおかげで、元気になって自宅に帰って来ていた。とは言え、高齢の義父が法要の準備を整えられるはずもなく、今回も四十九日の法要と同様、地元に住んでいる義弟が忙しく動き回ってくれていた。私たちにも何か協力できることはあったはずなのだが、男の兄弟同士は互いに遠慮してしまうのか、今回は義弟とあまり密に連絡を取り合わないまま、法要の前日を迎えてしまった。
火曜日の夜、私たちは仕事を終えたあといったん帰宅し、支度を整えて、香川県にあるガンモの実家までカングーを走らせた。と言っても、運転免許を持っているのはガンモだけなので、カングーを走らせたのはガンモということになる。
我が家からガンモの実家までは、高速道路を集中して走っておよそ三時間半掛かる。仕事を終えてからの移動となったため、ガンモはかなり疲れているようだった。途中でとうとう「眠い!」と言い始めたので、岡山に入ってすぐのサービスエリアでしばらく休むことにした。
ガンモはサービスエリアで少し休憩を取り、元気を取り戻した。岡山まで来れば、ガンモの実家までは瀬戸大橋を渡ってすぐである。既に〇時を回っていたが、到着まであと一時間といったところだろうか。そこから再びカングーを走らせ、瀬戸大橋を渡り、ガンモの実家に到着したのは午前一時過ぎのことだった。さすがに五時起き生活をしている私も眠くてたまらなかったが、ガンモの実家に到着してすぐに就寝というわけにもいかないだろうと思っていた。何故なら、一周忌の法要は、翌朝の午前十時から行われる予定だったからだ。
夜も遅かったので、義父は既に就寝していたようだった。私たちは、義母の仏壇にあいさつをするため、座敷の戸を開けた。すると、座敷には既に座布団がきれいに並べられていた。義母に帰宅のあいさつをしたあと、台所に足を運んでみると、法要のときにおじゅっさんや参列してくださる方たちにお出しする湯飲みなどもすべて出揃っていた。しかも、ちゃんとお茶まで買って用意してくれている。もちろん、法要のあとのお膳の手配もしてくれていたようだった。ああ、何ということだろう。私たちが新型インフルエンザ騒ぎなどで妙な遠慮をしているうちに、義弟が義母の一周忌のためのすべての準備を整えていてくれたのだ。私たちは、何から何まで準備を整えていてくれた義弟に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そして、やがてその申し訳ない気持ちを感謝の気持ちに変えて、翌朝に備え、布団を敷いて眠りについた。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモも私も、十代の頃から親元を離れて生活し、それぞれの弟が、結婚して地元に残っているという状況がとても良く似ています。義母が入院していたときも、義弟は義母の入院していた病院と、糖尿病を患っている義父のいる実家を行ったり来たりしながら、更には、自宅と職場の間も行ったり来たりしていました。実家から物理的に離れたところで暮らしている私たちは、とにかく義弟には世話になりっぱなしの状況なのです。(苦笑)
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