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2009年6月

2009.06.30

カングー・ジャンボリー(3)

カングー・ジャンボリー(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最初に休憩した浜名湖サービスエリアは、東京に住んでいたときに、四国に帰省するのに利用していた夜行高速バスが、休憩のために停車していたサービスエリアだったと思います。やはり、夜中に眠い目をこすりながらトイレを利用したのを覚えています。いつか、浜名湖サービスエリアの昼間の景色も見てみたいものです。

 海老名サービスエリアを出たあと、私たちの乗ったカングーは順調に走り続け、いよいよ首都高に入った。首都高というと、いつもひどく混雑しているイメージがあるが、まさしくその通りで、まだ朝の七時過ぎであるにもかかわらず、支払った高速料金を返して欲しいくらいの渋滞だった。

 東京に住んでいたとき、運転免許を持っていない私は、自分の運転ではもちろんのこと、誰かの運転でも、首都高を走ることなどほとんどなかった。とにかく混雑しているというイメージしかなかったので、できれば避けて通りたい道だった。しかし、カングー・ジャンボリーの会場である東京ビッグサイトに行くためには、首都高を利用したほうが迷わずに行けそうだった。

 のろのろ運転なので、意識がついつい、並んで走っている他の車に向けられる。私たちの隣の車線には、アイドルの写真を大胆に写し込んだ赤い車が走っていた。写真だけでなく、アイドルのサインも写し込まれているばかりか、給油口には、「給油口はここよ!」のような吹き出しまであった。「俺はこのアイドルが好きなんだ!」と激しく主張しているその車の持ち主は一体どんな人なのだろうと、その車を覗き込んでみると、運転席は見えなかったが、助手席に女性が座っているのが見えた。「なあんだ、これだけこのアイドルのことが好きだと主張していても、ちゃあんと彼女がいるんだ」と思いきや、その彼女の表情がひどく固く、動かないことに気が付いた。何と、私が彼女だと思っていた女性は、助手席に乗せられた人形だった。私たちは驚きの声をあげながら、その大胆に主張するアイドルカーに注目していた。混雑している首都高も、彼のおかげで退屈しなかった。

 カングーは混雑した首都高をのろのろと走り、窓には懐かしい東京の景色を映し出した。渋谷駅が見えて来たとき、私はちょっぴり感動した。ご存知の方もいらっしゃると思うが、首都高は渋谷駅を見下ろすように走っている。結婚してからも、東京へは何度も足を運んでいるが、いつも電車を利用した移動が中心だったので、こうして首都高から眺める景色は目新しい。渋谷駅を見下ろすことができただけでも、首都高を利用した収穫だった。

 ところで、あろうことか、首都高に入ったあたりから、カングーの給油ランプが点灯してしまった。海老名サービスエリアで給油しておけば良かったのだが、何とかなるだろうと思い、先を急ぐあまり、給油しなかったのだ。ガンモ曰く、給油ランプが点灯してからも、まだ十リットルくらいはガソリンが残されているはずだが、渋滞している高速道路では、ガソリンの消費量を予測することができないという。もしも首都高の途中で止まったりしたら、私たちは一体どうなるのだろう? JAFのお世話になることになるのだろうか。それならばいっそのこと、首都高を降りて、一般道を走ったほうがいいのだろうか。そのほうが、ガソリンスタンドにも巡り合えるかもしれない。

 しかし、東京ビッグサイトのある有明まであともう少しという思いから、ガンモは首都高を降りずに何とか有明まで行き着いた。そして、首都高を降りて、いよいよ東京ビッグサイトへと向かったのだが、右にも左にもガソリンスタンドは見当たらなかった。私たちは、これまでにも何度か東京ビッグサイトに足を運んでいる。しかし、やはり電車を利用しての移動だったので、東京ビッグサイトの周辺にガソリンスタンドがあるかどうか、記憶がない。周辺のガソリンスタンドを探すべきか、それとも、カングー・ジャンボリーのために少しでも早めに駐車場に向かうか、決断が迫られたが、結局、私たちは給油を後回しにして、カングー・ジャンボリーの駐車場へと向かうことにした。

 ルノーのTシャツを着たスタッフが、カングーに乗っている私たちをカングー専用駐車場まで誘導してくださった。そして、駐車場に入ってみると、そこにはいるわいるわ、全国から集まって来た何台ものカングーがお行儀良く停車していた。

 私たちがカングーを駐車させると、テレビカメラを構えたスタッフがやって来て、
「○○の者ですが(インターネットテレビらしい)、ナンバープレートを撮らせていただいてもよろしいですか?」
と質問された。私たちは、番号までは写さないという約束で、神戸ナンバーであることがわかる程度の撮影ならかまわないと承諾した。

 あとでわかったことだが、カングー・ジャンボリーに参加していたのは、ほとんどが関東圏のカングーで、神戸ナンバーの私たちのカングーが、西方面からやって来たカングーの中では最も遠方のカングーだった。

 カングーを停めてひとまず落ち着いたあと、ガンモはノートパソコンを取り出して、有明周辺のガソリンスタンドを検索した。そして、ようやくガソリンスタンドを見付けたようだ。おそらく、カングー・ジャンボリーの解散後、ガソリンスタンドに直行することになるだろう。

 そうこうしているうちに、海老名サービスエリアで遭遇したミカングーも到着した。やはりミカングーもまた、東京ビッグサイトを目指していたのだ。心配していたカングー専用の二百五十台の駐車場だが、私たちが東京ビッグサイトに到着した九時前の段階で、まだまだ余裕があった。それでも、これだけの数のカングーを目にする機会はこれまでほとんどなかったので、目の保養のため、私たちは半ば興奮しながら駐車場内を練り歩いた。

 カングー・ジャンボリーの会場では、これから十五時くらまでの予定で、様々なイベントが開催されることになっていた。一方、私はというと、せっかく東京まで来たのだから、こちらのスタジオでホットヨガのレッスンを受けておきたいと思っていた。レッスンの予約が十一時半からだったので、私はたくさんのカングーを前にして興奮しているガンモを東京ビッグサイトに残し、少し早めにスタジオへと向かった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、カングー・ジャンボリーをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、ガンモが気力だけで頑張って、高速道路を徹夜走行しましたが、無事に目的地の東京ビッグサイトに到着しました。それにしても驚きましたね。東京ビッグサイトの駐車場に、全国からやって来たカングーが勢ぞろいしました。私たちが到着してからも、いろいろな色のカングーが続々と東京ビッグサイトの駐車場にやって来ました。見ると、黄カングーが一番多かったようです。ガンモは色とりどりのカングーを眺めながら、満足そうに、会場内をうろうろしていました。(笑)

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2009.06.29

カングー・ジャンボリー(2)

カングー・ジャンボリー(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。m(__)m 「ガンまる日記」をお借りしているココログのメンテナンスが行われていたため、いつもの時間に更新することができませんでした。実は今、昼休みですが、オフィスを出て、コソコソと他の関連会社の休憩室で書いています。(苦笑)

 〇時に家を出て行くはずが、出掛ける直前までもたもたしていて、家を出るのが三十分ほど遅くなってしまった。運転席のガンモは、気を引き締めてカングーのハンドルを握った。自宅を出て間もなく高速道路に入ったのだが、深夜ということもあって、高速道路は空いていた。

 実は今回の遠征にあたり、車好きの派遣仲間に、東京まで自家用車でどのくらい掛かるのかを予めヒアリングしておいた。彼女はしばしば友人たちと交替で高速道路を運転し、東京まで出掛けているという。バイク好きでもある彼女は、私のように車に対する恐怖心がなく、高速道路でもかなりのスピードで走るのだそうだ。一方、もともと安全運転志向のガンモは、高速道路でも最大で百二十キロくらいまでしかスピードを出さない。そのことを彼女に伝えると、
「それくらいのスピードで走るなら、多分、七、八時間は掛かるんちゃうかなあ」
という答えをもらっていた。

 ガンモは、カングー・ジャンボリーのために用意された二百五十台の駐車場にカングーを停車できるように、少し早めに会場入りしたいらしかった。おそらく全国からカングーユーザーが集まって来るはずなので、カングー専用の駐車場スペースを確保するためにも、駐車場スペースの開門時間である八時半頃までには東京ビッグサイトに移動したかったようだ。

 ガンモは運転しながら、先日、京都で行われた私の好きなアーチストのコンサートにカングーで出掛けたのは、今回の東京行きの予行演習も兼ねていたことを聞かせてくれた。カングーはそのまま順調に走り、京都を通過したのは、自宅を出てからおよそ三十分後のことだった。

 関西地方には、新快速電車という名前の列車がJRで運行され、新幹線とまでは行かないが、それにも匹敵する速さで滋賀県と兵庫県を結んでいる。私は、道路事情などから、自家用車よりも新快速電車のほうがずっと速く移動できるものと思い込んでいた。しかし、混雑していない夜中の高速道路ならば、あっという間に移動できることがわかった。私たちの乗ったカングーは京都を過ぎ、間もなく滋賀県に入った。

 もともとの予定では、いたん愛知県のどこかで休憩を取ることにしていた。しかし、深夜の高速道路が空いていたため、走行は思いのほか順調で、私たちが最初に休息を取ったのは、静岡県の浜名湖サービスエリアだった。時間は確か二時過ぎだったと思う。この頃になると、さすがに仮眠を取っていないガンモは疲れが出ていたようだった。何度も気合を入れながら、気力だけで走り続けていた。

 例えば帰省するときなど、高速道路を走るとき、助手席にいる私は、寝てはいけないことになっていた。それは、私が寝ると、ガンモも一緒に眠くなってしまうからだ。しかし、今回の遠征に限り、シートを倒して寝ても良いとガンモに言われていたので、私はガンモのお言葉に甘え、シートを倒して横になっていた。私には、仮眠を取っていないガンモを見守る義務があるのだと思いながらも、どうしても眠気には勝てず、途中、何度かウトウトしてしまった。

 浜名湖サービスエリアは、私たちと同じように、深夜に東京に向けて自家用車を走らせている人たちで溢れ返っていた。こうしたサービスエリアでドライバー同士が会話を交わすことは少ないのかもしれないが、夜中に走行し続けていることについて、同じような境遇の人たちが顔を合わせることで、暗黙のうちに互いに励まし合っているようにも思えた。

 トイレ休憩も済ませ、私たちは浜名湖サービスエリアをあとにして、先へ先へと進んだ。さすがにこの時間帯になると、私はとても起きていることができず、ガンモにごめんと謝って目を閉じた。運転手のガンモは、
「もう、一生、目を覚ませないかもしれないけどね」
などと言って私を脅した。それにしても、今になって振り返ってみれば恐ろしいことである。運転手のガンモは仮眠もせずに、カングー・ジャンボリーに参加するという気力だけでおよそ六百キロの道のりを走り続けたのだから。

 ガンモの運転するカングーは更に走行を続け、明け方近くに海老名サービスエリアで最後の休息を取った。途中、私は目を覚ましたり、再び睡魔に負けてしまったりといった状況が続いた。ガンモは本当に頑張り屋さんだった。ガンモはそれほどまでしてカングー・ジャンボリーに参加したかったのだと改めて実感し、ガンモがここまで情熱を傾けているイベントに私も一緒に参加する決意を固められたことは正解だったのだとつくづく感じたのだった。

 早朝だというのに、海老名サービスエリアもひどく混雑していた。早朝の海老名サービスエリアの女子トイレは、洗顔や歯磨き、それからお化粧をしている人たちで溢れ返っていた。すなわち、みんな同じような状況で高速道路を走り続けていたのだ。そして、東京という終着点を目前にして、身だしなみを整えているというわけだ。

 トイレから出ると、眠気を覚ますために気合を入れているのか、ある若者が仲間たちに向かって、
「元気はつらつ! オロナミンC!」
と大きな声で発声しているのが聞こえて来た。そのアクセントを耳にしたとき、私はこのアクセントこそが、懐かしい懐かしい、そして大好きな東京のアクセントだと実感した。「はつらつ」という言葉を発音するとき、関西人の発音するそれと、東京の人の発音するそれは明らかに異なっている。だから、「はつらつ」という発音を聞いただけでも、関西在住の人か関東在住の人かを的確に聞き分けられるはずだ。

 海老名サービスエリアまで来れば、東京まであと少しだ。私たちは、カングー・ジャンボリーの会場に着いても朝食を取ることができないだろうと考え、まだ七時前であるにもかかわらず、しっかりと朝食をとっておくことにした。そして、再びトイレを済ませ、いよいよ気合を入れて東京までラストスパートで突っ走るためにカングーに戻ろうとしたところ、何と、尾張小牧ナンバーのミカングーが海老名サービスエリアの駐車場に入って来た。ミカングーとは、珍しいオレンジ色のカングーで、みかん色のカングーということで、カングーファンからはミカングーと呼ばれている。私はガンモに、
「あっ! ミカングーだから!」
と言って、ミカングーの存在を知らせた。ミカングーを確認したガンモは興奮し、ミカングーに熱い視線を送った。きっとこのミカングーも、これからカングー・ジャンボリーに参加するために高速道路を走って来たに違いない。

 ミカングーのおかげで私たちは眠気もすっかり覚めて、気持ちを新たに、東京へ向けて再びカングーを走らせた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「カングー・ジャンボリーに行きたい!」という気力だけで、ガンモは仮眠も取らずにカングーを運転し続けました。今になって思えばとても危険な選択ではありますが、情熱だけで、高速道路を徹夜で走行することも可能なのですね。ガンモの情熱には心を動かされました。それほど情熱を感じることのできるイベントだったのに、最初のうち、「私は行かない」なんてだだをこねていた自分が恥ずかしいです。(苦笑)

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2009.06.28

カングー・ジャンボリー(1)

映画『60歳のラブレター』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 本作は、熟年夫婦がパートナーへの感謝の言葉を綴った公募から生まれた作品のようですね。脚本を書かれたのは、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の古沢良太さんだとか。古沢良太さんの脚本家としての実力は、映画『キサラギ』で充分見せ付けられましたが、今回も「やってくれましたね!」という感じです。

 あるとき、ネットサーフィンをしていたガンモが奇声を上げた。
「東京ビッグサイトでカングー・ジャンボリーが開催される! カングーユーザーのために、二百五十台分の駐車場が用意される!」
ガンモの説明によれば、たまたまネットサーフィンでたどり着いたルノーのページに、「カングー・ジャンボリー」なるお祭りの案内が掲載されていたそうだ。カングー・ジャンボリーはカングーを販売しているルノーが主催するイベントで、全国からカングーユーザーが集まって来るという。

 それ以来、ガンモの頭の中にはカングー・ジャンボリーのことが駆け巡り、ことあるごとに、
「カングー・ジャンボリー!」
と掛け声のように繰り返していた。

 どうやらガンモは、仕事のスケジュールを調整して、自らカングーを運転してカングー・ジャンボリーに出掛けて行きたいらしかった。私は、高速料金が割安になっているとは言え、我が家から六百キロ近くもある東京までの道のりをカングーに乗って出掛けて行くのは、あまり気乗りがしなかった。もともと私は車があまり好きではない。車に乗っていると、高所恐怖症と同じくらい、いろいろな想像をしてしまうので、走行中、もしも事故に遭ってしまったらどうしようなどと考えてしまうのだ。それに、列車のようにノートパソコンを広げられる状態ならまだしも、自家用車で東京まで移動するというのはとてもじゃないが、考えられなかった。

 そのため、私は、
「新幹線か、夜行高速バスで金曜日の夜から移動するなら考えてもいいけど、カングーに乗って行くのなら、私は行かない」
と宣言していた。しかし、ガンモはどうしても行きたいらしかった。

 カングー・ジャンボリーが近付く度に、私はガンモに参加の意志を確認した。ガンモは行きたい素振りは見せたものの、まだはっきりとは結論を下せない状態だったようだ。何故なら、私が行かないとなると、一人で高速道路を走って行かなければならないからだ。私は運転免許を持っているわけではないが、六百キロ近い道のりをたった一人で運転するのは、きっと孤独なのだろう。

 いよいよ木曜日の夜になった。夜、寝る前にガンモに参加の意志をもう一度確認してみると、
「多分、行かないと思う」
と答えた。私は安心して眠りにつき、翌日、元気に仕事に出掛けて行った。

 カングー・ジャンボリーに参加する可能性を考えて、ガンモは金曜日を休みにしていた。仕事中、ガンモにメールを入れてみると、
「今日はちょこっとだけ仕事に出掛けたあと、いったん帰って仮眠する。カングー・ジャンボリーに行くのなら、出発は〇時だから」
などと書いてある。私は驚き、
「ええっ? 行かないって行ってたんじゃなかったっけ?」
と返信した。

 仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは、仕事に出掛けて行ったところ、同僚たちに、
「カングー・ジャンボリーに行くって言ってなかったっけ? 一度決めたことを撤回するの?」
と言われたらしい。ガンモはカングー・ジャンボリーの開催を知り、興奮した口調で、同僚たちに必ず行くと宣言していたのだ。もともと我が家には、「予定を変えてはいけない」という鉄則がある。その鉄則を思い出し、カングー・ジャンボリーにカングーで出掛けて行かないことは、鉄則に反することだと思ったようだ。

 ガンモの決断を聞いたときも、私はまだあまり乗り気ではなかったのだが、ガンモとの電話を切ってからしばらく考えた。ガンモと一緒にカングーに乗って東京に出掛けて行くとなると、土曜日の午前中に予約を入れている歯医者のデンタルケアをキャンセルしなければならなかった。実は、その一週間前も、好きなアーチストのコンサートで京都に出掛けて行く予定が入ったため、四ヶ月ほど前に入れていたデンタルケアの予約をキャンセルして一週間先延ばしにしてもらったばかりだったのだ。連続して予約をキャンセルして先延ばしにするのは気が引けていたのだが、これまでにガンモがこれほどまで情熱を燃やして「行きたい!」と主張したイベントがあっただろうかと私は考えた。それに、ガンモ一人だけで夜中の高速を走らせるのはあまりにも危険過ぎる。もちろん、私は運転免許を持っていないので運転を替わることはできないが、隣に乗っているだけでも運転するガンモの気持ちが違うのではないだろうか。とは言え、私は毎朝五時起き生活を続けていたので、走行中、ゆっくり寝られないのは体力的にも厳しいだろうとも思っていた。

 次の瞬間、私は歯医者の診察券を手に取り、携帯電話を使って歯医者に電話を掛けていた。そして、予定が入ってしまったので、予約を更に二週間先延ばしにしたいと申し出た。実は次の週も、午前中は外せない予定が入っていたので、二週間先延ばしにするしかなかったのである。歯医者の受付の女性は、私の申し出を快く承諾してくださった。

 そしてすぐにガンモに電話を掛け、
「私もカングーに乗って、ガンモと一緒に行くから。歯医者の予約をキャンセルして、先延ばししてもらったから」
と言った。そのときのガンモの喜びようと言ったらなかった。
「ありがとう! 実は一人で真夜中の高速道路を運転するの、心細かったんだよ!」
とガンモは言った。

 そうと決まったら、一刻も早く帰宅して出発の準備を整えなければならない。私は大急ぎで帰宅し、いつも使っている旅行バッグに必要なものをどんどん詰めて行った。ガンモも出発の準備を整えていたが、興奮しているのか、出発の準備を終えてもなかなか仮眠を取ろうとしなかった。私はガンモに、
「徹夜で高速道路を走行するんだから、仮眠を取っておいたほうがいいんじゃないの?」
と言って仮眠を勧めたのだが、ガンモは出掛ける直前まで気が張っていたらしく、何やらしきりにパソコンに向かっていた。しかし、五時起き生活を続けている私は、とうとう眠気には勝てず、出発前に一時間ほど眠った。そして〇時前に目を覚まし、支度を整え、私たちは愛車カングーに乗り込んだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m しばらく拒み続けていたのですが、やはりガンモ一人で夜通し高速道路を走らせるのはとても危険だと思いました。もしもガンモに何かがあれば、一生後悔することになります。それだけは避けたいと思いましたし、何よりも、ガンモがここまで情熱を燃やしているイベントに参加しないのは、妻として失格ではないかと思ったのです。記事が長くなりますので、この続きはまた明日、書かせていただきますね。

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2009.06.27

映画『60歳のラブレター』

横恋慕の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。こうした出来事は、注意して観察していなければ見逃してしまいますよね。例えば公園に足を運んだときに、鳩がいたとしましょう。鳩はたいてい番(つがい)で行動していますが、彼らの背景にも様々なドラマがあることを想像することができます。雛が産まれてしばらくは掃除ができないので、我が家のベランダはとても汚くなりますが、それでも、単に汚いという理由だけで、こうした様々なドラマを見せてくれる彼らを追い払う気にはなれないのです。

 本作を鑑賞したのは、今月始めのことだった。鑑賞したきっかけは、しばしば足を運んでいる映画館に設置されていた本作のチラシに惹かれてのことだった。熟年夫婦の愛が描かれた作品ということで、興味を持ったのだ。

 ところが本編が始まってみると、いきなり、映画『象の背中』を鑑賞したときのような、いやあな感覚が私の中を突き抜けた。「ええっ? 定年退職の日に自宅に帰らずに愛人宅へ直行?」その途端、医師からガンの宣告を受けたあと、愛人宅へ直行した映画『象の背中』の主人公に対して感じたのと同じような嫌悪感を抱いてしまったのだ。

 ただ、救いと言えるのかどうかはわからないが、本作で描かれているのは一組の夫婦だけではなかった。愛人宅へ直行した定年退職組のほかには、魚屋を営む熟年夫婦と、妻に先立たれた医師といまどきの翻訳家の熟年カップルがいる。年を重ねて来た登場人物たちが微妙な係わり合いを持ちながら、それぞれの立場でどのような恋を体験しているのかが描かれた作品であると言っていい。

 定年退職カップルを演じているのは、中村雅俊さんと原田美枝子さんである。いつもは自分を持ってしゃきしゃきした役の多い原田美枝子さんが、自分を押し殺し、せっせと夫に仕える良妻賢母の鏡とも言える妻の役を演じている。二人はもともと恋愛結婚ではなく、出世の絡んだ結婚だったようだ。そのため、二人の間に愛は通わず、夫は外で愛人を作るという、私の中では最も嫌悪する夫婦の典型である。愛の通っていない二人は、定年を迎えたことをきっかけに、熟年離婚に踏み切る。

 一方、魚屋を営む熟年夫婦は、普段は平気で互いをけなし合うほど愛をささやき合わないのに、相手がいなくなることを想像しただけで、忘れていた愛をようやく思い出すといった、日本人としては典型的な夫婦と言える。最初のうち、私はこの夫婦に対しても、普段からもっと素直に愛を表現すればいいのに、などと思っていた。しかし、物語が後半に近づくにつれ、本作に登場する三組の中では、この夫婦が最も愛を交わし合っているのではないかと思えて来た。互いにけなし合っているのも、相手の存在を常に意識してのことだった。つまり、無関心ではないということだ。そんなふうに考えると、二人の交わす夫婦の掛け合いがとてつもなく貴重なものに思えて来た。長年連れ添った夫婦でなければ実現できないような見事な掛け合いである。ちなみに、夫の役を演じているのは、イッセー尾形さん、妻の役を演じているのは、ジャズシンガーの綾戸智恵さんである。

 そして、妻に先立たれた医師といまどきの翻訳家の熟年カップルは、まだ始まったばかりの初々しい恋をしている。奥手の医師と、遊び慣れた翻訳家が本当の想いで結ばれることになるのかどうかの瀬戸際に立たされている。医師の娘が二人の間に入り、二人の本当の想いを引き出す役割を担う。例え危機にさらされることになったとしても、男女が本当の想いで結ばれようとするとき、そこには必ずキューピッド役が現れるものだ。奥手の医師を井上順さんが演じ、遊び慣れた翻訳家を戸田恵子さんが演じている。

 本作を鑑賞して痛切に感じたのは、男女の絆の固さというものは、互いに本当の自分をさらけ出しているかどうかに比例しているのではないかということだった。夫婦であるにもかかわらず、自分にとって都合の悪いことは相手に隠してしまったりすると、それだけの絆でしか結ばれない。本当の自分を押し殺して夫に尽くすような妻の態度も、結局は夫婦の本当の絆を築くことを遠ざけているわけである。そうすることで表面的にはうまく行っているように見えても、根本的な部分では互いを許容し合っていないので、決定的な危機を回避することができないのだ。

 欧米人のように、普段から抱擁したりキスを交わしたりする習慣のない日本人は、長年連れ添った相手に愛を表現することが苦手である。だから、失ってしまってから、あるいは失いそうになってから、自分の中にある情熱に気付くことがある。本作が多くの人たちに支持されているのは、長年連れ添った夫婦が見落としがちな愛情表現に対し、手遅れにならないうちに気付かせてくれるからではないだろうか。例えば、熟年離婚してしまった夫婦も、過去を振り返り、二人の間には本当に愛がなかったのかどうかについて、改めて考え始める。その結果、確かにそこには愛があったと気付くことになるのだが、そのきっかけを与えてくれたのは、自分に対する愛人の態度の変化であったり、また、元妻に寄り添っている有名な作家の存在であったりもする。例え愛のようなものがいくつ枝分かれしようとも、愛はただ一つということだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人と人の繋がりが面白い作品でもありました。役名は書きませんでしたので、役者さんの名前で書かせていただきますと、原田美枝子さんは魚屋の熟年夫婦のお店で買い物をしているため、魚屋のご夫婦と面識があります。そんな原田美枝子さんは、離婚後に、翻訳家の戸田恵子さんの家に家政婦として働きに出掛けて行くんですね。そこで戸田恵子さんと意気投合し、戸田恵子さんの生き方に触発され、本当の自分を取り戻すようになるわけです。そして、戸田恵子さんの相手の井上順さんは、魚屋の熟年夫婦の通う病院の医師でもあるわけですね。様々な人間関係が交錯する中で、それぞれが本当の想いにたどり着いて行くという作品でした。

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2009.06.26

横恋慕

思わぬ再会の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の勘ちがいでなければの話ですが、記事を更新してすぐに読んでくださった上に、毎回必ず応援クリックをしてくださっている方がいらっしゃいます。「ガンまる日記」を支えてくださっているありがたい存在です。本当にありがとうございます。m(__)m

 早朝からベランダが騒がしい。一体何ごとかと思えば、我が家のベランダに見慣れない鳩がいるではないか。TKMYの子育てをサポートするため、いつもよりも多めに餌を与えていたところ、その餌を狙ってよその鳩が我が家のベランダにやって来たらしい。ベランダの住人である父ちゃんとTKMYが、他の鳩を追い払おうとして騒いでいるのだ。

 しかし、そんなどさくさに紛れて、私たちはTKMYの異変に気が付いた。というのも、他の鳩が餌箱を突付こうものなら、血相を変えて攻撃に掛かるのに、その中で唯一、餌箱を突付くことをTKMYが許容している存在がいることに気が付いたのである。おそらくそれは、TKMYの新恋人である。

TMKYの新恋人

 TKMYの新恋人は、父ちゃん似の柄(がら)で、イケメン風である。荒くれ者のキッコロと言い、TKMYは男性性の強い鳩に惹かれるようだ。それにしても、前夫のキッコロがいなくなってから、まだそれほど日にちが経っていないというのに、鳩の社交界では、TKMYをこのまま未亡人にさせておくのはもったいないのだろうか。

鳩の社交界では人気の高い(?)TMKY

 しばらく様子を見守っていると、まるでイケメンくんを追い掛けて来たかのように、イケメンくんよりも小柄な鳩が我が家のベランダに飛んで来た。すると、たちまちTKMYがその小柄な鳩を追い払ったのだ。ええっ? もしかすると、イケメンくんと小柄な鳩はもともと夫婦だったのに、そこにTKMYが割り込んでしまったのではないだろうか? つまり、鳩の不倫? 鳩は、どちらかが死ぬまで仲良く添い遂げるものと思い込んでいたのだが、どうやら鳩の世界にも横恋慕があるようである。もしかすると、歴代の母ちゃんたちやキッコロも、人間の仕掛けた罠にはまってしまったわけでも、車に轢かれてしまったわけでも、カラスに連れ去られてしまったわけでもなく、こうした横恋慕により、どこかで新たな関係を成立させてしまったのかもしれない。しかし、仮にそうだとすると、キッコロは子育ての最中に横恋慕してしまったことになるし、歴代の母ちゃんに去られてしまった父ちゃんがあまりにも憐れではないか。

イケメンくんの元妻。父ちゃんと同じように、たそがれている

 そんなことを思っていると、父ちゃんがバサバサとどこかへ飛んで行った。一体どこへ飛んで行ったのかと思いきや、さきほどTKMYが追い払ったイケメンくんの元妻のところへ飛んで行き、彼女の前でクルクルと回って求愛しているではないか。むむむ、これは実にややこしい。もしもこの先、イケメンくんたちの夫婦が崩壊して、イケメンくんとTKMYという新たなカップルが誕生したとしよう。更に、イケメンくんの元妻と父ちゃんが再々々婚したとしたら、我が家のベランダには実に複雑な鳩社会が出来上がる。とは言え、今後の展開を静かに見守るしかない。

 ところで、キッコロが不在になってからも、私たちのサポートにより、TKMYはせっせとピジョンミルクを製造し、二羽の雛に餌を与え続けた。その甲斐あって、雛たちは早くもベランダを歩き回れるくらいに成長した。皮肉なことに、二羽ともキッコロの柄が出ている。雛たちは、私たちに対しても怯える様子がなく、とてもかわいらしい。出産経験のない私が、鳩の雛たちを見て、子供のかわいらしさを学んでいる。

 ちなみにガンモは、ベランダに出て、大きいほうの雛を手に取り、高い高ーいを実践しておいたそうだ。そうすることで、雛の中では、外の世界に対する好奇心が高まり、巣立ちが早くなるとガンモは思っているのだが、果たしてどうだろう。

よちよち歩きができるようになったTKMYの二羽の雛たち

 ほんの短い間に、我が家のベランダには次々に新しいドラマが生まれようとしている。TKMYの横恋慕は成功し、イケメンくんと再婚することになるのだろうか。そして、父ちゃんは、イケメンくんの元妻と結ばれることになるのだろうか。我が家のベランダは、暑い夏を目前に控え、いよいよ目が離せない状況になって来た。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今後の展開に目が離せなくなってしまいました。それにしても、TKMYはモテるのでしょうね。キッコロがいなくなってから、それほど日にちが経っていないというのに、早くも再婚相手の候補を見付けてしまいました。それに対し、父ちゃんは・・・・・・。もしもTKMYがイケメンくんと結ばれて、父ちゃんがイケメンくんの元妻と結ばれたならば、どのような争いが我が家のベランダで繰り広げられるのでしょう。人間のような嫉妬心が、鳩にはあるのでしょうかね。

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2009.06.25

思わぬ再会

映画『マイ・サマー・オブ・ラブ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 公開当時、どれくらい話題に昇っていた作品なのかは良くわかりませんが、とにかく引き込まれる作品であることは確かです。イギリス映画なので、イギリス英語の学習にはいいかもしれません。

 京都駅前店でホットヨガのレッスンを受けたあと、私は「ガンまる日記」を書き上げ、京都駅前から京都市バスに乗り、好きなアーチストのコンサートが行われるコンサート会場へと向かった。市バスに乗る前にガンモに電話を掛けてみると、夕方まで仕事が入っていると言っていたガンモも、無事に仕事を終えてこちらに向かえる状態にあるらしい。十八時の開演時間には間に合わないかもしれないが、何とか二人で一緒にコンサートに参加することができそうだ。

 夕方の京都市内はひどく混雑していて、京都駅から市バスに揺られて三十分ほどでコンサート会場に着くはずが、四十分以上も掛かってしまった。移動中、手持ち無沙汰なので、私は市バスの中からガンモの携帯電話に何度かメールを入れてみた。しかし、ガンモからの返信はなかった。私の中に、「ひょっとしてガンモは、カングーでこちらに向かっているのではないだろうか?」という疑問が生まれた。ガンモが電車で移動しているのならば、携帯電話に届いたメールに反応してくれるはずだった。しかし、それができないということは、カングーでこちらに向かっている可能性が非常に高い。特に、ガンモはその日、カングーで仕事に出掛けていたので、仕事を終えたあと、そのまま高速道路に入った可能性が高い。

 私は、ガンモの無事を祈りながら市バスに揺られて会場に着いた。開演まではまだ時間があったので、私は一度書き上げた「ガンまる日記」を推敲してから会場入りした。

 今回のコンサートのチケットは、またしてもライブ仲間のお友達が手配してくださったものである。ライブ仲間のお友達とは、一ヶ月ほど前に大阪で行われたコンサートでもお会いしたばかりである。

 開演時間が過ぎ、コンサートが始まったものの、ガンモはなかなか会場には現れなかった。会場まではカーナビが案内してくれるとしても、我が家の古いカーナビは、会場近くの駐車場の案内までしてくれるのだろうか。いろいろなことが頭をよぎり、私の目の前では好きなアーチストが演奏しているというのに、私はコンサートに集中することができなかった。

 開演後、三十分ほど経過した頃だろうか。私の隣に立っていたライブ仲間のお友達が、ガンモの到着を知らせてくれた。見ると、ガンモが私のすぐ側に立っていた。ガンモの無事を確認することができて、私はほっと安堵の息を漏らした。ガンモに尋ねてみると、やはり、カングーで来たという。

 こうしてガンモが無事に会場に到着したことにより、私はコンサートに集中することができた。例えそれが好きなことであったとしても、気掛かりなことを抱えている状態では、なかなか集中できないものだ。

 今回は二階席だったのだが、前から二列目の席だったので、とても良く見えた。私は高所恐怖症なので、二階の最前列の席は恐ろしくてとても立てない。しかし、今回参加した会場は、高所恐怖症の人に優しい造りをしていた。断崖絶壁ではなく、せり出した部分があるのだ。高所恐怖症の人は、想像力で怖さが増してしまうところがある。下を見下ろして、落ちたときのことを想像してしまうのだ。しかし、この会場は、例え落ちたとしても、せり出した部分が突然の落下から守ってくれそうな気がした。

 感動と笑いに満ちた彼らのコンサートが終わり、満足感いっぱいに帰り支度を整えていると、私たちの後ろを懐かしい顔が通り過ぎようとしていたので、私は反射的に思わずその人の手を掴んだ。何と、数年振りに再会する友人だった。お互いに奇声を上げながら、再会を喜んだ。

 再会した友人とは、しばらく連絡が途絶えていたため連絡方法がわからなかったのだが、携帯電話の赤外線通信を利用して、互いの連絡先を交換することになった。しかし、私は赤外線通信の操作方法が良くわからない。いや、かつて何度か利用したことはあるのだが、頻繁に利用する機能ではないので、すぐに忘れてしまうのだ。しかも、帰り支度を整えて会場を出て行こうとしているときに、再会を果たした友人と私だけがやけに盛り上がっているので、素早く終わらせなければと思うと余計に焦ってしまい、なかなかうまく行かなかった。そこで、私が再会した友人の電話番号を聞いて、私の携帯電話から再会した友人の携帯電話に電話を掛けて、ひとまず電話番号の交換までは無事に終わった。あとは、携帯電話のメールアドレスだが、赤外線通信の方法がわからないので、再会した友人には口頭で伝えることになった。

 こうして、何だか慌しい状態のまま会場をあとにして、再会を果たした友人とも、ライブ仲間のお友達とも分かれた。こういうことがあると、私は冷静に行動することができない。携帯電話の赤外線通信機能も、落ち着いて操作すれば必ずわかるはずなのに、帰り支度を整えながら、人々の流れが会場の出口へと向かっている最中に、操作に集中することができないのだ。しかも、三時間近くの公演に参加したあとなので、トイレにも行っておきたい。そのため、再会した友人をライブ仲間のお友達にご紹介する余裕もなかった。外国の映画のように、
「彼女は私の友人で○○さんです」
とご紹介し、お友達同士が握手をして、
"How do you do."
とは行かないものである。

 何はともあれ、こうして一つのイベントが終わった。私たちは、帰りに会場近くのラーメン屋さんに行く予定だったのだが、駐車場のこともあり、そのラーメン屋さんではなく、別の場所で晩御飯を食べてから帰宅した。京都から我が家までは何と、高速道路を使って三十分程度だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いろいろなことをいっぺんに処理しようとすると、なかなかうまく行かないものですね。ちなみに、再会した友人に口頭で伝えたメールアドレスですが、試行錯誤を繰り返しながらも、何とか無事に再会した友人からメールが届きました。再会した友人は京都在住なので、またしても京都での活動範囲が広がりそうです。

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2009.06.24

映画『マイ・サマー・オブ・ラブ』

ホットヨガ(一五四回目)(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ピラティス、恐るべしですね。(苦笑)京都駅前店だけでなく、京都四条通店においても、フリーコースのレッスンが行われているようです。また何か用事を作って京都に出掛けて行きたいものです。(笑)

 本作をDVDで鑑賞することにしたのは、いつも利用しているレンタルDVDショップの店員さんのお勧め作品だったからだと思う。二〇〇四年製作の作品なので、本作を劇場でご覧になった方たちの中には、まだ記憶に新しい方もいらっしゃるかもしれない。ほとんど前知識もなく鑑賞を始めたのだが、パッケージに書かれていた内容からすると、単純に女性同士の濃い友情が描かれた作品だと思っていた。ところが実際は違ったのだ。確かに、濃い友情と言えなくもないのだが、簡単に言ってしまえば、二人の若いレズビアンたちのひと夏の経験を描いた作品だったのである。

 映画『ミルク』の記事にも書いたが、私は同性愛に対する偏見は持っていないつもりだ。しかし、本作を鑑賞して感じたのは、同性愛の場合、欲望との区別がつきにくいということだった。とりわけ、肉体関係を結ぶ対象の年齢が若い場合、二人の間に通っているものが愛なのか、それとも欲望なのか、なかなか区別がつきにくい。

 男女が肉体関係を結ぶ場合、言葉では表現し切れないほどの想いを肉体を使った表現方法で補おうとする傾向がある。言い換えると、肉体を使った愛情表現は、相手への想いがいっぱいになったときに実現される。もちろん、欲望ベースの肉体関係を男女が結ぶ場合もある。しかし、その場合、行為に及ぶ二人の表情を観察していると、互いに交し合っているものが欲望なのか愛情なのかは一目瞭然である。そういう観点から本作の二人の結んだ肉体関係を観察すると、互いの想いがいっぱいになって肉体関係を結んだというよりも、むしろ好奇心から肉体関係を結んだように見えてしまったのだ。

 簡単にストーリーをご紹介しておこう。イギリス・ヨークシャーの田舎で二人の少女が出会う。一人は、都会から避暑のためにやって来たお金持ちの令嬢タムジン、そしてもう一人は、兄と二人で地元に住んでいるモナである。二人には、家族と一緒に住んでいても孤独感を感じてしまうという共通点があった。やがて二人は互いの孤独感を埋め合わせるかのように、急速に親しくなって行く。

 タムジン役のエミリー・ブラントは、映画『プラダを着た悪魔』でカリスマ編集長の秘書役を演じていた。ただ、私には、そのときの役よりも、映画『ジェイン・オースティンの読書会』のプルーディー役のほうが印象深い。本作ではお金持ちの令嬢を演じている彼女だが、いかにもお金持ちらしいちょっぴりクールなところが彼女の雰囲気にぴったり合っていると思う。

 私は、本作の続編を勝手に想像してみた。おそらくだが、タムジンは対象を変えて、これからも同じことを繰り返して行くだろう。何故なら、彼女はモナとの関係に感情を落としてはいないからだ。しかし、モナはレズビアンから卒業するだろう。何故なら、タムジンとの関係に感情を落としていたからだ。きっとモナは、全身全霊でタムジンのことが好きだったに違いない。そんなモナだから、タムジンとの間に温度差があるとわかったとき、完全燃焼することができたのではないだろうか。

 結局、二人にとってはひと夏の経験にしか過ぎず、これから二人が歩んで行くであろう長い長い人生の中で、いつまでもいつまでも心に残るような思い出にはならなかったのではないだろうか。二人にとってのひと夏の経験は、単にほろ苦い思い出として通り過ぎて行くだけのものだったろう。

 タムジン役のエミリー・ブラントが既に女優としての実績を積み上げていたのに対し、モナ役のナタリー・プレスは本作が映画デビューだったようだ。彼女はその後、映画『レンブラントの夜警』にも出演されていたようだが、もしかするとレンブラントの愛人役を演じていたのだろうか。本作では強烈な役柄だったのに、映画『レンブラントの夜警』で彼女がどのような役を演じていたのか、私にはあまり記憶がない。本作では、田舎に住む少女を演じていた彼女だったが、お金持ちの令嬢を演じていたエミリー・ブラントと対照的な存在としての役柄がはまり過ぎるほどはまっていた。まるで二人が本当にイギリスの田舎で出会い、ひと夏だけの深い関係を結んだのではないかと錯覚してしまうほどだった。

 最初から何かを埋め合わせる目的で結び付いた場合、どこかで欲望が満たされると、その結束力は弱まってしまう。これから新しい関係を結ぼうとするとき、その関係性を通して何かを埋め合わせようとしているのか、互いに与え合おうとしているのかを、一度立ち止まって確認してみるのもいいのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作を鑑賞しながら、私はモナのほうに感情移入していました。何故ならモナは、この恋に全力投球していたからです。庭で寝ているモナを置き去りにして、自分だけ夕食をとったりと、どこかに冷酷な雰囲気を漂わせていたタムジンでしたが、そんなタムジンをエミリー・ブラントが好演していました。二人とも、出会うべくして出会った共演者という感じでしたね。

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2009.06.23

ホットヨガ(一五四回目)(後編)

ホットヨガ(一五四回目)(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 京都駅前店のスタジオには、いろいろなレッスンが用意されていて、思わず目移りしてしまいます。(笑)千円で映画を鑑賞できる日に一日中映画館にこもる、なんてことを実践して来ましたが、一日中、ホットヨガのレッスンを受けるという体験はまだしていません。これだけ豊富なレッスンスケジュールが用意されているならば、きっと一日中過ごすと楽しいでしょうね。レッスンウェアを何着用意して出掛けて行くかは別問題として・・・・・・。(苦笑)

 我が家から京都駅前店までの所要時間は、新快速電車を利用すると、わずか一時間足らずである。とは言え、新快速電車はいつも混み合っているので、私は新快速電車よりもやや空いている快速電車に乗って京都入りした。普段、利用している大阪までの休日回数券を京都まで乗り越す形で使用すれば、運賃を少しだけ節約することができる。

 さて、フリースタイル ビューティ ピラティス(60分)のレッスンには、私を含めて十五名が参加されていた。レッスンの開始時間になり、スタジオに入って来たインストラクターを見た私は驚いた。何故なら、インストラクターの放つオーラが他のインストラクターと違っていたことと、インストラクターが身に着けているレッスンウェアが、多くのインストラクターが着用しているレッスンウェアとは異なってカラフルなものだったからだ。

 インストラクターは、目の前を陣取っていた私が着けているピアスに反応してくださり、
「そのピアスは何ですか?」
と尋ねてくださった。その日、私はインド雑貨店で購入した木製の象のピアスを耳に着けていたので、
「これは象のピアスです」
と答えた。インストラクターは更に、私の着ているTシャツをご覧になり、
「ガネーシャですね」
とおっしゃった。そのとき私は、これからピラティスのレッスンを受けようとしているのに、インドを意識したグッズで固めて来てしまったことをちょっぴり後悔した。インストラクターは、
「私は蓮(はす)のマーク入りのズボンで来てみました」
と言いながら、ズボンの後ろを見せてくださった。見ると、確かにインストラクターの履いているズボンのお尻の辺りには、蓮の刺繍が施されていた。

この日のレッスンのときに着ていたガネーシャのTシャツ

 どんな人であれ、企業に属すると、既にそこに属している人たちの雰囲気に染まって行くものだ。それは、企業に属した人たちが互いに相対的な関係を結んで行くからだと思う。私はあちらこちらの支店でホットヨガのレッスンを受けているが、どこの支店に足を運んでも、インストラクターの放つオーラはとても似通っている。しかし、今回のレッスンを担当してくださるインストラクターは明らかに、これまで出会って来たインストラクターとは異なる雰囲気を持っていたのだ。

 はっきりとは口にされなかったが、どうやら今回のレッスンを担当してくださったインストラクターは、どこかよその会社(スタジオ)から三ヶ月程度の契約でレッスンを請け負ってくださっているようだった。レッスンウェアが異なっていたのも、おそらくそのためだと思われる。

 インストラクターに、
「ピラティスが初めての方?」
と尋ねられたので、私はすっと手を挙げた。私と同じように、初めてピラティスのレッスンを受けられるという方が何人かいらっしゃったので安心した。インストラクター曰く、ピラティスは、ヨガと違って筋肉を使い、そして、とても地味な運動なのだそうだ。ヨガと似ているポーズもたくさんあるようだ。インストラクターは、きついと思ったポーズこそが、今の自分に必要なポーズであることを力説されていた。ピラティスは引き締めに効果があるらしく、インストラクター自身も、このレッスンを始めてから二.五キロほど体重が落ちたという。

 実際にレッスンが始まってみると、猫のポーズやコブラのポーズに似たポーズが出て来た。また、ベーシックコースのレッスンにあるような、身体の側面を下にして、テレビを見るような感じで横になり、片手で頭を支えて足を上げるポーズも登場した。ただ、ピラティスのレッスンでは片手で頭を支えずに、両手で万歳をするようなポーズを取っていた。

 印象に残ったのは、両足を広げて胡坐をかき、両手で両足を掴んでだるまさんのようにマットの上に後ろからゴロンと転がり、転がった瞬間、足裏同士を合わせて拍手をするように接触させたあと、お腹の筋肉を使って起き上がるというポーズである。起き上がるには、転がったときの反動ではなく、お腹の筋肉を使うことになるため、お腹に力の入らない私は何度やっても起き上がることができなかった。

 今回、初めてピラティスのレッスンを受けて感じたのは、呼吸のリズムを掴むのがとても難しいということだった。ヨガのレッスンならば、どのようなポーズを取るときに息を吐き、吸うのか、ほぼ把握しているのだが、ピラティスのレッスンではそれらを把握するのが難しかった。インストラクターが息を吐くタイミングと息を吸うタイミングを導いてくださるのだが、私の感覚とは逆のものが多かったのだ。私の中では、「ここは吸うところだろう」と思っていても、インストラクターは「吐いて」と導いてくださったり、またその逆も多かったのだ。そのため、レッスン中の呼吸が浅くなり過ぎていたかもしれない。

 六十分のレッスンはあっという間に終わった。それほどきついポーズはなかったはずなのに、レッスン後にシャワーを浴びるためにシャワールームに入ると、呼吸できないのではないかと思うほど疲労感を覚えた。シャワールームに入ると、私はまず最初に髪の毛を洗うのだが、これ以上、髪の毛を洗ってなどいられない状態に陥り、私はたまらずシャワーを止めて、シャワールームの床に座り込んだ。しばらく深呼吸を繰り返しながら呼吸を整えていたが、まだ息が荒かった。呼吸がなかなか追いつかない感じで、筋腫のある第二チャクラ(丹田)のあたりに異変を感じた。出血の予兆はまったくなかったのだが、「もしもシャワールームで大量出血してしまったらどうしよう?」と心配になってしまったほどだ。

 私の頭の中には、さきほどのインストラクターの顔が浮かんだ。彼女なら、私の今の苦しい状況を脱するためのヒントをご存知かもしれないとも思った。力を振り絞って助けを呼び、彼女にここまで来てもらおうかとも思ったほどである。今の私に必要なのは、酸素呼吸なのかもしれないとも思った。ホットヨガのレッスンを受けて、酸素呼吸なんてかっこわるいが、それほど呼吸が困難な状態に陥ってしまい、シャワールームの中でしばらく途方に暮れていたのだ。

 それでも、少し休むと、次第に呼吸が楽になって来た。ひとまず身体を洗い、身体を拭いたあと、衣服を身にまとい、ロッカールームのソファーに腰を降ろした。私はそこでもしばらく大きな息を繰り返していた。そうすることで、ようやく落ち着くことができたのである。初めてホットヨガのレッスンを受けたときも、かなりの疲労感があったが、今回、ピラティスのレッスンを受けたあとの疲労感は、そのときの疲労感をはるかに上回るものだった。おそらく、レッスン中に私が呼吸のタイミングを掴み切れなかったことで、このような状況に陥ってしまったのだろう。

 インストラクターが、
「普段、使わない筋肉を使っているはずなので、レッスンのあとに痛いところがあれば、マッサージしてあげてください」
とおっしゃっていたのだが、翌日、確かに私ははっきりとした筋肉痛に見舞われた。特に、第二チャクラのあたりや胸の上の筋肉に痛みを感じた。ピラティスのレッスンは、地味なポーズが多いはずなのに、筋肉へのアプローチが強烈である。しかし、シャワールームで座り込んでしまうほど苦しかったというのに、私にそこまでの衝撃を与えてくれたピラティスのレッスンをまた受けたいと思い始めている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 頭を洗っていた手を止めてシャワールームに座り込んだときは、どうなるかと思いました。これまで使っていなかった場所の筋肉が使われ、身体がびっくりしたのでしょうか。地味なレッスンなのに、私には強烈でした。それなのに、「ピラティスはもういい!」という気持ちにならないということは、もしかすると、今の私にとって最も必要なレッスンだからなのかもしれません。

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2009.06.22

ホットヨガ(一五四回目)(前編)

これは何のエクササイズ?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。「ガンまる日記」は、数々のピンチに見舞われながらも、何とか毎日更新ペースを守り続けています。ブログという形を取りながらも、私自身の記録にもなっているんですね。特に、身体の変化や健康診断の結果など、「一年前はどうだったんだっけ? 二年前は?」と、過去の自分を振り返るための良き材料になっています。

 神戸店で懐かしいインストラクターとの再会を果たしたレッスンから六日後の土曜日、夕方から京都で行われるコンサートにガンモと一緒に参加する予定を立てていたため、私は京都四条通店のホットヨガのレッスンの予約を入れていた。ガンモは夕方近くまで仕事をしたあと、直接、コンサート会場に向かうことになっていた。

 最近、しばしば利用している京都駅前店ではなく、京都四条通店を選んだのは、レッスンを終えたあと、コンサート会場に足を運ぶのに都合が良かったからである。とは言え、京都のスタジオに通い始めたのは、京都駅前店よりも京都四条通店のほうが歴史が古かったので、まるで古巣に戻るような懐かしさがあった。

 ただ、京都まで移動するための交通手段のことを考えると、少々悩んだ。以前も書いたが、我が家からは、京都四条通店に足を運ぶときは阪急電車、京都駅前店に足を運ぶときはJRを利用するのが都合が良かった。また、コンサートのあとに、ガンモと一緒にコンサート会場近くのラーメン屋さんに足を運ぶ予定を立てていたので、コンサートを終えて帰宅するのは、かなり遅い時間になることが予想された。

 自宅から阪急電車の最寄駅へ向かうのも、JRの最寄駅へ向かうのも、どちらも自転車を利用することになるのだが、阪急の最寄駅を利用する場合、駅前にある有料駐輪場に自転車を預けなければならなかった。その有料駐輪場の営業時間は二十三時までなので、二十三時を過ぎてしまうと、預けた自転車を受け取ることができず、後日、追加料金を支払って引き取りに行かなければならなかった。

 実際、かつて京都で行われたコンサートに出掛けて行くために阪急の最寄駅前の有料駐輪場を利用したところ、帰りが遅くなり、預けた自転車を二十三時までに引き取ることができなかったという苦い経験がある。そのときは、二日間連続で京都のコンサートに出掛けて行く予定にしていたので、二日目に何とか気合を入れて二十三時までに有料駐輪場に足を運び、預けた自転車を何とか取り戻すことができたのだが、今回のコンサートは一日だけの参加予定だったので、コンサートを終えて阪急の最寄駅に着くのが二十三時を過ぎるという事態は何としても避けたかった。

 そこで私は、京都四条通店に足を運ぶには阪急電車を利用するのが都合が良いにもかかわらず、いつも通勤で利用しているJRを利用して京都に向かうことにした。JRならば、駅前の駐輪場とは既に利用契約が成立している上に、例え帰宅時間が遅くなったとしても、二十四時間いつでも自由に自転車を引き取ることができるからである。

 ここのところ、京都駅前店のレッスンにはしばしば参加しているので、久し振りに参加する京都四条通店のレッスンを楽しみにしていたところ、レッスンが近くなった平日の昼休みに、私の携帯電話に京都の市外局番からの着信履歴が残っていた。仕事中は音も振動も完全に消去するマナーモードに設定しているため気付かなかったのだが、京都に住む友人や知人からの電話ならば、携帯電話に登録しているので、登録している名前が表示されるはずだった。しかし、着信履歴には番号のみが表示されていたので、私が携帯電話に登録していない相手からの着信ということになる。私は、京都四条通店のレッスンが近いこともあり、おそらく京都四条通店からの連絡だろうと思い、携帯電話を使ってホットヨガのページにアクセスし、京都四条通店の電話番号を調べてみた。すると、やはりその電話番号は京都四条通店のものだった。

 ホットヨガのページを見ると、京都四条通店のスタジオでは、私がレッスンの予約を入れた前日までの予定で、緊急に改装工事を行うことになったとの案内があった。その間、レッスンを受けることはできないという。私が予約しているのは、改装工事が終了する翌日の午前中だったので、おそらく差し支えないはずだと思いながら、京都四条通店に電話を掛けてみた。すると、電話に出てくださったスタッフは、私がレッスンの予約を入れた日の午前中まで改装工事が行われることになっているという。そのため、改装工事期間中のレッスンを予約している人たちに連絡を入れて、京都駅前店でのレッスンへの振り替えを行っているそうだ。

 私は、久し振りに京都四条通店でレッスンを受けられることを喜んでいたので少々がっかりしたが、改装中ならば仕方がない。そこで、京都駅前店で行われるレッスンへの振り替えをお願いした。できれば午前中のレッスンを受けたいと申し出ると、早い時間のレッスンは既に満員だったが、そのあとに行われるフリーコースというレッスンならばまだ空きがあるという。フリーコースは、これまで一度も受けたことのないレッスンだったので、
「では、フリーコースでお願いします」
と、京都駅前店へのレッスンの振り替えをお願いした。こうして私は、フリーコースのレッスンが何だかわからないまま、レッスンの当日を迎えたのである。

 私は、出掛ける前に改めてホットヨガのページにアクセスして、これから受けるフリーコースとはどのようなレッスンなのかを確認してみた。そして、京都駅前店のレッスンスケジュールを見て驚いた。まるでカルチャーセンターのように様々なレッスンが用意されているではないか。フリーコースにもいくつかあり、骨盤周りをほぐすレッスンのほか、ボディラインを引き締めるシェイプ、脂肪を落とすことを目的としたダイエット、メリハリボディなどのコースが用意されていた。以下、京都駅前店で開設されているレッスンについて、ホットヨガのページから拝借したものを掲載させていただくことにしよう。

■-「LAスタイル(75分)」
ロサンゼルス流のホットヨガプログラムです

F1-「フリースタイル 骨盤(60分)」
骨盤周りをほぐしながら骨格全体を調整します

F2-「フリースタイル シェイプ(60分)」
ボディラインの引き締めを目的とした内容です

F3-「フリースタイル インナービューティ(60分)」
内臓を活性化させるポーズで全身を整えます

F4-「フリースタイル ダイエット(60分)」
全身の脂肪を落とすことを目的とした内容です

F5-「フリースタイル メリハリボディ(60分)」
女性らしい、メリハリのあるボディラインづくりを目的としています

F6-「フリースタイル セルフトリートメント(60分)」
自身の手で全身をほぐしながらリラックス。ゆったりスロウテンポで行ないます

F7-「フリースタイル リフレッシュ(60分)」
全身を気持ちよくストレッチし、爽快感を堪能できる内容です

F8-「フリースタイル うるおいビューティ(60分)」
くすみ・むくみを解消!つややかで健康的な肌を目指しながら行ないます

F9-「フリースタイル ビューティ ピラティス(60分)」
注目のピラティス!動きは小さいけれどピンポイントでグッときます

F10-「アロマビューティ(60分)」
アロマの香りにつつまれながら心身をリラックスさせる内容です

 な、なんだなんだ、これは? 京都駅前店に、一体何が起こったというのだろう? ちなみに、私が予約を入れたレッスンは、フリースタイル ビューティ ピラティス(60分)だった。ピラティス? 私には、ヨガに似ているという知識しかなかった。どうやら、私にとって初めての経験になりそうである。そして私は大きな期待感に胸を膨らませながら、京都駅前店に足を運んだのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 京都四条通店でレッスンを受けようと思っていたのに、改装中ということで、京都駅前店でレッスンを受けることになりました。現在、京都駅前店では、ご紹介した様々なレッスンが開催されています。どれも気になるレッスンばかりです。骨盤(60分)というのは、特に気になりますね。記事が長くなってしまいますので、今回受けたピラティスのレッスンについては、次回の記事でご紹介させていただきますね。

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2009.06.21

これは何のエクササイズ?

映画『路上のソリスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画の画像を貼り付けていましたが、画像を引き込んでいるガンまるコムサーバがダウンしていました。この週末は金曜日の夜から泊まりで出掛けていたため、サーバダウンしたままの状態が続いてしまい、申し訳ありませんでした。

 「ガンまる日記」に書きたいネタは、普段持ち歩いているアナログの手帳にメモしておいたり、ノートパソコンの情報管理ツールに保存したりしている。書きたいネタはいつもたくさんあり、それらのネタの中から更新に費やすことのできる時間と照らし合わせながら、その日に何を書くかを決める。

 あるとき私は、更新のためにあまり多くの時間を費やせすことができない状態に陥ってしまった。ネタはたくさんあるのに、記事を更新するための時間を確保することができない。そのとき書きたいと思っていたネタは、どれも限られた時間内に書き上げることのできないものばかりだったのだ。そんなとき、あることが起こった。

 帰宅してノートパソコンを広げてインターネットに接続しようとすると、普段、持ち歩いているモバイルカードがなくなっていることに気が付いた。確か、帰宅したあとリュックを下ろし、リュックの中の所定の位置にいつも大事に仕舞っているモバイルカードを取り出したあと、普段、ノートパソコンを持ち歩いているケースの中にモバイルカードを一緒に入れて、手帳などの携帯品とともに寝室に運んだはずだった。ところが、いつものようにベッドの上でノートパソコンを広げてみると、モバイルカードがないのである。さあ、困った。

 私は、ほんの少し前に取った自分の行動を冷静に思い出そうとした。しかし、玄関でリュックを下ろして寝室にノートパソコンを運ぶまでの行動は、私にとっては日常お決まりの仕事であり、日常お決まりの仕事をわざわざ思い出すのは非常に困難だった。反対に、良く思い出せないということは、いつもと変わりがなかったことの証なのかもしれないとも思った。

 その直前まで、ガンモと一緒にカングーで出掛けていたので、私はリュックの中に仕舞っていたモバイルカードが何かの拍子にカングーの中に落ちてしまったのではないかと思い、深夜であるにもかかわらず、ガンモに事情を話して駐車場の鍵とカングーの鍵を持ち出して、マンションの駐車場まで探しに行った。しかし、カングーの中には私のモバイルカードは落ちていなかった。

 となると、カングーから荷物を出して、地面に置いたときに落ちてしまったのだろうか。その場合、マンションの誰かが駐車場を訪れたとき、拾ってくださったのだろうか。いろいろなことが一気に頭を駆け巡った。

 このままモバイルカードが出て来なければ、モバイルカードを持たずに仕事に出掛けて行くことになる。そうなると、「ガンまる日記」の更新はいよいよ難しくなってしまう。ただでさえ、ここ数ヶ月の間に職場への自前のノートパソコンの持ち込みを禁止されてしまったり、フレックスタイム制が廃止され、出勤時間が繰り上がってしまったりと、「ガンまる日記」を更新する時間が削られつつあるというのに。母ちゃんの不在に続き、キッコロが不在になり、ついにはモバイルカードまで家出してしまったというのか。

 ガンモに、
「モバイルカードを紛失したらどうすればいいの?」
と尋ねてみた。するとガンモは、
「もともと使い放題の契約だから、誰かに拾われたとしても実害はないけど、モバイルカードの会社には届けなきゃいけないね。多分、三万円くらい支払って、紛失したモバイルカードを買い取ることになる思う」
と言った。ということは、今の私の契約は、モバイルカードをレンタルしていることになっているのだろうか。

 夜も遅かったので、翌日のことを考えるともう睡眠を取らなければならない時間だった。私は、これからは更に早起きをして、インターネットの使える自宅でいったん下書きをしておいて、通勤途中に携帯電話から推敲したあと記事を更新しようかとまで考え始めていた。それにしても、どうしてこのように次から次へと「ガンまる日記」を書けなくなるような状況に見舞われるのか。もしかすると、「ガンまる日記」を毎日更新し続けるということに対し、再考する時期に来ているのかもしれないとも思った。

 その夜は、不思議に冷静だった。寝る前にもう一度、家の中をガサゴソ探し回りたかったが、私も翌朝は五時起きで、ガンモもひどく疲れているようだった。そこで、私はそれ以上モバイルカードを探さずに、そのまま眠りに就いた。このまま出て来なかったら、もうそのときは覚悟を決めようと思っていたのだ。

 翌日、五時に目覚ましが鳴って起きたとき、ガンモも一緒に起きてくれた。私はガンモの睡眠の妨げにならないように、頭の中で冷静にモバイルカードの行方を追っていた。その結果、私の失くしたモバイルカードは、必ず家の中にあるはずたという確信が湧き上がって来た。その数分後、私は寝室の入口に、見慣れたケースが落ちているのを発見したのである。それは、私が一晩探し求めていたモバイルカードだった。ガンモに、
「あったよ、あった!」
と報告すると、ガンモは眠いはずなのに、
「ああ、良かった」
と一緒に喜んでくれた。

 今回の出来事で、モバイルカードを紛失しても、慌てることなく、ひどく冷静でいられたことに驚いた。実は私は、心の中で祈っていたのだ。「もしも『ガンまる日記』の毎日更新を諦めなくて良いのなら、モバイルカードよ、どうか出て来て!」と。すると、モバイルカードは出て来たのだ。私が冷静でいられたのは、このような結末が待っていることを、予め知っていたからなのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一時はどうなることかと思いましたが、出て来ました。(笑)これは、今後も「ガンまる日記」を毎日更新せよというメッセージに受け取らせていただきます。時間の都合で何を書こうかと悩んでいると、いろいろなことが起こって面白いですね。私たちには、そのときにそのときに必要な体験が用意されていることを実感しました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.06.20

映画『路上のソリスト』

新たな不在の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私たち人間には戸籍があり、家族や友人たちもいるので、行方不明になったことが誰かに意識されるような仕組みが出来上がっています。しかし、鳩の世界は違うんですよね。誰も鳩の戸籍を管理してはいませんし、家族であるTKMYがどこかにキッコロの不在を届け出るというようなこともありません。不在になってしまえば、TKMY以外の存在からは忘れ去られてしまうという過酷な状況の中で生きているんですよね。

 実話を基に製作された本作を鑑賞しようと思い立ったのは、やはり予告編に強く惹かれてのことだった。ロサンゼルス・タイムズ新聞社のコラムニストであるロペスが自転車走行中に道路で派手に転倒し、顔に大きな傷を負っていた頃、バイオリンを演奏しながら路上生活を送っているナサニエルと出会う。かつてジュリアード音楽院に在籍していたこともあるというナサニエルの口からは、数多くの言葉が飛び出すものの、彼の話に耳を傾ける人たちは、彼が口にする多くの言葉たちの中から、本当に意味のある言葉を根気良く抽出して理解する作業が必要である。それでも、ロペスはナサニエルに興味を持ち、自分のコラムにナサニエルのことを綴り始める。やがて、ロペスのコラムの読者の一人が、使わなくなったチェロをナサニエルのために送って来てくれた。何故なら、かつてのナサニエルは、チェロを熱心に演奏していたこともあったからだ。謙遜しながらも、貴重なプレゼントに大喜びしたナサニエルは、ロペスとの距離をどんどん縮めて行くかのように見えていたのだが・・・・・・。

 本作を一言で表現すると、新聞社のコラムニストと路上生活者という、立場の異なる者同士の友情を描いた作品と言えるのかもしれない。しかし、二人の間に通うものを「純粋な友情」と表現するのは、ほんの少し抵抗がある。何故なら、ロペスからすれば、ナサニエルを自分のコラムに登場させるために利用したと言えなくもないからだ。しかし、最初はそのつもりでナサニエルに近付いたロペスだったが、次第にナサニエルの生活の面倒まで見るようになる。そのとことを、ロペスのかつての妻が、相変わらず記事に綴るための存在であるかのように表現したのは、少々カチンと来てしまった。ロペスとナサニエルの間に芽生えている変化に気付かず、最初に抱いた先入観をいつまでも改めようとしないのは、ロペスのことを良く見ていない証拠である。

 実話であるだけに、ロペスとナサニエルの間に芽生えた感情にコメントするのも少々気が引けるのだが、二人が順調に友情を育てて行くことができなかったのは、二人の関係が常に対等でなかったことも大きいのではないだろうか。ナサニエルにはナサニエルの世界があるというのに、ロペスが自分の世界にナサニエルを無理に招き入れようとしているように映ってしまうのだ。私には、二人が順調に友情を育てて行くことができなかった原因はそこにあるように思う。つまり、ロペスがナサニエルを認め、ナサニエルがロペスを認めるという、交友関係を発展させて行く上で最も基本的なことが実現できていなかったのである。

 私には、ロペスが自転車走行中に転倒して顔に大きな傷を負っていた時期にナサニエルと出会っていることが少し気になった。ロサンゼルス・タイムズ新聞社のコラムニストとして、社会的なステータスのあるロペスにしてみれば、世の中に対して少々引け目を感じていた時期だったのではないだろうか。二人の関係はそこからスタートし、ロペスがコラムニストとして社会的なステータスを取り戻した頃に崩壊し始めるというところが興味深い。コラムニストとしての野望を持っているロペスに対し、路上生活で満足しているナサニエル。そんな二人の価値観がぶつかり合うのは当然と言える。

 ロペスを演じているのは、映画『アイアンマン』のバート・ダウニー・Jrだが、私は映画『アイアンマン』を観てはいないので、私の中での彼は映画『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』の中の毛むくじゃらの男ライオネルである。野心のないライオネルに対し、本作のロペスはとてもエネルギッシュな存在だった。ロペスの役がはまり役だったので、実際の彼は、ロペスに近い存在なのかもしれない。

 本作は、友情を描いた作品というよりも、本当の友情とは何かについて深く考えさせられる作品であると言っても過言ではない。うまく行かない交友関係が存在するとき、自分が本当に相手のことを受け入れているかどうかを考え直すきっかけを与えてくれる作品なのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 立場の異なる者同士の交流は、互いを認め合うことがとても難しいですよね。「何で相手はこれをしないのだろう。こっちのほうが絶対いいのに」というように、自分の価値観を相手に押し付けてしまいがちだからです。例えば本作では、家の中で生活することのほうが絶対にいいはずなのに、何故、ナサニエルは路上で生活し続けるのだろうとロペスは考えてしまうのです。立場の異なる者同士の交流を成功させるには、まず、相手の立場を認めて尊重することが大切なのかもしれません。相手が自分を認めてくれているという安心感が、自分も相手のことを理解しようとする気持ちを新たに生み出して行くように思います。先手を打って相手を理解するように試みることが、立場の異なる者同士の交流を成功させる秘訣なのかもしれません。

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2009.06.19

新たな不在

ホットヨガ(一五三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。彼女との再会をずっと待ち望んでいましたので、無事に果たすことができて本当に良かったです。新しいスタッフからすれば、ちょっぴり複雑な心境かもしれませんが、新しいスタッフの中で、一番最初に打ち解け合うのは誰だろうという期待感もありますね。

 先日、初夏のベランダという記事を書き、現在の我が家のベランダ事情をお伝えしたばかりである。その平和なはずのベランダに新たな異変が起こった。母ちゃんがひょっこり帰って来たのではない。母ちゃんは相変わらず不在のままで、父ちゃんは一人身である。では、TKMYとキッコロの間に生まれた雛がカラスに連れ去られてしまったのか? それも違う。実は、驚くべきことなのだが、初夏のベランダの記事を書いた直後にキッコロが帰って来なくなってしまった。

 ご存知のように、キッコロは現在、産まれたばかりの二羽の雛をTKMYと一緒に育てていたはずだった。そのような状況で父親としての責任を放棄し、自主的に家出したとは思えない。ということは、やはりキッコロにも母ちゃん同様、我が家に帰れなくなるような緊急事態が発生したものと思われる。カラスに襲われてしまったのだろうか。それとも、人間のかけた罠に落ちてしまったのだろうか。それはわからないのだが、とにかくキッコロが帰らないので、TKMYの様子もどこか変である。

 私が仕事に出掛けて行くために玄関の扉を開けると、TKMYがマンションの階段の上にちょこんと止まり、外の様子を偵察していた。その様子はまさしく、キッコロの帰りを不安そうに待ち続ける妻の姿だった。もしもキッコロに似た何かを発見しようものなら、すぐさま飛んで行って確かめたいと言わんばかりの緊迫ぶりだった。しかし、その夜も、またその次の夜も、キッコロは帰って来なかった。

 鳩は、自分が一度食べたものをピジョンミルクにして、身体を震わせながら雛たちに与える。そのため、子育てをしている親鳩は、ひどくお腹を空かせている。雛たちが、ピジョンミルクをせがんでピィピィと鳴くからだ。これまでは、TKMYとキッコロが交替で雛たちにピジョンミルクを与えていたのだが、キッコロが帰って来なくなってしまったため、TKMYが単独で雛たちの世話をしなければならなくなってしまった。しかも、雛は一羽ではなく、二羽もいるのである。育ち盛りの雛を二羽も抱えていては、ピジョンミルクの製造がなかなか追いつかない。餌だって、雛たちを置いてどこかよそに飛んで行かなければ手に入らないのだ。まさか、ガンモがいつもコーヒーに入れて飲んでいる牛のミルクを溶いて雛たちに飲ませてやるわけにも行かないだろう。

 そこで私たちは、TKMYの子育てに全面的に協力することにした。これまでは、野生の鳩を甘やかしてはいけないと、一日に何度も餌を与えるようなことはしなかった。しかし、二羽の雛を単独でせっせと育てているTKMYを放ってはおけない。どちらにしても、食いしん坊のキッコロがいなくなってしまい、母ちゃんもいなくなってしまったので、我が家のベランダには二羽の雛のほかにはTKMYと父ちゃんがいるだけである。そこで私たちは、TKMYと父ちゃんに対し、これまでよりも積極的に餌を与えることにしたのである。

 キッコロがいなくなった今でも、父ちゃんとTKMYの間での縄張りは守られているようで、TKMYは自分の実の父親である父ちゃんに対し、縄張りに対する権力を見せ付ける。人間のおじいちゃんと孫のように、雛のおじいちゃんである父ちゃんがTKMYの子供たち、つまり、自分の孫たちにお年玉をあげたり、おもちゃを買ってやったりはしないので、父ちゃんと孫の繋がりも人間よりは薄いものになっている。母ちゃんがいなくなった父ちゃんと、キッコロがいなくなったTKMYがベランダに残っているということで、ガンモは、
「まさか近親相姦になったりはしないだろうなあ」
などと心配していた。

 それにしても、悲劇は突然やって来るものである。あれほど荒くれ者で食いしん坊だったキッコロが我が家のベランダに帰って来なくなったのだから、どこかで元気に暮らしているとは考え難い。寝室の窓を開けると、餌をくれと言わんばかりに、半ば殴りこむように寝室に乱入して来たキッコロ。遅い遅い鳩パンチで私たちの手を何度も何度も叩いたキッコロ。鳩パンチと同じくらい、私たちの手を何度も何度も嘴(くちばし)で突付いたキッコロ。在りし日のキッコロは、どんなときも元気はつらつだった。キッコロとはたくさん喧嘩をしたけれど、喧嘩をした分、私たちとは特別な関係を築くことができたのではないかと思う。

 母ちゃんがいなくなった父ちゃんも、キッコロが帰って来なくなったTKMYも、しばらく悲しみと向き合ったあとは、また新たなパートナーを見付けることになるのだろう。まずはTMKYに、残された雛たちの子育てを単独で頑張ってもらうしかない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m キッコロはいつも、私たちが与える餌に期待していました。そんなキッコロが帰って来なくなったのですから、きっと何かあったのでしょうね。せっかくキッコロ柄(がら)の雛が産まれたばかりだというのに、とても残念です。鳩の雛は母親の柄しか受け継がないと思い込んでいただけに、父親の柄を引き継ぐと何か悲劇が起こるというジンクスが生まれてしまいそうです。(苦笑)

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2009.06.18

ホットヨガ(一五三回目)

映画『重力ピエロ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。レビューを書き始めると、どうしてもネタバレになってしまう作品があります。映画『重力ピエロ』はそんな作品でした。それにしても、レイプされた女性に対する世間の目は、あんなにも冷たいものなのでしょうか。人の苦しみがわからないということは、薄っぺらく、愚かなことなのだと感じました。苦しみは、他の人の苦しみを理解するための貴重な体験なんですよね。

 博多駅前店でホットヨガのレッスンを受けた一週間後の日曜日、私は神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。

 実は、これまで使用していた十回回数券が六月十三日で切れることになっていたのだが、六月十三日は神戸店以外の支店でのレッスンを予約していた。私は、回数券を購入するなら神戸店と決めていたので、神戸店でレッスンを受けるこの日に回数券を購入しようと思っていた。とは言え、最近はお得な回数券の販売が一時中止され、最高でも十回回数券しか販売されていなかった。

 念のため、ホームページにアクセスしてお得な回数券の販売が復活していないかどうかを調べてみると、ありがたいことに、これまで販売が一時中止されていた三十回回数券や五十回回数券、百回回数券、それからフリーパス券などの販売が再開されていることがわかった。しかし、クレジットカードの取り扱いはまだ再開されていないようである。私は、これまでのように五十回回数券を購入したかったので、神戸店のスタジオに足を運ぶ前に銀行のATMに立ち寄り、回数券を購入するための現金を用意した。「ああ、これでクレジットカードを使うことができれば、航空会社のマイルがたくさん貯まるのになあ」などと思いながら、私は神戸店のスタジオへと向かった。

 その日は夕方に行われる七十五分のパワーアクティブコースのレッスンを予約していた。いつもは土曜日の午前中に通っているレッスンを日曜日の夕方に切り替えたのは、ガンモの仕事の都合に合わせたことと、休日の夕方のレッスンならば、長い間、顔を合わせていなかったスタッフにお会いできるかもしれないという期待があったからだ。

 さて、いつものように入口の扉を開けてみると、新しいスタッフが二人と、懐かしいスタッフが一人、受付に立っていた。そう、懐かしいスタッフ、彼女こそが、私がずっとずっと顔を合わせたかったスタッフだった。彼女は私の顔を見るなり、
「お久しぶりですねえ。半年振りくらいですかねえ」
と言って、近くまで歩いて来てくださった。そして、小声で、
「○○から聞きました」
とおっしゃった。前回の神戸店のレッスンのあと、しばしばお話をさせていただいているスタッフと話し込んだときに、彼女にお会いしたいと伝言しておいたのだ。私は、
「どれだけお会いしたかったことか・・・・・・」
と彼女に気持ちを伝えた。

 「最近は、どんな感じですか?」
と彼女が尋ねてくださったので、
先週、博多駅前店でレッスンを受けて来ましたよ。普通に行って、普通に帰って来ました」
と答えた。すると彼女は、
「受講履歴を拝見しました」
とおっしゃった。彼女は今回のレッスンを担当してくださることになっていたので、レッスンの参加者のリストの中に私の名前を見付け、レッスンの受講履歴を確認されたらしいのだ。

 積もる話もあったのだが、時間も差し迫っていたので、彼女と一緒にロッカールームの近くまで移動した。半年も経てば、お互いの髪型もすっかり変わっていた。そんなとりとめのないことを話しながら、彼女はインストラクターに変身するためにスタッフルームへ、私はロッカールームへと入った。

 七十五分のパワーアクティブコースは、ホットヨガのレッスンの中で最も激しいレッスンである。しかし、彼女がレッスンを担当してくださると、私はいつも呼吸しやすく、疲れが出ない。息が荒くならないのだ。おそらく、彼女のレッスンが私の呼吸のペースに合っているからだと思う。激しいパワーアクティブコースのレッスンなのに、一つ一つのポーズを着実にこなした私は、レッスンを終えて充実感いっぱいにスタジオを出た。ちなみに、今回のレッスンで着ていたTシャツは、以下の通りである。

今回のレッスンのときに着ていたガネーシャのTシャツ

 シャワーを浴びてくつろいでいると、おそらく閉店前の後片付けだろう。何人かのスタッフとともに、さきほどレッスンを担当してくださったインストラクターがロッカールームに現れたので、私は彼女のレッスンは呼吸がしやすいとレッスンのお礼を言った。しかし彼女は、レッスンが長引いてしまったことを気にしているようだった。私は、レッスンが長引いたことはまったく気にしていなかったので、彼女のレッスンは呼吸がしやすく、自分のペースに合ったレッスンだったことを強調した。

 着替えを済ませてロッカーの鍵を受付に返しに行くと、回数券の購入手続きを行なっている会員さんがいらっしゃった。受付で対応しているスタッフは一人しかいらっしゃらなかったので、接客中のスタッフは、私がロッカーの鍵を返却するだけなら対応しますという姿勢を見せてくださった。しかし、私も回数券を購入することを告げると、スタッフは再び接客に戻った。しばらく受付で待っていると、さきほどレッスンを担当してくださったインストラクターが受付に現れたので、念願の五十回回数券を購入した。やはり、お得な回数券の販売が再開されたことは、他の会員さんたちにも喜ばれているようだった。確かに利用できる回数が多くなると、最初の出費は大きいのだが、それだけにレッスン一回分の割引率が高くなるのだ。

 こうして私は、念願の五十回回数券を手に入れて、神戸店のスタジオをあとにした。レッスンの時間をいつもと変えてみるだけでも、これまでとは違う体験が待っていたというわけである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は彼女に、「辞めないでくださいね」と言いました。新しいスタッフもいらっしゃったので、彼女は苦笑いしているようでもありました。人の移り変わりについて考えるとき、私は、好きなアーチストのファンのことを思い出します。一九八〇年代の半ば頃、東京に住んでいた私は好きなアーチストがツアーに出掛けて行くのをお見送りしたり、時には同じ飛行機や新幹線に乗って、彼らのツアー先まで移動したりしていました。その頃、数多くのファンが私と同じように彼らをお見送りしたり、同じ交通機関を利用して移動したりしていましたが、時の流れとともに、そこに現れるファンは移り変わって行きました。好きなアーチストたちは、そのことを知っていたので、久し振りに古くからのファンが顔を出すと、驚いたり喜んだりしていました。そういう私も、四年間ほどブランクを空け、再会したときにひどく驚かれたことがあります。自分の環境を見回してみても、交友関係はどんどん変化していますもんね。やがて変化して行くものだから、「今」を精いっぱい感じて大切にしたいですし、また、変わらずに傍にいてくれる友人たちのことは大切にして行きたいものです。

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2009.06.17

映画『重力ピエロ』

プラチナからシルバーへの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。おかげ様で、ちょっぴり回復しました。重ね重ねありがとうございます。でも、何だか催促してしまったようで申し訳ありません。(苦笑)新しいシルバーの結婚指輪は、うれしくてうれしくて、ことあるごとに眺めてはにまにましています。もしかすると、プラチナからシルバーへというタイトルから、楽天市場の会員種別を想像された方もいらっしゃるかもしれませんね。ちなみに、私は現在、楽天市場のプラチナ会員であります。(笑)

 兵庫県で新型インフルエンザの国内感染が確認されてからというもの、しばらくの間、映画館に足を運ぶのを控えていたのだが、五月の終わりに安全宣言が出されたことから、再び映画館に通い始めた。夜行高速バスに乗って博多に出掛けて行く直前に鑑賞したのが、本作である。これまで、毎回、およそ一ヶ月遅れで綴っていた映画のレビューも、しばらく映画館に足を運ばなかったことで、少しずつリアルタイム鑑賞に近付いて来たと言える。

 本作の予告編は、ずっと以前から劇場で流れていたので気になっていた。映像化不可能と言われていた作品という宣伝文句がやけに気になり、公開されたら是非とも観に行こうと思っていた。伊坂幸太郎氏原作の映画化作品と言うと、映画『Sweet Rain 死神の精度』、映画『フィッシュストーリー』、などを鑑賞して来た。映画『アヒルと鴨のコインロッカー』は鑑賞していない。

 舞台となっているのは、仙台市である。仲良し兄弟の兄・泉水(いずみ)の役を加瀬亮くんが演じ、弟・春(はる)の役を岡田将生くんが演じている。彼らの家族は、遠い過去に起こった連続レイプ事件の余韻を引きずっている。また、彼らの住む街の周辺では、連続放火事件が発生しており、二人は連続放火事件の現場近くに残されたグラフィックアートと連続放火事件を関連付けけようと動き出す。考察を深めて行くうちに、何とそのグラフィックアートは、泉水の専門分野である遺伝子の組み合わせの記号と一致していた。

 物語の展開としては、放火、レイプ、殺人がそれぞれ因果関係を持ちながら、複雑に絡み合って来る。泉水が、ある目的を達成した春に向かって、
「お前が本当に一生懸命考えてやったことを、第三者が判断できるわけがない」
というようなことを言う。本作の中で、私にはこのシーンが一番心に響いた。その台詞は、春の成し遂げたことからすれば、世間一般の常識からは大きく外れるものではあるのだが、スピリチュアルな観点から見てみると、「なるほど、その通りだ」と思ってしまうのだ。しかし今の世の中は、誰かが真剣に行ったことを、それが起こった背景をまったく知らない第三者に判断されてしまう時代である。そうした価値観は、私たちが生まれたときから当たり前のように存在している。しかし、それをおかしいと言った泉水の中には、春に対する絶対的な信頼が存在している。相手が何をしようと、そこまで人を信頼することができたら本望ではないだろうか。そういう兄弟の信頼感があるからこそ、私はこの作品のラストをすんなりと受け入れることができた。

 ただ、鑑賞し終わったあとの感想としては、ずっしりと重い。確かに、作品そのものに重力を感じた。その重力は余韻となって、今も私の心の中に残っている。もしも誰かに、「この映画を観たいけど、一人で観るのは嫌だから付き合って」と言われたなら、喜んでもう一度鑑賞したい作品である。日本の映画界には、こういう作品をどんどん世の中に送り出して欲しいものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 原作を読まずに鑑賞しましたが、十分楽しむことができました。兄弟のお父さん役の小日向さんの演技も良かったですね。家族全体が、互いを認め合いながら生きていました。もっといろいろ書きたいことはあったのですが、ネタバレになってしまいそうなので、この辺でやめておきます。(苦笑)まだ上映中の作品ですので、鑑賞しようかどうしようか迷っていらっしゃる方は、どうぞお見逃しなく!

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.06.16

プラチナからシルバーへ

初夏のベランダの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m むむむ、毎日、一生懸命更新しているつもりですが、最近は新しいブロガーの方たちに押され気味で、どんどん下の方へ落ちてます。めげずに頑張りたいと思います。(苦笑)さて、日々いろいろなことが起こり過ぎる上に、起こった出来事を素通りしたくないために、最近は記事の内容がリアルタイムの出来事に追いついていませんでしたが、今回は、久し振りにリアルタイムの記事を書かせていただくことにします。

 六月十六日、私たちは結婚十三周年を迎えた。仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは加古川で仕事をしていた。加古川というと、兵庫県でもやや岡山に近い姫路寄りのほうである。せっかくの結婚記念日だというのに、ガンモの仕事はすぐには終わりそうにないらしい。

 毎年、結婚記念日には、仕事帰りに二人で待ち合わせてちょっとしたディナーを楽しんでいる。そのため、私は少しでも早くガンモと待ち合わせができるように、職場の最寄駅からバスに乗り、およそ一時間掛けて大久保まで移動することにした。

 大久保という名前の駅は、東京都にもあるが、兵庫県にある大久保は明石市にある。私はかつて、大久保にある企業に通っていた。派遣社員として、これまでいくつかの企業で働いて来たが、関わりが深くなる企業では必ずと言っていいほど、その企業で働いている警備員さんと仲良くなる。大久保の企業でも警備員さんと仲良くなり、居酒屋で料理をごちそうになったりした。その警備員さんのいる前で、私はクラシックカメラを首からぶら下げて入門しようとしたことがある。もちろん、カメラを持ったまま入場しようとしているため、警備員さんに呼びとめられたのだが、私は、
「これは趣味で使うものですから」
などと言って、正々堂々と通り過ぎようとした。今となっては考えられないことだが、警備員さんは私に注意を促しながらも、今回限りということで通してくださった。

 私が乗った路線バスは、途中でたくさんの寄り道をしながら大久保駅前に到着した。大久保駅前には大型のショッピングセンターがある。ガンモの到着を待ちながら、大型ショッピングセンターでショッピングを楽しんでいると、いつの間にか指輪などのアクセサリ売り場に迷い込んだ。見ると、いくつものペアリングがショーケースに並べられているではないか。私は、結婚指輪を失くしたことを思い出し、今日のこの結婚記念日に、気持ちを新たに結婚指輪を再購入しようと思い立った。

 私は、お店のショーケースに並べられているペアリングを真剣な眼差しで眺めていた。そのお店に店員さんはいらっしゃったのだが、他のお客さんが店員さんにべったりと張り付いていたので、店員さんは私にかまう余裕がなかった。私は、店内のペアリングをひと通り見て回ったのだが、残念ながら、そのお店には心惹かれる指輪がなかった。私は、できれば結婚指輪と同じようなシンプルなデザインの指輪が欲しかったのだ。

 諦めてそのお店を立ち去ろうとすると、そのお店の前にもう一つ、別のお店があることに気が付いた。そして、今度はそのお店のショーケースの中をじっくりと見て回ると、何と、私たちの結婚指輪にそっくりのデザインの指輪があるではないか。私は、他の商品に目を遣りながらも、やはり私たちの結婚指輪にそっくりのデザインの指輪が気になって仕方がなかった。

 私がその指輪に心惹かれている様子が伝わったのか、男性の店員さんが私に声を掛けてくださった。私はまず、気に入った指輪があれば持ち帰ることができるのかどうかを確認した。もしもサイズがなくて取り寄せになる場合、大久保から自宅の最寄駅まではJR線一本で移動できるものの、自宅から一時間以上掛かってしまうため、できれば持ち帰りたかったのだ。すると、店員さんからは、
「サイズの在庫はございますよ」
というありがたい答えが返って来た。私はひとまず安心し、更にその指輪に熱い視線を送っていると、店員さんが、
「よろしければお出ししましょうか?」
と言ってくださった。私は素直に、
「はい、お願いします」
と答えた。

 その店員さんは、私に商品を押し付ける様子もまったくなく、とても好感の持てる態度で接してくださった。店員さんの押し付けのない態度が私を信頼させたのだろう。私は、
「実は結婚指輪を失くしたので、結婚指輪と同じようなデザインの指輪を探しているんです。今日、結婚記念日なので・・・・・・」
と言いながら、一つだけ手元に残ったガンモの結婚指輪を見せた。ガンモの結婚指輪は、もはやガンモの薬指には入らなくなり、私の左手の中指に納まっている。すると、店員さんは、私が狙いを定めた結婚指輪のデザインと比較して、
「めっちゃ似てますね」
と言ってくださった。その言葉がとてもうれしかったのかもしれない。私の中では密かに、この指輪に決めようという決意が固まっていた。

 私の指輪のサイズを測っていただき、在庫を出していただいたのだが、ガンモの今の指輪のサイズがわからない。折しもガンモからは、仕事を終えてこちらに向かっているというメールが届いていた。そこで私は店員さんに事情を話し、
「夫がこちらに向かっているので、合流したらまた来ます」
と言った。すると店員さんは、
「わかりました。では、お取り置きしておきますね」
と言ってくださった。

 私は外に出て、駅に直結している通路に立ち、ガンモの到着を待った。間もなくガンモがやって来たので、ガンモを伴い、さきほどのお店に戻った。店員さんは、私が中指に付けていた指輪のサイズから想定して、二つのサイズの指輪をガンモのために用意してくださっていた。ガンモがそのうちの一つを指にはめると、その指輪はガンモの薬指にピッタリだった。私は有無を言わさず、
「これに決めよう」
と言った。ガンモも黙ってうなずいた。

 こうして私たちは、結婚して二度目の結婚指輪を手に入れた。お店の方は、何度も何度も指輪を磨いたあと、丁寧に包装してくださった。代金を支払い、指輪を受け取ると、私たちはちょっとだけおしゃれなディナーバイキングに足を運び、そこのテーブルで指輪の包みを開けた。結婚当時に購入した結婚指輪はプラチナリングだったが、新しい結婚指輪はシルバーリングである。好感の持てる店員さんによって磨き上げられたシルバーリングは、ディナーバイキングのテーブルライトに照らし出され、美しく輝いていた。

袋に入った新しい結婚指輪

新しい結婚指輪は、箱入り娘

ピカピカと光輝いている二つのシルバーリング

 私たちは、まるで儀式のように、互いの相手の指に新しい結婚指輪をはめた。結婚十三年で、結婚指輪が新しくなった。かつてのプラチナリングのデザインはやや細かったが、新しく購入したシルバーリングにはやや厚みがある。まるで、結婚してふっくらした私たちを象徴しているかのようだ。こうして「ガンまる日記」を書きながらも、私はふっくらしたシルバーリングを光に当てて、にまにましている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まるで導かれるように結婚指輪を新調しました。(笑)デパートの一階などに良く見受けられるような、女性向けのファッションリングを扱うお店ではなかったので、結婚記念日にそこを訪れたことが奇跡のようです。きっと、この指輪に呼ばれていたのでしょうね。(笑)心の中では、籍を入れようが入れまいが、指輪を着けようが着けまいが関係ないと思っているのですが、実際に指輪を手にはめるとうれしい気持ちになるものです。気持ちも引き締まります。何よりも、最初に購入した結婚指輪とデザインが似ているのがうれしかったのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.06.15

初夏のベランダ

映画『アメリカン・ビューティー 』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の中に貼り付けた画像は、レスターの妄想の中のアンジェラです。色鮮やかで美しいですね。もう少し、ぽっちゃりさんでもいいと思いますが。(笑)さて今回は、久し振りに我が家のベランダに棲み付いている鳩の話題をお届けしたいと思います。

 このブログのサイドバーには、「ガンまる日記」をお借りしているココログが提供する「人気記事ランキング」というブログパーツを貼り付けている。それによれば、「ガンまる日記」の中で最も参照数が多いのは、我が家のベランダ事情という記事らしい。

 父ちゃんたちが我が家のベランダに棲み付くようになったのは、ちょうど愛シチュー博のために私たちが愛知に出掛けて不在にしていた頃のことだった。私たちのいない静かなベランダに、父ちゃんと一番目の母ちゃんはひっそりと巣を作った。あれから四年経った今でも、相変わらず、我が家のベランダには様々なドラマが生まれている。

 先日、TKMYとキッコロの間に、二羽の雛が生まれた。寒かった冬が終わり、温かくなり始めた頃、TKMYは二つの卵を産んだ。しかしこの卵は、TKMYとキッコロが交替で三週間以上温めたにもかかわらず、孵らなかった。鳩には鳩時計があるのか、ある程度、温めても孵らなかった卵のことは潔く見限る。TKMYはしばらくの間、孵らなかった卵を巣に放置していた。

 ところが、しばらくするとTKMYは、孵らなかった卵を巣に残したまま、新たに二つの卵を産んだ。つまり、お腹の下で一度に四つの卵を温め始めたのである。ガンモはそれを見て、
「おい、TKMY。いっぺんに四つも孵すのは無理だろう」
とTKMYに話し掛けていた。

 三週間ほど経った頃、TKMYが新たに産んだ二つの卵が孵った。最初に産んだ二つの卵はとうとう孵らずに、ベランダに放置されていた。雛はすくすくと育ち、TKMYやキッコロがベランダにいるときは、ピィピィと餌をねだる合唱を始める。思えば、TKMYとキッコロの間に雛が二羽とも孵ったのは初めてのことではないだろうか。いつもは、卵を二つ産んでも、孵るのは一羽のみだったからだ。

 ガンモは雛の成長ぶりをじっくり観察していた。ある日のこと、ガンモが、
「俺らの理論を覆すことが起こったから!」
と言う。私が、
「何?」
と尋ねると、ガンモは、
「今まで、鳩の雛には母ちゃん柄(がら)しか出ないと思ってたけど、今回の雛にはキッコロ柄が出てる」
と言う。それを聞いた私は驚きの声をあげた。後日、ベランダの雛を確認してみると、確かに雛の身体にはキッコロ柄が出ていた。これまで、TKMYやキッコロ、それから父ちゃんや一番目の母ちゃん、二番目の母ちゃんらの間に産まれた雛の成長ぶりを見守って来たが、毎回、必ずと言っていいほど母親の柄が出ていたので、鳩の雛には母親の柄しか出ないものだと思い込んでいたのだ。キッコロとしても、ようやく自分と同じ柄の雛が産まれたとなると、これまで以上に情をかけて育て上げるのだろうか。

 ところで、またしても父ちゃんに悲劇が起こっている。現在、父ちゃんは三度目の結婚を果たし、三番目の母ちゃんと幸せに暮らしていたはずだった。しかし、母ちゃんは子育てが得意でなく、卵を産んでも卵をお腹にくっつけて歩き回り、自分の産んだ卵を割ってしまうドジぶりだった。そんな母ちゃんの姿が、最近、見えなくなってしまった。これまでにも、歴代の母ちゃんたちは、父ちゃんと一緒になってしばらく経つと、いつの間にか姿を消していた。そして今回も、母ちゃんの姿が忽然と消えてしまったのだ。

 父ちゃんは、寂しそうな声でホーホーと鳴いている。四年前に我が家にやって来た父ちゃんは、鼻のあたりが膨らんで、すっかり貫禄が出ている。鳩としては、もう高齢なのかもしれない。それでも、歴代の母ちゃんたちがいなくなる度に、鳩の社交界で新しい母ちゃんを見付けては我が家のベランダに連れて帰って来ていた。それにしても、何故、父ちゃんのお嫁さんだけがいなくなるのかわからない。もしも雌の鳩が外敵に狙われ易いのならば、TKMYも狙われる対象になることが考えられるのだが、TKMYは至って元気である。

 ただ、私は先日、通勤の途中に、成長した鳩の死骸をカラスが引きずっているのを目撃した。カラスが自分の幼い雛のために、鳩の雛を狙うという話は聞いたことがある。実際、我が家のベランダでも、雛が何度かカラスに襲われ、連れ去られた。しかし、カラスが成長した鳩を狙うという話は聞いていない。だから、私が通勤途中に見たのも、成長した鳩を食べるためにカラスが殺したわけではなく、たまたま死骸を引きずっていただけなのかもしれない。

 このまま、母ちゃんが我が家のベランダに戻って来る可能性は限りなく低いだろう。そうだとすると、父ちゃんは、近い将来、鳩の社交界で新たな母ちゃんに出会い、私たちのベランダに連れて来るのだろうか。高齢な父ちゃんなだけに、先行きが不安でもある。母ちゃんが行方不明になり、若いキッコロがいよいよ幅をきかせている、最近の我が家のベランダ事情であった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何故、父ちゃんのお嫁さんだけがいなくなってしまうのか、わかりません。父ちゃんは、私たちにはジェントルマンに映っていますが、実は、私たちの知らないところで、残酷な性格だったりするのでしょうか。決してそんなことはないと思うのですが、この先、父ちゃんは、新しい母ちゃんに出会うことができるでしょうか。ベランダで新しいドラマが生まれたら、また報告させていただきますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.06.14

映画『アメリカン・ビューティー 』

「ぐりーん」に乗っての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 博多はおいしいものが多いので、お土産を買うのも迷ってしまいました。以前、博多を訪れたときは、グリコの明太子ポッキーを職場のお土産に買って帰りました。今回は、ガンモの実家のお土産を買って持って行ったばかりだったので、職場のお土産は買って帰らなかったのですが、明太子ポッキーは味もおいしく、一つ一つ包装されているので、職場のお土産としては最適だと思います。

 ちょっと古い映画をDVDで鑑賞した。この映画は確か、行き着けのレンタルDVDショップで、お勧め映画としてピックアップされている作品だった。資料によると、一九九九年の作品らしい。ある家族の崩壊を描いた作品なのだが、意外な展開が実に面白い。何しろ父親のレスターが、高校生の娘ジェーンの友達アンジェラに恋をしてしまうのだから。もちろん、そんなレスターだから、娘のジェーンからはひどく嫌悪されている。しかし、アンジェラのほうはまんざらではない様子で、「あなたのお父さんにもっと筋肉がついたら、寝てもいいわよ」などとジェーンに話している。その会話を盗み聞きしていたレスターが、妄想を膨らませながら筋肉トレーニングに励む姿がおかしくてたまらない。

 話はそれだけには留まらない。彼らの住む家の隣に、元海兵大佐フィッツの一家が越して来る。フィッツの息子リッキーは、ビデオカメラを構えて隣家のジェーンを撮影しているという変わり者。ジェーンはやがてリッキーに興味を持ち始め、二人は恋仲になる。リッキーは高校生であるにもかかわらず、麻薬の売人の仕事をしていて、多額のお金を稼いでいる。ジェーンの父であるレスターも、ひょんなことからリッキーと意気投合し、リッキーから麻薬を買うようになる。ところが、息子が麻薬の売人の仕事をしていることなど知る由もないフィッツは、レスターとリッキーが同性愛の関係にあると勘違いする。

 こうして書いてみると、まるで映画『バーン・アフター・リーディング』のように人間関係がややこしい。ご紹介した以外にも、レスターの妻キャロリンは、同業者の男性と不倫関係にあるのだから。ところが、本作ではこのようにごちゃごちゃした交友関係が、それぞれの色濃い個性を押し出すように、実にテンポ良く展開して行く。

 最後にレスターは銃殺されてしまうのだが、レスターの人生を振り返ってみると、レスターに殺意を抱いている人物が複数いることに気付く。浮気の現場を押さえられたレスターの妻キャロリン、ずっと和解することができなかった娘のジェーン、そして、息子リッキーとの同性愛を疑っている隣人のフィッツ。レスターは、彼らのうちの一人に銃殺されてしまうわけである。レスターにとって、その死の瞬間が「アメリカン・ビューティーだった」という結末なのだが、複雑な人間関係がわかりにくくならないように、実に良く錬られた作品だと言える。

 ちなみに、この作品の監督は、映画『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』、映画『君のためなら千回でも』(こちらは製作総指揮)のサム・メンデス監督である。過去の作品群を見ると、やはり「なるほど」と思う。見応えのある作品の制作に携わる人は、こうしていくつもの傑作を生み出すものなのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 公開当時、ずいぶん話題になっていた作品のようですね。アカデミー賞でもいくつか賞を取った作品のだったようです。行き着けのレンタルDVDショップの店員さんのお勧め作品だけあって、芸術的な思考を刺激してくれる、良い作品でありました。

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2009.06.13

「ぐりーん」に乗って

ホットヨガ(一五二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 当たり前のように博多駅前店でレッスンを受けたというのが、私にとってはかえって特別な経験になりました。日本全国のいろいろな支店を巡りたいという欲求は、いつまで経っても収まりません。(苦笑)

 昼食をとったあと、私たちは博多の街を観光することにした。とは言え、昼食の時間をゆったりと過ごしてしまったので、観光しようと思い立ったときには既に十五時を回っていた。帰りは十九時台の新幹線を予約していたので、最大でもあと四時間程度しか観光する時間がない。土曜日だったので、博多に一泊しても良かったのだが、翌日、ガンモが自宅近くの大学でTOEICの公開テストを受けることになっていたので、博多に留まることはできなかった。TOEICの公開テストは、ホットヨガのレッスンのように試験会場を自由に変更することはできないので、私たちはもう少し博多で遊びたい気持ちを抑えて帰宅することにしたのである。

 ところで私たちは、これまでにも何度か博多を訪れている。ショッピングを楽しむなら天神あたりに出掛けて行けば良かったのかもしれないが、天神へは博多に来る度に足を運んでいる。それならば、いかにも観光客らしい観光をしようではないか。そこで私たちは、短時間のうちに効率良く観光スポットを回ることのできる「ぐりーん」というシティループバスを利用してみることにした。「ぐりーん」は、私がホットヨガのレッスンを受けた福岡交通センタービルから発着していた。

 大人一人七百円の「ぐりーん」のチケットを購入し、私たちは「ぐりーん」の到着を待った。しかし、「ぐりーん」はそれほど多くの本数が運行されているわけではないにもかかわらず、時刻表を見ると、さきほど発車したばかりの時間だった。本数が少ないので、それを逃すと、次の「ぐりーん」の発車時間まで数十分も待たなければならなかった。せっかく効率良く観光しようとしているのに、これでは意味がないではないか。私たちがおろおろしていると、若い男の子が、「ぐりーん」の到着が遅れていることを教えてくれた。その男の子が教えてくれた通り、「ぐりーん」は間もなく乗り場にやって来た。「ぐりーん」の実物を見たとき、私たちは驚いた。エコをイメージしているのか、「ぐりーん」はたくさんの緑に包まれていた。そして、実際に乗り込んでみると、内装がとてもユニークだった。木を基調にしたデザインで、床まで丁寧に木でフローリングされていた。「ぐりーん」は、乗っているだけでも特別な体験になった。

 「ぐりーん」は、およそ八十分掛けて、起点の福岡交通センタービルに戻って来る。途中、何と、有料道路も惜しみなく走るのだ。ただ、他の路線バスよりも割高なせいだろうか。利用客は少ない。

 私たちはひとまず「福岡ドーム南口」で降りて、福岡市立博物館へと向かった。ガンモの提案により、福岡市立博物館にある国宝の金印を見ることにしたのだ。福岡市立博物館には、無料の展示物と有料の展示物があり、時間のない私たちは無料の展示物だけを見て回った。博物館内には、ボタンを押すと展示品の説明を聴くことのできるコーナーがあるのだが、それが面白かったので、私たちはあちらこちらの背もたれに身体をもたせかけて、ボタンを押して展示品の説明に聞き入った。国宝の金印も確かにあったのだが、思っていたよりも小さかった。ガンモ曰く、社会科の教科書に載っていたらしいのだが、私はすっかり忘れてしまっていた。

 私たちは再び「福岡ドーム南口」まで戻り、再び「ぐりーん」に乗車した。残念なことに、それが「ぐりーん」の最終便だった。通常の路線バスよりも割高な「ぐりーん」は、その内装が特殊であることからか、本数が少ない。とは言え、「ぐりーん」の一日乗車券で他の路線バスにも乗車できることになっていたので、「ぐりーん」が最終バスだとしても、私たちにはまだ救いがあったのだ。

 時計を見ると、予約している新幹線の発車時刻までもうあまり時間はなかったのだが、このまま博多駅まで戻るのもちょっぴり寂しい気がした。そこで私たちは意を決して、途中の唐人町で降りることにしたのである。博多駅方面に向かう「ぐりーん」の最終バスを途中で下車することになってしまったが、他の路線バスに乗車することができるなら、何とかなるだろうと思ったのだ。

 唐人町には、小さな商店街があった。昔ながらのその商店街は、本当にここが博多だろうかと思えるような古い商店街だった。古いものが次々に取り壊され、近代的な建物に生まれ変わって行く中で、唐人町は昔ながらの雰囲気をずっと守り続けていた。私は、思い切って唐人町で降りてみて良かったと思った。普段、近代的な町並みを見慣れているからだろうか。名古屋に行けば好んで大須に出掛けて行くように、こうした昔ながらの商店街に足を運ぶと、とても落ち着くのだ。

 唐人町商店街はそれほど大きくはなく、私たちはすぐに商店街の終点にたどり着いてしまった。そこから歩いて大通りまで出て、博多行きの路線バスを探した。そして、運良く博多行きの路線バスに乗り込み、「ぐりーん」の一日乗車券を提示して博多駅まで戻り、駅前で夕食に博多ラーメンを食べた。もちろん、せっかく博多に来たのだから、替玉を注文した。博多ラーメンは麺が細いので、替玉には向いていると思う。こうして私たちは、短時間のうちに博多を満喫して帰りの新幹線に乗り込んだのである。

 帰りは七〇〇系の新幹線を利用したのだが、新幹線に乗るのが久し振りだったからだろうか。すべての座席の下にコンセントが付いていることに驚いた。いつもならば、コンセントからノートパソコンの電源を供給して「ガンまる日記」の下書きをしたりするのだが、この一週間、寝不足が続いていたためか、もはやノートパソコンを操作する気力が残されていなかった。

 無事に帰宅したあと、私は布団の中になだれ込み、翌日の日曜日もほとんどベッドの中で過ごした。あまりにも疲れ過ぎていたのか、翌朝、起き上がったときに身体が右側に傾いてベッドに倒れ込んでしまった。どうやらめまいのようである。インターネットで調べてみると、メニエール病というものらしい。おそらく、睡眠不足と過労が続いて、一時的に耳がバランスを崩したのだろう。しかし、私の身体は日曜日にしっかりと睡眠を取ることで復活した。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、「ぐりーん」に乗ってをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 駆け足で博多を満喫して参りました。「ぐりーん」はとても楽しい乗り物でした。ただ、利用客が少なかったので、この次に博多を訪れたときにもまだ運行されているかどうかはわかりません。皆さんも、もしも博多に行く機会があれば、効率良く観光するために「ぐりーん」を利用されてみてはいかがでしょうか。それにしても、夜行高速バスの中で良く眠れたとはいえ、身体の疲れは回復してはいなかったようです。起き上がったときに、身体が傾いてベッドに倒れ込んだときは驚きましたが、もう大丈夫です。身体には休息が大切なんだと切実に思いました。

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2009.06.12

ホットヨガ(一五二回目)

博多へと、いざ行かんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 神戸から博多までは、ちょうど大阪から東京までの距離と同じくらいなのでしょうか。二十三時に出発した夜行高速バスが翌朝七時に着くと、活動するにはちょうどいいですね。一体何にちょうどいいかと言うと、朝食をとったあと「ガンまる日記」を書き上げて、ホットヨガのレッスンを受けるのにちょうどいいというわけなのですが・・・・・・。はい、今回は久し振りにホットヨガの記事をお届けします。

 私が佐賀よりも博多を選んだのは、仕事を終えてから移動するのに便利だったこともあったのだが、ホットヨガスタジオオーの支店があることも理由の一つだった。私は、ガンモに翌日も佐賀での仕事が入っていると思い込んでいたので、最初のうち、十三時半から行われる七十五分のフロウコースのレッスンを申し込んでいた。レッスンを終えて一人で博多を観光したあと、夕方頃にガンモと博多で落ち合って、一緒に帰るくらいの覚悟でいたのだ。ところがガンモは、金曜日の夜に佐賀で歓談会に参加したあとは、もはやフリーになるという。そこで私は午前中のレッスンに切り替えて、レッスンを終えたあと、博多でガンモと待ち合わせてお昼ご飯を一緒に食べることにしたのである。

 ホットヨガスタジオオーの博多駅前店は、博多口の博多駅前にある福岡交通センタービルの九階にあった。福岡交通センタービルは、バスセンターのほか、百円ショップや飲食店などが共存している大きなビルで、これまで何度となく博多を訪れている私も、無意識のうちに利用したことのあるビルだ。

 普段、自宅からレッスンに通うときは、愛飲している海洋深層水をレッスン用のペットボトルに移し変えて行くのだが、今回は仕事帰りに夜行高速バスで移動することになっていたため、できるだけ荷物を少なくしようと、海洋深層水は持参していなかった。そこで同じビルにある百円ショップに足を運び、レッスン中に飲む水を調達した。福岡交通センタービルにある百円ショップは、これまで訪れたことのないほど大規模な店舗だった。

 スタジオのある九階までは、通常のエスカレータやエレベータでは移動できないので、私はお店の人に尋ねながら、何とか九階までたどり着いた。これまでいろいろな支店に足を運んで来たが、多くのスタジオがビルの中に静かに佇んでいるのに対し、博多駅前店のスタジオは、周りがにぎやかだった。

博多駅前店の入口

 入口の扉を開けて、脱いだ靴を靴袋に収めると、私はいつものように、会員証と回数券を受付のスタッフに差し出した。スタッフはまるで、私が博多駅前店に通い詰めている会員であるかのように対応してくださった。私も、初めて足を運ぶスタジオでは、
「今回、初めてこちらを利用させていただくのですが、ロッカールームはどこですか?」
と尋ねるのだが、私自身もあたかも利用し慣れているかのように振る舞い、ロッカールームに中(あた)りをつけて移動した。ロッカールームはすぐにわかった。

 ロッカールームの扉を開けて中に入ってみると、多少、曲がりくねってはいるものの、中は比較的広かった。興味深いことに、ロッカールームの壁には、会員へのアンケートが貼り出されていた。その内容が面白かったので、私はしばらく見入っていた。

会員へのアンケート

香水をつけている人がいる

担当のインストラクターがわかるようにしてほしい

 「香水をつけている人がいる」、「担当のインストラクターがわかるようにしてほしい」など、なるほどと思える意見があり、なかなか面白かった。私が普段、利用しているスタジオでは、香水をつけている人はほとんどいないのだが、日常生活においては、香水の匂いのきつい女性にしばしば出くわすことがある。私も時にはアロマを楽しむので、香水をつけたくなる気持ちは良くわかるのだが、やはりほんのり漂うくらいがちょうどいい。他にも、「足の臭(くさ)い人がいる」などという厳しいコメントもあり、思わず苦笑いしてしまった。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、神戸店のスタジオと同じように、スタジオ内にはヨガマットが前後に並べられていた。ただ、神戸店と違っていたのは、一枚おきに表と裏が交互に並べられていたことである。紫とピンクのヨガマットが交互に並べられているのは、なかなか美しいものである。インストラクターのウェアは、旧タイプのものだった。新しいウェアは、まだ全国的には浸透していないのかもしれない。

 今回、参加したレッスンは六十分のビギナーコースだったのだが、インストラクターの導き方も関西地方で受けているレッスンと違和感がなく、博多駅前店独特のものは何も見受けられなかった。おかげで、初めて博多駅前店のレッスンに参加する私も溶け込むことができた。何か特筆すべきことがあるとするならば、とても美しいインストラクターが担当してくださったことが印象的だったことくらいだ。

 南森町店のように天井が低かったからだろうか。最近は、ビギナーコースのレッスンではあまり汗をかくことはなかったのだが、博多駅前店のビギナーコースのレッスンではたくさんの汗をかいた。今回、初めてレッスンに参加された新人さんもいらっしゃったようである。しかし、鏡越しに観察していても、どの方が新人さんなのか良くわからなかった。

 ちなみに、今回のレッスンで着ていたのは、ちょっと派手目のドゥルガーのTシャツである。

レッスンのときに着ていたドゥルガーのTシャツ

 レッスンを終えてシャワールームに足を運んでみると、シャワールーム周辺に設置されている籠の大きさに驚いた。関西地方のスタジオに設置されているのは、博多駅前店に設置されている籠のおよそ三分の一程度の大きさの籠である。籠が大きいので、昔ながらの銭湯を思い出してしまった。

シャワールームはこんな感じ。設置されている籠が大きい。

 博多駅前店では、会員同士のコミュニケーションが活発なのか、会員さん同士が化粧台の前に肩を並べて、熱心に世間話に花を咲かせていた。私は、会員さんが誰もいらっしゃらないところでロッカールームの写真をこっそり撮影したかったのだが、会員さん同士がずっとおしゃべりを楽しんでいらっしゃるので、「ええい、ままよ」と思いながら、携帯電話で堂々とロッカールームの写真を撮らせていただいた。

 着替えを済ませて受付に足を運ぶ途中、プルプルマシーンのようなものを発見した。確かトイレに回数券購入の案内があり、ある種類の回数券を購入すると、プルプルマシーンの利用券も付いて来るといったようなことが書かれていた。ようやく、博多駅前店ならではの設備を見付けることができた。

博多駅前店に設置されているプルプルマシーン

 受付のスタッフにロッカーの鍵を返却すると、
「次回のご予約はよろしいですか?」
と尋ねられたので、私は他の支店でいつも答えているように、
「またWebで予約します」
と答えた。そして、当たり前のように靴を履き、博多駅前店のスタジオをあとにした。返却された回数券をそっと開いてみると、神戸店と同じ紫色のスタンプだった。こうして私は、まるで当たり前のように博多駅前店でレッスンを受けて終わった。

スタンプの色は神戸店と同じ紫色(5/30のスタンプ)。
ちなみに、緑色は梅田店と京都駅前店、青色は三宮店のスタンプ

 レッスンを終えた私は、ガンモと待ち合わせをしてお昼ご飯を一緒に食べた。そして、腹ごしらえをしたあとは、いよいよ博多の街へと繰り出したのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、博多駅前店にレッスンの予約を入れた頃は、神戸で新型インフルエンザの感染が活発な頃でした。そのため、兵庫県から博多駅前店のレッスンを受けに行くと、スタッフに敬遠されるのではないか、などと心配していましたが、博多に出掛けて行く頃にはインフルエンザ騒ぎも落ち着いていたのでホッとしました。それでも、この頃、兵庫県内ではまだマスクを着用している人がたくさんいましたが、博多にはマスクを着用している人がほとんどいらっしゃらなかったので、カルチャーショックでしたね。(苦笑)

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2009.06.11

博多へと、いざ行かん

映画『ダ・ヴィンチ・コード』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『ダ・ヴィンチ・コード』のロン・ハワード監督は、映画『天使と悪魔』の監督であるのはもちろんのこと、映画『フロスト×ニクソン』や映画『シンデレラマン』の監督でもあるんですよね。実に幅広い作品を世の中に送り出している監督だと思います。

 義母の一周忌の二日後の金曜日、仕事を終えた私は映画を鑑賞したあと、博多行きの夜行高速バスに乗り込んだ。この頃になると、兵庫県内の新型インフルエンザ騒ぎも落ち着きつつあったので、ようやく安心して劇場で映画鑑賞することができるようになったのだ。それにしても、一週間のうちにガンモの実家のある香川県に移動したり、また福岡県に移動したりと、実に忙しい。何故、博多行きの夜行高速バスに乗り込んだかというと、ガンモが佐賀に出張することになっていたからだ。

 佐賀というと、二年前に島原半島を回った帰りに佐世保に立ち寄り、佐世保バーガーを食べたことが記憶に新しい。ガンモは金曜日の夜に佐賀で行われる顧客との歓談会に出席し、そのあと佐賀に一泊すると言う。

 最初のうち、私は仕事を終えてから新幹線に乗り、九州入りするつもりだった。しかし佐賀までは、博多から更に特急列車に乗り換えて移動しなければならない。仕事を終えて新幹線に乗るとなると、どうしても十九時台の新幹線になってしまう。そうなると、博多到着は二十二時前後だ。そこから佐賀まで移動して、佐賀市内のホテルに宿泊するのは、佐賀に一泊するためだけに移動するようでもったいない。それならば、新幹線で博多まで移動して博多市内のホテルに一泊し、翌日、佐賀での所用を終えたガンモと博多で合流しようかとも思ったのだ。しかし、それでもやはり、博多に着いて多少の観光が可能ならばともかく、二十二時前後に博多入りしてホテルに一泊するのはもったいない。そこで私は、同じくガンモの出張に合わせて一月の終わりに東京までの夜行高速バスを利用したように、今回も夜行高速バスを利用して博多入りすることにしたのである。

 夜行高速バスは、二十三時に神戸市役所前から発車した。東京までの夜行高速バスを利用したときのように、赤いエプロンを着たスタッフが乗り場で待機してくれていたので、すぐにわかった。夜行高速バスというと、割安な四列シートと少々割高な三列シートのタイプがあるのだが、私は車内でできるだけくつろぎたいと思っていたので、比較的ゆったりくつろげる三列シートの夜行高速バスを予約していた。

 出発時間が近くなると、紫のバスが乗り場にやって来た。トランクに荷物を預け、運転手さんに名前を告げると、私の席は一番後ろ席だと案内された。一番後ろの席は、隣の人と密接した四列シートになっているではないか。せっかく三列シートの夜行高速バスを申し込んだというのに、狭い一番後ろの席に当たってしまったことはちょぴり落胆した。

 しかも、一番後ろの席まで歩いて行くと、四列シートには既に私以外の三人の利用客(幸い、すべて女性)が座席を倒して休んでいた。私は、一番後ろの席までたどり着いたものの、通路を間違えてしまい、自分の席に行くには、座席を倒して寝ている人を起こして、通路を空けてもらわなければならなかった。夜行高速バスを利用されたことのある方ならご存知だと思うが、三列シートといえども、夜行高速バスの車内は狭い。自分の席にたどり着くまでの通路を間違えてしまうと、時には他の人に立ち上がっていただかなければ移動できないような作りになっているのだ。

 既に寝ている人を起こすのはかなり気が引けたが、このまま起こさないのだとすれば、私はもう一度バスの入口まで戻って、別の通路を歩き直さなければならない。目の前に自分の席が見えているのに、何ともそれは悔しいではないか。私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、寝ている人に声を掛け、身体を起こしてもらい、自分の席に腰を降ろした。

 夜行高速バスのそれぞれの座席には、薄手の毛布が一枚用意されていた。この時期は、走行中に車内がクーラーで冷やされるので、さすがに毛布一枚だけでは寒いだろうと思い、私はタオルマフラーのほかにレッグウォーマーも持参していた。座席に落ち着いた私は、まずはレッグウォーマーを履き、首にはタオルマフラーを巻き、肩にもスカーフをまとった。そして、持参した空気枕を膨らませ、アイマスクを着け、座席シートを倒して横になった。備え付けの毛布を上からかぶってみたが、毛布が小さいのか、私の身体が大きいのか、毛布の間から隙間風が入って来る。冷房が苦手な人にとっては、この隙間風がひどく曲者なのだ。私は意を決して立ち上がり、クーラーの冷たい風が降りて来ないように、あらゆる場所の空調のつまみを調整して塞いだ。

 途中、三木(みき)サービスエリアで休憩が取られたのだが、二十三時に神戸市役所前を出発して既に一時間ほど経過していたので、私は眠くて眠くてたまらなかった。それでも、冷たい風がじりじりと私を攻めて来るので、早くも冷房がストレスになりつつあった。そう言えば、私の座席からは、予備と思われる毛布が棚の上に置かれているのが目に入っていた。三木サービスエリアに停車中、私はよろよろと立ち上がり、予備の毛布を一枚拝借した。この予備の毛布のおかげで、それからは温かく過ごすことができた。この予備の毛布の存在に気付くことができたのは、私の席が一番後ろだったからこそである。四列シートの一番後ろの席にも、いいことがあるものだ。

 一周忌の翌日も、そして夜行高速バスを利用した金曜日も、朝五時に起きて仕事に出掛けていたので、私はすっかり寝不足に陥っていた。普段、夜行高速バスに乗ると、バスの揺れを感じて何時間か置きに目が覚めてしまうものだが、寝不足だった私はぐっすり眠っていた。夜行高速バスでこれほどぐっすり眠ったのは、初めての経験かもしれない。途中、何度かサービスエリアに停車し、休憩時間が設けられていたようだが、私は一度も夜行高速バスから降りることなく、毛布をかぶって座席シートに横になっていた。

 私の乗った夜行高速バスは、土曜日の早朝に小倉に着いた。そして、それからおよそ一時間後の七時前に無事に博多駅前に到着したのである。私は眠い目をこすりながら起き上がり、博多で降りた。

神戸から利用した高速バス

博多駅

 無事に博多入りしたことをガンモにメールで知らせると、私は「ガンまる日記」を書くために博多駅構内のマクドナルドに入り、そこでコンセントを拝借しながら何時間も過ごしたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやあ、一週間のうちにあちらこちらを移動するのは、なかなか体力的にもきつい年齢になって来ました。若い頃は、少々無理をして動き回ってもへっちゃらでしたが、年を取るとすぐに身体に来ますね。それでも、夜行高速バスの中でいつになくゆっくり寝られたのは幸いでした。

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2009.06.10

映画『ダ・ヴィンチ・コード』

一周忌(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。以前も書きましたが、今回のように午前中のうちに法要を行うとき、香川県では、おじゅっさんや参列者の方たちに朝食としてうどんでおもてなしをすることが多いようです。しかし、それは少々負担が掛かるので大目に見ていただき、おじゅっさんには予め、「朝食をとってからお越しください」とお願いしていたようです。こうして振り返ってみると、香川県の法事のお作法はずいぶん独特ですね。(苦笑)

 現在、本作の続編となる映画『天使と悪魔』が劇場公開されている。いや、続編といえども、本作でひとまず完結してはいたのだろうが、シリーズとしての作品の雰囲気を味わうために、DVDで鑑賞してみることにした。本作が劇場公開されていた当時、あれほど世間で騒がれていたというのに本作を鑑賞しなかったのは、おそらく私の中に、時代に流されて自分の価値観を見失ってなるものかという妙な意地があったからだと思う。それならば、映画『天使と悪魔』が劇場公開されている現在、本作を鑑賞しようと思い立ったのは、とうとう時代に流される覚悟ができたのかというと、そういうわけでもない。本作が劇場公開されていた当時よりも、現在のほうが、映画『天使と悪魔』に対して、より冷静な立場で鑑賞できると思ったからである。

 本編が始まっていきなり、「あっ、あのピラミッドはルーヴルだ!」と思った。去年の夏休み、私はガンモと一緒にパリとロンドンを旅行したが、そのときはかの有名なルーヴル美術館には足を運ばなかった。しかし、実は私はおよそ二十年前の独身の頃、ツアーでヨーロッパ五カ国を訪れたとき、ルーヴル美術館にも足を運んでいた。ルーヴル美術館の入口のピラミッドは、当時からの象徴だったのだ。自分の記憶の中にある象徴的なピラミッドと映画の中の映像が重なるのは、心ときめくものである。

 そのルーヴル美術館の館長が、ルーヴル美術館内で暗号を遺して遺体で見付かった。これは大事件である。その日、館長と会うことになっていたトム・ハンクス演じるハーヴァード大学のラングドン教授が現場に呼ばれる。フランス司法警察は、ラングドン教授に助言を求める名目で、実は容疑者として狙いを定めていたのだ。そこに居合わせたのが、映画『アメリ』のオドレイ・ドトゥ演じる暗号解読官ソフィーである。ソフィーは、ラングドン教授がフランス司法警察に疑いをかけれていることを察知し、ラングドン教授をフランス司法警察から引き離すことに手を貸す。そこから二人の大冒険が始まった。

 本作は、上映時間が一四九分とかなり長い。私は休日の夜に鑑賞を始めたのだが、途中で眠くなってしまい、鑑賞を翌日まで持ち越してしまった。途中で眠くなってしまったのは、あくまで私の日常の起床時間が早いせいであって、決して退屈な映画だったというわけではない。ストーリーとしては、さすが超大作ミステリーと言われているだけあって、実に良くできていると思う。一体どこからこのような発想が生まれるのか、知りたいものである。

 気になる展開としては、秘密結社のような存在が、ルーヴル美術館の館長とラングドン教授、それからソフィーに関わって行くのだが、それが美術品をめぐって命を掛けた争いにまで発展するというわけだ。つまり、宗教と美術品を絡めた大冒険と言っても過言ではない。私はこちら方面にはまったく疎いのだが、それでもアドベンチャーものとして十分楽しめる作品であった。おそらく、こちら方面に興味のある人が鑑賞されたなら、もっともっと楽しめるのではないだろうか。

 この手の作品にあまり多くの説明も感想も不要である。鑑賞する人は、ただスクリーンに身を預ければ良い。それだけだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作を鑑賞したのは、現在公開されている映画『天使と悪魔』の予習としての意味合いを持っていました。しかし、肝心の映画『天使と悪魔』はまだ鑑賞していません。(苦笑)「超大作」なので、鑑賞するにはそれなりに気合が必要なようです。レイトショーで鑑賞するのが割安ですが、そうなると眠くなってしまうので、躊躇している状態です。でも、確実に鑑賞する予定ですので、鑑賞したらまたレビューを書かせていただきたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.06.09

一周忌(3)

一周忌(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。とにかく、義父が元気になっているのに驚きましたね。義母が亡くなった頃は、歩くのもおぼつかなくて、車椅子に乗って葬儀に参列していたほどだったのです。今になって思えば、精神的なショックが大きかったのかもしれません。元気になった義父は何と、三十数年振りに煙草を吸い始めたようです。そのため、義弟は、義父が元気になり過ぎたことに苦笑していました。

 四十九日まで毎週行われていた週命日の法要では、参列者にお経の本が配られ、おじゅっさんと一緒にお経を唱えるといった方式が取られていた。しかし、四十九日の法要と今回の一周忌の法要は、参列者にお経の本は配られず、週命日のときに唱えていたお経とはまったく異なるお経がおじゅっさんによって唱えられた。お経のわからない私たちは、頭を下げてお経に耳を傾けるしかなかった。

 途中で休憩が入ると、義妹と私は素早く立ち上がり、まずはおじゅっさん、そして参列してくださった人たちに次々にお茶とお茶菓子をお出した。台所への出入口に近いところに座っていた義妹がいち早く対応してくれたので、滞りなくお茶とお茶菓子をお出しすることができた。休憩が終わると、再びお経が唱えられ、無事に一周忌の法要を終えた。

 私たちは予定通り、おじゅっさんたちが帰り支度を整えるまでのわずかの間に、親戚の方たちからいただいたお供えを下げて、三つの袋に分けて詰めた。義弟はおじゅっさんたちに、お膳代とお包みをお渡しした。いつもながらこの瞬間が、おじゅっさんと私たちが最も緊張する一瞬だ。

 おじゅっさんたちにお供えを詰めた袋を手渡して見送ると、仕出しの業者さんが来てくださり、座敷にお膳を並べる準備を始めてくださった。参列者の方たちは、その間に歩いて義母のお墓に出向いてくださったので、これまで座敷にいた人たちの居場所がなくなるということはなかった。

 私は、仕出しの業者さんから受け取った天つゆとお汁をコンロで温めた。そして温めたお汁を、仕出し業者さんが用意してくださった汁椀に一つ一つ装い、義妹たちと手分けして参列者の方たちのお膳の上に並べた。

 参列してくださった方たちがお墓から帰って来ると、座敷でお膳を囲んで会食した。喪主の義父に代わり、長男のガンモがあいさつをした。ガンモは参列のお礼とともに、神戸からインフルエンザを持って来たと言って、笑いを取っていた。平日であるにもかかわらず、こうして義母のために多くの人たちが集まってくださったことに深く感謝した。

 授業を抜け出して来たという義妹の小学生の子供たちに(義妹は、前夫との間に生まれた二人の子供とともに義弟と再婚した。義弟は初婚だが、子供たちは義弟にとても良くなついている)、
「今日は、お友達が給食のパンを持って来てくれるの?」
と尋ねると、義妹が、
「最近は、そういうことがないんですよ」
と答えた。私たちの子供時代は、学校を休むと、友達が給食のパンを届けてくれたものだった。しかし、最近の小学校には、そのような風習はないのだという。やはり、食品衛生上のことなのだろうか。また、小学校の給食で楽しみの一つだった揚げパンのメニューも、今はないそうだ。

 静かにお膳を突付く大人たちに対し、これを言ってはいけないというフィルタを持たない子供たちは、正直に、そしてにぎやかにお膳を突付いていた。彼らのおかげで、静かな場がいつも和んでいた。

 お膳は、食べ残したものを持ち帰ることができるようになっていたので、食べ切れなかったものがある参列者の方たちは、家族で一つのお膳にまとめ、紙製の風呂敷に包んでいた。そろそろ帰り支度を始める人たちが出て来たので、私たちは小分けしたお供えの袋と商品券を用意して、玄関で待機した。そして、それらの品を一人一人に手渡しながらお礼を言ってお見送りした。

 私の実家の母は、親戚の人たちと花の話で盛り上がり、このあと花をもらって帰るのだと言っていた。実は、今回の法要に、母が実家の庭に咲いていた花を持参してくれた。その花をひとたび花瓶に飾ったあと、その花を欲しいという親戚の人たちに分けてあげたのだ。そこから、自宅の庭に咲いている花の話で盛り上がったらしい。

 ひとまず、私の実家の両親を玄関で見送ったのだが、そのあと、母が用意してくれた手作りのおかずや野菜ジュースを受け取り、カングーに積み込んだ。母は私と違って料理が得意なので、手作りの料理をクーラーボックスに入れ、わざわざ届けてくれたのだ。私はそれらをありがたく頂戴した。両親は、親戚の人が花を持って来てくれるのをしばらく外で待つと言った。私は両親を見送りたかったが、両親は、私にまだ法事の片付けが残っていることを気遣って、
「早く片付けに戻りなさい」
と言ってくれた。そこで私は泣く泣く、両親をそのままにして、ガンモの実家に戻った。片付けがひと段落ついたので、もう一度外に出てみると、両親の車は、そこにはもうなかった。

 ガンモは疲れが出たのか、二階で休んでいた。私も寝不足のまま活動していたので、ガンモと一緒に休みたかったが、なかなかそうも行かなかった。義弟が仕出し業者の方に連絡をして、後片付けに来てくださるようにお願いをしてくれていたのだが、忙しい時間帯だったのか、仕出し業者の方はなかなか現れなかった。仕出し業者の方たちが来てくださるまでの間も、義弟は湯飲みを片付けたり、座布団をしまったりと、忙しく動き回っていたようだ。

 ようやく仕出し業者の方が後片付けに来てくださり、私も少し手伝いながら、すべてのお膳を座敷から運び出した。ようやくこれで、すべての予定が終わった。義弟のおかげで、一周忌の法要を無事に終えることができたのだ。

 台所には、今回の法要を円滑に進めるために、義弟が書いたメモが貼り付けられていた。そのメモは、四十九日の法要のときに、親戚の方たちから聞いた内容をまとめたものだという。今回、義弟は、そのときのことを思い出しながら準備を進めたそうだ。私は、何度も何度も義弟にお礼を言った。私たちにしてみれば、「何かできることがあったら言ってね」というレベルの関わり方に過ぎなかった。しかし、このようなメモを残していた義弟は、最初から最後まで、全体を見通していたのだ。一周忌の法要に全体として関わるか、一部として関わるか、義弟と私たちの姿勢の違いを大きく見せつけられた。

 片付けも終わったので、私たちは帰路につくことにした。ガンモは少し眠って元気を取り戻したようだったが、私は寝不足のままカングーに乗り込んだ。
「帰り道、カングーの中で寝てもいいよね?」
とガンモに確認してみると、
「それはダメ」
と言う。ガンモは、運転中に私が横で眠ると、一緒に眠くなってしまうらしい。そのため、私はどんなに眠くても起きていなければならなかった。だから私は、自家用車で遠出をするのがあまり好きではない。公共機関ならば、移動中に自分の好きなことができるのだが、自家用車での移動は眠ることができないので、余計に疲れが溜まってしまうのだ。

 途中で何度か休憩を入れながら、私たちの乗ったカングーは何とか自宅にたどり着いた。寝不足だった私は、ほとんどベッドになだれ込んだ。こうして、大きな行事が無事に終わったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一周忌の法要が終わり、ほっと一息ついているところです。準備を進めてくれていた義弟には本当に世話になりました。次回は来年の三回忌です。一周忌の次は三回忌なんですよね。(苦笑)肉腫と闘っていた義母の死は、壮絶なものではありましたが、こうして遺された私たちに、親戚同士の交流などの大切なチャンスを与えてくれています。それらは決して天秤にかけて比べることはできませんが、私にとってはとても貴重な体験です。

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2009.06.08

一周忌(2)

一周忌(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 予想通り、記事が長くなってしまいそうなので、タイトルを変更しました。最初のうちは、前編、後編でまとめるつもりで書き始めるのですが、思い出しながら書いていると、どうしてもまとまり切らなくなってしまうのです。(苦笑)やはり、時間の進め方が、他の方たちよりもゆっくりなのかもしれませんね。

 近所の人が犬を飼い始めたらしく、どういうわけか、その犬が夜通し奇妙な吠え方をして、私たちの心地良い睡眠を妨げた。もしかすると酔っ払っているのではないか、あるいは虐待されているのではないかとも思えるような、とても奇妙な吠え方だった。しかし、夜が明けても同じ吠え方を続けていたので、どうやらその独特の吠え方は、その犬の特徴だったらしい。深夜に就寝したにもかかわらず、夜もぐっすり眠れなかったので、私たちはすっかり寝不足に陥っていた。

 とは言え、私は六時前に目が覚めたので、「ガンまる日記」を書き上げたあと、愛媛の実家に電話を掛けた。私の実家からガンモの実家までは、高速道路を使っておよそ一時間余りのところにある。私の実家の両親は、いつも早めに行動する傾向にあるので、「(一周忌の法要は)十時からだから、ゆっくり来てもらっていいからね」と伝えておいた。

 夜中の運転で疲れ切っていたのか、ガンモはまだ寝ていた。階下からは、義父が起きて活動している音が聞こえて来る。保健施設でお世話になる前までの義父は、お昼頃まで寝ていることもあったというのに、規則正しい生活を送るということは、ここまで人を元気にしてくれるのかと驚いた。かつてのように炊飯器のお米を自分でお茶碗に盛り、宅配の介護食弁当のおかずで朝食を済ませたようだ。

 間もなく、義弟がやって来たので、私は今回の一周忌の準備に対する心からのお礼を言った。義弟が何から何まで準備を整えてくれていたので、これ以上、もう何も準備することがないと思っていたのだが、義弟は到着するや、玄関を箒で掃き始めた。これから参列してくださる方たちをお迎えするので、玄関をきれいに掃除しておきたかったようだ。私は普段、こうしたことから遠ざかっているため、いざというときにアバウトな感覚のまま通り過ぎてしまうのだと反省した。そうこうしているうちに、私の実家の両親が到着した。まだ八時過ぎだったので、中に入って待ってもらった。

 法要には、地域や宗派に従ったしきたりがある。私は、四十九日の法要の手順を思い出しながら、義弟とその日の流れについておおまかな打ち合わせをした。ガンモの実家周辺では、参列してくださる親戚の方たちからいただいている果物やお菓子などのお供えを袋に小分けして、法要の帰りにお渡しするのがしきたりとなっている。また、その袋を一部の近所の方たちにもお配りするそうだ。いただいているお供えはもちろん、法要の間は仏壇の近くにお供えしておく。

 更に、親戚の方たちにはお昼ご飯としてお膳をお出しするが、おじゅっさん(お坊さん)にはお膳の代わりにお膳代を現金でお渡しするので、お膳を召し上がらずに先にお帰りになるおじゅっさんたちのために、法要が終わった直後に急いでお供えを下げて、おじゅさんたちの分だけ袋に小分けする必要がある。四十九日と同様、三人のおじゅっさんが来てくださることになっていたので、おじゅっさんがお帰りになるまでに三人分のお供えの小分け袋を超特急で作らなければならない。

 他にも、仏壇にお供えした大きなおもちを包丁で切って、参列してくださる方たちにお分けするというしきたりもあった。そして、それらのお供えやおもちと商品券を、参列してくださった方たちが帰宅されるときに一人一人にお渡しすることになっていた。

 また、法要が終わる十一時半頃になると、仕出し業者の方が来てくださり、お膳の用意をしてくださることになっていた。お膳の用意ができると、仕出し業者の方が用意してくださったお汁をコンロで温めて、参列してくださる方たちにお配りしなければならない。とにかく法要が終わるまでは、しっちゃかめっちゃかになりそうだ。

 参列してくださる方が次々に訪れ、一人目のおじゅっさんもお越しくださった。法要が始まる頃、義妹が子供たちを学校に迎えに行き、子供たちも参列者に加わったので、家の中はにわかににぎやかになった。ところが、いよいよ法要の始まる十時前になっても、二人のおじゅっさんがまだ到着していなかった。これまたガンモの実家のしきたりで、複数のお寺からおじゅっさんにお越しいただくことになっていたのだが、既に到着されているおじゅっさんとは違うお寺のおじゅっさんが、まだ到着されていなかったのだ。義弟がおじゅっさんに電話を掛けてみると、出掛ける直前に来客があったとかで、これからお寺を出られるそうだ。しばらくおじゅっさんの到着を待っていると、間もなく二人のおじゅっさんが到着された。

 義妹と私は、手分けしておじゅっさんたちにお茶をお出しした。義妹と私の間には、去年、四十九日まで毎週の週命日に行われていた法要で培って来た連携プレイの絆がある。とは言え、普段、慣れないことなので、お茶をお出しするタイミングは推し量れても、下げるタイミングを量るのは難しい。それでも、湯のみがたくさんあるわけではないので、一度お出ししたお茶を半ば強引に下げたあと、洗って乾拭きし、再び次のタイミングにお茶をお出ししなければならない。法要には途中休憩があるので、そのときにはおじゅっさんだけでなく、参列してくださっている方たち全員にお茶とお茶菓子をお出しすることになっていた。

 私は、頭の中で今後のシナリオを組み立てながら、自分自身も法要に参列するため、座敷へと移動した。もちろん、手には秘密兵器の正座椅子を携えていた。こうして、義母の一周忌の法要が始まったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こうした「おもてなし」は、そう何度も経験することではないので、しきたりに従うほうがスムーズにことが運ぶのかもしれません。かつて、しきたりや風習に反発していた時期もありましたが、いざ自分たちがこのような立場に回ると、しきたりや風習の存在がマニュアルのようでありがたかったりします。しきたりや風習に反発していた若かりし頃は、しきたりや風習に心を入れる術を知らなかっただけなのかもしれません。

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2009.06.07

一周忌(1)

映画『余命1ヶ月の花嫁』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。医学が発達しているのに、いまだなお、がんを治療することができないのは、(注:私にとっての「治療」とは、元の状態に戻すことであり、がん細胞のある臓器やその周辺を切除したりすることではありません。がん細胞のある臓器やその周辺を切除したりするのは、「治療」ではなく「回避策」に過ぎないと思っています)現代人に対して何か大きなメッセージを含んでいるような気がしてなりません。そのメッセージとは、「もっと自然に目を向けよ」ということではないかと思うのです。以前、ゲルソン療法に思うことという記事を書きました。これは、当時、抗がん剤を使っての闘病生活を送っていた義母のことを思いながら、西洋医学を中心とした現代の医療に反発する気持ちから書いたものです。ゲルソン療法により、がんを治療できるのだとしたら、がんというものは、人工的なものとの関わりの深さを示す象徴ではないかと感じています。更に、ゲルソン療法が主に新鮮な野菜ジュースの摂取を推奨していることから、生野菜の中に含まれている酵素が常に私たちの身体に足りていることが、病気を寄せ付けないための秘訣なのかもしれないと思い始めています。もちろん、まだ、確信はありませんが。

 五月第四週の水曜日は、ちょうど一年前に亡くなった義母の一周忌の法要の日だった。折しも、兵庫県内では新型インフルエンザの感染拡大が確認されていたので、私たちは帰省すべきかどうか、しばらく迷っていた。私としては一周忌に足を運んでくださる方たちにマスクを配布してでも帰省したかったのだが、足を運んでくださる方たちの中にはお年寄りが多いため、ガンモは思いのほか慎重になっていた。私たちが兵庫県から新型インフルエンザのウィルスを運んでお年寄りたちに感染させてはいけないと、帰省することに対し、消極的な姿勢を見せていたのだ。しかし、ほどなくして新型インフルエンザ騒ぎもひとまず落ち着き、兵庫県内のマスク着用率も次第に下がって来たので、私たちは思い切って帰省することにしたのである。

 一周忌の法要が平日になってしまったのは、おじゅっさん(お坊さん)や参列してくださる方たちの都合によるものだ。平日にもかかわらず、四十九日に参列してくださった方たち全員が集まってくださることになっていた。もちろん、その中には私の実家の両親も含まれていた。

 喪主である義父は、しばらく保健施設で療養していたおかげで、元気になって自宅に帰って来ていた。とは言え、高齢の義父が法要の準備を整えられるはずもなく、今回も四十九日の法要と同様、地元に住んでいる義弟が忙しく動き回ってくれていた。私たちにも何か協力できることはあったはずなのだが、男の兄弟同士は互いに遠慮してしまうのか、今回は義弟とあまり密に連絡を取り合わないまま、法要の前日を迎えてしまった。

 火曜日の夜、私たちは仕事を終えたあといったん帰宅し、支度を整えて、香川県にあるガンモの実家までカングーを走らせた。と言っても、運転免許を持っているのはガンモだけなので、カングーを走らせたのはガンモということになる。

 我が家からガンモの実家までは、高速道路を集中して走っておよそ三時間半掛かる。仕事を終えてからの移動となったため、ガンモはかなり疲れているようだった。途中でとうとう「眠い!」と言い始めたので、岡山に入ってすぐのサービスエリアでしばらく休むことにした。

 ガンモはサービスエリアで少し休憩を取り、元気を取り戻した。岡山まで来れば、ガンモの実家までは瀬戸大橋を渡ってすぐである。既に〇時を回っていたが、到着まであと一時間といったところだろうか。そこから再びカングーを走らせ、瀬戸大橋を渡り、ガンモの実家に到着したのは午前一時過ぎのことだった。さすがに五時起き生活をしている私も眠くてたまらなかったが、ガンモの実家に到着してすぐに就寝というわけにもいかないだろうと思っていた。何故なら、一周忌の法要は、翌朝の午前十時から行われる予定だったからだ。

 夜も遅かったので、義父は既に就寝していたようだった。私たちは、義母の仏壇にあいさつをするため、座敷の戸を開けた。すると、座敷には既に座布団がきれいに並べられていた。義母に帰宅のあいさつをしたあと、台所に足を運んでみると、法要のときにおじゅっさんや参列してくださる方たちにお出しする湯飲みなどもすべて出揃っていた。しかも、ちゃんとお茶まで買って用意してくれている。もちろん、法要のあとのお膳の手配もしてくれていたようだった。ああ、何ということだろう。私たちが新型インフルエンザ騒ぎなどで妙な遠慮をしているうちに、義弟が義母の一周忌のためのすべての準備を整えていてくれたのだ。私たちは、何から何まで準備を整えていてくれた義弟に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そして、やがてその申し訳ない気持ちを感謝の気持ちに変えて、翌朝に備え、布団を敷いて眠りについた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモも私も、十代の頃から親元を離れて生活し、それぞれの弟が、結婚して地元に残っているという状況がとても良く似ています。義母が入院していたときも、義弟は義母の入院していた病院と、糖尿病を患っている義父のいる実家を行ったり来たりしながら、更には、自宅と職場の間も行ったり来たりしていました。実家から物理的に離れたところで暮らしている私たちは、とにかく義弟には世話になりっぱなしの状況なのです。(苦笑)

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2009.06.06

映画『余命1ヶ月の花嫁』

フレンチ−フレンチ尼崎の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモに、「またフレンチ−フレンチに顔を出すの?」と尋ねてみると、「わからない」と答えていました。(苦笑)出掛けて行った時間帯も遅かったので、もう少し早く出掛けていれば、もっと積極的に行動できたかもしれませんね。

 この映画は、乳がんにより、わずか二十四歳で短い生涯を閉じた長島千恵さんの闘病生活と、恋人赤須太郎さんとの愛の記録である。ご存知のように、私はテレビをまったくと言っていいほど見ていないので、この映画がTBSにより放送されたドキュメンタリー番組に基づいて製作されているということを知らなかった。実際の千恵さんの映像も、太郎さんの映像も目にすることのないまま、単に映画館で観た予告編だけの情報から、ガンモと一緒にこの映画を鑑賞することにしたのである。この映画を鑑賞したのは確か、神戸市でインフルエンザの国内感染が確認された日のことだった。

 乳がんについて語ろうと思えば、実に様々なことが頭に浮かんで来る。というのも、私の周りにも、実際に乳がんの手術を受けた人たちが何人かいるからだ。千恵さんのように、若い頃に乳がんが見付かり、早期発見だったために助かった友人もいる。しかし、中には亡くなってしまった知人もいる。この映画を見ると、まずは乳がんについて考え、更には、例えどれほど医学が発達したとしても、がんによる死を回避できないことへのやるせなさを感じずにはいられない。

 とりわけ、乳がんに関して言えることは、早期発見が重要だということだ。若かった千恵さんは、胸にしこりがあるのを自分自身で発見したものの、病院に行かずに一ヶ月ほど放置してしまったため、その間に若かった千恵さんの身体の中でがんがどんどん進行してしまったらしい。この映画には、乳がんの早期発見が大切であるという千恵さんからの強いメッセージが込められているのだ。

 とは言え、乳がんはしこりだけで発見できるものでもないらしい。先日、私の健康診断結果でも、良性石灰化が見付かったが、時には石灰化した中にがん細胞が潜んでいる場合もあるらしく、しこりがないのでわかりにくいそうだ。それでも、石灰化した中にがん細胞が潜んでいる場合は、乳がんのごく初期の段階なので、救いはあるそうだ。すなわち、しこりがあるにしろないにしろ、定期的な検診を心掛けることが大切だというわけだ。

 さて、映画を鑑賞する前に、私たちは映画サイトで既に鑑賞された方たちによる評価を参照して出掛けた。驚いたことに、非常に多くの人たちに鑑賞されている作品であるにもかかわらず、評価がそれほど高くなかった。鑑賞中、評価の高くない理由を知りたくて、あれこれ模索していたのだが、どうやらこの作品を取り巻く背景として、様々な憶測が飛び交っていることが原因らしい。そうした憶測が邪魔をして、この作品に関してあまり良い印象を抱いていない人たちがいるようなのだ。

 確かに私も一つだけ気になる点があった。それは、千恵さんが亡くなるシーンがあまりにもあっけなかったことだ。中にはそのシーンを見て、死はもっと壮絶なものだとコメントしている人もいた。確かにそうなのだが、それについてはガンモが解明してくれた。

 ガンモは去年、肉腫で母を亡くしている。そのとき、私も義母の壮絶な闘病生活のほんの一部を見守った。だから、死が決して美しいものではないことも知っているつもりだ。しかし、その詳細については「ガンまる日記」に書けないでいる。何故、書けないのかは、皆さんで想像して欲しい。おそらく、身近な人の死がそれぞれにとって特別なものであるということもあるのだが、苦しみ抜いた故人の姿を世の中にさらしたくないという気持ちが最も強いように思う。ガンモ曰く、この映画の製作に関しては、千恵さんのご遺族の方たちにも承認を得ているはずなので、千恵さんが苦しみ抜いた姿を映像にして欲しくなかったのではないかと推測していた。確かに私もその通りだと思う。

 だから、製作側のそうした配慮を、映画としての表現力が欠けていると非難すべきではないと思うのだ。映画としての表現力が欠けているのではなく、映画を製作した側が、千恵さんのご遺族と良好な関係を結んでいると感じるべきなのではないだろうか。

 実際に闘病生活を送っている人が身近にいる(いた)場合、千恵さんと過ごす時間を少しでも多く取るために、わざわざ病院に寝泊りして、病院から仕事に出掛けて行く太郎さんの姿に心を打たれるだろう。きっと、病院からの出勤は距離的にも遠かったはずで、睡眠時間や入浴、食事などにも不便を感じたはずなのだ。それでも太郎さんは、千恵さんと一緒に過ごす時間を優先させた。太郎さんは、究極的な状況にあるときに、何が一番大切なことであるのかを的確に判断できる人だったのだろう。妙な遠慮が働いて行動が制限されるときは、あたかも他の人の都合を考えているようでいて、実は自分自身の都合を考えていることが多い。しかし、的確な時期に一線を越えた太郎さんは違ったのだ。

 そういう献身的な態度が千恵さんのお父さまにも通じているのだろう。太郎さんと千恵さんのお父さまは、今でも良好な関係を保っていらっしゃるそうだ。本当の家族になるということは、的確なところで一線を越えることだということを、この映画を通して太郎さんが教えてくれているように思う。

 事実を基にして製作された作品であるがゆえに、映画としての脚色はないが、脚色がないだけに、千恵さんが多くの人たちに支えられていたことがますます浮き彫りになって来る。例え、千恵さんと太郎さんが短い付き合いだったとしても、二人の交際はいつまでも心に残る、とても中身の濃いものだったことがうかがえる。もしかしたら二人は、短い間に、一生分の恋をしたのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実はこの映画を鑑賞する直前に、私の小・中学生時代の後輩が、三年半ほど前に乳がんで亡くなっていたことを友人から聞き、ショックを受けていました。後輩は何と、千恵さんとは正反対で、乳がんが発覚してから離婚させられたのだそうです。その事実を聞いて、何だか胸がいっぱいになっていました。愛のある結婚がいかに大切であるかを思い知らされる出来事です。千恵さんは、たくさんの愛に包まれていました。そのことだけでも救いだったように思います。

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2009.06.05

フレンチ-フレンチ尼崎

日本男児の仲間入りの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。調子に乗って(?)、カングーカテゴリを新たに追加してみました。(苦笑)さて、今回もカングーの話題にお付き合いください。

 フレンチ-フレンチというフランス車愛好家たちのオフが全国で開催されている。カングーを洗車した翌日、カルフール尼崎店の屋上駐車場の一角でフレンチ-フレンチのオフが開催されることになっていた。(注:カルフールはフランス生まれのスーパーだが、日本では現在、イーオングループが運営している)

 オフというと、趣味などを中心とした仲間たちがオンラインではなくオフラインで実際に顔を付き合わせてコミュニケーションを取るというものだが、私たちはこれまで、互いの共通の趣味であるクラシックカメラ愛好家のオフくらいにしか参加したことがなかった。ガンモは私をフレンチ-フレンチのオフに誘ったものの、私自身はフランス車についてまったくと言っていいほど詳しくなかったし、ガンモが見ているというフレンチ-フレンチの公式サイトも良く知らなかった。そのため私は最初のうち、ダダをこねて「行かない」と主張していたのだが、当日になるとガンモに半ば強制連行されてしまった。

 ところが、この頃、兵庫県下では新型インフルエンザの感染が拡大している状況にあり、何組かのアーチストもコンサートを中止したり延期したりする事態が発生していた。そのため、この日のフレンチ-フレンチのオフも自粛することが決定されていたらしい。とは言え、公には行わないと宣言されているものの、オフを楽しみにしていた人たちがそれとなくカルフール尼崎店の屋上駐車場に集まって来るだろうとガンモは言った。

 公式にはオフが開催されないことがわかっていたので、私たちはゆっくり家を出た。お昼前にカルフール尼崎店に着き、屋上駐車場に出向いてみると、確かに何台ものフランス車が集まっていた。何も事情を知らない人たちからすれば、少々異様な光景だったかもしれない。ガンモは、既に三台停まっていた青カングー、黄カングー、赤カングーに並べて駐車した。カングーの中から様子をうかがっていると、オフに参加された方たちが互いに何かを語り合っているのが見えた。しかし、まだ何の接点も持っていない私たちは、勝手がわからず、オロオロしていた。

四台並んだカングー

 ガンモはやがてカングーの外に降りた。ガンモがフレンチ-フレンチのオフに参加しようと思い立ったのは、カングー仲間を見付けて情報交換したかったからのようだ。しかし、内気なガンモが積極的に誰かに話し掛けられるはずがない。外に出たガンモは、一人で周辺をウロウロするに留まっていた。私もカングーの外に出たが、駐車場の端のほうにあるコンクリートの上に腰掛けて、オフの様子を遠めに眺めていた。

 「受付があるみたいだけど、まあ、いいか」
と、偵察を終えたガンモが私のところにやって来て言った。そして、四台並んだカングーを満足そうに眺めながら、私の隣に腰を降ろした。すると、カングーの所有者の方たちだと思うのだが、男性が二人、話をしながら私たちのカングーに近づいて来た。どうやら私たちのカングーについて何か話をしているようである。私たちは、その様子をカングーから離れた場所でじっと見守っていた。その段階でカングーに戻れば、その人たちとの会話が成り立ったかもしれないのに、消極的な私たちは、その様子を見守るに留まった。

 私は、フランス車の停まっている駐車場の周辺を少し歩いてみた。すると、シトロエンの集団がいた。

シトロエンの集団

 単体でシトロエンを見ることはあっても、シトロエンばかりが集まっているというのは、何とも不思議な光景である。他にも、珍しい車が何台か停車していたのだが、写真は撮らなかった。結局、内気な私たちは、誰とも話をすることなく、カルフール尼崎店で買い物をしておとなしく帰宅した。

 若い頃は、同じ趣味同士の仲間であれば、見知らぬ人たちと知り合うことに関して、今よりももっともっと貪欲だった。独身だった頃の私は常に名刺を携え、互いに自分が何者であるかを示しながら新たな出会いを受け入れていた。それは、クラシックカメラという特殊な世界に限定された出会いだったからだろう。クラシックカメラを首からぶら下げて歩いているだけでも、その筋の人とはコミュニケーションが成立したものだった。相手がその筋に詳しい人かどうかは、ちょっと話してみればすぐにわかる。そこで相手を信頼することができれば、私は初対面の相手であっても名刺を手渡していた。今になって思えば、当時は個人情報が悪用されるかもしれないなどという心配はまったくなかったのだ。

 当時と現代の違いは、やはり情報量の違いだろうか。今は情報過多の時代だからこそ、これまで出会って来たたくさんの人たちとの交流を守ろうと思えば、新たな出会いに対して慎重にもなってしまう。更に、若い頃のコミュニケーションは、一対一の交流がいくつも成り立っていたが、現代は多対多のコミュニケーションがいくつも成り立っているようにも思う。かつては一人一人に呼び掛けていたはずのインターネット上の交流も、情報過多の現代にあっては、一人一人の名前を呼び掛けてくれる人が実に少ない。名前を呼び掛けながら交流することが少なくなって来ているため、人々は繋がっているように見えても、実際は繋がっていないのだ。だから今回のオフのように、オフに参加している人たちをコソコソと遠めに眺めるなどというかっこ悪いことも実現できてしまう。私たちはつまり、多対多のコミュニケーションの中に自らの身を埋めてしまったというわけだ。しかし、そのようなコミュニケーションは決して責められるべきものではなく、情報過多の現代を効率良く生きていくための工夫であると言えるのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かつて私たちが参加していたクラシックカメラ愛好家のオフは、パソコン通信上やインターネット上の会議室(掲示板)での交流が成り立っていたので、互いに名乗り易かったと言えます。しかし、今回参加したフレンチ-フレンチは、オフに参加されている方たちの相互交流の場がないので、最初から名乗りにくかったというのもありますね。(苦笑)実際、お話をされていた方たちは、互いに名乗り合ったりしていたのでしょうか。オフに参加すると決まったとき、私はガンモに、「『ガンまる』の名刺を作らなきゃいけないんじゃないの?」などと言いました。しかし、最近のオフで、名刺を配っている人はいるのでしょうか。もしかすると、互いの名前を明かすことなく、単に顔見知りになるというだけの交流が成り立っているのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.06.04

日本男児の仲間入り

映画『ハンコック』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。エールフランスの墜落事故の続報が気になって、インターネットのニュースサイトを度々閲覧しているのですが、世の中では本当にいろいろなことが同時に起こっているのですね。大きな事件が発生しても、すぐに別の大きなニュースに塗り替えられてしまいます。まるで私のメールボックスのようであります。(苦笑)情報過多の世の中ではありますが、大切なことが過剰な情報に埋もれてしまわないように気をつけなければなりませんね。

 若かりし頃のガンモは、自家用車を所有することができてうれしかったのだろうか。当時のガンモはしばしば洗車をしていたらしい。しかし、神戸大震災時の水不足をきっかけに洗車をしなくなり、そのまま十五年近く過ぎてしまったのだそうだ。かつての愛車だった白い三十万円ベンツは、あまりにも洗車をしないので見た目が汚く、私の実家に帰省する度に父が見かねて洗車を担当してくれていた。とはいえ、毎回、父に洗車してもらうのも気が引けるので、確か一度だけ自動洗車機を使用して洗車したことがあったはずだ。

 去年、中古でカングーを購入し、カングー熱が高まっていたガンモは、カングーの洗車をしたいとずっと思っていたようだ。しかし、十五年もの間、本格的な洗車をしないでいると、なかなかきっかけがつかめないものである。ガンモはまず、市内の洗車場をピックアップすることから始めた。

 やがてガンモは、おぼろげな記憶を頼りに、市内の洗車場を探し当てた。ちょうど買い物に出掛けたときに、その洗車場の前を通ったので、ひとまず二人で洗車場を偵察した。夜だったにもかかわらず、その洗車場は混雑していたようだった。そこには自動洗車機が何台かあるほか、自動洗車機を使用したあとに仕上げをするスペースが設けられていた。

 その数日後の五月第四週の土曜日のことである。ガンモが十五年振りに本格的な洗車をするというので、あたりを付けておいた市内の洗車場に同行した。早速カングーを自動洗車機にセットして、お金を入れた。すると、自動洗車機がするすると動き出し、カングーを洗車し始めた。私は子供の頃、実家の自家用車を自動洗車機に掛けるときに、乗車したまま洗車をしてもらったときのことを思い出した。まだ子供だった私にとって、忙しく動き回る自動洗車機はとびきりの非日常を体験させてくれた。

カングーを自動洗車機にセットする

しばらく待つと、水が出て来てカングーをゴシゴシ洗ってくれた

 こうして洗車が終わったので、カングーを退避スペースに移動させて、まずは乾いたタオルでカングーに付着している水分をふき取った。

退避スペースにカングーを移動させて、乾拭きする。
ついでに車内の清掃も行う

 見ると、そこには同じように自家用車を洗車し終えた人たちがたくさん作業していた。

洗車場にいた人たちの様子

 ガンモと結婚して今年で十三年になるが、これまで本格的な洗車をしたことがなかったので、このような光景を目にするのは初めてのことだった。思えば、世の中の多くの男性たちは、好きな女性と同じくらいかどうかはわからないが、自家用車を大切にする。世の中の多くの男性たちにとって、自家用車の手入れをすることはごく当たり前のことなのだ。しかし、結婚してからというもの、私たちは自家用車の手入れのために多くの時間を費やさなかった。私は、目の前に広がる光景を眺めながら、これまで体験することのなかった異空間に迷い込んだような気さえしていた。世の中の多くの男性たちにとって当たり前だったことが、私たちにとってはずっと当たり前ではなかったのだ。

 乾拭きをしたあと、ガンモは時間を掛けてワックスを塗った。自動洗車機には、ワックス掛けの機能も付いていたようなのだが、ガンモは自分の手でワックスを掛けたかったようだ。 

乾拭きのあとはワックスを塗る

 ガンモはワックスの掛け方を忘れていたらしく、恐る恐るカングーにワックスを塗っていた。

天井の上まで塗り残しのないようにする

 洗車場には、使い古したお酒のケースがいくつか置かれていた。どうやら、自家用車の天井に手が届かないときに台として使用するらしい。ガンモはお酒のケースの上に昇り、カングーの天井まで塗り残しのないように念入りにワックスを掛けた。

 そして、ワックスを一通り塗り終えると、今度は塗ったワックスをきれいに拭き取り始めた。その時点で、洗車場に足を運んでからおよそ二時間が経過していた。愛車手入れのデビューを果たし、これでガンモも立派な日本男児の仲間入りをしたわけである。カングーは、ピッカピッカになった。

ワックスを掛けてピッカピッカになったカングー

 欧米の映画作品を鑑賞していると、若者が路上駐車されている車に危害を加えるシーンが当たり前のように出て来る。日本でそのようなことが起ころうものなら、事件になりかねないのだが、欧米と日本には、自家用車に対する意識に違いがあるのかもしれない。一般に日本人男性は、外国人よりも自家用車を大事にすると言われている。しかし、自家用車と同じように、妻を大事にしているという噂はあまり聞かない。私にはむしろ、欧米人のほうが妻を大切にしているようにも見える。日本人は、自家用車に愛情を注ぎ過ぎて、妻にまで意識が回らないのだろうか。そう考えると、ガンモのカングー熱ねもほどほどにして欲しいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 洗車場には、同行した女性の姿も見受けられましたが、夫婦で力を合わせて一緒に洗車に励んでいる人たちもいました。皆さん、洗車に関して実に手馴れたものであります。また、夫が洗車をしている間、お子さんのいらっしゃる若い奥さんはお子さんをあやしたりしていました。大袈裟かもしれませんが、洗車場には、様々なドラマがあるのですね。これまでほとんど足を運ばなかった世界だけに、洗車場で見た光景は、とても新鮮でありました。

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2009.06.03

映画『ハンコック』

良質のおせっかいの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m インターネットで調べてみると、良質のおせっかい、つまり、乳房に見られる石灰化のおよそ七十パーセントは良性なのそうです。また、マンモグラフィーの診断結果をその筋の人が見れば、良性か悪性か、区別はつくのだそうです。だから、これだけ細かい分類がなされていたのですね。次回のI医師の診察のときに、この診断結果を提示して確認してみようと思います。ところで、記事とは関係がありませんが、エールフランスの墜落事故が悲しくてたまりません。行方不明になったと聞いた段階で、どこかに無事に着陸して、救助を待っていて欲しいと切に願っていました。しかし、大西洋で破損した機体が見付かっているとか。私の周りには、旅行好きの人はほとんどいません。だから、こうした飛行機事故もほとんど話題にはなりません。私たちは去年、パリに行くのにエールフランスを利用しました。墜落したのと同じタイプの機体ではありませんでしたが、今回の飛行機事故をとても身近に感じています。乗客や乗員の方たちの近親の方やお友達の気持ちを考えると、胸がいっぱいになります。

 映画のレビューを綴っていると、「この映画が良かったよ!」という内容のメールをいただくことがある。以前、私のホームページの掲示板でしばしば熱く語り合っていたアメリカ在住のmikiさんからメールが届き、この映画を推薦してくださった。正直言って、mikiさんのメールを拝見したときは、「mikiさん、私の映画の好みを本当にわかってくれているのかしら?」と反発したい気持ちになっていた。というのも、この映画は去年の劇場公開中に、鑑賞したい映画として候補に上がることはなかったからである。何故なら、私の中には、「アメリカ映画だから、きっとエンターテイメント性の高い映画に違いない」という先入観があったからだ。とは言え、私だって、これまでにウィル・スミス主演の映画の一つくらいは観ている。実際、一つだけの鑑賞なので、あまり胸を張っては言えないのだが、その一つとは、映画『アイ・アム・レジェンド』である。

 本作を推薦してくださったmikiさんは、私が英語学習に力を入れていることをご存知なので、「できれば日本語の字幕なしで見て欲しい」と言われてしまった。mikiさん曰く、それほど難しい英語は登場しないとのことだった。そこで私は、mikiさんの提案通り、日本語の字幕なしで鑑賞を始めてみたのだが、鑑賞の途中でどうにもこうにも眠くなってしまい、いったん鑑賞を中断してしまった。この映画を鑑賞したのが、ちょうど五時起き生活が始まって間もない頃だったので、まだ生活リズムがしっかりと出来上がらず、夜になるとすぐに眠くなってしまっていたのだろう。また、私が普段、英語学習の教材に使っているのは、アメリカ英語ではなくイギリス英語なので、聞き慣れないアメリカ英語に対し、最初から挫折してしまったのかもしれない。いやいや、言い訳のように聞こえるかもしれないが、これまでに国際線の飛行機の中で、日本語の字幕なしでアメリカ映画を鑑賞した実績はあるし、日本語の字幕なしで映画を鑑賞する楽しみも知っているつもりだ。すべての単語を正確に聞き取ることができなくても、足りていない言語の処理能力を映像が補ってくれるのは事実なのだ。しかし私は、この映画をできるだけ正確に理解するために、日を改めて、日本語字幕付きで鑑賞することにしたのである。

 鑑賞を始めて驚いたのは、正義の味方であるはずのハンコックが人々からもてはやされるヒーローではなく、むしろ力を持て余す存在として、人々から敬遠されているということだった。その背景には、強過ぎる力をなかなか加減できないということがある。悪を退治してくれるのはいいのだが、力が強過ぎて、周りの建物や道路までも一緒に壊してしまうのだ。しかし、身体にジェットエンジンでも付いているかのように、ハンコックが突然、空高く舞い上がったとき、私は一瞬にしてこの映画の世界に強く引き込まれた。

 この映画には、いくつかの見どころがある。それは、さきほども書いたハンコックの力加減の調節と、ハンコックの運命的な片割れとの出会いだ。その二つが軸になり、後半はどんどん面白くなって行く。この映画を鑑賞した人ならば、誉め言葉としての"Good job!"を使ってみたくなるはずだ。そう、ハンコックはある出会いをきっかけにして、世の中の人たちに好かれるような存在に変身して行く。

 もう一つの軸となる彼の運命的な片割れとの出会いは、この作品のストーリーがハンコックの矯正に留まるものと思い込んでいた私には、驚きとしか言い様がなかった。運命的な片割れと言うと、互いのパワーを最大限に発揮し、融合させながら一緒に生きて行くスピリチュアルな存在をイメージされる方も多いことだろう。しかし、本作に登場する運命的な片割れは、それとはまるで正反対の存在だった。そう、ちょうど反ツインソウルのような存在なのである。

 ツインソウルが進化すると、互いに自立し、それぞれのパワーを最大限に発揮できるようになる。しかし、本作に登場する運命的な片割れは、二人で一緒には生きられない。つまり、互いの距離が近くなると、「百パーセント」を二人で分け合っているような生き方しかできなくなるのだ。そのため、手を取り合ってともに生きて行くことができない。つまり、「一たす一は一」を、最小限の形で実現している関係というわけだ。一たす一の解が、よりパワーアップした一にはならないところが反ツインソウルなのだ。

 そのため、運命的な片割れを生かしたいがゆえに、ハンコックは彼女から物理的に離れようとする。その姿が、彼女への愛ゆえに必死で行われているように見えて、たまらない気持ちになるのだ。

 良くもまあ、このような運命的な片割れの存在を思い付いたものだと思う。そういう意外性が面白い。別々に生きて行くしかない融合不可能な運命的な片割れなんて、一見すると、悲劇でしかなさそうだ。それでも、彼らの意識はどこかでしっかり繋がっているのだろう。この二人が、これから共存や融合に向けて進化して行くという目標があるならば、このあと、いくらでも続編が作れそうではないか。そういう変化を見届けたい気持ちにさせてくれる、意外な作品だったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 劇場公開中は先入観のために鑑賞しなかったのですが、mikiさんがご紹介してくださったおかげで、この映画を楽しむことができました。mikiさん、どうもありがとう。運命的な片割れは、互いに運命的でありながらも、一緒にはいられない男女の相似形かもしれませんね。それを宿命としてしまわずに、長い長い時間を経て(人間で言えば転生も含めて)融合へと近付いて行く物語が今後も存在すると思えば、想像力が広がって、別の楽しみ方ができるのではないでしょうか。

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2009.06.02

良質のおせっかい

スプリング・ハズ・カム?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。現在は、ドミノシーツと発砲スチロールのシートのほかに、プラスチック製のランチョンマットも敷いてみました。これでしばらく大丈夫のはずです。(苦笑)

 少し前に、五月はじめに受診した健康診断の検査結果が手元に届いた。年を重ねるごとに、届いた健康診断の検査結果を開封するのが怖くなる。そろそろ郵送されて来ることがわかっていたので、私は毎日のようにポストをチェックしてはいたものの、まだ届いていないことがわかると、ホッと胸を撫で下ろしたりしていた。

 ところが実際に手元に届いてみると、開封する以前から、「この中身はきっと悪い知らせではないはずだ」という安心感で満たされたのだから、不思議なものである。慎重に開封してみると、いくつかの指摘事項はあるものの、どれも許容範囲内の指摘事項だった。指摘事項としては、胃部X線検査でポリープが見付かったことと、貧血が認められることなどである。

 胃のポリープは、二、三年ほど前の健康診断の胃部X線検査でポリープの疑いがあると言われたが、去年の検査では見付からなかった。それが再び顕在化したようだ。また、貧血に関しては、ヘモグロビン値が十.三と出ていた。これは、かつてよりも生理の出血量は減ってはいるものの、まだまだ鉄剤なしでは正常値とは言えないということのようだ。とは言え、今よりももっと生理の出血量が多い頃のヘモグロビン値は九.五だったので、鉄剤を服用しなくなってからも、少しは改善されていることになる。

 それでも、この結果を知ってからの私は、鉄分を補給するためのサプリメントを飲み始めた。ヘモグロビン値が十.三程度なら、それほど酷い貧血ではないので、医師から処方していただく鉄剤よりも、サプリメントで鉄分を補うほうが身体に優しいと思ったからだ。

 そしてもう一つ、許容範囲と思える指摘事項があった。それは、乳房検査の結果で、右側の乳房に「良性石灰化」が認められたことだ。

乳房検査の結果

 去年の健康診断では、乳房腫瘤-疑いの診断結果が届き、びくびくしながらI医師のもとを訪れたのだが、結局、胸部エコーに映っていたものは、専門家が見ればまったく差し支えのないものと判断できる程度のものだった。I医師のところでマンモグラフィーの検査を行ったが、怪しいものは何も映ってはいなかったのである。

 ところが、今年の健康診断では、「良性石灰化」だという。そこで、石灰化について調べてみたところ、石灰化の多くは問題のないものがほとんどだが、中にはしこりの確認されない乳がんが潜んでいる場合もあるという。石灰化そのものが、ガン細胞が壊死したものであるとの説明もある。恐ろしいことである。しかし私は、今年の健康診断の結果を見て少し安心した。何故なら、去年と違って、診断結果が細分化されていたからだ。以下が、その分類である。

異常なし
良性腫瘤
良性石灰化
良性しかし悪性を否定できない腫瘤
良性しかし悪性を否定できない石灰化
悪性の疑い腫瘤
悪性の疑い石灰化
悪性腫瘤
悪性石灰化
その他(非対称性陰影)(構築の乱れ)
読影不能N-1 要マンモグラフィ再検
読影不能N-2 マンモグラフィ無効、触診で判断 指導区分
精検不要
要精密検査

 私の診断結果は、上から三番目に記載されている「良性石灰化」である。ということは、他の項目には該当しなかったということだ。ただ、総合所見は「要観察」で、十二ヶ月後に再検査の目安が提示されている。それでも、ひとまず安心してもいいらしい。診断結果をこれほど細かく分類してくださると、健康診断への信頼度が増すというものだ。

 去年は、神戸市内の健康診断指定施設で乳がん検診として胸部エコーの診断を受けたのだが、その施設で行われた診断がいかにアバウトだったかを思い知らされた。おそらく、胸部エコーの結果を的確に読み取ることのできる医師が足りていなかったのだろう。だから、少しでも怪しいものは何でもかんでも専門医のところで再検査を促すような指示を出していたのだ。私のように、そのアバウトな診断結果に震え上がった人たちも多かったことだろうと思う。参考までに、去年届いたアバウトな乳房検診結果通知書は以下の通りである。ご覧の通り、診断結果には何の区分もない。

去年届いた乳房検診結果通知書。こちらで指摘された異常は左胸

 しかし、今年、ホットヨガ梅田店の近くで受けた健康診断は、サービス面の観点から言えば物足りなかったものの、診断結果がこのように細分化されていて、とてもわかりやすく、安心できるものだった。これだけ詳細な診断結果を送付してくださるなら、来年もホットヨガのレッスンとセットにして、同じ病院で健康診断を受けようかと思っている。

 ちなみに、子宮検査の結果は以下の通りだった。こちらは、子宮頸がんの診断結果である。

子宮検査

 こちらも異常なしということで、ホッとしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 健康診断を行う施設によって、診断結果の提示の仕方が大きく異なっていることに驚きを感じました。神戸市内で健康診断を受けた派遣仲間からは、「一週間程度で結果が返って来た」と聞いていたのですが、大阪の指定施設で健康診断を受けた私の場合、診断結果が手元に届くまでに三週間近く掛かりました。それだけ詳細な診断をしてくださっていたのでしょうね。そう言えば、健康診断の乳がん検査でマンモグラフィーの検査を受けられるのは、今回の指定施設が初めてだったように思います。ピンクリボン運動が叫ばれる中にあっても、健康診断でマンモグラフィーの検査を受けられる施設は、まだまだ少ないのかもしれませんね。マンモグラフィーの検査は確かに痛いですが、乳がんの早期発見のためにも、皆さん、積極的に受診してくださいね。市町村などから補助が出る場合もあるようです。

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2009.06.01

スプリング・ハズ・カム?

映画『グラン・トリノ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画もまた、音楽や書籍と同じように、それぞれ好みがありますよね。「映画が好き!」という方でも、私が好んで鑑賞している作品群とは異なるタイプの作品群がお好きな方もいらっしゃることと思います。私が映画に対して期待しているのは、エンターテイメント性ではなく、登場人物の心と心の触れ合いです。映画を通して人間同士の心の交流を見届けたいのですね。そう言えば、以前、同じ職場で机を並べて仕事をしていた派遣仲間に、私と同じようなタイプの作品群を好む人がいました。残念ながら、彼女はずいぶん前に自分の道を進むために退職してしまいましたが、好きなタイプの作品群を好むため、互いに鑑賞した映画の感想を語り合った時間がとても充実していたのを覚えています。彼女なら、映画『グラン・トリノ』についても、私と同じような感想を抱いてくれたかもしれません。

 あるとき、シングルベッドに横になっていると、何やら尖ったものが背中に当たった。
「何、これ?」
と思いながら、手探りで確認してみると、どうやらシングルベッドのスプリングが、ベッドに付属のボックスシーツを突き破って飛び出して来ているようだった。
「危ないよ、これ!」
と私はガンモに言った。

 現在、私たちが愛用しているシングルベッドは、結婚したときに二人で選んで購入したものである。もうすぐ結婚十三周年なので、私たちはこのシングルベッドを丸十三年愛用し続けていることになる。シングルベッドだから、一人で使用していれば、スプリングが飛び出して来るのをもっともっと先延ばしに出来たかもしれない。しかし、結婚してすっかり幸せ太りをしてしまった私たちが二人で一緒に一つのシングルベッドに寝ているのだから、スプリングもとうとう耐えかねて、たまらず飛び出してしまったに違いない。

 私はしばらくの間、スプリングが飛び出しているところに発砲スチロールのシートを敷いてしのいでいた。しかし、軽い発砲スチロールのシートは、私たちが寝返りを打つとずれてしまうため、もっと根本的な対策が必要だった。

 あるとき、仕事が休みだったガンモは、宅配ボックスに入り切らない大きな荷物を宅配業者のところまで取りに行った。私は仕事中にガンモに電話を掛けて、
「飛び出したスプリング対策に、ホームセンターで鉄板でも何でもいいから買って来て」
と頼んでおいた。スプリングが少々飛び出したくらいで、長年愛用し続けたシングルベッドを手放す気にはなれなかった。また、ベッドを入れ替えるのは、かなり大掛かりな作業になってしまうことだろう。それならば、これ以上、スプリングが飛び出して来ないようにガードすれば良いのではないか。私たちはそう思ったのである。

 そしてガンモは、宅配ボックスに入り切らない大きな荷物を受け取った帰りにホームセンターに寄り、ドミノシーツなるものを購入して来てくれた。ドミノシーツは、タイル状にした孟宗竹をビニールの紐で組み上げた木製シーツである。どうやら暑い季節に、布製シーツの替わりに使用するためのものらしい。一つ一つのタイルの間には隙間があるものの、比較的高い確率で、飛び出したスプリングから背中を守ることができそうだ。

ドミノシーツ
(インターネットの通販サイトより画像を拝借。
 複数の通販サイトで同じ画像が使用されていたので、
 メーカ提供の販促用画像と思われる)

 ガンモに、「鉄板でも何でもいいから買って来て」とは頼んだものの、ガンモは、
「まるみは下が固いと、なかなか起き上がれないだろ。亀だから」
と言った。確かに私は、背骨が曲がっているせいか、実家に帰省したときに布団を使用すると、亀のようになかなか起き上がることができない。第二チャクラが弱ってお腹に力が入らないので、起き上がろうとすると余計に苦しいのだ。ガンモは、ホームセンターで厚手のベニヤ板でも買おうと思ったらしいのだが、私が亀であることを思い出して、購入を見送ったという。

 ガンモが買って来てくれたドミノシーツは、飛び出したスプリングから背中を守るには、なかなかの優れものだった。それでも、タイルの隙間からスプリングが飛び出して来る可能性もあるので、私はドミノシーツの上に再び発砲スチロールのシートを敷いておいた。これで完璧とは言えないが、もしも状況が悪化したときには、次なる対策を錬ることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 夏向けのエコ商品として、ひんやり仕様のマットやシーツなどが販売されているようですね。ガンモが購入したドミノシーツも、竹で寝床をひんやりさせるためのものらしいです。クーラーは身体に良くないので、寝具を工夫することで涼しく過ごすことができれば、とてもありがたいことです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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