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2009.06.27

映画『60歳のラブレター』

横恋慕の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。こうした出来事は、注意して観察していなければ見逃してしまいますよね。例えば公園に足を運んだときに、鳩がいたとしましょう。鳩はたいてい番(つがい)で行動していますが、彼らの背景にも様々なドラマがあることを想像することができます。雛が産まれてしばらくは掃除ができないので、我が家のベランダはとても汚くなりますが、それでも、単に汚いという理由だけで、こうした様々なドラマを見せてくれる彼らを追い払う気にはなれないのです。

 本作を鑑賞したのは、今月始めのことだった。鑑賞したきっかけは、しばしば足を運んでいる映画館に設置されていた本作のチラシに惹かれてのことだった。熟年夫婦の愛が描かれた作品ということで、興味を持ったのだ。

 ところが本編が始まってみると、いきなり、映画『象の背中』を鑑賞したときのような、いやあな感覚が私の中を突き抜けた。「ええっ? 定年退職の日に自宅に帰らずに愛人宅へ直行?」その途端、医師からガンの宣告を受けたあと、愛人宅へ直行した映画『象の背中』の主人公に対して感じたのと同じような嫌悪感を抱いてしまったのだ。

 ただ、救いと言えるのかどうかはわからないが、本作で描かれているのは一組の夫婦だけではなかった。愛人宅へ直行した定年退職組のほかには、魚屋を営む熟年夫婦と、妻に先立たれた医師といまどきの翻訳家の熟年カップルがいる。年を重ねて来た登場人物たちが微妙な係わり合いを持ちながら、それぞれの立場でどのような恋を体験しているのかが描かれた作品であると言っていい。

 定年退職カップルを演じているのは、中村雅俊さんと原田美枝子さんである。いつもは自分を持ってしゃきしゃきした役の多い原田美枝子さんが、自分を押し殺し、せっせと夫に仕える良妻賢母の鏡とも言える妻の役を演じている。二人はもともと恋愛結婚ではなく、出世の絡んだ結婚だったようだ。そのため、二人の間に愛は通わず、夫は外で愛人を作るという、私の中では最も嫌悪する夫婦の典型である。愛の通っていない二人は、定年を迎えたことをきっかけに、熟年離婚に踏み切る。

 一方、魚屋を営む熟年夫婦は、普段は平気で互いをけなし合うほど愛をささやき合わないのに、相手がいなくなることを想像しただけで、忘れていた愛をようやく思い出すといった、日本人としては典型的な夫婦と言える。最初のうち、私はこの夫婦に対しても、普段からもっと素直に愛を表現すればいいのに、などと思っていた。しかし、物語が後半に近づくにつれ、本作に登場する三組の中では、この夫婦が最も愛を交わし合っているのではないかと思えて来た。互いにけなし合っているのも、相手の存在を常に意識してのことだった。つまり、無関心ではないということだ。そんなふうに考えると、二人の交わす夫婦の掛け合いがとてつもなく貴重なものに思えて来た。長年連れ添った夫婦でなければ実現できないような見事な掛け合いである。ちなみに、夫の役を演じているのは、イッセー尾形さん、妻の役を演じているのは、ジャズシンガーの綾戸智恵さんである。

 そして、妻に先立たれた医師といまどきの翻訳家の熟年カップルは、まだ始まったばかりの初々しい恋をしている。奥手の医師と、遊び慣れた翻訳家が本当の想いで結ばれることになるのかどうかの瀬戸際に立たされている。医師の娘が二人の間に入り、二人の本当の想いを引き出す役割を担う。例え危機にさらされることになったとしても、男女が本当の想いで結ばれようとするとき、そこには必ずキューピッド役が現れるものだ。奥手の医師を井上順さんが演じ、遊び慣れた翻訳家を戸田恵子さんが演じている。

 本作を鑑賞して痛切に感じたのは、男女の絆の固さというものは、互いに本当の自分をさらけ出しているかどうかに比例しているのではないかということだった。夫婦であるにもかかわらず、自分にとって都合の悪いことは相手に隠してしまったりすると、それだけの絆でしか結ばれない。本当の自分を押し殺して夫に尽くすような妻の態度も、結局は夫婦の本当の絆を築くことを遠ざけているわけである。そうすることで表面的にはうまく行っているように見えても、根本的な部分では互いを許容し合っていないので、決定的な危機を回避することができないのだ。

 欧米人のように、普段から抱擁したりキスを交わしたりする習慣のない日本人は、長年連れ添った相手に愛を表現することが苦手である。だから、失ってしまってから、あるいは失いそうになってから、自分の中にある情熱に気付くことがある。本作が多くの人たちに支持されているのは、長年連れ添った夫婦が見落としがちな愛情表現に対し、手遅れにならないうちに気付かせてくれるからではないだろうか。例えば、熟年離婚してしまった夫婦も、過去を振り返り、二人の間には本当に愛がなかったのかどうかについて、改めて考え始める。その結果、確かにそこには愛があったと気付くことになるのだが、そのきっかけを与えてくれたのは、自分に対する愛人の態度の変化であったり、また、元妻に寄り添っている有名な作家の存在であったりもする。例え愛のようなものがいくつ枝分かれしようとも、愛はただ一つということだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人と人の繋がりが面白い作品でもありました。役名は書きませんでしたので、役者さんの名前で書かせていただきますと、原田美枝子さんは魚屋の熟年夫婦のお店で買い物をしているため、魚屋のご夫婦と面識があります。そんな原田美枝子さんは、離婚後に、翻訳家の戸田恵子さんの家に家政婦として働きに出掛けて行くんですね。そこで戸田恵子さんと意気投合し、戸田恵子さんの生き方に触発され、本当の自分を取り戻すようになるわけです。そして、戸田恵子さんの相手の井上順さんは、魚屋の熟年夫婦の通う病院の医師でもあるわけですね。様々な人間関係が交錯する中で、それぞれが本当の想いにたどり着いて行くという作品でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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