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2009年5月

2009.05.31

映画『グラン・トリノ』

ミルクティーからレモンティーへの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。筋腫がきっかけで始めたことの一つ一つが、今は楽しくてたまりません。一旦、進み過ぎて、戻ろうとするプロセスを楽しんでいるかのようです。最初から健康であれば、あまりにも当たり前過ぎて気付かなかったことを復習しているのかもしれません。

 この映画は、ゴールデンウィーク最終日のレディースデーに、自宅近くの大型映画館で鑑賞した作品である。その数日前には、映画サービスデーを利用して、同じ映画館で一日中映画館を実践しているというのに、うっかりこの作品を鑑賞スケジュールに組み込むのを忘れてしまったため、慌てて鑑賞したわけである。

 クリント・イーストウッドの監督及び主演作品ということで、この映画が劇場公開されるずっと以前から、予告編を観て気になってはいた。しかし、正直言って、この映画が何をテーマにした作品なのか、予告編を観ただけでは良くわからなかった。印象に残っているのは、クリント・イーストウッドが銃を構えているシーンと、手で銃の形を作って銃を撃つ真似をするシーンだ。予告編の中に、「どうしてこんな傑作を次々に生み出せるのかわからない」といったコメントが寄せられていたが、鑑賞してみると、まさしくそのコメント通りの逸品だった。本作に深い感動を覚えた私は、もっと早くにこの作品のレビューを書きたくて、記事作成の準備を進めていたのだが、やはり鑑賞した順番を守ろうと思い、今までぐっと我慢していたのだ。

 最愛の妻を亡くし、一人で年金生活を送り始めた頑固な老人ウォルトをクリント・イーストウッドが演じている。朝鮮戦争で軍人として戦ったウォルトは、戦争とはいえ、人を殺めてしまったことをずっと心の傷として残している。ウォルトには息子たちがいるのに、どういうわけか、彼らとの溝は深い。一人暮らしの父を気遣って、息子たち夫婦がウォルトに持って来た誕生日プレゼントは、ウォルトの生活にはまったく必要のないものばかりだった。大切なのは、物を持って来ることじゃない。相手を知らずに物を持って来るということは、親孝行の役目を果たしたという息子夫婦の自己満足に過ぎない。本当に大切なのは、相手が何者であるかをじっと観察し、知ろうとすることだ。離れたところで暮らしている息子たちには、ウォルトの生活の基盤が何であるのかがわからないのだ。

 一見、人嫌いの頑固オヤジのように見えるウォルトの住む家のすぐ隣に、ラオスからやって来たモン族一家が引っ越して来る。最初のうち、ウォルトは異民族に対する偏見を持ち、彼らをひどく嫌悪していたが、彼らが同じモン族のチンピラどもにつけ狙われているということを知り、彼らをチンピラどもから守ろうとする。とりわけ、チンピラどもの命令で、ウォルトの大切にしているフォード製のグラン・トリノを盗もうとした隣人の息子タオや、タオの姉との交流が深まって行く。文化や風習の違いを乗り越えて、彼らが結んで行く絆が実にいい。血の繋がった息子たちでさえ結ぶことのできなかったウォルトとの絆を、モン族の彼らは時間を掛けて少しずつ確実に結んで行く。それは、互いに相手が何者であるかを良く観察しながら関わることで実現できたのではないだろうか。思わず、「遠くの親戚よりも近くの他人」という言葉を思い出してしまった。

 心を固く閉ざしている老人が少しずつ顔をほころばせて行く様が実に良く描かれていた。グラン・トリノを盗もうとしたことを許してもらおうと、ウォルトに精魂込めて奉仕しようとしたタオの熱意にも感動させられる。鑑賞している人は、これまで敵であった人たちが、やがて味方同士になって行くプロセスを見守ることになるのだ。

 ウォルトの亡き妻の遺言に従って、ウォルトの足を懸命に教会に向けようとする神父の熱意もいい。神父になりたての彼は、人間の死についての理解がまだまだ浅いと決め付けていたウォルトだったが、神父の熱心な歩み寄りにより、次第にその距離を縮めて行く。

 ウォルトが朝鮮戦争で人を殺めてしまったことを、心の痛みとしてずっと引きずっているという背景が、あまりにも意外で心温まるラストに生きている。銃を使っていないのに、まるで銃で撃たれたような衝撃を受けた。これが、人を殺めたことを心の痛みとしてずっと引きずっている人の取った行動なのだ。ウォルトは、自分と同じような苦しみを決してタオには味わって欲しくなかったし、また、彼自身、同じ過ちを繰り返したくもなかったのだ。それでも、タオたちを守るための唯一の方法として、その計画を実践したのだろう。私は鑑賞後も、ラストの衝撃の余韻にしばらく酔いしれていた。

 本作に登場している役者さんたちは、本作への映画出演が初めての役者さんたちが多いようだ。それにもかかわらず、ウォルトと結んだ人間的な絆をはっきりと感じ取ることができる。おそらく撮影中も、出演者たちは、本作と同じように人間的な絆で結ばれていたのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m タイトルの『グラン・トリノ』が車の名前であることを、鑑賞するまで知りませんでした。(苦笑)それはともかく、素晴らしい作品です。素晴らしい作品だからこそ、予告編を観ても、どのような映画であるのか、わかりにくかったのかもしれません。まだご覧になっていない方に、強くお勧めしたい作品です。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.30

ミルクティーからレモンティーへ

ジョッキー気取りの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ミイラ男の足をオフィスで愛用していた頃、着脱が面倒だったので、ミイラ男の足を履いたままマシン室まで移動したところ、隣の席に座っている派遣仲間が私の足元を見て、「どうしたんですか! 怪我したんですか?」と言いました。慌てて事情を説明しましたが、やはり、包帯に見えてしまったようですね。(苦笑)

 前回、天然ヘナを使用してからまだ一ヶ月ほどしか経っていないというのに、既に私の髪の毛には、白いものが増殖し始めていた。ああ、また天然ヘナを使って毛染めをしなければならないと思いつつも、自宅でゆっくりと過ごす時間をなかなか確保することができず、ずっと延ばし延ばしになっていた。そして、先週の日曜日にようやく自宅でゆっくり過ごす時間を確保することができたので、箱に残っていた天然ヘナをすべて溶いた。これで、一箱わずか百五円で購入したダ○ソーの天然ヘナ(ナチュラルオレンジ)を、四回分に分けて使用したことになる。

 毎回、楽しみなのは、天然ヘナに何を混ぜて溶くかということだ。ザ・ダイソー ナチュラル ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)を参考にさせていただきながら、今回はシンプルに、天然ヘナを紅茶のティーパックで溶いたものに、百パーセントのレモン汁を加えた。最近は、筋腫に良くないので紅茶は控えているのだが、紅茶を飲んでいた頃の私はレモンティー派ではなく大のミルクティー派だった。それなのに、ミルクティーにせずにレモンティーにしたのは、レモンが天然ヘナの臭いを抑えてくれそうだったからだ。

 レモンティーで溶いた天然ヘナを一時間ほど放置したあと、いつものようにシャンプー後にタオルドライした髪に塗り込んで行った。白髪は主に頭のてっぺんの生え際に集中しているので、天然ヘナを入れたチューブを逆さまにして、頭のてっぺんから垂らし込んで行った。

 そうして、すべての天然ヘナを頭に塗り込むと、日本てぬぐいで頭をそっと包み込み、その上から静かにシャワーキャップをかぶせた。日本てぬぐいがぴったりとフィットしていたためか、今回はターバンの力を借りずに済んだ。

 それからDVDを鑑賞したりして、まったりと過ごした。温かくなって来たので、マニュアル通り、三時間放置すれば良いはずだが、放置時間を少し長めに取って、六時間ほど放置した。本当は、もう少し放置したかったのだが、DVDを鑑賞していると、頭の上からタラタラと汗のようなものがこぼれて来たので、洗い流すことにしたのだ。どうやら、ビニールのシャワーキャップを着けたまま長時間過ごしていたので、頭がビニールハウス状態になってしまっていたようだ。

 シャワーキャップを外してみると、シャワーキャップの中に水滴がたくさん付いていた。そして、日本てぬぐいを外し、シャワーで天然ヘナを洗い流そうとしたところ、髪の毛が何だかゴワゴワしていた。長時間放置し過ぎて、固まり掛けていたようだ。

 天然ヘナを洗い流したあと、いつもよりも臭いが少ないことに気が付き、驚いた。百パーセントのレモン汁を加えるだけで、臭いがこれほど抑えられるとは。レモンのパワー、恐るべしといったところである。また、肝心の染まり具合も上々である。これが一回わずか二十六.二五円の仕上がりなのだから、本当に得した気分である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、特に思うのですが、筋腫が私に与えてくれたものは偉大です。もしも私の身体が何の問題もなく健康ならば、私は今でも、何も考えずに化学染料を使い続けていたことでしょう。しかし、化学染料を使うのにいろいろ工夫したり、また、毛染めそのものを楽しいと感じることはなかったでしょうね。布ナプキンを使うことの楽しさも、筋腫が与えてくれた偉大なものです。「ガンまる日記」にこうして身体に関することを綴っているのも、筋腫を通じて受け取ったものが大きいために、その気持ちを何とか文章に表しておきたいのかもしれません。

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2009.05.29

ジョッキー気取り

映画『ミルク』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。記事の中では触れませんでしたが、ミルクが反同性愛主義者の政治家とトークバトルするシーンはなかなか見ものでした。彼らは、同性愛主義者の教師の解雇を求めていました。彼らの主張は、同性愛主義者の教師から教わった子供たちもまた、同性愛主義者に育ってしまうというものでした。しかしミルクは、自分はノーマルな教師から教わったにもかかわらず、同性愛主義者に育ったと反論します。そうした切り替えしのうまさに、アメリカ人らしいユーモアを感じました。

 オフィスでガーデニングをしようと思い、楽天市場でガーデニングブーツを買った。というのは冗談だ。実は、仕事中にミイラ男の足を履いていても、足元がひどく冷えるようになり、帰宅すると足首の辺りに冷たいわっかが掛かったような状況に悩まされることが多くなってしまったのだ。冷えているのが足先ではなく、ミイラ男の足の境界線である足首の辺りであることから、オフィスの冷房対策として利用するには、おそらくミイラ男の足が短すぎるのだと判断した。このままではいけないと思い、いっそのことブーツのように冷気から足元全体をすっぽり保護してくれるような靴を楽天市場で探し、ようやく行き着いたのがガーデニングブーツだったのである。好みの色ではなかったのだが、格安のセール品だったので、「まあ、いいか」と思っている。

購入したガーデニングブーツ

 注文しておいたガーデニングブーツが自宅に届き、いよいよ明日からオフィスに持参しようと思い、忘れないようにガーデニングブーツを玄関に置いておいた。ガンモのほうが仕事から帰宅するのが遅かったので、ガンモはマンションの宅配ボックスに届いていたガーデニングブーツの存在を知らなかった。そこで私はガンモに、明日から玄関にあるガーデニングブーツをオフィスに持って行くつもりだと宣言したところ、ガンモは、
「玄関に長靴があったから、外に出した」
と言うではないか。驚いた私が、
「ええっ? 何で?」
と尋ねると、
「昔から、長靴は家の外に出すと決まってるから」
などと言うのだ。何だ、それ?

 夜も遅かったので、私はそのまま布団に入り、翌日の仕事のためにぐっすり眠った。そして、翌朝、支度を整えて玄関の扉を開けてみると、確かに夕べのうちに用意しておいたはずの私のガーデニングブーツが家の外に出されていた。長靴を家の外に出すのは、ガンモの出身地である香川県の風習なのだろうか。私は首をかしげながら、ガーデニングブーツを大きめのバッグに納め、出勤した。

 オフィスに着き、いよいよ仕事を始める段階になって、私はガーデニングブーツをもそもそと取り出した。ミイラ男の足は、自分の机の下でこっそり履くだけなので、それほど恥ずかしくはなかったのだが、さすがにガーデニングブーツとなると、堂々と履くのが恥ずかしい。そこで、隣の席に座っている派遣仲間を味方につけようと、事情を説明し、冷房対策のために仕事中にガーデニングブーツを履くと宣言した。彼女はとても驚いていたが、私の意外な選択をにこやかに受け入れてくれた。とは言え、彼女とは席が近くても、彼女はプログラムの開発担当ではないため、勤務時間中はマシン室で過ごすことが多い。私の勤務先のオフィスとマシン室は空調システムが異なっていて、どういうわけか、マシン室よりも、私が一日のうちに多くの時間を費やしているオフィスのほうが温度が低いのだ。

 私は恐る恐る、ガーデニングブーツに足を突っ込んでみた。ところが、私のふくらはぎが太すぎて、ガーデニングブーツに足がすんなり入らなかった。私はガーデニングブーツとしばらく格闘しながらようやくガーデニングブーツに足を収めた。履いているズボンの裾に広がりがないので、ズボンの裾はガーデニングブーツの中に収まった。その状態で歩くと、私はまるでジョッキーのようだ。しかし、ミイラ男の足と違ってゴム製のブーツですっぽり包んでいるので、見掛けはともかく、格別に温かい。まるで足湯に浸かっているかのような温かさである。何故、もっと早くこのことに気付かなかったのだろう?

 最初はレッグウォーマーで足元を守ってみたが、繊維の隙間から冷気が入り込んで来るため、ほとんど効き目がなかった。また、百円ショップで購入したサウナスーツのズボンを足元の部分だけカットして自前のマジックテープで留めて足元を守ってみたりもしたが、毎回、トイレに立つときに恥ずかしいため、着脱が面倒だった。更には、同じく百円ショップで購入した太もも用シェイプアップテープを巻いてみたりもしたのだが、こちらは温かいものの、使用後に汗でびちょびちょになってしまった。汗を吸収するためには、ひとまずレッグウォーマーを履いて、その上から太もも用シェイプアップテープを巻くことになり、毎日の洗濯物が増えてしまった。毎日のことなので、レッグウォーマーの洗い替えも必要だった。

 しかし、オフィスでガーデニングブーツを履けば、ジョッキーのようではあるものの、トイレに立つときも、立ち上がる度に普段の靴に履き替えることなく自由に動き回ることができる。仕事を終えてガーデニングブーツを脱いでみても、太もも用シェイプアップテープを使用していたときほど汗は掻いていない。ただ、ガーデニングブーツを脱ぐときに、こむら返りの状況に陥り、「アイタタタタタタ!」と足を必死で伸ばして痛みをしのぐことがある。冷房対策のためにガーデニングブーツを履いてジョッキーを気取りながらも、脱ぐときにこむら返りで痛みを感じてしまうなんて、ちょっとかっこ悪い。それでも、オフィスでガーデニングブーツを履くことにより、冷房で冷え切っていた足元が温かくなったことは、私にとっては大きな進歩なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガーデニングブーツのおかげで、ようやく仕事中に足元に溜まる冷気をブロックすることができるようになりました。私が思うに、足の冷えは無意識のうちに身体に蓄積されているようです。冷えが蓄積されていることに気付くのは、私のように、冷房が苦手になったときかもしれません。身体を動かしているときはいいのですが、動かないでいると、冷房がストレスになります。しかし、同じ条件下にあっても、身体に冷えが蓄積されていない人は、冷房に対してまったくストレスを感じないようですね。また、同じ職場であっても、勤務時間中にどこで過ごしているか、更に同じオフィス内であっても、席によって冷気が当たり易いところとそうでないところもありますので、何とも言えません。皆さんも、少しずつ身体に蓄積されてしまう冷えに十分ご注意くださいね。冷えの蓄積量が自分の限界を超えてしまう前に、これまで蓄積された冷えを解放してあげてください。ちなみに、ガンモにガーデニングブーツの冷房対策効果が高いことを報告すると、「ついでに麦藁帽子も買って持って行ったら?」となどと言われてしまいました。(苦笑)

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2009.05.28

映画『ミルク』

上海から届いた千枚のマスクの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。新型インフルエンザに対し、神戸市長が「ひとまず安全宣言」を出しましたね。「ええっ? 私の手元に残った大量のマスクは一体どうなるの?」と思ってしまった私であります。(苦笑)

 この映画もやはり、一ヶ月ほど前に鑑賞したのだが、こうして一ヶ月遅れのレビューを書かせていただいている今もなお、劇場公開中であるのは光栄なことである。ミルクのことを、思わずミルコを呼んでしまいそうになるのは、おそらく過去に映画『ミルコのひかり』を鑑賞しているからだろう。このレビューも、ミルクをミルコと誤記してしまわないように気をつけなければならない。

 一九七二年、ハーヴィー・ミルクは四十歳の誕生日を目前にして、自分より二十歳も年下の青年スコットと出会い、恋に落ちる。そう、ミルクはゲイだったのだ。ミルクとスコットが出会った当時、ゲイが一般的だったかどうかはわからないが、映画の中で、二人はただ、地下道ですれ違おうとしただけのようにも見て取れる。それでも二人は、瞬時のうちに互いに相手が何者であるかを見抜き、運命的とも言えるような出会いを果たしたのだ。

 間もなく二人は同棲し始めるのだが、やがてサンフランシスコに住居を移し、小さなカメラショップを経営し始める。実はそのカメラショップが、のちにゲイの社交場的な役割を果たすようになる。もちろん、自由なサンフランシスコといえども、同性愛者を快く思わない人たちもいる。そしてミルクは、あたかも同性愛者が世の中の弱者ではないことを証明するかのように、サンフランシスコ市政執行委員選挙に立候補するのだ。

 ミルクを演じているのは、私生活で妻と別居し、ナタリー・ポートマンとの恋の噂が立っていたショーン・ペンである。のちに、妻との別居は解除されたようなので、ナタリー・ポートマンとは破局してしまったのかもしれない。そんなショーン・ペンは、本作の中でも既成概念にとらわれることのないミルクの役を好演していた。

 本作の中で、私が特に気になったのは、ミルクの恋人役のスコットを演じていたジェームズ・フランコである。彼はこれまで、映画『スパイダーマン』シリーズに出演したりしている。また、映画『トリスタンとイゾルデ』では、トリスタン役を演じていた。

 ミルクが政治活動を始めた頃から、ミルクとスコットの関係はぎくしゃくしてしまうのだが、やがてスコットがミルクとの同棲生活を解消したことから、二人はもともと対等な関係にあったのだろうと推測される。何故なら、スコットと別れたあとのミルクの新しい恋のお相手は、ミルクと依存の関係にあったからだ。

 とは言え、例え別れてしまったとしても、本当の絆は見えないところでまだしっかりと結ばれている。だから、以前のように特別親しい間柄ではなかったとしても、ミルクの側には当たり前のようにスコットが寄り添っていた。そのことを思うと、目頭がふっと熱くなる。私には、二人の間に通っていたものが、真の愛情であったような気がしてならないのだ。

 ミルクを取り囲む人たちは、ミルクの魅力に惹かれ、どこからともなく集まって来た人たちだ。あるとき、道行く青年にミルクが半ば強引に声を掛けるものの、最初のうち、青年はあまりミルクの政治活動には興味を示さない。しかし、のちにその彼がミルクの政治活動に積極的に加わるようになり、ついには中心的存在となるのだ。おそらく、政治活動に消極的だった人の心を動かすほどの魅力が、ミルクにはあったのだろう。

 やがてミルクは、ある人物に暗殺されてしまう。その暗殺は、ミルクの生い立ちを知らない私にとって、衝撃的な結末だった。ミルクには、同性愛を反対する有識者など、もっとたくさんの敵がいたはずではなかったのか。それなのに何故、その人物がミルクに銃を向けたのか? そんなやりきれない気持ちでいっぱいだった。そして、エンドロールでは、本作に登場した人たちの実際の顔写真が流れる。もちろん、その中にはスコットもいた。

 私には、同性愛に対する偏見はない。しかし、自由な国アメリカでさえ、ミルクが政治活動を繰り広げていた当時は、同性愛主義者が肩身の狭い思いを抱かなければならない状況にあったようだ。そういう時代に地下道で出会い、紆余曲折を繰り返しながらも長い間、一緒に寄り添いながらともに生きて来たミルクとスコット。本作は、二人の愛の物語と言っても過言ではない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ハーヴィー・ミルクの生涯は、過去にドキュメンタリー映画にもなっているようです。こちらもあわせて鑑賞しておきたいものです。それにしても、アメリカには本当にこのような政治家が存在したのですね。心に残るものが大きい映画でした。

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2009.05.27

上海から届いた千枚のマスク

「念のため」という名目 の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私などは、度胸が据わっているからまだいいのですが、もっとかよわい女性ならば、警察官から職務質問を受けたというだけで、心に傷を残す人もいるのではないでしょうか。私はTOEICの試験でしばしば超能力を使っていますが、仕事で超能力を使わない警察官は、本当に怪しむべき対象かどうかの判断がつかないのでしょうね。

 いち早く新型インフルエンザの国内感染者を出した兵庫県では、新型インフルエンザ騒ぎが落ち着きつつある現在でも、外出中のマスクの着用率が高い。しかし、スーパーや薬局などに出掛けてみても、マスクはほとんど売り切れで、運良く見付けられたとしても、ひどく高価なマスクだったり、着用するには恥ずかしい色のマスクだったりする。また、日本のオークションサイトでは、一万円以上の価格でマスクが売買されているという話も聞いた。そこで私は、海外のオークションサイトeBayで、上海の出品者から千枚入りのマスクを送料込みの九十ドル弱で落札した。マスク一枚の価格に換算すると、およそ八.五円と比較的お買い得である。ただ、手元に届くまでに数日掛かると言う。

 良心的な出品者は、落札後、すぐにマスクを発送してくださり、先日、ようやく上海からそのマスクが手元に届いた。何と、マスクは両手で抱えてちょうどいいくらいの段ボール箱に入れられ、いかにも張り裂けんばかりの状態だった。

届いたマスクは、パンパンに膨らんだ段ボール箱に入れられていた

 はやる気持ちを抑えながら箱を開けてみると、当たり前だが、段ボール箱の中にはマスクがぎっしり詰まっていた。

箱を開けてみると、マスク! マスク! マスク!

 eBayの商品情報には、百枚ずつパックされていると書かれていたのだが、私の手元に届いたマスクは四十枚ずつのパックになっていた。どうやら品薄になってしまったのか、同じマスクでも違うタイプのマスクが届いたようである。

四十枚ずつのパックになっている

 しかも、届いたマスクは、商品の説明ページで紹介されていた写真よりもかなり薄手のようだ。ガンモは、
「こんなに薄くちゃ、いかんだろう」
とぼやいた。それでも、良く見るとISO90001規格のマスクであるようだ。

上海から届いた薄手のマスク

 試しに、これまで私たちが着用していた日本製(?)のマスクと比較してみると、明らかに厚さが違っていた。

こちらは日本製(?)のマスク

 とは言え、最近は気温も高くなり、マスクを着用して外出するのも次第に暑くなって来た。マスクの着用率が減りつつあるのは、新型インフルエンザへの厳戒体制が解除されたこともあるが、マスクがなかなか手に入らない状況にあることに加え、マスクを着用するのが暑いという背景もあるのではないだろうか。最初のうち、このマスクの薄さを指摘したガンモは、
「やっぱりこのマスク、薄いから気に入った。今まで着けてたマスクは厚いから暑いもん。俺は明日から、このマスクを着けて仕事に行く」
と宣言した。そしてガンモは、これまでカバンの中に入れていたマスクのストックを日本製(?)の厚いマスクから、中国製の薄手のマスクに総入れ替えした。もちろん、私もガンモと同じように、持ち歩いているマスクのストックを中国製のマスクに総入れ替えした。

 実際にこのマスクを着用してみて思ったのだが、薄手なので、着用していても確かに暑くはない。また、ゴムの部分も比較的緩いので、これまで着用していた日本製(?)のマスクよりも風通しがいい。しかし、風通しがいいということは、同時にウィルスの侵入も受け付けてしまうということなのだろうか?

 出品者に、「アイテムが届きました。円滑な取引をありがとうございました」というメッセージを送ると、「もし、まだマスクが必要なら言ってください」という返事が返って来た。どうやら、まだまだ在庫がたくさんあるらしい。もし、このマスクを着用している私たちが新型インフルエンザに今後も感染しないならば、風通しの良いこの薄手のマスクでも、新型インフルエンザのウィルスをブロックしてくれたと言えるかもしれない。

ちなみに、上海から届いた薄手のマスクを束にしてみるとこんな感じである。束にしてみると、その薄さが良くわかる

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いっぺんに千枚も届いたので、親戚に配ったのですが、まだ感染者の出ていない地域だったので、あまり有難がられませんでした。(苦笑)兵庫県では、マスクが市場に出回っていないという状況に危機感を持った宝塚市が、市民のためにマスクを仕入れて原価販売したところ、およそ八百人が行列を作ったそうです。三宮駅前の路上でも、六〇枚入りのマスクを四千円で販売している人を見掛けました。マスクの品薄状態は、どこまで続くのでしょうね。

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2009.05.26

「念のため」という名目

映画『アフター・ウェディング』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ヤコブがデンマークに滞在し続けるという状況が、ヨルゲンによって半ば強制的に成し遂げられたという感は否めなかったのですが、それもヤコブの運命だったのかもしれません。マッツ・ミケルセンがこれからどんなおじさんになって行くのか、楽しみでもありますね。(笑)

 あれは確か、二日間に渡って大阪で行われた、好きなアーチストのコンサートの二日目の夜の帰り道のことだった。会場からパワーをもらってすっかり元気になっていた私は、コンサートに出掛ける前に書き上げた「ガンまる日記」の記事を、まだ推敲していないことがとても気になっていた。

 自宅の最寄駅を降りて、自宅近くまで自転車を走らせたものの、ガンモは仕事で夜中まで家にいないことがわかっていた。時計は既に二十二時半頃を指していたが、私は自宅近くのスーパーにある駐輪場に自転車を止めると、おもむろにノートパソコンを取り出して、「ガンまる日記」の管理画面にアクセスし、記事を推敲し始めた。怪しいと思われるかもしれないが、私にとってノートパソコンを開くことは、携帯電話を開くのと同じくらい自然なことなのだ。

 もちろん、自宅近くのスーパーは既に閉店していたが、明るいライトの下だったので、辺りはそれほど暗くはなかった。また、その日の日中は暑かったが、夜風が吹いていてとても涼しかった。

 すると、どこからともなくパトカーがやって来て、私のいるスーパーの前に止まった。そして、中から制服を着た警察官が二人降りて来て、私のところまでツカツカと歩いてやって来た。「ひょっとして、生まれて初めての職務質問を受けるのだろうか?」と私の胸は高鳴った。予想通り、警察官の一人が私に声を掛けて来て、ここで何をしているのかと尋ねた。私は、自分の書いたブログで気になるところがあるので手直ししているのだと答えた。するとその警察官は、
「未成年というわけでもないので、あまりうるさくは言いませんが、このあたりは物騒なのでね」
と言った。ただ、これだけでは、警察官が私に対して何を言いたいのか、良くわからなかった。

 警察官は、私が持っている荷物に目を留め、荷物が多いことを指摘し、これから出掛けて行くところなのか、それとも帰るところなのかと尋ねて来た。まさか、家出少女だと思われてしまったのだろうか。私は警察官に、これから帰宅するところだと答えた。その後、警察官は私に、
「念のため、お名前を確認できるものを拝見できますか?」
と言って来た。私は、
「怪しいですかね?」
と言いながら、ここで渋っていてはいよいよ怪しまれると思い、健康保険証を取り出して警察官に見せた。運転免許証を持っていない私は、不在時に届いた郵便物を郵便局で受け取るときも、健康保険証を提示している。警察官は私の提示した健康保険証を見て、私の住所と名前を控えたようだ。

 続いて警察官は、私が乗っている自転車に目を向けた。
「これはあなたの自転車ですか?」
と言う。私はもちろん、
「はい、そうです」
と答えた。
「最近、ひったくり事件もたくさん発生しているので、自転車の前かごに物を入れるときは気をつけてください」
と警察官は言った。私はそのとき、自転車の前かごにバッグを入れていたが、バッグの取っ手を自転車のハンドルに引っ掛けることで引ったくり対策をしていると答えた。

 その後、警察官の鋭い目は、私の自転車に固定の鍵がないことをキャッチしたらしい。
「念のため、自転車の防犯登録を確認させていただきますが、よろしいですか? 自転車に固定の鍵がない場合、確認させていただくことになっていますので」
と言う。私は、
「いいですよ。どうぞ」
と答えた。すると警察官は、無線を使って私の自転車の防犯登録のナンバーとともに、さきほど提示した健康保険証に記載されていた私の名前を無線の相手に伝えた。私が乗っている自転車は、十年近く愛用しているものだが、前輪に付いていた固定の錠前に付属の小さなキーを二つとも失くしてしまったので、ガンモに錠前を壊してもらったのだ。私は、
「この自転車は○○で購入したものです。固定の鍵がないのは、キーを二つとも失くしたからです」
と説明した。警察官はそれに対し、無言でうなずいていた。

 しばらくすると、私の自転車の防犯登録のナンバーの確認が取れたようだった。無線で連絡を受けた警察官は、
「了解です」
と言って、無線をオフにした。警察官は、
「防犯登録の確認が取れましたが、とにかくこの辺りは物騒なので、気をつけてください」
と私に言った。どうやら収束モードのようだ。私は、「これでようやく釈放されるのだろうか?」と思った。

 私は、
「じゃあ、もう帰ります」
と言って、開いていたノートパソコンを閉じて帰り支度を整えた。警察官もパトカーに戻り、更なる警備を続けたようだ。

 それにしても、これら一連の出来事は、一体何だったのだろう? 私は、夜遅い時間帯に女性が一人でいることで保護されようとていたのか、それとも、荷物が多いためにその行動を怪しまれ、自転車泥棒の疑いを掛けられたのか、果たしてどちらなのだろう? 警察官の言った、「念のため」とは、どのような意味を持っていたのだろうか? 私には、警察官があたかも夜遅い時間に一人でいる女性を保護しようとしているかのように見えて、実は私の行動を疑い、防犯の取り締まりをしていたように思えてならないのだ。

 私は、仕事から帰宅したガンモに、興奮気味にこのことを語った。そう言えば、以前、ガンモも私と同じようなことを体験している。ガンモの場合は、仕事で帰りが遅くなり、深夜に仕事で使っている大きな荷物を自転車の前かごに乗せて走っていると、パトロール中の警察官に呼び止められたのだ。ガンモも私と同じように、自転車に付属の錠前のキーを失くしてしまったので、固定の鍵の付いていない自転車に乗っていた。大きな荷物を持っていたことと、自転車の固定の鍵が壊れていたということで、警察官に疑いを掛けられたようだ。ガンモ曰く、夜中に大きな荷物を持っていたので、泥棒と間違われたのだろうということだった。

 私は、パトロール中の警察官に対し、声を大にして言いたい。夜の遅い時間に大きな荷物を抱えて、固定の鍵のない自転車に乗っている人が必ずしも怪しい人というわけではない。それぞれの事情で大きな荷物を抱えている人もいるし、何らかの事情で、自分の自転車の固定の鍵を壊して乗っている人もいるのだ。また、あたかも携帯電話を開くかのように、ノートパソコンを開く人だっているのだ。それらの人たちを最初から怪しいと決め付け、「念のため」に職務質問するというマニュアルを、そろそろ書き換えたほうがいいのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こういうときは、「念のため」という言葉は便利なのでしょうね。でも、冷静になって考えてみると、「念のため」と言われながらも、行動を疑われていたわけです。私たちのような善良な(?)市民に声を掛けるよりも、もっと他に声を掛けるべき対象がいるでしょうに。(苦笑)しかし、これを逆手にとらえると、私たちの住んでいる地域がそれだけ平和ということなのでしょうか。そのように前向きにとらえることにします。(苦笑)

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2009.05.25

映画『アフター・ウェディング』

世間話もせずにの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。毎日十分近く掛けて冷え取り健康法のための靴下を履いていることは、決して無駄ではなかったようです。もう少し続けて、医学的にもはっきりと変化のわかる状況まで持ち込みたいですね。

 確かこの映画は、去年の十二月で閉館になってしまった、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にあった映画館で上映されていた。気になってはいたものの、公開中、足を運ぶことができなかったので、DVDで鑑賞することにしたのである。

 インドで孤児たちの世話をしているデンマーク人のヤコブをマッツ・ミケルセンが演じている。彼は、資産家からの融資を仰ぐためにデンマークに一時帰国する。子供たちには、「すぐに帰る」と約束していたヤコブだったが、巨額の融資に応じてくれるという資産家ヨルゲンとの交流を深めて行くうちに、意外な事実に直面し、インドになかなか帰れなくなってしまう。何と、ヨルゲンの妻と娘は・・・・・・。

 デンマーク映画である本作は、映画『しあわせな孤独』や映画『悲しみが乾くまで』とともに、女性監督スサンネ・ビアの作品である。久し振りにマッツ・ミケルセンのお顔を拝見し、「着実に年を重ねられて、どんどん普通のおじさんになって行くなあ」という印象を抱いた。スサンネ・ビア監督の作品は、主人公がいつも何か大きな問題を抱えている。その大きな問題に対し、心理状態を詳細に描き出して行くのが、監督の好む表現方法であるようだ。

 映画『しあわせな孤独』や映画『悲しみが乾くまで』、そして本作もそうだが、スサンネ・ビア監督が描き出す作品は、大きな問題点を通じて登場人物の中に生まれる激しい怒りや悲しみやわだかまりが、互いに関わりを持つことによって、少しずつ解け合って行く。その結果、いわば敵同士と言っていいはずの関係にさえ、友好関係が生まれるのだ。つまり、最初は極限状態から始まり、登場人物が次第に平穏を取り戻すプロセスが描かれていると言っても過言ではない。そこには、女性監督ならではの繊細さがうかがえる。

 本作の背景としては、日常では有り得ないほどの偶然が重なったと言ってしまえばそれまでなのだが、その偶然を必然として受け入れ、そこから発展させて行く複雑に絡み合った人間関係をどのように説き解いて行くか。それが監督の腕の見せ所だったと言えるだろう。結婚式の前と後で人生が大きく変わるのは、何も結婚式の主役たちに限ったことではないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちは普段、デンマーク映画に触れる機会は極端に少ないのではないかと思います。ホットヨガ神戸店のすぐ隣にあった映画館は、ヨーロッパの映画作品を中心に上映されていました。今になって思えば、やはりとても貴重な映画館でありましたね。鑑賞する機会はめっきり減ってしまいましたが、これからもスサンネ・ビア監督の作品には注目して行きたいと思います。

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2009.05.24

世間話もせずに

ホットヨガ(一五一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 神戸店に複数の新しいスタッフが入って来たのは、退職された方が何人もいらっしゃるからのようです。お話を聞かせてくださったスタッフ曰く、退職されたスタッフとも、同窓会のようにときどき顔を合わせているそうです。私もその同窓会に呼んで欲しいものです。(笑)

 神戸店でホットヨガのレッスンを受けたあとは、I医師の診察の予約を入れていたため、I医師のいる病院へと向かった。家を出て行くとき、仕事が休みのガンモに、
「お年寄りと同じで、世間話をしに行くだけなんだろ?」
などと冗談っぽく言われた。

 確かに最近の私は、筋腫に対してまったく危機感がない。だから、二ヶ月ごとに受けているI医師の診察も、手術に向けた話ではなく、他の婦人病や健康管理についてのアドバイスを求める形に変わりつつある。I医師にはまだはっきりと伝えてはいないが、少なくとも冷え取り健康法を始めてからは、筋腫が大きくなっているという実感はない。むしろ、縮小傾向にあるのではないかと自負しているほどだ。以前は確かに、数ヶ月単位で筋腫が大きくなっている実感があったので、冷え取り健康法は、ほぼ間違いなく筋腫に良い影響を与えてくれていると判断して良さそうだ。

 「世間話をするために診察に行く」とガンモに指摘されたものの、今回はI医師とあまり話をすることがないと思っていた。以前の診察のときにご相談させていただいた顔のほてりはいつの間にか収まっていたし、生理の出血量もそれほど多くはなかった。診察室に呼ばれ、I医師に調子はどうかと尋ねられたので、私は顔のほてりが治まったことと、ここ二ヶ月の生理も比較的軽かったと答えた。

 するとI医師は、
「今は二ヶ月単位でお薬を出していますが、今後は三ヶ月単位で出しましょうか? 他のお薬の場合は何ヶ月か以上、処方してはいけないという規制があるんですが、漢方薬の場合は何ヶ月出してもいいので、三ヶ月単位にできますよ」
と言ってくださった。私は、そのほうがありがたいので、
「じゃあ、三ヶ月単位でお願いします」
と答えた。I医師は、
「それでは、三ヶ月分のお薬を出しておきますが、その間に何かあれば来てください」
と言って、三ヶ月分の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を処方してくださった。

 私は、せっかくI医師の診察を受けているのだから、少しでも気になることを尋ねておこうと思い、健康診断で受けた子宮がん検診のことを持ち出した。今月の初めに健康診断を受けたばかりの私は、健康診断では子宮頸がんの検査しか行わなかったことが気になっていた。
「健康診断では、子宮頸がんの検査だけを行っているのですが、子宮体がんの検査は、どのようなタイミングで行えばいいでしょうか?」
私がI医師にこの質問をしたのは、以前、お世話になっていた病院では、一年に一回の割合で、子宮頸がんと子宮体がんの検査をしてくださっていたからだ。ところが、I医師の診察を受けるようになってからは、健康診断で子宮頸がんの検査しか行っていなかった。

 するとI医師は、
「不正出血がある人と、子宮が大きい人は受けておいたほうがいいですね」
とアドバイスしてくださった。もちろん、私にはいくつもの大きな筋腫があり、子宮が大きいので、検査を受けておいたほうがいいそうだ。ところが、私がこうして土曜日の午後にI医師の診察を受けている病院では、子宮体がんの検査を行う設備が整っていない。普段のI医師は、私の勤務先近くにある同じ系列の別病院に勤務されているので、いよいよそちらにうかがうことになるのだろうかと思っていた。

 しかしI医師は、私の住所を確認し、考慮してくださったのだろう。私がI医師のいる病院まで検査を受けに行くのは遠いと判断されたのか、私の自宅近くの女医さんに紹介状を書いてくださったのである。紹介状を書いてくださるからかどうかはわからないが、子宮体がんの検査を保険適用金額で受けられるそうだ。

 私はI医師にお礼を言って診察室を出た。診察室の外に出ると、数名の女性たちが婦人科の待合室のソファに座って診察待ちをしていた。現在、私がお世話になっている病院は完全予約制なので、これまで他の患者さんと待合室で一緒になることはあまりなかった。しかし、こうして待合室に数名の患者さんがいらっしゃるということは、予約が混雑している状況にあるということだ。

 なるほど、私が今回はあまりI医師と世間話をする気持ちになれなかったのは、他の患者さんの予約がたくさん入っていたことが原因だったのかもかしれない。私が名前を呼ばれるときも、他の患者さんがいらっしゃったので、この日、I医師はとてもお忙しかったはずだ。私は診察を受ける前から、このような展開を予想し、いつもの世間話を控えようと思っていたのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m I医師が紹介状を書いてくださったので、自宅近くの女医さんのところで子宮体がんの検査を受けようと思っています。ありがたいことに、土曜日の午前中も診察を受け付けている病院なのですが、実は、大型映画館から近いところにあるのです。映画を千円で鑑賞できる日に有給休暇を取って子宮体がんの検査を受けたあと、映画館にこもり切りの一日を過ごしたいところですが、新型インフルエンザの騒ぎがまだ落ち着かないので、どうしたものか迷っています。(苦笑)

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2009.05.23

ホットヨガ(一五一回目)

映画『2046』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 前日の記事とは関係ないですが、新型インフルエンザの感染はピークを過ぎたと思って良いのでしょうか。マスクが品薄状態だというので、私は金曜日の夜にeBayで千枚入りのマスクを落札しました。(笑)周りの人たちもマスクが手に入らないと心配していましたので、分けてあげられるかなと思ったのです。しかし、手元に届くまでに数日掛かるようなので、マスクが届く頃にはまた状況が変わっているかもしれません。金曜日の時点で、兵庫県では八十パーセント前後の人たちがマスクを着用していましたが、感染者の少ない地域では、マスクを着用している人は少ないようですね。政府が新型インフルエンザへの体制を緩めたことにより、マスクを着用する人が減り、再び感染が広がるのかどうか、まだまだわかりませんね。

 神戸で新型インフルエンザの初めての国内感染が疑われた土曜日、私は神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。五月からは神戸店のレッスンスケジュールが大幅に変わり、午前中のうちにレッスンを受けたいと思うと、六〇分のビギナーコースのレッスンを選ぶしかなかった。私は、何故、神戸店のレッスンスケジュールが大幅に変更になったのか、理由を知りたいと思っていた。もしかすると、神戸店に新しいスタッフが増えていることと関係があるのかもしれないとも思っていた。

 入口の扉を開けると、少しお話をさせていただいていたスタッフが二人、受付に立っていたのでうれしくなった。そのうちの一人は、数ヶ月振りに顔を合わせるスタッフだった。お久し振りのごあいさつを交わしたあと、タオルとロッカーの鍵を受け取り、更衣室へと向かった。

 もたもたしていて家を出るのが遅くなってしまったため、着替えを済ませてスタジオに入ったときには、既に瞑想が始まっていた。今回のレッスンを担当してくださったのは、やはり、初めてレッスンを担当してくださるインストラクターだった。私は、いかにも神妙な顔つきで、空いているヨガマットに腰を降ろした。

 ビギナーコースのレッスンは、スタジオ内の温度設定が他のレッスンよりもやや低めなのかもしれない。レッスン中も、ほとんど汗をかくことはないので、全体的に緩いレッスンであると言える。あっという間にレッスンが終わり、私はどやどやと更衣室になだれ込んだ。今回のレッスンの参加者は比較的少なく、九名程度だったと記憶している。ほとんどの人たちが私よりも先にてきぱきと支度を整え、更衣室から出て行ってしまった。私は一人で更衣室に残り、のんびりと帰り支度を整えたあと、受付に歩いて行った。

 受付には誰もいらっしゃらなかった。声を掛ければ事務所の奥からスタッフが出て来てくださるのかもしれないが、きっと別の仕事をされているのだろうと思い、私はしばらく黙って受付で待っていた。すると、レッスン前に久し振りのごあいさつをさせていただいたスタッフが事務所の奥から出て来て、
「すみません」
と言いながら対応してくださった。私はロッカーの鍵を返却して、
「最近、神戸店はずいぶん新しいスタッフが増えましたね」
と言った。すると、スタッフは、
「そうなんですよー」
と言いながら、神戸店の変化について話を聞かせてくださった。

 私は、以前からずっと気になっていたことを確認しておこうと思い、何人かのスタッフの名前を出してみた。すると・・・・・・。やはり、これまでお話をさせていただいていた数人のスタッフが、いろいろな事情で既に退職されているようだった。その中には何と、良くお話をさせていただいていたスタッフや、吉本興業のインストラクターも含まれていた。私は驚き、
「神戸店は、和気藹々としていてとても雰囲気が良かったのに、残念ですね」
と言った。それに対し、スタッフも大きくうなずいていた。

 おそらく、私が更衣室に残っていた最後の一人だったからだろう。受付で話をしてくださったスタッフから、いろいろな話をうかがった。私自身もここ数ヶ月のうちに、自分の環境が変わりつつあるのを実感していたのだが、そのように感じていたのは私だけではなかったということに気が付いた。変わり行く時代の中で、多くの人たちが、神戸店のスタッフや私と同じように変化の中にあるようだ。特に神戸店のスタッフに関しては、これまで和気藹々とした雰囲気で仕事をしていた仲間同士だからこそ、互いに連鎖反応が起こっているのかもしれない。神戸店のレッスンスケジュールが大幅に変わったのも、レッスンを行うことのできるスタッフが減ってしまったからだそうだ。私は、
「コミュニケーションを重ねながら、また新たな雰囲気を作り上げて行くしかないですね」
と締めくくった。

 神戸店のスタジオをあとにしてて、次なる予定のために腹ごしらえをする頃には、新型インフルエンザの感染の疑いのあった神戸市の高校生の感染が確定したとのニュースが流れていた。そのため、この日、予定されていた神戸まつりも中止になったそうだ。私はただちにマスクを着用し、神戸の街を歩いた。

今回のレッスンで着ていたTシャツ。
シヴァ神のデザインだが、リンガラージャというらしい

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m めまぐるしい変化の中で、今、起こっている出来事の先には一体何があるのだろうと思うことがあります。私たちはこれまで、「昨日」と「今日」の変化が比較的少ない時代を生きて来ました。しかし、最近は違いますよね。地球全体が、安定を求めてもぞもぞと動き回っているような印象さえ抱きます。まあ、私たちは、安定の中にいると変化が恋しくなり、変化の中にいると安定が恋しくなるという我侭な存在ですから、ある意味、刺激になっていいのかもしれません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.22

映画『2046』

朝日を浴びながら通勤する(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。もしも今後、再びフレックスタイムの利用が認められることになったとしたら、今度はちょっぴり寂しい気持ちになってしまうかもしれません。何故なら、既に今の環境に馴染みつつあるからです。これを、順応性と呼ぶのでしょうか。順応性とは、新しい環境に楽しみを見出して行くことなのでしょうかね。さて今回は、一ヶ月ほど前に鑑賞したDVDのレビューを書かせていただくことにします。

 タイトルの「2046」という数字から、私はてっきり二〇四六年の未来の物語だと勘違いしていた。物語が始まった直後も、二〇四六年という未来から列車に乗り込み、相当なエネルギーを費やしながら現在に戻って来ようとしている日本人男性の物語だと思い込んでいたのだ。しかし、話が進んで行くにつれて、私が最初に想像していた物語とはまったく異なっていることに気が付いた。日本人男性を演じていた木村拓也くんは、この映画の中では中心的存在ではなかった。

 この映画は、理解するには少々難解な作品であると言われている。というのも、現在と過去、現実と小説の世界が交錯しているからだ。しかし、なかなか理解し難い状況であるとは言え、私はとても面白い映画だと感じた。「2046」とは、西暦の年号のことではなく、トニー・レオン演じる主人公のチャウが借りた香港のホテルの部屋の隣の部屋の番号だった。もともとチャウは、そのホテルの「2046」号を借りるつもりだったのだが、ホテルのオーナーは、その部屋が空いているにもかかわらず、すぐには貸してくれなかった。何故ならその部屋では、チャウと交流のあった女性が恋人に殺された部屋でもあったからだ。そのため、部屋の改装を行うという理由で、「2046」号
の部屋をすぐに借りることはできなかったのだ。そこでチャウは、「2046」号の隣の「2047」号の部屋を借りることにしたのである。

 ホテルの部屋と言っても、決して高級なホテルとは言えない。ちょっと古いアパートのような感じである。その頃、シンガポールで心から愛した女性に失恋したチャウは、傷ついた心をごまかすためか、香港にやって来てからは、何人もの女性たちとの本気でない恋を楽しんでいた。いや、実際は満たされている様子はなかったので、楽しんでいたとは言えないのかもしれない。何故、それほどたくさんの女性たちと刹那的に関わろうとするのか、私がチャウの側にいたならば、彼の目を覚ませるためのきつい一言を放っていたことだろう。

 そんな中でも、チャン・ツィイー演じるバイ・リンとの恋は、チャウにとって特別なものになっても良かったはずなのだ。しかし、そうはならなかった。チャウほどではないにしても、数々の男性ちとの恋愛を重ねて来たであろうリンは、次第にチャウにのめり込んで行く。それが、同じ女性としてあまりにも悲しかった。リンとは呑み友達としても息がぴったり合っていたはずなのに、いつまでも一つの恋に真剣になれないチャウの失恋の悲しみは、それほど深いものだったのだろうか。

 チャウは、ホテルのオーナーの娘が日本人男性と許されぬ恋に落ちていることを題材にして、ホテルの自室で、小説を書いている。どんな小説かというと、主人公が失われた愛を取り戻そうとする物語だ。チャウは、その小説の主人公を自分に投影させて、失われた愛を取り戻そうとしたのだろうか。やがて映像の中には、チャウの書く小説の世界も一生に混じり込んで来て、次第に現在と過去、現実と小説の世界の区別がつかなくなって来る。それでもやはり、この映画は面白いのだ。それは何故だろう。もしかすると、すべてを明るみにはしないホテルの薄暗いネオンに惹かれてしまうのかもしれない。

 この作品は、映画『ブエノスアイレス』や映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』のウォン・カーウァイ監督の作品である。映画『ブエノスアイレス』で男同士の強烈な濡れ場を見せたトニー・レオンが、本作では傷心のプレイボーイを演じているわけだ。面白い映画でありながら、日本における本作の評価が意外にも低かったのは、キムタクの出番が少ないと感じたキムタクファンの落胆ぶりが反映されているのかもしれない。私はキムタクファンではないので、キムタクの出番が少なくても文句は言わない。私なりに十分楽しめる作品であったと思う。ホテルの薄暗い魅惑的なネオンと、ストーリーがやや難解なので、何回でも観たくなる(シャレのつもり)作品である。しばらくしたら、もう一度鑑賞して、理解を深めようと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつもウォン・カーウァイ監督の作品を鑑賞すると、限定されていない広がりのある世界を感じることができます。きっと、監督自身の持つ世界が広いのでしょうね。トニー・レオンの新しい魅力を引き出してくれる監督さんであるような気もしています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.21

朝日を浴びながら通勤する(5)

パワースポットの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m MCで私のお気に入りのメンバーが、「自分は映画でもスポーツの試合でも、結果を先に知りたいほうだ。そのほうが安心するから」というようなことをおっしゃったので、私は、そういうせっかちなところがガンモとそっくりだなあと思い、一人でケラケラ笑っていました。自分よりも先に鑑賞した人から、犯人の名前や試合結果を先に聞いておきたいタイプなのだそうです。帰宅したあと、ガンモにその話を聞かせると、話を途中まで聞いただけで、ガンモから「俺もそう。安心するからだろ?」という突っ込みが入りました。どういうわけか、私のお気に入りのメンバーとガンモは、数学が得意で計算が速いところや、特定分野への関心が深いことも良く似ています。

 朝日を浴びながら通勤する(4)の記事を書いてからおよそ一ヶ月が経過した。私は、派遣会社の営業担当に、
「今後、今の職場での仕事を続けて行くかどうかは、五月十五日にお返事させていただきます」
と約束していた。そして、その約束の日、派遣会社の営業担当が私の職場にやって来て、面談することになった。

 どういうわけか、今回の面談には、いつもの営業担当に加え、派遣会社の西日本地区を統括しているという西日本センター長が同行していた。西日本センター長から受け取った名刺には、派遣会社の名古屋支社の住所が書かれていた。営業担当曰く、私が働いている派遣会社には、神戸と大阪と京都の支社を取りまとめている支社が名古屋にあるらしい。西日本センター長なる人物は、今回、たまたま出張で神戸に来ていたとかで、部下となる私の営業担当に同行したようだ。私は、名古屋にも何度か出掛けているので、受け取った名刺に印刷されている住所を見て、
「この辺りには『いば昇』というひつまぶしで有名なお店がありますよね?」
などと言った。すると、西日本センター長なる人物は、私がそのようなことを知っているということに驚いていた。私は調子に乗って、
「名古屋には、数年前まではソフマップはなかったんですけど、何年か前にやっとオープンしたんですよね。名古屋駅前に」
などと言った。ちょっと知っていることを言っただけなのに、西日本センター長は、
「良くご存知ですね」
と言ってくださった。西日本センター長に名古屋の景気を尋ねてみると、やはり、大手自動車会社の営業不振により、景気はあまり芳しくないそうだ。

 それはさておき、営業担当に継続の意志を聞かれたので、私は、
「朝五時に起きて出勤するというリズムに、少しずつ身体が慣れて来ました。朝日を浴びながら通勤するのも気持ちがいいですし、おそらく、このまま何とか継続して行けると思います。考え方によっては、残業がなく、毎日定時で帰宅できるというのは魅力的ですしね。以前は、朝遅い時間に出勤して、残業することももちろんありましたが、仕事がそれほど忙しくない時期であれば、残業をせずに帰宅することも多かったので、もしかすると、一日の就業時間、みっちり働くことになるため、以前よりも収入が増えるような気がします」
と答えた。

 実践するまでは、朝五時に起きて支度を整え、仕事に出掛けて行くことなど到底無理だと思っていた。しかし、実践してみると、朝日を浴びながら通勤することの喜びや、何よりも定時で仕事を上がれることが魅力的に思えて来た。定時に仕事を上がることができれば、自宅で晩御飯を食べられるので、食費を節約することができるからだ。とは言え、ガンモの仕事が長引くことも多く、仕事帰りにガンモと待ち合わせをして一緒に帰宅することが以前よりも少なくなってしまった。また、仕事から帰宅して晩御飯を食べると、私はすぐに眠くなり、二十二時頃から二時間ほど眠ってしまうことも多くなった。ガンモとは、就寝時間は一緒だが、起床時間が異なるため、トータル的に見ても、ガンモと一緒に過ごす時間が少しずつ減って来ているのも事実である。私たちは、何かを手放すと同時に何かを得ているのだから、仕方がない。

 営業担当は、安心したような素振りで、私の導き出した答えに大きくうなずいていた。営業担当曰く、
「仕事の疲れが溜まったときは、有給休暇をバンバン取ってもらってかまいませんので」
ということだった。私は勤続年数が長いので、年間二十日間の有給休暇を取得することができる。与えられた有給休暇は、私の当然の権利なので、派遣会社に遠慮することなく使い切っていいそうだ。私はこれまで、有給休暇を取得するのに遠慮したことなどなかったので、
「わかりました。ありがとうございます」
と答えた。営業担当は、
「企業さんも、まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)の代わりはいないだろうとおっしゃってるのでね」
と言ってくれた。何だかうれしい言葉である。

 こうして派遣会社の営業担当に継続の意志を伝えたのだが、水際以外の新型インフルエンザの感染が神戸市内で確認されたというニュースが流れたのは、その翌日のことだった。名古屋から神戸に出張に来ていた西日本センター長は、「マスクも着けずに神戸に出掛けていたので、もしかすると感染したかもしれない」と心配になっていたことだろう。しかし、現時点で名古屋での感染者は出ていないので、西日本センター長は無事だったようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今後も現在の職場での仕事を継続して行くことに決めました。不況という状況について考えてみたのですが、必ずしもネガティブな要素だけではないように思えて来ました。目をしっかりと見開いて見詰めてみれば、ポジティブな要素もたくさん含んでいるように思うのです。例えば、自動車の売れ行きが芳しくなくなったということは、世の中に、自動車に長く乗る習慣が根付いて来たと考えられるのではないでしょうか。これまでは、短期間のうちに自動車を乗り換えていた方が多かったのかもしれませんが、自動車は大変高価なものですので、もっともっと長い期間、人々に愛用されてもいいと思うのです。そう考えると、現在の不況は、私たちが物の大切さについて考え直すきっかけを与えてくれているのかもしれませんね。好景気も不況も、二元的な世界においては同時には起こりません。好景気から学ぶことと不景気から学ぶことは互いに相反する出来事なので、片方ずつ起こるしかないのでしょう。

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2009.05.20

パワースポット

映画『スラムドッグ$ミリオネア』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。「観てよかった!」と胸を張って言える素晴らしい作品でありました。この作品の影響を受けてか、ガンモが「インドに行こうか」と私に言いました。私は、「タージマハルに行くときは、靴に注意しないといけないね」と言いました。

 ホットヨガのレッスンのあと、私は頭痛を抱えたままコンサート会場へと向かった。大阪で二日間に渡り、好きなアーチストのコンサートが開催されることになっていたのだ。体調が芳しくないと、肉体的にも精神的にも余裕がなくなってしまうものだ。私は、彼らのコンサートが二日間に渡って行われるということにプレッシャーを感じ始めていた。最初から、コンサートが一日だけの予定ならば諦めもつくのだが、二日間も予定されているとなると、二日間とも足を運ばずにはいられないのがファンの心理というものである。とは言え、五時起き生活が始まってからは、夜、寝る時間も繰り上がったため、コンサートのために帰宅時間が遅くなり、睡眠時間を確保することができないであろうことへの懸念もあった。

 一日目のコンサートでは、開演中、私はほとんど席を立つことができず、ほぼ座って聴いていた。とにもかくにも頭が痛い。頭痛がするときは、いつもタオルマフラーにカイロを貼って、首の後ろを温めてしのいでいるのだが、この日は気温が高かったせいか、まだ五月の上旬だというのに、コンサート会場ではクーラーが効いて良く冷えていた。あまりにも寒過ぎるので、私はリュックの中からひざ掛けを取り出して、ひざの上に置いてコンサートを鑑賞したほどだ。せっかくのカイロの持つ魔法も、これほど寒くてはなかなか効き目がない。ステージの上では、私よりも年上のアーチストたちがいつになくはしゃいでいるというのに、情けないことである。

 このように、一日目のコンサートは、私にとって大変辛いものになった。コンサートから帰宅すると、既に二十二時半を回っていた。ほとんど座って聴いていたとは言え、ときどき立ち上がってお腹の筋肉を使ったからだろうか。大きな筋腫持ちの私には、お腹の筋肉を使ったあとの疲労感がどんよりと残っていた。私は、二日目もこのような状況ならば、月曜日の出勤が辛いとさえ思い始めていた。

 一日目のコンサートは、ライブ仲間のお友達と二人で鑑賞させていただいたのだが、二日目のコンサートはライブ仲間のお友達がもう一人増えて、合計三人で鑑賞させていただくことになっていた。ライブ仲間のお友達から、できればコンサート前に三人で一緒にご飯を食べないかとお誘いいただいていたのだが、私はできる限り睡眠時間を確保しておきたかったので、お誘いをお断りし、「ガンまる日記」を書き上げたあと、ギリギリまで自宅で寝ていた。しかし、頭痛は緩和されたものの、なかなか疲れが取れず、二日間も連続して大阪までコンサートに出掛けて行くことにそろそろ限界を感じ始めていた。また、睡眠時間を確保するためにギリギリまで寝ていたため、家を出るのがすっかり遅くなってしまい、会場に着いたときは既にアーチストたちがステージに登場したところだった。

 会場に着く直前まで、私にはまったくパワーがなかった。コンサート会場への最寄駅から、よろよろと歩きながらようやくたどり着いたほどだ。しかし、会場入りして、遅ればせながら自分の席に着いた途端、会場からのパワーを受け取って元気になった。私の席の近くには、白いドレスを着込んだ青い髪の毛の女性が立っていた。もしかすると、彼女は普段から青い髪の毛なのかもしれないが、少なくとも白いドレスを着るのは彼女の日常ではないはずだ。しかし彼女は、この日のコンサートのためにお気に入りのドレスを着てめかし込み、コンサートの時間を特別な夜にするための準備を整えていたはずだ。私は彼女から、彼女がこの日のコンサートをどれだけ楽しみにしていたかを感じ取った。それなのに、今の私は何なのだろう? そう思いながら会場を見渡すと、他にも私にパワーを与えてくれる尊い存在がたくさんいた。

 みんな、はじけそうな気持ちで、好きなアーチストのコンサートのオープニングを迎えようとしている。会場からは、彼女たちのムンムンとした熱気が伝わって来た。そうか、今日は特別な一日だったのだ。そのことを思い出させてくれた彼女たちのパワーが、私を驚くほどしゃきっとさせてくれたのだ。

 相変わらず、会場のクーラーは効き過ぎて寒かったが、身体を動かすことで何とか寒さをしのぐことができた。活動的になるべきときに縮こまっていると、どんどん運気を逃してしまうような気がする。開くべきところが開かれないからだ。私は、前日の態度を反省するかのように、立つべきところはほとんど立って、コンサートを楽しんだ。一緒に鑑賞したライブ仲間のお友達も、
「昨日よりは元気そう」
と言ってくださった。

 神社やスピリチュアルな場所にわざわざ足を運ばなくても、私にはもっと身近なパワースポットがあった。それは、好きなアーチストのコンサート会場である。私自身にパワーがなくても、コンサートを心から楽しみにしている人たちからパワーを受け取ることができる。スポーツ観戦をする習慣のない私は、ここでいつも一体感を感じているのだ。落ちこぼれていた私を引き上げてくれた彼女たちのパワーにありがとう。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今になって思えば、大阪で二日間に渡って行われたコンサートということで、時期的にも恵まれていたのかもしれません。もしも彼らのコンサートが、二週間ずれていたら、新型インフルエンザの影響で中止を余儀なくされたかもしれませんね。私よりも年上のアーチストたちは、とにかく元気でした。彼らのメンバーの中には、元気になれるはずもない出来事もあったというのに、私たちを思い切り楽しませてくれました。さすが、プロだと思いました。私に情熱を思い出させてくれた会場の皆さん、そしてアーチストの皆さんに感謝しています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.19

映画『スラムドッグ$ミリオネア』

新型インフルエンザ、兵庫県の事情の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。相変わらず、感染者の数は増え続けていますね。大阪や神戸で行われる、複数のアーチストのコンサートの中止が決定したとのニュースが入って来ました。このような状況ですので、私も先週土曜日の夜以来、映画館に足を運ぶのを控え、レディースデイも自宅でおとなしく過ごしています(苦笑)。現在「ガンまる日記」では、およそ一ヶ月遅れで映画のレビューを綴っていますが、この状況ですと、しばらく映画館に足を運べそうにありません。その間に、映画のレビューの記事も、リアルタイム鑑賞に近づいて行くことでしょう。

 世の中には、何でもないシーンを目で追っているだけでも泣けて来るほど、作り手の強いエネルギーを感じる映画作品がある。まさしくこの作品がそうだった。

 この作品の存在を知ったのは、やはり、公開前から複数の映画館で何度となく目にしていた予告編からだった。予告編の中で流れる評価が著しく高いことからこの映画に注目していたのだが、実際に鑑賞してみると、期待を裏切らないだけの素晴らしい作品だった。私は、この作品の公開を心待ちにしていたので、公開日にガンモを誘って、自宅近くの映画館のレイトショーに足を運んだ。

 日本でもお馴染みの人気テレビ番組『クイズ$ミリオネア』に出演したスラム街出身の青年ジャマールが、クイズの全問正解を目前に、不正行為を働いたとして警察に捕らえられ、厳しい尋問を受けている。ジャマールは、警察からの尋問に対し、「自分は生きながらにして学んだ」と答える。スラム街で育った彼が、これまでどのような人生を歩んで来たのか。徐々に明るみになって行く彼の波乱万丈の人生には、彼が生涯を掛けて愛し続けて来た女性ラティカの存在があった。

 はっきり言ってしまおう。この映画は、ツインソウルの愛の映画だ。幼い頃に出会った二人が離れ離れになりながらも、紆余曲折を繰り返し、やがて再会する。しかし、再会しても、二人を取り巻く状況が、二人が一緒になることをなかなか許さない。二人はただの一度も互いの想いをはっきりと口にしてはいないのに、例え離れ離れになっていたとしても、お互いの中に相手への愛がずっと息づいている。しかも、どこまでもまっすぐな愛情を示すジャマールに対し、常に周りとの調和を意識しながら控えめな愛情表現をするラティカ。このような正反対の愛情表現は、まさしくツインソウルの特徴だ。

 もしかするとこの映画を観て、何故、幼少の頃のある時期を一緒に過ごしただけの相手を、いつまでもいつまでも愛し続けられるのか、という疑問が浮かぶ人もいらっしゃるかもしれない。しかし、おそらく、「私には彼でなければならない」、あるいは、「僕には彼女でなければならない」という感覚を良くご存知の方ならば、この映画にいたく共感されるのではないだろうか。二人の間には、気持ちを確認し合うプロセスが必要なく、お互いの本能で愛し合っているのだ。その本能とは、「運命」と呼ばれるものかもしれない。

 この映画は、二人の愛の物語だけでなく、ジャマールの兄サリームとの関わり合いも絡めながら、インドの裏事情をも描き出している。この映画を鑑賞したインド出身のある人は、鑑賞後に黙りこくってしまったそうだ。もしかすると、決して口にしたくないインドの裏事情が露(あらわ)にされていたのかもしれない。生きて行くために手段を選ばなかったサリームは、時にはジャマールの驚くべき味方になったり、また、敵になったりもする。それでも、兄弟の絆は結ばれたままで、最後には・・・・・・。

 私の中には、インドはもはやITの先進国というイメージが生まれつつある。しかし、もしかするとそれは、単に私たちの気付かないうちに歴史が塗り替えられ、表面的に見えている部分だけで判断しようとしているのかもしれない。表面的に見えていない部分には、かつてジャマールが育ったようなスラム街が、公には語られたくない形でひっそりと存在しているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジャマールを演じていたデヴ・パテルとラティカを演じていたフリーダ・ピントは、実際に恋愛関係にあるようですね。映画の撮影をきっかけに、愛が芽生えたのでしょうか。二人の愛が、この映画の中のジャマールとラティカのように運命的であって欲しいと願います。ちなみに、この映画の公開がきっかけになったのかどうかはわかりませんが、この映画に出演していたスラム街の子供たちの家が、ムンバイ市当局によって強制撤去されたそうです。それで解決というわけではないのに、家を失った子供たちは、路上での生活を余儀なくされているそうです。いろいろな意味で、世の中に問題提起をした作品と言えるのかもしれません。

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2009.05.18

新型インフルエンザ、兵庫県の事情

ホットヨガ(一五〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。本来ならば、ホットヨガのレッスン後の出来事について綴らせていただくところなのですが、神戸と大阪を中心に新型インフルエンザの感染が拡大していることもあり、現在の兵庫県の新型インフルエンザ事情を書かせていただくことにします。

 神戸で新型インフルエンザの感染が報じられてから初めての出勤日となった。いつものように、朝五時に起きて携帯電話のニュースサイトをチェックしてみると、前日よりも感染者が増えていた。私はもちろん、マスクを着用して出掛けて行くつもりだったが、前日の夜からガンモにも、
「出勤するときはマスクを着けて行くように!」
と声を大にして言っていた。しかし、もしかするとガンモはうっかり忘れてしまうかもしれないので、ガンモが職場から支給されたというマスクを何枚か取り分けて小さなビニール袋に入れ、ガンモのスーツのポケットに忍ばせておいた。

 それから支度を整えて家を出たのだが、やはり、道行く人たちの多くがマスクを着けているのを確認すると、私はうれしくなった。マスクを着けている人に出会うと、自分と同じくらいの危機感を持っていることが確認できて、まるで同胞に出会ったかのようなうれしさを感じるのだ。反対に、マスクを着けていない人に出会うと、感染が広がっていることを知らないのだろうかと心配になったりもした。

 いつもは混み合っているはずのJRも、休校のため、学生さんたちの姿が見えないので幾分空いているように見えた。マスクを着けている人たちは、全体の四十パーセントから五十パーセントくらいだろうか。中には新型インフルエンザなどどこ吹く風といった態度の人も見受けられ、マスクも着けずに正々堂々と電車に乗っている人たちも多かった。自分がマスクを着けていると、マスクを着けていない人の側には寄りたくないような心理が働くものだと思った。

 三ノ宮に着き、改札を通り抜けようとすると、目の前にテレビカメラを抱えた人たちが立っていた。どうやらテレビ局の取材で、神戸市内に通勤するの人たちを撮影しているようだった。私は、何の断わりもなく撮影されたであろうことに、少々ムッとした。

 三ノ宮から神戸市営地下鉄に乗り換えるまでのわずかの間に、私はいつもガンモに電話を掛けている。私が出掛けたあとも、ガンモがちゃんと起きられるように、目覚ましを七時にセットし直してはいるのだが、もしかすると二度寝をしてしまっている可能性もあるからだ。電話に出たガンモに、
「マスクを忘れたときのために、スーツのポケットに何枚か入れておいたから」
と言うと、
「もう、カバンの中に入ってるから」
という答えが返って来た。私がわざわざ用意しなくても、ガンモはちゃんと自分で予備のマスクをカバンの中に入れておいたようだ。

 さて、神戸市営地下鉄は、やはり学生さんたちがいないので、いつもと様子が違っていた。座席を確保するための殺気立った雰囲気がないのだ。私はのんびりと腰を降ろし、ノートパソコンを開いて「ガンまる日記」を書き上げた。

 職場の最寄駅に着いて地下鉄を降りると、やはり同じ地下鉄から降りた多くの人たちがマスクを着用していることがわかった。私は、我が家にはまだマスクの買い置きはあるが、万が一のためにマスクのストックを増やしておいたほうがいいのではないかと思い始めていた。そして、以前、勤務先の売店でマスクが安売りされていたことを思い出し、出勤前にビルの一階にある売店に寄ってみた。すると、ありがたいことに、売店にはマスクが山積みされているではないか。私は迷わず、五十枚入りのマスクを二セット購入した。

 出勤してみると、オフィスでは半数以上の人たちがマスクを着用していないことに驚いた。以前も書いたように、私の職場は神戸市のはずれにあることから、自家用車で通勤される方も多い。そのため、人ごみの中に出て行くという危機感が薄いのかもしれない。私はマスクを着けたまま席に着いた。その後、仕事仲間たちが次々に出社して来たのだが、やはりマスクを着用している人たちは少なかった。ただ、私と同じプロジェクトに参加している人たちは全員マスクを着けて出社し、仕事中もマスクを着けたままだった。

 聞くところによると、神戸市内では早くもマスクが売り切れ状態だという。確か、私が土曜日に神戸市内を歩いていたときも、ある薬局でマスクが山積みにされていたというのに、同じ場所を一時間半後に通ったときには、すべて売り切れていた。

 朝礼で、新型インフルエンザのことが話題に昇り、会社としては、まだ全員マスク着用の指示は出ていないが、外出時にはマスクを着用するなどの注意が必要だと言われた。私は、二ユースサイトなどの情報と、実際の世間の対応にギャップを感じ始めていた。新型インフルエンザは鳥インフルエンザよりも症状が軽いという認識もあり、通常のインフルエンザとほぼ変わりはないので、それほどナーバスにならなくても良いという意見もある。実際、感染された人たちの症状も軽いようだ。ということは、私自身がマスコミの情報に振り回されているのだろうか。とは言え、できる限り感染は避けたいので、自分でできるだけの防御はして行くつもりだ。

 やがてオフィス内には、新型インフルエンザに対する会社としての規定が定められたというメールが流れた。それによると、混雑した電車の中での感染も予想されるので、三ノ宮や大阪で乗り換える人は気を付けてくださいなどと書かれていた。もしかすると、通勤時間の長い私は、他の人たちよりもリスクを背負っていると言えるのかもしれない。何となく、帰宅するのが怖くなった。

 他にもそのメールには、毎朝、自分と家族全員の体温を測り、体調もチェックするような指示が書かれていた。私は、「体温など測らなくても、自分の体温がいつもよりも高いかどうかはすぐにわかるのに」と思った。しかも、「私が起きる頃には、ガンモはまだ寝ているのに、わざわざ起こして検温するのだろうか」とも思った。

 朝礼では、マスク着用の指示は出ていないとのことだったが、夕方になると状況は変わっていた。「帰宅用のマスクがない人にはマスクを支給しますので、明日の出勤用のマスクがない人も含めて遠慮なく申し出てください」という内容のメールが新たに届いたのだ。そのメールによれば、翌日になれば、本社からマスクがあと二百五十枚届くそうだ。企業としても、これ以上、新型インフルエンザの感染を拡大させないための対策を錬っているようだ。

 新型インフルエンザの感染拡大により、ガンモの会社も、いつもよりも仕事を早めに終えることになった。ガンモとは三宮では待ち合わせできなかったのだが、私よりも先に自宅の最寄駅に着いていたガンモが私の到着を待ってくれていたので、最寄駅で合流して一緒に帰宅した。ガンモは、
「咳やくしゃみをすると、みんなから注目を浴びる」
と言っていた。確かに私の職場でも同じような状況だった。誰かが咳やくしゃみをすると、音がしたほうをギロッと睨むのだ。帰宅した私たちは、もちろん、手洗いとうがいを徹底した。

 ところで、一日中、マスクを着用してみてわかったことがある。それは、マスクを着用するときの気持ちとしては、自分が感染しているかもしれないので、他の人にうつしたくないという加害者の気持ちよりも、感染者からの感染を防ぎたいという被疑者の気持ちのほうが強いということである。それなのに、マスクを着用していない人を見ると、自分と同じように感染を防ぎたいという被害者の気持ちよりも、マスクを着用していない人自身が感染しているかもしれないという加害者の視線を向けてしまうことがわかった。更に、マスクを着用している人に対しては同胞のような安心感を覚えるが、着用していない人に対しては、何故、着用しないのかという疑問の気持ちで見てしまうこともわかった。マスクを着用するかしないかによって、新型インフルエンザが心理的に与える影響も大きいように思えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ニュースサイトを参照する度に感染者の数が増えていますね。感染者の数を知ることも大切かもしれませんが、仮に、感染してしまった人たちの例を「失敗」とするならば、その「失敗」を活かすような報道をしなければ意味がないように思います。感染した人たちが何をして感染したのか。また、何をしなかったから感染してしまったのか。感染に関する情報だけが先走りして、感染していない人たちにとって、本当に必要な情報を提供できていないように感じてしまうのです。

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2009.05.17

ホットヨガ(一五〇回目)

映画『ダイアナの選択』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 神戸と大阪を中心に、新型インフルエンザの国内感染者が増えつつありますね。神戸市内で水際以外の感染者の可能性が濃厚になったことを、土曜日の早朝に携帯電話に登録しているメールニュースで知りました。そして、午後には感染が確定していました。感染者確定のニュースが流れたとき、私は神戸市内を歩いていましたので、普段、持ち歩いている大荷物の中からマスクを取り出して、直ちに着用しました。しかし、まだまだマスクを着けて歩いている人は少なかったように思います。週末を終えていよいよ月曜日を迎えますが、通勤事情など、どうなるのでしょうね。ガンモも私も、生まれてから一度もインフルエンザには感染したことがないので、インフルエンザに関してはまったくの未知数であります。皆さんも、くれぐれもお気をつけください。

 ゴールデンウィーク明けの土曜日は、梅田店でホットヨガのレッスンを受けた。大胆にも七十五分のパワーアクティブコースのレッスンを選んだのは、夕方から大阪でコンサートの予定が入っていたため、午前中のうちにレッスンを受けておきたかったからである。

 レッスンを担当してくださったのは、前回の梅田店におけるフロウコースのレッスンを担当してくださったインストラクターである。前回のレッスンでは、レッスン途中に退出してしまったので、顔を合わせるのは何となくバツが悪かった。ちなみに、今回のレッスンに参加されている男性会員は二人だった。一人は、これまでにもレッスンで何度かお目に掛かっている方で、もう一人は初めてお目に掛かる方だった。

 ヨガマットの上に腰を降ろし、レッスンが始まるのを待っていると、骨盤矯正ベルトを着けたままスタジオに入ってしまったことに気が付いた。現在、使用している骨盤矯正ベルトは布製なので、このままレッスンを受けるとなると、レッスンが終わる頃には骨盤矯正ベルトが汗でびちょびちょになってしまう。私は、いったん更衣室に戻って骨盤矯正ベルトを外そうか、どうしようか迷っていた。しかし、レッスン開始までもうあまり余裕がなかった。それならば、ここでTシャツとズボンを少しめくって、骨盤矯正ベルトのマジックテープをバリバリバリと剥がしてしまおうか。いやいや、スタジオ内にいるのが女性会員だけならまだしも、男性会員もいらっしゃるので、それはできない。私の心の中ではしばらく葛藤が続いていたのだが、結局、骨盤矯正ベルトを身に着けたままレッスンを受けることにした。

 ご存知のように、七十五分のパワーアクティブコースのレッスンは、ホットヨガのレッスンの中で最も激しいレッスンである。今回も、私はレッスンの途中で息が荒くなり、最後までレッスンを受けるのが困難な状況に陥ってしまった。このままレッスンを受けるのを諦めて退出してしまおうかどうしようか迷っていたのだが、どういうわけか、休息しながらでも何とか最後までレッスンを受けることができた。

 レッスンを終えて、よろよろとよろめきながらスタジオの外に出て行く途中、すぐ後ろを歩いている誰かに声を掛けられた。
「ブログ書かれている方ですよね? ガンまるブログ。読ませてもろてます」
ええええええええええええ? 何と、声を掛けてくださったのは、これまでにも何度かお目に掛かっている男性会員の方だった。私は驚きのあまり、
「はい、そうです。ありがとうございます」
と答えるのがやっとだった。

 そのまま更衣室になだれ込み、シャワーを浴びたのだが、私の頭の中は、「ガンまる日記」を書いていることをずばり言い当てられたことでいっぱいだった。少々大袈裟かもしれないが、きっと月光仮面や仮面ライダーの正体がばれてしまったときも、今の私と同じような気持ちだったのではないだろうか。やはり、レッスンのときに着ていたTシャツでわかってしまったのだろうか? そう思って、今回のTシャツは、やや控えめなデザインを選んでいたのに。

この日のレッスンで着ていたTシャツ。何の神様であるのかは不明

 とは言え、その男性会員の方は、私が「ガンまる日記」を書いていることを明確に指摘してくださった記念すべき第一号でもある。着替えを済ませてスタジオを出て某所で休んでいると、何と、さきほどの男性会員の方がもう一度私に声を掛けてくださったのだ。しばらくお話をさせていただいたところ、何とその方は、私の書いている別のサイトのことも良くご存知で、少々マニアックな話題にもお付き合いくださるようだった。しかも、パソコン通信時代の懐かしい接続サービス名がいくつか出て来ることからすると、どうやら同世代のようでもある。月に一回程度の割合で「ガンまる日記」を読んでくださっているらしく、ガンモがカングーに乗っていることも良くご存知だった。あまり詳しくは書けないが、その他にもいろいろお話をさせていただいた。

 帰り際に自己紹介してくださったので、私も自分の苗字を名乗った。いやはや、ホットヨガのレッスンに通い始めてからそろそろ三年になるが、これまで女性会員ともほんのあいさつ程度の会話しか交わしていなかったというのに、梅田店に通っていらっしゃる男性会員の方と、このような形でお話ができることになろうとは。私は驚きのあまり、ちょっぴり興奮気味だった。

 その後、大阪に出て来たガンモと合流してお昼ご飯を一緒に食べたあと、ハービスOSAKAにあるトラベルラウンジに足を運び、夏休みの旅行の計画を練った。夕方からは、コンサートの予定が入っていたのだが、ホットヨガで激しいレッスンを受けたからだろうか。私は、頭に酸素が行き渡らないときに生じる頭痛を感じ始めていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 驚きましたねえ。(苦笑)おかしかったのは、私がいつも梅田店に足を運ぶときは、何かのイベントとセットにしていることをちゃんとご存知だったことです。梅田店に足を運んだ理由として、「今日はコンサートがありますので」と答えたのですが、すっかり行動を読まれてしまっていることの恥ずかしさと言いますか、うれしさと言いますか。(笑)人生、何が起こるかわからないので、目が離せませんね。(苦笑)

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2009.05.16

映画『ダイアナの選択』

ミイラ男の足(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 楽天市場に追加で注文しておいた商品も届き、早くも自宅用として使い始めました。ガンモが「ミイラ男の足」と表現したのは、言いえて妙ですね。(苦笑)それにしても、色が白いと汚れが目立ち易いと思うのですが、白であることに特別な意味があったりするのでしょうか。

 この作品を鑑賞したのも、今からおよそ一ヶ月以上前のことである。鑑賞する前から劇場で何度もこの映画の予告編が流れていたので、興味を持っていた。実際に鑑賞してみると、とても美しい映像に思わずため息が出そうになった。

 アメリカの高校で銃乱射事件が起こり、女子トイレで話をしていた親友同士のダイアナとモーリーンが事件に巻き込まれる。銃を持って女子トイレに押し入って来たのは、ダイアナのクラスメートの男子生徒だった。彼は、ダイアナとモーリーンに、
「二人のうちどちらかを殺す。さあ、どっちを殺す?」
と尋ねる。いわば、究極の選択である。

 堅実なモーリーンに対し、若さを持て余し、ちょっぴり擦れたような生き方を選んでいたダイアナ。不良っぽい少年との付き合いの末に妊娠し、中絶まで経験することになってしまう。そんなダイアナが自分と正反対のモーリーンとピッタリ息が合っていたのは、調和としか言いようがない。突然の銃乱射事件は、そんな調和をも乱す出来事だったわけである。

 男子生徒に究極の選択を迫られるものの、実際にどちらが殺されることになったかという映像は流れず、十五年後のダイアナと高校生のダイアナの映像が交互に映し出される。その構成から、殺されたのはダイアナの親友モーリーンで、十五年後のダイアナは、そのときの事件を心の中にずっと引きずりながら、生き残ったことに対する罪の意識を感じて生きているように見える。しかし、ラストを知ると、今まで目にした映像から組み立てたストーリーが一気に覆される。最後まで観終わった私は、狐につままれたような顔をして映画館を出た。そのとき、一緒に映画館を出た人たちも、私と同じように頭の中がはてなマークでいっぱいだったようだ。

 鑑賞し終わってから映画のレビューサイトを拝見すると、「この映画は、鑑賞し終わってからのほうが楽しめる」というレビューが目に留まった。おそらく、鑑賞直後に受けた衝撃から、この映画の本当の意味を理解しようと試みることが楽しみに繋がるのだろう。そして私はようやく気が付いたのだ。なるほど! そういうことか!

 人は、死を目前にすると、これまで生きて来た人生を走馬灯のように振り返ると言う。しかし、ダイアナの場合は・・・・・・。確かに、この結末は面白い。美しい映像は決して無駄ではなく、ダイアナの「現在」に繋がっていたのだ。

 エンドロールの中で、公式サイトで公開されている、この映画に対する監督の解釈のページにアクセスするためのキーワードが表示されていた。私はそのキーワードを記憶に留め、公式サイトにアクセスしてみた。やはり、私が感じていた通りの解釈で良かったようだ。いやはや、鑑賞直後は狐につままれたような感覚だったが、時間を掛けてこの映画を理解したとき、映画としての面白さがどんどん増して来る。そんな映画に出会えたことは、数ある映画鑑賞のうちの貴重な経験の一つである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく美しい映像でしたね。「衝撃の結末」というキャッチコピーもあったようですが、「衝撃の結末」というよりは、「意外な結末」のほうがしっくり来るかもしれません。それにしても、こういう映画が受け入れられるのは、ミニシアター愛好家たちの間だけかもしれませんね。(苦笑)

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2009.05.15

ミイラ男の足(後編)

ミイラ男の足(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ミイラ男の足の実際の使用感については、もう少し経ってから綴らせていただこうと思っていたのですが、やはり皆さんに早くご報告したくて、いつものように、一度書き上げた記事のタイトルを変更させていただきました。(苦笑)では、後半の記事を綴って行きますね。

 出勤した私は靴を脱ぎ、自宅から持参した袋の中からゴソゴソとミイラ男の足を取り出して、ゆっくりと片方ずつ履いた。ミイラ男の足に足を入れると、羽毛が入っているらしく、ふかふかとして実に気持ちが良かった。まるでダウンジャケットを着ているような軽さである。もしかすると、器用な人ならば、着古したダウンジャケットで同じようなものが作れるのではないだろうか。

 オフィスでは相変わらず冷房が入り、冷たい空気が足元に流れ込んでいたようだが、私はミイラ男の足のおかげで、足元を冷やすことなく、快適に仕事をこなすことができた。足元が暖かいというだけでも、ずいぶん幸せな気持ちになれるものだと思った。

 履いた直後は、ロングブーツのように、足元をもう少し上のほうから包んでくれたらいいのにと思っていたのだが、実際に使い始めてみると、足首の辺りからの長さだけでも十分だった。とは言え、私の身体の中には過去の冷えがまだ残っているようで、足首の辺りから、冷たいわっかが掛かっているような感覚がある。いくらミイラ男の足でも、過去の冷えまでは取り去ってはくれないようなので、まずはそれらの冷えを完全に取り去ってからミイラ男の足を使い始めるべきだったとちょっぴり後悔している。

 私は、ミイラ男の足がとても気に入ったので、楽天市場で同一の商品を検索してみた。すると、同じ商品が出るわ、出るわ。しかも、何と、私がネットオークションで落札した金額よりも安い価格で販売されているではないか。商品名がわかっていれば、最初から楽天市場で購入すれば良かったと思った。私は、商品が気に入ったことと、最初に購入した金額よりも安い価格で売られていることから、同じ商品を追加であと二つ注文した。一つは私と同じように下半身が冷え易い実家の母のため、そしてもう一つは、自宅用である。

 ただ、仕事中、これまでよりも快適に過ごせるものの、何から何まで問題なしというわけではない。例えば、私が冷え取り健康法のために靴下を四枚重ね履きをしていることが原因で、座ったままの姿勢ではミイラ男の足の着脱がやや困難であることも問題の一つだ。そのため、できることなら、ミイラ男の足を仕事中、ずっと履き続けていたいのだが、もともとはルームシューズ仕様であることから、トイレに立つときは自分の靴に履き変えなければならない。もちろん、自宅のトイレであれば、ミイラ男の足のまま入るのだが、オフィスのトイレに入るのはいろいろな意味で抵抗があるのだ。そのため、トイレから帰ると、再び靴を脱いでミイラ男の足を履くことになるのだが、着脱がやや面倒なことから、トイレに行く回数が減りつつある。

 また、私はお昼休みになると、持参したお弁当を食べるために、オフィスに設置されているポットのお湯をもらってお茶と味噌汁を入れている。ミイラ男の足の着脱がやや面倒なので、オフィス内をそのまま歩いてみたところ、普段、歩いているのとは違う足音がして、ちょっぴり恥ずかしかった。ミイラ男の足が大きいので、歩くときに擦れて音がするようなのだ。しかも、私の席からポットの設置場所まで歩いて行くには、部長席の近くを通るのが一番近道なので、ミイラ男の足で歩いているところを部長に見つからないように歩くのは、ちょっぴりスリルがあった。

 とは言え、やはり足元が暖かくて快適なのはうれしい。これまでは、足元がひどく冷えるために、ひざ掛けを下ほうまでずり下ろして使用していたのだ。しかし、そうすると、ひざ掛けが下に下がった分、今度はお腹や背中のあたりにどんどん冷気が入り込んで来てしまうため、冷房対策に難儀していたのだ。細かい問題点はいくつかあるものの、足元が冷えていた頃に比べれば、微々たるものである。ミイラ男の足は確実に、オフィスの冷房対策としては大きな効果をもたらしてくれている。

 仕事を終えた私は、ミイラ男の足をオフィスの机の下に脱いだままにして帰宅した。私が帰宅したあとはいつも、清掃係のおばちゃんがオフィスを掃除してくれているのだが、清掃係のおばちゃんが、私の机の下にあるミイラ男の足を見付けて、
ミイラ男の足が発見されました!」
などと言って、ビルの管理事務所に駆け込んだりしないことを密かに祈っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 足はいつの間にか冷えて、その冷えはしばらく身体の中に残っているのだということが、今回のことを通して良くわかりました。これからは、足を冷やさないように、極力気を付けたいと思います。ちなみに、ミイラ男の足の商品名は「ソフト・デ・ブーツ」です。楽天市場で「ミイラ男の足」などと検索しても決してヒットしませんので、ご注意くださいませ。(苦笑)

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2009.05.14

ミイラ男の足(前編)

映画『フィッシュストーリー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。映画の予告編では、逆のパターンも経験して来ました。つまり、予告編には心惹かれたのに、実際に鑑賞してみるとがっかりしたというパターンです。やはり予告編は、映画の最も重要な入口の一つでもありますから、映画の本編とかけ離れたものであって欲しくないですね。

 四月に入った頃からだろうか。早くもオフィスに冷房が入り始め、仕事中にストレスを感じ始めている。何故、こんなに早い時期から冷房を入れなければならないのかと思うのだが、私が働いているオフィスにはたくさんのパソコンがあり、熱がこもり易いので、少しでも暖かくなると、部屋を冷やさなければならないらしい。

 ホットヨガのレッスン中は、スタジオ内に熱がこもると、インストラクターがスタジオの扉を開けて空気を入れ替えてくださり、まるで天国のように感じることがある。まさしく、冷房のありがたみを実感する瞬間である。しかし、オフィスにいるときは身体を動かさず、じっと座っているせいだろう。クーラーの冷たい風が身体に当たると、ひどく不快に感じるのだ。

 とは言え、オフィスで感じる体感温度は、クーラーの吹き出し口から近い人と遠い人で異なる。また、もともと暑がりの人もいれば寒がりの人もいるだろう。私のように、自律神経がうまく機能していない人は、環境に合わせて体温調節することができず、暑がりであると同時に寒がりでもある。それでも、私の場合、寒さに敏感なのは、人工的な寒さに対してのみである。この冬は、ほとんど暖房器具を使わずに過ごしたくらいだから、自然の寒さには強いのだ。

 オフィスで感じる寒さとして、年を重ねるごとに顕著になって来たのが、足元の冷えである。一般的に、オフィスでは天井から室内に冷たい空気が送り込まれ、冷たい空気はやがて机の下に溜まる。すると、足元がギンギンに冷えて来るのだ。

 冷え取り健康法のために靴下を四枚重ね履きしている私の足でさえ、滞留した冷たい空気には弱い。そのため、私は、百円ショップで購入したサウナスーツの足先をブーツ状にカットして、足元にかぶせて冷えから守っている。何故なら、靴下を何枚重ね履きしていたとしても、靴下の生地の隙間を狙って冷たい空気が入り込んで来るからだ。

 仕事が終わる頃に、サウナスーツの足元だけの薄いブーツを脱いでみると、その中は汗をびっちょりと掻いている。冷風を通さないということは、同時に通気性も悪くしてしまうのだ。それでも、足が冷たくなるよりはマシだと思い、我慢している。

 それほど足元を防御していても、帰宅すると足が冷たい。足首の辺りから足先までが何かに浸かったように冷たく感じるのだ。更に、足元が冷えていると、夜はなかなか寝付けない。そこで私は、しばらく使っていなかったぽかぽか足湯で足を温めることにした。ぽかぽか足湯は、お湯ではなく電気で冷えた足を温めてくれる。これがとてつもなく気持ちがいいのだ。今の私にとって、至福の時間である。

ぽかぽか足湯(amazonから画像を拝借)

 久し振りにぽかぽか足湯を使ってわかったことは、冷えは身体に蓄積されるということだった。何故なら、オフィスの空調の影響を受けない週末であっても、ウィークデイに冷えた足がまるで何かに浸かったように冷たく感じられるからだ。その足をぽかぽか足湯で温めることにより、ようやく冷えが取れて快適になる。

 クーラーを発明した人は天才かもしれないが、足元が冷えてしまうのは、一部の女性には優しくない。まだ五月の半ばだというのにこの調子では、きっと暑い夏を乗り切ることはできないだろう。そこで私は、オフィスの冷房対策として何かいいものはないかと思いを巡らせた。そして思い付いたのが、冬に売られていた室内で履くブーツをオフィスに持参することだった。しかし、冬ならまだしも、もう五月である。室内で履くブーツなど、もはやどこにも売られていないのではないだろうか。そんな諦め半分の気持ちでインターネットを徘徊していると、ネットオークションに「ソフト・デ・ブーツ」なる商品が出品されているのを発見した。商品の写真を見ると、ちょうど私が冷えを感じている足首のあたりから下までをサポートしてくれそうだ。私は、「これだ!」と思い、すぐに入札した。幸い、ライバルは誰もいなかったので、私はめでたくその商品を落札することができた。そして届いたのがこれである。

ソフト・デ・ブーツ

 私は、商品が届いたことがうれしくて、早速家の中で履いてみた。確かに暖かい。これでオフィスの冷房から足を守ることができるだろうか。私は、うれしそうに、ガンモにブーツを履いた足を見せた。するとガンモは、
「ミイラ男?」
と私に言った。私が、
「何で男なの?」
と尋ねると、
「だって、ミイラ女なんて聞いたことないから」
と言った。

 確かに色が白いので、ミイラ男の足のようではある。それにしても、ミイラ男とは、良く言ったものである。ガンモの意外な発言に驚かされたのだった。こうして私は、ミイラ男の足をバッグに忍ばせて、仕事に出掛けて行く準備を進めている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ミイラ男の足は、間もなくオフィスに持ち込まれます。果たしてこれでオフィスの冷房から足を守ることができるのでしょうか。また後日報告させていただきますね。冷房の効いたオフィスで長時間、過ごすことになりますので、これからの季節は冷房対策が大切ですね。皆さんもどうか、足元を冷やさないようにお気をつけください。

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2009.05.13

映画『フィッシュストーリー』

平安時代からやって来たタイムマシンの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。以前、書いたかもしれませんが、私は現役時代、京都にある私立大学を受験して見事にすべり落ちました。(苦笑)結局、すべり止めで受かっていた広島の私立大学に進学したのですが、入学後わずか二ヶ月で休学を決意し、予備校に通い、翌年、川崎市にある大学に入学しました。京都の別の大学には、仲の良かった友人たちも進学しましたので、もしも現役で京都の大学に進学していたら、私の人生は変わっていたかもしれません。今回遭遇したようなタイムマシンとも、もっと若い頃に出会っていたことでしょう。

 今回も、一ヶ月ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただくことにする。私は、この作品を上映していた映画館のシネマポイントカードの会員である。その映画館では、毎週金曜日に、シネマポイントカードの会員ならば千円で映画を鑑賞できることになっているので、私は金曜日ごとにせっせとその映画館に足を運んでいた。そのため、いつの間にか、この作品以外のすべての作品を鑑賞してしまっていた。

 私がこの作品の鑑賞を最後まで後回しにしてしまったのは、予告編に心惹かれるものがなかったからだ。だから、次の金曜日を迎えても、この作品しか鑑賞するものがないならば、その映画館に足を運ぶのは見送ろうとまで思っていた。しかし、いつも拝読しているお気に入りブログにこの作品のレビューが取り上げられ、その記事の書き出しには「いやあ、面白い」と書かれてあった。ネタバレ注意報を察知したので、それ以上は読み進めなかったのだが、「何? あんな予告編なのに面白い映画なの?」と驚きの気持ちでいっぱいだった。

 私は、そのレビューの冒頭部分を信頼して、半分騙されたつもりでこの作品を鑑賞してみようと思い立った。そして、実際に鑑賞してみると、確かに「いやあ、面白い」と冒頭で述べたくなるような作品だった。何でこんな面白い作品を見逃してしまいそうになったのだろう? ひとえに、予告編で繰り返し流れる「フィッシュストーリー?」という言葉があまりにもしつこかったからだ。しかも、鑑賞すればわかることだが、予告編を製作するには、話が関連性を持ちながらあちらこちらに飛び過ぎる。そのため、予告編のように部分的な映像だけでは物語の面白さが伝わり難いのである。

 さて、この映画がどんなふうに面白い作品であるかというと・・・・・・。例えば私が、「ガンまる日記」にある勘違いを含んだ記事を書いてしまったとしよう。更に、その記事を読んでくださった方が、その記事にインスパイアされて芸術的なものを生み出したとしよう。やがて、その芸術作品を鑑賞した人たちの間で、人生を変えるような出来事が起こって行くとしたら・・・・・・。

 この映画のタイトルは『フィッシュストーリー』、すなわち、ほら話である。タイトルから、映画『ビッグ・フィッシュ』を思い出した方もいらっしゃるのではないだろうか。映画『ビッグ・フィッシュ』は、お父さんの壮大なほら話から成る物語だったが、本作はそうではない。すべては『フィッシュストーリー』という、誤って翻訳された一冊の本から始まるのだ。その本から歌詞のヒントを得たバンドが、解散前に『フィッシュストーリー』というタイトルの歌を作ってレコーディングを行う。話はそこでは終わらない。その『フィッシュストーリー』には無音の部分があった。いったん録音された部分が、製作側の意向により、レコーディング後に消されたのだ。そして、その曲を聴いた人たちの間で、様々な憶測が飛び交う。

 映画で取り上げられるような物語の多くは、人間同士の直接的なコミュニケーションを描き出したものが主流である。しかし、この作品で描き出されているのは、直接的な関わりはなくとも、間接的な関わりを持った人たちだ。カセットテープでカーステレオを聴いていた旧き良き時代から、彗星の衝突により、地球滅亡を数時間後に控えた近未来までの時代に生きる人たちが、『フィッシュストーリー』に間接的に関わって行く。そして最後にすべての関連性が明るみになるという、映画『ビッグ・フィッシュ』とは別な意味で壮大なストーリーに仕上がっているのだ。

 このような作品を鑑賞すると、物語に登場する様々な人たちが織り成す『フィッシュストーリー』に関連するひとつひとつの出来事に感心せざるを得ない。同時に、この物語を考案した原作者や、映画化のためにシナリオを書き上げた脚本家の素晴らしい才能にも脱帽する。このようなストーリーを生み出すには、最初に結末を考え、あとからその結末に繋がる原因を関連付けて行くのだろうか。作り手の頭の中がどのような状態にあったのか、とても気になる作品でもあった。このような面白い作品を、単に予告編が面白くないというだけの理由で、鑑賞せずに通り過ぎようとしていたことを恥ずかしく思うとともに、今後、このような面白い作品を見逃さないようにするためにも、予告編の製作に携わっている人たちに、予告編が常に本編の縮小型であることを強く望む次第である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 普段は、予告編に誘われて次々に映画を鑑賞している私でありますが、予告編に誘われず、危うく鑑賞を見送りそうになってしまったケースでした。そう言えば、本作と同じスタッフが制作に関わった映画『アヒルと鴨のコインロッカー』も、同様の理由で鑑賞していません。(苦笑)面白い映画だったのかどうか、DVDで鑑賞してみる価値はあるかもしれませんね。

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2009.05.12

平安時代からやって来たタイムマシン

ホットヨガ(一四九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。勤務先で私物のノートパソコンを使用することができなくなってしまったので、記事をアップしたあとは、お昼休みに携帯電話からブログの管理ページにアクセスして推敲しているのですが、今回の記事は特に誤字・脱字が多くて驚きました。通勤途中に混み合った地下鉄の中でノートパソコンを広げてコソコソ書いているからですね。(苦笑)更新直後にアクセスしてくださった皆さんには、大変お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。ちなみに、携帯電話からの推敲は、記事の文字数がそれほど多くないときだけ行うことができます。文字数が多いと、携帯電話から読み込めないので、夕方以降にノートパソコンから推敲しています。

 京都駅前店でホットヨガのレッスンを受けたあとは、お昼ごはんも食べずに京都駅前から市バスに乗り、東寺へと向かった。ひどくお腹が空いてはいたものの、東寺で行われているガラクタ市の出店で食べ歩きをしようと思ったのだ。乗り込んだ市バスは、東寺に近い「東寺道」という停留所に停まる市バスだったのだが、「東寺道」から東寺までは少し歩かなければならないらしい。私は運転手さんに、
「このバスは、東寺道よりももっと東寺に近いバス停に停まりますか?」
と尋ねてみた。すると運転手さんからは、
「停まりません」
という答えが返って来た。そこで私は、「東寺道」で市バスを降りたのだが、降りるときに運転手さんが後ろを指差しながら、
「東寺はね、後ろの信号をどんつき左」
と教えてくださった。

 運転手さんにお礼を言ってバスを降りると、私は「どんつき」の意味を取り違えて、運転手さんが教えてくださった信号よりも更に先の信号を左に曲がった。おそらく運転手さんは、先に左に曲がったあと「どんつき」という意味で教えてくださったのだと思うのだが、私は、ひとまず通りの行き止まりまで歩いて行き、そこから左に曲がったのである。しかも、東寺の出店で食べ歩きをするはずだったのに、途中でおいしそうな定食屋さんがあったので、そこでお昼を済ませてしまった。

 間もなく私は、運転手さんが教えてくださった「どんつき」の意味を取り違えてしまったことに気が付いた。結局、最初に歩いた分だけ、元に戻ることになってしまったのだが、歩かなければ定食屋さんに入ることができなかったので、よしとすることにした。

 東寺に着くまでの間に、何やらひどくめかしこんだ車が何台も私の前を通り過ぎて行った。それらの車には、何と平安時代の衣服をまとった人たちが乗り込んでいた。ひょっとすると、平安時代からやって来たタイムマシンなのだろうか? というのは冗談だが、実は最初のうち、仮装行列かと思ったのだ。しかし、仮装行列にしては厳格なムードが漂っていたので、どうやら京都の伝統行事らしいということがわかった。

 遠回りしてようやく東寺の五重塔が見えて来ると、いつも出入りしている門の辺りに人だかりができている。どうやらさきほどの平安時代からやって来たタイムマシンを待っているようだ。見ると、作務衣を着た人や正装した神職らも待機している。また、通りの向こう側には、白装束の人たちがビデオを構えている。その中の一部の人たちが「伏見稲荷」と書かれた服を着ているので、伏見稲荷に関する行事が行われているらしい。一体何が始まるのかと思いながら、横断歩道を渡って東寺の門の近くまで来た私は、一般の人たちにまぎれてカメラを構えた。今回は携帯電話に付属のデジタルカメラではなく、久し振りにデジタル一眼レフを持ち出したのだ。

 しばらく待っていると、平安時代からやって来た何台ものタイムマシンが再び私の前を通り過ぎて行った。私は、物珍しげに何度も何度もシャッターを切った。しかし、タイムマシンは一気にやって来るわけではなく、ちょろちょろ、ちょろちょろと分散してやって来る。すべてのタイムマシンをここで待っていては、ガラクタ市が終わってしまう。私は、いつも利用している入口がふさがっているので、目の前を通り過ぎて行くタイムマシンを見送りながら、もう一つの入口に向かって歩き始めた。とは言え、そもそもこのような特別な行事が行われている日にガラクタ市など開催されているのだろうか。

 そんなことを思いながら歩いているうちに、大きな狐と鳥居がトラックで運ばれているのが見えた。なるほど、伏見稲荷なので、ご神体は狐なのだ。それにしても、狐を崇めるというのは・・・・・・。ちょっと不思議な気持ちに浸りながら、東寺の別の入口を目指すと、ガラクタ市の開催中を示す赤い旗が入口に掲げられているのが見えて来てほっとした。ガラクタ市は確かに開催されているようである。

 しかし、念願の東寺の中に足を踏み入れてみると、多くの露店が既に店じまいモードに入っていて、露店に並べていた商品を新聞紙に包み直したりしていた。私は、ガラクタ市の雰囲気を少しでも味わおうと、その中を足早に渡り歩いた。ガラクタ市は、やはり毎月二十一日に同じ東寺で行われている弘法さんの市よりもずっと規模が小さく、心惹かれるものに出会うことができなかった。ガラクタ市で楽しいものを見付けようとして、わざわざ京都駅前店のホットヨガのレッスンを予約してまで京都にやって来たというのに、平安時代からやって来たタイムマシンに心を奪われているうちに、ガラクタ市は既に店じまいモードに入ってしまっていたのだ。

 私は肩を落としたまま東寺をあとにした。楽しみにしていたガラクタ市を楽しむことができなくて、ちょっとふてくされていたのか、元来た道を戻らずに、歩いて来た道とは反対方向に歩き、京都行きのバスが往来するバス停を見付けた。そして、そのバス停で何十分も待ってようやくやって来た京都駅行きの市バスに乗り込み、周辺をぐるっと遠回りして京都駅に着いた。一体何をしに京都までやって来たのやら。それでも、平安時代からやって来たタイムマシンに出逢えたことのほうが特別だったのかもしれない。そんなことを思いながら帰路についたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、平安時代からやって来たタイムマシンをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m インターネットで調べてみると、私が京都に出掛けた五月三日は稲荷祭の還幸祭(かんこうさい)というものが行われていたようですね。かなり古くから伝わる伝統的な行事のようです。私には、東寺と伏見稲荷が結び付かなかったのですが、どうやら平安時代に、真言密教と稲荷神が密接に結び付いたようです。その影響もあってか、東寺の守護神は稲荷神だとか。これは意外ですね。それにしても、タイムマシンに乗っていた人たちは、ちゃんと元の時代に戻ることができたでしょうか。

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2009.05.11

ホットヨガ(一四九回目)

映画『トワイライト〜初恋〜』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m むむむむ、もしかすると、少数派のレビューを書いてしまったでしょうか。(苦笑)私としては、今から続編が楽しみな映画であります。ヴァンパイアと人間という究極的な立場でなくても、男女がそれぞれの立場を変えようとせずに、お互いをありのままに愛し合うことができたらいいですよね。「あるがままを愛すること」を強く意識させてくれた作品でありました。

 ホットヨガ(一四八回目)のレッスンの翌日、ゴールデンウィークの真っ最中だったが、あいにくガンモは仕事が入っていた。そこで私は、朝から京都まで出掛けて、京都駅前店で七十五分のパワーアクティブコーススのレッスンを受けることにした。わざわざ京都まで出掛けて行ったのは、毎月第一日曜日に、東寺でガラクタ市が開催されているからである。確か、東寺ガラクタ市には、これまでにも何度か足を運んだことがあったはずだが、二月に友人と一緒に出掛けた弘法さんの市よりも規模が小さいという印象があった。

 それはさておき、今回も尼崎から新快速列車に乗り、自宅からわずか一時間程度で京都に着いた。ホットヨガの京都駅前店のスタジオは、京都駅前の広い横断歩道を渡ってすぐのところにある。

 私の知る限り、七十五分のパワーアクティブコースは最も体力的に厳しいレッスンである。今回、私がパワーアクティブコースのレッスンを選んだのは、午後からの時間を東寺ガラクタ市に費やしたいと思ったからだ。おそらく、レッスンの内容がパワーアクティブコースであろうとなかろうと、私はこの時間帯のレッスンを予約していたことだろう。

 今回のレッスンに参加していたのは、私を入れて十五名の参加者だった。レッスンを担当してくださったのは、演歌歌手のような雰囲気の漂う敏腕インストラクターで、教え方がとても上手だった。教え方の上手なインストラクターに出会うと、多少レッスンがきつくても、最後まで挫折することなくレッスンを通してしまう。おそらく、レッスンの内容ではなく、インストラクターに惹かれているのだろう。

 ストレッチのコーナーで、演歌歌手のインストラクターが足の指を開いたり閉じたりする体操を指導してくださった。初めての体操ではなかったが、私は毎回、足の指が開かず、難儀していた。冷え取り健康法のために五本指ソックスを毎日重ね履きしているというのに、足の指がなかなか開かないのである。身体が柔らかくなると、足の指まで自由自在に動かせるようになるのだろうか。私が毎日、五本指ソックスと格闘しているのは、足の指が開きにくいからだということが良くわかった。恥ずかしながら、私が冷え取り健康法のための五本指ソックスを四枚重ね履きするのに(四枚のうち三枚が五本指ソックス)、十分は掛かっている。しかし、足の指が容易に広がる演歌歌手のインストラクターならば、四枚の靴下を重ね履きするのに五分も掛からないのではないだろうか。五本指ソックスを素早く履く練習を重ねるよりも、足の指を自由自在に動かせるようなストレッチを重ねたほうがいいのかもしれない。

 レッスンには、ダウンドッグのポーズが何度も何度も繰り返し出て来た。太陽礼拝のポーズをベースとした厳しいポーズが容赦なく繰り返される。インストラクターがときどきスタジオの扉を開けて、冷たい空気を送り込んでくださるのがとてもうれしい。冷たい空気は、暑さと疲労でダメージを受けている私にエネルギーを送り込んでくれた。

 厳しいレッスンだったが、演歌歌手のインストラクターの魅力に引きずられて、最後までレッスンを受けることができた。しかも、レッスンを終えて時計を見ると、レッスンが十分も長引いていた。最後までレッスンを受けることができたのも、演歌歌手のインストラクターのおかげである。レッスンを終えたあと、シャワーを浴びるためにTシャツを脱ぐと、Tシャツは絞れるくらいびちょびちょだった。

 ちなみに、汗でびちょびちょになる前に撮影したTシャツは、以下の通りである。今回も、オームのロゴ入りTシャツである。前面よりも背面のほうがにぎやかなのが特徴だ。

こちらはおとなしい前面

こちらはにぎやかな背面

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あまりにも疲労が激しいと、レッスンの途中でスタジオを退出することもありますが、今回のレッスンは最も厳しい七十五分のパワーアクティブコースのレッスンで、しかもレッスンが十分間長引いたにもかかわらず、最後までレッスンを受けることができました。魅力的なインストラクターに引きずられたと書きましたが、もしかすると、怖いものみたさに近い感覚だったのかもしれません。魅力的なインストラクターに当たると、自分の限界に挑戦したくなるのですね。

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2009.05.10

映画『トワイライト〜初恋〜』

草食系対肉食系の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私がすずらんの湯に行くために、金券ショップで格安の休日回数券を購入していることを話すと、彼女たちにひどく驚かれてしまいました。彼女たちは、そのようなチケットが存在していること自体、知らなかったのだそうです。私は、「あちこち出掛けるし、映画も半端じゃないくらい鑑賞するから、できるだけ安い価格で実現できるような方法をいつも模索しているんだ」と言いました。それともう一つ、少し前に好敵手の彼女と二人で食事をしたときはとても深い話になりましたが、今回は三人だったこともあり、深い話には至りませんでした。やはり、人間同士の交流は一対一が基本なのではないでしょうか。私が少人数の交流を好むのは、コミュニケーション力が衰えていることとは別に、人の深い部分に触れたい気持ちもあると思います。

 この作品を鑑賞したのは、今からおよそ一ヶ月ほど前のことである。三日に一本のペースで映画のレビューを書かせていただいてはいるものの、鑑賞する作品が多過ぎて、なかなかリアルタイムの鑑賞に追い付けないでいるのだが、この作品だけは他の作品を飛び越して、リアルタイムでレビューを書きたいくらいだった。とにかく、これまで観たこともないような面白い映画だったからだ。

 何が面白いのかというと、その意外性にある。まずは、禁欲するヴァンパイアの存在が意外である。一九一八年から年を取っていない高校生のヴァンパイアのエドワードが、同じ高校で運命的な女性ベラに出会い、人間であるベラの血を吸いたくても吸わないように必死で禁欲するのだ。そしてもう一つは、物語がヴァンパイア対人間の戦いではなく、ヴァンパイア同士の戦いであることも意外である。

 エドワードとベラの出会いが、最初から相手に対してどっぷりとはまるわけではなく、第一次接近遭遇と第二次接近遭遇が用意されているところは、運命的な男女の出会いを良く心得ている人の生み出した作品であることがうかがえる。しかも、ヴァンパイアのエドワードが人間であるベラに示す愛がたまらなくいい。それは、ベラの血を吸わないという禁欲の形で現れる。つまり、エドワードの中では愛と欲望の違いがはっきりと分かれているのだ。

 愛が大きく成長すればするほど、欲望というものは抑えられる傾向にある。私たちは普段、何が愛で何が欲望であるのかを、意識せずに生きているのではないだろうか。例えば極端な話、男性が見知らぬ女性をレイプするのは愛ではなく、欲望である。これはわかり易い。それは、両者の間に愛が通っていないからだ。しかし、互いに愛を交わし合っている者同士の間にある愛と欲望は、なかなか区別がつき難いものである。

 私は、それが愛であるのか欲望であるのかは、その行為が相手の自由意思を奪っているかどうかで判断できると思う。ここで、本作のエドワードの行動を振り返ってみよう。彼が、ベラの自由意思を奪っていたかどうか。奪ってはいない。彼はむしろ奪うどころか、人間としてのベラをありのままに愛そうとした。ありのままとは、人間のままの彼女を、という意味だ。エドワードがベラの血を吸うことで、人間であるベラをヴァンパイアの仲間に引き込むこともできたはずなのに。自分とは異なる立場の存在を、自分の側に引き寄せてしまわずに、人間としての彼女をありのままに愛そうとする。そのための激しい葛藤のシーンは、ベラに対するエドワードの愛そのものだった。人間のほうが、ヴァンパイアよりもずっと寿命が短いというのに。

 欲望は、達成してしまえばそれで終わりである。相手の自由意思を奪い、シャボン玉のごとく、新たなる欲望が生まれるだけだ。しかし、愛は違う。好評のため、早くも続編が作られているそうだが、もしかすると、ベラは人間として一度肉体を去るが、次に転生して来たときに再びエドワードと出会い、恋に落ちるなどというストーリーもアリではないだろうか。何はともあれ、まだこの映画が劇場公開されているうちにレビューを書くことができて光栄である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m エドワード役のロバート・パティンソンくんは、私の好みの男性ではないのですが、ヴァンパイアの役としては適役だと思います。映画『ハリー・ポッター』シリーズにも出演されていたようですね。映画『ハリー・ポッター』シリーズは全作観ているのに、彼のことはまったく記憶にありませんでした。(苦笑)ベラ役のクリステン・スチュワートはかわいいですね。彼女の演技を見守っていると、毅然とした態度を取っているところなど、日本人にはできない役柄だと思いました。外国の女性は男性から自立しているように思えます。女性としてのプライドを持って生きているのでしょうか。

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2009.05.09

草食系対肉食系

ホットヨガ(一四八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、ゴールデンウィーク中であるのをいいことに、ホットヨガ(一四八回目)のレッスンを受けた翌日もホットヨガのレッスンを受けたのですが、ホットヨガの記事が連続することになってしまいますので、今回は少し時間を進めて、ゴールデンウィーク明けの記事を先に書かせていただこうと思います。

 八連休のゴールデンウィークが終わり、再び仕事が始まった。五時起き生活のサイクルを守るため、連休中もできるだけ早起きを心掛けていたので、ゴールデンウィークが開けてからの出勤はそれほど苦ではなかった。

 金曜日の夜、久し振りに派遣仲間たちとソフトウェア技術者の晩餐会を開いた。メンバーは、好敵手の彼女と、私と同い年の派遣仲間、そして私の三人である。最近の私はすっかりコミュニケーション力が落ちてしまっているので、会って話をするのは、自分を入れて三人までが限度だ。ちなみに、今回の晩餐会に参加した二人とも、かつては私の今の職場で働いていた派遣社員である。

 普段、お酒をほとんど飲んでいない私も、お料理がおいしかったせいか、ゴクゴク呑んでしまった。お酒のメニューに私の大好きな梅酒の種類が豊富だったことも、私の呑みたい気持ちを掻き立ててくれたようだ。

 話をしているうちに、私と同い年の派遣仲間が、すずらんの湯のすぐ近くに住んでいることが判明した。彼女は、それほど頻繁ではないものの、平日の夜を中心にすずらんの湯に足を運んでいるそうだ。もちろん、酵素浴も利用したことがあるという。しばらく彼女とすずらんの湯の話で盛り上がっていたのだが、私が、
「何と言っても、あそこの桶風呂が好きなのよ」
と言うと、彼女は信じられないといった口調で、
「えええ? 桶風呂なんて露天風呂のはずれのほうにあって寂しいやん。それに、桶風呂に入ってる人なんてみたことないわ」
と言うのだ。今度は私のほうが驚き、
「えええ? 私が行くときは、いつも桶風呂を利用している人がいるので、近くの湯船に待機して、桶風呂が空くのを待っているのに」
と言った。彼女は、私がそれほど桶風呂が好きだというこいうことが信じられない様子だった。

 一方、好敵手の彼女は、休みの日はご主人さんと一緒に過ごしたいので、男湯と女湯が別々になっているような日帰り温泉はほとんど利用したことがないと言う。私は、
「うちは夫の仕事が休日に入ることが多いから、ホットヨガのレッスンを入れたり、そのあと、日帰り温泉に行ったりしてるよ」
と言った。私がこれほど情熱を燃やしているものであっても、彼女たちが冷静にそれを見ているというのが何となくおかしかった。すずらんの湯の近所に住んでいる派遣仲間の話からすると、平日の利用客は桶風呂を利用していないらしい。ということは、平日に足を運べば、桶風呂に入り放題なのだろうか。とは言え、仕事帰りにすずらんの湯に入るのは大変なので、おそらく実践には至らないだろう。

 さらに驚いたことに、すずらんの湯の近所に住んでいる彼女は、すずらんの湯の無料送迎バスの存在を知らなかった。近所に住んでいれば、無料送迎バスを利用する機会もないので当然のことかもしれないが、彼女にしてみれば、私が無料送迎バスの存在を明かすまでは、運転免許を持っていない私がどのようにしてすずらんの湯に通っているのか不思議でならなかったらしい。

 私は彼女に、無料送迎バスの最終バスに乗ることができなかったので、すずらんの湯の湯から三十分以上歩いてようやく見付けたバス停から鈴蘭台行きのバスに乗り込んだ話をした。すると、周辺の地理に詳しい彼女は驚いて、
「下に下るよりも、上に上って北鈴蘭台の駅まで歩いたほうが良かったのに」
と言った。しかし私は、
「無料送迎バスで北鈴蘭台の駅からすずらんの湯まで送ってもらうときに確認したけど、歩くと三十分くらい掛かるでしょう」
と反論した。ところが彼女は、
「あの大きな通りではなくて、横道を入ったところに、北鈴蘭台駅までの近道がある」
と言う。いやはや、そんなことは知らなかった。

 すずらんの湯の話でしばらく盛り上がったあと、今度は恋愛の話になった。最近、男性を修飾する新しい表現で、草食系や肉食系といった表現が流行っているが、草食系男子とは、特定の恋人は作らず、恋愛に対しても受身で、女性とは友達止まりのお付き合いを好む男性たちのことを指すらしい。

 草食系という言葉を女性に対しても使えるのだとしたら、今回の晩餐会に参加した私以外の二人はどちらも草食系だった。自分からは積極的に動かず、恋愛に対しては常に受身の姿勢を取って来たらしい。そのせいか、私のように仕事中に愛が溢れて来て、たまらず涙を流したりする経験は、これまで一度もないそうだ。昔から、私の中にはいつも激しい愛情が波打っていて、例えば好きなアーチストがいれば、何とかして接点を持ちたいと思い、積極的に行動して自分の願望を達成して来たと言った。男性を好きになれば、「ちょっと好き」などという状態はどんなときも有り得ず、絶えず好きで好きで、相手のことを想いながら、涙することもしょっちゅうだったと話して聞かせた。

 すると、草食系の二人は目を丸くして驚いていた。確か、どうしたらそんなに恋愛に対してエネルギッシュになれるのかと尋ねられたからだと思うが、
「自分の中で閉じていたものを開いてくれ人がいると思うよ」
と私が答えると、好敵手の彼女が、
「でもさあ、今は旦那さんとピッタリ合ってるかもしれないけど、旦那さん以外にも合う人が現れたらどうするの? まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)のことだから、今度はそっちに対して全開になっちゃうんじゃないの?」
と言われた。私は、
「いやあ、そんなことは絶対にないよ」
と答えたものの、何だか説得力がないまま、お店の予約時間が来てお開きになってしまった。

 帰宅してからこの話をガンモに聞かせると、
「確かにまるみは肉食系だからね」
とボソッとつぶやいた。草食系の得意とするところが「守る」ことだとすると、肉食系の得意とするところは「攻める」ことかもしれない。しかし、肉食系だって、攻めるだけで決して守れないわけじゃない。攻めることで自分と調和した対象はちゃんと守ろうとするのだ。それは、草食系の人たちにも言えることではないだろうか。普段は草食系に徹していても、いざというときは肉食系に変わることもあるはずだ。

 今回の晩餐会では、いくつもの新しい発見があった。タイプの異なる人たちが複数集まるからこそ、新しい発見があるのだ。私はこれまで、共感ベースの交流が心地良いと感じていたが、最近では、異なる視点からの対話を楽しめる余裕が出て来た。ものごとを多角的にとらえることで完成に近づくのだとすれば、一人で頑張って一つのものごとを多角的にとらえることは非常に困難なので、いくつもの魂がその作業を分担していると考えれば納得が行くのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、草食系男子が多いという話を聞いて、私は、「昔よりも出会いが多いからじゃないかな」と分析しました。銀塩カメラを使っていた時代は、写真を一枚一枚、丁寧に撮影していましたが、デジタルカメラが主流になってからは、一枚一枚の写真を構えて撮影しなくなりました。それと同じようなことが、男女の出会いにも起きているように思えるのです。一つ一つの出会いを軽視する行動が、自分自身にも返って来ているのではないでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.08

ホットヨガ(一四八回目)

映画『フロスト×ニクソン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ロン・ハワード監督は、精力的に映画を撮り続けていらっしゃるのでしょうか。本作はまだ、公開中の地域もあるというのに、もうすぐ映画『天使と悪魔』が公開されますよね。私は、映画『ダ・ヴィンチ・コード』を観ていないので、映画『天使と悪魔』を鑑賞するとしたら、映画『ダ・ヴィンチ・コード』をDVDで鑑賞してからにしようと思っています。

 健康診断のあと、私は朝食をとり、「ガンまる日記」を書き上げたあと、午後からは、健康診断を受けたクリニックの近くにある梅田店のスタジオでホットヨガのレッスンを受けた。クリニックでもらった下剤はゆっくりと効いて、レッスン前にトイレに立つと、腹痛を伴わずに私の中から自然にバリウムが排泄された。

 今回、受けたレッスンは、七十五分のフロウコースである。スタジオには私を入れて十数名の参加者がいたが、驚いたことに、男性会員は一人も参加されていなかった。

 フロウコースは、流れるようなポーズを何度も何度も繰り返すレッスンである。片方の手を上に上げると、もう片方の手は下に下げて、その状態で両手を半回転させて身体の向きを変える。フロウコースのレッスンを受けたのは、およそ一年振りのことだったので、私はレッスンの流れをすっかり忘れてしまっていた。

 フロウコースのレッスンでは、途中で何度もダウンドッグのポーズが入るのだが、やはり私にはきついポーズの連続だった。ご存知のように、ホットヨガのレッスンは、右足を後ろに大きく踏み出して始まるポーズと、左足を後ろに大きく踏み出して始まるポーズを左右一セットで行う。右足を大きく踏み出して始まるポーズから続く一連の流れがどんなに長くても、それはまだ一セットには満たない。同じことを左足を大きく踏み出して始まるポーズから続く一連の流れでも行い、ようやく一セットが完成する。その左右のセットを二セットも繰り返すものだから、ほんの一時的であるにしろ、身体を休みなく流れるように動かし続けることになるため、激しい疲労感に襲われるのだ。瞬発力はあっても持久力のない私にはとてもついて行くことができず、七十五分のレッスンなのに、とうとう六十分で挫折してしまい、更衣室の鍵と水を持ってスタジオを出ることになってしまった。

 私は、更衣室の前にあるソファの上で大きな息をしながら、しばらく休んでいた。すると、スタッフの方が、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてくださったので、私は、
「大丈夫です。ありがとうございます」
と答えた。すぐに息が荒くなってしまうのは、情けないことである。

 しばらくソファの上で休むと、私は更衣室に戻り、シャワーを浴びた。ところが、シャワーを浴びて下着を着けようとすると、下着のパンツを忘れて来てしまったことに気が付いた。ホットヨガのレッスンでは良くあることなのだが、ここのところ慎重に対処していたせいか、忘れ物をすることはあまりなかった。しかし、久し振りにしでかしてしまったようだ。

 私は仕方なく、下着のパンツを履かずに、そのままズボンを履いた。受付に足を運べば、使い捨ての下着を販売していたのかもしれないが、自分の不注意で忘れたのだから、使い捨てのパンツを購入するのもちょっぴり悔しい。おまけに、ガンモが仕事の待機要員の当番で自宅にいたため、レッスンのあとは帰宅するだけだったので、思い切ってパンツを履かずにじかにズボンを履いたのである。しかし、正直言って、ちょっと気持ち悪かった。

 それはそうと、更衣室にある洗面台で、レッスンのときに使用した水の残りをジャボジャボと捨てている人がいた。水も生ものなので、不要になってしまえば捨てたくなる気持ちもわからないではないのだが、私は貧乏性なのか、レッスンの残り水があっても、もったいなくて捨てられない。私の場合、レッスンのあとも街をウロウロすることが多く、街を歩いているうちにのどが渇けばレッスンの残り水を飲んだり、また、服用している漢方薬を飲むときにも使ったりもしている。省エネや節約、エコロジーが叫ばれる中にあっても、ホットヨガのレッスンの残り水のように、他の人に分けてあげることができない資源は有効活用できないのかもしれない。

 さて、今回のレッスンで着ていたTシャツは、またしてもシヴァ神である。シヴァ神は頭から水を出し、コブラをのぞかせている。

シヴァ神のTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 七十五分のレッスンであっても、フロウコースならば最後まで挫折せずに受けられるだろうと思ってレッスンに臨んだのに、途中でスタジオを出てしまうとは情けないですね。梅田店でレッスンを受けていらっしゃる方は優秀な方が多く、レッスンの途中でスタジオから出て行ったのは、どうやら私一人だけだったようです。

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2009.05.07

映画『フロスト×ニクソン』

尻上がりの運勢の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。少々辛口モードでしたでしょうか。(苦笑)働く人たちは、いろいろな場所からそれぞれのタイミングで集まって来るというのに、一緒に働いているうちに似たような雰囲気を作り上げて行くのは不思議なものですよね。それが顕著になると、その職場独特のカラーになります。例えば、入口の扉を開けた利用者が、靴をどこに脱いだらいいか戸惑っているのを知りながらも、誰も何も声を掛けないのだとしたら、誰も何も声を掛けないことを許容してしまっている雰囲気の職場だと言えるのでしょう。こうした行為は、何かモノを売っている企業であるとか、商売をしているお店などの場合は、顧客離れに繋がるのでしょうが、健康診断専門のクリニックにはそのような顧客離れの危惧がないのでしょう。

 有名なインタビュー番組の司会者であるデビッド・フロストが、ウォーターゲート事件で辞職したアメリカのリチャード・ニクソン元大統領にテレビ番組のインタビューを申し込む。フロストとしては、インタビューを通して、ニクソン元大統領がこれまで公には語らなかった新事実を探り出したいという野心があった。うまく行けば、高視聴率のインタビュー番組が期待できることから、フロストは自腹を切ってまでして、ニクソン元大統領に法外なギャラを支払う。しかし、番組の収録は始まったものの、スポンサーの協力をなかなか得られなかったり、完全にニクソン元大統領のペースに巻き込まれてしまい、計画通りにインタビューが進まなかったりと、フロストは悪戦苦闘する。

 フロストがきっかけを作って始めたはずのインタビューなのに、完全にニクソンのペースに呑まれてしまい、フロストは思惑通りにことが運ばない悔しさを噛み締めている。仕掛けたのはフロストなのに、フロストのほうが逆にニクソンに仕掛けられているのだ。予定されていた複数回に渡る撮影は着々と進んでは行くものの、フロストは最初の目的だったニクソンの新事実にはなかなかたどり着けないでいる。果たしてフロストは、このままニクソンにペースを握られたまま、インタビューの収録を終えることになってしまうのだろうか。

 限られた時間の中で、フロストは何とかニクソンの新事実に触れようとするが、ニクソンは当たり障りのない会話だけでインタビューをすり抜けようとする。インタビュー番組の中で繰り広げられる男同士の激しい心理戦は、映画『スルース』の男同士の激しい心理戦に通じるものがある。映画『スルース』では、互いに騙し騙される心理戦だったが、本作では、まったく隙を与えようとしないニクソンに対し、自分のペースを掴むための取っ掛かりを何とかして掴もうと苦戦するフロストの姿がうかがえる。

 自分のインタビュー番組に自腹を切ってまでニクソンに法外なギャラを支払っているのだから、フロストが背負うリスクは大きい。フロストにしてみれば、例えリスクが大きくても、高視聴率を獲得できれば取り戻せると思っていたのだろう。それなのに、なかなかフロストの思惑通りにはことが運ばない。ところが、あることをきっかけにして風向きが大きく変わる。果たしてフロストとニクソンの心理戦はどちらに軍配が上がるのか。

 フロストを演じているのは、映画『クィーン』でブレア首相を演じていたマイケル・シーンである。映画『クィーン』では、ブレア首相になり切っていた彼だったが、本作では高視聴率を目指す野心家のインタビュアーそのものだった。彼には知的な役柄が似合うのかもしれない。

 ちなみに本作は、映画『シンデレラマン』や映画『ダ・ヴィンチ・コード』、そして、近日中に公開される映画『天使と悪魔』のロン・ハワード監督の作品である。映画『レッドクリフ Part II 未来への最終決戦』のような武器を手にする戦いよりも映画としての規模はずっと小さいのに、目の前で繰り広げられる男同士の熱き心理戦に、観客は手に汗を握らずにはいられないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際、収録されたフロストとニクソンのトークバトルは、テレビ番組としてはアメリカ至上初の最高視聴率を獲得したそうです。自腹を切って法外なギャラをニクソンに支払ったフロストも、スポンサーが付いて取りニクソンに支払ったギャラを取り戻せたでしょうか。面白いのは、フロストが単に番組の中でのインタビューアというだけでなく、製作にまで深く関わっているという点ですね。彼はこの企画を成功させるために、あちらこちらをかけずり回って番組のスポンサーを探したりしているのです。そういうことからも、彼が雇われのインタビュアーではなかったことがうかがえます。

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2009.05.06

尻上がりの運勢

一日中映画館の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。映画館で座って映画を観ていただけのはずなのに、帰宅する頃にはヘロヘロに疲れ切っていました。ただ座って映画を観ているだけでもエネルギーが消費されるのですね。

 一日中映画館の翌日は、朝八時半から大阪のクリニックで健康診断の予約を入れていた。私が働いている派遣会社では、稼動中のスタッフならば、年に一度の割合で健康診断を受けられるようになっている。健康診断を受けるには、派遣健康保険組合と提携しているいくつものクリニックの中から自分で選んで予約を入れる。

 私と同じ職場で働いている派遣社員の多くは、平日に有給休暇を取得して神戸市内のクリニックで健康診断を受けている。しかし私は、できれば土曜日に婦人科検診をも含むすべての検診を受けたいと思っていた。とは言え、派遣健康保険組合と提携している神戸市内のクリニックには、その条件に当てはまるクリニックがなかったので、私は大阪まで選択肢を広げて、条件に当てはまるクリニックを探し当てて予約を入れておいたのである。その予約日が何と、ゴールデンウィークの真っ只中だったというわけだ。しかも、不思議なことに、そのクリニックはホットヨガ梅田店のすぐ近くにあるクリニックだった。せっかくホットヨガのスタジオと近いのだから、ホットヨガのレッスンと抱き合わせにしない手はない。

 健康診断の当日、私はほぼ時間通りに、予約しておいたクリニックを訪れた。入口の扉を開けると、スリッパを消毒する機械がいくつも並んでいた。生まれて初めて見る機械だった。どうやら使用済みのスリッパを上から入れると、消毒されたスリッパが下から出て来る仕組みらしい。私は、靴をどこで脱げばいいのかわからず、キョロキョロ探したのだが、束のビニール袋が吊り下げられていたので、おそらくその中に脱いだ靴を入れるのだと理解した。私は靴を脱いで消毒されたスリッパを履き、ビニール袋を一枚取って、その中に脱いだ靴を収めた。受付には何人かのスタッフがいたのだが、私が入口で戸惑う様子が視界に入っているにもかかわらず、誰も声を掛けてはくださらなかった。「ホットヨガのスタジオならば、入口の扉を開けた途端、受付に立っているスタッフ全員が元気良くあいさつをしてくれるのに」などと思ったが、クリニックは利用客を募って商売をしているわけではないので、あいさつのサービスも省エネモードなのかもしれない。

 私は何となく、このクリニックに対して良い印象を持つことができなかった。いや、むしろ、どこの誰ともわからない人に向かって、絶えずニコニコしながら接してくれるほうがおかしいのだろうか。こちらから声を掛けない限り、受身の姿勢を取っている受付のスタッフらは、もしかすると自分の仕事が手一杯で、扉を開けて入って来る人たち一人一人にかまう余裕はないのかもしれない。常に自分の気持ちに正直に生きているという意味では、いつもニコニコしながら楽しそうに仕事をしている人たちよりも、「イエス・マン」なのかもしれない。

 受付を済ませたあと、更に奥の受付で本格的な受付を済ませると、ロッカールームに案内された。実に機械的な案内である。働いている人たちがちっとも楽しそうに見えないのだ。それでも、案内されたロッカールームに設置されたロッカーが思いのほか大きく、私の大きなリュックもすっぽり入ったので、私は損ねていた機嫌をニュートラルに戻した。

 ただ、スタッフから手渡された検査着のサイズがLサイズだったことに、少しだけ引っかかりを覚えた。いや、確かに私は痩せている身体ではないので当然と言われれば当然なのだが、すずらんの湯では、受付で館内着を受け取るときに、
「館内着にはSとMとLの三種類のサイズがございますが、どのサイズになさいますか?」
と、毎回尋ねてくださる。つまり、実際のサイズがどうであれ、利用客には館内着のサイズを選べる自由意思があるのだ。だから私は、いつもMサイズの館内着をお借りしている。すずらんの湯のそうした対応がいつも心地良いと感じていたので、クリニックのスタッフの独断でLサイズの検査着を手渡されたとき、少々ムッとしたのである。

 尿検査や身長、体重、視力検査、聴力検査、血圧、採血、心電図などの検査を終えると、私は胃のレントゲン検査に呼ばれた。バリウムを飲むために、私は前日の二十一時から水以外のものは口にしていなかった。胃のレントゲンの検査技師は、コテコテの関西人だった。誘導されるがままにバリウムを飲み、検査台の上をクルクル回るのだが、私は検査技師の指示に迅速に従うことができなかった。例えば、右の腰を浮かせるように指示されると、右の腰は何とか浮かせるのだが、顔を正面に向けたままでと言われているのに、腰を浮かせるついでに顔をよそに向けてしまったり、目を開けたままでと言われているのに思わず瞑ってしまったり、手すりへの捕まり方が検査技師の好む方法ではなかったりした。検査技師は、何度も何度も私に同じことを繰り返し私に注意しなければならなかったようで、
「はい、○○してください。最初からずっと一緒ですよ」
などと強い口調で言われた。彼にしてみれば、毎日、何十人ものレントゲン検査を行っているので、もはや達人かもしれないが、私は年に一度、検査を受けるか受けないかなのである。

 しかも、発泡剤を口に含んで飲み込んだあと、検査中にゲップをしてしまったことがひどく気に入らなかったらしく、
「ゲップをすると、バリウムの写りが薄くなるんです」
と厳しい口調で言われてしまった。ゲップが出るのは自然現象なのに、自然に逆らうことなどできないではないか。ゲップをしたあとは、もう一度発泡剤を渡されて飲み干し、検査台の上に上がった。検査のやり直しとなってしまったわけである。その結果、私は人生始まって以来の長さで胃のレントゲン検査を行う羽目になってしまった。途中、私の検査着ははだけ、バストがむき出しになりそうになった。私は、この検査技師に私の大事なバストを見せてなるものかとムキになりながら、はだけそうな検査着を手で押さえて、検査台の上をクルクル転がっていた。ようやく検査が終わり、
「ありがとうございました」
と御礼を言って検査室を出たものの、私のはらわたは煮えくり返っていた。世の中には高飛車な検査技師もいるものだ。私は冷静に、他の方たちの胃のレントゲン検査がどれくらい掛かっているのかを観察していたのだが、他の方たちも、やはりこれまで私が体験して来たよりも長い時間、胃のレントゲン検査に掛かっていたように思えた。

 私はムカムカしながら待合室で次の検査待ちをした。ありがたいことに、子宮ガン検診は、女医さんが担当してくださった。しかし、細胞採取のあと、
「触診します」
と言われ、指を膣の中に入れられたのだが、そのとき、下腹部を触る手が私の筋腫に触れなかったのだ。もちろん、問診票には筋腫があることを申告してはいるのだが、私がこれまで健康診断を受けて来た他のクリニックでは、触診のときに医師の手が必ず私の筋腫に触れ、その大きさに驚いていたので、今回、私を触診してくださった女医さんが私の下腹部を触り、一体何を確認されたのか良くわからなかった。それとも、女性同士ということで、妙な遠慮が働いたのだろうか。

 その後、乳がん検診でマンモグラフィーの検査を行った。健康診断を予約するときに、乳がん検査ではエコーかマンモグラフィーのどちらかを選べると言われたので、私は去年のことを思い出し、エコーよりもマンモグラフィーを選んだのである。ところが、女性検査技師に案内され、マンモグラフィーの機械の前に立ったものの、私の乳房は生理を一週間ほど先に控えて、かなり張っていた。右と左で二枚ずつ、合計四枚のレントゲンを撮っていただいたのだが、胸が張り過ぎていたせいか、乳房がなかなか機械に挟まらずに難儀した。女性検査技師も、
「胸がかなり張っていますね」
とおっしゃっていた。女性検査技師曰く、私の乳房と手は、機械の引っかかるべきところにうまく引っかからないらしい。格闘しながら何とか四枚の写真を取り終えて検査室を出た。

 残るは、医師の問診のみだった。とんとん拍子には運ばない健康診断だったが、問診のために医師から名前を呼ばれたとき、私はてっきり女医さんに呼ばれたのだと思っていた。ところが、診察室に入ってみると男性医師だった。しかも、これまでお会いしたことないほど優しそうな好感の持てる医師だったのだ。この医師になら、何でも相談できそうである。

 医師は、聴診器を当てて私の心臓の鼓動を確認したあと、胸にしこりがないか触診した。そして、
「何もしこりはないですね。リンパのあたりにもしこりはないですね」
と太鼓判を押してくださった。去年の経験から言えば、機械が導き出す結果よりも、医師の触診のほうが信頼できる。何しろとびきり優しい雰囲気の医師だったので、そのクリニックに対するこれまでの無愛想なイメージをすっかり一掃してくれるかのようだった。

 すべての検査と医師の問診が終了したので、私はカルテを受付に返却し、バリウムを排泄するための下剤をもらった。午後からホットヨガのレッスンを受ける予定にしていたのだが、私はレッスン中にお腹が痛くならないことを祈りながら下剤を飲んだ。ありがたいことに、飲んだ下剤は、これまでの健康診断でもらったどの下剤よりも自然にゆっくりと効いた。その下剤のおかげで、お腹が痛くなることなく、自然にバリウムを排泄することができたのである。

 最初は無愛想だと感じたり、胃のレントゲン検査にムッとしたりしたものの、検査が終わりに近づくにつれて、私には幸せが訪れた。この日の運勢は私にとって、尻上がりの運勢だったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いただいた下剤を服用しても、突然、トイレに駆け込むこともなかったので、その後のスケジュールを順調にこなすことができました。ゆっくり効く下剤と突然効く下剤があるのでしょうか。毎年のように健康診断でバリウムを飲んでいますが、胃カメラのほうが胃を痛めないらしいですね。でも、胃カメラはこれまで一度も飲んだことがなく、こちらもまた不安であります。(苦笑)

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2009.05.05

一日中映画館

映画『イエスマン "YES"は人生のパスワード』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。考えてみると、自分の周りに、何に対しても「イエス」と言う人がいたら、どう思うでしょうか。映画の中でも、カールの恋人役アリソンが機嫌を損ねてしまいましたが、その「イエス」が受け取る人にとってうれしい「イエス」であればあるほど、心からの「イエス」でないとわかったときの落胆は大きいものですよね。この作品では、「イエス」と言い続けることで人生が開けて来たことを示す一方で、本心からの「イエス」でなかったことを知った親しい人の落胆ぶりを示したりと、「イエス」を多角的にとらえていたと思います。言い換えれば、銀行の融資の許可のように、本心からの「イエス」でなくても吉に転ぶケースもあったということですね。

 毎月一日は映画サービスデーのため、男女問わず、映画を千円で鑑賞できることになっている。自宅近くに大型映画館がオープンしてからというもの、私はレイトショーやレディースデイにせっせと足を運んで来たのだが、私の中には密かに、映画を千円で鑑賞できる日に一日中映画館にこもり、できるだけたくさんの映画を鑑賞したいという願望があった。そこで私は、五月一日のゴールデンウィーク休暇を利用して、自宅近くの大型映画館で一日中過ごすという楽しい計画を立てたのである。あいにくガンモには仕事が入っていたので、この楽しい計画には参加できなかった。

 私は、ゴールデンウィーク休暇中のため、映画館がひどく混雑することを見越して、インターネットで予め狙いを定めた上映回の座席を確保しておいた。映画の上映スケジュールと照らし合わせながら、鑑賞したい作品を順番に選んで鑑賞スケジュールを組み上げて行く作業は、時刻表と照らし合わせながら旅の計画を立てる作業と良く似ていた。こうして私は、朝九時過ぎから上映される作品を筆頭に、合計四本の作品を選んだ。

 実は、これまでにも一日のうちに合計四本の映画を鑑賞した実績はある。しかし、それは自宅近くの大型映画館がオープンする前のことだったので、神戸や三宮にある複数の映画館を忙しく梯子(はしご)して渡り歩いた記憶がある。ホットヨガのレッスンを終えてからのことであり、しかも移動時間も考えなければならなかったため、どう頑張っても一日四本までの鑑賞が限度だった。しかし、今回は同じ大型映画館で鑑賞し続けるため、もう少し欲張れば、あと一本は鑑賞できるだけの余裕があった。私は、自身の記録を更新するために、レイトショーの鑑賞をあと一本追加しようかとも思ったのだが、翌日の朝八時半から健康診断を控えていたため、思い留まった。

 五月一日の当日を迎えた私は、仕事に出掛けて行くのと同じように、早朝から起きてお弁当を詰めた。大型映画館周辺には飲食店もたくさんあるのだが、混雑が予想されることと、飲食代金もひどく高いので、映画館と同じ建物の中にある人工庭でお弁当を食べようと思ったのだ。そして、朝九時過ぎの上映時間に間に合うように、お弁当持参で映画館に出勤した。

 映画館のある建物に着いてみると、いつもは混雑しているはずの屋上駐車場がガラガラだった。やはり、朝の早い時間ということで、駐車場は下の階から埋まって行くのだろう。駐車場からの連絡通路を抜けて映画館に入ると、まだ上映前だというのにひどく混雑していた。私は、インターネットで座席を予約しておいて正解だと思った。ちなみに、私が選んだ四本とは、映画『レッドクリフ Part II 未来への最終決戦』、映画『GOEMON』、映画『バーン・アフター・リーディング』、映画『デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく』である。

いつもは混雑しているはずなのに、朝早いため、ガラガラの屋上駐車場

 いよいよ会場時間になり、映画『レッドクリフ Part II 未来への最終決戦』の上映スクリーンに足を運ぶと、まだ朝の九時過ぎかつ大きなスクリーンであるにもかかわらず、ほぼ満席だった。さて、映画『レッドクリフ Part II 未来への最終決戦』だが、前作よりも楽しめた。前作ではあまりにも多い戦闘シーンにうんざりしてしまったのだが、映画『レッドクリフ Part II 未来への最終決戦』では、戦闘シーンだけでなく、登場人物らの心理描写にもしっかりとエネルギーが行き届いていた。ただ、鑑賞中、私は何となく体調がすぐれないと感じていた。以前ほど頻繁ではなくなったものの、頭痛がするのである。私は、せっかく一日中映画館で過ごすという願望が叶ったのに、自分の身体が思い通りにならないことを情けなく思った。

 映画『レッドクリフ Part II 未来への最終決戦』を鑑賞したあとは、仕事と同じように、次の映画『GOEMON』を鑑賞するまでのおよそ一時間、お昼休みを取った。その間に持参したお弁当を食べようと、映画館と同じ建物の中にある人工庭に足を運んだ。しかし、あいにくテーブル席が空いていなかったので、私は木のベンチに腰を下ろし、持って来たお弁当を広げた。シロツメクサの香りがつんと鼻を突く。春は私の目の前、いや、鼻の前まで来ていた。それにしても、頭痛のせいか、あまり食欲がない。私はせっかく持参したお弁当をおおかた残して、お弁当箱の包みを元に戻した。そして、まだ書いていなかった「ガンまる日記」を書き上げ、再び映画館に戻り、今度は映画『GOEMON』を鑑賞した。

シロツメクサの咲く人工庭

 やはり、場内は著しく混雑していた。おそらくこの上映回もほぼ満席だったのではないだろうか。公開されたばかりの映画『GOEMON』は、とてもきれいな映像で私を楽しませてくれた。私は頭痛を治めようと、いつものように、タオルマフラーにカイロを貼り付けたものを首に巻き付けた。すると、頭痛が少しずつ和らいで来た。私の頭痛は、首から上の血行が悪くなるために起こる頭痛なので、こうして首の周りをカイロで温めたりマッサージを施したりすると、次第に和らいで来るのである。

 しかし、しかしである。あろうことか、私は上映中に居眠りをしてしまった。カイロで温めた首回りがあまりにも気持ちが良かったのかもしれない。頭痛は次第に緩和されたものの、今度は激しい眠気に襲われ、途中で何度も何度も目を覚ましたものの、最後に気が付いたときには映画はラストに近付いていた。いや、決して映画『GOEMON』が退屈な映画だったというわけではない。むしろ、居眠りしてしまって悔しいくらいなのだが、どうしても眠気に打ち勝てなかったのだ。

 私は、これはいかんと気合を入れた。せっかく一日中映画館で楽しい時間を過ごしているというのに、眠ってしまっては意味がない。私は、頭痛が和らいで来たおかげで少し食欲が出て来たので、映画の鑑賞ポイントをポップコーンに変えた。この大型映画館では、映画を鑑賞する度に、鑑賞した映画の上映時間に応じてポイントが貯まり、貯まったポイントでポップコーンやドリンクなどと引き換えできるのである。ポップコーンで少し空腹を満たした私は、次に鑑賞した映画『バーン・アフター・リーディング』ではしっかりと起きていた。映画『バーン・アフター・リーディング』は、人と人との繋がりを、絡み合ったスパゲティのように複雑に描いた作品だった。頭痛から解放されたからだろうか。私はこの日に鑑賞する映画が残り一本しかないことを寂しく思い始めていた。

 映画『バーン・アフター・リーディング』を鑑賞したあとは、夕食をとるため、休み時間を設けていた。私は、一日のほとんどを冷房の効いた映画館で過ごしていることをいいことに、お昼に残したお弁当をまだ食べられるはずだと思い、同じ建物の中にあるスーパーのお惣菜コーナーでおかずを一品だけ買って、再び人工庭へと足を運んだ。お昼には利用できなかったテーブルも、この時間帯ならば利用することができた。私はテーブルの上にお弁当を広げ、さきほど購入したお惣菜のおかずをつつきながら、昼食に残したご飯をたいらげた。

人工庭に設置されたテーブル

 腹ごしらえをして、とうとうその日最後の映画『デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく』を鑑賞した。男女のスパイ同士が騙したり騙されたりを繰り返しながらも、二人の間には愛が芽生えるという作品だった。終映後、時計を見ると、レイトショーをあと一本鑑賞できる時間帯ではあったのだが、やはり翌日の健康診断のために、私はそれ以上の鑑賞を諦め、帰路についた。一日四本鑑賞の記録を更新することはできなかったが、インターネットで予約をして映画を鑑賞するということが、意外にも便利であることを知った。途中で眠ってしまった映画『GOEMON』の評判を聞く度に心残りでならないのだが、時期を待って、DVDで鑑賞することにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 頭痛に見舞われたり、途中で眠ってしまったりと、なかなか思うようには鑑賞できませんでしたが、一日中映画館で過ごすという願望を達成することができました。やはり、お弁当を持参したのは正解でしたね。もしもお弁当を持参していなければ、次の上映時間に間に合うように、お昼ご飯を食べられなかったかもしれません。不況といえども、大型映画館のある建物は全体的にとても繁盛しています。自宅近くに、このように活気溢れる場所があるのはありがたいものです。インターネットで観たい映画を予約しておくと、とても便利だということがわかったので、またいつか、頭痛に見舞われず、居眠りもしない一日中映画館を体験したいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.04

映画『イエスマン "YES"は人生のパスワード』

すずらんの湯(11)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。九月まで有効な酵素浴の回数券があるので、だいたい月に一度くらいのペースで通うことになろうかと思います。その度にポイントカードの捺印が増えて行くのもまた楽しみです。(^^) ちなみに、ポイントカードには、家族の利用分も捺印されるとのことですので、いつかガンモを説き伏せて、岩盤浴ホットヨガや酵素浴も一緒に体験したいものです。

 この映画を鑑賞したのは、三月の終わりのことである。この映画を鑑賞した映画館にはあまり足を運んでいなかったので、予告編を観て気持ちが盛り上がっていたわけではなかった。レディースデイに何か映画を観たいと思い、何の予備知識もなく、単に仕事を終えたあとに鑑賞できるというだけの理由でこの作品を選んだのだった。ところが実際に鑑賞してみると、アメリカ映画にありがちなアバウトな心理描写のコメディ映画ではあるものの、実に楽しい気分にさせてくれたのである。

 これまで何を言われても「ノー」としか答えなかった男が、あることをきっかけにして、どんな選択に対しても「イエス」と答えるようになり、次第に人生が開けて来る。まるで作り話のような語だが、実はイギリスのBBCラジオディレクターの実体験が基になっているそうだ。

 「ノー」と言い続けて来た男カールを演じているのは、映画『エターナル・サンシャイン』のジム・キャリーである。銀行の融資係の仕事をしているバツイチのカールは、顧客から申請のあった融資をなかなか許可せず、友人たちからの誘いもいつも断わり、一人でDVDを鑑賞しながら余暇を過ごしている。気持ちが後ろ向きになっているときは、誰しもそうだろうと思う。私も筋腫を患ってからは、コミュニケーション力がぐっと落ちているのを感じる。特に、お腹に力が入らないからだろうか。かつてはいろいろなことに立ち止まり、一つ一つの出来事に感情を落としていたはずなのに、今では感情を落とさないまま、多くの出来事が私の前をどんどん通り過ぎて行ってしまうのだ。だから私は、自分の本当の感情を知りたくて、映画をたくさん鑑賞し始めた。そんな私もカールのように「イエス」を言い続けることで、人生が開けて来るのだろうか。

 カールは、彼の友人に誘われたセミナーに参加することにより、「ノー・マン」から「イエス・マン」の人生を送ることになる。セミナー会場では、映画『コレクター』のテレンス・スタンプ演じるカリスマ的存在の講師テレンスが、セミナーの参加者たちをエネルギッシュに「イエス・マン」へと導く。「ノー」から「イエス」に選択を切り替えたことにより、カールは新しい恋をして、人生までも切り開いて行く。

 カールの新しい恋人役アリソンを演じているのは、映画『ハプニング』のズーイー・デシャネルである。二人の交際は順調であるかのように見えていたのだが・・・・・・。

 やがてカールは、何に対しても「イエス」と言い続けることに対し、疑問を抱くようになる。カリスマ講師テレンスが、どんなときも「イエス」と言い続けることをセミナー会場で説いていたとカールは思っていたのだ。しかし、ひょんなことから再会したカリスマ講師テレンスはそれを否定する。

 「イエス」と言い続けることによって、人生が切り開かれていたわけではなかった。確かに、「ノー」よりも「イエス」と宣言することにより、そこに新たな可能性が生まれる。しかし、「ノー」と言ってしまえば、現状維持に留まるに過ぎない。「イエス」は「開く」こととイコールであり、「ノー」は「閉じる」こととイコールである。本当は、何に対し自分を開き、何に対し自分を閉じるかを自分自身で操作することが大切なのだ。そのことに気付くために、カリスマ講師テレンスのセミナーは、カールに自分を開くきっかけを与えたのではないだろうか。これまで「ノー」と言い続けて来たカールだからこそ、少々大袈裟に、何に対しても「イエス」と言い続けるきっかけを与えてくれたほうが、自分で人生を切り開くチャンスを掴むことができたのだろう。

 何ごとも、マニュアル通りに実践し続けてもうまく行くものではない。マニュアルによってきっかけを与えられ、途中で立ち止まり、悩み抜くことこそ、やがてその人が手にする大きな財産になるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「イエス」の選択によって人生を切り開いて行く様子が面白おかしく描かれた作品でありました。映画『ハプニング』を鑑賞したときも思いましたが、共演のズーイー・デシャネルは、お人形さんのようにかわいい女性ですね。特に二人がある州に旅行に出掛けて行くシーンは笑えましたね。アメリカにも、旅行先として好まれる地域とそうでない地域があるのですね。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.03

すずらんの湯(11)

すずらんの湯(10)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今の時期、露天風呂の周辺にはいろいろな虫がいるようですが、小さいお子さんたちが虫を怖がっていたのが印象的でした。私たちが小さい頃は、小さな虫ならば、平気で掴んでいたように思います。今は、自然との触れ合いが少なくなって来ているため、「未知なるものは怖い」という方程式が成り立っているのかもしれません。それとも、単に私が田舎育ちだからでしょうか。(苦笑)

 健(スコヤカ)受付カウンターは、岩盤浴と酵素浴の受付カウンターである。驚かれるかもしれないが、私は生まれてこのかた、岩盤浴を利用した経験が一度もない。しかも、すずらんの湯では、岩盤浴の熱を利用したホットヨガのレッスンも開催されている。私はこのレッスンに参加したくてたまらないのだが、いかんせん、レッスンの時間帯が二十時や二十一時から一時間程度なので、残念なことに、自家用車で来ている人でなければとても参加することができないレッスンなのである。いつかガンモを巻き込んで参加してみたいとは思っているものの、五時起き生活が始まってからというもの、岩盤浴が開催されている時間帯になると既に眠いという難点もあり、今のところ、参加できる見通しは立っていない。

 私は、総合受付で引き換えてもらった酵素浴のチケットを健(スコヤカ)受付カウンターに差し出した。千九百円と印刷されているが、私が購入しているのは一回千五百円のお得な回数券である。

酵素浴のチケット(暗かったので、ちょっぴりピンボケです。ごめんなさい)

 受付カウンターの女性に、
「では、準備を整えて参りますので、お水を飲んでお待ちください」
と言われたので、いつものように水を飲もうとすると、これまで使い捨ての小さな紙コップだったのが、メラミン製(おそらくそんな材質だった)の大きなコップに変わっていた。しかも、一度使用したコップを再利用するために、番号の振られた使用済みのコップ置き場まで用意されていた。すなわち、自分の好きな番号を決めて、その番号のボックスに使用済みのコップを置いておくことで、酵素浴を利用する前と後で同じコップを再利用することができるというわけだ。

 それに加え、今回、改めて気付いたのだが、どうやら酵素浴の部屋に水を持ち込めるようになっているらしい。酵素浴はとても喉が渇くので、水を持ち込めるのはありがたい。「ご自由にお使いください」と書かれた小さなお盆があったので、私は大きなコップの中になみなみと水を注ぎ、お盆の上に載せて待機した。そして、私の名前が呼ばれると、水の入ったそのコップを持って、酵素浴の部屋へと移動した。

 今回、案内されたのは、これまで利用した部屋とは向きの異なる部屋だった。酵素浴の部屋は、通路を挟んで両側にあるのだ。私は素早く部屋の様子を写真に収めると、大急ぎで館内着を脱いですっぽんぽんになり、何食わぬ顔で米糠の入った木の箱の中に横たわった。

米糠の入った木の箱

 今回の米糠の温度は、それほど熱くはなかった。私は、人に見せるには恥ずかしい部分を米糠で覆い、係の方が入って来てくださるのを待った。しばらくすると、係の方が戻って来てくださり、私の身体の上に念入りに酵素の入った米糠を掛けてくださった。久し振りに味わう酵素浴の感覚。ああ、とても気持ちがいい。

 「では、十分後にまた参ります」
と係の方に言われ、私は部屋で一人になった。ゴールデンウィークで酵素浴の利用客も多いのか、いつもは一時間に二人だけなのに、今回は私の他にあと二人、酵素浴の利用客がいるようだった。なるほど、それで今回は部屋の向きがいつもとは違っているのかもしれない。

 米糠の温度がそれほど高くないせいだろうか。温度が熱いときは、しばしば最初の十分間は耐久レースのように感じることもあるのだが、今回はとても快適に過ごすことができた。十分経って、係の方が戻って来てくださったとき、
「あと五分お願いします」
と自然に口から出て来た。酵素浴は一回十五分の約束で行われているのだが、熱さに耐えられない人もいるため、ひとまず十分経過で様子を見て、残りの五分をどうするかを決めているのだ。

 残念なことに、今回も、初回のときのような、第二チャクラが開く、あの落ちて行くような感覚を味わうことはできなかった。やはり、ビギナーズラックだったのかもしれない。

 十五分経ち、係の方が部屋に来られて、
「では、お時間になりましたので、シャワーで洗い流してください」
と言ってくださったので、私はのろのろと立ち上がり、身体にこびりついた米糠を手で払った。そして、今回は水を持ち込んでいることを思い出し、シャワーを浴びるよりも喉の渇きを潤すことのほうが先決だと思い、お盆の上に置いておいたコップに手を伸ばした。すると、手に付いていた米糠の一部がわずかにコップの中にこぼれ落ちた。私は、「しまった!」と思ったが、とにかく喉が渇いていたので、そんなことはおかまいなしに、コップの水を飲み干した。やはり、水を飲むと生き返るようだ。

 私はシャワーを浴びて再び館内着を身に纏い、酵素浴の部屋を出た。すると、係の方が休息所に案内してくださり、コップに水と、冷たいおしぼりを用意してくださった。休息所でもう一杯お水をいただいて、冷たいおしぼりで顔を抑えて少し休んでいると、他の酵素浴の利用客が部屋から出て来た。どうやらカップルのようである。酵素浴は女性専用とは書かれていないので、おそらく男性も利用できるのだろうとは思っていたが、カップルで利用されるとはうらやましい。私は、ガンモと一緒に酵素浴を利用することをイメージしたが、ガンモは気が短い上に暑がりなので、おそらく「うん」とは言わないだろう。男性会員も受け入れている梅田店でのホットヨガでさえ、「うん」とは言ってくれないのだから。ただ、本当に仲の良いカップルが酵素浴に訪れたとき、「二人で同じ木の箱の中に入りたい」と申し出たらどうなるのだろう。二人ともすっぽんぽんの状態で木の箱の中に入るわけだが、木の箱が多少狭くても、係の人の手間はそれほど変わらないはずなので、カップル割引なるものが登場するかもしれない。

 少し休んだあと、私は休憩室をあとにして脱衣場に戻り、着替えを済ませて無料送迎バス乗り場へと向かった。行きの利用客は私だけだったが、帰りは数人の人たちが同じ無料送迎バスに乗り込んだ。こうして、充実したゴールデンウィークの初日が静かに幕を閉じたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 考えてみれば、カップルで日帰り温泉を利用したとしても、お風呂は男湯と女湯で分かれていますし、酵素浴も別々の部屋ですので、ほとんど別行動なんですよね。待ち合わせ時間を決めて、休息所がロビーで待ち合わせるしかありません。ちなみに、同性のお友達同士で利用されている方はいらっしゃいますが、私は恥ずかしくて誰も誘えません。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.05.02

すずらんの湯(10)

ホットヨガ(一四七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。レッスンのときに着ていたTシャツを掲載していると、そのうち、レッスン中にどなたかから声を掛けられるかもしれませんね。レッスンを受ける度に、毎回、ビクビクしています。(笑)

 神戸店でホットヨガのレッスンを受けたあと、昼食をとると、私は久し振りにすずらんの湯へと向かった。と言うのも、以前、金券ショップで購入しておいた神戸電鉄の休日利用可能な回数券の有効期限が四月末で切れることになっていたからだ。ガンモも仕事が休みだったので、私のホットヨガのレッスンが終わる頃、神戸で待ち合わせしようと誘ってみたところ、ガンモはあまり乗り気ではなかった。ところが、ホットヨガのレッスンを終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは職場の後輩の仕事を手伝うために客先のところにいた。どうやら後輩から助けを求められたらしい。ガンモがあまり乗り気でなかったのは、こうなることを予測していたのだろうか。

 購入していた回数券の都合で、今回はいつもの北鈴蘭台ではなく、一つ手前の鈴蘭台から発着するすずらんの湯の無料送迎バスを利用した。ゴールデンウィークで混み合っているのか、無料送迎バスが停留所に着くと、中から数人の人たちが降りて来たが、乗り込んだのは私一人だけだった。
 

最初に訪れたときは雪景色だったすずらんの湯も、今ではすっかり緑色に模様替えしている

 すずらんの湯に着くと、靴を下駄箱に預けて、券売機で入浴券を購入した。今回の酵素浴は、ゴールデンウィークということもあって、予め電話予約しておいた。私は受付でさきほど購入した入浴券と酵素浴の回数券を差し出し、ひとまずポイントカードを作ってもらった。利用状況に応じて様々な特典が受けられるポイントカードは、以前からずっと気にはなっていたものの、まだ作らずにいたのだ。ポイントカードを作成していただくと、入浴と酵素浴の利用で早くも三ポイントも獲得してしまった。そして、初回の三ポイント獲得の特典として、ジュースバーの無料ドリンク券をいただいたのだ。こんなことなら、もっと早くからポイントカードに加入しておくべきだった。

ジュースバーの無料ドリンク券

 さて、今回の女風呂は、大好きな桶風呂のある紅葉の湯である。私はささっと服を脱いで室内の浴室で身体を軽く洗ったあと、すぐに露天風呂へと向かった。やはり、ゴールデンウィーク中とあって、利用客はすこぶる多い。当然、二つある桶風呂も既に使用中だった。私はいつものように、桶風呂のすぐ近くにあるお風呂から桶風呂の様子をうかがって、桶風呂を利用できるチャンスを狙っていた。すると、意外にも早く桶風呂の一つが空いたので、私はすかさず空いた桶風呂に駆け寄り、中に入った。

 桶風呂の縁に頭を持たせかけて仰向けになると、紅葉していない紅葉(もみじ)の向こう側に青い空が見えていた。空が澄み切ってとても気持ちがいい。私はまたしても、桶風呂の中で至福の時間を過ごした。

 心行くまで桶風呂を満喫すると、酵素浴の予約時間までまだ時間があったので、私は室内のお風呂に戻り、漢方薬の香が漂う漢方蒸し風呂に入った。これまでは、北鈴蘭台から発着する無料送迎バスを利用してすずらんの湯に入っていたので、毎時〇分から開始される酵素浴まで一時間程度しか時間がなかった。もちろん、それで十分ではあるのだが、十分前に酵素浴の受付を済ませようとすると、少なくとも酵素浴の十五分前にはお風呂から上がって準備を始めなければならず、様々なお風呂を満喫したい私には少し時間が足りなかった。しかも、酵素浴のあとは、酵素浴の余韻に浸るため、シャワーで米糠を洗い流す程度の状態で帰宅したかった。そうなると、お風呂を利用するのは酵素浴の前に限られてしまうのだ。そのため、これまでは、漢方蒸し風呂に入る時間を少し節約して時間を作っていた。しかし今回は、一つ手前の鈴蘭台から発着する無料送迎バスに乗ったので、酵素浴までの時間をたっぷり確保することができた。おかげで、これまでは数分程度の利用に留まっていた漢方蒸し風呂をじっくり利用することができた。

 施設内にはドライサウナもあるのだが、私はやはり漢方蒸し風呂が好きだ。ドライサウナは広々としていて、中でテレビを観られるようになっているのだが、漢方蒸し風呂は、数人程度しか入ることができない。ドライサウナほど暑くはないので利用しやすいのだが、中が狭いためか、利用客は短時間のうちに入れ替わる。私は、できるだけ長い時間、漢方蒸し風呂に留まるために、自分が入ったときに中に居た人たちが全員出て行けば自分も出ようと目標を立てて利用した。

 漢方蒸し風呂でたっぷり身体を温めると、私は室内のお風呂に一通り入ってみた。しかし、どうせ湯船に浸かるなら、大好きな桶風呂がいい。私はすぐに桶風呂が恋しくなり、再び露天風呂へと足を向けた。そして、利用客で埋まっていた桶風呂が空くのを待って、これが今回の入り収めだとばかりに桶風呂の中に身体を埋めた。

 何と、隣の桶風呂では、ご老人と若い女性と小さいお子さんの三人が一つの桶風呂に入っていた。会話の様子からすると、ご老人と若い女性は親子ではなさそうだ。となると、まさか、姑さんとお嫁さんなのだろうか。あの狭い桶風呂の中に、お姑さんとお嫁さんが一緒に入ることができるなんて・・・・・・。そんなことを思いながら、隣の桶風呂の様子を見守っていると、どうやらご老人はお姑さんではなく、お嫁さんにとってのおばあちゃんのようだった。そうだとしても、二人の祖母とは別々の家で暮らしていた私からすると、一人用の桶風呂に一緒に入るなど、考えられない親しさである。結婚しても地元に留まる人も多いが、私は十代のうちに実家を離れて独り暮らしを始めてしまったので、両親や親戚とも何となく距離感がある。しかし、こうした光景に刺激されたのか、私は両親をすずらんの湯に案内したいと思ったのだ。そのためには家を片付けなければならないのだが・・・・・・。

 そうこうしているうちに、酵素浴の時間が近づいて来たので、私は大好きな桶風呂に別れを告げ、館内着に着替えて脱衣場を出た。これからいよいよ酵素浴を受けるわけだが、その前に、酵素浴のあとはひどく喉が渇くことを思い出し、さきほど受付でいただいたジュースバーの無料ドリンク券を使って、水分補給をしておくことにした。ジュースバーには、果物のジュースもあったのだが、私が選んだのは、野菜ジュースである。

ジュースバーの野菜ジュース

 この野菜ジュースが、驚くほどおいしかった。どの野菜をどのくらいの割合で混ぜ合わせるか、試行錯誤の上に完成された誇り高き野菜ジュースだったのだ。新鮮でおいしい野菜ジュースを身体の中に取り入れた私は、酵素浴を受けるため、健(スコヤカ)受付カウンターへと向かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m およそ一ヶ月半振りの利用となりました。最初はいきなり雪景色の露天風呂でしたが、今ではすっかり緑のきれいな季節になりました。ゴールデンウィーク中ということで、かなり混み合っていましたが、夏になると、利用客も減ってしまうのでしょうかね。これからも、四季折々の露天風呂をレポートして行きたいと思います。

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2009.05.01

ホットヨガ(一四七回目)

映画『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さんはゴールデンウィークをいかがお過ごしでしょうか。お天気も良いので、ご家族でお出掛けの方も多いかもしれませんね。私は、四月二十九日から八連休に入っています。とは言え、普段、いろいろなことを後回しにしながら生きているせいか、なすべきことがてんこ盛り状態であります。おまけに、八連休のうちにせっかく慣れて来た早起きのリズムを崩したくないために、毎朝五時半には起きています。ゴールデンウィークが終わって、また新たなリズムを作り上げるのは大変ですものね。予定を消化するためにあちらこちら飛び回っているせいでしょうか。相変わらず毎日が盛りだくさんなので、上海の残りの記事を書くにはもう少し掛かりそうです。(苦笑)

 八連休の初日は、久し振りに神戸店で七十五分のベーシックコースのレッスンを受けた。最近の神戸店は、かつて良くお話をさせていただいていたインストラクターと顔を合わせることが少なくなり、ちょっぴり寂しい。入口の扉を開ける度に、かつて良くお話をさせていただいていたインストラクターが受付に立っていてくださらないだろうかと期待を膨らませるのだが、ここ三ヶ月ほど、ずっとお目に掛かれないでいる。勤務されている時間帯が合わなくなってしまったのか、それとも退職されたのか、受付で顔を合わせるスタッフに確認させていただくのも何だか失礼な気がして、良くわからないままの状態だ。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、ヨガマットは三列に渡って合計二十一枚も並べられていた。私の知る限り、神戸店のスタジオでヨガマットが三列に渡って並べられているのは初めてのことである。しかし、途中でキャンセルがあったのか、レッスンの最終的な参加者は十九名だった。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、驚いたことに、神戸店で初めて顔を合わせるインストラクターだった。私が神戸店に通い始めてからもうすぐ三年が経とうとしているというのに、これまで一度も顔を合わせたことのなかったインストラクターがレッスンを担当してくださったのだ。神戸店には、これまでお見掛けしなかったインストラクターも数名勤務されているので、神戸店で勤務されているインストラクターに動きがあったことは確かなようだ。

 私は、初めてのインストラクターがどのように私たちを導いてくださるのかについて注目した。もしもインストラクターになりたての新人インストラクターなら、どこかぎこちない面を見せてくださるかもしれない。そんな期待もあったのだが、初めて顔を合わせたインストラクターはレッスンに慣れていらっしゃる様子だった。ということは、他の支店から転勤して来られたインストラクターなのかもしれない。

 インストラクターの身体は細く、常に骨盤が前を向いているような状態で、骨盤の形がどことなくだらしのない私とは腰回りの形が異なっていた。私の身体は、もはや私の身体であるとは思えないほど言うことを聞いてくれないこともあるのだが、インストラクターの身体は、インストラクターの意志通りに動いているように見えた。骨盤の形が悪いと、骨盤の周りに余分なお肉がどんどん付いて来るように思う。インストラクターの身体が細いのは、やはり骨盤の形が良く、余分なお肉の付きにくい状態を保っていられるからだろう。私は長いまつげのインストラクターを見ながら、そんなことを思っていた。

 ところで、私が購読しているメルマガに、骨盤の状態を調べるための方法が紹介されている。それは、自分の決めた位置に目を瞑って立ち、膝が腰の高さに来るようにして大きく手を振って五十回足踏みをするというものである。その結果、自分の決めた位置からどのようにずれたかで、骨盤の状態を知ることができるという。

 目を瞑ったまま五十回足踏みをすると、時には回転してしまう人もいるらしい。そういう人は、骨盤のずれが特に大きい人だという。前後にずれてしまった人は、頭(神経)がくたびれているそうだ。特に、前に行く人は神経が過敏になりがちで、消火器も弱っているそうだ。後ろに行く人は過食になりがちで、便秘にもなりやすいそうだ。前後にずれている人の場合、つま先立ちとかかと立ちを交互に繰り返す体操をすることで、骨盤のずれが矯正されるらしい。ちなみに、私は五十回どころかほんの十回程度足踏みしただけでどんどん前に移動してしまった。

 参考までに書いておくと、左にずれてしまう人は、重心が右足にかかっていて、胃腸が弱く、女性なら婦人科系のトラブルを起こしやすくなっているそうだ。右にずれてしまう人は、重心が左足にかかっていて、呼吸器が弱く、喘息や肺炎を起こしやすくなっているそうだ。左右にずれる人は、足を腰幅に開き、ずれたほうの足を半歩前に出して垂直に起き上がる体操を繰り返すことで骨盤のずれが矯正されるらしい。

 というわけで、最近の私は、骨盤や股関節に着目しているのである。ちなみに、今回のレッスンで着ていたTシャツは、ちょっと派手目の梵字のオーンのTシャツである。

オーンのTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自分のホームのように感じていた神戸店で、これまでお話をさせていただいていたインストラクターとお会いできないのはほんとに寂しいものです。思えば、私は彼女たちの存在を自分の基盤にしていたのですね。そう言えば、神戸店の会員さんの顔ぶれもずいぶん変わって来ているように思います。以前、良くお見掛けしたフリーパス会員さんたちも、今ではまったくお見掛けしません。もしかすると、既に退会されてしまったのかもしれません。もしそうだとすると、彼女たちは頂点を極めたために、新たな頂点を目指すために環境を変えたのかもしれません。

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