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2009.04.21

朝日を浴びながら通勤する(2)

朝日を浴びながら通勤する(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。うむむ、やはり前編と後編では書き切れませんでした。(苦笑)タイトルを改めて、続きを書かせていただくことにします。

 上司のまた上司は、私に自宅の最寄駅を尋ねたあと、部長や他の役職者の方たちと一緒に会議室にこもった。どうやら、本社の役職者の方と電話会議の場を設けていたらしい。そして、その電話会議の結果が直接私に伝えられることはなかった。

 後日、私は派遣会社の営業担当から、仕事中に呼び出しが掛かった。派遣会社の営業担当は、しばしば私の派遣先に足を運び、他の派遣社員も含めて仕事の状況や今後の契約更新の意志などをヒアリングしてくれている。たいていの場合、派遣会社の営業担当が派遣先にやって来ると、同じ職場で働いているすべての派遣社員に対し、順番に呼び出しが掛かるのだが、今回は、私ともう一人の派遣社員のみが営業担当との面談を行ったようだ。

 派遣会社の営業担当は、先日、私への連絡が遅れたことを私に詫びると、厳格な表情で話し始めた。その内容によれば、私の上司のまた上司がいったん私の九時半出勤を認めてくださったものの、全社的なレベルで例外なく八時半に出勤することが決まってしまったのだそうだ。そのため、私にも毎朝八時半に出勤して欲しいとのことだった。

 営業担当は、
「こんなご時世なんでね、もう全社的に例外なくということなんですわ」
と力を込めて繰り返した。そして、派遣先の企業は、もしも私が八時半に出勤できない場合は、これまで私が蓄積して来たノウハウを誰かに引き継ぐ体制を整えなければならないとおっしゃっているという。私は、現在の派遣先で少なくとも六月末までの契約更新が確定しているのだが、八時半に出勤できない場合は今後の更なる契約更新はなく、六月末をもって、七年間勤務した現在の派遣先の企業との契約が終了してしまうというのだ。

 それを聞いた私は、自分がもはや派遣先の企業から必要とされていないのだと感じてしまった。しかし、後日、わかったことは、私の作業の必要性は少なくとも来年の三月末までは確定しているという。しかも、グループの要(かなめ)であるので、できれば今後も契約更新をお願いしたいということだった。しかし、本社の役職者の方が決めたことも厳守しなければならない上に、私に八時半出勤することを強要することはできないので、そのような話が出て来たらしい。

 営業担当からそれらの話を聞かされた私は、今後、毎朝八時半に出勤できるかどうか、すぐには答えを出せないので、しばらく考えたいと申し出た。営業担当も、
「企業さんもすぐには返事を求めないので、ご主人さんと二人でじっくり考えて答えを出してください」
と言ってくれた。

 私は、ガンモにこれらのことをすべて話した。私がこれから毎朝五時に起きることによって、私たちの生活時間に二時間の時差が生まれることは、私たち夫婦にとっても大きな問題だったからだ。

 同時に私は、自分が本当に働きたいのかどうか、考えた。ずっと以前から感じていたことだが、私の場合、「この仕事がしたい」という強い願望よりも、「どの分野で自分自身を活かせるか」というところに重点を置いていると感じていた。私が本当に好きなことは、文章を書いたり写真を撮ったりすることである。しかし、それらを職業にしたいかというと、必ずしもそうではない。仕事にしてしまうと、好きなことに取り組むための姿勢が純粋でなくなってしまうような気がしてならないのだ。しかし、好きなことが仕事ではなく趣味であり続けるならば、好きなことに取り組む姿勢はいつまでも純粋でいられると思っている。

 わかり易く説明するために、例えば私が写真を撮ることが好きでプロの写真家になったとしよう。いや、写真家というよりもカメラマンかもしれない。私は旅先の風景写真や身近な人のポートレートを撮りたいと思っているのに、ある程度、写真が撮れるというだけの理由で、コマーシャルフォトの仕事が入って来たとしたらどうだろう。お金のために、心から撮りたいとは思っていない対象物に対してカメラを向けることは、好きなことに取り組むための姿勢が純粋でないと言えるのではないだろうか。むしろ、アマチュアカメラマンが自分の撮りたい対象物だけを追い求めるほうがずっと純粋ではないだろうか。そう思うと、例えどんな仕事をしていたとしても、お金を受け取って仕事をする以上、純粋さは失われてしまうような気がするのだ。

 そういう意味で、私にとっての仕事とは、ある種の割り切りであるようにも思う。好きなことに対する純粋さを失わないようにするためには、それを仕事にはしないことだという妙な理論があるのだ。そして、その割り切りから更に発展させると、私にとっての仕事とは、自分が世の中に対してできること、すなわち奉仕という意味合いも持っている。簡単に言ってしまえば、自宅で家事をしながら夫の帰りをじっと待つことが苦手な私は、自分が奉仕する場所は家の外にあると感じているということだ。

 驚かれるかもしれないが、ガンモは私が働くことに対してずっと賛成だった。それはきっと、私の奉仕する場所が自宅ではないということを、ガンモ自身も気付いていたからだと思う。適材適所と言うべきなのか、外で働くことを介して、それぞれが適切に奉仕できる場所で役割を果たすということに対し、私たちは同じ意見を持っていたのである。

 そのため、ガンモは、
「まるみが毎朝五時に起きるなら、俺もできるだけ早く寝るようにするから」
と言ってくれた。しかし、私はその状況に対し、まだ自分なりの答えを出せずにいた。答えが出せずにいるなら、実際に五時に起きてみることから始めてみようか。実践もせずに、最初から「できない」と決め付けるのは、負けず嫌いの私としては少々悔しくもあるのだ。そこで私はガンモの協力を得て、毎朝五時に起きる生活を始めてみることにしたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 不況のため、このような事態に発展してしまいました。企業の判断は一律ですね。営業担当からは、「例外なく」と何度も力強く言われてしまいました。これまでは、企業の都合が労働者に合えば仕事を選んでいたのに、今は、企業の都合に労働者が合わせる時代になってしまったようです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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