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2009.04.13

映画『ダウト 〜あるカトリック学校で〜』

春の城崎温泉(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m カニシーズンの城崎温泉は、とりわけ混み合っています。しかし、今の時期よりも冬のほうがはるかに混み合っているので、私たちはお花見もできる今の時期の城崎温泉がとても気に入りました。これからも、カニシーズンの最終日を狙って城崎温泉にカニを食べに行こうと言っています。とは言え、大好きなまんだら湯の桶風呂でゆっくり瞑想できるのは、閑散期である夏のシーズンなのですが・・・・・・。(苦笑)

 今回も、一ヶ月前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただくことにする。現在も週に二、三本のペースで映画を鑑賞し続けているので、果たして、私の書く映画のレビューがリアルタイムの鑑賞に追いつくことはあるのだろうか。

 この映画を鑑賞したのは、映画『マンマ・ミーア!』を鑑賞して間もなくのことだった。この映画の公開前から、いつも足を運んでいるミニシアター系映画館のエスカレータを降り切ったところに、この映画の販促用グッズである映画の立看板が設置されていた。もちろん、劇場での予告編も何度も目にしていたので、私がこの映画に興味を抱くようになったのはごく自然な流れだったと言える。

 この映画では、映画『マンマ・ミーア!』で娘の結婚式に便乗し、何十年来もの恋を実らせたメリル・ストリープがカトリック系教会学校の厳格なシスター兼校長を演じている。厳格と言っても、映画『プラダを着た悪魔』の鬼編集長のような冷酷さにも通じる厳格さではなく、規律をきちんと守るという厳格さである。

 一方、フィリップ・シーモア・ホフマン演じるフリン神父は、校内で唯一の黒人の男子生徒に優しくしていることから、その黒人の男子生徒との間に性的関係があるのではないかと新米教師に疑われるようになる。やがて、新米教師からの報告を受けた校長は、確固たる証拠もないまま、フリン神父への不信感を募らせて行く。

 校長から報告を受けた黒人の男子生徒の母親が涙を流しながら切々と語るシーンが特に印象的だ。フリン神父から性的虐待を受けているかもしれないというのに、例えそれがどんな状況であったとしても、自分の息子が誰かに気に掛けてもらっているだけでもありがたいことだというようなことを黒人の男子生徒の母親は言うのだ。それだけでない。その現状を黙って見守ることで、息子が無事に卒業できるならば、それでいいとさえ言うのだ。校長としては、黒人の男子生徒の母親を味方につけることで、フリン神父をますます不利な状況に立たせようとしたのかもしれない。しかし、この予想を見事に裏切る黒人の男子生徒の母親の言葉の裏には、白人社会の中で黒人が息を潜めて生きて行くための知恵のようなものを感じずにはいられなかった。

 校長の中にフリン神父に対する不信感が生まれてからの物語の展開は、まさしく緊迫した心理ゲームに値する。確かな証拠など何一つないはずなのに、自分が思い描いた結論を得るために、新米教師と校長の二人がジリジリとフリン神父を追いつめて行くシーンはあまりにも息苦しい。フリン神父の行動を決め付け、強気な態度でフリン神父をとことん追い詰めて行く校長の姿に、疑惑のきっかけを与えた新米教師はひるんでしまうほどだ。また、映画を鑑賞している側としても、校長がフリン神父に向ける疑惑に集中するあまり、会話を妨げる音さえも不快に感じてしまう。フリン神父の言い分を強く否定する校長に対し、疑惑を強く否定するフリン神父。一体どちらの言い分が真実なのか、最後まで戸惑ってしまう。

 しかし、真実は一つしかない。作られていないものこそが真実なのだ。少々やり過ぎではないかと心配になってしまうくらい強気な校長の態度も、最後のシーンですべて御破算になる。この映画のすべてはそのシーンに集約されていると言っても過言ではない。人は自分自身で上手にバランスを取りながら生きているものだ。バランスを取るために、笑ったり怒ったり、泣いたりといった喜怒哀楽の感情を備えているのかもしれない。どこかに大きく傾いた感情は、別のどこかに大きく傾くことで、常にバランスを取ろうとしているのだ。だから、今まさしく、どこかで激しく罵っている人も、どこかで滝のような涙を流すことになるかもしれないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m メリル・ストリープの迫真の演技は実にお見事でありました。彼女をそこまで頑なな性格にしてしまったのは、彼女がカトリックのシスター兼校長だからでしょうか。しかし、「こうでなければならない」という想い込みは、自分からも周りからもどんどん自由意思を奪って行くものなのですね。こういう映画を観ると、せめて思想的には何ごとにも囚われることなく、自由に生きたいと思ってしまいます。そういう意味では、思想的に自由であることのありがたさを、逆説的に教えてくれる作品だったのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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