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2009年4月

2009.04.30

映画『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』

楽しい多読と英英辞典(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 英語を使わなければならないような状況に自分自身を追い込んでやると、必要に迫られて英語力がアップして来るのかもしませんね。落札したときに交わす、出品者と英語のメッセージのやりとりは、心地良い刺激になっています。

 この映画を鑑賞したのは、やはり私が犬好きだからということに他ならない。結婚間もない共働きの夫婦が、子育てのリハーサルとして犬を飼い始める。しかもその犬は、雷をひどく怖がり、留守番をしている間に家の中をめちゃくちゃにしてしまうような、予想以上に手の掛かる犬だった。夫婦はその犬にマーリーと名付ける。

 夫婦の夫役ジョンを演じているのは、映画『ダージリン急行』のオーウェン・ウィルソンである。彼の顔を見ていると、映画『ダージリン急行』のときに怪我をして鼻に貼っていたカットバンがまだ残っているのではないかと思わせるのだが、良く見ると、鼻にカットバンは貼られていなかった。映画『ダージリン急行』では、映画『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディ同様、どことなく冴えない役柄だったが、本作ではやんちゃな飼い犬マーリーと根気強く向き合う好感の持てる夫の役だった。

 ジョンも妻のジェニーも、新聞社でライターの仕事をしている。夫婦で同じような才能を持って生まれ、互いに切磋琢磨し合っている様子がうかがえる。しかも、妻のジェニーのほうが夫のジョンよりも社会的な立場を確立させているようにも見て取れる。女性が新聞社でライターの仕事をするとなると、家庭よりも仕事の優先順位が高く、いつも仕事で忙しくしている様子が想像される。そのような状況下にあっては、妊娠に対してもついつい消極的になってしまうのも無理はないのかもしれない。だからこそ、犬を飼い始めることが子育てのリハーサルになると考えたのだろう。

 思いがけない妊娠という形で夫婦の転機は訪れる。結局、ジョンとジェニーは三人もの子供たちに恵まれた。新しい家族が増えるとなると、特に、新聞社のライターのような忙しい仕事を抱えている女性にとっては、仕事もこなした上でマーリーの世話と家事、それから子育てをすべて完璧にこなすことは難しい。同じ女性の選択として感動したのは、ジェニーが手放したのはマーリーではなく仕事だったということだ。仕事にプライドを持っていたはずのジェニーが、母になることにより、あっさりとプライドを持っていたはずの仕事を手放したのである。もしかすると、仕事よりもマーリーを手放すという選択肢もあったかもしれない。しかし、ジェニーがそうしなかったのは、マーリーがやんちゃで手の掛かるマーリー犬であり、もはや家族の一員としてかけがえのない存在になっていたからなのだろう。いや、かけがえのない存在どころか、家族の大切な軸になっていた。そして、ジョンとジェニーにとって、マーリーがやんちゃで手の掛かる犬だったからこそ、子育てのリハーサルにもふさわしかったとも言える。もしもマーリーが大人しく、聞き分けの良い犬だったならば、忙しい仕事を抱えているジェニーが妊娠したとき、もっと別な選択肢を選んだかもしれない。「手の掛からないいい子」よりも「手の掛かるやんちゃな子」のほうが、人々の心に落とすものは大きいのだ。

 ペットを飼うと必ず迎えなければならないのは、人間よりも早い彼らの死である。寿命が近くなると、やんちゃなはずのマーリーが次第に元気を失って行く。この映画は、そんなマーリーに、「君はちゃんと幸せでしたか?」としきりに問い掛けている。アメリカ映画らしい展開ではあるものの、すっかり家族の一員となったマーリーと家族の触れ合いが面白おかしく描かれた心温まる作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまでにも、犬の映画はいくつか鑑賞して来ましたが、作品に登場したどの犬も「手の掛からないいい子」だったように思います。マーリーが「手の掛かるやんちゃな子」だったからでしょうか。夫婦の間に生まれた子供たちは大人しかったように思います。もしかすると、マーリーが反面教師になっていたのかもしれませんね。(笑)

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2009.04.29

楽しい多読と英英辞典(後編)

楽しい多読と英英辞典(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ところで、コウビルドとは、どのような意味なのでしょう。Co(共に)Buildされているということなんでしょうか。つまり、その単語自身を含めて説明しているという意味なのでしょうか。何はともあれ、とても楽しい英英辞典であります。

 eBayで商品を落札すると、出品者とのやりとりをすべて英語で行うことになる。私が落札したOxford Reading Treeの出品者はすべてイギリスに住む人たちだった。

 日本のネットオークションで落札した商品の代金を支払うとなると、銀行振り込みを利用するケースが多いがが、eBayで落札した商品の支払いは、主にPayPalというサービスを利用して行う。PayPalを利用すれば、お互いの通貨に関係なく、クレジットカードや銀行口座を通じてお金のやりとりができるのである。

 あるとき私は、stage 13のOxford Reading Treeを六冊セットで落札した。六冊のほかに、学校の先生が生徒に教えるための指針が記されたTeach Noteまで付いていた。これらをわずか一ポンド九十九(日本円でおよそ二百八十円ちょっと)で落札できたのだから、驚きである。送料がいくら掛かったとしても、日本では手に入りにくい商品なので、私は落札できたことがとてもうれしかった。

 あまりにも格安で落札できたことがうれしくて浮かれていたのか、私は出品者から届いたメッセージを別の意味にとらえてしまい、さっさと落札ページに表示されている日本への送料を足し込んで、PayPalで出品者に支払いを済ませてしまった。送料は何と、十九ポンド九十九と表示されていた。少々高いと思ったのだが、善は急げだと思い、事務的に支払いを済ませたのだ。

 ところが、PayPalで支払いを済ませたあと、出品者から届いていたメッセージを改めて読み返してみると、「送料を計算してから火曜日の朝にお知らせします」と書かれていることに気が付いた。最初にこのメッセージを読んだとき、私は、「火曜日の朝には出荷できます」だと思い込んでいたのだ。

 はて、どうしたものか。私はひとまず、「ごめんなさい。送料を十九ポンド九十九として、PayPalで支払いを済ませてしまいました。もし足りなければお知らせください」とメッセージを送った。すると、出品者からは、「商品を発送しました。送料として十ポンド返金します」という返事が返って来た。もしかすると、送付してくださった本の中に十ポンドがイギリスの紙幣で同梱されているのだろうかと不安になっていたところ、その数時間後、出品者から、「私のPayPalアカウントから私の銀行口座にひとまずすべての代金を移動させた上で返金することになるので、返金にはおよそ七~九日掛かります」というメッセージが届いた。おそらく出品者は、私のようにPayPalをクレジットカードと連携させて利用しているのではなく、銀行口座と連携させて利用しているのだろう。そのため、お金を移すのに時間が掛かってしまうのだろうと推測した。

 私は出品者に、「お手数をお掛けして申し訳ありません」という謝罪の気持ちを伝えたかったが、英語で何と言えばこの申し訳ない気持ちが通じるのか、良くわからなかった。困ったときの翻訳サイト頼みで、英語翻訳 - エキサイト 翻訳などのページでこの気持ちを翻訳してみたのだが、なかなかしっくり来なかった。

 これまでの私は、海外を旅行しても、文法などそっちのけで、単語を並べて何とか相手に伝えようとしていた。しかし、それは私の甘えだったことに気が付いた。こうしてせっかくOxford Reading Treeで多読を進めているのだから、いい加減、和製英語からは脱出したい。そう思いながらも、今の自分にぴったり来る表現はないものかとインターネットを徘徊しているうちに、

I apologize for bothering you.

という表現に出会った。確かこの表現は、Oxford Reading Treeの中にも登場していた。botherはうるさがらせるという意味の単語で、幅広い使われ方をする。apologizeという単語のことも忘れられない私は、この表現が今の私の気持ちにぴったりだと感じた。

 一週間ほど経って、出品者が発送してくださった商品が無事に届き、続いて、PayPalからも返金のお知らせメールが届いた。わずか一ポンド九十九の商品を落札しただけで、出品者にこれほどお手間を取らせてしまったことは、I'm sorryではなく、まさしくapologizeに相当する。

イギリスから届いたOxford Reading Treeのstage 13の六冊セット + Teach Note

 こうしてこの取引は終わったのだが、出品者はおっちょこちょいの私にPositiveな評価を残してくださった。もちろん私も出品者を評価し、多くの人たちが、「素早い発送で、商品も素晴らしく、最高の出品者です」などと簡単に評価しているにもかかわらず、私はそれに加え、心温まるコミュニケーションができましたなどと追記した。

 ちなみに、日本のオークションで同等のものを落札すると、数千円程度の金額に釣り上がってしまう。とは言え、運が良かったのか、私は以下の商品をたまたま二千百円で落札することができた。それでも、イギリスから届いた六冊セットのほうが、例え送料を加えたとしても価格が安いのである。

日本のネットオークションで落札したOxford Reading Treeのstage 8から11の六冊セット

 この他にもeBayでは、私が入札すると、「どこの国の人ですか?」といきなり尋ねられたかと思うと、送料が高くなることを心配して予め梱包に気遣い、送料を計算して知らせてくださる親切な出品者もいた。私も、「もし私が落札できたら、時間が掛かってもかまわないので、エアメール以外の方法で送ってください」などと回答できるようになったものの、結局、競争率が激しくてその商品を落札することはできなかった。

 出品者と交わす生きた英語が楽しくて、調子に乗って次々に入札していると、落札できたにもかかわらず、「あなたが落札した商品は、既に他のサイトで売れてしまっていたので、大変申し訳ありませんが返金させていただきます。次回、当店を利用されるときは二ポンド割引させていただきます」というメールが届いた。その出品者からは、Oxford Reading Treeを個別に三冊落札していたのだが、三冊ともPayPalで支払いを迅速に済ませたにもかかわらず、すべて返金されてしまった。どうやら出品者は、複数のサイトで同じ本を販売していたらしい。日本のオークションでそのようなことをすると、すぐに「悪い」評価を付けられるものだが、海外のオークションサイトは出品者に寛大なようだ。

 届いた謝罪のメールをガンモに読んで聞かせると、
「そういう文章って、まさしくTOEICのリーディング問題に出題されるような文章だよね」
とガンモは言った。確かにその通りだ。なるほど、Oxford Reading Treeで多読を始めてからというもの、私はeBayのメッセージ送信機能を使ってイギリスの出品者とやりとりをしたり、また、こうしてTOEICのリーディング問題に出題されるような謝罪のメールを受け取ったりしている。イギリスの出品者から受け取るメッセージは、時にははっとするような生きた英語である。例えば、送られて来た謝罪のメールは、以下のように締めくくられていた。

Our apologies once again.

 このような表現は、日本人の頭からは絶対に出て来ないのではないだろうか。Oxford Reading Treeにも、このような生きた英語がたくさん登場する。出品者から届いたメッセージを勘違いして取引を進めて失敗しても、落札できたと思った商品が手に入らなず返金されても、私には、日本人には想像もつかないような生きた英語の表現に出くわすことが楽しくてたまらない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまでは、「読む」、「聴く」中心の英語学習方法でしたが、eBayのメッセージ送信機能を利用することにより、自分の考えていることを相手に伝えるという新たな能力が鍛えられつつあります。(苦笑)相手の言うことを理解できても、こちらの気持ちをうまく表現することができないのは、本当にもどかしいものですよね。eBayのオークションを通じて、そういうもどかしさのギャップが少しずつ埋まって行くような気がしています。

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2009.04.28

楽しい多読と英英辞典(前編)

映画『再会の街で』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 固い殻は、外から破るのではなく、自分自身で中から破らなければならないということを、記事の中では言いたかったのです。でも、一見、仕事が軌道に乗っているように見える歯科医のアランでさえ、家庭内では問題を抱えています。何も問題を抱えていない人なんて、世の中にはいないのかもしれませんね。反対に、もしいるとすれば、その人の表情にはまだ何も刻まれていないかもしれません。自らの問題に勇気を持って取り組み、問題を解決した人は、表情に刻まれて行くものに深みが出て来ますよね。私もそういう年の取り方をしたいものです。

 先月の終わりに受けたTOEICの結果が少し前に郵送されて来た。恐る恐る開封してみると、昨年末に公開テストで取得した最高スコアよりも五点低いだけだった。あのときは確か、試験当日に生理が始まってしまったことにより、集中力が失われ、実力を出し切ることができなかった。それでも最高スコアを獲得したのだとすれば、超能力によるものだろうと思っていた。しかし、今回の結果がそのときのスコアとほとんど変わらなかったということは、どうやら英語学習の成果が現れて来たと思っていいようである。

 TOEICの試験を受け始めた頃の私は、リスニングのスコアよりもリーディングのスコアのほうが圧倒的に高かったのだが、いつの間にか、リーディングとは比べ物にならないほどリスニングのスコアが伸びていた。ガンモ曰く、TOEICでリーディングのスコアが高いのは、大学受験で英語を勉強した人たちだという。しかし、多くの人たちは、ひとたびTOEICのための英語学習を始めると、リスニング力がぐんぐん伸びて来るのだ。

 一方、ガンモのスコアも間もなくWebから参照できるようになった。前回の公開テストでは大台に乗ったと大喜びしていたガンモだったが、果たして今回はどうなのだろう。ガンモは、大台をはるかに上回った前回とほとんど変わらず、最高スコアよりも十点だけ低いスコアを獲得した。ということは、大台をはるかに上回ったガンモもまぐれではなく、確実に実力を付けていたのだ。それにしても、私がいくら頑張ってもなかなか差が縮まらないのだから、ガンモはかなり手強い競争相手である。

 リスニング力が付いて来たのは、やはりBBCを聴き続けていたからだろうか。私は、リスニングのスコアとリーディングのスコアのバランスを取るために、リーディング中心の英語学習を始めた。その一貫として、イギリスの小学生や中学生が教科書に使用しているOxford Reading Treeを熱心に読み始めたという話を、以前、ここにも書いたはずだ。

 私が教材に選んだOxford Reading Treeは、内容も豊富な上にレベル分けされているので、用意されている1から16までのstageの中から、自分の実力に合ったstageの本を選ぶことができる。この一ヶ月の間に、私は主にStage 10から14までのフィクションを中心とした様々なOxford Reading Treeを読んだ。

この一ヶ月の間に読んだStage 10から14までのOxford Reading Tree

 どれも、イギリスの八十パーセントの小学校あるいは中学校の教科書として使われている本だが、驚いたことに、知らない単語がたくさん出て来るのである。私は、できるだけ前後の文脈から、わからない単語の意味を推測するように心掛けていたのだが、それでも推測できないときは、英和辞典ではなく英英辞典を引くことにした。

 ご存知のように、英英辞典は、英単語の意味を英語で解説している辞書である。英語学習には英英辞典を使うのが良いと、以前、どこかのサイトで読んだので、私は少し前にネットオークションで英英辞典を落札していた。特に、英英辞典の中でも、Collins COBUILD Advanced Learner's English Dictionary + CD-ROM (通称コウビルド)という、英単語の意味そのものを説明の中に含めながら英単語を解説する英英辞典がユニークで実力がつくと書かれていたので、私はそれに従った。しかし、せっかく購入した英英辞典は、英語学習を始めても使うチャンスに恵まれず、ベッドの脇で埃をかぶり掛けていたところ、Oxford Reading Treeで多読を始めてからは、重宝するようになった。

Collins COBUILD Advanced Learner's English Dictionary + CD-ROM

 私は、前後の文脈から推測しにくい英単語に出くわすと、ひとまずコレクト情報カードに単語だけを書き出して行った。自宅で過ごしているときは、そのまま英英辞典のCollins COBUILD Advanced Learner's English Dictionary + CD-ROMを引いて意味を調べるのだが、職場にいるときは、オンラインで使える英英辞典のCobuild dictionary for learning English and definitions in Englishにアクセスして、わからない英単語の意味を調べている。

以前の記事でもご紹介したコレクトの情報カード。結局、枚数が多くなるので、大きなリングで止めて使うようにした。

 実際にCollins COBUILD Advanced Learner's English Dictionary + CD-ROMを使い始めてみると、実に楽しい辞書であることがわかった。例えば私は、wagという英単語の意味が良くわからなかった。前後に犬が出て来るので、犬に関係する単語であることは推測されるのだが、正確な意味を調べるために、オンラインで使えるCobuild dictionary for learning English and definitions in Englishにアクセスしてwagの意味を調べてみると、以下のように書かれていた。

When a dog wags its tail, it repeatedly waves its tail from side to side.

 ご覧のように、wagという英単語の意味を説明するために、説明文の中にwagという単語自身を含んでwagを解説している。簡単に言えば、多くの辞書が他の単語の言い換えであるのに対し、Collins COBUILD Advanced Learner's English Dictionary + CD-ROMの英英辞典は連想ゲームのような使い方ができるのである。それにしても、何と面白い表現だろう。このような表現に出くわすと、英英辞典を引いて英単語の意味を調べるのがぐっと楽しくなって来る。このように、Oxford Reading Treeで多読を始めてからというもの、Collins COBUILD Advanced Learner's English Dictionary + CD-ROMの楽しい表現も加わって、私は英語学習が楽しくてたまらなくなったのである。

 ところで、このOxford Reading Treeだが、日本で手に入れようとすると、子供さんの英語教育向けに販売されているのか、大人が読むにはかなり易しいstageの本が多い。そこで私は、eBayで主にイギリスの出品者から、stage 10以上のものを探して落札しているeBayは、日本のネットオークションのように、商品を落札すると、出品者と落札の間で短いメッセージをやりとりすることができるのだが、いくつか落札を繰り返すうちに、大変興味深い出来事に出くわしたので、また後日ご紹介させていただくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 小学生の頃、私は読書少女でした。毎日、学級文庫(教室に置いてある図書)と図書館にある図書を一冊ずつ借りて読んでいました。そのため、本をたくさん読んだ生徒に贈られる読書賞も何度かいただきました。また、小学校高学年になると、図書委員長も体験させていただきました。Oxford Reading Treeが主にイギリスの小学生をターゲットにした本だからでしょうか。読んでいると、小学生の頃の読書好きな少女に戻ってしまうようです。とにかく、中毒のように読みふけっています。(笑)

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2009.04.27

映画『再会の街で』

ホットヨガ(一四六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m スクイーズコースのレッスンは、スクイーズという名前の通り、身体を絞るポーズが多くなっています。身体を左右にねじって絞ってみると、ねじりやすい方向とそうでない方向があるので、やはり身体に歪みがあるのがわかります。新しい骨盤矯正ベルトで矯正されて行くといいのですが・・・・・・。(苦笑)ちなみに、新しく購入した骨盤矯正ベルトとは、お尻のあたりがダブルバンド構造になっている「万能ダブルバンド」という名前の商品です。私も商品レビューを書いています。(^_^)

 この映画が劇場公開されていた頃、私は映画『ONCE ダブリンの街角で』を鑑賞したものの、この作品は鑑賞しなかった。何故鑑賞しなかったのか、取り立てて大きな理由はなかったのだが、時期を同じくして、タイトルに「街」が付いている作品をいくつも鑑賞する必要はないと思っていたのかもしれない。そして、およそ二ヶ月前にようやくこの作品をDVDで鑑賞してみてわかったことがある。タイトルに同じ「街」が付いていたとしても、映画『ONCE ダブリンの街角で』は男女の新しい出会いとそこに育つ友情を描いた作品であり、本作は大学時代のルームメイトとの再会とそこに育つ友情を描いた作品だった。

 本作の舞台となっているのは、911事件後のニューヨークである。あるとき、歯科医のアランが、大学時代のルームメイトだったチャーリーと、偶然、街で再会する。しかしチャーリーはアランのことを覚えてはいなかった。どうやらチャーリーは、911事件で同時に妻と子供を亡くし、それ以来、ほとんど誰とも接触を持たず、心を固く閉ざしてしまっているようだった。チャーリーは間もなくアランのことを思い出すのだが、まるで子供のように大人としての分別がなく、夜中であるにもかかわらず、家庭や仕事のあるアランを遊びに誘い出したりする。そして二人は再び友情を結んで行くかのように見えるのだが・・・・・・。

 歯科医のアランを演じているのは、ドン・チードルである。どこかでお顔を拝見した役者さんだと思っていたら、なるほど、映画『ホテル・ルワンダ』でホテルの支配人を熱演していた俳優さんだった。今回の彼の役は、外から見ると幸せそうに見えるものの、実際は夫婦関係がうまく行っていない歯科医の役である。そこに居ない人のことをいつまでも求め続けて殻に閉じこもっているチャーリーと、そこに居る人のことを疎ましく思うアランは、互いに対照的な存在だと言える。対照的な存在は、互いに関わり合うことによって、自分に足りていないものを見出して行くものだ。

 しかし、チャーリーの心の傷は思った以上に深かった。それでも、少しずつ、少しずつ変化しているのがわかる。そして、アランの抱えていた夫婦の問題も、少しずつ少しずつ緩和されつ行く。だから、映画を見る側の感覚としては、スクリーンで繰り広げられるゆっくりの変化が心地が良い。本作は、問題解決に期待するよりも、変化するプロセスを静かに見守る作品だと思う。どん底の状態から少しずつ少しずつ上昇して来たのだから、例え映画が終了したとしても、もう少し先にはもっと上昇しているのではないかと期待させてくれるのである。

 本作には、映画『バンク・ジョブ』で色っぽい役を演じていたサフロン・バロウズも、ちょっと危なっかしい役で登場する。もしかすると、彼女の危なっかしさは素なのかもしれないと錯覚してしまうほど、危なっかしい役が板に付いていた。それこそ、恐ろしいくらいに。

 素と言えば、チャーリーの役を演じているアダム・サンドラーの大人であるのに子供のような演技も、あまりにも自然で目を見張るものがある。911事件で妻と子供を同時に亡くして魂が抜けたようになっている彼は、まるで夢遊病者のように夜のニューヨークの街をふらついていたのだろうか。特に、後半で彼が自分の心の奥底にある想いを語り始めるところや、七十年代ロックにかける情熱を露(あらわ)にするシーンは見ものである。妥協を許さず、自らが形成した硬い殻によって、どこまでも他者を寄せ付けないでいる彼は、どこかに心の拠り所を求めようとしていたのかもしれない。彼の七十年代ロックに対する深い知識は、七十年代ロックを餌にして、むやみに彼に近づこうとした人をとことん遠ざけるほどの威力を持っていた。

 何かに深く傷ついている人を立ち直らせようとか、力になりたいとか願うのは、それを願う人たちの傲慢に過ぎないのかもしれない。そうではなく、傷ついた人がいつか独り立ちできるように、常に互いの心の中を見せ合える環境を整えながら、根気強く見守り続けることのほうが大切だと思う。そう、おそらく、例え相手がどんな状況に陥っていたとしても、相手と対等な関係でいることのほうが大切なのだ。何故なら、深い心の傷から立ち直る人は、誰かに築いてもらった土台の上に立つのではなく、自分自身で築いたしっかりとした土台の上に立たなければならないからだ。だからこの作品は、深い痛みを完全に吹っ切ったチャーリーではなく、自分なりの土台を築いたチャーリーを見せてくれるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アメリカ映画にしては珍しく(苦笑)、時間がゆっくりと進んで行く作品でありました。心が深く傷ついたチャーリーにセラピストを紹介するといった手段は、一見、チャーリーに対する心遣いを感じる行為ではありますが、チャーリーと対等な関係を築くことにはならないのですね。そういうことに気付かせてくれる深い作品でありました。

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2009.04.26

ホットヨガ(一四六回目)

子育てのできない母親の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 鳩の世界には、『たまごクラブ』や『ひよこクラブ』のような情報誌がないので、母ちゃんも自分の態度のどこに問題があるのかまったく気付いていないのかもしれません。それにしても、立ち上がったときに、さっきまで温めていた卵をお腹にくっつけたまま歩いてしまうなんて、変わった鳩ですね。(苦笑)

 少しずつ早起き生活にも慣れて来たので、土曜日はホットヨガのレッスンの予約を入れてみた。本来ならば、午前中のうちに京都四条通店でレッスンを受けたあと、午後は北野天満宮で行われている骨董市に足を運びたかった。しかし、天気予報を見ると、非常に高い確率で雨の予報だったので、予定を変更して三宮店にレッスンの予約を入れ直した。また、いつもは午前中のうちにレッスンを受けておきたい私だったが、降水確率が高かったことに便乗して、寝不足の身体をもう少し休ませようと、午後一番に行われる六十分のスクイーズコースのレッスンを選んだ。

 三宮店で土曜日の午後一番に行われるレッスンと言うと、かつては私の中でのカリスマインストラクターが毎回、レッスンを担当してくださっていた。もしかすると、今回のレッスンも彼女の担当かもしれないと期待していると、やはり、その通りだった。

 三宮店の入口の扉を開けたとき、受付には、前回のレッスンを担当してくださった脱・小悪魔インストラクターと他のインストラクターが二名ほど立っていた。しかし、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターは受付にはいらっしゃらなかったので、レッスン前にごあいさつができなかった。

 レッスンの開始時間になると、予想通り、私の中でのカリスマインストラクターがスタジオに入って来たので、私はインストラクターとの久し振りの再会にとてもうれしくなった。私はインストラクターに近い前列のヨガマットを選んでいたのだが、これからインストラクターと顔を合わせることを予感させるわくわくした気持ちは、好きなアーチストのコンサートで前のほうの席に当たり、好きなアーチストと目が合う瞬間を楽しみにする少女の気持ちに似ていると思った。

 インストラクターからレッスン開始の宣言がなされると、インストラクターは参加者の顔を順番に覗き込みながら話をされていた。どうやらインストラクターは、そのときに私の存在を認めてくださったらしい。

 今回のレッスンの参加者は、私を入れて十四名だった。久し振りに参加することになったスクイーズコースだが、過去のレッスン履歴を遡ってみると、私が最後にスクイーズコースのレッスンを受けたのは、今から一年半ほど前のことのようだ。ただ、あとから知ったことだが、私が今回受けたスクイーズコースのレッスンは、三宮店では今月半ばに始まったばかりの新しいレッスンらしい。スクイーズコースのレッスンは、脂肪燃焼コースやパワーアクティブコースよりもきつくなく、しかもレッスン時間が六十分ということで、今の私にはちょうどいいレッスンのように感じられた。ただ、私が以前受けていたスクイーズコースのレッスンとは、取るポーズの内容が若干違っていた。

 実は、今回のレッスンは、購入したばかりの新しい骨盤矯正ベルトを使用し始めてから三日目のレッスンとなった。新しい骨盤矯正ベルトのおかげなのか、ポーズを取るときの骨盤の調子がとても良かった。というのも、これまでは、鏡に映った自分の姿を見たとき、他の人たちと踏み出した足の形が違うのを感じていたからだ。もしかすると、私の骨盤は上に上がってしまっているのかもしれない。そのため、私の取るポーズは他の人が取るポーズよりも浅く、特に足を九十度に曲げるポーズでは行き詰まりを感じていた。しかし、今回のレッスンでは、以前よりもポーズが深くなっているのを感じた。

 レッスンが終わり、スタジオから出て行くときに、私の中のカリスマインストラクターが、
「お久し振りですね」
と言いながら私に手を振ってくださった。私は彼女にあいさつとお礼を言い、更衣室へと足を向けた。

 シャワーを浴びて着替えを済ませたあと、受付でさきほどのインストラクターと顔を合わせ、再びお久し振りのごあいさつとともにレッスンの感想を述べた。私は神戸店でスクイーズコースのレッスンを受けたことがあることを伝えた上で、今回受けたレッスンは、その頃に取っていたポーズと少し違っているので、より進化したレッスンなのだろうと言った。すると、インストラクターは、その頃のスクイーズコースのレッスンはご存知ないとおっしゃった。私は、確かその頃は七十五分のレッスンだったと記憶していたのだが、あとでその頃の受講履歴を確認してみると、当時もやはり六十分のコースだった。私は、七十五分のフロウコースと取り違えていたのだ。

 インストラクターは、
「まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)の姿を見付けたとき、うれしかったですよ」
と、うれしいことを言ってくださった。私も、
「私も、土曜日のこの時間帯だから、○○さん(インストラクターの名前)が担当してくださるんじゃないかなあと期待していましたよ」
と伝えた。

 前回のレッスンを担当してくださった脱・小悪魔インストラクターと言い、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターと言い、こちらが先に好意を示すことによって、その好意は笑顔という形で自分に還って来るものだと実感した。私がホットヨガのレッスンを続けていられるのは、インストラクターとの打てば響くようなコミュニケーションがとても楽しいことも理由の一つである。

 ちなみに、今回のレッスンで着ていたTシャツは、風神ヴァーユの化身、そして息子とも言われているハヌマンである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m インストラクターとの久し振りの再会はうれしいものですね。しばらく通い詰めていたのに、突然、通わなくなってしまうという失礼な態度を取っているにもかかわらず、毎回、暖かく迎えてくださるのはありがたいことです。こうした交流を、今後も大事に育てて行きたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.04.25

子育てのできない母親

映画『ヒトラーの贋札』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。主役を演じているカール・マルコヴィックスという役者さんは、口数は少ないのにとても存在感がありました。そういう役者さんは、静の演技のできる役者さんですね。さて、今回は、久し振りにの話題をお届けしたいと思います。

 尾も白いでご紹介した雛は、いつの間にか元気良く巣立って行った。寒い冬の間、我が家のベランダの鳩たちは、ハリセンボンのように身体を膨らませて寒さをしのいでいたが、寒い冬も終わり、暖かい春がやって来たので、我が家のベランダにはまた新しい生命が誕生しようとしている。

 暖かくなると、まずはTKMYとキッコロ夫婦が、またしてもベランダの排水溝のあたりに巣を作った。現在、卵は二個あるようで、TKMYとキッコロが交替で温めている。

 一方、父ちゃんと母ちゃんも、少し前から巣作りを始めた。最近の父ちゃん、母ちゃんは、娘夫婦のTKMY、キッコロ夫婦に追いやられがちである。相変わらず父ちゃんとキッコロの争いは絶えない。しかし、父ちゃんは既にご高齢なのか、見るからに貫禄はあり、鳩としてもジェントルマンには違いないのだが、力では娘婿のキッコロに負けてしまっている。父ちゃんたちは、TKMYとキッコロが巣を作る排水溝の反対側の隅にいつも巣を作っていたのだが、彼らに追いやられてしまったせいか、私たちの家の玄関のあたりに巣を作ろうとしていた。

 いくら何でも玄関に巣を作られてはたまらないので、私たちは、父ちゃんや母ちゃんが玄関に集めた藁(わら)や木の枝を見付ける度に撤去していた。しかし、母ちゃんがそろそろ産気づいたようなので、ガンモは彼らが集めた藁や木の枝を、いつも彼らが巣を作っていたベランダの定位置に持って行って、巣が外敵から見えないように囲ってやった。すると、母ちゃんはすぐにそこに卵を産んだ。

 今の母ちゃんは、父ちゃんにとって三人目、いや、三羽目の妻である。これまでの二羽の母ちゃんは、いつの間にか父ちゃんのところに帰らなくなってしまった。おそらく、父ちゃんに嫌気がさしたわけではなく、何らかのトラブルに巻き込まれたのだろうと思う。これまでの二羽の母ちゃんたちとの間には、何羽もの雛たちが生まれたのだが、父ちゃんが今の母ちゃんと一緒になってからもう一年近く経つというのに、まだ父ちゃんと母ちゃんの間には子供が育たない。いや、卵を産んでいるのを見届けたことはあるのだが、どういうわけか育たないのだ。時にはベランダに卵の殻だけが残っていたりするので、どうして育たないのか、不思議に思っていたところ、先日、ようやくその原因がわかった。

 あるとき、ガンモがベランダで作業をしていると、
「えっ?」
と驚いた声を出した。私が、
「どうしたの?」
と言って顔をのぞかせると、
「卵を温めていた母ちゃんが起き上がったとき、温めていた卵を自分の足で踏んで潰した!」
と言う。ガンモは驚きのあまり、しばらく呆然としていた。母ちゃんは、潰れた卵から出て来た黄身をすすっていたと言う。どうやら母ちゃんは、自分が温めている卵に対する注意力が欠けているようなのだ。果たしてそんなことがあるのだろうか。

 通常、鳩は卵を二つ産むが、そのときはまだ卵が一つだけだったので、私たちは母ちゃんがもう一つ卵を産み、その卵が孵ることを期待していた。ところが後日、母ちゃんは確かに卵をもう一つ産んだのだが、やはり卵を温めている最中に起き上がり、今度はお腹にその卵をくっつけたまま歩き回っていたという。それを見ていたガンモは、
「母ちゃん、ダメだわ。子育てできないんだ」
結局、母ちゃんがお腹にくっつけて歩いていた卵は、巣の外に転がって、その後、温められることはなかった。仕方がないので、私たちはその卵を処分することにした。もしかすると、その卵を拾ってこっそりTKMYとキッコロの巣の中に入れておけば良かったのかもしれない。

 私たち人間にも、得手不得手があるように、どうやら鳩にも得手不得手があるようだ。母ちゃんは、卵を産むことは得意でも、常に卵を安全な状態に保ち、根気強く温め続けるということが苦手らしい。おそらく、父ちゃんと一緒になってからというもの、同じようなことを何度も繰り返して来たのだろう。この先、父ちゃんと母ちゃんの間の雛の顔を拝める日はやって来るのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鳩にもいろいろな性格があって面白いと書きましたが、今の母ちゃんは、特に変わっています。餌を欲しがるときも、これまでのどの母ちゃんよりも貪欲に求めて来ます。そんな母ちゃんは、卵を温めているときも、卵を産んで育てているということをコロッと忘れてしまっているのでしょうかね。物忘れが激しいのか、それともおっちょこちょいなのか、母性にあふれたTKMYが母ちゃんに助言してあげるといいのですが。(苦笑)

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2009.04.24

映画『ヒトラーの贋札』

朝日を浴びながら通勤する(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。まだ陽が高く昇らないうちに降り注ぐ太陽は、昼の光ほど眩しくなくて、とても気持ちがいいものですね。こんなに気持ちがいいのは、早起きしたご褒美だと思っていいでしょうか。この早起きをいつまで続けられるかわかりませんが、しばらくの間、自分のペースを作り上げることに専念したいと思います。

 キム兄こと木村祐一さんの初監督作品である映画『ニセ札』が話題に昇っている。今回のレビューは、そんなニセ札ブームに便乗したわけではないのだが、劇場公開時に鑑賞することのできなかった本作を、二ヶ月ほど前にDVDで鑑賞したのでレビューを書かせていただこうと思う。キム兄の映画『ニセ札』が日本史上最大の贋札事件なら、本作は、国家による史上最大の贋札事件らしい。

 舞台となっているのは、第二次世界大戦中のドイツである。贋札を作ることのできる高い技術を持ったユダヤ人たちがザクセンハウゼン強制収容所に集められ、ナチスのもとで精巧な贋札を造るという大胆なストーリーだ。贋札造りのメンバーたちは、強制収容所に送り込まれてはいるものの、他のユダヤ人たちからは考えられないほどの高待遇を受けていた。しかし、彼らの人間としての気持ちは、自分たちの仲間を次々に虐殺するナチスのメリットになるような贋札など造りたくはないというのが本音である。とは言え、贋札造りを拒めば自分の命が危うい。そんな葛藤の中、チームワークを組んでいる贋札造りのメンバーたちは、生き延びるために、贋札造りを拒む仲間をかばいながら贋札造りに専念することになる。実際に強制収容所で贋札造りに加わったというアドルフ・ブルガーの自伝をもとに構成されているので、ナチスのもとで贋札を作るユダヤ人たちの葛藤や苦悩が手に取るように伝わって来る。

 本作の中にも、映画『戦場のピアニスト』同様、まるで虫けらのようにユダヤ人を殺すシーンが出て来る。やはり、これがナチスの真実なのだろうか。多くのユダヤ人を虐殺しただけでなく、国家として贋札造りを命じていた時代があったというのだから、やはりナチスは国のトップの選び方を誤っていたのではないだろうか。現代においても、実験と称して他の国に向けてミサイルを発射して来る我が道を行く国もあるが、当時のナチスもまた、我が道を行くトップを選んでしまったのだろう。そう考えると、ナチスを別の視点から描いた映画『わが教え子、ヒトラー』や映画『ワルキューレ』らがとてもユニークな作品のように思えて来る。

 先日、朝日を浴びながら通勤する(2)の記事に適材適所の話を書いたばかりだが、贋札造りのメンバーに抜擢されたユダヤ人たちは、贋札を作る技術を活かすことができたという点において、適材適所が当てはまっていると言える。ナチスに脅されながら、常に死と向かい合わせに生きて来た贋札造りのメンバーが苦悩する様子と、贋札造りという究極のプロジェクトを通して形成されて行く人間関係が見ものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしも自分が同じ状況に立たされたとき、果たして私はどのような行動を取るのだろうと考えました。自分の意志に著しく反するようなことを命じられて、命令に従わなければ殺すと言われたら・・・・・・。おそらく、自分の限界を知りたい私としては、「命令に逆らうのは、死ぬほどのことなのか」と考えるでしょうね。でも、プライドを持って生きていたら、贋札造りのメンバーのように、従うのは苦しいでしょう。そういう葛藤や苦悩がベースになっている作品です。

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2009.04.23

朝日を浴びながら通勤する(4)

朝日を浴びながら通勤する(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。皆さんもまた、不況の影響を受けていらっしゃるでしょうか。企業は、生き残るための策をあれこれ模索しているようです。今後は、それらの策にどこまで順応できるかが問われることでしょう。ちなみに私の実家の母は、毎朝四時頃に起きているようですが、家事が一段落すると昼寝をしているようです。昼寝の時間を確保することができれば、朝早く起きて活動するのも苦ではないのでしょうね。私にとっては、帰宅してから少し眠るのが昼寝に相当しているのでしょうか。まあ、仕事中にコックリコックリと船を漕いでいるのは、大目に見てくださいな。(笑)

 派遣会社の営業担当が私にその後の状況を尋ねに来たのは、私が八時半出勤を始めてから五日目のことだった。営業担当が、
「その後、どうですか?」
と尋ねてくれたので、私は、
「実は、この一週間、八時半に出勤してみましたよ。毎朝五時に起きてますよ」
と答えた。すると、営業担当は、
「ええっ? 五時起きですか?」
などと、まるで初めて聞いたかのように驚いた口調で聞き返して来た。私は、「やっっぱりそうか。私が八時半に出勤するためには五時に起きなければならないことをあれほど力説していたはずなのに、予想通り、私の話をちゃんと聞いてくれてはいなかったんだ」と確信した。私は、営業担当への不信感を抑えながら、
「朝は何とか起きられるのですが、夜のほうがきついですね。もう眠くて眠くて・・・・・・。それと、朝の電車は学生さんが多くてものすごく混みます。今後も八時半出勤できるかどうか、まだ答えは出せません。正式な回答はもう少し待ってください」
と答えた。何とか八時半出勤は続けているものの、私はまだ正式な回答を出せずにいるのだ。それに対し、営業担当は、
「わかりました。企業さんもまだお時間をくださると思うので、またじっくり考えてください」
と言ってくれた。

 朝七時起きから朝六時起きに変わったとき、私はたるんだ皺(しわ)を引き伸ばすかのように、自分のペースを作り上げて来た。生活のリズムが出来上がってしまえば、目覚ましが鳴るよりも前に目が覚めるようになるものである。私はいつの間にか、目覚ましをセットした六時よりも前に目を覚ますようになっていた。ということは、この先、目覚ましをセットした五時よりも前に目が覚めるようになるのかもしれない。

 そんなことを思っていたある日のこと、四時半過ぎに自然に目が覚めた。私が自然に目を覚ますと、すぐ隣で寝ているガンモも目を覚ますことが多い。ガンモはむっくりと起き上がり、トイレに立った。そして、トイレから帰って来るや、部屋の明かりを点けたのだ。私はガンモに、
「何で部屋の明かりを点けるの?」
と尋ねた。するとガンモは、
「もう五時半過ぎだから、まるみは起きなきゃ遅刻するでしょ。遅刻したらえらいこっちゃと思って」
と言った。
「違うよ、ガンモ。まだ四時半過ぎだよ」
と私は言った。ガンモは、
「えっ? まだ四時半過ぎなの?」
と言って、慌てて時計を見ていた。

 そんなおっちょこちょいのガンモは、私が六時に起きていた頃よりも、今のほうが二度寝ができると言っている。六時に起きていた頃も、今も、ガンモが起きる七時よりも前に目覚ましをセットしているので、目覚ましが鳴るとガンモもいったんは目覚める。六時に起きていた頃は、目覚ましが鳴ってからガンモが起きるまでの間に一時間しかないので、二度寝するのが辛かったそうだ。しかし、私が五時に起きるようになってからは、目覚ましが鳴ってからガンモが起きるまでの間に二時間あるので、二度寝しやすくなったそうだ。ガンモは更に、夜寝る時間についても協力してくれるようになった。六時に起きていた頃は、一時過ぎに就寝していたのだが、最近では零時過ぎには私と一緒に布団に入って就寝するようになった。

 少しずつ通勤に慣れて来た私は、混雑を避けるため、七時よりも前に家を出るようになった。JR線に関しては、快速列車よりも普通列車を利用するほうが混雑は少なく、三ノ宮駅に着く十数分の間、席に座れることがわかった。席に座ることができれば、少しでもノートパソコンを開いて「ガンまる日記」の下書きを書くことができる。そして、神戸市営地下鉄に関しては、学生さんたちが互いに申し合わせているのか、ある特定の列車に集中して混雑していることがわかった。そこで、学生さんたちが既に列を作って乗車待ちをしているようなら、その列車を見送って列の先頭に並び、次の列車に乗るようにすれば、間違いなく席を確保できることがわかった。ありがたいことに、神戸市営地下鉄は、数分置きに運行されているのだった。

 こうしていろいろな工夫をしながら、私は何とか八時半出勤を続けている。次に派遣会社の営業担当に契約継続の意志を聞かれたら、何と答えよう。まだ本当に続けられるかどうかはわからないものの、私がここまでして仕事を続けようとするのは、常に自分の限界を知りたいからだと思う。何か困難なことに直面したとき、最初から実践せずに諦めてしまうのではなく、ひとまず実践して、自分の限界を確認する。辛いと思ったとき、それは本当に自分の限界なのかどうかを確認するのだ。そうすることで、自分の限界を広げようとしているのかもしれない。

 おそらく早起きのサイクルが出来上がってしまえば、これまでのように、平日の映画鑑賞や休日のホットヨガのレッスンにも出掛けられるはずである。私はそのときが来るのを今から楽しみにしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実践するまでは、自宅から一時間半も離れた職場に八時半に出勤するなんてとても無理だと思い込んでいました。しかし、実践してみれば、そこに自分なりのアレンジが加わり、次第に完成に向かって行くものなのですね。そう言えば、八時半より少し前に職場に着くと、私と同じように朝食を摂っている人たちが複数いることがわかりました。派遣仲間の一人も、自宅で朝ごはんを食べては来るものの、お腹が空いてしまうので、昼食までの間にこっそり何かを食べていると言っていました。(笑)こうしたノウハウをみんなが隠し持っているから戸惑うのであって、ノウハウを公開し合えば、「できない」と思っていることがどんどんできるようになって来る気がします。

※追記:この記事には続編があります。→朝日を浴びながら通勤する(5)

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2009.04.22

朝日を浴びながら通勤する(3)

朝日を浴びながら通勤する(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。不況の波は、私の出勤時間にまで影響を及ぼしてしまいました。それにしても、短期間のうちにいろいろなことが変化して行くものですね。

 私は、毎朝五時に目覚ましをセットして起床するようになった。目を覚ますと、目覚ましを七時にセットしなおして、すぐ隣で寝ているガンモにキスをしてからそっと起き上がる。それからノートパソコンのスイッチを入れて「ガンまる日記」の下書きを三十分ばかり書いたあと、シャワーを浴びてお弁当を詰める。そして、歯磨きをして軽くお化粧をしたあと、七時には家を出る。

 冷え取り健康法のために四枚重ね履きしている靴下は、履くのにとても時間が掛かるので、一枚もしくは二枚だけ履いて出掛ける。残りの三枚もしくは二枚はバッグの中に忍ばせて職場に持参し、仕事中、トイレに立ったときに格闘しながらトイレで履いている。

 最寄駅まで自転車を走らせたとき、朝日が私を優しく包み込んでくれているのがわかった。獅子座生まれの私は火の星座に属しているので、太陽の光を浴びるとうれしくなる。それに、太陽の光は、子宮筋腫を患って第二チャクラが閉じてしまっている私に、第二チャクラを活性化させてくれるポジティヴなエネルギーを送り込んでくれるのだ。なるほど、早起きをすれば、太陽からのエネルギーをこんなにも受け取れるものなのかとうれしくなった。

 しかし、最寄駅に着いてみると、私がこれまで利用していた時間帯よりも駅がひどく混雑していることがわかった。サラリーマンはもとより、学生さんが特に多いのである。そして、七時過ぎに自宅の最寄駅を発車する快速列車に乗り込むと、これまで利用していた通勤列車よりも人口密度が高くてなかなか落ち着かなかった。これほど学生さんが多いのは、おそらく学校が始まるのにちょうどいい時間帯なのだろう。とは言え、東京に住んでいた頃に、身動きできないほど隣の人に密着するような通勤ラッシュを経験しているので、それに比べればかわいいものである。私は、五時に起きて仕事に出掛けて行くのが辛いなどとぼやいている場合ではないことを理解した。世の中の人たちは、私が実践するよりももっと以前から、早起きして通勤、通学を心掛けていたのである。

 三ノ宮駅に着き、JR線を降りると、今度は神戸市営地下鉄に乗り換える。この地下鉄がJR線以上に混雑していた。エスカレータで駅のホームまで降りて行くのだが、団子になった集団の中に紛れ込むのもやっとと言えるほどの混雑ぶりである。しかも、これまでは三宮から余裕で座れていたのだが、やはり学生さんが多く、座席確保の競争率が高くてなかなか座れない。「ガンまる日記」の更新は、地下鉄の中で過ごす三十分が真剣勝負だと言うのに・・・・・・。私は心の中で、「そこの若い学生さんよ、お姉さんに、いや、おばさんのために席を譲りなさい」と念じてみた。しかし、私の想いが届くことはなく、若者の彼らは私に席を譲ってはくれなかった。

 それでも、学生さんたちは途中の駅で下車されるので、私はすばやく席を確保し、ノートパソコンを広げて、途中まで書き上げた下書きに追記して行く。そして、職場の最寄駅に着くまでのわずかの間に集中して記事を仕上げて行く。ああ、最近のこのめまぐるしい変化は何なのだろう。勤務先で昼休みにノートパソコンを広げられなくなってしまったり、通勤時間が繰り上がることにより、混雑した地下鉄の中でノートパソコンをなかなか広げられなくなってしまったことは、「ガンまる日記」を毎日更新したい私にとって、とても不利な状況である。短期間のうちに、「ガンまる日記」を書き続ける環境が少しずつ崩れ始めているのだ。私はこれから先、「ガンまる日記」を毎日更新することができなくなってしまうのだろうか。そんな不安が私の心に暗い影を落としていた。

 何とか「ガンまる日記」を書き上げて地下鉄を降りると、今度は職場までずんずん歩く。そして職場に着くと、仕事開始のチャイムが鳴るまでの間に、バランス栄養食を胃の中に流し込む。自宅を出るのが七時なので、自宅で朝食を自宅で摂るとなると、昼食までの間にお腹が空いて仕方がない。そこで、朝食の時間をできるだけこれまで通りの時間帯に合わせるために、職場に着いてからバランス栄養食を摂ることにしたのである。

 私が八時半に出勤したのを見て、他の派遣仲間や上司のまた上司も驚いていた。しかし、粋がってはいるものの、正直言って眠い。特に、プロゲステロンクリームを使用している時期は、仕事中に眠気に襲われがちなのだが、プロゲステロンクリームのもたらす眠気に加え、睡眠不足も加わって、私は仕事中に何度も船を漕ぎ、その度にはっと我に返った。

 定時に仕事を上がって帰宅すると、今度は夜、眠くて眠くてたまらなくなってしまった。そのため、帰宅してから一時間か二時間、睡眠を取るようになった。すると、必然的に「ガンまる日記」を書く時間を失ってしまう。もちろん、レディースデイを迎えても、映画鑑賞には出掛けられない。映画を観ているうちに眠くなってしまうことも考えられるが、帰宅してもすぐに眠くなってしまうので、「ガンまる日記」を書く時間を確保することができないからだ。朝の混雑した通勤列車と言い、夜の早い時間から眠くなってしまうことと言い、まるで「ガンまる日記」を書けなくなる方向へとどんどん向かっているかのようだった。

 休日になると、私はホットヨガの予約も入れずに睡眠時間を確保することを優先するようになった。これまでは考えられなかったことだが、睡眠時間を確保するために、朝十時くらいまで布団の中で寝ている。そうして週末のうちに睡眠時間を蓄えておくのだが、週の半ばになると睡眠時間の蓄えは尽きて再び眠くなる。

 私は、これから先もずっとこのような状況が続くのかと思い悩んだ。まだ早起きのリズムが出来上がっていないからだろうか。これまで以上に時間に追われ、なかなか思うような記事を書くことができない。今、私が選んでいることは、本当に私が選びたいことだったのだろうか。私は再び考え始めた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今、私は変わり行く環境に適応して行くのに必死です。(苦笑)ちなみに、私と一緒に仕事をしている人たちの多くは、職場近くに住んでいらっしゃる方が多いので、通勤時間が三十分圏内という方がほとんどです。しかも、勤務先は神戸市のはずれにあるため、自家用車やバイクで通勤されている方が多いのですね。だからでしょうか。本を読んだり映画を鑑賞したりといった芸術的なことを好む人が少ないように思います。最近は思うように足を運べなくなってしまいましたが、仕事帰りに映画を鑑賞したりしているのは、もしかしたら私だけかもしれません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.04.21

朝日を浴びながら通勤する(2)

朝日を浴びながら通勤する(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。うむむ、やはり前編と後編では書き切れませんでした。(苦笑)タイトルを改めて、続きを書かせていただくことにします。

 上司のまた上司は、私に自宅の最寄駅を尋ねたあと、部長や他の役職者の方たちと一緒に会議室にこもった。どうやら、本社の役職者の方と電話会議の場を設けていたらしい。そして、その電話会議の結果が直接私に伝えられることはなかった。

 後日、私は派遣会社の営業担当から、仕事中に呼び出しが掛かった。派遣会社の営業担当は、しばしば私の派遣先に足を運び、他の派遣社員も含めて仕事の状況や今後の契約更新の意志などをヒアリングしてくれている。たいていの場合、派遣会社の営業担当が派遣先にやって来ると、同じ職場で働いているすべての派遣社員に対し、順番に呼び出しが掛かるのだが、今回は、私ともう一人の派遣社員のみが営業担当との面談を行ったようだ。

 派遣会社の営業担当は、先日、私への連絡が遅れたことを私に詫びると、厳格な表情で話し始めた。その内容によれば、私の上司のまた上司がいったん私の九時半出勤を認めてくださったものの、全社的なレベルで例外なく八時半に出勤することが決まってしまったのだそうだ。そのため、私にも毎朝八時半に出勤して欲しいとのことだった。

 営業担当は、
「こんなご時世なんでね、もう全社的に例外なくということなんですわ」
と力を込めて繰り返した。そして、派遣先の企業は、もしも私が八時半に出勤できない場合は、これまで私が蓄積して来たノウハウを誰かに引き継ぐ体制を整えなければならないとおっしゃっているという。私は、現在の派遣先で少なくとも六月末までの契約更新が確定しているのだが、八時半に出勤できない場合は今後の更なる契約更新はなく、六月末をもって、七年間勤務した現在の派遣先の企業との契約が終了してしまうというのだ。

 それを聞いた私は、自分がもはや派遣先の企業から必要とされていないのだと感じてしまった。しかし、後日、わかったことは、私の作業の必要性は少なくとも来年の三月末までは確定しているという。しかも、グループの要(かなめ)であるので、できれば今後も契約更新をお願いしたいということだった。しかし、本社の役職者の方が決めたことも厳守しなければならない上に、私に八時半出勤することを強要することはできないので、そのような話が出て来たらしい。

 営業担当からそれらの話を聞かされた私は、今後、毎朝八時半に出勤できるかどうか、すぐには答えを出せないので、しばらく考えたいと申し出た。営業担当も、
「企業さんもすぐには返事を求めないので、ご主人さんと二人でじっくり考えて答えを出してください」
と言ってくれた。

 私は、ガンモにこれらのことをすべて話した。私がこれから毎朝五時に起きることによって、私たちの生活時間に二時間の時差が生まれることは、私たち夫婦にとっても大きな問題だったからだ。

 同時に私は、自分が本当に働きたいのかどうか、考えた。ずっと以前から感じていたことだが、私の場合、「この仕事がしたい」という強い願望よりも、「どの分野で自分自身を活かせるか」というところに重点を置いていると感じていた。私が本当に好きなことは、文章を書いたり写真を撮ったりすることである。しかし、それらを職業にしたいかというと、必ずしもそうではない。仕事にしてしまうと、好きなことに取り組むための姿勢が純粋でなくなってしまうような気がしてならないのだ。しかし、好きなことが仕事ではなく趣味であり続けるならば、好きなことに取り組む姿勢はいつまでも純粋でいられると思っている。

 わかり易く説明するために、例えば私が写真を撮ることが好きでプロの写真家になったとしよう。いや、写真家というよりもカメラマンかもしれない。私は旅先の風景写真や身近な人のポートレートを撮りたいと思っているのに、ある程度、写真が撮れるというだけの理由で、コマーシャルフォトの仕事が入って来たとしたらどうだろう。お金のために、心から撮りたいとは思っていない対象物に対してカメラを向けることは、好きなことに取り組むための姿勢が純粋でないと言えるのではないだろうか。むしろ、アマチュアカメラマンが自分の撮りたい対象物だけを追い求めるほうがずっと純粋ではないだろうか。そう思うと、例えどんな仕事をしていたとしても、お金を受け取って仕事をする以上、純粋さは失われてしまうような気がするのだ。

 そういう意味で、私にとっての仕事とは、ある種の割り切りであるようにも思う。好きなことに対する純粋さを失わないようにするためには、それを仕事にはしないことだという妙な理論があるのだ。そして、その割り切りから更に発展させると、私にとっての仕事とは、自分が世の中に対してできること、すなわち奉仕という意味合いも持っている。簡単に言ってしまえば、自宅で家事をしながら夫の帰りをじっと待つことが苦手な私は、自分が奉仕する場所は家の外にあると感じているということだ。

 驚かれるかもしれないが、ガンモは私が働くことに対してずっと賛成だった。それはきっと、私の奉仕する場所が自宅ではないということを、ガンモ自身も気付いていたからだと思う。適材適所と言うべきなのか、外で働くことを介して、それぞれが適切に奉仕できる場所で役割を果たすということに対し、私たちは同じ意見を持っていたのである。

 そのため、ガンモは、
「まるみが毎朝五時に起きるなら、俺もできるだけ早く寝るようにするから」
と言ってくれた。しかし、私はその状況に対し、まだ自分なりの答えを出せずにいた。答えが出せずにいるなら、実際に五時に起きてみることから始めてみようか。実践もせずに、最初から「できない」と決め付けるのは、負けず嫌いの私としては少々悔しくもあるのだ。そこで私はガンモの協力を得て、毎朝五時に起きる生活を始めてみることにしたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 不況のため、このような事態に発展してしまいました。企業の判断は一律ですね。営業担当からは、「例外なく」と何度も力強く言われてしまいました。これまでは、企業の都合が労働者に合えば仕事を選んでいたのに、今は、企業の都合に労働者が合わせる時代になってしまったようです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.04.20

朝日を浴びながら通勤する(1)

映画『戦場のピアニスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この映画のタイトルから、ナチス・ドイツのためにユダヤ人のピアニストが戦場でピアノを弾くことで生き延びて行く物語なのかと勝手に想像していたのですが、全然違っていました。原題は、『戦場の~』が付かない"THE PIANIST"でした。

 一ヶ月ほど前から、社員の方たちを対象に、フレックス制度を慢性的に利用している人は、できるだけフレックス制度を利用せずに出勤するようお達しがあった。そのため、これまでフレックス制度を利用して定時の八時半よりも遅く出勤していた社員の方たちも、毎朝八時半に出勤するようになった。そのとき、私たち派遣社員に対しても、できれば社員の方たちに合わせて八時半に出勤して欲しいとの要望があったのだが、私を含めた派遣社員が部長や上司のまた上司に確認したところ、ありがたいことに、派遣社員の出勤時間に関してはこの限りではないとのご回答をいただいた。

 少し前までの私は、十時半頃にのこのこ出勤していたのだが、仕事が忙しくなったことで、二月くらいから毎朝九時半出勤のリズムに変わっていた。十時半頃に出勤していた頃は、朝七時にガンモと一緒に起きて支度を整え、ガンモを送り出したあと、九時頃に家を出ていた。それが九時半出勤に変わったことで、起きる時間が一時間繰り上がった。それにもかかわらず、残業のために帰宅時間が遅い状態がしばらく続いていたので、睡眠時間が足りなくて肉体的にもかなり厳しい状況だったという話を、以前、ここにも書いたはずだ。今は仕事も落ち着いて、早い時間に帰宅できるようになったのだが、部長や上司のまた上司からご了承いただいたこともあって、私はこれまでのように朝六時に起きて九時半に出勤するのが自分の限界だと思い、九時半出勤を続けていた。

 しかし、深刻な不況のため、私の派遣先の企業は、従業員の残業時間を極力減らせるための案を打ち出した。その案とは、四月からはフレックス制度を全面的に廃止し、社員も派遣社員も原則として八時半に出勤して仕事に就き、残業をせずに十七時十五分に退社するというものだった。どうしても残業が必要な場合は、上司のまた上司に判断を仰ぎ、残業の必要性が認められた場合にのみ残業できることになった。

 この話を聞いた私は青ざめた。九時半出勤で六時起きならば、八時半に出勤するためには、毎朝五時に起きなければならない。何故なら、私の自宅から職場までは一時間半掛かる上に、朝起きてからこなすべき作業がたくさんあるからだ。私には、朝起きてからこなすべきことを何もかも放棄した上で、支度を整えてから家を出て行くことはできなかった。

 旅行に出掛けて行くために、気合を入れて五時に起きることはしばしばあるが、それは特別な一日だからこそできることであって、日常となれば話は別である。しかも、毎朝七時に起きているガンモとの生活時間にも時差が生じる。基本的に残業から解放される私は帰宅時間が早くなるが、ガンモの仕事は相変わらず遅いのだ。そのような状況下で、果たして、夫婦が同じ部屋で生活し続けることができるのだろうか。

 私は、毎朝六時に起きるのが自分の限界だと思っていたので、派遣会社の営業担当に相談して、これまで通り、九時半出勤にさせて欲しいと派遣先の企業に打診してくれるよう、お願いした。私は、毎朝五時に起きなければ八時半には出勤できないこと、一人暮らしではなく、夫と二人だけの共同生活なので、毎朝七時に起きている夫と生活時間が二時間もずれてしまうようなことは避けたいと力説した。しかし、派遣会社の営業担当は、私が話をしてもすぐに口を開いて話を始めることから、あまり私の話を吸収してくれてはいないと感じていた。とは言え、話の締めくくりには、
「わかりました。では、企業さんに確認してみますね。ただ、今はこういうご時世なので、どこの会社もだいたい似たような状況なんですよ。それで、もしもですね、どうしても八時半に出勤して欲しいと企業さんから要請があった場合、どうされますか?」
と尋ねられた。つまりは、派遣契約を今後も更新するかどうかの確認である。私は、
「そうですねえ。私はもともとお金のために働いているわけではないので、そこまで無理して働きたくはないですね」
と答えた。

 その後、派遣会社の営業担当は、派遣先の企業に話をしてくださったようだ。しかし、八時半に出勤するという話は、どうやら神戸だけでなく、全社的な取り決めらしく、派遣先の企業からは、私だけにそのような特例が認められるのかどうか、本社の人たちに確認してみるという中間的な回答が得られた。四月までまだ時間があったので、しばらく正式な回答待ちの状態だったのだが、いよいよ明日から四月になろうとしているというのに、派遣会社の営業担当からは続報が入って来なかった。

 そこで、派遣会社の営業担当に煽りのメールを入れてみたのだが、なかなか連絡が入らない。派遣会社の営業担当は、事務所にいないことが多いので、いつも事務所にいるはずのアシスタントの女性にも同じメールを送付しておいた。私は派遣会社の営業担当の携帯電話の番号は知らないが、アシスタントの女性なら知っているはずなので、営業担当が事務所にいない場合は彼女が営業担当に連絡を入れてくれると思ったのだ。しかし、いつもはすぐに連絡が入るのに、今回はメールを送信してから数時間経っても連絡がなかった。私は、翌日からの出勤のことなので、もはや派遣会社の営業担当には頼っていられないと思い、意を決して上司のまた上司に相談に行った。すると、上司のまた上司は、私の状況を理解してくださっているらしく、
「八時半出勤は無理でしょう」
と言ってくださった。私は、
「はい。夫との生活がありますので・・・・・・」
と答えた。

 上司のまた上司は、私が普段利用している自宅の最寄駅から更に十分くらい、職場寄りのところに住んでいる。つまり、私の通勤時間が一時間半なら、上司のまた上司の通勤時間は、単純に見積もって、一時間二十分ということになる。その上司のまた上司が毎朝八時半に出勤されているので、私は、
「毎朝、何時に起きてらっしゃるのですか?」
と尋ねてみた。すると、上司のまた上司は、やはり五時に起きていると答えてくださった。更に私は、
「では、奥さんは何時に起きてらっしゃるのですか?」
と尋ねてみた。すると、上司のまた上司は、
「かみさんは六時四十五分に起きてますよ。もともとうちは別だしね」
とおっしゃった。上司のまた上司ははっきりとはおっしゃらなかったが、私は、ご夫婦の寝室が別であるという意味だと理解した。上司のまた上司が毎朝八時半に出勤するためのご夫婦の寝室を別にされているのかどうかはわからないが、そうでもしなければ毎朝八時半に出勤することはできないのかと思うと、私の中にはいよいよ八時半に出勤することに対する抵抗感が芽生えていた。
 
 結局、上司のまた上司の判断により、四月になってからも、私は九時半出勤が認められた。私は、特例を認めてくださった上司のまた上司に深く感謝するとともに、四月からも九時半出勤してもいいことになったということを、ただちに派遣会社の営業担当にメールで伝えた。すると、どういうわけか、さきほどまで連絡が取れなかったはずの営業担当から、すぐに電話が掛かって来たのだ。私はちょっぴり頭に来た。ただ、営業担当がずっと事務所にいたのか、それとも電話が掛かって来た直前に出先から事務所に戻って来たのかどうかはわからなかった。

 しかし、それから数日経った頃、上司のまた上司が私のところにやって来て、私の自宅の最寄駅を尋ねて来られた。社員ならともかく、派遣社員である私の個人情報は、派遣先の企業には知られていないはずなので、不思議に思いながら自宅の最寄駅を答えたところ、上司のまた上司は、私がもう少し遠いところから通っていると思っていらっしゃったようだ。何でも、私の九時半出勤を特別に認めてくださるために、部長や本社の方たちを説得するための材料が必要なのだそうだ。つまり、上司のまた上司の判断だけでは、私の出勤時間を決められない状況にあったらしい。それを聞いた私は少し不安になった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 世の中で広がっている不況の影響が、私の派遣先の企業にも少しずつ出て来ました。以前からすると、まったく考えられないような状況であります。またまた長くなりますので、記事を分けて書かせていただきますね。今回は、前編と後編でうまくまとまるはずですが、さあ、どうでしょう。(苦笑)

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2009.04.19

映画『戦場のピアニスト』

足しても引いても同じ結果になる計算式の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまで天然ヘナを使うのは、ほぼ三ヶ月に一度のペースでしたが、最近は二ヶ月に一度のペースになってしまいました。このペースはだんだん短くなって来るのでしょうか。それとも、現実を受け入れて、白いままの髪の毛で過ごすことになるのでしょうか。

 映画ファンから高い評価を得ているこの映画の存在自体は知っていたものの、DVDで鑑賞するに至ったのは、今からおよそ二ヶ月ほど前のことである。レビューを書くにあたり、映画サイトを参照していてわかったことだが、この映画はロマン・ポランスキーの監督作品だった。とは言え、私がこれまでに鑑賞している彼の監督作品は、映画『テス』と映画『ナインスゲート』くらいしかないのだが、私にとってはどちらも素晴らしい作品として、誰かにお勧めしたくなるほど印象深い作品である。そこに、この映画を鑑賞した感動が新たに加わったので、ロマン・ポランスキーの監督作品なら安心して鑑賞できると太鼓判を押させていただく次第である。

 ナチス・ドイツがポーランドを侵略していた時代、ワルシャワのラジオ局でピアノを弾いていたウワディスワフ・シュピルマンは、家族とともに収容所へと向かう列車に乗せられそうになる。家族は列車に乗せられてしまったものの、シュピルマンだけは知人の警察官の力により、列車に乗る直前に列車の待ち行列から外され、家族とは別行動を取ることになる。収容所に送られた人たちは、虐殺されたとの説もあるので、シュピルマンはひとまず命拾いしたことになるのだろうか。

 とは言え、ユダヤ人という理由だけで、たくさんの人たちが容赦なく殺されていた時代である。中には、ちょっと質問しただけで銃殺される残酷なシーンもあった。シュピルマンも、幾多の危機に直面しながらも、多くの人たちに支えられながら、何とか生き延びて行く。時には秘密の隠れ家に身を潜めながら・・・・・・。

 当時は、ユダヤ人をかくまうと、かくまった人にまで火の粉が降りかかる時代であったらしい。それにもかかわらず、シュピルマンの住む秘密の隠れ家に食料を届けてくれる親切な人たちがいた。ユダヤ人をかくまう人たちは、独自のネットワークを作り上げ、作業を分担していた。とは言え、隠れ家を度々訪れるのは危険なので、時にはシュピルマンの食料が切れてしてしまうこともあった。また、裕福でない戦時下においては、自分自身の食料を確保することでさえ困難な状況にあった。

 前半はそうしたユダヤ人への迫害の様子がこと細かに描写されている。それらの状況を経て、後半に私の涙腺をとてつもなく揺さぶる出来事があった。それは、ナチス軍将校によるシュピルマンへの援助である。詳しくは書けないので、キーワードだけ書いておくことにしよう。キーワードは缶切りだ。缶切りを目にしたとき、私の涙腺は一気に緩んだ。

 二人の間には、ナチス軍とユダヤ人いう団体に所属する立場の人間ではなく、互いに団体を離れた一個人としての交流があった。一個人は団体に所属することもあるが、団体に所属することで、個が潰されてしまうこともある。ナチス軍将校は、ナチス軍という団体に所属しながらも個を潰さずに、団体の意志とは別の行動を取ったことになる。団体として向き合えば、敵同士の関係である彼らが、団体の意志に逆らって、一人の人間としての交流を持つ。その個人的な交流の背景には、シュピルマンの弾いたピアノがきっかけになっていたことは間違いない。

 シュピルマンを演じているのは、映画『ダージリン急行』のエイドリアン・ブロディである。映画『ダージリン急行』ではちょっと冴えない役柄だったが、過去にこれほどの大作に出演されていた俳優さんだったとは驚いた。

 ちなみに、この映画に登場するピアニストは実在の人物で、この映画を指揮したロマン・ポランスキー監督自身も、ポーランドがナチス・ドイツに侵略されていた頃、実際にポーランドに住んでいたそうだ。そのため、当時の様子がリアルに再現されているのかもしれない。確かに、多くの映画ファンから高い評価を得ているだけの良い作品であった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 前半が迫害を中心とした描写でしたので、ずっとこの調子が続くのだろうか、山場はどこなのだろうかと気に掛かっていたのですが、缶切りのシーンで一気に涙腺が緩み、「ここだったのか!」と思いました。団体の中で潰されない個というのは、今の時代に置き換えてみれば、企業の中で潰されない個に置き換わるのかもしれませんね。私も、団体の中にあったとしても、このナチス軍将校のようでありたいものです。

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2009.04.18

足しても引いても同じ結果になる計算式

ホットヨガ(一四五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もしかすると、学校の勉強なども、教師と生徒の距離感によって、成績が伸びたり停滞したりするのでしょうか。成績がぐんぐん伸びて行く時期というのは、教わる側に吸収しようとする意気込みがあることはもちろんのことですが、教師と生徒の絆が形成されつつある時期に相当しているんでしょうね。この先、教える側と教わる側の距離がもっともっと近くなれば、そこに甘えや惰性が生まれてしまうのか、伸び率は落ちて来るようにも思えます。家庭教師による学習指導は、最初はぐんぐん伸びても途中から停滞すると言われていますよね。自分との戦いに勝つ人だけが、高い伸び率を維持できるのかもしれません。

 頭に白いものが混じり始めたので、およそ二ヶ月振りに天然ヘナを使用した。今回もまた、ナチュラルオレンジを使用したのだが、百円ショップダ○ソーで購入した消費税込みわずか百五円の天然染料であるにもかかわらず、今回で三回目の使用になるというのにまだ一箱使い切ることができなかった。おそらく、次回の使用でようやく一箱使い切ることになるので、私の天然ヘナ一回分のコストは、わずか二十六円程度ということになる。ショートヘアにしたことが、確実にエコに繋がっているようだ。

 百円ショップダ○ソーの天然ヘナ売り場に足を運んでみると、ナチュラルブラウンのほうが圧倒的に売れ行きが良く、私が現在使用しているナチュラルオレンジは売れ残っていることが多い。かくいう私も、天然ヘナをダ○ソーで購入し始めた頃はナチュラルブラウンを愛用していたのだが、最近ではナチュラルオレンジにいろいろなものを混ぜるのが楽しみになって来た。

 今回も、何かを混ぜることを楽しみにしていたはずなのに、ついうっかりして、何も混ぜずにナチュラルオレンジをお湯で溶き始めてしまった。途中でそのことに気付いた私は慌てて、すぐ側にあったガンモの愛飲しているインスタントコーヒーをナチュラルオレンジの中に溶かし込んだ。前回前々回は、予めお湯で溶いておいた紅茶をナチュラルオレンジに溶かし込んだので、今回も同様に紅茶を溶かし込む意気込みでいたところ、ついうっかりしてしまったのだ。

 インスタントコーヒーを溶かし込んだ天然ヘナのナチュラルオレンジを一時間以上寝かせた私は、天然ヘナを塗り易い容器に移し替えて、シャンプーしてタオルドライした髪に少しずつ塗り込んで行った。塗り終わると、すぐに日本てぬぐいで巻き込んで、その上にターバンを着けた。それだけでは不安なので、更にその上にもう一枚、日本てぬぐいを巻きつけ、その上にシャワーキャップをかぶった。

 それから数時間、頭に塗り込んだ天然ヘナを寝かせることになるのだが、私はそのまま布団に入ってお昼寝をした。そう言えば、以前、書いた寝ヘナの記事を読んでくださった方が、
「まるみさんはガンモさんに愛されているよ」
という内容のメールを送ってくださった。これはどういう意味だろうと思っていると、天然ヘナの匂いが強烈なので、自宅で天然ヘナを使うことを嫌がる男性もいらっしゃるということだった。私は、天然ヘナを塗り込んで、シャワーキャップを付けたまま、普段、ガンモと一緒に寝ている枕に頭を乗せて寝ていたので、ガンモが天然ヘナの匂いに対して寛大であると解釈してくださったらしい。

 確かに、天然ヘナの匂いは強いが、私はそれほど嫌ではない。ガンモは、
「ヘナくちゃい(臭い)」
とは言うものの、やはり嫌悪するほどではない。私に限って言えば、嫌悪するとすれば、むしろ化学物質の入った染料のほうがよほど鼻につくような気がするのだ。

 こうして数時間、天然ヘナを寝かせたあと、私は天然ヘナをきれいに洗い流した。時間が経っていたからだろうか。洗い流すとき、髪の毛がゴワゴワしていた。シャンプーしたあと、どれくらい染まったかを鏡で確認してみると、今回もきれいに染まっていた。コーヒーを使用したからだろうか。これまでよりも色が明るくなく、落ち着いた色に仕上がっていた。

 天然ヘナを洗い流した髪の毛をタオルでゴシゴシ拭きながら寝室に戻ると、ガンモが私の髪の毛を見て、
「きれいに染まってる」
と言ってくれた。

 ところで、先日、ガンモが面白いことを指摘した。ガンモと出会った頃の私は、今と同じように髪の毛の一部がオレンジ色だった。とは言え、その頃は、わざわざ髪の毛の一部の色を抜いていた。しかし今は、ガンモと出会った頃と同じように髪の毛の一部がオレンジ色であるにもかかわらず、色を抜いているわけではなく、オレンジ色を足しているというところが面白い。引き算をしても、足し算をしても、同じ結果になる計算式がこの世にあるとすれば、それは髪の毛の色を表す計算式である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 天然ヘナを塗り込んだまま、横になって眠るのはとても気持ちがいいものです。身体に起こる好転反応と良く似ていて、とても眠くなるので、ちょうどいいのです。寝ているうちに、髪の毛がきれいに染まっているのですから、一石二鳥ですよね。今回はコーヒーを混ぜて少し落ち着いた色になりましたが、さて、この次は何を混ぜましょう。(笑)

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2009.04.17

ホットヨガ(一四五回目)

映画『プライドと偏見』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 以前、ニコール・キッドマンの顔が、少し前と今では全然違って見えると書きましたが、キーラ・ナイトレイの顔も、今とは違っていますね。大きな役をこなすと、女優さんの顔は違ってくるものなのでしょうか。もしそうだとすると、女優さんの表情を作り上げるのは、演技ではなく人生経験ということでしょうか。

 ガンモの仕事が日曜日に入っていたので、今回は土曜日に入れておいた神戸店でのレッスンの予約をキャンセルして、日曜日に三宮店でレッスンを受けた。三宮店でレッスンを受けるのは、ずいぶん久し振りのことである。しかも、開催されているレッスン時間の関係から、恐れ多くも七十五分のパワーアクティブコースを選んでしまった。

 入口の扉を開けて受付のスタッフにあいさつをすると、何と、小悪魔インストラクターがレッスンウェアを着て受付に立っているではないか。小悪魔インストラクターとは、レッスン中に取る厳しいポーズに対しても容赦がないので、私が勝手に命名してそう呼ばせていただいているインストラクターである。
「こんにちは。お久しぶりです。えっ? もしかして、パワーアクティブコースのご担当ですか?」
と、私は恐る恐る尋ねた。何故なら、小悪魔インストラクターがレッスンウェアを着て受付に立っていらっしゃるということは、これから始まるレッスンを担当されることを意味していたからだ。すると、小悪魔インストラクターは、私に久し振りのあいさつを交わしてくださったあと、
「そうなんですよ。どうぞよろしくお願いします」
とニコニコしながら答えてくださった。久し振りに受けるパワーアクティブコースのレッスンを、厳しいポーズに対して容赦のない小悪魔インストラクターから手ほどきを受けることになろうとは・・・・・・。私は、
「何だかいじめられそうですねえ」
と言いながら、ロッカーの鍵を受け取り、更衣室に足を運んだ。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、レッスンの参加者は十数名ほどだった。私が三宮店を訪れるのも久し振りのことなので、どの参加者とも面識はない。小悪魔インストラクターは、レッスン開始の少し前にスタジオに入って来ると、私の着ているシヴァ神のTシャツをご覧になり、
「いいですね」
とコメントしてくださった。ちなみに、今回のレッスンで着ていたTシャツは、以前のシヴァ神のTシャツと違って、ちょっと派手なタイプのTシャツだった。

シヴァ神が妻のパールヴァティーを抱きかかえている。

 レッスンが始まって改めて気が付いたことだが、小悪魔インストラクターは、参加者をヨガの世界に導くのがとても上手である。私はかつて、彼女が使った「ハートのチャクラ」という言葉に反応して、涙をこらえながらレッスンを受けたことがある。思えば、彼女に対する親近感は、あのときから既に高まっていたのだ。

 とは言え、彼女は小悪魔的な要素も持っていらっしゃるだけに、レッスンで取る厳しいポーズにも容赦がない。もともと、パワーアクティブコースに参加される方たちは、肉体に対し、それなりの刺激を求めているだろうという前提もあるのかもしれない。特に、パワーアクティブコースのレッスンでは、ダウンドッグのポーズが何度も何度も繰り返し登場する。休息のポーズと言われているダウンドッグのポーズだが、他のポーズと組み合わさって繰り返されることにより、肉体的にはかなり厳しいポーズに生まれ変わっている。

 小悪魔インストラクターは、ポーズとポーズの間に休みを入れる回数を意識的に減らしながらレッスンを続けた。右のポーズのセットを行うと、休みなくすぐに左のポーズのセットに入る。取るポーズも厳しい上に、いつも受けている緩いレッスンよりも休憩の少ないレッスンだったので、私の息はすぐに荒くなった。そして、その状況に更に追い討ちをかけたるように、英雄のポーズから三角のポーズに移るセットポーズに入った。

 私が、このポーズはもう終わりなのではないかと思いながら、静止のポーズに入ろうとすると、
「まだ終わりじゃないですよ」
と小悪魔インストラクターに指摘されてしまった。ポーズはもう終わりだと思っていた私は、身体を休ませるモードに入っていたのだが、そのセットポーズにはまだまだ続きがあったのだ。

 そんな調子でレッスンが続くものだから、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)に入ったとき、私はもうヘトヘトだった。小悪魔インストラクターが、
「冷たいタオルをご用意していますので、必要な方はおっしゃってください」
と案内してくださったので、何人かの参加者はスタジオの外に出て、冷たいタオルを受け取っていたようだった。しかし私は、「まあ、いいか」くらいの気持ちで構えていた。

 すると、小悪魔インストラクターが私のために冷たいタオルを持って来てくださったのだ。レモンの香りがほんのりと漂う、とても冷たくて気持ちのいいタオルだった。小悪魔インストラクターから受け取った冷たいタオルを顔に当てると、私は生き返った。私は、彼女を小悪魔インストラクター呼ばわりしたことを訂正するかのように、
「ありがとうございます。優しいですね」
と彼女にお礼を言った。

 冷たいタオルのおかげなのかどうかはわからないが、後半のレッスンでは、いつもよりもパワーアクティブコースの厳しいポーズに取り組むチャレンジ精神が強く芽生えていた。例えば板のポーズなど、いつもなら、お腹に力を入れたくなくて休息を取ってしまうポーズでも、私はひるまずにポーズを取った。本当に冷たいタオルのおかげだったのだろうか。いや、違う。おそらく、小悪魔インストラクターが冷たいタオルを持って来てくださった時点で、小悪魔インストラクターと私を結ぶ絆が強くなったのだ。私は、生まれたばかりのその絆を守ろうとして、普段は挫折してしまうようなポーズも挫折することなく取り組むことができたのではないだろうか。

 考えてみれば、小悪魔インストラクターは、人の心を掴むのがとてもうまい。ホットヨガのインストラクターに限らず、多くの人間関係がお互いの周辺を彷徨うだけに留まるのに対し、小悪魔インストラクターのレッスンは私の心の中にダイレクトに入って来た。ホットヨガのインストラクターの中にも、外との接点を持たずに自分の世界だけで完結させる人もいる。しかし、小悪魔インストラクターは確実に外との接点を見出し、そこを目掛けたコミュニケーションを心掛けているインストラクターだった。

 そして、二回目の休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)に入ったとき、とても不思議なことが起こった。私は、筋腫が大きいからなのか、背骨がひどく曲がっているからなのか、それとも骨盤が歪んでいるからなのか良くわからないが、シャバーサナにおいてもあまりリラックスできずにいる。その状況を察してくださったのか、小悪魔インストラクターが私のところにやって来て、私の身体をより強くマットに押し付けてくださったのだ。その途端、私の身体はマットに深く沈み込み、リラックス感が芽生えた。私は、魔法にかかったかのようにきょとんとしていた。これまでの私は、シャバーサナのときでさえ、完全にリラックスしてはいなかったというのに、シャバーサナで初めてリラックスできたのだ。シャバーサナのとき、多くのインストラクターは「マットに身体を預けて・・・・・・」などと誘導してくださるのだが、マットに身体を預けるという行為は、小悪魔インストラクターが私に施してくださったように、身体の浮いている部分をできるだけマットに押し付けることだったのだろうか。実際、その方法により、マットと私の身体の境界がなくなり、これまでにないほどのリラックス感を味わうことができたのだ。

 レッスンを終えたあと、私はすぐにシャワーを浴びずにしばらく更衣室のソファの上で休んでいた。七十五分のレッスンで燃え尽きてしまったのだ。しばらく休んだあと、よろよろと立ち上がり、シャワーを浴びる準備を始めたのだが、受付でバスタオルを借りるのを忘れてしまったことを思い出した。入口の扉を開けたとき、受付に小悪魔インストラクターが立っていらっしゃったので、舞い上がってしまったのだ。

 私は更衣室を出て、受付にバスタオルを借りに行った。以前、十回回数券を購入したときに、バスタオル無料レンタル券が付いて来たので、それを消費してバスタオルを無料レンタルした。すると、スタッフルームから小悪魔インストラクターが出て来たので、さきほどのレッスンのお礼を言った。私は彼女に、教え方がとても上手であることと、人の心を掴むのがうまいことと、パワーアクティブコースのレッスンでは挫折してしまうことが多かったことなどを話した。彼女は、
「じゃあ、今日のレッスンは頑張ったんですね。また三宮店にも来てください」
と言ってくださった。私は、レッスンを受けたあとの喜びを彼女に直接伝えることができたことがとてもうれしかった。私にとって、彼女から受けたレッスンは特別なものになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼女のレッスンは強く引き込まれますね。通常の人間関係においても、自分の世界と相手の世界の接点は、なかなか見えて来ないものですが、彼女のレッスンを受けていると、お互いの持つ世界の接点が見えて来ます。彼女がそこに働き掛けてくださっているのが確実にわかるのですね。だから、その接点を保ち続けるために、厳しいレッスンを頑張ってしまったのでしょう。(苦笑)。それでも、単に彼女の世界に引きずられているわけではないので、満足感があるのです。そういう意味で、彼女はとても不思議なインストラクターです。

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2009.04.16

映画『プライドと偏見』

植村直己冒険館の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 確かエベレストに登頂されたときだったと思いますが、植村直己さんは、登頂できなかった人たちのために、必要なものが詰まっているはずの自分の荷物をわざわざ軽くしてまで、できるだけたくさんの頂上の石を持ち帰ったそうです。植村さんは、そういう心遣いがさりげなくできる人だったとか。そういうお人柄だったからこそ、このような博物館が作られたのでしょう。

 この映画をDVDで鑑賞したのは、今からおよそ二ヶ月ほど前のことである。劇場で鑑賞した作品のレビューを優先して書かせていただいているうちに、どんどん過去のものになってしまった。

 この映画が劇場公開されたことは知っていたが、公開当時は劇場に足を運ばなかった。私は、この映画の原作者であるジェイン・オースティンを良く知らないのだが、少し前に映画『ジェイン・オースティンの読書会』を劇場で鑑賞したときに、『高慢と偏見』というタイトルの作品が出て来た。そのときの日本語訳をはっきり記憶しているわけではないのだが、これまでは『高慢と偏見』や『自負と偏見』と訳されていたこの作品が、この映画の公開時には『プライドと偏見』と訳されたという話をどこかで読んだ。

 この映画の主演は、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』 映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』らのシリーズで人気の女優キーラ・ナイトレイである。五人姉妹の次女エリザベスを演じる彼女を取り巻く男性陣の中には、何と、同じく映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズにベケット卿として出演されている俳優トム・ホランダーも含まれている。彼は、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでもキーラ・ナイトレイとはご縁がなかったのだが、実は本作でも同様にご縁がない。複数の映画にまたがってキーラ・ナイトレイに振られてしまうとは、何ともお気の毒な話である。

 それはさておき、今回のキーラ・ナイトレイの恋のお相手は、ダーシーを演じているマシュー・マクファディンである。誰から見てもひどく無愛想な彼が、どのようにしてエリザベスと結ばれるのか、そのプロセスがお互いにとっての『プライドと偏見』といったところだろうか。また、次女エリザベスだけでなく、映画『リバティーン』でジョニー・デップの妻の役を演じていたジェーン・ベネット演じる長女ジェーンと大金持ちのビングリーとの恋もまた、『プライドと偏見』と言えなくもない。お互いの『プライドと偏見』を取り払ったその先には、心の奥からとめどなく湧き上がる情熱がある。多くの人たちは、その情熱を『プライドと偏見』によって覆い隠してしまっている。ここには、心の奥からとめどなく湧き上がって来る情熱を体験するためのサンプルが示されていると言ってもいい。

 ただ、現代の視点から見ると、女性たちが結婚に対してあまりにも執着し過ぎているようにも見える。しかしそれは、この作品の舞台となっている十八世紀後半のイギリスにおいては、財産の相続権が女性にはなかったことから来ているらしい。そのため、女性たちは裕福な男性と結婚することにより、金銭的な面での満足感が得られると考えられていたようだ。

 美しいイギリスの田舎の風景と男女の出逢いの場となる舞踏会。また、エリザベスとダーシーの結婚を阻止しようとするかのように威圧的に動くジュディ・デンチ演じるキャサリン夫人の存在も大きい。とは言え、例え舞台がどこであっても、またどんな時代であっても、どんな状況にあっても、男性は女性に惹かれ、女性は男性に惹かれることに変わりはない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 男女間の『プライドと偏見』が取り払われて行くプロセスを見守るのがとてつもなく心地良く感じられる作品です。嫌悪感を抱いたはずの相手に、次第に惹かれて行く様が自然な流れで描かれています。能面のように無表情なダーシーがあれほどの情熱を奥に秘めていたとは驚きでした。私は、男女の出逢いに関しては直感を大切にするタイプでありますので、これまでこのような展開を経験したことがありません。こういう作品を鑑賞すると、寡黙な男性が奥に秘めている情熱を引き出してみたくなりますね。(笑)

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2009.04.15

植村直己冒険館

玄武洞公園の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 自然が時間を掛けて生み出すものは偉大ですよね。とにかく圧倒されました。お土産品にカメのグッズが並べられていたのは、中国の神の一つである玄武から来ていたのかもしれません。

 玄武洞公園をあとにした私たちが訪れたのは、植村直己冒険館である。私たちは、城崎温泉に何度か足を運んでいたので、玄武洞公園同様、城崎温泉の近くにある植村直己冒険館の存在も知ってはいたものの、これまで列車を利用して出掛けて来ることが多かったため、周辺の観光地に足を伸ばすことができなかった。しかし、今回は、カングーで来ているため、周辺の観光地に足を向けることは比較的容易である。

 冒険家の植村直己さんは、城崎温泉に近い兵庫県豊岡市日高町のお生まれである。植村さんが行方不明になられてからずいぶん久しい。犬ぞりに引かれながら、極寒の地を冒険されていた植村さんのお姿は、私と同じくらいの年齢の方たちには強く印象に残っているのではないだろうか。冬のマッキンリーに登頂されて以来、行方がわからなくなってしまった植村さん。彼の存在を思い出すとき、私の脳裏に焼き付いているのは、彼のどんな表情も笑顔だったということだ。

 植村直己冒険館には、植村さんが実際に冒険に持ち込んだ数々の品々が展示されている。北極や南極で使用された犬ゾリもあった。植村さんは、日本に生まれながらも、極寒の地での冒険を成し遂げるために、イヌイットの暮らしを学び、アザラシの生肉を食べるようにもなる。極寒の地での冒険を成功させるためには、その土地で暮らす人たちの知恵が必要であることを植村さんはご存知だったのだ。

 撮影部隊を伴わずに冒険に出掛けていた植村さんは、ご自身でセルフポートレートを撮影されたり、動画を撮影されたりしている。植村直己冒険館には、それらの撮影方法も展示されていた。植村さんが使用されていたニコンF2チタンは、極寒の地でも問題なく動作するように改良されたものであったらしい。また、植村さんが使用されていたのと同じ重さのリュックも展示されていた。試しに背負ってみると、ひどく重かった。普段、私が背負っているリュックも重い、大きいと周りの人たちから言われているが、植村さんのリュックは私の背負っているリュックよりもはるかに重かった。

 それにしても、愛する家族を日本に残しながらも、植村さんの冒険心をここまで掻き立てたものは一体何だったのだろう。植村直己冒険館の外にあったメモリアル・ウォールによれば、彼は若くして亡くなった大学時代の友人に触発されて冒険をするようになったのだという。その友人の悲しい死は、のちに植村さんを大きく目覚めさせることに繋がっていたというわけだ。

 ただ、植村さんの冒険のために必要なお金はどこから出ていたのかは良くわからなかった。冒険家と呼ばれる人は、会社員のように、毎月のお給料が銀行に振り込まれたりするのだろうか。ご結婚され、お子さんもいらっしゃったという植村さんは、ご家族を養いながらも、ご自身の冒険のためのお金も必要だったはずである。それらのお金をどのように捻出されていたのだろうか。

 お金のことはともかく、ご家族や植村さんと身近な存在であった人たちは、鉄砲玉のように冒険に出掛けて行く植村さんの安否をいつも気遣っていたはずである。もしもガンモが植村さんのような冒険家なら、やはり私の心労は絶えないだろうと思う。しかし、もしもガンモが偉大な冒険家であれば、やがて心労とは別のものを受け取ることになるだろう。とは言え、単なる旅行好きが偉大な冒険家に成長するまでのプロセスを根気強く見守るのは難しい。

 展示品の中には、植村さんと奥さんがアマチュア無線を通じて交信した記録もあった。植村さんの奥さんは、植村さんと交信するために、アマチュア無線の資格を取得されたのだそうだ。しかし、せっかく奥さんがアマチュア無線の資格を取得されても、植村さんと頻繁に連絡を取り合うことができたかと言うと、決してそうではなかったらしい。

 私は、例えばブッダが家族に恵まれながらもやがて出家したように、植村さんもまた、個人に向ける愛を体験する目的を持って生まれた魂ではなく、個人よりももっと大きな存在に向ける愛を体験する目的を持って生まれた魂なのだと実感した。彼の最も身近な存在であった人たちは、植村さんから、個人に向けられる愛を十分に受け取ることができずに寂しい想いをしたかもしれないが、植村さんが世の中の人たちに与えた愛を感じ取ることで、最も身近な存在であった人たちもまた、植村さんから受け取る直接的な愛とは別の間接的な愛を受け取っていたに違いないと思えるのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、植村直己冒険館をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 偉大な冒険家として生きるということについて、いろいろ考えさせられました。偉大な冒険家にならないからこそ体験できる個人に向ける愛と、偉大な冒険家になったからこそ体験できる個人よりももっと大きな存在に向ける愛。どちらも大切な愛ではありますが、前者が直接的でわかり易いのに対し、後者はその立場を理解し、愛を実感できるまでに時間が掛かるように思います。二つの愛を同時に体験することは、なかなかできないものなのですね。

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2009.04.14

玄武洞公園

映画『ダウト 〜あるカトリック学校で〜』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m メリル・ストリープもまた、いろいろな役を演じ分けることのできる実力派女優さんですね。この作品も、彼女の代表作の一つになることでしょう。それでは、城崎温泉の旅の続きを書かせていただくことにしたす。

 一夜明けて、旅館で朝食をとった私たちは、荷物をまとめて、お世話になった城崎温泉の旅館をチェックアウトした。そしてカングーを走らせ、旅館から車で十分足らずのところにある玄武洞(げんぶどう)公園に足を運んだ。

 玄武洞公園には、国指定の天然記念物である玄武洞のほか、青龍洞、白虎洞、南朱雀洞、北朱雀洞らの洞窟がある。これらの洞窟は、簡単に言えば、百六十万年前の火山活動と六千年前の波の浸食で出来上がった玄武岩からなる岩のオブジェといったところだろうか。

 玄武洞の名前の由来は、江戸時代の儒学者・柴野栗山がこの地を訪れたときに、中国の神の一つである玄武に似ていたことから玄武洞と名付けたそうだ。一方、玄武岩という岩の名前が決まったのは明治時代に入ってからで、玄武洞にちなんで玄武岩と名付けられたそうだ。玄武洞公園について詳しくは、こちらをご参照されたし。

 玄武洞公園に入り、洞窟を見るために坂道を登り始めると、ガンモが私に言った。
「まるみにしては、珍しく歩くのが速いよね」
そう、いつもたくさんの荷物を持ち歩いている私は、カングーの中に重い荷物をすべて置いて来たので、かなり身軽に動き回れる状態いあった。一方、今回の旅に、仕事で使用しているノートパソコンを持参していたガンモは、情報セキュリティのため、カングーの中にノートパソコンを置いておくわけには行かず、重い荷物を抱えながらの歩行となった。当然のことながら、身軽な私のほうがガンモよりも先を歩くものだから、いつもは私よりも元気に歩き回っているガンモが驚きながら、そのように言ったのだ。

 緩い坂道を登ると、最初に見えて来たのは玄武洞である。初めてそれを見上げたとき、私たちは、
「な、なんじゃこりゃあ?」
と驚きの声をあげた。ぽっかりと開いた二つの洞窟に驚いたのではない。それらの洞窟を形成している岩が、一枚一枚スライスしたようなたくさんの板状の岩でできていたからだ。しかも、それらは秩序を保ちながらきれいに積み重なっている。自然が形成したものとはとても思えない。いや、人間が一枚一枚積み重ねて行ったとしても、かなりの時間と労力が必要だったはずだ。私たちは驚きのあまり、しばらくそれに見入っていた。

 旅館をチェックアウトしたばかりの時間だったので、まだ朝の十時過ぎだったが、早くもたくさんの観光客が玄武洞公園を訪れていた。私たちは、続いて青龍洞、白虎洞、南朱雀洞、北朱雀洞もじっくり眺めた。どれも、自然によって作り出されたものとは信じがたかった。横に積み上げられている岩は焚き木のようでもあり、縦に積み上げられている岩はフライドポテトのようにも見えた。

 これまでにも何度か城崎温泉を訪れていたので、玄武洞公園に足を運ぶチャンスはいくらでもあった。しかし、玄武洞公園がここにあることを知りながらも、なかなか足を運ばなかったのは、何度も訪れるきっかけを作っておきながら、「何故、もっと早くここを訪れなかったのだろう」と後悔するためだったのだろうか。確かに、初めて城崎温泉を訪れたときにここを訪れてしまうよりも、「こんな素晴らしい自然の仕事を、これまで素通りし続けていたなんて!」と後悔して印象づけるほうが、玄武洞への想いは強くなる。玄武洞は、百六十万年前もから準備を始めて、私たちが来るのを待ってくれていたのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、玄武洞公園をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやいや、驚きました。玄武洞公園の名前だけは何度も聞いていましたが、これほど大掛かりなものだったとは。溜息をつきながら、しばらく岩の前で立ち尽くしてしまいました。またしても、デジタル一眼レフを自宅に忘れてしまったことが悔やまれてなりません。(苦笑)

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2009.04.13

映画『ダウト 〜あるカトリック学校で〜』

春の城崎温泉(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m カニシーズンの城崎温泉は、とりわけ混み合っています。しかし、今の時期よりも冬のほうがはるかに混み合っているので、私たちはお花見もできる今の時期の城崎温泉がとても気に入りました。これからも、カニシーズンの最終日を狙って城崎温泉にカニを食べに行こうと言っています。とは言え、大好きなまんだら湯の桶風呂でゆっくり瞑想できるのは、閑散期である夏のシーズンなのですが・・・・・・。(苦笑)

 今回も、一ヶ月前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただくことにする。現在も週に二、三本のペースで映画を鑑賞し続けているので、果たして、私の書く映画のレビューがリアルタイムの鑑賞に追いつくことはあるのだろうか。

 この映画を鑑賞したのは、映画『マンマ・ミーア!』を鑑賞して間もなくのことだった。この映画の公開前から、いつも足を運んでいるミニシアター系映画館のエスカレータを降り切ったところに、この映画の販促用グッズである映画の立看板が設置されていた。もちろん、劇場での予告編も何度も目にしていたので、私がこの映画に興味を抱くようになったのはごく自然な流れだったと言える。

 この映画では、映画『マンマ・ミーア!』で娘の結婚式に便乗し、何十年来もの恋を実らせたメリル・ストリープがカトリック系教会学校の厳格なシスター兼校長を演じている。厳格と言っても、映画『プラダを着た悪魔』の鬼編集長のような冷酷さにも通じる厳格さではなく、規律をきちんと守るという厳格さである。

 一方、フィリップ・シーモア・ホフマン演じるフリン神父は、校内で唯一の黒人の男子生徒に優しくしていることから、その黒人の男子生徒との間に性的関係があるのではないかと新米教師に疑われるようになる。やがて、新米教師からの報告を受けた校長は、確固たる証拠もないまま、フリン神父への不信感を募らせて行く。

 校長から報告を受けた黒人の男子生徒の母親が涙を流しながら切々と語るシーンが特に印象的だ。フリン神父から性的虐待を受けているかもしれないというのに、例えそれがどんな状況であったとしても、自分の息子が誰かに気に掛けてもらっているだけでもありがたいことだというようなことを黒人の男子生徒の母親は言うのだ。それだけでない。その現状を黙って見守ることで、息子が無事に卒業できるならば、それでいいとさえ言うのだ。校長としては、黒人の男子生徒の母親を味方につけることで、フリン神父をますます不利な状況に立たせようとしたのかもしれない。しかし、この予想を見事に裏切る黒人の男子生徒の母親の言葉の裏には、白人社会の中で黒人が息を潜めて生きて行くための知恵のようなものを感じずにはいられなかった。

 校長の中にフリン神父に対する不信感が生まれてからの物語の展開は、まさしく緊迫した心理ゲームに値する。確かな証拠など何一つないはずなのに、自分が思い描いた結論を得るために、新米教師と校長の二人がジリジリとフリン神父を追いつめて行くシーンはあまりにも息苦しい。フリン神父の行動を決め付け、強気な態度でフリン神父をとことん追い詰めて行く校長の姿に、疑惑のきっかけを与えた新米教師はひるんでしまうほどだ。また、映画を鑑賞している側としても、校長がフリン神父に向ける疑惑に集中するあまり、会話を妨げる音さえも不快に感じてしまう。フリン神父の言い分を強く否定する校長に対し、疑惑を強く否定するフリン神父。一体どちらの言い分が真実なのか、最後まで戸惑ってしまう。

 しかし、真実は一つしかない。作られていないものこそが真実なのだ。少々やり過ぎではないかと心配になってしまうくらい強気な校長の態度も、最後のシーンですべて御破算になる。この映画のすべてはそのシーンに集約されていると言っても過言ではない。人は自分自身で上手にバランスを取りながら生きているものだ。バランスを取るために、笑ったり怒ったり、泣いたりといった喜怒哀楽の感情を備えているのかもしれない。どこかに大きく傾いた感情は、別のどこかに大きく傾くことで、常にバランスを取ろうとしているのだ。だから、今まさしく、どこかで激しく罵っている人も、どこかで滝のような涙を流すことになるかもしれないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m メリル・ストリープの迫真の演技は実にお見事でありました。彼女をそこまで頑なな性格にしてしまったのは、彼女がカトリックのシスター兼校長だからでしょうか。しかし、「こうでなければならない」という想い込みは、自分からも周りからもどんどん自由意思を奪って行くものなのですね。こういう映画を観ると、せめて思想的には何ごとにも囚われることなく、自由に生きたいと思ってしまいます。そういう意味では、思想的に自由であることのありがたさを、逆説的に教えてくれる作品だったのかもしれません。

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2009.04.12

春の城崎温泉(4)

春の城崎温泉(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もしかしたら、今、私が綴っているような出来事は、他の人がブログの記事に綴れば、一日分の記事だけで掲載できてしまうことなのかもしれませんね。しかし、敢えて私が詳細に綴っているのは、やはり映画を鑑賞しても、詳細な描写が心地良いと感じているからだと思います。そうすることで、一日があまりにも速く過ぎてしまうことに対し、抵抗しようとしているのかもしれません。

 私は夕食前と同じように、浴衣と丹前、そして茶羽織といういでたちで旅館を出た。ただ、下駄はひどく歩きにくかったので、自分の靴を履いて出掛けた。念のため、旅館の湯かごも持参した。もちろん、電池切れとなっていた携帯電話の電池も入れ替え、更には予備の電池も持参した。

 私が目指したのは、七つの外湯の中では最も遠いところにある鴻の湯である。鴻の湯を選んだのは、鴻の湯の露天風呂がとても気に入っていたことと、地図を見て、鴻の湯の近くに桜並木があることがわかったからだ。

 既に二十一時を回っていたが、温泉街は浴衣姿の観光客で賑わっていた。夕食前に七つの外湯に入る人も多かったが、夕食のあとに入る人も多いようである。考えてみれば、今の時期は、カニシーズン最後のおいしいカニを食べることができるだけでなく、冬のように寒過ぎず、また夏のように暑過ぎず、温泉街を浴衣で歩くにはちょうどいい季節なのかもしれない。

 夕食前に利用した柳湯の前を通ってみると、若い女性たちが外の足湯に足を浸けてくつろいでいた。私も、夕食前に一の湯の外にある足湯を利用して思ったが、まだ少し肌寒い今の季節に入る足湯は、頭寒足熱を実践するのにとても気持ちがいいのである。

 柳湯の近くにある一の湯の前を通り、その先のお土産売り場に立ち寄ってお土産を求めたあと、建て替えられて間もない御所の湯の前を通り、鴻の湯に続く道路に出てみると、目の前に美しい夜桜が広がって来た。やはり、まんだら湯の近くにある桜並木と同様、川べりに桜並木が形成されている。愛用のデジタル一眼レフを自宅に忘れてしまった私は、携帯電話に付属のカメラを使って何枚か写真に収めたものの、撮れていたのは、露光不足のため焦点のぼやけた写真ばかりだった。

 鴻の湯に着き、旅館でもらった入浴券を差し出して、女湯ののれんをくぐった。利用客は多かったものの、夕食前に柳湯を利用したときほどの混雑ではなかった。私は身体を軽く洗ったあと、露天風呂にゆったりと浸かった。初めて鴻の湯の露天風呂に入ったとき、私はこの露天風呂がとても好きだと感じた。しかし、そのときは確か夕食前で外は明るく、しかも、今の時期ほど混雑していない夏の頃だったと記憶している。今は夜で、おまけに季節がいいだけに、利用客も多くて慌しい。私は何となくくつろぐことができずに、しぶしぶ露天風呂から上がった。

 実は私は、鴻の湯に入ったあと、もう一度大好きなまんだら湯に入ろうと思っていた。夕食前は、ガンモとの待ち合わせ時間を気にして慌しく出てしまったので、もう一度ゆったりと桶風呂に入っておきたかったのだ。幸い、鴻の湯からまんだら湯はとても近かった。私は、再び夜の桜並木を携帯電話に付属のカメラに収めながら、まんだら湯へと移動した。

 まんだら湯に着いたときには、既に二十二時を回っていた。宿泊している旅館の門限がシンデレラの門限よりも一時間早い二十三時なので、二十三時には戻らなければならない。私は素早く浴衣を脱ぎ、浴室に入った。そして、カランで身体を洗うと、まっすぐ桶風呂へと向かった。

 桶風呂には、中で体操をしながらくつろいでいる利用客がいた。半身浴の体制を取っていたことからすると、かなり長い時間、桶風呂の中に入っているものと思われる。桶風呂で一人になりたかった私は、「むむむ、またしても手強いライバルだ」と思った。すぐにその方との我慢比べが始まったのだが、その方は、他の利用客が桶風呂を利用したがっているのを敏感にキャッチすると、桶風呂を開放してくれた。その瞬間、私は桶風呂の中で一人になることができたが、すぐに次の利用客が桶風呂に入って来たので、陰陽のエネルギーを感じながら瞑想を実践するには至らなかった。

 私は、旅館の門限を気にして、またしても後ろ髪を引かれる思いでとうとう桶風呂から上がった。桶風呂で瞑想できなかったのは残念だが、できればこのあと、さきほど撮影できなかったまんだら湯近くの桜並木も撮影しておきたかった。撮影する時間を考えると、少し早めにお風呂から上がらなければ、旅館の門限には間に合わない。私の日常がそうであるように、城崎温泉にやって来ても、時間との戦いは続いていた。

 脱衣場で身体を拭いて浴衣を着ていると、地元の人と思われる人たちが話をしているのが聞こえて来た。なるほど、七つの外湯は観光客のためだけのものではなく、地元の人たちも気軽に利用されているようである。とは言え、旅館から配布される入浴券を使用すれば無料で利用できるが、入浴券を持っていない人たちが外湯を利用する場合、多くの外湯は六百円の入浴料が掛かるはずである。毎日六百円払って外湯に入るのはちょっと贅沢ではないだろうか。そう思ったのだが、おそらく地元の人たちには、銭湯感覚で利用できるような特典があるのだろう。

 まんだら湯を出たあと、私は夜の桜並木を携帯電話に付属のカメラに収めながらてくてく歩いた。ようやく私が旅館に辿り着いたのは、門限ギリギリの二十三時三分前だった。外湯を満喫することはできたものの、利用客が多くてなかなかくつろげなかったのはちょっぴり残念である。それでも私が城崎温泉に惹かれ続けるのは、単においしいカニを食べさせてくれるからだけではない。おそらく、数多くの文豪たちを強く惹きつけたのと同じ理由を私自身も見出だしつつあるのだ。書きたい意欲をもっと掻き立ててくれるような何かがこの城崎温泉にあるのは間違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まんだら湯の脱衣場で地元の方が話をされていたのが聞こえて来たのですが、城崎温泉の今年の桜は例年よりも白いそうです。確かに私も桜が白いと感じました。満開の頃に雨が降ると、桜は白くなるのでしょうか。デジタル一眼レフを自宅に忘れてしまい、携帯電話に付属のカメラで撮影することになってしまった城崎温泉の白い桜は、青空の下に咲き乱れるピンク色の桜とはまた別の趣がありました。

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2009.04.11

春の城崎温泉(3)

映画『ホノカアボーイ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m エンドロールの途中で蜂が一匹ブイーンと飛んで来るのですが、あれはビーさん(英語でBeeは蜂)の分身を意味していたのでしょうか。これ以外にも、いろいろなところで洒落が効いていて面白かったですね。おそらく私の中では、ほのぼの部門においては、今年鑑賞した中で一番と言っていいくらいの作品です。では、春の城崎温泉(2)の続きを書かせていただきますね。

 旅館に戻ってみると、既に夕食の時間を数分過ぎていた。私たちは大急ぎで食堂に足を運び、自分たちの部屋番号の札が掲げられているテーブルについた。食堂にあるすべてのテーブルが埋まっていたので、おそらく私たちが宿泊した日は満室だったのだろう。飲み物のオーダーを聞かれたが、私たちは食事中に飲酒する習慣がないので何も注文しなかった。これまでの経験から言えば、旅館で出されるお料理は、普段食べている食事よりもずっと量が多いので、オプションの飲み物やお料理などをなるべく注文しないほうが最後までお料理を残さずにおいしくいただくことができる。というのも、以前、同じ旅館でオプションのお料理を注文してしまい、二人して満腹感にお腹がよじれながらも頑張って食べてしまったことがあるからだ。そうなると、おいしいはずのカニ料理もノルマのように感じてしまう。それ以来、私たちはオプションの飲み物もお料理も注文せずに、出されたお料理を残さずおいしくいただくことを心掛けて来た。

 テーブルの上に並べられているのは、カニのお刺身とカニすきの材料、それからカニ味噌、そしてカニ雑炊を食べるときにご飯と一緒にいただくお漬物だった。やはり最初は、傷みやすいお刺身からいただくことにした。城崎温泉で食べるカニは、身の細い上品な上海蟹と違って、身がプリプリしている。旅館の方が食べ易いように殻に切れ目を入れてくださっているので、切れ目に沿って殻を割ると、身の詰まったカニ肉がプリンと踊り出るのだ。私たちは、重力に従って垂れたカニのお刺身の下まで口を持って行き、チューチューと吸うようにしていただいた。

 続いて蟹味噌をお箸でつつきながらいただくと、今度はカニすきの準備に取り掛かった。準備と言っても、目の前に置かれているお鍋に入った出汁が煮立って来たら、カニはもちろんのこと、白菜や春菊、豆腐、葱、しいたけ、えのきだけ、マロニー、うどんなどのカニすきの材料を次々にお鍋に入れて行くだけである。生でいただいたお刺身のカニもおいしかったが、カニすきのカニもジューシーでまたおいしい。お腹を空かせていた私たちは、夢中になって食べていた。

 ほどなくして、テーブルには焼きガニが運ばれて来た。カニすきのカニを食べながら、味のついた温かい焼きガニもつつく。手も口も忙しいが、とにかくおいしいの一言である。こうして焼きガニもカニすきもおいしくいただくと、いよいよカニ雑炊である。

 カニ雑炊は、テーブルの上に並べられているカニ料理の進み具合を見計らって、旅館の方が作ってくださる。カニすきの鍋に白いご飯を入れ、溶いた卵をさっと落とす。その上に三つ葉を添えて出来上がりである。あとは、お茶碗に盛ったあと、お好みできざみ海苔をパラパラとふり掛ける。お酒を飲んだあとのしめがラーメンならば、カニ料理のしめはカニ雑炊である。

 周りを見渡すと、ビールを注文した人たちは顔を真っ赤にしながら、まだカニすきのカニと格闘していた。テーブルの上のお料理を食べ終わらないとカニ雑炊は作ってもらえないので、追加で何も注文しなかった私たちのほうが、カニ雑炊に取り掛かるのが早かったようだ。ガンモは既にお腹いっぱいの様子だったが、私はカニ料理をいただくときは、お腹がいっぱいにならないように魔法を掛けているので大丈夫だった。こうして私たちは、カニ雑炊も残すことなく、すべておいしくいただいた。

 カニ雑炊のあとは、デザートのマンゴープリンで締めくくった。マンゴープリンには、さすがにカニは入っていなかったと思う。旅館の料理は少し多めであるということを覚悟してオプションのお料理も飲み物も注文しなければ、最後までおいしくカニ料理をいただけるものである。カニシーズン最後の宿泊日に、おいしいカニ料理をいただくことができて大満足である。これで心置きなく春を迎えられそうである。

 部屋に戻った私たちは、少しの間、休んだ。仕事で使っているノートパソコンを持参していたガンモは、これからしばらく部屋で仕事をすると言う。私は、七つの外湯にまだまだ入り足りなかったので、仕事をするというガンモを旅館に残して、一人で夜の温泉街に繰り出したのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、城崎温泉のカニ料理をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「カニをたらふく食べたい!」という私たちの欲求は、ようやく収まりました。上品な上海蟹もいいですが、身近なところで手の届きそうなカニ料理をたっぷりいただくのもいいものです。おかげで満足であります。ちなみに、私たちが宿泊したところは、城崎温泉の中でも最もリーズナブルな価格の旅館の一つです。

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2009.04.10

映画『ホノカアボーイ』

春の城崎温泉(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 急に本格的な春がやって来ましたね。温泉とお花見がセットになっているなんて、ちょっぴり贅沢ではないでしょうか。ただ、城崎温泉の桜は、桜の木の下にござを敷いて、みんなで座って楽しむという雰囲気ではありませんでした。この時期、露天風呂から桜が見えれば最高なのでしょうが、なかなかそういうわけにも行きませんね。(笑)

 この映画を鑑賞したのは、ほんの軽い気持ちからだった。劇場で、この映画の予告編を何度か観てはいたものの、特別惹かれるような作品には思えなかった。予告編の記憶が頭の片隅に残っていて、「そう言えば、そろそろあの映画が公開されているはずだから、観てみようか」くらいの軽い気持ちから鑑賞に至ったのだ。ところが、実際に鑑賞してみると、思いのほか感動し、早くこの映画のレビューを書いて、「ガンまる日記」を読んでくださったいる皆さんにこの映画の素晴らしさをご紹介したくてたまらなかった。とは言え、既に鑑賞している他の作品のレビューも書いておきたかったし、上海の出来事も綴りたかった。プールの中を歩くような気持ちで毎日を過ごしながら、ようやくこの作品のレビューを綴ることができる喜びを感じている。

 ハワイ島のホノカアという町に大学を休学してやって来た青年レオは、ホノカアの小さな映画館で映写技師として住み込みの仕事を始める。レオを演じているのは、映画『ハルフウェイ』で早稲田大学を目指していた岡田将生くんである。ということは、彼は早稲田大学に受かり、早稲田大学を休学してホノカアにやって来たのだろうか。もともとレオがホノカアにやって来たのは、恋人と一緒に「伝説の虹」を探してこの町に迷い込んだことがきっかけだった。その恋人との引力は弱かったのだろう。恋人には振られ、レオはたった一人でホノカアにやって来た。

 レオがホノカアで出会う日系人は、個性に溢れている人たちばかりだった。口数の少ない映画館の映写技師トム、松坂慶子さん演じるエデリ、喜味こいしさん演じる、日本人女性の裸の写真でなければ欲情しないコイチ、正司照枝さん演じる床屋の女主人みずえ、そして、倍賞千恵子さん演じる、レオが働く映画館の売店に手作りのお菓子を卸しているビーさんである。レオと日系人の彼らとの交流が、実にほのぼのと描かれていてとても気持ちがいい。大きな映画館で上映されている作品の多くは、ダイナミックなストーリー性に細かな人間描写が潰されてしまいがちだが、この作品は大きな映画館で上映されているにもかかわらず、ミニシアター系映画館で上映されている作品のように繊細な人間描写が実現されていた。そのため、鑑賞中、とても静かに時間が流れ、私たちの胸に映画を鑑賞した証を刻み込んでくれるのだ。

 物語の中でスポットが当たるのは、レオとビーさんである。ビーさんの年の頃は六十歳くらいだろうか。大学生のレオとは四十歳くらいの年齢差があるかもしれない。ビーさんは、若い頃に夫を亡くし、手作りのお菓子を作ることで生計を立てている。レオがビーさんのお菓子作りに必要な材料をビーさんの自宅に届けたことをきっかけに、二人は親しくなって行く。食生活が充実していないレオは、毎晩、ビーさんの家でビーさんの手料理をごちそうになるのだ。

 私は、ビーさんの手料理に釘付けになった。作業しやすいようにきれいに片付けられている台所は、物で溢れ返っている我が家とは大違いである。日々使い込んで生活感溢れる台所にビーさんが立ち、てきぱきと温かい手料理を作って行く。やがてビーさんは、レオに対してほのかな恋心を感じるようになる。ズボンを好んで履いていたビーさんが、かわいらしいワンピースを買ってレオの前でさりげなく披露するシーンは印象的だ。ビーさんのそんな女心に鈍感なレオは、ビーさんのワンピース姿に一言もコメントしない。「ああ、どうしてビーさんの気持ちに気づいてあげられないの?」と思うのだが、良く考えてみると、それが飾らないレオの魅力だったりもする。

 そんなビーさんとレオの交流は、あることをきっかけにして変化して行く。そしてラストは・・・・・・。私は、レオとビーさんが糸電話で話すシーンで泣いた。もともと、レオとビーさんは通りを挟んだご近所さん。ビーさんの買い物の荷物を届けていたレオは、必要なものを知らせるためにビーさんがわざわざ電話を掛けなくていいように、二人の家に糸電話を張ったのだ。その糸電話がラストで私を嗚咽へと導いてしまいそうになったのだが、周りが誰も泣かないので必死に堪えた。あのシーンでは、他の人たちにも泣いて欲しかった。そうすれば、私も一緒に泣けたのに。

 ああ、どうしたらこんな静かで感動的な映画を製作することができるのだろう。個性溢れるいろいろな人たちが互いに関わり合って生きている。そんな町にで暮らす人たちの日常を描いたとも言えるこの作品は、決してダイナミックなストーリー性に溢れているような作品ではない。それでも、レオがこの町の人たちと結んだ絆が、糸電話の糸のようにくっきりと浮かび上がる、実にほのぼのとした良い作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 昔々、『愛の水中花』という歌を歌いながらセクシーな雰囲気を漂わせていた松坂慶子さんが、この映画では食いしん坊さんに扮していらっしゃいます。以前よりもずっとふくよかになられて、キャラクターが変わってしまいましたね。食いしん坊のエデリの役がぴったりはまっていました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.04.09

春の城崎温泉(2)

春の城崎温泉(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事を書き始めた当初は、前編と後編で七つの外湯についてまとめて綴らせていただく予定だったのですが、いつものように、書いているうちに長くなってしまいましたので、タイトルを変更させていただきました。まあ、「ガンまる日記」には良くあることであります。(苦笑)

 携帯電話に付属のカメラを使って柳湯を撮影していると、あろうことか、電池を使い過ぎて携帯電話が電池切れになってしまった。そんなときのために、いつも予備の電池を持ち歩いているはずなのに、ほんのちょっと外湯に入るだけだと思い、予備の電池を旅館に置いて来てしまったのだ。とは言え、せっかく七つの外湯を存分に楽しめる状態にあるので、私たちは柳湯に入ったあとも、夕食までの間にもう一つの外湯に入る計画を立てていた。しかし、二つ目に入る外湯の候補を挙げる段階で、ガンモは休憩所の広い一の湯に入りたいと言い、私は丸い桶風呂のあるまんだら湯に入りたいと主張した。そこで私たちは二つ目の外湯はそれぞれ自分の好きな外湯に入ることに決めたのだが、そのあと確実に待ち合わせをするために、携帯電話は必須アイテムだったのだ。幸いにして、私の携帯電話はひとまず電池切れのメッセージは表示されたものの、かろうじてまだ電池は残っていたので、私たちは再会を約束して、男湯と女湯に分かれた。

 女湯ののれんをくぐると、更衣室はひどく混雑していた。
「混んでますね」
という声に対し、
「これでも、さっきから比べれば、ずいぶん空いたほうですよ」
などという話し声が聞こえて来た。私たちと同様、旅館にチェックインしたあと、夕食までの間に外湯めぐりをしておきたい人たちは多いようだ。

 私はさっさと浴衣を脱いで浴室へと足を運んだ。柳湯は、七つの外湯の中では最も小さな温泉と言っていいのではないだろうか。露天風呂の設備はなく、それほど大きくはない湯船が室内に一つあるだけである。私は、身体を洗って湯船に浸かった。お湯の温度は、東京の銭湯を思い出してしまうくらい熱かった。そのため、ほんの少し浸かるだけで身体が温まって来た。お湯が熱いという事実に対し、柳湯のスタッフは、他の外湯と違って露天風呂がないので、浴室の熱気が外に抜けないためだと利用客に説明していた。

 私は、まんだら湯にも入っておきたかったので、ほどなくして湯船から上がり、再び浴衣と丹前と茶羽織(ちゃばおり)を羽織って外に出た。ガンモもちょうど上がる頃だと思ったが、姿が見当たらなかったので、私はまっすぐまんだら湯へと向かった。

 まんだら湯は、利用客で賑わう温泉街からは少し離れたところにある。川べりの道を歩くと、ほぼ満開の桜が美しく咲き乱れているのが見えて来た。城崎温泉には、夏と冬に訪れた実績はあるものの、春に訪れるのは初めてのことである。確か、友人からもらったJR西日本のカレンダーに桜満開の城崎温泉の写真が掲載されていたが、私はまさしくそのカレンダーに掲載されている生の景色を見ているのだ。

 私は、美しい桜をカメラに収めたかったが、携帯電話の電池が切れかけているため、写真を撮影することができなかった。デジタル一眼レフを自宅に忘れてしまったことが悔やまれて仕方がなかった。

 桜並木をてくてく歩いて行くうちに、まんだら湯にたどり着いた。私が大の桶風呂好きであることは以前にも書いた通りだが、城崎温泉のまんだら湯の桶風呂は、私の中では一番と言っていいくらいの位置にある。だから、ガンモが休憩所の広い一の湯に入りたいと言ったとしても、絶対に譲れないのだ。

 時計を見ると、夕食の時間まで、もうあまり時間がなかった。私は、携帯電話の電池の残りを気にしながら、携帯電話の電池がないことを添えた上で、十八時十分に一の湯の外にある足湯で待つとガンモの携帯電話にメールを送信しておいた。旅館に着いたときに、夕食の時間は十八時からで良いかと尋ねられたのだが、外湯を満喫したかったので、十八時半からにして欲しいと頼んでおいたのは正解だった。

 まんだら湯の女湯ののれんをくぐると、やはり脱衣場は混雑していた。夕食の時間までもうあまり時間がなかったので、私は大急ぎで浴衣を脱ぎ、浴室へと入った。既に柳湯で身体と髪の毛も洗っていたのだが、まんだら湯のカランでも軽く身体を洗い流し、髪の毛もゴシゴシ洗うと、私はまっすぐ露天風呂へと向かった。

 外にある桶風呂には、既に先客が一人いた。とは言え、まんだら湯の桶風呂は一人用ではなく、少なくとも二人くらいは一緒に入ることができる大きさなので、私は遠慮することなく桶風呂に浸かった。桶風呂の目の前には切り立った斜面が広がり、おそらく温泉と思われる滝が流れている。滝はあまりにも近過ぎて、露天風呂といえども広々とした開放感はないのだが、こうして大好きな桶風呂に入るとことができたのだから、満足である。

 しかし、できれば一人で桶風呂を占有したい。何故なら、桶風呂に入ると、陰陽のパワーが整って来るからだ。うまく行けば、ツインソウルと私の魂がぴったりと重なり合うような心地良い感覚を味わうことができる。私はその感覚を味わいたくて、一人になれるチャンスをじっとうかがった。しかし、私と一緒に桶風呂に入っていた人が出て行っても、またすぐに別の人がやって来て桶風呂に浸かった。一人になるチャンスを狙っている私は、まるで桶風呂の中で我慢比べをしているみたいだ。とは言え、夕食までもうあまり時間はない。ガンモとの約束の時間も差し迫っていた。私は後ろ髪を引かれる思いで桶風呂から上がり、大急ぎで浴衣の上に丹前と茶羽織を羽織って外に出た。

 私は、ガンモとの待ち合わせ場所である一の湯の足湯までずんずん歩いた。雨が降り出していたので、私は旅館から借りた傘をさして歩いた。ガンモはちゃんとメールを読んでくれただろうか。いつもならば、すぐにガンモに電話を掛けるのだが、やみくもに電話を掛けて電池が力尽きてしまったら大変である。私は、美しい桜並木の景色を撮影できない悔しさをこらえながら、一の湯まで歩いた。一の湯に着いてもガンモの姿は見えなかったので、約束通り、外の足湯で待つことにした。

 足湯があるということからも、城崎温泉の源泉の温度はひどく高いようだ。以前、七つの外湯の中では最も遠いところにある鴻の湯の近くにある源泉をガンモと訪れたことがある。そこにも足湯があったので足を浸けてみたのだが、足湯に足を浸けることが我慢比べになるくらい熱くて熱くてたまらなかった。一の湯の外にある足湯も温度が高く、しばらく浸けているうちに足が赤くなった。

 約束の十八時十分を過ぎてもガンモは現れなかった。夕食の時間もあるのに、ガンモは一体何をしているのだろう。温泉街を靴で歩けるなら早足で歩けばいいのだが、私たちは下駄で旅館を出て来てしまったのだ。余裕を持って旅館に帰らなければ、夕食の時間に遅れてしまう。私は、今がそのときだと思い、携帯電話の最後の電池を振り絞ってガンモに電話を掛けた。すると、のんきなガンモは、
「今、まんだら湯を出たとこだから」
と言う。私は、ガンモが一の湯に入ったあと、まんだら湯にも入っておきたいと思い立ち、まんだら湯に足を向けたのかと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 間もなくガンモが一の湯の足湯に現れたので、一の湯とまんだら湯の両方に入ったのかと尋ねると、一の湯に入る前に美しい桜並木を撮影しておきたいと思い、桜並木を歩いているうちにまんだら湯に着いたので、そのまままんだら湯に入ったのだそうだ。まんだら湯は遠いと言って敬遠していたはずのガンモが、牛に引かれて善光寺参りをするかのように、桜並木に惹かれてまんだら湯に入ったのだ。

 ようやく合流できた私たちは、歩きにくい下駄をカランコロン鳴らしながら、何とか宿泊している旅館に戻ったのだった。歩くスピードを上げるため、冷え取り健康法を一時中断して、裸足のまま下駄を履いたのは言うまでもない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 旅館での夕食の時間を十八時半にしておいて良かったとつくづく思いました。まんだら湯に入ったときに、脱衣場がひどく混雑していたのですが、今になって思えば、十八時からの夕食に間に合うようにお湯から上がった人たちで混雑していたのだと思います。私が上がる頃には混雑はすっかり緩和されていました。カニシーズンは、いつ足を運んでも混雑している城崎温泉ですが、夏の間は閑散期のようで、とても空いています。このあと旅館でカニ料理をいただくことになるのですが、この続きは、映画のレビューを一つ挟んでからお伝えすることにしますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.04.08

春の城崎温泉(1)

映画『ファニーゲーム U.S.A.』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 神経が逆撫でされる感覚を体験されたい方は、是非DVDでご鑑賞くださいませ。(笑)おそらく鑑賞したあとは、単なる不快感だけでは終わらずに、これほどの台本を作り上げた脚本家や、台本を完璧に演じた出演者たちに拍手を贈りたくなるだろうと思います。さて、上海での出来事もまだご紹介し切れていないのですが、季節的なこともあるので、もうしばらくの間、リアルタイムの出来事を優先させて書かせていただくことにします。

 上海で上品な上海蟹を食べたものの、私たちの中から、「カニをたらふく食べたい!」という欲求がなくなったわけではなかった。折しも、普段は週末も仕事の予定が入ってしまうガンモの週末がぽっかり空いた。ガンモは、
「城崎温泉にカニを食べに行くか」
と言った。

 実は、いつもお世話になっている城崎温泉の旅館から、カニシーズン中の宿泊割引プランの案内葉書が届いていたのだ。何と、その割引プランは四月四日土曜日の宿泊が最終日だった。ガンモの週末がぽっかり空いたことと言い、その空いた週末が割引プランの最終日だったことと言い、「これは絶対に城崎温泉に呼ばれている!」と思ったものだ。その割引プランは、旅館に電話を掛けて申し込むことになっていたのだが、思い立ったときが既に深夜だったので、翌日、ガンモが旅館に電話を掛けてみることになった。

 さて、ガンモが旅館に電話を掛けてみると、狭い部屋なら空いていると言われたそうだ。私たちは二人だけなので狭い部屋で十分だと思い、ガンモは二つ返事で宿泊を申し込んだ。

 当日になると、私たちは一泊分の着替えを用意して家を出た。導かれているとは言え、お天気はあまり良くなかった。いつもは特急はまかぜに乗って城崎温泉まで出掛けて行くのだが、今回は、高速道路の料金が値下がりしていることもあって、愛車カングーで出掛けることになった。私たちが上海行きを決める以前に、いつも宿泊している旅館からカニシーズンの宿泊割引プランの案内葉書をいただいたとき、ガンモはできればカングーで出掛けて行きたいと思っていたらしい。しかし、同じ兵庫県でも日本海側に位置する城崎温泉は積雪が多いことから、冬場は道路凍結などの心配があった。冬場に食べるカニは確かにおいしいのだが、カングーで出掛けられないのは残念だとガンモは思っていたらしい。冬場のカニを見送ったおかげで、さすがに今の時期になると雪の心配はない。おまけに高速道路の料金も格安となれば、お天気はともかく、三拍子も四拍子も揃って城崎温泉に呼ばれていることになる。

 自宅を出たあと高速道路に乗り、途中で何度か休息を取り、およそ四時間ほどで城崎温泉に到着した。いつもは城崎温泉駅から徒歩で向かう旅館の駐車場にカングーを停める。割引プランの最終日とあって、旅館はかなり混雑している様子だった。

 チェックインを済ませ、ひとまず部屋でくつろいだあと、私たちは浴衣に着替え、着替えとお風呂道具を持って温泉街に繰り出した。四月上旬とは言え、まだまだ肌寒いので、浴衣の上には丹前と、その上から更に茶羽織(ちゃばおり)を羽織った。

 城崎温泉には七つの外湯があり、旅館で無料配布されている入浴券を使用すれば、七つの外湯に自由に入ることができる。ただし、入浴券だけが一人歩きしないように、外湯のスタッフは、入浴券を使用する人が旅館の浴衣を着用しているか、もしくは旅館の湯かごを持参しているかをこまめにチェックしている。それだけではない。外湯のスタッフは、利用客が着用している浴衣がどの旅館の浴衣なのか、正確に記憶している。それは、外湯を利用したあと、スタッフが利用客の履いて来た旅館の下駄を間違えることなく用意してくださることからわかる。城崎温泉にはいくつもの旅館があり、旅館の浴衣も様々だ。それでも、外湯のスタッフは旅館の浴衣と下駄の組み合わせを正確に記憶しているのである。

 私たちは、旅館の浴衣を着ていたので入浴券を利用できるはずだったが、雰囲気を出すために下駄を履いた。そして、今にも雨が降り出しそうだったので、旅館の傘を借りた。

 ところが、旅館から一歩踏み出してみると、靴下を履いたまま下駄を履いたせいか、靴下で下駄が滑ってひどく歩きにくかった。とは言え、わざわざ冷え取り健康法を実践して靴下を重ね履きしているくらいなので、できればお風呂に入るとき以外は靴下を脱ぎたくはなかった。そんな意地から、靴で歩けば数分で着く温泉街まで、十数分も掛けて必死に歩いた。

 実は、これまでにも何度か城崎温泉を訪れてはいるものの、七つの外湯のうち、私たちにはまだ馴染みの薄い外湯があった。柳湯である。柳湯の定休日は金曜日なのだが、私たちが城崎温泉に宿泊するときは、混雑を避けて、仕事を休んで金曜日に一泊していた。しかし、私たちが仕事を休んだ金曜日に柳湯も定休日だったので、柳湯とはなかなかご縁がなかった。旅館で配布されている外湯の入浴券は、旅館をチェックアウトするまで有効だったのだが、柳湯の営業時間は十五時からだったため、金曜日に宿泊した場合、チェックアウト後の十五時以降に自腹を切って入浴しない限り、利用することはできなかったのである。

 私たちは、迷うことなくまっすぐ柳湯へと向かった。城崎温泉の温泉街には、私たちと同じように浴衣を来た人たちが行き来している。旅館の浴衣を着用することで、旅館で配布されている入浴券を利用できるという特典は、温泉街を浴衣を着た人たちで溢れさせる効果があるようだ。そのため、温泉街は大変風情のある光景になっている。下駄は歩きにくいが、温泉街の風情を守るためにも、無理して下駄を履いて来て良かったと思い始めていた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、春の城崎温泉をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m やはり私たちの中では、身の赤いカニをたっぷり食べないと春を迎えられない気持ちがくすぶっていたようです。そして、導かれるように城崎温泉へと向かったのでありました。カニシーズンもいよいよ終盤を迎えましたが、土曜日ということもあってひどく混雑していました。お届けする写真ですが、今回の旅ではデジタル一眼レフを自宅に忘れてしまったため、携帯電話で撮影したものになります。特に、夜に撮影した写真は光の量が少なくてあまり良い写真ではありませんが、雰囲気をお伝えするために敢えて掲載させていただいています。

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2009.04.07

映画『ファニーゲーム U.S.A.』

物事を限定しない、宙に浮いたふわふわした言葉の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。物事を限定しない、宙に浮いたふわふわした言葉を発しているときは、脳の働き方がいつもとは違っているように思います。思考が深くなっているのに、言葉は自由意思を持ってふわふわと浮かんでいるといった感じですね。

 この映画が日本で最初に公開されたのは、去年の十二月二十日のことであったらしい。私が劇場で鑑賞したのは、二月の終わりのことだった。劇場で何度か予告編を観てはいたものの、この映画がミヒャエル・ハネケ監督自身の手でセルフリメイクされた作品であることは、映画を鑑賞したあとに知った。

 夏のバカンスを過ごすため、ある家族が別荘にやって来る。ティム・ロス演じる夫のジョージとナオミ・ワッツ演じる妻のアン、それから二人の息子の三人である。彼らが別荘で過ごすのは、毎年恒例のことなのだろう。別荘へ向かう途中、彼らは近くの別荘で過ごしている人たちとあいさつを交わす。しかし、近くの別荘に住む人たちは、どこか様子が変である。

 別荘に着き、荷物を降ろして夕食の準備を整えていると、さきほど近くの別荘で過ごしている人たちと一緒にいたピーターと名乗る若い男性が彼らの別荘にやって来る。ピーターは、夫妻があいさつを交わした近くの別荘の住人が卵を切らせてしまったので、卵を分けて欲しいと言っていると、近くの別荘の住人の遣いでやって来たのだ。

 ところがこのピーターがひどい曲者で、一見、礼儀正しく見えるのだが、アンがせっかく冷蔵庫から出して渡した卵をうっかり落として割ってしまったり、また、アンの携帯電話を台所の流しの中に水没させてしまったりする。更には、アンが替わりの卵を用意して渡しても、再び割ってしまうという始末である。とにかく、見ているだけでもイライラして来るのだ。

 さすがのアンも怒りを感じてピーターを追い返すと、ピーターは仲間のポールという若者を連れて戻って来た。アンが二人の若者に対して怒りをむき出しにしているところへ、別荘近くの湖でヨットを操作していた夫のジョージと息子が帰って来た。ジョージとしては、アンが一方的に怒っているかのように見えたので、ひとまず二人の若者たちの肩を持つのだが、やがてアンが何故、若者たちに対して厳しい態度を取っているのかを理解することになる。しかし、「時既に遅し」といったところだろうか。間もなくゲームが始まった。そのゲームとは、翌朝までにこの家族が全員生き延びていられるかどうかという殺人ゲームである。

 二人の若者は白いシャツを着て、手には手袋をしている。何故手袋をしていたのだろう。今になって思えば、指紋を残さないようにするためだったのかもしれない。とにかくこの二人が曲者で、彼らの話を聞いているだけでもイライラして来る。相手がどんな態度に出ようとも、相手の失点を執拗に追求し、そこに付け入って来るのだ。こうした展開は、映画を冷静に鑑賞しているうちに、反撃するチャンスを見出せるものだが、脚本が完璧なのか、イライラが絶頂に達するにもかかわらず、三人家族と同じように彼らにすっかりペースを奪われてしまう。だから、イライラしながらも、三人家族が彼らの言いなりになっているのを黙って見守るしかなかった。

 その後も二人の若者は、一見、礼儀他正しく見えるものの、常に自分たちのペースでことを進め、三人家族の自由意思を執拗に奪い続ける。最初にジョージが彼らにゴルフクラブで足を強打されたことは、のちの展開に大きな影響をもたらす。ジョージの傷は思いのほか深く、それ以来、ジョージは身体の自由を失ってしまうのだ。もしもジョージが足を怪我していなかったら、家族が若者二人の言いなりになることもなかったのかもしれない。

 便利なはずの携帯電話も、ピーターに水没されてしまって使えない。近所の別荘に住む人も、事情があって、助けてはくれない。とにかく最初からさいこまでイライラさせられっぱなしだが、鑑賞する側としては、何とかして三人家族に助かって欲しいと願う。そしてその結末は、あたかも物語の冒頭を思い起こさせるような終わり方だった。何故、近くの別荘で過ごしている人たちとあいさつを交わしたとき、近くの別荘で過ごしている人たちの様子が変だったのか・・・・・・。つまり、若者たちはターゲットを変えて、同じことを繰り返していたわけだ。

 全体を通して残酷なシーンが淡々と繰り広げられるのだか、この映画を通して監督が表現したかったのは、人間の持つ残酷さではないように思える。おそらくだが、監督が表現したかったのは、付け入ることのできないほど完璧な台詞が観客にもたらすイライラ感なのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 神経を逆撫でされるような作品でしたが、完璧とも言える展開にうなりました。ピーターとポールは、家族に付け入る隙を与えないばかりか、私たち観客に対しても付け入る隙を与えなかったのですから。ここまで不快で完璧なキャラクターを良くも生み出したものだと感心してしまいました。

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2009.04.06

物事を限定しない、宙に浮いたふわふわした言葉

ホットヨガ(一四四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m レッスンを終えたあと、ロッカーの鍵を受付に返しに行ったところ、「古い回数券はこちらで回収させていただきました」と、あっさり言われました。実は、新しい回数券を購入したときに古い回数券が二回分残っていたので、残った回数券を繰越するために古い回数券とともに受付に預けていたのです。私は、せっかくあちらこちらのスタジオでいろいろなスタンプを集めて来た思い出がなくなってしまうと思い、慌てて、「記念に持ち帰りたいのですが・・・・・・」と申し出て、使用済の回数券を返却していただきました。古い回数券など不要だろうと思い、気を利かせてくださったのかもしれませんが、会員の使い古しの回数券など、受付で回収されてもゴミとなるだけでしょう。しかし私の手元に残れば、ゴミではなく、一つ一つのスタンプが思い出として輝くのです。

 先週の水曜日は、好敵手の彼女と二人で職場の最寄駅近くのレストランにご飯を食べに行った。彼女は今、私が働いているのと同じビルの別の階にある同系列の別会社で働いている。もちろん彼女は、私と同じ派遣会社から派遣されている派遣社員であり、派遣会社の営業担当も私と同じである。

 不況のため、かつて彼女も働いていた私の今の職場も、そして彼女が今働いている同系列の別会社も、フレックスタイム制度が廃止され、基本的には定時に出勤して定時に退社することが義務づけられている。私の今の職場では、今のところ、派遣社員が契約を打ち切られるという話は浮上していないものの、彼女の職場では、私たちとは別の派遣会社から派遣されている派遣社員で、既に七年もその職場で働いているというのに、あと一ヶ月で契約を打ち切られてしまう派遣社員がいるそうだ。

 七年と言えば、私が今の職場に派遣されてからの年数に等しい。一方、彼女もまた、私の現在の職場に六年間勤務したはずだった。彼女がいた頃は、企業にもまだ比較的余裕があった。彼女が私の今の職場を辞めるとき、もう少し時給をアップするから居て欲しいという話も持ち上がっていたという。しかし彼女は、今が辞めどきだと思ったのだろう。仕事がひどく忙しいことを理由に、自ら派遣契約を満了させた。

 そんな彼女は、私が今の仕事を辞めないでいることが不思議で仕方がないらしかった。これまでにも彼女に何度か、今の派遣先での仕事を辞めるつもりはないのかと尋ねられたことがある。その度に私は、仕事に関しては常に受身の姿勢を取りたいと添えた上で、自分から辞めることは自分自身への負けを認めることに等しいので、できる限り自分からは辞めたくないと答えて来た。

 そんな私でも、仕事中にクーラーの著しく冷たい風が降り注いで来るという、自分の身体の限界への挑戦とも取れる局面を迎えていたこともあった。今になって思えば、あの頃が私の辞めどきだったのではないだろうか。その時期を逸してしまった今は、今の職場での仕事を辞めるきっかけが、もはや見付からないのだ。

 ただ、私は、仕事中にクーラーの著しく冷たい風に直撃されるという苦い経験を通して、自分自身が肉体的に苦しい思いをして来た人とそうでない人との決定的な違いを知ることになる。幸い、私の上司のまた上司や以前の部長は、肉体的に苦い思いを経験されて来た人だった。上司のまた上司や以前の部長のおかげで、私は席替えをしても、比較的暖かい席を選べるようになったのだ。だから私は、せめて他の人が苦しい想いをしているときに、少しでもその苦しさを理解できる人間になりたいと思ったものだ。

 彼女と、いろいろな思い出話に花を咲かせているうちに、彼女が現在、直面している衝撃的な感情について話が及んだ。衝撃的な感情とは、彼女自身が体験したことではなく、彼女が交流している人から受け取った感情である。平たく言えば、彼女はその人からある衝撃的な事実を聞かされた。決して相談を受けたわけではないにしろ、それを聞いた彼女は、それがあまりにも衝撃的な内容だっただけに、その人に対してどのように接したらいいのかわからないと言った。彼女はまた、自分自身はそのようなことをいまだかつて経験したことがないとも言った。

 私は、
「そういう経験をしている人とペアになることで、自分の体験として足りていないものを補っているんじゃないのかな」
と言った。彼女は、
「そっか」
と言いながら納得していた。実は、私にも彼女が受けた衝撃と同じような衝撃を自ら体験したことがある。そのときは、心にぽっかり空いてしまった穴が一生埋まらないのではないかとさえ思っていた。それは、「取り返しのつかないこと」という表現に値する出来事だったのだ。私よりももっと近い状況でその出来事に直面した人は、その経験から、黒かった髪の毛が真っ白になってしまったほどだ。そのことを彼女にも話した上で、
「そんな時期もあったけど、やっぱり時間が解決してくれると思うよ」
と言った。

 その話が始まってからは、私が聞き役に徹して、彼女が話をするというモードに切り替わっていたのだが、私は彼女との会話が、これまでお互い触れなかった領域に達していることが心地良くてたまらなかった。人を深く知るということは、どうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。私自身が発する言葉もまた、「これを言ってはいけいない」というフィルタを通さない、私自身に最も近い言葉に変わっていた。

 彼女との会合に深い満足感を感じて帰宅すると、その翌日、彼女から、自分ばかりがおしゃべりしてごめんなさいという内容のメールが届いた。彼女は、私の上海旅行の話を聞いてくれるつもりでいたらしいのだが、実際のところ、私の上海旅行にまで話が及ばなかったので、私に対して申し訳ないと思ったらしい。私は彼女に、彼女の話にじっくりと耳を傾ける上で最も自分らしい発言をすることができたので、自分の話をするよりも深い充実感が得られたという内容のメールを送った。

 普段、人と会って話をするときに、聞き役に徹することでこれほど充実感を得たことは、これまでなかったように思う。しかし、振り返ってみれば、私は決して聞き役に徹していたわけではなく、話の内容に対する感想を述べることで自分自身を表現できていなかっただけなのだ。私の中から私自身が表現されるときは、物事を限定しない、宙に浮いたふわふわした言葉が飛び出す。彼女は、そんな私の宙に浮いたふわふわした言葉をしっかりと受け止めてくれた貴重な存在となったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼女とは、新たな局面を迎えることができたという充実感でいっぱいです。物事を限定しない、宙に浮いたふわふわした言葉は、相手に受け止められていることがわかると次々に出て来ますね。しかし、相手に受け止めらないままでいると、宙に浮いたふわふわした言葉はしぼんでしまうようです。宙に浮いたふわふわした言葉がたくさん出て来ることで、私自身がコミュニケーションを楽しんでいると実感できるのだと思います。そういうときは、あたかも聞き役に徹しているかのようであっても、自分自身をきちんと表現することができているのですね。

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2009.04.05

ホットヨガ(一四四回目)

映画『ハルフウェイ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私がこの映画のテーマソングを何度も何度も繰り返し聴いているので、ガンモに「女性アーチストの曲を何度も繰り返し聴くなんて、まるみにしては珍しい」と言われました。確かに私は、書籍であれ音楽であれ、同性アーチストの生み出したものは積極的に触れていません。(苦笑)アーチストから何かを吸収しようとするとき、常に異性的なエネルギーを期待しているのだと思います。

 大阪・梅田の貸会議室でTOEICのIPテストを受けたあと、梅田店でホットヨガのレッスンを受けた。TOEICのIPテストの試験会場となった貸会議室と梅田店のスタジオが近いことから、時間をできるだけ有効活用するために、お昼ご飯を食べたあと、すぐに参加できる六十分のビギナーコースのレッスンを選んだ。夕方のもっと遅い時間から始まる別のレッスンもあったのだが、久しぶりのレッスンだったこともあって、ビギナーコースのレッスンで緩やかで初々しいエネルギーを感じてみようと思ったのだ。

 ビルの三階にある梅田店のスタジオを利用するときは、いつも一階から三階に向けてらせん階段を昇って行く。途中の二階には、おそらくアパレル関係と思われるテナントがあった。しかし、いつの間にかそのテナントは撤去され、内装工事が始まっていた。不況のため、会社の経営状態に変化が起こったのかもしれない。

 三階にある梅田店のスタジオに足を運ぶと、別の支店から転勤されたスタッフが受付に立っていらっしゃった。ほんの短い期間ではあったものの、かつては私のことを認識してくださっていたスタッフである。これまでにも何度か梅田店で顔を合わせてはいたのだが、彼女は私のことなどすっかりお忘れになってしまってしまったようだ。私のほうから声をお掛けすればいいのに、恥ずかしさから、私も他人行儀に振る舞った。彼女のオーラは、以前とはまったく異なっている。別の支店にいらっしゃった頃は、ご自身のアイデンティティをしっかりと確立され、自信に満ちた態度で他の会員さんたちともコミュニケーションを取っていらっしゃった。しかし、今の彼女は、これ以上、新しい何かを受け入れる余裕がないようにも思えた。

 今回のレッスンでは、私を入れて二十名の参加者がスタジオに集まっていた。レッスンを担当してくださったのは、これまでにも何度かお世話になったインストラクターである。確か、以前、同じ梅田店でビギナーコースのレッスンを受けたときもレッスンを担当してくださったので、主にビギナーコースのレッスンを担当されているインストラクターなのかもしれない。

 今回のレッスンには、ホットヨガのレッスンがまったく初めてという方が何名か参加されていた。その中には、男女のカップルもいらっしゃった。彼らはインストラクターの動きに目を凝らしながらも、時々ポーズを間違えたりしてとても初々しい。初めてレッスンに参加される方がいらっしゃったせいか、インストラクターの口調はとてもゆっくりで、まるで日本人向けの英語のリスニングトレーニング用CDを聴いているかのようだった。

 レッスン中、インストラクターが「それでは」という単語を多用するので、私はいつの間にか、インストラクターの口から「それでは」が語られるのを期待するようになってしまった。そろそろ「それでは」という単語が出て来るのではないかと予想したときに、インストラクターの口から「それでは」が発せられると、的中した喜びに何度もほくそえんだりした。

 初心者の参加者が多い中、私のすぐ隣のヨガマットでレッスンに参加されていた方は、明らかに熟練者と思えるほど美しいポーズを取っていた。一つ一つのポーズが深く、既にポーズが完成され、応用に向かっている。その方は、レッスンの途中でスタジオを出て行くと、私たちがレッスンを終えてスタジオを出る頃には、別のスタジオの扉を開けて中に入って行かれた。おそらくフリーパス会員の方なのだろう。次に参加されるレッスンの時間に合わせて、レッスンの途中でスタジオを退出されたのだ。

 これまで、ホットヨガのレッスンは、レッスンの内容から充実感を感じることが多かった。しかし今回は、六十分のビギナーコースのレッスンであったにもかかわらず、私はたくさん汗をかき、とても満足していた。もしかすると、身体が汗をかきやすい状況にあったのかもしれない。

 ちなみに、今回のレッスンで着ていたインドの神様Tシャツは、ガネーシャである。ガネーシャは、シヴァ神とその妻パールヴァティーの子供である。子供と言っても、シヴァ神の留守中にパールヴァティーが自分の身体の垢から生み出した子供だったため、帰宅したシヴァ神に自分の子供だとは知らずに不審者扱いされ、首を切り落とされてしまう。のちに、それが自分の子供だったと気づいたシヴァ神は、慌てて最初に出会った生き物である象の頭を子供の頭に繋げたとか。ガネーシャは、私が持っているインドの神様Tシャツの中では最も数の多い存在である。

今回のレッスンで着ていたガネーシャのTシャツ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りのレッスンとなりましたが、とても気持ちのいい汗をかくことができました。これまでは、中上級者向けのコースでなければ満足感を得られないのではないかと思い込んでいましたが、そのときのコンディションによって受け取るものが異なって来るものなのですね。「ビギナーコースのレッスンでは少々物足りない」というのは単なる思い込みであって、自分に与えられた六十分という比較的短い時間をどのように活かすことができるかで充実感が異なって来るのだと思いました。

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2009.04.04

映画『ハルフウェイ』

Oxford Reading Treeの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、eBayでOxford Reading TreeTree Topsを落札したと書きましたが、実際に落札したのは三十冊セットと十冊セットの合計四十冊でした。同じ出品者の商品を落札したのですが、中身を良く確認せずに落札したため、手元に届いた三十冊セットと十冊セットのうち、十冊セットは、三十冊セットの中に含まれていました。つまり、十冊分、まるごとだぶってしまったというわけです。トホホであります。(苦笑)

 この映画を鑑賞したのも、一ヶ月ほど前のことである。この映画を上映しているミニシアター系映画館には足繁く通っていたものの、この映画の予告編を何度も何度も目にした記憶はあまりない。それでも、この映画を鑑賞しようと思ったのは、この映画がラブストーリーだったからだ。

 映画館に入り、他の映画の予告編が上映されるまでの間、この映画のテーマソングが繰り返し流れていた。私はすぐにその曲が気に入った。「一体誰が歌っているのだろう?」と思い、映画を鑑賞したあとインターネットでこの曲について調べてみると、Salyuというアーチストが歌っている「HALFWAY」という曲らしい。ちなみに、この曲の作詞には、この映画で初映画監督をつとめた脚本家の北川悦吏子さんも参加されているそうだ。You Tubeにこの映画の映像とともにテーマソングがアップされていたのでご紹介させていただく。

 さて、この映画では、北海道を舞台に、大学受験を控えた高校生カップルの恋が紆余曲折を繰り返しながら、次第に愛へと変化して行く様子が描かれている。高校生カップルを演じているのは、シュウ役の岡田将生くんとヒロ役の北乃きいちゃんである。

 シュウと顔を合わせるだけで、今にも心臓が爆発しそうになるほど強くシュウに想いを寄せているヒロが、あることをきっかけにして、思いがけずシュウから告白される。片想いだった頃は、シュウに対してあれほど胸をときめかせていたはずのヒロなのに、シュウと恋人同士になった途端、シュウに対して優位な立場を取るようになる。ヒロの台詞には、恋人同士になる前の状況がどうであれ、先に告白されたほうが優位に立てるかのようなニュアンスが含まれている。もしかするとシュウは、ヒロの気持ちを知ったことで、先手を打ってヒロに告白したのではないかとも思えるのだが、どうやら実際にヒロのことが好きだったようだ。

 シュウと両想いになる前のヒロの態度と、両想いになってからのヒロの態度があまりにも違っているので、私は、「ああ、ヒロのシュウへの想いは愛ではなく、欲望だったのだな」と思ってしまった。シュウを自分の思い通りにコントロールしようとするヒロが愛しているのは、シュウではなく自分自身である。自己愛という名の欲望は、達成されてしまえば目的を失い、マッチ棒の火のようにただちに燃え尽きてしまう。明確な目的を持ったシュウの自由意思を奪おうとするヒロの横柄な態度に、私はイライラさせられっぱなしだった。

 しかし、この映画はそれだけでは終わらなかった。自己愛とも言える欲望との激しい戦いの末、ヒロはシュウの自由意思を尊重する行動を取ることができるようになるのだ。「そうそう、それこそが愛だよ」と、私はうれしくなった。愛は、決して押し付けであってはならない。相手の中の相手自身をうまく引き出し、活かすことだと私は思う。試行錯誤の末、ヒロにはそれができた。

 大沢たかおくん演じる書道の先生のキャラクターが個性的で実にいい。彼はヒロの迷いを解くためのヒントを与え、ヒロの中からヒロらしさを引き出した。彼の助言があったからこそ、ヒロは迷いのためにグラグラと揺れる気持ちを安定させることができた。すなわち、彼の助言のおかげで欲望を愛に変えることができたと言っても過言ではないだろう。

 地方に住む、大学受験を控えた高校生たちが直面するかもしれない問題を描いたこの作品。前半のヒロのイライラさせられるほどの横柄な態度は、後半に見られる彼女の大きな成長へと確実に繋がっていた。もしかすると、この作品を鑑賞した受験生たちの中には、シュウとヒロの選択からヒントをもらった人たちもいたかもしれない。
 
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画のタイトルを目にしたとき、「ハルフウェイ? ハーフウェイの間違いじゃないの?」と思っていたのですが、その答えは映画の中にあります。アドリブとも思えるようなそのシーンが、私にはとても印象的でした。ただ、この映画のヒットにより、"halfway"をハルフウェイと読んでしまう人が出て来ないことを祈ります。(笑)

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2009.04.03

Oxford Reading Tree

「まあ、私は信じないけどね」の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 現在、私が直面している顔のほてりが更年期障害から来るものなのか、それとも私が予想した通り、冷えのぼせの現象なのか、I医師に確認するのを忘れてしまいました。もしも更年期障害から来るものであれば、筋腫の成長は止まるはずなんですよね。しかし、そうだとすると、筋腫以外に新しいステージを迎えたことになってしまいます。年齢を重ねて来ると、いろいろありますね。(苦笑)

 日曜日は、派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けた。開催場所は、いつものように大阪・梅田の貸会議室である。私がTOEICの試験を受けるのは、M女子大に自転車で公開テストを受けて以来のことであり、派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受けるのは、狼少女以来のことである。

 公開テストの場合、お昼過ぎから試験が始まり、夕方近くに試験が終了するが、派遣会社の主催するIPテストは午前のうちに試験が始まり、お昼過ぎに試験が終わる。珍しく、受付開始直後の余裕のある時間に試験会場に到着した私は、試験のインストラクション開始までまだ少し時間があったので、ノートパソコンを取り出して、「ガンまる日記」の下書きをしながら時間が過ぎて行くのを待った。

 公開テストでも、派遣会社の主催するIPテストでも、私が毎回、気を揉んでいるのは、試験会場となる施設の温度設定である。自律神経がうまく機能していない私は、自分の体内で体温調節することができず、空調設備に対していつも敏感に反応する。そのため、ひざ掛けの用意は必須である。今回も、家を出て行くときにわざわざひざ掛けを持参した。三月下旬とは言え、まだまだ肌寒い時期だったので、試験中に暖房が暑く感じられた場合、顔のほてり防止のために下半身を温めようと思ったのだ。

 ところが会場に着いてみると、暖房はそれほど効いているわけではなく、むしろ寒いくらいだった。そのため、やはり下半身が冷え過ぎる。私はひざ掛けを持参して正解だったと思ったものの、ひざ掛けを使っても、試験が終わる頃には膀胱がパンパンになっていた。

 さて、今回の試験は、リスニングの問題では以前よりも解答できたという手ごたえがあったのだが、リーディングの問題では時間が足りずにかなりの焦りを感じてしまった。そのため、またしても超能力を使うことになってしまった。やはり集中力がないのか、それとも実力が足りないのか、文章を読むのがひどく遅いのである。

 そこで、リーディングの力をつけるために私が新たに始めたのは、Oxford Reading Treeというイギリスの八十パーセントの小中学校で使われている国語の教科書を辞書なしで読むという学習法である。イギリスの子供たちが学んでいる国語の教科書を使えば、生きた英語を学べるというわけだ。

 もともとこの学習法に出会ったのは、イギリスの小学校教科書で楽しく英語を学ぶ続・イギリスの小学校教科書で楽しく英語を学ぶ[社会・理科編](朗読CD付き)という二冊の本を本屋さんで購入したことがきっかけだった。どちらも絵や写真とや読み易い英語で構成されたわくわくする内容で、これこそが私の求めていた英語学習法だと実感した。これら二冊の本の著者は、英語学習のために多読(英語の本をたくさん読むこと)を推奨されていた。イギリスの小学生が使っている国語の教科書はまさしく、そのときの状況から単語の意味を推測することを自然に実践することのできる英語教材であり、しかも、それら一つ一つにストーリー性があるので、飽きることなく多読を実現できる良い英語教材だったのである。

多読を勧める二冊

 日本で販売されているOxford Reading Treeのサイトを訪問してみると、イギリスの国語の教科書に利用されている、多種多様の本が販売されていることがわかる。とは言え、これらの中にはあまりにもやさし過ぎる教材も含まれている。そうした問題を解決するかのように、Oxford Reading TreeにはStageの概念が取り入れられ、幼稚園から中学生を対象にしたいくつもの読み物の中から、自分の英語レベルに合ったStageの教材を選ぶことができるようになっている。

 ただ、これらの教材で英語学習が確実に楽しくなるものの、多読を目指すには少々割高である。そこで私は、eBayという海外のオークションサイトで自分のレベルに合った教材をイギリスの出品者から購入した。届いたのは、Oxford Reading TreeTree Topsというシリーズの三十冊セットである。送料を加えても、日本で販売されているセットよりは安く購入できたと思う。しかも、日本では六冊セットで売られているのだが、イギリスで売られているのは十冊セットのようである。十冊セットで購入できた私は、ちょっぴりお得な気分を味わっている。

eBayで落札したOxford Reading TreeTree Topsの三十冊セット

 とは言え、日本で売られているOxford Reading Treeのセットには、ネイティブスピーカーによる読み聞かせCDがおまけとして付いているものもある。しかし、私が購入したセットには付いていなかった。そのことをガンモに言うと、
「そりゃそうだよ。向こうでは、イギリス人のお母さんが子供に読み聞かせるんだから」
とガンモは言った。なるほど、ガンモの言う通りである。だから、イギリスで販売されているOxford Reading Treeのセットには、ネイティブスピーカーによる読み聞かせCDは必要ないわけだ。そして私の母は日本人なので、Oxford Reading Treeを英語で読み聞かせてくれたりはしないのだ。

 eBayで落札した英語教材を早速、通勤の途中に読み始めている。やはり、イギリスの子供たちの興味を強く惹き付けているだけあって、面白い。ストーリー性に富んだ英語教材、それがOxford Reading Treeだ。

 ところで、今回のTOEICのIPテストの結果は、およそ二週間後に自宅に郵送されることになっている。もしも今回のIPテストで私が大台に乗ったら、ガンモが大台に乗ったご褒美として上海に出掛けたような旅のプレゼントが用意されているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m Oxford Reading Treeは、一冊一冊が六十ページ前後のペーパーバックです。通勤に持ち歩くにはちょうどいいボリュームですね。わからない単語が出て来ても、同じ単語が繰り返し登場するので、単語の意味を推測することができます。イギリスの小中学生たちは、このようにして新しい単語を習得して行くのでしょうね。表現についても、「えっ? こんな表現をするの?」と驚くことも多く、まさに生きた英語に触れている気がします。

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2009.04.02

「まあ、私は信じないけどね」

映画『20世紀少年<第2章> 最後の希望』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。上海に出掛けたときに、路上で観光客目当てに贋物のブランド品を売ろうとしている人たちに声を掛けられたという話を書きましたが、声を掛けて来る人たちの多くが、「"ともだち"ね」と言いながら、自分自身と私を指差すのです。ガンモは、「"ともだち"価格にしますよ」という意味だろうと言っていましたが、私は彼らから"ともだち"という単語を聞く度に、この映画のことを思い出していました。(笑)さて、まだ綴っていない上海の出来事もたくさんあるのですが、リアルタイムの出来事も綴っておかないと、どんどん過去のものになってしまいます。そこで、これからしばらくの間、リアルタイムの出来事を綴らせていただくことにします。

 先週の土曜日は、I医師の診察の日だった。病院に着いてエレベータに乗ろうとすると、エレベータを止めて、私がエレベータに乗るのを待ってくださっている男性がいた。見ると、I医師ではないか。私は、I医師に挨拶しようと思ったが、I医師が私と目を合わせてくださらなかったので、挨拶するタイミングを逃してしまった。I医師は、土曜日の午前中は同じ系列の別の病院で外来の診察を担当されている。私は午後一番の診察の予約だったので、午後一番の診察時間に間に合うように病院に出向いたのだが、I医師はちょうど別の病院から移動して来られたばかりのご様子だった。毎回、お昼ごはんをいつ食べていらっしゃるのか心配になるくらい、働き者のI医師である。

 受付を済ませたあと、受付横の待合所のソファでしばらく待っていると、いつも顔を合わせている婦人科の看護師さんが婦人科の待合所まで私を案内してくださった。その看護師さんは、いつも私が持ち歩いている荷物に興味を示してくださる。この日はホットヨガのレッスンを受けなかったので、いつもよりも荷物が少ないはずなのに、看護師さんは私に、
「いつも荷物が多いですね」
とおっしゃった。私は、
「ええ、これでも今日は少ないほうなんですよ」
と苦笑いしながら答えた。

 看護師さんは、私を婦人科の待合所のソファに案内すると、診察室の中に消えて行った。婦人科の待合所のソファの上には、かわいらしいひざ掛けが用意されていたので、私はソファに腰を下ろすと、ひざ掛けを拝借した。診察室では、既にどなたかがI医師の診察を受けているようだった。しばらく待っていると、中から患者さんが一人出て行った。間もなく私の名前が呼ばれたので、私は診察室の中に入った。

 I医師は、さきほどエレベータで私と一緒だったことを認識してくださっているのかどうかわからないが、いつものように生理の状況を尋ねてくださった。私は、二月の生理は出血量が若干多かったが、三月の生理は野菜中心の食事を心がけていたせいか、出血量が少なかったことをI医師に報告した。

 実は、上海に出掛けていた頃、私は生理の真っ最中だった。そのため、上海にはたくさんの布ナプキンと、ホテルのシーツを生理の血で汚さないようにするためのレジャーシートも持参した。いつもならば、寝ている間にレジャーシートの上に生理の血を漏らしてしまうのだが、今回は一度も漏らさなかった。夜だけでなく、日中の出血量も少なかった。かつてのようにナプキンとタンポンを併用しなければ間に合わなかった頃に比べれば筋腫は大きく成長しているはずなのに、出血量が減っているのはとても不思議なことだった。

 I医師は、私が野菜中心の生活を心がけていたことが原因で、生理の出血量が少なくなったと言ったことを受けて、
「あなたがそう思うなら、これからも野菜中心の生活を続けてみればいいですよ。まあ、私は信じないけどね」
とおっしゃった。I医師は確か、私が乳製品の摂取を控えるようにしていると言ったときも同じようなことをおっしゃった。医師の立場からすれば、私のように大きな筋腫を抱えている人が、食生活を変えただけで生理の出血量が少なくなるとは信じがたいようだった。

 それからしばらく食生活の話になり、I医師は、
「お肉は健康の面からも、食べ過ぎるのは良くないんです。かと言って、身体にいいと言われているものだけを好んで食べ続けるのも良くありません。何故なら、その食べ物にリスクがあったとき、大きなリスクを背負うことになるからです。いろいろなものを食べていれば、リスクは分散されます」
とおっしゃった。更に、
「野菜をたくさん食べるには、生野菜では無理です。何故なら、ドレッシングをたくさんかけなければならないからです。ドレッシングには塩分が含まれていますからね。だから、野菜をたくさん食べるには、温野菜のほうがいいんですね」
私は、生野菜を食べるときはいつもドレッシングをかけてはいないと心の中で思いながらも、I医師の説明に「なるほど」と感心していると、I医師は、
「これは常識ですよ」
とおっしゃった。

 私が、
「そう言えば、生野菜には酵素がたくさん含まれているという話を聞きますが・・・・・・」
と切り出すと、I医師はそれを否定した。
「そんなことはありません。酵素と言ってもいろいろな酵素があるわけで、一概には言えません。例えば、アミノ酸を分解するのも酵素ですしね」

 私は、筋腫を小さくする方法を模索する中で酵素に出会い、酵素浴や、酵素が多く含まれていると言われている生野菜中心の食生活に切り替えて来た。ただ、ロジカルな立場を取っていらっしゃる方の中には、酵素について、世の中で言われているような効果は期待できないと主張されている方もいる。例えば酵素浴では、皮膚から酵素を吸収することで、身体に不足している酵素を補うことができると言われているが、科学的には、酵素は容易に皮膚から吸収できるものではないらしい。つまり、インターネットなどに記載されている健康情報と、ロジカルな立場を取っていらっしゃる方たちとの見解にはギャップがあるというわけだ。酵素浴のことは、I医師にはきっと否定されるだろうと思っていたので、私は黙っていた。

 その後、私はI医師に、最近、仕事中に顔のほてりが激しいことを相談してみた。現在、処方していただいている桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、顔のほてりやのぼせに効果があるとされているので、そのことをI医師に再確認してみると、まさしくその通りだとおっしゃった。ただ、私がインターネットで調べた漢方薬のサイトによれば、ケイヒが含まれている漢方薬は、血管を広げる働きがあるものの、下半身を温めずに上半身を温める作用が強いといった記述があったことをI医師に伝えておいた。確か、私が処方していただいている桂枝茯苓丸にもケイヒは含まれているはずだった。

 I医師は、白衣のポケットの中から漢方薬のアンチョコのようなものを取り出して、私に見せてくださった。そのアンチョコには、私が処方していただいているクラシエやツムラなどの既製品の漢方薬の成分が数値で書かれていた。I医師はページをめくりながら、顔のほてりやのぼせに効果のある漢方薬は三種類あることを伝え、その中でも私には桂枝茯苓丸が最も適していることを説明してくださった。

 私が、
「同じような効果のある漢方薬でも、体型によって処方される薬が違うんですよね」
とI医師に尋ねると、
「誤解されがちですが、決して体型で決めているわけではありません。体力があるかどうかや、お腹が固いかどうかにもよります」
と答えてくださった。

 私は、I医師が手にしている漢方薬のアンチョコがちょっぴりうらやましくなったので、
「それ、いいですね」
とI医師に言ってみた。するとI医師は、
「患者さんに説明するのにちょうどいいので、いつもポケットに入れているのですが、決してこれで漢方薬の勉強をしたわけじゃないですよ。よろしければ差し上げましょうか?」
とおっしゃった。私は、いただくのは申し訳ないと思ったので、
「いえいえ」
と答えた。I医師は、漢方薬に関する試験を十年ほど前に受験されたらしい。それは、資格試験のようなものだそうだ。それだけに、アンチョコを見ながら漢方薬の説明をしてくださるのだが、ケイヒをはじめとする様々な成分についても、I医師はとても詳しかった。

 結局、いつものように桂枝茯苓丸を二ヶ月分処方していただいて、I医師の診察は終わった。生理の出血の量が少なくなって来ているという話をしたからだろう。手術の話は一切出なかった。私は、冷え取り健康法を始めた時点から、この先も手術は受けまい、筋腫のことは日々の生活ではできるだけ意識すまいと心に決めていた。もちろん、冷え取り健康法を実践していることをI医師に言うと、
「まあ、私は信じないけどね」
と言われるのがわかっているので、I医師には内緒にしている。

 これらの決断が良い結果をもたらしてくれたのかどうかはわからないが、以前のように、診察の度に手術のことを持ち出されるかとビクビクしていた時期は乗り越えたように思う。例え私のように筋腫が大きくても、医師の勧めではなく、自分の意志で目的を定められるものだと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 以前も書きましたが、私はI医師からいろいろな話を聞き出すのが楽しくてたまりません。毎回、ロジカルな説明をしてくださるので、驚きながらも納得しています。(笑)ロジカルな立場を取っていらっしゃるI医師にしてみれば、私が悪あがきのように、あれこれ実践しているのを静かに見守ってくださっているのかもしれませんね。ただ、筋腫に関して、これまで研究を重ねて来られたI医師だけに、今後、I医師にとって、何か新たな発見に繋がるような結果をもたらしたいという気持ちは強いですね。そして、もしも私が実践していることがうまく行けば、I医師の患者さんたちにお伝えして欲しいと思っています。

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2009.04.01

映画『20世紀少年<第2章> 最後の希望』

実体験から外国語を学ぶの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 受験勉強のように、単語の意味だけを頭に叩き込んでしまうと、同じような意味を持つ複数の単語をどのように使い分けたらいいか迷うことがあります。しかし、状況によって、それぞれの単語の意味を推測する学習法であれば、同じような意味を持つ単語の使い分けに困ることはないでしょう。アジアにおいて、日本は経済大国と言われながらも英語を話せる日本人が他のアジア諸国に比べて少ないのは、英語の学習法に根本的な原因があったからなのかもしれませんね。

 映画『20世紀少年』を鑑賞したときに、この三部作の続編が公開されたら鑑賞しようと思っていたので、予定通り鑑賞することにした。これまた一ヶ月ほど前のことである。

 映画『20世紀少年』では、二〇〇〇年の大晦日にケンヂが人類を救うために、”ともだち”が送り込んだ巨大ロボットに乗り込んで操作し、遂には巨大ロボットもろとも大爆発してしまうところで終わっている。本作は、それから十五年後の二〇一五年という時代設定で、歴史上、ケンヂは人類滅亡を企んだテロリストという扱いになってしまっている。”ともだち”は何と、ケンヂの悪企みを阻止しようとした英雄として人々にもてはやされているのだ。

 本作では、ケンヂの姪であるカンナがケンヂの遺志を継ぎ、"ともだち"に立ち向かって行く。いや、「遺志」と書いたものの、あの大爆発でケンヂが亡くなったという事実はまだ存在していない。

 本作の中で、カンナは不思議なパワーを持つ存在として描かれている。そのパワーは、カンナのおじであるケンヂへの絶対的な信頼感から来ているようにも思える。今一つ冴えなかったケンヂに対し、すっぱりとした性格で、周りの意見に左右されない強い信念を持ったカンナの生き方は、とても好感が持てるものだ。カンナの存在は、秘密基地のメンバーたちの希望でもあった。

 映画『20世紀少年』が旧き良き時代を振り返ることのできる作品ならば、本作は近未来という時代背景から、近代的な技術をそこかしこに垣間見ることができる。例えば、”ともだち”の洗脳施設である”ともだちランド”で好成績を収めた者がプレゼントとして受け取るバーチャルな体験を、パソコン上で動作しているソフトウェアから制御することができたりする。

 時代が変わり、技術が進歩したとは言え、二〇一五年になっても秘密基地のメンバーたちの繋がりは途絶えてはいなかった。多くの人たちが”ともだち”を絶対的に支持する中で、アンチ”ともだち”派の彼らはひっそりと繋がっているのだ。カンナがピンチのときには、彼らが目を光らせ、守ってくれている。

 映画『20世紀少年』においても、実にかっこ良く登場した豊川悦司さん演じるオッチョは、本作でも信じられないほどかっこいい方法で登場した。私は彼のファンではないが、あの登場の仕方には惚れ惚れとしてしまった。別の言い方をすれば、「あんな登場の仕方は、女性の心をさらって行くという意味でちょっとずるい」とも言える。他の出演者からすれば、「おいしいところを持って行かれた」とうらまれても仕方のないくらいかっこいいのだ。

 オッチョとカンナは血の繋がりはないものの、タイのマフィアから、二人は同じ目をしていると言われている。これは、第三章に続くヒントなのだろうか。第三章と思しき映像には、ケンヂが生きていると思わせるようなシーンが含まれていた。ということは、やはりケンヂは生きているたのだろうか? 果たしてカンナは、”ともだち”と対決する存在としてこの先も成長し、第三章でいよいよ”ともだち”と対決するのだろうか。第二章で蒔かれた種を刈り取るのが、早くも待ち遠しい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画は、『ビッグコミックスピリッツ』で八年間も連載され続けていた人気漫画の実写版ということですが、原作のコミックの中でも、”ともだち”の正体はなかなか明かされないのでしょうか。映画は三部作ということですが、第一章、第二章ともに”ともだち”の正体が明かされることはありませんでした。明かされなかったのだから、”ともだちの”を知るために、第三章も鑑賞しないわけには行きませんよね。まんまと戦略にはまってしまいました。(苦笑)

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