映画『オーストラリア』
※身はシャコのよう、味は小麦粉のようの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何も知らない日本人が上海で安全に上海蟹を食べたいと思ったら、お金を支払って、様々な人たちの力をお借りすることになります。上海蟹を食べさせてくれるホテルのレストランに私たちを送迎してくださった運転手さん、日本語を話せるガイドさん、それから、中国と日本の旅行エージェント。私たちは、飲食料とともにその方たちにお世話になるための現地ツアー代金を支払いました。おそらく、日本語を話せるガイドさんがレストランで食べていた蟹料理の代金も、私たちが支払った現地ツアー代金から出ているんですよね。そのため、純粋に上海蟹のコースをいただくよりも少々割高にはなってしまいましたが、おかげでドラマチックな体験をすることができました。別の言い方をすれば、その国の母国語がわかるということは、それだけの価値があるということなんですね。

劇場で何度も何度も濃厚なラブシーンの予告編を見せつけられると、ラブストーリーものが大好きな私としては見逃せない。それに加え、少々大胆とも思える数々の宣伝にもつられてこの作品を鑑賞したのは、確かこの映画が公開された直後のことだった。
予告編では、バズ・ラーマン監督がこの映画の特徴を説明している。監督は、オーストラリアの壮大な自然が、イギリス人貴族サラを変えて行く様子を描きたかったようだ。「郷に入れば郷に従え」という言葉があるが、この映画に関して言えば、郷というよりもむしろ「豪に入れば豪に従え」なのかもしれない。
主演は、最近ちょっぴり表情がきつくなったニコール・キッドマンと、三田村邦彦さん似のヒュー・ジャックマンである。そう言えば、最近、ヒュー・ジャックマンの出演する作品をいくつか鑑賞したはずだと思っていたら、DVDで鑑賞した映画『ファウンテン 永遠につづく愛』と劇場で鑑賞した映画『彼が二度愛したS 』だった。ただ、どちらもレビューは書いていない。
映画『オーストラリア』というタイトルにふさわしく、バズ・ラーマン監督とヒュー・ジャックマンはオーストラリアのご出身、ニコール・キッドマンもお父様がオーストラリアのご出身ということで、子供時代をオーストラリアで過ごしている。そうしたキャスティングだからこそ、オーストラリアの魅力を伝えたい気持ちも強かったのだろう。
確かにこの映画を鑑賞すると、オーストラリアの壮大な自然に引き込まれる。特に、登場人物たちが千五百頭の牛を率いて大陸を横断する旅には目を見張るものがある。大自然を前にして、それぞれの持つ力が最大限に引き出されているのは好感が持てる。
しかし、この映画には、疑問に思うところもいくつかある。それは、オーストラリア先住民アボリジニに対する白豪主義とも取れる数々の行為である。これはオーストラリアの現実を映し出しているのかもしれないが、何故、あとからやって来たイギリス系の移民たちが、先住民であるアボリジニよりも優位な立場に立とうとしているのか、私には良くわからなかった。それを考えると、オーストラリアはイギリス系移民によって侵略された国というイメージがぬぐえない。
また、ストーリーの中で最も理解できなかったのは、夫を亡くしたサラがただちにヒュー・ジャックマン演じる牛追いのドローヴァーと激しい恋に落ちて行くところだ。最初は反発し合っていた二人だが、サラは最愛の夫の死の悲しみに沈む暇もなく、千五百頭の牛を率いて大陸を横断する旅に出たことをきっかけにして、ドローヴァーと激しい恋に落ちて行くのだ。それもまた、オーストラリアの壮大な自然がそうさせたのだろうか。次なるステップを踏み出すのはいいのだが、せめて夫の死を深く悲しむサラを描いて欲しかった。反発し合う二人が激しい恋に落ちるという展開はとてもいいのに、残念である。
多くの映画がそうであるように、全体を通して時間の経過が速過ぎる。そのため、鑑賞しながら一つの状況にもう少し感情を留めたいのに、早くも次なるシーンを受け入れなければならない。アボリジニとイギリス系移民との混血少年ナラが母を亡くしたときの展開も速過ぎる。彼は強く生きなければならない立場だとしても、まだ子供なのである。とにかく盛りだくさんな出来事を詰め込むために、一つ一つの状況に立ち止まってはいられないといった感想を抱いた。
私としては、ナラのおじいちゃんキング・ジョージの存在が最も気になる存在であった。彼こそが、大自然の中で、人間が本来持っている力を忘れ去らずに持ち続けている偉大な人物であるように思えた。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 日本軍がオーストラリアを攻撃しているシーンが史実とは異なるという理由で、この映画はあまり多くの人に支持される映画には発展しなかったようですね。私自身はそのことは度外視したとしても、時間の経過が速過ぎることが気になって仕方がありませんでした。普段、一つの状況を丁寧にじっくりと描き出す作品を好んで鑑賞しているせいかもしれません。サラとドローヴァーとの一時的な別れや再会、そしてナラとの交流など、心温まるシーンはいくつもあるのに、もう少し時間の流れをゆっくり進めて欲しかったと思いました。
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