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2009.03.16

映画『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』

繊細な部分とずぼらな部分の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夫婦関係以外では、繊細な部分とずぼらな部分が噛み合っていないと、相手に不快感を与えてしまうこともあるかもしれませんね。私は、女性的な部分がひどくずぼらなので、女性的部分において繊細な友人たちの期待をいつも裏切っているかもしれません。(苦笑)

 劇場で何度となく上映されていた予告編をきっかけにこの映画を鑑賞したのは、今からおよそ一ヶ月ほど前のことである。映画『タイタニック』以来、十一年振りの共演と言われても、恥ずかしながら、私は映画『タイタニック』を観てはいないのだ。そればかりか、レオナルド・ディカプリオが映画『タイタニック』に出演していたことまでは知っていたが、情けないことに、レオナルド・ディカプリオの相手役の女優がケイト・ウィンスレットだったということを、今になって初めて知ったのである。

 この映画では、一見、絵に描いたように理想的に見える夫婦が、次第に歯車がかみ合わなくなり、夢を抱きながらも夫婦関係が徐々に崩壊して行く様子が描かれている。二人は一体どこでボタンを掛け違えてしまったのだろうか。

 物語は、レオナルド・ディカプリオ演じるフランクとケイト・ウィンスレット演じるエイプリルの夫婦が帰宅途中に激しく口論するところから始まる。お互いの主張がかみ合わず、自分の主張を認めて欲しい気持ちばかりが先行している。しかし、後日、何ごともなかったかのように振る舞うエイプリルに、私は違和感を覚えてしまう。あれほど激しい夫婦喧嘩を繰り広げたならば、それなりに和解のプロセスを踏んでおかないと、後に残してしまう感情が大きく膨らんでしまうのではないかと思ったからだ。二人の間に愛があれば、相手を激しく罵った分だけ後悔の気持ちが強く働くはずなのだ。それを、何の和解のプロセスもなく、なかったことにしてしまっているのは、不自然に思えてしまったのだ。実際、エイプリルの中には、何かが蓄積されつつあったたようだ。だからこの映画のご夫婦は、お互いに言えないことをこれまで蓄積し続けて来た関係なのだと推測する。

 フランクは仕事帰りに女性と肉体的な関係を持っている。フランク曰く、相手の女性たちには心を落とさない、軽い気持ちの浮気だったらしいが、だからこそ私には理解できない。通り魔殺人事件などで、「相手は誰でも良かった」などと犯人が告白するケースがあるが、そうした状況と良く似ているのではないか。私の最も嫌悪するケースである。

 やがて、エイプリルもまた、フランク以外の男性と不誠実な関係を持つことになる。それらの展開を見守っていると、だんだんイライラして来る。夫婦が真正面から向き合わず、真の問題から逃げているように思えるからだ。おそらく、フランクにしてもエイプリルにしても、常にどこか満たされない気持ちを抱えているために、ストレス解消法のような形で他の異性と肉体関係を結んだのだろう。

 振り返ってみれば、フランクとエイプリルがアメリカを出てパリで暮らすという計画を立てたことも、現実からの逃避だったように思える。すなわち彼らは、今いる環境も夫婦関係もひっくるめて、満たされない何かを心の中に抱え続け、そこから逃避しようとしていたように思えるのだ。

 決して、何かを求め続けることが罪ではない。何かを求め続けなければ、現状打破することができないこともあるだろう。しかし、それはやはり、ひとまず現状を受け入れた上で、次なるステップとして目指すべきものではないだろうか。現状を受け入れずに、次なるステップとして、そこにない現実ばかりを追い求めていては、例え環境を変えたとしても、土台がしっかりしていないために同じことを繰り返してしまうような気がする。

 そう言えば、去年、映画『ぐるりのこと。』を鑑賞した。このご夫婦も、しばらくぎくしゃくした関係が続いていた。しかし、彼らが現状打破を実現できたのは、現状を受け入れることができたからではないだろうか。

 やがて、フランクとエイプリルの夫婦は意外な結末を迎える。私は女性として、鑑賞しながらエイプリルの気持ちに寄り添うように努めていたが、物語が終盤に近づくにつれ、彼女の気持ちを追うことができなくなってしまっていた。おそらく、フランクに対し、つとめて普通に振る舞っている彼女の見せ掛けの態度と、彼女自身が実際に心の中で感じているであろうこととの間にギャップがあり過ぎるためだろう。何故、夫婦なのに本当の気持ちを言わないのか、私にはどうしても理解できなかった。いや、夫婦なのに本当の気持ちを言うことができなかったからこそ、二人は崩壊してしまったのかもしれない。

 私がこの映画の中で目を見張ったのは、二人に家を売った不動産屋の息子さんの台詞だ。頭脳明晰だが、精神を患っているという彼の台詞は、二人の真実を鋭く突いている。しかし、その真実は、二人が目を瞑ってしまいたい真実であったようで、やがて二人からは煙たがられてしまう。ただ、不動産屋の息子さんの鋭い台詞の中に二人の真実があったということが、私にはとても興味深かったのだ。

 ちなみにこの映画の監督は、ケイト・ウィンスレットの夫でもあり、映画『君のためなら千回でも』のサム・メンデス監督だそうだ。映画『君のためなら千回でも』においても、人間の心が詳細に描き出されていた。今回の作品では、二人の気持ちに寄り添うことはできなかったが、互いを認め合わない夫婦のすれ違いを、イライラさせるほど詳細に描いてくれた。ラストの後味が悪い分だけ、深く印象に残る作品だったと言える。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を鑑賞したあと、ブラッド・ピットファンだという友人に、「実はレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが瞬間的に区別が付かないんだよ」とメールしたところ、彼女を驚かせてしまいました。(苦笑)とは言え、彼女はレオナルド・ディカプリオも好きだとか。私にしてみれば、二人ともほぼ同じ時期に人気が高まった俳優さんなので、瞬間的に区別が付かず、片方に出会うと、「はて、どっちだっけ?」と判断しようとしてしまうのですね。彼女曰く、「映画『タイタニック』は良かった。泣ける」とのことなので、早速レンタルDVDショップでレンタルして来ました。(笑)今回鑑賞したこの映画のコマーシャルを彼女がテレビで観たとき、「ケイト・ウィンスレットがえらく年を取ったなあ」と思ったそうなので、映画『タイタニック』の彼女はきっと若いのでしょうね。楽しみです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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