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2009.01.06

映画『デス・レース』

思った以上に明るい見通しの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 『赤毛のアン』という文学作品がありますが、部分的であるにしろ、私の今の髪の毛はまさしく赤毛かもしれません。欧米の文学作品や映画を鑑賞すると、赤毛の人がブロンドの髪の毛の人に対して劣等感を抱いていますよね。もしかすると、そうした感覚がそのまま、天然ヘナの売れ行きとも結び付いているのかもしれませんね。

 この映画を鑑賞したのは、およそ一ヶ月ほど前のことである。私は普段、こうしたアクションものの映画はほとんどと言っていいほど鑑賞しないのだが、自宅近くにオープンした大型映画館のレディースデイにひょこひょこ出掛けて行ったときに、単に待ち時間が少ないという理由だけで、何の予備知識もなくこの映画を鑑賞することになったのである。そう、以前、少し書かせていただいたのだが、このとき私は、自宅の最寄駅前で買ったお弁当を持っていた。

 『デス・レース』とは、刑務所で行われる生死を賭けた過酷なカーレースのことである。現代よりも犯罪が増えてしまった近未来、公の刑務所は犯罪者でいっぱいになってしまった。そのため、民間の企業が刑務所を運営し、囚人を受け入れるようになる。民間の企業が運営しているからには、必然的に利潤追求が行われる。ターミナル・アイランド刑務所は、刑務所の敷地内で過酷なカーレースを行い、その様子を全世界にテレビ中継することで、視聴者からの掛け金を募っていた。そのカーレースには、仮面をかぶった伝説のカーレーサーが出場し、視聴者から絶大なる人気を集めていた。あるとき、実力のあった元レーサーであるジャンセンが妻殺しの濡れ衣を着せられてターミナル・アイランドに収容される。それは、ジャンセンをデス・レースに出場させるために女所長が仕組んだ罠だった。

 ターミナル・アイランド刑務所の女所長は、何が何でもデス・レースの中継で高視聴率を獲得し、掛け金を集めることにやっきになっていた。刑務所が普通の企業と同じように営利目的で運営されているのだから、無理もない。殺人だろうが買収だろうが、高視聴率を確保し、掛け金を募るための手段は選ばない。もともと、ターミナル・アイランド刑務所にいるのは、重い罪で送り込まれた囚人たちなので、レースの途中で事故死しようが、刑務所にとっては大した問題ではないのだ。そのため、そこで繰り広げられるカーレースは壮絶な展開になった。命を賭けたカーレースに参加すると、囚人にとって、それなりのメリットもある。何と、カーレースに何連勝かすると、刑務所から出所できる自由の身が約束されているのだ。

 カーレースを成功させるためにチームを組んでいるスタッフがまた素晴らしい。レースで車が痛むと、次のレースが開催される十数時間の間に素早く車をメンテナンスする。生死を賭けているカーレースだけあって、他のレーサーたちの意気込みもまた半端ではない。それに加え、カーレースを自らの思いのままに操ろうとする刑務所の女所長の企みもどこか腹黒いものがある。レースに優勝しようと思えば、周りは敵だらけだ。

 カーレースには、毎回、女子刑務所から美人ナビゲータが呼ばれる。この美人ナビゲータがとにかく色っぽい。彼女たちもまた、命を賭けてこのカーレースに参加しているわけである。美人ナビゲータは、初めてカーレースに参加するジャンセンをフォローする。

 私は、普段、好んでは見ないような激しいカーチェイスや殺人並みの競争にみるみる引き込まれていった。この映画、面白い! F1レースなどに夢中になり、夜中まで観戦している人たちの気持ちも少しはわかるような気がして来た。だからと言って、私自身が今後もカーレースにどっぷりはまるというわけではない。映画として充分楽しませてもらったというだけのことである。手に汗握る激しいカーレースのあとは、更にあっと驚くラストが用意されていた。もう、大満足である。

 調べてみると、この映画は、一九七五年に製作された映画『デス・レース2000年』の現代版リメイクなのだそうだ。私はオリジナル版を見ていないので、今後、DVDで鑑賞したい作品リストに加えておこうと思う。

 スクリーンでは爆音が轟いていたので、予告編が終わり、本編が始まってからも、私は心置きなく持参したお弁当を自分の席でパクパク食べた。私の席の周辺に、ほとんど観客がいなかったのが幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際に民間の企業が刑務所を運営し始めたら、営利目的のために、このようなことが起こったとしてもおかしくはないのかもしれませんね。ただ、刑務所の存在自体、どうなんでしょう。最近、別の映画を鑑賞したことで、刑務所に関する考え方が少し変わりました。隔離するよりもむしろ、社会の人たちの目にさらすほうが、犯した罪に対する意識も高まるのではないかとも思えて来ました。この映画の場合は、そうした人間の繊細な部分までは描かれていません。ただ、囚人たちが重い罪を犯したことを理由に、生死を賭けた娯楽に結び付けられているのです。現実には有り得ないだろうという大前提があったため、現実ではなく、映画として鑑賞するモードに切り替えてじっくり鑑賞することができました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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先日のことです。私の友人が教えてくれたんですけど映画についてたくさんの資料を・... [続きを読む]

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