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2009.01.03

映画『ブロークン・イングリッシュ』

ホットヨガ(一三四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまでは九十分のベーシックコースに参加していましたが、最近は主に七十五分のベーシックコースに参加しています。ホットヨガのレッスンは、六十分のコースでは短く感じられ、九十分のコースでは多少長く感じられますので、やはり今の私には七十五分のコースがちょうどいいように思います。思えば、ホットヨガを始めてからいろいろなレッスンを受けて来ましたが、レッスン時間やコースなどを、そのときの体調に合わせて選べるのがいいですね。

 今回、ご紹介するのは、年末に劇場で鑑賞したばかりの作品である。レビューを書かせていただく順番としては、他にも鑑賞している作品がたくさんあるのだが、年始にはふさわしくないワイルドな作品が多いので、こちらの作品を先にご紹介させていただくことにする。

 実はこの作品を鑑賞する一週間前に、同じ映画館で映画『フローズン・タイム』の監督の最新作である映画『ブロークン』を鑑賞した。映画のタイトルの中に同じように「ブロークン」という言葉が使われてはいるのだが、映画『ブロークン』のほうは、鏡が割れて性格も壊れるブロークンを意味していた。一方、今回ご紹介する映画『ブロークン・イングリッシュ』とはどのような意味なのだろう。

 公式サイトによれば、「誰かと出会い、お互いを理解しようとする過程で、言葉を使って理解しようとする(あるいは伝わらない)行為。全ての言葉(単語)はその語源の文化的背景が違ったりするので、まったく理解されない場合もあり、そこにはコメディーも潜んでいる。だからといってコミュニケーションを断念するのではなく、その完璧でない言葉同士のやりとりの中で、意味を見出そうとすることが大切だから」とある。なるほど、言葉(単語)をイングリッシュに置き換えてみると、「言語に頼らないコミュニケーションを諦めない」といったところだろうか。

 かと言って、この映画の登場人物が決して英語を話せないわけではない。ニューヨークに住む三十代独身アメリカ人女性である主人公のノラは、恋愛に関して紆余曲折を繰り返したのちに、年下のフランス人男性ジュリアンと出会う。のちにノラの恋の相手となるジュリアンは、フランス人でありながらも英語に不自由しているわけではない。どちらかと言うと、言語の違いによる意思の疎通に不自由を感じているというよりも、年下のジュリアンとの恋を始めるにあたり、三十代を迎えたノラがこれ以上、恋によって傷つきたくないと自分をガードしようとしているところに注目したい映画だ。

 何しろノラは、仕事先のホテルで知り合った人気俳優に誘われて飲みに出掛け、酔っ払って男女の関係を持ったあと、人気俳優には彼女がいることがわかってしまったり、母に紹介された男性とデートしてみると、彼は失恋したばかりで前の彼女のことがまだ忘れられない状態にあったりと、恋愛に関しては冴えない経験ばかり繰り返して来たのだ。三十代という年齢と、周りからの「そろそろ結婚は?」などというプレッシャーから、ノラ自身も結婚に対して焦りを感じてはいるが、数々の失恋の経験から、年下男性との新しい恋に慎重になってしまうのも無理はないのかもしれない。

 そう言えば、私自身、親から「結婚は?」と急かされていた時期もあった。ただ、私はちょうど三十歳で結婚したので、ノラのような本格的な焦りは体験しなかったように思う。むしろ、結婚なんてしないぞ、とも思っていた。そう、ガンモに出会うまでは。そうした私の経験からすれば、「結婚したいのになかなかいい人に巡り合えない。でも、ようやく巡り合えた男性は、年下のフランス人男性だった」というシチュエーションよりも、「結婚なんてしたくないと思っていたのに、どうしても結婚したくなる男性と運命的な出逢いを果たした」というシチュエーションのほうが共感できたかもしれない。それでも、女性が一つ一つ年を重ねながら、恋愛に傷つく度に、新しい恋愛に対して臆病になってしまう気持ちは良くわかる。

 私も、ガンモと出会った直後は、前の恋愛に深く傷ついていたため、まだ新しい恋愛を始められる状態ではなかった。だから私たちは、出会ってすぐには結び付かなかったのかもしれない。何故なら、私の準備が整っていなかったからだ。やがてその時期がやって来て、ガンモとの恋愛が始まってからも、また以前と同じように深い傷を負ってしまうことが怖くてたまらなかったのを覚えている。しかしガンモは、かつて私が深い傷を負った相手とはまったく異なっていた。ガンモの持つ温かさに癒されて行くうちに、いつの間にか私の中に、ガンモに対する絶対的な信頼が生まれていた。そしてやがて気付いたのである。ガンモと出会うことができたのは、私が深い傷を負ったことへのご褒美だったのだと。だからこの映画のノラもまた、数々のうまく行かない恋愛を経て、傷を負ったご褒美として、ジュリアンに出会えたのかもしれない。

 ところで、ノラの恋人となったジュリアンを演じているメルヴィル・プポーくんは実にかっこいい。フランス人男性は、これほどまで情熱的に女性を愛してくれるのだろうか。この映画を鑑賞したあとに気付いたのだが、彼は私がこの映画を鑑賞する一週間前に鑑賞した映画『ブロークン』にも、主人公の女性の恋人役として出演していたのだ。

 フランス人女性とアメリカ人男性の恋の物語なら、かつて映画『パリ、恋人たちの2日間』で鑑賞したのだが、こちらはアメリカとフランスの価値観の違いが描かれていてとても面白かった。価値観の違いを二人の愛で乗り越えようとした映画だったと実感している。今回の映画はアメリカ人とフランス人の男女が映画『パリ、恋人たちの2日間』とは逆のパターンである。二つの映画を合わせて考えてみると、フランス人女性は、フランス人男性に情熱的に愛されているために、恋愛に関してはちょっぴりプライドが高いように映って見えるのかもしれないとも思えた。

 実はこの映画、期待の新人女性監督の作品としては、あまり一般受けが良くない。それはおそらく、これがミニシアター系の映画館で上映されているからではないだろうか。ミニシアターではなく、大多数の人たちが足を運ぶ映画館で上映される作品ならば、もっと評価は上がったかもしれない。個人的には、去年の夏休みにガンモと二人で出掛けたパリの町並みや地下鉄が映像に映し出されていたので、とても身近に感じることのできる映画だった。新しい恋愛に臆病風を吹かせていたノラが、ジュリアンを追いかけてパリまで出掛けて行くだけの大胆な女性に成長できたのだから、女性は男性によって大きく変わるものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画のレビューを書くために映画サイトを訪問して初めて、二〇〇八年の流行語大賞に選ばれた「アラフォー」(Around 40)という言葉があるということを知りました。毎年、流行語大賞には疎い私であります。(苦笑)この映画そのものは、アラフォーというよりは、「アラサー」(Around 30)の映画なのですが、主演女優のパーカー・ポージーさんは四十歳なんですよね。実は、アラサーという言葉も初めて知りました。(苦笑)あーらえっさっさ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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