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2009.01.28

映画『赤い糸』

保険適用の宇宙船(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。去年と今年のMRI画像の大きさが異なっているため、比較し辛かったかもしれませんね。去年のMRI画像は、I医師の許可のもと、診察室にデジタル一眼レフカメラを持ち込んで撮影しましたが、今年はI医師の診察のあと、ガンモと一緒にライブに出掛けることになっていたので、デジタル一眼レフカメラは自宅でお留守番させて、携帯電話に付属のデジタルカメラで撮影したのです。去年と今年では、お腹の出っ張り具合が違うのがはっきりとわかります。白いのは・・・・・・、どうやら脂肪みたいですね。(苦笑)

 この映画は、去年、映画館で鑑賞した最後の作品である。この映画の存在を知ったのは、映画館で上映されている予告編を観たことがきっかけだった。私自身、ソウルメイトやツインソウルに関するホームページを公開していることもあって、赤い糸にはとても興味がある。自分に興味のある分野を、他の人たちがどのように表現しているのかを見届けたいと思い、映画館に足を運んだのである。

 映画館で上映待ちをしている間に驚いたことがある。何故なら、映画『まぼろしの邪馬台国』とはまったく逆の現象が起きていたからだ。そう、映画館に足を運んでいる人たちの年齢層がずいぶん低いのである。私は、自分がこの映画館にいることが場違いなのではないかと不安を抱えながらも、鑑賞に臨んだ。

 もともとこの映画は、携帯小説が母体になっているようだが、私は原作の携帯小説はおろか、この映画と連動したテレビドラマさえも見ていない。それだけに、純粋に映画として楽しむことができたのかもしれない。

 本編が始まると、なるほど、この映画が若い世代の人たちに支持されている理由がわかった。中学や高校が舞台となった学園もののラブストーリーなので、主人公と同じ世代の若い人たちが好んで鑑賞しているのだろう。

 この映画には、様々な形の恋が盛り込まれていた。完全なる片思い。相思相愛。そして、自発的な好意ではないが、相手の好意を受け入れて、やがて付き合うようになる恋。登場人物たちの織り成す恋模様を冷静に観察していると、それぞれの人間模様がエネルギーの流れのようにも思えて来る。恋も愛も、プラスとマイナスが互いに引き合って成立する。一人で頑張っても、磁場の力にはかなわない。だからこそ、対等に引き合う男女は素晴らしい。

 うるう年の二月二十九日に生まれたという敦史と芽衣は、この世に生を受けた瞬間から、互いに引き合っていたのかもしれない。ソウルメイトやツインソウルにありがちな第一次接近遭遇は、二人が幼少の頃に既に体験済みだった。しかし、二人があまりにも幼すぎて、それが運命の人だとは知らずに通り過ぎて行く。そして、中学生になり、二人に恋愛の準備が整ってから第二次接近遭遇を体験する。なかなか良い展開である。

 私がかつて読んだ本によれば、もともと誕生日には、前世の命日に相当するという意味合いもあるようだ。つまり、私たちは、前世の命日から再出発するのである。そのため、同じ誕生日の二人が愛し合う場合、前世の命日が同じであるということになる。それは前世において、突発的な事故などで同時に命を失うほど親しい間柄であった可能性を想像させる。例え二人が同じ誕生日でなくても、二、三日程度の誤差なら認められているらしい。前世で同じ日に亡くなってしまっていたとしても、前世の命日から始めるために、誕生日が二、三日ずれることもあるそうだ。そうした考えをベースにすると、この二人には前世から何らかの因縁があったと考えられる。

 この映画に引き込まれるのは、本当に愛し合っている二人が第三者からの働きによって離れてしまうところにある。観客は、なかなか一筋縄では行かない恋愛を、手に汗を握りながら見守ることになる。同時に引き合っていた二人の結合力が弱まると、まるで用意されていたかのように二人の間に横恋慕する存在が登場するのも面白い。愛し合う男女の結合力が強いときは、自発的な好意を抱かない相手を寄せ付けないはずなのに、ひとたび結合力が弱まると、二人の間に第三者が容易に介入して来る。

 二人が愛し合ったまま別れる場合、どちらかに、愛しているからこそ離れるという意識が働く。しかし、何も知らされていない片割れは、何故、相手が自分から離れて行ったのかがわからない。それでも、一時的に離れたとしても、二人の縁は繋がったままである。だから、のちに再会が用意されている。そうした盛り上がりの要素も十分に含んでいたのだが、登場人物があまりにも若いため、愛し合う切なさと再会の喜び、わざわざ言葉にしなくてもわかり合えるといった、赤い糸で結ばれている男女の恋がうまく表現し切れていなかったように思えたのはとても残念だった。もう少し登場人物の年齢層が高ければ、内容としては映画『きみに読む物語』に匹敵するものがあったはずなのだ。

 どういうわけか、映画サイトのユーザレビューを拝見すると、テレビドラマなどで予備知識のある人たちがかなり辛口のコメントを書かれている。五つ星の評価の中で星一つだけという人が多い。今は出会いの多い世の中だけに、赤い糸に対する夢を持たない人たちが多いのかもしれない。私は、赤い糸とは、前世から結んだ縁を繋いでいる糸だと思う。

 私の覚え違いでなければ、この映画の最後には"To be continued."と書かれていたように思う。ということは、敦史と芽衣の物語がもう少し続くということなのだろう。続編があるならば、もう少し年数が経って、大人になった二人を描いて欲しい気がする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最後のほうで、敦史と芽衣が抱き合うシーンが特に良かったですね。敦史は心の中では芽衣を深く愛しているのに、まだ自分にはやることが残っているといった感じで、すぐには芽衣とよりを戻そうとはしないのです。そのような強さは、絆の強さを信頼しなければ、なかなか持てないと思います。だからこそ、"To be continued."に期待します。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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