映画『善き人のためのソナタ』
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年末年始に鑑賞したDVDの中で、特に印象に残った作品のレビューを書かせていただいている。去年、映画『わが教え子、ヒトラー』を鑑賞し、教授役のウルリッヒ・ミューエが既に亡くなってしまっていることを知った。そこで、彼の代表作の一つである本作を鑑賞したいと思ったのである。
舞台となっているのは、東西ドイツがまだ冷戦状態にあった頃の東ドイツの首都、東ベルリンである。ウルリッヒ・ミューエ演じる国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと彼の恋人で舞台女優のクリスタが反体制的であるという証拠を掴むことを命じられる。そこでヴィースラーは、工事担当の人たちを率いてドライマンの部屋に無断で侵入して盗聴器を仕掛け、二交替制で彼らの行動を盗聴するようになる。
国民の自宅に盗聴器を仕掛けるなどというスパイじみた行為を、国の職員が行っていたというのは衝撃的である。日本では言論や思想の自由が認められているが、社会主義国であった当時の東ドイツでは認められていなかったのだろう。それは、国民を思い通りに操りたいという「国家の恐れ」から来るものだと思われる。例えそれが盗聴というスパイじみた行為であったとしても、反体制的な活動を行っているという証拠を突きつけられれば、直ちに逮捕されてしまうような世の中だったのだ。何とも理不尽な話である。
実際のところ、ドライマンは劇作家仲間たちとともに、とりわけ慎重に反体制的な活動を進めていた。ヴィースラーがその内容を盗聴しているので、ドライマンは直ちに逮捕されてしまってもおかしくはない状況だったのだが、盗聴を続けて行くうちに、ヴィースラーの中にある変化が芽生えて始める。それは、芸術や文化を受け入れる心の豊かさと言ってもいいのかもしれない。
通常、私たちが芸術や文化に触れるとき、そのきっかけは何だろう。最も多いのは、身近な人の影響によるものだろう。あるいは、好きなアーチストや好きな人の影響かもしれない。私たちは、誰かが好きと言ったものに興味を持つ傾向にある。しかしヴィースラーの場合は、盗聴を繰り返すことにより、彼らをどんどん身近に感じるようになって行った。毎日のように耳にヘッドフォンを押し当てて、彼らの生活の音を耳で聴く。ヴィースラーのそれは、単に聴覚だけの体験には留まらず、次第に彼らのことを他人とは思えなくなり、彼らと同化してしまったのだろう。つまり、最初は彼らの敵の立場ヴィースラーが、盗聴を繰り返すうちに味方に転じてしまったというわけである。だからヴィースラーは、国家保安省局員という立場で今後の出世が約束されていたはずなのに、あのような行動を取ったのだ。
ヴィースラーの変化は、人間としては当たり前のことであって、決して驚くべきことではないのかもしれない。ヴィースラーと交替制で盗聴していた後輩局員との対比が面白い。後輩局員が仕事と割り切って、心を入れずに盗聴していたならば、ヴィースラーは仕事とは割り切れずに心を入れて盗聴していたと言える。というのも、ヴィースラーには最初から、ドライマンの恋人である舞台女優のクリスタに対する興味があったからだ。ヴィースラーが盗聴に心を入れることに対し、彼女の存在が入口になったのだ。ヴィースラーが熱意を持って盗聴しているときに、無情にも後輩局員との交替時間がやって来て、しぶしぶ交替しなければならないシーンは面白い。
なお、映画サイトの情報によると、ベルリンの壁崩壊後も、国家保安省(シュタージ)を扱った作品はタブーとされ、長い間、製作されることはなかったそうだ。そして、この映画の監督である弱冠三十三歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督が、これまで取り上げられることのなかった国家の闇の部分にスポットを当てて、世界中から大絶賛を浴びたそうだ。
私にとって、ベルリンの壁の崩壊は、まだまだ記憶に新しい。当時、突然入って来たニュースに驚きもしたが、それ以前にこのような形で東ドイツの国家が守られていたということに更なる驚きを感じた。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私生活が盗聴されているなんて、考えただけでも身震いがしますよね。恋人との会話もセックスも、何もかもヴィースラーに筒抜け状態でありました。劇作家ということで、表現力を使って、東ドイツの人々を西ドイツの思想に染めてしまうことを恐れていたのでしょうか。こういう映画を観ると、何をするにも心を入れるということの大切さを思い知らされます。おそらく、後悔がない状態というのは、心を入れて行動することなんでしょうね。だから、二人に傾いてしまったヴィースラーは出世はできなかったけれど、決して後悔はしていないはずです。
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