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2009年1月

2009.01.31

お湯との一体感

週末婚の計画の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私たちは旅行好きなので、旅行の計画を立てるのも、毎回、ウキウキしています。最近は、インターネットでほとんどの予約が完了するので、とても便利な世の中になりました。さて、週末婚に向けて動き始めた私ですが、ガンモに再会できるまで、もう少しお付き合いください。(笑)

 夜行高速バスに乗るなら、その前にお風呂に入っておきたい。私はそう思い、久し振りに天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯を利用することにした。子宮筋腫を抱えていた人がラジウム温泉に入り続けると、いつの間にか筋腫がなくなっていたという報告を本で読み、私はかつて、ラジウム温泉地である鳥取県の三朝(みささ)温泉に湯治に出掛けたりしていた天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯は、三朝温泉よりもラドン含有量は少ないものの、職場近くにあり、仕事帰りに手軽に利用できるラジウム温泉だ。

 まだそれほど仕事が忙しくなかった頃、私は職場の最寄駅前で天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯の無料送迎バスを見掛けたことがある。そのときは、職場の最寄駅前にあるホテルからの団体客を運ぶために一時的に走行しているだけなのだろうと思っていた。ところが、天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯のホームページで確認してみると、職場の最寄駅前にあるホテルからも無料送迎バスが発着していることがわかった。これまでは、職場の最寄駅から地下鉄に乗り、途中下車した駅前から無料送迎バスを利用するしかなかったのだ。しかし、職場の最寄駅前にあるホテルからも天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯の無料送迎バスが出ているとなると、利用しない手はない。しかも、私には、以前、足繁く通っていた頃に貯めた「得カード 湯こゆこスタンプ」というスタンプカードがあり、あと一回の利用で平日入浴券をもらえるはずだった。

得カード 湯こゆこスタンプ。
「当り」が出たときは、オリジナルタオルをもらったが、
あと一回利用すれば温泉マークに達するので、平日入浴券がもらえるはず

 無料送迎バスの時間にちょうどいい時間に仕事を上がった私は、職場の最寄駅前にあるホテルの正面玄関で無料送迎バスがやって来るのをしばらく待っていた。このホテルからは、以前、職場近くにあるもう一つのラジウム温泉神戸市西区|天然温泉&岩盤浴の隨縁の湯(ずいえん ZUIEN)の無料送迎バスを利用したことがある。派遣仲間から聞いたのだが、神戸市西区|天然温泉&岩盤浴の隨縁の湯(ずいえん ZUIEN)は、もうすぐ閉館してしまうそうだ。職場近くにあった二つのラジウム温泉は、天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯だけになってしまうというわけである。

 無料送迎バスは定刻通りにやって来た。これまでは別の駅まで行って利用していた無料送迎バスが、職場の最寄駅前のホテルから発着していることを確認できて、とても感動的だった。もう少し早くこのことに気付いていれば、仕事がそれほど忙しくない時期にもっと積極的に利用することができたのにと思うと残念である。しかし、天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯には、まだまだこれからがある。

 無料送迎バスは、途中、これまで私が利用していた別の駅前の停留所にも停車して利用客を乗せたあと、懐かしの天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯へと私たちを運んでくれた。ここに足を運ぶのは、およそ一年半振りくらいだろうか。

 実は、ラジウム温泉も楽しみなのだが、野菜の直売所で売られている野菜も楽しみだった。野菜の直売では、近所に住む農家の方たちが精魂込めて栽培した野菜がリーズナブルな価格で売られているのである。ときどき、野菜の直売所に野菜を委託販売している農家の方たちが、自分の栽培した野菜がどれだけ売れたかをチェックしに来られている。そして、売れ残っていれば引き取ったり、直売所のスタッフに無料で分けてあげたりしている。普段、スーパーなどで野菜を買っていると、実際に野菜を栽培された農家の方たちとは直接顔を合わせるチャンスに恵まれないので、こうした機会はとても貴重なのである。

 しかし、野菜の直売所はもう閉まっていた。冬場だから、早めに閉めてしまったのだろうか。とは言え、この日はお風呂に入ったあと、すぐに夜行高速バスに乗車することになっていたので、例え気になる野菜があっても購入は控えなければならなかったことだろう。まさか、野菜を抱えて夜行高速バスに乗り込むわけにも行かないのだから。それでも、あの野菜の直売所のアットホームな雰囲気だけでも味わいたかったと少し残念に思えた。

 さて、入口で靴を脱ぐと、私は「得カード 湯こゆこスタンプ」を握り締め、受付へと向かった。そして、受付のスタッフに「得カード 湯こゆこスタンプ」を差し出し、
「これで入浴できますか?」
と尋ねてみた。すると、受付のスタッフは、まるで浦島太郎でも見るかのような表情で私を見て、
「ああ、このカードは去年の三月で終了しましたよ」
とおっしゃったのだ。ガーン。ある時期までは足繁く通っていたのに、およそ一年半ほど天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯に足を運んでいなかったため、このスタンプカードのサービスが既に終了してしまったことを知らなかったのだ。仕方なく、受付近くの券売機で入浴券を購入して受付に差し出すと、受付のスタッフは私に、新しいスタンプカードをくれた。

なでしこの湯 湯~モア・ポイントカード

 せっかくこれまでのスタンプカードで順調にスタンプを貯めていたのに、また一からのやり直しとなってしまった。しかし、そんな残念な想いも、服を脱いでお湯に浸かった途端、忘れ去ってしまった。

 私の中にあった残念な気持ちを忘れさせてくれたのは、天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯の泉質だった。お湯に浸かった途端、他の温泉では味わえないほどのすべすべ感を実感することができるのだ。神戸市西区|天然温泉&岩盤浴の隨縁の湯(ずいえん ZUIEN)がもうすぐ閉館になることを教えてくれた派遣仲間のお母様も、天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯の湯がとてもお気に入りである。彼女のお母様は、皮膚がずいぶん弱かったらしいのだが、天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯に入り続けていると、次第に皮膚の調子が良くなったそうだ。お湯がタルタルしていると言ったらいいのだろうか。人間の身体には多くの水分が含まれているが、自分の中にある水分と天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯が手を繋ぎ、透明感溢れるアルカリ泉質のお湯に自分の身体が優しく包み込まれるような、お湯との一体感を味わうことができるのである。

 ちなみに、今回の女湯は、私の好きな岩風呂のあるほうの湯だった。天然ラジウム温泉 太山寺 なでしこの湯もまた、男湯と女湯が入れ替わっているのである。私は、久し振りのこのタルタルした感触に酔いしれていた。

 ただ、帰りの無料送迎バスの発車時刻は二十時である。できればその前に晩ご飯を食べておきたいと思い、私は少し早めに湯から上がり、食堂で腹ごしらえをした。食堂のすぐ横には売店があり、ナチュラルな素材のものがたくさん売られている。ああ、売店もゆっくり見たいが、無料送迎バスの発車時刻まで、もうあまり時間がなかった。この無料送迎バスに乗り遅れてしまうと、このあと利用することになっている東京行きの夜行高速バスに乗り遅れてしまう。私はそう思い、下駄箱に預けておいた靴を取り出すと、無料送迎バスの乗り場へと向かった。

 無料送迎バスは、既に二人の利用客を乗せて待機していた。私が乗り込んでしばらくすると、無料送迎バスは静かに発車した。無料送迎バスは、行きとは反対のルートを走る。回数券を利用して通勤している私は、無料送迎バスで職場近くのホテル前まで戻るよりも、これまで利用していた途中の駅で降ろしてもらったほうがありがたい。そして私は、職場の最寄駅よりも手前の停留所で下車して地下鉄に乗り、夜行高速バスの出る三宮駅方面へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに心地良い泉質に酔いしれました。(^^) タオル持参のリーズナブルな価格だからでしょうか。平日でも利用客は多いですね。映画鑑賞に日帰り温泉、そしてホットヨガ。仕事を早く上がれる日に、どのお楽しみを選択するか、しばらく悩んでしまいそうです。(苦笑)

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2009.01.30

週末婚の計画

SPITZ JAMBOREE TOUR 2009 "さざなみOTR カスタム"大阪公演(初日)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。そう言えば、MCでマサムネが、自分が四十歳を過ぎてからも、まだ高い声が出るとは思っていなかったと言っていました。確かに。(苦笑)彼らの曲は、構成されているコードはそれほど難しくないので、ギターでコードを押さえる程度なら簡単に弾けそうなのですが、実際に弾き語りを始めると、女性の私でもキーが高過ぎて歌えないのです。(苦笑)

 火曜日の夜からガンモが神奈川県に出張に出掛けている。今回の出張期間は比較的長く、十泊の予定である。二月に入ると受験シーズンに突入するためか、ガンモはホテルを押さえるのに四苦八苦していた。結局、同じホテルに連泊し続けることはできず、出張の途中で他のホテルに引越しをすることになってしまったようだ。

 もともと今回の出張は、ずいぶん以前から予定されていたらしいのだが、世の中の情勢から、社員の教育のための出張を自粛する動きが出て来たため、なかなか出張の許可が下りなかっようだ。ところが、上司の判断により、ガンモの出張がとうとう確定し、慌ててホテルを押さえたというわけである。

 十日間もガンモに会えないのは寂しいので、私は週末を利用して、ガンモに会いに行く計画を立てた。最初のうちは、金曜日の夜に仕事を終えたあと、寝台特急列車に乗り、東京入りする計画を立てていたのだが、ガンモにそのことを話すと、一人で寝台特急に乗るのは禁止だと言う。寝台特急列車が新幹線よりも贅沢な乗り物なので、自分が乗車できないのがひどく悔しいらしい。これまでに、自分はさんざん、東京からの出張帰りに、今はなき寝台急行列車銀河を利用していたというのに。

 そこで私は、寝台特急特急を利用するのをやめて、夜行高速バスの利用に切り替えた。それを聞いたガンモは、
「夜行高速バスって、三千円台からあるらしいね。それにしとけば?」
などと言う。私もその話は以前、どこかで聞いたことがあるのだが、インターネットでいろいろ調べているうちに、三千円台の夜行高速バスは、トイレの設備のない四列シートのバスであることがわかった。トイレの設備のない四列シートのバスというと、夜行高速バス向きではない。夜行高速バス向きのバスとは、三列シートで深めのリクライニングシート付きのバスである。三列シートの夜行高速バスは、私が東京に住んでいたときに、愛媛の実家に帰省するのに良く利用していた。三列シートの夜行高速バスにはトイレの設備のほか、毛布や飲み物、音楽配信などのサービスが充実している。

 私は、仕事帰りに利用できるように、神戸から東京までの三列シートの夜行高速バスを予約した。価格は片道七千二百円だった。七千二百円というと、新幹線の半額くらいの価格だろうか。夜行高速バスの予約は、楽天トラベルから申し込んで、クレジットカード決済ができるのでとても便利だった。

 更に私は、土曜日の夜をガンモと同じホテルで過ごすため、ガンモが予約したのと同じホテルを予約した。以前も書いた通り、ガンモの出張清算は法人カードで清算することになっているため、一日だけダブルの部屋に変更することはできない。そこで、私もガンモと同じホテルのシングルの部屋を予約することにしたのである。こちらも楽天トラベルからの申し込みで予約が完了した。

 それだけではない。せっかく関東地方に出掛けて行くのだから、ホットヨガのレッスンも受けておきたいと思い、関東地方のとある支店のレッスンの予約をした。セレブなイメージのある銀座店でレッスンを受けたいとも思っていたのだが、銀座店にはこれからも足を運ぶ機会はあるだろうと思い、ガンモの宿泊しているホテルに最も近い支店でレッスンを受けることにしたのである。

 行きは夜行高速バスを利用することにしたので、帰りは思い切って飛行機を利用することにした。こちらもインターネットで予約してクレジットカードで支払いを済ませた。

 こうして何から何まで準備が整ったのだが、あとは私の仕事がとても忙しいことが問題だった。実は、来月半ばの納品を控え、またしても深夜の帰宅が続いていたのである。そのため、週末婚のために関東地方に出掛けて行く準備がなかなかできずに気をもんでいると、突然、水曜日が定時退社日であることがわかり、いつもより四時間も早く仕事を上がることができた。最近は、残業規制などの動きが強くなっているためか、これまでよりも定時退社日が増えて来ている。私は、その日も残業覚悟で出勤していたので、いきなり降って沸いた定時退社日のプレゼントに、かえって拍子抜けしてしまったくらいだ。いつもならば、喜び勇んで映画館に足を運ぶのだが、私は旅行の準備を整えたかったので、定時に上がったあと買い物を済ませて帰宅し、せっせと旅行の準備を整えた。

 定時退社日の話が出たとき、私は金曜日の夜はどうしても仕事を早く上がりたいと上司に申し出た。すると上司は、
「では、その分、朝、早く出勤してください」
と私に言った。私は他の人たちよりも通勤に時間が掛かっているので、普段はフレックスタイムを使用して十時に出勤させていただいている。金曜日の夜に残業できない分、早く出勤するとなると、それなりに早起きが必要である。私は、
「はい。わかりました」
とは答えたものの、連日の残業続きで既にかなりの睡眠不足に陥っていた。それでも、週末にガンモに会うためだと自分に言い聞かせ、深夜まで掛かって旅行の準備を整えたあと、木曜日の朝と金曜日の朝、何とか頑張って早起きし、いつもよりも早い時間に出勤したのである。そして予定通り、私は仕事を早く上がった。オフィスを一歩出た直後から、私の週末婚の計画は実行され始めた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 関東方面に足を運ぶのは、一年以上振りのことであります。しかも、関東地方でホットヨガのレッスンを受けるのは初めてなので、とても楽しみです。そのことをガンモに言うと、「何しに来るの?」と言われてしまいました。(苦笑)この週末、関東地方はお天気が悪いようですね。ホットヨガは、インドアで楽しめますので、雨の日にはいいのではないでしょうか。(笑)

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2009.01.29

SPITZ JAMBOREE TOUR 2009 "さざなみOTR カスタム"大阪公演(初日)

映画『赤い糸』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この映画の中には、与えられなければ自分から求めるようになる、というキーワードも隠されていますね。例え相手の想いを受け入れ、恋人同士になったとしても、対等な関係を築けていない場合、相手は自分が与えられていないことに気付いてしまっているのです。だから、次第に芽衣を拘束するようになってしまいますね。そうした人間の心理もうまく描かれていたと思います。

 私がスピッツベルゲンというスピッツのファンクラブに入っていることは、以前にも書いたことがある。ファンクラブの会員になると、コンサートチケットの優先予約特典を受けられるのだ。ただし、一ツアーにつき一回の購入のみであり、例え申し込んだとしも、毎回必ず当選するというわけでもない。しかし、これまでの経験から言えば、一般発売よりも比較的チケットを入手し易い状況にあるように思う。

 今回は、アリーナ公演ということで、通常よりも大きなホールで開催されることになっていた。数ヶ月前にスピッツベルゲンからチケット購入のお伺い案内が届き、大阪公演の初日を申し込んでおいたところ、めでたく当選したのである。会場は、年末に好きなアーチストのコンサートで足を運んだばかりの大阪城ホールだ。

 意外だったのだが、スピッツとして大阪城ホールのコンサートを行うのは初めてのことらしい。彼らほどのバンドならば、既に大阪城ホールを満員にできるだけの人気を獲得しているはずなのに、これまで大阪城ホールを制覇していなかったというのだから、実に謙虚なバンドである。

 私は、I医師の診察のあと、「ガンまる日記」を推敲して、神戸駅から列車に乗った。しかし、列車の遅れもあり、開演時間に遅刻してしまった。ガンモは自宅から順調に大阪城ホールに出向き、私よりも先に席に着いていた。途中でガンモと何度も連絡を取り合いながら会場に向かったものの、私のほうが遅刻してガンモが先に席に着いているというのは、異例のことである。

 既に暗くなっている会場に足を踏み入れて驚いたことがある。それは、あの大阪城ホールが満員だったことだ。一万人ものキャパを持つ大阪城ホールが見事に埋まっているのである。驚きのあまり、ガンモに耳打ちすると、
「立ち見も出てるから」
とガンモが言う。初めての大阪城ホールのコンサートで立ち見客を動員してしまうとは、スピッツの人気の凄さを改めて思い知らされた。

 ただ、音響に関して言えば、物足りないものを感じてしまった。これは、私がいつも参加しているコンサートの音響があまりにも素晴らし過ぎるせいである。あのクリアな音響に耳が慣れてしまえば、他のアーチストのコンサートの音響には満足できなくなってしまうのだ。公演中、ガンモも何度もそれを口にしていた。

 スピッツのコンサートは、「はじめちょろちょろなかぱっぱ」である。マサムネも今回のMCで触れていた通り、スピッツは決して熱いバンドではない。だから、彼らの演奏が始まっても、観客はどのように楽しめばいいのかわからず、しばらく戸惑っている。なかなかスイッチが入らないのだ。演奏される曲目自体も、手拍子も不要なほどじっくり聴き込みたい曲が多く、席に座って聴いても十分満足できる。しかし、後半になると、次第に乗りのいい曲が演奏され始める。そうなると、観客もぞろぞろと立ち上がる。とは言え、まだまだ席に座って聴いている人たちも多いので、乗りのいい曲でスイッチが入った人もいれば、まだスイッチが入らない人もいるわけだ。

 スピッツは広く一般に受け入れられているバンドである。だから、コンサートに足を運ぶにしても、「スピッツなら参加してもいいかな」くらいの軽い気持ちで参加している人たちも多いことだろう。もちろん、中には熱狂的なファンもいる。かくいう私も、二〇〇一年に行われた彼らのツアーには、日本のあちらこちらに遠征して、たくさんのスピッツファンの仲間たちと出会った。しかし、そのうち私のスピッツ熱が落ち着いて来て、コンサートに足を運ぶ回数も年に一回程度に減ってしまうと、スピッツファンの仲間たちとの繋がりも途絶えてしまった。

 スピッツは広く一般に受け入れられているバンドであるだけに、彼らのコンサートは、大きな会場で一体感を感じられるようなコンサートにはなりにくい。しかも、後半で「なかぱっぱ」の状態に達した人たちにスイッチが入ったとしても、会場全体が波打つほど盛り上がることはない。それが毎回わかっているだけに、スピッツのコンサートに足を運ぶと、少し不完全燃焼の気持ちが残ってしまうことは確かだ。

 しかし、おそらくだがスピッツの魅力は、会場の一体感であるとか、メンバーの場慣れしたMCであるとか、コンサートに足を運ぶ人たちにとっての楽しみになっている多くのものが、いつまでも完成形に向かわないところにあるように思う。言い換えれば、スピッツは比較的息の長いバンドになりつつあるというのに、どこまでもアマチュア精神を忘れないでいるところにその魅力があるように思えるのだ。その分、観客に何も押し付けない。もちろん、後半の「なかぱっぱ」になると、私はスイッチが入って立ち上がった。とりわけ、あちらこちら遠征していた二〇〇一年の頃に演奏されていた曲目が流れ始めると、今でも熱い気持ちが湧き上がって来るのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m スピッツは生で見るととても不思議なバンドだと思います。MCにしても、どこか素人っぽいところが魅力ですね。ぬるいお湯にじっくりと浸かって、半身浴をしているような気持ちになります。半身浴も、長い間浸かることでぽかぽかと暖まって来ますが、スピッツのコンサートも、まさしくそれに似ています。(笑)

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2009.01.28

映画『赤い糸』

保険適用の宇宙船(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。去年と今年のMRI画像の大きさが異なっているため、比較し辛かったかもしれませんね。去年のMRI画像は、I医師の許可のもと、診察室にデジタル一眼レフカメラを持ち込んで撮影しましたが、今年はI医師の診察のあと、ガンモと一緒にライブに出掛けることになっていたので、デジタル一眼レフカメラは自宅でお留守番させて、携帯電話に付属のデジタルカメラで撮影したのです。去年と今年では、お腹の出っ張り具合が違うのがはっきりとわかります。白いのは・・・・・・、どうやら脂肪みたいですね。(苦笑)

 この映画は、去年、映画館で鑑賞した最後の作品である。この映画の存在を知ったのは、映画館で上映されている予告編を観たことがきっかけだった。私自身、ソウルメイトやツインソウルに関するホームページを公開していることもあって、赤い糸にはとても興味がある。自分に興味のある分野を、他の人たちがどのように表現しているのかを見届けたいと思い、映画館に足を運んだのである。

 映画館で上映待ちをしている間に驚いたことがある。何故なら、映画『まぼろしの邪馬台国』とはまったく逆の現象が起きていたからだ。そう、映画館に足を運んでいる人たちの年齢層がずいぶん低いのである。私は、自分がこの映画館にいることが場違いなのではないかと不安を抱えながらも、鑑賞に臨んだ。

 もともとこの映画は、携帯小説が母体になっているようだが、私は原作の携帯小説はおろか、この映画と連動したテレビドラマさえも見ていない。それだけに、純粋に映画として楽しむことができたのかもしれない。

 本編が始まると、なるほど、この映画が若い世代の人たちに支持されている理由がわかった。中学や高校が舞台となった学園もののラブストーリーなので、主人公と同じ世代の若い人たちが好んで鑑賞しているのだろう。

 この映画には、様々な形の恋が盛り込まれていた。完全なる片思い。相思相愛。そして、自発的な好意ではないが、相手の好意を受け入れて、やがて付き合うようになる恋。登場人物たちの織り成す恋模様を冷静に観察していると、それぞれの人間模様がエネルギーの流れのようにも思えて来る。恋も愛も、プラスとマイナスが互いに引き合って成立する。一人で頑張っても、磁場の力にはかなわない。だからこそ、対等に引き合う男女は素晴らしい。

 うるう年の二月二十九日に生まれたという敦史と芽衣は、この世に生を受けた瞬間から、互いに引き合っていたのかもしれない。ソウルメイトやツインソウルにありがちな第一次接近遭遇は、二人が幼少の頃に既に体験済みだった。しかし、二人があまりにも幼すぎて、それが運命の人だとは知らずに通り過ぎて行く。そして、中学生になり、二人に恋愛の準備が整ってから第二次接近遭遇を体験する。なかなか良い展開である。

 私がかつて読んだ本によれば、もともと誕生日には、前世の命日に相当するという意味合いもあるようだ。つまり、私たちは、前世の命日から再出発するのである。そのため、同じ誕生日の二人が愛し合う場合、前世の命日が同じであるということになる。それは前世において、突発的な事故などで同時に命を失うほど親しい間柄であった可能性を想像させる。例え二人が同じ誕生日でなくても、二、三日程度の誤差なら認められているらしい。前世で同じ日に亡くなってしまっていたとしても、前世の命日から始めるために、誕生日が二、三日ずれることもあるそうだ。そうした考えをベースにすると、この二人には前世から何らかの因縁があったと考えられる。

 この映画に引き込まれるのは、本当に愛し合っている二人が第三者からの働きによって離れてしまうところにある。観客は、なかなか一筋縄では行かない恋愛を、手に汗を握りながら見守ることになる。同時に引き合っていた二人の結合力が弱まると、まるで用意されていたかのように二人の間に横恋慕する存在が登場するのも面白い。愛し合う男女の結合力が強いときは、自発的な好意を抱かない相手を寄せ付けないはずなのに、ひとたび結合力が弱まると、二人の間に第三者が容易に介入して来る。

 二人が愛し合ったまま別れる場合、どちらかに、愛しているからこそ離れるという意識が働く。しかし、何も知らされていない片割れは、何故、相手が自分から離れて行ったのかがわからない。それでも、一時的に離れたとしても、二人の縁は繋がったままである。だから、のちに再会が用意されている。そうした盛り上がりの要素も十分に含んでいたのだが、登場人物があまりにも若いため、愛し合う切なさと再会の喜び、わざわざ言葉にしなくてもわかり合えるといった、赤い糸で結ばれている男女の恋がうまく表現し切れていなかったように思えたのはとても残念だった。もう少し登場人物の年齢層が高ければ、内容としては映画『きみに読む物語』に匹敵するものがあったはずなのだ。

 どういうわけか、映画サイトのユーザレビューを拝見すると、テレビドラマなどで予備知識のある人たちがかなり辛口のコメントを書かれている。五つ星の評価の中で星一つだけという人が多い。今は出会いの多い世の中だけに、赤い糸に対する夢を持たない人たちが多いのかもしれない。私は、赤い糸とは、前世から結んだ縁を繋いでいる糸だと思う。

 私の覚え違いでなければ、この映画の最後には"To be continued."と書かれていたように思う。ということは、敦史と芽衣の物語がもう少し続くということなのだろう。続編があるならば、もう少し年数が経って、大人になった二人を描いて欲しい気がする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最後のほうで、敦史と芽衣が抱き合うシーンが特に良かったですね。敦史は心の中では芽衣を深く愛しているのに、まだ自分にはやることが残っているといった感じで、すぐには芽衣とよりを戻そうとはしないのです。そのような強さは、絆の強さを信頼しなければ、なかなか持てないと思います。だからこそ、"To be continued."に期待します。(笑)

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2009.01.27

保険適用の宇宙船(後編)

保険適用の宇宙船(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。これまでは、公立の大きな病院で診察を受けていたので、MRIの検査結果が出るのも数日ほど日数を要していました。待合所にさりげなく置かれたひざ掛けと言い、撮影したMRIフィルムがすぐに上がって来ることと言い、ふかふかのソファと言い、待ち時間が少ないことと言い、私立の病院のほうが患者に対するサービスが充実しているように思います。

 待合室でしばらく待つ暇もなく、すぐに私の名前が呼ばれたので、私は診察室に入った。去年撮影したMRIフィルムと、先ほど撮影したMRIフィルムが上下に並べられ、蛍光灯に照らし出されている。I医師は、私を振り返ることもなくMRIフィルムに見入っていたが、私が診察室に入って来たのを確認すると、静かに語り始めた。

左:今年のMRI画像、右:去年のMRI画像。丸くて黒く写っているのが筋腫

 I医師の見解によれば、私の筋腫は、ある程度の成長は見られるものの、この一年間の間にそれほど目立って大きく成長はしていないようだった。バストのすぐ下にある最も大きな筋腫が直径十一.五センチだという。確か、前回の診察でエコーの検査をしてくださったときに、バストのすぐ下にある大きな筋腫は十二センチと言われたので、今回のMRI検査の結果とほとんど誤差がないことになる。私は、エコーの検査にはかなりの誤差が出ると思い込んでいたので、I医師のエコー診断の正確さに驚いた。

 ただ、私の子宮の重さは二キログラムくらいに達しているだろうとのことだった。少なくとも、一.五キログラムは確実にあるだろうとI医師はおっしゃった。通常の子宮はニワトリの卵大で、およそ五十グラム程度のはずである。それが二キログラムに達しているというのだから、私の筋腫の成長ぶりは大したものである。子宮の重さと言えば、確か初めてI医師の診察を受けたとき、以前の病院でお借りしたMRIフィルムを持ち込み、私の子宮は一キログラムあるとI医師に言われたはずだった。ということは、私の子宮の重さはその頃の倍になってしまったということなのだろうか。

 私は、二キログラムという自分の子宮の重さに驚いたが、I医師に尋ねてみると、I医師の知る限りでは、五キログラムにも達した人がいらっしゃったという。実際にI医師が手術を担当された中で最も大きかったのは、三.五キログラムの患者さんだったそうだ。そうしたケースを考えると、私もまだまだ頑張れるのではないかと希望を持ってしまう。

 一時は座ることさえままならなかった私の筋腫も冷え取り健康法酵素浴を始めてからはずいぶん調子がいいので、できれば今、手術の予定は立てたくなかった。そんなことを思いながら、私がずっと黙っていると、次第にI医師から笑みがこぼれて来た。私がいつまで経っても手術に対して積極的な姿勢を見せないので、たまらず笑みがこぼれてしまったようだ。

 私は、何か言わなければならないと思い、
「ホルモンの分泌を抑制する注射は、やはり抵抗があるので、手術を受けるなら開腹手術でお願いしようと思っています」
と言った。するとI医師は、
「この大きさで、注射して筋腫を小さくせずに開腹以外の手術を選択することは難しいので、注射をしないのであれば、開腹の子宮全摘でしょう。だけど、今回のMRIの結果からすると、一年後にMRIを撮っても、結果はあんまり変わらんと思うけどね」
とおっしゃった。ええっ? 今、何とおっしゃいました? 一年後でも変わらない?

 私は、突然の展開に驚いたのだ。これまで、いつ手術を宣告されるかと診察の度にビクビクし、診察が終わる度に、「今回も生き延びることができた!」とほっと胸を撫で下ろしていた。とうとう手術の決意をすると、I医師からは「もう少し様子を見ましょう」と言っていただいたり、次回こそ手術を受けるかどうか、決めなければならないという状況に何度も陥りながらも、何とか切り抜けて来た。そして今回もまた、すぐに手術という話はなくなったのだ。しかも、一年後にMRIを撮ってもあまり変わらないだろうというお墨付きまでいただいてしまった。

 結局、私の筋腫も、時には固くなったり、柔らかくなったりしているのと同じように、手術の状況も、診察の度ごとに変わっているのだ。それは、言い換えれば、直ちに手術が必要というわけではないということでもある。私は、
「一年後ですか! じゃあ、一年後に手術します(笑)」
と言った。I医師も何だか笑っている。

 「他の病院では、手術しろと言われるでしょう」
とI医師が言った。そう、そうなのだ。私は、以前の病院でお世話になっていた医師に、
「手術をしないなら、これ以上、来てもらっても言うことは同じだ」
と言われた。そんな私がI医師のもとを訪れ、かれこれ一年以上も手術をしない状況が続いている。しかも、開腹手術を選択するならば、あと一年、手術を先延ばしにしたとしても、それほど状況は変わらないという。

 しかしI医師は、私が現在、四十三歳であることに触れ、
「でも、手術せずにこのまま閉経というわけにも行かないでしょう」
とおっしゃった。私は、椅子に座り続けるのが辛いと感じることがあることや、集中力がなくなってしまっていることをI医師に伝えたが、I医師は、
「集中力がないのは筋腫のせいじゃないでしょう」
とおっしゃった。なるほど、I医師のもとを訪れる子宮筋腫の患者さんは、椅子に座り続けることの辛さや集中力のなさを訴えたりしないのだろうか。

 今回の診察で、私は何となく理解した。I医師は、子宮鏡や腹腔鏡など、できるだけ開腹しないで済む手術の分野で活躍されている。その観点から言えば、筋腫は小さければ小さいほど手術をし易いわけである。しかし、私が開腹手術という選択をするならば、手術の都合による筋腫の大きさは関係なくなり、手術の時期をもう少し引き延ばせるというわけだ。もちろん私は、一年間という猶予の間に、冷え取り健康法酵素浴をせっせと実践して筋腫を小さくして、I医師を驚かせるつもりではある。

 こうして私は、今回も手術の宣告もされずに生き延びることができた。何だかI医師の診察が、サバイバルゲームのように思えて来た。私はいつものように漢方薬を処方していただいて、二ヵ月後の診察の予約をして病院をあとにした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回も生き延びることができました。しかも、一年間の猶予付きです。(笑)I医師の中には、子宮鏡か腹腔鏡を使った手術を行うことが前提条件としてあったようです。私が開腹手術を希望したことにより、その前提条件が崩れたので、一年後でも状況は変わらないと言ってくださったのだろうと思います。一年もあれば、冷え取り健康法酵素浴の効果は何らかの形で現れているでしょう。I医師の驚く顔を想像しながら、これらの実践に励みます! I医師の診察も楽しいので、手術をすると診察が終わりになってしまうので寂しい気持ちもあります。(苦笑)ちなみに、宇宙船の乗船料と診察料は保険が適用されて六千五百三十円でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.01.26

保険適用の宇宙船(前編)

映画『胡同(フートン)のひまわり』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m シャンヤンがひまわりの意味であることを想定すると、父と息子の関わりは、三十年という長い年月を経て、直接的な愛情表現から間接的な愛情表現へと変化したことになろうかと思います。私は普段から直接的愛情表現を好むほうですが、この父のように息子の人生をコントロールするほどの直接的愛情表現を見せられると、果たして自分の直接的愛情表現はどうなのだろうと、振り返ってしまいますね。(苦笑)

 およそ一年振りにMRIの検査を受ける日がやって来た。いつもならば午前中に神戸店でホットヨガのレッスンを受けてからI医師のいる病院に向かうのだが、あいにく生理が始まってしまった。そこで、予約しておいたホットヨガのレッスンをキャンセルし、MRIの予約時間の少し前に病院へと向かったのである。

 受付を済ませると、間もなく私の名前が呼ばれた。ひとまず、MRIの検査室とは違う部屋に案内されたので、何ごとかと思いきや、検査の前に血圧を測っておくのだという。そう言えば、およそ一年前にMRIの検査を受けたときも、検査の前に血圧を測ったことを思い出した。

 私の血圧は、少し高めだった。確か、去年の健康診断のときも血圧が少し高めで、計り直してもらった覚えがある。これまで、血圧についてはそれほど気にも留めていなかったのだが、実は私の実家の両親ともに高血圧なので、私にも両親譲りの要素があるのかもしれない。問診のような形で、看護士さんが現在の私の状況について尋ねてくださったので、私はそれら一つ一つの質問に答えて行った。生理中にMRIの検査を受けるのは初めてだったので、看護士さんに確認してみたところ、
「大丈夫ですよ。むしろ、そのほうがいいくらいです」
と答えてくださった。はて、生理中にMRIの検査を受けることは、一体何にいいのだろうか?

 その後、女子更衣室に案内されたので、荷物をロッカーに入れて、指輪もピアスも取り、検査着に着替えた。着替えを済ませて待合所の椅子に腰掛けて待っていると、椅子の上にひざ掛けがあるのを発見した。患者に対するこういう細かい心遣いは実にありがたい。私はひざ掛けを一枚取り、自分のひざの上に置いて順番が来るのを待った。

 混み合っているのか、私の名前はなかなか呼ばれなかった。十五分くらい待っただろうか。ようやく私の名前が呼ばれ、去年と同じ検査室に入った。子宮筋腫を患ってから、以前の病院で二回、現在の病院で一回、MRIの検査を受けているので、今回で通算四回目の検査となる。

 去年の検査で、腸の動きを止める注射をされないことがわかっていたので、私はリラックスしていた。去年と同じように、男性検査技師にお腹をしっかりと固定されると、大きな息をすると写真がぶれるので、息をするときはなるべく小さな息をするように言われた。更に、男性検査技師は私に、気分が悪くなったときに知らせるためのナースコールのスイッチを手渡し、検査中の音を遮断するために耳にはヘッドフォンをつけてくださった。こうして準備が整うと、間もなく私の身体は宇宙船の中へと入って行った。

 およそ二十分間に渡り、ガリガリという音やビーッという音が聞こえていた。MRIは、ラジオ波を当てた反応により、患部の状態を画像に映し出すものである。このあと、撮影したMRIフィルムは直ちにI医師のもとに届けられ、MRIフィルムを見ながらI医師の診察を受けることになっている。冷え取り健康法酵素浴を始めたばかりの私は、今回のMRIの結果がどうであれ、できるだけ手術を先延ばししたい気持ちが芽生えていた。

 間もなく検査が終わり、私は無事に地球に帰還し、固定されていたものを解かれた。検査を担当してくださった男性検査技師にお礼を言って、女子更衣室に戻ったのだが、検査を受けている間に生理の血で検査着を汚してしまっていることがわかり、青ざめてしまった。もしかすると、男性検査技師に気付かれてしまったかもしれない。私は、女子更衣室に設置されているティッシュと匂い消しか何かの液体を使って、検査着に付着した血液をゴシゴシこすって落とそうとした。しかし、完全には落とし切れなかったので、私はとうとう諦めて、検査着を使用済検査着の山の中に収めた。

 着替えを済ませ、ピアスと指輪を再び身に着けた私は、男性検査技師に言われた通り、I医師の待つ診察室のある待合室へと向かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 先週の土曜日に、通算四回目のMRIの検査を受けて来ました。音の反応でお腹の中にある筋腫の様子がフィルムに映し出されるのですから、とても不思議ですね。今回は、同じ病院での二回目のMRI検査だったことと、どんな結果であっても、手術の予定は立てないという姿勢で臨みました。そのためか、とてもリラックスして検査を受けることができました。果たして、私のMRIフィルムに映し出された画像は、どのようなものだったでしょうか。この続きは次回に書かせていただきますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.01.25

映画『胡同(フートン)のひまわり』

すずらんの湯(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 吹きさらしのバス停で路線バスを待ち続けても風邪を引かなかったのは、冷え取り健康法で愛用し始めた靴下のおかげかもしれません。寒さは感じても、足元がずっと暖かかったので、凍えることもなかったのだと思います。靴下と長いコートとお茶に救われました。(笑)

 二〇〇六年十一月、ガンモと二人で北京に出掛けた。旅行会社の主催するツアーで参加したため、自分たちのペースで観光することができず、かなり慌しい思いをしたのを覚えている。そのとき、北京の下町である胡同(フートン)を訪れ、輪タクに乗って町を駆け抜けたあと、一般庶民のお家でジャスミンティーをご馳走になった。家は小さくても部屋がいくつもあり、人々が工夫をこらしながらここで生活している様がありありと感じられた。私は、胡同の庶民的な雰囲気がとても気に入った。この映画を鑑賞したいと思ったのは、そのとき訪れた胡同が舞台になっていたからだ。しかし、残念なことに、北京オリンピックが始まる頃には都市整備が行われ、胡同のごちゃごちゃした町並みも私たちが乗せてもらった輪タクもなくなってしまうだろうと、私たちを案内してくださった現地係員の男性がおっしゃっていた。北京オリンピックは、去年、開催されたが、果たして胡同はどのように変化したのだろうか。

 さて、この映画の監督は、映画『こころの湯』のチャン・ヤン監督である。映画『こころの湯』においても、北京の下町で銭湯を営む父と息子たちの愛がテーマとして取り上げられていたが、この作品においても、北京の胡同に住む家族、とりわけ父と息子の関係がクローズアップされている。映画『こころの湯』が最初から好感の持てる父と息子の愛ならば、この映画は、次第に何かを溶かして行く必要があるような、父と息子の確執を描いた作品である。小さな男の子が大人になり、結婚して親になるまでのおよそ三十年間が丁寧に描き出されているので、作品の上映時間もそれなりに長くなっている。

 いたずら好きのシャンヤンのもとへ、強制労働のために不在だった父が六年振りに帰って来たことから物語は始まる。この映画の時代背景となっている一九七六年頃、中国では文化大革命があり、知識人や官僚らが農場に追いやられて働かされたらしい。画家だったシャンヤンの父は、農場で手を傷め、もはや絵を描くことができなくなっていた。父は、自分が叶えられなかった夢を幼いシャンヤンに託そうとして、遊び盛りのシャンヤンを画家にすべく厳しい教育を始める。父がシャンヤンに施した教育は強制的で、鑑賞している私も腹が立って来るほどシャンヤンの自由意思を奪っていた。「シャンヤンのためだ」などと言いながらも、結局は自分自身のためなのではないかと、激しい憤りさえ感じたほどだ。

 もちろん、シャンヤンも父に反発する。シャンヤンは、自分の人生を自らの手で切り開いて行きたいのに、父の敷いたレールの上を歩んで行かなければならない。シャンヤンが大きくなっても父の態度は変わらず、画家としての自分の理想をシャンヤンにグイグイ押し付けて来る。そして、とうとうシャンヤンの恋愛にさえ手を回し・・・・・・。

 一方、母はアパートに住むことに固執し続けている。夫の仕事の業績により、アパートに住まわせてもらえるのだが、彼女は何が何でもアパートを割り当ててもらいたいらしく、アパートの割り当てが発表される時期に、夫の仕事先にまで乗り込んで行ったりする。やがて、離婚したほうがアパートを割り当ててもらえる確率が高くなることを知り、とうとう偽装離婚までしてしまう。

 息子を画家にすることに固執し続けていた父と、アパートに住むことに固執し続けていた母。「こうでなければならない」という強い想いが、長年、彼らを突き動かしていたのも事実だが、同時に何か大切なものを削ぎ落としながら歩んで来たような気がしてならない。だから最後は、これまで失って来たものを取り戻すために、意外な展開が用意されている。

 親子はどこまで干渉するのが美しいのだろう。この映画の父とシャンヤンのように、干渉され過ぎると嫌悪感を感じてしまう。かといって、まったくの放任主義もいかがなものか。ひまわりは、太陽のほうを向いて育つと聞いたことがある。あのひまわりは、黙っていても、息子のほうをしっかり向いて見守っている、という意味なのだろうか。ちなみに、シャンヤンは向陽と表記するようだ。ということは、シャンヤンの存在が、ひまわりそのものだったということか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ほとんどの作品は、人生のある時期のみがクローズアップされたものが多いですが、こうして一つの家族を三十年間も追い続けて丁寧に描き出す作品もいいですね。つまり、三十年も掛けて、父が自分自身の生き方を見直したということにもなります。画家という特殊な才能を持って生まれただけに、その才能をどうしても活かしたくて、息子の自由意思を奪うような教育をしてしまったのかもしれませんね。

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2009.01.24

すずらんの湯(7)

すずらんの湯(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。酵素浴を利用できるほとんどの施設では、一回の利用料金が三千円くらい掛かるようです。それを考えると、回数券を購入して酵素浴を利用するのは、ずいぶん格安ということになりますね。ただ、すずらんの湯の酵素浴には、酵素浴のあとのシャワーの利用料金は含まれているものの、お風呂の利用料金は含まれていませんので、お風呂を利用する場合は、平日なら八百円、土日祝なら九百円を加算することになります。それでも、いろいろな種類のお風呂と一緒になった施設は他になさそうなので、すずらんの湯の酵素浴はずいぶんお得だと思います。

 着替えを済ませて脱衣場を出たあと、受付にロッカーの鍵と館内着を返却した。対応してくださったのは、受付時に酵素浴の予約時間が遅いことを気に掛けてくださった女性スタッフだった。その女性スタッフに、
「お時間、大丈夫でしたか?」
と尋ねられたので、のんびり利用できたことを伝えたあと、帰りのルートについて確認してみることにした。無料送迎バスの運転は既に終了していることがわかっていたので、最寄のバス停から神戸駅方面に向かうバスがあれば利用したいと申し出た。すると、その女性スタッフは、少し難しい顔をしながら、奥のほうから路線バスの時刻表を取り出して確認してくださった。

 すずらんの湯に最も近い路線バスのバス停は、「峠」というバス停である。そのバス停から神戸駅方面に向かう路線バスも出ているが、この時間では既に運転が終了してしまっているという。となると、北鈴蘭台駅まで三十分掛けて歩くしかないのだろうか。私が、
「そうですか・・・・・・」
と残念そうに答えると、女性スタッフは少し考えて、
「そうですね・・・・・・。ここから二十分くらい歩かなければなりませんが、『水源地』というバス停でしたら、この時間でもまだ神戸駅行きのバスがあります。ただ、十九時五十分台の便はもう間に合いませんが、次は二十時三十分台にありますね」
と教えてくださった。それを聞いた私の表情が、ぱあっと明るくなったのは言うまでもない。北鈴蘭台駅まで三十分掛けて歩くよりも、ここから徒歩二十分と言われている「水源地」というバス停まで歩くほうがまだ近い。時間は十九時半過ぎだったので、一時間近くもあれば、徒歩二十分と言われている「水源地」のバス停までは楽にたどり着けるだろう。私は、
「神戸駅行きのバスがまだあるのなら、そこを目指して歩きます。『水源地』のバス停まではどのように行けばいいですか?」
と尋ねた。女性スタッフがおっしゃるには、ここからまっすぐ坂を下って行き、ガソリンスタンドかどこかで曲がってすぐのところにあるという。私は、
「わかりました。歩いてみます。ありがとうございます」
と女性スタッフにお礼を言って、すずらんの湯をあとにした。

 女性スタッフのおっしゃる通り、道はずっと下り坂だった。ほぼ一本道なので、迷うこともなさそうである。長めのコートを羽織っていたので、寒さは何とかしのげそうである。ただ、比較的大きな道で、自動車はたくさん走っているが、歩いている人の姿はない。

 私はずんずん歩き、間もなく「二軒茶屋」というバス停に着いた。バス停に掲げられた時刻表を見てみると、神戸駅行きの便は既に終了していた。私は少し不安になったが、おそらくすずらんの湯に最も近い「峠」のバス停の延長線上にあるのと同じ路線だと思い、更に先を歩くことにした。

 そうして歩き続けると、ようやく次のバス停が見えて来た。見ると、「水源地前」と書かれている。時計を見ると、女性スタッフに言われた通り、すずらんの湯から私の足でほぼ二十分だった。ただ、女性スタッフは確か「水源地」と言っていたが、このバス停は「水源地前」である。「水源地前」と「水源地」は同じバス停なのだろうか? 私は再び不安になり、バス停に掲げられている時刻表を確認して、更に不安になってしまった。先ほどの「二軒茶屋」同様、神戸駅行きのバスの運行は既に終了してしまっていたからである。これは困った。しかし女性スタッフは、確かに「水源地」まで行けば、神戸駅行きのバスが運行していると教えてくださった。ということは、「水源地前」と「水源地」は別のバス停なのだろうか。

 私はしばらくの間、「水源地前」のバス停に佇んでいた。私が歩いて来た道を、ときどきタクシーが通り過ぎて行く。手を挙げて、タクシーを止めるのは簡単だ。しかし、せっかく女性スタッフが路線バスの時刻を調べてくださったのに、ここで挫折してしまってもいいのだろうか。私はまだまだ頑張れる。そう思いながらも、果たしてこれからどうしたものかと思案していた。

 ノートパソコンを取り出して、インターネットにアクセスしてみようか。しかし、バス停の椅子に座ってノートパソコンを広げるには少し寒い。こういうときは、直感に従うしかないだろう。私は、「水源地前」と書かれたバス停から少し歩き、右側に曲がる道を見付けたので、そこに向かうことにした。女性スタッフは、どこかを曲がると教えてくださったはずだが、曲がる方向としてはおそらく右側だろうと思ったからだ。それに、右側に曲がれば、北鈴蘭台駅の一つ手前にある鈴蘭台駅に近くなるかもしれない。

 右に曲がろうとして歩き始めたとき、その道は長い坂道になっていることに気が付いた。うねうねと曲がった坂道である。どうやら高台の上に住宅街があるようだ。うねうねとした坂道を登っていると、後ろから人が歩いて来た。すずらんの湯を出て、歩き始めてから既に三十分近くが経過していたが、歩行者に出会ったのは初めてである。この人に声を掛けて道を尋ねるべきかどうか迷っているうちに、私の歩くスピードがあまりにものろいため、その人は私を追い越してずんずん先を歩いて行ってしまった。

 うねうねとした坂道はとても暗かった。ここは神戸市である。いや、神戸市といえども、人影は少ない。ほとんど知らない街で、私は遭難してしまったのだろうか。そんな心細さを感じながら、私はうねうねとした坂道をひたすら登って行った。

 すると、少し手前にバス停のようなものが見えて来たではないか。私は歩くスピードを速め、バス停の名前を確認した。「東町公園」と書かれている。そして、このバス停からは、鈴蘭台行きのバスが出ていることがわかった。しかも、次の発車時刻は二十時五十分台だ。時計を見ると、二十時二十分くらいだった。ここであと三十分も待てば、少なくとも鈴蘭台駅までは行くことができる。しかし、かろうじて屋根と椅子はあるものの、吹きさらしのバス停である。歩いているときは身体を動かしているため、寒くはないが、三十分間、動かずにじっと静止して待つことができるのだろうか。私は戸惑いながらも、ひとまずバス停に設置された椅子に腰を下ろし、携帯電話を取り出した。

 最近のほとんどの携帯電話にはGPS機能が付いているが、私の携帯電話にもその機能が付いていた。私はGPS機能を使って、現在地を確認してみた。しかし、現在地はわかったものの、携帯電話の画面が小さ過ぎて、北鈴蘭台駅や鈴蘭台駅までの道のりがわからない。確認した現在地の情報をもとに、寒空の中でノートパソコンを開いて地図を確認することもできた。しかし、やはりこの寒空の中でノートパソコンを広げる気にはならなかった。結局私は、吹きさらしのバス停で、鈴蘭台駅行きの路線バスが来るのを辛抱強く待つことにしたのである。

 路線バスを待っていると、この人通りの少ない道路を、時折タクシーが通り過ぎて行った。私は、タクシーを横目で見送りながら、「私は路線バスで鈴蘭台駅まで戻ることに決めたのだから、このサバイバルゲームに挫折してはいけない」と言い聞かせた。そして、吹きさらしのバス停で路線バスを待ち始めてから十分くらい経過しただろうか。突然、路線バスらしき自動車のエンジンが聞こえて来たかと思うと、目の前に路線バスが現れて、私が待っているのとは反対側のバス停に停車した。私は「あっ!」と驚き、そのバスの行き先を確認すると、「神戸駅南口」と書かれているではないか。

 「ええっ?」
私の頭の中ははてなマークでいっぱいになったが、やがて、すべての出来事が一つに繋がった。私が待っていたのは、女性スタッフが教えてくれた神戸駅行きの路線バスが走っているのと同じ路線の停留所ではあるものの、神戸駅行きとは反対側の停留所だったのだ。私は反射的に立ち上がり、路線バスが停車している反対側のバス停まで走った。しかし、反対側のバス停は、私が待っていたバス停の真向かいではなく、少し離れたところにあった。外が明るければ、バスの運転手さんも私の慌てぶりに気付いてくださったのかもしれないが、運転手さんは、反対側のバス停から一目散に掛けて来た私の存在には気付かずにバスを発車させてしまった。ああ、あの路線バスに乗車できていれば、まっすぐ神戸駅まで出られたのに・・・・・・。そう思うと残念でならなかった。

 結局私は、反対側のバス停に戻り、更に二十分近く路線バスを待ち続けた。この人気(ひとけ)のないバス停でも、反対側のバス停にちゃんと路線バスがやって来たのだから、私が待っているバス停にも間もなく路線バスがやって来るはずだ。そう言い聞かせながら、吹きさらしのバス停で辛抱強く路線バスを待ち続けたのである。

 そして、二十分経ち、待ちに待った路線バスがようやくやって来た。私は暖かい路線バスに乗り込み、鈴蘭台駅まで移動した。鈴蘭台駅までは、うねうねと曲がった住宅街の中をいくつかのバス停に停車していたので、おそらく私の足で歩き続けることは不可能だったことだろう。鈴蘭台駅に着いたのは、二十一時くらいだった。すずらんの湯を出たのが十九時半過ぎだったので、私は一時間以上も掛けて鈴蘭台駅にたどり着いたことになる。

 何とか鈴蘭台駅に到着したので、私は仕事中のガンモに連絡を入れておいた。そこからいつものルートで電車に乗り、無事に帰宅したというわけである。この日はガンモも仕事にどっぷりはまっていて、ガンモが仕事から帰宅したのは夜中の一時過ぎだった。

 私は、この日歩いた道のりとバス停の位置を地図で確認してみた。どうやら、「水源地前」というバス停は二種類あるようだった。私が見付けたのは、すずらんの湯から直線に伸びているほうのバス停だったが、神戸駅行きの路線バスが夜遅くまで運行しているのは、その直線に交差する場所にある別のバス停のようだった。ちなみに、女性スタッフが教えてくださったのは、「水源地前」のバス停のことだったようだ。

星印:私が見付けた「水源地前」のバス停
花印:神戸駅行きの路線バスが遅い時間まで運行している「水源地前」バス停
太陽印:私が利用した「東町公園」バス停

 私にとっては大冒険の一日だったが、このような大冒険は、次回に活かさなければ意味がないだろうと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実はこの日、すずらんの湯が発行しているメルマガの携帯電話会員に登録して、その登録プレゼントとして女性スタッフからお茶をいただいたのです。寒空の中でも、歩いていれば喉が渇いて来るものですね。遭難しかかったとき(苦笑)、登録プレゼントとしていただいたお茶がとても役に立ちました。大きな筋腫持ちの私が元気に歩くことができたのも、酵素浴のおかげかもしれません。

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2009.01.23

すずらんの湯(6)

すずらんの湯(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m つぼ風呂や桶風呂に心惹かれるのは、丸い湯船だからでしょうか。ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじも、丸い御椀のお風呂がお気に入りですよね。あれが枡酒の四角い枡だったら、また雰囲気も異なるのではないでしょうか。丸いものは安心しますよね。最近は携帯電話にばかり頼ってしまっているので、腕時計は身に着けませんが、身に着けるとしたら、絶対に丸いデザインの腕時計です。(苦笑)

酵素浴のチケット

 前回と同じように、酵素浴のチケットを健(スコヤカ)受付に提示すると、フルネームと酵素浴の経験の有無を尋ねられた。私は、たった一度の経験でも、
「はい、あります」
と答えた。今回、私を担当してくださったのは、前回とは違う女性だった。受付の女性は、
「それでは準備を整えて参りますので、お水を飲んでしばらくお待ちください」
と私に言い残すと、酵素浴の準備のため、受付を離れた。私は、前回の酵素浴の経験で、喉がひどく渇くことがわかっていたので、お水をたっぷり飲んでおいた。しばらくすると、さきほどの受付の女性が戻って来て、私は酵素浴の個室に案内された。

 個室の扉を開けると漂って来る米糠の匂いは、既に私に馴染んでいた。受付の女性が個室の扉を閉めると、私は素早く携帯電話を取り出して、室内の様子をカメラに収めた。

酵素浴を行う木の箱。中には米糠が入っている。
室内は暗いため、露光不足となってしまった。

酵素浴を行ったあとは、備え付けのシャワーで米糠を洗い流す。

 室内を撮影したあとは、直ちに館内着を脱いですっぽんぽんになり、温かい米糠のベッドに横たわった。すると間もなく先ほどの受付の女性が戻って来られて、私に丁寧に米糠を掛けてくださった。前回よりも身体に掛けられる米糠の量が多かったのか、米糠が少しだけ重く感じられた。

 私の身体の上に米糠を掛け終わると、受付の女性が、
「ただいまの温度ですと、お時間は十分となりますがよろしいですか?」
とおっしゃったので、私は反射的に、
「はい」
と答えた。おそらくだが、前回同様、酵素の温度が高くなっているため、ひとまず十分経って様子を見るということだろう。そう言えば、酵素浴を扱っている他の施設のサイトで知ったのだが、酵素浴の熱は、わざわざ温めてた人工的な熱ではなく、酵素が発酵するときに発生する自然の熱なのだそうだ。その熱で人間の身体が癒されるのだから、自然のエネルギーとは偉大である。

 私に米糠を掛け終わった受付の女性が個室から出て行くと、私は前回のように、第二チャクラが活性化して来るのを待った。しかし、どうしたことか、なかなか前回のようには行かない。「あの感覚をまた体験したい!」と焦っているうちに、どんどん時間が経ってしまった。しかし、残りの二分ほどで、ようやくあの感覚が戻って来た。そう、前世を思い出すときのようなふわっとした感覚が先にやって来たあと、落ちて行くような感じである。それは、心身ともにリラックスして、受身になったときの信号だ。どうやら今回は、最初から目指すところが決まっていたためか、そこに向かって行こうとして、力が入り過ぎてしまったようである。

 遠くの方でタイマーの鳴る音が聞えて来た。おそらく十分経ってしまったのだろう。受付の女性が個室に戻って来てくださり、
「あと五分、どうされますか?」
と尋ねてくださったので、私は、
「はい、このままお願いします」
と答えた。

 リラックスして受身になれば、あの感覚がやって来ることがわかったので、私は残りの五分間、思い切り受身になり、酵素のパワーを受け取った。前回のように第二チャクラが活性化して来るという決定的な体験には至らなかったが、米糠の匂いが気にならなくなったことと言い、それだけ酵素が私の身体に馴染んで来ているのかもしれないとも思った。

 あっという間に残りの五分が経過し、再び受付の女性が戻って来られて酵素浴の終了時間を告げられた。受付の女性が立ち去ったあと、私はのろのろと立ち上がり、自分の身体を見てみた。酵素浴を扱っている他のサイトからの情報によれば、身体のどこかに悪いところがある人は、酵素浴のあと、酵素を含んだおがくず(すずらんの湯の酵素浴は、おがくずではなく米糠を使用しているが、おがくずを使用している施設もある)が付着しない部分があるのだそうだ。というのも、身体の悪い部分は血流が悪くなりがちなので、酵素を含んだおがくずが付着しにくいのだそうだ。私は、米糠でも同様のことが起こるのかと思い、お腹の周りを観察してみたものの、酵素を含んだ米糠は、私のお腹の周りに他の部分と変わりなくべっとりと付着していた。

 前回同様、私はシャワーで米糠をきれいに洗い流し、身体を拭いて、再び館内着を身に纏(まと)った。受付でお礼を言うと、受付の女性は私にお水を勧めてくださり、私が使用した個室の片付けに入った。私はとても喉が渇いていたので、お水をたくさんいただいた。

 その後、券売機の前を通ったところ、券売機で酵素浴の五回分の回数券が販売されていることを知り、今回からその回数券を購入すれば良かったと少し後悔した。確か、店内の掲示板で酵素浴の回数券が販売されていることは知っていたのだが、四月から販売されると書かれていたので、あと三ヶ月も先のことだと思い込んでいたのだ。しかし、どうやらそれは、別の年の四月のことだったようだ。回数券は、五回分が七千五百円なので、回数券を購入すれば、酵素浴を一回千五百円で利用できることになる。今後も酵素浴を利用し続けるならば、回数券を購入したほうがだんぜんお得である。私は、次回からは回数券を購入しようと思いながら、帰り支度を整えるために脱衣場に戻った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は、「第二チャクラが活性かするあの感覚! あの感覚!」と焦っているうちに、どんどん時間が経ってしまいました。(苦笑)思えば、前回は、酵素浴がどのようなものかわからないまま、完全に受身の状態で臨んだことで、受け取るプレゼントが大きかったのだと思います。しかし今回は、ある程度、勝手がわかっていたので、能動的な意識が働いたのでしょう。映画を鑑賞するときに、何の予備知識もなく鑑賞するのと、ある程度の知識を持って鑑賞するのとでは、映画を鑑賞し終わったときの感動が違います。酵素浴の経験も、それと良く似ていると思いました。何の予備知識もなく臨み、その状況に自分を完全に預けてしまうほうが、尊い経験ができることがわかりました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.01.22

すずらんの湯(5)

すずらんの湯(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大阪までの回数券が残っているからと、ガンモに回数券を渡されて梅田でホットヨガのレッスンを受けたあとのことでしたので、大阪からの大移動となりました。と言っても、関西方面のJRには、新快速列車という特急券の要らない速い列車が運行しています。それを利用すると、大阪から神戸までは四駅で、わずか二十分ちょっとです。そう言えば、現役時代に受験で関西方面に来たのですが、私鉄の特急列車に乗るのに、特急券が必要なのかどうか、ずいぶん悩んだことを覚えています。

 私は前回と同じように、先に室内のお風呂のカランで身体を洗ったあと、軽く湯船に浸かり、身体を温めた。先週入った紅葉の湯と違って、こちらの竹林の湯のほうが岩風呂が多いように思えた。室内には岩風呂のほか、檜風呂、腰掛け風呂、水風呂、効能石風呂(オーストラリアからの弱放射線石)、ジェットバス、それから蒸し風呂とドライサウナがあった。私は、室内風呂よりも露天風呂を楽しみたかったので、身体が少し温まると、すぐに露天風呂へと向かった。

 なるほど、竹林の湯という名前が付けられている通り、露天風呂の敷地内には竹が植えられている。もしかすると、竹やぶの中からかぐや姫に出会えるかもしれない。露天風呂には、大池風呂、竹炭風呂、寝ころび湯、岩風呂、つぼ風呂があった。私はすべてのお風呂に浸かり、竹林の湯を堪能したのだが、その中でもとりわけ興味を惹かれたのは、やはりつぼ風呂だった。

 つぼ風呂は、陶器製の大きな黒っぽい御椀の形をしたお風呂である。つぼというよりも、かめと言ったほうがしっくり来るかもしれない。一人用なので、他に利用客がいなければ、ずっと湯船を占有することができる。つぼ風呂は、紅葉の湯の桶風呂と同じように、二つ設置されている。つぼ風呂をずっと占有できるかどうかの目安は、もう一つのつぼ風呂が他の利用者で埋まっているかどうかである。

 つぼ風呂の温度は比較的ぬるめに設定されていて、半身浴をするにはちょうどいい温度だった。私は、片方のつぼ風呂に入り、これは桶風呂に続いてなかなかいいと感じていた。先週の桶風呂のときもそうだったが、私の性格からすると、同じものが二つあると、片方に入ったとしても、必ずもう片方にも入ってみたくなる。しかし、もう片方のつぼ風呂は、さきほどからおばちゃんがとっぷり浸かったままで、なかなか明け渡してはくれない。どうやらこのおばちゃんも、一人用のつぼ風呂がすっかりお気に入りのようで、ずいぶん長いこと入っていた。ようやくおばちゃんがもう片方のつぼ風呂から出たので、私はすかさずそのつぼ風呂に入った。

 おばちゃんが入っていたつぼ風呂からは、外の景色が見渡せるようになっていた。大自然の中に包まれているような心地良さを感じながら、私はおばちゃんに負けないくらい長い間、つぼ風呂に入っていた。おばちゃんが、このつぼ風呂から出たくはなかった気持ちも良くわかった。その後も、すっぽんぽんで屋外を渡り歩きながら、他の露天風呂にも入ったのだが、やはりつぼ風呂が気に入って、他の露天風呂に入っては何度もつぼ風呂に戻って来た。

 そして、露天風呂をたっぷり満喫したあとは、再び室内のお風呂に戻り、今度は蒸し風呂を体験した。前回の紅葉の湯では、漢方の蒸し風呂だったが、今回はアロマの蒸し風呂だった。中に入ると、アロマの甘い蒸気を感じ取ることができた。ただ、私の身体は、アロマよりも漢方のほうを求めていると感じた。

 続いて、ドライサウナにも入ってみた。ドライサウナの中ではテレビを見ることができるようになっている。テレビを見ているうちに時間が経って、発汗が促進されることを想定しているのかもしれないが、私としては、テレビを見るよりも、本を読んだり英語の学習をしたりできるスペースであればいいのに、などと思ってしまった。

 先週は、十六時過ぎに着いて酵素浴の予約が十七時からだったので、お風呂をじっくり楽しむことよりも、酵素浴の開始時間を気にしていた。今回は、酵素浴の予約時間までたっぷりあるので、私は心置きなく竹林の湯を楽しんだ。室内のお風呂と露天風呂を合わせて、およそ一時間ほども入っていただろうか。

 あまり長い時間、入浴を繰り返すのも疲れるので、いったん休憩を取ろうと、脱衣場に戻って館内着に着替えた。携帯電話のメールを確認してみたのだが、ガンモからの返信は届いていなかった。どうしたものだろうと思い、私は携帯電話を持って脱衣場の外に出て、ガンモに電話を掛けてみた。しかし、ガンモの携帯電話に繋がらないのである。何度掛けて;みても繋がらない。「お掛けになった電話は、電波の届かない地域にあるか、電源が入っていないため、掛かりません」というメッセージが即座に流れるのだ。その流れ方が、いったんセンタに問い合わせて流れているのではない雰囲気だったので、もしかすると電源が入っていない状態なのかと思い、今度はガンモが仕事で使っている業務用携帯電話に掛けてみた。すると、同じFOMAなのにすっと繋がったではないか。

 ガンモの説明によれば、個人用携帯電話の電池が切れてしまったものの、普段、持ち歩いている充電キットをカングーの中に残したまま駐車場に停めてしまい、そのまま仕事をしているという。駐車場までは距離があるので、充電キットを取りに行けないそうだ。確かにガンモは、最近、新しい携帯電話の電池の消耗が激しいとぼやいていた。いつかこのようなことが起こるのではないかと思っていたが、まさしくその予感は的中したわけである。

 私は、酵素浴の予約が十九時からなので、すずらんの湯を出るのが二十時頃になってしまうことと、無料送迎バスの最終便に乗れないことなどを話したが、あいにく、ガンモの仕事は深夜まで掛かると言う。なるほど、それならば仕方がない。ガンモが仕事帰りに私を拾ってくれることを期待していたが、その期待ははかなくも破れてしまった。まあ、何とかなるだろう。私は気を取り直し、酵素浴までまだ時間があるので、晩御飯を食べておこうと思い、館内のレストランに入って食事を済ませた。レストランも和風を意識した落ち着いた雰囲気のお店で、くつろぎながら空腹を満たすことができた。

 時計を見ると、酵素浴の予約時間まであと二十分ほどだった。外はすっかり暗くなっている。私はもう一度、露天風呂に入って身体を温めておこうと思い、再び館内着を脱いで露天風呂に入った。もちろん、つぼ風呂にゆっくりと浸かり、前回は味わうことができなかった、屋外の夜景を眺めた。露天風呂はところどころライトアップされていて、とても幻想的だった。雪景色も良かったが、ところどころライトアップされた夜景もまたいい。無料送迎バスの最終便を見送る勇気があったからこそ体験できた贅沢である。

 つぼ風呂から上がった私は、身体を拭いて再び館内着に着替えたあと、酵素浴のチケットを握り締め、酵素浴の受付へと向かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は竹林の湯を満喫しました。今の時期、露天風呂はとてもいいですね。当然のことながら、露天風呂を渡り歩くときはすっぽんぽんなのですが、すぐに温かいお湯に浸かれると思うと、それほど寒さを感じません。湯船に浸かっていないときのひんやりとした空気と、湯船に浸かっているときの温かさが交互にやって来て、身体を心地良く刺激してくれているようでありました。

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2009.01.21

すずらんの湯(4)

映画『善き人のためのソナタ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ちなみに、『善き人のためのソナタ』というのは、映画の中に出て来るピアノソナタから来ているんですね。これまで仕事一筋だったヴィースラーが、盗聴という特殊な経験を通して、次第に第三者から影響を受けて変化していくさまが見事に描き出されたヒューマンドラマでありました。

 梅田店でホットヨガのレッスンを受けたあとは、昼食を取り、すずらんの湯に行くために、大阪から新快速列車に乗って神戸へと急いだ。そして、先週と同じルートで北鈴蘭台の駅に降り立ったのである。一つ手前の鈴蘭台で降りても良かったのだが、無料送迎バスの時間があまり都合良くなかったため、先週と同様、北鈴蘭台から無料送迎バスを利用することにした。

 先週と同じ時間に発車する無料送迎バスを待っていたところ、無料送迎バスのバス停にそれとなく人が集まっていた。どうやら今回は、今回はどうやら同乗者が何名かいらっしゃるようだ。無料送迎バスの発車時刻が近づき、無料送迎バスが視界に入って来ると、先週の四倍の人数、すなわち四人が無料送迎バスに乗り込んだ。ちなみに、無料送迎バスの運転手さんは、先週とは違う人だった。

 前回利用したときは、あまり余裕がなくて確認することができなかったのだが、私は北鈴蘭台からすずらんの湯まで、歩くとどのくらい掛かるのだろうと思いながら、窓の外を眺めていた。その結果、およそ二キロはあることがわかった。ホームページには徒歩十五分などと書かれてはいるものの、とてもとても十五分で歩ける距離ではなかった。おそらく、どなたかが実際に歩いて計った時間ではなく、普段から自家用車を利用されている方が、おおよその時間を推測されたのだろうと思う。

 何故、このようなことが気になるかと言うと、すずらんの湯の無料送迎バスの最終発車時刻が十八時だったからだ。十六時に着いてお風呂と酵素浴を満喫して十八時に帰路につくというのは、ほんの少しではあるのだが、後ろ髪が引かれる思いがしてしまうのだ。せめてあと三十分くらいのんびりできたらいいのにと思う。のんびりした結果、無料送迎バスの最終便を見送ってしまうようなら、北鈴蘭台駅まで自力で歩けるかどうかを確認してみたかったのである。しかし、この寒空の中をお風呂上りに三十分も歩くのはなかなか勇気のいることだとわかった。

 それはさておき、前回は雪が降っていたので、雪景色の入口を撮影したのだが、今回は雪のない入口を撮影してみた。



雪のない入口

 中に入ってすぐのところに、北国からの業者さんなのか、農産物の直販に来られていた。あまり売れ行きがよろしくないのか、売り手の諦めの気持ちがひしひしと伝わって来た。私は学生時代、マネキンのアルバイトをしたことがある。そのときにわかったことは、自分で売れると決めてしまえば商品はどんどん売れるし、売れないと決めてしまえばさっぱり売れないということだった。つまりは、売り手の気持ちがそのまま買い手に伝わり、買い手の気持ちを動かすということだった。

 私は、先週と同じように靴を下駄箱に預けてようとして、既に鍵の掛かっている下駄箱がやけに多いことに気が付いた。どうやら、前回、利用したときよりも混雑しているようだ。もしかすると前回は、雪が降っていたために、雪道を自家用車で走りたくなくて自粛されていたのかもしれない。

 さて、券売機で入浴券と酵素浴のチケットを購入しようとして、私は困ってしまった。前回、利用した十七時からの酵素浴のチケットは既に完売となっている。しかも、そのあとの十八時からの酵素浴も同様に完売である。これから購入できるのは、十九時からの酵素浴のチケットとなっていた。しかし、無料送迎バスの最終発車時刻は十八時だ。無料送迎バスの最終便に乗ることができなければ、北鈴蘭台駅まで三十分掛けて歩くしかないのだろうか。とは言うものの、こうしてせっかくすずらんの湯にやって来たというのに、酵素浴を利用せずにお風呂だけ利用して帰宅するのはとても悔しいではないか。私はしばらく迷った挙句、思い切って十九時からの酵素浴のチケットを購入し、受付に提示した。

 すると、受付の方も私に気を遣って、
「酵素浴の開始時間までかなりお時間がありますが、よろしいですか?」
と尋ねてくださった。私は、
「そうですね。できればもっと早い時間に利用したかったのですが、既に予約がいっぱいのようですので、その時間でかまいません」
と答えた。酵素浴の受付は、一時間に二人までのようだ。おそらくだが、酵素浴の個室が二つしかないのだろう。

 私は、館内着とタオルを受け取り、脱衣場へと向かった。どうやら館内着はすべての利用客に割り当てられているわけではなく、酵素浴の利用客に付いているようだ。前回の紅葉の湯と違って、今回は竹林の湯が女湯だったので、脱衣場入口に掲げられたのれんも入れ替わっていた。酵素浴の予約時間まで三時間もあるので、私はたっぷりとお風呂を満喫しようと思っていた。帰りの足が気になってはいたが、ガンモが車で仕事に出掛けているので、いざとなればガンモに応援を頼もうと思っていた。お風呂に入る前に、そのつもりでガンモにメールを送っておいた。

 脱衣場の様子からも、先週とはうって変わって、ひどく混雑していた。先週は、同じロッカーのブロックには誰もいなかったのに、今回は、同じブロックに数人の人たちがいる。まさか、先週のガンまる日記をご覧になった方たちが、こうしてすずらんの湯に詰め掛けたのだろうか? いやいや、それは自惚れというものだ。

 私は、ホットヨガの荷物やら大きなリュックやらをロッカーに詰め込んで、お風呂道具を持って、竹林の湯の浴室へと歩いて行った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 先週とはうって変わって、今回はとても混雑していました。酵素浴は電話予約もできるようなので、予め予約しておけば良かったのかもしれません。しかし、このあと、無料送迎バスの最終便を見送るという思い切った決断が、心行くまでお風呂を楽しむという願望を叶えてくれたのでありました。

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2009.01.20

映画『善き人のためのソナタ』

冷え取り健康法の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。これからどのような形で毒だしが行われて行くのか、じっくりと観察して行きたいと思います。まだ一記事しかありませんが、冷え取りカテゴリも新たに追加しましたので、お楽しみに。(笑)

 年末年始に鑑賞したDVDの中で、特に印象に残った作品のレビューを書かせていただいている。去年、映画『わが教え子、ヒトラー』を鑑賞し、教授役のウルリッヒ・ミューエが既に亡くなってしまっていることを知った。そこで、彼の代表作の一つである本作を鑑賞したいと思ったのである。

 舞台となっているのは、東西ドイツがまだ冷戦状態にあった頃の東ドイツの首都、東ベルリンである。ウルリッヒ・ミューエ演じる国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと彼の恋人で舞台女優のクリスタが反体制的であるという証拠を掴むことを命じられる。そこでヴィースラーは、工事担当の人たちを率いてドライマンの部屋に無断で侵入して盗聴器を仕掛け、二交替制で彼らの行動を盗聴するようになる。

 国民の自宅に盗聴器を仕掛けるなどというスパイじみた行為を、国の職員が行っていたというのは衝撃的である。日本では言論や思想の自由が認められているが、社会主義国であった当時の東ドイツでは認められていなかったのだろう。それは、国民を思い通りに操りたいという「国家の恐れ」から来るものだと思われる。例えそれが盗聴というスパイじみた行為であったとしても、反体制的な活動を行っているという証拠を突きつけられれば、直ちに逮捕されてしまうような世の中だったのだ。何とも理不尽な話である。

 実際のところ、ドライマンは劇作家仲間たちとともに、とりわけ慎重に反体制的な活動を進めていた。ヴィースラーがその内容を盗聴しているので、ドライマンは直ちに逮捕されてしまってもおかしくはない状況だったのだが、盗聴を続けて行くうちに、ヴィースラーの中にある変化が芽生えて始める。それは、芸術や文化を受け入れる心の豊かさと言ってもいいのかもしれない。

 通常、私たちが芸術や文化に触れるとき、そのきっかけは何だろう。最も多いのは、身近な人の影響によるものだろう。あるいは、好きなアーチストや好きな人の影響かもしれない。私たちは、誰かが好きと言ったものに興味を持つ傾向にある。しかしヴィースラーの場合は、盗聴を繰り返すことにより、彼らをどんどん身近に感じるようになって行った。毎日のように耳にヘッドフォンを押し当てて、彼らの生活の音を耳で聴く。ヴィースラーのそれは、単に聴覚だけの体験には留まらず、次第に彼らのことを他人とは思えなくなり、彼らと同化してしまったのだろう。つまり、最初は彼らの敵の立場ヴィースラーが、盗聴を繰り返すうちに味方に転じてしまったというわけである。だからヴィースラーは、国家保安省局員という立場で今後の出世が約束されていたはずなのに、あのような行動を取ったのだ。

 ヴィースラーの変化は、人間としては当たり前のことであって、決して驚くべきことではないのかもしれない。ヴィースラーと交替制で盗聴していた後輩局員との対比が面白い。後輩局員が仕事と割り切って、心を入れずに盗聴していたならば、ヴィースラーは仕事とは割り切れずに心を入れて盗聴していたと言える。というのも、ヴィースラーには最初から、ドライマンの恋人である舞台女優のクリスタに対する興味があったからだ。ヴィースラーが盗聴に心を入れることに対し、彼女の存在が入口になったのだ。ヴィースラーが熱意を持って盗聴しているときに、無情にも後輩局員との交替時間がやって来て、しぶしぶ交替しなければならないシーンは面白い。

 なお、映画サイトの情報によると、ベルリンの壁崩壊後も、国家保安省(シュタージ)を扱った作品はタブーとされ、長い間、製作されることはなかったそうだ。そして、この映画の監督である弱冠三十三歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督が、これまで取り上げられることのなかった国家の闇の部分にスポットを当てて、世界中から大絶賛を浴びたそうだ。

 私にとって、ベルリンの壁の崩壊は、まだまだ記憶に新しい。当時、突然入って来たニュースに驚きもしたが、それ以前にこのような形で東ドイツの国家が守られていたということに更なる驚きを感じた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私生活が盗聴されているなんて、考えただけでも身震いがしますよね。恋人との会話もセックスも、何もかもヴィースラーに筒抜け状態でありました。劇作家ということで、表現力を使って、東ドイツの人々を西ドイツの思想に染めてしまうことを恐れていたのでしょうか。こういう映画を観ると、何をするにも心を入れるということの大切さを思い知らされます。おそらく、後悔がない状態というのは、心を入れて行動することなんでしょうね。だから、二人に傾いてしまったヴィースラーは出世はできなかったけれど、決して後悔はしていないはずです。

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2009.01.19

冷え取り健康法

ホットヨガ(一三六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ビギナーコースのレッスンはとても新鮮なエネルギーを吹き込んでくれました。思えば、私にもこんなふうに初々しい時期があったんですよね。(苦笑)また、ビギナーコースでは、それぞれのポーズが何に効果があるのかをちゃんと説明してくださっているので、改めて参考になりました。

 酵素について調べて行くうちに、「冷え取り」なるものを実践すれば、筋腫の縮小が見られるという記事を見付けた。その記事によれば、筋腫は食べ過ぎによって、消化し切れずに体内に溜まってしまった毒素から形成されるものらしい。そこで、身体に溜まった毒素を取り除く工夫をすれば、筋腫も小さくなるという。その方法とは何と、靴下の重ね履きをするというものだった。

 ただ、靴下の重ね履きと言っても、化学繊維の靴下を重ね履きしてもあまり意味がないらしい。肌に触れる部分には絹の五本指靴下を履き、その上に綿の五本指靴下を履き、三枚目には絹の通常型の靴下を履き、四枚目は綿の通常型靴下を履き、五枚目以降は絹と綿の靴下を交互に重ねて行くというお作法があるらしい。そうして足を暖めることで、身体の中に溜まっている毒素が取り除かれて行くのだそうだ。

 私は、ものは試しにと思い、自宅にある靴下で絹か綿の靴下を探し出して五枚重ね履きしてみた。確かに暖かい。しばらくすると、足がじんじんして来た。しかも、一日履いているうちに、膝の関節が痛み始めた。毒だしが始まると痛みを感じるらしい。早くも毒だしが始まったのだろうか? それにしても、我が家には化学繊維の靴下の多いこと! 素肌に直接触れる部分であるだけに、これからは靴下の素材にも気を遣いたいものである。

 私は、本格的な毒だしを試みるために、重ね履きするのに最適な靴下をインターネットの通販で購入した。ご紹介したサイトからリンクされているサイトでも、冷え取り用の靴下の通販が行われているようだが、私は同じような効果が期待できるそうなものを楽天市場で検索して購入した。絹と木綿から出来ているその靴下は、私が普段、履いている靴下よりもずっと割高だったので、洗い替えを何足も注文すると、かなりの金額になってしまった。届いた靴下は、以下のような感じである。

冷え取り健康法ソックス
足に触れる部分が絹、靴に接する部分が綿で出来ている

 早速重ね履きしてみたのだが、意外にも五本指の靴下は履き辛いということがわかった。これまでにも、五本指の靴下を履いたことはある。しかし、私の足の指はあまり開きたがらないせいか、五本指の靴下を履くのはダブルの掛け布団の六箇所を紐で結ぶくらい難しい。だから、五本指の靴下を重ね履きするのはもっと大変である。特に、薬指と小指がなかなか開かず、私はしばらくの間、五本指の靴下と格闘していた。さすがに五枚も重ね履きすることはできず、とうとう三枚で挫折してしまった。五本指の靴下を二枚と、先丸の靴下を一枚である。

 ところで、この状態で靴を履いて外に出掛けることはできるのだろうかと不安になった。靴下を重ね履きすると、足のサイズが大きくなり、普段、履いている靴は合わなくなってしまうのではないだろうか。一瞬、そう思ったが、途中ではたと気が付いた。そう言えば、かつて靴の魔法という記事を書いた。そうだ、我が家の下駄箱には、履き続けることですっかりサイズが大きくなってしまった靴が何足もあるはずだ。それらの靴を復活させることにしよう。私は下駄箱の中から、ぶかぶかになって履けなくなってしまった靴を取り出して履いてみた。靴下の重ね履きをしていると、これまでぶかぶかだった靴がちょうどいい! 冷え取りのために、こうして靴下を重ねて履けば、資源の再利用にも繋がるわけだ。

 思えば、私は足の冷えに関してはずっと無頓着だった。夏のオフィスで冷たいクーラーにさらされたときは、夜、眠れなくなってしまうほど足が冷えたため、ぽかぽか足湯なるものを購入して対処した。しかし、夏の足の冷えを克服してからは、むしろ裸足で過ごすことに意義を感じていた。実際、冬の今でも、冷え取りを実践するようになるまでは、帰宅するや否や、玄関ですぐに靴下を脱いで裸足になっていた。真冬に裸足で過ごすことこそ健康法だと思っていたのだ。しかし、夏のオフィスの冷房で足を冷やしたことが私の身体に良くない影響をもたらしたのだとすれば、真冬に裸足で過ごすことも身体に良くない影響をもたらすと考えてもおかしくはない。

 まだ冷え取り靴下を履き始めたばかりなので、実際にどのような効果が現れるかについてはご報告することができない。筋腫を抱えている人が冷え取り健康法を実践した結果、毒だしのために大量に出血して一時的に苦しみ、苦しんだあとは不思議と身体が楽になり、筋腫が縮小した例があるそうだ。もうすぐMRIの検査を受け、私の今後の予定が決まる。I医師の予定が向こう半年間も詰まっているならば、その間に何か大きな変化をもたらしたいものだ。

※2012.06.16追記

冷え取り健康法を実践し始めてからおよそ三年後、私は歩行時に足の踵の痛みを感じるようになりました。どうやら、四枚の靴下を重ね履きした靴が自分の足にフィットしていなかったことが原因のようです。これから冷え取り健康法を実践される方は、四枚の靴下を重ね履きした足が、履いている靴にフィットしているかどうかをきちんとチェックされたほうがよろしいかと思います。そうでなければ、いつの間にか足がストレスを抱えるようになってしまい、ストレスを抱えた足で歩行を続けると痛いところをかばうようになるため、更に身体を悪化させることになってしまうと思います。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m また新しい健康法を始めて、ガンモに呆れられています。(苦笑)ガンモ曰く、私は次々にいろいろなことを始めるけれど、どれも長続きしないとか。そんなガンモは、ホットヨガだけは続いていると感心してくれています。(苦笑)本格的な毒だしが始まると、歩行も困難になってしまうというのが少し心配ではありますが、逆に、そこまでなればしめたもの。歩行困難になったとしても、筋腫が小さくなるなら、乗り越えてみせます!

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2009.01.18

ホットヨガ(一三六回目)

映画『パンズ・ラビリンス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、この映画にはナナフシが登場します。ナナフシは子供の頃、図鑑を読んでいて、最も気になる昆虫でした。私は田舎で生まれ育ちましたが、ナナフシの実物を見たことは一度もありません。そのため、私の中では幻の昆虫のようなイメージがあったのですが、こうして映画で鑑賞することができてとても光栄に思っています。

 ガンモが、
「土日祝に使える大阪までのJR回数券が六枚余ってる」
と言う。ガンモによれば、回数券の期限が切れるのは二十三日だという。六枚も余っているということは、大阪まで三往復しなければ、せっかくの回数券を無駄にしてしまうことになる。そこで私は、神戸店に入れておいたホットヨガの予約をキャンセルして、梅田店のレッスンを受けることにした。しかも、レッスンを終えたあとにすずらんの湯に行きたいと思っていたので、希望のレッスン時間と梅田店のレッスンスケジュール、それからレッスンの空き状況の相互関係により、ビギナーコースのレッスンを受けることになってしまった。ちなみにガンモは私に大阪までの回数券を手渡すと、
「任せた」
と言って、朝から仕事に出掛けて行った。

 私が最後にビギナーコースのレッスンを受けたのは、一年ほど前に、三宮店で仕事帰りに受けたレッスンだったと思う。あのときも確か、他のレッスンの予約を入れたかったのに、既に定員に達してしまっていたために予約が取れず、仕方なくビギナーコースのレッスンを受けることになってしまったはずだ。今回も似たような状況ではあるのだが、最近の私は比較的緩いレッスンを望んでいるので、ビギナーコースのレッスンを受けることに対し、ほとんど抵抗はなかった。むしろ、入会したての会員さんたちの初々しいエネルギーを感じ取ることができるかもしれないという期待もあった。

 家を出るのが少し遅くなってしまい、梅田店に着いて準備を整えてスタジオに入ったときには、既にウォーミングアップのストレッチが始まっていた。参加者の数は私を入れて十一名である。そのうち、男性会員は一人だけだった。参加者の方たちの様子を鏡越しに観察していると、期待していた通り、明らかに初々しい雰囲気が漂っていた。一つ一つのポーズを取るのもまだまだ戸惑いが感じられるようで、まっすぐ前を向いて鏡を見ながら自分のポーズを確認している人は少ない。まだポーズに慣れていないために、視線がインストラクターに向いているのである。おそらくだが、ビギナーコースのレッスンに参加されている方たちは、入会したての方から入会後半年くらいまでの方だと思われる。ビギナーコースを経て、他のコースに参加されている方たちは、レッスン中に既に自分の世界を確立させている。インストラクターの声を聴覚だけで聞き取り、まっすぐ前を向いて鏡を見ながら自分のポーズを確認しているのだ。

 ビギナーコースで取るポーズも、七十五分のベーシックコースで取るポーズも、九十分のベーシックコースで取るポーズも、ほとんど変わりはない。ポーズの数が少ないか多いかだけの違いである。かろうじて、ポーズの数以外の違いを挙げるならば、鳩のポーズが足を上げずに身体を斜め上に向けるだけのポーズであることくらいである。(注:ご紹介した動画では、七十五分のベーシックコース、九十分のベーシックコースで取っているように、足を上げている)

 ビギナーコースでは、バランスのポーズの数が二つだけと少ない。バランスのポーズは確か、七十五分のベーシックコースでは三つ、九十分のベーシックコースでは四つ行っているはずだ。ビギナーコースで行ったバランスのポーズは、木のポーズ踊り子のポーズである。私自身がビギナーコースのレッスンを受けていた頃は、身体のバランスがうまく取れなくてヨロヨロしていたものだった。今回、参加したビギナーコースのレッスンでも、多くの方たちがバランスのポーズを取りながらよろめいていた。私は、これまで自分の成長ぶりを実感することはなかったが、かつて私もあれほどよろめいていたはずなのに、今ではしっかり立てるようになっていることを知った。つまり、ビギナーコースに参加することで、過去の自分が歩いて来た道が見えて来たというわけである。

 私は、自分が歩いて来た道を振り返り、少しでも成長できていることがうれしくてたまらなかった。そのせいか、いつもはしっかりと足を伸ばさないところで、今回だけは思い切り足を伸ばしてみたりと、先輩面してポーズを取って、張り切ってしまった。久し振りに参加したビギナーコースで、これほどの刺激を感じることになろうとは・・・・・・。ただ、レッスンを終えても、ほとんど汗はかいていなかった。ビギナーコースは肉体的な刺激を求めるようなレッスンではなく、自分自身の成長ぶりを実感できる精神的な刺激の多いレッスンだったと言える。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ご紹介した動画は、私が実際に通っているホットヨガスタジオのインストラクターが取っているポーズそのものでした。見覚えのあるヨガウェアだなあと思いながら見ていると、私が通っているスタジオの名前が書かれていたので驚きました。(笑)しかも、今回私がレッスンに参加した梅田店のインストラクターが動画作成に参加されているようですね。現在、梅田店では、このヨガウェアではなく、新しいヨガウェアに変わっています。他にも私がレッスンで取っているポーズが動画で紹介されているようですので、もしご興味があれば、ご参考になさってくださいませ。

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2009.01.17

映画『パンズ・ラビリンス』

快適な冬の夜の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ついにダブルの掛け布団を愛用する季節がやって参りました。(笑)冬は暖房器具に頼るよりも、着るものや布団で暖かくして過ごすのが一番いいような気がします。毎年、ファンヒーターを使っている我が家ですが、まだファンヒーターを稼動させていません。今のところ、我が家の暖房器具は、座布団大のホットカーペットだけですね。やはり暖冬なのでしょうか。これ以上、寒くならなければ、このまま冬を越せそうです。(^^)

 この映画は、劇場公開中に映画館に足を運ぶことができずに、鑑賞された方のレビューを拝見して、ずっと悔いが残っていた作品である。年末年始の九連休を利用して、ようやくDVDで鑑賞することができた。見逃してずっと後悔していただけあって、とても見応えのある良い作品だった。

 フランコ政権のスペイン。内戦で父を失くした少女オフェリアが、母の再婚のために大尉である非情な独裁主義の義父のもとにやって来る。母は義父の子を妊娠中で、体調があまり芳しくない。義父のところに向かう途中、オフェリアは、今後の人生を大きく変える手掛かりを見付けた。その手掛かりは、オフェリアが義父のもとにやって来たあと、自宅近くに地下へと伸びる迷宮の階段へと彼女を導き、パン(牧神)に出会うのだった。

 この映画を一言で語るならば、「ダークなファンタジー映画」だろうか。多くのファンタジー映画は、大きな映画館で全国一斉ロードショーされるが、映画を鑑賞している間は楽しくても、何日も経てば、面白かったという印象だけが残り、その詳細な内容は忘れてしまう。しかし、このダークなファンタジー映画は、ミニシアター系の映画館で上映されていた作品だけあって、私たちの心の中にずしりと残る何かをプレゼントしてくれた。これまで鑑賞したファンタジー映画と大きく異なっていると感じたのは、オフェリアの置かれていた環境が、少女が生きて行くにはあまりにも苛酷な環境であり、オフェリアが生き延びて行くには、地下の迷宮に逃げ込むしかなかったという点である。

 義父は、これから生まれる赤ちゃんに対する愛情は示しても、妻の連れ子であるオフェリアのことはむしろ憎いとさえ思っているようだった。病弱の母は、オフェリアをかばい切れない。だからオフェリアは、自分自身で幸せを掴むために、何とかして地下の迷宮に逃げ込もうとする。何故ならオフェリアは、魔法の王国の王女の生まれ変わりであるとパンに言われたから。パンはオフェリアに、魔法の王国に戻るためには、満月の夜までに三つの試練を乗り越える必要があると言った。そしてオフェリアは、パンの与えてくれたヒントに従って、行動を起こすのだが・・・・・・。

 三つの試練を乗り越えるために、オフェリアが体験する出来事は、独創的でとてもわくわくするものだ。母が作ってくれたとっておきの服を身にまとったまま、大ガエルの退治のために木の中にもぐり込んで泥だらけになったり、チョークで書いた扉を開けて、魔物がうたた寝している前を通って鍵を探しに行ったり。特に、オフェリアが生まれ来る赤ちゃんのことを思い、母の横たわるベッドの下にミルクに浸したマンドラゴラの根を置くシーンはいい。マンドラゴラの根は、やがて生まれ来る胎児のように、ミルクの中で身体をくねらせている。

 伏線で進行しているゲリラと義父の率いる軍との対立の絡ませ方もいい。フランコ政権に対抗する人たちを描いた作品は他にも鑑賞したことがあるが、ゲリラ活動が活発になるほどひどい政権だったのだろうかと想像される。ダークなイメージの中でも光を感じられるのは、ゲリラに参加している弟と姉の姉弟愛であったり、オフェリアの母や生まれ来る赤ちゃんへの愛であったり、ゲリラに参加している姉のオフェリアへの愛であったりする。更に、地下の迷宮への希望もまた、オフェリアにとっての光である。

 この映画には様々な解釈があり、鑑賞した人たちの間で波紋が広がっていたようだ。すべてはオフェリアの妄想だったと解釈する人たちもいれば、オフェリアが体験したことは妄想ではなかったと解釈する人たちもいる。言うまでもなく、私の解釈は後者である。義父のもとで、あれだけ辛い思いを体験したオフェリアだから、彼女には幸せになって欲しいと心から願うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような素晴らしい映画を見逃していたのかと、良い作品に出会えた喜びとともに、劇場で鑑賞できなかったことを少し残念に思いました。できれば、大きなスクリーンで鑑賞したかったと思いました。義父役の俳優セルジ・ロペスですが、以前にも何かの映画で悪役を演じていたことを思い出しました。そう、オドレイ・トトゥ主演の映画『堕天使のパスポート』でした。映画『堕天使のパスポート』では、ホテルの支配人を演じていた彼が、この映画では、非情な独裁主義の大尉に成り切っていましたね。

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2009.01.16

快適な冬の夜

商売繁盛、えべっさんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 西宮神社に行くと、西宮市で作られている「えべっさんの酒」というのが販売されているのですが、毎回、そこにえべっさんの格好をしたおじさんが立っているのですね。しかし、今年は時間が早かったせいか、お目にかかることができませんでした。ガンモは毎回、えべっさんと一緒に写真を撮ることを楽しみにしていたのです。今回は残念でしたが、また次回に期待したいと思います。

 ガンモが風邪を引いた。同じ職場の人から風邪の種をもらい、夜寝るときにシングルの掛け布団からはみ出して、芽吹いてしまったらしい。朝起きると、ガンモは本格的な咳を繰り返していた。この冬は、ずっとシングルの掛け布団で粘り続けていた私たちだったが、これを機会にとうとうダブルの掛け布団を使うことにした。

 今はガンモよりも体力のある私が、別の部屋にしまってあるダブルの掛け布団を引っ張り出して来ることになった。物で溢れ返っている我が家で、ダブルの掛け布団を寝室まで運ぶのはなかなかやっかいである。ダブルの掛け布団がひどく大きいものだから、途中でいろいろなものにぶつかりながら前進する。ダブルの掛け布団が寝室のベッドの上に落ち着くまでに、家の中の様々なものが倒れたり、ひっくり返ったりしている。

 それはさておき、ダブルの掛け布団を使い始めるからには、掛け布団にカバーを掛けなければならない。これがまた至難の業である。ご存知のことと思うが、布団カバーには布団カバーを掛け布団と密着させるための短い紐が六箇所に付いている。布団カバーから出ているそれらの紐を一つ一つ取り出して、掛け布団側に付いている紐の引っ掛け口にそれらを通して丁寧に結ぶ。しかし、狭いスペースではなかなかこの作業がなかなかはかどらない。掛け布団の縦と横を間違えて掛け布団カバーに納めyてしまい、途中で気づいて紐をほどいたりと、私はしばらくの間、ダブルの掛け布団と格闘していた。

 その格闘の中で思ったのは、家事の得意な女性ならば、広いスペースに掛け布団を広げて、さっさと紐を結んでしまうのだろうということだった。しかし、物で溢れ返っている我が家は家事に適した環境ではない。だから、誰かの家にお邪魔して、生活のための工夫が感じられる何かに出会うと、とてもうれしくなる。

 つい先日出掛けたえべっさんでも、屋台でたこ焼きを作って売っているおじさんが、屋台にカーテンレールを張り、そこにたこ焼きの元を納めたチューブをゴムで吊るしてレールの上を這わせているのを見て感動した。チューブから手を離しても、ゴムで吊るされているチューブはカーテンレールにぶら下がる。また、ゴムで吊るされているため、使うときも遊びの部分があって使いやすい。こうした工夫は、長年の経験により生み出されるものである。

 しばらく格闘したのち、私はようやく掛け布団を布団カバーに納め、六箇所を紐でしっかりと結んだ。そしてその夜、この冬初めてダブルの掛け布団で寝たところ、この上なく暖かかった。朝、一緒に目覚めたガンモも、
「あったかかった!」
と言って喜んでいた。これほど暖かいとわかっているなら、もっと早くにダブルの掛け布団を用意するべきだったと後悔している。こうして私たちは、快適な冬の夜を手に入れることができたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 布団カバーとダブルの掛け布団を結ぼうとして格闘しているとき、私には家事の才能がないことをつくづく実感しました。パソコンやカメラなどのメカには強いのに、この手の作業はからっきし駄目ですね。だから、人それぞれ、自分の得意分野を活かせばいいのだと自分自身に言い聞かせています。(苦笑)

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2009.01.15

商売繁盛、えべっさん

映画『ラースと、その彼女』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。大きな映画館で上映されている作品ではないのですが、もしかすると、話題になっている映画だったのかもしれませんね。普段、テレビも観なければ雑誌も読まないので、今、世の中で何が受け入れられているかという情報に疎くて申し訳ありません。もしかすると反対に、大流行しているものをあたかも自分が大発見したことのように綴って来たかもしれませんね。(苦笑)

 すずらんの湯に出掛けた翌日は、またしても自宅近くの大学で、ガンモがTOEICの公開テストを受けた。ちょうどえべっさんの開催時期だったので、TOEICの試験を終えたガンモと最寄駅で待ち合わせをして、福男で有名な西宮神社に出掛けた。最寄駅からJR線に乗り、さくら夙川(しゅくがわ)駅で降りると、西宮神社までは徒歩でおよそ十分だった。

 これまでの経験から言えば、私たちが西宮神社に参拝するときはたいてい、夜の混雑した時間帯だった。去年などは西宮神社の入口まで来ていたのに、あまりにも混雑して入場規制されていたために、参拝を諦めたのだった。しかし、今回はまだ明るい時間帯の参拝である。そのせいか、人が少ない。おかげで、夜になると入場規制されてなかなか入ることのできなかった福男を迎える表大門から、正々堂々と参拝することができた。

 えべっさんで楽しみなことと言えば、屋台とおみくじである。西宮神社の周りにも、そして中にも、何百という屋台が並んでいる。普段は少々割高な屋台の食べ物も、夜になるとディスカウントされて更に人だかりができている。しかし今回はまだ日の沈まないうちの参拝なので、屋台のディスカウントにはありつけない。おまけにガンモはTOEICの試験のあと、遅い昼食を食べたばかりだったし、同様に、私も昼食を食べたのが遅かったので、屋台の前を通り過ぎるだけに終わってしまった。今回は西宮神社に参拝することはできたものの、屋台はパスという、去年とはまるで正反対の結果となった。

 おみくじを引くと、吉だった。「うせ物 いづべし」と書かれている。うせ物と言えば、家出した結婚指輪である。おみくじに書かれている通り、出て来るといいのだが。

 さて、おみくじを引いたあとは、いよいよ本殿への参拝である。本殿に続く通路を通るときに、ふさふさした白いものを持った神官(?)が、参拝客の頭にお祓いのような仕草をする。毎回思うのだが、あの仕草は一体何と言うのだろう。神官(?)は三人くらいいて、行列を作っている参拝客は、どの神官(?)にお祓い(?)をしてもらうかを決めて先へ先へと進む。神官(?)のお祓い(?)を受けて更に進むと、そこはもう本殿だ。本殿のすぐ手前には、大きなまぐろがお供えされていて、まぐろの上にはたくさんの硬貨が並べられている。どれもこれも、えべっさんの風物詩である。

 本殿の前のお賽銭箱に向かってお賽銭を投げて、去年のお礼と今年のお願いをした。私は、神社もお寺も入口に過ぎず、中は一つだと思っているので、祈願の方法に神仏の区別はない。

 本殿を抜けて、福娘(?)から商売繁盛の笹を買った。私たちにとっての商売繁盛とは、不況の中で仕事に精を出せるということでもある。

 それから出口まで、たくさんの屋台が並んでいた。そう言えば、毎回、西宮神社のえべっさんに足を運ぶと、出口の手前の広場にお化け屋敷が開設されている。そのお化け屋敷を一度、ガンモと二人で利用したことがあるのだが、人形ではなく、生身の人間がお化けを演じる恐ろしいお化け屋敷だった。あまりもの恐ろしさに、私たちは命からがら逃げ帰ったのを覚えている。

 今年もそのお化け屋敷はあるのだろうかと思いながら広場の近くまでやって来た。ガンモは、
「さすがにもうないだろう」
などと言ったが、あったのだ。私は、勝ち誇ったような口調で、
「あるから」
と言った。しかも、入場料は値上げなしの五百円である。怖いことがわかっているだけに、私たちはお化け屋敷の前をウロウロするのみに留めた。それよりも、利用客が出口から出て来る様子を観察しようと、しばらくお化け屋敷の様子に見入っていた。そのうち、若い三人組が中に入り、興奮した表情で出口から出て来るのが見えた。恐るべし、生身のお化け屋敷である。

 ところで、酵素浴を体験したばかりの私は、すこぶる元気だった。第二チャクラが活性化されたためか、足を一歩踏み出す恐怖心がない。足を一歩踏み出す度に軽い痛みを感じていたため、歩くことがあまり楽しくなかったのに、第二チャクラが活性化され、お腹にいくらか力が入るようになったので、足を一歩踏み出すのも怖くなくなったのだ。この活性化された状態がいつまで続くかはわからないが、魔法が解けてしまう前に、新たな魔法を掛けてもらいに行きたいものである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、商売繁盛、えべっさんをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 携帯電話しか持参しなかったので、写真の写りが悪くて申し訳ありません。私たちが出掛けたのは、えべっさんの最終日、「残り福」でありました。参拝客の会話から知ったのですが、大阪の今宮戎神社は、西宮神社よりもずっと参拝客が多いのだそうです。結婚してからというもの、私たちは近場の西宮神社にしか足を運んだことはありませんが、どれほどの盛り上がりなのか、大阪にあるゑびす神社にも一度、出掛けてみたいものです。

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2009.01.14

映画『ラースと、その彼女』

すずらんの湯(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。酵素浴のあとは、米糠の作用でお肌がツルツルになっていました。あまりにもツルツルなので、ガンモも驚いていました。美肌効果も高いようです。ただ、米糠がまだ身体に残っていたのか、お風呂に入ると、白いものがプカプカ浮いていました。(苦笑)いろいろ調べてみましたが、酵素浴を利用できる施設はまだまだ少ないようですね。しかも、すずらんの湯よりも一回の利用料金がずいぶん割高のようです。かつての岩盤浴のように、ブームになれば、もう少し価格も安くなるのかもしれません。すずらんの湯は、リーズナブルな価格で酵素浴を体験させてくれることがわかり、ますますはまりそうです。(笑)

 ようやく年末に鑑賞した映画のレビューを綴れるようになった。この映画は、予告編を観たときからとても気になっていて、公開されたら絶対に鑑賞しようと思っていた。

 人と接触することを避け続けて来た青年ラースは、あまり社交的ではないことから、同じ敷地内に住む兄夫婦に心配されていた。兄夫婦は、普段からラースを食事に招待したりと、何かと気を遣い、ラースと積極的にコミュニケーションを取る機会を設けていた。そんなある日、ラースが「海外から彼女が訪ねて来た」と言って、兄夫婦に女性を紹介したいと申し出た。シャイなラースにようやく彼女ができたと思い、喜びと期待に胸を膨らませる兄夫婦だったが、驚いたことに、ラースが連れて来たのはインターネットで販売されている等身大のリアルドールだった。ラースはそのリアルドールを「ビアンカ」と呼び、彼女が宣教師であることや、スーツケースを失くして困っていることなどを兄夫婦に話して聞かせた。

 この映画の素晴らしいところは、
「そんなのただの人形じゃない!」
と、誰一人として口にしないところである。というのも、兄夫婦がラースの挙動を心配して女性医師に相談したときに、周りの人たちがラースの世界を受け入れてあげることが大切だと助言されたからだ。そこで、ラースに関わる人たちにも協力を求め、町をあげて、ビアンカの存在がラースの彼女として受け入れられるようになったのだ。

 ビアンカは車椅子に乗せられ、あたかも生身の人間であるかのような扱いを受けている。兄夫婦も医師も、町の人たちもみんなラースとビアンカに対して優しい。人の選択を認めるということは、簡単なようでいてなかなか難しいものだ。人の選択を受け入れることよりも、自分の選択を人に押し付けることのほうがずっと楽なはずである。だから、この映画を観ていると、「許容すること」の大切さを実感させられる。「許容すること」とは、時間を掛けて、その人自身の気づきを辛抱強く待つということでもあるのだ。

 最初のうちラースは、自分に想いを寄せてくれている同僚の女性マーゴに見向きもしない。それでも、あることをきっかけにして、二人は次第に接近して行く。二人のやりとりの中でとても印象に残ったシーンがある。マーゴは職場であるいたずらをして、同僚の男性から大事にしているぬいぐるみをひどく傷つけられてしまう。悲しみに暮れるマーゴを見て、ラースはそのぬいぐるみに対し、ひるみもせずに救命処置を行う。ぬいぐるみに心臓をマッサージを施し、人工呼吸を行うのだ。実に心温まるシーンである。

 ラースはあまりにもシャイなために、生身の人間となかなか向き合えない青年と思われがちだが、人形に対する愛情は賞賛に値するものがある。生身の人間となかなか向き合えない人は、自分の思い通りになる女性を求めたがる傾向にあるようだが、人形に対するラースの愛情を見守っていると、彼が生身の人間と向き合ったときの双方向の幸せが見えて来る。

 やがてラースは大きな分岐点に立ち、今後の選択に対し、自分自身で新たな台本を書く。そう、ラースの取った行動は、自分の人生を自分自身で創造していることを私たちにも思い出ださせてくれるものだった。こうしてラースは自分自身で人生を変えたのである。

 一人の青年の選択に、町中の人たちが本気で協力するという、一見、コメディのようなストーリーではあるものの、明日になれば忘れてしまうような軽い笑いではない。誰一人先回りせずに、ラースのペースに合わせてラースの気づきを根気強く待った。特に、ラースを担当した女性医師が素晴らしい。患者をコントロールしようとせず、患者の可能性を信頼し、町の人たちをも巻き込みながら、包み込むような治療を行った。彼女の存在なくしては、この映画は成り立たなかっただろう。しかも、これだけ大きなプロジェクトに参加すれば、町の人たちだって、「巻き込まれた」という被害者意識は持たないはずだ。

 何と、ラースの役を演じているのは、映画『きみに読む物語』で主役を演じていたライアン・ゴズリングだった。かつてよりも体型がふっくらしていて、役柄もすっかり変わっていたので、初めて出会う役者さんかと思ってしまった。一粒で二度おいしい、幅の広い演技派俳優さんに出会えたような気がする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ラースに大事にされたビアンカが、最後は本当の人間になるのかと思いきや、全然違っていました。(苦笑)人は、いろいろな人たちの力を借りながら成長して行くものなのですね。しかも、成長したのはラースだけでなく、他の人たちにも人間的成長をもたらしました。ビアンカを生身の人間のように扱ってくれた町の人たちをはじめ、病院に勤める人たち、女性医師、兄夫婦、ラースと関わったすべての人たちの連携プレイが素晴らしい映画でありました。

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2009.01.13

すずらんの湯(3)

すずらんの湯(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私が今回、利用した女湯は、「紅葉の湯」でした。すずらんの湯にはもう一つ「竹林の湯」があります。私が訪れたとき、「竹林の湯」には男湯が割り当てられていたのですが、桶風呂ではなく、壷風呂があるようです。「紅葉の湯」と「竹林の湯」は入れ替え制のようですので、次回はこちらも是非体験してみたいですね。

 改めて酵素浴のチケットを確認してみると、「開始5分前に、健(スコヤカ)受付までお越しください」と書かれていた。はて、健(スコヤカ)受付とはどこだろう? 脱衣場を出た私は、きょろきょろしながらそれらしき受付を探した。すると、誰かに尋ねる必要もなく、看板が出ていたのですぐにわかった。

酵素浴のチケット

 開始五分前には少し早かったが、私は酵素浴のチケットを受付に差し出した。すると、フルネームとともに、これまでに酵素浴を利用したことがあるかどうかについても尋ねられたので、私は今回の利用が初めてであることを伝えた。その後、受付の方に勧められるままにコップ一杯のお水をいただいた。酵素浴では身体の水分が失われるために、あらかじめ水分補給を行っておいたほうがいいということなのだろう。見ると、お水の入ったサーバーも洋ものではなく、陶器の樽だった。館内着も甚平に似た和服で、どこまでも和風を追求するこだわりが感じられた。

 受付の女性に、
「それでは酵素浴のご用意を致しますので、しばらくお待ちください」
と言われ、受付横の待合所でしばらく待っていると、間もなく、
「準備ができましたので、こちらへどうぞ」
と案内された。

 そこは個室で、扉を開けるとぷうんと米糠の匂いが漂って来た。室内には人間が横たわれるくらいの大きな木の箱とその横にシャワーが備え付けられていた。木の箱の中に入っているのは温かい米糠のようである。つまり、米糠にくるまってたっぷり酵素浴をしたあと、シャワーで洗い流すらしい。

 受付の女性の説明によると、このあと、館内着を脱いで一糸まとわぬ姿のまま木の箱の中に入るのだそうだ。米糠の温度は六十度にもなっているという。準備ができ次第、受付の女性が再び部屋を訪れ、私の身体に酵素の入った米糠を掛けてくださるそうだ。受付の女性が再び訪れる前に、気になるところがあれば、自分で酵素の入った米糠を掛けて隠しておいてくださいと言われた。更に、今日は酵素の入った米糠の温度がいつもよりも高くなっているので、ひとまず十分間、様子を見て、まだ続けられるようであれば残りの五分間、酵素浴を続けることになった。

 受付の女性が個室から出て行ったあと、私はすぐに館内着を脱いですっぽんぽんになった。そして、木の箱の中に入り、バストや下半身など、気になるところに酵素の入った米糠を掛けて先ほどの女性が戻って来るのを待った。しばらくすると、先ほどの女性が戻って来てくださり、私の身体に酵素の入った米糠を掛け始めた。温かくてとても気持ちがいい。髪の毛に米糠が付くのが気になるようであれば、備え付けのシャワーキャップを耳元まで深くかぶるように言われていたのだが、私は酵素をめいいっぱい味わいたくてシャワーキャップをかぶらなかった。こうして私は、受付の女性の手により、顔以外の身体を酵素の入った米糠ですっぽり覆われたのである。

 かつて体験した砂むし風呂や砂湯と違っているのは、酵素の入った米糠は、砂と違って著しく軽いということだった。砂むし風呂や砂湯では、温泉の成分をたっぷり含んだ砂が身体の上に掛けられると、その重みで身体が圧迫され、心臓がドクンドクンと身体全体に血液を運んでいるのが実感できるくらいになる。生きている実感というのか、脈打つ自分自身をはっきりと感じられるのである。

 しかし、酵素の入った米糠はとても軽い。それでも、熱でじわじわと身体を温められている心地良さがある。受付の女性は、私の身体の上に酵素の入った米糠を掛け終わると、十分後に現れるという約束でひとまず部屋から出て行った。それからは私だけの時間である。

 私は木の箱の中で、静止したままずっと動かなかった。不思議に思ったのは、ほどなくして、第二チャクラのあたりがムズムズし始めたことである。私の第二チャクラが閉じているのだとすれば、明からに、開く方向に向けて酵素の入った米糠が働き掛けていることがわかった。それは、どこか性のエネルギーにも似ているようにも思えた。酵素浴を体験すると、身体の弱いところが活性化されるのだろうか。良くわからないが、私はとにかく第二チャクラのあたりの変化に注目しながら、酵素の持つエネルギーを感じていた。

 約束の十分はすぐに経過した。受付の女性が部屋に入って来て、
「大丈夫ですか?」
と私に尋ねてくださったので、私は、
「大丈夫です。続けてください」
と答え、残りの五分間、酵素浴を続けることにした。

 残りの五分間は、最初の十分よりも体感する熱さが増していた。私は、自分が残りの五分間に対してどのような気持ちでいるのかをじっくりと観察した。早く過ぎ去って欲しいと思っているのか、それとも、このままゆっくりと過ぎて行って欲しいと思っているのかと。その結果、酵素の入った米糠が以前よりも熱くなっていることが気になっていたのか、その熱さから逃れたいがために、時間を早回ししたい気持ちも少しだけあることを認めた。今、一番、何をしたいかと問われれば、水を飲みたい。私はとにかくのどが渇いていた。しかし、それらの欲望を振り切って、私は十五分間の酵素浴をまっとうしたのである。

 時間になると受付の女性がやって来て、そのまま起き上がってシャワーを浴びてくださいと言われた。受付の女性が出て行くと、私は木の箱からむくむくと起き上がり、すぐ隣にあるシャワーを使った。シャワーを浴びている間、呼吸が荒くなったので、深呼吸をしながらゆっくりとシャワーを浴びた。心地良い疲労感である。私の身体には酵素の入った米糠がびっしりとくっついていたが、シャワーで洗い流すと難なく取れた。タオルで身体をふいても、ほんのりと米糠の匂いが身体に残っている。

 館内着を着て、再び受付を訪れると、受付の女性が再び水を勧めてくださったので、私は一気に飲み干した。受付の女性は、
「どうもありがとうございました」
と言い残して、私が使用した個室の片付けに入ってしまったので、私は待合所に残り、陶器のサーバーの口をひねり、お水をもう一杯いただいた。

 初めての酵素浴は、第二チャクラに働きかけてくれる、とても心地の良い体験となった。私は、絶対にまたここを訪れたい気持ちでいっぱいだった。無料送迎バスの最終便が十八時に出ることになっていたので、私はそれに合わせて帰り支度を整えた。バスの時刻までまだ時間があったので、ロビーで少しくつろいだあと、出入口へと向かった。

 外に出てみると、きれいな満月が夜空にぽっかりと浮かんでいた。満月を見ながら桶風呂に入るのも悪くなかっただろう。しかし、最終バスが十八時なので、これ以上、長居はできない。

雪景色と満月

 無料送迎バスの乗り場に足を運んでみると、行きに私を運んでくださった運転手さんが無料送迎バスの中で待機していた。運転手さんは、ほぼ一日中、最寄駅とすずらんの湯を往復されているのだろう。そして、おそらくだが、無料送迎バスの運行が十八時で終了してしまうのは、彼の勤務時間によるのだろう。最終バスだというのに、利用客は私一人だけだった。ほとんどの利用客は自家用車で来られているようだ。

 運転手さんに、
「どちらまでですか?」
と尋ねられたので、
「北鈴蘭台駅までお願いします」
と答えた。無料送迎バスは定刻に発車し、行きとは違うルートを走り始めた。間もなく、どこかの駅の近くに停車したので、私は向こうに見えている駅を指差して、
「あの駅は何駅ですか?」
と運転手さんに尋ねた。すると、運転手さんは、
「鈴蘭台駅です」
と答えてくださった。鈴蘭台駅は、私が利用した北鈴蘭台駅よりも新開地寄りの駅である。私は、
「すみません、じゃあ、ここで降ります。ありがとうございました」
と言って、降ろしてもらった。

 そして、鈴蘭台駅から再び神戸電鉄線に乗り、帰宅したというわけである。北鈴蘭台よりも、手前の鈴蘭台から乗車したので、行きよりも電車代が五十円安く上がった。帰宅した私が興奮気味に、すずらんの湯で体験したことをガンモに熱く語ったのは言うまでもない。次回は是非ともカングーで訪れ、ガンモにも紹介したいところだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私にとっての酵素浴初体験は、第二チャクラを活性化させてくれるありがたい結果となりました。第二チャクラのムズムズ感はその後も続き、見ると、ちょうど子宮のある第二チャクラのあたりが赤くなっていました。何なんでしょう? 「あなたはここが弱いから、エネルギーを送り込んでおいたよ」という印なのでしょうか? もっともっと酵素浴について知りたい、体験したい、今はそう思います。

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2009.01.12

すずらんの湯(2)

すずらんの湯(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さん、既にお気付きのこととは思いますが、温泉・銭湯という新しいカテゴリを追加しました。過去に書いた記事を思い出しながら、これまで訪れた温泉や銭湯を新しいカテゴリから参照できるようにしてみました。このようにして、「ガンまる日記」はどんどん拡張して行くのですね。(笑)

 服を脱いで浴室に入ると、中は湯気がいっぱいに立ち込めていた。通い慣れたお風呂ならば、この辺りに何があって、と予測がつくのだが、初めてここを訪れた私には、まるで勝手がわからない。目が慣れて来るのを待って、慎重に一歩一歩踏み出した。どうやら中には巨石風呂、足つぼ風呂、ジェットバス、水風呂、抱き石風呂などがあるようだ。ひとまず私はカランの前に座り、髪と身体を洗って最も大きな抱き石風呂に入った。

 シャンプーにデリケートな私は、ホットヨガの帰りなので、普段から愛用しているせっけんシャンプーを持参していたのだが、備え付けのシャンプーが天然の素材を使用しているとわかったので、試しに使ってみた。すると、化学物質独特の不快感がまったくなかったので、とてもうれしくなった。ついでに備え付けのボディソープも使ってみたところ、やはり、身体に優しい成分で作られているのが良くわかった。私は、本当に着替えだけを持参して利用できるお風呂に出会えた喜びを噛み締めていた。

 ひとまず室内の湯船で身体を温めた私は、露天風呂に続く扉を開けて外に出た。雪が降っていたので、外の木々には雪が少し積もっている。露天風呂のコーナーは思ったよりも広い。大池風呂、トルマリン風呂、岩風呂という三つの大き目の風呂の他、寝転び湯と桶風呂があった。

 何と言っても私が夢中になったのは、桶風呂である。桶の形をした一人用の桶風呂は、木でできていた。これまで、全国津々浦々の様々なお風呂に入って来たが、桶風呂の形をしていても、材質が木ではないお風呂が多かった。しかし、ここは正真正銘の木の桶風呂だった。私は桶風呂に入り、桶に頭をもたせ掛けて空を見上げた。まだ明るかったので、雲が流れて行くのが見える。おまけに木々は雪化粧をしている。最高の景色である。

 私は、二つある桶風呂に交互に入り、他のお風呂に入ったあとも再び桶風呂に戻り、のんびりと湯船に浸かって雪景色と空を眺めた。この風景を写真に収められないのがとても残念だった。私は、雪景色を見ながら、露天風呂のある庭をあちらの湯からこちらの湯へとすっぽんぽんで渡り歩いた。外の気温は低くても、湯船に浸かれば温かい。私はすずらんの湯の露天風呂がすっかり気に入ってしまった。

 露天風呂を満喫したあとは、再び浴室に戻り、今度は漢方の蒸し風呂とドライサウナを満喫した。個人的には、ドライサウナよりも漢方の蒸し風呂のほうが好みである。扉を開けると、いかにも身体の悪いところを治してくれそうな漢方の匂いがプーンと漂って来るのだ。そして、中に入り、漢方の蒸気を感じながら、身体を癒した。私は漢方の蒸し風呂が特に気に入った。ただ、今回はたまたま漢方の蒸し風呂だったが、蒸し風呂のメニューはときどき取り替えられているのかもしれない。

 そろそろ酵素浴の予約時間が近づいて来たので、私は湯から上がり、身体を拭いたあと、館内着に着替えて脱衣場を出た。酵素浴がどこで行われるのか、何か手掛かりが掴めるだろうと思ったからである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 利用客はたくさんいらっしゃいましたが、三連休の初日といえども、それほどの混雑ではなかったように思います。露天風呂にも利用客がたくさんいらっしゃいましたが、利用客の皆さんは、桶風呂よりも大きな湯船を好んでいらっしゃったようです。桶風呂への
競争率が低いことも含め、とにかく私はここが気に入りました。(^^)

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2009.01.11

すずらんの湯(1)

ホットヨガ(一三五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 以前は、物足りないのではないかと思い、敬遠していた七十五分のベーシックコースですが、最近はどっぷりとはまっています。(笑)ところで、あと十回足らずで、現在使用している五十回回数券が終了してしまいます。結局、年末に五十回回数券を購入しなかったので、今後はチビチビと十回回数券を購入して行くことになるのですが、一回のレッスン料が割高になってしまうので、ちょっと考えています。(苦笑)

 手術や女性ホルモンの分泌を抑制する注射以外に筋腫を小さくする方法を模索し続けている。これまで、様々な方法に出会い、実践して来たものの、どれも決定的な効果をもたらしてくれるものではなかった。しかし、I医師にメスを取っていただくまでの半年間、何とかして筋腫を小さくしておきたかった。そこでたどり着いたのが、以前、鹿児島県の指宿(いぶすき)温泉や大分県の竹瓦温泉で体験した砂むし風呂または砂湯だった。

 鹿児島県の指宿温泉までは自宅から遠い上に、砂むし風呂が砂浜で行われているため、冬場も営業しているかどうかわからなかった。しかし、大分の竹瓦温泉なら、夜のうちにフェリーで移動できる上に、室内で温泉を利用して行われている砂湯なので、例え冬場であろうとも営業しているはずだ。ちょうど三連休で、ガンモはTOEICの勉強に専念したいと言っていたので、私は一人ででも大分の別府まで出掛けようかと思っていた。しかし、そこまでの行動力はなく、どこか近場で砂むし風呂または砂湯を体験させてくれるところはないだろうかとインターネットを徘徊しているうちに、酵素風呂の存在を知ったのである。

 もともと、酵素風呂の存在を知ったのは、筋腫を小さくするために有効なのは酵素断食だと書かれているページにたどり着いたことがきっかけだった。そこから更に酵素風呂にたどり着き、兵庫県内で酵素風呂を体験できる施設を探したところ、この記事のタイトルのすずらんの湯がヒットしたわけである。そこで、ホットヨガのレッスンの帰りに、神戸市北区にあるすずらんの湯まで出向いてみることにしたのである。

 神戸駅から少し歩いて高速神戸線に乗り、お隣の新開地(しんかいち)で降りた。そこから神戸電鉄線に乗り換え、北鈴蘭台(きたすずらんだい)まで出た。神戸電鉄線は、「しんてつ」の呼び名で知られている私鉄である。

神戸電鉄の車両。鉄道ファンからは、ウルトラマン車両と呼ばれている

北鈴蘭台駅

 北区は、神戸市の中でも寒い地域らしく、私の周りにいる北区の住民の方たちからは、「北区は神戸市の中でも温度が二、三度低い」と聞かされていた。だから私は、神戸市北区というのは、神戸市の繁華街からはずっと遠く離れた山奥にあるのだと思い込んでいた。ところが、電車が新開地を出ると、すぐに冬景色に変わったのである。確かに、神戸地方の土曜日の天気予報は雪だとは聞いていたが、私は雪国に足を踏み入れてしまったのかと錯覚してしまったほどだ。実際、どこからが神戸市北区なのかは良くわからなかったが、少なくともすずらん湯のある北鈴蘭台は、神戸市の繁華街から遠く離れたところにあるわけではなく、新開地から神戸電鉄線の普通列車でわずか十数分のところにあった。

 しかし、北鈴蘭台の駅に降り立って驚いた。何故なら、雪国のように、しんしんと雪が降っていたからである。ガンモに電話を掛けてみたが、私たちの住んでいる市では雪は降っていないと言っていた。やはり、北区は神戸市の中でも寒い地域のようである。

北鈴蘭台駅前

 ところで、北鈴蘭台駅からすずらん湯に行くには、無料送迎バスが運行されている。私は無料送迎バスの時間を調べずに北鈴蘭台駅に降り立ってしまったのだが、ノートパソコンを開いて確認してみると、無料送迎バスはさきほど出発したばかりで、あと五十分以上も待たなければ次の便がないことがわかってしまった。そこで、北鈴蘭台駅周辺をうろうろしてみたのだが、心細くなってしまうほどに時間を潰せそうな場所が見当たらなかった。仕方なく、駅ビルの中の本屋さんにしばらく滞在し、次の無料送迎バスを待った。

 ようやく時間になり、無料送迎バスの停留所に足を運んでしばらく待っていると、「すずらんの湯」と書かれた無料送迎バスがやって来た。どうやら、利用するのは私一人だけのようである。無料送迎バスに乗り込み、三、四分ほど揺られると、目的のすずらんの湯に到着した。

 すずらんの湯は、和風の落ち着いた建物だった。雪が降っているので、なかなか趣き深い。



すずらんの湯

 入口を入るとすぐ右手に下駄箱があり、空いている下駄箱に靴を入れて鍵を掛けた。そして、自動券売機で入浴券(土日祝の入浴料は九百円)と酵素浴のチケット(十五分千九百円)を購入し、受付を済ませた。すずらんの湯に着いたのは十六時過ぎだったので、私は十七時からの酵素浴を予約した。酵素浴の予約は、指定された時間のチケットを自動券売機で購入することにより、可能になっている。

 受付では、館内着のサイズを尋ねてくださった。館内着のサイズを自分で選べる心遣いがありがたい。館内着とともに、バスタオルとフェイスタオルの入ったバッグも受け取った。初めての利用だったのだが、私が何度も訪れているように思われたのか、酵素浴の利用方法に関する説明はなかった。私はそのまま女湯ののれんをくぐり、ひとまずお風呂に入ることにした。すずらんの湯のホームページには、酵素浴を利用される方は、あらかじめお風呂に入って身体を温めておいたほうが良いと書かれていたので、それに従うことにしたのである。

 脱衣場に入ると、木のロッカーがたくさん並んでいた。私の大きなリュックも、ホットヨガのバッグもすっぽり入るほどの安心できる大きさである。また、ロッカーを挟んで木の椅子が置かれてあり、その上に荷物を置いたり、椅子に座ったりしながら着替えのできる心地良いスペースとなっていた。しかも、脱衣場が広いせいか、三連休の初日だというのに、他の利用客とかち合わなかった。私は、ゆったりとした脱衣場のスペースから、早くもすずらんの湯に惚れ込んでしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事が長くなりますので、複数回に分けて綴らせていただきますね。いやはや、またしても新しい試みに挑戦であります。(苦笑)ちなみに、すずらんの湯には岩盤浴もありました。こちらは三十分の利用で五百円です。今回は岩盤浴は利用しなかったのですが、リーズナブルな値段なので、いつか利用してみたいですね。お風呂のみの利用ですと、平日ならば八百円のようです。銭湯に比べると割高ですが、バスタオルとフェイスタオルを借りられるのはいいですね。しかも、カランにはそれぞれシャンプー、リンス、ボディーソープ、洗顔用ソープなどが個別に備え付けられていますので、着替えさえ持って行けば、手軽に利用できるようになっています。

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2009.01.10

ホットヨガ(一三五回目)

映画『リダクテッド 真実の価値』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この映画に出演されていたほとんどのアメリカ人兵士たちが、映画初出演だったようです。もしかすると、ドキュメンタリータッチに仕上がっているのは、そうした事情があったのかもしれません。かつて他の役を演じた経験がないのだとすると、なおさら、本物のアメリカ人兵士のようでありました。

 私は今日から三連休だが、ガンモは金曜日から三連休で、月曜日には仕事が入っている。更にガンモは日曜日にTOEICの公開テストを受けることになっているため、猛勉強中である。そこで私は、ガンモを自宅に残して神戸店にホットヨガのレッスンに出掛けることにした。

 神戸店に着くと、受付で顔なじみのスタッフが元気良く、
「あけましておめでとうございます!」
と声を掛けてくださった。喪中なので、こういうときは口頭でも「寒中お見舞い申し上げます」と言うべきなのだろうか。良くわからなかったが、元気な声で新年のあいさつをしてくださったことがうれしくて、ついつい私も新年のごあいさつを返してしまった。

 今回、参加したレッスンは、七十五分のベーシックコースである。三連休の初日だというのに、やはり参加者は多く、狭いスタジオに十六名がひしめき合っていた。参加者のためのヨガマットは十七枚用意されていたが、レッスンに参加されなかった方が一人いらっしゃったようである。

 レッスンを担当してくださったのは、ベテランインストラクターである。普段、あまりお話をさせていただくことのないインストラクターだったが、ありがたいことに、私の名前をちゃんと覚えてくださっていた。後半のお腹を使う寝ポーズに入ったときに私が休んでいると、私の名前を呼び掛け、気遣ってくださったのだ。大きな筋腫を抱えたままホットヨガのレッスンに参加し続けることは、毎回、インストラクターにこのような気遣いをさせてしまうことになるのかと思い、少し申し訳ない気がした。

 前回のレッスンで気になった白鳥のポーズ(白鳥の湖のポーズ?)は、今回のレッスンでは登場しなかった。そこで今回は、YouTubeからサギのポーズをご紹介することにしよう。YouTubeからサギのポーズは、後半の座りのポーズの中で行うポーズである。私が受けているレッスンでは持ち上げないほうの足は前方に伸ばしているところが、今回、ご紹介する動画とは異なっている。筋腫の大きい私がこのポーズを取ると、足とお腹が接近するため、圧迫感を感じて拷問のように辛い。

 レッスンを終えたあとシャワーを浴びて受付にロッカーの鍵を返しに行くと、吉本興業のインストラクターとさきほど元気に新年のあいさつをしてくださったインストラクターが受付に立っていた。実は先日、ホットヨガのスタッフブログを拝見していたときに、吉本興業のインストラクターが書いたと思われる富士山登頂の記事を見つけたので、彼女に確認してみた。その記事には富士山の頂上に到達したときの写真が掲載されていたのだが、富士山の頂上に到達するという大きな目的を果たし、普段とはまったく異なる表情をされていたため、もしかすると別人かもしれないと思ってしまったからだ。すると、やはり記事を書かれたのは吉本興業のインストラクターであることがわかった。

 吉本興業のインストラクターは、お友達と一緒に富士山に登るバスツアーに参加されたという。バスは朝、梅田を出発して、十五時くらいに富士山の五合目に着き、途中で仮眠を取りながら、真夜中から早朝に掛けて山頂を目指したのだそうだ。そして、山頂で朝日を見て下山されたという。上に行くほど空気が薄くなるので、ヨガの呼吸法が役に立ったそうだ。

 記事の中に、富士山はパワースポットと書かれてあり、興味を持った。私が富士山を訪れたのは、高校の修学旅行のときのことである。バスで途中まで登っただけで、山頂までは登っていない。当時の私には、パワースポットかどうかさえもわからなかった。パワースポットとは、人々の気持ちが一つにまとまり易い場所なのかもしれない。富士山の場合は、日本一の山の頂上を目指すという特殊な経験が人々の気持ちを高揚させ、同じ目的を持った人たち同士の横の繋がりが生まれて大きなエネルギーに変わるのではないかと思った。やはり、パワースポットの成せる技なのか、富士山の山頂まで到達したという人の話を聞いただけでもわくわくして来る。パワーを分け与えてもらっているような気がして来るのだ。私も日本人なら、いつかは富士山の山頂を目指したいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 吉本興業のインストラクターに、富士山の頂上で携帯電話は通じるのかと尋ねてみましたら、Softbankは通じなかったけれども、docomoは通じたそうです。(笑)山頂に立ち、親しい人に電話を掛けてその喜びを伝えたい人たちのために、docomoは希望を叶えてくれているのでしょうね。吉本興業のインストラクターが参加したと思われるバスツアーをインターネットで検索してみましたら、このバスツアーがどのような方たちに向いているかという条件の中に、「体力のある方」という表記がありました。むむむ、体力のない私には向いていないかもしれませんね。(苦笑)

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2009.01.09

映画『リダクテッド 真実の価値』

尾も白いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 考えてみれば、「尾も白い」というのは、尾以外のところも白くなければなりませんでしたね。まあ、大目に見てやってくださいませ。(苦笑)

 今回、レビューを書かせていただく映画もまた、一ヶ月ほど前に鑑賞した作品である。イラクで実際に起こった、アメリカ人兵士による十四歳の少女レイプ及び彼女を含む四人の家族殺害事件を題材に、その前後の様子を推測して製作されている。ドラマ仕立てではなく、ドキュメンタリータッチで仕上がっているため、よりリアリティがある。

 去年、映画『告発のとき』という作品を鑑賞したが、今回、鑑賞した作品もまた、映画『告発のとき』で描き出されていた問題と同様の問題を含んでいるように思う。どちらの作品も私たちに強く訴え掛けているのは、イラクに送り込まれたアメリカ人兵士たちにとって、イラク戦争が長引くことは、心の平穏を保ち続けるのが困難になるということだ。人を殺めるという究極的な行為を繰り返していると、第三者に痛みを与えることに対して鈍感になってしまう。

 検問所で疑わしきイラク人女性を銃殺したアメリカ人兵士がスクリーンに映し出されている。人を殺めたというのに、彼はとてもヘラヘラしている。イラク人を殺すことなど、朝飯前といったところだ。もともと戦争とは、兵士同士の戦いであるらしい。だから、アメリカ人兵士の敵はイラク軍の兵士であって、一般のイラク人ではない。しかも、疑わしきイラク人女性と言っても、決してやましいことがあったわけではない。それなのに、彼はイラク人女性を銃殺してしまったのだ。彼は、仲間からイラク人女性を銃殺した感想を求められているのに、それに答えようとしながらも途中から別の話を始めてしまう。見ていて、「この人、何?」と思う。彼は度胸が据わっているのではない。開かれるべきところが閉じているのだ。だから、人を殺めてもヘラヘラしていられる。人を殺したことを自分で受け入れることのほうが辛いために、心を閉じてごまかしているのだ。

 のちに彼らは自らの性欲を満たすために、十四歳の少女の自宅を襲う。その少女は、通学途中に何度も検問所を通過していた少女だ。あるアメリカ兵は、検問所でその少女の身体検査を念入りに行っていた。十四歳というと、日本で言えばまだ中学二年生である。そのような少女を性の捌け口として選んだばかりでなく、彼女を含んだ家族四人を殺害したことは、精神が麻痺しているとしか思えない。アメリカ人兵士たちのイラクへの長期滞在がそれほどの影響を与えているというのに、それでも戦争を辞めさせないのは、指揮を取っている大統領がおかしいのではないか。十四歳の少女とその家族がアメリカ人兵士たちに殺されたことが事実であるだけに、そんな憤りさえ感じる作品だった。

 この映画の監督は、かつて映画『カジュアリティーズ』という作品でベトナム戦争で実際に起こった集団強姦殺人事件を描いたブライアン・デ・パルマ監督だ。私はその作品も、この監督の代表作である映画『アンタッチャブル』も観てはいないが、映画『ブラック・ダリア』は鑑賞し、ストーリーに強く引き込まれたのを覚えている。もしかするとブライアン・デ・パルマ監督は、実際に起こった事件を取り上げて映像化するのがお好きなのだろうか。だからこそ、その時々で表現方法を模索し、今回はドキュメンタリータッチに仕上げようとしたのかもしれない。そして、このような方法で戦争に反対することは、戦場の現実を広く知らしめるという意味において、「戦争反対!」のプラカードを持って街を練り歩くよりもずっと説得力があるようにも思えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回はドキュメンタリータッチの作品だったのですが、同じテーマでドラマ仕立ての作品も観てみたい気がします。人を傷つけるということは、結局は自分自身をも傷つけていることになっているんですよね。カルマとかそういう形ではなく、もっと別の形で。この映画を観て、そのことを実感せずにはいられませんでした。

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2009.01.08

尾も白い

病は気からの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の筋腫は、とにかく大きくなってしまいました。椅子に座り続けることが困難なので、自転車に乗っているときも座り心地が悪いですね。今月、MRIの検査を受けることになっていますので、そのときに今後の予定について決めることになるでしょう。ただ、手術を受けるにしても、I医師の予定が既に半年先まで埋まっていますので、どうしようかと悩んでいます。今後も筋腫は成長を続けるでしょうから、このような症状を抱えたまま半年先まで我慢できるかどうか、あまり自信がありません。I医師は女性ホルモンの分泌を抑制する注射を勧めてくださいましたが、やはり私としてはホットフラッシュなどの症状に悩まされたくないので、何とか他の方法はないかと模索しているところです。注射を始めると、生理が止まってしまいますし、半年間、注射を続けたあと、そのまま手術に突入することになりますので、生理とのお別れが予定よりも早まってしまうわけなのです。これから何を選択するにしても、悩みますね。ただ、私の中に、ある新しい考えが浮かんでいます。注射の代わりにそれをしばらく実践してみようかと思い始めているのですが、まだ実践していないので、実践してから報告させていただきたいと思います。さて、今回は久し振りに鳩の話題です。

 この真冬にTKMYとキッコロがまたしても我が家のベランダの排水溝のあたりに巣を作り、卵を二つ産んだ。寒空の中、TKMYとキッコロが交替で卵を温め続け、そのうちの一つが無事に孵った。母親のTKMYと同じように、尻尾のあたりが白いのが面白い。これぞ、本当の「尾も白い」である。

ぼたもち状態になった雛
(隠しカメラの画像のように、画質が悪くてごめんなさい)

 雛が孵ってからしばらくは、雛を怯えさせないようにするために、しばらくベランダの掃除をすることができなかった。何しろ、TKMYとキッコロは毎回、ベランダの排水溝の近くに巣を作るので、ベランダを掃除するときに巣に残っている雛をわざわざ持ち上げて安全な場所に退避させなければならないからである。

 雛が孵ってからある程度の日数が経過し、雛の黄色い産毛もぼたもち色に成長したので、ガンモがベランダの掃除をしてくれることになった。TKMYたちが排水溝の近くに巣を作る度に、ガンモが巣に残された雛を持ち上げて、安全な場所に退避させて掃除をしていたのだが、これまでは警戒心からか、特にTKMYがガンモに対して敵意をむき出しにしていたらしい。しかし、その度にガンモが雛を退避させた実績があることから、もはやガンモが雛に危害を加えないことがわかったのか、今回のTKMYはガンモに対して敵意をむき出しにすることなく、ガンモの行動をそっと見守っていたようだ。ただ、雛はガンモを警戒し、鳩パンチの姿勢を取ったという。それに対し、ガンモは、
「父ちゃんと母ちゃんの子だったら大人しいのに、まだぼたもちの状態で鳩パンチの姿勢を取るとは、さすがTKMYとキッコロの子だわ」
と感心していた。父ちゃんは鳩の中でもジェントルマンなので、父ちゃんと母ちゃんから生まれる雛たちも大人しい。しかし、TKMYとキッコロは性格が荒いので、二羽から生まれる雛の性格もワイルドだ。鳩も親から性格を引き継ぐようである。

 ガンモは、雛のために小さな紙の箱を用意し、ベランダ掃除の間中、その箱の中に雛を入れておいたそうだ。その箱は、雛が自由に出入りできるように、横に倒しておいたという。しかし、雛は掃除の間中、箱の外に出ることなく、大人しくその箱の中に入っていたそうだ。

 その経験を通して、雛はその箱の中にいると温かいことがわかったのだろうか。ガンモが掃除を終えてしばらく経っても、雛は自主的に箱の中に入っていた。しかも、なかなかのきれい好きのようで、箱の中では決して糞をせずに、箱の外で糞をしていた。雛が箱を気に入ってくれたようなので、現在も箱はそのままにしている。ガンモは、
「箱を気に入ってくれる雛なんて初めてだ」
と言って驚いていた。私は、犬小屋を作ったときに、飼い犬が犬小屋に入ってくれたときに感じたようなうれしさを思い出した。

 あるとき、TKMYが寝室の窓辺に立ち、カラスがやって来たときの合図である「クウ」を繰り返していた。「クウ」は、カラスを意味する「クロウ」にも聞こえる。鳩も英語を話すのだろうか。そんなことを思いながら寝室の窓を開けてみると、遠くの空からカラスの鳴き声が聞えていた。おそらくTKMYが雛に、
「あれがカラスの鳴き声だから、ちゃんと覚えておくのよ。カラスには気をつけなければならないからね」
と何度も言い聞かせていたのだろう。

 鳩は人間と違って、カラスに雛をさらわれたとしても立ち直りが早い。同じように、父ちゃんが新しいお嫁さんをもらったのも、前の母ちゃんがいなくなってからわずか二、三ヶ月のことだった。おそらく鳩は、人間よりも感情が留まる時間が短いのだろう。おまけに、夫婦であっても餌を分け合わない。とにかく自分の空腹を満たすことだけを考えている。ただ、雛に対する愛情はしっかりとある。TKMYは、とりわけ母性が強い。それにもかかわらず、雛が一人前になると、早く巣立ちしろと雛に冷たくなる。それらが、三年半に及ぶ彼らとの付き合いでわかったことである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまで何度も繰り返して来たことではありますが、ベランダの鳩に、また新しい命が誕生しました。雛が大きくなると、また賑やかになりそうです。TKMYとキッコロたちの間に生まれた雛ですから、どんなやんちゃな雛に育つのでしょうね。

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2009.01.07

病は気から

映画『デス・レース』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画サイトの情報によれば、ポルシェやジャガー、BMWなどがレース用の車として改造され、登場していたようですが、私は全然気付きませんでした。(苦笑)

 仕事始めの日に気が付いたことがある。それは、筋腫が大きくなり過ぎて、長時間、オフィスの椅子に座り続けるのが困難だ、ということである。九連休の間、自宅でパソコンに向かうときは、それがノートパソコンであれデスクトップであれ、私は胡坐をかき、小さなテーブルの上に置いたパソコンのキーボードを叩いていた。もちろん、胡坐をかいていても、ずっと同じ姿勢を取り続けることは困難だったので、途中で何度もいぞいぞと動き回り、姿勢を変えていた。それでも、椅子に座るよりはずっと負担が少なかったように思う。大きな筋腫が膀胱を圧迫しているため、すぐにトイレに行きたくなってしまうばかりか、椅子に座り続けることも困難になってしまった。これからまた仕事が忙しくなるというのに、困ったものである。

 そんな状況だから、少し前までは、手術なんて受けるものかと思っていたというのに、今ではこの状況を早く何とかしたいと思い始めている。インターネットで同じような症状の人を検索してみると、確かに筋腫が大きくなり過ぎると、座り続けるのが困難になって来たり、階段の昇降も辛いと思うようになってしまうようだ。私は、階段の昇降はかろうじてこなせるのだが、お腹をかばいながら歩くため、普通に歩くスピードが人よりも遅い。そのため、通勤途中もどんどん他の人に抜かれてしまう。

 私の周りにも、筋腫があるという人は何人かいる。しかし、彼女たちにその後の筋腫の様子を尋ねてみると、私のように大きくはなっていない人がほとんどである。彼女たちは、筋腫があるという診断は受けているものの、ある時期から病院には通っていないようだ。果たしてこの違いは何なのだろうか。

 昔、何かの本で「声掛けの有効性」について読んだことがある。植物でも、人間でも、声を掛けることにより、元気になるという話だ。植物を二つ用意して、一方の植物には毎日、声を掛けるが、もう一方の植物には声を掛けないでいると、それ以外の条件を同じにしたとしても、声を掛けた植物のほうがぐんぐん成長するそうだ。

 そこで私がたどり着いた結論は、筋腫のことを気に掛けていると、筋腫はどんどん大きくなってしまうが、筋腫があることなど忘れてしまうと、筋腫の成長は止まるということだった。私はこの四年間、筋腫のことを忘れたことがなかった。つまり、筋腫のことを意識しながら、「声掛け」に相当する方法で筋腫を育成してしまったのだ。今更無視をしようにも、ここまで大きくなり過ぎてしまっては無視できない。「病は気から」というのは、あながち嘘ではなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 椅子に座っていると、お腹の筋肉を使い続けることになるために、長時間、座り続けることができないようです。特にオフィスの椅子は、背もたれのあたりがなかなかフィットしなくて、心地良い姿勢を求めて常にいぞいぞと動き回っています。インターネットで検索してみましたら、腰に負担の掛からない椅子はあるのですね。お腹に負担の掛からない椅子があればありがたいですが、仮にそのような椅子があったとしても、オフィスに持ち込むわけにも行きません。(苦笑)私もとうとうここまで来てしまったのか、という感じです。

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2009.01.06

映画『デス・レース』

思った以上に明るい見通しの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 『赤毛のアン』という文学作品がありますが、部分的であるにしろ、私の今の髪の毛はまさしく赤毛かもしれません。欧米の文学作品や映画を鑑賞すると、赤毛の人がブロンドの髪の毛の人に対して劣等感を抱いていますよね。もしかすると、そうした感覚がそのまま、天然ヘナの売れ行きとも結び付いているのかもしれませんね。

 この映画を鑑賞したのは、およそ一ヶ月ほど前のことである。私は普段、こうしたアクションものの映画はほとんどと言っていいほど鑑賞しないのだが、自宅近くにオープンした大型映画館のレディースデイにひょこひょこ出掛けて行ったときに、単に待ち時間が少ないという理由だけで、何の予備知識もなくこの映画を鑑賞することになったのである。そう、以前、少し書かせていただいたのだが、このとき私は、自宅の最寄駅前で買ったお弁当を持っていた。

 『デス・レース』とは、刑務所で行われる生死を賭けた過酷なカーレースのことである。現代よりも犯罪が増えてしまった近未来、公の刑務所は犯罪者でいっぱいになってしまった。そのため、民間の企業が刑務所を運営し、囚人を受け入れるようになる。民間の企業が運営しているからには、必然的に利潤追求が行われる。ターミナル・アイランド刑務所は、刑務所の敷地内で過酷なカーレースを行い、その様子を全世界にテレビ中継することで、視聴者からの掛け金を募っていた。そのカーレースには、仮面をかぶった伝説のカーレーサーが出場し、視聴者から絶大なる人気を集めていた。あるとき、実力のあった元レーサーであるジャンセンが妻殺しの濡れ衣を着せられてターミナル・アイランドに収容される。それは、ジャンセンをデス・レースに出場させるために女所長が仕組んだ罠だった。

 ターミナル・アイランド刑務所の女所長は、何が何でもデス・レースの中継で高視聴率を獲得し、掛け金を集めることにやっきになっていた。刑務所が普通の企業と同じように営利目的で運営されているのだから、無理もない。殺人だろうが買収だろうが、高視聴率を確保し、掛け金を募るための手段は選ばない。もともと、ターミナル・アイランド刑務所にいるのは、重い罪で送り込まれた囚人たちなので、レースの途中で事故死しようが、刑務所にとっては大した問題ではないのだ。そのため、そこで繰り広げられるカーレースは壮絶な展開になった。命を賭けたカーレースに参加すると、囚人にとって、それなりのメリットもある。何と、カーレースに何連勝かすると、刑務所から出所できる自由の身が約束されているのだ。

 カーレースを成功させるためにチームを組んでいるスタッフがまた素晴らしい。レースで車が痛むと、次のレースが開催される十数時間の間に素早く車をメンテナンスする。生死を賭けているカーレースだけあって、他のレーサーたちの意気込みもまた半端ではない。それに加え、カーレースを自らの思いのままに操ろうとする刑務所の女所長の企みもどこか腹黒いものがある。レースに優勝しようと思えば、周りは敵だらけだ。

 カーレースには、毎回、女子刑務所から美人ナビゲータが呼ばれる。この美人ナビゲータがとにかく色っぽい。彼女たちもまた、命を賭けてこのカーレースに参加しているわけである。美人ナビゲータは、初めてカーレースに参加するジャンセンをフォローする。

 私は、普段、好んでは見ないような激しいカーチェイスや殺人並みの競争にみるみる引き込まれていった。この映画、面白い! F1レースなどに夢中になり、夜中まで観戦している人たちの気持ちも少しはわかるような気がして来た。だからと言って、私自身が今後もカーレースにどっぷりはまるというわけではない。映画として充分楽しませてもらったというだけのことである。手に汗握る激しいカーレースのあとは、更にあっと驚くラストが用意されていた。もう、大満足である。

 調べてみると、この映画は、一九七五年に製作された映画『デス・レース2000年』の現代版リメイクなのだそうだ。私はオリジナル版を見ていないので、今後、DVDで鑑賞したい作品リストに加えておこうと思う。

 スクリーンでは爆音が轟いていたので、予告編が終わり、本編が始まってからも、私は心置きなく持参したお弁当を自分の席でパクパク食べた。私の席の周辺に、ほとんど観客がいなかったのが幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際に民間の企業が刑務所を運営し始めたら、営利目的のために、このようなことが起こったとしてもおかしくはないのかもしれませんね。ただ、刑務所の存在自体、どうなんでしょう。最近、別の映画を鑑賞したことで、刑務所に関する考え方が少し変わりました。隔離するよりもむしろ、社会の人たちの目にさらすほうが、犯した罪に対する意識も高まるのではないかとも思えて来ました。この映画の場合は、そうした人間の繊細な部分までは描かれていません。ただ、囚人たちが重い罪を犯したことを理由に、生死を賭けた娯楽に結び付けられているのです。現実には有り得ないだろうという大前提があったため、現実ではなく、映画として鑑賞するモードに切り替えてじっくり鑑賞することができました。

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2009.01.05

思った以上に明るい見通し

始末書を書いたはなしの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ウィルス感染騒ぎを起こしてしまったときに使用していたWebメールは、フリーのWebメールでした。最近のWebメールには、フリーであっても、スパムブロック機能が付いたり、https://から始まるアドレスでセキュリティの高いWebメールサービスもありますよね。私もそれらの機能を満たしているGmailを愛用しています。もしもこれから新しいWebメールアカウントを取得しようとされている方がいらっしゃいましたら、例えばGmailなど、https://から始まるアドレスのWebメールサービスを利用されたほうがよろしいかと思います。https://から始まるアドレスのWebメールは、ネットワーク上に流れるデータを暗号化してくれますので、ネットワーク上に流れる生データをモニタしている人たち(モニタするための専用のツールがあります)に読み取られる心配がありません。ただ、ウィルスチェックに関しては、お使いのパソコンにインストールしておく必要がありますね。有料プロバイダのメールの中には、メールサーバ側でウィルスメールを除去してくれるサービスがありますので、ウィルスチェックソフトをパソコン側にインストールされない場合は、そうしたサービスを利用されるのもいいかもしれません。また、おそらく多くの方たちが普段お使いの、Outlookなどのメーラーを使って受信するpopメールに関しましては、https://から始まらないアドレスのWebメールと同じ状況ですので、ネットワーク上に流れるデータは暗号化されていません。つまり、ネットワーク上には暗号化されていない生データが流れていますので、悪意を持った人に内容を読み取られる可能性があります。しかし、popメールを暗号化するには、電子メールの送信者と受信者で互いのデジタル証明書を交わす必要がありますので、お互い同じ会社でもない限り、難しいかと思います。そういう意味では、暗号化しないpopメールよりも、https://から始まるアドレスのWebメールは安全性が高いですね。

 年末年始の九連休中、手帳にリストアップしていた連休中に成すべきことのうち、掃除以外のことはすべてこなした。リストアップしていた項目の中で私が最も充実していると感じたのは、DVDの鑑賞である。もともと、レンタルDVDからゴニョゴニョしたDVDがずいぶん貯まっていた上に、年末にライブ仲間のお友達からたくさんの映画のDVDをお借りした。おまけに、ガンモに夜勤の仕事が何度か入っていたため、昼間に寝室で睡眠をとろうとするガンモの邪魔をしないようにするために、別の部屋でひっそりとDVDを鑑賞することが多かったのである。多いときは、一日に三本のDVDを鑑賞した。これまでの私の生活は、外に出掛けて行くことが多かったので、ホットヨガのレッスンの予約も入れず、自宅でゆったりと過ごせることに喜びを感じていた。

 好きなことで充実していた九連休があっという間に終わり、今日は仕事始めだった。連休明けの出勤は、何となくけだるいものである。楽しかった九連休とのギャップがあまりにも激しくて重い気持ちのまま家を出ると、夜勤に出掛けて、そろそろ帰宅しようとしているガンモから私の携帯電話にメールが届いた。ガンモのメールによれば、JR神戸線で人身事故が発生しているらしい。最寄駅に着いてみると、ガンモの言う通り、人身事故のため、JR神戸線は六十分の遅れで運行されていた。あとから知ったことだが、男性が線路の上に横たわっていたそうだ。男性に気付いた運転士が急ブレーキをかけたが、男性は亡くなり、仕事始めのダイヤが大幅に遅れた。それでも、やって来た電車に飛び乗り、出勤したところ、新年早々の遅刻となってしまった。仕事始めの日に、その男性に一体何があったのだろうか。

 ところで、私は出勤したあとトイレに立ち、勤務先のトイレの大きな鏡で自分の髪の毛を見て「あっ!」と驚いた。何故なら、私が予想していたよりもはるかにオレンジ色が濃かったからである。鏡に映っているのは、ポップなおばさん、いやいや、好きなロックバンドがいて、ライブハウスに足繁く通っているようなポップなお姉さんだった。連休中、毎日のように自宅の洗面所の鏡の前に立ち、ナチュラルオレンジで染めた髪の毛を確認していたはずだったが、自宅の洗面所は白熱灯を使用しているため、実際の髪の毛の色を映し出してはいなかったようだ。思った以上にオレンジ色に染まっているのを確認した私は、いつもダ○ソーにナチュラルオレンジばかり売れ残っている理由をようやく理解した。多くの人たちにとって、ナチュラルオレンジで染めた色は明る過ぎるのだろう。それにしても、白髪がすべてオレンジ色に染まり、これだけ明るいオレンジ色の髪の毛に変身したのだとすると、やはり私の白髪はかなり多いことになる。それでも、仕事に差し支えるほどの明るさではないので、私は引き続きナチュラルオレンジを使用し続けようと思う。

 仕事から帰宅したあと、ガンモに、
「会社のトイレで自分の髪の毛を見て驚いたよ。思った以上にオレンジ色だったんだもん。洗面所の電気は白熱灯だったから、これまで気付かなかったんだよ」
と言うと、ガンモは、
「やっと気付いたか」
と言った。私自身、あまりにも明るいオレンジ色に驚いたというのに、実際に、蛍光灯で照らし出された鏡で確認するのと同じ色で私の髪の毛を見ていたガンモがそれほど驚かなかったということは、このオレンジ色の明るさが、私には違和感がないということなのだろう。

 思っていた以上に明るいオレンジ色に染まっていた私の髪の毛から、今後の見通しが思った以上に明るいと解釈することにしよう。しかも、オレンジ色は私の弱い子宮のあたりを示す第二チャクラの色でもある。もしかすると、私の第二チャクラの輝きが足りなくて、応援に駆けつけてくれたのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今日は小池徹平くん、いえいえ、ガンモの誕生日でした。実は私が帰宅したとき、夜勤の疲れが残っていたのか、ガンモはまだ寝ていました。クリスマスには、スポンジケーキと生クリームでガンモがケーキを作ってくれたので、今度は私がガンモにケーキを作ろうと思い、仕事帰りにスーパーに立ち寄ったのですが、時期が時期なのか、スポンジケーキは売られていませんでした。そこで仕方なく、小さなケーキを買って帰ったのですが、ガンモが寝ていたことと、夜も遅かったので、ケーキはひとまずお預けにしています。ガンモもまた一つ歳を取ったわけですが、ガンモがとうとう四捨五入して五十歳になったなんて信じられません。勝手に四捨五入するなと言われてしまいそうですが。(笑)

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2009.01.04

始末書を書いたはなし

映画『ブロークン・イングリッシュ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m どこかの映画サイトに、「フランス人があんなに英語をしゃべれるはずがない」などというコメントがありましたが、それはひと昔前までのフランス事情だと思います。最近のフランス人は、ちゃんと英語をしゃべってくれます。(笑)

 昨年末あたりから、景気が急に冷え込んで来て、派遣労働者の大量解雇などの問題が取り上げられている。かくいう私も、社員ではなく、派遣社員としてオフィスで働いている。

 もともと私が派遣会社に登録しようと思ったのは、東京のソフトウェア会社で社員として働いていた頃にバブルが崩壊し、営業職の補助のような仕事に回されたことがきっかけだった。私は退職願を出して、コンピュータ業界から足を洗おうとしたのだが、結局、これまでの業務経験を完全には捨てられず、派遣会社を通してソフトウェア会社で働き始めた。バブルが崩壊したため、社員として働いていたとしても、ボーナスはほとんど支給されないような時代だった。そのため、社員として働いても、派遣社員として働いても、年収はそれほど変わらず、むしろ社員として働いてもボーナスが支給されないならば、毎月の給料の高い派遣社員のほうがありがたいくらいだった。

 その後、私は派遣会社を通して働くことをやめて、ある企業とフリーで契約した。金額交渉も自分で行い、その企業から定期的に仕事をもらっていた。その頃にガンモと出会い、やがてその企業で働くのを辞めて、結婚のために関西に移住したというわけである。関西に移住してからは、やはりこれまでの業務経験を活かすために、現在の派遣会社に登録して仕事を始めた。途中、仕事があまりにも忙しくなってしまったために、一年ほど現役を退いていたのだが、派遣会社の営業担当に推されて仕事復帰して現在に至る。

 それはさておき、実は私にも、契約が打ち切りになってしまったという経験がある。と言っても、契約途中で打ち切られたわけではなく、契約が満了したときに、引き続き更新されなかったという経験である。ソフトウェア開発の派遣社員の場合、派遣先企業との契約はたいてい三ヶ月単位か半年単位で行われている。ソフトウェア業界には仕事がたくさんあるため、特定の企業に派遣されて、プロジェクトがいったん落ち着いたとしても、同じ企業の別プロジェクトに投入されることも多い。しかし、企業に気に入られなければ次の更新はなく、派遣会社の営業担当に別の派遣先を紹介してもらうことになる。これから書くのは、契約が更新されなかった理由として、私の中に強烈に焼き付いている出来事だ。ただ、景気のよしあしとはまったく関係のない話である。

 あれは、今から八年ほど前のことである。私は大阪にあるA社に派遣され、A社から更に、A社に仕事を発注しているB社に出向して仕事をすることになった。A社からB社への契約は、派遣ではなく請負という形だったので、私はA社の社員の人たちと机を並べて仕事をしていた。

 B社では、常にインターネットにアクセス可能な状態だったので、私はしばしばWebメールのページを開いて、プライベートアカウントに届いた電子メールをチェックしていた。今では考えられないことだが、その当時は、職場のインターネット環境からWebメールにアクセスすることが可能だったのである。

 あるとき、いつものようにWebメールにアクセスして、プライベートアカウントに届いた知り合いからのメールを何気なくプレビューした。すると、仕事で使っていたパソコンのウィルス検知ソフトが反応し、「このコンピュータはウィルスに感染しました!」という警告メッセージが表示されてしまった。どうやら、私がさきほどプレビューを行った電子メールがウィルスに感染してしまっていたらしい。

 これは大事だと思いながら青ざめていると、B社の社員の方が血相を変えて私のところに飛んで来て、
「今、そのパソコンがウィルスに感染しましたよね? すぐにパソコンをネットワークから切り離してください!」
と言った。言われた通り、私はすぐにパソコンからLANケーブルを引き抜いた。B社で使用していたウィルス検知ソフトは、ネットワーク上のどのパソコンがウィルスに感染したか、使用しているIPアドレスによって管理されているため、すぐにわかるようになっていたのだ。実際、社内のネットワークに繋がったままの状態でパソコンがウィルスに感染すると、ウィルスに感染したパソコンから、ネットワークを介して次々にウィルスが他のパソコンに感染してしまう。

 ウィルスに感染した経緯について説明を求められた私は、プライベートアカウントに届いたメールをチェックしていたことを正直に述べた。その後、実際にパソコンがウィルスに感染しているかどうかを調べるために、パソコンをスキャンしてみたのだが、結局のところ、ウィルスに感染していたわけではなく、単に警告が表示されていただけであることがわかった。しかし、それだけの騒ぎでは済まされず、私は後日、B社のお偉いさん宛に始末書を提出することになってしまったのである。

 それから間もなくして、私の契約更新の時期がやって来たのだが、B社はA社に対し、B社で作業をするのはA社の社員のみに限定して欲しいという条件を提示して来た。つまり、派遣社員である私はB社で作業することができなくなってしまったのである。

 時を同じくして、A社の社員は業務用PHSを持ち歩くようになり、業務用PHSを使用してノートパソコンからA社のネットワークに接続し、A社で使用しているメールアカウントを使って電子メールの送受信を行うようになった。というのも、もともとB社で使用していた仕事用のメールアカウントは、B社の社内だけにしか電子メールを発信できる権限がなく、外部に向けて発信することができなかったからだ。私のような立場では、派遣会社へも、A社へも電子メールで連絡を取る必要があったというのに。B社の社内でしか使えないメールアカウントからは、A社にも派遣会社にも電子メールを発信することができないので、A社の社員の人たちは業務用PHSを経由してA社のネットワークに接続して、電子メールのやりとりを行うようになったというわけである。しかし、もともとA社の社員ではない私にはその特権が与えられず、とても不自由な思いをすることになってしまった上に、これ以上、B社に常駐して働くことはできなくなってしまったのである。

 そのため、A社は私との派遣契約を継続させるために、B社以外の他の仕事を紹介してくださったりと、いろいろ手を尽くしてくださった。しかし、タイミングが悪かったのか、私は自分のスキルに合った仕事に出会うことができず、とうとうA社との派遣契約も終了してしまった。

 今になって思えば、私がA社の社員ではないために契約を更新してもらえなかったのではなく、私がWebメールを使ってウィルス感染騒ぎを起こしたために、A社の社員であればそのようなこともなかっただろうということで、B社に受け入れてもらえなかったのだろうと思っている。

 それにしても、Webメールをプレビューさせただけでウィルスに感染したという告知がネットワークを介して上げられたのは、とても恐ろしい経験だった。あれで本当にウィルスに感染していて、他の人にも被害を及ぼしてしまったのだとすると、始末書くらいでは済まなかったかもしれない。私の長い社会生活において、あとにも先にも、始末書なるものを書いたのはあれが初めてのことだった。

 このようなことも多いため、現在、ほとんどの企業ではWebメールのアクセスは禁止になっていることと思う。Webメールは、私たちが使用する側においても、また、企業から見ても、大変危険なツールなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 後日、ウィルスメールを送付して来た知人からは詫び状が届いていました。(苦笑)どうやら他の人たちにも影響を及ぼしてしまったようで、過去にメールをやりとりした方や、アドレス帳にメールアドレスを登録している方たちにお詫びのメールを送付していたようです。最近では、ウィルス検知ソフトを導入している方も多いので、このようなことは少なくなりましたが、少し前までは、知人や友人がウィルスに感染して、奇妙な電子メールが届くことが多かったですね。皆さんもどうかお気を付けください。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.01.03

映画『ブロークン・イングリッシュ』

ホットヨガ(一三四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまでは九十分のベーシックコースに参加していましたが、最近は主に七十五分のベーシックコースに参加しています。ホットヨガのレッスンは、六十分のコースでは短く感じられ、九十分のコースでは多少長く感じられますので、やはり今の私には七十五分のコースがちょうどいいように思います。思えば、ホットヨガを始めてからいろいろなレッスンを受けて来ましたが、レッスン時間やコースなどを、そのときの体調に合わせて選べるのがいいですね。

 今回、ご紹介するのは、年末に劇場で鑑賞したばかりの作品である。レビューを書かせていただく順番としては、他にも鑑賞している作品がたくさんあるのだが、年始にはふさわしくないワイルドな作品が多いので、こちらの作品を先にご紹介させていただくことにする。

 実はこの作品を鑑賞する一週間前に、同じ映画館で映画『フローズン・タイム』の監督の最新作である映画『ブロークン』を鑑賞した。映画のタイトルの中に同じように「ブロークン」という言葉が使われてはいるのだが、映画『ブロークン』のほうは、鏡が割れて性格も壊れるブロークンを意味していた。一方、今回ご紹介する映画『ブロークン・イングリッシュ』とはどのような意味なのだろう。

 公式サイトによれば、「誰かと出会い、お互いを理解しようとする過程で、言葉を使って理解しようとする(あるいは伝わらない)行為。全ての言葉(単語)はその語源の文化的背景が違ったりするので、まったく理解されない場合もあり、そこにはコメディーも潜んでいる。だからといってコミュニケーションを断念するのではなく、その完璧でない言葉同士のやりとりの中で、意味を見出そうとすることが大切だから」とある。なるほど、言葉(単語)をイングリッシュに置き換えてみると、「言語に頼らないコミュニケーションを諦めない」といったところだろうか。

 かと言って、この映画の登場人物が決して英語を話せないわけではない。ニューヨークに住む三十代独身アメリカ人女性である主人公のノラは、恋愛に関して紆余曲折を繰り返したのちに、年下のフランス人男性ジュリアンと出会う。のちにノラの恋の相手となるジュリアンは、フランス人でありながらも英語に不自由しているわけではない。どちらかと言うと、言語の違いによる意思の疎通に不自由を感じているというよりも、年下のジュリアンとの恋を始めるにあたり、三十代を迎えたノラがこれ以上、恋によって傷つきたくないと自分をガードしようとしているところに注目したい映画だ。

 何しろノラは、仕事先のホテルで知り合った人気俳優に誘われて飲みに出掛け、酔っ払って男女の関係を持ったあと、人気俳優には彼女がいることがわかってしまったり、母に紹介された男性とデートしてみると、彼は失恋したばかりで前の彼女のことがまだ忘れられない状態にあったりと、恋愛に関しては冴えない経験ばかり繰り返して来たのだ。三十代という年齢と、周りからの「そろそろ結婚は?」などというプレッシャーから、ノラ自身も結婚に対して焦りを感じてはいるが、数々の失恋の経験から、年下男性との新しい恋に慎重になってしまうのも無理はないのかもしれない。

 そう言えば、私自身、親から「結婚は?」と急かされていた時期もあった。ただ、私はちょうど三十歳で結婚したので、ノラのような本格的な焦りは体験しなかったように思う。むしろ、結婚なんてしないぞ、とも思っていた。そう、ガンモに出会うまでは。そうした私の経験からすれば、「結婚したいのになかなかいい人に巡り合えない。でも、ようやく巡り合えた男性は、年下のフランス人男性だった」というシチュエーションよりも、「結婚なんてしたくないと思っていたのに、どうしても結婚したくなる男性と運命的な出逢いを果たした」というシチュエーションのほうが共感できたかもしれない。それでも、女性が一つ一つ年を重ねながら、恋愛に傷つく度に、新しい恋愛に対して臆病になってしまう気持ちは良くわかる。

 私も、ガンモと出会った直後は、前の恋愛に深く傷ついていたため、まだ新しい恋愛を始められる状態ではなかった。だから私たちは、出会ってすぐには結び付かなかったのかもしれない。何故なら、私の準備が整っていなかったからだ。やがてその時期がやって来て、ガンモとの恋愛が始まってからも、また以前と同じように深い傷を負ってしまうことが怖くてたまらなかったのを覚えている。しかしガンモは、かつて私が深い傷を負った相手とはまったく異なっていた。ガンモの持つ温かさに癒されて行くうちに、いつの間にか私の中に、ガンモに対する絶対的な信頼が生まれていた。そしてやがて気付いたのである。ガンモと出会うことができたのは、私が深い傷を負ったことへのご褒美だったのだと。だからこの映画のノラもまた、数々のうまく行かない恋愛を経て、傷を負ったご褒美として、ジュリアンに出会えたのかもしれない。

 ところで、ノラの恋人となったジュリアンを演じているメルヴィル・プポーくんは実にかっこいい。フランス人男性は、これほどまで情熱的に女性を愛してくれるのだろうか。この映画を鑑賞したあとに気付いたのだが、彼は私がこの映画を鑑賞する一週間前に鑑賞した映画『ブロークン』にも、主人公の女性の恋人役として出演していたのだ。

 フランス人女性とアメリカ人男性の恋の物語なら、かつて映画『パリ、恋人たちの2日間』で鑑賞したのだが、こちらはアメリカとフランスの価値観の違いが描かれていてとても面白かった。価値観の違いを二人の愛で乗り越えようとした映画だったと実感している。今回の映画はアメリカ人とフランス人の男女が映画『パリ、恋人たちの2日間』とは逆のパターンである。二つの映画を合わせて考えてみると、フランス人女性は、フランス人男性に情熱的に愛されているために、恋愛に関してはちょっぴりプライドが高いように映って見えるのかもしれないとも思えた。

 実はこの映画、期待の新人女性監督の作品としては、あまり一般受けが良くない。それはおそらく、これがミニシアター系の映画館で上映されているからではないだろうか。ミニシアターではなく、大多数の人たちが足を運ぶ映画館で上映される作品ならば、もっと評価は上がったかもしれない。個人的には、去年の夏休みにガンモと二人で出掛けたパリの町並みや地下鉄が映像に映し出されていたので、とても身近に感じることのできる映画だった。新しい恋愛に臆病風を吹かせていたノラが、ジュリアンを追いかけてパリまで出掛けて行くだけの大胆な女性に成長できたのだから、女性は男性によって大きく変わるものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画のレビューを書くために映画サイトを訪問して初めて、二〇〇八年の流行語大賞に選ばれた「アラフォー」(Around 40)という言葉があるということを知りました。毎年、流行語大賞には疎い私であります。(苦笑)この映画そのものは、アラフォーというよりは、「アラサー」(Around 30)の映画なのですが、主演女優のパーカー・ポージーさんは四十歳なんですよね。実は、アラサーという言葉も初めて知りました。(苦笑)あーらえっさっさ。

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2009.01.02

ホットヨガ(一三四回目)

ナチュラルオレンジ初体験の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私が天然ヘナを使用する数日前に、ガンモも私が買い置きしておいた化学染料をガシャポンで溶いて毛染めをしたらしいのです。以前は、指定された十五分間の放置時間が待てずにさっさと洗い流してしまったガンモでしたが、今回はちゃんと十五分間、待ってから洗い流したそうです。しかし、私が、「寒い時期は放置時間を延ばしたほうがいいよ」と言うと、「えっ? そうなの?」と焦っていました。毛染めに関してはまだまだ初心者のガンモでありました。

 去年のことを書いても誰も笑う人がいないならば、二〇〇八年最後のホットヨガのレッスンについて書いておこうと思う。二〇〇八年最後に受けたホットヨガのレッスンは、神戸店で受けた七十五分のベーシックコースだった。これまで受けていた九十分のベーシックコースよりも十五分短いレッスンである。

 受付でロッカーの鍵を受け取ると、
「今日は人数が多いですよ」
と、いつもお話をさせていただくインストラクターが囁いた。その日は、神戸店で二〇〇八年最後のレッスンが行われる日だったのだ。

 支度を整えて、今回のレッスンが行われる小さいほうのスタジオに入ってみると、ヨガマットが十八枚も敷き詰められていた。スタジオが狭いので、隣のヨガマットとの距離はわずか十数センチである。そのため、ヨガマットは前後にずらされて配置されていた。結局、レッスンが始まっても、その中の一人は参加しなかったので、最終的には十七名の参加者でレッスンが行われた。レッスンを担当してくださったのは、さきほど受付で顔を合わせた、いつもお話をさせていただいているインストラクターだった。

 七十五分のベーシックコースは、九十分のベーシックコースのコンパクトバージョンと言ってもいいのだが、中には九十分のベーシックコースでは取っていないポーズもレッスンに含まれている。その一つが、白鳥のポーズだ。白鳥のポーズの動画を皆さんにご紹介しようと思い、いつものようにYouTubeを検索してみたところ、ヒットした動画は、私が探していた動画ではなかった。七十五分のベーシックコースのレッスンで私が体験した白鳥のポーズとは、座って行う開脚のポーズではなく、立って行うリフトの格好のようなポーズだったのだ。更に検索エンジンで検索してみると、白鳥の湖のポーズと書かれたブログがあったが、実際にそのポーズの詳細が書かれたページを探そうにも、バレエのポーズと重なってなかなか見付けられない。具体的にどのようなポーズだったのか、次回のレッスンに期待することにしよう。

 レッスンを終えたあと、シャワーを浴びて着替えを済ませた。知り合いなのか友達なのか、シャワールームや更衣室でずっとおしゃべりをしている二人組がいて気になった。ホットヨガのレッスンは、一人で参加される方たちが多いため、おしゃべりをする人はほとんどいない。だから余計に目立つのである。良く、電車の中での携帯電話の会話は控えるように言われているが、電波の問題だけでなく、携帯電話に耳を押し当てて話をすると、声が大きくなりがちだからだと思う。しかしどういうわけか、例え大きな声であっても、電車の中での携帯電話以外のおしゃべりに関しては寛大である。私は、シャワールームや更衣室でずっとおしゃべりをしていた二人組のことが気になったのは、自分がその会話の中に加わることができない嫉妬心からではないかという気がしていた。そう考えると、電車の中での携帯電話のおしゃべりが敬遠されるのも、そうした嫉妬心から来ているのかもしれないと思えるのだった。

 ロッカーの鍵を受付に返しに行くと、さきほどレッスンを担当してくださったインストラクターと、先日、レッスンを担当してくださったばかりの吉本興業のインストラクターが立っていた。吉本興業のインストラクターの髪の毛がひどく伸びていたので、
「髪の毛、伸びてますねえ。恋でもしてるんですか?」
と尋ねてみると、吉本興業のインストラクターは照れ笑いしながら、
「恋なんかしてたらすぐに顔に出ますよー」
とおっしゃった。

 私は、吉本興業のインストラクターの初々しい反応を見て、自分がすっかり年を取ってしまったことを実感した。と同時に、恋と愛の違いについてもはっきりと自覚した。恋が不安定で不確かなものであるのに対し、愛は安定である。恋がどこか自己満足的で自我のぶつけ合いであるのに対し、愛はいつもどっしり構えている。恋はいつかは冷めてしまうが、愛が冷めることはない。おそらくだが、恋と愛は、始まった瞬間からまったく違う道を歩み始めるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 吉本興業のインストラクターの「恋」という言葉に対する反応は、私にとって、とても初々しいものでした。思えば私は、そのような感情からはもう何年も遠ざかっているように思います。私にはもう、「恋」の感情は必要なくなったのかもしれません。世の中には、恋が愛に変化することもあると言う人もいますが、どうなんでしょう。「これこそが愛だ!」と実感したとき、その愛の始まりが、これまでのどの「恋」とも違っていることを同時に体験された方も多いのではないでしょうか。

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2009.01.01

ナチュラルオレンジ初体験

映画『ミルコのひかり』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 新しい年が明けましたね。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。大晦日の深夜から元旦の朝にかけてガンモに仕事が入っていたため、私は今年も一人で元旦を迎えました。今年はどんな年になるのでしょうか。景気は冷え込んでいても、心まで冷え込まない年にしたいものですね。

 前回、天然ヘナを利用してから早くも二ヶ月が経った。その間に、天然ヘナを求めてあちらこちらのダ○ソーを駆けずり回っていた。そしてついに、とあるダ○ソーの棚にいくつか並べられているのを発見した。ようやく探し求めていた天然ヘナに出会えたものの、棚に残された商品の中には、私が使用したいナチュラルブラウンは数が少なく、ナチュラルオレンジのほうが圧倒的に多かった。やはり、ナチュラルブラウンのほうが人気が高く、品薄になりやすいようである。そこで私は、残っている二箱ほどのナチュラルブラウンをすべて籠の中に入れ、ナチュラルオレンジもお試しで一箱だけ購入してみることにした。

ナチュラルオレンジ

 天然ヘナを購入することができて、ひとまず安心したものの、鏡を見る度に白いものが増えていたので、早くこの天然ヘナを使いたいと思っていた。その一方で、あまりにも多くの白髪が私の頭を覆っているため、天然ヘナで白髪を染めることは、本当の私を覆い隠してしまい、本当の私を知ろうとしてくださる方たちを騙してしまうことになるのではないかとも思い始めていた。本当の私とは、白髪で覆われた私であるというのに。ホルモンバランスが崩れると白髪が増えるという話を聞いたことがあるが、確かに私の白髪はここ三、四年のうちに一気に増えてしまっていた。様々な葛藤を抱えながらも、結局私は、年末年始の九連休を利用して、本当の私を覆い隠すことに決めたのである。

 さて、今回、選んだのは、ナチュラルブラウンではなく、ナチュラルオレンジである。天然ヘナを使うと、黒い髪の毛はそのままで、白髪がナチュラルブラウンあるいはナチュラルオレンジに染まる。つまり、ナチュラルオレンジを使用すると、白髪がオレンジ色に染まるというわけだ。ありがたいことに、私は決して固い職業ではないので、白髪がオレンジ色に染まったとしても特に差し支えはない。

 私は、ザ・ダイソー ナチュラル;ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)を参考にして、ナチュラルオレンジをお湯ではなく紅茶で溶いてみた。ザ・ダイソー ナチュラル;ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)によれば、臭いを抑える目的や着色を補助するために、天然ヘナにいろいろなものを混ぜて溶いている人たちがいる。私もそれに倣って、紅茶で溶いてみたというわけだ。

 ナチュラルオレンジの取扱説明書に目を通してみると、天然ヘナを溶いてからおよそ三時間放置するように書かれていた。確か、頭に塗り込んでからも三時間放置することになっていたはずだ。ナチュラルブラウンのときは、溶いてからの放置時間は三十分で良いはずだったが、ナチュラルオレンジの放置時間が三時間と長いのは、何か理由があるのだろうか。しかし、いくら九連休とは言え、白髪染めのために六時間以上も費やすのはあまりにも贅沢である。そう思いながら、再びザ・ダイソー ナチュラル;ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)を参照してみると、一時間の放置時間でナチュラルオレンジを使用した人の書き込みがあったので、私も時間を短縮して一時間だけ放置することにした。

 これまで、天然ヘナを使用するときは、ビニール手袋を使って頭に塗り込んでいたのだが、今回から同じくダ○ソーで購入したマヨケチャプッシュという容器に天然ヘナを入れて、頭の上からケチャップのように垂らすことにした。マヨケチャプッシュは、容器に付属のキャップの先端をハサミなどで適当な太さにカットして使用するもので、おそらく、その製品名からして、「マヨネーズやケチャップをプッシュして出すことのできる容器」なのだろう。実は、この容器を使用する知恵も、ザ・ダイソー ナチュラル;ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)から拝借したのである。

マヨケチャプッシュに入れたナチュラルオレンジの天然ヘナ。
溶いたあとの色は、ナチュラルブラウンとほとんど変わらない

 本来、三時間放置するところを一時間放置しただけで、あらかじめシャンプーをしてタオルドライしておいた私は、毛染め用のケープをかぶり、マヨケチャプッシュに入れたナチュラルオレンジを頭の上から垂らして行った。少し前に地球に優しい髪型にしたので、天然ヘナの使用量は三分の一箱で十分だった。これまで、一回五十円などと喜んでいたが、地球に優しい髪型にしたおかげで、一回三十三円で済みそうだ。

 くちゃくちゃと楽しく泥遊びをしたあと、日本てぬぐいで天然ヘナを塗り込めた髪の毛を覆い、その上からターバンを巻いて、更にその上にシャワーキャップをかぶせた。これからいよいよ三時間放置することになるのだが、冬なので、もう少し長めに放置する覚悟を決め込んだ。

 そうこうしているうちに、二〇〇八年最後の仕事を終えたガンモから電話が掛かって来た。最後の仕事を終えた開放感からか、ガンモは、
「どこかに食べに行こうか」
と誘って来た。しかし私は、
「いや、ちょっと出られないんだよ。ヘナしてるから」
と答えた。しばらくして帰宅したガンモが、私の姿を見て、
「確かにその格好では出掛けられないね」
と苦笑いした。

 私はシャワーキャップを付けたまま自宅で晩ご飯を食べ、ゆったりと過ごしていた。そして、およそ五時間放置した後、天然ヘナをシャワーで流した。流したあと、鏡を見てみると・・・・・・。きれいに染まっていた。確かに、黒い髪の毛はそのままで、これまで白髪だった髪がオレンジ色に染まっていたのである。白髪の多い私は、オレンジ色の髪の毛も多い。

 ナチュラルブラウンよりもナチュラルオレンジのほうが手に入り易いのは、溶いてからの放置時間が長いことと、仕上がりの色が明る過ぎるからかもしれない。しかし私にとっては、ナチュラルオレンジで染めたとしてもまったく問題はない。むしろ、ポップなお姉さんに生まれ変われるので、大人しいナチュラルブラウンよりもナチュラルオレンジのほうがいいくらいだ。

 紅茶で溶かし込んだせいか、染めたあとの匂いがあまりきつくなかった。ザ・ダイソー ナチュラル;ヘナのクチコミ - アットコスメ(@cosme)によれば、卵やヨーグルト、レモン汁などを混ぜて溶いている人もいる。また、ナチュラルブラウンとナチュラルオレンジを混ぜて溶いている人もいる。混ぜ合わせるものによって、いろいろなバリエーションを楽しむことができる天然ヘナ。どんな仕上がりになるのか、毎回、楽しい気持ちにさせてくれる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m というわけで、新年をオレンジ色の頭で迎えています。(笑)天然ヘナは、トリートメント効果も高いらしいので、白髪染め目的ではなく、若い方がトリートメント効果を期待して購入されているようです。そのために競争率が激しいのでしょうかね。いろいろなものを混ぜ合わせるのも楽しいですね。ヨーグルトを混ぜ合わせている人のコメントに、「ヘナよりもヨーグルトのほうが高い」などと書かれてあり、思わず噴き出してしまいました。

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