「良く見てんなあ、しかし」
※映画『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 芸術家が才能を開花させるためには、少なくとも、きっかけを与える人と実際に才能を開花させる人との二つの出会いが必要なんでしょうね。この映画の中では、写真家だったダイアンの夫がきっかけを与える人であり、ライオネルが開花させる人だったのでしょう。しかし、ライオネルはダイアンに直接何か手を貸したわけではありません。ダイアンがライオネルと出会うこによって、自分自身で道を開いたのです。しかし、ライオネルの役割はそれだけだったのか、ダイアンに毛をカットしてもらった彼は・・・・・・。そういう出会いもあるんですね。
冬になると、通勤中はもちろんのこと、外に出掛けるときには毛糸の帽子が欠かせない。もともと、毛糸の帽子をかぶることが大好きなので、ガンモには、
「一体、頭がいくつあると思ってるの?」
と呆れられてしまうほど、私はいろいろな毛糸の帽子を持っている。毎朝、どの毛糸の帽子をかぶって出掛けて行くかは、直感で決める。その直感は、連続して同じ毛糸の帽子を選ぶことも多い。
あるときその直感は、昨日かぶっていたのと同じ毛糸の帽子を選び出した。しかし、どういうわけか、その毛糸の帽子が見当たらないのである。そう言えば、前日の夜に仕事から帰宅するときも、その毛糸の帽子が見当たらなかったことを思い出した。そのとき私は、太めのバンダナを頭に着けていたので、太めのバンダナで寒さをしのぎながら帰宅したのだった。それだけではない。ピアスも片方、失くしてしまっていることに気が付いた。ピアスを失くすことはしょっちゅうあるのだが、特にお気に入りのピアスだったので、ひどくがっかりしていた。
仕方がないので、私は新たな直感に従い、別の毛糸の帽子をかぶって仕事に出掛けた。そして出勤し、仕事で使っているメールソフトを立ち上げてみると、総務の女性から落し物のお知らせメールが届いていた。
一階と二階の階段に、以下の落し物がありました。
・ニット帽
・ピアス
お心当たりの方は、管理事務所までお問い合わせください。
タイミングといい、落し物の内容と言い、私が失くした毛糸の帽子とピアスに違いない。私は、
「この落し物も持ち主、多分、私だわ」
と、隣の席に座っている派遣仲間に言い残して、失くしてしまった片方だけのピアスを握り締め、一階にある管理事務所へと向かった。
私が血相を変えて移動していたからだろうか。管理事務所から出てどこかへお出掛け中の警備員さんが私を見て、
「落し物を取りに来られたんですよね?」
と言った。私は、
「はい、そうです」
と答えたが、これまであまり話をしたこともなかったその警備員さんが、何故、私が落し物を取りに来たことがわかったのか、とても不思議だった。
というのも、私が働いている派遣先の会社は、あるコンピュータ会社の子会社で、親会社が所有するビルの二階にある。同じビルには親会社の別の子会社が複数あり、合わせて九百人弱の人たちが勤務している。他のコンピュータ会社に比べれば、女性の数は多いほうだと思う。しかも、警備員さんとばったり会った付近には女子トイレもある。それなのに何故、私が一階のトイレを利用するために降りて来たのではなく、落し物を取りたのではないかと警備員さんが言い当てたのか、とても不思議だったのである。
私が落し物を取りに来たことがわかると、警備員さんは、どこかに出掛けて行こうとしていたのをひとまずやめて、私を管理事務所に案内してくださった。そして、袋に入った落し物を私に差し出して、
「中を開けて確認してください」
とおっしゃった。私が警備員さんの言葉に従って袋を開けてみると、中から出て来たのは、確かに私が失くしてしまった毛糸の帽子だった。そして、ピアスは紙に包まれ、ホッチキスで留められていた。警備員さんは、ピアスの入った包みを指して、
「どうぞ、それも開けてください」
とおっしゃった。私は、ピアスの入った包みを解く前から、残っていたもう片方のピアスを警備員さんに見せて、
「このピアスの片割れが見付かるとうれしいんですけど」
と言った。そして、包みを解いてみると、確かに私が失くしたもう片方のピアスが出て来たのである。
失くしてしまったと思っていた毛糸の帽子とピアスが見付かって、私は歓喜した。すると警備員さんは、
「ではここにあなたのお名前とあなたの会社名も書いてください」
と言って、落し物管理の帳簿を差し出した。私はそこに自分の名前と派遣会社の名前を書き込んだ。印鑑は持っていなかったので、「受取印」の欄には、自分の苗字を○で囲んで記載した。こうして晴れて、失くした毛糸の帽子とピアスが私の手元に戻って来たのである。
管理事務所には、空調のことでときどきお世話になっている設備のおじさんがいた。夏になると、オフィスの空調が効き過ぎて凍えていたという話を、以前、ここにも書いたと思う。そのとき、私のために何度も足を運んでくださった設備のおじさんが、私のことを気に掛けてくださり、私を見掛ける度に、
「さむないか?(寒くないか?)」
と今でも声を掛けてくださっているのだ。私が忘れ物を引き取りに管理事務所に出掛けたものだから、そのおじさんは、私の近くまで歩いて来て、
「頭の中で鳥の巣でもできよんとちゃうか?(頭の中で鳥の巣でも作られようとしているのではないか?)」
などと言った。何のことだか良くわからなかったのだが、私が落とした毛糸の帽子を鳥の巣に例えたかったのかもしれない。良くわからないが、とりえあえず、笑っておいた。
その後、めでたく毛糸の帽子とピアスを受け取り、御礼を言って、管理事務所をいったん立ち去りかけたのだが、ふと思い出したことがあって、さきほどの警備員さんに尋ねてみた。
「警備員さんの中で、最近、退職された方はいらっしゃいますか? 確か、自衛隊のご出身の・・・・・・」
すると、さきほどの警備員さんが、
「ああ、○○さんね。定年退職されましたよ。今は四国を回ってるはずです」
と答えてくださった。
実は、私が勤務しているビルには、いつも右手を三角に折り曲げて敬礼のポーズを取りながらあいさつをしてくださる警備員さんがいた。私はその敬礼のポーズに興味を抱いたので、その警備員さんにあいさつをするときは、私も同じように敬礼のポーズを取りながらあいさつを返していた。そうしているうちに、その警備員さんと話をするようになり、警備員さんが敬礼のポーズを取るのは、自衛隊のご出身であることから来ていることがわかった。その警備員さんとは、ほんの短い時間ではあるものの、顔を合わせる度にいろいろな話をしたものだった。先日、その警備員さんからお菓子をいただいた。そのとき、何かを含んでいるような様子ではあったのだが、今になって思えば、そろそろ定年退職が近いことを私に伝えたかったのかもしれない。しかし実際には、伝えられることのないまま、定年退職されてしまったようだ。
私の落し物を処理してくださった警備員さんは、
「そう言えば、○○さん(敬礼のポーズの警備員さん)と良くお話されてましたもんね」
とおっしゃった。私はその言葉に驚いたものだ。さきほども書いたように、私はその警備員さんとはほとんど話をしたことがなかったからだ。それなのに、その警備員さんは、落し物の持ち主が私であろうことや、敬礼のポーズの警備員さんと良く話をしていることも良くご存知だったのだ。
私は、警備員さんに再び御礼を言って、管理事務所を出た。そして派遣先の会社に戻り、落し物の案内メールを送付してくれた総務の女性に、落とし主は私だったことを報告しておいた。すると、総務の女性は、
「やっぱり、そうじゃないかなあとは思ってたんですよ」
とおっしゃった。総務の女性もまた、私が毛糸の帽子をかぶっていることなどあまりご存知ないはずなのに、いきなりそんな言葉が出て来たものだから、私はひどく驚いたのである。
独身の頃、東京のソフトウェア会社で社員として働いていたときに、同じ会社の先輩が、誰かの観察力を指摘して、顔をくしゃくしゃにしながら、
「良く見てんなあ、しかし」
と言って感心していた。私は先輩のその言葉がずっと心に残っていた。今は、私がこの言葉を使いたい気持ちでいっぱいだ。ほとんど話をしたことのなかった警備員さんや、私が毛糸の帽子をかぶっていることを知ろうはずもない総務の女性が、落し物の持ち主を私だと思ってくださったこと。更には、敬礼のポーズの警備員さんと良く話をしていることを他の警備員さんがご存知だったこと。まったく、
「良く見てんなあ、しかし」
である。
直接的な話をしない人ほど、観察力は鋭い。黙ってじっくり観察しているのである。だから、見られていないと思って調子に乗ると、あとから、
「良く見てんなあ、しかし」
と驚くことがあるのだろう。見られていないと思っていても、意外と見られているものである。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモにこのことを話すと、「まるみは目立つから」と言っていました。やはり、目立つのでしょうかね。そう言えば、私の周りには、毛糸の帽子をかぶって出勤している人はほとんどいませんでした。だから、毛糸の帽子が落し物として届けられたとき、「きっとあの人だ!」と思ったのかもしれませんね。(苦笑)ちなみに、毛糸の帽子とピアスを拾ってくださったのは、別の会社の女性だったそうです。届け主の名前は明かさなくて良いとのことだったそうです。どなたかはわかりませんが、拾ってくださった方に感謝しています。
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