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2008.12.25

映画『ホームレス中学生』

冬の帰省とインターネットの規制(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実際に保険施設を訪れてみて、自分の抱いていた偏見に気付かされたことは大きな収穫でした。私たちは、これまでの経験の蓄積から、未知のものを勝手に想像して埋め合わせる傾向がありますが、そうした想像が必ずしも当たっているとは限らないことを身をもって経験しました。何しろ、私自身、「この保険施設に入りたい」と思ったのも確かですが、「ここで働きたい」とも思ったくらいなのですから。義父を取り巻く環境がとても良い環境で、本当に良かったと思っています。

 しばしば足を運んでいる映画館でシネマポイントカードのポイントが貯まり、その映画館でのみ有効な映画の無料鑑賞券をいただいた。さて、この無料鑑賞券を使ってどの映画を鑑賞しようか。悩んだ末に、私はこれまで気になっていながらも、まだ鑑賞していなかったこの作品を鑑賞することにしたのである。ちなみにこの映画を鑑賞したのは、今からおよそ一ヶ月ほど前のことで、そろそろ映画館での上映も終わりに差し掛かる頃だった。

 この映画は、お笑いコンビ『麒麟』の田村裕が書いた自叙伝がベストセラーになり、映画化されたものだそうだ。私は、『麒麟』というお笑いコンビも田村裕という芸人も知らない。おまけに、この映画で「たむちん」こと田村裕役を演じている小池徹平という若手俳優も知らない。とにかく、知らないことだらけで臨んだ鑑賞だった。

 映画の舞台となっているのは、阪急電車沿線の大阪のとある街である。夏休みを前日に控えた終業式の日、学校から帰宅したたむちんは、自宅前の異変に気づく。何と、すべての家財道具が家の外に出され、玄関には立入禁止の黄色いテープが張られていたのだ。家の中に入ろうとしても、既に玄関の鍵が取り替えられていて入れない。どうやら家が差し押さえられてしまったらしい。のちに帰宅した兄や姉とともに父の帰りを待って、事情の説明を求めると、父は戸惑う子供たちの前で必要最小限の説明をしたあと、「解散!」と宣告してどこかに消えてしまった。それから、三人兄弟による生死を掛けたサバイバルが始まる。

 たむちんは、兄姉に対してでさえ心配を掛けまいとして、しばらく友達のところに泊めてもらうと嘘をついて、一人で公園に住み始める。そして、「うんこ」と呼ばれている「うんこ」の形をした滑り台をベッド代わりに使い始めるのだが、これまで「うんこ」で遊んでいた子供たちから、「うんこ」で遊べなくなったと苦情が出てしまう。

 ここまでの流れを静かに見守っていると、何故、周りの誰かに助けを求めなかったのだろうと、疑問に思ってしまうことだろう。しかし、何となくではあるのだが、私にはたむちんの気持ちがわかった。これまでたむちんにとって「当たり前」のように存在していたものが、突然、存在しなくなってしまった。それでも周りの人たちは、「当たり前」のように存在するものたちに囲まれて、毎日をぬくぬくと普通に過ごしている。「プライド」という一言で片付けてしまえばそれまでだが、「当たり前」のように存在しているものを今までと変わりなく受け入れている人たちと、「当たり前」のように存在しているものをある日、突然、失ってしまった自分との間に境界が出来上がってしまったために、境界の向こう側にいる人たちに自分の実態を知られたくはなかったのではないだろうか。

 持参したわずかながらのお金はすぐに底をついてしまい、食べるものがなくなってしまった。そこでたむちんは、すがる思いで兄が働いているコンビニを訪れ、残り物のお弁当をもらい、あっという間にガツガツ平らげてしまう。本当は友達のところでお世話になっているのではなく、公園の「うんこ」で野宿をしていることを兄に告白すればいいのに、兄を心配させたくないばかりにまた嘘をついてしまう。私は普段、正直ではない描写には感動しないはずなのに、そのような状況に追い込まれてもなお、兄には心配をかけたくないというたむちんの強い兄弟愛に心を動かされた。

 たむちんは、公園での生活を続けながら、嫌というほど水を飲めば、お腹が膨れて少しは空腹感を得られることを知った。公園で、鳩にパンの耳を与えているおじさんから、恥も外聞もなくパンの耳を分けてもらった。「うんこ」で遊びたがっていた子供たちからは、やがて「うんこの神様」と崇められ、お供えをもらった。

 のちにたむちんに力を貸してくれることになった友達や、その友達のお母さん、お父さんのフランクな温かさが実にいい。友達のお母さん役を田中裕子さん、友達のお父さん役を宇崎竜童さんが演じていらっしゃるのだが、とても人間味のある役柄である。たむちんが友達の家で体験した、お風呂に入って身体をゴシゴシ洗えるという「当たり前」の幸せ。お母さんの手料理が食卓に並ぶという「当たり前」の幸せ。布団で眠れるという「当たり前」の幸せ。夏休みが始まってからというもの、「当たり前」のことからすっかり遠ざかっていたたむちんにとって、友達の家で受けた待遇はどれほど心に染み入る出来事だったことだろう。普段、「当たり前」に存在しているものは、失ったときにしかその存在の大切さに気付くことはできない。だからこそ、たむちんにとっては「当たり前」に存在しているものの大切さを教えてくれる貴重な出来事となったのだろう。

 四国で生まれ、進学のために上京してしばらく東京で生活していた私が、ガンモとの生活を始めるために関西に移り住んで十数年経った。関西に来てしばらくの間は、関西と東京の人間関係における距離の保ち方が異なっていることに戸惑いを感じたものだった。「ガンまる日記」にも何度となく綴って来たが、ヘッドフォンで音楽を聴いているのに、通勤の途中や昼休みに職場の同僚に肩をトントンと叩かれ、話し掛けられるという関西独特のフレンドリーな距離感にしばらく慣れることができなかった。また、写真を撮っていると、見知らぬおじさんに、
「ええ写真、撮れたかー?」
と話し掛けられたり、ズボンのすそから出ている紐を引きずりながら歩いていると、
「紐がほどけてるでー」
と見知らぬおばちゃんに声を掛けられたりする。特に大阪では誰でも彼でもみんな友達感覚で話し掛けて来て、常に誰かに世話を焼きたがる。そう、大阪の人たちは、みんなお人よしなのだ。だから、「受ける」ことに対して無神経ではいられない人にとっては、自分が同等のものを返せないことでマイペースではいられなくなってしまう。しかしこの映画は、そんな大阪が舞台だからこそ成り立つストーリーなのかもしれない。本当に困っている人に惜しみなく手を差し伸べる大阪人の「お人よし人情」がなければ、三人の兄弟は一緒に暮らすことはできなかったのだ。

 口の中に含んだご飯をもぐもぐと何度も何度も噛んで、もうこれ以上は噛めないというところまで口を動かしたとき、ふわっとやって来る幸せを三人の兄弟は実感した。もしも家が差し押さえられるようなことがなかったら、ご飯をとことん噛んで得られる幸せにも到達することができなかったかもしれない。実際、私自身もそのような幸せをかみしめられるまでご飯を噛んだ経験はない。また、兄弟三人が一つ屋根の下で暮らせる幸せも、三人がホームレスにならなければ実感できなかったかもしれない。

 私は、何かにつまづく度に実感していることを思い出した。どれほど悲劇的なことが起こったとしても、私たちは決して失うだけには終わらない。失うことによって、これまで何かに隠れて見えなかった別のものに出会うことができる。三兄弟は、物質的に失ったものは大きくても、多くの人たちに支えられながら、確かにプレゼントを受け取り、幸せを掴んだ。そのプレゼントとは、お金がたくさんあることではない。この三兄弟の場合は、「当たり前」のことに気づき、感謝できたということではないだろうか。お金がなくても心を豊かにできる方法に出会える、とても心温まる作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 主演の小池徹平くんのプロフィールを拝見してみると、何と、ガンモと同じ誕生日でした。ガンモもそのことに気づいていました。これまでガンモは「宮崎俊さんと八神純子さんと同じ誕生日」と周りの人に言っていたのに、最近では「小池徹平と同じ誕生日」と言うことにしているそうです。ところで、この映画に出演された方たちのプロフィールを拝見すると、ほとんどの方たちが関西のご出身でした。だから、コテコテの関西風の匂いが漂っていたのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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