冬の帰省とインターネットの規制(4)
※冬の帰省とインターネットの規制(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。モバイルカードがまったく無反応だったため、一時は修理に出さなければならないと覚悟を決めていたはずなのに、復活するとは本当に不思議なことがあるものです。故障して動作しなくなっていたガンモのモバイルカードは、現在、すっかり機嫌を直して、元気良く働いてくれています。それから、唐突ではありますが、皆さん、メリークリスマスです。私が通勤で利用している神戸市営地下鉄に、クリスマスデコレーションが施されていました。
翌朝、義弟が仕事に出掛ける前に実家に立ち寄ってくれた。義弟は、ガンモの実家から車でわずか数分のところで働いている。義母の入院により、義父が実家で一人暮らしを始めた頃から、義弟は出勤前とお昼休み、それから仕事帰りと、一日に合計三回もわざわざ実家に寄り、義父の様子を見てくれていた。そのため、義父が実家にいない今でも、そのサイクルが板についているのだ。
ガンモは印刷した地図を見せながら、義父のいる保険施設への行き方を義弟に尋ねた。義弟は地図を見ながら、ガンモが印刷した地図には載っていない目印を教えてくれた。そして、しばらくすると、義弟は仕事に出掛けて行った。
お昼ごはんを食べたあと、私たちは出掛ける準備を整えて、義父のいる保険施設に向けてカングーを走らせた。不思議なことに、その保険施設は、義弟の勤務先のすぐ近くの丘の上にあった。老人ホームやケアサービスなど、同じ系列の別施設がいくつか点在する中で、義父のいる保険施設は丘の一番上にあった。どの施設にも同じような名前が付けられていることから、おそらく同じ経営者なのだろう。義父のいる施設は老人ホームではなく保険施設なので、義父の糖尿病の薬も処方してくださるそうだ。わざわざかかりつけの病院まで出掛けて行かなくても薬を処方してくださるのは、とてもありがたいことである。
受付で義父の名前を告げると、スタッフの方が私たちをエレベータ乗り場まで案内してくださった。とても感じのいい方で、初対面から好感が持てた。エレベータに乗って義父のいる階に行き、再びその階にある受付で義父の名前を告げると、先ほどとは違うスタッフの方が義父の部屋まで案内してくださった。案内してくださっている間も、他の何人かのスタッフとすれ違ったのだが、どのスタッフもあたたかい人間性がにじみ出て来るような雰囲気で、表裏がなく、本当にこの仕事が好きでここで働いているという気持ちが伝わって来た。
義父は、案内された部屋には不在で、中ほどにある談話室のソファに座ってくつろいでいた。そして、突然やって来た私たちを確認すると、一瞬、驚いたような表情を見せたが、私たちをあたたかく迎えてくれた。義父は顔色も良く、体重も元に戻っていた。以前のようにちょっぴり陽気な義父に戻っていたのだ。ガンモに会って、まず最初に義父が口にしたのは、
「会社は大丈夫なのか?」
という言葉だった。昨今、不景気なニュースがとても多いので、ガンモの会社も大丈夫なのかと義父は気に掛けてくれていたらしい。まさかそんなことを義父が気に掛けてくれているとは思っていなかったガンモは、
「こりゃ参った」
と苦笑いしていた。
良く日の当たる談話室で、義父とガンモと私の三人が一つのソファに並んで座り、長いこと話をした。義母の葬儀の頃、一時的に足元がおぼつかなくなり、車椅子を使用していた義父は、今や杖の力を借りて、しっかりと自分の足で歩いていた。これまでにも、杖を使って歩いていたことはあったのだが、以前よりもずっと歩くスピードが速くなっていた。
義父の髪の毛はきちんとカットされ、爪も短く切られていた。義父の髪の毛がどんどん伸びて落ち武者のようになってしまうので、これまでに二回ほど、私が義父にサービス満点ではない床屋さんを開業したことがある。しかし、爪を切ることまでは気が回らなかったので、義父の爪はいつも伸びがちだった。そんな義父の爪はきれいに切られていた。おそらくスタッフの方が義父の爪を切ってくださったのだろう。義父の髪の毛がきれいにカットされていることと言い、爪がきれいに切られていることと言い、義父がこの保険施設で大事にされている証拠である。私はとてもうれしくなった。
私たちが話をしていると、スタッフの方が私たちにコーヒーを入れてくださった。私はコーヒーを飲む習慣はほとんどない上に、ミルクも筋腫に悪いということでずっと絶っていたのだが、スタッフの方の心遣いがうれしくて、普段飲まないコーヒーにミルクをたっぷりかけていただいた。私たちが座っていたソファは、とても日当たりが良く、冬でもポカポカして気持ちが良かった。まるで猫になったような気分である。私も年を取ったら、このような施設に入ることができるのだろうか。いや、今からでも入りたい気分だ。
正直に言うと、私はこのようなところで働いている人たちに対する何らかの偏見を持っていたように思う。何故なら、誰かのために真剣になれるということを、容易に想像することができなかったからだ。しかし、ここで働いている人たちは、決して「誰かのために」働いているわけではなかった。働く喜びを自分自身への喜びに還元しているのだ。
ここで働いているスタッフが、「誰かのために」働いていると思い込んでいた私は、家族や近親者などの、患者(ここでは義父)に近い存在の人たちが患者(ここでは義父)を大切に思う気持ちを、態度でもってスタッフにも伝えて行くべきだ、などと傲慢な思いを抱いていた。というのも、愛情があれば、そのような扱いはしないだろうというようなことを、これまで嫌というほど経験して来たからだ。しかし、ここではまったく逆だということに気がついた。むしろ、ここで働いているスタッフから、私たち自身が学ばなければならないことのほうが多かったのだ。それは、義父に対して絶え間なく声を掛けるということであったり、義父の伸びた髪の毛をカットすることであったり、伸びた爪を切ることであったり・・・・・・。それらのことを、越えてはいけない一線として守りながら、結局は何もしないのではなく、越えてもいい一線として愛をもって踏み越えて歩み寄り、家族や近親者でさえも遠慮してしまうほどの境界をすっかり取り払っていた。私はそこに深い感動を覚えたのだった。
義父の顔色が良くなるには、それなりの理由があったのである。このような素晴らしい環境ならば、自宅で一人で過ごすよりもずっといいはずだ。ただ、そこは保険施設なので、義父が健康を取り戻せば、もっと深刻な状況にある人に部屋を明け渡さなければならないらしい。実際、義父は、その保険施設にいる誰よりも元気そうに見えた。だから、そろそろ時間の問題かもしれない。それでも、幸いにして、まだ滞在できそうなので、もうしばらくは滞在させてもらうことになりそうだ。
私たちが帰る時間になると、コーヒーを入れてくださったスタッフの方が義父の手を引いて、私たちをエレベータ乗り場まで見送ってくださった。こうして義父に見送られ、私たちは大きな感動を胸に、義父のいる保険施設をあとにしたのである。
それから買い物をしたあと、いよいよ兵庫にある自宅に向けてカングーを走らせたのだが、カングーの中でもしばらく、義父のいる保険施設がとても素晴らしかったことで盛り上がっていた。私たちは、義父が生き生きと輝ける場所が、自宅近くの、しかも義弟の勤務先の近くにあり、更にそこを利用できることの奇跡に深く感謝していた。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモの話では、その保険施設は、地元では本当に評判のいい施設なのだそうです。働いているスタッフの方たちは、二十代の方もいらっしゃいましたし、五十代くらいのベテランの方もいらっしゃいました。スタッフの方たちが生き生きとしているので、義父も生き生きとしていられるのでしょうね。そこでは、作っているのではない本物の笑顔に出会うことができました。完全に他力本願ではいけませんが、とにかく義父が元気でいることに安心しました。
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