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2008年12月

2008.12.31

映画『ミルコのひかり』

二〇〇八年コンサート納めの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もうすぐ二〇〇八年が幕を閉じようとしていますが、皆さんはどのような年末をお過ごしでしょうか。私は、年末年始の九連休にやりたいことを手帳にリストアップして、少しずつ消化しているところです。二〇〇八年最後の記事ですので、今年一年を振り返ってみようかとも思ったのですが、今年もたくさんの映画を鑑賞しましたので、映画のレビューで締めくくらせていただこうと思います。二〇〇八年も「ガンまる日記」をご愛顧くださいまして、誠にありがとうございました。皆さんのご支援があったからこそ、この一年間、書き続けることができました。皆さんもどうか良いお年をお迎えください。それでは、来年もよろしくお願い致します。

 イタリア映画であるこの映画は、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にあった私のお気に入りの映画館で上映されていた。しかし、上映期間中に足を運ぶことができなかったため、DVDで鑑賞することにしたのである。鑑賞してみると、「ああ、やはり大きなスクリーンで鑑賞したかった」と後悔することになったものの、例えDVDであっても、このような素晴らしい映画を見逃すことなく鑑賞できたことを光栄に思った。私は声を大にして言いたい。私はこういう映画が大好きだ。このような心温まるニューマンドラマこそが、私が常に求めて止まない映画である。大袈裟な戦闘シーンや派手なカーチェイスなど、大掛かりな仕掛けがメインで人間描写が大雑把な作品よりも、一人の人間の生き方が丁寧に描き出された作品が大好きだ。

 イタリアのトスカーナ地方に住むミルコは、不慮の事故で両目の視力を失ってしまう。当時のイタリアの規則に従い、ミルコは親元を離れ、自宅から遠く離れた盲学校の宿舎に入る。しかし、生まれつき盲目ではなかったせいか、ミルコには盲学校の教育がなかなか肌に合わない。そんなとき、ミルコはテープレコーダにいろいろな音を録音することで自己を表現して行く方法を思い付く。やがてミルコの録音活動は、盲学校の他の生徒たちをも巻き込み、いろいろな音を収集しながら一つの物語を作り上げて行く創作活動へと発展して行く。

 目が見えなくなると、他の感覚が研ぎ澄まされるという話は聞いたことがある。ミルコの場合は、特に聴力と想像力が発達したようだ。音に物語を添えて、他の生徒たちに聞かせる楽しみは、私にも良くわかる。というのも、私は中学生の頃から演劇に興味を持ち、自分で台本を書いて一人で自作自演して多重録音したカセットテープを友達にプレゼントしていたからだ。人が歩くときの音を録るのに、カセットテープのプラスティックケースを手に取って、爪でカツカツと音を立てて足音らしきものを生み出したり、海の音を録るのに、FMラジオのつまみを放送のない周波数に合わせて音量を上げたり下げたりしていた。ミルコが収集した音はもっと本格的で、聴くだけで想像力が掻き立てられるようなものだった。録音したテープを編集のために繋いで行く作業も本格的で素晴らしい。

 頭の固い盲学校の校長先生と、ミルコの才能を認めてくれた担任の先生はとても対照的である。校長先生は、自らが盲目であるためか、盲学校の生徒たちに対する態度がとても保守的である。しかし担任の先生は、ミルコの可能性を信じてミルコの才能をぐんぐん伸ばすためのチャンスを与えてくれた。ミルコが担任の先生に出会えたことは、「ひかり」にも相当する大きなプレゼントだったと思う。

 担任の先生に出会えたこと以外にも、ミルコは、録音した音に物語を付加して行くという大掛かりな作業を手伝ってくれたたくさんの仲間たちにも恵まれていた。その中でも際立っているのが、盲学校に住み込みで働いている女性の娘である。彼女はミルコよりも明らかに年上だが、ミルコの恋人的な存在として登場し、ミルコと一緒に積極的に創作活動に加わっていた。

 盲学校の生徒たちが、いろいろな音を録音するために金物を手に持って音を立てるシーンは圧巻である。これまでそれほど密ではなかった生徒たちが、ミルコの創作活動に加わることで互いの心を一つにして行く。その姿に、素晴らしい一体感を感じずにはいられない。

 私たちは、一体感を感じたいがために、複数の人たちと組んで一つのことに挑戦しているのかもしれない。ある集団が一体感を感じていると、その一体感は、その集団の外にいる人たちにも広がって行く。おそらく、スポーツやコンサートなども、内(当事者)と外(観客)で一体感を共有するための役割を果たしているのだろう。

 のちにミルコは、イタリアの映画界の第一線で活躍するサウンド・デザイナーになったそうだ。この映画は、彼の子供の頃の経験にスポットが当てられた作品なのだが、サウンド・デザイナーになったミルコの才能を開花させるための手助けをした人たちもまた、ミルコとともに生き生きと輝く存在として描かれている。人はこの世に生まれて来て、己の人生で何を成すべきかをちゃんと知っているのではないだろうか。だから、途中で何度も壁にぶつかっても、信念を持って突き進むことができるのだと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お気に入りの映画館が閉館してしまったことを思うと、このような素晴らしい作品が上映される映画館がひっそりと運営されていることが残念でなりません。決して、大多数の人向けの映画ではないかもしれませんが、鑑賞した人の心にいつまでも深く残って行くのは、このような作品だと思っています。このような映画の世界に引き込まれてしまうと、大掛かりな映画からは次第に遠ざかってしまいますね。(苦笑)

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2008.12.30

二〇〇八年コンサート納め

愛のバトンタッチの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。何が大切かということは、一概には言えませんね。友人たちと違って、私たち夫婦は子供を産んで育ててはいません。では、子供のいない夫婦はみんな仲が良いのかと言うと、そうでもありませんし、反対に、子供がいても仲のいい夫婦はいます。私は、自分のこれまでの人生を振り返ってみて、友人たちとは違う人生を歩んで来たと、最近、特に実感しています。子供を産んで育てる経験がないのは大きいですね。だからでしょうか。最近、映画を観ていると、出産シーンに釘付けになります。多くの女性たちが経験して来たことを、私は体験せずに終わろうとしています。果たして本当にこれでいいのだろうかと、自問自答しているところです。(苦笑)

 先週の金曜日に仕事納めをして、現在、私は年末年始の九連休を有意義に過ごしている。そんな中、お互い、丸くなったねの記事に書かせていただいた友人と一緒に、好きなアーチストの今年最後のコンサートに参加して来た。

 結婚をきっかけに関西に移住してからというもの、数多くのコンサートをライブ仲間のお友達と一緒に参加して来た。もともと今回もその予定だったのだが、実はコンサートのチケットの発売時期に、ライブ仲間のお友達からチケット代金振り込みのご案内をいただいたときに、年末に筋腫の手術を受けるかどうかがまだ決定していなかった。というのも、このコンサートのチケット代金の振り込みの受付が始まったのは、九月にI医師の診察を受ける直前だったからだ。そこで私は、ライブ仲間のお友達からのせっかくのお誘いをいったんお断りさせていただくことにした。チケット代金の振り込みには、ある程度の猶予期間が設けられていたのだが、私の手術の予定が立たないために、ライブ仲間のお友達の振り込みの時期を引き延ばしてしまうのは申し訳ないと思ったからだ。ところが、年末には手術を受けないことがチケット代金の払い込み猶予期間内に決まったので、私は慌ててチケット代金の振り込みを自分自身で完了させたというわけである。そのとき、ガンモの年末年始はほぼ仕事で埋まってしまうので、お互い、丸くなったねの記事に書かせていただいた友人をお誘いしたというわけだ。

 私は年に何本か彼らのコンサートに参加しているが、今回、一緒にコンサートに参加した友人は、ひょっとすると十年振りかもしれないくらい、ひどく久し振りの参加となった。現在は、かつて彼女がコンサートに参加していた頃とは違うバックバンドのメンバーが、ドラムとキーボードを担当している。普段からじっくりと音楽性に耳を傾けている人ならば、バックバンドが変わっただけでも敏感に音の違いを感じ取る。私は、ドラムのことは良くわからないのだが、耳が肥えている友人はやはり、新しいバックバンドメンバーの叩くドラムの音がまだ若くて出来上がっていないことを指摘していた。

 音楽はとても不思議だ。楽譜通りに演奏されても心に響くものが少ないことがある。そう言えば、何年か前までのキーボード担当のメンバーの演奏がそうだった。彼は、キーボードの演奏が決して下手なわけではなく、むしろ上手だった。それなのに、彼の演奏には心に響くものが少なかった。それに対し、楽譜に書かれている内容をすっかり自分のものにして演奏するキーボード担当もいた。楽譜を元に演奏するときに、魂が吹き込まれるかどうかによって、聴いたときの印象はずいぶん違って来る。演劇で言えば、台詞を棒読みするのと感情を込めて演じるくらいの違いがある。役者さんも、年を重ねるごとにいい演技をするようになる。若い頃は、台詞の部分に自分の感情を込めることに専念しようとするが、年を重ねて来ると、台詞のない部分に深みが出て来る。表情や動きに、役者としての力量がにじみ出て来るのだ。音楽も芝居も、楽譜や台詞には書かれていない部分の表現方法にこそ、人々は感動するのかもしれない。若いドラム担当の彼は、まだ楽譜通りに叩くことに必死なのかもしれない。 

 今年最後のコンサートということで、好きなアーチストのメンバーのテンションも高かった。メンバーの一人が、特にこちらが指示しないのに、観客の乗りが統一されているのが不思議だとおっしゃっていた。私の参加しているアーチストのコンサートでは、曲と曲の間に観客が手拍子をしたり、拳を振り上げたり、時には振り付けをしたりしているのだが、一部の振り付けが、観客の中で自然に生まれ、全国どの会場を訪れても同じ振り付けが定着していることがとても興味深いとメンバーがおっしゃったのだ。それは、ある会場で生まれた振り付けが、他の会場にも的確に伝えられるということであり、一人の参加者が複数の会場で行われるコンサートに参加していることを裏付けてもいると思う。そういう人たちを介して、同じ振り付けが複数の会場で行われるコンサートに伝えられ、全国に広がって行ったのだろう。これも、愛のバトンタッチではないが、ある会場で体験したことを、別の会場で伝える側の役に回る人がいるという意味において、バトンタッチが行われていると言える。

 毎年、年末のコンサートは三時間半余りの熱演になり、終演時間も遅くなりがちである。今回のコンサートに遠方から参加した友人は、時計をチラチラ見ながら、アンコールの途中で泣く泣く退場することになってしまった。彼女が後ろ髪を引かれる思いで会場をあとにする姿がとても痛々しかった。

 こうして仕事収めに続いて、私のコンサート収めも終わった。あとはホットヨガ収めと映画収めを残すのみである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アーチストに対して盲目的な時期は、そのアーチストの音楽性を見逃してしまうことが多いように思います。盲目的な状態から一歩引いてみると、いろいろなことが見えて来ますね。私にもアーチストに対する盲目的な時期がありましたが、その頃は、応援しているアーチストが変化を求めようとすると、不安を感じていたように思います。しかし、新しいものを生み出し続けて行くためには、新たな試みも必要なわけで、それを受け入れて行くことも、私たちファンには必要なのだろうと今では思っています。変化に対する恐れを抱いたのは、ある意味、彼らを自分の中で束縛したかったわけで、まだまだ彼らへの信頼が足りなかったのかもしれません。彼らへの信頼が増したなら、私たち自身も彼らの存在にとらわれることなく、いろいろな音楽に耳を傾けていいのだと思います。

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2008.12.29

愛のバトンタッチ

映画『ブラインドネス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この映画では、映画『バベル』映画『恋愛睡眠のすすめ』に出演していたガエル・ガルシア・ベルナルくんが悪役を演じています。ガエルくんのことはとても気になるのですが、私とは年が離れ過ぎていますね。(苦笑)

 一時的に冷え込みが厳しくなってはいたものの、私たちはまだ、ダブルの毛布と布団を出さず、シングルの布団と毛布にくるまって、寄り添って寝ている。風邪を引きやすいのはガンモのほうなので、私は寝る前にガンモの肩周りに、ひざ掛け用に買った小さなブランケットを何枚も重ねて守りを固めている。もちろん、百円ショップで買った逆よだれ掛け風の肩掛けも欠かさない。私はガンモの肩周りが温かくなるその瞬間がとても好きだ。

 ところで、来年は新年のごあいさつができないので、喪中の案内をいろいろな人たちに送付した。一部の人たちには口頭や電子メールでお許しいただいて、口頭や電子メールでは連絡のつかない遠方の友人たちには、喪中ハガキではなく手紙を書いた。いつもは年賀状に一言、二言しか書いていなかったせいか、改めて手紙を綴れることがうれしくて仕方がなかった。

 喪中であることを伝えるとともに、「うちは子供がいないからか、今でもシングルベッドに寄り添って寝てるよ」などと近況を添えると、小学校時代からの友人と、高校時代からの友人からそれぞれ、「いいなあ。うちは既に夫婦関係が冷え切っているよ」との返事をもらった。送付した手紙に私の電子メールのアドレスを書いておいたところ、小学校時代からの友人からは、携帯電話のメールを使って返事が届いた。

 驚いたことにそのメールには、子供がいるからご飯は作っているものの、ご主人さんとは歯磨き粉も別、洗濯物も別だと書かれてあり、私はショックを受けた。仮に夫婦関係が冷え切っているとして、洗濯物を別にしたい理由については何となく想像がついたのだが、歯磨き粉が別というのはどういうことだろうと思い、じっくりと考えてみた。そして、おそらく歯磨き粉がご主人さんの歯ブラシに接触するために間接キスのような状態に陥ることが嫌なのだろうという結論に至ったとき、更に落ち込んだ。

 気を取り直して、彼女に、
「愛し合って結婚したのに寂しいねー。うちは歯磨き粉どころか、歯ブラシまで共有してるよー。だってキスするんだし、汚くないもん」
と書いて送信すると、しばらく経ってから、
「歯ブラシを共用しているとはぶっ飛んだ」
という返事が返って来た。

 思い起こせば、私は彼女の結婚式に出席させてもらったはずだ。確か、夫婦関係が冷え切っていると返事をくれた、高校時代の友人の結婚式にも出席させてもらったはずである。あれから何年経ったのだろう。私には、結婚式の初々しい二組の夫婦の姿が今でも瞳の奥に焼き付いている。しかし、結婚して何年も経てば、夫婦関係は本当に冷え切ってしまうのだろうか。

 私は最近、同じ愛がずっと持続しているのではなく、次々に新しい愛が生まれていることを実感している。毎日生まれる愛は、前日の愛とバトンタッチして、次の日に生まれる愛にバトンを渡している。彼女たちの間では、いつの日からか、愛のバトンタッチが行われなくなってしまったのだろうか。どこかでバトンを落としてしまって、誰にも拾われないバトンが足元に転がっているままなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 友人たちからの返事は、何だかショックでしたね。でも、例えどんなにショックだとしても、我が家ほど散らかっている家は他にないでしょう。(苦笑)彼女たちは家をきれいに片付けているはずですし、家事もせっせとこなしていると思います。それに比べ、我が家は・・・・・・。ううん、人生、何が大切なのか、わからなくなって来ました。(苦笑)

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2008.12.28

映画『ブラインドネス』

ホットヨガ(一三三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 高額回数券の取扱いが中止になってしまうことで思ったことがもう一つあります。それは、「ああ、私はやっぱり、来年、手術を受けるんだろうなあ」ということです。私の場合、電車の回数券でも映画の前売券でも、先にチケットを購入してから行動する傾向があります。そのほうが割安だからなのですが、逆に、先にチケットを購入することで、その後の行動を制限されてしまうこともあります。ホットヨガに関しても、五十回券を購入するのはいいのですが、購入したからには適切に使いたいと思い、せっせとレッスンに通うようになるのですね。そんな私だから、三月初めに現在の五十回券が終了して、新しい五十回券を購入したとすると、例え手術を受けたとしても、これまでのレッスンのペースを無理にでも守りたくなるだろうと思っていました。でも、今年いっぱいで五十回券の販売が終了してしまうのだとすると、私にとっては、手術に向けての準備が整い始めたことにもなるのです。

 この映画も一ヶ月ほど前に鑑賞した作品である。予告編を観たときに気になったので、いつものように派遣会社の福利厚生サービスを利用して前売券を購入しておいたのだ。

 この映画には、人類の多くが視力を失うことによって起こり得る大混乱が描かれている。突然、目が見えなくなるという現象は、一人の日本人から始まり、何らかの方法により、次第に感染が拡大して行った。やがて世の中は、「目の見える人」と「目の見えない人」に明確に分けられ、目が見えなくなってしまった人たちは施設に隔離され、不自由で不衛生な配給生活を強いられるようになる。

 単に「目の見えない人」を隔離しただけの映画なら、この映画も私の前を通り過ぎて行くだけの作品になっていたかもしれない。しかし、この映画の中では、ジュリアン・ムーア演じる医者の妻の役割がとても重要なのだ。彼女は、「目の見えない人」が送り込まれる施設にいるのだが、実は医者である夫に付き添っただけで、彼女自身は目が見えなくなったわけではない。多くの人たちが目が見えなくなる病気に感染しているのに対し、彼女だけは何の防御もしなくても感染していないのである。何故だろうと思うだろう。しかし、彼女の勇気ある行動を見守っていればわかる。彼女には、例えどんな状況にあったとしても、夫とともにいたいという強い愛があるのだ。それなのに夫は・・・・・・。

 かつて、ガンモが流行性結膜炎にかかったことがある。流行性結膜炎の注意点としては、家族に感染しないようにするために、タオルを別にすること、などと家庭の医学書には書かれている。しかし、私はガンモとタオルを分けはしなかった。私には、ガンモが使ったタオルを汚いものとして扱うことなどできなかったのである。結局、私は流行性結膜炎には感染しなかった。もっと身近なところでは、ガンモが風邪を引いていても、私たちは平気でキスをするし、同じシングルベッドに寄り添って寝ている。それでも私にガンモの風邪はうつらない。愛と信念を持って接すれば、病原体は身体には入って来ないものだ。ジュリアン・ムーア演じる医者の妻は、そういう信念を映画を通して教えてくれたのだと思う。それは、愛する人と自分を区別しない行動にも繋がっている。だから、もっと大きなレベルでそれが実現できたとき、この問題は解決に向かい始めるのだ。

 反対に、この騒ぎを利用して、自らの欲望を満たそうとする人たちもいる。施設に送り込まれた人たちが配給生活を送っているのをいいことに、配給された食糧をすべて取り上げて、金品や女性の肉体などと引き換えに食料を与えるというグループが出て来たのだ。この映画は最後に希望が見えては来たのだが、こうした非人道的な行動を取った人たちにも同じように希望の光が見えて来たかどうかは疑問である。

 同じことを体験しても、それぞれ掴み取るものが違う。魂がグングン成長して行く人たちというのは、逆境に流されることなく、自分の身の上に起こったことを自分の欲望のために利用したりせずに奉仕できる人たちなのだと思う。そして、逆境の体験を通じて得たものを、自分自身の経験地としてステップアップさせて行くのだ。そう考えると、あらゆることが、常に私たちの魂の成長具合を試すために起こっているような気がしてならない。

 なかなか見応えのある映画だと思い、監督の名前を確認してみると、少し前に鑑賞した映画『シティ・オブ・マン』の製作を担当したフェルナンド・メイレレスが監督を務めた作品であることがわかった。彼の監督作品としては、映画『シティ・オブ・ゴッド』や映画『ナイロビの蜂』が有名らしいが、私はそれらの作品を鑑賞してはいない。ただ、今回の作品から勝手に想像すると、メイレレス監督は、究極的な世界を描きながらも、その中に必死で希望を見出そうとする姿を描き出すのがお好きなのかもしれない。だから、あまりにも壮絶な物語が展開されているからと言って、監督の描く究極的な世界から目をそむけてしまうのはもったいないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 日本人キャストとして、伊勢谷友介くんと木村佳乃さんが出演されているのですが、映画の中でときどき聞えて来る日本語の台詞がとても新鮮でした。というのも、彼らがしゃべっている台詞は、最初から日本人が考えた台詞というよりも、もともとは英語の台本から日本語に訳されたものといった印象を受けたからです。そのため、何かフィルタを通して日本人を見ているような、とても不思議な感覚でした。

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2008.12.27

ホットヨガ(一三三回目)

四〇点差の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m スコアがアップすると、英語学習も楽しくなりますね。これまでサボっていたのに、急に英語学習に力を入れ始めました。古い教材を引っ張り出してリスニングの学習を再開したところ、何度も何度も聞き込んだ教材は、初めて聴く教材よりもスラスラと耳に馴染むことがわかりました。その教材には、繰り返し聴くことが大切だと書かれていましたが、本当にその通りだとわかりました。

 四国の実家から帰って来た翌日、私は神戸店にホットヨガのレッスンに出掛けた。参加したレッスンは、楽しみにしていた七十五分のバレエストレッチのレッスンである。バレエストレッチのレッスンは、主に平日に行われることが多かったので、常設されてからはレッスンを受けることができなかったのだが、今回のレッスンは祝日に設定されていたので、早々と予約をしておいたのである。

 エレベータが神戸店のスタジオのある階に着いたとき、私はスタジオのすぐ隣にある映画館に足を運んでみた。これまで上映中の映画のポスターが掲げられていた掲示板も、ポスターの替わりに閉館のお知らせが掲げられていた。いつも切符を買っていたカウンターも格子のシャッターが降ろされ、もはや中に足を踏み入れることはできなくなってしまっていた。私のお気に入りの映画館は、本当に閉館してしまったのだ。そう思うと、寂しさがこみ上げて来た。


十二月二十日をもって閉館してしまった私の最もお気に入りの映画館、シネカノン神戸。
本当にいい作品を上映してくれた。これまでありがとう。そしてお疲れさま。

 気を取り直してホットヨガ神戸店の入口を開き、中に入ると、いつもお話をさせていただいているインストラクターが受付に立っていた。彼女に、
「映画館、閉館しちゃいましたね」
と言うと、
「そうなんですよ。もしかして、さっき、映画館の様子をご覧になっていましたか? リュックを背負った人のシルエットが映っていたので、もしかしたら・・・・・・と思ってたんですよ」
と言われてしまった。そう、神戸店のスタジオの受付からは、すりガラスを通して隣の映画館に続く通路が見えるのだ。私がいつも大きなリュックを背中に背負っているので、彼女はそのシルエットが私ではないかと思ってくださったらしい。
「そう、本当に閉館してしまったのかと気になって確認してみたんですよ。寂しいですよね。これからどうなるか、まだ決まってないんでしょうか」
と私が尋ねると、彼女は、
「わからないですね。次も映画館だったらいいですね」
と答えてくださった。

 ロッカーの鍵を受け取り、ロッカールームで着替えをしていると、別のインストラクターに出会った。彼女も良くお話をさせていただいているインストラクターである。私は、スタジオに着いてわざわざ着替えなくてもいいように、上着とトレーナーを脱ぐだけでレッスンに参加できるようにして出掛けている。私がトレーナーを脱いだとき、彼女が私の着ているものに驚き、
「それ、何ですか?」
と尋ねて来た。その途端、私は「しまった! 恥ずかしい!」と思った。

 というのも、私はいつも肩が寒くなりがちなので、トレーナーと下着の間に百円均一で買った肩掛けを着けていたからだ。それは、赤ちゃんのよだれ掛けを反対にしたような形のもので、通常は夜寝るときに肩に掛けるものだ。私は、
「これは、百円均一で買った肩掛けです」
と正直に答えた。インストラクターは、
「いいですねえ。とってもあったかそうです」
と言いながらニコニコしてくれたが、このような無防備な姿をインストラクターに見られてしまうとは・・・・・・。

 さて、常設されてから初めてのレッスンとなったバレエストレッチは、クラシックバレエとホットヨガのポーズを融合させたレッスンである。スタジオの設定温度はやや低めで、動いてもあまり汗はかかなかった。参加者の数は私を入れて十二名である。おそらく十二月になり、忙しい日々を送っていらっしゃる方が多いのだろう。人気レッスンの割には、思ったよりも参加者が少ないと感じた。

 今回のレッスンを担当してくださったインストラクターは、これまでに何度かスタジオでお見掛けしたことはあったものの、ほとんど面識のないインストラクターだった。彼女のレッスンを受けたことがあるかどうかも良く覚えていないくらいだ。バレエストレッチのレッスンは、音楽に合わせてポーズを取る。音楽も、普段のレッスンではインドの民俗音楽だったり、ヒーリングミュージックだったり、時にはポピュラーミュージックだったりもするのだが、今回はバレエのレッスン用なのか、ピアノ曲だった。インストラクターは、このポーズを取るときはこの音楽と決めているようで、ポーズが変わる度にCDの頭出しをしていた。

 バレエストレッチのレッスンが、いつものレッスンと明らかに違うのは、自分が女性であることを強く意識するという点である。普段、ホットヨガのレッスンを受けているときは、自分の中に中性的な意識が宿っている。しかし、ホットヨガのレッスンにクラシックバレエの華麗な手のポーズが加わると、自分が女性であることを強く意識せざるを得ない。手は、親指を少し中に折り曲げて、他の四本の指はそれぞれ少し離すような感じである。うまく言えないが、フレミングの左手の法則で親指を折り曲げて、他の指を広げたような感じである。

 後半になると、クラシックバレエの一のポジションや二のポジションを使っての立ちポーズのレッスンに入った。一のポジションは踵(かかと)を付けたまま足を開いて立つポジション。二のポジションは、両方のつま先を外に向けて立つポジションである。更に、一のポジションを斜めにずらして立つ三のポジションというのも習った。レッスンも終わりに近づくと、ポーズを取りながら九十度ずつターンするレッスンも行われた。しかし、まだレッスンに慣れていない私は、ターンがうまく出来なくて、かなり戸惑いながらの参加となった。

 通常のホットヨガのレッスンでもそうだが、バレエストレッチのレッスンでは特に、身体が柔らかい人が取るポーズが美しい。私は身体が固いので、可憐な動きにはほど遠い。しかし、いつもとは違った目新しい体験をさせてくれるので、これからも参加できるタイミングがあれば参加したいと思う。

 神戸店でバレエストレッチのレッスンを担当しているのは、今回、レッスンを担当してくださったインストラクターの他にもいらっしゃるそうだ。若い頃に習ったクラシックバレエが、ホットヨガのインストラクターという現在の職業に活かされているというのは、大きな財産だと思う。私は、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターがつま先を立てて取っているポーズがとてもかわいらしいと感じた。

 私は子供の頃にバレリーナになりたいという夢は抱かなかったが、バレエストレッチのレッスンは、子供の頃にそのような夢を抱いた人にとっては、童心に帰らせてくれるような、わくわくするレッスンであったに違いない。私にとっては、自分自身が参加するよりも、他の参加者が取っているポーズをじっくり眺めていたいようなレッスンだった。

 レッスンを終えて、受付にロッカーの鍵を返しに行ったところ、「回数券購入時のクレジットカード取扱い中止と高額回数券販売終了のお知らせ」が掲げられていた。私は、某航空会社のマイルが貯まるクレジットカードを持っているので、マイルを貯めるために、普段から積極的にそのクレジットカードを利用している。特にホットヨガの回数券は、使用できる回数が多くなると高額になるので、マイルもたくさん貯まる。しかし、これからはクレジットカードが使えなくなってしまうばかりか、割引率の高い三十回券、五十回券、百回券などの高額回数券やフリーパス券の販売が終了してしまうという。ちなみに、私は前回、割引率の高い五十回券を購入している。その回数券は、三月の初めに有効期限が切れるのだが、高額回数券の販売が今月いっぱいで終了してしまうため、今後は五十回券を購入することができなくなってしまう。これからは割引率の低い十回券を購入することになるのだ。五十回券を購入すれば、一括で支払う金額は大きくても、一回分のチケット代金は千九百五十円で済む。しかし、十回券に切り替えると、一回分のチケット代金が二千四百円に跳ね上がる。高額回数券の販売が終了する前に五十回券を現金で購入しておくべきかどうか、悩んでいる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m バレエストレッチのレッスンは、クラシックバレエの基礎がない私には難しいところも多々ありましたが、目新しい体験をさせてもらいました。平日中心のレッスンなので、参加できる機会はそれほど多くはないのですが、これからも参加できる日に開催されるのであれば、前もって予約を入れておきたいですね。それにしても回数券の購入が不便になってしまったことに戸惑いを感じています。何でも、世の中の経済事情が良くないので、高額の回数券を販売することに対して制限するよう、クレジットカード会社から要請が来たとか。困りました。(苦笑)年内、あと一回レッスンを受ける予定ですが、そのときに現金で五十回券を購入しておくべきかどうか、迷います。ああ、クレジットカードで購入できれば、マイルがたくさん貯まるのに・・・・・・! もったいないですね。(苦笑)

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2008.12.26

四〇点差

映画『ホームレス中学生』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。実はたむちんは、小さい頃にお母さんを亡くしているんですね。たむちんが最後に、「思えば、母を亡くしたときから僕たち家族はホームレスだった」というようなことを言います。その言葉がとても印象的でした。

 義父を訪問したあと、携帯電話を使ってメインアドレスに届いたメールを確認してみたところ、TOEIC運営委員会より、前回の公開テストの結果をWebから参照できるとのメールが届いていた。私たちが公開テストを受けてから、早くも三週間が経過していた。派遣会社の主催するIPテストはわずか二週間足らずで結果が送付されて来るものだが、さすがに全国一斉の公開テストともなれば、採点に時間が掛かるようである。

 ガンモにTOEIC運営委員会からメールが届いていたことを報告すると、ガンモはショッピングセンターの休憩コーナーのテーブルの上にノートパソコンを広げ、復活したモバイルカードを使ってインターネットに接続した。そして、自分のスコアを確認するや否や、がっくりと肩を落としてしまった。どうやら期待していたスコアを獲得できなかったようである。

 ガンモがログアウトしたあと、今度は私がガンモのノートパソコンを借りて自分のページにログインしてスコアを確認した。前回の公開テストでは、生理の開始日に当たってしまったため、極端に集中力が落ちてしまった。そのため、これまでの最高スコアよりも、百点は下がってしまったかもしれないと覚悟していたのである。ところが、自分のスコアを確認した私は、自分の目を疑った。ええええええ? 私のスコアは、これまでの最高スコアを更に四十五点も上回っていたのだ。

 私は、何かの間違いではないかと思い、何度かログインし直して、自分のスコアを確認してみた。しかし、何度ログインして確認しても、そこには毎回、同じスコアが表示されていた。わざわざログインし直すまでもなく、もともとTOEIC運営委員会の自分のマイページにアクセスするためには、自分のメールアドレスを入力するのだから、そこに表示されているスコアが私以外のものであるはずはないのだ。

 ガンモがしょげ返っているその場で、私は、
「ヤッター!」
と大喜びした。ガンモは、自分が思うようなスコアを獲得できなかったときに私のスコアが伸びたものだから、すっかりふてくされていた。お互いの実力がはっきりわかるので、同じ日に公開テストを受けようと提案して来たのはガンモのほうだったはずだ。私が毎回、大きなことばかりを口にするので、ガンモがそのように提案したのだ。しかし、今回の結果は、ガンモのスコアには及ばなかったものの、ガンモとのスコアの差はわずか四〇点となったのである。

 私としては、生理が始まった影響で頭の働きが鈍くなっていたので、もしも絶好調の日であれば、ガンモと同じくらいの点数は取れたかもしれないとも思う。これまで、ガンモとのスコアの差が百六十五点などとずいぶん悔しい思いをして来たが、今回の結果は大満足だった。

 特に伸びたのは、リスニングのスコアだった。実は私は、前回の公開テストを受けるに当たって、特に学習を強化していたわけではなかった。ただ、ノートパソコンに向かって作業をしているときに耳を傾けることができるように、BBC World Service - World Serviceのサイトにアクセスし、上の方にあるListen Liveという赤いボタンを押して、BBCのラジオを聴いていただけである。聴こえて来るのは、純粋なイギリス人の英語ばかりではない。実際にロンドンを訪れたときも感じたが、ロンドンには様々な国籍の人たちが住んでいる。BBC World Service - World Serviceから流れて来る英語も、いろいろな国籍の人たちの英語である。それがかえって良かったのだろうか。

 とは言うものの、BBC World Service - World Serviceはやはりイギリス英語が中心なので、BBC World Service - World Serviceに聴き慣れると、アメリカ人の巻き舌英語が聞き取り難くなる。アメリカ英語については、以前、購入した英語の教材CDでカバーして行くしかない。

 この記事を書きながら、今もBBC World Service - World Serviceを聴いているのだが、以前よりも流れて来る言葉の単語を分解することができるようになった。なるほど、英語を聴くのは、音楽を聴くことに似ているのかもしれない。音楽を聴くとき、最初のうちは全体として耳を傾ける。しかし、音楽に対する理解をもっと深めようと思えば、音を分解するようになる。それと同じで、英語を一つの固まりとして耳を傾ける初期の段階から、やがて単語を分解する段階を経て、更に次なるステップを迎えることになるのかもしれない。

 実は、スコアが上がっていたのは、リスニングだけではなかった。数々の問題を残してしまったリーディングの問題までもが、これまでよりもスコアが上がっていたのである。しかし、これは超能力の賜物かもしれない。生理のときは、頭は働かないが、超能力はアップしているのだろうか。リスニングのスコアが大幅にアップしてリーディングのスコアとのバランスが崩れてしまったため、私はリーディング力を強化するためにも、携帯電話にBBCのニュースサイトを登録して、短いニュースをこまめに読めるように環境を整えた。

 思いのほかスコアが上がっていたので、私は英語学習がすっかり楽しくなった。私がこれまでよりも積極的に英語学習に取り組んでいるので、ガンモは私に対して更にライバル意識を燃やしている。しめしめ。これまでガンモに百点以上も引き離されていたが、ここに来て、ようやく追い付いて来た。この先、どこまでのお互いの実力を発揮することができるか、今後の展開が楽しみである。

 ただ、これからもガンモと同じ土俵に立つためには、私が三十分以上も掛けてM女子大学まで自転車で出掛けて行く必要がある。私たちの住む市にはM女子大学があるために、市内に住む女性はほぼ強制的にM女子大学に送り込まれるのだ。一月の公開テストを申し込んでいるガンモの手元に、次回の受験票が届いたのだが、またしても自宅近くの四年生大学が会場に指定されていた。
「私もその大学で受けたい」
と言ってみたものの、私たちの住んでいる市にM女子大学がある限り、それは叶わないことなのだろう。しかし、それも考え方によっては、同じ会場に慣れるという意味で、効力を発揮してくれるのかもしれない。

 TOEICの公開テストは、一月を逃すと三月まで開催されないようである。おそらく、二月は大学入試が開催されるために、大学側がTOEICのために試験会場を提供できないのだろう。そのときまでに、BBC World Service - World Serviceで鍛えておくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「できた!」という手ごたえがあるときはあまりスコアが良くないのに、「今回はあまり良くないかな・・・・・・」などと思っていると、驚くべきスコアが返って来たりします。先が読めないので、まるでギャンブルのようですね。(苦笑)それでも、毎回、受験する度にスコアが伸びているので、実力は付いて来ていると思っていいのでしょうか。しかし、ここに来て、ガンモはどうやら壁にぶち当たっているようですね。このスコアを確認したあとは、「しばらくTOEICのことは言わないでくれ」などと言ってふてくされていました。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.12.25

映画『ホームレス中学生』

冬の帰省とインターネットの規制(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実際に保険施設を訪れてみて、自分の抱いていた偏見に気付かされたことは大きな収穫でした。私たちは、これまでの経験の蓄積から、未知のものを勝手に想像して埋め合わせる傾向がありますが、そうした想像が必ずしも当たっているとは限らないことを身をもって経験しました。何しろ、私自身、「この保険施設に入りたい」と思ったのも確かですが、「ここで働きたい」とも思ったくらいなのですから。義父を取り巻く環境がとても良い環境で、本当に良かったと思っています。

 しばしば足を運んでいる映画館でシネマポイントカードのポイントが貯まり、その映画館でのみ有効な映画の無料鑑賞券をいただいた。さて、この無料鑑賞券を使ってどの映画を鑑賞しようか。悩んだ末に、私はこれまで気になっていながらも、まだ鑑賞していなかったこの作品を鑑賞することにしたのである。ちなみにこの映画を鑑賞したのは、今からおよそ一ヶ月ほど前のことで、そろそろ映画館での上映も終わりに差し掛かる頃だった。

 この映画は、お笑いコンビ『麒麟』の田村裕が書いた自叙伝がベストセラーになり、映画化されたものだそうだ。私は、『麒麟』というお笑いコンビも田村裕という芸人も知らない。おまけに、この映画で「たむちん」こと田村裕役を演じている小池徹平という若手俳優も知らない。とにかく、知らないことだらけで臨んだ鑑賞だった。

 映画の舞台となっているのは、阪急電車沿線の大阪のとある街である。夏休みを前日に控えた終業式の日、学校から帰宅したたむちんは、自宅前の異変に気づく。何と、すべての家財道具が家の外に出され、玄関には立入禁止の黄色いテープが張られていたのだ。家の中に入ろうとしても、既に玄関の鍵が取り替えられていて入れない。どうやら家が差し押さえられてしまったらしい。のちに帰宅した兄や姉とともに父の帰りを待って、事情の説明を求めると、父は戸惑う子供たちの前で必要最小限の説明をしたあと、「解散!」と宣告してどこかに消えてしまった。それから、三人兄弟による生死を掛けたサバイバルが始まる。

 たむちんは、兄姉に対してでさえ心配を掛けまいとして、しばらく友達のところに泊めてもらうと嘘をついて、一人で公園に住み始める。そして、「うんこ」と呼ばれている「うんこ」の形をした滑り台をベッド代わりに使い始めるのだが、これまで「うんこ」で遊んでいた子供たちから、「うんこ」で遊べなくなったと苦情が出てしまう。

 ここまでの流れを静かに見守っていると、何故、周りの誰かに助けを求めなかったのだろうと、疑問に思ってしまうことだろう。しかし、何となくではあるのだが、私にはたむちんの気持ちがわかった。これまでたむちんにとって「当たり前」のように存在していたものが、突然、存在しなくなってしまった。それでも周りの人たちは、「当たり前」のように存在するものたちに囲まれて、毎日をぬくぬくと普通に過ごしている。「プライド」という一言で片付けてしまえばそれまでだが、「当たり前」のように存在しているものを今までと変わりなく受け入れている人たちと、「当たり前」のように存在しているものをある日、突然、失ってしまった自分との間に境界が出来上がってしまったために、境界の向こう側にいる人たちに自分の実態を知られたくはなかったのではないだろうか。

 持参したわずかながらのお金はすぐに底をついてしまい、食べるものがなくなってしまった。そこでたむちんは、すがる思いで兄が働いているコンビニを訪れ、残り物のお弁当をもらい、あっという間にガツガツ平らげてしまう。本当は友達のところでお世話になっているのではなく、公園の「うんこ」で野宿をしていることを兄に告白すればいいのに、兄を心配させたくないばかりにまた嘘をついてしまう。私は普段、正直ではない描写には感動しないはずなのに、そのような状況に追い込まれてもなお、兄には心配をかけたくないというたむちんの強い兄弟愛に心を動かされた。

 たむちんは、公園での生活を続けながら、嫌というほど水を飲めば、お腹が膨れて少しは空腹感を得られることを知った。公園で、鳩にパンの耳を与えているおじさんから、恥も外聞もなくパンの耳を分けてもらった。「うんこ」で遊びたがっていた子供たちからは、やがて「うんこの神様」と崇められ、お供えをもらった。

 のちにたむちんに力を貸してくれることになった友達や、その友達のお母さん、お父さんのフランクな温かさが実にいい。友達のお母さん役を田中裕子さん、友達のお父さん役を宇崎竜童さんが演じていらっしゃるのだが、とても人間味のある役柄である。たむちんが友達の家で体験した、お風呂に入って身体をゴシゴシ洗えるという「当たり前」の幸せ。お母さんの手料理が食卓に並ぶという「当たり前」の幸せ。布団で眠れるという「当たり前」の幸せ。夏休みが始まってからというもの、「当たり前」のことからすっかり遠ざかっていたたむちんにとって、友達の家で受けた待遇はどれほど心に染み入る出来事だったことだろう。普段、「当たり前」に存在しているものは、失ったときにしかその存在の大切さに気付くことはできない。だからこそ、たむちんにとっては「当たり前」に存在しているものの大切さを教えてくれる貴重な出来事となったのだろう。

 四国で生まれ、進学のために上京してしばらく東京で生活していた私が、ガンモとの生活を始めるために関西に移り住んで十数年経った。関西に来てしばらくの間は、関西と東京の人間関係における距離の保ち方が異なっていることに戸惑いを感じたものだった。「ガンまる日記」にも何度となく綴って来たが、ヘッドフォンで音楽を聴いているのに、通勤の途中や昼休みに職場の同僚に肩をトントンと叩かれ、話し掛けられるという関西独特のフレンドリーな距離感にしばらく慣れることができなかった。また、写真を撮っていると、見知らぬおじさんに、
「ええ写真、撮れたかー?」
と話し掛けられたり、ズボンのすそから出ている紐を引きずりながら歩いていると、
「紐がほどけてるでー」
と見知らぬおばちゃんに声を掛けられたりする。特に大阪では誰でも彼でもみんな友達感覚で話し掛けて来て、常に誰かに世話を焼きたがる。そう、大阪の人たちは、みんなお人よしなのだ。だから、「受ける」ことに対して無神経ではいられない人にとっては、自分が同等のものを返せないことでマイペースではいられなくなってしまう。しかしこの映画は、そんな大阪が舞台だからこそ成り立つストーリーなのかもしれない。本当に困っている人に惜しみなく手を差し伸べる大阪人の「お人よし人情」がなければ、三人の兄弟は一緒に暮らすことはできなかったのだ。

 口の中に含んだご飯をもぐもぐと何度も何度も噛んで、もうこれ以上は噛めないというところまで口を動かしたとき、ふわっとやって来る幸せを三人の兄弟は実感した。もしも家が差し押さえられるようなことがなかったら、ご飯をとことん噛んで得られる幸せにも到達することができなかったかもしれない。実際、私自身もそのような幸せをかみしめられるまでご飯を噛んだ経験はない。また、兄弟三人が一つ屋根の下で暮らせる幸せも、三人がホームレスにならなければ実感できなかったかもしれない。

 私は、何かにつまづく度に実感していることを思い出した。どれほど悲劇的なことが起こったとしても、私たちは決して失うだけには終わらない。失うことによって、これまで何かに隠れて見えなかった別のものに出会うことができる。三兄弟は、物質的に失ったものは大きくても、多くの人たちに支えられながら、確かにプレゼントを受け取り、幸せを掴んだ。そのプレゼントとは、お金がたくさんあることではない。この三兄弟の場合は、「当たり前」のことに気づき、感謝できたということではないだろうか。お金がなくても心を豊かにできる方法に出会える、とても心温まる作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 主演の小池徹平くんのプロフィールを拝見してみると、何と、ガンモと同じ誕生日でした。ガンモもそのことに気づいていました。これまでガンモは「宮崎俊さんと八神純子さんと同じ誕生日」と周りの人に言っていたのに、最近では「小池徹平と同じ誕生日」と言うことにしているそうです。ところで、この映画に出演された方たちのプロフィールを拝見すると、ほとんどの方たちが関西のご出身でした。だから、コテコテの関西風の匂いが漂っていたのかもしれません。

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2008.12.24

冬の帰省とインターネットの規制(4)

冬の帰省とインターネットの規制(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。モバイルカードがまったく無反応だったため、一時は修理に出さなければならないと覚悟を決めていたはずなのに、復活するとは本当に不思議なことがあるものです。故障して動作しなくなっていたガンモのモバイルカードは、現在、すっかり機嫌を直して、元気良く働いてくれています。それから、唐突ではありますが、皆さん、メリークリスマスです。私が通勤で利用している神戸市営地下鉄に、クリスマスデコレーションが施されていました。

 翌朝、義弟が仕事に出掛ける前に実家に立ち寄ってくれた。義弟は、ガンモの実家から車でわずか数分のところで働いている。義母の入院により、義父が実家で一人暮らしを始めた頃から、義弟は出勤前とお昼休み、それから仕事帰りと、一日に合計三回もわざわざ実家に寄り、義父の様子を見てくれていた。そのため、義父が実家にいない今でも、そのサイクルが板についているのだ。

 ガンモは印刷した地図を見せながら、義父のいる保険施設への行き方を義弟に尋ねた。義弟は地図を見ながら、ガンモが印刷した地図には載っていない目印を教えてくれた。そして、しばらくすると、義弟は仕事に出掛けて行った。

 お昼ごはんを食べたあと、私たちは出掛ける準備を整えて、義父のいる保険施設に向けてカングーを走らせた。不思議なことに、その保険施設は、義弟の勤務先のすぐ近くの丘の上にあった。老人ホームやケアサービスなど、同じ系列の別施設がいくつか点在する中で、義父のいる保険施設は丘の一番上にあった。どの施設にも同じような名前が付けられていることから、おそらく同じ経営者なのだろう。義父のいる施設は老人ホームではなく保険施設なので、義父の糖尿病の薬も処方してくださるそうだ。わざわざかかりつけの病院まで出掛けて行かなくても薬を処方してくださるのは、とてもありがたいことである。

 受付で義父の名前を告げると、スタッフの方が私たちをエレベータ乗り場まで案内してくださった。とても感じのいい方で、初対面から好感が持てた。エレベータに乗って義父のいる階に行き、再びその階にある受付で義父の名前を告げると、先ほどとは違うスタッフの方が義父の部屋まで案内してくださった。案内してくださっている間も、他の何人かのスタッフとすれ違ったのだが、どのスタッフもあたたかい人間性がにじみ出て来るような雰囲気で、表裏がなく、本当にこの仕事が好きでここで働いているという気持ちが伝わって来た。

 義父は、案内された部屋には不在で、中ほどにある談話室のソファに座ってくつろいでいた。そして、突然やって来た私たちを確認すると、一瞬、驚いたような表情を見せたが、私たちをあたたかく迎えてくれた。義父は顔色も良く、体重も元に戻っていた。以前のようにちょっぴり陽気な義父に戻っていたのだ。ガンモに会って、まず最初に義父が口にしたのは、
「会社は大丈夫なのか?」
という言葉だった。昨今、不景気なニュースがとても多いので、ガンモの会社も大丈夫なのかと義父は気に掛けてくれていたらしい。まさかそんなことを義父が気に掛けてくれているとは思っていなかったガンモは、
「こりゃ参った」
と苦笑いしていた。

 良く日の当たる談話室で、義父とガンモと私の三人が一つのソファに並んで座り、長いこと話をした。義母の葬儀の頃、一時的に足元がおぼつかなくなり、車椅子を使用していた義父は、今や杖の力を借りて、しっかりと自分の足で歩いていた。これまでにも、杖を使って歩いていたことはあったのだが、以前よりもずっと歩くスピードが速くなっていた。

 義父の髪の毛はきちんとカットされ、爪も短く切られていた。義父の髪の毛がどんどん伸びて落ち武者のようになってしまうので、これまでに二回ほど、私が義父にサービス満点ではない床屋さんを開業したことがある。しかし、爪を切ることまでは気が回らなかったので、義父の爪はいつも伸びがちだった。そんな義父の爪はきれいに切られていた。おそらくスタッフの方が義父の爪を切ってくださったのだろう。義父の髪の毛がきれいにカットされていることと言い、爪がきれいに切られていることと言い、義父がこの保険施設で大事にされている証拠である。私はとてもうれしくなった。

 私たちが話をしていると、スタッフの方が私たちにコーヒーを入れてくださった。私はコーヒーを飲む習慣はほとんどない上に、ミルクも筋腫に悪いということでずっと絶っていたのだが、スタッフの方の心遣いがうれしくて、普段飲まないコーヒーにミルクをたっぷりかけていただいた。私たちが座っていたソファは、とても日当たりが良く、冬でもポカポカして気持ちが良かった。まるで猫になったような気分である。私も年を取ったら、このような施設に入ることができるのだろうか。いや、今からでも入りたい気分だ。

 正直に言うと、私はこのようなところで働いている人たちに対する何らかの偏見を持っていたように思う。何故なら、誰かのために真剣になれるということを、容易に想像することができなかったからだ。しかし、ここで働いている人たちは、決して「誰かのために」働いているわけではなかった。働く喜びを自分自身への喜びに還元しているのだ。

 ここで働いているスタッフが、「誰かのために」働いていると思い込んでいた私は、家族や近親者などの、患者(ここでは義父)に近い存在の人たちが患者(ここでは義父)を大切に思う気持ちを、態度でもってスタッフにも伝えて行くべきだ、などと傲慢な思いを抱いていた。というのも、愛情があれば、そのような扱いはしないだろうというようなことを、これまで嫌というほど経験して来たからだ。しかし、ここではまったく逆だということに気がついた。むしろ、ここで働いているスタッフから、私たち自身が学ばなければならないことのほうが多かったのだ。それは、義父に対して絶え間なく声を掛けるということであったり、義父の伸びた髪の毛をカットすることであったり、伸びた爪を切ることであったり・・・・・・。それらのことを、越えてはいけない一線として守りながら、結局は何もしないのではなく、越えてもいい一線として愛をもって踏み越えて歩み寄り、家族や近親者でさえも遠慮してしまうほどの境界をすっかり取り払っていた。私はそこに深い感動を覚えたのだった。

 義父の顔色が良くなるには、それなりの理由があったのである。このような素晴らしい環境ならば、自宅で一人で過ごすよりもずっといいはずだ。ただ、そこは保険施設なので、義父が健康を取り戻せば、もっと深刻な状況にある人に部屋を明け渡さなければならないらしい。実際、義父は、その保険施設にいる誰よりも元気そうに見えた。だから、そろそろ時間の問題かもしれない。それでも、幸いにして、まだ滞在できそうなので、もうしばらくは滞在させてもらうことになりそうだ。

 私たちが帰る時間になると、コーヒーを入れてくださったスタッフの方が義父の手を引いて、私たちをエレベータ乗り場まで見送ってくださった。こうして義父に見送られ、私たちは大きな感動を胸に、義父のいる保険施設をあとにしたのである。

 それから買い物をしたあと、いよいよ兵庫にある自宅に向けてカングーを走らせたのだが、カングーの中でもしばらく、義父のいる保険施設がとても素晴らしかったことで盛り上がっていた。私たちは、義父が生き生きと輝ける場所が、自宅近くの、しかも義弟の勤務先の近くにあり、更にそこを利用できることの奇跡に深く感謝していた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモの話では、その保険施設は、地元では本当に評判のいい施設なのだそうです。働いているスタッフの方たちは、二十代の方もいらっしゃいましたし、五十代くらいのベテランの方もいらっしゃいました。スタッフの方たちが生き生きとしているので、義父も生き生きとしていられるのでしょうね。そこでは、作っているのではない本物の笑顔に出会うことができました。完全に他力本願ではいけませんが、とにかく義父が元気でいることに安心しました。

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2008.12.23

冬の帰省とインターネットの規制(3)

冬の帰省とインターネットの規制(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いくつになっても母の手料理はありがたいものです。考えてみると、大きな鍋に料理をたくさん作って、みんなで同じ料理を食べるのは、家族団らんのほかに経済的な効果もあるんですよね。今後、私が今の仕事を引退したら、惣菜屋さんか、料理を小皿で出して、お客さんに好きな料理の小皿を取ってもらう飲食店で働いてみたいですね。同じ料理をたくさん作って小分けするというのに、実はちょっぴり憧れているのです。

 五月に義母が亡くなったあと、車で数十分のところに住む義弟が、糖尿病を患っている一人暮らしの義父の様子を見るために、毎日のようにガンモの実家を訪れてくれていた。しかし、義父は義母を亡くしたショックが大きかったのだろう。義母の四十九日が過ぎるまでは、私たちも含めた親族が毎週のように週命日のために訪問していたのでにぎやかだったが、四十九日が終わり、訪問者の足が遠のくと、義父は次第にご飯を食べなくなり、すっかり痩せてしまった。そこで体力を回復させるため、少しの間入院したあと、現在は自宅近くの保険施設に入っている。

 義母が入院していた頃、義弟は義母の入院している病院と、義父のいる実家、それから自宅と職場を行き来することにエネルギーを費やしていた。長男夫婦である私たちが実家から遠く離れた場所に住んでいるため、両親に親孝行をするという点において、私たちは義弟に負担を掛けっぱなしだった。そこで、義弟の負担を少しでも軽くするために、義父を保険施設で預かってもらうことに同意したのである。

 ガンモの実家に着いたのは十九時半過ぎだったろうか。もう遅かったので、私たちは、翌日、義父の元を訪れる計画を立てていた。インターネットに接続することができれば、義父のいる保険施設を調べて地図を印刷することができるはずだが、相変わらずガンモの実家でも、私の主要都市専用のモバイルカードは圏外を示していた。ガンモは、いちかばちかで壊れた自分のモバイルカードをノートパソコンに挿入してみた。すると、今朝までまったく無反応だったガンモのモバイルカードに緑のランプが点灯したのである。それは、モバイルカードがノートパソコンに認識された合図だった。

 ガンモは、
「やった! 緑のランプが点いた! 繋がるかも?」
と言って、早速モバイルカードからインターネットへの接続を試みた。すると、ガンモのモバイルカードは、いつものようにすんなりとインターネットに接続できたのである。
「繋がった!」
ガンモが喜びの声をあげたので、私も一緒に歓喜した。

 しかし、モバイルカードが復活したのは、ほんの一時的なことかもしれない。ガンモは、ノートパソコンがインターネットに繋がっている間に、検索エンジンを使って義父のいる保険施設を調べて、ノートパソコンをプリンタに接続して地図を印刷した。ひとまず、やれやれである。その後、ガンモがプライベートで使用しているノートパソコンに切り替えて、壊れていたモバイルカードから同じようにインターネットへのアクセスを試みところ、やはり成功した。私のノートパソコンとインターネットのアクセス環境を共有するためには、ガンモがプライベートで使用しているノートパソコンからインターネットに接続する必要があったのだ。しかし、これまで私たちが行っていたような、無線LAN経由でのネットワーク共有は実現できなかったので、私たちは一つのモバイルカードを二人で替わりばんこに使うことにした。

 修理に出そうと思っていたモバイルカードが突然、復旧したのは、驚くべきことだった。今回の帰省では、もはやガンモのモバイルカードを使ってインターネットに接続することはできないと諦めかけていたので、繋がった喜びもひとしおだった。私たちがガンモの実家を素通りせずに義父に顔を見せることを決意したことで、運気が好転したのかもしれない。「道はこっちだ!」と選んだ途端、閉じていたものが突然、開かれたのだ。

 私たちは、いつもの二階ではなく、義父と義母の寝室だった部屋に布団を敷いて眠った。シングルの布団を一組しか用意しなかったので、寝ている間に布団の取り合いにはなったが、それでも何とか風邪を引かずに翌朝を迎えることができた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモの実家を素通りせずに一泊して帰ると決めたことで、不思議なことが起こりました。電気が通らなくなるというのは、何らかの停滞を意味していたのかもしれませんね。しかし、選びたい道を選べば、道が開かれるということなのでしょう。ところで、私の実家もガンモの実家も木造なので、マンション暮らしの私たちが冬に帰省すると、必ずと言っていいほど風邪を引いていました。私の実家は確かに寒かったのですが、ガンモの実家は私の実家ほど寒くはありませんでした。ちょっぴり悔しいですね。(苦笑)ガンモは私の実家を「山小屋」と命名しました。「山小屋」なので、ストーブがないと過ごせないそうです。私たちは、兵庫の自宅でもファンヒーターを使っていないのに、私の実家ではストーブをつけてもらうことになりました。クーラーの寒さには弱くても、自然の寒さには強い私は、ストーブがなくても大丈夫だったのですが、ガンモがとても寒がりなので、ストーブをつけてもらったのです。しかし、ガンモの実家では、ストーブを使わずに、こたつだけで何とかしのぐことができたのであります。

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2008.12.22

冬の帰省とインターネットの規制(2)

冬の帰省とインターネットの規制(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちょっとマニアックな内容だったかもしれませんね。(苦笑)QRコード作成ツールは、携帯電話サイトを開設していらっしゃる方ならお馴染みのツールかもしれません。私は、携帯電話サイトは開設していないのですが、携帯電話で文字を入力するのがとても苦手なので、愛用しています。また、今回のように、インターネットにはアクセスできないけれども、携帯電話の電波は届くといった状況のときに、情報を発信して行くにはとても便利なツールだと思います。ただし、それほど長くない文章に限られてしまいますが。(苦笑)

 結局私は、翌朝、実家の電話回線を使ってインターネットにダイアルアップ接続して「ガンまる日記」を更新した。ガンモは今回の帰省に、会社のパソコンとプライベートパソコンの両方を持参していたのだが、モバイルカードが故障して会社のネットワークにも接続することができなくなってしまったため、しばらく考えていたようだ。そう、ガンモはモバイルカードを仕事でも使用しているのである。

 モバイルカードを修理に出したいが、時期的なことを考えると、修理が完了するのは年明けかもしれない。しかし、一日でも早く修理に出せば、年内に修理が完了するかもしれない。そんな期待もあって、ガンモは壊れたモバイルカードをできるだけ早く修理に出したいと思ったようだ。ガンモはいろいろ考えた末に、
「やっぱり今日の夜帰って、明日、修理に出しに行く」
と言った。つまりガンモは、自分の実家にも寄らずに、そのまま兵庫の自宅に帰るというのである。

 私は、ガンモの実家にも寄らずに帰るということが気掛かりではあったが、同時にそのことを私の両親に伝えるのも少し辛かった。私の両親は、私たちがもう一泊する心積もりでいたのに、私たちが一泊しただけで帰ってしまうことを知ると、がっかりするだろうと思ったからだ。私が少し胸を痛めながら両親に事情を説明すると、やはり私の両親は少しがっかりしていた。

 ところで、今回の帰省は、ガンモが運転するカングーにとって、四国初上陸となった。「ガンモが運転するカングー」と書いたのは、カングーが、以前の持ち主の運転で四国までやって来たかどうかはわからないからだ。私の両親には、予めカングーの写真を電子メールで送付しておいたのだが、こうしてカングーの実物を目にすると、
「思ったよりも車高が高い」
と言っていた。カングーは、愛媛ではほとんど見掛けない車らしく、私の両親はとても珍しがっていた。

 夕方、帰宅することになったので、私たちは父の運転する自家用車に乗り込み、お墓参りに出掛けた。私の両親はとても信心深いので、私たちが帰省すると、私たちを毎回、必ずお墓参りに連れて行く。お墓の前で、父母は日常の御礼を述べたあと、私たちのことを先祖にお願いし、私は父母のことを先祖にお願いする。おそらく祈りとは、そのようなものだと私は思っている。

 朝も昼も夕方も母の手料理を食べた。ちょうど冬至だったので、母は私たちにかぼちゃを煮て食べさせてくれた。母は私と違って家事に生きている人なので、私たちが出発する頃になると、少し早めの夕食を用意してくれた上で、途中でお腹が空くだろうと言って、お弁当を作ってくれた。両親の愛情をいっぱいに受け、これも持って帰れ、あれも持って帰れと、カングーの中をお土産でいっぱいに満たして、私たちは私の実家をあとにした。

 高速道路に入る前にセルフのガソリンスタンドに寄り、お腹を空かせていたカングーにガソリンを入れた。そのとき、ガンモがふとつぶやいた。
「やっぱり、俺の実家にも一泊する。そうしておいたほうがいいだろう」
もちろん、私はガンモの提案に賛成した。おそらくガンモは、私が両親とコミュニケーションを取っている様子を見て、このまま帰るわけには行かないと思ったのだろう。もともと、お互いの実家に一泊ずつする予定だったのに、私の実家に二泊することになり、ガンモの実家には帰りに立ち寄るだけに変更した。しかし、モバイルカードの故障により、今度はモバイルカードを修理に出すために、ガンモの実家には寄らずに兵庫まで帰ろうとしていたのだから、ガンモの胸もチクチク痛むはずである。

 そうと決まれば、私の実家にも連絡を入れておいたほうがいいだろう。私はそう思い、携帯電話を使って、さきほど見送ってもらったばかりの母に電話を掛けて、ガンモの実家に一泊して帰ることを伝えた。それを聞いた母は、とても喜んでいた。母としても、私の実家にだけ泊まって帰るのは心苦しかったようだ。

 ガンモの決断で、私もすがすがしい気持ちになっていた。これが私たちの本来の選択だ。思い立ったときにインターネットに接続できないのは確かに不便だが、土壇場になって、そんなことよりもずっと大切なことを私たちは思い出すことができたのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自分が本当にしたいことに背を向けて行動すると、どこかすっきりしない気持ちを抱えてしまいますよね。おそらくそれは、「欲望」を達成しようとしているからなのでしょう。でも、「欲望」ではなく、自分が本当にしたいことを見つけて実践すると、本当の自分を見付けたようなさわやかな気持ちになることができます。この日の私たちがまさしくそんな感じでありました。おまけに、この日は雨が降っていたので、雨の中を数時間掛けて兵庫まで帰るよりも、私の実家から高速道路を利用しておよそ一時間半の距離にあるガンモの実家に泊まったほうが、雨の中を走る危険も少なかったようです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.12.21

冬の帰省とインターネットの規制(1)

挫折するほど難しいの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 携帯電話各社には、家族への通話は無料というサービスがありますよね。docomoにおいては、このサービスはFOMAにのみ適用されるサービスだったので、ガンモがmovaを使っていた頃は、私が発信する場合のみ、無料通話が適用されていました。しかし、晴れてガンモもFOMAに切り替わったので、これからはガンモから私への発信についても無料になりました。これまでは、ガンモから着信があると、「ちょっと待って。電話代、もったいないから私から掛け直すよ」などと言って私から発信し直していたのですが、これからは心置きなく対等に話をすることができます。(^^)

 二十二日を休暇にすれば連休にできるので、二十二日に休暇を申請されていらっしゃる方も多いことと思う。実は私たちも二十二日を休暇にしている。この休暇を利用して、二泊三日の予定で、四国にあるお互いの実家に一泊ずつすることにしたのだ。一般的には、お正月に帰省するものなのだが、毎年、お正月はガンモに仕事が入っているため、時期をずらして帰省しているのだ。とは言うものの、ガンモは土曜日の朝まで徹夜の仕事が入っていたので、土曜日の朝に新しい携帯電話を携えて帰宅したあと、しばらく睡眠をとり、夕方からカングーを走らせて四国に入った。

 ご存知のように、ガンモの実家は香川にあり、私の実家はその隣の愛媛にある。今になって思えば、パソコン通信の写真フォーラムで知り合った私たちが、お互い、隣接した県で生まれ育ったというのは不思議なものである。しかも、私たちのような共働き夫婦にとっては、お互いの実家が近い場所にあることはとてもありがたい。短い休暇を利用して、お互いの実家を一泊ずつすることができるからだ。夫が北海道出身、妻が沖縄出身という夫婦を知っているが、彼らが二泊三日の帰省スケジュールを立てるのは難しいかもしれない。

 いつもならば、私たちの住んでいる兵庫から近い香川にあるガンモの実家に先に一泊したあと、私の実家に一泊するのだが、今年は義母のことでガンモの実家に帰ることを優先させたため、出発直前になって、ガンモが、
「俺の実家には帰りに寄るだけにして、今回は、先にまるみの実家に行って、二泊しようか」
と提案してくれた。私は、
「うん。ガンモがそう言うならそうしようか」
と言って、二泊することを伝えるために実家に連絡を入れた。

 家を出たのは十七時くらいだった。途中で夕食をとったので、愛媛にある私の実家に着いたのは二十二時前だった。夜遅い時間だったにもかかわらず、私の両親は私たちを暖かく迎え入れてくれた。

 朝が早い両親は間もなく就寝したので、私たちだけの時間になった。いつものように、ガンモはノートパソコンを広げて、インターネットに接続しようとした。以前も書いたことだが、私たちはそれぞれ、ノートパソコンとモバイルカードを持ち歩いている。ガンモが使用しているモバイルカードは全国をカバーしているが、私が使用しているモバイルカードは全国の主要都市でしか使えない。ガンモの実家も私の実家も、全国の主要都市ではないので、私のモバイルカードは圏外を表示してしまう。そのため、お互いの実家に帰ったときは、ガンモのモバイルカードを無線LAN経由で共有できるようにネットワークの設定を行っている。ところが、ガンモのモバイルカードの不具合で、インターネットに接続できないことがわかってしまった。普段はノートパソコンにモバイルカードを差し込むだけでモバイルカードが点灯していたのだが、まったく反応しなくなってしまったのである。ガンモはしばらくの間、モバイルカードと格闘していたが、何をやっても効果がなかったので、とうとう諦めてしまった。私も、ガンモと同じようにガンモのモバイルカードを試してみたが、やはり結果は同じだった。

 私は、一度書き上げた「ガンまる日記」に少し手を入れておきたかった。一度書き上げた記事は、読み返せば読み返すほど、手を入れたくなってしまうのだ。しかし、インターネットに接続できないのだから仕方がない。携帯電話からも「ガンまる日記」の管理画面にアクセスできるはずだが、文字数が多いので、記事を読み込めないかもしれない。しかし、今は思い付いたことをやってみるしかない。私は、失敗を覚悟した上で携帯電話から「ガンまる日記」の管理画面にアクセスし、一度書き上げた記事を修正すべく、修正しいページを開いてみた。すると、エラーにならずにすんなりと編集画面を開くことができた。しかし、この画面から編集したところで、アップロードするときに編集に失敗してしまったらどうなるのだろう。そのときは、実家の電話回線を借りて、インターネットにダイアルアップ接続するしかない。私はそう覚悟を決めて、携帯電話に表示された「ガンまる日記」の編集画面を操作し、気になる表現に手を加えて行った。

 ようやく推敲が終わり、いちかばちかでその内容を送信してみたところ、無事に記事が修正された。長い文章なのに、私の携帯電話からは読み書き可能だったのだ。しかし、今日の記事はどうする? 携帯電話から「ガンまる日記」を更新できることはわかったが、携帯電話では長い記事は書けないし、いつも記事の中に埋め込んでいるようなリンクも埋め込めない。困った。やはり、ダイアルアップ接続しかないのだろうか。

 あれこれ思い悩んでいるうちに、私は自分のノートパソコンにQRコード生成ツールであるQR Code Editorをインストールしていることを思い出した。QRコードについては、皆さん、既に良くご存知のことと思う。QRコードを携帯電話に付属のバーコードリーダーで読み込むことによって、URLなどの情報を携帯電話に取り込むことができるようになっている。

 QRコード生成ツールには、例えば自分の携帯電話の番号やメールアドレスをQRコードに変換する機能もある。そうして生成したQRコードを、相手の携帯電話に付属のバーコードリーダーで読み込んでもらうことによって、自分の携帯電話の番号やメールアドレスを親しい人の携帯電話に送り込むこともできるのだ。また、QRコード生成ツールには、長いテキストの入力をパソコン側で行い、その内容を携帯電話に送信するためのQRコードを生成することもできる。

 私はかつて、携帯電話で長いメールを入力することができないので、しばしばパソコンで入力した長いテキストをQRコードに変換して、生成されたQRコードをバーコードリーダーで読み込んで、自分の携帯電話に取り込んでいたことがある。その機能を使えば、「ガンまる日記」の更新も不可能ではないかもしれない。そう思ったのだが、「ガンまる日記」の記事を書き上げたあと、QRコード生成ツールで自分の書いた記事を取り込んでみると、私の携帯電話からは取り込めないような複雑なQRコードが出来上がってしまった。実際にQRコードを読み込んでみたのだが、エラーが表示されて読み込めない。おそらく、文章が長すぎるために、変換されたQRコードを私の携帯電話に付属のバーコードリーダーが解析できないのだ。

まだ記事の途中までだというのに、文章があまりにも長過ぎて、携帯電話に付属のバーコードリーダーが認識してくれない。
確かに、このような細かいQRコードは見たことがない。

すべての文章を変換しようとすると、文章があまりにも長過ぎて、QRコードに変換できないこともある。

 そこで私は、書き上げた記事を分割してQRコードに取り込んでみた。すると、わずか二行程度なら、生成されたQRコードから携帯電話のテキストに変換できることがわかった。携帯電話の「ガンまる日記」管理画面から、それらのテキストを一つ一つ選択して貼り付けして行けば、最後には記事が書き上がるかもしれない。しかし、地道に変換を始めたものの、分割する回数があまりにも多いので途中で挫折してしまった。

 ああ、何ということだろう。先日のガンモの新しい携帯電話を操作したときも思ったが、携帯電話というものは発信ツールではなく、受信ツールのような気がする。受信機能は優れていても、電話以外の発信機能が発達していない。携帯電話とノートパソコンは、ケーブル一本で容易に繋がるのに、そのケーブルを経由して、携帯電話にテキストを送り込むことはできないのだ。もしそれができれば、わざわざQRコード生成ツールなど使用しなくても、携帯電話に直接長い文章を送り込むことができるのに。そんなことを悶々と考えながら、携帯電話との戦いに疲れ果てた私は床に就いた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私が実家に帰省したのは、およそ三ヶ月振りのことであります。そのときは、祖母の葬儀に出席できなかったので、四十九日の前にお参りしておきたいと思い、一人で帰省したのです。そのとき、仕事の都合で一緒に帰省できなかったガンモも、今回は同行してくれました。思えば、今年は本当にいろいろなことがありましたね。振り返ってみると、あっという間だったように思います。それはさておき、またしても携帯電話と格闘することになってしまいました。(苦笑)携帯電話とノートパソコンをケーブルで接続すれば、携帯電話に取り付けているmicro SDがリムーバブルディスクとして認識されるのに、そこにテキストファイルを送り込んでも、携帯電話からは読み込めないのですよね。それにしても、何故、こんなに使いにくいものを作ったのでしょうか。ネットワークが繋がっていなければ何もできないということを、ひしひしと実感することになってしまいました。

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2008.12.20

挫折するほど難しい

映画『その土曜日、7時58分』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この映画の主人公たちは、ネガティブな方向にボタンを掛け違えてしまいましたが、時にはポジティヴな方向にボタンを掛け違えることもあると思います。また、病気や怪我などで、一見、ネガティブな方向に進んで行ったとしても、自分自身でそのネガティヴを受け入れ、ポジティヴに変えて行くことのできる人もいますよね。私の周りにもそういう人がいますが、とても生き生きとしていて素敵です。

 フェスティバルホールのフェアウェルコンサートに参加する前に、ガンモは新しい携帯電話を求めて、大阪駅周辺のいくつかのお店を回った。ガンモには欲しい携帯電話があったようなのだが、どのお店にもその携帯電話の在庫がなく、とうとう欲しい携帯電話を手に入れられずにコンサートの時間を迎えてしまった。しかし、手に入らなかった携帯電話のことがずっと気掛かりだったらしい。

 そこでガンモは、水曜日の仕事帰りに三宮のdocomoショップに足を運んだようだ。閉店間際だったのであまり時間はなかったようだが、発売前の新しい携帯電話を店員さんが紹介してくださり、ガンモはもともと欲しいと思っていた携帯電話よりも、店員さんが見せてくださった、まだ発売になっていない新しい携帯電話に心を奪われてしまったらしい。それは、iPhoneのようなタッチパネル式の携帯電話だった。

 docomoショップが閉店する頃、私が仕事を終えて三宮に到着したので、ガンモと合流して三宮で一緒にご飯を食べた。ガンモはdocomoショップでもらった携帯電話のカタログを見ながら、店員さんに紹介してもらった発売前の新しい携帯電話の話ばかりしていた。その携帯電話は、金曜日に発売になるという。大胆にもガンモは、
「金曜日に大阪まで買いに行く」
と宣言した。

 実は、金曜日の夜、ガンモは客先で徹夜の仕事が入っていたのだ。本来ならば、昼間のうちは、夜に備えてたっぷり睡眠をとっておかなければならないのに、ガンモはお昼頃まで睡眠をとったあと、わざわざ大阪まで出掛け、発売になったばかりのタッチパネル式の携帯電話を購入したのである。

 機種変更を済ませたあと、ガンモはすぐに私に電話を掛けて来たのだが、これまでと違って音がクリアだったので驚いた。ガンモは仕事ではFOMAの携帯電話を使ってはいたものの、個人用の携帯電話はずっとmovaを愛用し続けていた。docomoの愛用者が次々にmovaからFOMAに切り替えて行く中で、ガンモは頑なにmovaを使い続けていたのである。しかし、場所によってはFOMAは通じるがmovaは通じないところもあり、ガンモよりも一足早くFOMAに切り替えた私は時々不便を感じてもいた。私はその度に、
「そろそろFOMAに切り替えればいいのに」
とガンモに提言していたのだが、ガンモは、今は欲しい携帯電話がないからと言って、頑なにmovaを使い続けていたのだ。そんなガンモがようやく使いたい携帯電話に巡り合い、徹夜の仕事を控えているというのにわざわざ大阪まで出掛けて行って機種変更を済ませたのである。

 ところが、ガンモが購入した新しい携帯電話は、i-modeが使えない特殊な機種だった。Windows Mobile搭載の携帯電話であるため、携帯電話というよりもPDAのような感覚で使える携帯電話だったのである。インターネットへは、i-modeを介すことなくフルブラウザで繋がる。よって、これまで使用していたガンモのi-modeメールは廃止となってしまった。その代わり、普段、自宅で使用しているメールアカウントがそのまま使えるようになるらしい。つまり、インターネットに常時接続できるPDAを持ち歩いているようなものである。

 徹夜の仕事を終えて帰宅したガンモに新しい携帯電話を見せてもらい、私は驚きの声をあげた。
「えっ? これが携帯電話?」
薄っぺらい本体からは、「誰にも触らせないぞ」というオーラが漂っていた。実際に触ってみると、そのオーラの通り、いかにも使い難そうな携帯電話だった。何故なら、その携帯電話には、キーと呼ばれるものはほとんどなく、文字の入力はソフトウェアキーボードを表示させて入力するか、手書きで認識させるかのどちらかだったからだ。ハードウェアキーボードに慣れている私としては、非常に使い難い。私は、
「この携帯電話、使い難い!」
と、ガンモの携帯電話を操作し続けることに挫折してしまった。そのときふと思ったのだが、使い難いということは、逆に、セキュリティが高いと言っていいのではないかということだ。

 というのも、私が使用している携帯電話は、直感的に使い方が想像できてしまうという点においては、まだセキュリティが甘いと思うからだ。最近、私の派遣先でも、嫌というほどセキュリティがらみの教育がなされている。データの入ったUSBを持ち歩くのは原則として禁止。やむを得ない場合は上司に届出を提出した上で、USBを暗号化して肌身離さず持つ。社用の携帯電話を持ち出すときは、必ずロックを掛ける。社用の携帯電話に届いたメールはこまめに消す。仕事中に席を立つときは、必ずパソコンのスクリーンロックを掛けて他の人には操作させないようにする。机の上には、仕事で使用している書類などを出しっぱなしにしない。印刷をするときも、他のプロジェクトを担当している人たちに内容が漏れないような秘密モードで印刷する。仕事で不要になった印刷物は、古紙としては出さずに、例え裏が白くても必ずシュレッダーにかける。帰宅するときは、机の引き出しに必ず鍵を掛ける。秘密を含む電子メールは必ず暗号化して送付する。電子媒体などは、鍵の掛かるロッカーにしまう。個人情報漏洩をはじめとする情報セキュリティの問題が叫ばれる中で、企業は社員や私たち派遣社員も含めてそのような教育が重点的に行われているのだ。

 だから、個人で使用している携帯電話に登録している情報もできるだけ守りたいと思う。例えば私が個人で使用している携帯電話を落としてしまったときに、私の携帯電話に登録している友人たちの個人情報が、第三者によって、容易に参照できるようなことがあってはならないと思う。しかし、実際に携帯電話に付属のロック機能を使い始めると、自分自身が使うときにもいちいちロックを解除しなければならず、面倒に感じたりもする。おまけに、ロック機能を使用しているときは、一部の機能を使用できないなどの制限もある。そうなると、せっかくのロック機能が役に立たないものになってしまう。

 しかし、ガンモが新しく購入した携帯電話のように、直感的に使い方を想像することができない携帯電話ならば、触っているうちに携帯電話を投げ出したくなるものだ。実際、私も使い方が良くわからなくて、ガンモの携帯電話を投げ出してしまった。コンピュータ業界に長くいれば、たいていのものは取扱説明書なしでも使えるはずなのに、ガンモの新しい携帯電話だけは使えなかった。昔、charというミュージシャンが『気絶するほど悩ましい』という曲を演奏していたが、ガンモの携帯電話は『挫折するほど難しい』のである。

 現在、ガンモは、新しい携帯電話に慣れるために、必死で特訓を重ねている。特訓の成果もあって、ようやく操作にも慣れて来たようだ。熟練者にとっては簡単な操作であったとしても、他の人にとっては使い難い操作であれば、面倒なロック機能を使用しなくても、ある程度の情報を守ることができる。これからは、直感的に使い易い携帯電話ではなく、むしろ使い難い携帯電話のほうが重宝される時代に変わって行くのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 個人情報が流出すると、企業としても信用を失い、多大な損失にも繋がるので、最近は特に個人情報を守るための教育に力が入っています。これは、情報化社会になり、比較的容易に情報を収集し易くなったためだと思われます。しかし、便利になるということは、同時に不便な状況も生み出してしまうのですね。情報が不正に持ち出され、悪質な形で流用されるといった事件があとを絶ちません。しかし、ガンモが購入した新しい携帯電話のように、訓練を重ねた人だけが使えるような携帯電話であれば、それだけでセキュリティが高いと言っていいのではないかとも思ったわけです。何しろ、私が挫折したくらいですから。(苦笑)その携帯電話に対して、これ以上、何かしてやろうという気にはなれなかったのですよ。

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2008.12.19

映画『その土曜日、7時58分』

フェスティバルホール フェアウェルコンサート「ありがとう! フェスティバルホール」〜We Love festival hall !!〜の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私たちが足を運んだ翌日には、同じコンサートの二日目にヴァイオリニストの葉加瀬さんが出演されていますね。きっと、例の上等カレーに足を運ばれたことでしょうね。

 この一ヶ月の間にも、いろいろな映画を鑑賞した。レビューを書いていない作品の中からご紹介すると、『かけひきは、恋のはじまり』、『レッドクリフ Part I』、『フロンティア』、『彼が二度愛したS』などである。これらの作品のレビューを書かなかったのは、レビューを書きたい気持ちが湧き上がって来なかったからだ。『レッドクリフ Part I』は、制作費がかかっているのは良くわかるのだが、ほとんど殺し合いのシーンばかりで心に残るものがなかった。しかし、歴史好きの人にはたまらない作品なのかもしれない。私としては、『レッドクリフ Part II』に期待するかどうかといったところだ。『フロンティア』は、人食い一族に遭遇してしまった旅行者の決死の戦いを描いた、これまた恐ろしく残酷な作品だった。ただ、『レッドクリフ Part I』のように、殺したり殺されたりするシーンを淡々と見せられるだけでなく、鑑賞し終わったあとにちゃんと心に残るものがあった。同じように人を殺める残酷な作品であっても、『レッドクリフ Part I』との違いは、人が殺されることに対して苦悩する心が描かれていたからだ。

 それはさておき、今回、ご紹介するのは、一ヶ月ほど前に鑑賞した作品である。この作品にも、次々に人を殺めるシーンが登場するのだが、この映画が表現しようとしているのは、人を殺める行為そのものよりも、「掛け違えてしまったボタンが次々に招いた悲劇」だろう。

 お金に困った兄弟が、ある宝石店を襲う計画を立てる。その宝石店を狙った理由は、私たち観客も納得の行くものだったはずだ。兄が具体的な計画を立て、弟に実行させるのだが、怖気づいた弟は一人で計画を実行することができずに仲間を誘う。その宝石店を狙う理由を聞かされていなかった仲間は、これくらい、自分一人で大丈夫だと言って、一人で車を降りて宝石店を襲う。それがそもそもの誤算の始まりだった。そこから先は、予想もしていなかったようなことが次々に起こり、ついには殺人を犯してしまうというストーリーだ。

 この映画を通じて、私はまたしても自分の仕事であるソフトウェアの開発に置き換えて考えてしまった。ソフトウェアを開発するときに、段階的な設計が必要であるということは、以前の記事にも書かせていただいた通りである。設計のある段階において、ありとあらゆる「条件」を洗い出すことは、ソフトウェアを開発する上で最も重要な作業の一つである。「条件」によってプログラムは分岐し、抜けのない長いストーリーが出来上がって行く。しかし、自由意思を持ったユーザによって、設計時には想定されていない「条件」でプログラムが操作されると、プログラムは未知の領域を指し示すことになり、アプリケーションエラーを起こしてしまう。この映画のストーリーも、アプリケーションエラーと似たような状況に陥る。ただ、アプリケーションエラーの場合は、発生した時点で直ちにプログラムが異常終了してしまうが、この映画の場合、異常終了せずに、少ない選択肢の中で生き延びて行こうとする。そのための手段が、盗みであったり、殺人であったりもするわけだ。

 ソフトウェア設計の場合は、最初から、ある程度の動きが読めるので、抜けのないプログラムを開発することは決して不可能なことではない。しかし、宝石店を襲った場合の人間の取る行動は完全には読み切れない。そもそも、人間の取る行動以前に、前提条件が大きく覆されるような状況であればなおさらだ。何故なら、用意した筋書きは、「○○ありき」から始まる筋書きだったのに、最初からそこに「○○」がなかったのだから、その筋書きは始まらない。

 宝石店を狙う計画を立てた兄弟の肩を持つわけではないが、何故、その宝石店を狙ったかということと、一人で実行すると宣言した仲間に対して、絶対に発砲してはいけないと念入りに釘をさしていたということからすると、そこにはちゃんと愛があったはずなのだ。それなのに、すべてがそこから始まらず、誤算に終わってしまった。「紙一重」という言葉があるが、まさしくそんな言葉を連想させるストーリーだった。

 兄アンディの役をフィリップ・シーモア・ホフマン、弟ハンクの役をイーサン・ホーク、二人のお父さん役をアルバート・フィニーがそれぞれ演じている。何と、アンディ役のフィリップ・シーモア・ホフマンのプロフィールを拝見すると、私よりも二歳年下だった。しかも、私と同じ誕生日ではないか。映画を観る限りでは、ハンク役のイーサン・ホークのほうが私と近い年齢だと思っていたのに、イーサン・ホークは私よりも五歳も年下だった。もしかすると、私は自分が年を取っていることに気が付いていないだけなのだろうか。それはさておき、二人のお父さん役のアルバート・フィニーを、何かの映画で拝見したお顔だと思っていたら、映画『ビッグ・フィッシュ』の大掛かりなほらふきお父さんだった。今回の役ではほらはふかないが、最後に重大な決断を下す。

 用意した台本が違っていただけで、崩壊してしまった家族が最後に行き着いたのは・・・・・・。すべてが愛するがゆえに招いたことだとすると、あまりにも悲しい結末である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おそらく、ボタンを掛け違えてしまうというのは、この映画のようなことを言うのでしょうね。ボタンを掛け違えてしまえば、このあとどう頑張っても、台本通りには進めません。そう言えば、本筋からはそれるのですが、印象に残っているシーンがあります。アンディが麻薬の注射を打ってもらうために利用していたマンションの一室があるのですが、そこの住人が普段は穏やかに対応してくれているのに、アンディが予約もせずに急に訪ねて行くと、態度が一変するのですね。おそらくその住人は、アンディに対して普段は営業スマイルを振りまいていたとしても、アンディのことを心から歓迎しているわけではなかったのでしょうね。だから、アンディに充てている以外の時間にアンディを受け入れることはできなかったわけです。そのシーンは、人間の本質を鋭く突いているなあと思いました。

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2008.12.18

フェスティバルホール フェアウェルコンサート「ありがとう! フェスティバルホール」~We Love festival hall !!~

ありがとうフェスティバルホールと上等カレーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 上等カレーではなく、高級カレーであれば、どこか胡散臭い感じがしてしまいます。何故なら、これまでの私の経験では、高級何某と名前が付けられているものに、本当に高級なものはなかったと記憶しているからです。だからこそ、上等カレーなのかもしれませんね。

 コンサートはほぼ定刻に始まった。今回の出演者は、谷村新司さん、南こうせつさん、坂崎幸之助(クローンズ)さん、矢野顕子さん、山本潤子さんである。これほど豪華な顔ぶれが集まっているのに、チケット代金が五千円とはかなりお得である。

フェスティバルホール フェアウェルコンサート「ありがとう! フェスティバルホール」~We Love festival hall !!~

 まず最初にステージに登場したのは、南こうせつさんだった。こうせつさんがお一人で一、二曲歌ったあと、坂崎幸之助さんをステージに呼んだ。クローンズというのは、こうせつさんと坂崎さんが二人組んでいるユニットの名前らしい。クローンズが歌い始めると、二人とも同じような声で、一体どちらの歌声か、なかなか聞き分けられない。そう、坂崎さんがこうせつさんの歌い方を真似ているのである。そのあまりにもそっくりな声に、会場からは笑いと拍手が沸き起こった。

 坂崎さんが、こうせつさんの参加されていたかぐや姫のヒット曲である『神田川』の前奏を、ご自分の唇を小刻みに震わせながらコピーすると、こうせつさんもそれを受けて、他の曲の歌詞の中に登場するものを次から次へと擬音化して行った。その間、坂崎さんがこうせつさんの曲を歌っていたのだが、例えば「汽車」という単語が歌詞の中に登場すると、こうせつさんは蒸気機関車を擬音化して伝えた。このように、クローンズにはまるで大道芸人のような乗りがあった。

 そして、かぐや姫のデビュー曲である『酔いどれかぐや姫』を会場の人たちと一緒に熱唱することになった。会場を真ん中から二つに分けて、『酔いどれかぐや姫』のコーラスである「シャーララー」を二声でハモらせるというものである。敢えて、かぐら姫のヒット曲を選ばないところがいかにも坂崎さんらしい。かつてフォーク少年だった坂崎さんは、七十年代のフォークソングにやたらと詳しく、数々のギター曲をコピーしてはご自分のものにされている。そして、既にご本人さえも忘れてしまっているようなマニアックな曲を掘り起こしては、ご本人の前で披露してみせることが快感らしい。確か『酔いどれかぐや姫』も、そんな曲の一つだったはずだ。

 クローンズの演奏が終わり、続いてステージに登場したのは、矢野顕子さんである。いつの間にか、ステージには何台ものピアノが並べられていた。矢野顕子さん曰く、それらはすべてフェスティバルホールが所有しているピアノなのだそうだ。どのピアノでも持って帰っていいと言われているので、グランドピアノを持って帰ろうと思っていると矢野顕子さんはおっしゃっていた。そして、そのグランドピアノで私たちに弾き語りを聞かせてくださった。

 生の矢野顕子さんを拝見したのは初めてなのだが、これほどまでにご自分の世界に没頭されるミュージシャンだったとは知らなかった。ガンモも私も、矢野顕子さんのヒット曲である『春咲小紅』を生で聴けることを期待していたのだが、そんな期待ははかなくも裏切られ、矢野顕子さんご自身が歌いたい曲だけをセレクトしてピアノで弾き語りしてくださった。それでも、矢野顕子さんがあまりにも楽しそうに弾き語りされていたので、私はその姿を自分の仕事に置き換えて、矢野顕子さんのように心から楽しいと思いながら仕事をしているかと振り返ってみた。少なくとも私は、矢野顕子さんのように楽しさがにじみ出るような仕事はしていなかった。私自身、そのことがカルチャーショックでもあった。

 我が道を行く矢野顕子さんは、フェスティバルホールに対する思い入れについても特別なものを感じさせてくれた。矢野顕子さんがフェスティバルホールを好きな理由として、会場のみんなの顔がライトに当たって良く見えることを理由に挙げてくださった。多くのホールは、後方の席にはライトが届かず、ステージから良く見えないのだそうだ。しかし、フェスティバルホールは横の広がりが大きいので、前方も後方もライトも当たり易く、客席に座っている人たちの顔が良く見えるのだそうだ。また、音の響きも格別に良いとおっしゃっていた。矢野顕子さんからは、決して社交辞令ではなく、心からフェスティバルホールのことが大好きだったという気持ちが伝わって来た。

 そんな矢野顕子さんは、曲を可愛がるあまり、ご自分の書いた曲なのか、他の人が書いてくれた曲なのか、区別がつかなくなってしまうのだそうだ。これは実に面白い表現である。自分の書いた曲に対してのみ強い思い入れを持っているわけではなく、他の人が書いてくれた曲も同じように大切にしているということだ。曲を子供もに例えると、自分が産んだ子供も、他の人が産んだ子供も分け隔てなく大切にできるといったところだろうか。そういうところからも、矢野顕子さんが独特の世界を持っていらっしゃることがうかがえる。

 矢野顕子さんのあと、ステージに登場したのは、山本潤子さんである。「赤い鳥」や「ハイ・ファイ・セット」のメンバーとして知られる山本潤子さんは、特に音楽業界の支持者が多いように見受けられる。今回のコンサートで山本潤子さんの演奏のサポートをしていたメンバーもまた、山本潤子さんに憧れていたそうだ。山本潤子さんはギターを弾きながら、いくつかのヒット曲を披露してくださった。

 そして、山本潤子さんのあと、最後に登場したのがチンペイさんこと谷村新司さんである。チンペイさんがマイクを持って歌いながら登場したとき、私たちはまず、会場の拍手の大きさに驚いた。ステージに立つアーチストは次々に入れ替わっていても、客席は入れ替わっていないはずなのに、これまでと拍手の大きさがまったく違っていたのである。そんな熱狂的な拍手を送る観客に対し、チンペイさんは、語りかけるようなやさしい大阪弁でトークを聞かせてくれた。その光景は、まるで深夜放送を生で聴いているかのようだった。チンペイさんは、関西では絶対的な支持率を誇っていたということに初めて気がついた。

 チンペイさんの話によると、アリスのメンバーは還暦を迎えたらしい。それを記念してか、来年、再結成されるそうである。アリスというと、私がゴダイゴを応援していた中学生のときに、ベストテン番組にベストテン入りしていたので、テレビで良く見ていた。『チャンピオン』などは、アリスの全盛期のヒット曲ではないだろうか。さすがにチンペイさん一人では『チャンピオン』を歌えないので、アリスのナンバーからは『遠くで汽笛を聞きながら』を披露してくださった。実は、チンペイさんが「では、アリスのナンバーから一曲お届けします」と言ったとき、私はガンモの耳元に、
「きっと『遠くで汽笛を聞きながら』だから」
と囁いたのだ。その予想が見事に的中したというわけである。そして最後は、ソロになってからのチンペイさんの代表曲である『昴』を熱唱してくださった。

 こうして振り返ってみても、多くのアーチストが往年のヒット曲を披露してくださったのに対し、矢野顕子さんだけは本当に我が道を行く人だった。チンペイさんの歌のあと、当然、アンコールがかかり、出演者全員がステージに出て来た。そして、最後に全員で歌ってくださったのが、チンペイさんの曲である『いい日旅立ち』である。なるほど、新たな旅立ちをするフェスティバルホールにぴったりの曲である。そのとき坂崎さんは、今度はチンペイさんの真似をしながら歌い、チンペイさんに、
「こら、坂崎、自分の声で歌え」
と注意されていた。坂崎さんは、先輩たちを前にして、やんちゃな子供になっていた。

 何と、十八時半の開演に対し、アンコールを含めた終演時間は二十二時前だった。アンコールが終わると、フェスティバルホールの緞帳(どんちょう)が下ろされた。フェスティバルホールのロビーには、フェスティバルホールの五十年の歴史がわかるように懐かしい写真が展示されていたのだが、その中に、歴代の緞帳の写真もあった。もちろん、今、目の前に下りている緞帳の写真もあった。現在のフェスティバルホールの緞帳を見るのも、これが見納めである。終演後だったためか、多くの人たちが携帯電話を取り出して、緞帳を撮影し始めた。私もそれに倣い、携帯電話を取り出して、緞帳を撮影した。

フェスティバルホールの緞帳(どんちょう)

 十八時半から二十二時前までという中身のたっぷり詰まったコンサートに、私たちは大満足だった。まだ晩御飯を食べていなかったので、現在のフェスティバルホールに別れを告げたあと、ガンモと二人で晩御飯を食べて帰宅した。休暇を取ってコンサートに参加したとは言え、帰宅したのは二十三時過ぎだったので、ひどく疲れたが、満足感は大きかった。

 フェスティバルホールは、十二月三十日まで様々なアーチストを迎えたあと、いよいよ幕を閉じるようだ。新しいフェスティバルホールは、五年後にどのように生まれ変わるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思えば私も、フェスティバルホールには何度も足を運びました。そう言えば、ミッチー(及川光博さん)のコンサートにも足を運びました。(苦笑)懐かしいですね。完全に終わってしまうのではなく、こうして新たに生まれ変わろうとするのを見守りながら待っているのは、精神的にもいい状態ですね。果たして、五年後に完成するフェスティバルホールの杮(こけら)落としは誰なんでしょう。そして、私が一番最初に足を運ぶのは、誰のコンサートなのでしょう。いろいろな思いが駆け巡ります。フェスティバルホールよ、ひとまず、お疲れ様、ですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.12.17

ありがとうフェスティバルホールと上等カレー

ホットヨガ(一三二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 以前、梅田店でレッスンを受けたときに書き忘れたのですが、梅田店のインストラクターは、新しいレッスン着を着ていました。神戸店のインストラクターのレッスン着は、まだ黒とピンクの昔ながらのレッスン着ですが、梅田店のインストラクターのレッスン着は、上が黄緑、下が茶色とオシャレです。下のズボンは、これまでのレッスン着がピチッとした長めのズボンなのに対し、新しいレッスン着のズボンは、丈が少し短く、足元が少し広がっています。今後は、この新しいレッスン着が少しずつ他の支店にも浸透して行くのかもしれません。

 ライブ仲間とのお友達との待ち合わせ場所であるコンサート会場とは、中之島にあるフェスティバルホールのことである。この度、フェスティバルホールは、五十年の歴史にいったん幕を閉じ、五年後に新しく生まれ変わることになったのだ。そのためのフェアウェルコンサートが三日間に渡って開催されることになり、私たちはその初日のコンサートに参加することにしたのである。集まったのは、きたやまおさむ レクチャー&ミュージック ~戦争を知らない子供たちとその子供たちへ~のコンサートもご一緒させていただいた、人生の先輩お二人と私の三人である。ガンモも一緒にこのコンサートに参加することになっていたのだが、新しい携帯電話を買いに行きたいとかで、あとから直接、会場に来ることになっていた。

 一緒にコンサートに参加するライブ仲間のお友達二人とフェスティバルホールで待ち合わせをしたのは、昼間の明るいうちにフェスティバルホールの写真を撮っておきたいということで意見が一致したからだ。私がフェスティバルホールに足を運ぶときはたいてい、利用している駅の都合もあって、フェスティバルホールの裏側から入っていた。そのため、これまであまり意識したことはなかったのだが、フェスティバルホールを表側から見ると、建物に独特の彫刻が施されていることがわかった。

フェスティバルホールのシンボル?

 明るいうちにフェスティバルホールを写真に収めたので、今度は腹ごしらえをしておくことになった。しかし、フェスティバルホールの周辺にはあまりお店がない。それでも何とか探し回って、「上等カレー」というお店を見付けて入った。何と、カレーが一杯千円もするのだが、とにかくお腹が空いている上に、周辺にお店が見当たらなかったので、何か食べさせてくれるお店なら見逃したくはなかった。

 私たちがカウンターに座ると、まず、器に入った生卵が配られた。どうやらこの生卵をカレーの上にかけて食べるようである。しかし、普通の生卵ではなさそうだ。黄身の表面にだけ、ごく控えめに熱が加えられているようである。スペシャル野菜カレーライスを注文すると、間もなく、私の目の前に注文したスペシャル野菜カレーライスが並べられた。たくさんの野菜が贅沢に盛られている。

上等カレーのスペシャル野菜カレーライス

 私は、運ばれて来たスペシャル野菜カレーをいただくべく、カウンターに置かれていたスプーンに手を伸ばした。すると、手に取ったスプーンがこれまで見たこともないような上等なスプーンだったので驚いた。さすが、上等カレーというだけある。そして、そのスプーンでカレーを一口すくって口に運んだとき、私は驚きの声をあげた。
「おいしい! こんなカレー食べたことない!」
いやはや、何と表現したらいいのかわからない。まろやかというのか、コクがあるというのか、とにかく徹底的に味にこだわり、何時間も掛けて丁寧に作り上げたカレーだと感じた。

 一緒にカレーを食べ始めたライブ仲間のお友達は、
「ちょっと、おしゃべりを止めて、食べることに集中したい」
と宣言した。私もその宣言に同意し、とにかく黙々とカレーを食べることに専念した。

 カウンターの上には、キャベツの酢の物やフクシン漬けやらっきょうが取り放題の状態で入れ物に入って並べられていたので、私はそれらをたっぷりいただいた。上等カレーは、最初はややマイルドな感じがするものの、食べ進めて行くうちに辛さを実感する不思議なカレーだった。それなりにボリュームもあり、食べ終わったあとは充実感と満腹感で幸せいっぱいになった。

 贅沢でおいしいカレーを堪能した私たちは、お店の人に特別おいしかったことへの御礼を興奮気味に述べてお店を出た。これほどおいしいカレーのお店を、是非ともガンモにも紹介したい。あとから知ったことだが、上等カレーは、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんもお勧めのお店だったのだ。

 お店で食べるカレーというと、せいぜい数百円程度のものである。しかし、千円払えば、これほどおいしいカレーが食べられるのだ。最初は、「カレー一杯に千円も払うなんて高いんじゃないか」などと構えていたが、確かに納得の行く値段だった。こだわりを持って提供するものに対しては、対価を要求することに恥じらいを持たなくて良いのだ。

 コンサートの開始時間までにはまだまだ時間があったので、私たちは上等カレーのすぐ近くにある喫茶店に入り、開演時間の三十分前までおしゃべりに花を咲かせた。おしゃべりを終えて喫茶店を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。見ると、さきほど正面から撮影したフェスティバルホールもきれいにライトアップされている。私が珍しそうに、ライトアップされたフェスティバルホールを撮影していると、誰かが後ろからぬっと現れ、声を掛けて来た。誰かと思いながら振り返ってみると、何と、ほとんど開店から閉店飲み会でお酒を酌み交わした友人だった。驚いた。実は、彼女もまた、このコンサートを楽しみにしていた一人だったのである。

ライトアップされたフェスティバルホール

 その後、ガンモと連絡を取り合いながら無事に合流を果たし、入場した。ガンモは、新しい携帯電話を購入するためにいくつものお店を回ったそうだが、どのお店にも欲しい携帯電話の在庫がなく、すっかり肩を落としていた。そして私たちは、これから始まるコンサートに向けて、期待に胸を膨らませながらコンサートが始まるのを待っていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 五十年の歴史を刻み続けて来たフェスティバルホールが、五年後に現在とほぼ同じキャパを持つ新しいコンサート会場に生まれ変わります。でも、振り返ってみれば、五年なんてあっという間なのでしょう。せっかくおいしいカレー屋さんを見付けたのに、次にこのカレー屋さんに来るのは五年後なのでしょうか。(苦笑)インターネットで調べてみると、他にもチェーン店があるようなので、ガンモにも紹介したいと思っています。

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2008.12.16

ホットヨガ(一三二回目)

映画『松ヶ根乱射事件』と山下敦弘監督トークショー、そして山下ガンモの帰宅(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモのハッスルぶりは一日では終わらず・・・・・・、以下省略であります。(苦笑)それにしても、忙しい毎日ですね。師走ですものね。我が家は喪中なので、年賀状というよりも喪中のお知らせを、ハガキではなく手紙に書いて送付したり、メールでお知らせしたりしていました。しかし、まだまだお伝えし切れない人たちもいます。毎日が追い立てられるように忙しい師走ではありますが、この忙しさを乗り切って行きましょう! 今度のお正月休みはちょっぴり長いので、私は密かにそれを励みに頑張っています。(笑)

 月曜日は仕事を休んでホットヨガ梅田店で七十五分のベーシックコースのレッスンを受けた。と言っても、仕事を休んだのは、梅田店でホットヨガのレッスンを受けるためではない。夕方、大阪で行われるコンサートに参加するため、休暇を取ったのである。七十五分のベーシックコースを選んだのは、お昼前に始まるレッスンに参加したかったからだ。

 梅田店に着いた私は、「あっ」と思った。何故なら、バレエヨガのときにお世話になった、かつての京都四条通店のインストラクターが受付に立っていたからだ。彼女は私に、とびきりの営業スマイルを見せてくれた。その営業スマイルに触れたとき、「ああ、私のことはもう、覚えてくださっていないんだなあ」と、ちょっぴり寂しい気持ちになった。考えてみると、彼女とは一年以上も顔を合わせていない上に、彼女自身は毎日のようにたくさんの人たちと顔を合わせているのだから、無理もない。

 準備を整えてスタジオに入ってみると、平日だというのにレッスンを受ける人の数は、思ったよりも多かった。確か、私を入れて十一名の参加者だったと思う。いつも土曜日のレッスンでお見掛けしている男性会員もいらっしゃる。月曜日がお休みの職業というと、美容師さんか図書館の司書か競馬の騎手だろうか。

 レッスンを担当してくださったのは、前にも一度、レッスンを担当してくださったことのあるインストラクターである。ヨガの物語を読み聞かせるようなレッスンを展開してくださるので、是非ともまた彼女のレッスンを受けたいと思っていたのだ。丸暗記ではなく、一つ一つのポーズを創造するようなレッスンを展開してくださると、インストラクターへの信頼が一気に増すのである。

 七十五分のベーシックコースは、九十分のベーシックコースの簡易版と言ってもいいだろう。しかし、一つだけ、七十五分のベーシックコース特有のポーズがあった。ポーズの名前を覚えていないので、今回はYouTubeから動画をご紹介させていただくことはできない。どのようなポーズかと言うと、まずは両足を投げ出して座り、次に片足を折り曲げて膝の上に乗せて、乗せた足と同じ側の手をいったん前方に押し出したあと、今度は背中から回し、乗せた足の指を掴むというポーズである。身体が柔らかくなければ、手は乗せた足の指には届かない。もちろん私は身体が柔らかくないので、手が届かない。しかし、周りを見渡してみると、手がしっかり届いている柔軟な人たちもいる。ああ、うらやましい。

 いつもは九十分のベーシックコースを受けているので、七十五分のレッスンは思ったよりも早く終わった。私にとってのホットヨガのレッスンは、六十分のコースでは短く感じられ、九十分のコースでは長く感じられる。ということは、七十五分のコースならちょうどいいということだ。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、受付にロッカーの鍵を返しに行くと、さきほどのインストラクターが対応してくださった。インストラクターは私の顔をご覧になり、
「腰か足を痛めてらっしゃるのですか?」
と遠慮がちに尋ねてくださった。途中、お腹を使うポーズで私が休んでいたことを気に掛けてくださったのだと思う。私は、
「いえ、実は筋腫が大きいので、お腹を使うポーズは思うように取れないんです」
と答えた。インストラクターは、すぐに納得してくださったようである。新しいインストラクターに出会う度に、こうした事情を説明するのも少し気が引けるが、尋ねられれば説明しないわけにはいかない。レッスン中も、私が休んでいると、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてくださるインストラクターもいる。やはりそろそろ、もう少し緩いレッスンに切り替えることを考えたほうがいいのかもしれない。

 このあと、ライブ仲間のお友達とランチをご一緒する予定を立てていたので、梅田店のスタジオをあとにした私は、タクシーを拾い、待ち合わせ場所であるコンサート会場へと向かった。ホットヨガ梅田店もコンサート会場も、大阪駅から歩いて行ける距離にあるのだが、方向が異なっているため、歩くと一時間近く掛かってしまったことだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに七十五分のベーシックコースに参加しましたが、今の私には七十五分のレッスンがちょうどいいことに気が付きました。レッスンスケジュールと照らし合わせながら、今後のスケジュールを立てて行きたいと思います。それにしても、平日のレッスンはとても贅沢な気がしました。平日に大阪を歩くことなど、これまでほとんど経験のないことでしたので、外の空気さえも違っていました。

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2008.12.15

映画『松ヶ根乱射事件』と山下敦弘監督トークショー、そして山下ガンモの帰宅(後編)

映画『松ヶ根乱射事件』と山下敦弘監督トークショー、そして山下ガンモの帰宅(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 通い詰めたお気に入りの映画館がとうとう閉館してしまいます。最後の日に足を運べないので、一足お先にお別れして来ました。ああ、私の感覚に最も近い映画を上映してくれていた映画館だったのに、本当に残念でなりません。神戸市内にある足を運び易いミニシアター系の映画館は、あと一館だけとなってしまいました。しかし、系列が違うので、これまでこの映画館で鑑賞して来たような作品は、大阪まで出掛けて行かなければ鑑賞できなくなってしまうようです。その映画館は、ホットヨガ梅田店のすぐ近くにあるので、これからは、ホットヨガ梅田店のレッスンと抱き合わせでの鑑賞が多くなるかもしれません。(苦笑)

 『松ヶ根乱射事件』と聞いて勝手に想像していたのは、津山三十人殺しのような残忍な事件である。しかし鑑賞してみると、まったく異なっていた。一見、シリアスなドラマのように見受けられる内容も、蓋を開けてみればブラックコメディの部類に入るようだ。

 雪の多いある小さな町で起こったひき逃げ事件をきっかけに、ひき逃げ事件の加害者である光の人生が崩壊して行く。光は、ひき逃げ事件の被害者とその恋人から脅迫されてしまうのだ。しかも、光は彼らのために住む場所まで提供することになってしまう。次第に追いつめられていく光。光には、町で警察官をしている双子の弟、光太郎がいるというのに、被害者の恋人に圧力をかけられ、なかなか相談することができない。やっとのことで光太郎に相談することができたものの、どうにもこうにも光太郎の手には負えず、警察に相談しようとするのを光が必死に止めてしまう。いよいよ追いつめられ、題名の『松ヶ根乱射事件』に至るのかと思いきや、「あれ? あれれ?」そんな結末の映画だった。そう、この映画は最後までブラックコメディだったのだ。わざわざブラックコメディとしてのこの結末を導くためにすべてが起こっていたのかと思うと、逆に感動さえ覚える。

 上映後、この映画の監督である山下敦弘監督のトークショーが行われた。私と同じ苗字なので、何となく親しみが沸いた。サングラスを掛けた難しい顔のおじさま監督が登場するのかと思っていたが、意外にも若い小柄な監督が登場したので驚いた。あとから知ったことだが、山下監督はまだ三十二歳だそうだ。そして、今回のトークショーはノーギャラであるにもかかわらず、わざわざ神戸まで足を運んでくださったとのことである。

 山下監督がこの映画を撮影していた頃は、この映画は必ず大ヒットすると思っていたようだ。この手のブラックコメディに対し、関西の人は許してくれるが、関東の人は許してくれないらしい。この映画の最初に、「これは、実話に基づいた話である」といった説明がなされるのだが、実際は実話などではなく、九十九パーセントが作り話なのだそうだ。実話が含まれているとすれば、ひき逃げされて運ばれた人が、糸くずを使って息をしていることが確認されたという部分のみらしい。つまりこの映画は、最初から最後まで、山下監督の遊び心いっぱいの気持ちで作られているというわけだ。だからだろうか。どの登場人物もどこかクセのある人たちばかりである。最もクセのなさそうな警察官の光太郎でさえ、派出所のネズミ捕りに命を燃やしている。他の警察官には、もともとネズミの音など聞こえていないというのに。

 山下監督の代表作品としては、『松ヶ根乱射事件』よりも、ブルーハーツのコピーバンドを目指す女子高生を描いた『リンダ リンダ リンダ』のほうが有名らしいが、残念ながら、私はその作品を鑑賞していない。ブルーハーツと言えば、以前、下北沢に住んでいたときに、甲本ヒロトさんと街でばったり会ったことを思い出す。私よりも、一緒にいた友人のほうが彼に話し掛けたのだが、まだブルーハーツが『夜のヒットスタジオ』に取り上げられたばかりの頃で、甲本さんは、コンビニだかラーメン屋さん(眠亭だったか?)だかでアルバイトもしているとおっしゃっていた。現在、甲本さんは、ブルーハーツに関しては一切語らないというスタンスを取っていらっしゃるそうだ。そのため、山下監督の『リンダ リンダ リンダ』を甲本さんご自身がご覧になっているかどうかは公式には聞かされていないと山下監督はおっしゃっていた。

 山下監督は現在、心霊もののDVDの製作に取り組まれているそうだ。その仕事に取り掛かって初めて気が付いたことは、自分は意外にも心霊ものには興味がないということだったという。怪奇現象そのものよりも、撮影に出掛けた先で耳にする、幽霊騒ぎに至るまでのいきさつを地元の人たちから聞くことのほうが興味があるらしい。何故ならそこには、人間関係のどろどろしたものが浮かび上がって来るからだ。

 映画の基本はスクリーンで観ることであり、映画は是非とも映画館で観て欲しいと山下監督はおっしゃっていた。場内はいつの間にか立ち見まで出ていた。山下監督のお母様の同級生とおっしゃる女性から山下監督に花束が贈呈された。こうして山下敦弘監督のトークショーが終わり、トイレを済ませて映画館を出て行こうとすると、いつもあいさつをしてくださった劇場スタッフが、私を見付けて、
「ありがとうございました」
と声を掛けてくださった。「ああ、本当に終わってしまうのだな」と思ったが、私は敢えて何も言わず、一礼だけしてその場を立ち去った。

 時計を見ると、ガンモが乗った特急スーパーはくとが三ノ宮駅に到着するまであと五十分ばかりあった。これから三ノ宮駅まで移動するにはまだ早かったが、三ノ宮駅のホームで時間を潰すのも悪くないと思い、ひとまず神戸駅へと向かうことにした。

 私がエレベータに乗り込むと、さきほどのトークショーで司会を務めていた方ともう一人の劇場スタッフの方、そして山下敦弘監督が私と同じエレベータに乗り込んで来た。うわっと思ったが、何も言えず、ただ静観していた。考えてみれば、同じエレベータに少なくとも二人の「山下」が乗っていたことになる。

 山下監督ご一行も私も、そのまま同じエレベータで地下二階まで降りて、同じように神戸駅へと向かった。山下監督は、映画館のスタッフの案内のもとで神戸駅の券売機で切符を買っていたようだ。今回のトークショーはノーギャラと言われていたが、せめて交通費くらいは支給されるのだろうか。そんなことを思いながら改札をくぐると、私の携帯電話が鳴った。男友達からだった。先日、彼のところに私があるものを送ったので、わざわざ電話を掛けて来てくれたのだ。積もる話もあり、そのまま三十分ほど話をして電話を切ったのだが、時計を見ると、ガンモを出迎えるのにちょうどいい時間になっていた。

 神戸駅から三ノ宮駅までは、電車でわずか三、四分の距離である。ガンモから、
「先頭車両だから」
というメールが届いたので、三ノ宮に着いた私は、先頭車両で待っているということと、さきほどまで男友達と電話で話をしていたことをメールに書いて返信した。予定通り、特急スーパーはくとが三ノ宮駅に着いて、中から懐かしいガンモが降りて来た。ガンモは、決して焼きもちを妬いているわけではないのだが、私が男友達と電話で話していたということで、ちょっぴり複雑な表情をしていた。一方、私は男友達との電話の余韻を引きずって、ニヤニヤしていた。そして、二人揃って帰宅し、久し振りの抱擁を交わしたのだが、ちょっぴり複雑な思いも手伝ってか、その後のガンモは、以前の出張帰りのように大ハッスルしていた。それはもう、ここには書けないくらいに・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m すべてがちょうど良いタイミングで進んだ一日でありました。特別なことがたくさん詰まった一日だったように思います。東京に出張に行くのに、涙の別れをしていた頃からすると、ずいぶん落ち着いて来ましたね。一日が過ぎて行くのが以前よりも速くなったせいもあるのかもしれません。また、I miss you.と言いながら後ろ向きの気持ちになるのではなく、一人の時間を自分の時間に充てることができるようになったのだと思います。それと、不思議なことですが、結婚当初から、私たちはお互いに焼きもちは妬きませんね。ガンモは仕事がらみで後輩の女性と一緒にご飯を食べに出掛けたり、客先に出掛けて行くときにカングーに乗せたりしているようですが、特に気になりません。むしろ、そういうことを包み隠さずに報告し合うことが大切であるように思います。

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2008.12.14

映画『松ヶ根乱射事件』と山下敦弘監督トークショー、そして山下ガンモの帰宅(前編)

ホットヨガ(一三一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回のレッスンでは、空調の真下にあるヨガマットでポーズを取っていたので、レッスンの合間にインストラクターが部屋を冷やしてくださるときに、涼しい風が送り込まれて来てとても気持ちが良かったです。身体にとっても心にとっても、メリハリは大切なんですね。

 ガンモの帰宅前に起こった出来事を時系列に並べると、やはり鑑賞した映画のレビューを書くことになる。最近は、三日に一回、映画のレビューを一つ書いているので、ホットヨガのレッスンのあとに鑑賞した映画のレビューを書かせていただければ、映画のレビューとしてはぴったりはまる。というわけで今回も、他に鑑賞している作品を差し置いて、鑑賞したばかりの映画に関することを書かせていただこうと思う。

 先日も書いた通り、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にある映画館は、十二月二十日をもって閉館してしまう。この映画館は、私の人生で最もたくさんの映画を鑑賞した映画館と言っていいだろう。シネマポイントカードの制度が残っていた頃は、一回千二百円で鑑賞することができたので、一日に二本以上鑑賞して帰宅したものだった。

 買ったばかりの携帯電話を失くしたと大騒ぎしたこともあった。上映中についつい居眠りをしてしまい、上映が終わったあと、映画館のスタッフに起こされたこともあった。また、こちらからひざ掛けを貸してくださいとお願いしなくても、私の顔を見ただけでひざ掛けを出してくださるスタッフが出て来たこともうれしかった。何度もお会いするうちに顔見知りになり、映画館以外の場所でもあいさつを交わしてくださったスタッフもいた。そんなアットホームな雰囲気を感じさせてくれたこの映画館が、私はとても好きだった。しかし、おそらく今後の私のスケジュールからすると、この映画館に足を運ぶのはこれが最後になってしまうことだろう。そう思い、私はお昼ご飯を食べて「ガンまる日記」を書き上げたあと、再びホットヨガ神戸店のある階へと上がったのである。

 その映画館では、過去に上映した人気作品をわずか五百円で鑑賞できるサービスを実施していた。おそらく、既にDVDが発売されていたりもするのだろうが、映画館の大きなスクリーンで鑑賞することは大切なことである。

 同じ時間に、今回鑑賞した映画『松ヶ根乱射事件』と映画『運命じゃない人』が上映されていたので、私は受付のスタッフに、
「どちらも五百円で鑑賞できますか?」
と尋ねてみた。すると、スタッフから、
「はい、どちらも五百円で鑑賞できます」
という答えが返って来たので、
「じゃあ、どちがが面白いですか? お勧めはどちらですか?」
と改めて尋ねてみた。いつもこんな質問はしないのだが、もうすぐ閉館になってしまうと思うと、少しでもスタッフとコミュニケーションを取っておきたくなる。すると受付のスタッフはしばらく考えて、
「どちらも面白いですが、『松ヶ根乱射事件』のほうは、上映後に山下敦弘監督のトークショーが予定されています」
と教えてくださった。なるほど、どうやらそのトークショーがこの映画館の最後のイベントとして企画されているようだ。私は、
「じゃあ、『松ヶ根乱射事件をお願いします」
と申し出て、五百円の鑑賞券を購入した。ところが、鑑賞券と一緒に渡された、番号順に入場できることを示す番号札が、いつもは多くてもせいぜい二十番以内なのに、何と五十番台だったのである。五百円で映画を鑑賞できる上に、上映後に山下敦弘監督のトークショーが企画されているため、たくさんの人たちが集まって来ているのだろう。

 上映時間までまだ時間があったので、同じビルの中でしばらくショッピングを楽しんだあと、再び映画館に戻ってみると、既に入場は始まっていた。中に入ってみると、ほとんどの席が埋まってしまっている。それでも、私は側面の場所を確保することができた。

 私の前の席に座っていた二人組の女性のうちの一人が、
「土曜日は、いつも三本くらい鑑賞してるのよね」
などと連れの女性に話をしている。ああ、私と同じだ、と思った。やはり、私がこの映画館をひどく気に入っていたのは、こういう人たちがたくさん通い詰めている映画館だったからかもしれない。しかも、男性も女性も、一人で来ている人が多かったのも、足を運びやすかった要因の一つである。

 上映までは、まだ少し時間があった。私が着席してからも次々に人がやって来て、いつもはがらんとしている場内が、やがてほとんど座る場所がないほど埋め尽くされていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 長くなりそうなので、前編と後編に分けて書かせていただきますね。今回は、おそらく二回で収まると思います。(苦笑)いつもは十人もいれば多いほうだったのに、今回はほとんど席を埋め尽くしてしまうほど人が入っていました。毎回、これだけ人が入っていれば、休館に追い込まれることもなかったのかもしれませんが、逆にそれだけたくさんの人に利用される慌しい映画館であったならば、ここまで好きにはなれなかったかもしれません。私にとっては、毎回、少ない人数で鑑賞しているという少数派の想いがお気に入りだったのかもしれませんね。ああ、何にせよ、この映画館がなくなってしまうのはとても寂しいことであります。

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2008.12.13

ホットヨガ(一三一回目)

「良く見てんなあ、しかし」の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 落とし物で届けられた毛糸の帽子は、何となく恥ずかしくて、仕事に行くときはかぶらなくなりました。普段は度胸が据わっているのに、こういうところで恥ずかしさを感じてしまうなんて、意外と小心者かもしれませんね。(苦笑)

 先週は、ガンモとの休日を優先させるため、ホットヨガのレッスンをお休みした。前回、二レッスンも受けたので、満足していたというのもある。二週間ぶりとなった今回は、いつものように神戸店で九十分のベーシックコースのレッスンを受けた。

 またしても、もたもたしているうちに家を出るのが遅くなってしまい、神戸店に着いたときにはレッスン開始時刻をほんの少し過ぎていた。
「まだ大丈夫ですよね?」
と言いながら、受付でロッカーの鍵を受け取り、大急ぎで支度を整え、スタジオに滑り込むと、スタジオ内にはびっしりとヨガマットが敷かれていた。空いているヨガマットを選び、バスタオルを敷いてウォーミングアップのストレッチに加わると、レッスンに参加していたのは、私を入れて十八名だということがわかった。何と、隣の人とのヨガマットの距離は、およそ十五センチくらいである。両手を広げると、隣の人に手が当たってしまうので、立ちポーズのときには前後にずれて立つことになった。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、吉本興業のインストラクターである。彼女がレッスンを担当してくださるのは、本当に久し振りのことである。吉本興業のインストラクターというのは、私が勝手に命名しているだけなのだが、彼女は本当に場の雰囲気を掴むのがうまい。例えば、大勢の前で「皆さん」という言葉を発するとしよう。場の雰囲気を掴むのがうまい人が発すると、その場にいる全員が注目するが、そうでない人が発すると、他人事として聞いてしまうほどの違いがある。吉本興業のインストラクターは、明らかに前者である。

 さて、最近はYouTubeからヨガの動画をご紹介しているが、今回は九十分のベーシックコースで取っているポーズのうち、パールシュヴァ・コーナ・アーサナをご紹介したい。

パールシュヴァ・コーナ・アーサナ by YouTube

 私がこのポーズを取ると、前足はご紹介した動画の女性ほど曲がらないし、マットの上に手を付くと、傾いた身体に筋腫に当たってひどく痛む。そのせいか、挙げた手と後ろ足が一直線にならず、どこか不自然なポーズになってしまうのだ。だから、マットの上には手を付かずに、曲げた足の上に手を置いてポーズを取るようにしている。もしかすると、そろそろホットヨガのレッスンに参加するのも厳しい状況になって来たのだろうかとも思い始めている。

 それでも、九十分のレッスンに挫折することなく最後まで参加し、シャワーを浴びた。着替えを済ませて受付に足を運んでみると、何と、三宮店の小悪魔インストラクターが受付に立っていた。小悪魔インストラクターとは、これまた私が勝手に命名しているインストラクターである。何故に小悪魔インストラクターかと言うと、激しいポーズのときに容赦なくポーズを取り続け、
「後日、皆さんが筋肉痛を感じてくれれば、私はうれしく思います」
などとレッスン中に言ってしまうインストラクターだからである。私は小悪魔的なインストラクターと久し振りのあいさつを交わし、小悪魔的なインストラクターにロッカーの鍵を渡したあと、会員証を受け取った。

 九十分のベーシックコースのレッスンが終わると、午後からのレッスンに向けて、ひとまずホットヨガのスタッフもお昼の休憩に入るようである。何人かのスタッフににこやかに見送られてスタジオを出た私は、昼食を取ったあと、秘密の場所で「ガンまる日記」を書き上げ、もうすぐ閉館してしまうホットヨガ神戸店のすぐ隣にある映画館で映画を一本鑑賞して、鳥取出張から帰って来るガンモを迎えに行った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスンに遅刻してしまったのは、準備を整えて家を出るのがすっかり遅くなってしまったからであります。今は違いますが、私が田舎に住んでいた頃、列車は一時間に一本しか運行していませんでした。そのため、列車を一本逃すと大変なことになるので、それはもう死に物狂いで乗りたい列車に乗っていました。でも、今、住んでいるところでは、数分おきに列車が運行していますので、甘えからなのか、ギリギリまで粘り過ぎてしまうようです。一時間に一本しかなかったかつての緊張感を、こんなところで懐かしく思い出したりします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.12.12

「良く見てんなあ、しかし」

映画『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 芸術家が才能を開花させるためには、少なくとも、きっかけを与える人と実際に才能を開花させる人との二つの出会いが必要なんでしょうね。この映画の中では、写真家だったダイアンの夫がきっかけを与える人であり、ライオネルが開花させる人だったのでしょう。しかし、ライオネルはダイアンに直接何か手を貸したわけではありません。ダイアンがライオネルと出会うこによって、自分自身で道を開いたのです。しかし、ライオネルの役割はそれだけだったのか、ダイアンに毛をカットしてもらった彼は・・・・・・。そういう出会いもあるんですね。

 冬になると、通勤中はもちろんのこと、外に出掛けるときには毛糸の帽子が欠かせない。もともと、毛糸の帽子をかぶることが大好きなので、ガンモには、
「一体、頭がいくつあると思ってるの?」
と呆れられてしまうほど、私はいろいろな毛糸の帽子を持っている。毎朝、どの毛糸の帽子をかぶって出掛けて行くかは、直感で決める。その直感は、連続して同じ毛糸の帽子を選ぶことも多い。

 あるときその直感は、昨日かぶっていたのと同じ毛糸の帽子を選び出した。しかし、どういうわけか、その毛糸の帽子が見当たらないのである。そう言えば、前日の夜に仕事から帰宅するときも、その毛糸の帽子が見当たらなかったことを思い出した。そのとき私は、太めのバンダナを頭に着けていたので、太めのバンダナで寒さをしのぎながら帰宅したのだった。それだけではない。ピアスも片方、失くしてしまっていることに気が付いた。ピアスを失くすことはしょっちゅうあるのだが、特にお気に入りのピアスだったので、ひどくがっかりしていた。

 仕方がないので、私は新たな直感に従い、別の毛糸の帽子をかぶって仕事に出掛けた。そして出勤し、仕事で使っているメールソフトを立ち上げてみると、総務の女性から落し物のお知らせメールが届いていた。

一階と二階の階段に、以下の落し物がありました。

 ・ニット帽
 ・ピアス

お心当たりの方は、管理事務所までお問い合わせください。

 タイミングといい、落し物の内容と言い、私が失くした毛糸の帽子とピアスに違いない。私は、
「この落し物も持ち主、多分、私だわ」
と、隣の席に座っている派遣仲間に言い残して、失くしてしまった片方だけのピアスを握り締め、一階にある管理事務所へと向かった。

 私が血相を変えて移動していたからだろうか。管理事務所から出てどこかへお出掛け中の警備員さんが私を見て、
「落し物を取りに来られたんですよね?」
と言った。私は、
「はい、そうです」
と答えたが、これまであまり話をしたこともなかったその警備員さんが、何故、私が落し物を取りに来たことがわかったのか、とても不思議だった。

 というのも、私が働いている派遣先の会社は、あるコンピュータ会社の子会社で、親会社が所有するビルの二階にある。同じビルには親会社の別の子会社が複数あり、合わせて九百人弱の人たちが勤務している。他のコンピュータ会社に比べれば、女性の数は多いほうだと思う。しかも、警備員さんとばったり会った付近には女子トイレもある。それなのに何故、私が一階のトイレを利用するために降りて来たのではなく、落し物を取りたのではないかと警備員さんが言い当てたのか、とても不思議だったのである。

 私が落し物を取りに来たことがわかると、警備員さんは、どこかに出掛けて行こうとしていたのをひとまずやめて、私を管理事務所に案内してくださった。そして、袋に入った落し物を私に差し出して、
「中を開けて確認してください」
とおっしゃった。私が警備員さんの言葉に従って袋を開けてみると、中から出て来たのは、確かに私が失くしてしまった毛糸の帽子だった。そして、ピアスは紙に包まれ、ホッチキスで留められていた。警備員さんは、ピアスの入った包みを指して、
「どうぞ、それも開けてください」
とおっしゃった。私は、ピアスの入った包みを解く前から、残っていたもう片方のピアスを警備員さんに見せて、
「このピアスの片割れが見付かるとうれしいんですけど」
と言った。そして、包みを解いてみると、確かに私が失くしたもう片方のピアスが出て来たのである。

 失くしてしまったと思っていた毛糸の帽子とピアスが見付かって、私は歓喜した。すると警備員さんは、
「ではここにあなたのお名前とあなたの会社名も書いてください」
と言って、落し物管理の帳簿を差し出した。私はそこに自分の名前と派遣会社の名前を書き込んだ。印鑑は持っていなかったので、「受取印」の欄には、自分の苗字を○で囲んで記載した。こうして晴れて、失くした毛糸の帽子とピアスが私の手元に戻って来たのである。

 管理事務所には、空調のことでときどきお世話になっている設備のおじさんがいた。夏になると、オフィスの空調が効き過ぎて凍えていたという話を、以前、ここにも書いたと思う。そのとき、私のために何度も足を運んでくださった設備のおじさんが、私のことを気に掛けてくださり、私を見掛ける度に、
「さむないか?(寒くないか?)」
と今でも声を掛けてくださっているのだ。私が忘れ物を引き取りに管理事務所に出掛けたものだから、そのおじさんは、私の近くまで歩いて来て、
「頭の中で鳥の巣でもできよんとちゃうか?(頭の中で鳥の巣でも作られようとしているのではないか?)」
などと言った。何のことだか良くわからなかったのだが、私が落とした毛糸の帽子を鳥の巣に例えたかったのかもしれない。良くわからないが、とりえあえず、笑っておいた。

 その後、めでたく毛糸の帽子とピアスを受け取り、御礼を言って、管理事務所をいったん立ち去りかけたのだが、ふと思い出したことがあって、さきほどの警備員さんに尋ねてみた。
「警備員さんの中で、最近、退職された方はいらっしゃいますか? 確か、自衛隊のご出身の・・・・・・」
すると、さきほどの警備員さんが、
「ああ、○○さんね。定年退職されましたよ。今は四国を回ってるはずです」
と答えてくださった。

 実は、私が勤務しているビルには、いつも右手を三角に折り曲げて敬礼のポーズを取りながらあいさつをしてくださる警備員さんがいた。私はその敬礼のポーズに興味を抱いたので、その警備員さんにあいさつをするときは、私も同じように敬礼のポーズを取りながらあいさつを返していた。そうしているうちに、その警備員さんと話をするようになり、警備員さんが敬礼のポーズを取るのは、自衛隊のご出身であることから来ていることがわかった。その警備員さんとは、ほんの短い時間ではあるものの、顔を合わせる度にいろいろな話をしたものだった。先日、その警備員さんからお菓子をいただいた。そのとき、何かを含んでいるような様子ではあったのだが、今になって思えば、そろそろ定年退職が近いことを私に伝えたかったのかもしれない。しかし実際には、伝えられることのないまま、定年退職されてしまったようだ。

 私の落し物を処理してくださった警備員さんは、
「そう言えば、○○さん(敬礼のポーズの警備員さん)と良くお話されてましたもんね」
とおっしゃった。私はその言葉に驚いたものだ。さきほども書いたように、私はその警備員さんとはほとんど話をしたことがなかったからだ。それなのに、その警備員さんは、落し物の持ち主が私であろうことや、敬礼のポーズの警備員さんと良く話をしていることも良くご存知だったのだ。
 
 私は、警備員さんに再び御礼を言って、管理事務所を出た。そして派遣先の会社に戻り、落し物の案内メールを送付してくれた総務の女性に、落とし主は私だったことを報告しておいた。すると、総務の女性は、
「やっぱり、そうじゃないかなあとは思ってたんですよ」
とおっしゃった。総務の女性もまた、私が毛糸の帽子をかぶっていることなどあまりご存知ないはずなのに、いきなりそんな言葉が出て来たものだから、私はひどく驚いたのである。

 独身の頃、東京のソフトウェア会社で社員として働いていたときに、同じ会社の先輩が、誰かの観察力を指摘して、顔をくしゃくしゃにしながら、
「良く見てんなあ、しかし」
と言って感心していた。私は先輩のその言葉がずっと心に残っていた。今は、私がこの言葉を使いたい気持ちでいっぱいだ。ほとんど話をしたことのなかった警備員さんや、私が毛糸の帽子をかぶっていることを知ろうはずもない総務の女性が、落し物の持ち主を私だと思ってくださったこと。更には、敬礼のポーズの警備員さんと良く話をしていることを他の警備員さんがご存知だったこと。まったく、
「良く見てんなあ、しかし」
である。

 直接的な話をしない人ほど、観察力は鋭い。黙ってじっくり観察しているのである。だから、見られていないと思って調子に乗ると、あとから、
「良く見てんなあ、しかし」
と驚くことがあるのだろう。見られていないと思っていても、意外と見られているものである。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモにこのことを話すと、「まるみは目立つから」と言っていました。やはり、目立つのでしょうかね。そう言えば、私の周りには、毛糸の帽子をかぶって出勤している人はほとんどいませんでした。だから、毛糸の帽子が落し物として届けられたとき、「きっとあの人だ!」と思ったのかもしれませんね。(苦笑)ちなみに、毛糸の帽子とピアスを拾ってくださったのは、別の会社の女性だったそうです。届け主の名前は明かさなくて良いとのことだったそうです。どなたかはわかりませんが、拾ってくださった方に感謝しています。

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2008.12.11

映画『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』

奇妙な一日の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモは、鳥取は寒いのではないかとずいぶん構えていたようですが、どうやら暖かいようです。会社の車で動き回っているようですが、普段、乗り慣れているカングーと車高が違うので、ずいぶん戸惑っているそうです。車高の高いカングーに乗り慣れてしまうと、他の車の車高が低いと感じてしまうようですね。

 この映画は確か、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にある映画館で上映されていたはずなのだが、公開中に鑑賞することができず、DVDでの鑑賞となった。いやはや、タイトルにエロスなどという表現が含まれているので、どれほどエロティックな映像が含まれているのだろうと思いきや、そんな覚悟はまったく必要のない作品であることがわかった。もちろん、男女の裸は登場するのだが、あたかも裸であることが当たり前であるかのような形で登場し、裸であることがこの物語の本筋ではないことがわかった。おそらくだが、この映画が扱いたいテーマは、「精神的な脱皮」なのだろう。

 冒頭に近い部分でいきなり登場するのは、屋外であってもごく自然に、一糸まとわぬ姿で過ごしている人たちである。二コール・キッドマン演じるダイアンが彼らに写真撮影の許可を申し出たところ、あなたも裸になるのなら撮影してもかまわないと言われてしまう。最初のうち、ダイアンは、人前で裸になることに対して抵抗を覚えているように見えた。それは、ごく当たり前の感覚だろう。しかし、同じアパートに引っ越して来た多毛症の男性ライオネルとの出会いをきっかけにして、ダイアンは次第に自分自身を取り戻しながら、精神的な脱皮を果たして行く。だから、冒頭と同じような光景が物語の最後のほうに映し出されたときには、ダイアンは人前で裸で過ごすことに対し、もはや抵抗を覚えてはいなかった。

 面白いのは、写真家であるダイアンの夫が撮影を担当しているのが、毛皮の広告写真であるということだ。この映画の中における毛皮とは、人間の持つその人らしさを覆い隠してしまうものの象徴として扱われているのかもしれない。同じアパートに引っ越してきた多毛症のライオネルは、わざわざ毛皮などで身体を覆わなくても、身体中、自分自身の体毛で覆い尽くされていた。ダイアンは、そんなライオネルに興味を抱く。写真家である夫のアシスタントをしているダイアンは、ローライフレックスを首からぶら下げてライオネルを訪問し、写真を撮らせて欲しいと頼むのだ。つまり、この物語は、何もかもが覆われている状態がスタート地点であると言っていい。

 ダイアンは、ライオネルと出会ったことで、本当は自分が何者であるのかを徐々に見いだして行く。とは言うものの、ダイアンとライオネルはいきなり男女の関係にはならない。何枚も着込んでいた服を一枚一枚慎重に脱いで行くかのように、ダイアンはゆっくりと脱皮して行く。すなわちダイアンは、ライオネルとの出会いによって、自身の才能が開花されたと言っても過言ではない。のちにダイアンがフリークスに強く惹かれたということからしても、ダイアンの才能の開花は、大多数になびいて、敷かれたレールの上を確実に歩いて行くことよりも、少数派を受け入れるという自己の精神的な改革であったはずだ。

 出会うことで、自分自身を取り戻したという意味においては、映画『まぼろしの邪馬台国』に通じるものがあると言っていい。ただ、ダイアンの場合は、ライオネルと出会った時点で夫がいたという点で大きく異なっている。また、ダイアンが精神的な脱皮を果たしたのと同期して、ライオネルも身体中の体毛をダイアンに剃ってもらう。そして二人は・・・・・・。

 私は、ダイアン・アーバスという実在の女性写真家を知らない。しかし、彼女の作品を見なくても、彼女が精神的に解き放たれた作品を撮っていたであろうことが容易に想像される。インターネットで彼女の撮影した写真を何枚か鑑賞してみると、やはり衝撃的な作品が遺されていた。どういうわけか、彼女は最期に自殺してこの世を去ったそうだ。妥協できずに納得のいかないものを抱えていたのだろうか。

 あらゆる境界を解き放つということは、境界を解き放っていない人に対し、自ら体験することのできない特異な世界を見せてくれる。しかし、境界を解き放った人は、解き放ったなりの責任を自ら負う、ということなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ニコール・キッドマンの美しさに惚れ惚れする作品であります。最近の彼女は、どこか冷たいイメージがありますが、この作品では、新しい世界に踏み込んで行こうとする好奇心に溢れた女性を演じています。ニコール・キッドマンといい、ナタリー・ポートマンといい、名前に○○マンと付く女優さんは、美しい人が多いですね。私もまるみマンに改名しようかしら。(笑)

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2008.12.10

奇妙な一日

お互い、丸くなったねの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私の好きなアーチストは、本当にたくさんの縁を結んでくれました。実は、ガンモと出会ったこともまた、好きなアーチストを応援していたことの延長線上にあります。だから、応援している期間もそれなりに長いのでしょうかね。彼らを応援し続ける限り、これからもたくさんの縁を結んでくれることと思います。

 毎年この時期になると、ガンモは会社の人たちと鳥取まで泊まりがけでカニ料理を食べに行ったり、鳥取の事務所に応援に駆けつけたりと、鳥取とのご縁が深くなる。今年はカニ料理を食べに行くツアーは開催されないようだが、三泊四日の鳥取出張の予定が入った。

 出張が近づいて来ると、私はガンモに、
「ガンモ、出張に行くの? 行くの? 行くの?」
と何度も何度も尋ねる。それに対し、ガンモは苦笑いしながら出張の荷物をせっせとバッグに詰めている。

 不思議なことに、ガンモが鳥取に出張に出掛けて行く前日の夜から、いつもとは違うことが起こり始めた。私は仕事から帰宅すると、ベッドの上にノートパソコンを広げて「ガンまる日記」の下書きをしている。そのまま順調に下書きが完成すれば、夜のうちの更新となり得るのだが、最近はどうも更新が遅れがちである。何故なら、下書きをしているうちについつい眠くなってしまい、こっくりこっくりしてしまうからだ。

 というのも、現在、我が家の暖房器具は、座布団サイズの電気カーペットのみである。私が「ガンまる日記」の下書きをしているときに、同じ寝室内のデスクトップパソコンの前に座って自分のブログの管理をしているガンモもまた、同じように座布団サイズの電気カーペットを使用している。ちなみに、私の座布団サイズの電気カーペットは、ベッドの布団の中にしのばせている。温度調節ができないので、スイッチを切ったり切ったりしながら調整している。

 もともと私は、下半身(特にお腹やお尻のあたり)が冷える傾向にあるからだろうか。下半身が暖まるととても気持ちが良くなるため、ついつい、こっくりこっくりしてしまうのだろう。そして、本格的な眠りに入る前にガンモに起こされてお風呂に入り、お風呂から上がったあと、少しだけゴソゴソして眠るという日常である。

 ガンモの出張前夜も、一時間ほどこっくりこっくりしたあと、ガンモに起こされてお風呂に入り、布団に入ったのだが、どういうわけか、さきほどまであれほど眠かったのになかなか寝付くことができなかった。すぐ隣で寝ているガンモが、翌朝、いつもよりも早く家を出て行くというのに、私はなかなか寝付くことができず、消灯したベッドの上でノートパソコンを広げて三時頃までゴソゴソ動き回っていた。私自身も、翌日、仕事があるというのに、三時頃まで寝付けなかったというのは、これまでにもあまり例がない。

 そして今日、とうとうガンモの出張当日を迎えた。ガンモは私が夜中にゴソゴソしていたせいで寝不足に陥ってしまったようだが、早朝から起き出して、準備を整えて出掛けて行った。起きるには少し早かったが、私もベッドから起き出して、出張に出掛けて行くガンモを見送った。
「ガンモ、出張に行くの? 行くの? 行くの?」
と言いながら。

 切ない気持ちでガンモを送り出したあと、私も仕事に出掛ける準備を整えていると、ガンモから私の携帯電話にメールが届いた。そのメールには、
「今日は何か変。自転車のチェーンが外れたし、スーパーはくと(鳥取に向かう特急列車)が二十分も遅れてる」
と書かれてあった。最寄駅に向かう途中、ガンモの自転車のチェーンが外れてしまい、ひどく慌てたそうだ。とは言うものの、ガンモは普段からパンク修理も自分で行っているため、自転車のメンテナンス作業はお手の物である。落ち着いて、チェーンを元に戻したようだ。そうかと思えば、いざ三ノ宮駅に着いてみると、乗車することになっている特急スーパーはくとがひどく遅れていたようだ。

 結局、特急スーパーはくとの遅れは二十分には留まらず、ガンモは三ノ宮駅のホームで四十分も待つことになったそうだ。しかし、ようやく乗り込んだ特急スーパーはくとから外の景色を眺めていると、踏み切りの前で列車の通過待ちをしているカングーを発見したという。四十分にも及ぶ特急スーパーはくとの遅れは、ガンモとカングーを引き合わせるためだったのだろうか。

 私も支度を整えて最寄駅に向かったところ、やはり、電車がひどく遅れていた。何でも、学研都市線という大阪や京都を走る路線で濃霧が発生したらしく、六十分もの遅れが発生していたのだ。電車の到着をしばらくホームで待っていたが、なかなか電車が入って来ない。JR線は、私鉄に比べて走行距離が長いので、ずっと先のほうで発生した遅れを引きずりながら運行する。走行距離が長いだけに、遅れがどんどん加速するのだ。なかなか電車が来ないので、私はとうとう遅刻してしまった。奇妙な一日である。

 更に、仕事を終えて、職場の最寄駅までの道を急いでいると、駅前のホテルの駐車場にカングーが停まっているのを発見した。私は携帯電話に付属のデジタルカメラにカングーを収め、ガンモにメールした。

 ところで今日は、社員の人たちのボーナス支給日のため、定時退社日だった。私は、ガンモが鳥取まで出張に出掛けてしまったので、映画を観て帰ろうと計画していた。先日、オープンしたばかりの自宅近くの大型映画館は、水曜日がレディースデイである。そこで私は、ひとまず自宅の最寄駅に降り立った。まだ晩御飯を食べていなかったので、大型映画館のあるビルの中庭で食べようと思い、駅前の惣菜ショップでお弁当を買い、大型映画館に向けて自転車を走らせた。大型映画館のある大型ショッピングセンターには、入口付近に有料駐輪場があるのだが、少し離れたところに無料駐輪場があるというので、私は無料駐輪場を探して大きな建物をぐるっと回った。さすが、西日本一と言われる規模とあって、建物が大きい。無料駐輪場は、メインの入口からはかなり離れたところにあり、夜ということもあって、とても空いていた。私はそこに自転車を停めて、大型映画館へと向かった。

 こうして大型映画館に到着したものの、どの映画を鑑賞するか、まだ決めていなかった。とにかく先にチケットを購入してから、ビルの中庭のテーブルでお弁当を食べようと思っていたのだ。ところが、上映スケジュールを確認してみると、私が到着したまさにその時間から興味深い映画が上映されることがわかった。そこで私は仕方なく、お弁当を持ったままスクリーンに入ることにした。映画を鑑賞し終えてから中庭に移動してお弁当を食べるか、もしも空いているなら、予告編の間にささっと食べてしまおうと思ったのだ。

 すると、私が座る席の列には誰も座っていないことがわかった。おまけに、既に予告編が始まっていて、場内は暗い。私はとてもお腹が空いていたので、お弁当を取り出して、遠慮がちに食べ始めた。おそらく、ポップコーンをほおばるのと、それほど変わりはないはずだ。そう、自分に言い聞かせながら。予告編が終わるまでには食べ終わらなかったが、幸いなことに、大きな音の出る映画だったので、音に関しては回りに迷惑を掛けずに済んだと思う。お弁当が放つ臭いに関しても、私の周辺には誰も座っていなかったので、おそらく大丈夫だろう。ただ、困ったのは、スクリーン内がとても暗かったので、今、自分がお箸で掴んでいるものが何であるのか良くわからずに、せっせと口元まで運んだことだ。しかも、慌てて入場したので、飲み物も用意していなかった。それでも、何とか食べ終わり、上映後に場内が明るくなったときにお弁当箱を確認してみると、残さずきれいに食べていることがわかった。

 私はガンモに電話を掛けて、今日、一日の出来事を報告し合った。そして帰宅したあとは、ゆうべの寝不足を取り戻すかのように、いつもよりも早めに布団に入った。寝不足だったガンモもまた、寝不足を解消するために、いつもよりも早く布団に入ったようだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが出張に出掛けてしまいましたので、おそらくガンモが帰宅するまでは、映画三昧の毎日になることでしょう。(苦笑)今回はレディースデイの鑑賞でしたが、空いていたのが幸いでした。映画を鑑賞し終わっても、電車に乗って帰宅するわけではないので、のんびりとくつろいでから帰宅しました。家に帰っても誰もいませんしね。(苦笑)

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2008.12.09

お互い、丸くなったね

映画『ハッピーフライト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 綾瀬はるかちゃん、かわいいですよね。実は後日、綾瀬はるかちゃん主演の映画『ICHI』も鑑賞しました。映画『僕の彼女はサイボーグ』の印象が強かったからでしょうか。彼女はショートヘアのほうがお似合いだと思いました。

 私には、二十数年間応援し続けているアーチストがいる。そのアーチストを応援し続けることにより、ラジオの公開録音やコンサート会場、遠征先のホテルなどで、同じアーチストファンのたくさんの友人たちと出会うことができた。学校の先輩、後輩ならば、上下関係が生まれ、ちょっとした会話をするにも敬語を使ったりするものだが、応援しているアーチストを通じて出会った友人たちとは、それぞれの胸の奥にある情熱を共有することで、互いの年齢差を超えて結び付いた。

 そんな友人たちの中でも、とりわけディープな付き合いに至った友人がいる。彼女の名前はTさんである。Tさんというと、他人行儀みたいだが、そういうニックネームなのだ。実はTさんは、ガンモと私が交際するようになる前に、神戸で行われたパソコン通信時代のカメラ仲間とのオフ会にお誘いした友人の一人である。Tさんは関西在住だったので、私が神戸で行われたカメラ仲間とのオフ会に東京から参加したときに、Tさんの自宅に泊めてもらったのである。

 そのとき、Tさんともう一人、Mちゃんという友人を神戸のオフ会に一緒に誘っていたのだが、私はオフ会の間中、引力に逆らうことができずにガンモとべったりくっついてしまい、彼女たちに寂しい思いをさせてしまった。つまりTさんは、ガンモと私の交際が始まってから結婚に至るまでのプロセスを、広い仏の心をもってリアルタイムで見守ってくれていた友人なのである。

 確かTさんと私の初めての出会いは、私が大学一年の頃、応援しているアーチストのコンサートに参加するために、東京から松山まで遠征したときのことだったと記憶している。Tさんとは、互いの共通の友人を通して話をするようになったのだが、何と、出会ったその日に同じホテルの同じ部屋に泊まるという衝撃的な関係を築いてしまった。これが男女の仲ならば、一夜限りの過ちで終わってしまっていたのかもしれないが(注:私にはそんな経験はない)、幸いにも同性だったことで、ディープな付き合いへと発展したのである。

 出会った当時は関西に住んでいたTさんだったが、何と、その翌年だったと思うが、進学のために上京して来たのである。私は、Tさんの上京がとてつもなくうれしかったのを覚えている。何故、そんなにうれしかったかというと、私にとって、Tさんはとても刺激的な存在だったからだ。何しろTさんは、音楽にうるさく、耳が良く肥えていた。耳が肥えていると言っても、Tさんの耳が福耳であることとはあまり関係がない。Tさんはいろんな音楽を聴いていたが、今でこそいろいろなアーチストのコンサートに足を運んではいるものの、当時の私は応援しているアーチスト一筋だったのだ。

 Tさんが上京してからは、互いに良く連絡を取り合い、頻繁に会っていた。池袋に住んでいたTさんは、自転車で五十分も掛けて私の住んでいた下北沢のアパートにやって来た。二人とも、当時からスピリチュアルな話が大好きで、顔を合わせれば、ああでもない、こうでもないと、互いの生き方について語り合っていた。

 そんな楽しい時期が数年続いただろうか。あるとき、Tさんは関西に帰ってしまった。その後は、手紙でのやりとりが続いていただろうか。やがて私はガンモと出会って結婚し、今度は私のほうがTさんの住む兵庫県に引っ越した。考えてみると、実に不思議なご縁である。結婚してから何度かは、まだ獣道が形成されていなかった我が家にTさんが遊びに来たり、また、私たちがTさんの家に泊まりに行ったりという交流が続いていたのだが、いつの頃からから、細々とした交流に変わってしまっていた。

 そんなTさんと、先日の日曜日、およそ数年振りに再会した。お互いの住んでいる場所の中間地点である加古川(かこがわ)で会ったのだ。ここ数年は、Tさんと細々とメールのやりとりを続けてはいたものの、実際に会うのは一体何年振りのことだろう。顔を見た途端、互いに懐かしい気持ちがこみ上げて来た。私の顔を見るなり、
「ああ、まるみちゃんだあ」
とTさんは言った。おそらくそれは、私の魂を見付けてくれたような喜び方だったのだ。私も何だかうれしくなり、すぐにランチを食べるために飲食店へと移動した。

 何年も会わないでいると、お互いに積もる話があり過ぎる。話が積もりに積もって、お店の人がなかなか注文を取りに来てくれないことも、注文した品がなかなかテーブルに運ばれて来ないことも気にならないほどだった。むしろ、注文品が届かないことのほうが、ゆっくりと話せるのではないかとさえ思った。

 以前から聞いてはいたが、Tさんはこの「ガンまる日記」を熱心に読んでくれているという。現在は、自宅でパソコンが使えない状況にあるので、何と図書館のインターネットコーナーでときどき読んでくれているのだそうだ。書いている私が言うのも妙な話だが、「ガンまる日記」は内容が多岐に渡っているため、読み続けることに対し、中には悲鳴をあげてしまう人もいる。そんなTさんも、実はの記事は苦手なのだそうだ。

 Tさんから見ると、私たち夫婦はとても仲睦まじく、微笑ましいらしい。ありがとう、Tさん。しかし、新婚当時から比べると、ずっと落ち着いて来たと思う。結婚して間もない頃は、ガンモが東京出張に出掛けて行くのに、新神戸まで見送りに行ったところ、別れが辛くて二人で泣いたことがあった。そのときガンモは、私を置いたまま出張には行けないと思い、次の新大阪で降りようと思ったらしい。そんなふうに片時も離れたくない夫婦だったのに、今ではガンモが仕事で待機要員のときには、私がホットヨガのレッスンに出掛けて行くことも可能になった。これは人間的な自立に向けての成長を果たした姿なのか、それとも退化なのか、良くわからないところである。

 昔話やら互いの近況報告に花が咲き、昼食を取ったあと、近くのコーヒーショップに移動した。普段、コーヒーを飲まない私がコーヒーショップに足を運ぶのは珍しいが、お日様の当たる暖かい席を確保することができたので、そこで再び新しい花を咲かせた。

 数年振りに会ったTさんに私が抱いた印象は、いろいろなことを経験して、人間がすっかり丸くなったということだった。以前のTさんはとても刺激的で、今よりもずっと尖がっていた。Tさんと話を始めると、いつの間にか会話がクルクル回っていたものだ。しかし、今のTさんは、一つのことをじっくりと掘り下げるTさんに変身を遂げていた。年を重ねていろいろなことを経験するうちに、Tさんは人間が丸くなり、私は身体が丸くなっていた。
 
 Tさんが言うには、私はかつて、たくさんの音楽に耳を傾けているTさんに、
「Tさんの音楽の聴き方は、音楽というよりも音学だね」
と言ったらしい。その言葉がTさんの中にずっと残っていたらしいのだが、その言葉をTさんに発したという私自身がすっかり忘れてしまっていた。もしかしたらその言葉は、その当時、私の中から生まれたわけではなく、どこかから拝借した言葉だったのかもしれない。

 時間の経つのは早いもので、あっという間に夕方になっていた。ガンモが仕事から帰宅したと私の携帯電話にメールが届いたので、Tさんと軽くショッピングセンターをのぞいたあと、駅で解散した。Tさんが、
「また骨董市に行こうよ」
と誘ってくれたことがうれしかった。骨董市と言えば、ガンモも私も大好きだが、Tさんも大好きなのである。大好きなものを互いに共有できるのはうれしいものだ。お互い、週末と祝日が休みなので、骨董市が開催される日程と休みが合えば、出掛けて行こうという話になった。できればそのときは、ガンモも一緒に参加できることを期待することにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 尖がっていた石が下流に流されて丸くなるように、しばらく会わないうちに、Tさんの人間性はすっかり丸くなっていました。心に傷を負いながらも、魂は決して傷つかず、そぎ落とせるものをそぎ落として来たのかもしれません。人間と人間は、どこで繋がっているかが大切なんですね。それによって、話題も違って来ます。魂の成長に関わる話が実現できたときは、どこか身体の奥のほうが暖かくなるような反応が起こり、素晴らしい映画を鑑賞したときのような余韻に浸ることができます。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.12.08

映画『ハッピーフライト』

地図が読めないわけではない女(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 独身時代、東京に住んでいたときは、自転車に乗って、しばしば都内を走り回っていました。下北沢に住んでいたのですが、六本木など、電車を乗り換えなければ行けないようなところは、乗り換えが面倒なので、自転車で出掛けていたのです。今回、TOEIC受験のために自宅からM女子大まで自転車で三十分以上掛かることがわかったわけですが、ちょうど下北沢から六本木までが、自転車で三十分程度だったと記憶しています。懐かしいですね。あの頃は自転車で三十分走っても、大して疲れも感じなかったのに、今では片道三十分以上も自転車に乗るのは億劫に思えてしまいます。(苦笑)さて、今回は映画のレビューを書かせていただくことにしますが、他にもたくさん観ている映画があるのに、地図が読めないわけではない女(3)の記事に話が続いていますので、他の映画を差し置いて、こちらを先に書かせていただきます。

 大型ショッピングセンターの中には、十二ものスクリーンを持つ大きな映画館がある。オープンしたての映画館館の入口付近では、その映画館で有効なポイントカードへの加入を勧誘しているたくさんの劇場スタッフがいた。映画を六本鑑賞すれば無料で一本鑑賞できるという特典に誘われて、私もそのポイントカードに加入することにした。これ以上、クレジットカードは増やしたくはなかったのだが、クレジットカード付きのポイントカードであれば年会費が無料だというので、クレジットカード機能付きのポイントカードを選ぶことにした。その場で申し込み用紙に記入したところ、ちょうどTOEICの試験を受けたばかりだったので、私は身分証明書としてパスポートを持っていた。しかも、最近は銀行口座からの決済の手続きが、手持ちのキャッシュカード一枚で完了することになっている。よって、ポイントカードの申し込み用紙への記入はその場で完了し、あとはポイントカードの到着を待つのみとなった。

 この映画は、予告編を観たときに気になったので、派遣会社の福利厚生サービスを利用して、ガンモの分と一緒に前売券を申し込んでおいたのだ。飛行機を題材にした物語ということで、旅行好きの私たちなら充分楽しめる映画なのではないかと思ったからだ。ほんの軽い気持ちで鑑賞に踏み切ったのだが、これほど笑える映画だったとは思っていなかった。予告編を観ただけではこの映画の面白さが伝わって来ないのが残念である。キャストもいい。台本もいい。しかも、マニアックな内容だ。一緒に鑑賞したガンモも、映画を鑑賞しながら、上映中にこんなに笑っていいものかと、自分の笑い声があまりにも大き過ぎて恥ずかしく感じてしまうほど大笑いしていたようだ。

 この映画を通して、飛行機が目的地に向かって安全に飛び立つためには、実は目に見えないところでいろいろな人たちが関わっていることを知った。例えばバードパトロールのバードさん。バードさんとは、飛び立つ飛行機の周りに鳥が群がっている場合、空気銃で鳥を脅して追い払う人だ。また、飛行機のメンテナンスを行う整備士は、工具を一つ紛失しても、見付かるまで根気強く探し回る。整備のときに工具を機体に残してしまっていたのだとしたら、大惨事に繋がる可能性があるからだ。他にも、フライトプランを作成するディスパッチャー、飛行機に管制指示を与える航空管制官、飛行機を操縦する操縦士、客室乗務員であるキャビンアテンダント、キャビンアテンダントをまとめるチーフパーサー、空港内で乗客に応対するグランドスタッフなどが飛行機の発着陸に関わっている。

 客室乗務員は、かつてはスチュワーデスさんなどと呼ばれていたが、最近はキャビンアテンダントと呼ばれているらしい。国によっては、フライトアテンダントという呼び方もあるようだ。新人キャビンアテンダントを映画『僕の彼女はサイボーグ』の綾瀬はるかちゃんが演じている。そして、新米副操縦士に田辺誠一さん、試験教官のベテラン操縦士に時任三郎さん、チーフパーサーに寺島しのぶさんというキャスティングである。

 この映画を鑑賞して、映画作りも私の仕事であるソフトウェア開発に似ているのではないかと思った。この映画は、飛行機が安全に発着陸することが一つの目的となっている。それをこの映画が表現したいことの最終目的だとすると、最終目的に至るまでの枝分かれしたいくつものストーリーが生まれる。ソフトウェア開発においては、それが設計と呼ばれるものである。

 もちろん設計にも、上流工程における設計と下流工程における設計とがある。上流工程における設計では、飛行機が発着陸するという大きな流れを把握するに過ぎないが、下流工程の設計に入ると、上流工程で設計された内容がより細分化される。この映画で言うと、バードさんや整備士、ディスパッチャー、航空管制官、操縦士、キャビンアテンダント、チーフパーサー、グランドスタッフのそれぞれの役割を把握した上で、それぞれの役割を生かしたストーリーを作り上げることだ。こうした作業を、ソフトウェア開発においてはサブルーチン化と呼んだりする。そして、サブルーチン化した作業を再び全体の流れの中でうまく絡ませ、やがて一つの大きなテーマに沿った映画が完成する。大切なことは、全体を把握した上でサブルーチン化を進めて細分化し、最後に全体の中で絡ませるという点だ。

 ソフトウェア開発でもそうだが、サブルーチンの一つ一つが良く練られているプログラムとそうでないプログラムは、一目瞭然である。サブルーチン化された小さな単位のプログラムが大きな単位のプログラムとの関連性を絶たれていないかどうかでプログラムの良し悪しは決まってしまうと言っても過言ではない。そのことを、この映画を鑑賞して強く感じることになろうとは・・・・・・。

 飛行機が安全に発着陸することが森ならば、飛行機の発着陸に関わる人たちは木である。この映画では、森と木のバランスが見事に描かれている。とにかく、何かモノ作りに関わっている人たちが鑑賞すると、この映画の製作を担当した人たちと握手をしたくなるような映画である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモは、この映画は今年一番の映画だと喜んでいました。映画館でこんなに笑ったのは久し振りらしいです。ちなみに、この映画の監督は、映画『スウィングガールズ』の矢口史靖監督のようですね。映画『スウィングガールズ』は観ていませんが、ずいぶん話題にのぼっていましたよね。面白い映画を製作することのできる人は、目の付け所が違うのかもしれません。この映画は専門用語も多かったのですが、専門用語がわからなくても充分楽しむことができました。今度、レンタルDVDショップで映画『スウィングガールズ』のDVDを探してみたいと思います。

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2008.12.07

地図が読めないわけではない女(3)

地図が読めないわけではない女(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 滑り込みセーフという言葉がありますが、まさしくこのときの私がその状態でありました。本当に間に合って良かったと思います。考えてみると、私は現在住んでいる市で生まれ育ったわけではないので、通勤路以外の地理には不案内なのであります。迷いながら自転車で走っているときは、自分の住んでいる市なのに、一体どこを走っているかわからないということが心細くて仕方ありませんでした。

 肝心のTOEICの公開テストは、やはり生理が始まったこともあって、普段よりもぐっと集中力が低下してしまい、惨敗だった。TOEICに目覚め、二ヶ月ごとに派遣会社のIPテストを受けるようになってからは、およそ百点ほどのスコアアップを果たしているはずなのだが、今回はリーディングの多くの問題に解答することができずに、またしても超能力を使ってしまった。集中力が極端に低下しているため、何度も何度も同じ文章を読み返すことになり、すっかり時間が足りなくなってしまったのである。これでは、IPテストを受けるようになる前のスコアに逆戻りしてしまいそうだ。

 試験が開始されておよそ二時間後の十五時一分に試験が終了すると、試験官が次々に解答用紙と問題用紙を集めた。そして、受験者全員の解答用紙と問題用紙が回収されていることが確認されると、晴れて解散となった。持ち歩いている荷物の多い私は、もたもたしながら帰り支度を整え、受験者としては一番最後に講義室を出た。ガンモも同じ頃、公開テストを終えているはずだったが、ガンモが受験した講義室は大きかったため、受験者全員の解答用紙と問題用紙の回収と確認に思いのほか時間が掛かっていたらしく、ガンモはまだ携帯電話の電源を入れていなかった。

 このあとガンモとは、先日オープンしたばかりの自宅近くの大型ショッピングセンターで落ち合って、映画を鑑賞することにしていたので、私は帰り道を急いだ。試験が始まる前に歩道橋のふもとに停めておいた自転車は、誰にも撤去されることなく静かに佇んでいた。

 私は、自転車にまたがり、来るときに行き止まりになってしまった国道の反対側車線をスイスイ走った。途中、野球部に所属する全国の高校生たちが出場を夢見る球場の前を通り過ぎて、私はひたすらまっすぐに走り続けた。そして、およそ二十分も走り続けると、良く見慣れた風景が目の前に広がって来たのである。そう、反対側車線の歩道には、行き止まりがなかったということだ。国道沿いの歩道の左側を走るか、右側を走るかで、運命は大きく分かれていたのだ。来るときも、行き止まりのないこちらの車線を選んでいれば、迷いに迷うこともなかったことだろう。しかし、左側と右側で運命の分かれ道があったことには気付かなかったかもしれない。

 良く見慣れた風景が広がっている場所から我が家までは、自転車で更に十数分の距離のはずなので、おそらく我が家からM女子大学までは、自転車で三十分以上掛かってしまうことになるのだろう。それを、ちょっと地図で確認しただけで、およそ十五分程度で着くだろうなどと考えていたことが恥ずかしくも思えた。ただ、一つだけ言えるのは、私は決して地図が読めなかったわけではなく、まっすぐに進めると思っていた歩道が行き止まりになってしまっていて、他の道を選ぶしかなかっただけのことである。

 良く見慣れた風景が広がっている場所から更に自転車をスイスイ走らせて、ようやくガンモとの待ち合わせ場所である大型ショッピングセンターに到着した。球場あとに建設されたその壮大な建物を目の前にしたとき、私は深い感動に包まれた。自宅から自転車でわずか十分程度のところに、これほど大きなショッピングセンターが建設されることになろうとは・・・・・・。

 十一月末までは無料と掲げられている駐輪場に自転車を停め、中に入ってみると、オープンしたばかりの大型ショッピングセンターは、たくさんの人たちでごった返していた。携帯電話でガンモと連絡を取り合い、合流すると、ガンモは、
「で、どうだった?」
と、私の公開テストの手応えを確認した。私は、
「お客さん(ガンまる用語で生理のこと)が来たから、いつもより集中力なくてダメだったよ。リーディングの問題をかなり余らせちゃった」
と答えた。するとガンモは、
「そうか。俺も今回はリーディングの時間が足りなかった」
と言った。

 果たして今回の対決は、正当な対決なのだろうか。ガンモは自宅から何度も通った男女共学の試験会場で楽々受験している。一方、私は迷いに迷って、一時間も掛けてようやくたどり着いた慣れないM女子大学で受験している。しかも、生理が始まり、集中力が極端に低下している状態での受験である。私のほうが絶対に不利ではないか。これでは、ガンモと同じ土俵に立ったとは言い切れないのではないだろうか。

 とは言うものの、公開テストは派遣会社の主催するIPテストよりも二千円も割高なので、IPテストを受けずに、割高な公開テストを何度も何度も受験するのは少々気が引ける。それに、この市内に住んでいる限り、公開テストは今後もM女子大学で受験し続けることになるのだろう。その度に私は、自転車を三十分も走らせてM女子大学に向かうのだろうか。雨が降っていなければ運動不足の解消には最適かもしれないが、ガンモが自宅近くの男女共学の大学で楽々受験するのはちょっぴり悔しいではないか。

 TOEICを受験していたため、お昼ご飯を食べていなかった私たちは、混雑している中でも比較的空いているお店を探し当て、遅いランチを食べた。私たちが到着したのは十六時前だったというのに、レストラン街はひどく混み合っていた。しかも、どのお店も少々割高で、一食千五百円程度を覚悟しなければならなかった。

 遅めのランチのあと、私たちはビルの中庭を見付けてくつろいだ。クリスマス用にライトアップされた中庭には、木製のテーブルや椅子などが並べられ、自動販売機も設置され、訪れた人たちがくつろげるスペースになっていた。お天気のいい、映画が千円の日に休暇を取り、何本もの映画を鑑賞しながらここで過ごせたらどんなに幸せだろう。


ビルの中庭

 こうして、夫婦揃ってのおよそ十年振りのTOEIC公開テストは幕を閉じた。ガンモは早速、次回の公開テストを申し込んだようだが、私は次回も公開テストを受験するかどうか、悩んでいる。できれば生理に当たらないときに受験したい。しかも、天候は晴れであって欲しい。しかし、そんな先のことを、一体誰が予測できようか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 派遣会社の主催するIPテストは、午前十時から始まり、お昼過ぎには終わるので、一日を有効活用できるのですが、公開テストは十二時二十分までに会場に入り、試験終了は十五時過ぎなので、ほとんど一日潰れてしまいますね。ただ、今回のように、試験のあとにガンモと近所の大型ショッピングセンターで待ち合わせて映画を鑑賞するのも悪くないとは思いました。

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2008.12.06

地図が読めないわけではない女(2)

地図が読めないわけではない女(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最初に掲げていたタイトルが思いつきで付けたタイトルだったので、変更しました。(笑)しかも、前編と後編で収まるのかと思いきや、(1)、(2)などという数字に変わっていますね。はい、「ガンまる日記」には良くあることでございます。(苦笑)もう少しじっくり書かせていただくことにしますね。

 自転車を数分ほど走らせると、さきほどのお母さんが教えてくださった、曲がるべき交差点に着いた。お母さんは、交差点の名前までも正確に教えてくださっていたので、私は迷うことなく交差点を曲がることができた。曲がった道をまっすぐに下れば、やがてM女子大が見えて来るはずである。お母さんには、自転車で二十分掛かると言われていたので、これからも長い道のりになるだろうと覚悟はしていたのだが、万が一、今、走っている道がM女子大に続く道ではなかったのだとしたら、もはや絶対に試験開始時間には間に合わないと腹をくくった。私は、とにかく死に物狂いで自転車を走らせるしかなかった。

 しばらく走ると、前方のほうに学校らしき大きな建物が見えて来た。建物には名前が書かれているようだが、まだはっきりとは見えて来ない。はやる気持ちで自転車を走らせると、ようやく建物に書かれている見えて来た。そこに「M女子大学」の文字を確認したとき、私は思わず安堵の息を漏らした。「ああ、お母さん、ありがとう。あなたの丁寧な道案内のおかげで、私は無事にM女子大学を見つけることができました。本当にありがとう」私は心の中でそう思っていた。

 時計を見ると、あと十分で受付が終了する時間である。これなら何とか間に合いそうだ。そう思ったとき、M女子大学のすぐ手前には大きな道路があり、その道路を渡らなければM女子大には行けないことがわかった。しかも、その道路には横断歩道はなく、またしても自転車をコロコロと転がして、大きな歩道橋を渡らなければならなかった。あとになってわかったことだが、その大きな道路こそが、私が最初のうちに、このまままっすぐ行けば楽勝でM女子大学に着くと思いながら走り続けていた、あの国道だったのである。

 その歩道橋を渡ってしまえば、M女子大学はすぐ目の前だったが、その前に、自転車を駐輪する場所を確保しておかなければならなかった。私は、自転車を停めるべき場所を探し求めて、歩道橋周辺を探し回ったのだが、どこにもそのような場所は見当たらなかった。M女子大学を目の前にして、駐輪場の確保に頭を抱えながら、
「試験当日は、車、バイク、自転車のご利用はお控えください」
と受験票に書かれていたのはこういうことだったのかと、今更ながらに思い始めていた。

 それ以上、駐輪場を探している時間はなかったので、私は意を決して自転車を転がしながら大きな歩道橋を渡った。すると、反対側の歩道橋のふもとに、自転車が二台停まっているのが見えた。あそこに便乗させてもらおう! 私は決意を固め、自転車を転がすスピードを加速させた。そして、歩道橋のふもとに自転車を停め、よろめく足で「TOEIC試験会場」と書かれた案内に従い、M女子大学の構内へと入った。自宅を出てから、既に一時間が経過していた。

 ガンモにこの状況を報告しなければと思い、携帯電話を取り出すと、ガンモからメールが届いていた。どうやらガンモは、私が無事にM女子大学に着いたかどうか、心配してくれていたらしい。ガンモは既に、余裕で着席して携帯電話の電源も切っている時間帯かもしれないが、私は何とか無事にM女子大学に着いたことを知らせるために、大急ぎでガンモにメールを返信した。

 試験会場の入口には、受験番号と講義室の対応表が張り出されていた。その対応表を元に、私の試験番号と講義室を照らし合わせてみると、私の試験会場は、五階の講義室であることがわかった。エレベータで五階に上がる前にトイレを済ませると、幸い、始まったばかりの生理は、まだそれほど出血量が多くはなかった。

 試験会場となる五階の講義室に着くと、入口で受験票と身分証明書のチェックが行われていた。私は運転免許証を持っていないので、パスポートを持参していた。受付でのチェックが無事に終わり、いよいよ講義室に入室してみると、既にほとんどの人たちが着席していた。見ると、一つの長椅子に三人が腰掛けている。慌てていた私は、自分の受験番号に割り当てられた席がどこにあるのかわからず、係の人に尋ねてしまった。係の人は、私の荷物が多いので、どこか別の場所に荷物を置くことを強く推奨してくださった。私は、携帯電話とパスポートをリュックの中にしまい込み、貴重品とひざ掛けと筆記用具と時計を持って自分の席に着いた。これまた運悪く、私の席は三人掛けの席の真ん中の席だったので、自分の席に着くためには、端の人にわざわざ立ってもらわなければならなかった。こういう状況は、少々気が引ける。そう、飛行機のエコノミー席で真ん中の席に当たってしまったようなものである。

 公開テストを何度となく経験して来たガンモから聞いてはいたが、TOEICの試験は厳粛に行われる。回答用紙にアンケートや自分の名前などの情報を書き込むと、十分程度の休憩時間が与えられる。その時間が、試験開始前にトイレに行くことのできる最後の時間である。私は、さきほどトイレを済ませたばかりだったが、不安なので端の人に立ってもらい、もう一度、トイレを済ませておいた。

 トイレ休憩が終わると、今度は携帯電話のチェックと身分証明書の再チェックが行われる。携帯電話は電源を切って机の上に出しておく。携帯電話以外でも、アラームの出るものを持っている人は、電源を切り、アラームを解除した状態で机の上に出しておく。試験官は、机の上に並べられたそれぞれの携帯電話の電源が切られていることと、受験票と身分証明書の再チェックを行いながら、受験者の席を回る。

 私の携帯電話は、電源を切った上で、離れた席に置いたリュックの中にしまい込んでしまったので、どうしようと思った。何故なら、携帯電話を取りに行くには、またしても端の人に立ってもらわなければならなかったからだ。私が動く度に何度も何度も席を立っていただくのは申し訳ない。携帯電話のほか、身分証明書として入口で使用したパスポートも離れた席に置いたリュックの中にしまい込んでいた。そこで私は仕方なく、身分証明書の再チェックのときは、手元に置いたポシェットの中に入れておいた仕事で使っている顔写真付きの入館証を提示した。わざわざパスポートを持参しなくても、それで十分だった。

 携帯電話のチェックと身分証明書の再チェックが終わると、十三時の試験開始までしばしの沈黙となった。試験終了予定時刻は十五時一分である。おそらく、ガンモも今、自宅近くの男女共学の大学で、試験の開始をじっと待っていることだろう。冷静になってみれば、夫婦が別々の場所で、同じ問題に取り組もうとしているということが、何となくおかしくも思えた。そしていよいよ十三時になり、TOEICの公開テストが開始された。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いくつもの危機を乗り越えて、ようやくTOEICの公開テストを受験することができました。生理の開始日がいつもより遅れたことで、二日目に当たらなかったことは不幸中の(?)幸いでしたね。もしも二日目に当たっていたら、試験にはもっと集中できなかったことでしょう。こうして振り返ってみると、道に迷ったときにM女子大学までの道のりを丁寧に教えてくださったお母さんの存在は大きいですね。もしももっと簡略された道案内であれば、おそらく時間内にはM女子大学にはたどり着けなかったことでしょう。私が困っているときに、その時間、その場所に配置されていたお母さんに深く感謝しています。

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2008.12.05

地図が読めないわけではない女(1)

映画『ブーリン家の姉妹』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たいていどこの国においても、跡継ぎが男子であるということと、権力者に跡継ぎが生まれなければ愛妾を迎え入れるということは似通っていますね。跡継ぎの男子を産むことで、女性が権力を得ることができたのだとすれば、逆にそうした制度を利用してのし上がろうとする人たちが出て来てもおかしくはないのでしょうね。しかし私にとっては、愛情以外のもので男女が結び付き、子供が生まれるのはとても悲しいことであります。

 日曜日は、TOEICの公開テストの日だった。これまで、派遣会社の主催するTOEICのIPテストを受験して来た私だったが、IPテストにも慣れて来たので、とうとうガンモと同じ土俵に立つことにしたのである。同じ日の同じ時間に同じ試験問題を受験するのだから、ガンモと私の実力の差が歴然とするわけだ。

 公開テストを申し込んだあと、私たちはお互いの試験会場がとても気になっていた。これまで、ガンモは比較的高い確率で自宅近くの男女共学の大学で受験して来た。私も同じ大学で受験したいところだが、私たちの住む市内にはM女子大があり、TOEICの公開テストともなると、市内に住む女性たちの多くは、M女子大学に送り込まれるらしい。そのためなのか、ガンモが試験会場に当たることの多い自宅近くの男女共学の大学には、私たちの住んでいる市からは少し離れた場所に住む女性たちが割り当てられているそうだ。

 私たちの手元に受験票が届いたのは、公開テストの十日ほど前のことだったろうか。私たちは一緒に仕事から帰宅し、ポストを見た。そして、公開テストの受験票が届いていることを確認すると、試験会場を確かめた。いつものように、ガンモが私の受験票を先に手に取り、私の試験会場を確認したかと思うと、くしゃっと笑った。ガンモの手から私の受験票を取り上げて見てみると、そこには私の試験会場がM女子大学であることが記載されていた。ああ、やはりM女子大学に当選してしまった。しかしM女子大学は、同じ市内にあるといえども、普段、利用していない私鉄の沿線にあるので、出掛けて行くのが億劫だ。一方、ガンモの試験会場はというと、やはり自宅近くの男女共学の大学だった。その大学までは、自宅近くのバス停から路線バスで一本で行けるので、私はガンモがうらやましかった。

 ガンモは私に、
「M女子大まで、自転車で行ったら?」
と提案した。
「えっ? 自転車? どのくらい掛かるんだろう?」
ガンモの提案を受けた私は、荷物を置いてノートパソコンを開き、インターネットでM女子大学までの道のりを確認してみた。思っていたよりも近いようである。国道に出てしまえば、ほとんど一本道のようだ。これなら、ひとまず自転車に乗って、普段、利用しているJRの駅まで出てしまえば、十五分程度で行けるのではないだろうか。しかし良く見ると、受験票には、
「試験当日は、車、バイク、自転車のご利用はお控えください」
と書かれていた。おそらく、駐車場や駐輪場が用意できないという意味なのだろう。

 とは言うものの、M女子大学の最寄駅となっている私鉄の駅からは、徒歩十分と書かれていた。普段、利用していない私鉄の駐輪場にお金を払って自転車を預け、普段、利用していない私鉄に乗り、M女子大学への最寄駅から十分も歩くくらいならば、自宅から自転車に乗ってスイスイ移動したほうがいいのではないか。私にはそう思えて来たのである。そして私はガンモに、
「わかった。自転車で行くよ」
と宣言した。

 これまで受験していた派遣会社主催のIPテストでは、受験票に写真の添付は必要なかったのだが、公開テストでは、受験票に写真の添付が必要になる。私は、その写真をまだ用意していなかった。白背景の場所を探して、デジタルカメラで撮影した写真を自宅のプリンタで印刷すれば良いだろうと思っていたのだが、日々駆けずり回っていて写真の準備が整っていなかったのだ。そこでとうとう、私は試験当日に少し早めに家を出て、自宅近くの証明写真機で写真を撮影してから試験に向かうことにしたのである。

 こうして試験当日を迎えたのだが、あろうことか、これまで始まりそうでなかなか始まらなかった生理がついに始まってしまった。これは大きなハンディキャップである。私はガンモに、
「今日が勝負の日だけど、お客さん(ガンまる用語で生理のこと)が始まったから、百五十点はハンディキャップ付けてよね」
と言った。しかし、私の申し出は直ちに却下されてしまった。二日目に当たらなかったことだけでもラッキーだと思うしかない。

 試験の受付時間は十一時半から十二時二十分までだったので、私は十一時過ぎに家を出た。そして、自宅近くの証明写真機で写真を撮影したのだが、写真をカットするためのハサミは持参したものの、糊を忘れて来たことに気付き、近くの百円ショップに駆け込んだ。そして、百円ショップでめでたく糊を購入し、いよいよM女子大学に向けて自転車を走らせることになった。

 印刷しておいた地図を頭に叩き込むと、ひとまず、いつも利用しているJRの最寄駅を目指し、その付近からM女子大学沿いを走っている国道まで出た。国道まで出てしまえば、あとは確か一本道のはずである。その国道は、片側四車線もある大きな国道である。当然のことながら、道路の真ん中には中央分離帯がある。私は、自転車が左側通行なので、進行方向を向いて左側の歩道を自転車で走ることにした。

 国道を走り始めてしばらくは楽勝だった。このまままっすぐ進めば、M女子大に着くということがわかっていたので、あとは時間の問題だと思っていたからだ。ところが、途中でM女子大の沿線を走る私鉄の駅に到着したとき、私の走っていた歩道は、それ以上、まっすぐには進めなくなってしまった。そう、大きな道を自転車で走っていると、ときどきあるのだ。車の走る国道はまっすぐなのだが、自転車や歩行者はまっすぐには進めず、地下道や歩道橋を渡らなければならない造りになっているところが。周りを見渡してみると、地下道があったので、私は自転車を転がして地下道を渡り、地上へ出た。

 ところが、地下道を出たところから道がまっすぐに続いていたわけではなく、あたかも国道に平行に走っているかのようで、実は少し曲がっていたらしい。私は再び国道に戻れるものと思っていたのだが、国道からどんどんそれてしまったようだ。そして、私は迷子になってしまった。

 時計を見ると、自宅を出てから既に四十分が経過していた。受付終了まではまだ時間はあると思い、おそらくこちらだろうと思う方向に自転車を走らせると、大きな工場ばかりが立ち並ぶ場所に来てしまった。大きな工場があるものだから、行きたい方向に行けない。しかも、最初に走り始めた国道とは別の国道に出てしまった。仕方がないのでその国道沿いに走っていると、いったいぜんたい、自分がどこを走っているのかわからなくなってしまった。インターネットを使って印刷した地図は持っていたが、部分的な地図でしかなかった。

 このまま路頭に迷っていては、TOEICの公開テストに間に合わない。私は勇気を振り絞って、娘さんと一緒に歩いていると思われるお母さんに道を尋ねた。ありがたいことに、私が持っていた地図を見せると、お母さんは、思いのほか丁寧にM女子大までの道順を教えてくださった。何と、そこからM女子大までは、自転車であと二十分も掛かるという。私は時計を見た。本当に二十分も掛かるのであれば、ギリギリセーフか遅刻である。おまけに受験票には、車やバイク、自転車では来場しないでくださいと書かれているのだ。M女子大の近くまで自転車を走らせたら、自転車を安全に駐輪できる場所を探さなければならない。もたもたしている時間はもうなかった。

 私は丁寧に道順を教えてくださったお母さんに厚く御礼を言うと、再びM女子大学に向けて、とにかく必死で自転車を走らせた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二回連続でホットヨガのレッスンを受けた翌日には、こんな大運動会を繰り広げていました。私は一生懸命、自転車をこぎながら、もしかすると、私自身が「ガンまる日記」のネタを求めているために、いろいろなことが起こっているのだろうかと思ってしまいました。(苦笑)記事が長くなってしまいますので、この続きは後日、書かせていただきますね。

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2008.12.04

映画『ブーリン家の姉妹』

ホットヨガ(一三〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 一日に何レッスンも受けていらっしゃるフリーパス会員の方たちが、どれだけタフであるかが良くわかりました。ライトコースは体力をほとんど消耗しないコースなのに、汗をたくさんかいてしまったのですから、レッスンを終えてもホットヨガのレッスンがもたらすものは大きいのだということに気付かされました。この先、私が一日に二レッスン以上受けることは、まずないでしょう。(苦笑)

 高校のときの世界史の先生が、
「イギリス国王は、自分の王妃アン・ブリンの首をはねた。ロンドン塔は恐ろしいところ」
と力をこめて教壇で語っていた。それ以来、私の頭には、「王妃アン・ブリン」の名前が強く印象づけられていた。ガンモと二人で出掛けたロンドンでロンドン塔の周辺を歩いたときも、「ここはとても恐ろしい場所なんだ」という先入観がずっと消えずに残っていた。

 だから、映画館でこの映画の予告編を観たときは、「世界史の先生が言っていたアン・ブリンの話に違いない」と思った。映画のタイトルは、ブリンではなくブーリンと伸ばされてはいるが、私は心の中で、ブーリンをブリンに置き換えて解釈していた。そして、予告編を鑑賞した直後から、この映画の公開を待ち望み、一ヶ月ほど前にようやくその想いが叶ったのである。

 実際に鑑賞してみると、とにかく驚きの連続だった。何しろ、「女」を武器にして次々にのしあがって行くブーリン家の愛憎劇が展開されていたからである。しかも、武器となった娘たちは、ブーリン家を仕切っていた叔父や両親に利用されたと言っても過言ではない。男の子の跡継ぎが生まれないイギリス国王の愛妾の座を狙い、まずは姉のアンが国王の気を惹くことになるのだが、最初はうまくことが運んでいるかのように見えてはいるものの、失敗に終わってしまう。そのため、作戦を変更して、今度は結婚していたはずの妹のメアリーが国王の気を惹くことになる。負傷した国王を懸命に介抱したメアリーは、言うまでもなく国王に気に入られ、愛妾に迎えられることになる。そして、当時の風習だったのかもしれないが、ブーリン家は一家揃って宮廷に引っ越して来る。つまり、同じ敷地内に正妻と愛妾が同居したわけである。

 ブーリン家の姉アンの役をナタリー・ポートマンが、妹メアリーの役をスカーレット・ヨハンソンが演じているのだが、この二人の対比が実にいい。もしも逆の配役ならば、決して成り立たなかっただろうと確信できるほど、二人の女優さんの個性がそれぞれに生かされた配役だった。アンは、ブーリン家の武器として利用されながらも、次第に権力への野心を抱いて行く。それに対し、メアリーは権力に対してずっと控えめだった。やがてメアリーは、国王の子供を身ごもることになるのだが、メアリーの妊娠と同期して、国王は再びアンに惹かれるようになり、アンを捨ててメアリーに執心してしまう。

 この姉妹の不思議なところは、互いに因果関係を作り合っているところだ。その度に、どちらかがクローズアップされると、もう片方がマイナーな存在になっている。例えば、アンが国王の気を惹くことに失敗すると、今度はメアリーが気に入られる。メアリーが国王に気に入られたのも、アンが国王の気を惹くことに失敗したからだ。つまり、メアリーが愛される原因をアンが作ったことになる。メアリーが妊娠したときにアンに光が差したのは、妊婦では国王の床の相手ができないからなのだろうか。あれほど跡継ぎの誕生が望まれていたにもかかわらず、メアリーが男の子を産んでも、もはや国王の気持ちはアンに傾いてしまっていたのだから、人生とは皮肉なものである。

 それでも私には、国王は、メアリーとは心の底から通じ合っていたようにも思えた。ベッドを共にするときに、国王とメアリーは確かに互いの心の底にあった何かを共有している。多くの男女が、男女としての終わりを迎えると、心の結び付きまで失ってしまうのに対し、国王とメアリーは根底に友情を残していた。アンに操られていた国王は、自分が本当に求めるべき大切な存在を見失ってしまったのではないだろうか。

 先日、一緒に食事をした映画好きのライブ仲間のお友達が、映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』の中でスコットランド女王メアリーが、自分のほうが正統なイギリス王位継承者であるというような表現があったが、この映画を観て、その意味がようやくわかったと言っていた。つまり、メアリーという名前が同じなのでややこしいのだが、スコットランド女王メアリーとは、アンが王妃になる前の最初の王妃だったキャサリンと国王の間に生まれた王女だったのだ。そして、ゴールデン・エイジを築いたエリザベスI世とは、アンが生んだ王女だったのである。

 映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』のときも感じたが、権力を持っている人はどこか寂しそうだ。あの寂しさは、対等に話ができる人がいないからなのだろうか。ブーリン家も含め、権力を求めて奔走する人たちは、その先に深い孤独が待っていることを知らずにいるようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 英国王室は、昔からいろいろあったのですね。(苦笑)それにしても、欲望と欲望は結び付きやすいのでしょうか。娘を武器にして権力を得ようとするブーリン家の人たちの欲望と、跡継ぎが欲しいという国王の欲望が結び付いた物語であると言えます。しかし、互いに利用する関係であるだけに、愛と違って、役目が終わったり、困難なことにぶち当たったりすると、持続できなくなってしまうようです。うまく行かなくなるとクルクルと環境を変えて行くのではなく、一人の人ととことん向き合いながら関わって行くことの大切さを思い知らされますね。

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2008.12.03

ホットヨガ(一三〇回目)

ホットヨガ(一二九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いつもと違うことをすると、何だかわくわくしますね。かつて、月に一度のペースでガンモと一緒に鉄道乗り潰しの旅に出掛けていたときのわくわく感を思い出します。地道に積み重ねて行く日常に対し、非日常への冒険は、日常から飛び跳ねて行くような感覚でしょうか。

 受付で、これからのレッスンで使うタオルを受け取ったのだが、無料バスタオルのレンタルを申し出ると、無料バスタオルのサービスが受けられる期間中であるにもかかわらず、
「申し訳ございません。無料バスタオルのレンタルは一日一枚だけなんです」
と言われてしまった。

 受付ではいつも、レッスンの度にフェイスタオルとバスタオルをそれぞれ一枚ずつ貸してくださるのだが、それらは両方ともスタジオに持ち込んで使っている。フェイスタオルはレッスン中に汗をぬぐうために使い、バスタオルはヨガマットの上に敷いて使っているのだ。そのため、シャワーを浴びたあとに使用するバスタオルは、いつも自分で持参していた。しかし、キャンペーン中のスタンプカードのスタンプをある程度貯めると、レッスンで使用しているフェイスタオルやバスタオルの他に、バスタオルを一枚、無料でレンタルできることになっていたため、私は今回、バスタオルを持参していなかったのだ。

 無料バスタオルは、九十分のベーシックコースのレッスンを受ける前にレンタルしたのだが、そのバスタオルはシャワーを浴びたあと、返却用の籠の中にさっさと返却してしまった。まさか、その籠の中から自分が使ったものを探し当て、再利用するわけにも行くまい。では、受付で百円払って新しいバスタオルをレンタルするか。しかし、それも何だか悔しいので、私はレッスン中に使用したフェイスタオルをシャワーで良く洗ってから身体を拭くことに決めた。

 二つ目のレッスンとなるライトコースは、以前、一度だけ参加したことのあるレッスンである。参加者の年齢層が高く、参加人数が少ないのが特徴である。実は今回、このレッスンを受けようと思い立ったのは、仮に筋腫の手術を受けたとして、仕事を一ヶ月休むことになったときに、ホットヨガのレッスンも一ヶ月まるまる休んでしまうのももったいないと思ったので、ライトコースが本当に身体に負担の掛からない緩いレッスンであるかどうかを見極めたかったからだ。そうした観点でライトコースに参加してみると、手術を受けたあとでも何とか参加できそうなくらい緩いレッスンであることがわかった。

 しかし、十時から十一時半まで九十分のベーシックコースのレッスンを受けた私は、緩いレッスンであるにもかかわらず、たくさんの汗をかいた。おそらく、さきほどのレッスンを受けたときに、既に身体が十分温まっていたのだろう。

 レッスンを終えて再びシャワーを浴びたあと、スタジオに持ち込んだフェイスタオルをシャワーで良く洗い、身体を拭いた。着替えを済ませて受付にロッカーの鍵を返しに行くと、九十分のベーシックコースのレッスンを担当してくださったインストラクターが私を見て驚いていた。私は、スタンプカードをいっぱいにするために、二つのレッスンに参加したのだと説明した。ところが、受付に預けておいたスタンプカードを確認してみると、スタンプが一つしか押されていなかった。スタンプカードを確認した私は、
「あっ!」
と声をあげた。すると、さきほどのインストラクターが、
「最後ですから押しておきましょうね」
と言って、はんこを手に持ち、私のスタンプカードにもう一つはんこを押してくださったのだ。これでようやく私のスタンプカードが、次回回数券購入時の千円割引券に変身したわけである。

スタンプでいっぱいになった「スタンプラリーでGET! 美肌系スリムボディ」スタンプカード

 すがすがしい気持ちでホットヨガのスタジオをあとにして、自宅で待機要員の当番をしているはずのガンモに電話を掛けてみると、ひどく慌てた様子で、
「今、運転中だから」
と言う。どうやら自宅で待機中にコールセンタから呼び出しが掛かり、客先に向かい、トラブル対応をすることになったらしい。私は、
「わかった。じゃあ、映画を観て帰るから」
と早口で言って電話を切り、いつものように映画を一本鑑賞してから帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こうして、思い切って一日のうちに二つのレッスンを受けてみたわけですが、やはりサービス面においても、肉体面においても、持ち運ぶ荷物の量においても、一日に一レッスンだけ受けるほうがいいのではないかと思いました。ただ、翌日、体重計に乗ってみると、体重が一キログラム落ちていました。(笑)

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2008.12.02

ホットヨガ(一二九回目)

映画『20世紀少年』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私がこの映画を鑑賞したのは十一月のはじめでしたが、映画の公開は八月の終わりでしたので、ずいぶん長いこと上映され続けていたようです。記事をアップしたあと、Wikipediaを参照してみましたら、いろいろと詳しく書かれてあり、恐れ入りました。どういうわけか、登場人物に常盤貴子さんという女性がいらっしゃるのですね。ここに書かれているのは役名のはずですので、ユキジ役を演じていた女優さんの常盤貴子さんとは別人のはずです。しかも、主人公のケンジの役名は、カレーライスが食べたくなるような遠藤健児さんなのですね。他にも、小泉響子(こいずみ きょうこ)さんという登場人物もいるようです。

 土曜日は、神戸店で九十分のベーシックコースのレッスンを受けた。ガンモが仕事の待機要員の当番だったので、レッスンが終われば、映画も観ずに軽く買い物だけ済ませて帰宅しようと思っていた。しかし、関西地区にあるホットヨガの各支店でレッスンを受けると、十一月末までは毎回、スタンプカードにスタンプを押してもらえるキャンペーンが開催されていることを思い出した。スタンプカードをスタンプでいっぱいにすると、そのスタンプカードが次回の回数券購入時の千円割引券になるのだ。私のスタンプカードを見てみると、あと二回でスタンプがいっぱいになることがわかった。つまり、今回を含めてあと二回、レッスンを受ければ、このスタンプカードが千円割引券に変身するのだ。しかし、十一月最後の日である日曜日は既に予定が入ってしまっているため、レッスンの予定を入れられない。そこで私は、土曜日のうちに二レッスン受けることを思い付き、着替えとレッスン着を二セット分用意して出掛けたのである。

 とは言うものの、午前中に行われる九十分のベーシックコースのレッスンは予約していたのだが、同じ日に受けるもう一つのレッスンはまだ予約を入れていなかったので、私は神戸に向かう電車の中で携帯電話を使ってレッスンの予約を始めた。九十分のベーシックコースを受けたあと、三宮店まで移動してレッスンを受けるか、それとも、同じ神戸店でレッスンを受けるかでしばらく悩んだ。そして、レッスンスケジュールとコースの種類を照らし合わせながら、同じ神戸店で十三時から行われる六十分のライトコースのレッスンを受けることにしたのである。

 九十分のベーシックコースのレッスンは十時からなので、レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、着替えを済ませるとだいたい十二時である。それから軽く昼食をとって、十三時からのレッスンに臨めば良い。

 神戸店の受付に着くと、私が二つのレッスンを受けることはまだ認識されていないようだった。一日に何度もレッスンを受けていらっしゃるフリーパス会員の方たちは、受付でどのようにされているのだろうと思いながら、私はひとまずロッカーの鍵と、レッスン一回分のタオルを受け取った。

 準備を整えてスタジオに入ってみると、いつもお話させていただいているインストラクターがレッスンを担当してくださることがわかった。今回のレッスンの参加者は、私を入れて十六名だった。

 前回の記事で、YouTubeからの動画をご紹介させていただいたので、今回もYouTubeから英雄のポーズをご紹介させていただくことにする。

英雄のポーズのファミリー by YouTube

 ご覧の通り、英雄のポーズにはいくつかのバリエーションがある。九十分のベーシックコースでは、この動画で紹介されているすべてのポーズを取っている。実は私は、これらの英雄のポーズがあまり得意ではない。おそらく、骨盤がしっかりしていないからだろう。ポーズを取っていると、下半身がグラグラしてしまうのである。そのため、足を深く曲げて身体のバランスを取ることができない。ポーズを取っているときに、鏡に映っている自分の姿と他の参加者の姿を比較してみると、明らかに足のふんばり方が異なっているのがわかる。もしかすると、骨盤に歪みがあることが原因で、私にはたくさんの筋腫ができたのかもしれない。

 今回は、生理が始まるか始まらないかの微妙な時期だったのだが、いつになくたくさんの汗が出て来た。前半は、スタジオ内がとても暑かったので、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)のときにスタジオの外に出てしばらく休憩を取った。インストラクターもスタジオの中がひどく暑いと感じていたようで、私と同じタイミングでスタジオの外に出てしばらく身体を冷やされていた。後半は、インストラクターがスタジオの温度を調節してくださったおかげで、それほど暑くならずに済んだ。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、ひとまず着替えを済ませた。このあと別のレッスンを受けることになっていたので、私はロッカーに荷物を残したまま、貴重品だけを持って受付に出向いた。そして、受付のスタッフに十三時からのレッスンも受けることを伝え、昼食をとって戻って来ると宣言した。対応してくださったのは、これまでに何度かレッスンを担当してくださったことのあるインストラクターだった。

 インストラクターは私に、
「レッスン中にもたれるといけませんので、ご飯は軽めにとられたほうがよろしいかと思います」
とアドバイスしてくださった。私は、
「はい、わかりました」
と答えたものの、実際には軽めに済ませることはできず、いつも通りしっかり食べて戻って来てしまった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m スタンプカードを埋めて千円割引券にするために、一日に二レッスンも受けるなどという大胆なことを思いついてしまいました。(笑)レッスン着を二セットも持参したので、荷物がかなりかさばってしまいました。フリーパス会員の方は、普段、どのようにされているのでしょうね。汗でびちょびちょになったレッスン着をもう一度着るのはさすがに気持ちが悪いので、レッスン着を複数持参されているはずですが、それでも二セットくらいが限度だと思われます。レッスンを受けているうちにコインランドリーで洗濯できれば良いのですが、さすがにそんなにうまくは行かないでしょう。というわけで、次回も引き続きホットヨガのレッスンの記事を書かせていただくことにします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.12.01

映画『20世紀少年』

きたやまおさむ レクチャー&ミュージック ~戦争を知らない子供たちとその子供たちへ~(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 果たして、異なる世代の橋渡しをすることができたでしょうか。童話を研究することが、国民性を追及することにも繋がっていたというのは新たな発見でありました。かくいう私は、卒業論文で英語のことわざと日本語のことわざを比較研究しました。日本語のことわざには「蛇」が多く登場しますが、英語のことわざにはほとんど登場しません。ことわざを研究してわかったのはそれくらいで、国民性の違いにまでは及びませんでした。(苦笑)

 映画を鑑賞しても、すべての作品についてレビューを書くわけではない。なかなか思うようにレビューを綴れない作品も多いのだ。例えば、比較的最近鑑賞した映画では、DVDで鑑賞したものも含めると、『ハプニング』、『帰らない日々』、『シティ・オブ・メン』、『ビューティフル・ルーザー』、『リトル・チルドレン』、『タロットカード殺人事件』、『親密すぎるうちあけ話』、『王妃マルゴ』、『フローズン・タイム』、『クラッシュ』、『耳に残るは君の歌』、『不完全なふたり』などである。もちろん、これからレビューを書かせていただく予定の作品は除外している。レビューを書くために、映画を鑑賞した日付とタイトルを手帳にメモしておき、レビューを書いた作品の上には「済」のはんこを押している。

 実はこの作品も、なかなかレビューを書きにくい作品だったので、このままレビューを書かずにスキップしてしまおうかとも思っていた。しかし、公開初日ではなく、公開最終日のレイトショーで鑑賞した記念すべき作品(すなわち、その映画館での最終上映)なので、やはりレビューを書かせていただこうと思い立った。とは言うものの、鑑賞してから既に一ヶ月近く経ってしまっているので、そろそろ内容を忘れ掛けている。

 この作品の原作は、『ビッグコミックスピリッツ』で八年間も掲載され続けた人気漫画なのだそうだ。私は、この手の漫画をまったく読まないので知らなかったのだが、確かに漫画がそのまま実写版になったと思えば、納得できるストーリーだった。

 登場人物たちが一九六九年に小学生だったということは、私よりも数歳年上の人たちのようである。出演されている俳優さんたちも、私とほとんど同い年か少し年上の俳優さんたちが多かった。

 小学校を卒業して三十年も経ってしまえば、友達と一緒に作った秘密基地や、互いに語り合った将来の夢など、ほとんどの記憶は薄れてしまう。私自身も小学校時代の記憶を探ってみると、思い出せないことも多い。ただ、小学校の同窓会で再会し、三十年経っても互いのニックネームで呼び合える親しさは良くわかる。私には、子供の頃に築き上げた絆は、大人になってから築く絆よりも深いところで結ばれているように思えてならない。時を経ても、子供の頃に築き上げた親しさは残り続けている。それに対し、大人になってから築き上げた絆がもろいのは、大人になると、既に大切な人との絆が出来上がってしまっているため、新しく築かれようとする絆に対しては保守的になってしまうからではないだろうか。

 この映画を観て少しうらやましいと思ったことがある。それは、主人公が大人になってからも、ずっと地元に留り続けていたということだ。しかも、同じ地域で同じように店を経営する幼馴染がいる。私はサラリーマン家庭に育ち、高校を卒業したあと、進学のために地元を離れてしまったので、大人になってからもずっと地元に留まり続けるという感覚が良くわからない。高校を卒業して移り住んだ広島や東京、そして結婚してから移り住んだ兵庫で、次々に新しい友達に出会って来たからだ。私にとっては、景色が変わるのと同じように、交友関係も変化して来たように思う。そんな私だから、地元に残っている古くからの友達からは、「遠くに住んでいるために、なかなか会えない」と思われているようだ。

 そうした自分の背景と照らし合わせながらこの映画を鑑賞していると、この映画の中で小学校時代の友達が、戦うために次々に集まって来るシーンがいよいようらやましくなって来る。特に、オッチョを演じる豊川悦司さんは、これまで他の作品を鑑賞してもあまり惹かれるようなこともなかったのに、この作品の中では際立っている。それは、ケンヂ役の唐沢寿明さんがどことなく頼りなく見えてしまうからかもしれない。

 ちなみに余談だが、唐沢寿明さんは、私がしばしば行動を共にしていた大学時代の後輩と顔がそっくりである。しかも彼にはお姉さんがいて、何かの宗教教団に入団して、家に帰って来ないと諦めた口調で語っていた。私がこの映画の中の唐沢寿明さんを、大学時代の後輩に重ねたのは言うまでもない。

 そう、この映画にはカルト的な教団が登場し、集団意識の持つ危険性が十分に表現されている。グルのような存在に洗脳されてしまった信者の姿や、化学兵器を開発しているところは、かつてのオウム真理教を思い起こさせるところがある。後半に近づくにつれて、ケンヂたちの率いる仲良しグループとカルト教団との戦いは、次第にスケールが大きくなって行く。ただ、本作は三部作のうちの第一章なので、まずは問題提起だけで、本格的な展開には至らない。第二章は、来年一月に公開が決定しているようである。

 それにしても、堤幸彦監督は、この作品のほかにも、ほぼ同じ時期に映画『まぼろしの邪馬台国』の監督も担当されていたようである。それだけではない。この作品の第二章である映画『20世紀少年<第2章> 最後の希望』や映画『銀幕版 スシ王子! ~ニューヨークへ行く~』の監督も担当されているのだ。ということは、二〇〇八年に製作された映画だけも、合計四本の映画の製作に携わっていることになる。監督としては大仕事である。

 第一章を鑑賞した私としては、やはり来年一月に公開される第二章も鑑賞しなければならないだろう。予告編の中で「ともだち」の正体を知った豊川悦司さんが口にした、
「お前、あいつか?」
という言葉が、今から気になって仕方がない。お面をかぶった「ともだち」とは、果たして誰なのだろう? あのお面も、私にはひどく懐かしいものである。何はともあれ、楽しみは、原作を読まずに年明けまで大事に取っておくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 万国博覧会が開催されるという背景や、アポロ十一号の月面着陸など、ところどころに懐かしい映像が盛り込まれた作品でありましたね。当時をリアルタイムで生きて来た人にはひどく懐かしく感じられる作品かもしれません。友達と一緒に秘密基地を作ったことや、未来のことをノートに書いたことなど、自分自身の思い出と重ねながら鑑賞された方も多いことでしょう。私は、あの目のマークを、どこかで見たことがあるような気がします。もしかすると、私も彼らの仲間だったのかもしれません。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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