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2008.12.19

映画『その土曜日、7時58分』

フェスティバルホール フェアウェルコンサート「ありがとう! フェスティバルホール」〜We Love festival hall !!〜の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私たちが足を運んだ翌日には、同じコンサートの二日目にヴァイオリニストの葉加瀬さんが出演されていますね。きっと、例の上等カレーに足を運ばれたことでしょうね。

 この一ヶ月の間にも、いろいろな映画を鑑賞した。レビューを書いていない作品の中からご紹介すると、『かけひきは、恋のはじまり』、『レッドクリフ Part I』、『フロンティア』、『彼が二度愛したS』などである。これらの作品のレビューを書かなかったのは、レビューを書きたい気持ちが湧き上がって来なかったからだ。『レッドクリフ Part I』は、制作費がかかっているのは良くわかるのだが、ほとんど殺し合いのシーンばかりで心に残るものがなかった。しかし、歴史好きの人にはたまらない作品なのかもしれない。私としては、『レッドクリフ Part II』に期待するかどうかといったところだ。『フロンティア』は、人食い一族に遭遇してしまった旅行者の決死の戦いを描いた、これまた恐ろしく残酷な作品だった。ただ、『レッドクリフ Part I』のように、殺したり殺されたりするシーンを淡々と見せられるだけでなく、鑑賞し終わったあとにちゃんと心に残るものがあった。同じように人を殺める残酷な作品であっても、『レッドクリフ Part I』との違いは、人が殺されることに対して苦悩する心が描かれていたからだ。

 それはさておき、今回、ご紹介するのは、一ヶ月ほど前に鑑賞した作品である。この作品にも、次々に人を殺めるシーンが登場するのだが、この映画が表現しようとしているのは、人を殺める行為そのものよりも、「掛け違えてしまったボタンが次々に招いた悲劇」だろう。

 お金に困った兄弟が、ある宝石店を襲う計画を立てる。その宝石店を狙った理由は、私たち観客も納得の行くものだったはずだ。兄が具体的な計画を立て、弟に実行させるのだが、怖気づいた弟は一人で計画を実行することができずに仲間を誘う。その宝石店を狙う理由を聞かされていなかった仲間は、これくらい、自分一人で大丈夫だと言って、一人で車を降りて宝石店を襲う。それがそもそもの誤算の始まりだった。そこから先は、予想もしていなかったようなことが次々に起こり、ついには殺人を犯してしまうというストーリーだ。

 この映画を通じて、私はまたしても自分の仕事であるソフトウェアの開発に置き換えて考えてしまった。ソフトウェアを開発するときに、段階的な設計が必要であるということは、以前の記事にも書かせていただいた通りである。設計のある段階において、ありとあらゆる「条件」を洗い出すことは、ソフトウェアを開発する上で最も重要な作業の一つである。「条件」によってプログラムは分岐し、抜けのない長いストーリーが出来上がって行く。しかし、自由意思を持ったユーザによって、設計時には想定されていない「条件」でプログラムが操作されると、プログラムは未知の領域を指し示すことになり、アプリケーションエラーを起こしてしまう。この映画のストーリーも、アプリケーションエラーと似たような状況に陥る。ただ、アプリケーションエラーの場合は、発生した時点で直ちにプログラムが異常終了してしまうが、この映画の場合、異常終了せずに、少ない選択肢の中で生き延びて行こうとする。そのための手段が、盗みであったり、殺人であったりもするわけだ。

 ソフトウェア設計の場合は、最初から、ある程度の動きが読めるので、抜けのないプログラムを開発することは決して不可能なことではない。しかし、宝石店を襲った場合の人間の取る行動は完全には読み切れない。そもそも、人間の取る行動以前に、前提条件が大きく覆されるような状況であればなおさらだ。何故なら、用意した筋書きは、「○○ありき」から始まる筋書きだったのに、最初からそこに「○○」がなかったのだから、その筋書きは始まらない。

 宝石店を狙う計画を立てた兄弟の肩を持つわけではないが、何故、その宝石店を狙ったかということと、一人で実行すると宣言した仲間に対して、絶対に発砲してはいけないと念入りに釘をさしていたということからすると、そこにはちゃんと愛があったはずなのだ。それなのに、すべてがそこから始まらず、誤算に終わってしまった。「紙一重」という言葉があるが、まさしくそんな言葉を連想させるストーリーだった。

 兄アンディの役をフィリップ・シーモア・ホフマン、弟ハンクの役をイーサン・ホーク、二人のお父さん役をアルバート・フィニーがそれぞれ演じている。何と、アンディ役のフィリップ・シーモア・ホフマンのプロフィールを拝見すると、私よりも二歳年下だった。しかも、私と同じ誕生日ではないか。映画を観る限りでは、ハンク役のイーサン・ホークのほうが私と近い年齢だと思っていたのに、イーサン・ホークは私よりも五歳も年下だった。もしかすると、私は自分が年を取っていることに気が付いていないだけなのだろうか。それはさておき、二人のお父さん役のアルバート・フィニーを、何かの映画で拝見したお顔だと思っていたら、映画『ビッグ・フィッシュ』の大掛かりなほらふきお父さんだった。今回の役ではほらはふかないが、最後に重大な決断を下す。

 用意した台本が違っていただけで、崩壊してしまった家族が最後に行き着いたのは・・・・・・。すべてが愛するがゆえに招いたことだとすると、あまりにも悲しい結末である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おそらく、ボタンを掛け違えてしまうというのは、この映画のようなことを言うのでしょうね。ボタンを掛け違えてしまえば、このあとどう頑張っても、台本通りには進めません。そう言えば、本筋からはそれるのですが、印象に残っているシーンがあります。アンディが麻薬の注射を打ってもらうために利用していたマンションの一室があるのですが、そこの住人が普段は穏やかに対応してくれているのに、アンディが予約もせずに急に訪ねて行くと、態度が一変するのですね。おそらくその住人は、アンディに対して普段は営業スマイルを振りまいていたとしても、アンディのことを心から歓迎しているわけではなかったのでしょうね。だから、アンディに充てている以外の時間にアンディを受け入れることはできなかったわけです。そのシーンは、人間の本質を鋭く突いているなあと思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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