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2008.10.08

映画『おくりびと』

秋のベランダの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。久しぶりに鳩の記事を書かせていただきました。キッコロの突付きとTKMYの鳩パンチはいかがでしたでしょうか。鳩パンチは、まだ産毛の残っている雛でさえも元気に食らわして来ます。ガンモも、ベランダの掃除をするときに、巣に残っている雛たちに何度となく鳩パンチを食らわされました。鳩は、小さい頃から身を守るために鳩パンチを教わるのでしょうか。ちなみに鳩パンチは、音は凄まじいですが、それほど痛くはありません。鳩パンチよりも突付かれたり噛み付かれたりするほうがずっと痛みを感じます。

 この映画を鑑賞したのは、確かこの映画が公開されてから一週間ほど経った雨の日曜日だった。ガンモと一緒に鑑賞しようと、派遣会社の福利厚生サービスを利用して、前売券を二枚購入していたのだ。

 前売券を購入する前に、ガンモにこの映画を紹介したところ、ガンモはこの映画のあらゆるパターンの予告編を、インターネットの公式サイトにアクセスして何度も何度も繰り返し観ていた。五月の終わりに義母が亡くなり、長男であるガンモが糖尿病を患っている義父の代わりに喪主を代行した。そのときに体験したことと、この映画の内容がどこかかぶるのではないかと思っていたのだろう。私が、
「前売券、購入するよ」
と言うと、ガンモは黙っていた。こういうときのガンモの沈黙は、イエスを意味しているのだ。私は迷わず前売券を申し込んだ。

 雨が降っているのにわざわざ出掛けたのは、この映画が公開されてから、早くも大ヒットを飛ばしているという話を聞いていたからだ。そのため、雨の日であれば、映画を鑑賞するために出掛けて来る人も少ないのではないかと目論んだのだ。ところがどっこい、映画館に着いてみると、上映まであと三十分近くもあるというのに、
「申し訳ございません。次回の『おくりびと』の上映は、ただいま最前列のみのご案内となっております」
と言われてしまった。私たちは顔を見合わせたが、せっかく雨の日に出て来たのだから、思い切って鑑賞することにしたのである。

 この映画の内容については、既に皆さん、ご存知のことだろう。職を失くし、ご遺体を棺に納める「納棺師」の仕事をすることになった大悟の役を本木雅弘くんが好演している。彼は確か私と同い年だったはずだ。昔、シブがき隊という三人組のアイドルグループのメンバーだった彼が、すっかり演技派の俳優さんになった。一方、大悟の妻を演じているのは、広末涼子ちゃんである。彼女もずいぶん大人の女性に成長したものだ。

 人の死に関わる仕事をしていると、自分の職業をなかなか人には語れないものらしい。それは、仕事の内容がどうかということよりも、もともと死について、できる限りクローズに向かう傾向があるからだと思う。例えば私も、今年は義母や祖母との辛い別れを経験したが、そのことをはっきりと記事に書いたのは、ごく最近のことである。何故なら、うれしい出来事と違って、多くの人たちの目に触れる場で公開することにためらいがあったからだ。「しめやかに」という言葉があるが、人の死に関しては、まさしくその言葉通りの感覚が伴う。

 人の死に関して、そうしたイメージが先行しているものだから、死に関わる仕事をしていることを人に隠しておきたくなる気持ちもわからないではない。それ以外にも、私が日頃から感じていることがある。それは、故人との距離が遠ければ遠いほど、ご遺体を怖がるという事実である。生きている人にとっては、死は未知なるものである。その未知なる世界に旅立ってしまった故人に対し、故人との距離が近い人は、これまでと変わりなく接することができるが、故人との距離が遠い人は、更に一歩下がったところで留まろうとする。

 納棺師は、故人との距離が遠いにもかかわらず、ご遺族の前でご遺体をきれいに拭いて、死に装束に着せ替えた上で納棺する。それらの一連の流れは「神聖なる儀式」とも言えるべきものである。見ず知らずのご遺体に対し、たじろぎもせずに「神聖なる儀式」を取り行う大悟に対し、ご遺族の方たちは、深い悲しみを抱えながらも、丁寧に故人を送り出そうとする大悟の納棺師としての大いなる仕事に深い感動を覚える。

 納棺師という仕事に対し、最初はたじろいでいた大悟も、こうした経験の積み重ねにより、自分の仕事に誇りを持つようになる。納棺師という仕事に対する周りの反応は、大悟自身の中にあった仕事への迷いと正比例しているようにも思えた。一時は納棺師という仕事に反発し、理解を示さなかった妻の美香や古くからの友人も、大悟の納棺師としての仕事の現場を目の当たりにしてからは、その「神聖なる儀式」に大きく心を動かされることになる。

 印象に残ったのは、大悟が美香に泣きつくシーンだった。そこには男性の弱さと、男性が女性に求める母性が表現されていた。妻の役割は、夫をしっかりと受け止めること。そんなふうにも感じ取れた。

 この映画は、とても深刻な内容を扱ってはいるのだが、一見、コメディのようにも見える。ほぼ満員の映画館で、大きな声をあげて笑うのは気持ちがいいものだ。そうかと思いきや、ラストは思い切り号泣した。とにかく思い切り笑って、思い切り泣いた。雨の日にさえ、多くの人たちがこの映画を鑑賞するために映画館に足を運ぼうとする気持ちも良くわかる。納棺師という仕事を誇り高きものとして位置付けて行くためのストーリーの組み立て方や、納棺師に関わる人たちとの絡ませ方も実に良かった。描写の細かなミニシアター系の映画を好んで鑑賞していると、がっかりしたくなくて、描写の大雑把な全国一斉ロードショーの映画からは遠ざかる傾向にある。しかし、例え全国一斉ロードショーの映画であったとしても、このような映画が上映されるならば、見逃さずに鑑賞したいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 相手を拒絶することは自己愛なんですね。この映画を鑑賞して、ふとそんなことを思いました。拒絶した相手を自分から切り離してしまえば、ひとまず楽にはなるけれど、心からすっきりはしないのでしょう。それと、拒絶した相手を理解するためのチャンスが与えられることのありがたさも実感しました。わざわざ自分の命を投げ出してまで、納棺師の仕事を理解させたと思えるような尊い人の死の描写もあり、人の死が重要な役割を持っていることを改めて認識しました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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