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2008.09.17

映画『デトロイト・メタル・シティ』

歓喜天のようにの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休みにパリとロンドンを旅行したときに、特急列車の中でノートパソコンを広げてDVDを鑑賞している人を見掛けました。あちらの特急列車の座席には、コンセントが付いているのです。コンセントがあると、移動時間をどのように過ごすかの選択肢も広がりますね。携帯電話やモバイルカードの電波は諦めるにしても、せめて船室でコンセントを使用することができればありがたいのに、と思いました。それだけ私たちの生活が、電気に頼り過ぎているということにもなるのですが・・・・・・。

 映画『人のセックスを笑うな』が公開されていた頃、先日の帰省で海辺の語らいをした友人が、
「松山ケンイチくんが気になる」
と言った。確かに彼は、私にとっても気になる俳優さんである。年下でなければ、もっと気になるのだが。(苦笑)友人とは、かつて同じ男の子を好きになったことがあるので、好きな異性のタイプが似ているのかもしれない。

 映画『人のセックスを笑うな』の松山くんがとても良かったので、松山くんの次なる主演映画を期待していたところ、ほどなくして公開されたのがこの映画である。早速、友人に、
「松山くんの主演映画、もう観た?」
とメールで尋ねてみると、
「観た観た。良かったよ」
という答えが返って来た。私は、彼女に先を越されてしまったことがちょっぴり悔しかった。そして、彼女に遅れを取りながらも、今からおよそ二週間ほど前にこの映画を鑑賞したのだった。

 もともとこの映画は、コミックに掲載され、人気を得ていたものらしい。松山ケンイチくん演じる根岸崇一は、ポップミュージシャンを目指して大分から上京したものの、どういうわけか、「デトロイト・メタル・シティ(通称:DMC)」というデスメタルバンドのギター&ボーカルとして熱狂的なファンを獲得するほどの人気を得てしまう。ミュージシャンになりたいという夢は果たせたものの、自分が本当にやりたい音楽とは異なっているため、根岸は葛藤を抱えながらも、追い立てられるように舞台に立つと、悪魔系のキャラクターであるカリスマ的「ヨハネ・クラウザー・II世」を演じ切る。普段は消極的で、歩き方さえもどこか頼りない雰囲気を漂わせている根岸と、地獄の底から甦ったような悪魔系キャラのヨハネ・クラウザー・II世とのギャップが、映画を観ている私たちには面白おかしく映って見える。

 松雪泰子さん演じるDMCが所属する女社長がまた強烈で、デスメタル大好き少女がそのまま大人になったようなパワフルな女性だった。女社長は、デスメタルの世界から足を洗ってしまいたい根岸を力づくで何とか引き止め、DMCのギター&ボーカルに留まらせようとする。

 この映画は、全編を通して至るところに笑いの渦が沸き起こる作品である。根岸がヨハネ・クラウザー・II世と素の自分を見事に使い分けているところが何ともおかしい。好きな女の子には、自分がヨハネ・クラウザー・II世であることを知られたくない。そして、好きな女の子をストーカーしていたことを知られたくないがために、ピンチを切り抜けようとしてトイレでヨハネ・クラウザー・II世に変身して切り抜けたりと、「ヨハネ・クラウザー・II世の衣装なんか持ち歩いていたっけ?」と突っ込みたくなるようなシーンもあったのだが、それでもおかしさのために許してしまう。

 周りが作り上げた自分と、素の自分とのギャップ。この映画では少々大袈裟な事情として表現されてはいるものの、私たちの身近でも十分起こり得ることだ。例えば、仕事をしているときの自分と仕事を離れたときの自分とのギャップ。友人の前にいるときの自分と独りでいるときの自分とのギャップ。常に素の自分をさらけ出せる状態であれば、周りが作り上げた自分とのギャップに苦しまなくてもいいはずだ。しかし、周りが作り上げた自分を激しく求められているとき、大きな葛藤が生まれる。何故なら、例え周りが作り上げた自分が素の自分とかけ離れていたとしても、期待に応えたいという欲求もあるからだ。

 そうした欲求に応えようとする情熱を根岸の中に改めて芽生えさせたのは、DMCから離れて大分に帰ったことがきっかけになったと言っても過言ではない。実の弟がDMCの熱烈なファンであることがわかったり、宮崎美子さん演じる根岸の母が実にさりげない形で根岸を応援していたりと、女社長のように強制ではなく、根岸自身が自由意思を選択する形でDMCに復帰できるような状況が整って行く。そう考えると、女社長と根岸の母は、まさしく対照的な存在である。

 最後まで笑いが約束された映画ではあるのだが、台本の中に、映画『キサラギ』に見られるような完璧性はない。それでも、周りが作り上げた自分と素の自分とのギャップと戦う人間としての生き方を大袈裟に見せ付けられる。ギャップを埋めて行くことも大切だが、周りが作り上げた自分もまた、もう一人の自分として認め、受け入れることも必要なのではないか。そんなことを考えさせてくれる作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 根岸の母親役の宮崎美子さんがいいですね。かつて、カメラのコマーシャルでナイス・ボディを披露していた宮崎さんが、今では若者のお母さん役を演じる年頃になったのですね。「知っているのに知らんぷり」をする母親役を演じた宮崎さん。何もかもオープンにすることも大切だけれど、自由意思を尊重する、がんじがらめにしない愛情には頭が下がります。宮崎美子さん、息の長い味のある女優さんになりました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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