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2008.09.14

海辺の語らい

エネルギーを奪わない言葉の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m エネルギーを奪わない言葉を発するように気をつけることも大切ですが、誰かが発した言葉に揺れない自分を作り上げて行くことも大切ですよね。でも実際は、誰かの発した言葉や、取った行動に大きく揺れてしまうことも多々あります。私自身も、いつも揺れています。(苦笑)

 フェリーの中ではほとんど眠ることができなかったせいだろうか。私はいったん早朝に目を覚ましたあと、二度寝してしまい、次に目を覚ましたのは九時半頃だった。メールをチェックしてみると、松山に住む小学校時代からの友人からメールが届いていた。ゴールデンウィークに帰省したときも松山で会って話をした友人である。今回も、「お互いの都合が合えば会いたいね」という話をしていたのだが、あいにくお互いの都合が合わず、再会を見送ることになっていた。ところが、今朝になって急に都合がついたらしく、「急な話だけど、今日会える?」とメールで尋ねて来たのだ。私が布団の中でもぞもぞしていると、彼女が私の携帯電話に電話を掛けて来てくれた。彼女はまだ松山にいたのだが、お昼前にはこちらに帰って来られるという。そこで、彼女と一緒にランチを食べに行くことになった。その日の予定をあっという間に決めてしまうなんて、まるで学生みたいな乗りである。

 私の実家近くまで彼女に車で迎えに来てもらい、とある喫茶店まで移動した。母から聞いた話によれば、現在、その喫茶店は、私の小学校時代の友人であるMちゃんの妹さんであるEちゃんが経営されているのだそうだ。その喫茶店のオーナーは、これまでにも何度か交代しているようだが、Eちゃんが経営を始めてからかなり繁盛しているらしい。

 喫茶店に入り、空いているテーブルに落ち着くと、背の高い女性がお水を持って来てくれた。「あっ、確かにEちゃんかも」と私は思った。目の辺りに小学校時代の面影が残っていたからだ。Eちゃんは、私たちよりも二つか三つ年下のはずだったが、田舎の小さな小学校で一緒だったので良く覚えている。一緒に喫茶店に入った友人も、私と同じ小学校時代からの友人なので、MちゃんのこともEちゃんのことも知っている。私は彼女に、
「多分、Eちゃんだと思うけど、声を掛ける勇気ないなあ」
と言った。

 考えてみれば、私はMちゃんとEちゃんのお母さんの名前も知っている。というのも、私の母と、MちゃんとEちゃんのお母さんが同級生だったからだ。そのため、MちゃんとEちゃんのお父さんが双子であることまで知っている。また、Eちゃんのお姉さんであるMちゃんが、どこにお嫁に行ったかということも知っている。そんな裏事情を知っている私が、いきなり、
「Eちゃんでしょ? お姉さんの名前はMちゃんで、○○にお嫁に行ったでしょ。それでもって、お母さんの名前はIさんでしょ。お父さんは双子だったよね?」
なんてことを話し掛けようものなら、例え相手が本当にEちゃんであったとしても、警戒されてしまうに決まっている。それに、お店に入ってそのようなことを口にしようものなら、暗に「昔からの知り合いなんだから割引してよ」と言っているかのようだ。それではかえって気を遣わせてしまうと思い、黙っておくことにした。

 一緒に喫茶店に入った友人と、ランチを食べながらいろいろ話をした。私と同い年の彼女は、既に更年期が始まっているのだそうだ。なかなかやる気が出ず、集中力もないそうだ。生理も半年くらい止まっているらしい。そう言えば、先日、話をした同い年の派遣仲間も、ホットフラッシュの現象に悩まされていると言う。また、私の二つ年上の友人も、生理が来なくなったと言っていた。エストロゲン不足で起こるこれらの現象に対し、私は思わず、
「うらやましい」
などと言ってしまった。聞きかじった情報によれば、これまで何の問題も抱えていなかった人ほど、更年期を迎える時期が早いとか。私は、布ナプキンのおかげで生理を迎えることは楽しいが、エストロゲン過多による筋腫の問題を抱えているので、少々不謹慎ではあるものの、エストロゲン不足の状況に憧れてしまうのだ。女性の身体は本当に難しい。エストロゲン過多であっても、エストロゲン不足であっても、身体の不調に悩まされるからだ。

 ランチを食べたあとは、彼女の提案により、国民休暇村の海水浴場に足を運んだ。私たちはシーズンオフの海水浴場の日陰のスペースに腰を下ろし、更にいろいろなことを語り合った。おしゃれなテーブルも、おいしい飲み物もなくていい。ただ、落ち着いて話をする場所があればいいだけだ。そんなシンプルな環境は、私たちの正直な気持ちを引き出してくれた。

 ただ、日差しが柔らかかったからだろうか。目の前に広がる海を少し怖いと思った。海のすぐ側まで砂浜を歩いて行ったのだが、波にさらわれてしまいそうな気がした。太陽がさんさんと降り注ぐ真夏日ならば、海を味方につけることができるのに。

 しばらく海辺で語り合ったあと、私たちは「JAおちいまばり」が主催している「さいさいきて屋」という市場に足を運んだ。JAが主催しているため、新鮮な野菜などが格安で手に入る。私たちはそこで買い物をしたあと、喫茶コーナーでケーキセットを食べながら再び語り合った。話をしながら、私は「沈黙に対する許容」について考えていた。気心が知れた友人であるほど、「沈黙に対する許容」があるが、気心が知れた仲でないと、沈黙に対し、何かしゃべらなくてはと焦ってしまう。小学校時代からの友人である彼女とは、例え会話の中で沈黙が訪れたとしても焦らなかった。これから新たな交友関係を築こうと思えば、沈黙を許容できるような関係を目指せばいいということに、改めて気付かされたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、海辺の語らいをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この時期の海辺の日差しはとても柔らかいですね。日差しが柔らかいと、海に入ろうという気持ちにならないせいか、海との間に心理的な距離ができてしまっているように感じました。おそらく、こちらが海を求めなくなっているせいでしょう。それと、話をする場所はどこでもいいんですよね。大切なのは場所ではなく、お互いの正直な気持ちを引き出せるかどうかですね。そして、沈黙に対し、焦りを感じないでいられることです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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