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2008年9月

2008.09.30

決断のとき(2)

ホットヨガ(一二一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンには、レッスン中に飲む水を持参するのですが、最近、水を入れて持ち歩くのにちょうどいい容器を探しています。私の場合、一レッスンでだいたい一.五リットル弱の水を飲むのですが、一.五リットル入りの容器というのがなかなかないのですね。そのため、現在は一リットル入りのペットボトルに三百三十ミリリットル入りの小さなペットボトルをおまけに付けて二本持ち歩いています。ペットボトルは一リットル入りが主流ですし、二リットル入りだと大き過ぎますし・・・・・・。保冷機能の付いた、口を付けて直接飲むことのできる容器があるようですが、金属製だから重たそうなんですよね。ホットヨガグッズをお気に入りのもので固めると、レッスンが楽しくなるので、自分の目的に合ったものを根気強く探し続けたいと思います。

 以前も書いたが、ホットヨガ神戸店のスタジオからI医師のいる病院までは、徒歩でおよそ十数分である。ご飯を食べて病院に向かう前に、私は仕事の待機要員の当番をしているガンモに電話を掛けた。ガンモは、
「いよいよだから」
と私に言った。ガンモが掛けてくれた魔法はずっと効力を保っていて、私は落ち着いたまま受付を済ませた。

 私の名前はすぐに呼ばれ、I医師のいる診察室に入った。ありがたいことに、完全予約制の病院なので、ほとんど待つことがないのである。ああ、いよいよ手術が決定的になるのか。私はそう思いながら、荷物を置いて診察室の椅子に腰を下ろした。I医師はまず、
「どうですか?」
と、私の症状を尋ねてくださった。私は、てっきり手術の決心はついたかと真っ先に尋ねられるものと思い込んでいたので、少々面食らった。そこで、是非ともI医師に報告しておかなければならないと思い、
「実は、乳製品を摂るのをやめてから、生理の出血量が半分に減りました
と答えた。するとI医師は、特に驚いた様子もなく、軽くうなずいていた。乳製品の摂取をやめたことで生理の症状が軽くなることについては、I医師も既にご存知のようだったが、それに対して少し懐疑的な様子もうかがえた。

 私は、この機会にI医師に確認しておきたいことがいくつかあったので、尋ねてみることにした。まず、私と同い年の人たちが既に更年期を迎え始めたことを述べた上で、間もなく私にも更年期が訪れるかもしれないとI医師に同意を求めてみた。しかしI医師には、
「あなたのように筋腫がある人は、ほとんどの場合、五十過ぎまで閉経しません」
ときっぱり宣言されてしまった。それに対し、私は、
「やはりそれは、エストロゲンの量が多いからですか?」
と尋ねてみた。するとI医師は、
「それはそうなんですが、実は、血液中に含まれるエストロゲンの量は、筋腫のある人もない人もほとんど変わりません」
とおっしゃった。私は筋腫がある人はエストロゲン過多の状態に陥っていると思い込んでいたので、I医師から衝撃的な事実を聞かされ、驚きの声を上げた。I医師は更に続けた。
「ただ、筋腫がある人は、子宮のある部分(ある部分とは具体的に、子宮内膜のことだったと思う)のエストロゲンの量が多いことはわかっています」

 I医師が言うには、エストロゲンは主に卵巣で作られるが、それ以外にも、脂肪細胞から作られたり、妊娠中にできる胎盤からも作られるそうだ。よって、脂肪が多い人は、脂肪細胞から作られるエストロゲンの量も増えるという。とは言うものの、もともと脂肪細胞から作られるエストロゲンは、ごくわずかだそうだ。

 更年期障害は、閉経の二年ほど前から始まり、生理の回数が次第に減少したあと、ついには閉経を迎えることになるそうだ。更年期に入ると筋腫の成長は止まり、閉経を迎えると筋腫は小さくなるという。しかし、私と同じ四十三歳で閉経を迎えるというのは、それはそれで問題アリだとI医師はおっしゃった。また、理論的には、乳がんの治療で使われているエストロゲンを抑制する薬が筋腫の治療にも使えるはずだが、まだ誰も試していないとおっしゃった。

 乳がんの話が出たので、以前から気になっていたことを尋ねてみた。
「子宮全摘手術を受けた場合、これまで子宮に負担をかけるという形で収まっていた歪(ひずみ)が、子宮を取ることによって、別の歪に変わることはないのでしょうか?」
これに対し、I医師は、
「それはありません。子宮を取っても、生理が止まって楽になるだけです」
とおっしゃった。私は、エストロゲン過多の状態が乳がんに傾いたりしないのだろうかと不安だったのだが、I医師はそのようなことはないときっぱりおっしゃった。

 どういうわけか、話はなかなか年末の手術の予定にまでは及ばなかった。結論から言ってしまえば、私が手術を受けるという話は延期になったのだ。記事が長くなってしまうので、その経緯については、また後日お伝えすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このように、私の質問に対し、とても詳しく説明してくださるので、私はI医師からいろいろなことを吸収しようと必死でした。このあとも、I医師からいろいろな話をうかがって来ましたので、覚えている限りのことを綴っておきたいと思います。

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2008.09.29

ホットヨガ(一二一回目)

決断のとき(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何か大きなことを決断するとなると、いろいろな人たちを巻き込みますね。そのため、人も動きます。だから、できるだけ人を巻き込まないようにするために、結論だけを伝える方法もあるのでしょうね。

 一週間前に神戸店でホットヨガのレッスンを受けたときは、一体どんな気持ちで一週間後に再びこの地を訪れるのだろうという不安でいっぱいだった。私には、手術に対する抵抗がまだまだ根強く残っていたからだ。しかし、ガンモのおかげで、私の気持ちは揺れ動くことなく、土曜日の朝を迎えた。

 私はいつものように支度を整え、家を出た。I医師の診察は十三時半からの予定だったので、午前中のうちにホットヨガのレッスンを受けておいて、お昼ご飯を食べてからI医師の診察を受けようと思っていたのだ。受けたレッスンは、いつものように九十分のベーシックコースである。

 ロッカールームに入り、レッスンの準備を整えたあと、トイレを済ませておこうと思い、二つあるトイレのうちの空いているほうをノックもせずにガバッと空けた。すると、トイレの中から悲鳴にも似たひどく慌てた声が聞こえて来たかと思うと、大急ぎで扉をロックする音が聞こえた。扉を開ける前に、空きを示す水色のマークが見えていたので、ノックもせずに開けてしまったのだが、中に人が入っていたらしい。私は、トイレに入っていた人がこのあと出て来たなら、きっとお互いにバツが悪いだろうと思っていた。便座に座るなどという最も無防備なポーズを取っているときに、いきなり扉が開いてしまったのだから無理もない。さあ、どうしようと戸惑いながら、使用中のもう一つのトイレが先に空かないだろうかなど都合のいいことを考えていると、私が開けてしまったトイレの扉のほうが先に開いてしまった。

 最も無防備な姿を見てしまい、中に入っていた人に謝ろうと思って両手を合わせていると、中から出て来た人もまた、
「すみませーん」
と言いながら出て来た。顔を合わせるとお互いに気まずいのではないかなどと、あれこれ思いを巡らせていたが、思っていたよりも友好的な展開に落ち着き、ほっとした。ただ、今後、この人と顔を合わせたとして、あいさつを交わせるかどうかは自信がない。それでも、相手が出て来るなり、
「すみませーん」
と言ってくださったということは、鍵を掛け忘れていたことが原因でこのようなことになってしまったという結論に達したのだろう。私も空きを示す水色のマークが見えていたものの、もう少し慎重になって、ノックをしてから扉を開ければ良かったのかもしれない。

 さて、トイレを済ませてスタジオに入ってみると、驚いたことが起こっていた。何と、これまで〇ポイントだったインストラクターがレッスンを担当してくださることがわかったからである。私は驚きの表情を見せた。インストラクターも私の驚く様子に気づいたようだったが、レッスンが終わるまでは個別に話をする機会に恵まれなかった。

 私と同じレッスンを受けた人は、私を含めて十八名である。初めてレッスンを担当してくださったインストラクターは、噂通り、とても良く声の通るレッスンを展開してくださった。おそらく、神戸店のインストラクターは、みんな仲がいいのだろう。どのインストラクターも同じようなエネルギーを持っている。つまり、レッスンで我が道を行く人がいないのだ。どのインストラクターがレッスンを担当してくださったとしても、私たちは均等なエネルギーを感じることができる。

 レッスンが終わり、スタジオの外に出て行くときに、インストラクターに、
「ありがとうございました。これで一ポイント獲得ですね」
と言うと、インストラクターは笑いながら、
「一ポイント獲得しました」
とおっしゃった。今回のインストラクターが私のレッスンを担当してくださったことで、神戸店のすべてのインストラクターが私のレッスンを担当してくださったことになるはずだ。

 シャワーを浴びたあと、着替えを済ませて受付に行くと、いつもお話をさせていただくインストラクターがいらっしゃった。そう言えば、私は彼女に伝えたいことがあったのだ。
「今、隣の映画館で上映している『言えない秘密』という映画に、○○さんそっくりの女優さんが出てるんです!」
実は、先週、この映画を梅田で鑑賞して、いたく感動したのだが、彼女にそっくりの女優さんが出演されていて、目が釘付けになったのである。そのことをご本人にお伝えしようと、チャンスを狙っていたというわけなのだ。

 そっくりさんのご本人は、その映画をご覧にはなっていないそうで、一体どんな女優さんなのか、とても不思議そうな顔をされていた。実は、そのインストラクターには、かつて映画『ダージリン急行』をお勧めして鑑賞してくださったという実績があるので、もしかすると『言えない秘密』も鑑賞してくださるかもしれない。しかし、ご本人がご覧になり、「この女優さん、本当に私にそっくりだわ」と感想を抱かれるかどうかはわからない。

 そのインストラクターに、ストーンヘンジのことを聞かれた。少し前に、この夏休みにパリとロンドンに出掛けたことを受付で話したからだ。私は、ロンドンには今年も出掛けたが、ストーンヘンジに行ったのは去年だということを話した。インストラクターに、
ストーンヘンジで何か感じましたか?」
と聞かれたので、
ストーンヘンジの周辺では、羊たちが放牧されていて、とてもいいところでしたよ。あそこでヨガをするといいんじゃないかと思いました」
と答えた。スピリチュアルなものを感じたかどうかについては、うまく答えられなかった。少し濡れた芝生の上に寝転がって気持ちが良かったことだけはしっかりと覚えている。

 これから重大な診察が控えているというのに、そんな会話を楽しんだあと、私はいつもと同じように笑いながらスタジオをあとにして、昼食をとったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモのおかげで、いつもと変わりないレッスンを受けることができました。これまで〇ポイントだったインストラクターが一ポイント獲得できたこととからして、もともとこの日は特別な一日として用意されていたのかもしれません。一ポイントを獲得されて、もっと大騒ぎになるのかと思っていたのですが、インストラクターも私も、意外にあっさりとしていました。気持ちが揺れ動かないように、当たり前のレッスンに徹したかったのでしょうか。

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2008.09.28

決断のとき(1)

映画『幸せの1ページ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m アレクサンドラの書く小説に登場する冒険家と、ニノの父親である海洋生物学者はジェラルド・バトラーが一人二役を演じているんですね。アレクサンドラは自分の理想の男性像を小説に綴っていたようですから、その二人を同じ俳優さんが演じていたということはつまり・・・・・・。なんですね。(笑)

 先日のことである。そろそろI医師との約束の日が近付いていたので、一緒に仕事をしている直属の上司に、
「私の十二月頃の予定って、何か聞かれてますか?」
と尋ねてみたところ、
「いや、何も聞いていないですよ」
という答えが返って来た。上司は、まさしく寝耳に水といった感じで、一体何があるのかと、かなり困惑していた。私は、二ヶ月ほど前に派遣会社の営業担当を通して、手術の可能性があることを伝えたはずだと言った。しかし、その情報は部長止まりだったのか、それとも上司の上司止まりだったのかわからないが、直属の上司はにはそのことが伝わっていなかったのだ。私は、
「まだ正式に決まったわけではないのですが、今度の土曜日に病院に行って決めます。それで、もしも手術を受けることになれば、一ヶ月ほどお休みをいただくことになろうかと思います」
と言った。

 上司は、
「薬で何とかなったんじゃなかったんでしたっけ?」
と聞いて来た。以前、手術の話が持ち上がったときに、漢方薬を処方していただくことで手術をまぬがれたことを話したのだ。上司は、その漢方薬で筋腫が小さくなると思っていたらしい。私は、
「いえ、漢方薬は、別の症状を緩和するために処方されたものです。一度大きくなったものは、なかなか小さくはなりません」
と苦笑いした。こういうことは、派遣会社の営業を通して話をするよりも、直接話をしたほうが話が早い。ただ、内容が婦人病であるだけに、独身男性にはなかなか話し辛いのも事実である。

 上司に十二月の仕事の予定を確認してみると、ちょうど大きな納品も終わり、仕事も落ち着いているはずなので、私が一ヶ月ほど休みを取ったとしても、それほど大きな影響が出ることはなさそうだということがわかった。

 帰宅して、上司が私の予定を知らなかったことをガンモに話すと、
「最近は個人情報を守る義務があるから、手術が正式に決まるまでは口外しないことになってるんじゃないの?」
と言った。なるほど、その通りかもしれないと思った。

 I医師との約束の日は、もう目前に迫っていた。ガンモが鳥取出張から帰ってきた木曜日、私はいったんガンモに、
「やっぱり、年末に手術を受けようと思う」
と宣言した。するとガンモは、
「わかった」
と言い、
「じゃあ、俺がカングーで病院に行くし、まるみの両親がもしこっちに来れば、カングーで病院まで送るよ」
と言ってくれた。そして、もしも私の両親が見舞いに来るのであれば、自宅から病院までは遠いので、病院の近くにホテルを取ったほうがいいだろうという具体的な話までしていた。

 しかし、カングーが我が家にやって来た金曜日、ガンモと一緒に出掛けた飲食店で、私は次第に無口になった。いったん手術を受けようと心に決めたものの、やはり、まだ気持ちが揺れ動いていたからだ。ただ、手術は若いうちに受けておいたほうがいいのではないか。今、手術を受けておけば、少なくともこれから先、手術を受けるかどうかで悩み続けなくても済むのではないかと思い始めていた。

 私の中にまだ迷いがあるというのに、カングーを買ったうれしさから、ガンモが一人でベラベラとしゃべり続けるものだから、
「ガンモ、ごめん。私は今、明日の診察のことで頭がいっぱいなんだよ」
と釘をさした。

 それを聞いたガンモは直ちにカングーの話をやめて、私の顔をまっすぐ見た。そして、こう言ったのだ。
「まるみはその先生のこと、信頼してるんだろ? だったら先生にすべてをお任せすればいいじゃん。悩むことはないよ」
私は、ガンモは普段、冗談ばかり言っているだが、たまにはいいことも言うと、ガンモを頼もしく思った。ガンモの言葉を聞いた私は、ようやく自分自身を取り戻し、翌日の診察まで揺れない自分でいられたのである。

 そして、とうとうI医師との約束の日を迎えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いよいよI医師との約束の日を迎えました。このあと、私の心情などをお伝えするために、いったんホットヨガの記事を挟んでから診察の様子を書かせていただきますね。

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2008.09.27

映画『幸せの1ページ』

不吉なゴロなんて気にしないの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまで、古い自家用車に乗り続けていたので、ガンモは進化した最近の自動車事情に驚いています。これまで使用していたETCの装置がカングーでは使えないことがわかり、買い換えることになってしまいました。最近の自動車には、電波を遮断するような機能が施されているのですね。また、自動車のキーもスペアキーが作成できないような仕掛けが施されていたりと、セキュリティ面でもいろいろな工夫がなされているようです。古いものを大切にしているうちに、新しい技術について行けなくなってしまうというのは、ちょっぴり寂しいものです。

 国際線の飛行機を利用すると、日本では未公開の映画をいち早く鑑賞する機会に恵まれる。この映画も確か、ロンドンからの帰りの飛行機に設置された個人ビデオで上映されていた。しかし私は、派遣会社の福利厚生サービスを利用してこの映画の前売券を購入しているような気がして、飛行機の個人ビデオで鑑賞したい気持ちを抑えていた。一度に何枚もの映画の前売券を申し込むため、この映画の前売券を購入したかどうか、既に記憶があやふやだったのである。購入した映画の前売券は、いつも財布の中に入れて持ち歩いているのだが、財布の中には海外旅行に持参しても使用することのないものも多く含まれていたため、必要なものだけを別の財布に移し変えて持参していたのである。もちろん、映画の前売券も必要なものではなかったので、日本に残しておいたのだ。

 帰国して財布の中身を調べてみると、私はこの映画の前売券を購入していなかったいことがわかった。それならば、飛行機の中で鑑賞しても良かったのにと、ちょっぴり後悔した。そんな後悔が残っていたかどうかはわからないが、私はこの映画を公開初日に鑑賞することにしたのである。

 自宅で引きこもりを続けている人気作家アレクサンドラと、無人島で自給自足の生活をしている父娘をインターネットの電子メールが結び付ける。もともとの出会いは、アレクサンドラが次なる小説の新しいアイディアを求めて、無人島で生活しているという海洋生物学者に協力を求めて電子メールを送信したことがきっかけだった。無人島でインターネットにアクセスできるという状況も不思議ではあるのだが、そのあたりの事情は厳しく突っ込まないことにしよう。海洋生物学者である父親が不在のため、アレクサンドラが送信したメールを受信したのは、娘のニムだった。そこから面白い物語が展開されて行く。

 まじめな女優さんというイメージのジョディ・フォスターが人気作家アレクサンドラを演じている。今回、彼女が演じた引きこもりの役は、とてもコミカルで笑いを誘う。アレクサンドラの引きこもりはかなりの重症で、ポストに溜まった手紙を取り出すために外に出ることさえ憚(はばか)られる毎日だった。

 実は私にも、アレクサンドラの気持ちが良くわかる。結婚して二年ほど経った頃だろうか。仕事があまりにも忙しいので、コンピュータ業界から足を洗おうと、仕事を辞めて一年ほど自宅で引きこもっていたことがあった。その頃の私は、今のようにアクティヴではなく、せいぜい自宅と近所のスーパーを往復するくらいの生活しか送っていなかった。そのため、久しぶりに用があって、自宅の最寄駅まで自転車で出掛けたとき、人と接触することに恐怖を感じたことを覚えている。ひとたび人と接触することから遠ざかってしまうと、実際にアレクサンドラのように重度の引きこもりに陥ってしまうものなのだ。特に作家という職業は、書くことに専念したいあまり、人を遠ざける傾向にあるので、アレクサンドラが重度の引きこもりになってしまったのも良くわかる。

 そんなアレクサンドラが、ニノから届いたSOSのメールをきっかけに、思い切った行動に出る。あれだけ真剣に引きこもっていたはずの彼女が、ニノを助けるために立ち上がり、ニノのいる無人島まで出掛けて行こうと、出発の準備を整えて旅立つのである。

 ニノと父親の強い絆にも感動する。日本では、夫婦も家族も、存在が近ければ近いほど、直接的な愛情表現を後回しにする傾向がある。しかし、ニノと父親の愛は、まるで恋人同士のように力強く、新鮮だ。そんな強い絆を結んでいる父娘だから、ニノは二人だけの無人島生活を邪魔して欲しくないと思っている。そこに第三者が割り込んで来るのは、本来、不可能なはずなのだが・・・・・・。

 様々な突っ込みどころはあるものの、ほのぼのとした結末が、観客を許容へと向かわせる。そう言えば、ニノ役を演じている女の子を、何かの映画で見たと思っていたら、映画『幸せのレシピ』に登場したアビゲイル・ブレスリンという子役の女の子だった。どちらも「幸せの」という邦題が付いていることから、彼女は大人に幸せを運んで来る役柄なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人と人の絆を結び合わせるために、キューピット役が存在することがありますよね。この映画の中では、ニノがキューピット役だったり、ニノと友好関係を結んでいた動物たちがキューピット役だったりします。キューピット役というのは、本来の道から外れそうになったときに、本来歩むべき道へと軌道修正してくれる貴重な存在なのかもしれませんね。

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2008.09.26

不吉なゴロなんて気にしない

特急スーパーはくと酔いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、ガンモのハッスルぶりは今朝まで続いていました。(笑)四日振りに帰宅して、エネルギーが思わずはじけてしまったようです。ハッスルしたガンモのエネルギーに同調し、それを受け止めるのも母性の一つかなと思い始めています。

 朝から激しい雨が降っていた。いつもは自転車で最寄駅まで出掛けて行く私も、雨があまりにも激しいので、路線バスに乗って最寄駅まで出た。雨は間もなく止むことがわかっていたので、私は心の中で「しめしめ」と思っていた。というのも、今日はありがとう、メルセデスの記事にも書いた通り、我が家にカングーがやって来ることになっていたからだ。せっかくだから、帰りはガンモにカングーで最寄駅まで迎えに来てもらい、それからカングーに乗ってちょっとしたドライブを楽しもう。そんなことを思いながら、ちょっぴりわくわくして仕事に出掛けたのだった。

 カングーの引渡しの状況が気になったので、昼休みにガンモに電話を掛けてみると、ガンモは神戸運輸管理部(陸運局)に居た。カングーを購入した大阪の中古車業者が、私たちの住む市の警察や神戸運輸管理部で手続きを済ませ、代休を取っていたガンモに無事、引き渡してくれたらしい。大阪ナンバーから神戸ナンバーへの変更も終わったというので、ガンモにカングーのナンバーを聞いてみた。ところがそのナンバーは、耳を疑うほど不吉なゴロで構成されたナンバーだったのである。私は、
「いやあ、その番号はいかんだろう? ナンバーって変えてもらえるんだよね? ねえ、変えてもらおうよ」
としきりにガンモに提案した。しかしガンモは、
「俺はゴロが悪くても気にしないから」
と言って、割り当てられた不吉なゴロで構成されたナンバーを変えようとしなかった。

 私の実家の母に言わせれば、今月二十六日まではお彼岸なので、自家用車を購入したりしないほうがいいのだそうだ。そんな掟破りのガンモだから、お彼岸仕様のナンバーを取得してしまったのかもしれない。

 仕事を終えた私は、三ノ宮駅でガンモに電話を掛けて、自宅の最寄駅までカングーで迎えに来てくれるように頼んでおいた。自宅の最寄駅に着いてみると、電話で聞いた不吉なゴロのナンバーのカングーが視界に入って来た。運転しているのはガンモである。赤い車と聞いていたが、車の形といい、色といい、ガンモにぴったりだと思った。ガンモが惚れ込んで購入した車だから、既にガンモとの間にパートナーシップが生まれているようにも思えた。私はというと、単に赤い車と聞いて、あまり好感が持てないでいたのだが、ガンモが運転する姿を見て、ガンモとの相性が抜群に良い車だと実感した。助手席に乗り込んでみると、座り心地も良く、とても快適だった。ガンモほどではないが、私もこのカングーとやらが気に入った。

 ガンモと二人で外食したあと、私の実家の母に電話を掛けて、カングーが来たことと、驚くべき不吉なゴロのナンバーを報告したところ、母はすっかり落ち込んでしまった。そもそも、お彼岸に自家用車を購入したということに加え、購入したその日がまだお彼岸だというのに、早くも乗り回していることが母には信じられないことだったらしい。それに加え、不吉なゴロのナンバーでダブルパンチを与えてしまったようだ。私は、親孝行の意味も含めて、再びガンモに、
「ねえねえ、やっぱりナンバーを変えてもらおうよ」
と提案した。しかしガンモは断固として、
「このままでいいから」
と言い張った。

 私がナンバーを変えてもらうことをしきりに勧めていると、ガンモは、
「せっかくこのナンバーを割り当ててもらったのに、俺がこのナンバーを却下したら、このナンバーはこれから先何年も使われなくなってしまうだろ? それじゃあ、このナンバーが生まれて来た意味がないじゃん」
と言った。私はガンモの言い分に、「なるほど、それも一理ある」と納得した。与えられた苦い状況に対し、逃げることよりも受け入れることのほうが難しい。ガンモは、この不吉なゴロのナンバーを気にすることなく、受け入れるつもりなのだ。更にガンモは続けた。
「それにこのナンバー、覚え易いからすぐ覚えたよ。俺は、不吉なゴロなんて気にしないから」
いやはや恐れ入った。生き方として、自然に割り当てられたナンバーを使用し続けるほうが好感が持てる。少なくともこの一件で、ガンモは自然に割り当てられた不吉なゴロのナンバーに対して臆病者ではないということが証明されたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 数字のゴロ合わせで文章が綴れてしまうこともあるものですから、余計に想像力を掻き立てられてしまうのですよね。もしも自家用車の持ち主に、出来上がったゴロ通りの出来事が起こるのだとしたら、出来上がったゴロによって、暗示が掛かってしまうのでしょうかね。仮にそうだとすると、ゴロ合わせの数字そのものにエネルギーが宿っているわけではなく、ゴロ合わせした数字を題材にして、自分自身でイマジネーションを膨らませることで、少し先の未来をイメージして実現させたことになりますよね。すなわち、決してゴロ合わせの数字に罪があるわけではなく、ゴロ合わせした数字をどのように生かして行くかが重要なのでしょうね。ガンモは、ゴロ合わせの数字をネガティヴな方向に生かさないように、イメージしないと宣言しているのだと思います。

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2008.09.25

特急スーパーはくと酔い

ホットヨガ(一二〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m かつては、いろいろな支店の雰囲気を味わいたくて、京都のスタジオに出掛けたり、名古屋のスタジオに出掛けたりしていました。そう言えば、最近はあまり遠征していませんね。また、ガンモと一緒に京都あたりのスタジオに遠征したいものです。もちろんガンモには、私がレッスンを受けている間、どこかで時間を潰してもらうことになるのですが。(笑)

 ガンモが鳥取出張から帰って来る。特急スーパーはくとに乗って、二十時半過ぎに三ノ宮駅に着くのだ。私は十八時半過ぎにそそくさと仕事を上がり、予定通り、ガンモが特急スーパーはくとに乗車したことを確認すると、ご飯を食べて買い物を済ませてから三ノ宮駅へと向かった。

 三ノ宮駅のホームで待っていると、ガンモの乗った特急スーパーはくとがホームに入って来た。いつもは新快速列車が発着し、私たちも通勤に利用しているホームである。新快速列車は十二両編成なので、ホームの端から端までいっぱいに停車するものだが、五両編成の特急スーパーはくとは、ホームに入って来ても、最後尾の車両がホームの中ほどに位置していた。

 降りて来た人たちの中から、懐かしい人を見付けた。ガンモである。ガンモが鳥取出張から帰って来たのだ。私は声をあげながら、ガンモの元へと駆け寄った。しかし、四日振りの再会に歓喜する私に対し、ガンモは何だか元気がない。
「お帰り。出張お疲れさん。どうしたの?」
と尋ねると、
「ただいま。列車に酔った」
と言う。特急スーパーはくとは、振り子のように揺れながら走行を続けるため、ガンモが三ノ宮駅に着く頃にはすっかり酔ってしまったらしい。
「おいおい、大丈夫?」
と言いながら、私たちはそのあとやって来た新快速列車に乗り込み、途中で各駅停車に乗り換えて帰宅した。その頃にはガンモの酔いも覚め、すっかり元気を取り戻していた。

 帰宅して一緒にシャワーを浴びると、ガンモは更にむくむくと元気になった。さっきまでの元気のなさはどこへやら。それからあとのことは、皆さんのご想像にお任せすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 出張などで何日か振りにガンモと顔を合わせると、ガンモの顔がいつもと違って見えるのです。どのように違って見えるかと言うと、いつもよりも、表情がはっきりとして見えるのですね。それは単に、私がガンモの顔をじっくりと見ようとしているだけかもしれませんが・・・・・・。(笑)とにかく、四日間の鳥取出張を終えて、ガンモが無事に帰って来ました。

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2008.09.24

ホットヨガ(一二〇回目)

映画『落語娘』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 師弟関係を結ぶと、私生活まで共にして、師匠の身の回りの世話をするものなのですね。いやはや厳しい世界であります。好きなことを職業にするというのは、仕事とプライベートの区別をなくすということなのでしょうか。オフィスで働いている私には考えられないことであります。でも、惚れ込んだ師匠ならば、仕事もプライベートも関係なく、「師匠、あなたについて行きます!」となるのでしょうね。

 ガンモが出張でいない休日は、ホットヨガのレッスンに限る。お彼岸の時期になると、数日間に渡り、大阪の四天王寺で大師会(だいしえ)という骨董市が開催されている。ようやく雨も上がったので、大師会に足を運ぶため、久しぶりに南森町店の予約を入れた。南森町から四天王寺までは、地下鉄で一本で移動できるからだ。南森町店と言えば、かつては自宅の最寄駅からJRと地下鉄を乗り継いで通っていたものだったが、ここ最近はJR東西線(脱線事故のあったJR福知山線と繋がっている路線)に乗り、大阪天満宮で降りている。

 私が予約していたのは、十一時から開催される七十五分のパワーアクティブコースのレッスンだった。南森町店を選んだのは、四天王寺大師会に足を運ぶのに便利な場所にあったことも理由の一つだが、午前中のうちにパワーアクティブコースのレッスンを受けられることも理由の一つだった。

 私が南森町店でレッスンを受けたのは、世間では平日の月曜日だった。私はこの日に有給休暇を取得し、四連休にしていたのである。平日のレッスンだからだろうか。ロッカールームに足を運んでみると、常連さんたちが集まってにぎやかに話をされていた。サウナでもそうだが、度々顔を合わせる女性たちは群れを作りたがる。時として、その群れから外れた人たちは、疎外感を感じることもある。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、天井の低い南森町店のスタジオの感触が蘇って来た。そう、南森町店のスタジオの天井はとても低いため、熱がこもり易いのだ。レッスンを担当してくださったインストラクターは、ベテランインストラクターだった。淡々とした口調でレッスンを展開してくださったのだが、マニュアル通りのレッスンではなく、自分なりのレッスンを創造しているかのようだった。

 途中で何故か「ためになる話」のコーナーがあり、インストラクターは、運動をしている人としていない人では、筋力の衰え方が違うという話を聞かせてくださった。運動をしていると、ある程度、筋力の衰えを防ぐことができるという。筋力は加齢とともに衰えて来るそうで、四十代半ばで下降し始め、六十代になると急下降してしまうのだそうだ。六十代の人の筋力は、幼稚園の子供と変わらないという。筋力は、まず、足から衰えて来るそうだ。そのため、インストラクターは足三里のツボを教えてくださった。このツボを刺激することで、足を強化することができるという。

 南森町店で受けたパワーアクティブコースのレッスンは、神戸店で受けたパワーアクティブコースのレッスンとは若干メニューが違っていて面白かった。例えば、ラクダのポーズ鳩の王様のポーズなど、初めて取るポーズも盛り込まれていてとても新鮮だった。また、インストラクターがレッスンを創造しているので、レッスン全体がオリジナリティに溢れていた。

 七十五分のレッスンを終えて、シャワールームに直行した。南森町店はシャワールームが七つしかないので、シャワー待ち行列に並ぶことになる。私は最後尾に並び、順番待ちをしていた。先にシャワーを終えた人が私に
「どうぞ」
と言ってくださったのだが、彼女は何と、下着も着けずにバスタオルで身体を覆ってシャワールームから出て来た。他の支店のようにシャワールームの数が多ければ、シャワールームで下着を着けてロッカールームに移動するものだ。しかし、シャワールームが七つしかない南森町店では、少しでも早く次の人にシャワールームを明け渡すことができるように、下着を着けるのはロッカールームでという暗黙の了解が成立しているのだろう。私は、最後尾に並んで良かったと思った。

 以前も書いたが、南森町店のシャワールームには椅子が付いている。それが何とも新鮮なので、今回もついつい写真を撮ってしまった。以前、撮影したときは古い携帯電話に付属のデジタルカメラを使ったので、画像も不鮮明だったことだろう。今回撮影した写真で、雰囲気は伝わるだろうか。

椅子が付いている南森町店のシャワールーム

 シャワーを浴びるのが一番最後だったので、私は他の人たちに気兼ねすることなく、ゆっくりとシャワーを浴びた。その後、メイク台に移動して髪の毛を乾かしてメイクしたのだが、すぐ側に座っていた常連さんたちの会話が耳に入って来た。驚いたことに、彼女たちはインストラクターのことを「○○先生」と呼んでいた。そう言えば、レッスンを終えて出て行く人たちも、インストラクターに頭を下げて出て行った人が多かった。常連さんの一人が、
「明日の○時からは△△先生のレッスンやったからキャンセルしてん」
と言っている。どうやら南森町店では、どのインストラクターがどのレッスンを担当するかがどこかに発表されているらしい。つまり、レッスンを受ける人たちはインストラクターを選ぶことができるというわけだ。それはある意味、インストラクターにとってはシビアな状況かもしれない。何故なら、インストラクターとしての人気が数字として現れてしまうからだ。しかし、そうしたシビアな状況を作り出すことによって、インストラクターとしての質も高まって行くのかもしれない。

 こうしてたまに他の支店に足を運んでみると、いつも足を運んでいる神戸店では味わえない新しい発見がある。特に今回は平日のレッスンだったので、常連さんたちの会話を耳にすることができた。インストラクターを「○○先生」と呼んでいることからも、インストラクターとレッスンを受けている人たちとの距離感が微妙に異なっているように思えた。もしかすると、南森町店のインストラクターが「○○先生」と呼ばれているのは、インストラクターの担当レッスン予定表を公開することにより、競い合って高められた技術の賜物かもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おそらく、南森町店に通っていらっしゃる方たちが神戸店に足を運ぶと、違和感を感じることでしょうね。神戸店のスタジオには、平等でアットホームな雰囲気が漂っています。ただ、南森町店のレッスンを受けていらっしゃる方たちから学ぶべきことは、インストラクターに対する敬意でしょうか。時間の都合や体調などの関係で、レッスンの途中で退出してしまう人も中にはいるのですが、インストラクターにあいさつもせずに出て行く人もいます。南森町店では、例えレッスンの途中で退出するにしても、ほぼ全員がインストラクターに頭を下げてあいさつをしていました。学ぶべきところは学び取りたいものです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.23

映画『落語娘』

待機モードと発信優先モードの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。特に狙ったわけでもないのに、絶妙なタイミングで電話を掛けているのがおかしいですよね。監視カメラで見ているとしても、絶妙なタイミングを狙うのは難しいと思います。気持ちがシンクロしていると、実に興味深いことが次々に起こるものなのです。(笑)さて今回も、二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただきたいと思います。

 この映画は、「どうしても観たい!」という情熱を持って映画館に足を運んだわけではない。加入しているシネマポイントカードの会員サービスデーに映画を千円で観られるので、せっかくだから何か観たいと思い、単に予告編を観て知っているという理由だけで鑑賞に臨んだのだのである。ところが、これが大当たりだった。

 『落語娘』というからには、落語好きの女性の話だろうと思っていた。実際、その通りだった。しかし、この映画はそれだけでは終わらない。鑑賞し終わってみると、むしろ『落語娘』というタイトルに違和感を覚えてしまうくらいだ。メインで描かれているのは、落語界の師弟関係である。しかも、落語娘が弟子に付くのは、落語界の異端児と呼ばれ、他の落語仲間からはちょっぴり馬鹿にされている平佐師匠である。落語好きの落語娘であり、平佐師匠の一番弟子である香須美を映画『この胸いっぱいの愛を』のミムラが演じ、平佐師匠を津川雅彦さんが演じている。

 最近では、これまで男性ばかりだったタクシーやバス、鉄道の運転士さんとして、女性が活躍されている姿を目にすることが多くなった。しかし、この映画を観ていると、現代のように男女平等が叫ばれる中にあっても、伝統的な世界においては、女性の敷居はまだまだ高いのだということを改めて痛感させられた。もちろん、女性が実績を上げていない世界なので、仕方のないことなのかもしれない。しかし、そのために、女性が活躍できるチャンスがますます少なくなるという悪循環を生み出してもいる。

 もともと香須美は、落語界においては、平佐師匠以外の師匠を憧れの師匠としていた。しかし、憧れの師匠に弟子入りを申し込んだところ、女性だからという理由で香須美の落語を過少評価されてしまう。そのやりとりを見ていた平佐師匠が香須美を一番弟子として受け入れ、めでたく師弟関係が成立したというわけである。しかしこの平佐師匠、弟子である香須美に借金を申し入れるほど落ちぶれてしまっている。落語に対する情熱が失われてしまっているのだ。そんな平佐師匠のところへ、「緋扇長屋」という呪われた噺(はなし)を演じる話が舞い込んで来る。何でもその噺を選んだ落語家は、上演中に相次いで謎の死を遂げたとか。平佐師匠は、汚名返上のためにテレビの生中継でその呪われた噺を上演することになる。

 男女の愛でも、途中で挫折しそうになりながらも貫く愛は、最後に大きな感動を与えてくれる。離れてしまってもなお、再び引き寄せられ、自分の進むべき道を見出すところに感動が生まれるのだろう。香須美と平佐師匠も、互いに距離が近くなったり遠くなったりする。ああ、もうこれで師弟関係もおしまいにすると言い放っても、これまで築き上げて来た師弟関係は、そう簡単には崩れない。人間とは本来、そういうものではないだろうか。むしろ、これまで築き上げた関係を解(ほど)こうとすることのほうが不自然なのだ。

 後半の流れは、まるで怪談のような噺「緋扇長屋」に強く惹き付けられる。平佐師匠演じる津川雅彦さんの語り口が実にいい。まるでプロの噺し家の落語を聞いているみたいだ。年齢を重ねると、間の取り方がうまくなる。若い俳優さんには、あの絶妙な間は作れまい。何気ない言葉が生き生きしているのだ。あんなふうに年を重ねることができるのなら、これから年を重ねて行く楽しみが増えるというものだ。年を重ねることは、決して若さを失ってしまうだけではなかったのである。

 今、目の前にある「もういやだ」という状況は、もしかしたら、これから先の絆を深めて行くために起こっているのかもしれない。それを、「もういやだ。おしまいにする」という方向に転ばせてしまうのはもったいないではないか。次なるステップに進むときは、痛みを伴うことが多い。その痛みを正面から受けて立つことができるような、元気の出て来る映画だった。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ほんの軽い気持ちで鑑賞し始めたのに、思わぬ感動を与えてくれました。この映画を鑑賞し終わって、「大物とは?」ということについて考えてみました。それは、単に流れに沿うだけでなく、これまでとは反対の流れにも沿うことのできる人物だと感じました。そういう意味では、憧れの師匠に逆らった香須美も、逆らった香須美を受け止めた憧れの師匠も大物であると言えます。反発されて相手と距離を置いてしまうようでは、大物にはなれませんね。(笑)

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2008.09.22

待機モードと発信優先モード

ホットヨガ(一一九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 土曜日はガンモが深夜まで仕事だったので、レッスンのあと、映画を二本鑑賞して帰りました。しかも、土日と平日の限られた時間帯だけ使用できる大阪までの回数券の使用期限に当たっていたので、一本目の映画は三宮で鑑賞し、二本目は大阪で鑑賞しました。たまたま大阪のミニシアター系映画館で使用できる映画の鑑賞券も手元にあったので、一石二鳥でありました。

 今日は休日を挟んだ月曜日。私は有給休暇を取って四連休にしている。ガンモはと言うと、早朝から起き出して、鳥取まで出張に出掛けてしまった。木曜日まで帰って来ない。家の中がガランとしていて寂しい。夫婦二人だけの生活というのは、こういうときにダメージを受ける。先週、私が実家に帰っていたときも、ガンモは一人で寂しくしていたはずなのだ。

 今回の鳥取出張が決まったとき、
「私は有給を取って四連休にしているし、最初の二日間だけでもガンモと一緒に鳥取に行こうかな」
と言ってみた。以前もガンモの滞在する鳥取のホテルに押しかけて、ガンモの宿泊しているシングルの部屋を私が滞在する期間だけダブル扱いに変更してもらったことがある。しかし、今回はそのときと同じホテルには宿泊しないそうだ。

 というのも、最近、ガンモの会社では出張費の精算が法人カードの決済に切り変わったのだそうだ。そのため、温泉の設備のあるホテルに宿泊すると、入湯税だけ別扱いで処理することになるため、手続きがややこしくなってしまうのだという。また、以前は私が宿泊した分を差し引いて、シングル料金のみの金額を会社に申請していたのだが、法人カードの決済に切り変わってしまったため、私の分だけ別会計にしてもらうのに手間が掛かってしまうという。おまけに、せっかく鳥取に行ったとしても、私が宿泊できるのはわずか一泊だけである。その一泊のためにガンモの手を煩わせるくらいならと、私は自宅に残ることにしたのである。

 離れ離れになると、ついつい携帯電話で会話する回数が多くなる。私からガンモに掛ける携帯電話の通話料は無料なので、今日は何度も何度もガンモに電話を掛けているのだが、ガンモと電話が繋がる度に、
「俺のこと見てたの?」
とガンモに驚かれている。どうやら私がガンモに電話を掛けるタイミングがいつも絶妙らしく、例えば、ガンモが私に電話を掛けようと思って携帯電話を手にした直後に掛けたりしているのだそうだ。また、今日に限らず、私が残業などで帰宅時間が遅いときでも、ガンモが先に帰宅してくつろぐためにパソコンの前に座った直後に電話を掛けることがあるらしい。そのため、私からの電話を受けたガンモは、
「絶対、監視カメラか何かで俺のこと見てるだろ?」
と興奮気味に語るのだった。

 互いの気持ちがシンクロしているときは、このようなことも当たり前に起こる。しかし、たまに喧嘩をしたりすると、私にはガンモが何を言っているのか聞き取れなくなってしまうことがある。ガンモと電話で話しをしていても、
「え? 今、何て言ったの? 聞き取れないよ」
と連発することになるのだ。これはおそらく、喧嘩をすると、自分の主張したい気持ちを優先させる発信優先モードに切り替わるため、相手の言葉に耳を傾ける待機モードで動作していないからだろう。

 また、気持ちがシンクロしていないときは、電話で話をしている最中に、互いに言葉を発するタイミングが重なってしまい、会話が成り立たないこともある。不思議なことに、そういうときは、一呼吸置いたあとに発する言葉さえも重なってしまう。つまり、こちらも発信優先モードになっているために、一呼吸置いたとしても何か言いたい気持ちが変わらないのだろう。

 絶妙なタイミングで繋がる電話とは、相手が待機モードに入っている一瞬の隙を突いて繋がる電話のことなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 夫婦二人だけで生活している家から一人がいなくなると、寂しいものです。いつも当たり前のように聞こえている、ガンモが床をペタペタと歩く音、コーヒーを飲むためにスプーンとコップをこすり合わせる音が聞こえません。ガンモの不在により、私たちはこの家にたった二人で住んでいるのだなあと改めて実感しています。

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2008.09.21

ホットヨガ(一一九回目)

映画『百万円と苦虫女』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m こうして、二週間ほど前に鑑賞した映画をじっくりと振り返ってみるのもいいものですね。実は、まだまだたくさんの映画を鑑賞しています。もしかすると、既に公開が終了している映画もあるかもしれませんが、今後もよろしくお付き合いくだされば幸いです。

 土曜日の午前中は、神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。土曜日はパワーアクティヴコースのレッスンが開催されていない上に、やはり午前中のうちにレッスンを受けてから一日を始めたいことから、これまで通り、九十分のベーシックコースのレッスンを選んだ。

 受付には、吉本興業のインストラクターが立っていた。彼女がインストラクターの服を着ているので、これからレッスンを担当してくださるのかと思って尋ねてみると、彼女は一日中、この格好をしているのだという。彼女の担当するレッスンは、夕方の最終レッスンということなので、これから夕方までずっとインストラクターの服を着たまま過ごすらしい。相変わらずユニークなインストラクターである。

 実際にレッスンを担当してくださるのは、吉本興業のインストラクターの隣に立っていた別のインストラクターだった。彼女のレッスンは、これまでにも何度か受けたことがある。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、二十二枚のヨガマットが敷かれていた。しかし、そのうちの二枚は使用されなかったので、実際には二十名の参加者でレッスンが行われたことになる。インストラクターは、私が参加しているこのレッスンが、今日一日の中で最も人数の多いレッスンだとおっしゃった。私と同じように、午前中のうちにレッスンを受けて一日を始めたい人たちがたくさん集まっているのだろう。

 途中、遅れて来られた方がいたのだが、彼女がスタジオに入って来ると、インストラクターがヨガマットを手早く一枚片付けた。一体何事だろうと思いながら鏡越しに見守っていると、遅れて来られた方は、丸めて持参したご自分のヨガマットを遠慮がちにクルクルと床の上にほどいているのだった。ホットヨガの会員になって丸二年経つが、ご自分のヨガマットを持参してレッスンに参加されている方に初めて出会った。

 確か、会員の属性として、ヨガマット使用料込みの会員になるかどうかのチェックがあったはずだ。私も含めてほとんどの人たちが、ヨガマット使用料込みの会員のはずである。しかし、ご自分のヨガマットを持参されているその方は、ヨガマット使用料込みの会員ではないのだろうか。わざわざご自分専用のヨガマットを持参されているということは、衛生面を気にされているのかもしれない。確かに、ホットヨガのレッスンは、ヨガマットの上にも汗をかくので、ご自分専用のヨガマットでレッスンできたほうが気持ちがいいのかもしれない。とは言うものの、レッスンを受けるときはヨガマットの上にバスタオルを敷いているので、これまでさほど気にしていなかった。

 実は、私も自分専用のヨガマットを持っている。派遣会社の健康保険組合のポイントを貯めてもらったヨガマットと、通販で購入した岩盤浴のできるヨガマットがそれぞれ一枚ずつある。それらのヨガマットを使って自宅でレッスンをしたいと思ったこともあったのだが、物が多くてスペースを確保できないため、なかなか実践できないでいる。

 かと言って、自分専用のヨガマットを持参してレッスンに通う気にもならない。「自分専用のヨガマットまで持参すると、荷物が増えて大変だ」というのが一番の要因である。荷物を増やしてまでもご自分専用のヨガマットを持参されているということは、電車ではなく、自家用車でレッスンに通っていらっしゃるのかもしれない。ご自分専用のヨガマットを持参されている方に出会ったというだけで、様々な想像を膨らませてしまった。

 今回も、レッスンでたくさんの汗をかいた。パワーアクティヴコースのほうが汗をたくさんかくのではないか、などと思っていたが、やはり九十分のベーシックコースも引けを取らない。レッスンを終えてシャワーを浴びるときに、レッスン中に着ていたTシャツを絞ってみることにした。これまでにも何度かTシャツを絞ってみたことはあるが、今回が最もたくさんの汗が出て来た。数回絞ってもまだ雫がこぼれて来たからだ。私は、雑巾を絞るようにTシャツを絞った。

 ところで私は毎回、ホットヨガのレッスンを受けたあと、シャワーを浴びるときは、自分で持参したシャンプー、リンスを使用している。実は現在、ホットヨガのシャワールームには、新製品の紹介なのか、とあるシャンプーとコンディショナーのサンプルが設置されている。それらは自由に使って良いということなので、私は思い切ってそのサンプルを試用してみた。そして驚いたのだ。以前も書いたように、私は化学物質の含まれていない自然なシャンプーを愛用している。今回、シャワールームに設置されていた新製品のシャンプーを手に取って頭に付けたとき、化学物質に対する抵抗感が生まれた。つまり、そのシャンプーは天然の素材で作られてはいなかったということだ。その化学物質に、私の身体が反応したというわけである。おそらく、自然なシャンプーに身体が慣れてしまっていたせいだろう。

 シャワーを浴びたあと、着替えを済ませてロッカーの鍵を受付に返しに行くと、まだ0ポイントのインストラクターが立っていた。彼女がまだ一度も私のレッスンを担当してくださったことがないことを他のインストラクターに話すと、既に何ポイントも獲得されているインストラクターは、とても珍しがっていた。0ポイントのインストラクターは、平日の夜のレッスンを担当されることが多いそうだ。なるほど、私は限られた日しか夜のレッスンに参加することができないので、彼女のレッスンを受ける確率が少なかったというわけだ。0ポイントのインストラクターが1ポイントを獲得されるとき、どんな感動が沸き起こるのか、今からとても楽しみである。他のインストラクターも既に巻き込んでしまったので、何だか大騒ぎになりそうな予感がしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ご自分専用のヨガマットを持参されている方を見ていると、ああ、私たちとは違うのだなあと実感してしまいました。ご自分専用のヨガマットを持参されたというだけで、その方がセレブに見えてしまったのですね。(笑)

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2008.09.20

映画『百万円と苦虫女』

ありがとう、メルセデスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 改めまして、残暑お見舞い申し上げます。(苦笑)九月も下旬だというのに残暑が厳しいですね。真夏日のような強い日差しを受けながら、ふらふらと歩き回っていました。さて今回は、またしても二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただくことにします。

 この映画は、蒼井優ちゃん演じる主人公の鈴子が、ひょんなことから警察沙汰にまで発展する事件を起こして前科者になってしまい、自分を知る人のいない土地で仕事を見付けては、前科者であることが周りにばれてしまう前に百万円を貯めて次なる仕事を転々とするというロードムービーだ。百万円あれば、とりあえず部屋を借りることができて、次の仕事が見付かるまで何とかやりくりできるだろうという目論見らしい。

 鈴子が行く先々で出会う人たちは、鈴子に対してとても好意的に接してくれる。しかし、鈴子には自分が前科者であるという負い目があり、人との距離をうまく形成することができない。親しくしても、自分が前科者であることを告げてしまえば、相手に迷惑が掛かってしまったり、また、せっかく築き上げた関係が崩れてしまうことを恐れているのだ。

 鈴子が行き着いた先では、鈴子に対して一方的に想いを寄せる男の子がいたり、村長をはじめ、村人たちが鈴子を桃のキャンペーンガールに抜擢しようとしたりと、鈴子の気持ちを無視したところで勝手に周りが動くという、一方通行の心地悪さが描写されている。

 そんな一方通行の経験を経て、ようやく双方向の関係を結ぶことができたのが、アルバイト先のホームセンターで知り合った大学生の中島である。どういうわけか、鈴子は中島にはいろいろなことを構えなく話せてしまう。そうそう、心地良い恋愛の始まりとはこんなものだということを思い出させてくれる展開である。前世からの続きを生きている私たちは、常に前世で形成した心地良い関係を継続させることができる。相手が出会って間もない魂の場合はまだぎこちなく、既に慣れ親しんだ魂であれば親しさが一気に増すのである。

 そこからは、鈴子と中島の恋を静かに見守るモードに入る。鈴子は中島と出会った今回の土地でも、百万円貯めたら出て行ってしまうのだろうか。そんな心配をしながら、スクリーンに釘付けになる。途中で腹を立てたりもするのだが、意外な結末に驚き、「やられたあ!」と思う。

 もう一つ、この映画には鈴子と対照的な立場として、鈴子の弟の存在がある。前科者であることが周りの人にばれないうちに次なる仕事を求めて転々とする鈴子に対し、学校でいじめを受けているにもかかわらず、環境を変えようとしない弟。つまり、ざっくばらんに言ってしまえば、問題から逃げ回る鈴子と逃げない弟という対比である。最初のうちは、それほど仲はよろしくないのではないかと思われる姉弟だが、鈴子が家を出てから手紙を交換するようになり、お互いの心の距離が縮まって行く。特に、弟から届いた手紙を読みながら鈴子が号泣するシーンは圧巻である。台詞はなくても、鈴子が何を感じて泣いているのか、手に取るようにわかってしまうからだ。弟は、鈴子にとっての良き鏡だったのである。

 レビューを書くにあたり、二週間ほど前に鑑賞した作品を振り返ってみて、実に良く出来た作品だと改めて感動した。このような見ごたえのある作品がミニシアター系の映画館でひっそりと上映されているのはとても残念なことである。だからせめて、ミニシアター系映画館に通うことのできない人たちがDVDで鑑賞することができるように、この映画を強く推薦しておきたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画は女性監督の作品のようです。人はそれぞれ何か役割を持って存在しているということを思い出させてくれる映画でありました。そう考えると、鈴子が前科者になってしまったことも、鈴子を成長させるために起こった出来事だったととらえることができます。現実では、自分の身の回りで起こっている出来事にどのような意味があるのか、なかなかすぐには結び付けることはできませんが、客観的な立場から映画を鑑賞することで、現実にも応用できたらいいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.19

ありがとう、メルセデス

ホットヨガ(一一八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m パワーアクティヴコースのレッスンで挫折しなかったことで、ちょっぴり自信がつきました。とりわけ、夜のレッスンはできるだけ早く帰宅したいものなので、九十分よりも七十五分でたっぷりと汗をかくことができるほうが効率がいいのです。今後、水曜日の定時退社日は、毎回、パワーアクティヴコースに挑戦することになるかもしれません。

 我が家の自家用車は、ガンモの会社の同僚から、カーナビ付きをわずか三十万円で譲り受けた一九八八年製のメルセデス・ベンツ 190Eだ。ベンツは維持費が掛かると言われていたが、ガンモは自分でメンテナンス用の洋書を買って、わかる範囲でせっせとメンテナンスを行っていた。

 今年は特に義母のことで何度も何度もガンモの実家を往復したため、190Eの活躍する機会が多かった。そのためだろうか。サスペンションという機能が衰えて来て、車体が揺れる度にギシギシと音を立てるようになってしまった。おまけに不注意から、土手のコンクリートに思い切りぶつけて、側面に派手なすり傷を作ってしまった。

 私たちの190Eは、前の持ち主より譲り受けてから、既に十年近く経過していた。前の持ち主もまた、別の持ち主から譲り受けた車だったという。ガンモは、三十万円で購入した車に、クーラーの修理も含めてたくさんの修理費をかけて修理するか、別の車を購入するかでしばらく悩んでいた。その結果、もう充分乗車したので、廃車にして手放すことに決めたのだった。

 廃車にするとなると、次なる車を探さなければならない。もちろん、次回も中古車狙いだ。ガンモには既に心に決めた車があったようで、
「ルノーのカングーにする」
と宣言した。ルノーと言えば、フランスの車である。私は、
「フランスの車が欲しいなら、パリに行ったときに、路上で売ってたじゃん。あれを買えば良かったのに」
などと言って笑った。パリでは、路上の駐車場に停めている車に、車の情報や連絡先を書いた紙を貼り付けておき、中古車の売買に役立てているようだった。ガンモは、
「パリで見付けたとしても、輸送量が高いでしょ」
と苦笑いした。

 ガンモが欲しいと言うルノーのカングーは、フランス車ではあるものの、右ハンドルだと言う。これまで乗っていたメルセデス・ベンツの190Eは左ハンドルだったので、日本で乗るのは危ないと感じていた。というのも、交差点で右折するときに、向こうからやって来る車の状況が左ハンドルの座席からでは把握し難いからだ。そのため、右側の助手席に乗っている私が道路状況を確認し、左側の運転席にいるガンモにオーケーサインを出すことが多かった。このように、左ハンドルの車は、一人で運転するには危険な車だと感じていたのだ。

 いつもはのんびりと行動するガンモが、今回はてきぱきと行動し、平日が休みのある日、わざわざ大阪まで出掛けて行って、お目当てのカングーを購入予約して帰宅した。ガンモはそのカングーをインターネットで見付けて、居ても立ってもいられなくなったらしい。私は、ガンモと一緒に次なる自家用車を選べなかったことにちょっぴり腹を立てた。何色の車を購入予約したのかと尋ねてみると、赤だと言う。赤は私の好きな色ではないのに・・・・・・。
「最初は青を買おうと思って行ったんだけど、あんまりいい色じゃなかったから赤にしたんだよ。でも、赤がかわいいから」
とガンモは言う。青も私の好きな色ではなかったが、赤よりはまだ好感が持てる。しかし、その青が、思っていたような色ではなかったので、赤に決めたのだという。私は、ガンモが「かわいい」と言うならまあいいかと思い直した。

 念願のカングーを購入予約したガンモは、マンションの管理組合の組合長さんに対し、車庫証明を申請した。そして、市役所の出張所まで出掛け、印鑑証明を取得した。いつもは消極的なガンモも、欲しいものを目の前にすると、積極的に動き回ることができるようだ。また、190Eのときと同じように、ガンモはメンテナンス用の洋書を注文したり、カングーの歴史が書かれた本を購入したりもしていた。そして、まるでうれしいため息でも吐くかのように、ことあるごとに
「カングー!」
と連発している。

 さて、今日は九年余りお世話になったメルセデス・ベンツ190Eとのお別れの日だった。代休を取っていたガンモは、午後から支度を整え、190Eに残っていた荷物をすべて運び出したあと、以前、ビックリカーの解体をお願いした解体業者のところへと向かった。ビックリカーの解体をお願いしたときは、こちらがお金を払って引き取っていただいたのだが、今回は自動車部品として再利用されるからなのか、五万円で引き取ってくださったそうだ。

 かつてビックリカーを手放したときは、かなりしょげ返っていたガンモだったが、今回は次なるカングーへの想いが強いからだろうか。早くも立ち直っている。

 ちなみに、カングーが私たちのところに届くのは、来週の予定である。私はガンモに尋ねてみた。
「ねえ、車もそうだけど、奥さんも新しいほうがいいの?」
するとガンモは、
「そりゃあ、新しいほうがいいだろう」
と言い切った。何だ、それ。悔しいので、私はツインソウルの名前を口にしながら、
「私は古いほうがいいなあ」
と言ってみたが、あまり説得力はなかった。

 来週、ガンモは代休を取る日に、大阪までクーラーの効く赤いカングーを迎えに行くそうだ。そのときのガンモの興奮ぶりは、また後日お伝えすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確か、ビックリカーの解体をお願いしたときは、いくらかお金を支払いました。今回は、反対に五万円で引き取ってくださったのですが、自動車部品が再利用されるという安心感があるからでしょうか。ビックリカーを手放したときのようなむなしさがありません。私たちの190Eが、別の車の中で息を吹き返して生き続けてくれることを願います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.18

ホットヨガ(一一八回目)

映画『デトロイト・メタル・シティ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私は、デスメタルという分野の音楽をあまり良く知らないので、悪魔系のキャラクターと聞いて、すぐに聖飢魔II(せいきまつ)を思い浮かべました。もしかしたら、聖飢魔IIのデーモン小暮閣下も、本当はポップミュージシャンを目指していたとしたら面白いですよね。(笑)

 先週の水曜日は、月に一度の定時退社日だった。水曜日と言えば、ホットヨガ神戸店の隣にある映画館で、男女問わず誰でも千円均一の水割り(すいわり)デーが開催されている。しかし、私は既にその映画館で上映されている作品をほとんど鑑賞してしまっていたので、ホットヨガのレッスンを受けることにした。

 予約を入れる段階になってはたと気が付いたのだが、水曜日の夜に行われている私が参加できそうなレッスンは、九十分のベーシックコースのレッスンはなく、七十五分のパワーアクティヴコースのレッスンだった。なるほど、この時間帯は、かつて脂肪燃焼コース2のレッスンが開催されていた時間帯である。そのため、現在は脂肪燃焼コース2のレッスンの替わりに誕生した七十五分のパワーアクティヴコースのレッスンが開催されているのだ。

 パワーアクティヴコースというと、四ヵ月前に参加して、あまりにもレッスンがきついために挫折してしまったレッスンである。今回、思い切って久しぶりにパワーアクティヴコースのレッスンを受けることに決めたものの、果たしてレッスンについて行けるのだろうかとちょっぴり不安を感じながらもレッスンに臨んだ。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、いつもお話をさせていただいているインストラクターだった。インストラクターは、私がしばらく九十分のベーシックコースのレッスンを受けていることをご存知だったので、今回、私がパワーアクティヴコースのレッスンを受けることに対し、とても珍しがっていた。

 レッスンの参加者は十五名だった。平日の夜にしては多いほうだと思う。参加するレッスンが異なると、レッスンに参加している人たちの顔ぶれも違って来るのが面白い。

 四ヵ月振りのレッスンとなったため、パワーアクティヴコースではどのようなポーズを取っていたのか、最初のうちはなかなか思い出すことができなかった。しかし、パワーアクティヴコースのレッスンは同じポーズの繰り返しが多いため、レッスンを重ねるにつれて、少しずつポーズを思い出すことができた。驚いたのは、出て来る汗の量がとにかく半端ではなかったことだ。九十分のベーシックコースのレッスンでさえ、かなりの汗をかいていたというのに、九十分よりも短い七十五分の間に、九十分のベーシックコースのレッスンでかく汗のおよそ一.五倍もの汗をかいたように思う。

 四ヶ月前にレッスンを受けたときは、身体がなまっていたせいか、激しい疲れを感じて挫折してしまった。しかし、九十分のベーシックコースに戻ってしばらくレッスンに身体を馴染ませたからだろうか。多少息は荒くなったものの、最後までしっかりとレッスンについて行くことができた。もちろん、途中で休憩に当てたポーズもある。しかし、四ヵ月前にレッスンを受けたときのように、挫折感を感じることはなかった。マラソンで言うと、途中で少し歩いたものの、何とか完走できたといったところだろうか。

 私は、自分の身体の変化に驚いていた。これからはもう一度、パワーアクティヴコースのレッスンも候補に挙げてみるのもいいかもしれない。特に、パワーアクティヴコースのレッスンは、お腹に力を入れるポーズが多いので、筋腫のために弱っているお腹を元気にするにはいいかもしれない。ただ、休日の午前中は、パワーアクティヴコースのレッスンが開催されていないため、九十分のベーシックコースのレッスンを受けることになるだろう。激しいパワーアクティヴコースのレッスンと、やさしいベーシックコースのレッスンでメリハリをつけながら、これからもレッスンを続けて行きたいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m パワーアクティヴコースのレッスンは、太陽礼拝のポーズが繰り返し登場します。脂肪燃焼コース2のレッスンを受けているときもそうでしたが、太陽礼拝のポーズを繰り返すだけでもかなり汗をかくのです。また、身体をねじるポーズもあり、足の踏ん張りが要求されます。これれまで、九十分のベーシックコースのレッスンが一番汗をかくと思っていたのですが、パワーアクティヴコースのレッスンで、いつもの一.五倍も汗をかいてしまいました。これだけ大量に汗をかくと、生きていることを実感せずにはいられません。(笑)

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2008.09.17

映画『デトロイト・メタル・シティ』

歓喜天のようにの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休みにパリとロンドンを旅行したときに、特急列車の中でノートパソコンを広げてDVDを鑑賞している人を見掛けました。あちらの特急列車の座席には、コンセントが付いているのです。コンセントがあると、移動時間をどのように過ごすかの選択肢も広がりますね。携帯電話やモバイルカードの電波は諦めるにしても、せめて船室でコンセントを使用することができればありがたいのに、と思いました。それだけ私たちの生活が、電気に頼り過ぎているということにもなるのですが・・・・・・。

 映画『人のセックスを笑うな』が公開されていた頃、先日の帰省で海辺の語らいをした友人が、
「松山ケンイチくんが気になる」
と言った。確かに彼は、私にとっても気になる俳優さんである。年下でなければ、もっと気になるのだが。(苦笑)友人とは、かつて同じ男の子を好きになったことがあるので、好きな異性のタイプが似ているのかもしれない。

 映画『人のセックスを笑うな』の松山くんがとても良かったので、松山くんの次なる主演映画を期待していたところ、ほどなくして公開されたのがこの映画である。早速、友人に、
「松山くんの主演映画、もう観た?」
とメールで尋ねてみると、
「観た観た。良かったよ」
という答えが返って来た。私は、彼女に先を越されてしまったことがちょっぴり悔しかった。そして、彼女に遅れを取りながらも、今からおよそ二週間ほど前にこの映画を鑑賞したのだった。

 もともとこの映画は、コミックに掲載され、人気を得ていたものらしい。松山ケンイチくん演じる根岸崇一は、ポップミュージシャンを目指して大分から上京したものの、どういうわけか、「デトロイト・メタル・シティ(通称:DMC)」というデスメタルバンドのギター&ボーカルとして熱狂的なファンを獲得するほどの人気を得てしまう。ミュージシャンになりたいという夢は果たせたものの、自分が本当にやりたい音楽とは異なっているため、根岸は葛藤を抱えながらも、追い立てられるように舞台に立つと、悪魔系のキャラクターであるカリスマ的「ヨハネ・クラウザー・II世」を演じ切る。普段は消極的で、歩き方さえもどこか頼りない雰囲気を漂わせている根岸と、地獄の底から甦ったような悪魔系キャラのヨハネ・クラウザー・II世とのギャップが、映画を観ている私たちには面白おかしく映って見える。

 松雪泰子さん演じるDMCが所属する女社長がまた強烈で、デスメタル大好き少女がそのまま大人になったようなパワフルな女性だった。女社長は、デスメタルの世界から足を洗ってしまいたい根岸を力づくで何とか引き止め、DMCのギター&ボーカルに留まらせようとする。

 この映画は、全編を通して至るところに笑いの渦が沸き起こる作品である。根岸がヨハネ・クラウザー・II世と素の自分を見事に使い分けているところが何ともおかしい。好きな女の子には、自分がヨハネ・クラウザー・II世であることを知られたくない。そして、好きな女の子をストーカーしていたことを知られたくないがために、ピンチを切り抜けようとしてトイレでヨハネ・クラウザー・II世に変身して切り抜けたりと、「ヨハネ・クラウザー・II世の衣装なんか持ち歩いていたっけ?」と突っ込みたくなるようなシーンもあったのだが、それでもおかしさのために許してしまう。

 周りが作り上げた自分と、素の自分とのギャップ。この映画では少々大袈裟な事情として表現されてはいるものの、私たちの身近でも十分起こり得ることだ。例えば、仕事をしているときの自分と仕事を離れたときの自分とのギャップ。友人の前にいるときの自分と独りでいるときの自分とのギャップ。常に素の自分をさらけ出せる状態であれば、周りが作り上げた自分とのギャップに苦しまなくてもいいはずだ。しかし、周りが作り上げた自分を激しく求められているとき、大きな葛藤が生まれる。何故なら、例え周りが作り上げた自分が素の自分とかけ離れていたとしても、期待に応えたいという欲求もあるからだ。

 そうした欲求に応えようとする情熱を根岸の中に改めて芽生えさせたのは、DMCから離れて大分に帰ったことがきっかけになったと言っても過言ではない。実の弟がDMCの熱烈なファンであることがわかったり、宮崎美子さん演じる根岸の母が実にさりげない形で根岸を応援していたりと、女社長のように強制ではなく、根岸自身が自由意思を選択する形でDMCに復帰できるような状況が整って行く。そう考えると、女社長と根岸の母は、まさしく対照的な存在である。

 最後まで笑いが約束された映画ではあるのだが、台本の中に、映画『キサラギ』に見られるような完璧性はない。それでも、周りが作り上げた自分と素の自分とのギャップと戦う人間としての生き方を大袈裟に見せ付けられる。ギャップを埋めて行くことも大切だが、周りが作り上げた自分もまた、もう一人の自分として認め、受け入れることも必要なのではないか。そんなことを考えさせてくれる作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 根岸の母親役の宮崎美子さんがいいですね。かつて、カメラのコマーシャルでナイス・ボディを披露していた宮崎さんが、今では若者のお母さん役を演じる年頃になったのですね。「知っているのに知らんぷり」をする母親役を演じた宮崎さん。何もかもオープンにすることも大切だけれど、自由意思を尊重する、がんじがらめにしない愛情には頭が下がります。宮崎美子さん、息の長い味のある女優さんになりました。

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2008.09.16

歓喜天のように

現実に目を向けるか、夢を追いかけるかの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中にも、私と似たような状況の方がいらっしゃるかと思います。しかし、同じ筋腫持ちだとしても、症状や筋腫への取り組み方は人によってそれぞれ違いますよね。手術に対する抵抗が少ない方もいらっしゃいますし。私は、まだまだ抵抗し続けています。一体、いつまで抵抗し続けていられるのやら、ですね。(苦笑)

 実は、今回の帰省はフェリーの夜行便で往復するという青春まっさかりのプランを立てていた。というのも、往復乗船券を購入すると、復路の運賃が割引になるからだ。しかも、復路は三連休の最終日に実家近くの港を出航する夜行便に乗り、大阪南港に着くのは翌朝六時頃の予定だった。翌朝というと、仕事に出掛ける日である。そのまま仕事に出掛けて行くには時間的に余裕があるので、いったん帰宅してガンモの顔を見てから仕事に出掛けようと思っていた。

 ところが、台風が来ているという。台風による波のうねりを心配した母が、
「昼の便で帰ったほうがええんじゃないん(いいんじゃない)?」
と言った。確かにそうかもしれない。既に実家での滞在も三日目を迎え、亡くなった祖母のお参りにも二日連続で出掛けたし、伯母や従妹たちにも会えた。また、今回は会えないと思っていた友人にも会うことができた。夜行便のフェリーで帰るとしても、祖母のお参りにもう一度足を運ぶくらいだ。それならば、台風が来る前に、ガンモの待つ我が家に少し早めに帰宅したほうがいいのではないか。私はそう思い、自らフェリー会社に電話を掛けて、今夜の夜行便の復路の乗船券を持っているが、これを昼間の便に変更してもらうことはできるかと尋ねてみた。すると、ありがたいことに、変更可能だという答えが返って来たのである。

 私はすぐにガンモに電話を掛けて、
「やっぱり昼の便で帰るから」
と言った。私が予定よりも早く帰って来ることがわかり、ガンモはとても喜んでいた。

 それから大急ぎで帰り支度を整え、夕方、私が祖母のお参りにやって来るのを待っているであろう伯母や従妹に電話を掛けて昼の便で帰ることを伝え、母の運転する自家用車に乗り込み、フェリー乗り場へと向かった。七時間半の長旅になるので、母がお弁当を作ってくれた。

 昼間の便はとても空いていた。行きと同じ女性ルームを希望したのだが、数十人も利用できるはずの部屋に、利用客はわずか数人程度だった。冷房が良く効いているため、私以外の人たちは毛布をかぶって横になっていた。一方、私はというと、オフィスで使用している冷房対策用の薄手のジャンパーを着込み、ノートパソコンを取り出して、しばらくゴソゴソしていた。しかし、いつも神戸-高松間で利用しているフェリーと違って、船室にコンセントがなかったため、バッテリの残量を気に掛けながらの作業となった。おまけに船が大きいためか、行きと同様、船室内は携帯電話もモバイルカードも電波が届かず、ずっと圏外だった。昼間の便は、睡眠を貪る必要もないので、乗船しているすべての時間が自分のものになるというのに、コンセントもなく、電波も届かないのは、ちょっぴり残念だった。しかも、フェリーの楽しみの一つであるお風呂も、生理中のため見送ることになった。

 私は、英語の勉強を少しだけして、夕方になると、母が作ってくれたお弁当を食べた。あとはロビーに出て電波を拾ったり、船室に戻って横になったりしながら、乗船時間をゆったりと過ごした。去年の一月に、ガンモと一緒に同じ昼間の便に乗船したときは、ガンモがいたからあっという間に時間が過ぎた。しかし、ガンモが一緒にいない状態で、ノートパソコンを使うのも、携帯電話を使うのも、バッテリの残量や電波に制限があるとなると、一人で過ごすには少々時間を持て余してしまった。

 それでも何とかフェリーの中で七時間半を過ごすと、フェリーはようやく大阪南港に着岸した。下船してみると、フェリーの待合室は、私が乗船したフェリーの折り返し便に乗船する人たちで溢れ返っていた。なるほど、三連休を大阪で過ごした人たちが、これから夜行便に乗って帰って行くのだろう。同じように、もともと私が乗船するはずだった夜行便も、三連休を愛媛で過ごした人たちで溢れ返っていたのかもしれない。それを考えると、昼間の便に切り替えたおかげで、フェリーの中でのんびりゆったりと過ごすことができたのは正解だったと思った。

 私は、行きと同じように、ニュートラムと地下鉄を乗り継いで大阪まで出た。雨が降っていたので、JRに乗り換える前にガンモに電話を掛けて、JRの最寄駅まで自家用車で迎えに来てもらった。およそ三日ぶりに顔を合わせる私の夫、ガンモ。ガンモはTシャツを着て、短パンを履いて自家用車を運転していた。脂肪のついたガンモのお腹が懐かしく、私は助手席に乗り込むなり、
「筋腫の手術はしなくていいの?」
などと言いながら、ガンモの大きなお腹を筋腫に見立てて触った。

 帰宅した私たちは、物が溢れ返った寝室で、このブログのプロフィール画像にも採用している歓喜天のように固く抱き合った。結婚当初から、私たちにはこのポーズに最もフィット感があり、落ち着くのだ。しかし、結婚当初と違って、お腹に出っ張り感を感じるため、お腹の体温までも感じ合うことができるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 時間がたっぷりあるときは、昼間の便を利用するのが、ゆったりと過ごせていいのかもしれません。コンセントを使用できないことと、電波が届かないのはマイナスポイントではありましたが、利用客の少ない船室で広々と横になってリラックスできるのはありがたいものです。ただ、ちょぴり時間を持て余してしまったので、もう少し時間を有効活用できたら良かったのにと思いました。それでも、時間を繰り上げたおかげで、予定よりも九時間近く早くガンモに会うことができましたし、いつもと変わりなく仕事に出掛けて行くことができました。

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2008.09.15

現実に目を向けるか、夢を追いかけるか

海辺の語らいの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m O型には、沈黙を打ち破らなければならないという妙な使命感があるのです。(苦笑)そのため、沈黙になると、自分の使命感を果たせていないような居心地の悪さを感じてしまうのですね。でも、中には沈黙になっても、そんな居心地の悪さを感じない相手もいます。ガンモと初めて沈黙になったときもそうでした。ガンモとの間に生まれた沈黙はとても居心地が良く、一緒に居て楽ちんだなあと感じました。自分が本当にリラックスしているかどうかは、沈黙が生まれたときにこそわかるのかもしれませんね。

 実家に帰ったその日から生理が始まった。布ナプキンを使い始めてから、初めて実家で迎える生理である。私は自宅でそうしているように、トイレに立つ度に布ナプキンを手洗いし、部屋に干した。母が部屋に入って来たときに、これが布ナプキンだと言って見せると、母は珍しがって見ていた。父が部屋に入って来たときに、干している布ナプキンに気が付いたはずだが、父は何も言わなかった。見てはいけないものを見てしまったような気持ちになり、気後れしてしまったのかもしれない。

 母に、年末に手術を受けるかどうか迷っているという話をした。四年前に私に筋腫が見つかってからというもの、既に子宮全摘手術を受けている母は、私に対し、積極的に手術を受けることを勧めて来た。しかし、私があまりにも手術を嫌がるので、それ以上、何も言わなくなっていた。そのため、I医師にそろそろ手術をしたほうがいいと診断されてからも、母にはまだ言い出せないでいた。

 母は、私に手術が必要な状態であることがわかると、早めに手術をしたほうがいいと言った。というのも、母がかつて子宮全摘手術を受けたとき、筋腫が卵巣にまで癒着してしまっていたからだ。そのため、母は子宮のほか、卵巣の一部まで切除する手術を受けることになった。卵巣の一部を切除したことにより、本格的にホルモンバランスが崩れてしまい、それからの母は体調の優れない日々を送ることになった。母としては、もう少し早く手術しておけば、筋腫が卵巣に癒着することもなかったのではないかと考えているらしい。

 母は、もしもこちら(私の実家方面)で手術を受けるなら、私の入院中の身の回りの世話をしてくれると言ってくれた。しかし私は、既に神戸で信頼できる医師のお世話になっているからと言って、母の申し出を断った。

 私は、筋腫が発覚してからの四年間を振り返ってみた。四年間を通して、私の筋腫は一時的に柔らかくはなったものの、大きくなる一方だった。海辺の語らいの記事にも書いたように、私の周りでは、チラホラと閉経の準備に入った友人たちがいるが、果たして、私の閉経はいつになるのだろう。I医師の言うように、平均的な年齢である五十二歳で閉経を迎えるとすれば、あと九年もある。すなわち、筋腫が発覚してからの四年間をあと二回も体験しなければならない。それは気の遠くなるような話である。これまで何とか乗り越えて来たというのに、同じような山場があと二回もあるのは耐えられそうにない。私の子宮はもはや極限状態にあるような気がしているからだ。

 では、年末に手術を受けるのか。しかし、それもまだ決心がつかない。それに、今回迎えた生理もひどく軽い。生理痛もまったくなく、出血量は、これまでの五十パーセント減よりも更に軽くなっていて、六十パーセント減と言っても過言ではないくらいだ。ただ、歩行時に筋腫がひどく気になるため、お腹を押さえながら歩いている。その仕草が奇妙に思えたのか、母に、
「お腹どしたん?(お腹、どうしたの?)」
と言われた。

 今月は、二回もお酒を飲みに行っているし、肉類も油ものも食べている。それでも、これだけ出血量が減ったのは、最も気を遣っている乳製品の摂取を控えたことが大きく作用していると思われる。生理のときの出血量が極端に減ったので、I医師から処方していただいている鉄剤を服用するペースも、これまでの二日に一回から一週間に一回程度に落としている。

 ただ、生理の出血の量が極端に減ったとしても、筋腫はそう簡単に小さくなってはくれない。それが一番の問題である。一時的に柔らかくなったとしても、ストレスを溜め込むと、筋腫は再び膨張して来る。それに、私のお腹は既に筋腫で大きく膨らんでいる。結局、I医師の診察の直前まで、答えは出せないままなのかもしれない。生理の出血量が極端に減っただけに、手術を受けることに対し、いよいよ消極的になって来たとも言える。しかし、筋腫がかなり大きいことは事実なのだ。現実に目を向けるか、夢を追いかけるか。今はその瀬戸際にいる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いよいよ難しい選択になって来ました。周りにいる友人たちが、少しずつ閉経に向かっているというのに、エストロゲン過多の私はまだまだ現役であります。でも、考えてみると当たり前のことかもしれませんね。これまで何も問題のなかった人というのは、私のようにエストロゲン過多ではありませんから、エストロゲン不足に陥り易いのかもしれません。だから、閉経を早く迎えることになるのではないでしょうか。まだまだ閉経を迎えられそうにない私は、「憎まれっ子世に憚る」ような気がしてなりません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.14

海辺の語らい

エネルギーを奪わない言葉の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m エネルギーを奪わない言葉を発するように気をつけることも大切ですが、誰かが発した言葉に揺れない自分を作り上げて行くことも大切ですよね。でも実際は、誰かの発した言葉や、取った行動に大きく揺れてしまうことも多々あります。私自身も、いつも揺れています。(苦笑)

 フェリーの中ではほとんど眠ることができなかったせいだろうか。私はいったん早朝に目を覚ましたあと、二度寝してしまい、次に目を覚ましたのは九時半頃だった。メールをチェックしてみると、松山に住む小学校時代からの友人からメールが届いていた。ゴールデンウィークに帰省したときも松山で会って話をした友人である。今回も、「お互いの都合が合えば会いたいね」という話をしていたのだが、あいにくお互いの都合が合わず、再会を見送ることになっていた。ところが、今朝になって急に都合がついたらしく、「急な話だけど、今日会える?」とメールで尋ねて来たのだ。私が布団の中でもぞもぞしていると、彼女が私の携帯電話に電話を掛けて来てくれた。彼女はまだ松山にいたのだが、お昼前にはこちらに帰って来られるという。そこで、彼女と一緒にランチを食べに行くことになった。その日の予定をあっという間に決めてしまうなんて、まるで学生みたいな乗りである。

 私の実家近くまで彼女に車で迎えに来てもらい、とある喫茶店まで移動した。母から聞いた話によれば、現在、その喫茶店は、私の小学校時代の友人であるMちゃんの妹さんであるEちゃんが経営されているのだそうだ。その喫茶店のオーナーは、これまでにも何度か交代しているようだが、Eちゃんが経営を始めてからかなり繁盛しているらしい。

 喫茶店に入り、空いているテーブルに落ち着くと、背の高い女性がお水を持って来てくれた。「あっ、確かにEちゃんかも」と私は思った。目の辺りに小学校時代の面影が残っていたからだ。Eちゃんは、私たちよりも二つか三つ年下のはずだったが、田舎の小さな小学校で一緒だったので良く覚えている。一緒に喫茶店に入った友人も、私と同じ小学校時代からの友人なので、MちゃんのこともEちゃんのことも知っている。私は彼女に、
「多分、Eちゃんだと思うけど、声を掛ける勇気ないなあ」
と言った。

 考えてみれば、私はMちゃんとEちゃんのお母さんの名前も知っている。というのも、私の母と、MちゃんとEちゃんのお母さんが同級生だったからだ。そのため、MちゃんとEちゃんのお父さんが双子であることまで知っている。また、Eちゃんのお姉さんであるMちゃんが、どこにお嫁に行ったかということも知っている。そんな裏事情を知っている私が、いきなり、
「Eちゃんでしょ? お姉さんの名前はMちゃんで、○○にお嫁に行ったでしょ。それでもって、お母さんの名前はIさんでしょ。お父さんは双子だったよね?」
なんてことを話し掛けようものなら、例え相手が本当にEちゃんであったとしても、警戒されてしまうに決まっている。それに、お店に入ってそのようなことを口にしようものなら、暗に「昔からの知り合いなんだから割引してよ」と言っているかのようだ。それではかえって気を遣わせてしまうと思い、黙っておくことにした。

 一緒に喫茶店に入った友人と、ランチを食べながらいろいろ話をした。私と同い年の彼女は、既に更年期が始まっているのだそうだ。なかなかやる気が出ず、集中力もないそうだ。生理も半年くらい止まっているらしい。そう言えば、先日、話をした同い年の派遣仲間も、ホットフラッシュの現象に悩まされていると言う。また、私の二つ年上の友人も、生理が来なくなったと言っていた。エストロゲン不足で起こるこれらの現象に対し、私は思わず、
「うらやましい」
などと言ってしまった。聞きかじった情報によれば、これまで何の問題も抱えていなかった人ほど、更年期を迎える時期が早いとか。私は、布ナプキンのおかげで生理を迎えることは楽しいが、エストロゲン過多による筋腫の問題を抱えているので、少々不謹慎ではあるものの、エストロゲン不足の状況に憧れてしまうのだ。女性の身体は本当に難しい。エストロゲン過多であっても、エストロゲン不足であっても、身体の不調に悩まされるからだ。

 ランチを食べたあとは、彼女の提案により、国民休暇村の海水浴場に足を運んだ。私たちはシーズンオフの海水浴場の日陰のスペースに腰を下ろし、更にいろいろなことを語り合った。おしゃれなテーブルも、おいしい飲み物もなくていい。ただ、落ち着いて話をする場所があればいいだけだ。そんなシンプルな環境は、私たちの正直な気持ちを引き出してくれた。

 ただ、日差しが柔らかかったからだろうか。目の前に広がる海を少し怖いと思った。海のすぐ側まで砂浜を歩いて行ったのだが、波にさらわれてしまいそうな気がした。太陽がさんさんと降り注ぐ真夏日ならば、海を味方につけることができるのに。

 しばらく海辺で語り合ったあと、私たちは「JAおちいまばり」が主催している「さいさいきて屋」という市場に足を運んだ。JAが主催しているため、新鮮な野菜などが格安で手に入る。私たちはそこで買い物をしたあと、喫茶コーナーでケーキセットを食べながら再び語り合った。話をしながら、私は「沈黙に対する許容」について考えていた。気心が知れた友人であるほど、「沈黙に対する許容」があるが、気心が知れた仲でないと、沈黙に対し、何かしゃべらなくてはと焦ってしまう。小学校時代からの友人である彼女とは、例え会話の中で沈黙が訪れたとしても焦らなかった。これから新たな交友関係を築こうと思えば、沈黙を許容できるような関係を目指せばいいということに、改めて気付かされたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、海辺の語らいをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この時期の海辺の日差しはとても柔らかいですね。日差しが柔らかいと、海に入ろうという気持ちにならないせいか、海との間に心理的な距離ができてしまっているように感じました。おそらく、こちらが海を求めなくなっているせいでしょう。それと、話をする場所はどこでもいいんですよね。大切なのは場所ではなく、お互いの正直な気持ちを引き出せるかどうかですね。そして、沈黙に対し、焦りを感じないでいられることです。(笑)

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2008.09.13

エネルギーを奪わない言葉

おやすみ、あいしちゅの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、調べてみると二年前にも同じタイトルで記事を書いていたので、過去の記事のタイトルを変えておきました。(笑)ちなみに、「あいしちゅ」というのは、愛シチューのことであり、「愛している」の意味であります。これにちなんで、愛シチュー博などという記事も書きましたね。(笑)

 たくさんの乗客を乗せたフェリーは、朝六時過ぎに実家近くの港に着いた。早朝だったが、私の両親が車で迎えに来てくれていた。下船時間が近付いて来ると、ロビーはたくさんの乗客でごった返していた。私の両親もまた、フェリーからたくさんの人たちが下船して来るのを見て驚いていたようである。私が実家に帰るのはゴールデンウィーク以来だが、私の両親とは、ここ数ヶ月のうちにガンモの実家やその周辺で行われたいくつかのプロジェクトで顔を合わせている。

 思い切って、私が一人で実家に帰っている事情をお話ししよう。それは、私たちが夏休みにパリとロンドンに旅行に出掛けていた頃に遡る。帰国を一日後に控え、ロンドンで楽しい時間を過ごしていた私は、日本から持参した携帯電話を使って、四国の実家に電話を掛けた。しかし、日本時間では既に二十時を回っていたというのに、誰も電話に出なかった。私は、何か夜に出掛けなければならないような出来事が起こったのかと思い、心配になった。しかし、それ以上、電話を掛け続けることはせず、翌日の帰国前にもう一度実家に電話を掛けた。電話に出たのは父だった。父は落ち着いた口調で、
「お母さんに代わるね」
と言った。間もなく母が電話に出たので、私はすかさず、
「何かあったの?」
と尋ねた。すると、最初のうちは返事を曖昧にしていた母も、ようやく、
「うん。あったと言えばあったけど、今は二人で旅行を楽しんでるんだから、帰って来てから話す。とにかく、今は旅行を楽しんで」
と言ってくれた。私は母の言ったことがとても気になったが、母の心遣いに甘えることにした。

 そして、帰国してから電話を掛けてみると、病院で十年近く闘病生活を送っていた祖母が亡くなったことを知らされた。祖母が亡くなったのは、私が電話を掛けた前日だったらしい。しかし、早朝に亡くなったため、ロンドンにいる私たちに知らせても葬儀には間に合わないと思い、父と話し合って、私たちには帰国まで黙っておくこと決めたという。

 言葉には、人のエネルギーを奪ってしまう言葉とそうでない言葉がある。人のエネルギーを奪わない言葉というのは、その言葉を発しないことで、自らが責任を負う。しかし、人のエネルギーを奪う言葉というのは、わざわざ注意を特定の方向に向けさせる目的で使用したりする。祖母が亡くなったことを私たちに伝えなかった私の両親は、私たちにそのことを知らせないことで、自ら責任を負った。私は、私たちから何も奪わないように配慮してくれた両親の決断に深く感謝した。

 私たちが帰国したとき、祖母の葬儀は既に終わっていたが、私は何とかして祖母をお参りするために帰省したかった。しかし、勤務先に無理を言って夏休みの日程を変更してもらっていたり、お盆にはガンモの実家に帰ることになっていたりと、すぐに帰省できる状況ではなかった。というのも、既に皆さんはお気付きのことと思うが、今年の五月に義母が亡くなっていたからである。お盆は義母にとっての初盆だったのだ。そして、お盆の次の週はTOEICの試験、更にその次の週の終末は、義母の百カ日の法要だった。母は、
「ばあちゃんは逃げないから、帰れるときにいつでも帰っておいで」
と言ってくれたので、私は九月に入ってからの三連休を利用して帰省することにしたのである。

 私の両親は、祖母の四十九日が終わるまで、毎日祖母のところに出掛け、仏前でお経を唱えているそうだ。そして今日は私も両親に同行した。久しぶりに顔を合わせる親戚のおばちゃん、おじちゃん、従妹。そして、初めて顔を合わせる従妹の子供たち。ああ、このように、人の死は人と人とを結び付けていく。義母の死を通じて私が体験して来たことが、ここでも生かされていた。

 ただ、私の中では、祖母が亡くなってしまったことがまだまだ現実のものにはならない。病院に足を運べば、祖母に会えるような気がしている。最も気を落としているのは、およそ十年もの間、毎日のように祖母の入院している病院に通い続け、祖母の世話をして来た母である。母もまた、祖母の突然の死が受け入れられないらしい。

 命日から数えるさまざまな区切りの日は、あたかも亡くなった人たちのために存在しているようでいて、実際は、遺された人たちのために存在しているのかもしれない。私には、それぞれに用意された区切りの日を目標に、残された人たちが前向きに生きられるようにプログラムされているように思えるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今年は身近な人たちの肉体の死を立て続けに体験し、肉体の死について考え直すきっかけにもなりました。故人が遺して行ったものを使っていると、故人はほんのちょっとどこかに出掛けているだけなのではないか、という気がして来ます。これが、故人の魂を感じていることと同等なのかどうかはわかりません。ただ、肉体が存在していないのことだけは確かなのだと実感しています。そして、死は決してネガティヴだけではないということも同時に学んでいます。

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2008.09.12

おやすみ、あいしちゅ

タクシードライバーが夜の旅をコーディネイトするの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ようこちゃんから、朝刊みたいな『ガンまる日記』」を好意的に読んでくださったと掲示板に書き込みがありました。(笑)ようこちゃん、気に入ってくださってどうもありがとう。朝刊を発行するなら、天気予報も書かなければならないでしょうか?(笑)ところで皆さんは、三連休をどのように過ごされるのでしょう。私は、実家で過ごすことになりました。

 私は今、フェリーの中でこれを書いている。実は事情があって、この三連休を私の実家で過ごすことになったのだ。ガンモは仕事のため、私に同行できないので、朝、出掛ける前と、夜、仕事を終えてから、ガンモとのしばしの分かれを惜しんで来たところだ。

 私の実家方面へは、大阪南港からフェリーが出ている。そのフェリーに乗れば、私の実家近くまでほとんど直行することができる。ただ、大阪南港までの道のりがひどく遠い。ひとまず大阪まで出たあと、地下鉄とニュートラムを乗り継いでフェリーターミナルまで移動しなければならないのである。

 夜行便のフェリーに乗るため、私は朝から大きな荷物を持って家を出て、三ノ宮駅のコインロッカーに荷物を預けておいた。そして、仕事を終えてから、コインロッカーに預けておいた荷物を取り出して、ガンモと自宅の最寄駅で待ち合わせた。三ノ宮よりも我が家のほうが大阪に近いので、仕事を終えてからガンモと待ち合わせることができると予めわかっていたなら、最初から自宅の最寄駅のコインロッカーに荷物を預けておけば良かったと思った。

 仕事を終えた私たちは、自宅の最寄駅で晩御飯を食べたあと、最寄駅で分かれた。わずか三日間離れ離れになるだけなのに、後ろ髪を引かれる思いだ。分かれ際にガンモに、
「抱擁とかキスとかしないの?」
と尋ねてみると、ガンモは恥ずかしがって、
「いいから」
と言って、最寄駅の駐輪場へと歩いて行ってしまった。

 こうして私の一人旅が始まったわけだが、自宅の最寄駅から一時間以上掛けてフェリー乗り場に着いてみると、三連休前ということもあって、乗船券を購入するための長い待ち行列が出来ていた。それでも安心なのは、今回私が利用するフェリーはすべて指定席であることだ。そのため、お盆にガンモの実家に帰省したときのように、フェリーがひどく混雑して横になる場所がなかったとしても、自前の毛布を取り出して横になる必要もないのである。

 利用客が多いため、乗船券売り場には、出航時間を過ぎてもまだ乗船券を購入していない人が行列を作っていたようだ。私が申し込んでおいたのは二等指定の女性ルームである。その女性ルームも、ほとんど満席状態だった。それぞれの席には枕と細長いマットレスと毛布が用意されている。マットレスの幅は、ちょうど大人が横になって寝られるくらいの大きさである。ヨガマットと同じくらいか、少し大きいくらいだろうか。それらのマットレスが、隣の人とぴったり横に付く状態で並べられている。

 実は、今回、一人で帰省するに当たり、ガンモがモバイルカードを貸してくれた。私が普段、持ち歩いているモバイルカードは、大都市しかカバーされていない。つまり、四国に持ち込んだとしても、県庁所在地を始めとする大都市でしか使えないのである。一方、ガンモが持ち歩いているモバイルカードはほぼ全国をカバーしているため、私はガンモに頼み込んで、ガンモが普段、使っているモバイルカードと私が普段、使っているモバイルカードを交換してもらったのだ。ガンモはこのモバイルカードをプライベートで購入したのだが、仕事にも使っているため、私が必死で頼み込んでも、最初は貸し渋っていた。しかし、「ガンまる日記」を書き続けたいという私の熱心なアプローチにとうとう根負けして、ようやく「うん」と言ってくれたのである。ガンモが貸してくれたモバイルカードのおかでげ、私はこうして「ガンまる日記」を綴ることができるというわけである。

 女性ルームでは、携帯電話もモバイルカードも圏外だったので、私はロビーに出て、ガンモに「おやすみ、あいしちゅ」とメールを送り、こうして「ガンまる日記」を綴っている。これから三日間の旅を、ガンモが貸してくれたモバイルカードとともにお届けしたいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大阪南港から私の実家方面までは、フェリーでおよそ七時間半であります。長距離フェリーに相当するので、お風呂やレストランも付いています。皆さん、利用し慣れているのか、ラフな格好でロビーを歩き回っています。寝ている間に目的地に着くのはありがたいことでありますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.11

タクシードライバーが夜の旅をコーディネイトする

映画『アクロス・ザ・ユニバース』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m プログレッシブ・ロックを聴くようになってからは、ビートルズの曲をほとんど聴かなくなってしまったのですが、こうして改めて聴いてみるといいものですね。しかも、それぞれの曲がビートルズのオリジナルではなく、映画に出演されている俳優さんたちが歌っていたので、とても新鮮でした。

 ガンモはしばしば仕事でタクシーを利用している。公共の交通機関を利用するには不便な場所にある顧客を訪問するためと、仕事が深夜まで及ぶことが多いためだ。先日、自宅近くの顧客のところで仕事をしたあと、帰宅するために、同じ会社の後輩の女性と一緒にタクシーに乗ったそうだ。その顧客のところからは、後輩の女性の家よりも我が家のほうが近かったので、ガンモが先にタクシーを降りて、後輩の女性を一人タクシーに残して先に帰宅したらしい。

 すると、そのときのタクシーの運転手さんが、タクシーに残った後輩の女性にこう言ったそうだ。
「普通は、男性のほうが家が近くても、女性を送ってから帰宅するものなんですけどねえ」
タクシーの運転手さんがそんなふうに言ったことを、ガンモは後日、後輩の女性から面白おかしく聞かされたそうだ。それを聞いたガンモが、
「だって会社の経費で乗ってるタクシーだよ? 遠回りなんかできないだろう。当然、反論したよね?」
と、後輩の女性に笑いながら尋ねると、彼女はそれに大して反論はしなかったと答えたそうだ。ガンモは、後輩の女性に反論してもらえなかった悔しさを、興奮気味に私に語ったのだった。

 また、ガンモが同じ後輩の女性と別の顧客のところで深夜まで一緒に仕事をしたときのことである。やはり後輩の女性と一緒にタクシーに乗って帰宅しようとしていたのだが、その顧客のところからは、後輩の女性の家のほうが近かったので、彼女を先に降ろすことになったらしい。ところが、彼女の家の近くまで来たものの、彼女の家はタクシーの走っていた道路とは反対側の道路沿いを入ったところにあったという。そこで彼女は、わざわざ反対側の道路に回ってもらうのも悪いということで、手前の道路で降りると言ったらしい。すると、タクシーの運転手さんが、
「深夜なので、家の前まで送り届けたほうがいいんじゃないですか?」
と提案したそうだ。かくして、タクシーはわざわざ反対側の道路に回り、彼女を家のすぐ近くまで送り届けたそうだ。

 その後、タクシーの運転手さんは、タクシーに残っていたガンモに、
「最近は物騒なんでね・・・・・・」
と、後輩の女性を家のすぐ近くまで送り届けたことへの理解を求めたという。

 いろいろなタクシーの運転手さんがいるが、今回ご紹介したタクシーの運転手さんは、どちらも女性に優しいタクシーの運転手さんのようである。いやいや、もしかすると、単に営業上手なタクシーの運転手さんだけなのかもしれないが・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 深夜の帰宅は、タクシーの運転手さんによってコーディネイトされるものなのですね。タクシーの運転手さんの言葉は、それなりに場数を踏んでいるだけに、説得力があります。それにしても、最初のタクシーの運転手さんの発言に対しては、女性である私でさえも一言言いたくなってしまいます。決してガンモをかばうわけではないのですが、私なら、「会社の経費なので・・・・・・」と反論したことでしょう。(笑)しかも、道の途中で拾ったタクシーではなく、顧客のところから乗り込んだタクシーだったので、仕事で利用しているのにと、ガンモの驚きもひとしおだったようです。

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2008.09.10

映画『アクロス・ザ・ユニバース』

ホットヨガ(一一七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三回連続で同じインストラクターに当たるというのは、これまでにもないことだったかもしれません。彼女は、短期間のうちに実に効率良く記録を更新したわけであります。さて今回は、ホットヨガ神戸店の隣にある映画館で鑑賞した映画のレビューを書かせていただこうと思います。


 「良くぞこんな映画を作ってくれました!」と思えるような映画に出会った。何と、ビートルズの曲で構成されたミュージカル映画である。と言っても、ビートルズの物語ではない。ビートルズと同じ時代を生きた若者たちの物語である。

 この映画の主人公の青年の名前はジュード、そして、ジュードの恋人役の女の子の名前はルーシーだ。名前を聞いただけでも、それぞれにちなんだビートルズの曲が浮かんで来る。ジュードは、私たち夫婦が去年の夏休みに実際に訪れたリバプールの出身である。そう、リバプールと言えば、ビートルズ誕生の地である。せっかくリバプールまで足を伸ばしたというのに、私たちはビートルズ博物館にも行かず、港の周辺を少しうろついただけだった。この映画を観てわかったのだが、リバプールはどうやら造船のさかんな街らしい。ジュードも造船所で働く青年だった。同じような構造のレンガ造りの家が多いリバプールの町並みは、まるでセットのようでもある。あんな街並みを実際にこの目で見ておきたかったと思う。

 さて、そんなリバプールで生まれ育ったジュードは、実の父親を探すために船でアメリカに渡る。飛行機ではなく、船で渡るところがいいではないか。現代のように、時間が加速するよりもずっと以前のことである。ビートルズと同世代の人たちは、例え状況の変化がゆっくりだったとしても、イライラすることなく、変化を待つことができたのだ。

 ジュードはアメリカで、実の父を探し当てることができた。しかしジュードにとっては、実の父に自分の存在をアピールできたことよりも、父の働いていた大学の学生であるマックスに出会えたことのほうが大きな意味を持っていた。ジュードとマックスはすぐに意気投合し、マックスの遊び仲間にジュードも加わり、互いに楽しい時間を共有することになる。ジュードは、リバプールに彼女を残して来ているのだが、彼女に手紙も書かずに、やがてマックスの妹ルーシーと恋仲になる。

 これらのストーリーがビートルズの曲に乗って、ミュージカルとして展開されている。ジュードとマックスは、その後、ニューヨークに渡り、女性シンガー、セディの住むアパートのルームメイトになる。日本人の私から見ると、まるで夢のような世界である。まったくの他人がセディの住むアパートを間借りして、時には一緒の時間を過ごしたり、プライベートな時間を守ったりしている。住人たちとの間で繰り広げられる人間模様もいい。

 ところで、ジュードの役を演じているのは、映画『ラスベガスをぶっつぶせ』で数学の天才青年を演じた俳優ジム・スタージェスである。調べてみると、彼はロンドンの生まれらしい。なるほど、だからリバプール出身の青年の役を演じていたわけだ。私は映画『ラスベガスをぶっつぶせ』も鑑賞したのだが、レビューを書きにくい作品だったので、レビューを書かなかった。しかし、今回の映画『アクロス・ザ・ユニバース』はレビューを書きたくなる作品である。何故なら、鑑賞しているだけでも思考が飛んで、とても楽しい時間を過ごすことができたからだ。

 この映画は、神戸では、ホットヨガ神戸店のスタジオのすぐ隣にある映画館で上映されている。実は今日、月に一度の定時退社日だったので、またしても神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。レッスンを終えて出入口の扉を開けてみると、たくさんの人たちがエレベータ待ちをしていた。その階には映画館とホットヨガのスタジオしかないので、たくさんの人たちがエレベータ待ちをしているとすれば、映画を鑑賞し終わった人たちである。毎週水曜日はその映画館の”水割り(すいわり)”の日で、男女問わず、映画を千円で観られるので、混雑していたのだろう。私も水曜日にこの映画館で映画を観ることがあるが、もともとマイナーな映画が上映されることが多いので、これほど多くの人たちがこの映画館に足を運ぶのも珍しい。あまりにもたくさんの人たちがエレベータ待ちをしていたので、一体どの映画が上映されていたのだろうと不思議に思いながら映画の上映時間を確認してみると、この映画だったのだ。私がこの映画を鑑賞したのはおよそ二週間ほど前なので、既に公開されてからずいぶん日にちが経っているはずである。それでもなお、多くの人たちがこの映画を鑑賞するために映画館に足を運んでいるのは、私がこうしてレビューを書きたくなったのと同じように、ビートルズファンも含めてこの映画を観たいという衝動に駆られる人たちが多いのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久しぶりに思考が自由に飛ぶ映画を鑑賞しました。お馴染みのビートルズの曲がいくつものシーンで登場し、それらの意外な選曲にも笑えました。登場人物たちの間で交わされる厚い友情と、ジュードとルーシーの恋が愛へと成長して行く様を描いた作品ですが、この映画を観ると、とりわけ、彼らの厚い友情がうらやましくなります。何しろ、お互いの人生を大きく変えるような出会いだったのですから。見知らぬ人とアパートのルームメイトになるというのもわくわくします。思考を飛ばしたい方にはお勧めの映画です。(笑)

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2008.09.09

ホットヨガ(一一七回目)

ほとんど開店から閉店飲み会の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。彼女に対抗して(?)、私も早速「My箸」を買いに行きました。ちょうど神戸駅近くの広場で物産展のようなものが開催されていたので箸を探してみたのですが、彼女が持っていたようなおしゃれな折りたたみ式のお箸は、驚くほど高かったのです。お箸だけでも千八百円前後、お箸のケースもお箸と同じくらいかそれ以上の値段が付いていました。これでは割り箸の何本分くらいの値段になってしまうのかと恐ろしくなり、結局私は百円ショップに駆け込みました。(苦笑)折りたたみ式ではないけれど、彼女が持っていたような布製の箸ケースに入った「My箸」を手に入れることができました。

 話が前後してしまったが、土曜日の朝は神戸店にホットヨガのレッスンに出掛けた。いつものように、九十分のベーシックコースである。

 受付でロッカーの鍵を受け取り、着替えを済ませてスタジオの扉を開けようとすると、スタジオの中から前回のレッスンを担当してくださったインストラクターが出て来た。
「えーっ?」
と、お互いに顔を合わせた途端、思わず驚きの声が漏れてしまったのは言うまでもない。これまで一度もレッスンを担当してくださったことのなかったインストラクターが、三回連続してレッスンを担当を担当してくださるのである。私は彼女に、
「宝くじでも買ったほうがいいかもしれませんね」
などと言った。

 スタジオには二十人分のヨガマットが敷かれていたが、実際にレッスンに参加されたのは十九名だった。休日の午前中のレッスンはいつも混み合うのである。そのためか、今回もスタジオの中がとても暑くなっていたので、インストラクターがときどき冷たい空気をスタジオの中に送り込んでくださった。私は前回同様、暑いと感じたときはスタジオの外に出て少し休んでリフレッシュした。

 ホルモンバランスを整える鳩のポーズで、私はこれまでビギナーコースで取っていた足を上げずに片方の身体だけを傾けるポーズを取っていたのだが、最近、ようやく足が上がるようになった。とは言うものの、上がるのは左の足だけで、どういうわけか右の足は上がらない。つまり、片方のポーズしか取ることができないのだ。これは身体に歪みがあることが影響しているのだろうか。そうだとすると、右側の足も上がるように練習を重ねることで、身体の歪も矯正され、ホルモンバランスも整って来るのかもしれない。また一つ、目標ができた。

 レッスンを終えたあと、シャワーを浴びて受付に行くと、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターと、これまで一度もレッスンを担当してくださったことのないインストラクターが受付に立っていた。私は、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターにレッスンのお礼を言い、
「これで三ポイント獲得ですね」
と言った。三ポイントというのは、私のレッスンを三回担当してくださったという意味である。すると、まだ一度もレッスンを担当してくださっていないインストラクターが、
「ああ、私はまだ〇ポイントやあ」
と、まるで引け目を感じているかのようにおっしゃったので、その場で一斉に笑いが沸き起こった。そのインストラクターがレッスンを担当してくださるときも、何だか盛り上がりそうな予感がしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンは、左右一セットでポーズを取るので、身体の歪と向き合うことができます。お腹を下にしてうつ伏せになるときも、下にするほっぺたの向きや手の位置により、心地のいい場所とそうでない場所があるのを実感します。リラックスするには心地のいい場所を探るのがいいのでしょうが、身体の歪を取るには、心地の良くない場所を探って慣れて行くことが必要なのかもしれません。

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2008.09.08

ほとんど開店から閉店飲み会

映画『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。こうして毎日書き続けることができるのも、皆さんの励ましのおかげであります。さて、手塚作品もそうですが、『ゲゲゲの鬼太郎』のような歴史の古い作品になると、親子で揃って楽しめる作品なのでしょうね。「お父さんが小さい頃から観ていた作品なんだよ」などとお子さんに話すだけでも、お互いにとって、特別な作品になるような気がします。

 二ヶ月ほど前に、出稼ぎお姉さんという記事を書いた。土曜日に、そのときの友人と久しぶりに飲みに行った。彼女とは家が近所なので、我が家から自転車でおよそ十分程度のところにある阪急駅前の居酒屋さんに集合した。

 何を隠そう、彼女と私は数年前まで「開店から閉店まで飲み会」というのを開催していた。飲みに行くお店はいつも決まっていて、そのお店が開店する十七時から、閉店する〇時までのおよそ七時間、ずっと二人でお酒を飲みながらしゃべっていた。いや、「しゃべっていた」と書いたが、話をするのはほとんど彼女のほうで、私はいつも聞き役に徹していた。とりわけ、兵庫や大阪出身の関西人は、私が口を挟む間もないほどに良くしゃべる。私がこちらに移り住むようになってからというもの、飲み会がお開きになると、彼女も含めて一体どれだけ多くの人たちが、
「私ばっかりしゃべっちゃってごめんねえ。まるみちゃんの話も聞きたかったのに」
などと心にもないことを言って来たことだろう。その度に私は、「そんなふうに思っているのなら、ちょっとは私にも口を挟ませてよ」と、内心思うのだった。

 そんな彼女とも、しばらくの間、密な交流からは遠ざかっていたのだが、出稼ぎお姉さんの舞台をきっかけにして、交流が復活したのである。

 お店に入って席を並べてカウンターに座り、まず驚いたのは、彼女がおもむろに、品のいい折りたたみ式の「My箸」を取り出したことである。私は、
「ああ、やられたあ!」
と思った。フランスにエコバッグを持ち込んだくらいで満足していてはいけなかった。私の場合、日本では積極的に実践できていないのだから。彼女は、環境のために自分にできることを見付けて少しずつ地道に実践していたのである。私も、オフィスには「My箸」を持ち込んではいるが、普段から「My箸」を持ち歩いているわけではないので、外食するときにはお店の割り箸を使うことになる。しかし、「My箸」に切り替えれば、少なくと自分の分の割り箸の消費が抑えられるわけである。それに、お気に入りの箸を持ち歩くのはきっと楽しいことだろう。私は彼女から、とても心地良い刺激を受けた。

 ところで、彼女と私は同じアーチストの同じメンバーのファンである。コンサートに出掛ける回数は彼女のほうがだんぜん多く、彼女は既に五百本以上も彼らのコンサートに足を運んでいる。一方、私はと言うと、二十数年のうちでせいぜい三百本程度だと思う。いや、せいぜい三百本と言っても、そんな対象を持たない人からすれば、多いのかもしれない。既に五百本以上もコンサートに参加したという彼女は、コンサートツアーが始まると、週末を中心にして日本中のあちらこちらに遠征している。

 そんな彼女が、旅に出て行くときに必ず持参するものがあるという。それは、お気に入りのメーカから発売されているコンタクトレンズの装着液である。そもそもこんな話が持ち上がったのも、長時間、コンタクトレンズを使用しているために、私が何度も目薬を挿したことがきっかけだった。私は初めて知ったのだが、コンタクトレンズを装着するときに、彼女の言う装着液なるものを使用すると、コンタクトレンズ特有のゴロゴロ感やドライアイなどの症状が著しく緩和されるそうだ。彼女は、そのメーカの装着液に出会ってからというもの、その装着液が手放せなくなってしまったらしい。彼女はこう言った。
「変な話、(コンサート)ツアーに行くのに、下着のパンツを忘れても大丈夫やねん。コンビニとかでも売ってるから。でも、そのメーカの装着液を忘れたらあかん。旅先では絶対に手に入れへんから」
彼女はその装着液を、インターネットの通販を利用して購入しているらしい。だから、旅先にいる彼女にとっては下着のパンツよりも手に入らない大切なものだという。私はこの話を聞いたとき、頬の筋肉が痛くなるほど笑った。そして、下着のパンツよりも大切な装着液とやらに、私も是非とも出会いたいものだと思った。

 また、最近の彼女は、もともと好きなアーチストの他に、ある野球選手に心を奪われてしまっているそうだ。彼女の周りにいる同じアーチストファンの中にも、もともと好きなアーチスト以外に心を奪われるという現象が多発しているそうだ。
「やっぱりほら、みんなもうファン暦が長いから、浮気心が生まれてくんねん」
と彼女は言った。そして、浮気を始めると、あたかも気持ちを引き戻そうとするかのように、もともと好きなアーチストのコンサートで最前列のチケットが届いたりするらしい。そういうことが彼女の周りで多発しているらしく、
「こういうのを浮気伝説と言うねん。私も今度の(コンサート)ツアーで最前列のチケットが届いたらどうしよう」
と彼女は言った。

 彼女は、職場の人たちとどのような人間関係を結んでいるかについても語ってくれた。私も似たような状況にあるのだが、彼女は職場の人たちとは同じような情熱で繋がることはできないという。言うまでもなく、好きなアーチストのコンサートツアーが始まると、週末を中心に日本のあちらこちらに遠征している彼女にはとびきり熱い情熱がある。しかし、彼女の職場には、対象が何であれ、そうした情熱を持たない人たちが多いらしい。そのため、同じ職場の人たちと、自分の持っている熱いところで触れ合うことができないのだと言う。確かに、心をオープンにすることができない職場では、同じように熱いものを持っている人たちと触れ合えることのほうが珍しい。むしろ、熱い部分を押し殺して仕事をしているようなものだからだ。これについては、私も社会人になってからずっと感じていることだった。だから、コンサートに出掛けて、同じように熱い情熱を持った者同士が結び付き易くなるのだと思う。

 ほとんど聞き役に徹していた私も、何とか隙間を見付けて、ところどころ突っ込みを入れた。その突っ込みがツボを得ていたようで、彼女の目が輝いているのがわかった。その後、彼女の身近な人の死の話になってしんみりしたとき、私がぽつりと言った。
「でも、私たちだって、これまでに何度も死んで来たんだよね」
すると彼女は、
「そう、そうやねん」
と言った。ああ、彼女には、この感覚が通じるのかと思うとうれしくなった。

 話し込んでいるうちにあっという間に六時間が過ぎ、そろそろ閉店の時間となった。お店の中では『蛍の光』が流れている。『蛍の光』という曲は、間接的な表現を好む日本人にとっては、とても便利な曲である。私は始終、彼女の話には笑わされっぱなしで、頬の筋肉が痛かった。帰り際に彼女が、
「私、死後の話も好きやねん」
と言った。以前にも、彼女とは少しだけそういう話をしたことがあったのだが、スピリチュアルな部分までには及ばずに話が終わってしまった。次回の約束はまだしていないが、そのときは死後の話で盛り上がるかもしれない。筋腫のために禁酒していた私だったが、今回ばかりは彼女の話の面白さにつられてたくさんお酒を飲んでしまった。しかも、飲み方が良かったのか、私よりも酒豪であるはずの彼女よりもたくさん飲んだというのに、酔うこともなく、無事に家にたどり着くことができた。おいしいお酒を飲んだというのは、こういうことを言うのだろう。逆に、お酒を飲んで酔ってしまうというのは、お酒の席で話したことを忘れてしまいたいときなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ところで、「My箸」、「Myカー」、「Myバッグ」、「Myボール」といった言い方は、英語的にはおかしな表現のようです。何故なら、"My"を使うのは自分自身のはずなのに、他の人が「私の」ものに対して"My"を使っているからです。正しくは、「Her(His)箸」、「Her(His)カー」、「Her(His)バッグ」、「Her(His)ボール」なんでしょうね。それにしても、六時間の語り合いのうち、九十九パーセントは彼女が語っていました。(笑)次回、開催するとすれば、十パーセントくらいは突っ込みを入れたいものです。おしゃべり好きな彼女と会うときの目標ができました。(笑)

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2008.09.07

映画『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』

ホットヨガ(一一六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。胸の前で手を合わせて話をすると、気持ちが一点に集中するからでしょうか。言葉に心がこもりやすいような気がします。そのため、いつの間にか表情も真剣になっています。さて今回は、「遅ればせながら」の映画のレビューであります。(苦笑)

 去年、公開された映画『ゲゲゲの鬼太郎』の実写版を観て、あまりにもフィットしたキャスティングにいたく感動したので、今年もガンモと一緒に鑑賞しようと、派遣会社の福利厚生サービスを利用して、公開前から前売券を購入していた。

 ところが、公開直後の夏休み前は仕事と旅行の準備でてんてこまいの状態で、とても二人揃って映画館に足を運べる状態ではなかった。夏休みが終わってからも、お盆に帰省したりTOEICの試験を受けたり、休日でもガンモの仕事が入っていたりと、これまた二人揃って映画館に足を運べるチャンスがなかなか巡って来なかった。

 このままでは、鑑賞できないまま公開が打ち切られてしまうと思い、ガンモが比較的早い時間に仕事を上がることのできた休日にちょっぴり無理をして、109シネマズHAT神戸で鑑賞することにした。実はこの日、私は既に映画『あの日の指輪を待つきみへ』映画『闇の子供たち』を鑑賞したあとだったので、私にとっては、一日のうちに鑑賞する三本目の映画となった。

 今回の物語は、人間の若い女性が次々に姿を消してしまうことから始まる。何とその背景には、千年前に引き裂かれた妖怪と人間との悲しい悲しい愛の物語が関係していることがわかる。愛を引き裂かれたことに恨みを持った魂が悪霊として甦り、若い女性たちの魂を次々に吸い取っていたのである。その悪霊の魂を鎮めるため、鬼太郎たちが立ち上がったのだが、実際に悪霊の魂を鎮めたのは、鬼太郎たちの持つ「妖術」ではなかった。

 互いに深く愛し合っていた妖怪と人間は、天災の原因を妖怪に求めようとしたあさはかな人間たちの陰謀により、悲しくも引き裂かれてしまった。人間である夫の愛さえも疑ってしまった妖怪は、ついには悪霊となり、若い人間の女性たちの魂を次々に奪っていたのである。

 この映画で表現されているのは、愛を信頼することの難しさと尊さである。愛を信頼できなければ荒れ狂い、愛を信頼することができれば穏やかになる。それを、妖怪と人間の愛の物語に深く感動した女子高生が実証したのである。悪霊の魂と繋がる接点を見つけることができた女子高生は、悪霊に向かって熱心に語り掛けるのだ。それは、悪霊となった妖怪が人間との愛を思い出す形で進行して行く。女子高生に対する鬼太郎のサポートもいい。鬼太郎は、実の母の魂に会いたかったはずなのに、悪霊の魂を沈静させるためにそのチャンスを見送る。

 物語の展開を静かに見守っていると、あたかも妖怪と人間の新たなる恋も生まれようとしているかのようだ。そう、鬼太郎と女子高生である。一方、鬼太郎に恋心を抱いている猫娘は気が気じゃない。しかし、こうしたシリーズものは、レギュラーにならない限り、継続的な関係までには発展しない。次回作でまた別のヒロインと新たな関係を始められるように、お互いの中に淡い恋心が芽生えたであろうところで物語が終わる。

 それにしても、慣れとは実に恐ろしいもので、前作では驚きと感動の連続だったキャスティングも、今回ではもはや当たり前になっていた。彼らにとってはこの映画の役柄のほうが現実で、普段の生活のほうをむしろ役者として演じているのかもしれないと思ってしまうほどだ。

 ただ、今回は猫娘を演じている田中麗奈ちゃんの印象が薄かった。前作では、怒り狂う猫に変身する戦闘シーンがあったのに、今回はおとなしい猫娘に徹していたからだろうか。また、間寛平さん演じる子泣き爺と室井滋さん演じる砂かけ婆もすっかり板についていて、まったく違和感がない。二人は一緒に温泉に出かけて行ったりと、あたかも長年連れ添った夫婦であるかのような役柄である。

 更に今回は、ぬらりひょん役として緒形拳さんが登場されている。いやはや、これまたすっかりハマリ役である。これからの緒形拳さんは、ぬらりひょんにしか見えなくなってしまうことだろう。ガンモは相変わらず、大泉洋くんのねずみ男に感動している。私も、彼はねずみ男を演じるために生まれて来たのではないかと思ってしまう。これだけ豪華でぴったりのキャスティング揃いなら、おそらく次回作も製作されるのだろう。漫画と実写のギャップの少ない映画として、これからも期待したい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 荒れ狂った魂を沈める確実な方法は、その魂の体験した愛を思い出させ、愛を信頼させることだったのですね。ものすごく大切なことなのですが、この映画を観て、実生活に応用できるかどうかは、この映画で何を受け取ったかによるのかもしれません。盛りだくさんな内容だっただけに、大人向けとも子供向けとも言い切れない部分がありますが、私たちが生きて行く上で大切なメッセージが発信されていたことは間違いないでしょう。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.06

ホットヨガ(一一六回目)

近くて遠い機能間インターフェースの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 携帯電話と格闘しながら、「私たちは技術者だっていうのに、まったく何やってんだろうねえ」などと話していました。あれをこうして、ああしてと踏んで行く手順は、まるでパズルを解いているかのようでありました。

 結局、八月は二回しかレッスンに参加することができなかった。私は、あたかもこれまでのレッスンの遅れを取り戻すかのように、またしても平日のレッスンの予約を入れた。いつも神戸店で受けている九十分のベーシックコースである。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、何と、今回も前回と同じインストラクターがレッスンを担当してくださることがわかった。インストラクターも私を見て驚かれ、
「連続して担当させていただくのはレアかもしれません」
とおっしゃった。私は、
「本当に。これで二ポイント獲得ですね」
と言った。するとインストラクターは、指を二本立てて二ポイントを示すピースマークを作った。

 レッスンの参加者は私を入れて十四名だった。いつもと同じペースでレッスンが進んで行ったのだが、どういうわけか、スタジオの中がとても暑くなり、私はとうとうレッスン終了間近になって、休憩のために水を持ってスタジオの外に出て行った。インストラクターが、
「暑い方は、いったんスタジオの外に出てお休みされたほうが、集中力が高まりますので」
とおっしゃったからだろう。私の他にも、数人の人たちがスタジオの外に出て行った。おそらく他の人たちも私と同じように、いつもより暑いと感じていたのだろう。

 実際、外で涼しい空気に触れてスタジオに戻ってみると、インストラクターの言う通り、集中力が高まった。いつもはお休みさせていただいているポーズにも、取り組む意欲が沸いて来る。仕事にメリハリをつけるのと同じように、暑いと感じたらスタジオの外に出て冷たい空気に触れることも大切なのだとわかった。

 ただ、いつものように私が弓のポーズなどで休んでいたのをご覧になったのだろう。レッスン終了後、インストラクターに、
「大丈夫ですか?」
と言われてしまった。私は、お話ししておいたほうがいいと思い、
「実は、大きな筋腫があるので、お腹を下にするポーズや前かがみになってお腹を圧迫するポーズは控えているんです」
と言った。すると、インストラクターは厳粛な様子で、
「そうでしたか。わかりました」
と言ってくださった。

 それにしても、九十分のベーシックコースは、これまでにないほど汗をかく。行きはレッスン中に飲む水を持参するためバッグが重いが、帰りは汗をたっぷり吸い込んだレッスン着を持ち帰るため、これまたずっしりと重い。家に帰れば、これらのレッスン着をガンモが洗濯してくれる。ああ、私は何て幸せなのだろう。

 シャワーを浴びたあと、ロッカールームで帰り支度を整えていると、さきほどのインストラクターに会った。私は、
「ありがとうございました。いい汗かきました」
とインストラクターにレッスンのお礼を言った。すると彼女は、とてもうれしそうに両手を合わせながら、
「そう言ってくださるととてもうれしいです」
と言ってくださった。

 インストラクターの中には、話をするときに、胸の前で両手を合わせるインストラクターがいる。私はインドに行ったことがないのでわからないが、インドのあいさつ「ナマステ」を口にするときも、胸の前で両手を合わせるそうだ。中学の頃から好きだったゴダイゴが『ナマステ』という曲を発表したとき、ヴォーカルのタケが胸の前で両手を合わせていたのを思い出す。こうした習慣は、実際にインドに渡り、現地の人たちがどのような気持ちで両手を合わせているかを想像する機会に恵まれないと、なかなか身につかないものだ。そう考えると、胸の前で両手を合わせているインストラクターは、実際にそのような経験のあるインストラクターなのではないかと勝手に想像している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまで一度もレッスンを受けたことのなかったインストラクターが、二回連続、レッスンを担当してくださいました。八月の遅れを取り戻すためにレッスンに通っている私と同じように、そのインストラクターもまた、これまで私のレッスンを担当してくださらなかった遅れを取り戻しているのでしょうか。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.05

近くて遠い機能間インターフェース

映画『闇の子供たち』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ネットワーク障害により、しばらくの間、ガンまるコムサーバがインターネットに接続されていない状況が発生していました。そのため、ガンまるコムサーバ上にアップロードしている画像やホームページなどを閲覧することができず、皆様には大変ご迷惑をお掛け致しました。この場をお借りしまして、深くお詫び申し上げます。

 先日、久しぶりに、年齢の近い三人の派遣仲間で集まるソフトウェア技術者の晩餐会を開いた。もともと同じ職場で働いていた三人組だったが、時を経て、そのうちの二人が同じビルの別会社で働くようになった。しかし、間もなく私と同い年の派遣仲間が同じビルの別会社の契約期間を満了して退職して行った。そこで、彼女の送別会を開こうと、六月の終わり頃から企画していたのだ。しかし、それぞれのスケジュールを繰り合わせ、送別会として候補にあげた日が実際は定時退社日ではなかったため、仕事を早めに切り上げることができなかったり、また、私の仕事が忙しくなってしまったりで、ずっと延び延びになっていた。

 そんなある日、好敵手の彼女から久しぶりに連絡が入り、三人が集まる日がとんとん拍子で決まった。何でも好敵手の彼女は、私が乳房腫瘤の疑いがあると診断されたことをずっと気に掛けてくれていて、マンモグラフィーの検査を受けた私にどのような診断結果が出たのか、私自身に確かめることができずにずっと悶々としていたのだという。一方、私はと言うと、別件で送信したメールの返事が彼女からなかなか返って来なかったので、きっと仕事が忙しいのだろうと思い込み、しばらく連絡を控えていたのだ。つまり、両方とも待ちの状態に入っていたため、しばらく音信が途絶えていたというわけだ。

 いつもは職場近くのお店に集合していたのだが、私と同い年の派遣仲間の新しい職場が私たちの職場からは遠いことから、三宮で会うことになった。好敵手の彼女がかつて行ったことのあるお店を紹介してくれたので、そのお店に入り、私と同い年の派遣仲間の到着を待つことになった。

 私と同い年の派遣仲間には、お店が決まり次第、連絡することになっていた。いつも連絡用に使用しているのは、私以外の二人は携帯電話のメールアドレスで、私はパソコンで使用しているメールアドレスだった。パソコンのメールアドレスに届いたメールは、多少の不便は感じるものの、携帯電話から読み書きできるようになっている。

 私は、ひとまずお店の地図情報を取得しておいたほうがいいだろうと思い、携帯電話からぐるなびにアクセスして、お店の情報を取得した。ところが、お店の情報が記載されたURLをコピーしても、携帯電話から、パソコンのメールアドレスのサイトにアクセスし直すと、コピー&ペーストの機能が使えないことがわかった。おまけに、普段はパソコンを使用しているため、いつも連絡を取り合っている派遣仲間たちの携帯電話のメールアドレスは、パソコン本体に登録している。つまり、私と同い年の派遣仲間にメールを送信しようにも、メールアドレスがわからなかったのだ。

 そこで、好敵手の彼女に頼んで、私と同い年の派遣仲間のメールアドレスを送信してもらったのだが、彼女がメールを送付した先は、私が普段、使用しているパソコンのメールアドレスだった。ぐるなびで獲得したお店情報のURLを携帯電話からアクセスしているパソコンのメールアドレスの操作画面にコピー&ペーストできないのと同様に、パソコンのメールアドレスに届いたメールに記載されている私と同い年の派遣仲間のメールアドレスについても、コピー&ペーストすることができなかった。そこで、今度は私の携帯電話のメールアドレスに送信してもらうことにした。

 とは言うものの、私はほとんどの人には、
「携帯電話のメールはほとんど使っていないし、パソコンに届いたメールをこまめにチェックしてるから、メールをくれるならパソコンのメールアドレスに送ってね」
と言って、携帯電話のメールアドレスはごく一部の人にしか教えていなかった。もともと、携帯電話の操作があまり得意でなく、文字を入力するのにひどく時間が掛かってしまうことが最大の理由である。

 そこで、好敵手の彼女に私の携帯電話のメールアドレスを知らせるために、好敵手の彼女の携帯電話と私の携帯電話で赤外線通信をして、私の携帯電話のメールアドレスを好敵手の彼女の携帯電話に送り込んだ。そうしてようやく、好敵手の彼女が私の携帯電話のメールアドレスに、私と同い年の派遣仲間のメールアドレスを送信してくれた。更に今度は私がそのメールアドレスに、ぐるなびで得たお店情報のURLを送信したというわけである。ふう、やれやれ、実に長い道のりだった。

 単にお店の情報が記載されたURLをメールで送信するだけのことで、しばらくの間、携帯電話と格闘することになってしまった。いっそのこと、ノートパソコンを取り出して立ち上げても良かったのだが、メールを受信する相手が携帯電話だったので、パソコンで検索したURLを貼り付けてもうまく表示されるかどうか自信がなかったのだ。

 携帯電話からパソコンのメールアドレスに届いたメールを読み書きできるのはありがたいが、他の機能と連携が取れていないのはいかがなものだろう。例えば私は、携帯電話にしては長いメールを書くときは、時間を見付けてちょこちょこ書くので、携帯電話に付属のテキストメモを使ってみたりする。ところが、いざ送信する段階になって、テキストメモに保存しておいた内容を、携帯電話から使用しているパソコンのメールアドレスの操作画面にはコピー&ペーストすることができないことに気がついて青ざめてしまう。結局、携帯電話のテキストメモに保存した内容は、携帯電話のメールアドレスから、普段使用しているパソコンのメールアドレスに覚書としていったん送信し、今度はパソコンでそのメールを受信して、パソコンからメールを送信し直すという方法しか思い浮かばない。便利になったようでいて、実はまだまだ携帯電話は使いにくいと実感した。異なる機能を使用するときも、コピー&ペーストが容易に実現されるならば、このような苦労はしなくて済むのだろうが、どういうわけか、日本で使用している携帯電話を海外に持ち込んで、すぐ側にいるのに国際電話を掛けなければならないような不便さを感じてしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 日用品をはじめ、ほとんどのものはそれなりに便利になりました。しかし、個々の機能が便利になっただけで、それらを別の機能と連携させたりする技術は後回しになってしまっているように思います。これからの時代は、データの再利用が求められると思います。私も、携帯電話の「画面メモ」を何とかデジタルな情報として残しておきたくて、保存した画面メモを見つめながら、一生懸命書き写しています。(苦笑)これは、「画面メモ」をデジタルな情報としてパソコンに保存することができないために、仕方のない作業なのです。今回、取り上げた内容も含めて、携帯電話には、まだまだ改良の余地があると思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.04

映画『闇の子供たち』

ホットヨガ(一一五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガの会員になってから、既に二年が経過しました。それでもまだ、一度もレッスンを担当してくださっていないインストラクターがいらっしゃいます。インストラクターに尋ねると、どのレッスンを担当するかはバラバラに決められるとのことです。縁とは実に不思議なものであります。

 映画『あの日の指輪を待つきみへ』を鑑賞するためにわざわざ大阪・梅田まで出掛けて行ったわけだが、私が一本の映画を鑑賞しただけで満足するわけがない。実は、気になる映画がもう一つあったのだ。それが、今回レビューを書かせていただく映画『闇の子供たちへ』である。

 この映画が公開されることは、他の映画を鑑賞したときに上映されていた予告編で知った。そして、たまたまテアトル梅田でもこの映画が上映されていることがわかったので、引き続きテアトル梅田で鑑賞することにしたのである。上映時間も、映画『あの日の指輪を待つきみへ』を鑑賞したあと、お昼ご飯を食べてちょうどいい時間だった。

 ところが、この映画もまた、映画『あの日の指輪を待つきみへ』と同様、一日一回の上映のみだった。混雑が予想されるため、私は受付で早めにチケットを発券していただいた。そして、お昼ご飯を食べてから、再びテアトル梅田に戻ってみると、とんでもないことになっていた。この映画が上映されるのは、さきほど映画『あの日の指輪を待つきみへ』を鑑賞したときよりも大きなシアターだというのに、立ち見客を受け付けていたのである。コンサートの立ち見ならすんなり理解できるが、映画の立ち見というのは珍しい。立ち見客を受け入れていたものだから、テアトル梅田の狭いロビーは、上映待ちの観客でごった返していた。これほどまでに人々の興味を惹きつけている映画なのに、一日一回だけの上映とはどういうことだろう。

 さて、いよいよ入場開始となり、比較的早めにチケットを発券していただいた私は座席にありつくことができた。指定席券を持っている人たちがほぼ入場し終えると、立ち見客の入場が開始された。立ち見客だけでも軽く数十人は下らないのではないだろうか。シアター内を見渡してみると、立ち見客のほとんどは、シアター内の段差のある階段に腰を下ろし、体育座りをしていた。しかも、この映画の上映時間は二時間を越えているのだ。よりにもよって、長編の映画を体育座りで鑑賞することになってしまった立ち見客はとてもお気の毒である。しかし、そんな立ち見客からは、何が何でも鑑賞したいという熱意が伝わって来る。映画『あの日の指輪を待つきみへ』の本編が上映されているのに、受付の方に無理を言ってチケットを発券してもらった私も、情熱を持った立ち見客の仲間に加えさせていただくとしよう。

 この映画には、タイの子供たちの売春・人身売買という衝撃的な事実が盛り込まれている。そのような売買を行っている業者に対し、お金のために、親が子供を引き渡すのだ。売春宿に送り込まれ、売春をさせられる子供たちは、男女問わない。まさしく目を覆いたくなるような真実である。そして、そうした子供たちを主に「買っている」のは、日本人をも含む外国人である。子供たちにエイズが感染すると、使い物にならなくなったとして、ポリ袋に入れられ、ゴミとして出される。また、人身売買は、難しい手術を受ける子供たちに対し、生きたまま臓器を提供するというものだ。これらが本当にタイで起こっている真実なのかと目を疑ってしまう。

 このようなタイの真実を記事にしようと、タイに駐在している新聞記者の南部(江口洋介)が取材に向けて動き出す。同じ頃、タイの子供たちを守ろうと動いているタイのボランティア団体に参加した恵子(宮崎あおい)が南部と出会う。南部と恵子は協力し合って、タイの子供たちの売春や人身売買の事実に迫ろうとするが、事実だけを記事にしたい南部と、何が何でも子供たちの売春や人身売買を阻止したい恵子には、温度差がある。

 ここまで書いて来て、お金というものがいかに人々の心を狂わせているかを実感せざるをえない。自分のために使うお金は、単に欲望を達成するための手段と言い切れるのかもしれない。もともとお金というものは、自分のために使うものではなく、人のために使うものなのかもしれない。

 ただ、中にはどうにもならない状況もある。日本では、子供の臓器移植に年齢制限があるため、子供の臓器移植手術は年齢制限の緩い外国で行われる。しかし、タイでドナーとなる子供が見付かったとしても、その子は亡くなっているわけではなく、まだ生きている子供である。そうした事情を知りながらも、我が子の命を助けたい一心で、タイに出向いて臓器移植の手術を受けようとする人たちもいる。何故なら、臓器移植手術を受けなければ、病気の我が子が死んでしまうとわかっているからだ。臓器移植手術を受ければ、タイの子供が死んでしまうというのに。こうした状況に対し、すぐにはすっきりするような解決策は思い浮かばない。ただ、何か人々の心に染みて来るような選択肢は残されている。例えば、タイの子供たちの命を奪うくらいなら、臓器移植の手術は受けないと、勇気を持ってきっぱりと決断するということだ。果たして、誰かから何かを奪ってまで、自分自身の幸せを追求し続けることができるのだろうかと、この映画ではしきりに問い掛けて来る。

 何を隠そう、私はこの映画を製作された阪本順治監督の映画『顔』という作品にエキストラで出演したことがある。阪神淡路大震災の被災者たちが線路沿いを歩いているシーンである。当時の撮影の様子は、エキストラ初体験に綴っている。エキストラで出演した阪本順治監督の映画『顔』を鑑賞したのも、確かテアトル梅田だった。そのときはガンモと一緒に鑑賞し、自分の顔がスクリーンに映し出されていることに対し、驚きの声を上げたものだ。今回、阪本順治監督の作品を鑑賞して、私が驚きの声を上げることはなかったが、何か心の中に錘(おもり)を乗せられたような、ずっしりと重い感覚が残った。

 この映画は問題提起であり、多くの人たちにこの事実を知らしめることによって、何かが変わって行くことを期待した作品なのだろう。実は、この映画には意外な結末が用意されている。もしかするとその結末は、日本人への皮肉であるのかもしれない。すなわち、この映画が日本人の手で製作され、日本で公開されたということは、これらのタイの抱えている問題に対し、日本人の私たちにも何かできることがあるということだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 衝撃的な映画でありました。私の従妹は、夫の仕事の関係で、しばらくタイで暮らしていました。今度従妹に会ったときに、タイの実情を聞いてみたいと思います。この映画を観て、「奪う」ということについて深く考えさせられました。果たして、自分は何かを奪いながら生きていないだろうかということについて、立ち止まって考えさせられたのです。できる限り、「奪わない」で生きていきたいものです。

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2008.09.03

ホットヨガ(一一五回目)

公開テストへのお誘いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そう言えば、昔は書店でTOEICや英検の申し込みをしていました。今でも書店での受付は残っているようですが、最近はWebで申し込んでクレジットカード決済できるそうです。時代も変わったものですね。

 仕事が落ち着いて来たので、思い切って平日のレッスンの予約を入れてみた。およそ一ヶ月ぶりに神戸店で受けるレッスンである。神戸店は、私が最も頻繁にレッスンに通っているスタジオなので、入口の扉を開けた直後から、受付に誰が立っているのか楽しみで仕方がない。そんな状況だから、スタッフが視界に入っているというのに、あいさつを交わさないということもない。

 受付に立っていたのは、いつもお話をさせていただくスタッフだった。以前、お会いしたときよりも、彼女の髪の毛が伸びていたように思えたので、
「髪の毛が伸びましたねえ」
と言うと、
「実は、これでもきのうカットしたばかりなんですよ」
と言われてしまった。それほどまでに、私は神戸店のスタジオに足を運んでいなかったのだろうか。いやいや、そんなはずはない。私は一瞬、自分が浦島太郎になったような気がした。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、受付などではしばしばごあいさつをさせていただいているものの、これまで一度もレッスンを受けたことのなかったインストラクターだった。レッスン開始前に彼女が自己紹介してくださったとき、私は彼女の名前をしっかりと記憶の中に刻み込んだ。

 レッスンの途中、どのように立つかということを示すために、尾骨(びこつ)を引き下げてお腹を引き上げる動作をインストラクターが私たちの前で見せてくださった。私はその動作を見たとき、第二チャクラのあたりが弱い私にはなかなか難しい動作だと感じた。第二チャクラのあたりが活性化している人は、尾骨を引き下げ、お腹を引き上げることなどたやすいのだろう。また一つ、自分の弱点を発見してしまった。

 レッスンを終えたあと、ロッカールームで先ほどのインストラクターと顔を合わせたので、改めて、
「ありがとうございました。お疲れ様でした」
とあいさつを交わした。インストラクターは、私が後半の寝ポーズで少し休んでいたことを気に掛けてくださっていた。お腹に力を入れることができない私は、お腹に力が必要なポーズはいつもお休みさせていただくのである。私は、
「ありがとうございます。大丈夫です」
と答えたあと、
「確か、いつも受付などではお見掛けしているのに、レッスンを担当してくださったのは今回が初めてでしたよね」
と言うと、インストラクターは、
「そうですよね。実はレッスンの前に、レッスンに参加される方たちのリストを拝見するのですが、その中にまるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字。以下、同様)のお名前があったので、『あっ、まるみさんやー』と話していたんですよ」
とおっしゃった。何でもインストラクターの話では、これまで私の参加するレッスンを担当したことがなかったので、神戸店のインストラクターの中で、私の一番最後の担当者になりたくないと思っていたらしい。私が、
「大丈夫ですよ。他にもまだ、レッスンを担当してくださっていないインストラクターさんがいらっしゃいますので」
と答えると、彼女は、
「ああ、良かったあ。私が一番最後なのかと思っていました」
と言いながら、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 これまで一対一ではお話をしたことのなかったインストラクターだったので、私の名前をしっかりと覚えてくださっていたのはとてもうれしかった。毎回感じることだが、ホットヨガのスタッフから、私たち会員への歩み寄りがとてもありがたい。もちろん、私もレッスン開始前に自己紹介してくださった彼女の名前をしっかりと心に留めた。次回からは、他のインストラクター同様、彼女の名前を自然に呼べるように、こちらからも歩み寄りの姿勢を見せたいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まさか、インストラクターの間で、私のレッスンを担当することが話題になっているわけではないですよね。(苦笑)尾骨を意識的に引き下げると、お尻がぎゅううううと下に下がって行き、お腹が上に上がって来ます。しかし、私のお腹は動きません。というか、動かせません。(苦笑)だから、手を添えながら、尾骨の動き、お腹の動きを感じるしかありませんでした。第二チャクラのあたりが活性化しないのは、ちょっぴり悲しいものです。

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2008.09.02

公開テストへのお誘い

映画『あの日の指輪を待つきみへ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ココログメンテナンスの影響により、Internet Explorerをお使いの皆さんには「ガンまる日記」が表示されないという障害が発生していました。現在は、一部機能が制限されることにより、復旧しているようです。Internet Explorerをお使いの皆さんには大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。m(__)m

 毎週金曜日はシネマポイントカードに加入している映画館の会員サービスデー、毎月一日は映画サービスデー、そして毎週火曜日はレディースデーとなっている。どのサービスも、映画をそれぞれ千円で鑑賞することができる。八月の終わりに、これまで抱えていた仕事がようやく落ち着いた。その反動で、私は毎日のように仕事を定時に上がり、映画を観ていた。すなわち、例え仕事が落ち着いたとしても、私の帰宅時間は、仕事で残業をしていたときよりもほんの一時間ほど早いだけだった。

 その一方で、そろそろ百六十五点差に書いたTOEIC IPテストの結果が届く頃だとも思っていた。しかし、ガンモよりも先に帰宅して結果通知書を自分で開封することよりも、映画を観ることのほうを優先させてしまっていた。

 あるとき、映画を鑑賞し終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは既に帰宅していた。そして、私にこう言ったのだ。
「TOEICの結果、届いてるから」
それを聞いた私は、「とうとう来たか」と思った。私は結果を知りたくて、
「で、どうだった?」
とガンモに尋ねてみた。ガンモのことだから、きっと私よりも先に開封しているだろうと思ったのだ。私には、自分が先に開封できなかったことが、ちょっぴり悔しくもあった。

 しかしガンモは、私のスコアを読み上げることなく、
「もう、派遣会社のIPテストを受けるの禁止!」
と言う。
「ええっ? 何で?」
と尋ねると、ガンモは、
「家に帰ってからのお楽しみだから」
と言うのだ。私は、
「あっ、わかった! 私の取った点数が、ガンモのベストスコアを上回ったんでしょ。それで、ちょっと焦ってるんじゃないの?」
などと言った。しかしガンモは、
「何でもいいから帰って来ーい」
と言って、私のスコアを教えてはくれなかった。

 私はガンモの提案通り、すぐに帰宅し、派遣会社から届いたスコアを確認した。私がIPテストを受けるのをガンモが禁止と言うくらいだから、余程スコアが悪いか、それとも良いかどちらかだろうと思っていた。しかし、私は届いたばかりの自分のスコアを見て驚いた。何故ならそれは、ベストスコアまでは及ばなかったが、ベストスコアよりもわずか十点低いだけだったからだ。これはなかなか良い感じかもしれない、と私は思った。ガンモの言う通り、後半のリーディングの問題に真剣に取り組んだことは正解だったようだ。

 今回のTOEIC IPテストで、私にとっては最後のリーディングの問題が比較的取り組み易いと実感したのだが、これまでのTOEIC IPテストでは、これらのリーディング問題を一番後回しにしていた。真剣に取り組めば確実な解答を導き出せる問題なのに、時間が足りなくて超能力に頼っていたのである。しかも、その超能力も毎回、鈍ってばかりだった。これでは良いスコアが導き出せるわけがない。良いスコアを獲得するには、確実な解答を導き出せる問題に真剣に取り組んだあと、残り少ない時間で不確かな問題を超能力に頼れば良かったのだ。

 私は、せっかくTOEICへの取り組み方がわかって来たところなので、
「公開テストはまだ受けない。後悔するかもしれないし」
などと駄洒落を言ってみた。ガンモとしては、そろそろ公開テストで私と同じ問題を受けて、本格的な腕比べをしたいらしかった。

 実際、ガンモと同じ公開テストを受けたところで、同じ試験会場で受験できるかどうかはわからない。私たちがまだ新婚の頃、二人でたまたま同じ会場の同じ教室でTOEICの公開テストを受験したことがあるのだが、当時は申し込み順と住所で会場が決められていたのではないかとガンモは推測している。しかし、現在の仕組みはどうなのだろう。ガンモが公開テストを受けるときは、自宅近くの大学が受験会場に指定されることが多いが、これまでに、自宅近くの大学のほかにも、神戸大学や甲南大学で受験したこともある。また、近所に住むガンモと同じ会社に勤務している女性は、毎回、自宅近くの同じ女子大学で受験しているそうだ。ということは、女性の受験者は優先的に女子大学の会場に送り込まれことになっているのかもしれない。公開テストを受けるにしても、ガンモと同じ会場の同じ教室で受験することができないなら、公開テストに対していよいよ消極的になってしまうのである。

 ひとまず私は、十月に行われる派遣会社のTOEIC IPテストを既に申し込んでいるので、公開テストに踏み切るかどうかは、十月のTOEIC IPテストの結果次第ということにさせていただくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回も、ガンモよりも先にスコアシートを開封することができなかったのはちょっぴり悔しくもありましたが、決して落ち込むようなスコアではなかったので、安心しています。少しずつ英語学習の成果が上がって来ているという手ごたえを実家しつつあります。もう少し頑張れば、学習が楽しくてたまらない時期がやって来るのでしょうね。できれば近いうちに、その時期を迎えたいと思います。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.09.01

映画『あの日の指輪を待つきみへ』

ホットヨガ(一一四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休みやらお盆やらで、およそ一ヶ月もレッスンに通えない状態ではありましたが、久しぶりにたっぷりと汗をかきました。人に対して気持ちが消極的になっているときは、「視界に入っているのにあいさつをしない」ことも多々ありますが、今回の出来事は、私の消極的な気持ちが招いた出来事だったと言えるでしょう。さて今回は、映画のレビューをお届けしたいと思います。

※ココログメンテナンスの影響で、現在、Internet Explorerからは「ガンまる日記」が表示されない状態になっています。申し訳ありませんが、復旧までしばらくお待ちください。ココログからのお知らせはこちらです。なお、Internet Explorer以外のブラウザからは問題なく表示されるようです。と言っても、Internet Explorerをお使いの方に向けて、ここに書いても仕方がないのですが・・・・・・。(苦笑)

 大阪・梅田でTOEIC IPテストホットヨガのレッスンを受けた翌日の日曜日、ガンモは早朝から仕事に出掛けて行った。一方、私も観たい映画があったので、前日に引き続き、大阪・梅田に足を運んだ。

 観たい映画というのは、『アウト・オン・ア・リム』などの著書でも有名なシャーリー・マクレーン主演の映画『あの日の指輪を待つきみへ』である。この映画は、三宮の映画館でも上映されていたのだが、一日一回、午前中のみの上映に限られていたため、もはや休日しか鑑賞できない状況に陥っていた。たまたま、ホットヨガのレッスンを受ける前に、ホットヨガ梅田店の近くにあるテアトル梅田でも、この映画が三宮と同じく一日一回、朝の九時半から上映されていることを知り、翌日も梅田に足を運んでみようと思い立ったわけである。

 しかし、九時半からの上映となると、普段、仕事に出掛けるよりも早い時間に家を出なければならない。もたもたしているうちに時間が過ぎてしまい、最寄駅に着いたときには、乗りたいと思っていた列車が発車したあとだった。結局、泣く泣く次の列車に飛び乗ったのだが、JR大阪駅からテアトル梅田まではかなり遠く、目的のテアトル梅田に着いたのは九時四十分くらいだった。

 受付のディスプレイを確認してみると、既に『あの日の指輪を待つきみへ』には×印が表示されていた。これは、受付が締め切られたことを意味している。私は、何とか頼み込んで中に入れてもらおうと思っていたが、チケットを発券していただくのに、私の前に並んでいる人がもたもたしている。私はイライラしながら順番待ちをしていた。ようやく私の順番が回って来たので、
「『あの日の指輪を待つきみへ』はもう入場できませんか?」
と尋ねると、受付の方は時計をご覧になり、
「そうですね。もう本編が始まっていますので・・・・・・」
とおっしゃった。確かに、九時半からの上映に対し、時計が指している現在時刻は九時四十二分である。しかし、三宮でも梅田でも午前中一回のみの上映となると、もはや鑑賞できるチャンスはないかもしれない。私は、どうしても鑑賞したかったので、
「予告編は上映されたんですよね?」
と尋ねてみた。上映開始後、既に十二分が経過しているとしても、予告編の上映分を差し引けば、本編が上映されてからそれほど時間は経っていないのではないかと主張したかったのだ。それに対し、受付の方からは、
「はい、予告編は上映されましたが・・・・・・」
という答えが返って来た。しかし、間もなく、
「本来ならば、本編が始まってからのご入場はご遠慮いただいているのですが、今回限りということでお願いします」
と言って、チケットを発券してくださったのである。

 私は、受付の方にお礼を言って中に入った。ところが、一日一回の上映に限られているからだろうか。もともと狭いスクリーンはほぼ満席状態で、もはや一列目くらいしか空席がなかった。私は腰をかがめながら一列目まで歩いて行き、斜め下から見上げる形で鑑賞を始めた。登場人物の顔が歪んで見えてしまったが、それでも、鑑賞できないよりはマシである。

 この映画には、五十年前の回想のシーンと、アメリカとアイルランドの現代のシーンがいくつも織り交ざって登場していた。映画の構成によっては、複数の時代や場所を行き来することで、ストーリーが追いにくい状態に陥ってしまうこともある。しかし、ありがたいことにこの映画は、複数の時代や場所で展開されるストーリーを違和感なく追える形に仕上がっていた。

 途中から入場した私は、アメリカにおける現代の葬儀のシーンから鑑賞することになった。どうやら、シャーリー・マクレーン演じるエセルの夫が亡くなってしまったようである。しかし、彼女の表情に悲しみの色は表れていない。二人は冷め切った夫婦だったのだろうか? と思いきや、物語が進行するにつれて、何やらそれ以上に深い事情があることが明るみになって行く。

 一言で言うと、この映画に描かれているのは、固い絆で結ばれた男性三人(テディ、ジャック、チャック)と女性一人(エセル)の友情と男女の愛の物語である。テディとエセルは恋人同士だが、ジャックとチャックもエセルに好意を寄せている。

 私はそれなりに感動もし、涙も流して満足したのだが、いつも拝見しているshisyun氏の空想俳人日記あの日の指輪を待つきみへを読ませていただいて、あっと驚いた。shisyun氏は、

というか、だいたい、もともと、テディ、エセルに対する愛情にもジャックやチャックに対する友情にも、どっか自己中心的なキライがあると思うんだけど・・・ちょっと大前提に文句?

と書かれている。私は、「なるほど、これはやられた!」と思った。冷静になって考えてみれば、彼らの取り決めの中に自己中心的な部分があったことは否めない。特に、エセルと恋人関係にあったテディは、自分が戦死した場合のエセルの幸せを自らが仕切って決めている。エセルの幸せはエセル自身が決めればいいことなのに。しかも、エセルを二人の親友に押し付けていると取れなくもない。shisyun氏のレビューを拝見して、なるほど、そういう見方もできるのかと、新しい視点でこの映画を振り返ることができた。だからshisyun氏は、「約束に縛られている」と表現されているのだろう。約束をポジティヴに捉えるか、ネガティヴに捉えるかで、この映画の見方は大きく違って来るということだ。

 私がこの映画の登場人物として注目したのは、アイルランドの青年ジミーである。彼のような純朴な青年は、シリアスな場面に更なる緊張感を与える。ジミーは、テディが乗っていた飛行機が墜落したアイルランドのベルファストの住人で、クィンラン老人とともに、五十年前の墜落現場周辺を発掘している。そしてジミーは、墜落現場でエセルの名前の入った指輪を見付けるのだ。ジミーはその指輪を、持ち主であるエセルに返したいと願う。その一途な想いは、空気を読まない印象は否めないものの、あまりにもまっすぐで感動にも値する。航空機マニアとも思える彼の取った行動が、封印された五十年前の過去と現代を結び付けて行く。

 この映画を鑑賞し終わったときに湧き上がって来るのは、果たしてその選択で良かったのだろうかという疑問である。最愛のテディを亡くし、心に鍵をかけてしまったエセルは、テディの遺言に従って、チャックと結婚したものの、生涯チャックを心から愛することはなかった。チャックとの間に生まれた娘マリーでさえも、自分が母親に愛されている実感を得ることなく成人してしまった。だから彼女は、何故、父親であるチャックや自分に対する愛情が注がれないのか、母親であるエセルに対し、ずっと不信感を募らせていたのだ。それらの不信感を抱くに至る原因が、アイルランド青年ジミーの登場によって、一気に解き明かされて行く。そういう意味でも、この映画におけるジミーの役割は大きいのである。

 私自身、最愛の人を亡くした経験がないのでわからないが、夫の葬儀でさえも泣けないという状況は、彼女が本当に幸せな人生を送ったとは言い切れないのではないだろうか。夫を亡くしたことで、あたかも封印していた五十年間の想いが解き放たれたかのように、あからさまにテディへの想いに浸るエセル。夫であるチャックや娘のマリーに「自分は愛されていない」という印象を与えてしまうくらいなら、エセルは本当に誰かを愛することができるようになるまで、ずっと独りでいても良かったのではないだろうか。しかし、テディとの約束を果たすためにチャックと結婚し、娘を授かった。だからshisyun氏の言うように、「約束に縛られている」ことになるのだろう。とにかく、いろいろな意味で考えさせられた作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m シャーリー・マクレーンと言えば、私にとってのツインソウルのバイブルとなった『カミーノ -魂の旅路』の著者でもあります。既にいろいろなツインソウル本が出回っているかと思いますが、ツインソウルを理解するのに、私は『カミーノ -魂の旅路』一冊で十分だと思っています。彼女の出演する作品としては、映画化された『アウト・オン・ア・リム』をビデオで鑑賞したことがあります。その頃からは、ずいぶん年を取られていますが、やはり、スピリチュアルな雰囲気が漂う女優さんだと思いました。特に、アイルランドでテロが起こったときに、亡くなった兵士のもとに佇む姿は圧巻です。あのシーンは演技では決して成り立たないシーンだと思いました。

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