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2008.08.04

石畳の記憶

温度差十六度の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いつも記事と連動させている旅行アルバムにパリの写真をアップしておきました。いつものように、温度差十六度の記事の下にスライドショーで表示されるようにしておきましたので、パリの雰囲気を味わってみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞご覧ください。今回の記事も、後追いで写真を公開させていただくことにします。

 前日の夜、現地時間の二十二時過ぎに就寝したためか、朝三時半過ぎに目が覚めた。熟睡できたからだろうか。睡眠時間はそれほど多くはないものの、目覚めの感触がとても良かった。まだインターネットには接続していなかったが、私はノートパソコンを立ち上げて、「ガンまる日記」の下書きをした。いつもならば、起きてから一時間余りの間に支度を整えてバタバタと仕事に出掛けて行くのだが、早朝に起きてゴソゴソと活動するのは、もともと私の性に合っていると感じた。

 私がゴソゴソと活動しているうちに、ガンモも起きて来たので、私たちは朝七時過ぎにホテルのグランドフロア(日本で言うところの一階)にあるレストランに朝食を食べに行った。朝食はバイキング形式で、スクランブルエッグ、ソーセージ、ハム、ベーコン、パン、コーンフレークなどのシリアル、ミルク、フルーツジュース、ドライフルーツ、ヨーグルト、チーズ、りんごをすりおろしたデザート、コーヒー、紅茶などが用意されている。私は、筋腫に良くない乳製品やコーヒー、紅茶には手を付けないようにしながら朝食を取った。

 早起きしたおかげで、午前八時過ぎには出掛けられることになった。私たちはまず、ホテルの最寄駅である北駅でフランス国鉄の鉄道レイルパスのヴァリテーション(切符を有効化、使用を宣言すること)をお願いするために、北駅の窓口に並んだ。ところが、どういうわけか、後日、私たちが乗車する列車が北駅からではなくモンパルナス駅からの切符だったので、モンパルナス駅に行かなければヴァリテーションができないと言われた。私たちは、そんなことはないはずだろうと首をかしげながらも、メトロ四号線に乗り、モンパルナスへと向かった。メトロの中はスリが多いので気を付けた方がいいとガイドブック等には書かれているが、休日の朝早い時間だったためか、混雑もなく快適だった。ただ、驚いたのは、メトロの扉は自動開閉ではなく、乗り降りする人が手動で扉の引っ掛けを外して開閉するということだった。つまり、誰も降りず、誰も乗って来なければ、駅に停車している間も扉は開閉されないということだ。

 モンパルナスのフランス国鉄の窓口で、鉄道レイルパスのヴァリテーションをしていただいた。窓口を担当している係員の方が英語を話してくれるのはとてもありがたかった。英語を話すことのできる係員のいる窓口には、英国の国旗マークが掲げられている。ヴァリテーションの他にも窓口でお願いしたいことがあったので、私たちはその後、別の窓口に並び直し、後日、乗車する予定の列車の指定席を変更してもらった。

 朝、早くから起きて活動するのは実に気持ちがいいものである。一日はまだ始まったばかりだったので、私たちはフランス国鉄に乗ってヴェルサイユ宮殿に向かうことにした。十八年前に私がツアーでパリを訪れたときには、自由行動の日にフランス国鉄ではなく、RERという郊外線に乗車した。この列車が旅行者にはとてもわかり辛く、私は乗車していた列車がヴェルサイユ宮殿の最寄駅までは行かない列車だということにようやく気づいて途中下車した記憶がある。しかも、持っていた切符では途中下車した駅の自動改札をくぐることができなかったので、閉まっているゲートを飛び越えて自動改札をくぐり抜け、新たに切符を購入しなおして、何とかヴェルサイユ宮殿の最寄駅に降り立ったというわけだ。

 今回は、ガンモと一緒にRERではなく、フランス国鉄に乗ってヴェルサイユ宮殿へと向かうことになった。私たちが日本から持参したフランス国鉄の乗り放題切符は、一ヶ月のうちの三日だけフランス国鉄を乗り放題できる切符だった。三日のうちの一日を、近郊までちょっと出掛けるだけのために利用するのはもったいない。そこで、わざわざ切符を購入しての乗車となったのだが、近郊線と郊外線で自動券売機が分かれており、購入するのに難儀した。

 乗車してからおよそ三十分でフランス国鉄のヴェルサイユ宮殿の最寄駅に着いた。私たちは、そこからおよそ二十分ほど歩いてヴェルサイユ宮殿へと向かった。十八年前に訪れたときは、宮殿の中の豪華さに思わず溜息が出たことを覚えている。更に、私の中にはヴェルサイユ宮殿周辺の石畳が印象的な記憶としてずっと残っていた。しかし、その記憶はどこかあいまいなものでもあったので、果たして本当にヴェルサイユ宮殿周辺には石畳があったのかどうか確かめたい気持ちもあった。

 宮殿の入口付近まで来たとき、私はその石畳を確認した。十八年間、ずっと私の記憶の片隅に残っていた石畳は、決して幻でも思い違いでもなく、確かに実在していたものだった。石畳を確認したあと、さて宮殿の中に入ろうと思い、周りを見渡したことろ、入場券を購入する列に数百人もの人たちが並んでいることに気が付いた。日本にいるときに購入しておけば良いものを、鉄道以外では行き当たりばったりの旅を続けている私たちは、ヴェルサイユ宮殿の入場券を購入していなかったのだ。これから数百人の列に並んで入場券を購入し、中に入るまでに一体どれくらいの時間が必要なのだろう。しかも私たちは、トレイにも行きたかった。ガンモに、
「どうする?」
と尋ねてみたところ、
「俺はいいよ。中に入らなくても。ヴェルサイユ宮殿まで来て、中に入らないのも面白いもんね」
と答えた。私も、これだけの待ち行列に並んでチケットを購入して中に入るよりも、明日からはフランス国鉄の乗り放題切符で郊外まで出掛けてしまうことを考えると、パリ市内をもっと観光しておきたかった。しかも、ヴェルサイユ宮殿は、現在修復中のようだった。そこで私たちは、ヴェルサイユ宮殿の入口だけを確認したあと、くるりと背を向けて、今度はRERの最寄駅まで歩き始めたのである。

 少し歩いたところに、美術館巡りの切符を扱っているお店があった。そのお店では、フランスの美術館などの指定の場所を複数箇所訪問する人たちのための割引切符が販売されていた。そのような切符があることはガイドブック等で確認して知っていたのだが、例えその切符を購入したとしても、ヴェルサイユ宮殿とセットになっている他の施設に立ち寄る時間がないことがわかっていたので、私たちはその切符の購入も見送ったのである。

 間もなく、私が十八年前に降り立ったRERの駅前に着いた。駅前にマクドナルドがあったので、トイレをお借りした。RERの路線図を見ていると、エッフェル塔まで一本で行けることがわかったので、私たちは迷わずエッフェル塔までのチケットを購入した。RERもまた、女性の一人旅での利用は危ない路線とされているが、私たちにはそのような雰囲気はあまり感じられなかった。

 RERを降りると、いくつかのカフェが見えて来た。ロンドンでもそうだったが、パリもまた、外のテラスにテーブルが並べられたオープンカフェが多い。日本で同じことをすると、暑さのために夏にはほとんど利用者がいないだろうと予想されるが、ヨーロッパは夏の気温が低いので、オープンカフェも普及し易いのだろう。お腹がとても空いていたので、私はオープンカフェに入りたかったのだが、ガンモがオープンカフェの利用に消極的な態度を示したので、泣く泣く見送ることになった。私はそのときそのときの直感でチャンスを活かそうとするタイプだが、ガンモはなかなか決断できずにチャンスを見送ってしまう傾向がある。しかも、ひとたびガンモがチャンスを見送ると、同じチャンスにはなかなか巡り合うことができないことが多い。このときも、オープンカフェを見送ってしまったために、お昼ご飯にありつけるのがひどく遅くなってしまった。ガンモはオープンカフェを見送って、エッフェル塔の下にある売店で何か買おうと提案したのだが、実際のところ、エッフェル塔の下にある売店はひどく混み合っていて、ヴェルサイユ宮殿ほどではないものの、長い行列ができている上に、食べたかったサンドイッチを売っていそうなお店も見当たらなかったのだ。

 日曜日だったからだろうか。言うまでもなく、エッフェル塔もたくさんの観光客でにぎわっていた。エッフェル塔の上に昇る人たちの待ち行列も出来ていた。お腹が空いていた私たちは、エッフェル塔に昇ることよりも、まずは空腹を満たしたかった。そこで、エッフェル塔も下から見上げただけでおしまいにして、サンドイッチを売っているお店を求めて凱旋門の方向へと歩き始めたのである。

 私はエッフェル塔もまた、十八年前に訪れていたが、やはり上まで昇らなかった。高所恐怖症のため、もともと高い所に昇りたくないということもある。ヴェルサイユ宮殿の中まで入らなくても、エッフェル塔の上まで昇らなくても、満足感を味わうことはできる。

 少し歩くと、ようやくホットサンドイッチを売っているお店を見つけた。どのサンドイッチにも筋腫に良くない乳製品のチーズが入っていたが、私はお腹がとても空いていたので仕方なく注文して食べた。日本では、お昼ご飯にサンドイッチを食べただけではすぐにお腹が空いてしまうものだが、ロンドンのサンドイッチにもパリのサンドイッチもも、空腹を十分満たしてくれるだけのボリュームがあった。しかも、サンドイッチがこれほどおいしいかったのかという感動さえ与えてくれるのだ。

 サンドイッチを食べて元気を取り戻した私たちは、セーヌ川を眺めながら再び凱旋門に向かって歩き始めた。そして、凱旋門を観光したあとは、シャンゼリーゼ大通りを歩き、再びメトロに乗り、パリ最大規模の墓地であるペール・ラシェーズ墓地へと向かったのである。メトロの中では、またしても身体を張ってお金を得ようとするチャレンジャーに出会った。今回のチャレンジャーは六十五歳くらいのおばあちゃんである。おばあちゃんは、地下鉄の中で歌を歌い始めた。その後、乗客に向かって何か熱心に語り掛けていたが、乗客の反応はいま一つだった。凱旋門、シャンゼリーゼ通り、ペール・ラシェーズ墓地の詳細を綴ると記事が長くなってしまうため、帰国後にじっくりと書かせていただくことにしよう。盛りだくさんな観光メニューでヘロヘロに疲れた一日だった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、石畳の記憶をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m パリには本当にたくさんの見所、名所がありますね。私たちはパリに五日間滞在したあと、ロンドンに向かいます。今回はパリでの滞在期間が短いということと、フランス国鉄のレールパスを購入していることから、パリ市内をじっくり観光できるのは、この一日だけだったのでした。そのため、欲張って、次から次へと観光する流れになり、とにかくへとへとに疲れました。まるで受験生が、一夜漬けをしているかのような観光の仕方でありました。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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