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2008.07.08

映画『マンデラの名もなき看守』

頭の中がぱんぱかぱんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いろいろなことがいっぺんにやって来て、とにかく余裕のない今ですが、こういうときは優先順位を決めてしゃかしゃかと動き回るしかないですよね。筋腫に関することでいただいている電子メールのお返事などもまったく書けていない状況であります。申し訳ありません。さて今回は、まだそれほど忙しくはなかった、二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただきますね。

 ホットヨガ神戸店の隣にある映画館のシネマポイントカードがとうとう期限切れになってしまった。通常は、更新手続きを行えば、向こう一年間は会員の特典サービスを受けられるのだが、この映画館ではシネマポイントカードの会員数があまりにも増えすぎてしまったことから、シネマポイントカードの制度が廃止されてしまったのである。これまで、この映画館では、シネマポイントカード会員に加入していたおかげで、毎回わずか千二百円で見ごたえのある情緒的な映画を鑑賞することができた。しかし、これからは予め前売券を購入しておくか、他のポイントカードとの連携割引サービスを利用して、通常料金のわずか二百円引き程度でしか映画を鑑賞することができなくなってしまった。ミニシアター系の映画の前売券はもともと割高(全国一斉ロードショーの映画の前売券は千三百円だが、ミニシアター系の映画の前売券は千五百円)なので、これまでのようにハイペースで映画を鑑賞できなくなってしまうのが寂しいところだ。

 しかし、ありがたいことに、シネマポイントカードは私に素敵なお土産を残してくれた。私が直前まで使用していたシネマポイントカードには、映画を一回分、無料で鑑賞できるだけのポイントが貯まっていたのだ。シネマポイントカードの期限が切れる直前に、映画館の窓口でポイントが貯まっていることを告げると、一回分の無料鑑賞券を発行してくれた。その無料鑑賞券を握り締めて鑑賞したのがこの映画である。

 さて、すっかり前置きが長くなってしまった。映画を褒める表現として、「名画」という言葉がある。何となく、古い映画に対して使われているようにも思えるのだが、今回鑑賞した映画『マンデラの名もなき看守』こそ、名画と呼ぶにふさわしい映画だと思う。この映画は、刑務所の看守ジェームズ・グレゴリーと、アパルトヘイト政策により、二十七年間もの間、刑務所に収容され続けていた南アフリカの大統領ネルソン・マンデラとの心の触れ合いが描かれた、実話をもとにした感動作である。私たちは、まるで続き物のヒューマンドラマを見ているかのように、スクリーンから目が話せない。

 一九六八年、ジェームズ・グレゴリーは、看守として南アフリカ・ロベン島の刑務所に赴任した。その刑務所には、政治活動家の重要人物ネルソン・マンデラが収容されていた。子供の頃、幼馴染とも呼べる黒人の友達から、黒人の言葉であるコーサ語を学んだグレゴリーは、獄中のマンデラの政治活動の動きを監視するために、マンデラのいる刑務所に送り込まれたのである。最初は任務を果たすためにマンデラの様子を探ろうとするグレゴリーだったが、次第にマンデラとの心の触れ合いが実現されて行く。アパルトヘイト政策が定着していた時代に、白人であるグレゴリーが、黒人であり政治的な罪人でもあるマンデラに人間的に惹かれて行くまでの葛藤や、刑務所で手柄を立てたグレゴリーの昇進を喜んでいた妻が、黒人を贔屓する看守を夫に持つという理由で、疎外感を味わって行く姿が実に良く描かれている。

 私たちがこの映画を観て感動するのは、善悪の判断は、他人が築いた価値観に倣(なら)うべきものではないということに大きくうなずくからだろう。人に倣うのではなく、常に自分の本心に忠実であることが大切なのだ。ここで問題になっているのは、アパルトヘイト政策による黒人差別であったり、反政府運動であったりするのだが、そうした社会が作り上げた背景に惑わされるのではなく、個人としてどう向き合って行くかということの大切さを思い知らされる作品である。もしもグレゴリーが、マンデラという個人に目を向けることなく、彼の社会的な背景に惑わされ続け、自分の価値観と彼を取り巻く周辺の人たちの価値観を同化させていたとしたら、このような感動作は生まれなかっただろう。

 心に残っているのは、グレゴリーとマンデラの棒術のシーンだ。コーサ語を話す黒人の子供たちは、複数の棒を使って「ちゃんばら」のような擬似的な戦いをしていた。いや、棒術と呼ばれているのだから、単なる遊びではなさそうだ。日本の剣道のようなものかもしれない。グレゴリーは、子供の頃に一緒に遊んでいた黒人の友達から、コーサ語だけでなく、棒術も習っていた。その棒術で、刑務所内の敷地でグレゴリーとマンデラが戦うのである。そのとき、二人が多くの言葉を交わすわけではない。棒術で戦えることを示すことにより、グレゴリーはマンデラの心にそっと寄り添うのだ。二人の間に、言葉よりも確かな友情が芽生えるのは言うまでもない。

 しかし、感動的な物語というものは、同時に悲しい物語をも含んでいる。グレゴリーとマンデラは、長い時を経て、ある深い悲しみを共有した。そこで共有した深い悲しみが、二人の距離を一気に近づけたとも言える。

 こうしていくつものシーンを思い返していると、思わず感動の涙がにじみ出て来るほど、何もかもが素晴らしい。しかし、記事の中にあまりにも多くのことを盛り込み過ぎると、ネタバレになってしまうので、これ以上は控えることにしよう。

 ちなみに、この映画は、マンデラが自分を映画に登場させても良いと許可した最初の映画なのだそうだ。ということは、他にもマンデラの自叙伝的な映画の企画がいくつか持ち上がったものの、マンデラが製作を許可しなかったということになる。それだけ、グレゴリーとの心の交流は、二十七年間という長い獄中生活の中で、マンデラにとっても大切な思い出となっているのだろう。

 何年か経って、もう一度新しい気持ちでじっくりと鑑賞したい作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レビューを書きながら、思わず涙がにじんで来るような作品に、久しぶりに出会うことができました。もしも「ガンまる日記」を読んでくださっている方全員がこの映画をご覧になっているのだとしたら、もっともっと記事の中に盛り込みたいことがあったのです。でも、これから鑑賞される方がいらっしゃるであろうことを想定すると、楽しみは取っておかなければなりませんよね。それにしても、今回は無料鑑賞券で鑑賞させていただきましたが、このように素晴らしい映画を上映している映画館なのに、これからは千二百円で鑑賞できなくなるのがとても残念でなりません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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受信: 2008.07.10 13:44

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