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2008年7月

2008.07.31

真夜中の泥遊び

当たり月の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夜の活動をこなしていたガンモは、早朝に目が覚めるようになってしまい、まだ暗いうちから起きてゴソゴソしたりしています。どうやら、目が冴えてしまって、眠れないことが辛いようです。身体はリズムを取り戻したがっているのに、なかなかすぐには切り替わらないところが何とも難しいところですね。身体が疲れているのに眠れないのは、身体にとって、かなり厳しい状況だと思いました。

 以前、「ガンまる日記」で経皮毒について少しだけ取り上げたことがある。簡単に言えば、経皮毒とは、皮膚から吸収される有害化学物質が排泄されずに身体に滞留してしまうことである。とりわけ、頭皮を経由して身体に入って来る有害化学物質は、排泄されずに子宮に滞留し易いという話を聞いたことがある。そのため、私は参加しているプロゲステロンクリームのMLで教えていただいた有害化学物質を含まない天然素材のシャンプーを愛用している。その他にも、できる限り化学染料を使って白髪染めをしないなど、頭皮から有害化学物質を取り込まないように注意を払って来た。

 とは言うものの、長い間、白髪染めをしないでいると、ずいぶんと白髪が増えてしまった。以前から、天然素材のヘナという白髪染めがあることを人づてに聞いて知っていたのだが、まだ一度も使用したことがなかった。薬局などをこまめに回れば手に入るのかもしれないが、不精な私はすぐにインターネットの通販に頼ってしまう。ヘナの存在を知った頃も、インターネットで検索して、その存在を確認してはいたのだが、比較的安価な商品だったので、通販で購入するのは送料が高くついてしまうと思い、何かのついでに購入しようと思いつつ、時間が経ってしまっていた。

 そんなとき、百円ショップのダ○ソーで、天然ヘナを見付けた。天然といえども、百円ショップで売られている商品で大丈夫だろうかと思いながら、恐る恐るパッケージに手を伸ばしてみると、百パーセント天然植物性と書かれていた。それならば、百円ショップで買うのはお得ではないだろうか。私はそう思い、購入に踏み切ったのである。

百円ショップダ○ソーで売られているヘナ・トリートメントカラー 天然ヘナ

 帰宅してから、早速、中に入っていた取扱説明書に目を通してみると、中に入っているのは天然ヘナの染料だけで、通常の化学染料に入っているような透明の手袋やヘラは入っていなかった。しかも、染料を溶くための容器も入っていなかった。どうやら手持ちの容器で溶いて使用するようだ。これはいい。ダ○ソーの天然ヘナは、余分なものがすべて省かれた、とてもシンプルな天然染料だと感じた。更に、染料を頭に施してからの放置時間の説明を見て驚いた。何と、一時間から三時間放置するように書かれているのだ。これまで使ったことのある化学染料の放置時間は、多くてもせいぜい三十分程度だった。私は、化学の力で放置時間が短縮されていたことを知り、恐ろしくなった。あれだけ身体が拒否しそうなくらい強烈な匂いを放っていれば、身体に良くないのは当たり前のことである。

 さて、念願の天然ヘナを購入したものの、仕事がずっと忙しい私はなかなか実践する機会に恵まれなかった。できれば、パリに行くまでに白髪染めをしておきたかったのに、なかなか白髪染めのための時間を確保することができない状態だった。しばらく気をもんでいると、どういうわけか、いつもよりも一時間だけ早く帰宅することチャンスに恵まれた。私は喜び勇んで帰宅し、さっさと白髪染めの準備を整え始めた。何故なら、このチャンスを逃してしまえば、パリに行くまでに白髪染めができないかもしれなかったからだ。私は取扱説明書に沿って、天然ヘナの染料を作り始めた。袋を開けてみると、天然ヘナが正体を表した。意外にも、天然ヘナは、緑色の粉だった。

天然ヘナは緑の粉

 まず、天然ヘナを入れる容器とお風呂の温度くらいのお湯を用意した。容器には、古くなって変形した金属性のお弁当箱を使用した。水道の水は塩素が含まれていることがあると取扱説明書に書かれていたため、浄水器を通した水を沸かして使用した。髪の毛の長さによって異なるのだが、私は天然ヘナを六十グラム、お湯を二百cc用意した。天然ヘナを少しずつ容器の中で溶かしながら、お湯を注ぎ込んで行く。しばらくかきまぜると、ドロドロしたものが出来上がった。私は、そのドロドロしたものを見て、少し前まで飲用していたフローエッセンスを思い出した。フローエッセンスは、ハーブの持つエネルギーがふんだんに詰まったデトックス効果の高い健康飲料である。デトックス効果が高いので、飲用し続けることで、中には筋腫が小さくなった人もいるという。しかし、作るのにとても手間が掛かるので、今は使用を中断してしまっている。

お湯に溶かした天然ヘナ

 さて、染料が出来上がったので、早速塗り始めようと思ったのだが、もう一度、取扱説明書に目を通してみると、出来上がった染料を三十分放置するように書かれている。どうやらすぐに塗るものではないらしい。いつもよりも一時間早い帰宅といえども、この三十分間は大変貴重である。私は、ガンモに事情を話し、待ち時間の三十分の間にサービス低下の床屋さんを実施することにした。ガンモもまた、パリに行くまでに、私に髪の毛を切って欲しいと切望していたからだ。ちなみに、サービスが低下してしまったのは、白髪染めをしたあと、洗い流すときに服を脱ぐ予定にしていたためである。

 サービス低下の床屋さんを閉店してから時計を見ると、ちょうど三十分経過していたので、私はすぐにさきほど作った天然ヘナを塗り始めた。取扱説明書には、ヘラを用意するように書かれているのだが、私はこれまでの白髪染めにおいては、化学染料に付属の使い捨てのヘラを使っていたため、手持ちのヘラがなかった。そこで、汚れてもいいクシを使って天然ヘナを白髪に塗り込んで行った。

 何と言ったらいいのだろう。凝縮された植物の匂いがプンプン漂って来る。しかし、決して嫌な匂いではない。むしろ、天然の素材であることがとても心地良い。森の中で森林浴をしながら白髪染めをしているような気分である。化学染料を塗っているときの消極的な気持ちとはまったく違う。とてもすがすがしい気分だ。

 ガンモは、私が天然ヘナを頭に塗っているのを見て、
「泥遊びしてる」
と言った。そう言えば、ガンモは私がフローエッセンスを作っているときも、鍋の中を覗き込んで、
「泥を作ってる」
と言った。実際、フローエッセンスも天然ヘナも、濃い緑の泥のような感じだったので、ガンモが泥と呼んでもおかしくはなかった。

 最初のうち、私は、クシを使って丁寧に天然ヘナを頭に塗り込んでいたのだが、だんだん楽しくなって来て、次第に透明のビニール手袋で天然ヘナを容器から直接すくって、頭に塗りたくるようになった。それが泥遊びのようで面白い。泥遊びは次第にエスカレートして、最も白髪の多い頭のてっぺんに何度も何度も塗りたくり、髪の毛を指で丸めたり、また、引き寄せたりしながら、あらゆる方向から天然ヘナが白髪に染み込むように配慮した。

 容器に残っていた天然ヘナを大胆にすべて頭に塗りたくると、今度は汚れても差し支えないタオルを頭に巻きつけて天然ヘナを施した頭を包み込み、その上からヘアバンドでタオルをしっかりと固定させた。そして、そのまま寝室に戻り、一時間半ほど過ごした。

 タオルを巻いていると、天然ヘナを通じて、ハーブが頭に沁み込んで来るような心地良さを感じた。化学染料を使っているときは、頭の上から有害物質が染み込んで来るような不快感を感じていたはずだった。天然ヘナが頭に染みて来るまでの時間は、とても有意義で気持ちの良いものだった。取扱説明書には、放置時間に一時間から三時間と書かれていたので、本当はもう少し放置したかったのだが、時計を見るともう午前一時を回っていたため、放置時間を一時間半ほどで切り上げたのだ。私はタオルを外し、取扱説明書に書かれていた通り、十分ほど空気に当てた。タオルを外すと、再び、凝縮された植物の香りが漂って来た。

 それから私は、浴室へと向かった。さあ、どんな感じに染め上がっているのだろう。私は浴室で天然ヘナをきれいに洗い流した。やはり、化学染料を洗い流すときのような不快感もない。天然ヘナを白髪染めに使い始めた人は、私たちに染料を洗い流す楽しみも与えてくれた。

 取扱説明書には、初めて天然ヘナを使う人は、染め上がりに不満を感じるかもしれないというようなことが書かれていた。要するに、化学染料のようにはしっかり染まらないということだ。しかし、私は天然ヘナの染まり具合にとても満足していた。ガンモは、
「白髪があまり染まってないように見えるけど」
と言ったのだが、私には、思っていたよりも染まっているように思えた。取扱説明書によれば、天然ヘナを使って初めて白髪染めをした場合は、三日~五日で色が落ち着いて来るそうだ。私は色の完成度よりも、森林浴をしながら白髪染めをしているようなあの感覚、タオルを巻いたときにハーブが染み込んで来るようなあの感覚がとても気に入ったのである。しかも、今回はダ○ソーで購入したものを半分しか使用していないので、一回の白髪染めに掛かった費用はわずか五十円余りである。天然ヘナは、パッケージに余分なものが入っていないことと言い、地球にとっても子宮にとっても優しい天然の染料だとわかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の白髪染めは本当に至福の時間でありました。天然ヘナは、とても身体に優しい染料だとわかりました。もっと早く天然ヘナに出会いたかったと思います。確かに、化学染料ほどはっきりとは染まっていませんが、化学染料を使って顔をしかめながら白髪染めをするか、森林浴をしながら白髪染めをしているような気分にさせてくれるかの違いは大きいと思います。天然ヘナは、繰り返し使用することで、色の深みも増し、潤いのある自然な美しい髪に仕上がるそうです。一回五十円ちょっとでこれだけの至福の時間を味わうことができるなら、これから何度でも染めたくなります。

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2008.07.30

当たり月

ホットヨガ(一一三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 前シッポの神様のエネルギーを感じなかったので、きっと、妊婦さんのインストラクターのお腹の中にいるのは女の子の赤ちゃんです。(笑)私はかつて、妊娠・出産・子育てについて、ずいぶん偏った考えを持っていました。現在はそうした偏った価値観からは開放されています。おそらく前世で子供を喪うか、出産中に命を落としたか、それくらい強烈な体験をしているのだろうと思います。どれほど強烈な経験をしたかについては、退行催眠などで積極的に探ったりはしていませんが、とにかく私の中に大きな闇があったことは確かなのです。しかし、妊婦さんのインストラクターのような言葉は、そうした闇をも光に変えてくれそうなエネルギーを持っていました。

 日曜日の夜のことである。八十パーセント完の状態に満足し、そろそろ就寝しようとベッドの上でくつろいでいると、ガンモが仕事で使っている携帯電話がけたたましく鳴った。電話を掛けて来たのは、ガンモの会社の同僚である。電話の様子からすると、またしても顧客のところで大きなトラブルが発生しているようだ。しばらく同僚と電話で話をしていたガンモは、
「わかった。これから行くわ」
と言って電話を切り、
「やれやれ、またトラブル発生。今月は当たり月だなあ」
とぼやいた。私は、
「えっ? また出掛けて行くの? 何時頃まで掛かるの?」
と尋ねた。すると、ガンモは、
「ううん、多分、明日の昼頃まで掛かるんじゃないかなあ」
と言った。時計を見ると、午前一時前だった。間もなく就寝しようとしていたガンモは、これから自家用車を運転して顧客のところに出掛けて行き、およそ半日も掛けて、トラブルと格闘することになるらしい。
「大丈夫?」
と私はガンモに尋ねたが、内心、大丈夫じゃないだろうこともわかっていた。今月のガンモは、もともとスケジュールを組まれていた夜勤やらトラブル対応やらで、昼と夜を逆転させた生活を送って来た。ようやく身体が昼間のサイクルに戻り掛けたと思ったら、再び夜の生活に引き戻され、ガンモの身体は悲鳴をあげているように思えた。

 ガンモは、ひとまず自宅から会社のネットワークにアクセスし、同僚たちの翌日のスケジュールを確認した。これから徹夜で作業するに当たり、作業完了後に自分の睡眠時間を確保するために、翌日を休暇にできる状態かどうか、同僚たちの出勤状況を照らし合わせていたのだ。そして、この状況なら休暇にできるだろうと判断し、ガンモは翌日を休暇に設定して仕事に出掛けて行った。私は、今月何回目かのガンモの突然の呼び出しに胸を痛めながらも、
「行ってらっしゃい。私はベッドに大の字になって寝てるからね」
などと言ってガンモを送り出した。私たちは、結婚してからもずっと一つのシングルベッドに寝ている。子供がすくすく育つように、私たちの身体も年齢とともに成長して来たので、シングルベッドに二人で寄り添って寝るのはもはやギリギリの状態だった。そのため、思わず「大の字で寝る」という表現が出たのだ。

 一夜明けた月曜日のお昼過ぎ、ガンモに電話を掛けようと思いつつも、もしかすると運転中かもしれないと思い、電話を控えていた。そして、私自身も仕事をこなしたあと、夕方の休み時間に思い切ってガンモに電話を掛けてみた。きっと、お昼過ぎに帰宅したガンモがひと眠りして、そろそろ目を覚ます頃だろうと思ったからだ。しかし、電話に出たガンモは、
「今、運転中だから」
と一言だけ言うと、慌てて電話を切った。運転中? 一体どういうことだろう? 意味が良くわからないので、一時間ほど経ってから、今度は残業の合間を縫って、もう一度ガンモに電話を掛けてみた。すると、ようやく帰宅したというガンモが、
「雷が鳴ってて帰れなかったんだよ」
と言った。そう言えば、月曜日の兵庫県は夕方近くに激しい雷雨に見舞われ、私の職場でも瞬間的な停電が発生するなどの騒ぎがあった。外は暗くなり、雨がたくさん降っていた。この日の帰りは、落雷の影響で、JRの新快速電車に八十分程度の遅れが出ていたほどだった。

 ガンモは、午後には何とか仕事を終えたようだが、帰宅しようにも、雷とともに雨がたくさん降っていて、帰宅できなかったらしい。何しろ、我らが自家用車はクーラーが効かないのだ。雷雨が激しければ、車の中がどんなに暑くても、窓を開けて走るわけにも行かないだろう。それに、激しい雨のために視界が良くなかったので、例え窓を閉め切って走るにしても、徹夜明けで運転するには厳しいと判断したようだ。そのため、雷雨が収まるまでしばらく顧客のところで作業を続けていたらしい。
「一体何時間働いたの?」
とガンモに尋ねたあと、私は指折り数えてみた。いや、ガンモが働いた時間ではない。考慮すべきは、ガンモが起きていた時間だ。ひょっとすると、ガンモは二十時間以上も起き続けているのではないだろうか。
「ほんとにお疲れさん。少しでも早く寝なよ」
とガンモに言うと、ガンモは、
「今日は二十二時には寝るから」
と言う。
「二十二時? そんなこと言わずに、今すぐ寝たほうがいいよ」
と言って、私は電話を切った。

 私が仕事から帰宅したのは二十三時半過ぎだったが、ガンモは既に就寝しているだろうと思い、なるべく音を立てないように、そっと寝室の扉を開けた。すると、驚いたことに、ガンモがパソコンの前に座っているではないか。
「ガンモ! 寝なかったの?」
と尋ねると、
「寝た! もう、座ってられなくなって、三時間ほど寝た」
と言う。
「当たり前だよ」
と言ったあと、私は、
「お疲れさん」
と言いながら、ガンモを抱きしめた。

 「もう、今月はほんとに良く当たる。当たり月です」
とガンモは言った。ガンモも毎日フル回転しているが、私も毎日フル回転している。もう充分当たったので、今月はこれ以上、当たらないで欲しいと願いながらも、宝くじだけは当たって欲しいと、ガンモは密かにサマージャンボ宝くじを購入している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私が兵庫県に来て驚いたことは、七月の落雷の激しさであります。とにかく、「雷が良く鳴る場所だなあ」と思いました。そんな日に、ガンモは徹夜明けで自家用車を運転して帰って来たのですね。居眠り運転にもなりかねない状況なので、私はガンモが車を運転するときはいつも精神統一をしながら、自分の守護霊にガンモの無事を祈っています。でも、この祈りはいつも「自分のため」であることにも気が付いています。ガンモの無事を祈るのは、私のためなんですよね。それでいいのかな、と思いつつも、ガンモの無事を祈りを続けています。

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2008.07.29

ホットヨガ(一一三回目)

八十パーセント完の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m まるで、仕事の進捗状況を報告しているような気持ちになってしまいました。(笑)ちなみに、現在のパリの最高気温は二十八度くらいだそうです。街全体が、緩く冷房が入っているような感じでしょうか。湿度も低いので、きっと快適に過ごせると思います。去年、出掛けたロンドンでは、最高気温が二十四度くらいでしたので、パリのほうが四度くらい高いことになります。日中のロンドンは半袖でも過ごせましたが、日が落ちるとさすがに半袖ではちょっぴり肌寒かったです。

 話が前後してしまったが、土曜日の午前中は、神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。いつもの九十分のベーシックコースである。どういうわけか、この日、私は家を出るのがすっかり遅くなってしまった。朝からバタバタしていたせいで、レッスン中に飲む海洋深層水を専用ボトルに入れ替えて持参するのを忘れてしまい、地元の最寄駅近くの自動販売機でフランスの水、Volvicを二本買った。ホットヨガのレッスンには、Volvicの大きなボトルを持参される方も多い。丸っこいボトルが気になるVolvicだったが、私が購入したのは五百ミリリットル入りの丸っこくないボトルだった。しかし、黄色い大きな蓋のボトルは初めて見るボトルである。私は、ボトルに表示されていた「無果汁」という表記が気になったので、蓋を開けて一口飲んでみた。すると、その水には味がついていることがわかった。味の付いたレモン水だったのだ。

無果汁という表記のあるVolvic。実はレモン水だった。

 ホットヨガのレッスンに味付きのドリンクを持ち込むと、喉の渇きに関係なく、ごくごく飲んでしまう。水は、喉の渇きを潤すための、最もシンプルな飲み物だと思う。ホットヨガのレッスンには、シンプルな水が一番良い。私は、地元の最寄駅で味の付いていない水を買いなおした。

味の付いていないシンプルな水。ホットヨガのレッスンにはシンプルな水が一番良い。

 家を出るのが遅かったため、神戸駅に着いたのは、レッスン開始の五分前だった。慌てて走っても、レッスンの最中に息切れしてしまうと思い、私はできる限りの早歩きでずんずん歩いた。

 スタジオの扉を開けると、以前からお話をさせていただいているインストラクターが一人で受付に立っていた。しばらくの間、顔を合わせることがなかったのだが、ここ数回のレッスンではしばしば顔を合わせているインストラクターだ。私は彼女に、休日のレッスンが朝早くから行われることは、私たちにとってはとてもありがたいことだが、インストラクターの方たちにとってはとても大変なのではないかと語り掛けた。すると彼女は、以前は朝早く起きるのが辛かったが、最近は朝早く起きるのが自分の身体のリズムに合って来たとおっしゃった。そして、
「あと二ヶ月で生まれますのでね」
と言いながら、受付のカウンターから少しお腹をのぞかせて見せてくださった。私は、彼女が妊娠していたことにまったく気づかなかったので驚いた。彼女のお腹は受付のカウンターに隠れて見えなかったのだ。彼女ともう少し話をしたかったが、レッスンの開始時間をとうに過ぎていたので、私は慌ててタオルとロッカーの鍵を受け取り、ロッカールームへと急いだ。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、以前、一度だけレッスンを担当してくださったインストラクターだった。私は、レッスンに呑まれないコツを摑んでいるので、特に疲れを感じることもなく、レッスンをこなした。九十分のベーシックコースのレッスンに参加するようになってから、たくさん汗が出るようになったが、今回はいつもよりも更にたくさんの汗が出た。

 鏡越しに参加者の様子をうかがってみると、私が参加している休日のレッスンはほとんど毎回、同じ顔ぶれであることがわかった。みんな、同じような場所でレッスンを受けているのですぐにわかる。私には、私と同じ九十分のベーシックコースに参加している人たちが、学生の頃の「同じクラス」の感覚に思えて来た。そう言えば、最近は、フリーパス会員の方たちと顔を合わせていない。彼女たちは、九十分のベーシックコースのレッスンは受けていないのだろうか。

 いつものように、後半のレッスンは、取れないポーズがあるので、ヨガマットの上でしばらくお休みさせていただいた。レッスン終了後、シャワーを浴びて着替えを済ませて受付に行くと、さきほどのインストラクターと、妊婦さんのインストラクターが立っていた。レッスンを担当してくださったインストラクターが、
「後半、大丈夫でしたか?」
と私に尋ねてくださった。私の体調が良くないために、休んでいるのかと心配してくださったようだ。私は、
「後半はいつもサボることにしてるんです」
と言って、インストラクターを安心させた。

 私は、妊婦さんのインストラクターに、
「そう言われてみれば、表情がずいぶん柔らかくなられましたよね」
と言った。すると、妊婦さんのインストラクターは、言葉を選びながら、
「妊娠したことがうれしくて仕方がないので、それが表情に出ているのかもしれません。赤ちゃんを授かったことがうれしくて仕方がないんですよ」
とおっしゃった。私はその表現に驚き、彼女からとてもポジティヴなエネルギーを感じ取った。そういうことを、まっすぐなハートで口にできる人はなかなかいない。自分の中に確固たるものがないと、照れてしまったりもする。私は、
「うわあ、そういうことを正々堂々と言える人って少ないですよね。素晴らしいです」
と言った。妊婦さんのインストラクターは、
「つわりもほとんどなかったんですよ」
とおっしゃった。私は、
「きっと、赤ちゃんも生まれて来たがってるんでしょうね」
と言った。

 もちろん彼女は、現在はレッスンを担当されてはいないそうだ。そして、あと数回勤務されたのち、一年間産休を取られるという。非常に高い確率で、年末に子宮を全摘することになるかもしれない私が辿らないであろう道を、彼女は辿ろうとしている。彼女が伝えてくれたポジティヴなエネルギーは、何かメッセージ性を含んでいたのだろうか。

 私は結婚当時、ガンモとの結婚生活が楽しくて仕方がないことを周りの人たちに伝えたくてうずうずしていた。飲み会の席で誰かを捕まえては、男女が愛し合うことの素晴らしさ、結婚生活の楽しさを熱心に語り掛けていた。それが、今ではホームページやブログの運営に変わったのだが、新婚当時、飲み会の席で私に捕まった人に言われたことがある。それは、
「そういうことを、照れずに言えるっていいですね」
だった。まさしく、私が妊婦さんのインストラクターに言ったような言葉である。

 まったく曇りのない状態で、赤ちゃんを授かったことがうれしくてたまらないと公言したインストラクターは、周りの人たちをも幸せな気持ちに包んでしまうほどのポジティヴなエネルギーに満ちていた。彼女が言ったことは、自己満足でも自慢でも押し付けでもない。彼女の魂が望んだことが実現されつつあるのを見届けることが、周りの人たちにとっての幸せにも繋がるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 新婚時代、飲み会の席で私に捕まった人に言われたことで、もう一つ印象に残っている言葉があります。それは、「結婚生活の素晴らしさを伝えてくれる人が周りにいなかった」、というものでした。これと同じことを、妊婦さんのインストラクターにも伝えたかったですね。実際は言いそびれてしまいましたが・・・・・・。「自己満足でも自慢でも押し付けでもない」と感じたのは、「赤ちゃんを授かるって、いいよ。あなたもどう?」といった表現ではなく、彼女がただただ純粋に赤ちゃんを授かった喜びを感じていたからだと思います。そこで聞き手にも自由意思が生まれ、実際に赤ちゃんを授かることの喜びを想像するのでしょうね。

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2008.07.28

八十パーセント完

映画『近距離恋愛』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 個人的には、映画『恋人たちの予感』のほうが突っ込みどころが少なくて好みですかね。(笑)男女の友情は、正反対の性格のほうが成り立ち易いのでしょうか? 映画『恋人たちの予感』に登場する男女も、正反対の性格だったように思います。性格が正反対の場合、男女間の友情においては、カバーし合える関係を築きやすいのかもしれませんね。この映画の二人が男女として結ばれた物語を拝見してみたいものです。

 金曜日の午後、またしても休日出勤するかどうかの話し合いが行われた。実際のところ、仕事の状況としてはかなりの遅れが出ていたが、一緒に仕事をしているプロジェクトメンバも私も、できれば休日出勤したくない気持ちでいっぱいだった。休日出勤する場合は、金曜日の午後三時頃までには、ビルの管理事務所に休日の空調運転願いを書類で提出しなければならないことになっている。しかも、その書類には、部長や部長代理などの上層部の方たちの承認が必要となっている。「休日に空調を入れてください」と、会社をあげて、ビルの管理事務所にお願いするための書類なのかもしれない。

 しかし、オフィス内をぐるっと見渡してみたところ、部長も部長代理も出張中だった。更に、部長代理に続く方たちも、ほぼ全員が研修や出張などで不在だった。つまり、休日の空調運転願いを提出しようにも、その書類を承認してくださる方たちがどなたもいらっしゃらなかったのである。
「こんなこともあるんですねー」
と私は言った。書類を承認してくださる方たちがどなたもいらっしゃらないので、ビルの管理事務所に休日の空調運転願いを提出することはできない。もちろん、この書類を提出しなくても、休日出勤の申請を行えば休日出勤は可能だが、この暑い時期にクーラーなしで仕事をすることは、ほとんど不可能と言っても過言ではないだろう。仮に不可能でなかったとしても、仕事の効率はひどく下がるはずだ。そうした状況を考慮してか、私の上司が言った。
「休日出勤しなくても、何とかなるでしょう」
私は心の中で「ヤッター!」と叫んだ。

 こうしてありがたいことに、二日間のうち、一日は仕事のためにつぶれてしまうだろうと覚悟していた週末が、二日間とも手に入った。何しろ、平日は毎晩遅い帰宅なので、ほとんど身動きが取れないのである。旅行の準備を始めるには、まとまった時間が必要だった。そして、ようやく最後のチャンスに恵まれたのだ。

 私は、スーツケースをリビングに広げ、リストアップしていたものを次々にスーツケースに詰め込んで行った。パリ旅行について書き込むノートを作り、旅行に持参すべきものを仕事の合間にちょこちょことリストアップしていたのだ。既にリストアップしているので、あちらこちらからものを運んでスーツケースに詰め込んで行ったのだが、これがなかなか一筋縄では行かなかった。
 
 まず、少しでも多くのものを詰め込めるように、衣類はすべて衣類圧縮袋にまとめてスーツケースに入れた。衣類をまとめるために、クーラーの効いた寝室とクーラーの効いていないリビングを行ったり来たりしているうちに、汗が噴出して来た。それだけではない。きちんと片付いていない我が家において、必要なものを選り分けるのは至難の技だった。欲しいものがあったので手を伸ばすと、欲しくないものが崩れ落ちて来る。家の中を歩くにも、山積みのものをまたぐため、大股を開かなければならない。そんなことを繰り返しているうちに、どんどん汗が噴出して来る。この家の主婦は一体どこへ行ったのだろう?

 旅行の準備を始めてから既に数時間が経過していたが、私はまだリストアップしたものすべてをまとめ切れていなかった。スーツケースに入れるものは何とかまとめ切ることができたのだが、手荷物として持ち込むリュックの中に収めたいものが残ってしまった。さて、そのリュックは? 私たちは、出掛けるときはたいてい、お揃いのリュックを背負って出掛けている。ガンモは涼しそうな顔で、自分のリュックに必要なものを次々に詰め込んでいた。しかし、私は自分のリュックをどこへやったかわからず、往生していた。通勤にもリュックを使用しているが、旅行用のリュックはもう少し小さめのサイズのリュックに決めているのだ。しかし、どこへやったのか、そのリュックが見当たらない。
「リュックがないから、こっちの大きいのにするよ?」
と私は、ガンモとお揃いの、大き目のもう一つのリュックを探し当て、ガンモに提案した。しかしガンモは、大きなリュックを背負うのは危ないと言って、去年、ロンドンに持って行った小さいほうのリュックを持って行くと言ってきかなかった。ロンドンでテロ事件があった頃、大きなリュックを背負ったテロとは関係のない人が警官に射殺されたことを警戒しているのだ。ガンモは、
「リュックは俺が探しておくから」
と言ってくれた。そう、実は今回の旅では、パリだけでなく、ロンドンにも滞在する予定なのだ。

 私がクーラーの効いた寝室で一息ついていると、それまで寝室でゴソゴソしていたガンモが立ち上がり、旅行に持って行く衣類をまとめ始めた。どのズボンを持って行くか、衣類の山の中から選んでいたのだが、ガンモは私が通勤用に買った新しいズボンを見つけて試着し、
「これ、楽ちんだわ」
と言った。そのズボンは、いわゆる伸縮率の高い生地で作られたズボンだった。ガンモが「楽ちん」と言うのも当然のことで、生地が良く伸びるために、とても履き心地の良いズボンだったのだ。私たちは、太っても痩せてもズボンのサイズがいつも一緒なので、私が購入したズボンは次々にガンモに取られてしまう。ガンモは、
「このズボン、俺んだから」
と言った。私は、お気に入りのズボンをガンモに取られてしまってはたまらないと思い、
「『俺んだから』じゃない!」
と言ったものの、ガンモが私のお気に入りのズボンを気に入ってくれたことに関しては、内心、とてもうれしかった。ガンモは、何度もそのズボンを履いたり脱いだりしていたが、
「やっぱり甘えちゃいかん」
と言って、間もなくそのズボンを解放した。もう少し身体に厳しいズボンでないと、身体が甘えてしまうと思ったようだ。

 やがて、ガンモとお揃いの私の小さめのリュックも、ガンモの手によって宝の山の中から発掘された。あとはこのリュックに、日常、持ち歩いているノートパソコンなどの必需品と、十二時間余りの飛行時間を快適に過ごすためのグッズを詰めて行く作業が残っている。しかし、普段、通勤に使っているリュックのおよそ三分の二程度の大きさのリュックに、何をどのように詰めたらいいか、頭を悩ませているところだ。現時点で確実に言えることは、旅行の準備としては、ようやく八十パーセントほど完了したということである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いよいよパリ行きも目前に迫って参りました。仕事の状況がそれほど芳しくないのに休日出勤をまぬがれたことは、本当に不思議な流れではありましたが、旅行の準備を整える時間を与えてもらったと思っています。休日出勤をまぬがれたおかげで、この週末はたっぷりと睡眠を取り、睡眠不足も解消することができました。できれば出発までに、もう一度、映画『アメリ』をDVDで鑑賞しておきたいのですが、果たしてその時間が取れるかどうかといったところです。

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2008.07.27

映画『近距離恋愛』

三十パーセント減の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 生理の出血量が少なくなれば、まずは貧血が改善されるでしょう。筋腫が小さくなったかどうかは、エコーによる検診である程度はわかりますが、誤差があると思います。誤差を振り切るほど小さくなってくれればありがたいと思っています。それにしても、やはり、食べ物が身体を作っているのですね。もしかしたら、私たちは植物と同じような存在かもしれません。水が必要ですし、肥料に何を与えるかによって、どのように育つかが決まるのですから。

 この映画は、最近、あまり足を運ぶことのなかった映画館で上映されていた。そのため、予告編に触れることもなかったのだが、たまたまこの映画館の近くを通り掛かったときに、この映画のポスターが目に留まり、そこに書かれている内容に強く惹かれた。そして、仕事を休んだI医師の診察のあとに鑑賞することにしたのである。

 この映画は、あまりにも存在が近過ぎて、これまで恋愛対象にはならなかった男女が恋愛対象に変わって行く様子をコミカルに描いたラブコメディである。この手の映画として有名なのは、映画『恋人たちの予感』だろう。果たしてこの映画は、映画『恋人たちの予感』のような魅力的な作品に仕上がっているのだろうか。

 女性遍歴を重ねて来たトム(パトリック・デンプシー。羽賀研二氏ではない)と堅実なハンナ(ミシェル・モナハン)。一見、正反対に見える二人だが、あることをきっかけにして、大学時代から十年来の大親友である。大親友であるがゆえに、週末を必ず一緒に過ごし、街を歩くときも腕を組んで歩く二人。私から見ると、恋人同士と区別が付かないのだが、欧米の人たちは、唇にキスをするかどうかで線を引いているのだろうか。あるとき、ハンナがスコットランドに長期出張に出掛けることになる。これまで当たり前のようにハンナとの時間を重ねて来たトムだったが、ハンナの長期不在をとても寂しく思うようになり、やがて自分が本当はハンナを愛していることに気付いて行く。しかし、長期出張から帰って来たハンナは、スコットランドで知り合った男性と一緒だった。何と、二人は近いうちに結婚すると言う。それを知って大慌てするトム。さて、トムはハンナが人妻になってしまう前にハンナに自分の想いを伝え、ハンナと結ばれることになるのだろうか。

 多くの方たちのレビューに、「期待を裏切らない結末」といった感想が書かれているが、まさしくその通りの映画だった。映画の雰囲気としては、映画『恋人たちの予感』+映画『卒業』といったところだろうか。二人の結末はさておいて、この映画を通じて感じた男女の愛について書いてみたいと思う。

 トムがハンナへの本当の想いに気が付いたとき、トムには恋人がいたはずだった。しかし、その恋人とは、どうやら付き合いが浅かったらしい。トムが恋人ではなく、ハンナと二人で出掛けるときは、おいしいケーキのお店の行列に並び、順番待ちをしている間に、どんなケーキを食べたいのかを言い当てるゲームをする。そうしたゲームを楽しいと感じているトムは、恋人にも同じゲームを提案してみるのだが、どうもしっくり来ない。私は、こうした描写が何を意味しているかが気になってしまう。これを突き詰めて行くと、理想的な男女の愛とは何か、というところに辿り着くからだ。

 トムと恋人の間にはセックスがある。しかし、恋人とは、二日間連続では夜を共にしないというルールを決めている。もう、その時点で、トムは恋人とそれほど長い時間を過ごしたくないのではないかと想像を膨らませてしまう。二日間連続で夜を共にできないのなら、トムが恋人と結婚することはまず有り得ないだろう。おそらく、二日間連続で夜を共にしないという現在の距離が、トムと恋人にとってちょうど良い距離なのだろう。そして、こうした描写は、映画を鑑賞する私たちに、トムが恋人とそれほどうまく行っているわけではないという印象を植え付ける。そうすることで、私たち観客は、トムがハンナに傾いたときの展開を容易に受け入れることができるのだ。

 トムがハンナを恋人にせず、別に恋人がいたということは、トムはハンナに対し、同性のような親しさを求め、恋人には異性の部分を求めていたのかもしれない。しかし、トムは見るからに、恋人に対して心までは開放していない。心を開放していないのに、肉体だけは繋がっている。心を開放しているのはむしろ、大親友のハンナのほうである。だから、映画を鑑賞している私たちは、トムと恋人の間にあるのは肉体の繋がりだけで、心の繋がりが存在していないと感じてしまう。一方、トムはハンナに対しては確実に心を開いている。食べたいケーキ当てゲームのような楽しい時間を共有しながら食事を共にし、いつも当たり前のように側にいた。私には、どうしてハンナが恋人ではないのだろうと、ハンナが恋人でないことがむしろ不思議に思えて来る。心を裸にしているのに、肉体が裸になっていないことが不自然にさえ思えてしまうのだ。だから私たち観客は、例えハンナにそのような兆候がなくても、用意された結末に納得が行くのだと思う。

 この映画を観ていて、思わず涙を流したシーンがある。それは、既に数回の離婚暦を持つトムの父がハンナへの想いを認めたトムを激励するシーンだった。細かい台詞をはっきりとは覚えていないが、トムの父はトムの母と、トムとハンナのような固い友情で結ばれた関係だったことを告白したあと、そのような大切な存在を決して失ってはいけないとトムに助言する。愛する人を所有するわけではないので、「失う」という表現はおかしいかもしれないが、私はそこで涙が流れた。何故ならトムの父は、既にトムの母を失ってしまっていたからだ。本当に心を開くことのできる異性は、一生のうちに一人出会えるか出会えないかだろう。それほど貴重な存在を失ってしまったトムの父の言葉は、私たち観客の胸にもずしりと重く響き、トムには貴重な存在を失って欲しくないと強く願うのだった。

 結婚式をスコットランドで挙げたあとは、スコットランドに永住する覚悟を決めていたハンナ。スクリーンに映し出されるスコットランドの景色が目を見張るほど美しい。カレンダーに登場するようなお城にもわくわくする。あんなところに住んでみたいが、できれば日常よりも非日常として体験したい。普通は同性の友人や姉妹が担当するらしい花嫁付添人に抜擢されたトムもまた、複雑な気持ちのままスコットランドに向かう。そこから始まる最後のドタバタ劇は、どんなにちぐはぐな展開でも、スコットランドの美しい景色がすべて吸収してくれる。

 この映画を鑑賞された多くの方たちがコメントされているように、「期待を裏切らない映画」なだけに、ハンナの気持ちがギリギリのところまでわからないなど、突っ込みどころも多い。それでも、私にとっては、男女の愛について再考するとともに、人間対人間が向き合うにあたり、何が一番大切かということをじっくりと考えさせてくれた映画であった。相手に異性の部分を求めるだけでは男女の愛は成り立たないということが証明できた。男女間にも、友情をベースにした信頼が必要だということだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ラブコメディーと分類されている通り、いろいろなハプニングが用意されている映画でありました。思えば、ガンモと私も、最初は友達から始まったんですよね。でも、お互いにとても気になる存在でした。友達から恋人に変わるときには、約束された人生のパートナーであることを思い出させてくれるような感動がいくつも湧き上がって来ました。些細なことで涙が出て来るようになるのです。どうしてこんなに涙が出て来るのだろうと、私たちは不思議で仕方がありませんでした。今になって思えば、あれは、「涙で余分なものを洗い流して、素直になりなさい」という警告だったのでしょうね。その警告通り、私たちは涙で余分なものをすっかり洗い流して、めでたく結ばれました。(^^)

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2008.07.26

三十パーセント減

ホットヨガ(一一二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、更新が遅れがちなので、今日は頑張って二つ目の記事の更新であります。できれば夏休みまでにリアルタイム日記に追いつきたいところですが、さてどうでしょう。

 数日前に、迷える子羊の記事に書いたことを実践し始めてから初めての生理がやって来た。次回、九月の検診までに、この効果を私なりに試し、本当に手術が必要かどうかを自分で判断するのだ。

 結論から言ってしまおう。始まった生理は驚くほど軽かった。ちょうど、I医師に処方していただいた漢方薬の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を本格的に服用し始めた頃のような軽さである。生理は夜に始まったのだが、あたかもフェードインして来るかのような遠慮深さだった。更に驚いたのは、二日目の朝である。いつものように、血の海を覚悟していた私は驚いた。な、何と、布ナプキンにはシミが二つ付いているだけなのだ。一体何が起こったというのだろう? 私は狐につままれたような気持ちで仕事に出掛けて行った。

 仕事中、何度かトイレに立ったが、布ナプキンはほとんど汚れてはいなかった。トイレに立つ度に取り替えるのももったいないので、私は布ナプキンにエッセンシャルオイル(精油)を垂らしてみた。トイレに立つ度に、エッセンシャルオイルのほのかな香りが漂って来て、私は幸せな気分に浸ることができた。実は、エッセンシャルオイルは、私の秘密兵器でもあり、冷房対策用のタオルマフラーなどにも時々垂らすことがある。香水よりも匂いが緩やかなので、自分だけの密かな楽しみのような感覚が味わえるのだ。さて、二日目だというのに、今回は、煩わしい生理痛もなかった。実践し始めてからわずか十日しか経っていないというのに、これだけの効果が出るとは驚きである。しかし、夜が近づくにつれて、生理は次第にいつもの勢いを増して来た。また、レバーのような血の塊も少し出て来た。少しがっかりである。

 そして、三日目の朝を迎えた。トイレに立った私は、「ドヒャー」と声を挙げた。これまでほどではないにせよ、二日目の夜らしい出血の仕方をしていたからだ。しかし、以前よりも量が少ないことは確かである。そして、三日目の日中は、あたかも二日目の生理が遅れてやって来たかのように、仕事中、何度も布ナプキンを取り替えることになってしまった。また、鈍い感じではあるものの、生理痛にも見舞われたが、やはり以前ほどではない。仕事中、お腹にカイロを貼って痛みをしのぐ必要もなかったからだ。はてさて、私は判断に困った。以前よりも生理が軽くなっているのは確かだが、I医師の診察を受けるまでにあと一回しか生理が来ないかもしれない。果たして、次回の生理で手術が必要かどうか、的確な判断ができるのだろうか。

 そう思っていると、三日目の夜からどんどん出血量が少なくなった。やはり、全体的に出血量が少なくなったことは確かである。しかし、実際にどのくらい少なくなっているのか、なかなか判断できないでいる。感覚的には、これまでよりも三十パーセントくらいは出血量が減っていると思う。しかし、次回も三十パーセント減ったとして、手術を受けなくて良い判断材料になるのかどうか。示されたノウハウに対する私の実践方法が甘いのか、それとも、私の症状では既に間に合わないところまで来てしまっているのか、良くわからない。

 ただ、筋腫自体は、柔らかくなっている。柔らかくなっているということは、体積が小さくなっているということだ。試しに、お腹をあらゆる方向にもんでみる。やはり、これまでよりも筋腫が小さくなっていると感じる。この状態が持続してくれれば良いのだが・・・・・・。

 仮に、年末の手術を見送るとして、次回のチャンスはいつになるのだろう。仕事を続けるとしたら、来年のゴールデンウイーク前あたりだろうか。その頃までにははっきりと、現在、実行中の試みの結果が現れているはずである。とは言うものの、年末に手術を受けるか受けないかの判断は、九月の診察のときまでに決めなければ、I医師の予定が埋まってしまう。困ったものである。

 さしあたって思いつくのは、九月の診察を、あと一回分ではなく、二回分の生理を見送ったあとまで伸ばしてもらうことだ。そうすれば、I医師の予定が埋まってしまう十月には間に合う。次回の生理を見送ったあとも判断がつかなければ、九月の診察を延長してもらうべく、電話を入れることにしようと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確かに出血の量は減りました。筋腫の体積も小さくなっています。しかし、これが一時的な変化なのか、恒久的な変化なのか、まだ判断がつきません。実践し始めてからまだ十日余りなので、次回の生理のときには、もっと劇的な効果が現れていることを期待します。さしあたっての目標は、すべての筋腫がおへその下に収まることであります。そうすれば、I医師は手術が必要だとはおっしゃらないことでしょう。果たして、わずか二ヶ月の間にそこまで筋腫を小さくできるのかどうか、ちょっぴり心配であります。実践している内容につきましては、詳細に書くことができず、申し訳ありません。情報を有料化して販売されているので、あまり大々的には書かないほうが良いかと思いました。しかし、私自身、情報を販売されている方の宣伝をしたいとも思っていないので、立場的にちょっぴり微妙なところなのです。

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2008.07.25

ホットヨガ(一一二回目)

メリハリの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m おそらく私が今の仕事を続けられるのも、こうしたメリハリを体験できるからだと思います。定時退社日は、いわば中休み的な存在ですが、忙しい時期を乗り越えて、無事に納品を迎えたときの開放感もまた、大騒ぎに値するものなのです。(笑)さて今回は、ホットヨガの記事が連続するために控えていた、三連休の最終日の出来事を書いてみたいと思います。

 三連休の最終日は、神戸店で朝九時半から行われるホットヨガのレッスンの予約を入れていた。八月になると、予定がいっぱいでほとんどレッスンに参加できなくなると思い、少しでも空いた時間を見付けてはレッスンに通っているのだ。

 一方、ここのところ、ガンモは夜勤の仕事が多く、生活がひどく不規則になっていた。ガンモが夜、働いて、朝、帰宅するため、我が家のエアコンはほとんど一日中稼動しっぱなしだった。三連休の最終日、ハードウェア屋さんのガンモは仕事の待機要員の当番に当たっていた。待機要員の当番とは、顧客のところでトラブルが発生したときに、コールセンタからの呼び出しを受けて、トラブルに対応する当番のことである。前日の夜、私が、
「明日は九時半からのレッスンに出掛けるから、仕事に行くのと同じくらいの時間に起きるよ」
と言うと、朝と夜が逆転して、疲れを感じているガンモは、
「何だ、ゆっくり寝たいと思ってたのに」
とちょっぴりぼやきモードで言った。私だって、せっかくの休みの日だから、ゆっくり睡眠を取りたいが、何しろやりたいことが山のように溜まっているため、できるだけ早起きしててきぱきと予定をこなしたい。ホットヨガのレッスンは、夕方にも設定されているが、私はできるだけ早い時間にレッスンを受けておきたかったのだ。

 そして、レッスン当日の朝を迎えた。私を目覚めさせたのは、夜のうちにセットしておいた目覚ましではなく、ガンモが仕事で使っている携帯電話のメールの着信音だった。私がぼんやりと目を開けると、ガンモが仕事用の携帯電話に届いたメールを確認していた。どうやら、コールセンタから呼び出しが掛かっているらしい。あまりにも眠いので、私はそのままベッドに横になっていた。しかし、コールセンタからのメールは何度も何度も飛んで来る。眠い目をこすりながら時計を見ると、目覚ましにセットした時間よりも三十分ほど早い。私は、夕べのガンモの台詞を思い出しながら、
「何だ、もうちょっとゆっくり寝たいと思ったのに」
とガンモに言った。

 しばらく携帯電話のメールと格闘していたガンモは、血相を変えて起き上がると、顧客のところに電話を掛け、発生しているトラブルのサポートを始めた。どうやら重大なトラブルが発生しているらしい。電話では埒があかないのか、いったん電話を切ったガンモは、
「えらいこっちゃ」
と言いながら大急ぎで支度を整え、トラブルが発生したという顧客のところに出掛けて行った。奇しくもその顧客は、私がこれから出掛けようとしている神戸駅周辺に事務所を構える顧客だった。私は、
「行ってらっしゃい。じゃあ、お昼ご飯を一緒に食べようか」
と言いながら、ガンモを送り出したのだった。

 今回も九十分のベーシックコースのレッスンを受けたのだが、前回のレッスン同様、何度か顔を合わせてはいるものの、一度もレッスンを受けたことのないインストラクターが担当してくださった。二回連続で、初めてのインストラクターに当たるのも珍しいが、私の知る限り、神戸店には少なくともあと二人くらいはレッスンを受けたことのないインストラクターがいる。

 前回のレッスンで、レッスンに流されないコツを摑んだので、取れないポーズはお休みさせていただいたものの、今回も息が荒れることなく、レッスンを終えることができた。

 シャワーを浴びて着替えを済ませ、スタジオをあとにすると、私はこれまでせっせと足を運んで来たお気に入りの映画館の横にあるエスカレータを使って、神戸店のスタジオのすぐ下の階にある百円ショップに向かった。旅行の準備を整えるために、百円ショップで間に合う買い物を済ませておきたかったのだ。いつもならば、だらだらと買い物を続けて、すぐに使う予定のないものまで買い込んでしまうのだが、今回は時間の節約のため、既にリストアップしている商品を探し出し、てきぱきとレジに進んだ。

 買い物を終えたあと、一緒にお昼ご飯を食べようと、ガンモにメールを送ってみた。すると、私がいると指定した場所にガンモが直ちに現れ、まさしく一口目を食べようとしている私に向かって、
「そんなに食べると太りますよ」
と私に言った。な、何だ、何だ? 急に現れて。朝、血相を変えて出て行ったガンモだったが、ひとまず落ち着いて、夜中にもう一度立ち合い確認のために出掛けて行くことになったそうだ。私がメールを入れたとき、ガンモは私が待ち合わせに指定するであろう場所に向かっている途中だったらしい。

 ガンモは、私と椅子を並べて昼食をとると、これから別の顧客のところへ行くと行って、先に出て行った。長居のできる場所だったので、私はそのままその場に残り、「ガンまる日記」を書き上げた。

 それから再び買い物をしてから帰宅したのだが、ホットヨガの荷物を抱えたまま歩き回っていたので、ひどく疲れてしまった。そろそろスーツケースに、持って行く荷物を詰め始めなければならないと思いつつも、なかなか身体が言うことをきいてくれなかった。

 ガンモは、夜中に再び顧客のところに出掛けて行った。四時半頃には戻ると言っていたのに、私が翌朝五時に目を覚ましたときにはまだ帰宅していなかった。何かトラブルでも発生したのかと思い、恐る恐るガンモに電話を掛けてみると、特にトラブルが発生したわけではないので心配はいらないという答えが返って来た。私は、目が覚めてしまったので、そのまま起きて仕事に出掛ける準備を整えた。私が仕事に出掛ける直前に、ようやくガンモが帰宅した。顧客の担当者がとてもいい人たちだったので、なかなか話を切り上げて帰ることができなかったという。こうして再び、我が家のエアコンはフル稼働することになったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 休日の朝に、私がホットヨガに出掛けて行くことに対し、「ゆっくり寝たいと思っていた」ガンモ自身が、コールセンタの呼び出しにより、早朝から起こされてしまったのは、実に興味深い現象です。私に対して言った言葉が、直ちに自分に返って来ているんですね。また、私がホットヨガのレッスンを終えて、昼食をとろうとしているそのときに、ガンモが横からにゅっと現れたのにも驚きました。ガンモは私の前に、実にいいタイミングで現れます。別々に行動していても、仕事帰りに良く出会いますしね。(笑)お互いに何となく相手のことを意識しながら行動していると、こういうことが起こりやすいのでしょう。

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2008.07.24

メリハリ

三人寄れば文殊の知恵の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 交友関係を結ぶには、似たような趣味や考え方の友人同士が集まるとうれしいものですよね。でも、仕事をしながら壁にぶつかったときは、自分と同じような考え方や経験を持っている人たちの集まりだけでは解決できないことがあります。考え方の違う人とは、対立することもありますが、こうして補い合えるんですよね。

 たいていの場合、月に一度の定時退社日は毎月第三水曜日に設定されているのだが、社員の方たちの親睦会が行われるということで、今月に限り、変則的に定時退社日が第四木曜日に設定されていた。しかし、今月は仕事がとても忙しいので、定時退社日を返上して、残業になってしまうだろうと覚悟していた。社員の方たちも、届け出さえ提出すれば、定時退社日でも残業できることになっているのだ。数日前、一緒に仕事をしている社員の方に定時退社日の予定を尋ねてみると、
「この状況では、親睦会にはさすがに参加できないでしょう」
という答えが返って来たので、私も残業を覚悟して定時退社日を迎えた。

 ところが、当日の午後になって、一緒に仕事をしている社員の方たちが私の席にやって来た。
「実は今日・・・・・・」
とおっしゃるので、
「ああ、今日は定時退社日ですけど、残業でしたよね」
と、最初から残業覚悟の私は当然のように言った。ところが、何やら様子が違っている。どうやら、社員の方たちで話し合って、残業をせずに親睦会に参加することに決めたらしい。私は驚いた。社員の方たちが親睦会に参加されるために定時退社されるということは、必然的に、私ち派遣社員も定時退社できることになるのだ。もちろん、私たち派遣社員も親睦会には参加していいことになっているのだが、私はやりたことが山のように溜まっていたので、親睦会への参加はパスして帰宅することにしたのである。

 定時退社できることがあまりにもうれしくてうれしくて、私は思わず、
「うわー、自転車の電気を点けずに帰宅できるんですか?」
などと言った。自宅から最寄駅までは自転車を利用し、駅の駐輪場に自転車を停めている。電車を降りて、自宅まで自転車で帰宅するときはたいてい夜なので、私は無意識のうちに自転車の自家発電のスイッチを足でスライドさせる。私の中では、「帰りは夜」と決まっているのだ。しかし、いつだったか、ホットヨガのレッスンのあと、日がまだ沈まないうちに帰宅したことがある。私はそのとき、機械的に自転車の自家発電のスイッチをスライドさせようとして、ふと足を止めた。まだ明るいので、電気を点けなくても良いことに気がついたのだ。私が、
「自転車の電気を点けずに帰宅できるんですか?」
と言ったのは、そうした背景があってのことである。

 私は、直ちに一緒に仕事をしている派遣仲間に知らせに行った。彼女は、私たちプログラムの開発担当が作ったプログラムの動作テストを行ってくれている派遣社員である。彼女もまた、私たちと同じように残業の毎日を送っている。私が、社員の方たちが親睦会に参加するため、定時退社されることを彼女に告げると、彼女の顔がぱっと明るくなった。やはり、月に一度の定時退社日を楽しみにしていたのは、私だけではなかったのだ。時計を見ると、定時まであと一時間半ほどだった。
「あと一時間ちょっとで定時ですよ」
と彼女が私に言った。
「ほんとだ。うれしいねー」
私はそう言って、自分の席に戻った。

 定時を知らせるチャイムが鳴ると、私はてきぱきと帰り支度を整え、オフィスをあとにした。まさか、この仕事が忙しい時期に定時退社できるとは思ってもいなかったので、私は降って湧いたような幸運に小躍りした。しかし、果たして、私が本当に自転車の電気を点けずに帰宅できたかというと、そうではない。夏休みに出掛ける旅行の準備がまだ整っていないため、あちらこちらで買い物を済ませ、ようやく帰宅した頃には既に二十二時半を回っていた。これでは、普段よりも一時間早いだけである。それでも、仕事帰りに買い物ができたことはとても有意義なことだった。自宅近くの顧客のところで作業していたというガンモも、私とほぼ同じ時間に帰宅した。ガンモもまた、夏休みを直前に控えて、仕事がひどく忙しい様子である。おそらく私たちはこのまま忙しい毎日を送り続け、例年のように寝不足のまま旅行の当日を迎え、時差ボケの吸収に役立てるつもりなのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思いがけず定時退社できるとわかって、本当に興奮しましたね。一緒に仕事をしている派遣仲間に定時に退社できることを伝えに行ったときの、彼女の喜びの笑顔が忘れられません。ただ、がむしゃらに働き続けるのではなく、メリハリを付けられるのはとてもありがたいことです。いきなり大きなゴールを目指すよりも、途中で小さなゴールがいくつもあったほうが、目的は達成しやすいように思います。

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2008.07.23

三人寄れば文殊の知恵

ホットヨガ(一一一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ヨガのポーズを学習するためのゲームソフトがあるんですね。ホットヨガのロッカールームにもその手のゲームソフトの宣伝ポスターが貼り出されていました。インストラクターがポーズを取っているのをDVDで鑑賞するのではなく、わざわざゲームになっているのですから、ゲームソフトに対してプレイヤーが働きかける何かがあるのでしょうね。カラオケみたいに得点が出るのでしょうか? 関連サイト:どこでもヨガWii Fit:ヨガ

 これまで、仕事を終えてからホットヨガのレッスンを受けたことはあっても、ホットヨガのレッスンを終えてから仕事をしたことはなかった。休日のオフィスは、人が少ないためか、ひどく冷え込んでいる。人が多いと、体温でオフィス内の空気も暖まるし、何よりも、多くのパソコンが稼動していると、温度が上昇して来るのだ。しかし、今回、休日出勤しているのは、わずか数人である。私の参加しているプロジェクトメンバの他にも、何人か休日出勤していたのだ。席に座ってしばらくすると、薄い毛布を頭からかぶらなければならないほど冷えて来た。それなのに、私の顔は、ホットヨガの余韻でひどくほてっている。顔は暑いのに、冷房が降り注いで来る首の後ろや背中、それから足元はひどく寒い。おまけに酸素不足に陥っているのか、少し頭痛もする。私は、タオルマフラーにカイロを巻き付けて、カイロが首の後ろに当たるようにして、頭に血液が巡り易くなるよう工夫した。カイロのおかげで、間もなく頭痛も和らぎ、体温調節もできるようになった。

 それにしても、休日のオフィスはとても静かだ。平日には、毎日百通以上もほど流れて来る仕事のメールも、ほとんど流れて来ない。電話も掛かって来ない。オフィス全体のざわざわした雰囲気もない。私は、集中するためにいつも耳栓をして仕事をしているのだが、耳栓も必要ないほど静かなおかげで、仕事に集中することができた。それは、私と一緒に休日出勤した他のプロジェクトメンバにとっても同じだったようで、
「メールも来ない。電話もない。仕事がはかどる」
と言って喜んでいた。つまり、私たちが日常、いかに多くの割り込み作業を受け付けながら仕事を進めているかということだ。

 一日目の仕事を終えたあと、翌日も出勤が必要かどうか、プロジェクトのメンバでもう一度、話し合った。みんな、気持ちの上では休日出勤など、したくはないと思っているのだ。しかし、現在の仕事の状況がそれを許さない。仕事の状況に目を瞑り、二日目は出勤しないでおくか、それとも、頑張って二日目も出勤するかでしばらく悩んでいた。誰かが、
「休日出勤をやめて、朝、早く出勤するというのはどうでしょう?」
と提案した。プロジェクトメンバの中で、最も遠いところに住んでいる私は、毎日重役出社をさせてもらっている。つまり、早く出勤するというのは、私が重役出社をやめて、いつもよりも一時間ほど早く出社することにより、休日出勤の工数をカバーできないかという提案だった。しかし、休日出勤して働く時間はおよそ八時間である。私が重役出社をやめて、いつもよりも一時間ほど早く出勤したところで、三連休明けの週末まで四時間しか捻出できないことになってしまう。それならば、休日出勤したほうがいいということになり、予定通り、二日目も出勤することになったのである。

 二日目は、私たちのプロジェクトメンバしか休日出勤していなかった。ありがたいことに、空調は前日よりも緩かった。静かな環境の中で、パソコンのキーボードを叩くカチャカチャという音だけが聞こえて来る。あまりにも静かな環境で仕事を続けていると、話をすることさえはばかられる。話をしない分、黙々と仕事を続けている。仕事のことで、他のプロジェクトメンバに確認したいこともあるのだが、静寂を守り抜くためにぐっと言葉を押し込める。しかし、とうとう堪らず、私が口を開いた。すると、他のプロジェクトメンバもまた、まるでスイッチが入ったかのようにおしゃべりを始めた。なあんだ。みんな、誰かが話を始めるのを待っていたのだ。

 何故これほどまでに忙しいかと言うと、これまでリリースしていた製品を、これまでとは別の形でリリースすることになり、これまでのプログラムに手を加えて新しい製品に作り変えているからだ。これまで、それらの作業はほとんど私がこなして来たのだが、今回、すべての製品が新しい形で生まれ変わることになり、とても私一人では対応し切れないことから、他のプロジェクトメンバが手を貸してくださっているのだ。

 かつて、私が一人でその仕事を担当していたときは、壁にぶち当たると、他に相談できる人がいないため、一人で問題を抱え込み、悶々としていた。同じプロジェクトメンバと言っても、それぞれ別々の仕事を抱えているので、相談しようにも、状況を理解してもらうまでに時間が掛かってしまう。ところが今回は、これまで私の担当していた仕事をプロジェクトメンバみんなで分け合っているため、他のプロジェクトメンバも私の仕事の事情が良くわかる。面白いことに、私が何時間も悩んで解決できなかったことを、他の人が見て新しい風を吹き込むことで、するっと解決に結び付いたりしている。また、その人が解決できない問題を、もう一人のプロジェクトメンバが別の方法で、あっという間に解決したりしている。仕事につまづいたときは、別の観点からものごとを追求することの大切さをひしひしと感じている。レビューを通じて、誰かの産物が他の人の目に触れることの重要性が謳われているのは、まさしくこういうことだったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私の三連休は二日間だけ出勤でありました。休日出勤すると、仕事がはかどるという話を、以前、どこかで聞いたことがありますが、割り込みが入らないために、自分の仕事に集中できるということだったのですね。なるほど、納得であります。ところで、私ごとではありますが、二十三日に無事に四十三歳を迎えました。ガンモも私と同様仕事が忙しく、私の誕生日だというのに、ガンモは前日の夜から夜勤で私が出勤する直前に帰宅し、私が帰宅したのも二十三時半頃でした。誕生日にガンモと三十分程度しか一緒に過ごせなかったのはいささか不満ではありますが、これもあれも、すべて夏休みに繋がっていると思えば、乗り越えることができます。(笑)

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2008.07.22

ホットヨガ(一一一回目)

映画『ぐるりのこと。』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画を観ていて、「うまい演技をする人だなあ」と思うのは、この映画にも出演されていた柄本明さんのような役者さんです。柄本明さんと言えば、独身時代、東京の下北沢に住んでいた頃、良く街でお見掛けしていました。ぼやっとした雰囲気の漂う役者さんではありますが、役を演じているときは、その役を食ってしまっているというか、完全に自分のものにしてしまう人だと思います。いかにも「演じている」というタイプの役者さんではないんですね。演じている姿があまりにも自然で、毎回、うまいなあと感じさせてくれる役者さんであります。

 三連休を控えた金曜日の午後、私の勤務先では、同じプロジェクトのメンバ三人で休日出勤の相談が行われていた。休日出勤する場合は、予め出勤する人の名前とおおよその出勤時間、それからおおよその退社時間をビルの管理事務所に届けることになっている。そうすることによって、休日の入館も可能になり、また、空調管理もしっかりと行われるのだそうだ。

 まず、三連休のうち、何日間出勤するかという話になった。できれば最終日は休みたいという気持ちは全員一致していたようで、話し合いの結果、最初の二日間だけ出勤することになった。私は、土曜日の午前中はホットヨガのレッスンの予約を入れていたので、
「土曜日の午前中は用があるので、午後からの出勤になりますけど、日曜日は午前中からOKです」
と言った。以前、三連休の休日出勤の話が持ち上がったとき、同じことを上司に伝えておいたはずなのだが、上司はその話をあたかも初めて聞いたかのような反応を示した。何しろ、私がホットヨガのレッスンを受けていることも、他の派遣社員から何度か聞いて知っているはずなのだが、
「エアロビクスを習ってるんですよね」
などと言って来るくらいだから、無理もない。

 さて、土曜日の朝、私はいつものように九十分のベーシックコースのレッスンを受けるため、ホットヨガ神戸店に向かった。私と同じレッスンに参加していたのは、私を入れて十六名の参加者である。何と、今回のインストラクターは、これまでにもスタジオで何度か顔を合わせてはいたものの、レッスンを担当してくださるのはまったく初めてのインストラクターだった。確か、ホットヨガの公式ブログに自家製パンの記事を掲載されていたインストラクターである。神戸店のスタジオに通い始めてからそろそろ二年になるが、初めてのインストラクターに当たろうとは思ってもいなかった。教え方がとても上手なそのインストラクターは、インストラクターとしてかなりの熟練者であることが感じ取れた。

 前回のレッスンでは、寝不足のため苦しくて、後半のレッスンをほとんどお休みさせていただくことになってしまった。自分でもそれがあまりにも情けなかったので、今回はレッスンに呑まれないように注意を払いながら、自分のペースを確立させることに意識を集中させた。すると、レッスン中に苦しくならないコツがわかったのだ。それは、呼吸をしっかりと行うということだった。呼吸も時間と同じで、自分から先回りしなければ追われ続けることになる。だから、苦しくなる前に先手を打って深い呼吸を繰り返す。これが、レッスンに呑まれないコツだとわかった。

 もちろん、後半のポーズには、私が取れないポーズもいくつかある。例えば、お腹を下にして反り返る弓のポーズである。お腹の下で筋腫がつぶれてしまいそうな気がして、私には怖くて取れないのだ。また、足が重くてなかなか持ち上がらないため、そのあとの肩立ちのポーズもお休みさせていただいた。

 レッスンに呑まれないコツがわかり、私は激しい疲れを感じることもなく、むしろすがすがしい気持ちでシャワーを浴びた。汗をびっちょりかいていたので、私は試しに脱いだTシャツを絞ってみた。すると、雫が垂れて来たのだ。汗をかく量は、今はなき脂肪燃焼コース2のレッスンが一番多いと思い込んでいたのだが、ここ最近、参加し続けている九十分のベーシックコースのレッスンにおいて、私は汗をたっぷりかいている。激しいレッスンに参加しなくても、じっくりじわじわと効いて来る九十分のベーシックコースのレッスンは、今の私にぴったりなのかもしれない。

 私はシャワーを浴びて着替えを済ませたあと、昼食を取り、その足で勤務先へと向かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつもは午前中にレッスンを受けたあと、買い物をしたり、映画を観たりして過ごすのですが、この日はおとなしく仕事に向かいました。私がホットヨガのレッスンを受けてから出勤すると言っておいたので、他の方たちものんびり出勤できたようです。「この忙しい最中に午前中は用があると主張したのはちょっぴり申し訳なかったかな?」とも思ったのですが、私がホットヨガのレッスンに出掛けることにより、他の方たちものんびり出勤することができたならば、申し訳ないどころか、むしろいいことをしたのではないか、などと自負しています。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.07.21

映画『ぐるりのこと。』

迷える子羊の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m こうして振り返ってみても、I医師の診察はロジカルで納得の行くものでありますね。しかし、そんなI医師とも、手術をしてしまえば、縁が切れてしまうんですよね。何だかちょっぴり寂しい気持ちです。(苦笑)さて今回は、I医師の診察の前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただくことにします。

 既に公開されてから一ヶ月以上経っている映画だが、レディースデイだったこともあって、I医師の診察の前に鑑賞した。この映画を上映している映画館には何度か足を運んでいたものの、どのような映画なのか、良くわかっていなかった。単に日本映画であるというだけで非日常を体験させてくれる映画ではないと思い込み、敬遠してしまっていたのだ。しかし、いつも熱心に拝見しているブログに、この映画に対する熱い想いが綴られていたので、鑑賞することにしたのである。

 この映画は、ある夫婦の十年を軌跡を辿った作品である。夫カナオの役を演じているのは、映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』の原作者であるリリー・フランキーだ。彼は、映画初主演だとか。一方、妻翔子の役を演じているのは、映画『怪談』にも出演されていた木村多江さんである。ルールに従って行動しようとする翔子と、臨機応変に生きたいカナオの、ボタンを掛け違えたような価値観のずれが、観ている側には妙に面白い。自分の求めているものを相手の中に一生懸命、見いだそうとするのだが、見つけられずにどちらもイライラする。ついつい、相手に対する要求が高くなってしまう二人である。

 それでも、私には、うまく行っている夫婦に映って見えていた。何故なら、価値観の違いによるずれは感じるものの、根底にはお互いに対する愛が存在していると感じられたからだ。しかし、妊娠した翔子が子供を喪ってから、二人の溝は更に深まって行く。

 日本人の多くの男性がそうであるように、カナオは妻に対する愛情、いや、感情全般に渡って、言葉で表現しようとしない。しかし、妻以外の女性には積極的にアプローチしたりする一面も持っている。一方、妻の翔子は、カナオに感情を言葉で表現して欲しいのだろう。翔子にしてみれば、子供を喪ったという悲しみをカナオと共有したかったのだ。そして、カナオと寄り添いたかった。しかし、二人がお互いの中にある喪失感を共有できないまま、時間が過ぎて行く。ルールに従って、「ちゃんと」したい翔子。いつの間にか、自分自身をルールでがんじがらめにしてしまっていたのかもしれない。

 夫婦のすれ違いが表現されているかのように見える映画ではあるが、客観的に夫婦のなりゆきを見守っている私たち観客には、お互いへの愛がしっかり届いている。隠れてしまった男女の愛は、主観で見ればなかなか気づくことはできないが、客観で見れば、気づいて行くものなのかもしれない。おそらく、愛は探しても見つからないものなのだろう。探さなくても、愛がいつもちゃんとそこにあるということに自ら気づかなければ。例えば、雷が鳴った日に、カナオは職場で歓迎会を催していたのに、職場のみんなよりも先に帰宅する。それは他でもない、翔子のことが心配だったからだ。そうした心遣いが、自分の求めている愛ではないとき、見落としてしまいがちなのである。

 ところで、カナオの職業は大変興味深い。法廷画家というのだろうか。裁判のときに、法廷にカメラを持ち込むことができないため、裁判の様子を絵に描く仕事である。法廷で裁判を傍聴する人たちの中には、テレビ局に雇われた法廷画家が何人もいるらしい。また、法廷画家だけでなく、報道陣たちの姿もある。有名な事件の裁判においては、判決が下されるのを、報道陣たちがまるで「ようい、どん!」の姿勢を取るかのように、身を乗り出して聞き入っている。そして、判決が下されるやいなや、それ以降の裁判には目もくれずに、一斉に法廷の外へと駆け出して行く。おそらく、社に戻って記事を仕上げるためだろう。報道の無機質さを描いた象徴的なシーンだと思う。果たして、裁判に出席している人たちの中に自分の身内がいたとしても同じことができるのだろうかと、思わず問い掛けたくなってしまう。

 夫婦の再生を描いた作品と言われているこの作品だが、鑑賞し終えても、一体何が二人を再生させたのか、具体的なことは良く見えて来ないかもしれない。私には、再生というよりも、「愛は最初からそこにあるのに」ということを感じさせてくれた作品だった。大切なのは、究極的な闇を体験しているときに、表面だけ取り繕おうとせずに、本音で語り合うことだ。いわば、究極的な闇は、基盤を整え直すチャンスなのだ。そこで互いの本音をさらけ出し、グラグラしない基盤を築かなければ、おそらく同じことの繰り返しである。どうやら、カナオと翔子は、基盤を整え直すことに成功したようである。

 絵を描くという共通の趣味で結ばれた二人が、次第に原点に戻って行く。翔子が描き上げた天井の絵を眺めるために、お堂のようなところで仰向けになっているシーンが印象的である。互いに足を蹴り合う親しさ。そんな親しさは、十年も連れ添った夫婦にとっては当たり前のことなのに、これまでの二人には実践できていなかった。そのシーンを見て、「ああ、二人は乗り越えたね」と思うのだった。

 長い作品だったが、ちっとも長さは感じなかった。公開終了前に鑑賞できて良かったと思える作品だ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに、ぐるりのこと。というのは、自分のを取り囲む環境のこと、という意味らしいです。おそらく、周辺の人たちをも含むのでしょうね。お互いの「ぐるり」を重ね合わせながら、人と人は関わっているんですね。一九九三年間から十年間という時代背景もしっかりと感じさせてくれる、とても良い映画でありました。

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2008.07.20

迷える子羊

乳房腫瘤-疑い(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何はともあれ、乳がんの疑いが晴れてほっとしています。健康診断を受けると、乳がんのセルフチェック方法を書いた用紙を配ってくださいますが、自分でチェックしようにも、それが乳がんのしこりなのか、良性のしこりなのか、良くわからないと思います。でも、不安に思って、自分でマンモグラフィーの検査を受けると、ひどく高価なんですよね。私がお世話になっている病院でも、患者という形ではなく、検査という目的で訪れた人に対しては一万円くらいの金額が請求されるようでした。しかし、私のように健康診断で引っかかった人は、検査に保険が適用されるようです。マンモグラフィーと胸部エコー、それから婦人科の診察も合わせて三千六百円程度で受診できました。騒動の中にあっても、ちょっぴり得した気分でありました。(苦笑)

 一度は手術を受けようと心に決めたものの、時間が経つにつれて、私の中には手術に対する大きな迷いが生じ始めていた。そうした状態のときに出会ったのが、ホットヨガのインストラクターが口にした「自然治癒」という言葉だった。その言葉を念頭に置きながらインターネットを検索していると、情報を買うの記事に書いたように、ある有料の情報に辿り着いたのだ。その情報を発信しているサイトは、真剣に作成されたとても丁寧なサイトだったので、私は思い切ってその情報を購入することにした。ありがたいことに、購入した情報は詳細かつとても素晴らしい内容だった。私は、そこに書かれている内容を少しずつ実践し始めた。簡単に言えば、エストロゲンを多く含む牛乳の摂取をやめて野菜を多く摂り、糖分も控え、肉食も控える生活を送るということだ。コーヒーや紅茶も飲まないほうがいいとのことだったので、大好きだったミルクティーも絶っている。

 そうすると、それらを実践し始めてわずか数日で筋腫が柔らかくなった。しかし、生理が近づいて来ると、私の筋腫は再び固くなり始めた。これから先、どうなるかわからない。まだ生理が来ていないので、何とも言えないが、私と同じようにこの情報を購入した人たちの中には、生理も軽くなり、筋腫も小さくなった人がいるらしい。

 私は、これらのことを実践し、検証するための期間が欲しかった。そのため、I医師には、
「もしも手術を受けるなら、年末にお願いしたいと思っています。でも、まだ手術を受ける決心がつきません」
と正直に言った。更に、
「手術の方法としては、腹腔鏡による手術を希望していますが、私の場合、お腹に脂肪があるのと、筋腫がおへそよりもかなり上の方まで来ているので、腹腔鏡による手術に適しているかどうかわかりません」
と言うと、I医師は、まるで他人事のように、
「頑張って痩せてください」
と言ったあと、
「今、おへその上に筋腫があったとしても、(女性ホルモンを抑制する)注射により、筋腫は小さくなりますので、おそらく、心配ないでしょう」
と答えてくださった。私は、注射により、筋腫が小さくならなかった例も知っているので、
「注射をしても筋腫が小さくならないこともあるようですが、それは、筋腫の場所が関係しているのでしょうか?」
と尋ねた。すると、I医師は、
「筋腫の種類によりますね」
と答えてくださった。筋腫にも、女性ホルモンの分泌を抑制する注射が効きやすい筋腫とそうでない筋腫があるらしい。具体的に、どのような筋腫が注射で小さくなり易く、どのような筋腫が注射で小さくなりにくいのかは、I医師の口からは語られなかった。

 私は、女性ホルモンの分泌を抑制する注射を打つことについても迷いがあった。実際、私の周りに半年間、この注射をして生理を止めた人がいるのだが、彼女はホットフラッシュの現象に悩まされていた。彼女曰く、三十分ごとに暑い感覚と寒い感覚が入れ替わり押し寄せて来たそうだ。また、変な汗をかいて困るとも言っていた。現在、私はホットヨガのレッスンのあと、顔がひどくほてり、しばらくの間は顔から汗がダラダラと出て来て仕方がないが、それよりも厳しい状態が注射を打っている数ヶ月の間、ずっと続くのである。私はその状況に耐えられるかどうか、あまり自信がなかった。そこまでして筋腫を小さくしてから手術に臨むくらいなら、最初から開腹手術を覚悟しておいたほうがいいのではないかとも思えて来たのだ。

 私は、
「注射を打つと、ホットフラッシュの現象に悩まされるんですよね」
とI医師に言った。するとI医師は、またしても他人事のように、
「それは仕方がないね」
とおっしゃった。女性の身体は、エストロゲンが多くなれば筋腫などを始めとするエストロゲン過多の症状に悩まされ、エストロゲンが少なくなれば、ホットフラッシュや骨粗鬆などのエストロゲン不足の現象に悩まされる。しかも、プロゲステロンを補充し過ぎると、眠気がひどくなる程度だが、足りなくなったエストロゲンを人口ホルモンに頼って補充すると、ガンの危険性も出て来る。女性ホルモンのバランスを保つのは実に難しいものである。

 もう一つ、私の中に芽生えていた感情があった。それは、自分の筋腫の大きさを原型のまま確認しておきたいという願望である。腹腔鏡の手術を受ければ、摘出物は膣から取り出すことになるため、専用の器具により、膣からの摘出が可能な大きさに切り刻まれながら手術が行われる。そうなると、実際に私の子宮の中にどのくらいの大きさの筋腫が生息していたのかを把握することができなくなってしまう。手術後に、
「はい、これがあなたのお腹の中から出て来たものです」
と見せられたとしても、もはやそれは原型を留めてはいないのである。筋腫の重さを知ることはできるが、正確な大きさを知ることは難しいかもしれない。

 私は、以前、開腹による筋腫核手術を受けた直径十二センチの彼女に、彼女の子宮から摘出された筋腫の写真を見せてもらったことがある。その中には、病院側に撮影してもらった思われる写真も含まれており、ものさしと一緒に彼女の子宮から摘出された筋腫が写っていた。彼女は、今後は絶対にこうはならないと、自分の肝に命じるために、ときどきこの写真を眺めるのだと言っていた。

 手術に対する決心がなかなかつかない私は、I医師に、
「自力で筋腫を小さくしようと思いまして」
と言った。すると、今まで黙って話を聞いていた看護婦さんが笑った。私の言葉に対し、I医師は、
「十年早い」
と言った。そして、
「あなたが五十二歳なら自力で小さくできるでしょうけど」
と続けた。I医師曰く、
「自力で何とかしようと思ったら、一ヶ月ほど断食をすれば生理が止まりますので、筋腫は小さくなりますが、お勧めはできません」
と面白いことをおっしゃった。
「ああ、なるほど。生理が止まってエストロゲンも分泌されなくなるので、擬似閉経の状態になるんですね」
と私が言うと、I医師は、
「そうです」
とうなずいていた。私は一ヶ月の断食を想像し、手術への恐怖と天秤に掛けてみたが、どちらを積極的に選びたいか良くわからなかった。おそらく、一ヶ月の断食というのは、食いしん坊の私には無理な話だ。

 手術を決断するにあたり、I医師にいろいろと質問しておこうと思い、自己血輸血についても確認してみたところ、やはり一回につき、四〇〇ccも採取するのだそうだ。しかも、通常は合計三回分採取するらしいが、私の場合は二回で大丈夫だろうということだった。注射の針が身体の中に入っていることをイメージすると気が遠くなってしまう私は、健康診断の採血も歯をくいしばって受けているくらいだ。それなのに、一回に四〇〇ccも採取できるのだろうか。そんな私だから、当然、献血の経験もないのだ。しかし、手術を受けると決めたら、通らなければならない難関のようである。

 私はI医師に、
「もし手術をお願いするとしたら、年末に開腹手術でお願いします。先生に開腹手術をお願いするのは大変申し訳ないのですが・・・・・・」
と言った。何故ならI医師は、開腹しなくても筋腫を取ることのできる高い技術をお持ちであり、開腹以外の手術を率先して行っていらっしゃるからだ。I医師は、
「手術の痕がわかりにくくなるような対処はさせていただきますけど」
と言ってくださった。

 その後、再び血栓の話になった。以前、I医師から、私のように筋腫が大きいと、血栓ができる可能性があり、血栓ができるとかなりやっかいなことになるという話をうかがった。今回も、血栓の話が出たのだが、前回よりももう少し具体的なところまで話が及んだ。I医師曰く、私のように大きな筋腫がある場合、骨盤から下に血栓ができている場合があるそうだ。しかし、例え血栓ができていたとしても、自覚症状はないそうだ。ただ、手術を受けると、はがれた血栓が流れて行き、肺に達してしまうと命取りになるのだそうだ。そのため、手術の前には血栓ができているかどうかの検査も必ず行うことになっているそうだ。もしも血栓ができていた場合、静脈に詰め物をする必要が出て来るそうだ。そうなると、I医師の病院では手術が行えなくなってしまうので、別の病院で手術をしてもらうことになると言われた。これまで手術から逃げ回っていた私だったが、こうして放置しておくと、他にもいろいろな弊害が起こってしまう可能性もあるということを改めて認識した。

 ただ、私の決心がまだつかないということで、次回の診察までに手術をするかしないかの結論を出しておくことになった。I医師は、
「十月頃には、年末の手術の予定が埋まってしまうと思いますので、次回までに決めておいてください」
と言ってくださり、いつものように二ヶ月分の桂枝茯苓丸と一ヶ月の鉄剤を処方してくださった。

 次回の診察は九月である。二ヶ月もあれば、現在取り組んでいる改善策に対する結果も出るだろう。そのときに、それらを実践し続けることで、この先、手術が必要になるかどうかは自分で判断できるはずだ。私はI医師にお礼を言って、診察室を出た。

 ガンモからは、乳がんの精密検査の結果をすぐに知らせて欲しいと言われていた。しかし、ガンモは二日連続で夜勤の仕事をこなしたあとで、私が病院を出た頃は自宅で睡眠をとっているはずだった。私はガンモの睡眠の邪魔をしたくなかったので、ガンモの携帯電話に、乳がんではなかったことを知らせるメールを送信した。すると、ガンモは起きていたのか、
「ガンじゃなくて良かった(*^^*)」
と、すぐに返事が返って来た。

 何はともあれ、乳がんの疑いも晴れ、手術の決断についてもあと二ヶ月の猶予をもらい、診察を受ける前とはうって変わって、軽い足取りで神戸駅へと向かったのだった。そして、せっかくの火曜日のレディースデイの休みを活かすべく、また、ガンモの睡眠を邪魔しないようにするために、映画を鑑賞してから元気良く帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またしても、更新が遅れがちになってしまい、申し訳ありません。今回はなかなか更新できないので、皆さんにお詫びしようかと思っていましたが、何とか更新することができました。ふう、毎日、本当に忙しいです。でも、忙しくなれば忙しくなるほど、頭が良く回るのか、頭の中でいろいろと文章を組み立てていることが多いのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.07.19

乳房腫瘤-疑い(後編)

乳房腫瘤-疑い(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 早めの更新をほのめかしていたのに、更新が遅くなり、申し訳ありません。むむむ、毎日、毎日、本当に時間がなく、悲鳴をあげてはいますが、こうして少しずつ少しずつ、前に進んでいます。それにしても暑い日が続いていますね。熱中症で倒れる方も出て来ているようです。皆さんも、しっかりと水分補給されて、決して無理をなさらないよう、くれぐれもお気を付けください。

 I医師の診察は、火曜日の十五時半からの予約だった。いつもならば、軽い足取りで歩いている病院まで続く商店街も、火曜日が定休日であることも手伝ってか、まるで私の心の中を象徴するかのように、ひっそりとしていた。病院に着いた私は、受付を済ませ、待合室に腰を下ろした。間もなく私の名前が呼ばれ、婦人科の待合室に案内された。以前、通っていた病院と違って、こちらは完全予約制なので、ほとんど待つことがない。それはそれで大変ありがたいのだが、今回の私は、まるで死刑宣告でも受ける前のような気分だったので、大きな病院のイライラするほどの待ち時間がうらやましくも思えた。何故なら、結果を知るのが怖く、先延ばしにしたかったからだ。

 私の他にもう一人、婦人科の診察待ちの人がいた。その方と私と、どちらが先に呼ばれるのだろうと思っていると、もう一人の方が私よりも先に呼ばれたので、私はほっとした。私はその間に、持参した汗ふきシートで胸のあたりの汗をこっそり拭き取った。乳がんの診察には触診がつきものだが、外は真夏日で、たくさん汗をかいてしまっていたからだ。もう一人の方の診察はすぐに終わり、診察室から出て来られた。いよいよ私の番である。そして、とうとう私の名前が呼ばれた。

 診察室に入ると、I医師が、
「どうしましたか?」
と尋ねてくださった。いつもは土曜日に診察を受けているのに、火曜日に診察の予約を入れたため、私に何か異変が起こったのではないかと心配してくださったのか、それとも、私の様子がいつもと違っていたから尋ねてくださったのか、良くわからなかった。私は、カバンの中からゴソゴソと健康診断の結果通知書を取り出して、I医師に見せた。
「五月の健康診断で乳がん検診を受けたのですが、精密検査が必要と言われました」
I医師は、私の差し出した「乳房検診結果通知書」をご覧になり、
「『健康診断の結果をお持ちのうえ』って書いてあるけど、健康診断の結果って何?」
とおっしゃった。私は、
「多分、この結果通知書そのもののことだと思いますけど」
と答えた。実際、私の手元にはそれしか届いていなかったからだ。

 I医師に、健康診断での様子を尋ねられたので、医師による触診とエコーの検査を受けたことを話した。医師による触診では問題ないと言われたので、おそらくエコーで引っかかったのだろうと付け加えた。I医師は、
「では、マンモグラフィーの検査を受けてみますか」
とおっしゃった。乳がんについて調べ始めたときに、マンモグラフィーの検査についても知識を得たのだが、機械で乳房を挟み込むため、生理が近いとひどく痛むことを知った。私の乳房は、あと一週間ほどで生理が来る状態だったので、かなり張っていた。
「確か、生理が近いと痛むんですよね」
とI医師に尋ねると、I医師は、
「そうやね。できたら、生理の前よりも、生理が始まってから三日くらい経ってからのほうがいいんやけどね」
とおっしゃった。しかし私は、その頃にまた出直すのも面倒だったので、
「生理の一週間前ですが、単に痛いだけなら我慢しますので、今日、受けさせていただきます」
と答えた。

 すぐにマンモグラフィー撮影の準備が始められ、私は更衣室のロッカーに荷物を預け、上半身裸の上に、焼肉屋さんで着けるような紙エプロンをまとった。焼肉屋さんの紙エプロンと違っていたのは、胸が開く形で羽織れるような形になっていたことだ。更衣室にも汗拭きシートが置いてあったので、私はそれを何枚か拝借して、胸部の汗を拭き取った。

 更衣室から出ると、女性技師がマンモグラフィーの撮影室に案内してくださった。と言っても、更衣室のすぐ隣の部屋である。女性技師は、これから四枚の写真を撮影することをあらかじめ私に伝えてくださった。斜めからの角度の写真と、上下からの角度の写真を、左右の胸で一枚ずつ撮影するという。片方ずつの乳房を機械で挟み込み、乳房をほとんどぺしゃんこにした状態で撮影するのである。間もなく機械が動き出し、私の乳房はぺしゃんこにされ、四枚の写真を撮影してもらった。確かに痛かったが、我慢できる程度の痛みだった。

 その後、紙エプロン姿のまま、カーテンで覆われた待機場所でしばらく待った。そこには、悪性腫瘍がマンモグラフィーにどのように映し出されるかを解説したポスターが掲示されていた。それを見た私は、「どうか私の画像には何も映っていませんように」と心の中で祈っていた。

 間もなく名前が呼ばれたので、カーテンの外に出て行くと、今度は診察台の上に横になってくださいと言われた。I医師は私に、
「マンモグラフィーには何も映ってませんね」
と、あっさりとおっしゃった。私はそこでほっと安堵の息を漏らした。
「でも、エコーで・・・・・・」
と言うと、
「マンモグラフィーにもいろんなものが映りますが、エコーにはもっといろんなものが映ります」
とおっしゃった。I医師は、診察台の上に横になっている私に対し、
「ちょっと失礼しますね」
と言って、私の乳房を触診された。既にマンモグラフィーの画像に何も映っていないことがわかっていたので、健康診断のおじいちゃん先生のように念入りではなかったが、明らかに医師の指で私の乳房のしこりを探っていた。ガンモの触診とはまったく違う手つきである。

 その後、I医師が看護婦さんに、
「エコーで何か映ってたみたいだから、エコーを取って」
と指示されたので、私はそのままの姿勢で胸部のエコーを取ってもらえることになった。まず、ゼリーが塗られると、ローラーのようなものがバストの上をずるずると這った。健康診断のときは、この感触がひどく気持ちが悪かったのだが、I医師の病院でのエコーは、まったく気持ち悪くなかった。胸部エコーを取り終えると、私は更衣室に戻り、着替えを済ませた。

 着替えを済ませると、私は再び診察室に呼ばれた。そこには、普段は電源が落とされている大きな二台のモニタに、マンモグラフィーにより撮影された私の乳房の内部の写真が映し出されていた。確かにI医師の言う通り、カーテンで囲まれた待機場所に掲げられていたような悪性腫瘍の影はみじんも見当たらなかった。マンモグラフィーの撮影結果を読み取ることのできる資格をお持ちのI医師は、モニタに映し出された写真を見ながら、説明を始めた。
「マンモグラフィーは、斜め方向と上下方法で撮影していますが、何か問題がある場合は、斜め方向で撮影したときに、たいてい何らかの影が映し出されるようになっています。ここにある画像を見てもわかるように、斜めの画像にも、上下の画像にも、怪しいものは何も映っていません。そして、こちらがエコーの結果ですが、確かに何かが映ってはいるけれども、こういうものは、見る人が見れば問題ない画像だとわかるものなので、精密検査が必要と言って、何でもかんでも医師の判断に任せるべきものではないんです」
とおっしゃった。つまり、健康診断の処理が機械的に行われているに過ぎないということだ。もともと、エコーには多くのものが映るが、その中には、エコーに映し出されても差し支えないものも多く含まれているらしい。それを、まったくふるいにかけることなく、何でもかんでも医師の判断が必要という判定が下されるので、I医師は健康診断の制度に対して、ささやかな怒りを覚えたようだった。そして私には、
「この状況なら、少なくともあと一年は乳がんの検査を受けなくても大丈夫でしょう」
と言ってくださった。私は、今日、病院に来るまでどんなに気が重かったかをI医師に語った。ようやく肩の荷が降りたので、
「ありがとうございました」
とI医師にお礼を述べた。

 「で、こっちの話はこれでいいとして、筋腫の件は、どうしますか?」
ああ、これまでのやりとりはプロローグで、いよいよ本題に入ろうというのか。私は、前回、I医師の診察を受けてからこれまでの間に、私の中に芽生えたことをI医師に語り始めた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お騒がせしましたが、乳がんではありませんでした。いろいろ調べてみると、健康診断で私のような決断が下された人の多くは、乳がんではないそうです。それは、健康診断でこのような機械的な振り分けが行われていることも原因の一つのようです。ですから、恐れていた私が言うのも変ですが、「精密検査が必要」という判断を下された人も、すっきりするために、恐れずに、必ず「乳腺科」を訪れてくださいね。ある情報によれば、実際に乳がんだと判断されるのは千人に一人だとも言われています。しかし、私の周りには少なくとも三人の乳がんの手術経験者がいます。ということは、私は三千人もの知り合いがいることになりますよね。ちょっと、感覚的にわからないのですが、私には、千人に一人という確率ではないように思えます。何はともあれ、これでまた一つ、課題をクリアしましたが、このあと、I医師とは筋腫の話に入るのです。それについては、また後日書かせていただくことにします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.07.18

乳房腫瘤-疑い(前編)

映画『西の魔女が死んだ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 全体的に台詞のテンポがスローだったからでしょうか。とてもゆったりとした心地良い時間が流れているのを感じさせてくれる映画でありました。もっと早い時期に皆さんにご紹介したかったのに、ご紹介するのがすっかり遅くなってしまいました。この映画をご覧になっていない方で、もしもまだ上映している映画館が近くにあれば是非とも足をお運びくださいませ。

 五月に受けた健康診断の結果通知書が届いたのは、今からおよそ一ヶ月ほど前のことだった。若い頃は、特に気にも留めていなかった健康診断の結果通知書だが、四十歳を過ぎると、次第に開封するのが怖くなって来た。結果通知書は、一般検診と子宮がん検診、それから乳房検診の合計三枚に渡っていた。私はまず、一般検診の結果通知書から開封した。

 一般検診においては、特に大きな所見はなかった。去年は、筋腫の肥大により、腎臓が圧迫されていたのか、尿蛋白が認められたが、今年は尿蛋白も出ていなかった。ただ、鉄剤を服用しているにもかかわらず、ヘモグロビン値は相変わらず少なく、一〇.六しかなかった。ちなみに、三年前に受診したときのヘモグロビン値も一緒に記載されていたのだが、何と、一四.二もあった。やはり、私の身体の中で何かが起こっていることは間違いないようである。

 続いて、子宮がん検診の結果通知書を開封した。子宮がんには二つの種類があるが、健康診断では、子宮頸がんのみの検査を行った。結果は「異常所見なし」だった。ただし、子宮筋腫があることはわかってしまったようで、「婦人科疾患:子宮筋腫」としっかり印刷されていた。

 最後に、乳房検診の結果通知書を開封した。私は、そこに記載されている内容を見て驚いた。

乳房検診結果通知書

 「乳房腫瘤-疑い」。私には、「乳房腫瘤」の最後の一文字が「癌」に見えた。そして、えらいこっちゃと大騒ぎしながら、ガンモにその検診結果通知書を見せた。ガンモは私よりも冷静にその結果通知書に目を通し、すぐにインターネットで「乳房腫瘤」について調べ始めた。そのとき、私は既に冷静さを失っていた。筋腫もすくすくと成長し、おまけに乳がんの疑いまである私の身体。女性として生きることを放棄しているのは、この私自身なのか、それとも、女性として生きることがふさわしくないために、次々にこのようなことが起こるのだろうかと、あれこれ思い悩んでいた。

 健康診断のとき、確かおじいちゃんの先生が私の胸を触診してくださって、
「はい、大丈夫ですよ」
と太鼓判を押してくださったはずなのだ。それなのに、これは一体どういうことなのだろう? おそらく、そのあとのエコーの検診で引っかかったのだろう。

 「乳房腫瘤」についてインターネットで調べていたガンモが、「乳房腫瘤」という言葉を口にした。そのとき、最後の一文字が私の恐れていた「癌」ではなかったので、私は驚き、結果通知書に印刷されている文字をもう一度冷静に確認してみた。すると、「乳房腫瘤」の最後の文字は「癌」という文字ではないことがわかった。それにしても、「乳房腫瘤」とは一体何だろう? インターネットで調べたことをガンモがいろいろと読み上げてくれたが、乳がんである確率のことくらいしかわからなかった。どうやら、健康診断で精密検査が必要と判断されたとしても、ほとんどの人が乳がんではないらしい。私は、筋腫については、既にこの四年間であれこれ調べ尽くしてはいる。しかし、乳がんについては、ほとんどと言っていいほど知識がない。「乳房腫瘤」が直接乳がんに結びつくのかどうか、良くわからない状況だった。

 私はガンモに、
「私、乳がんなのかな」
と言った。ガンモは私の胸を何度も何度も触診し、
「しこりなんてないから」
と言った。私も自分で何度も何度もしこりをチェックしてみたが、しこりらしいものはなかった。
「しこりがないから大丈夫だよ。きっと、乳がんじゃない」
とガンモは言ってくれた。
「乳がんだったら、筋腫と一緒に切ってくれるのかな。一回の麻酔で済むのかな」
「ううん、それはどうだろう」
相変わらず、手術や麻酔に恐怖心のある私は、もしも手術が必要なら、できるだけ手術の回数を減らすことばかり考えていた。
「乳がんだったら、パリ行きはどうする?」
とガンモに聞かれ、
「ううん、わかんない」
と答えた。考えてもわからない。そもそも、本当に乳がんかどうかさえわからないのだから。

 一ヶ月前というと、まだ仕事は忙しくなかったが、区切りのプロジェクトに向けて、毎週のようにガンモの実家に帰っていた頃だった。そのため、自分の身体のことはひとまずどこかに押しやって、区切りのプロジェクトを終えてから本格的に自分の身体の問題に取り組もうと考えていた。

 ただ、精密検査の予約は先に入れておいたほうがいいだろうと思い、乳がんにも詳しいI医師の診察日の予約を変更すべく、かかりつけの病院に電話を掛けた。私は、いつもと同じように土曜日に受診できるものと思い込んでいたのだが、受付の方曰く、I医師による婦人科の診察は火曜日にしか行っていないそうだ。私が土曜日に受診していたのは、婦人科ではなく、もともと他の病院で撮影したMRIフィルムを持ち込んで診察していただく放射線科だったらしい。しかも、I医師による婦人科の診察は、七月半ば以降にならないと予約が取れないという。私は、I医師に診ていただきたかったので、平日ではあるが、婦人科の診察を予約しておいたのだ。

 診察を予約してから、実際の診察までにまだ日にちがあったので、私はことあるごとに胸にしこりがあるのかどうか、チェックした。ガンモも何度も何度もチェックしてくれた。相変わらず、しこりらしきものは見つからなかったのだが、あるときシャワーを浴びながら、いつもとは違う方向から胸を触ったときに、左の乳房で何やらコリコリしたものにぶち当たった。これまで触れたことのなかったコリコリ感だった。私は一瞬、青ざめた。これが乳がんのしこりなのだろうか?

 私は、自分が探し当てたしこりをガンモにも触診してもらった。ガンモは、
「これと同じものなら、こっちにもあるから」
と言って、右側にも同じようなしこりを探り当てた。わからない。胸にしこりがないかどうかチェックしようと言われても、私には、そもそも胸を作っている構造が良くわかっていない。しこりのようなものにぶち当たっても、それが胸を形成している必須要素なのか、それとも乳がんを疑うべきしこりなのか、良くわからないのである。

 一度しこりを見つけてからは、触診する度にそのしこりにぶち当たった。私はだんだん不安になっていた。そう言えば、少し前に、奇妙な夢を見たのだ。乳房腫瘤の疑いがあると言われている左の乳房の上部に、大きな赤い湿疹のようなものが出ている夢だった。乳がんでそのような症状になることはないらしいのだが、私には、そのような夢を見てしまったことが気になっていた。

 そして、I医師の診察の予約を入れた二日前のことである。私は、ホットヨガのレッスンに出掛けて、シャワーを浴びていた。今回、私はホットヨガのために神戸を訪れたが、次回、神戸に来るときはI医師の診察を受けるときだ。I医師は私に、乳がんであることを告知するのだろうか。考えただけでも怖くなった。怖い、怖い。そうだ、乳がんかどうかは、自分の乳房に聞いてみればいいのだ。悪性ならば、それなりにネガティヴなエネルギーを放っているはずだ。私は自分にそう言い聞かせ、乳房からのエネルギーを感じ取ろうとした。しかし、ネガティヴなエネルギーは感じられなかったので、少し気持ちが落ち着いた。

 それでも、私はビクビクしながら、とうとうI医師の診察の日を迎えたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎度お騒がせしています。(苦笑)今度は乳がんの容疑がかけられました。それにしても、次から次へといろいろあるものですね。人生を駆け抜けている感じです。長くなりますので、二回に分けて記事を書かせていただきたいと思います。できるだけ早いうちにこの続きを書かせていただこうと思っていますが、この三連休は休日出勤しているため、早い更新はあまり期待しないで気長にお待ちくださいませ。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.07.17

映画『西の魔女が死んだ』

やっパリ、行こうの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m それにしても、一体誰が現地でフランス語を話せるのでしょう? 学生時代、ガンモが第二外国語に選んだのはドイツ語でしたし、私はフランス語を履修してはいましたが、出席日数が足りず、単位を落としてしまいました。考えただけでも珍道中になりそうですね。(苦笑)さて、今回は、またしても二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただきたいと思います。

 この映画もまた、公開の何ヶ月も前から、派遣会社の福利厚生サービスを利用して前売券を購入していた。しかし、どうしても映画館に足を運ぶ時間を確保することができず、私は前売券を財布の中にしのばせたまま、もうすぐ公開が終了してしまうのではないかとやきもきしていた。せっかく前売券を購入しているのに、鑑賞できずに公開が終了してしまうのは残念で仕方がなかったが、実際、上映期間中に映画館に足を運べないのだから仕方がない。私は、半ば鑑賞を諦めかけていた。

 あれは確か、二週間ほど前の金曜日のことだった。既に仕事が忙しくなっていたが、上司が私に、
「今日は用があるので早く帰ります」
と言って来た。「早く帰ります」というのは、決して仕事を早退するわけではなく、残業をせずに帰宅するという意味である。私は、
「はい、お疲れ様でした」
と言って、上司を送り出した。その後、しばらく普通に残業をしていたのだが、私ははたと気がついたのだ。上司が先に帰宅した今、「この映画を観るのは、今日が最後のチャンスかもしれない」ということに。

 私は、手帳に挟んでいる映画の上映スケジュールを確認した。すると、今から仕事を上がって三宮に向かえば、レイトショーの上映に間に合うことがわかった。そして、私はそそくさと仕事を上がり、映画館へと急いだのである。私にこの映画を鑑賞するチャンスを与えてくれた上司に心の中で感謝した。

 映画館に向かう途中、私はこの映画を鑑賞しようとする日が金曜日であることをちょっぴり残念に思っていた。私はこの映画を上映している映画館のシネマポイントカードの会員である。その映画館は、毎週金曜日にシネマポイントカードの会員に限り、わずか千円で映画を鑑賞することができる。しかし、私は既に前売券を購入してしまっている。わずか千円で映画を鑑賞できるところを、前売券で鑑賞しようとしているのだから、悔しいが、ちょっぴり割高になってしまうのだ。映画館に到着して、受付でシネマポイントカードと前売券を差し出すと、受付の方にも、
「本日、会員様は千円でご鑑賞できますので、差額が出てしまいますがよろしいですか?」
と尋ねられた。私は、この日を逃すともうこの映画を鑑賞することができないとわかっていたので、
「はい、かまいません」
と言いながら、こっくりとうなずいた。

 ところで、この映画の前売券には、外国人のおばあさんの写真が印刷されていた。私は、この人がきっと「西の魔女」に違いないと思っていた。確かにその通りだったのだが、いつも熱心に拝見しているブログの記事を通じて、このおばあさんがシャーリー・マクレーンの娘さんのサチ・パーカーさんであることを知った。私は、シャーリー・マクレーンの書いたスピリチュアルな著書を何冊も読んで来た。それらの著書の中に確か、サチという名前の娘さんの話が何度となく登場していたのを覚えている。私の知る限り、サチさんは、幼少の頃、日本に住んでいたはずだった。しかし、既にこれほどご年配の女性だったとは驚きだった。もうすぐ、サチさんのお母様であるシャーリー・マクレーンが出演される映画も公開されることになっている。もちろん、私はその作品も鑑賞する予定でいるのだが、お二人がそれぞれ出演された映画がこれほど近い時期に公開されることになったことも、私には、ちょっとした驚きだったのだ。

 ここで、この映画の簡単なストーリーをご紹介しておこう。中学に入って不登校になってしまった「まい」は、母の提案により、田舎で一人暮らしをしているイギリス人のおばあちゃんのところでひと夏を過ごすことになる。そう、まいの母は、イギリス人と日本人のハーフだったのだ。おばあちゃんの暮らしぶりは、田舎での暮らしがこんなにも素敵だということを、映画を鑑賞している私たちに教えてくれる。庭と山に囲まれた木造の家。自然の恵みをいっぱいに受けたおばあちゃんの家では、サンドイッチを作るときも、庭で栽培しているレタスを使う。また、ハーブを育て、野いちごでジャムを作る。つまり、自給自足が成り立っているのだ。特に、まいとおばあちゃんが野いちごジャムを作るシーンは印象的だった。あんなにたくさんお砂糖を入れてもいいのだろうかと心配になりつつも、とてもおいしそうに出来上がったジャムを見ると、生活に必要なものを自分で手作りできるということは、何て贅沢なことなのだろうと思った。何故なら、それぞれの生成のプロセスに自分の魂を込めることができるからだ。おばあちゃんの台所も家の中も、自然いっぱいの景色も、とにかく何から何までが素晴らしい。この映画を観て、田舎の生活に憧れた人も少なくないはずだ。

 おばあちゃんはやがて、自分が魔女の家系に生まれたことをまいに話して聞かせる。そして、自分も魔女になりたいと言い出すまいに、魔女になるための手ほどきをする。しかし、その内容は、何のことはない、規則正しい生活を送ることだった。

 魔女であるおばあちゃんのまいに対する言動には、一貫して、自分の価値観の押し付けがなかった。「○○なんです」と、孫であるはずのまいに対して何故か丁寧語を使っているのだが、どの台詞を取っても、まいに対する「命令」は存在しなかった。「○○なんです」と自分の立場から言葉を放ち、あとはまいの自由意思による判断に任せているように見えた。だからこそ、不登校になってしまったまいも、ここで自分自身を取り戻すことができたのかもしれない。

 二人が布団の中で交わしたスピリチュアルな会話も心に残っている。おばあちゃんはまいに、「死んだらどうなるか」について、自分の意見を話して聞かせる。おばあちゃんは、肉体と魂は別々に存在していると思うと、まいに言った。そして、私たちが肉体を持っているのは、魂の目的を果たすためだというようなことを言った。とても共感できる内容である。そして、魔女であるおばあちゃんは、自分が肉体を去るときに、まいにだけわかるような方法でメッセージを伝えると約束するのだ。

 映画全体を通して、これほど惹き付けられる作品も珍しい。特に、ラストはもう、感動で、涙がじわじわとこみ上げて来た。こんな素晴らしい映画の前売券を棒に振ろうとしていたなんて、それこそもったいない話である。あの日、上司が仕事を早く上がってくれて、本当に良かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m シャーリー・マクレーンの著書と言えば、私は『カミーノ: 魂の旅路』が一番好きです。ツインソウルに関する書籍は、これ一冊でこと足りますね。(^^) でも、あのシャーリーの娘さんであるサチさんが既にあれだけのお年なのですから、シャーリーはもっとお年なんですね。元気なお年寄りに出会うとうれしくなります。(^^)

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2008.07.16

やっパリ、行こう

ホットヨガ(一一〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回、レッスンを担当してくださったインストラクターも、九十分のベーシックコースはきついとおっしゃっていました。でも、何かきつく感じないツボのようなものがあるらしく、久しぶりにレッスンを担当したとき、そこを探り当てて感動したとおっしゃっていました。できれば私もそこを探り当てたいものです。後半のポーズでずっとお休みしてしまっているのは、何とも情けないことですから。(苦笑)

 私たち夫婦の間で、今年の夏休みはパリに行こうかという話が持ち上がったのは、今からおよそ一ヶ月ほど前のことである。去年の夏休みに出掛けたロンドンがとても素晴らしかったので、今年はパリに行こうと、以前からそれとなく話をしてはいたのだ。しかし、今年は海外旅行を自粛すべき出来事もあったので、夏休みはあまり動き回らないほうがいいのではないかとも思っていた。そのため、なかなか決心がつかずにいたのだが、勢い付いたガンモが率先して、ひとまず飛行機を予約したあと、ホテルの予約も済ませると、私の気持ちも少しずつパリに傾いて来た。

 最初のうちは、状況を判断した上で、
「私は行かないから、飛行機もホテルもキャンセルして!」
などと口を尖らせて言っていたのだ。しかし、私の中にはガンモとパリに行きたい気持ちもあった。自分の中に二つの気持ちが存在しているときは、ぐらぐらと揺れながらも、やがては一つの気持ちに落ち着いて行くものだ。何よりも決め手になったのは、今、ガンモが書いているブログで、去年のロンドン旅行の記事が綴られているのを見たからだ。それを見てからは、夏に涼しいヨーロッパへの想いが一気に募って行ったのである。

 問題は、パリ行きを決意した時点で、私の職場の夏休みがまだ確定していなかったことだった。去年同様、前半のAパターンと後半のBパターンに分かれた選択制の夏休みになっていたが、選択制といえども、仕事の都合もあるので、プロジェクト単位でどちらかのパターンに統一して取得するような雰囲気だった。しかし、プロジェクトとしてどちらのパターンで一斉取得するのか、まだ確定していない状態だったのである。私は、早く夏休みを確定させて欲しいと願いながら、
「夏休みはもう決まりましたか?」
などと上司に尋ねてみたりもしたのだが、
「まだ決まってないんですよ」
という答えが返って来るばかりだった。私は、夏休みがなかなか決まらない状況に少しイライラしていた。

 私が現在の職場に派遣されてから六年になるが、確か夏休みが選択制に変わったのは、去年のことである。去年、私は夏休みが前半のAパターンに統一されるものと予測して、飛行機の予約を先に済ませてしまった。そうしなければ、飛行機の空席が埋まってしまうからだ。しかし、私の予測は見事に外れてしまった。そのとき、夏休みがお盆の時期に重なるのは三年ごとの周期だと、上司のまた上司から説明を受けた。去年は、その三年ごとの周期に当たっていたため、夏休みは後半のBパターンに統一されてしまったのだ。しかし、私は飛行機の切符をキャンセルしたくなかったので、上司と上司のまた上司に相談して、私だけがAパターンの夏休みを取得させていただくことにしたのだ。

 私は、去年のことがあったので、今年こそ夏休みはAパターンに統一されるに違いないとヤマを張り、ガンモに、
「今年はAパターンでほぼ決まりだと思う」
と言って、Aパターンで夏休みを取る予定で旅のスケジュールを立て始めていた。しかし、肝心の夏休みがなかなか決まらない。

 夏休みの一ヶ月近く前になっても、まだ夏休みが確定しないというのは、旅好きな人にとってはかなりやきもきするものである。実際、一ヶ月前では予約はかなり厳しいからだ。

 私の派遣先の企業は、顧客に合わせて夏休みを取得する必要のある部隊と、私たちのようにプログラムの開発・保守が主体でありながらも、親会社との関係が密な部隊もあり、去年から夏休みを選択制にできる制度が発足したようだ。これまでのように、夏休みが最初から固定で決められていれば良かったのだが、他との調整があるため、わざわざ柔軟性を持たせたらしい。そして、その柔軟性のために、夏休みがなかなか決まらなくなってしまったのだ。

 今年はどのような展開になるのかとびくびくしていたところ、二週間ほど前に、
「夏休みはBパターンで取得しようと、親会社と調整中です」
というメールが仕事で使っているメールアドレスに流れて来た。私は慌てふためいた。去年と話が違うではないか。三年ごとにお盆を含むBパターンに転ぶのではなかったのか。

 去年、私はさんざん大騒ぎして、同じプロジェクトの中で私だけが無理を言ってAパターンで夏休みを取得させていただいた。私は派遣社員なので、派遣社員が夏休みに出勤する場合は、特定の役職以上の上司が私と一緒に出勤しなければならないという決まりがあるらしい。去年はたまたま、Aパターンで夏休みを取得される上司がいらっしゃったので、私がAパターンで夏休みを取得することを了解してもらえた。しかし、今年はまだどうなるかわからないという。

 私は、直属の上司とそのまた上司に呼ばれ、打ち合わせコーナーで話をした。上司は、八月末に納品を控えた忙しい状況なので、夏休みを別々に取得するのは非効率であると心配になっていたようだ。そして、私がAパターンで夏休みを取得するなら、私と一緒に仕事をしている他のメンバもまた、私に合わせてAパターンで夏休みを取得したほうがいいのではないかという話がいったん持ち上がったらしい。しかし、どうしてもBパターンで夏休みを取得したい人がいたため、やはり私だけがAパターンで夏休みを取得するという方向に話が落ち着いた。ただし、去年、Aパターンで夏休みを取得した上司が今年もAパターンで夏休みを取得しない場合は、直属の上司のまた上司が私のためにわざわざ夏休みをAパターンに変更して、Bパターンの夏休みのときに私と一緒に出勤してくださるという。

 実は、夏休みの話を打ち合わせコーナーで始めたとき、私の中には、「夏休みをもっと早く決めてくれれば、誰にも迷惑を掛けずに済むのに」という気持ちでいっぱいだった。夏休みが選択制に変わってからというもの、実質的な夏休みが決定するまでにひどく時間が掛かってしまっているのは事実である。

 私は、以前のように、最初から夏休みが決まっていれば、予定も立てやすいと主張したかった。しかし、思わずその主張を引っ込めたのは、私の直属の上司とそのまた上司が、私の予定を十分に考慮してくださった上で、今後の仕事の予定や問題点の洗い出しなどに情熱を注いでくださったからだ。

 去年、先走って飛行機の予約を入れてしまったために、私だけがAパターンの夏休みを取得することになってしまい、当時の部長をも巻き込み、大騒ぎになった。去年の場合は、まだ仕事がそれほど忙しくなかったので、私だけが他のプロジェクトメンバと別のパターンで夏休みを取得しても仕事にそれほど影響はなかった。ただ、私と同じ時期に出勤してくださった上司というのは、仕事上では私とまったく関係のない上司だった。当時の部長にしてみれば、派遣社員が仕事上、まったく関係のない上司と一緒に出勤するということが、最後まで引っかかっていたようだ。その問題に関しては、私の直属の上司のまた上司に日報を毎日メールで提出するという形で解消した。

 今年もそれに懲りず、去年とほぼ同じ状況に直面しているというのに、私の直属の上司もそのまた上司も、私の予定を尊重してくださっている。しかも、今年は去年と違って、仕事がとても忙しい状況にあるにもかかわらず、である。ただ、現在の仕事がかなり厳しい状況にあるため、私が他のプロジェクトメンバよりも先に夏休みに突入してしまっても他の人たちの作業に差し支えないように、七月の後半の三連休やその次の週末は出勤を覚悟しておくという話でまとまった。そして、現在の私の抱えている仕事で遅れが出ていることに関しては、他の人たちの全面的なバックアップ体制が取られることになった。

 夏休みがなかなか決まらないことに対し、最初はイライラしていた私だったが、派遣先の企業の歩み寄りに感動してしまった。「いい会社で働かせてもらっているなあ」と実感した瞬間だった。こういう会社だからこそ、仕事が忙しくても何とか頑張れるのかもしれない。企業のために頑張るのではない。そこで働く人たちがいい人たちだから頑張れるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎度お騒がせの夏休みであります。(笑)さんざん迷っていましたが、結局、夏休みはパリで過ごすことに決めました。仕事の合間に、ちょこちょこと内職のように、持って行くべきものなどをメモしています。行きたいところもピックアップしています。今はパリを目標に、仕事を頑張っているところです。

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2008.07.15

ホットヨガ(一一〇回目)

映画『奇跡のシンフォニー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちなみに、電話の呼び出し音は「ラ」、救急車の音は「シーソーシーソー」だそうです。おそらくこれは、絶対音感のある人の聞こえ方だと思います。私は相対音感派(?)ですので、救急車の音は「ミードーミード」に聞こえますね。電話の音は、わずか一音だけなので相対音階も絶対音階もないですが、私には「ミ」に聞こえます。そう、私の場合、すべての音が相対音階で聞こえるので、いったんハ長調で聞き取り、あとから楽器を使って絶対音階を探る作業が必要になるのです。

 区切りのプロジェクトの翌日の日曜日、私は今月に入ってから初めてのホットヨガのレッスンに出掛けた。行き先は神戸店で、選んだコースは、九十分のベーシックコースである。

 私は大胆にも、午前九時半からのレッスンを申し込んでしまった。そのほうが、せっかくの休日を心行くまでエンジョイできると思ったからだ。しかし、ここのところ私は激しい寝不足に陥っていた。金曜日の夜は、区切りのプロジェクトのため、四時間程度しか寝ていなかった。その上、区切りのプロジェクトを終えたあと、所用をこなして兵庫県の我が家に帰宅したのは日付が変わる直前のことだった。それなのに、その翌朝に午前九時半からのレッスンに参加する予定を立てていたのだから、睡眠不足など解消できるわけがない。私は寝不足のせいで、いまひとつ体調が優れないのを感じていた。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、いつも楽しくお話をさせていただいているインストラクターである。久しぶりのごあいさつを交わしたあと、レッスンに入った。参加者の数は、確か私を入れて十三名だったと思う。

 久しぶりのレッスンだったことと、激しい寝不足のせいで、私はすぐに息が荒くなった。後半の寝ポーズに入ったとき、私はほとんど動けなくなり、ヨガマットの上に仰向けになって休んでいた。休んでいても、なかなか息が落ち着かない。それに、スタジオ内はとても暑い。スタジオの外に出ればクーラーが効いていて涼しいが、それではギブアップしてしまうようで悔しい。そんな葛藤が私の中でずっと渦巻いていた。結局私は、後半のレッスンにはほとんど参加することができず、暑いスタジオの中に残ったまま、ヨガマットの上でずっと荒い息を繰り返していた。インストラクターはそんな私を気遣って、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてくださった。

 レッスンを終えてシャワーを浴びるとき、汗でびちょびちょになったTシャツを脱いだ。Tシャツは、脱水したほうが軽くなるのではないかと思ってしまうほどたくさんの汗を吸い込んで重かった。私は、荒い息のままシャワーを浴びて、のろのろと着替えを済ませた。受付にロッカーの鍵を返しに行くと、前回のレッスンのあと、「自然治癒」というキーワードを与えてくださったインストラクターが立っていた。私は彼女に、
「『自然治癒』という貴重なキーワードをありがとうございました」
とお礼を述べた。彼女の話を聞いて以来、私の頭の中は「自然治癒」というキーワードが広がっていたからだ。私は、自分の目指す自然治癒が成功したら彼女に報告することを約束して、スタジオをあとにした。

 いつもならば、神戸店でレッスンを終えたあとは、神戸店のスタジオのすぐ隣にある映画館で映画を鑑賞するのが常だった。しかし、シネマポイントカードが廃止されてしまった今では、映画を一本鑑賞するのも敷居が高くなってしまった。そこで、私は昼食を取って「ガンまる日記」を書き上げたあと、三宮へと向かった。金券ショップで格安の映画の鑑賞券を手に入れようと思い立ったからだ。寝不足のため、体調は優れなかったが、たまたまガンモも三宮で仕事をしていた上に、せっかくの休日なのに、このまま帰宅してしまうのはもったいないと思ったのである。

 金券ショップでは、映画の鑑賞券が前売券程度の値段で売られている。私は、松竹映画館の鑑賞券を千三百円で購入した。そして、以前から気になっていた映画『最高の人生の見つけ方』を鑑賞した。そう、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン主演の評価の高い映画である。しかし・・・・・・。激しい寝不足のため、上映中、半分くらい寝てしまっていた。面白い映画だったはずなのに、とても残念である。寝不足のままホットヨガのレッスンを受けたり、映画を鑑賞したりするものではない。結局は、その半分も楽しめなくなってしまう。あまりにも残念だったので、私は映画を鑑賞したあと、私のお気に入りの円形の庭で自分自身を癒した。

円形の庭

円形の雰囲気がなかなか伝わらないので、大きな写真もご紹介しておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m せっかくの休みなのでもったいないと思って、あれこれ予定を詰め込んでしまい、半分も消化できないような状況に陥ってしまいました。こういうときは、自宅でゆっくりと身体を休ませたほうが良かったのでしょうね。しかし、日常生活があまりにも忙しいと、いつの間にか立ち止まるということに対し、躊躇してしまいます。せっかくの休みだからと、次々に予定を詰め込んでしまうのですね。ちょっと反省であります。(苦笑)

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2008.07.14

映画『奇跡のシンフォニー』

区切りのプロジェクトの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 感情は別にして、目標にしていた課題を一つ乗り越えることができました。これからは、自分自身の身体の課題と、八月末の納品に向けた大仕事の課題に取り組んで行きたいと思います。いろいろなことをいっぺんに消化することはできないので、目の前に現れた課題に優先順位を付けて、少しずつクリアして行くしかないのですよね。最近遅れがちなブログの更新も、日々の課題の一つであります。さて、今回もまた、二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただきますね。

 この映画もまた、派遣会社の福利厚生サービスを利用して前売券を購入し、公開を心待ちにしていた作品である。映画『ネバーランド』や映画『チャーリーとチョコレート工場』、映画『スパイダーウィックの謎』の名子役フレディ・ハイモア君が主役の孤児エヴァンを演じている。

 私にとってこの映画は、過去に観た映画の様々なシーンを思い出させてくれる構成になっていた。例えば、孤児院の様子が映し出され、実の両親に想いを馳せているエヴァンの姿を見ると、実の母を探して長い旅をした映画『この道は母へと続く』を思い出した。また、子供のストリート・ミュージシャンの面倒を見ながらも、やけにピンハネの多いエージェント役のロビン・ウィリアムズが登場すると、ブラジル映画『フランシスコの2人の息子』を思い出した。そして、エヴァンにとって、自然の音が音階に変換されて聞こえているシーンを目にすると、映画『パフューム ある人殺しの物語』で、私たちが通り過ぎてしまいがちな日常生活の様々な匂いが、映画の主人公にとってはそれぞれ識別可能な個別の匂いだったことを思い出した。

 孤児院で育ったエヴァンは、自分が本当は両親の意志によって捨てられたのではないことを感じ取っている。そして、いつか両親と再会できる日が来ることを強く願いながら生きている。分野は違っても、本格的に音楽を志していた両親の元に生まれたエヴァンもまた、音楽的な才能に恵まれていた。孤児院を抜け出したエヴァンは、導かれるままマンハッタンへと向かう。そこで、彼よりほんの少し年上のストリート・ミュージシャンに出会い、彼自身もストリート・ミュージシャンを目指すようになる。最初から音楽的な才能に恵まれていた彼は、ギターをつまびき始めると、そこから生まれ出る音に感動し、すぐにギターを自由自在にかき鳴らすようになる。かき鳴らすと言っても、単にじゃかじゃかと無秩序にかき鳴らすわけではない。誰からもギターを習っていないはずなのに、基礎をすっかり通り越して、いきなり応用を利かせたギター奏法で周りの人たちを虜にする。確かチューニングも変則チューニングだったと思う。音を奏でるギターの前で、彼の音楽魂が反応し、指が勝手に動き始めたように見えた。彼の才能が開花した瞬間だった。

 エヴァンの音楽に対する天才的な才能は、ギター奏法だけではなかった。楽譜を書くという点においても、人並み外れた能力を発揮したのである。彼と同い年くらいの女の子が彼に、ほんの少し音階の理論を教えただけで、彼は短時間のうちにたちまち大作を作曲し、楽譜に収めてしまう。

 この映画は、離れ離れになった家族を音楽が再び巡り合わせるというストーリーに仕上がっている。現実的には有り得ないような奇跡がいくつも展開されて行くのだが、『奇跡のシンフォニー』というタイトルの通り、まさしく奇跡を描きたかったのだろう。

 これまでまったく絵を描くことに興味のなかった人が、何かをきっかけに、急に芸術的な才能に溢れ始め、次々に素晴らしい絵を描き始めるという話は、以前、本で読んだことがある。そうした現象の仮説として、その本は、著名な画家の魂が乗り移ったか、著名な画家の生まれ変わりだったといったようなことが述べられていた。まさしく、音楽の基礎を軽く通り越していきなりプロの大人以上のレベルに成長したエヴァンの活躍ぶりは、音楽的著名人の魂が乗り移ったか、音楽的著名人の生まれ変わりであるとしか思えないような状況だった。

 実は、こうした「奇跡」に対する突っ込みどころは至るところに転がっている。例えば、それぞれの想いの矢印を考えると、エヴァンは両親を均等に探そうとしているが、エヴァンの母ライラは、エヴァンの父ルイスよりもエヴァンの行方を追っている。一方、エヴァンの父ルイスは、エヴァンの存在さえ知らずに、ただひたすらエヴァンの母ライラの行方を追っている。三人の想いの矢印を図式化してみると、エヴァンとライラ以外の想いの矢印は一方通行であることがわかる。それなのに、エヴァンの作曲したシンフォニーに導かれ、離れ離れになってしまった家族(と言っていいのか)が一同に会すというのは、なかなかすんなりと受け入れられるような展開ではない。

 それでも、この映画で表現したかったのは、何の手がかりもないまま離散してしまった家族となるべき存在を、彼らの持っていた音楽的な才能が遺伝子レベルで反応し合って、見えない糸を手繰り寄せたということなのだろう。生まれながらにして備わっていたとされるエヴァンの音楽的才能が、彼の両親を引き寄せたという奇跡の物語である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 楽器の練習を重ねて来た人がこの映画を鑑賞すると、こんなにはうまく行かないだろうと思うかもしれませんね。もちろん、私もそれは感じました。途中で外的な邪魔者が入ったりもしますが、この映画ではとにかく、エヴァンの音楽的な才能に関してはとことん挫折を感じさせないのです。私は、どんなに才能のある人でも、いつかは壁にぶち当たると思っていますので、そのあたりも突っ込みどころに加えておきました。(苦笑)でも、本当に音楽的な才能に恵まれた人が家の外に出ると、いろいろな音が音階になって聞こえるという描写は新鮮でしたね。そう言えば、電話の音や救急車の音も、楽器で弾こうと思えば弾けますもんね。

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2008.07.13

区切りのプロジェクト

大きな忘れ物の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m せっかく用意しておいた荷物、実は自宅に忘れ去られたままだったというのは、何となく悔しい気持ちにもなりましたが、ガンモが買って来てくれた婦人衣料のおかげで何とかやり過ごすことができました。ガンモの実家なのでお風呂道具は何とかなりましたし、コンタクトレンズセットについても、先月、大阪でコンタクトレンズを購入したときにもらった使い捨てソフトコンタクトレンズのレンズケースをそのまま持ち歩いていましたので、水洗いしたコンタクトレンズをそのケースに収めました。そう言えば、以前、コンタクトレンズセットを忘れたときは、瓶ビールの蓋きれいに洗って、コンタクトレンズを収めたこともありました。こうしてみると、何とかなるものですね。(苦笑)もちろん、私が使用しているのがハードコンタクトレンズだから、というのもあると思います。

 ガンモの実家に帰省して、ゴソゴソしているうちに時間は過ぎ去ってしまった。私は午前三時頃に布団に入り、翌朝は七時過ぎに目を覚ました。区切りのプロジェクトが午前十時からの開始予定だったので、それでも遅いくらいの起床である。布団から出てトイレに立ったあと、外に出てみると、愛媛から、私の両親が早々と駆けつけてくれていた。朝六時に家を出てくれたらしい。区切りのプロジェクトには、親戚の方たちがたくさん集まってくださることになっていたのだが、座布団やコップが足りなかったので、私の両親が用意してくれたのである。しかも、コップを洗ったときに使う乾いた布巾(ふきん)や、区切りのプロジェクトが終わったあとに親戚の方たちをお料理でおもてなしするなら、お汁の中に入れたほうがいいだろうと、山椒やシソの葉っぱを自宅の庭から大量に摘んで来てくれたのだ。私はそれらの品々をありがたく頂戴した。

 まずは、私の親が持って来てくれた座布団を座敷に並べることから始まった。座敷には、既に柄(がら)の違う座布団が何枚か並べられているので、誰がどこに座るか、座布団をどのように配置するか、あれこれ検討しながら慎重に並べて行った。その後、作業場を台所に移し、訪問してくださった方たちに冷たいお茶をお出しできるように、ガラスコップの準備を整えた。

 私は、母が持って来てくれた乾いた布巾に感動した。実際、区切りのプロジェクトが始まると、訪問してくださった方たちに三回ほどお茶をお出しすることになった。その度にコップを洗い、新しいお茶を注ぐ。乾いた布巾なしには乗り越えられない状況だった。このような経験のない私には、乾いた布巾が必要になるであろうことなど思いつきもしなかった。母は、これまでの長い人生の中で、今回の私のような立場も何度となく経験することによって、このような場においては、乾いた布巾が大いに役に立つということを、身を持って習得して来たのである。乾いた布巾は、外で働いている私にとって、決して自力では思いつくことのできない必須アイテムだった。

 区切りのプロジェクトが始まると、義妹と二人で台所を預かり、訪問してくださった方たちにてきぱきとお茶をお出しした。義妹の子供たちがお茶を運ぶのを手伝ってくれたので、とても助かった。

 区切りのプロジェクトは、主催者側の私たちが多少もたもたすることはあったものの、何とか無事に終えることができた。何しろ初めての経験で勝手がわからず、うまく段取りが組めないため、始終ドタバタしていた。

 そんなことよりも、私たち夫婦の服装は、あまりにもカジュアル過ぎた。私たちは、毎週日曜日に行って来た小さなプロジェクトの感覚で普段着を身に着けていた。ガンモが買って来てくれた婦人服も、思い切り普段着だったのだ。しかし、義弟も義妹もかつての二つ目のプロジェクトのときのように正装だった。それだけでなく、出席してくださった方たちのほぼ全員が正装だった。普段着の私たちは、集団の中でとても浮いていた。一番浮いていたのはガンモで、何と、Tシャツに短パン姿だったのだ。唯一救いがあるとすれば、Tシャツも短パンも、それなりに他の人の正装に近い色だったことくらいである。

 区切りのプロジェクトを終えたあとは、仕出しの業者さんにお願いして、座敷にお膳を一つ一つ並べてもらい、親戚の方たちをお料理でおもてなしした。仕出しの業者さんが持って来てくれたお汁を火にかけて温め、お椀に入れて行く。そのとき、義妹は、訪問してくださった方たちにお配りするものを一生懸命まとめてくれていたので、人手が足りなかった。私があたふたしていると、そっと力を貸してくれたのが母だった。母は、私がお椀に温かい汁を注ぎ込むと、お盆に載せてせっせと運んでくれた。主婦という立場で家を守っている人は、そのとき自分が何をすればいいのか、即座に理解して身体が動いてしまうものなのだとわかった。今回、母にはずいぶん助けられた。

 仕出しの業者さんは、ガラスコップをそれぞれのお膳の上に並べてくださっていた。区切りのプロジェクトの合間は、こちらで用意したコップに冷たいお茶を注いでお配りしていたのだが、既にガラスコップがお膳の上に並べられているとなると、大きなペットボトルのお茶を会食の場に持ち込んで、「ご自由にお取りください」などとお願いしても失礼ではないのだろうかなどと考えた。しかし、こうした経験のない私たちは、誰も判断を下すことができなかった。結局、大きなペットボトルに入ったお茶は、義弟の子供たちの手によって自然に会食の場に持ち込まれたことがきっかけになり、お茶を欲しがる人たちの間で回してもらうという方式を取ることができた。

 おだやかな雰囲気で会食がお開きになると、出席してくださった親戚の方たちが少しずつ席を立ち始めた。玄関で送り出すときに、さきほど義妹がまとめてくれたお土産を一人ずつお渡しする。慣れないことだらけで勝手がわからず、いろいろなドタバタ劇があったりもしたが、親戚の方たちには、私たちがまだまだ経験不足ということでお許しいただくことにしよう。

 今回の一連のプロジェクトでお世話になった多くの方たちへのお礼がまだ残っていたが、義弟と義妹が、お世話になった方たちの住所リストを作成し、お礼の品々を選んでくれた。これらのお礼の品々の発送が終われば、本当の意味でひと区切りできることになる。ひとまず、義弟、義妹、私たち夫婦ともども、お互いにお疲れさんである。

 義妹が子供たちを連れて、義弟よりも先に帰って行った。そのとき私は、義妹に手を振った。彼女も私に手を振り返してくれた。今回のようなことがなければ、義妹に手を振ってあいさつができるほど近い存在になることはできなかったかもしれない。しかし、次に彼女に会ったときに、今の親しさを持続できているのだろうか。これまで毎週のように顔を合わせていたのに、これからは次第に顔を合わせる回数が減って行く。私とはまったく違うタイプの義妹だが、せっかく築き上げた親しさがいつまでも持続することを、心の中でそっと願うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人の悲しみも、この頃になると落ち着いているものですね。でも私は、かえってひしひしと目の前に広がる現実を受け入れることになりました。区切りのプロジェクトが終わるまでは、「そこにいる」と言われていますね。私は「そこにいる」ことはわかりませんでしたが、区切りのプロジェクトが終わったあとは、「もうそこにはいない」のがわかりました。

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2008.07.12

大きな忘れ物

映画『告発のとき』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 共演の女性刑事役の女優シャーリーズ・セロンが美しかったことを付け加えておきます。彼女は、とても落ち着きのある頭の切れる女性刑事役を演じていました。そう言えば、彼女の主演映画は、ここ最近、あまり鑑賞していませんが、少し前に映画『スウィート・ノベンバー』を鑑賞したことがあります。もうすぐ公開される映画『ハンコック』にも出演されているようですね。

 土曜日に区切りのプロジェクトを控えていたので、金曜日に休みを取っていたガンモは、朝から自家用車を走らせて一人で帰省した。一方、私は通常通り出勤して仕事をこなしたあと、残業をせずにいつもより四時間ほど早く仕事を上がり、その足で二十時発の高松行きのフェリーに乗り込んだ。金曜日の夜、ガンモの実家に二人で一泊したあと、土曜日の朝に区切りのプロジェクトを迎える予定だったのだ。そして、区切りのプロジェクトが終われば、日曜日にガンモの仕事が入っているため、再び自家用車を走らせて兵庫県の自宅に帰ることになっていた。慌しい毎日だったが、区切りのプロジェクトが終われば、ひとまず落ち着くことができると自分たちを励ましながら、ひとふんばりした。

 実家に到着したガンモは、義弟と二人で手分けして、実家の掃除をしたり、買い物を済ませたりと、区切りのプロジェクトのための準備を着々と進めていたようだった。

 フェリーに乗り込んだあと、私はガンモにメールを入れた。
「予定通り、二十時のフェリーに乗ったよ。ところで、私の荷物、運んでくれたよね?」
出勤したあと、そのまま高松行きのフェリーに乗り込む予定を組んでいた私は、自家用車で先に実家に向かうというガンモに、私の荷物を運んでもらうように頼んでおいたのだ。その荷物の中には、着替えや洗面道具などの宿泊セットのほか、区切りのプロジェクトで使うエプロンなどが入っていた。

 ところが、そのメールを送信した直後、ガンモから電話が掛かって来た。このようなことは比較的珍しい。私が電話に出ると、ガンモはひどく慌てた様子で、
「忘れた!」
と言う。
「えっ? 私の荷物を?」
と尋ねると、ガンモは、
「そう、忘れた! 朝、出掛けるときにバタバタしてて忘れた。玄関に出しておいてくれたら良かったのに」
と言うのだ。あっけに取られた私は、
「持って行ってねって頼んでおいたのに・・・・・・」
とガンモを責めたが、忘れてしまったものは仕方がない。ガンモは、
「今、ちょうど○○にいるんだよ。だから、要るものがあったら言って」
と言う。不幸中の幸いと言うべきか、私がメールを送信したとき、ガンモはたまたま買い物に出掛けていたらしい。
「わかった。じゃあ、要るものをまとめてメールするよ」
と言って、いったん電話を切った。口頭であれこれ頼むよりも、文書にしたほうが確実だと思ったからだ。そして私は、下着などの着替えの他、区切りのプロジェクトで着けるエプロンも注文した。どれも、婦人服売り場に足を運ばなければ手に入らないものばかりだったが、ガンモには、荷物を忘れた罪滅ぼしと思って受け入れてもらうしかない。特に、下着類を揃えるのは、ちょっとした勇気が要ることだろう。ガンモが婦人用の下着売り場で頭を悩ませている様子を想像すると、ガンモが私の荷物を忘れてしまったことを帳消しにしてもいいと思った。

 ガンモに、購入して欲しいもののリストを送信し終わると、私はフェリーの中で、一度書き上げた「ガンまる日記」の推敲を行った。すると、もう力尽きてしまい、フェリーの和室に横になるや、オフィスから持って来た薄いブランケットにくるまって二時間ほど眠った。ここのところ、とにかく忙しく、睡眠不足気味だったのだ。

 目が覚めると、フェリーが到着する一時間半ほど前だった。二十時に神戸の港を出航したフェリーは、二十三時四十分に高松の港に到着することになっていた。しかし、高松からガンモの実家のある坂出までJRを利用したいのに、高松駅から坂出方面に向かう終電の発車時刻は二十三時五十七分だった。フェリーが予定通り高松の港に入港したとしても、終電の時間までわずか十五分程度しかない。フェリー乗り場から高松駅までは、連絡バスでおよそ十分ほど掛かる。しかも、入港後、連絡バスがすぐに発車してくれるとも思えない。また、フェリーの到着は、予定よりも遅れることが多い。それらのことを考慮すると、おそらく終電には間に合わないだろう。私はそう思い、ガンモに迎えに来てくれるよう、再びガンモに連絡を入れた。ガンモは高松駅まで自家用車で迎えに来てくれるとのことだった。

 ようやくフェリーが高松の港に着いた。予想していた通り、予定よりも到着が遅れた。フェリーの連絡バスに乗り込み、出発を待っていたが、連絡バスが高松駅に向けて出発したのは既に〇時を回っていた。やはり、終電には間に合わなかった。

 高松駅でガンモの運転する自家用車に拾ってもらい、坂出にあるガンモの実家に到着すると、午前一時前だった。ガンモは、自分が買って来た私の衣類を自慢げに取り出しながら、
「俺好みの服だから」
と言った。ガンモが買って来てくれたのは、ちょっとおしゃれなTシャツとズボン、それから、おばあちゃんが着けているようなゼッケン型のブラジャー、そして、おしゃれではあるが、お腹が隠れるくらいの大きなパンツ、それから、スニーカー用の靴下だった。ブラジャー以外はなかなかセンスが良い。なるほど、衣類はいつも私が自分で購入していたので、ガンモはこうした買い物をするチャンスに恵まれなかった。それを考えると、今回の出来事はガンモにとって、なかなか貴重な体験だったのかもしれないとも思った。

 ガンモは、
「まるみはいつもたくさんの荷物を持ってるけど、以外と少なくて済むということがわかって良かった。これからは荷物を減らせるよね?」
と言った。いやいや、そうじゃない。ガンモには、必要最小限のものを買って来てもらっただけなのだ。この中には、お風呂セットもコンタクトレンズセットもお化粧セットもプロゲステロンクリームもお灸セットも含まれてはいないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 若い女性向けの下着を買うと怪しまれるので、ガンモはどうやらわざと年配の女性向けの下着を購入したようであります。ちなみに、おばあちゃんが着けているようなブラジャーを買って来たのは、私が乳がんにならないように、普段からスポーツブラを愛用しているからだと思います。ガンモが洗濯を担当してくれているので、私が普段、どのような下着を着けているか、ちゃんとわかってくれているのですね。ついでにガンモは自分用のTシャツも買って、思いがけない買い物をエンジョイしているようでもありました。

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2008.07.11

映画『告発のとき』

情報を買うの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私が情報を買うときは、情報を販売するために用意されている紹介ページがどれだけ丁寧で詳細かということに注目しています。単に情報を売りたいというだけならば、紹介ページは結果を急ぐ余り、手を抜いたものになるように思います。これまでの私の経験から言えば、紹介ページと実際に購入した情報の質は比例しているようであります。さて、今回の記事は、またしても二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただこうと思います。

 この映画の前売券は、派遣会社の福利厚生サービスを利用して購入していたため、何ヶ月も前から私の手元にあった。公開されるまでに、映画館で何度かこの映画の予告編を目にしたが、通常は明るみにされることのない闇の部分にスポットを当てた作品であろうことが見て取れた。

 この映画は、二〇〇三年に実際に起こった事件を基に製作されているそうだ。元軍人であるハンクの元に、イラクから帰還したはずの息子のマイクが軍の基地に戻って来ないという知らせが届く。どうしたことか、やがてマイクは、基地の近くで焼死体となって発見される。もうそれだけで、マイクの死に、軍が何らかの形で関与しているのではないかと想像できる。

 ずばり、この映画では、イラク戦争で戦っているアメリカ軍兵士たちのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の問題を扱っている。PTSDというと、あまり知識のない私は、どちらかと言うと引きこもりのほうを想像してしまうのだが、この映画に映し出されているのは、平常心を失い、これまでよりもむしろ残酷になってしまった兵士たちの姿である。

 イラク戦争で戦っているアメリカ軍兵士たちは、それぞれの魂が望んでいるかどうかに拘わらず、任務として人殺しをする。考えてみれば、世の中に、これほど残酷な任務があるだろうか。あるとしたら、死刑執行人と呼ばれている人たちも、イラクで戦っているアメリカ軍兵士たちと同じようなストレスを抱えているのかもしれない。ハンクの息子であるマイクもまた、そうしたストレスを抱え込んでいたようだ。ハンクは、マイクの携帯電話に残された動画を追いながら、これまで知らなかった息子の残酷な一面を知ることになる。

 こうなると、戦争がいけないとか、人殺しはいけないとか、そういった次元の話ではないことに気づかされる。殺された人が無念だからとか、遺族が悲しむから人を殺めてはいけないとか、そういう「いい子ちゃん」的な考えだけでは物足りない何かを感じてしまう。魂が本当は望んでもいないことを実践してしまっていることが問題なのだ。魂が望んでいない行動を取ると、何からの歪が生じるということである。もともと私たちは、そのようにできているのだと思う。しかし、悲しいかな、PTSDのような経験なくしては、こうした仕組みに気づかないようになっている。イラクに出兵しているアメリカ軍兵士たちにPTSDの症状が出ているのも、魂が本当は望んでいないことに気づかずに彼らと同じ道を辿ろうとしている人たちへの警告とも言えるだろう。

 私はこの映画を観たとき、つい先日、私の派遣先の会社で退職したばかりの男性社員のことを思い出した。彼は、六年前に現在の職場で、私を面接して採用してくれた人だった。人の気持ちのわかる、とても繊細な人だったのだが、仕事の忙しさのせいか、どうやら心と身体が悲鳴を挙げてしまったらしい。そこで、しばらく休職されていたのだが、少し前に職場に復帰された。ところが、何年か振りに再会したその方は、以前のような覇気は感じられなくなってしまっている上に、休職中の仕事のギャップを取り戻すのに四苦八苦されている様子だった。そしてとうとう、先日、退職されたのである。

 退職される前に、私は、
「お元気だった頃のことが懐かしく思い出されます。そう言えば、○○さんには特に厳しく接してらっしゃいましたよね。また、以前のようにお元気になってください」
と言った。私がそんなことを言ったのは、その人が、特定の部下に厳しく接している姿が印象に残っていたからだ。すると、その人は、
「人に厳しくすると、やがては自分に返って来るということにようやく気がつきましたよ」
とおっしゃった。私はその言葉に立ち止まり、
「なかなか深い話ですね」
と言った。すると、その人は、
「いや、深くもなんでもないですよ。みんな、そういうことにもっと早い時期から気づいているのに、私は気づくのが遅過ぎたたんです」
とおっしゃったのだ。

 今になって思えば、仕事のために自分や部下を追い立てていたその人も、PTSDに近い症状だったのかもしれない。だから、人に厳しくすると、それが別の形で自分に返って来るということを、やがて知ることになったのだろう。何故なら、それはその人の魂が本当に望んでいることではなかったから。それを知るために、その人の身の上には、自分自身への警告という形で心と身体に変化が訪れたのではないかと思う。そして、この映画に登場したイラク戦争で戦ったアメリカ人兵士たちもまた、PTSDという形で、もともと魂が望んでもいない自分の行為が自分に返って来たと言えるのではないだろうか。

 ところで、この映画の監督をつとめたのは、かつて映画『ミリオンダラー・ベイビー』や映画『父親たちの星条旗』、映画『硫黄島からの手紙』などの脚本を手掛けて来た脚本家ポール・ハギス氏だそうだ。そして、今回の作品でも彼が脚本を手掛けている。

 ハンク役の俳優トミー・リー・ジョーンズは、最近何かの作品でお目にかかったはずだと思っていたら、映画『ノーカントリー』で保安官の役を演じていた俳優さんだった。保安官の役も良かったが、今回の、息子を亡くした父親の役もいい。それほど口数の多くない役をこなすには、自分の中に重心を持っている役者さんでないとなかなかしっくり来ない。彼は、自分の中にしっかりとした重心をもった役者さんである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画を鑑賞している最中よりも、あとになってからいろいろ考えさせられる映画でありました。PTSDという病気は、過去の自分の行いを振り返らせるために現れる症状なのでしょうか。少なくとも、私はこの映画を観てそのように感じました。

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2008.07.10

情報を買う

筋腫だよりの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 筋腫だよりなどというタイトルを掲げてみましたが、自分なりにこのタイトルが気に入っています。(^^) 今、私の筋腫の調子がいいのは、やはり第二チャクラを温めるお灸のおかげかもしれません。このままお灸を継続して、しばらく様子を見てみたいと思います。

 最近、「インターネットで情報を買う」ことが多くなった。特殊な分野のノウハウを習得した人が、そのノウハウをまとめた文書をPDF化して著作権を掲げ、情報として販売しているのである。私が初めて情報を買ったのは、お金をかけずに学べる英語の学習法に関するノウハウで、ネットオークションによる落札だった。その後も、別の英語の学習法のノウハウ付きの教材を購入したり、婦人病を克服するためのノウハウを購入したりと、次々に思い切った行動に出た。

 本屋さんで出版物の実物を手に取り、内容を確認した上で購入するのではなく、提供者が自ら作成した、販売しているノウハウの紹介ページだけを参照して購入に踏み切ることになるため、毎回、かなりドキドキしている。情報を入手する方法は、さきほども書いたネットオークションによる落札であったり、クレジットカードによる決済で、特定の業者が支払い手続きを代行してくれる場合もある。また、実際に販売を行っている業者の銀行口座に代金を振り込んだあと、振込みが完了した旨をメールで知らせて商品の到着を待つ場合もある。

 私は、あまりにもTOEICの成績が伸びないので、先日、またしても英語学習法のノウハウを購入した。携帯電話のサイトでたまたま見つけた広告にアクセスし、なかなか良さそうなことが書かれてあったので、飛びついてしまったのだ。

 商品の購入ボタンを押したあと、すぐにノウハウの販売業者からメールが届いた。そのメールには、振込み先の銀行口座や、商品を代金引換で受け取る場合の手続きが書かれていた。商品を代金引換で受け取るよりも、銀行振り込みのほうが価格が若干安かったので、私は銀行振り込みのあと、業者から賞品の発送を待つという方法を選んだ。受け取ったメールには、「通常二~四営業日以内にお送りします」と書かれていたので、私は商品の到着をそのまましばらく待っていた。ところが、代金を振り込んでから一週間ほど経っても商品がまだ届かないのである。これはおかしい。

 私は、もしかすると、代金だけ徴収されて、商品は送られて来ないのではないかと不安になった。そこで、商品がまだ送られて来ない旨を販売業者にメールしてみたのだが、販売業者からはうんともすんとも返事が返って来なかった。数千円程度の情報ならまだしも、金額が一万円を超えていたので、ちょっぴり不安になってしまったのである。

 不安になった私は、その業者がお金だけを受け取って、商品を発送しないという悪名高き販売業者なのかどうか、インターネットで調べてみた。しかし、その販売業者に対するそのような悪い評判の書かれたサイトはどこにも存在しなかった。それでひとまず安心したのだが、もしもこのまま本当に商品が送られて来ない場合、一体どうしたらいいのだろうと考えていた。

 そんなある日、帰宅すると、玄関に私宛の郵便物が置かれているのを発見した。私よりも先に帰宅したガンモが、ポストの中身を取り出して、私にわかりやすいように、玄関に置いてくれていたのである。開けてみると、待ち焦がれていた英語のノウハウ本だった。ああ、良かった。「二~四営業日以内」とまでは行かないが、代金を振り込んでから十日ほどでようやく私の手元に届いたのである。このまま届かないのではないかと疑ったりして悪かった。しかし、商品を発送したというメールも届かなければ、発送が遅れて申し訳ないという手紙も入っていなかった。

 そして今、私は通勤の合間に、むさぼるようにしてそのノウハウ本に目を通している。いや、ノウハウ本と言っても、中学英語の基礎をしっかり復讐しようという類のもので、暗記すべきいくつもの例文が紹介されている貴重なテキストである。なるほど、私はこれまで応用にばかりエネルギーを費やして来たが、英語学習で本当に大切なのは、しっかりとした基礎の上に応用を重ねて行くということだったのだ。このノウハウを生かして、次回のTOEICこそ、ガンモの得点に迫るつもりである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このまま、商品が届かないのではないかと疑ったりして悪かったと思います。それにしても、情報を販売する人も様々なんですね。購入したあとも、アフターケアのような形でメルマガを送り届けてくださる販売業者さんもいますし、今回のように、発送完了メールも、発送が遅れたことへの謝罪メールも届かない場合もあります。更に、今回の場合は、封筒に発送人の名前が書かれていなかったのですね。ちょっぴり怪しいと思ってしまうのも無理はないかもしれません。でも、そうした状況に関係なく、中身はとてもわかりやすかったので、よしとしましょう。海外では既に当たり前のようですが、日本では、「情報を買う」ということがまだまだ定着してはいないようです。これからのインターネット社会には、「情報を販売する」という人がどんどん増えて来るかもしれませんね。

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2008.07.09

筋腫だより

映画『マンデラの名もなき看守』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m あとから思い出してもじわじわと感動がこみ上げてくるほど、素敵な映画でした。以前から映画を通して感じていましたが、黒人さんって、心の中に熱いものを秘めた人たちが多いですよね。言葉数は少なくても、スクリーンを観ているだけで、愛情の深さが伝わって来ます。言葉の数と愛情の深さは比例しないということを、最近、ひしひしと感じつつあるこの頃です。(笑)

 年末に子宮全摘手術を受けると宣言してから、様々な方たちからメールやメッセージをいただきました。ありがとうございます。しかし、その一つ一つに返信できずに申し訳ありません。今回の記事は、いただいたメールやメッセージのお返事という形で書かせていただこうと思います。なお、子宮筋腫について、私が辿って来た道のりは、子宮筋腫カテゴリの中にまとめてあります。今回、お答えできなかった内容につきましても、過去の記事の中に綴っているかもしれません。

子宮を全摘するよりも、筋腫核手術(筋腫だけを取る手術)を受けたほうが良いのでは?

 いただいたメッセージの中で一番多かったのが、この問いかけでした。これについては私もいろいろ考えましたが、私の筋腫は四年間で著しく成長しています。ということは、筋腫核手術を受けても四年後には筋腫が再び大きく成長し、またしても同じような手術を受ける必要が出て来る可能性があります。しかも、私はもうすぐ四十三歳の誕生日を迎えますが、閉経まであと十年近くもあります。ということは、子宮を温存させた場合、あと二回も筋腫核手術を受けることになってしまうかもしれません。手術への恐怖心を考えると、手術の回数をできるだけ減らしたいという思いから、私にとっては筋腫核手術ではなく、子宮全摘手術のほうが妥当であると考えました。ただ、現時点では、手術を受けるかどうかについて、またしても大きく揺らぎ始めています。特に、最近は先日まで感じていたほど筋腫が固くなく、柔らかくなって来ているため、手術に対する抵抗もあります。でも、もしも手術を受けるとしたら、筋腫核手術を受けるよりも子宮全摘手術を受けるだろうと思います。

筋腫だけを取ってくれるお医者さんを探したほうが良いのでは?

 ご自身も子宮の病気を患っていらっしゃるという方からこの問いかけをしていただきました。更に、私と同じコンピュータ業界で働いていらっしゃるとか。かなり仕事のストレスも抱えていらっしゃるようですね。確かにコンピュータ関係の仕事は忙しいですよね。忙しいと、トイレに立ったときに、トイレの蓋を上げる時間さえ惜しくて、トイレの蓋が閉まっている個室に当たってしまうと、まるで貧乏くじを引いたような気持ちになります。(苦笑)メールにも、睡眠と食事が大切だと書いてくださいましたね。ご自身でそう気づかれたのですから、きっとその通りなのでしょう。そう言われてみると、私の睡眠時間はかなり少ないかもしれません。食事に関しては、残業をするときでも休み時間がきちんとありますので、忘れずに必ず取るようにしていますが、栄養面では多少偏っているかもしれませんね。ただ、仕事そのものに関するストレスはあまり感じていないように思われます。というのも、仕事が忙しいのは確かですが、派遣社員という立場でありながらも、自分の主張がある程度受け入れられる職場だからかもしれません。それよりも、ストレスがあるとすれば、オフィスの空調かもしれません。これについては、百円グッズを駆使したオフィスの冷房対策などの記事に綴っています。

 さて、筋腫だけを取ってくれるお医者さんを探したほうが良いのではという問いかけについてですが、私の場合、現在の医師で三人目の医師になります。一人目の医師にも、二人目の医師にも、子宮全摘手術を勧められました。その説明が納得行かずに別の医師に診ていただく決意をして、インターネットで情報収集した結果、現在のI医師のところにようやく辿り着いたのです。そのあたりの事情につきましては、名医の診察(前編)名医の診察(後編)に綴っています。現在の主治医であるI医師に出会えた喜びをかみしめながら綴った記事であります。私は現在の主治医であるI医師をとても信頼していますし、診察を受けているときにも、これまでの医師とはまったく違う手ごたえを感じています。手術が必要、手術をしないならこれ以上、来てもらっても同じことしか言えないと言い放った以前の医師と違って、大きな筋腫を抱えている私を一年近くに渡り、経過観察を認めてくださました。私にとっては、本当に救いの神のような存在なので、これから更に別の医師を探すつもりはありません。もちろんI医師は、筋腫だけを取ってくれるお医者さんでもあります。しかし、筋腫核手術ではなく子宮全摘手術を選択しようとしているのは私です。既に信頼できる医師に出会っているので、I医師から手術が必要と言われたときは、これ以上、逃げ場がないのだと思ったわけです。そして、私にとってはやはり、筋腫核手術よりも、子宮全摘手術のほうが合っているのだと判断しました。いろいろお気遣いくださってありがとうございます。女性にとって子宮全摘手術を受けるというのは、本当に最後の選択なのですよね。でも、そうなるに至ったプロセスがあるということをお汲み取りくだされば幸いです。

 ご自身も子宮を患っていらっしゃるとのことで、子宮を全摘せずに治せる方法をずっと模索していらっしゃるそうですね。実は私は、これから、ある試みに挑戦してみようかと思っています。まだ半信半疑の状態なので、効果が現れてからご紹介させていただきますね。忙しい仕事だとは思いますが、その分、達成感も大きい仕事だと思いますので、できるだけ子宮に優しい環境作りを目指しながら、ご自身の子宮をいたわってあげてくださいね。

開腹手術ではなく、お腹を切らずに筋腫だけを摘出できる手術もあるのでは?

 まずは、いろいろなお気遣いを本当にありがとうございます。はい。現在、私の主治医であるI医師も、その技術はお持ちです。具体的には、お腹を切らない筋腫の手術というと、腹腔鏡を使った手術か、子宮鏡を使った手術になろうかと思います。意外な喪失感の記事にも書きましたように、手術を受けると決めた場合、私は腹腔鏡を使った子宮全摘手術を希望しています。もともと、私がI医師のもとを訪れたのも、開腹手術よりもお腹を切らない手術のほうが傷が少なくて入院日数も少ないという情報を得たこともあります。お腹を切らないこれらの手術は、子宮の様子をモニタに映し出しながら、専用の器具を使って筋腫を小さく切り刻みながら、膣から取り出して行くのですね。そのため、私のように大きな筋腫を抱えている人は、ホルモンの分泌を抑制する注射を施して、筋腫を小さくしてから手術に臨むことになります。ただ、一般的に言われているのは、膣から筋腫を取り出すことになるため、こうした手術は出産経験がないと難しいそうです。私には出産経験がありません。I医師は、出産経験がない人でもこれらの手術を行うことのできる技術をお持ちのようですが、私の場合、お腹に脂肪が付いているので、現在のままでは腹腔鏡の手術は難しいだろうと言われました。また、腹腔鏡を使った手術は、お腹よりも上に筋腫があると、取りにくいそうです。私の場合、既に胸のすぐ下まで筋腫が来ているので、実際にこれらの手術を受けられるかどうかはまだわかりません。

(とあるエネルギーをご紹介してくださった方がいらしゃいました)

 ご紹介くださってありがとうございます。私は、常に直感に従って生きている人間です。また、他力本願よりも自力で何とかしたいと考えてしまうタイプのようです。私の直感は、ご紹介くださったエネルギーに対し、できれば他力ではなく、自分の力で何とかしたいという思いを訴えました。せっかくご紹介してくださったのに申し訳ありません。お気持ちだけありがたく頂戴いたします。わざわざお名前までお知らせくださって、ありがとうございました。

 いろいろお気遣いくださった皆さん、本当にありがとうございました。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は更新が遅くなり、申し訳ありません。子宮筋腫はポピュラーな病気なので、皆さんの周りにも、筋腫を持っている方がたくさんいらっしゃるかもしれませんね。ただ、筋腫があるといっても、症状は本当に様々ですよね。私のように大きくなる人もいれば、そうでない人もいますし、手術が必要な人もいますし、ずっと経過観察の人もいます。もうすぐI医師の診察を受ける日がやって来ますが、私の中ではまたしても手術に対する決意が揺らいでいます。でも、自分の身体のことなので、自分で決めることにしますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.07.08

映画『マンデラの名もなき看守』

頭の中がぱんぱかぱんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いろいろなことがいっぺんにやって来て、とにかく余裕のない今ですが、こういうときは優先順位を決めてしゃかしゃかと動き回るしかないですよね。筋腫に関することでいただいている電子メールのお返事などもまったく書けていない状況であります。申し訳ありません。さて今回は、まだそれほど忙しくはなかった、二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただきますね。

 ホットヨガ神戸店の隣にある映画館のシネマポイントカードがとうとう期限切れになってしまった。通常は、更新手続きを行えば、向こう一年間は会員の特典サービスを受けられるのだが、この映画館ではシネマポイントカードの会員数があまりにも増えすぎてしまったことから、シネマポイントカードの制度が廃止されてしまったのである。これまで、この映画館では、シネマポイントカード会員に加入していたおかげで、毎回わずか千二百円で見ごたえのある情緒的な映画を鑑賞することができた。しかし、これからは予め前売券を購入しておくか、他のポイントカードとの連携割引サービスを利用して、通常料金のわずか二百円引き程度でしか映画を鑑賞することができなくなってしまった。ミニシアター系の映画の前売券はもともと割高(全国一斉ロードショーの映画の前売券は千三百円だが、ミニシアター系の映画の前売券は千五百円)なので、これまでのようにハイペースで映画を鑑賞できなくなってしまうのが寂しいところだ。

 しかし、ありがたいことに、シネマポイントカードは私に素敵なお土産を残してくれた。私が直前まで使用していたシネマポイントカードには、映画を一回分、無料で鑑賞できるだけのポイントが貯まっていたのだ。シネマポイントカードの期限が切れる直前に、映画館の窓口でポイントが貯まっていることを告げると、一回分の無料鑑賞券を発行してくれた。その無料鑑賞券を握り締めて鑑賞したのがこの映画である。

 さて、すっかり前置きが長くなってしまった。映画を褒める表現として、「名画」という言葉がある。何となく、古い映画に対して使われているようにも思えるのだが、今回鑑賞した映画『マンデラの名もなき看守』こそ、名画と呼ぶにふさわしい映画だと思う。この映画は、刑務所の看守ジェームズ・グレゴリーと、アパルトヘイト政策により、二十七年間もの間、刑務所に収容され続けていた南アフリカの大統領ネルソン・マンデラとの心の触れ合いが描かれた、実話をもとにした感動作である。私たちは、まるで続き物のヒューマンドラマを見ているかのように、スクリーンから目が話せない。

 一九六八年、ジェームズ・グレゴリーは、看守として南アフリカ・ロベン島の刑務所に赴任した。その刑務所には、政治活動家の重要人物ネルソン・マンデラが収容されていた。子供の頃、幼馴染とも呼べる黒人の友達から、黒人の言葉であるコーサ語を学んだグレゴリーは、獄中のマンデラの政治活動の動きを監視するために、マンデラのいる刑務所に送り込まれたのである。最初は任務を果たすためにマンデラの様子を探ろうとするグレゴリーだったが、次第にマンデラとの心の触れ合いが実現されて行く。アパルトヘイト政策が定着していた時代に、白人であるグレゴリーが、黒人であり政治的な罪人でもあるマンデラに人間的に惹かれて行くまでの葛藤や、刑務所で手柄を立てたグレゴリーの昇進を喜んでいた妻が、黒人を贔屓する看守を夫に持つという理由で、疎外感を味わって行く姿が実に良く描かれている。

 私たちがこの映画を観て感動するのは、善悪の判断は、他人が築いた価値観に倣(なら)うべきものではないということに大きくうなずくからだろう。人に倣うのではなく、常に自分の本心に忠実であることが大切なのだ。ここで問題になっているのは、アパルトヘイト政策による黒人差別であったり、反政府運動であったりするのだが、そうした社会が作り上げた背景に惑わされるのではなく、個人としてどう向き合って行くかということの大切さを思い知らされる作品である。もしもグレゴリーが、マンデラという個人に目を向けることなく、彼の社会的な背景に惑わされ続け、自分の価値観と彼を取り巻く周辺の人たちの価値観を同化させていたとしたら、このような感動作は生まれなかっただろう。

 心に残っているのは、グレゴリーとマンデラの棒術のシーンだ。コーサ語を話す黒人の子供たちは、複数の棒を使って「ちゃんばら」のような擬似的な戦いをしていた。いや、棒術と呼ばれているのだから、単なる遊びではなさそうだ。日本の剣道のようなものかもしれない。グレゴリーは、子供の頃に一緒に遊んでいた黒人の友達から、コーサ語だけでなく、棒術も習っていた。その棒術で、刑務所内の敷地でグレゴリーとマンデラが戦うのである。そのとき、二人が多くの言葉を交わすわけではない。棒術で戦えることを示すことにより、グレゴリーはマンデラの心にそっと寄り添うのだ。二人の間に、言葉よりも確かな友情が芽生えるのは言うまでもない。

 しかし、感動的な物語というものは、同時に悲しい物語をも含んでいる。グレゴリーとマンデラは、長い時を経て、ある深い悲しみを共有した。そこで共有した深い悲しみが、二人の距離を一気に近づけたとも言える。

 こうしていくつものシーンを思い返していると、思わず感動の涙がにじみ出て来るほど、何もかもが素晴らしい。しかし、記事の中にあまりにも多くのことを盛り込み過ぎると、ネタバレになってしまうので、これ以上は控えることにしよう。

 ちなみに、この映画は、マンデラが自分を映画に登場させても良いと許可した最初の映画なのだそうだ。ということは、他にもマンデラの自叙伝的な映画の企画がいくつか持ち上がったものの、マンデラが製作を許可しなかったということになる。それだけ、グレゴリーとの心の交流は、二十七年間という長い獄中生活の中で、マンデラにとっても大切な思い出となっているのだろう。

 何年か経って、もう一度新しい気持ちでじっくりと鑑賞したい作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レビューを書きながら、思わず涙がにじんで来るような作品に、久しぶりに出会うことができました。もしも「ガンまる日記」を読んでくださっている方全員がこの映画をご覧になっているのだとしたら、もっともっと記事の中に盛り込みたいことがあったのです。でも、これから鑑賞される方がいらっしゃるであろうことを想定すると、楽しみは取っておかなければなりませんよね。それにしても、今回は無料鑑賞券で鑑賞させていただきましたが、このように素晴らしい映画を上映している映画館なのに、これからは千二百円で鑑賞できなくなるのがとても残念でなりません。(苦笑)

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2008.07.07

頭の中がぱんぱかぱん

鳩の超能力の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 鳩の鳴き声に注意深く耳を傾けていると、カラスがやって来たときに、仲間に知らせるために低く「クウー」と鳴くことがあります。ガンモが帰って来たときに鳴く低い声も、それに近いのですが、カラスの場合は、最初の一羽が「クウー」と鳴くと、それを聞いた他の鳩たちが一斉に飛び立って行くのに対し、ガンモが帰宅したときは、最初の一羽が「クウー」と鳴くと、他の鳩たちもそれに倣って合唱するような感じです。

 忙しい、忙しい。平日は残業をして深夜に帰宅し、週末はガンモの実家で過ごしている。ここのところ、ガンモの実家へは日帰りの帰省がメインだったのだが、もうすぐ迎える区切りのプロジェクトの準備のために、この週末は土曜日の午前中に移動し、ガンモの実家に一泊した。

 区切りのプロジェクトを迎えるにあたっては、まだまだわからないことがたくさんある。何をどのように進めて行けばいいのか、経験のない私たちには、とにかく暗中模索の状態だった。先週帰省したときに、私たちができることを義弟と分担しておいたので、私たちは担当した用事をこなすべく、走り回っていた。

 一泊して迎えた日曜日。担当した用事をこなすため、私たちはお昼過ぎから出掛けることになっていた。その用事が終わったあとは、夕方から小さなプロジェクトが控えている。そして、小さなプロジェクトが終われば、区切りのプロジェクトの打ち合わせをしたあと、ガンモの運転する自家用車で兵庫県にある自宅まで移動することになっていた。

 私は、「ガンまる日記」を綴る時間がないことにイライラしていた。四年前に毎日綴ると決めて書き始めた「ガンまる日記」。既に毎日の日課になってしまっているため、書かないでいると、とにかく落ち着かないのだ。私は、
「『ガンまる日記』を書きたい!」
とガンモに主張した。するとガンモは、
「何しに帰って来てんだよ」
と私に言った。私はその言葉にカチンと来た。確かに私たちは、区切りのプロジェクトを控えてとても忙しい状況にあり、ガンモがキリキリしているのもわかる。私だって、この忙しさに悲鳴をあげてしまいたいくらいだ。しかし、ガンモにそう言われても、私は「ガンまる日記」を書きたい。私がどうしても書きたいと主張すると、ようやくガンモは、
「用事を早めに済ませて、小さなプロジェクトが始まる前に書けばいいから」
と言ってくれた。

 私はガンモの言う通り、用事を早めに済ませることにした。しかし、用事を早めに済ませて「ガンまる日記」を書きたい私と、自分のペースで用事を済ませたいガンモとは、動作のペースが異なっていた。私には、一緒に行動しているガンモのペースがひどくスローに感じられ、何度もガンモを急かした。そして、ようやくてきぱきと用事を済ませて、小さなプロジェクトが始まる前のほんの一時間の間に「ガンまる日記」を書き上げた。しかし、わずか一時間で書き上げた記事は、自分で読み返してみても熱意が伝わって来ない。文章に魂が吹き込まれていないのだ。一度書き上げた記事を念入りに読み返して魂を吹き込みたいが、小さなプロジェクトのために既に親戚の人たちが集まってくれている。ああ、そろそろ、集まってくださっている親戚の人たちにごあいさつをしなければ。私は慌ててエプロンを着けて、親戚の人たちにごあいさつをした。こんなにも余裕がないことが自分でも情けなかった。

 小さなプロジェクトが終わったあと、親戚の年配の方たちのお知恵を拝借して、区切りのプロジェクトの打ち合わせをした。まだまだ決めなければならないことや、用意しなければならないことが山積みだということがわかった。それでも、一つ一つこなして行くしかないが、それまでに買い揃えなければならないものは、義弟に頼むことにして、私たちはあちらこちらへの電話連絡など、兵庫県に戻ってもできることを担当することになった。

 作業分担を決めて帰路に着いたとき、既に二十時を回っていた。これから三時間余り掛けて、兵庫県まで自家用車を走らせて帰るのである。途中でさぬきうどんを食べてから高速道路に入ったのだが、私は余裕のなさのイライラがピークに達していて、自家用車の中で絶叫した。
「もう、忙しい! 何とかして欲しい!」
これで、仕事が忙しくなければ、もう少し心に余裕が持てるのかもしれない。義弟が担当してくれることになった買い物なども、もう少し請け負うことができたかもしれない。しかし、八月末に納品を控え、平日は平日で仕事の予定がびっしりで、身動きが取れない状態なのだ。

 帰り際に、私の表情が険しいのを察してか、義弟が言った。
「もう少しだから頑張りましょう」
そのおだやかな言葉を聞いたとき、私たちよりも義弟のほうがずっと忙しいことを思い出した。地元で生活している彼は、これまでにもずっと仕事と家庭と実家を行き来しながら、忙しく駆けずり回ってくれたのだ。そんな彼から、
「もう少しだから頑張りましょう」
と励まされたわけである。義弟のタフな精神力には頭が下がる思いだ。

 自家用車を走らせた私たちは、何とか日付の変わらないうちに兵庫県の我が家に帰宅することができた。この忙しさを乗り切れば、私は自分の身体というもう一つの課題にじっくり取り組むことができる。そして、更にその先には、楽しい楽しい夏休みが待っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 気が張っていると、何でもかんでもてきぱきとこなせるのに、気ばかり急いてしまうのは、やはり余裕がないのでしょう。今、私の頭の中はぱんぱかぱんです。パンパカパーンじゃありません。ぱんぱかぱんです。(苦笑)

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2008.07.06

鳩の超能力

映画『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 評価の高い映画に酷評を書いてしまったかもしれません。(苦笑)でも、予告編の印象から、「切なさ」を体験させてくれる映画に違いないと期待していただけに、意外な展開にがっかりしてしまったのは事実なのです。

 私が体調を崩して仕事を休んでいたときのことである。私は寝室のベッドの上で、窓を開けた状態でくつろぎながら、ガンモの帰りを待っていた。帰宅したガンモが玄関の扉を開けると、マンション内の気圧が変わるのか、空気の音が聞こえて来る。私がその音を耳にした途端、ベランダの鳩たちが低い声で「クウー」と連なるように鳴いた。最初に誰かが率先して鳴いたあと、他の鳩たちがそれを受けるようにして低く合唱するかのごとく鳴いたのだ。その鳴き方は、
「主人が帰って来たぞー」
「おー」
と声を掛け合っているように聞こえた。どうやら鳩たちは、ガンモが帰って来たことを何らかの形で察知しているようである。

 帰宅したガンモにそのことを知らせると、
「俺が台所の電気を点けたからじゃないの?」
と言った。ガンモが言うには、ガンモが台所の電気を付けると、餌にありつけるのではないかという期待がふくらみ、鳩が鳴くのではないかということだった。しかし、実際に鳩の鳴き声を耳にした私にはそうは思えなかった。餌にありつける期待が鳩にあるなら、もっと興奮した鳴き声になると思ったからだ。私が耳にしたのはそうではなく、何かを知らせ合うような、もっと低い鳴き声だった。

 それからしばらくして、再び同じような状況に恵まれた。今度こそ、ガンモが帰宅したことを本当に鳩たちが察知しているかどうかを見極めようと、私はじっと耳を澄ましていた。すると今度は、ガンモが帰宅してマンション内の気圧が変わるよりも前に、鳩たちが低い声で「クウー」と連なるように鳴いたのだ。つまり、鳩たちは、ガンモがマンションの扉を開ける前に反応を示したのである。ということは、彼らはガンモの足音なり匂いを察知して、主人が帰って来たと思って声を掛け合っているのだろうか。念のため、ガンモは台所の電気を点けずに寝室にやって来た。

 私はガンモに、
「やっぱりガンモが帰って来たのを察知して鳩が低い声で鳴いたよ。ご主人様が帰って来たとわかって鳴いてるんだよ」
と言った。するとガンモは、
「そんなことないだろう」
と言って、まだ私の言うことを信じようとはしない。しかし、私がガンモの帰宅を察知するよりも早く、鳩が反応したことは確かだ。私は、何とかガンモに状況を理解して欲しいと思ったが、なかなかそのような機会に恵まれなかった。

 やがて私は仕事が忙しくなり、これ以上、鳩の超能力の研究を進めることができなくなってしまった。私の帰りが遅いとなると、ガンモに鳩の超能力をアピールするチャンスではあるのだが、ガンモは自宅でくつろいでいるときはベッドに横になって寝てしまっているか、ベッドから少し離れたパソコンの前に座っているため、私が帰宅したときに鳩が低い声で鳴くかどうかを見極められなかったのだ。そうこうしているうちに、七月になって、気温も上がり始めたので、我が家でもクーラーを使うようになり、窓を閉めるようになってしまったのだ。こうなると、鳩の超能力の研究は、クーラーを使わなくなる九月頃までお預けである。

 ところで、クーラーを使い始める前までは、ベランダの窓際でカラカラと扇風機を回していた。ベランダの窓際と言うと、キッコロが網戸越しに張り込みを続けている場所である。私たちが寝室の窓を開けて、餌を与えるのを待っているのだ。つまり、扇風機の風上にはキッコロがいるわけである。かつてガンモはキッコロに、
「お前、鳩くちゃい(臭い)なあ」
と言った。
「鳩くちゃいと言ったって、キッコロは鳩なんだから仕方ないでしょう? 私たちだって、キッコロたちからしてみれば、きっと人間くちゃい(臭い)よ」
と私は言った。確かにキッコロは、鳩の匂いがする。鳩の匂いのするキッコロが扇風機の風上にいるのだから、寝室で扇風機を使うと、キッコロの匂いが漂って来るわけだ。しかし、クーラーを使用するようになってからは、キッコロの匂いからは遠ざかったわけである。

 それにしても、私たちと最も良く喧嘩をするキッコロが、私たちに一番なついているように見えるのは、とても不思議である。喧嘩ができるのも、親しくできるのも、相手との距離が近いことを意味しているのであり、単に相手に対する動作がどちらに転ぶかによって異なっているだけなのかもしれない。だから、自分から遠い人とは喧嘩ができないのだろうか。そんなことを思いながら、私たちはぴしゃりと閉めた寝室の窓越しに、いかにも物欲しそうな彼らの様子をチラチラとうかがうのだった。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが帰宅したときに、一番に声を出しているのは、やはりキッコロなのでしょうか。おそらく、ガンモの足音か匂いでガンモが帰って来たことを察知しているのでしょうね。そう言えば、子供の頃は夏休みの自由研究などという楽しい宿題がありましたよね。我が家に子供が居れば、鳩の超能力を自由研究のテーマに掲げられるのに、残念であります。(苦笑)

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2008.07.05

映画『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』

お灸のはなしの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m マニアックな内容の記事に目を通してくださってありがとうございました。(笑)お灸というと、「せんねん灸」をイメージされていた方も多いかもしれませんね。私もかつて、「せんねん灸」を使用していたこともあったのですが、お灸の痕が残って、水ぶくれが出来たりしたので、痕の残らない現在のお灸に変えました。さて今回は、映画のレビューを書かせていただきます。

 この映画もまた、予告編を観たときから気になっていた映画である。アルツハイマー型認知症の症状が現れ始めたため、介護施設に入った妻が、そこで出会った男性と親しくなるという話だ。予告編から漂って来る雰囲気から想像して、記憶を失いつつある妻の恋を、夫が切ない気持ちで見守るという、涙を誘うほどの感動的な作品に仕上がっているに違いないと期待に胸を膨らませながら鑑賞した。しかし、実際に鑑賞してみると、予想していたような切ない物語ではなく、むしろ人間の弱さや欲望が浮き彫りにされた作品であることがわかった。

 ここに、四十四年連れ添った一組の夫婦がいる。夫のグラントを演じているのは、ゴードン・ピンセントである。彼は、顔にあまり感情の表れない俳優さんだ。一方、妻のフィオーナを演じているのは、女優ジュリー・クリスティである。私は、おそらく六十歳以上の女性を演じているはずの彼女の美しさに釘付けになった。どこまでも気品を保ちながら、美しいままの姿で年を重ねて来た女性。女性なら誰しも、彼女のように年を取りたいと願うのではないだろうか。

 二人はとても仲の良さそうな夫婦に見えるが、実は若い頃、大学教授の仕事をしていたグラントは、フィオーナという妻がいながら、何人もの教え子と関係を持ったらしい。そのことはやがてフィオーナの知るところとなったが、グラントは彼女を捨てずに大学教授という職業を捨てて湖畔の家に引っ越して来た。介護施設で男性と親しくしているフィオーナの姿を目にしたとき、グラントはフィオーナが自分を罰しているのではないかと思ったようだ。

 ここまでの展開はとても良かったのだ。この映画はカナダ映画なのだが、スクリーンに映し出されているカナダの大自然がとても素晴らしい。しかし・・・・・・。途中でどうしても残念な展開になってしまった。その展開は、映画を鑑賞している私たちを意外な方向へと導いて行く。あれは何のため? 欲望? バランス? はたまた自分自身を取り戻すため? 泣こうと思って身構えているのに、いきなり予想もしていなかった展開になり、頭の中がはてなマークでいっぱいになってしまった。「美しいだけではない。これが人間というものなのだ」ということを、監督は表現したかったのだろうか。

 日本映画で熟年夫婦の愛が表現されると、もう少し静かで会話のない映画になるだろうと思う。その感覚で鑑賞していたので、正直言って、彼らの年齢でベッドシーンがあるとは思ってもみなかった。そうした展開が意外でもあったが、逆に熟年を迎えても、男性、そして女性であり続けることへの誘惑が存続していることでもあったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 妻が別の男性と親しくしているのに、妻に協力しようとするグラントの気持ちに寄り添いながら鑑賞していたのですね。しかし、ある出来事をきっかけに、彼の気持ちに寄り添えなくなってしまい、いきなり闇の中に放り出されたような気持ちになってしまったのです。そんな不安定な気持ちにさせられたまま、映画が終わってしまったので、一体何だったの? というのが正直な感想です。でも、美しい物語で終わらせなかったからこそ、鑑賞した私たちに問題提起という形でお土産を残して行ったのかもしれません。ハッピーエンドの映画は、忘れ去ってしまうのも早い気がします。

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2008.07.04

お灸のはなし

出稼ぎお姉さんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日の記事で、ケイト・ブランシェットがいろいろな役柄を見事に演じ分けていること好ましく思うと書きましたが、出稼ぎお姉さんの記事にも書きましたように、友人のお姉さんもまた、これまでとはまったく違う役を演じていました。一つの役柄に固定されるのではなく、常に新しい自分を探求し続けることのできる女優さんっていいですよね。ただ、あまりにも新しい自分を探求し過ぎてしまい、本当の自分がわからなくなってしまったりしないのだろうか、などと余計なことを考えたりもしますが、おそらく、どの役柄も自分の一部だと認めていらっしゃるのでしょうね。さて今回は、いきなり方向性を変えて、私が普段、愛用しているお灸について書いてみたいと思います。

 私がお灸を愛用するようになったのは、足底腱膜炎という足の痛みを覚えたことがきっかけだった。最初は西洋医学のお医者さんのところに助けを求めたのだが、湿布を処方されただけで一向に良くならず、自宅近くに開院した鍼灸医院の扉を叩いたことから始まった。鍼灸医院では、足底腱膜炎の他にも身体の冷えや肩こりなどの症状に対処するため、鍼とお灸をセットにした治療を施してくださった。私はその鍼灸医院に週に一度のペースで毎週土曜日に通うようになった。

 初めて鍼治療を受けたときは、さすがに怖かったが、鍼灸師の先生がツボを外さなければ痛みを感じないということがわかり、やがて安心した。ただ、私にとって効果があったのは、鍼よりもお灸だった。それは、私自身が身体に冷えを感じていたことが大きいのかもしれない。

 鍼でツボを刺激されたときもそうだが、お灸を通して身体に熱が入ると、身体がいったんだるくなる。そして、このだるさのあとに、症状が緩和されていることが多かった。特に私は火の星座の生まれなので、火が身体の中に入って来ることの心地良さを感じ易いのかもしれなかった。

 私は、鍼灸医院で施されるお灸がとても気に入ったので、鍼灸医院で使われているお灸と同じものをインターネットで検索して購入した。品名は、「大和漢 達磨(だるま) S・T」というものだ。品名の中にあるS・Tとは、スーパー・タックルという特許を意味しているらしい。このお灸は、筒の中に隠れているお灸を、専用の棒で押し出して使用する。どうやらスーパー・タックルとは、このお灸に付属しているプラスチックの押し出し棒のことを意味しているようだ。一部の製品紹介サイトには、「忙しい先生方のご要望を実現! スーパー・タックル<特許申請中>を手首に固定」などと書かれている。大きな鍼灸医院では、多くの患者さんに次々にお灸を施すために、鍼灸師の先生がスーパー・タックルを腕に巻きつけて素早く対処するらしい。

 言葉だけではなかなか伝わり難いと思うので、写真を交えながらご紹介させていただくことにしよう。ちなみに、私は、泊まりで出掛けるときは、知人からもらった東京ディズニーリゾートのお土産の空き箱に入れてお灸を持ち歩いている。

私の大切なお泊りお灸セット。
長年使っているので、ちょっぴりくたびれている。

中に入っているのは、お灸とスーパー・タックル。この他、もちろんライターも持ち歩いている。
お灸の一つ一つに粘着糊が付いているため、粘着糊を保護する形で台紙の上に収まっている。

使用するときは台紙からはがし、スーパー・タックルを使って、筒の中に沈んでいるお灸を押し出す

粘着糊が付いているため、患部にそっと置くだけで固定される

火を付けて、足の裏にお灸を施してみる。とても気持ちがいい!
お灸をすえると、写真のように一時的にほんのりと肌の色が茶色に変わるが、
「マイルド」というタイプを使えば、痕が残らないのがうれしい。

百円ショップで購入した携帯用灰皿も持参している

使い終わったお灸を携帯用灰皿にしまいこんで、はい、おしまい

 子宮筋腫の症状を緩和するためにお灸を施す場合は、歩くときに痛みを感じるところと、おへその下の第二チャクラのあたりにお灸をすえている。第二チャクラのあたりは、鍼灸医院の先生から、婦人科系のツボとして教えていただいたところだ。実際、この辺りをお灸で温めるととても気持ちがいい。トイレに立ったときに、ここのツボを押さえるだけでも気持ちがいいと感じるので、身体がここを刺激して欲しがっているのがわかる。鍼灸医院の先生の話では、ここにお灸や鍼を施すことによって、筋腫が小さくなった例もあるそうだ。

 ちなみに、私が使用しているお灸は、粘着糊が付いているため、座ったままの姿勢で自分でお腹にお灸をすえることも可能である。ただ、粘着糊がはがれ、火の付いたお灸が下に落ちてしまうこともあるので、安全のために、携帯用灰皿を手で持ち、燃えているお灸の下に添えておくようにしている。ここに書いた内容が、ご参考になれば幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仕事中、トイレに立ったときにお腹を触ってみると、お腹がひどく冷えていることがあります。冷房で冷えてしまっているのもありますが、私の場合、もともとお腹のあたりの血行が良くないのだと思います。そういうときは、お灸を通して身体に火が入ると、とても気持ちが良いのですね。ちなみに、記事の中にも書きましたが、ご紹介したお灸の「マイルド」というタイプのお灸を使えば、お灸の痕は残りません。冷房が強くなるこれからの季節、お灸は皆さんの強い味方になるかもしれませんよ。ただ、家の中が煙たくなってしまうのは、覚悟しなければなりませんね。(苦笑)それから、私の筋腫の症状や手術への決断について、いろいろな形でコメントをくださったり、メールを送信してくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 一人一人の方への返信が困難な状況にあるため、「ガンまる日記」コメント欄は無効に設定させていただいているのですが、それでも何とか私への入口を見つけてくださってとても感謝しています。いろいろ思うところもありますので、いただいたコメントやメールの内容について、また記事の中で語らせていただこうと思っています。皆さんの暖かいお気遣いに心より感謝致します。m(__)m

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2008.07.03

出稼ぎお姉さん

映画『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 十九年経っても、以前と同じ迫力を感じさせてくれる映画ってなかなか少ないですよね。主演のハリソン・フォードも楽しみながらインディ・ジョーンズの役を演じているようですね。次回作に期待していてもいいでしょうか・・・・・・。さて今回の記事は、「演じる」という余韻を引きずりながら、書かせていただきたいと思います。

 友人から観劇のお誘いを受けていたので、平日だったが、ガンモと二人で休暇を取り、自宅近くの劇場に足を運んだ。平日にわざわざ休暇を取って観劇することにしたのは、それなりの理由があってのことである。

 私がその友人と初めて出会ったのは、私の地元である愛媛で行われた、好きなアーチストのラジオの公開録音に参加するために順番待ちをしていたときのことだった。前方の席を確保するために朝早くから並び、確か彼女が一番乗りで、私が二番乗りだったと思う。どちらからともなく声を掛けて話を始めたところ、お互いに住んでいる場所が近所であることが判明してひどく驚いた。何故、近所で出会わずに、愛媛で出会ったのか。それは、私の好きなアーチストが彼女と引き合わせてくれたからだ。それから交流が始まり、現在に至っている。

 ある日、彼女と話しをしているときに、彼女のお姉さんの話になった。そのとき彼女は、
「姉ちゃんは今、出稼ぎに行ってんねん」
と言った。私は出稼ぎと聞いて、こちらでは仕事がないために、東京などの都会へ出て行って働いている姿を想像していた。もしくは、会社で出張を言い渡されたのかもしれないとも思っていた。ところが、それからしばらくして、彼女の言う出稼ぎとは、地方公演を意味していたことがわかった。実は、彼女のお姉さんは女優さんだったのである。しかも、全国的にも有名な劇団の○○的な存在だった。

 演劇好きでもある私たちは、彼女に切符を手配していただいて、お姉さんの出演されている公演を何度か観劇させていただいたことがある。そして今回は、私たちの住んでいる地元で、つまり、お姉さんの地元で公演が行われるということで、ガンモと二人で出掛けて行ったのである。何を隠そう、私は高校時代、演劇部に所属していた。また、自分で脚本を書くことも大好きだった。中学の頃は、自分で書いた脚本を自分で演じて多重録音したテープを友達にプレゼントしたりしていた。こうしたアマチュア精神は、観劇するときの情熱にも繋がっている。

 関係者の受付で名前を告げると、私たちの分のチケットが用意されていたので、代金と引き換えにチケットを受け取り、ホールの中に入った。平日だというのに、ホールはほぼ満席だった。彼女は、私たちの少し前の席に、お母様やお父様と一緒に座っていた。おそらく、チケットの都合で席が分かれてしまったのだろう。彼女も、彼女のお母様も、劇場を訪れているいろいろな方たちにごあいさつをしているようで、とても忙しそうだった。地元での公演ということで、古くからの知り合いも多いようだ。

 いよいよ開幕となり、劇が始まった。いやはや面白い。映画でもそうだが、鑑賞していると、時として脚本の素晴らしさを実感することがある。今回の脚本も素晴らしかった。演じる人のテンポというか、間の取り方にもよるのだが、良い脚本は、演じている役者さんたちの乗りが良く、生き生きしているのだ。良い脚本が役者さんたちの素晴らしさを引き出すのか、それとも、良い役者さんたちが脚本の素晴らしさを引き出すのか、それはわからない。とにかく、役者さんたちと脚本は、常に持ちつ持たれつということである。

 私は観劇していると、ついつい個性溢れる役者さんに注目してしまう。既に自己を確立させている役者さんは、演じている最中にも、自己を客観的に観察しているようだ。そうした自己への観察が、観客との心地良い距離感を作り上げているのかもしれない。

 彼女のお姉さんは、これまでとはまったく違った役柄にチャレンジされ、その役柄を見事に演じ切っていた。私たちは、これまで観たこともなかったようなお姉さんの役柄に驚いたが、おそらくお姉さんは、長年、所属していた劇団を離れたことにより、新たなる可能性を見いだされたのだと思う。

 終演後、彼女の導きでお姉さんの楽屋にお邪魔した。楽屋を訪問することなど、私たちにとっては初めての出来事だったので、心が躍った。しかし、その一方で、私たちが楽屋にお邪魔しても良いのだろうかという遠慮もあった。舞台が終わったあとは、少しでも早く着替えてくつろぎたいのではないかと思っていたからである。私よりもガンモのほうが恐縮していたのだが、彼女が、
「姉ちゃんには言ってあるから大丈夫だよ」
と言ってくれたので、私たちは彼女の厚意に甘えることにしたのだった。

 やはり、お姉さんの地元ということで、お姉さんの古くからのファンの方たちや、かつての劇団で一緒だった女優さんたちがたくさん訪れていた。言うまでもなく、女優さんたちはとてもきれいだった。着飾った美しさではなく、内面からにじみ出て来るような美しさだった。私たちは彼女と一緒に列の最後尾に並び、順番待ちをしていた。そして、他の方たちがみんな帰って行ったあと、とうとう私たちがお姉さんとご対面する順番が回って来た。私は購入したパンフレットを差し出して、お姉さんにサインをいただいた。サインには、「ガンモ&まるみさま」と書いていただいた。

パンフレットに書いてくださったお姉さんのサインの一部

 その後、何を思ったか、私は友人とお姉さんのツーショット写真が欲しいとおねだりした。というのも、お姉さんと友人がそっくりだったからだ。お姉さんが写っているパンフレットを拝見していると、友人が写っているのではないかと錯覚してしまうくらい、二人は良く似ているのだ。私は携帯電話を使ってお二人のツーショット写真を撮らせていただいた。私にとっては夢のツーショット写真である。

 お姉さんの楽屋を訪れるために私たちの後ろに並んでいる人はもういなかったので、これからはきっと家族の時間になるだろうと思った。そこで私たちは、お姉さんや彼女にお礼を言って、楽屋をあとにしたのである。

 女優さんと聞くと、華やかな一面だけを想像してしまいがちだが、劇場で、彼女のお母さんや彼女がたくさんの人たちに頭を下げている様子を見守っていると、女優さんとは、常に移ろいやすい人の気持ちに語りかける職業なのだと思った。おそらく、女優さんという職業は、そうした様々な人たちの期待を背負いながらきらきらと輝く星なのだろう。そして、その星の輝きは、自分自身の放つ光ももちろん大切だが、他から照らされる光によっても支えられているのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、手ぶらで楽屋を訪れるのは申し訳ないと思い、劇場に出掛ける前に、ちょっとしたお酒を買って行ったのです。しかし、劇場の近くにはなかなか酒屋さんが見付からず、劇場近くのコンビニに駆け込んで購入したお酒だったため、何となく手渡すのをためらってしまい、結局持ち帰ることになりました。相手を良く知りもしないのに、慌てて何かをプレゼントしようとしていたなんて、少々押し付けがましくて傲慢だったかなと反省しております。(苦笑)次回からは、お姉さんの好みをうかがった上で慎重になりたいと思います。

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2008.07.02

映画『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』

ただいま、足踏み中の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ばれました? 最初に付けたタイトルがしっくり来なかったので、実は公開後にこっそりタイトルを変更させていただきました。(苦笑)私の足踏み状態は、しばらく続きそうであります。次回のI医師の診察までまだ少し時間がありますので、じっくり考えてから結論を出したいと思っています。さて今回は、映画のレビューを書かせていただきますね。

 この映画を鑑賞したのは、確か平日のレイトショーだったと思う。レディースデイや映画サービスデイでもない限り、レイトショーの上映が混み合うことはほとんどないのだが、あのインディ・ジョーンズが帰って来たとなれば、仕事帰りに喜び勇んで映画館に足を運ぶ大人たちも多いようだ。久しぶりのインディ・ジョーンズシリーズ第四弾となった本作品。私の中では、せいぜい十年振りくらい感覚だったのだが、何と何と、十九年振りのシリーズ化だそうだ。いやはや、あれから十九年も経っていたとは。まるで、玉手箱を開けてしまった浦島太郎のような気持ちである。

 十九年振りともなれば、さすがにハリソン・フォードの肉体的な変化を感じ取ってしまう。それでも、これほどのアクション映画の撮影に挑戦されたのだから、拍手を送りたい。そして、私が拍手を送るとすれば、その対象はもう一人いる。そう、ケイト・ブランシェットだ。私は最近、彼女から目が離せない。

 ここ一、二年のうちに鑑賞した彼女の出演作は、映画『バベル』映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』映画『アイム・ノット・ゼア』、そして、今回の映画『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』である。これらの映画に登場しているケイト・ブランシェットに注目しながら、すべてが同一人物だと言ったら、おそらく多くの人たちが驚きの声を上げることだろう。とにかく彼女は、幅広い役柄を演じ分けることのできる女優さんである。

 本作では、マルサの女ならぬ、ソ連の女性士官スパルコを演じている。完璧な英語をしゃべるはずの彼女が、他国語訛りの英語を話している。これがまたまたおかしい。しかも、今回の彼女の役であるスパルコは、目的に向かって一直線に突き進んで行く性格であるがゆえに、お人形さんのように表情がなく、非情な感じが漂っている。ああ、彼女は本当に映画『バベル』の中で子供に撃たれ、もどかしい気持ちで救急車を待ちながら、小さな入れ物の中に用を足した女性なのだろうか? 映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』の可憐ではあるが、不自由な女王様なのだろうか? 映画『アイム・ノット・ゼア』のふわふわしたロックスターなのだろうか? いやはや、一人の人間で、これほどの演じ分けができるとは興味深い。

 この映画の中での、ケイト・ブランシェットのクールで個性的なキャラクターに注目するとともに、ストーリーとしてもなかなか面白い展開を楽しむことができる。いつもギリギリのところで生きている考古学者インディ・ジョーンズ。一歩間違えば、多くの秘宝とともに埋もれてしまいかねないような危なっかしいアドベンチャーを繰り返して来た。彼の勇気ある冒険に憧れて、考古学者を目指した人も多いかもしれない。今回も、ドキドキハラハラするような展開で私たちを楽しませてくれる。映画を鑑賞し終わったあとは、あのテーマソングが頭の中で何度も何度も繰り返し流れ、自分自身が英雄になったような気分を味わうことができるだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m たまにはこうしたアドベンチャーものの映画もいいですね。(笑)一緒に冒険をしているような気持ちにさせてくれます。鑑賞の仕方によっては、『寅さん』のアドベンチャー版と言ってもいいのかもしれません。前作が十九年前ということは、前作が公開された頃にはまだ生まれていなかった方たちもいらっしゃるかもしれませんね。あるいは、あまりにも小さ過ぎて映画を鑑賞できる年齢に達していなかった場合もあろうかと思います。この映画は、そういう方たちにとって、古きをたずねながら、新しい冒険の世界に踏み出して行くきっかけになるかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.07.01

ただいま、足踏み中

ガンモ家の嫁、形成中の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 結婚したての頃は、いわゆる先輩のお嫁さんたちがガンモ家に溶け込んでいるのがとてもうらやましく思えました。(笑)でも、彼女たちは長い年月の間に、本当にいろいろなことを経験し、絆を深めて行ったのでしょうね。そういうことも経験せずに、絆だけをおねだりしていたようで、今となってはとても恥ずかしく思います。(苦笑)

 年末に手術を受けることを決めてからというもの、私の中でちょっとした変化が起こっている。先月の生理が始まる直前までは、筋腫が膨張し、歩行時に痛みを感じていた。私は、日中はお腹にカイロを貼り、帰宅すれば痛みを感じるところにお灸をすえて血行を良くしながら、何とかしのいでいた。不思議なことに、温めると歩行時の痛みが緩和されるのである。

 生理が始まり、二日目を迎えたとき、またしても出血量の多さに驚いた。生理痛も激しく、私はお腹にカイロを貼り、トイレに立つときはお腹を押さえながら仕事をこなした。五月に受けた健康診断の採血の結果によると、鉄剤を服用しているというのに、私のヘモグロビン値は十.六しかなかった。健康診断の結果通知書には、三年前に受診したときのヘモグロビン値も印刷されていたのだが、当時の値は何と十四.二もあった。三年前にも既に筋腫はあったはずだが、幸いにして、貧血の症状は出ていなかったのだ。それが、今年になってから急に貧血の症状が出始めた。出血の量はそれほど変わっているように思えないのに、私には貧血の原因が良くわからないままである。

 ところで最近、少しずつ、年末に手術を受けることを友人たちにも知らせている。私の周りにも、筋腫を患っている人が何人かいる。ただ、同じ筋腫持ちであっても、みんなそれぞれ症状が異なっている。同じ職場に、やはり生理時の出血量が多く、医師に鉄剤を処方していただいている女性がいるのだが、彼女は小さな筋腫が一つあるだけだ。それでも、一つだけある筋腫が子宮内膜にかかっているため、生理のときの出血量がひどく多いらしい。彼女とは筋腫仲間の契りを結んでからもう長いのに、私の筋腫はすくすくと成長したが、彼女の筋腫はほとんど成長していない。

 実は彼女は、少し前にガンでお義姉さんを亡くしたばかりである。そんな彼女に手術を受けることを告白したところ、彼女は、
「私が筋腫を切ろうかどうしようか悩んでいると、義姉が、『切れるものは切れるときに切っておきなさい』と言ったんですよ。だからまるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)も、切れるときに切ったほうがいいと思いますよ」
と意見を述べてくれた。ガンを患っていた彼女のお義姉さんは、抗がん剤の治療を受けていたと聞いている。もしかすると、手術を受けられない状況にあったのかもしれない。それを考えると、私は手術ができる状態にあるのだから、「切れるものは切れるときに切っておきなさい」と言った彼女のお義姉さんの言葉が切なく胸に響いて来る。

 更に、私は別の筋腫仲間にも手術のことを話した。その筋腫仲間に、その後の経過はどうかと訪ねてみたところ、以前とサイズも変わりなく、進行はしていないという答えが返って来た。それを聞いたときの私は、何とも複雑な気持ちだった。同じように筋腫を抱えてはいても、私のように筋腫がどんどん大きくなってしまう人と、大きくならない人がいるということだ。正直に書いてしまうと、筋腫が大きくなっていないという筋腫仲間があまりにも他人事のようにあっけらかんとした態度を示したことにショックを受けた。

 以前、私の参加している天然のプロゲステロンクリームのMLで、プロゲステロンクリームを使用することにより、実際に筋腫が小さくなったかどうかを尋ねてみたことがある。ほとんどの方からは、小さくなっていないという回答が得られたのだが、もともと筋腫が小さくて数も少ない人は、プロゲステロンクリームを使用するようになってから、筋腫がより小さくなったそうだ。ただ、その方は、年齢的にもエストロゲンが減少する時期なので、プロゲステロンクリームのおかげかどうかは断言できないとおっしゃっていた。一方、私はと言うと、プロゲステロンクリームを使用しても、筋腫は小さくはならなかった。ただ、プロゲステロンクリームの使用をやめると、頭痛が激しくなってしまうので、今も生理の周期に合わせて使用し続けている。

 現在の私の状況は、生理が終わり、筋腫が柔らかくなって来ている。そのため、歩行時の痛みも少なく、身体の調子は比較的良いほうだと感じている。しかし、私の中に一つの疑問がある。私は、筋腫が大きくなるという体質を改善しないまま、子宮全摘手術を受けようとしている。これまでは、私の身体に子宮があるおかげで、身体の何らかの不具合が子宮の疾患として現れていた。しかし、この先、子宮を失ってしまえば、果たしてその矛先はどこに向かって行くのだろう。つまり、何が言いたいかというと、私の身体は、子宮を摘出した結果、決して健康を取り戻すわけではなく、むしろ、矛先が子宮以外に向かってしまうのではないかということである。何故なら、筋腫が大きくなりやすいという根本原因を取り除いてはいないからだ。考えてみると、そのほうが恐怖なのではないだろうか。

 それを考えると、手術を受けることは、ほんの一時しのぎにしか過ぎず、やはり根本解決であるとは思えなくなってしまった。ということで、現在、足踏み中なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、自然治癒について調べていたところ、このような考えに辿り着きました。ということで、また悩み始めています。(苦笑)こうして悩むことができるのも、以前よりも少し調子が良くなったからだろうと思います。歩行困難なときは、「いっそのこと切ってしまいたい!」と決意が固まるものですから・・・・・・。この問題、もう少し掘り下げてみたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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