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2008.06.10

生まれながらのおじゅっさん

小さなプロジェクトの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m せっかく築き上げた親しさが根底に隠れてしまうのは寂しいものです。しかし、今の状況では、感情をブロックしてしまう義父の気持ちも良くわかります。義父にとっても、私たちにとっても、今は基盤を整え直さなければならない時期のようであります。

 「おじゅっさん」とは、香川県や徳島県の方言で「お坊さん」のことを意味している。数年前にガンモの伯父が亡くなったとき、私は初めて「おじゅっさん」という言葉を耳にした。調べてみると、「おじゅっさん」は、「お住持(じゅうじ)さん」が訛(なま)ったものらしい。また、「おじゅっさん」という呼び方は、関西地方でも使われているそうだが、ネイティヴ関西人ではない私は知らなかった。

 ガンモの実家の宗派は浄土真宗である。一方、私の結婚前の宗派は真言宗だったので、真言宗で最も良く唱えられている「般若心経」をほぼ暗記していた。しかし、浄土真宗では「般若心経」は唱えない。そのため、せっかく覚えた「般若心経」は活躍の場がなかった。

 浄土真宗で最も良く唱えられているのは、「正信偈(しょうしんげ)」というお経である。私は、これまで親しみのなかった「正信偈」となかなか仲良くなることができかった。新しいお経を覚えるのではなく、せっかく覚えた「般若心経」を唱えたい気持ちが強かったのだと思う。

 しかし、在家勤行のための冊子に目を通しているうちに、「正信偈」に節が付けられていることを面白いと思うようになった。まるで楽譜のように、伸ばすところや下げるところなどの記号が詳細に書き込まれているのである。更に、インターネットで検索してみると、「正信偈」のMP3ファイルが公開されていたり、YouTubeに動画がアップロードされていることもわかった。ただし、浄土真宗にもいくつかの派があり、インターネット上にアップロードされているのは、ガンモの実家とは異なる派のものが多かった。それでも、雰囲気だけは掴めるので、「正信偈」がこれまでよりも少しずつ身近になって行ったのである。

 ところで、ガンモの実家には、お世話になっているおじゅっさんがいる。何と、年齢わずか二十六歳のおじゅっさんだ。初めてお目に掛かったとき、私は見た目だけで判断してしまい、こんなに若いおじゅっさんで大丈夫だろうかと、少し心配になったりもしたのだが、お経を唱える声を耳にした途端、彼は生まれながらのおじゅっさんだと実感した。例え年齢は若くても、声はおじゅさんそのものだったのだ。

 この度、用があって、ガンモと一緒にそのおじゅっさんのいらっしゃるお寺に足を運んだ。何の連絡もせずに出掛けて行ったところ、あいにく若いおじゅっさんはご不在だった。おじゅっさんのお母様と思われる方が対応してくださり、葬儀が入ってしまい、今は出掛けていると教えてくださった。おじゅっさんのお母様に、
「もうそろそろ帰って来る頃だとは思うんですが・・・・・・」
と言われ、ひとまず退散しようと玄関の扉を閉めて元来た道を歩き始めたところ、葬儀から帰宅されたばかりのおじゅっさんとご対面となった。

 お母様もすぐにそのことに気付かれたようで、私たちはいったん帰りかけていた足を再び玄関に向けて、お母様に案内されるがままに、靴を脱いで応接室へと足を踏み入れた。そこは、お寺のイメージとはうって変わって、とても近代的な雰囲気の漂う応接室だった。

 しばらくすると、おじゅっさんがノートパソコンのiBookを持参して応接室に入って来られた。さすが二十六歳。檀家の情報はすべてノートパソコンで管理されているらしい。

 実は、つい先日の某新聞に、そのおじゅっさんのインタビュー記事が掲載されているのを義弟が見せてくれていた。わずか二十六歳にしてお寺のご住職の仕事をこなしていることが記事になっていたのである。その記事によると、何でも大学時代、珍しいスポーツをされていたようである。奇しくも、おじゅっさんの通っていた大学が、私たちの自宅の近くにあるキリスト教系の大学だった。おじゅっさんがキリスト教系の大学に進学されたというのもおかしいのだが、私はその記事を拝見したときから、おじゅっさんに大学の話をしようと思い、チャンスを狙っていた。

 おじゅっさんとの会話の流れがふと途切れたとき、私が
「○○大学のご出身なんですよね?」
と持ち掛けると、これまで固かった場の雰囲気が一気に柔らかくなった。
「私たち、△△市に住んでるんです」
と言うと、それを聞いたおじゅっさんの顔がぱっと明るくなったのだ。そして、
「ああ、なるほど。さきほど、神戸ナンバーの車が外に停まっているので、不思議に思っていたんですよ。△△、いい街ですよねえ。大好きなんです」
と、ほころんだ顔でおっしゃった。

 私はおじゅっさんに、大学在学中にどの辺りに住んでいらっしゃったかを尋ねてみた。すると、おじゅっさんは、地元民が良く使うように、略称した地名で答えてくださった。おじゅっさんが住んでいたという場所は、私たちの最寄駅周辺ではないが、自転車でわずか十分程度のところである。おじゅっさんは、とにかく△△市が大好きなようで、私たちがそこの住民であることをとてもうらやましがっていた。私が、
「じゃあ、変わりますか?」
と冗談を言うと、
「変われるものなら変わりたいくらいです」
と笑いながらおっしゃっていた。

 帰り際に、大学在学中におじゅっさんがアルバイトをされていたという銭湯の話になった。おじゅっさんは、△△市の銭湯でアルバイトをして、そこでご飯を食べさせてもらっていたそうだ。銭湯の常連さんたちとも積極的にコミュニケーションを取っていらっしゃったようで、私がかつてその銭湯を利用したときは、サウナを利用されている常連さんたちが幅を利かせていて、新参者には敷居が高かったことを話すと、
「話しにくい場合は、僕のことをネタにしてくださってかまいませんよ」
とおっしゃってくださったのである。

 これまでお目に掛かったときは、特にお互いの接点もなく、プライベートな話を始めるまでには至らなかったのだが、こうしてほんの少しの接点を見つけて話を始めただけで、おじゅっさんという職業の顔が、二十六歳の青年の顔に変わって行くのはとても微笑ましかった。接点を見つければ、会話は広がる。それを身を持って体験した貴重な時間だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「おじゅっさん」と聞くと、手にお数珠を持って足を上げて踊っている人をイメージします。ちなみに、私たちがお世話になっているおじゅっさんは、大学卒業後、一般の企業にいったん入社されたそうですが、先代のおじいさまがご病気になられたことをきっかけに、仏門に入られたのだそうです。現在二十六歳ということからすると、おじゅさんになられてからまだわずかだと思われますが、記事の中にも書かせていただいた通り、声はおじゅっさんそのものであります。やはり、小さい頃からお経を聞きながら育って来られたからでしょうか。生まれながらのおじゅっさんのお話でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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